Cinema Paradiso

【いつか見た大林映画】第5回「新・尾道三部作の方へ」

「ふたり」(1991)から始まる【新・尾道三部作】の話をしよう。

「ふたり」はまず1990年11月9日と16日の2週に渡り、NHK総合「NHK子どもパビリオン」の枠で放送された。前編・後編それぞれ45分、併せて90分。後年劇場公開された映画の尺は155分なので、65分もカットされていたことになる(ヒロイン実加が悪漢に襲われる場面、リレー・マラソン、討ち入り/直談判、竹中直人出演場面など)。僕はリアルタイムで観た。大林映画としては初めてハイビジョンによる合成が試された(黒澤明は90年に公開された「夢」のゴッホが登場するエピソードでハイビジョンを活用している)。これが後のフル・デジタルシネマ「この空の花 ー長岡花火物語」(2012)に繋がってゆく。

赤川次郎(原作)・桂千穂(脚本)・大林宣彦の3人には元々、ひとつの接点があった。女吸血鬼を主人公とする映画「血とバラ」(1960年仏・伊合作、監督:ロジェ・ヴァディム)である。大林監督が16mmフィルムで撮った個人映画「EMOTION 伝説の午後=いつか見たドラキュラ」(67)は「血とバラ」へのオマージュだったし、桂千穂の新人シナリオコンクール入賞作が「血と薔薇は暗闇のうた」で、赤川次郎も「血とバラ 懐かしの名画ミステリー」という短編小説を書いている。そしてこの3者が再びタッグを組むのが「あした」(95)だ(原作「午前0時の忘れもの」)。

「ふたり」の石田ひかり(撮影当時18歳)は素晴らしいが、なにより特筆すべきは久石譲の音楽だろう。正に幸福な結婚(perfectly happy marriage)である。久石とのコラボは「漂流教室」(1987)が最初だが、映画の出来自体がアレだったから……。「ふたり」の主題歌”草の想い”は作詞:大林宣彦、作曲:久石譲。劇中ではミュージカルとして登場し、エンドロールでは前半を大林が、後半を久石が唄う(動画視聴は→こちら)。因みにこのメロディ、久石は後に宮﨑駿「紅の豚」(92)の”帰らざる日々”という曲に転用している。是非聴き比べてみてください。

草の想い”の歌詞には監督のライフワークである檀一雄の小説「筐(はなかたみ)」と福永武彦の「草の花」という言葉が全て詰め込まれている。

時は移ろいゆきて
ものはみな失われ
朧ろに浮かぶ影は
草の想い

ひとり砂に生まれて
ふたり露に暮せば
よろこびとかなしみの
の形見(かたみ

あと殆どの人が気が付いていないであろうことについて触れておこう。”草の想い”が流れ始める直前のラストシーン。海側から実加(石田ひかり)が坂道を登ってくるのをカメラが真正面から捉える。その前を横切り、死亡事故を起こしたトラック・ドライバーが現場に花を供え祈る。と、そこでカメラが切り替わり少女の後ろ姿を捉える。顔は見えないがそれは美加ではなく、事故で死んだ姉の千津子(中嶋朋子)なのだ。ふたりでひとり

旧【尾道三部作】で撮影隊の拠点となっていたジャズ喫茶TOMと監督サイドでどういう経緯があったのかは知らないが、【新尾道三部作】からTOMとの関係は完全に切れた。

「あした」(1995)のエンドロールをご覧頂きたい。

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茶房こもんと、そのオーナー大谷治氏が尾道製作スタッフとしてクレジットされているが、TOMの名前が消えている。TMC (TOM MEMBERS CLUB)の協力もなくなった。

それに替わって監督の個人事務所PSCの肝煎りで1994年11月に大林映画公式ファンクラブOBs Clubが設立され、会報「OBs Club通信」も発行された。そして広島支部、関西支部、東海支部、関東支部などが立ち上がり、活発な活動を開始した。僕は91年に医師国家試験に合格し、ファンクラブ誕生時は広島市民病院に赴任していたので、広島支部に所属した。

