Film Music

Film Musicへの扉を開いてくれたスタンリー・ブラックのことを語ろう。

僕が映画音楽に目覚めたのは小学校5年生の頃。ズービン・メータ/ロサンゼルス・フィルの演奏する「スター・ウォーズ」組曲をFMで聴いた時だった。第一作「エピソード4」公開前の話である。

高校生の頃購入したLPレコードに「フィルム・スペクタキュラー(FILM SPECTACULAR)」シリーズがあった。廉価版で確か1枚1,500円くらいだったと記憶している。

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スタンリー・ブラック/ロンドン祝祭管弦楽団・合唱団(London Festival Orchestra & Chorus)の演奏で、効果音も入り、なにより録音が抜群に良かった。

【フェイズ(phase)4】という1963年にデッカ・アメリカが開発した録音方式で、20チャンネルのマルチ・マイク・システムで収録した音を特別なミキサーを通してアンペックスの4トラック・レコーダーで録音、2チャンネルのステレオにミックスダウンするというものだった。ストコフスキーの一連の録音(シェエラザード、チャイコフスキー5番、J.S.バッハ編曲集)やバーナード・ハーマンの自作自演(北北西に進路を取れ、サイコ、めまい)、フィードラー/ボストン・ポップスのアルバムなどに採用されている。

ロンドン・フェスティバル管弦楽団は録音のために特別編成されたオーケストラらしい(似た例としてコロンビア交響楽団やRCAビクター交響楽団がある)。実力は折り紙付きで、ロンドン交響楽団やロンドン・フィルと同等。恐らくそれら楽員たちが参加していたのだと想われる。少なくともハレ管弦楽団、フルハーモニア管弦楽団より上。

編曲も見事で、格調高いシンフォニックな映画音楽を堪能した。

特に鮮烈な印象を受けたのがエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトが作曲した「シー・ホーク」組曲。兎に角冒頭トランペット・ソロが勇壮で格好いい!「スター・ウォーズ」の作曲に際し、ジョン・ウィリアムズがコルンゴルトの多大な影響を受けていることをそれで知った(後に聴いたコルンゴルト「嵐の青春(King's Row)」のテーマは「スター・ウォーズ」と瓜二つだった)。

他にフィルム・スペクタキュラー・シリーズで大のお気に入りになった映画音楽は、

  • ハインツ・プロヴォスト:「間奏曲」←独奏ヴァイオリンとピアノのみ。
    I・バーグマン主演のスウェーデン映画及びハリウッド・リメイク版「別離」に流れた。
  • マックス・スタイナー:「風と共に去りぬ」「カサブランカ」
  • ウィリアム・ウォルトン:「スピットファイア」〜前奏曲とフーガ
  • アーネスト・ゴールド:「栄光への脱出」
  • ジェローム・モロス:「大いなる西部」
  • ディミトリー・ティオムキン:「アラモ」←合唱が素晴らしい!
  • ロン・グッドウィン:「633爆撃隊 」←スカッとする!

このフィルム・スペクタキュラー・シリーズのごく一部は現在、ナクソス・ミュージック・ライブラリー NML でも聴くことが出来る。→こちら

大学生になりCD時代となり、そこで出会ったのがRCAレコードからリリースされていたチャールズ・ゲルハルト/ナショナル・フィルハーモニック管弦楽団の"Classic Film Scores"シリーズである。ナショナル・フィルも録音専用の臨時編成で、ロンドン5大オーケストラの首席奏者らが集められた。こちらの録音も優れものだった(ドルビー・サラウンド)。

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衝撃的だったのがエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト作品集(「シー・ホーク」含む)。プロデューサーはジョージ・コルンゴルトで1928年ウィーン生まれ。言うまでもなくエーリヒの息子である。ジョージは晩年にジョン・ウィリアムズ/ボストン・ポップス・オーケストラの録音プロデューサーも務めている。

スタンリー・ブラックもチャールズ・ゲルハルトも棒捌きが巧みで、いずれもスマートでシャープ。洗練されている。彼ら以上の解釈に今までお目にかかったことはない。またゲルハルト/ナショナル・フィルにはハワード・ハンソン:交響曲第2番「ロマンティック」の超名演もある。是非機会があれば彼らの演奏を耳にして頂きたいものである。

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「君の名は。」とRADWIMPSのうた

昨日(9月2日)iTune Storeへ行ったら、アルバムの売り上げ第1位が「君の名は。」サントラで、ソングの第1位が「前前前世」、2位:「スパークル」、3位:「なんでもないや」、4位:「夢灯籠」だった。なんとトップ4をロックバンド・RADWIMPSが歌った「君の名は。」の楽曲が独占!いやはや大変なことになっている。

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これはもう、「アナと雪の女王」の主題歌"LET IT GO(ありのままで)"クラスの社会現象だから、紅白歌合戦出場の可能性も出てきたのではないだろうか?で新海誠監督がゲストとして登場したりして。ファンの妄想はどんどん広がっていく。

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを
(小野小町/古今和歌集)

夢だけど、夢じゃなかった!(サツキ、メイ/「となりのトトロ」)

僕は冗談抜きで「君の名は。」が「千と千尋の神隠し」に続いて米アカデミー賞の長編アニメーション部門を受賞出来るだけの潜在能力を持っていると確信している。後は海外上映に向けての戦略、マーケティング次第である。でこれから英語版が製作されるわけだが、ここで一つ提言をしたい。

新海誠のアニメは音楽(歌)が重要な役割を果たす。「秒速5センチメートル」で山崎まさよしが歌う「One more time, One more chance」しかり、「言の葉の庭」で秦基博が歌う「Rain」(作詞/作曲:大江千里)しかり。歌が出てくるとまるでミュージカル映画のように主役の座を奪う。これは当然、「君の名は。」にも当てはまるのだが、だからこそ英語版の歌は英語歌詞を用意したらどうだろう?「外人に媚びへつらう必要はない」という意見もあろう。仰ることはご尤も。それでも僕は「新世紀エヴァンゲリオン」のミサトさんじゃないけれど、「サービス、サービスぅ!」も大切だとも想うのである。お・も・て・な・しの心ね。因みにRADWIMPSの全楽曲の作詞・作曲を担当してる野田洋次郎はアメリカ育ちであり、 Mr.Childrenの桜井和寿はRADWIMPSデビュー前にデモテープを貰った際、ほとんどの楽曲が英語詞だった中に、1曲だけ日本語詞があり、「日本語でやったほうがいいですよ」と事務所社長に伝えたという。つまり野田洋次郎は英語の歌詞も書けるということだ。

野田の詞は「ぼく」と「君」の関係が宇宙的規模にまで広がり、新海誠ワールドにぴったりと寄り添っている。そのことを英語圏の人達にも是非感じてもらいたいんだ。

また、SF作家から指摘があった彗星の軌道については(2回目に観た時に確認したが)確かに作画ミスなので、海外に出す時までには修正しておくほうが無難だろう。こんなしょーもないことで足を引っ張られたくないからね。

2回目の鑑賞は9月1日(木)映画の日、21時30分ー23時30分のレイトショー@兵庫県西宮北口TOHOシネマズだったのだが、満席だったので仰天した。こんなこと初めて!空前の大ヒットを実感した次第である。

そして「秒速5センチメートル」第2話コスモナウト(@種子島)に登場するコンビニが「君の名は。」の田舎町・糸守町にも出現していることを発見した。帰宅して調べてみるとアイSHOPという鹿児島県にしかないお店だった。昔からのファンに対する監督からの「サービス、サービスぅ!」だね。

以下余談。「君の名は。」にも繰り返し登場するNTTドコモ代々木ビル(通称ドコモタワー)だが、「秒速5センチメートル」の第3話には出てくるが、やはり東京を舞台とした第1話桜花抄(おうかしょう)では見えない。第3話は2006年のお話で、主人公の貴樹は26歳になっている。ということは彼が中学生だった第1話は1990年代前半ということになる。ドコモタワーの竣工は2000年9月なのでその時は未だ存在しなかったのだ。東京という都市の時間の流れがこうして新海アニメに刻まれているのである。

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アカデミー歌曲賞 オールタイム・ベスト25/裏ベスト8

まず誤解している人が多いのだが、アカデミー「主題歌賞」ではなく「歌曲賞」である。例えば「ライオンキング」からは3曲が歌曲賞にノミネートされた。「主題歌」なら1曲しかない筈でしょ?つまり「挿入歌」も含まれるということ。