世界的に見ても映画監督の公式ファンクラブが結成されるというのは珍しいのではないだろうか?少なくとも日本では聞いたことがない。

95年3月に「あした」の撮影が始まり、撮影終了後、映画公開前にOBs Club主催でロケ地巡りツアーが敢行された。物語の中で「呼子浜」とされた尾道市向島・余崎の砂浜で船の待合室のセットを見学したりした。この建物は現在移築され、バス停留所(@向島兼好)として活用されている。

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そしてやはり映画に登場した「呼子丸」。

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新聞記事によると後に「呼子丸」は尾道市に譲渡され、尾道水道の向島側に5年ほど係留されていたが、老朽化と船底からの浸水のため2000年夏に廃棄処分されたという。

僕が大好きなのは沈没した呼子丸が午前0時に海底から静かに浮かび上がってくるシーン。美しく、幽玄な世界がそこにあった。

旧【尾道三部作】及び【尾道三部作】外伝、そして「ふたり」で美術監督を務めた薩谷和夫(東京都出身)は「水の旅人 侍KIDS」の九州ロケハン中に体調を崩し、尾道まで戻って来て入院するが、1993年1月6日に亡くなった(この時、尾道市民病院に勤務していた僕の同級生が薩谷さんを専門病院に転院搬送する際に、救急車に同乗したそうだ)。そして「さびしんぼう」の舞台となった尾道の西願寺にお墓が建てられた。その翌年に製作された「あした」の美術監督は兄弟子の竹中和雄に代わった。

「あした」の音楽は學草太郎(まなぶそうたろう)。実は大林宣彦のペンネームである。福永武彦原作「廃市」の音楽も監督自身が手がけているが、この時は本名だった。

本作は大林監督としては珍しく群像劇である。明確な主人公がいない。寧ろ主人公と言うべきはかも知れない。数多い登場人物の中でも印象的だったのは「ふたり」で映画デビューを果たした中江有里かな。先日映画を見直してやっぱり綺麗だなと想った。98年の大林映画「風の歌が聴きたい」では主役に抜擢された。彼女は後にNHKの書評番組「週間ブックレビュー」で児玉清のアシスタントを務め、読書家としての鋭い知性を感じさせた(なんと年間300冊以上読むという)。またNHKラジオドラマ脚本懸賞で入選したり(放送もされた)、小説を出版したりと多彩な才能を発揮している。

この頃、東京でOBs Partyもあった。大林監督がピアノの弾き語りで”草の想い”を歌ってくださったり、

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1960−70年代に監督が撮ったCMの数々(長門裕之&南田洋子夫妻による「カルピス」、チャールズ・ブロンソンが出演した「マンダム」、ソフィア・ローレンが「ラッタッタ」の掛け声とともに乗るホンダのオートバイ、上原謙・高峰三枝子共演の国鉄「フルムーン」等)をスクリーンで観たりした。またゲストとして「青春デンデケデケデケ」の林泰文、「ふたり」「はるか、ノスタルジィ」の柴山智加、「麗猫伝説」の風吹ジュンらもパーティ会場に姿を見せた。

【新・尾道三部作】を締めくくる「あの、夏の日 - とんでろ じいちゃん」は尾道市政100年を記念して創られた。原作は「転校生」「さびしんぼう」「はるか、ノスタルジィ」の山中恒。1999年7月3日より東映系で全国公開されたが、5月1日より尾道市内の港に停泊していた船舶《サウンズ・オブ・セト》で先行上映された(新聞記事はこちら)。僕はこの船内シアターで観た。

本作は宮崎あおいの映画デビュー作である。撮影当時12歳、また中学1年生だった。この幼気(いたいけ)な少女を大林監督は素っ裸にしたのだから僕は呆れ果て、怒り心頭に発した。【いつか見た大林映画】第4回にも書いたが、監督が「脱がし屋」であることは重々承知している。しかし、いくら何でもこれは酷い。だから僕が本作を観たのは1回きり。彼女にとっても無かったことにしたい過去だったようで、公式サイトのフィルモグラフィーでも黙殺されている(→こちらに飛び、"FILM"をクリック)。

ここまで読まれた方にはご理解頂けたと想うが、僕は筋金入りの大林映画ファンである。それでも大嫌いな作品はあるわけで、「ねらわれた学園」「漂流教室」そして「あの、夏の日 - とんでろ じいちゃん」の3本がそれに当たる。

ただ「あの、夏の日」に出演したことが宮崎あおいの心的外傷として残ったわけではないようで、その後彼女は「淀川長治物語」(2000)と「理由」(2004)という2本の大林作品に出演している(「理由」には実の兄・宮崎将も出演し、映画の中でも兄妹を演じている)。

あと番外編として「マヌケ先生」(2001)をご紹介しよう。大林監督の少年時代を描く映画で監督は内藤忠司。旧【尾道三部作】で助監督を務めた人だ。三浦友和、竹内力らが出演した。主人公の名前が「馬場鞠男(ばばまりお)」大林監督が「HOUSE ハウス」で劇映画デビューをした時に考えていたペンネームである。イタリアホラー映画の巨匠マリオ・バーヴァ(「血塗られた墓標」「モデル連続殺人!」「呪いの館」)をもじっている。またクリストファー・リー主演「白い肌に狂う鞭」はマリオ・バーヴァがジョン・M・オールドという偽名で監督した映画で、これが大林監督の大のお気に入り。桂千穂の著書の中で大林監督との対談が掲載されており、そのタイトルがズバリ「僕たちは『白い肌に狂う鞭』で第二の映画仲間になった」なのだ。火曜サスペンス劇場で放送された「可愛い悪魔」にも「白い肌に狂う鞭」のオマージュが挿入されている。そして「あした」で學草太郎(=大林)が作曲した音楽は「白い肌に狂う鞭」にそっくり。

「マヌケ先生」はOBs Clubのメンバーが多数エキストラとして参加しており、僕も尾道の撮影現場で衣装を渡され映画初出演を果たした。一応、竹内力との共演??である。エンドロールに名前も出てくるのだが、残念なことに誤字のまま掲載されている。

「町守り」を願う監督の想いとは裏腹に、尾道市では「町おこし」という名の「町壊し」が推し進められていた。「転校生」の〈国鉄〉尾道駅は建て替えられ、映画で繰り返し登場した雁木(船着場における、階段状の構造物)も再開発でなくなってしまった。そして「あの、夏の日」「マヌケ先生」を最後に大林監督は尾道と決別。僕もそれ以降、尾道を訪ねていない。

TO BE CONTINUED...

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「メアリと魔女の花」〜魔法の正体

2014年末にスタジオ・ジブリの制作部が解体され、「思い出のマーニー」「かぐや姫の物語」のプロデューサー西村義明と、「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」を監督した米林宏昌(愛称:麻呂/「千と千尋」カオナシのモデルでもある)はともにジブリを退社、ふたりが立ち上げたのがスタジオポノックである。ponocとはクロアチア/セルビア語で「深夜0時」を意味し、新たな一日のはじまりを告げている。その第1回作品が「メアリと魔女の花」だ。

評価:B+  公式サイトはこちら

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の「思い出のマーニー」に対し、本作はだ。相変わらずキャラクターデザインに魅力がないのは痛いが、躍動感がある。

キャッチコピーが「魔女、ふたたび。」言うまでもなく宮﨑駿の名作「魔女の宅急便」を受けた表現である。ただ本作の主人公が魔女になれるのは、1日限定という大きな違いがある。

「アリエッティ」は最終興収が92.5億円に達し、2010年度の邦画興行収入第1位となった。また「思い出のマーニー」は米アカデミー賞で長編アニメーション部門にノミネートされた。これらの栄光が麻呂ひとりの功績でないことくらい、本人は重々承知している。スタジオ・ジブリというブランド力、そして背後に宮﨑駿という稀有の天才の威光があったからこそ成し得た偉業である。

では魔法=ジブリ(宮﨑駿)が消えてしまった時にどうするか?その決意表明が本作であると言えるだろう。

箒で飛ぶ魔女と黒猫は「魔女の宅急便」で既出だし、雲の上の魔法学校は「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせる(”龍の巣”に突っ込む場面も再現される)。ラピュタのロボット兵(「ルパン三世」のラムダ)によく似たのも登場する。麻呂はジブリにいた19年間で培ったノウハウを全て本作にぶちまけた。二番煎じと囁かれるのは覚悟の上、もう貯金は空っぽ。