  1. 虹の彼方に(「オズの魔法使い」1939)
  2. Let It Go(「アナと雪の女王」2013)
  3. 星に願いを(「ピノキオ」1940)
  4. The Way We Were(「追憶」 1973)
  5. Lose Yourself(「8 Mile」 2002)
  6. Glory(「グローリー/明日への行進」 2014)
  7. Let the River Run(「ワーキング・ガール」 1988)
  8. White Christmas(「スイング・ホテル」1942)
  9. 風のささやき(「華麗なる賭け」1968)
  10. Moon River(「ティファニーで朝食を」1961)
  11. A Whole New World(「アラジン」 1992)
  12. モナ・リザ(「別働隊」1950)
  13. Skyfall(「007 スカイフォール」2012)
  14. My Heart Will Go On(「タイタニック」1997)
  15. 雨にぬれても(「明日に向って撃て!」 1969)
  16. ブロードウェイの子守唄(「ゴールド・ディガーズ36年」1935)
  17. Falling Slowly(「ONCE ダブリンの街角で」 2007)
  18. 今宵の君は(「有頂天時代」1936)
  19. Sooner or Later(「ディック・トレイシー」1990)
  20. Colors of the Wind(「ポカホンタス」 1995)
  21. The Shadow of Your Smile(「いそしぎ」 1965)
  22. チム・チム・チェリー(「メリー・ポピンズ」1964)
  23. What a Feeling(「フラッシュダンス」1983)
  24. 美女と野獣(「美女と野獣」 1991)
  25. ニューヨーク・シティ・セレナーデ(「ミスター・アーサー」 1981)

「裏ベスト」とは歌曲賞にノミネートされるも、惜しくも受賞を逃した楽曲から厳選した。

  1. アルフィー(「アルフィー」 1966)
  2. The Man That Got Away 去っていった彼(「スター誕生」1954)
  3. If We Were In Love(「イエス、ジョルジョ」 1982)
  4. Somewhere in my Memory(「ホーム・アローン」 1990)
  5. Papa,Can You Hear Me?(「愛のイエントル」 1983)
  6. Looking Through the Eyes of Love(「アイス・キャッスル」 1979)
  7. Somewhere Out There(「アメリカ物語」1986)
  8. Circle of Life(「ライオンキング」 1994)

「虹の彼方に」は「ストーミー・ウェザー」で有名なハロルド・アーレンの作曲。映画「オズの魔法使い」の編集段階になってスタジオの幹部から「14歳の少女が歌うには大人びていて相応しくない」と物言いがつきカットされかけた。しかしプロデューサーのアーサー・フリードはこの歌を気に入っておりカットに猛反対をし、何とか免れたという。曲は大ヒットし、ジュディ・ガーランドの代表曲になった。そして2001年に全米レコード協会の投票による「20世紀の名曲」では第1位に選ばれた。また僕が「裏ベスト」で取り上げたThe Man That Got Away(去っていった彼)もハロルド・アーレンが作曲し、ジュディが歌った。こちらは正に「大人の味わい」がしっかり染みこんだ夜の音楽だ。ジュディの絶唱を聴け。

「アナ雪」の「レリゴー」が世界中で巻き起こしたムーヴメントは凄まじかった。それは文字通り旋風だった。

「星に願いを」は映画「未知との遭遇」でも重要な役割を果す。

上記事では「ピノキオ」と旧約聖書との関わりについても触れた。

「追憶」の主題歌は何と言ってもバーブラ・ストライザンドの歌唱が素晴らしい。彼女以外の歌手は考えられない。

「8 Mile」はエミネムの半自伝的映画。ラップが格好いい。

キング牧師を主人公に据えた「グローリー/明日への行進」はラップとゴスペルの融合。新しい。胸熱。これぞ21世紀の音楽!

「ワーキング・ガール」の主題歌は颯爽と肩で風切って歩いている感じがいい。映画冒頭にバーン!と登場。

クリスマスの定番、アーヴィング・バーリンの「ホワイト・クリスマス」の初出が映画だったということを知らない人は多いのでは?「スイング・ホテル」の出来もいい。

「華麗なる賭け」はなんてったってスティーブ・マックィーンが格好いいんだよね。「風のささやき」は彼がエンジンのないグライダーを操縦している場面に流れる。

「ムーン・リヴァー」を知らない人はいないよね?ヘンリー・マンシーニの音楽は都会的でお洒落。ただ僕が一番好きなのは1967年の「いつも2人で(Two for the Road)」。村上春樹のお気に入りの映画だったりする。あと「ピンクパンサー2」の"The Greatest Gift"も素敵。関光夫がパーソナリティーを務め、NHK-FMで土曜日の午後10時20分から放送されていた「夜のスクリーンミュージック」のテーマ曲として使われていた。毎週耳を傾けていたなぁ。

「美女と野獣」「アラジン」「ノートルダムの鐘」の頃が、作曲家アラン・メンケンの全盛期だった。僕の友人の結婚式で、新婦側の友達がピアノで「美女と野獣」を弾くのを聴いて、「これじゃぁまるで新郎を野獣と言っているのと同じじゃない?失礼な」と感じたことを憶えている。もうあれから20年経った。

「モナ・リザ」を入れたのはナット・キング・コールの歌声が大好きだから。とっても優しくて、柔らかい感情に包まれる感じ。つまり包容力がある。癒されるんだ。

007の主題歌に名曲は多い。しかし驚くべきことに初期の「ロシアより愛をこめて」とか「ゴールドフィンガー」なんか、歌曲賞にノミネートすらされていないんだよね。多分イギリス映画だからだ。「女王陛下の007」の劇中にサッチモ(ルイ・アームストロング)が歌う、"We Have All The Time In The World( 愛はすべてをこえて)"なんかもグッと来るなぁ。ジョン・バリーによる傑作。

「タイタニック」におけるジェームズ・ホーナーの音楽はアイリッシュ・テイスト満載(エンヤもね)。ホーナーなら「アメリカ物語」の"Somewhere Out There"も好き。エッ、「虹の彼方に」に似てるって?【パクリのホーナー】だから許してあげて。

「雨にぬれても」は作詞ハル・デヴィッド、作曲バート・バカラックによる代表作。のんびりした田園風景に似合っている。でもこのコンビ作で僕がもっともっと好きなのは「アルフィー」と、カーペンターズが歌い「遙かなる影」の邦題で知られる"(They Long to Be) Close to You"だ。映画「アルフィー」(1966年版)はマイケル・ケイン演じるプレイボーイ(ヒモ男)の主人公が魅力的なんだ。付き合う女を取っ替え引っ替えしても心の虚空は埋まらない。ラストシーンで日がどっぷりと暮れたロンドンの川を眺めながら「一体俺は何をやっているんだ」と呆然と立ち尽くすアルフィー。そこに流れる主題歌の歌詞がグサッと胸を抉る。

What's it all about, Alfie?
Is it just for the moment we live?
What's it all about when you sort it out, Alfie?
Are we meant to take more than we give?
Or are we meant to be kind?

アルフィー、人生って何だろう?
私たちって刹那的に生きているだけってこと?
いろんなことを選り分けていく中で
人に与える以上に人から奪うのが私たちの宿命なの?
それとも親切にすることが人間本来の姿かしら?

And if only fools are kind, Alfie
Then I guess it is wise to be cruel
And if life belongs only to the strong, Alfie
What will you lend on an old golden rule?

もし親切にするのは愚か者だけだというのなら
残酷になる方が賢いよね、アルフィー
強い者のためだけに人生があるというのなら
「人からしてもらいたいことを、人にしてあげなさい」
という黄金律に則ると、あなたは何を人に与える?

As sure as I believe there's a heaven above, Alfie
I know there's something much more
Something even non-believers can believe in

私は天国が存在すると信じているけれど
たとえ無神論者でも信じることが出来る
もっともっと素晴らしいものがあるのよ、アルフィー

I believe in love, Aflie
Without true love we just exist, Alfie

私は愛を信じているわ、アルフィー
真実の愛がなかったら私達は単にこの世に「ある」だけじゃない

Until you find the love you've missed you're nothing, Alfie

あなたがいままで取り逃がしてきた愛を見つけなければ
あなたは「無」に過ぎないのよ、アルフィー

When you walk let your heart lead the way
And you'll find love any day, Alfie, Alfie

歩くときには心が趣くままに進んでごらんよ
そしたら愛を見つけられるんじゃないかな、いつの日かきっと
アルフィー、アルフィー

(日本語訳:雅哉/無断転載禁止)

「アルフィー」はディオンヌ・ワーウィックの歌でよく知られるが、映画のオリジナル(イギリス公開版)はシラ・ブラックが歌い、アメリカ公開時に配給元のユナイテッドの要請でシェールに変わった。僕が好きなのは1996年にTBSで放送されたテレビドラマ「協奏曲」(脚本:池端俊策、出演:田村正和、宮沢りえ、木村拓哉)で使用されたヴァネッサ・ウィリアムズによるバージョン。

「ブロードウェイの子守唄」は舞台ミュージカル「42nd Street」の第1幕フィナーレにも登場する。激しいタップの群舞が圧巻。なんか興奮する。

「ONCE ダブリンの街角で」はジョン・カーニー脚本・監督による音楽映画。カーニーが後に撮った「はじまりのうた」@ニューヨーク、「シング・ストリート」@ダブリンも素晴らしい。

「今宵の君は(The Way You Look Tonight )」のオリジナルを歌ったのはフレッド・アステア。僕がものすごく印象に残っているのはジュリア・ロバーツ主演の映画「ベスト・フレンズ・ウェディング」での使い方。とっても切なくなった。「ベスト・フレンズ・ウェディング」はハル・デヴィッド&バート・バカラックのコンビによる「小さな願い」(I Say a Little Prayer)が歌われる場面も感動する。

「ディック・トレイシー」の"Sooner or Later"はブロードウェイ・ミュージカルの巨匠スティーヴン・ソンドハイム節が堪能出来る。ソンドハイムは「スウィーニー・トッド」や「イントゥ・ザ・ウッズ」の作曲家としても知られる。洗練されて粋な楽曲。ハードボイルドな味わい。

「メリー・ポピンズ」は「イントゥ・ザ・ウッズ」のロブ・マーシャルが監督し、エミリー・ブラントやメリル・ストリープが出演する続編の製作が決定したと聞いて驚いている。オリジナル版の楽曲はシャーマン兄弟が作曲したが、兄は死去しているので多分別人が書くのだろう。「アナ雪」のクリスティン・アンダーソン & ロバート・ロペス夫妻あたりかな?

「フラッシュダンス」の主題歌"What a Feeling"は僕が高校生の時、すごく流行った。吹奏楽部でも演奏したな。前向きな主人公で、女の子たちから圧倒的な支持を受けた。明るい曲だ。

「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」Arther's Theme(The Best That You Can Do)はクリストファー・クロスとバート・バカラックの共作。クリストファー・クロスって絹のように滑らかで綺麗なハイトーン・ボイスの持ち主なんだ。

「裏ベスト」の"The Man That Got Away"(去っていった彼)と「アルフィー」については既に熱く語った。

"If We Were In Love"(「イエス、ジョルジョ」 1982)は日本未公開。「スター・ウォーズ」「ハリー・ポッター」の巨匠ジョン・ウィリアムズが作曲し、三大テノールの一人ルチアーノ・パヴァロッティが歌った(主演も務めた)。とってもロマンティックな佳曲。

"Somewhere in my Memory"(「ホーム・アローン」 1990)の作曲もジョン・ウィリアムズ。今やクリスマスには欠かせない。温かい気持ちになれる。

「愛のイエントル」については下記記事で縦横無尽に語り尽くした。作詞はアラン&マリリン・バーグマン夫妻、作曲は「華麗なる賭け」「シェルブールの雨傘」のミシェル・ルグラン。

"Looking Through the Eyes of Love"の作曲は「追憶」「コーラスライン」のマーヴィン・ハムリッシュ。知られざる名曲だ。映画「アイス・キャッスル」はフィギュアスケーターが主人公の物語。

「ライオンキング」といえば歌曲賞を受賞した「愛を感じて」じゃなくて、断然"Circle of Life"でしょう!歌詞の内容=映画の主題でもあるし。作詞はティム・ライス、作曲はエルトン・ジョン。

これから先の人生で、 どんなことがあるのか知らないけれど、いとしい歌の数々よ、どうぞぼくを守りたまえ。  
(芦原すなお 著「青春デンデケデケデケ」より)

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「ジョン・ウィリアムズの夕べ」スラットキン/フランス国立リヨン管弦楽団

6月27日(月)フェスティバルホールへ。

レナード・スラットキン/フランス国立リヨン管弦楽団によるオール・ジョン・ウィリアムズ・プログラムを聴く。

どうしてフランスのオケが映画音楽のコンサートをするのかという疑問に対して、スラットキンは次のように答えた。「リュミエール兄弟により映画(シネマトグラフ)が発明されたのはリヨンだから」世界初の実写記録映像「工場の出口」(1895)が撮影されたのもリヨンにあった兄弟の所有する工場である。ここは現在、リュミエール美術館になっている。

スラットキンはロサンゼルスで生まれた。父フェリックスは20世紀フォックス・オーケストラのコンサートマスターであり、母はワーナー・ブラザースのオケの首席チェリストで、「ジョーズ」のサウンド・トラックに参加している。また彼らはハリウッド弦楽四重奏団の創設者でもある。フランク・シナトラの伴奏を務めたこともあり、シナトラがスラットキン家を訪問した際、レナードに子守唄を歌ってくれたという。

レナード・スラットキンが1986年にセントルイス交響楽団を率いて来日公演を行った際、プログラムは通常のクラシック音楽だったのだが(ロデオ、メンコン with 五嶋みどり、ショスタコ5番)、なんとアンコールでは「ダース・ベイダーのテーマ」がサントリーホールに鳴り響いた!サービス精神が旺盛な指揮者だなと僕はすごく嬉しくなった。

さて、今回のプログラムは、

  • 「フック」ネヴァーランドへの旅立ち
  • 「ジュラシック・パーク」テーマ
  • 「ジョーズ」組曲
  • 「シンドラーのリスト」テーマ
  • 「レイダーズ 失われたアーク《聖櫃》」マーチ
  • 「E.T.」地上の冒険
       休憩
  • ロサンゼルス五輪 開会式のファンファーレとテーマ
  • 「ハリー・ポッターと賢者の石」ハリーの不思議な世界
  • 「未知との遭遇」組曲
  • 「スーパーマン」マーチ
  • 「スター・ウォーズ」組曲
    メイン・タイトル、王女レイア、帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)
    ヨーダのテーマ、王座の間とエンド・タイトル
  • 「SAYURI(Memoirs of a Geisha)」テーマ(アンコール)
  • 「S・W ジェダイの帰還」イウォーク族のパレード(アンコール)

「ジョーズ」以外は皆、公開時に映画館で観ている。また全作サントラCDを所有。

このオケは余りトランペットが上手じゃなかった。大阪フィルと同レベル。多分N響とか読響、東響など東京のオーケストラの方が格上だろう。しかしホルンはすごく良かったし、「シンドラーのリスト」のコンサートミストレスは太い音で咽び泣き、確かな聴き応えがあった。

スラットキンの指揮は流麗でサウンドはゴージャス。「ネヴァーランドへの旅立ち」からは壮大なロマンを感じた。ホルン・ソロで始まる「ジュラシック・パーク」は気高い(noble)。僕は1993年6月19日にジョン・ウィリアムズ/ボストン・ポップス・オーケストラの来日公演でこの曲を聴いたことを想い出した。当時は岡山に住んでいて、旧フェスティバルホールまで新幹線に乗って遥々やって来たのである。「ジュラシック・パーク」が日本で公開されたのはその年の7月17日。つまり映画公開前に音楽に触れるという貴重な体験をしたのだった。

その時僕は高校吹奏楽部からの親友と一緒だった。演奏会では「E.T.」から”地上の冒険”も演奏され、その後で彼が僕の肩を叩いてそっと囁いた。「隣に座っている女の子が、聴きながら感極まって泣いていた」と。音楽って凄い!と嘆息したことを今でも鮮明に憶えている。

その友は新婚旅行から帰ってきて直ぐに慢性骨髄性白血病を発症した。アトランタ・オリンピックが開催された1996年の夏のことだった。彼は兄弟から骨髄幹細胞移植を受けることになり、僕はジョン・ウィリアムズがオリンピックのために作曲した「Summon the Heros(英雄たちを招集せよ)」のCDを入院見舞いとして病院に持参した。手術は無事成功したのだが術後感染症から敗血症に至り、結局彼は亡くなった。そんな事どもの記憶が演奏を聴きながら僕の脳裏を駆け巡った。

ロサンゼルス五輪が開催された時に僕は高校生で、うちの吹奏楽部が運動会でジョンのオリンピック・ファンファーレを演奏した。勇壮な曲。

「未知との遭遇」の前半はリゲティやペンデレツキみたいな現代音楽なのだが、後半のクライマックスはとってもロマンティック。「スーパーマン」は躍動感溢れ、「イウォーク族のパレード」は軽妙洒脱。曲調が多岐に渡るジョンの魅力をたっぷり堪能した。

クラシックの音楽家たちは未だに映画に対する偏見を根強く持っている。エリック・ウォルフガング・コルンゴルトの再評価が非常に遅れたのも「ハリウッド(大衆娯楽)に魂を売った唾棄すべき作曲家」という烙印を押されたからだし、オーケストラの定期演奏会でジョン・ウィリアムズの映画音楽が取り上げられることはない。漸くウィーン・フィルやベルリン・フィルが野外コンサートで「スター・ウォーズ」や「E.T.」を演奏する時代になったので、今後さらに状況が変化していくことを期待したい。付随音楽という意味では、バレエやオペラと何ら違いはないのだから。