映画の終盤にメアリは叫ぶ。「魔法を使えるのはこれが最後!」この言葉は「バケモノの子」で九太(=細田守)がバケモノの熊鉄師匠(=宮崎駿)に言う台詞「俺のやることを、そこで黙って見てろ!」に呼応する。

本当の勝負はこれからだ。

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ありがとう、トニ・エルドマン

評価:C-

ドイツ代表として米アカデミー外国語映画賞にノミネートされた。カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。カイエ・デュ・シネマ誌2006年映画ベスト1選出。ヨーロッパ映画賞では作品賞・監督賞・男優賞・女優賞・脚本賞に輝いた。ジャック・ニコルソン主演でハリウッド・リメイクも既に決まっている。公式サイトはこちら

オヤジギャグが寒い、ゆる〜いコメディ。兎に角テンポが悪くてイライラする。この内容で上映時間2時間42分は長すぎ!途中で時計を見たくなった映画は久しぶり(30年ぶり?)だ。

ヨーロッパでは、ドイツ(=持てる国)の大企業(石油会社)が貧しいルーマニアを搾取している描写が高く評価されたようなのだが、そんなEUの実態は先刻承知している。何を今更?である。新鮮味など全く感じられない。

共産政権崩壊後、東ヨーロッパの国々は人件費が安いので、先進国は散々それを活用(食い物に)してきた。例えば映画「コールドマウンテン」(2003年)は南北戦争時代のアメリカ・ノースカロライナ州が舞台の作品だが、撮影は殆どルーマニアでロケされている。日本映画「バトル・ロワイアル」(2000年)のサウンドトラックを演奏しているのはポーランド国立ワルシャワ・フィルであり、久石譲が作曲した交響組曲「もののけ姫」や「ハウルの動く城」をチェコ・フィルがレコーディングしているのもそういった理由なのだ。

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映画は映画館で観るべきか?「オクジャ/okja」

評価:A

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殺人の追憶」「グエムル -漢江の怪物-」「スノーピアサー」のポン・ジュノ監督最新作「オクジャ/okja」はアメリカで6月28日から劇場公開されている。同時にNetflixからのストリーミング配信が全世界一斉に始まった。映画公式サイトはこちら

本作は先日開催されたカンヌ国際映画祭でコンペティション部門にエントリーされたが、フランスで劇場公開されないことが問題視され、審査員長のペドロ・アルモドバルが「個人的見解だが、劇場公開される予定のない映画は最高賞パルムドールのみならず、ほかのどんな賞も受賞すべきではない」と明言した。フランスでは劇場公開から36ヶ月=3年経過しないと動画を配信してはいけないという法律があるのだ。

監督の地元・韓国でも大手のシネコン(cinema complex)チェーン3社が、「我が国における重要な商慣習」としてストリーミング開始は劇場公開から3週間以降と定められていると主張、Netflixの同日配信というポリシーが興行システムを妨害すると非難し、上映を拒否した。

映画再生ソフトとしてビデオテープやレーザーディスク(LD)しかなかった30年前は、僕も「映画は映画館で観るべき」という主張が正しいと考えていた。映画はフィルム上映されていたし、ビデオの質感と根本的に異なる。当時のテレビ放送やビデオは解像度も低く、お話にならなかった。しかし時代は変わった。ハイビジョンが登場し、4K、8Kと家庭での再生媒体が劇的に進化し細密になった。映像記録機器もデジタル化され、映画館ではフィルム上映を止め、デジタル(DLP)上映に切り替わった。結局現在、映画館とホームシアターの違いは単純にスクリーンの大きさしかなくなった。CDが衰退しネットでの音楽配信に移行したように、映画を映画館で観る時代は間違いなく終わろうとしている。今後はストリーミング(streaming)配信が主流となるだろう。その流れ(stream)は誰にも止められない。

ポン・ジュノによると本作の製作費が500億ウォン(約50億円)を越える見込みとなったため、ハリウッドとの提携を考えた。しかしメジャー・スタジオのほとんどは、「食肉処理場の場面を削除するんだったら金を出す」との回答だった。一方、Netflixは、「最終の編集権は監督にある。シナリオは変更しなくていい。予算は全面的にサポートする」と申し出て、必然的に彼らと仕事をすることになったという。ストリーミング配信には完全な自由が保証されている

あらすじはこうだ。食肉加工を手掛ける多国籍企業ミランド・コーポレーションは遺伝子組換えによって生み出された巨大で味のいい豚「スーパーピッグ」を発表した。韓国の山奥で育成されたこの生き物と少女の交流はトトロとメイのそれを彷彿とさせる(ポン・ジュノも「未来少年コナン」など宮崎アニメからの影響を認めている)。最終的にオクジャを屠殺しようと目論んでいるミランド社がここからニューヨークに連れて行こうとし、それを阻止すべく少女も同行する展開になるのは明らかに「キングコング」へのオマージュだ。NYで見世物にもされるしね。

ここにALF(Animal Liberation Front)つまり、(食肉用)動物解放戦線みたいなのが絡んでくる。 海洋生物の保護のため捕鯨船に体当りするなど過激な行動で知られるシーシェパードのパロディになっており、可笑しかった。設定が卓越している。

結局本作は少女・ミランド社・ALFという三者三様の正義がぶつかり合う物語である。ポン・ジュノは誰が正しいと結論を下さない。観客は当然、食肉用トトロと少女のほのぼのとした触れ合いに感情移入する羽目になるのだが、だからといって誰しも日頃から豚肉やソーセージ、ジャーキーを食べているわけで、ミランド社を一概に悪者と言い切れない。じゃぁベジタリアンなら良いのかというと、野菜だって生きている。ALFが主張するように動物を食肉にしてはいけないのなら、何故植物なら許される?それは差別じゃないのか?ということになる。食物連鎖を無視して人は生きられない。この居心地の悪さ、モヤモヤとした感情こそがポン・ジュノの真骨頂と言えるだろう。「殺人の追憶」だって最後まで真犯人は分からないしね。

以前当ブログでティルダ・スウィントンはアレック・ギネス、ピーター・セラーズと並ぶ、変装の名人だと書いた(こちら)。三人ともイギリス人。本作で彼女は一人二役を演じ、本領を発揮している。僕はピーター・セラーズが一人三役を演じた「博士の異常な愛情」を想い出した。

ジェイク・ギレンホールも相変わらずの怪演で最高!今回の扮装はマルクス兄弟のグルーチョ・マルクスにそっくりだった。

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ハクソー・リッジ

評価:A

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アカデミー賞で録音賞と編集賞を受賞。また他に作品賞・監督賞・主演男優賞・音響編集賞と計6部門にノミネートされた。公式サイトはこちら

僕は今まで100本を上回る戦争映画を観てきた。第2次世界大戦に限っても優に50本を超えるだろう。しかし衛生兵(medic)を主人公にした作品は初めてだなぁ。

実話である。主人公は「良心的兵役拒否者(Conscientious objector)」。またセブンスデー・アドベンチスト教会(キリスト教系の新宗教)の敬虔な信者でもある。

日本の配給会社が沖縄戦が背景になっていることを隠蔽しているとSNSで批判が噴出している。でも、しょうがないんじゃない?誰もわざわざ日本人が悪者になる映画を観たくはないでしょう。それは立場が違えば同じことで、例えば日本映画には新藤兼人監督「原爆の子」、今村昌平監督「黒い雨」など原爆をテーマにした有名な映画が沢山あるが、アメリカ人に殆ど観られていないし、あちらで高い評価もされていない。だって自分たちが加害者の映画なんて嫌でしょう。だから昨年日本で最大級の賛辞を浴びた「この世界の片隅に」が今年北米で公開されるが、観る人は少ないだろうし、アカデミー賞ノミネートとかを期待しないほうが賢明である。閑話休題。

「ブレイブハート」(アカデミー作品賞・監督賞など受賞)の頃からそうなのだけど、メル・ギブソンの演出の特徴は過剰であること。例えばストップ・モーションの多用。本作でも「もうええわ!お腹いっぱい」と言いたくなった。何もかもがtoo muchなのだ。しかしその【こってり】した【しつこさ】が持ち味となり、ド迫力の映像を生み出していることもまた事実である。映画冒頭、画面のあちこちで火の玉人間たちが所狭しと駆け回っているのには度肝を抜かれた!火炎放射器といえばナチス・ドイツの専売特許だと思っていたが(中学生の時にテレビで観たロベール・アンリコ監督「追想」は激烈だった。僕のトラウマ映画である)、アメリカ兵もサイパン・硫黄島・沖縄で使用していたんだね。何とも恐ろしい。地獄だ。