ディーク・エリントンはこう言った。

音楽には2種類しかない。「いい音楽(good music)」と「それ以外(and else)」だ。

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宮川彬良/オオサカ・シオンによる「アメリカの夢」

2月12日(金)ザ・シンフォニーホールへ。宮川彬良/オオサカ・シオン・ウィンド・オーケストラの定期演奏会を聴く。

  • J.ウィリアムズ(J.カーナウ編):映画「11人のカウボーイ」
  • J.ボック(宮川彬良編):ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」
  • スーザ:行進曲集 ①海を超える握手②ワシントン・ポスト
    ③美中の美④雷神(以上F.フェネル校訂)⑤星条旗よ永遠なれ
  • ガーシュウィン(J.バーンズ編):「ガール・クレイジー」より
    エンブレイサブル・ユー〜チャンスを待ちながら〜アイ・ガット・リズム
    〜私のためじゃない(But Not For Me)
  • D.エリントン(J.バリー/宮川彬良編):映画「コットン・クラブ」より
    ①ミニエ・ザ・ムーチ②ムード・インディゴ③ソリチュード
    ④ザ・ムーチ⑤コットン・クラブ・ストンプ・ナンバー2
  • 若いってすばらしい(アンコール)

まず最初に宮川彬良からの挨拶があった。「久しぶりにシンフォニーホールに帰ってきました。私がプロのオーケストラを初めて指揮したのはこのホールで開催された大阪フィル・ポップス・コンサートでした。その後大阪市音楽団と出会い、何度かここで演奏し、彼らがオオサカ・シオン・ウインド・オーケストラとして再出発する時に音楽監督就任を請われました。私はこの楽団の音楽監督になって本当に良かった。リハーサルでも彼らは涙がでるくらい一生懸命に練習します」と。

ジョン・ウィリアムズの「11人のカウボーイ」「屋根の上のヴァイオリン弾き」(アカデミー編曲賞受賞)については下記記事で語った。

「11人のカウボーイ」吹奏楽版は全日本マーチングコンテストでも演奏される人気曲だ。そちらの感想はこちら。宮川彬良の指揮は生き生きしたリズム感で、しなやかな歌に満ちている。ただライヴ・レコーディングされていたのだが、トランペットとホルン・ソロのミスが目立ったので、本番をそのまま使う訳にはいかないだろう(多分ゲネプロのテイクが採用される筈)。

「屋根の上のヴァイオリン弾き」の編曲は宮川彬良の書き下ろし。①しきたり②サンライズ・サンセット③結婚式の踊り〜ボトル・ダンスという構成。「しきたり」はフルートのソロで開始され、途中からクラリネット・ソロが加わる。「サンライズ・サンセット」はイングリッシュ・ホルンのソロとファゴットが印象的。色彩感豊かなアレンジで難易度もしっかりあり、これは全日本吹奏楽コンクールの自由曲として勝負出来る内容になっているのではないだろうか?

スーザのマーチは堅固なリズムに乗り、キレとメリハリのある演奏。くっきりと浮かび上がる対旋律。聴き慣れた曲の筈なのに、とても新鮮だった。なお「美中の美」の原題は"The Fairest of the Fair"で、これは「博覧会の美女」と解釈も出来るとのこと。成る程。「星条旗よ永遠なれ」は強弱のニュアンスが豊かだった。

「アルヴァマー序曲」や交響曲第3番が有名なジェイムズ・バーンズによるガーシュウィンの編曲はJazzyで都会的。ハーモニーが凝っていて最後はゴージャスに締め括られた。素晴らしいアレンジだった。

「コットン・クラブ」ではピアノを弾き振りした宮川彬良の解説によると、それまでラグライムとかディキシー・ランド・ジャズしか無かった1920年代にディーク・エリントンが彗星のごとく現れ、新風を吹き込み、このジャンルは芸術に昇華する第一歩を踏み出したと(ストイックなジャズの誕生)。禁酒法時代(1920-1933)のナイトクラブは黒人が演奏し、踊り、観客は全員白人。黒人たちには内面からフツフツと沸き起こる怒りがあっただろうし、そこには何かしら緊張感があったろう。客が踊り出すのはそれから30年後のグレン・ミラーの登場を待たなければならなかった。

ここでダイナマイトしゃかりきサ~カスという3人のボーカル・グループが加わった。「ムード・インディゴ」はクラリネットとミュートを付けたトランペット、トロンボーンの3重奏が印象的。「ソリチュード」は女声ソロ。「コットン・クラブ・ストンプ・ナンバー2」は最後シオンの楽員全員が起立し、ノリノリの演奏。これぞビッグバンド・ジャズ!客席も大いに盛り上がった。

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武満徹のシネマ・ミュージック/あるいは、「クラシック音楽愛好家を斬る!」

パーヴォ・ヤルヴィがNHK交響楽団の首席指揮者に就任にするにあたり、「パーヴォ・ヤルヴィ×日本人アーティスト 白熱音楽トーク」という番組がEテレで放送された。そこでのパーヴォの発言を引用しよう。

クラシックの音楽家にはなぜか自分たちが他の芸術家よりも優れている、自分たちの芸術のほうが重要だという意識があるが、これは大きな間違い。より優れているわけがない。
私たちの芸術は他の芸術と同じ程度に重要なだけだ。クラシック音楽の世界には強いエリート意識があり、これが自分たちの首を絞めている。

彼は賢い。よく物事の本質を見抜いている。クラシック音楽の演奏家は勿論その通りなのだが、これは聴く側、すなわち愛好家=クラオタにも当てはまる。

不思議な事にクラシック音楽愛好家は自分たちが高尚な趣味を持っていると勘違いし、それを誇りに思っているフシがある。だから他のジャンルの音楽に見向きもしない。オペラ・ファンの多くはミュージカルを馬鹿にしている。

この何の根拠もない愚かなエリート意識を象徴するのがエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトに対する世間の扱いである。

コルンゴルトが時代の寵児としてもて囃されたのはオペラ「死の都」Op.12が1920年にハンブルクとケルンで同時初演された頃である。当時23歳だった。しかしその後ナチスが台頭し、ユダヤ人だった彼はハリウッドに逃れる。そして映画音楽作曲家として名を馳せ、アカデミー賞を2度受賞した。第二次世界大戦後コルンゴルトはワーナー・ブラザースとの契約を更新せず、ウィーン楽壇への復帰に意欲を燃やす。しかし「時代錯誤」「映画に魂を売った男」と蔑まれ、評論家から袋叩きにあって失意のうちにアメリカに戻ることになる。詳しくは下の記事に述べた。

21世紀に入り、漸くコルンゴルトの再評価が進んだ。今では彼の代表作であるヴァイオリン協奏曲(1947年初演、彼の映画音楽から幾つかのモティーフが流用された)が演奏される機会が日本でも増えた(しかし大阪フィルハーモニー交響楽団は未だに一度もこの曲を取り上げたことがない)。僕が彼の音楽に興味を持ち、CDを集め始めたのは今から30年前、1980年代前半のことである。その頃、コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲の国内盤は1枚もなかった。だからハイフェッツやパールマンが演奏するCDを輸入盤で購入した。ドイツ・グラモフォンがこの曲を初めてレコーディングしたのは1993年(シャハム&プレヴィン/ロンドンs.o.)である。初演から46年が経過していた

要するにクラシック音楽世界の住人達は「映画音楽は下等だ」と蔑んでいるわけだ。しかし考えてみれば妙な話である。彼らが毎年1月1日にニューイヤー・コンサートで聴くシュトラウス一家のワルツやポルカは所詮、”ダンス・ミュージック”である。そもそも観賞用に書かれた楽曲ではない。チャイコフスキーやストラヴィンスキーのバレエ音楽が現在の映画音楽と比較して「上等」であるという根拠もない。

ジョン・ウィリアムズの傑作「スター・ウォーズ」(1977年)をウィーン・フィルが初めて演奏したのは2010年(シェーンブルン宮殿夏のコンサート)、ベルリン・フィルは2015年(ヴァルトビューネ野外コンサート)だった。遅過ぎる。正にバーヴォが言う「強いエリート意識が自分たちの首を絞めている」状況である。

さて、2月11日(祝)兵庫県立芸術文化センターへ。

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武満徹の映画音楽を聴く。演奏家は渡辺香津美(ジャズ・ギター)、coba(アコーディオン)、鈴木大介(クラシック・ギター)、ヤヒロトモヒロ(パーカッション)という面々。このコンサートは2008年にワシントンD.C.のケネディー・センターで開催され、その後も松本のサイトウ・キネン・フェスティバルやカーネギー・ホールでも再演を重ねてきたものである。

武満徹は映画を愛し、沢山の映画音楽を残した。またビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を高く評価 していた。1992年に武満が書いたエッセイ「『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を聴く 今更ビートルズについて」から引用 しよう。

ビートルズについて、あらためていま語るには、いくらかの躇いと、気後れのようなものを覚える。優しさと悲しさと、滑稽な気分にあふれた、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が売り出されたのは1967年。すでに、20年近い時間 が過ぎたのに、いまだに音楽の活気は少しも失われていない。ビートルズは、私のなかで、日々若返っていく。

(中略)

ビートルズが生まれる 要因は、ある意味では十分すぎるほどだったが、それでも、かれらの天才は格別のものだ。かれらが創り出す音楽があれほどの多様さを持ち得たのは、かれら4人の個性が、絶えず動いてやまない磁場として作用したからだろう。4人は、マグネットのように相互に牽き合い、また時に、反発しあう。各自が自分の本能に 正直であったから、この危うい均衡は奇跡的に保たれた。ビートルズは誰ひとりとして、押しつけられた音楽的教養などとは無縁だったから、既成の価値観をもっては測れないような、理想的な共同体を創り得たのだ。

武満はクラシック音楽以外のジャンルに対して何のわだかまりもなく、別け隔てない公平な人だった。それは彼が作曲家を志す契機になったのが、終戦間近の14歳の時に勤労動員先で見習士官からこっそりレコードを聴かせてもらった、リュシエンヌ・ボワイエが唄うシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」(この音源は現在ナクソス・ミュージック・ライブラリーで試聴可能)だったことと無関係ではあるまい。

さて、今回のコンサートで演奏されたのは、

  • 「フォリス」より第一曲(鈴木大介の独奏)
  • 映画「不良少年」より
  • 映画「伊豆の踊子」より
  • 映画「日本の青春」より
  • 映画「太平洋ひとりぼっち」より(芥川也寸志との共作)
  • Tribute to Toru(渡辺香津美/ヤヒロトモヒロの即興)
  • 映画「ホゼー・トレス」より
  • 映画「狂った果実」より
  • 映画「最後の審判」より”3月のうた”
  • 映画「他人の顔」よりワルツ
  • 映画「写楽」より
  • 小さな空(アンコール)

「フォリオス」は荘村清志からの委嘱で作曲されたコンサート用ギター独奏曲。

「不良少年」には哀愁が漂い、「伊豆の踊子」は叙情的。「どですかでん」についてcobaは《天使のメロディー》と評した。「太平洋ひとりぼっち」は海洋冒険家・堀江謙一の手記を元にした映画だが、何と彼が出港したのは地元・兵庫県西宮だった(堀江は現在・兵庫県芦屋市在住)。爽やかな海の風が耳元で囁き、波の高鳴りが音楽から聴こえてきた。

休憩を挟み渡辺香津美とヤヒロトモヒロの即興演奏はグルーヴィーgroovy。「ホゼー・トレス」の音楽はジャジーjazzyで、「狂った果実」はブルースだった。

「他人の顔」ワルツは世界的なアコーディオンの名手cobaのソロが圧巻。dynamicかつpassionateだった。

晩年の傑作「写楽」もジャズの要素が取り入れられているのだが、屈託のない明るさがあり、なんだか仲間たちとワイワイ酒を飲んでいる風景が目に浮かんだ。

アンコールは僕が一番好きな武満のうた「小さな空」(作詞も武満)!とても嬉しかった。

武満の映画音楽は6月にいずみホールで公演があるユーリ・バシュメット&モスクワ・ソロイスツでも聴く予定。詳細は→こちら

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「スター・ウォーズ」は何故《ハリウッド・ルネサンス》と呼ばれたのか?

1960年代から70年代前半にかけ、アメリカは混乱と激動の時代にあった。米ソ冷戦下にキューバ危機があり、ケネディ暗殺、マーティン・ルーサー・キングを指導者とするアフリカ系アメリカ人の公民権運動、キング牧師やマルコムXの暗殺、ベトナム戦争の泥沼化と反戦運動、コロンビア大学などで勃発した学園紛争(いちご白書)、ヒッピー・ムーブメントとウッドストック・フェスティバル(カウンターカルチャーの台頭)がそれを象徴する出来事だろう。国民は自信を喪失し、将来に明るい夢を見れなくなった。

映画の世界ではフランス・ヌーベルバーグ(新しい波)の影響を受けて、1960年代後半に《アメリカン・ニューシネマ》New Hollywoodというムーブメントが発生した。「俺たちに明日はない」「卒業」(以上1967)、「ワイルドバンチ」(1968)、「イージー・ライダー」「明日に向かって撃て」「真夜中のカーボーイ」(以上1969)などがその代表作である。反体制的な若者が巨大な権力に対し敢然と闘いを挑むが、最後には圧殺されるか、あるいは個人の無力さを思い知らされるという物語が多かった。描写は暴力的となり、血飛沫やセックス(裸身)も描かれるようになった。これは1934年から実施されてたヘイズ・コード(映画製作倫理規定)が1968年に廃止された影響も大きい。ヘイズ・コードの詳細についてはこちらをご覧あれ。《アメリカン・ニューシネマ》は低予算で、セットを組まず殆どがロケで済まされた。屋外で手軽に使用できる撮影機材の開発がそれを可能にした。16mmフィルムを用いた自主映画、アンダーグラウンド(アングラ)・ムービーも盛んになった。そこには赤裸々なリアル(現実)が写し出された。

1930-50年代のハリウッド黄金期、映画は基本的にスタジオ内で撮影され(オープンセットを含む)、屋外シーンはスクリーン・プロセスによる合成で済まされた(例えばヒッチコック映画などもそう)。

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上の写真を見れば当時、手持ちカメラで気軽にロケというわけにはいかなかった事情がお分かり頂けるだろう。

アメリカン・ニューシネマ》で映像作家たちは表現の自由を得たが、その代償として従来の大手スタジオによる整然とした製作システムは瓦解した(映画産業衰退の最大の原因は一般家庭へのテレビの普及である)。1966年にはウォルト・ディズニーが亡くなり、ディズニー・スタジオも長期低迷期に入った。出来がよく構成がしっかりした(well-made)ハリウッド映画は一度死に絶え、スクラップ・アンド・ビルドの戦国時代に突入したと言ってもいいだろう。

そこに登場したのが「ゴッドファーザー」(1972)のフランシス・フォード・コッポラであり、「ジョーズ」(1975)のスティーヴン・スピルバーグや「スター・ウォーズ(エピソード4)」(1977)のジョージ・ルーカスであった。彼らは《ハリウッド・ルネサンス》Hollywood Renaissanceの申し子と呼ばれた。

「スター・ウォーズ(エピソード4)」はどうして《ハリウッド・ルネサンス》なのか?詳しく説明しよう。

ジョージ・ルーカスはハリウッド黄金時代の冒険活劇再興を目指した。例えば映画冒頭、前説の文字が遠近法で画面奥の方に消えていく手法はセシル・B・デミル監督の西部劇「平原児」(1936)の再現である。

Hei

Sw

写真上が「平原児」、動画はこちら。下が「スター・ウォーズ」である。モス・アイズリー(惑星タトゥイーンの巨大宇宙港都市)の酒場にたむろする連中も完全に西部劇に登場する「ならず者」だしね。

またデス・スター内部でルークがレイアを抱きかかえ、ロープにぶら下がって逃げるというアクション・シーンがあるが、これはジョニー・ワイズミラー主演「類人猿ターザン」(1932)へのオマージュでもあるし、エロール・フリンが主演した一連の海賊映画(「シー・ホーク」1940、「海賊ブラッド」1935)への敬意の表明でもある。

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ここでジョン・ウィリアムズの音楽へ目を移してみよう。「スター・ウォーズ」のメインテーマはエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトが作曲した「嵐の青春(Kings Row)」(1942)や「シー・ホーク」そっくりである(試しにStar WarsとKings Rowを聴き比べてみてください→こちら!)。実は「海賊ブラッド」も含め、エロール・フリンが主演した映画の多くはコルンゴルトが音楽を担当しており、「スター・ウォーズ」の音楽そのものがコルンゴルトやフリンへのオマージュを高らかに奏でているのだ。ウィーンで幼少期を過ごしオペラの作曲家としても名を馳せたコルンゴルトはワーグナーが考案したライトモティーフ(示導動機)の手法を映画に持ち込んだ。そのひそみに倣い、ジョン・ウィリアムズも「スター・ウォーズ」のために数多くのライトモティーフを用意した。ルーク(=ジェダイの騎士、フォース)、レイア、ダース・ベイダー、ヨーダ、ミレニアム・ファルコン号、イウォーク、アナキン、ダース・モール、「フォースの覚醒」ではレイ、レン、スノーク、反乱軍など各々にモティーフ(テーマ)が与えられており、それらが複雑に絡み合って壮大な世界を形成する。「スター・ウォーズ」は神話であるが、音楽もワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を踏襲しているわけだ。詳しくは下記記事をご参照あれ。

さらに「スター・ウォーズ エピソード1」のポッド・レースは「ベン・ハー」(1959)における戦車競争の場面へのオマージュであり、ジョン・ウィリアムズの音楽もここでは意図的にミクロス・ローザ(ハンガリー式に表記するとロージャ・ミクローシュ)が作曲した「ベン・ハー」そっくりに仕上げられていることを追記しておく。