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怪物はささやく

評価:B+

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イギリスの2つの文学賞(カーネギー賞/ケイト・グリーナウェイ賞)を受賞した小説の映画化。監督はスペイン・バルセロナ出身のフアン・アントニオ・バヨナ。2016年、スペインのゴヤ賞において作品賞・監督賞を含む最多9部門で受賞した。映画公式サイトはこちら

バヨナ監督はスマトラ島沖地震に基づく前作「インポッシブル」もそうだが、カタストロフィを描くことに強い関心があるようだ、そしてその描写が上手い。次回作「ジュラシック・ワールド II」も楽しみだ。演出の緩さを感じさせる場面も若干ないではないが、総体として良い。

これは物語る力、物語の効用についての映画である。フィクションは辛い現実を変えることが出来ない。しかし、それに直面する私たちの心を慰め、癒す力があるかも知れない。そう、怪物はささやくのだ。

新薬の抗がん剤を色々試しながら格闘する主人公の母親(フェリシティ・ジョーンズ)に、先日亡くなった小林麻央の姿が重なった。

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【いつか見た大林映画】第4回 ロケ地巡りと【尾道三部作】外伝

大学生になって僕が始めたことは【尾道三部作】のロケ地巡りである。今の言葉で言えば聖地巡礼ということになるだろう。岡山市から何度も足を運んだ。駅の観光案内所に行けば「おのみちロケ地案内図」が無料で貰えた(後に【新尾道三部作】のロケ地案内図も発行された)。

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「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」のロケ地マップが、美術監督である薩谷和夫さんのイラスト付きで紹介されている。因みに「時をかける少女」は尾道市と(広島県)竹原市でロケされており、編集で一つの街のように見せている(原田知世は自宅から学校への通学路でワープしているわけだ)。竹原市にも勿論、訪れた。

大林監督が【尾道三部作】に於いて現地の拠点としていたのが「さびしんぼう」にも登場する、商店街の中にあったジャズ喫茶TOM(監督が愛飲していたのはTOMソーダ)と、「転校生」に出て来るロープウェイ乗り場前にある「茶房こもん」である(ここのワッフルは絶品。監督が推薦する飲み物はサンセットドリンク)。公式サイトはこちら。「こもん」の店主・大谷 治氏が小道具の調達など現地コーディネートを担当しておられた(読売新聞の記事はこちら)。余談だが、あと尾道で僕の大好物は朱華園のラーメン。もし行く機会があれば是非ご賞味あれ。掛け値無しに美味しいから。

さて、「さびしんぼう」のエンドクレジットをご覧頂こう。

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TOMのマスター・須賀 務氏の名前、そして茶房こもんがクレジットされている。

TOMのマスターはTMC(TOM MEMBERS CLUB)を主宰し、いわば私設大林映画のファンクラブみたいなものだった。僕もマスターと親しくなり、TMCに入会した。黒いTシャツもあったな。TOMで大林監督に偶然お会いし、サインを頂いたこともあった(当時監督は煙草をスパスパ吸っておられた)。大林映画「彼のオートバイ、彼女の島」(1986)に登場するピアノバーはTOMの内装をモデルにしている(美術監督は薩谷さんさん)。実はこの作品、原田知世の姉・貴和子のデビュー作であるとともに、竹内力のデビュー作でもあるのだ。それまで九州で三和銀行の社員をしていたが、役者になりたいと一念発起してオートバイで東京に出てきた。「ミナミの帝王」以降の彼しか知らない人にとっては驚くだろうが、当時の竹内は笑うとエクボの出来る爽やかな好青年だった。