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上の写真2枚が「ベン・ハー」の戦車競走であり、下2枚がポッド・レース。

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「スター・ウォーズ(エピソード4)」でアルフレッド・ニューマンによる「20世紀フォックス・ファンファーレ」が久々に復活したことも見逃せない。これは1935年に作曲され、「20世紀フォックス」のロゴと共にスネアドラムの軽快なリズムで始まるのだが、一時期このファンファーレが流れず、オープニングロゴが無音のまま映し出される状態となっていたのである。

次に「スター・ウォーズ」への黒澤映画からの影響に言及しよう。ルーカスが黒澤明の大ファンであることはあまりにも有名で、「影武者」(1980)海外版プロデューサーはフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが務めた。余談だが黒澤の「夢」(1990)は日本国内で出資者が見つからなかったためにスティーヴン・スピルバーグに脚本を送り、彼がワーナー・ブラザーズへ働きかけたおかげで製作が実現したという経緯がある。《ハリウッド・ルネサンス》の立役者、揃い踏みである。因みに「夢」にはマーティン・スコセッシ監督がゴッホ役で出演している。

話を「スター・ウォーズ」に戻そう。ダース・ベイダーのフェイスマスクは明らかに武士の鎧兜を元にデザインされている。ルーク・スカイウォーカーやオビ=ワン(ベン)・ケノービが最初に来ている衣装は柔道着だ(黒澤映画「姿三四郎」1943)。ライトセーバーによる対決は勿論、チャンバラ(剣劇)である。またジェダイ=時代であり、オビ=ワンの名前の由来は「帯」であるとルーカス本人が明言している。彼が当初オビ=ワン役を三船敏郎にオファーし、にべもなく断られたことはよく知られた事実である。またヨーダのモデルは「依田(よだ)さん」という説もあり。詳しくは→こちら

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上の写真は溝口健二監督の最盛期を支えたことで知られる脚本家:依田義賢氏。耳と鼻の形に注目!

C-3POとR2-D2という凸凹コンビの由来は黒澤映画「隠し砦の三悪人」(1958)に登場する百姓の太平(千秋実)と又七(藤原釜足)である。そもそも囚われた姫を救出するという「スター・ウォーズ」のプロットそのものが「隠し砦の三悪人」を踏襲している。因みに宮﨑駿の「ルパン三世 カリオストロの城」(1979)も「隠し砦の三悪人」を下敷きにしており、「スター・ウォーズ(エピソード4)」と同時期に登場したというのが興味深い。

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これでご理解頂けただろう。「スター・ウォーズ」シリーズには今は失われてしまった映画黄金期の記憶が「これでもかっ!」というくらい、てんこ盛りに封印されている。新しい技術(VFX)で古(いにしえ)の夢を語る。あくまで虚構(フィクション)にこだわり、現実(リアル)や血なまぐさい場面、あからさまな性的描写はなし(つまりアメリカン・ニューシネマへのアンチテーゼ)。だから《ルネサンス》(フランス語で「再生」「復活」を意味する)なのだ。

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シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第5回/知られざるジョン・ウィリアムズの世界

過去のシリーズは下記。

さて「スター・ウォーズ エピソード7 フォースの覚醒」公開を記念して、皆さんお待ちかね、満を持してのジョン・ウィリアムズ登場である。紛れもなく20世紀最高の作曲家。彼の成し遂げた偉業に比べれば、ストラヴィンスキーやラヴェル、バルトーク、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフなど足元にも及ばない。

しかしここで「スター・ウォーズ」「スーパーマン」「ハリー・ポッター」など誰でも知っている名曲を取り上げても仕方がない。故にこうしたSF・ファンタジー分野のブロックバスター超大作、さらに「ジョーズ」「未知との遭遇」「E.T.」「ジュラシック・パーク」などスティーヴン・スピルバーグ監督の全作品を除外し、知られざる作品群にスポットライトを当てることにした。僕が好きな順ではなく、公開年順に推したい作品を並べている。ディープな世界へようこそ。

  • おしゃれ泥棒(1966)ジョニー・ウィリアムズ名義
  • 華麗なる週末(1969)
  • ジェーン・エア(1970)
  • 屋根の上のヴァイオリン弾き(1971)
  • 11人のカウボーイ(1971)
  • タワーリング・インフェルノ(1974)
  • フューリー(1978)
  • ドラキュラ(1979)
  • イエス、ジョルジョ(1982)
  • イーストウィックの魔女たち(1987)
  • ホーム・アローン(1990)
  • 遥かなる大地へ(1992)
  • サブリナ(1995)
  • セブン・イヤーズ・イン・チベット(1997)
  • SAYURI(2005)
  • やさしい本泥棒(2013)

因みにジョンの父ジョニー・ウィリアムズはジャズ奏者でレイモンド・スコット・クインテットでドラム&パーカッションを担当していた。また息子のジョセフ・ウィリアムズはロック・バンド TOTOのヴォーカリスト(謙、作曲家)である。

おしゃれ泥棒」 今では想像がつかないだろうが、1960年代のジョンのスタイルはお洒落で都会的、ヘンリー・マンシーニ(ピンク・パンサー、ムーン・リヴァー)のタッチに近かった。マンシーニが音楽を担当した「ピーター・ガン」(1958)のサントラにはピアニストとして参加している。その頃の代表作がオードリー・ヘップバーン主演の「おしゃれ泥棒」。軽やかで粋だね!ウキウキする。

華麗なる週末」 スティーブ・マックイーン主演。現在に繋がるシンフォニックなスタイルを確立しつつある時期の作品。曲調としては”アメリカ音楽の祖”アーロン・コープランド(ロデオ、アパラチアの春)に近い。スピルバーグは映画監督デビュー作「続・激突!/カージャック」(1974)からジョンと組んでいるが、「華麗なる週末」や「11人のカウボーイ」の音楽をスティーヴンが気に入っていたことが二人の出会いの切っ掛けとなった。最初彼は音楽の印象からすごいお爺ちゃん作曲家なのだろうと想像していた。ところが現れたジョンが若かったので驚いたという。当時ジョンが41歳、スティーヴンは27歳だった。「華麗なる週末」は後にジョン自身がボストン・ポップスのためにアレンジし、録音している。アカデミー作曲賞ノミネート(これが自身初)。なお、「スター・ウォーズ」の作曲家を探していたジョージ・ルーカスにジョンを紹介したのはスティーヴンである。

ジェーン・エア」 テレビ映画。これもボストン・ポップスのためにアレンジされた組曲がある。たおやかで美しく、僕は凄くケルト的な音楽だなと感じる。ムーア(荒野)が見渡す限り何処までも続いている風景が目に浮かぶ。そういう意味で後に作曲された「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」に繋がっている。あとジョンが音楽を担当したテレビ映画でお勧めなのが「アルプスの少女ハイジ」(1968)。

屋根の上のヴァイオリン弾き」 ブロードウェイ・ミュージカルの映画化で、舞台版の作曲はジェリー・ボック。ジョンは本作でアカデミー編曲賞を受賞した。冒頭のクレジット・タイトルで演奏されるヴァイオリン協奏曲は映画オリジナルであり、これが素晴らしい。ユダヤ・テイストたっぷりで、後の「シンドラーのリスト」に繋がってゆく。映画で弾いたのがユダヤ人ヴァイオリニスト、アイザック・スターン。ジョンはボストン・ポップスともレコーディングしている。因みに「シンドラーのリスト」のサントラはヴァイオリン・ソロをイツァーク・パールマンが弾いた。

11人のカウボーイ」 ジョン・ウエイン主演。ジョン・ウィリアムズ流西部劇の音楽。やはりコープランド風である。ボストン・ポップスとのレコーディングあり。冒頭のホルンの咆哮がめっちゃ格好いい!!実はこれ、吹奏楽の世界でも人気があり、全日本マーチングコンテストでも演奏されている。→こちら

タワーリング・インフェルノ」 1970年代のジョンはパニック映画(Disaster Movie)の巨匠として名を馳せ、「ポセイドン・アドベンチャー」や「大地震」など一手に引き受けた(「ジョーズ」だっていわばパニック映画だ)。その代表作が「タワーリング・インフェルノ」。映画冒頭、上昇するヘリコプターの背後で低弦が「ダーン、ダダダッ、ダダダ。ダーン、ダダダッ、ダダダ」とリズムを刻み始めるだけで否が応でも期待と興奮が高まるのだ。アカデミー作曲賞ノミネート。

フューリー」 カーク・ダグラス主演でブライアン・デ・パルマ監督の超能力(念力)映画。2014年に公開されたブラピ主演の同名映画もあるのでお間違いなく。ここでのジョンはスリラー/サスペンス・タッチでアルフレッド・ヒッチコックと組んでいたバーナード・ハーマンを模したスタイルに徹している。「スター・ウォーズ」「スーパーマン」同様、サントラの演奏を名門ロンドン交響楽団が担当している。因みにデ・パルマとハーマンは「悪魔のシスター」「愛のメモリー」で2度組んでいる。「フューリー」が製作された時、ハーマンは既に故人だった。

ドラキュラ」 何と言っても「ドラキュラ 愛のテーマ」が好きだ!耽美的で濃密な浪漫の香りが漂う。こちらもロンドン交響楽団が演奏。

イエス、ジョルジョ」 日本未公開。なんと「3大テノール」ルチアーノ・パヴァロッティが主演!映画でもテノール歌手役だ(当然、演技は拙い)。アカデミー歌曲賞にノミネートされた主題歌 "If We Were In Love" がとっても甘く美しくて素敵。パバロッティがイタリア訛りの英語で歌っている。このサントラ、日本でもLPレコードが発売され、僕も持っていた。海外ではCDが発売されたようだが既に廃盤。ただし映画の北米版DVDは現在でも入手可能。僕も所有している。

イーストウィックの魔女たち」 アカデミー作曲賞にノミネート。監督は「マッドマックス」で話題沸騰のジョージ・ミラー。ちょっとユーモラスな悪魔の音楽である。後にヴァイオリンとピアノのための独奏曲に編曲され、イスラエル出身の名ヴァイオリニスト、ギル・シャハムが「悪魔のダンス」というアルバムに収録している。→こちら

ホーム・アローン」 アカデミー賞で作曲賞及び、主題歌 "Somewhere in My Memory"が歌曲賞にノミネート。至福のクリスマス音楽。愛らしい "Somewhere in My Memory" や "Star of Bethlehem" などの歌が僕はダ・イ・ス・キ・ダー!何だかほっこりした気持ちになれる。

遥かなる大地へ」 当時夫婦だったトム・クルーズとニコール・キッドマンが共演。アイルランドから米国に渡った移民の物語。「風と共に去りぬ」の前日譚(スカーレット・オハラの両親の物語)でもある。クライマックスとなるランド・ラン(土地獲得レース)は1931年にアカデミー作品賞を受賞した「シマロン」の再現だ。ジョンの音楽はアイリッシュ・テイスト満載でアイルランドのバンド「ザ・チーフタンズ」もフィーチャーされている。因みに主題歌はやはりアイルランド出身のエンヤが作詞・作曲している。余談だがジェームズ・キャメロンは「タイタニック」の音楽をまずジョン・ウィリアムズに、次にエンヤに依頼してどちらからも断られているのだが、キャメロンには本作のイメージがあったのではないだろうか?(最終的にジェームズ・ホーナーが「要するにエンヤもどきの曲を書けばいいんだろ?」と引き受け、アカデミー作曲賞・歌曲賞を受賞した。)吹奏楽用にも編曲され、なにわ《オーケストラル》ウィンズが演奏したCDがある。

サブリナ」 アカデミー作曲賞及び歌曲賞にノミネート。まるでピアノ協奏曲みたいな、なんともロマンティックで可憐な楽曲。

セブン・イヤーズ・イン・チベット」 ヨーヨー・マを独奏者に迎えた、チェロ協奏曲仕様である。記事「決定版!チェロの名曲・名盤 20選」をご参照あれ。

SAYURI」 アカデミー作曲賞にノミネート。「シンドラーのリスト」のイツァーク・パールマンと「セブン・イヤーズ・イン・チベット」のヨーヨー・マを迎えた、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲になっている。琴や尺八も登場し、日本風味なのが新鮮。

やさしい本泥棒」 日本未公開。アカデミー作曲賞にノミネート。静謐な叙情。詳しくはこちらに書いた。

番外編として、スピルバーグとのコラボレーションから1作品だけご紹介しよう。レオナルド・ディカプリオとトム・ハンクスが共演した「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」。ジョンとしては珍しく、サクソフォンが主役のJAZZYな音楽である。ある意味、「おしゃれ泥棒」時代のスタイルに帰還したと言えるだろう。この映画からアルト・サクソフォンとオーケストラのための「エスカペイズ Escapades」という独立した楽曲が生まれた。ピアノ伴奏版や吹奏楽伴奏の編曲もあり。

また映画音楽以外では1984年ロサンゼルス・オリンピックのために書かれた「オリンピック・ファンファーレとテーマ」(グラミー賞受賞)と1996年アトランタ・オリンピックのために書かれた「サモン・ザ・ヒーロー(Summon The Heroes)」が格好いい楽曲なのでお勧めしたい。どちらも作曲家自身の指揮/ボストン・ポップス・オーケストラの演奏によるCDがある。

2010年、シェーンブルン宮殿夏のコンサートでウェルザー=メスト指揮する天下のウィーン・フィルは「スター・ウォーズ」メイン・タイトルや帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)を演奏した。そして2015年、今度はヴァルトビューネ野外コンサートにおいてサイモン・ラトルがベルリン・フィルを指揮し、「スター・ウォーズ」「レイダーズ/失われた聖櫃」「E.T.」を披露した。ついに世界はジョン・ウィリアムズの前にひれ伏したのである!

ジョンは今までに「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ジョーズ」「スター・ウォーズ」「E.T.」「シンドラーのリスト」で5回、アカデミー賞を受賞している。もし「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」でノミネートされれば、これが記念すべき50回目となる。6度目のオスカーをジョンに!御年83歳。エピソード9完結まで(あと4年)是非健康でいて欲しい。May the Force be with him(フォースと共にあらんことを) !

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アンドレ・プレヴィンと映画〜ヒメノ/大フィル 定期

7月23日(木)フェスティバルホールへ。

グスターボ・ヒメノ/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • レブエルタス:センセマヤ
  • アンドレ・プレヴィン:チェロ協奏曲 日本初演
    (独奏:ダニエル・ミュラー=ショット)
  • ガーシュウィン:パリのアメリカ人
  • バーンスタイン:「ウエストサイド物語(WSS)」より
     ”シンフォニック・ダンス”

ヒメノはスペインのバレンシア生まれなんだけれど、お国ものがないのが何ともユニーク。これってドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラが組みそうなプログラムじゃない?実際彼らはセンセマヤとWSSが入ったアルバムをレコーディングしているし。レブエルタスはメキシコ人でメキシコはスペイン語圏だから(スペイン人コルテスがアステカ帝国を滅ぼした)、辛うじてヒメノと繋がっているのだけれど。

アンドレ・プレヴィンは1929年ベルリン生まれのドイツ系ユダヤ人。ナチス・ドイツの迫害を逃れてアメリカに亡命した。この点、ビリー・ワイルダー監督(「サンセット大通り」、「お熱いのがお好き」)やフランツ・ワックスマン(映画「サンセット大通り」、「陽のあたる場所」でアカデミー作曲賞受賞)と似ている。プレヴィンは1950年代から映画音楽に携わり、ミュージカル映画「マイ・フェア・レディ」ではアカデミー編曲賞を受賞。指揮も担当している。ジョン・ウィリアムズと親しく、「スター・ウォーズ」(1977)のサウンド・トラックをロンドン交響楽団が演奏しているのは当時同オケの音楽監督だったプレヴィンによる尽力の賜である

日本初演となるチェロ協奏曲 第1楽章の濃厚なロマンの薫り漂う第2主題を聴いて僕はニヤリとした。節回し・ハーモニーがエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトそっくりなのである。プレヴィンは今日におけるコルンゴルト・ルネッサンスの立役者である。何と彼はコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲を3回レコーディングしている(独奏はパールマン、シャハム、ムター。僕は全て所有している)。ドイツ・グラモフォンにはコルンゴルトの交響曲嬰ヘ長調や「シー・ホーク」などの映画音楽集も残している。正に伝道師と言えるだろう。打って変わって第2楽章は調性と無調の狭間をたゆたうような如何にもゲンダイオンガクをしていて、そのコントラストが新鮮。

ヒメノの指揮はレブスタルで正確にリズムを刻み、カチリとした演奏だったが面白味に欠ける気がした。プレヴィンのコンチェルトも煮え切らない。チェロも何だか不完全燃焼。

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ところが、後半になると俄然良くなった。

僕は「巴里のアメリカ人」を聴くと、即座にアカデミー作品賞を受賞したMGMの同名ミュージカル映画(1951年、ヴィンセント・ミネリ監督)のクライマックス・シーンが脳裏に浮かぶ。ジーン・ケリーとレスリー・キャロンのデュエット・ダンスが素敵だった。舞台化され、現在ブロードウェイで上演中(是非観たい!)。ヒメノは刻々と変化するリズムの織りなす綾を鮮やかに描き分け、メリハリを付ける。

「シンフォニック・ダンス」を大フィルが定期で取り上げるのはこれが初めてという。僕は大植英次の指揮による2009年「青少年のためのコンサート」で聴いている(その時の記事はこちら)。考えてみれば生真面目なオーケストラの定期演奏会でオケマンが指パッチンしたり、「マンボ!」と叫んだりすることってないよね。漸く新しい時代が幕を開けたという感じ。僕はジョン・ウィリアムズやコルンゴルトの映画音楽が定期で聴ける日を愉しみにしている。天下のウィーン・フィル(2010@シェーンブルン宮殿)や、今年は遂にラトル/ベルリン・フィル(@ヴァルトビューネ)も「スター・ウォーズ」を演奏したのだから、その日はきっとそう遠くないと確信している。

しかし残念だったのはプログラムのどこにも「シンフォニック・ダンス」のアレンジャー(シド・ラミンアーウィン・コスタル)の名前が明記されていないこと。例えばオーケストラが「展覧会の絵」を演奏する時、ムソルグスキー作曲とだけ書く!?普通ラヴェル編(他者による編曲の場合もあり)と併記するよね。非常識だ。

ヒメノは冒頭の〈プロローグ〉から浮遊感があった。パンチが効いた〈クール〉もスカッとした。アンサンブルは精緻で、〈Somewhere〉は大フィル自慢の弦が美しい。いや〜綻びが散見された「青少年のためのコンサート」でのパフォーマンスよりずっと上手かった。お見事!

余談だが、レニーが〈Somewhere〉にチャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」の旋律をこっそり忍ばせていることに、みんな気が付いた?ホラ、「ウエストサイド物語」はロミジュリを基にしているから。

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シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第4回/追悼ジェームズ・ホーナー

シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第4回をお届けする。

2015年6月22日、小型飛行機がアメリカ・カリフォルニア州のサンタバーバラ近郊で墜落し、操縦していたジェームズ・ホーナーが死亡した。彼は映画「タイタニック」とその主題歌”マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン”でアカデミー作曲賞及び歌曲賞を受賞したことで広く知られている。享年61歳だった。

映画音楽、特にオーケストラ・サウンドが好きなファンで一番人気が高い作曲家は間違いなくジョン・ウィリアムズであろう。何と言っても「ジョーズ」「E.T.」などスピルバーグ映画の殆どを担当し、他にも「スター・ウォーズ」「スーパーマン」「ハリー・ポッター」シリーズなどブロックバスター作品を一手に引き受けているのだから当然だ。次がジェリー・ゴールドスミス。ただジェリーの場合はB級映画が多く、アカデミー賞もウィリアムズの5回受賞に対して「オーメン」1回きりだから地味な印象は拭えない。日陰の身なのでファンの方も屈折していて、何かにつけジョンに難癖をつける傾向がある。攻撃的なのだ。このように犬猿の間柄のジョンとジェリーのファンだが、唯一意見が一致している点がある。「ジェームズ・ホーナーなんか!」と小馬鹿にしているところである。それにはちゃんとした理由があって、彼は昔から「パクリのホーナー」とか「使い回しのホーナー」と呼ばれて来たのだ。

例えばホーナーが作曲した映画「グローリー」の合唱曲はオルフ「カルミナ・ブラーナ」そっくりである。「ウィロー」のテーマはシューマンの交響曲 第3番「ライン」に瓜二つ。「ミクロキッズ」の音楽がレイモンド・スコットの"Powerhouse"やニーノ・ロータの「アマルコルド」に酷似していると問題になり、訴訟問題にまで発展したこともある。また僕は、かの有名な「タイタニック」の音楽が大嫌いなのだが、その理由はエンヤのパクリだからである。ジェームズ・キャメロン監督は元々、「タイタニック」の音楽をジョン・ウィリアムズにしてもらいたかったのだが、断られた。次にエンヤに白羽の矢を立てた。彼女はアイルランド出身でケルト音楽をベースに音楽制作をしているからである(タイタニック号3等客の大半はアイルランド移民だった)。しかし映画の劇伴音楽を担当した経験したことがないエンヤは無理だと断った。困り果てていたキャメロンにホーナーはこう言った。「じゃぁ、僕が引き受けようか。要するにエンヤみたいな曲を書けばいいんだろう?」こうして「タイタニック」の音楽は生まれた。ちなみに若いころ二人はロジャー・コーマンの下で働いており、「エイリアン2」で既にコンビを組んでいる間柄だった。

使いまわしについてだが、ホーナーはしばしば過去に自分が作曲した映画音楽を別の映画に流用していた。あれは確か僕が映画館で「パトリオット・ゲーム」か「今そこにある危機」を観ていた時だと思うが、突如スクリーンに「エイリアン2」の音楽が流れ始めたので椅子からずり落ちそうになった。ただ使い回しはニーノ・ロータもしていたことなので(例えば「ゴッドファーザー」)一概にホーナーだけを責めることは出来ない。

こんな風に映画音楽ファンから軽蔑の眼差しで見られ、色々問題があるホーナーだったが、いざその訃報を聞くと動揺を抑えられない自分に戸惑っている。結局、なんだかんだ言っても彼の音楽が好きだったんだなぁ。という訳で僕が考える彼のベスト10を発表しよう。

  1. ブレイブハート
  2. ビューティフル・マインド
  3. アポロ13
  4. フィールド・オブ・ドリームス
  5. スター・トレックII カーンの逆襲
  6. 銀河伝説クルール
  7. レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い
  8. ロケッティア
  9. ボビー・フィッシャーを探して
  10. アメリカ物語
  11. アバター

ホーナーの最初期の作品はロジャー・コーマン製作の「The Lady in Red」(1979、日本未公開)や「宇宙の七人」(1980)だが、広く知られるようになるのは「スター・トレックII カーンの逆襲」(82)が切っ掛けだった。アレクサンダー・カレッジ「宇宙大作戦」やジェリー・ゴールドスミス「スター・トレック」のモティーフを継承しながら、ちゃんと独自性を打ち出している辺り、中々したたかである。神秘的なスポックのテーマもいい。余談だが「宇宙の七人」のサントラ、オケが少人数で音がペラペラ、しかも技量が低くてトランペットなんか音を外しまくり。低予算スペース・オペラの悲哀が感じられて笑える。

1996年に開催された第68回アカデミー賞授賞式でホーナーは「アポロ13」と「ブレイブハート」の2作品で作曲賞にノミネートされていた。しかし受賞したのはイタリア映画「イル・ポスティーノ」のルイス・バカロフだった。僕は今でもこれはミス・ジャッジだったと断言できる。ホーナーはパクリの「タイタニック」ではなく、「アポロ13」か「ブレイブハート」で受賞するべきだった。後2者こそ彼の真の代表作である。「ブレイブハート」はバグパイプをフィーチャーし、スコットランド・テイストが耳に心地いい。しんみりする。「アポロ13」は特に発射シーンの音楽が好き。気高くて、思わず姿勢を正してしまう雰囲気がある。

やはりアカデミー作曲賞にノミネートされた「ビューティフル・マインド」は短いフレーズを繰り返すミニマル・ミュージック/オスティナートの手法を駆使して数学的美しさを見事に音楽で構築した。この方法論は同じく数学者や理論物理学者を主人公とする映画「博士と彼女のセオリー」や「イミテーション・ゲーム」でも応用されている。またシャルロット・チャーチの歌声は透明感があって美しいことも特筆に値する。

フィールド・オブ・ドリームス」は映画自体も音楽も爽やかな風が通り抜けるような清々しさがあって、静かに涙が流れてくる。そんな印象。

銀河伝説クルール」は壮大なロマンが感じられる。映画は未見だが、風のうわさによるとしょーもないらしい。サントラの演奏はロンドン交響楽団とアンブロジアン・シンガーズ。無駄に豪華である。

レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い」は雄大な大自然を連想させる。エッ?ジョン・バリー作曲の映画音楽「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」に似てるって?まあまあ、許してあげて。僕はこの作品を映画館で観たのだが、余りにも詰まらなくて、ブラッド・ピットが出ていたということ以外、内容はすべて記憶から消えている。

先日ブラッド・バードの「トゥモローランド」を観ていて、無性に「ロケッティア」のことが想い出された。空への憧れが感じられる音楽で好きなんだよね。少年の日の夢に立ち返るというか。

ボビー・フィッシャーを探して」は静謐な叙情。一部「ビューティフル・マインド」に似た旋律が登場するのはご愛嬌ということで。まぁ、ホーナーだし。

スピルバーグ製作総指揮のアニメ「アメリカ物語」はなんと言っても主題歌“Somewhere Out There”がいい!心に滲みる。アカデミー歌曲賞にノミネートされ、グラミー賞最優秀楽曲賞を受賞。エッ、「オズの魔法使い」の"Over the Rainbow(虹の彼方に)"にそっくりだって?シーッ!!

次点の「アバター」(2009)は、「ビューティフル・マインド」(2001)以降パッとしなかったホーナー起死回生の一撃となった。”マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン”に似た旋律が出てくるのが気になるが、パーカッションがいいし合唱の使い方に独特のセンスを感じる。アカデミー作曲賞ノミネート。

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