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「彼のオートバイ、彼女の島」は「イージー・ライダー」などアメリカン・ニューシネマの精神を受け継ぐ、《心意気の映画》である。その心は「風になりたい」。流麗な編集が鮮やかで、黒白(black and white)とカラーが何の法則性もなく交差する手法はクロード・ルルーシュの「男と女」みたいだった。片岡義男の原作で「彼女の島」は岡山県笠岡市の白石島だが、映画でロケされたのは尾道市の岩子島。同じ年に公開された「野ゆき山ゆき海べゆき」(1986)も尾道市と広島県福山市鞆の浦で撮影された(余談だが宮﨑駿監督が「崖の上のポニョ」の構想を練ったのも鞆の浦の旅館である)。「彼のオートバイ、彼女の島」は原田貴和子が冒頭でいきなりフルヌードで登場することが話題となったが、「野ゆき山ゆき海べゆき」が第一回主演作品となる鷲尾いさ子(前身は全日空水着キャンペーンガール)も裸になっている。そもそも監督の劇場映画デビュー作「HOUSE ハウス」(1997)では池上季実子が、「転校生」では小林聡美、「あした」では高橋かおり、「なごり雪」では宝生舞がバストトップを見せており、大林監督は新人女優の「脱がし屋」という異名をとることになる(「はるか、ノスタルジィ」の石田ひかり、「あの、夏の日-とんでろ じいちゃん」の宮崎あおいについては後日じっくり語ろう)。因みに監督の弁によると、裸は「生まれたままの姿」であり、少女の純潔性を映し出そうとしているのだそうだ(そして三島由紀夫の小説「潮騒」の焚き火の場面『その火を飛び越して来い』を例に挙げる)。監督がAKB46「So long ! 」のミュージック・ビデオを撮った時、唐突にメンバーが水着姿になる場面があり、後にSKE48の松井珠理奈がNHKでの大林監督の対談で「どうしてあそこは水着だったんですか?」と無邪気に質問していて、僕は爆笑した(回答はいつも通り)。珠理奈、監督は実のところ君たちを素っ裸にしたかったんだよ。でも現役アイドルだからそうはいかない。だから仕方なく水着で我慢したんだ。閑話休題。

「野ゆき山ゆき海べゆき」は「転校生」「廃市」同様にATG(日本アート・シアター・ギルド)映画だが、日本テレビも出資している。カラーネガで撮影され、「質実黒白オリジナル版」で劇場公開し、後年テレビでは「豪華総天然色普及版」で放送するよう当初は企画されていた。しかし関係者による0(ゼロ)号試写が不評だったのか途中から計画が変更され、結局東京では「質実黒白オリジナル版」と「豪華総天然色普及版」がそれぞれ単館上映され、大阪では「豪華総天然色普及版」のみ単館上映されるという寂しい興行となった。郷里岡山での上映は当然なかったので、僕はわざわざ新幹線に乗り、大阪で観た。残念な出来だった。原作は佐藤春夫の自伝的小説「わんぱく時代」。明治時代の話だが、映画は日中戦争〜太平洋戦争という時代設定になっている。それなのに下駄を履いた尋常小学校の生徒たちが通学で歩くのがアスファルトの道路で、違和感ありまくり。また「美しい日本語を聴かせたい」という演出意図は解るが、棒読みの台詞回しも辛かった。135分という上映時間が冗長に感じられた。もし最初から「質実黒白オリジナル版」を観ることが出来れば、また印象が違ったかもしれない。結局LD(レーザーディスク)でも「豪華総天然色普及版」のみの発売で、幻の黒白版に出会うにはDVD登場まで待たなければならなかった。カメラは基本的に固定撮影(フィックス)で、小津安二郎のフィルムを彷彿とさせる手法が採用されている。だから逆に、”映像の魔術師”大林宣彦らしさが失われた。電気紙芝居。また子供たちのわんぱく戦争が次第にエスカレートし、本物の戦争にシンクロしてゆくというプロットは鈴木清順監督「けんかえれじい」へのオマージュだ(大林監督は若かりし頃、鈴木清順「肉体の門」の批評をキネマ旬報の読者欄に投稿している)。結局本作は「金曜ロードショー」など日テレのゴールデンタイムに放送されることはなく、公開4年後「野ゆき山ゆき海べゆき テレビバーション1990」がひっそりと日中に放送された。豪華総天然色普及版のワンカットを少しずつ短くし、カット割りの数はそのままに40分も短縮させており、テンポが良くなり寧ろオリジナルより観易くなった。「野ゆき山ゆき海べゆき」の興行的不振が祟ったのかどうかは知らないが、ATGはその後次第に弱体化し、92年にひっそりと幕を閉じた。

さて1986年6月初旬、僕の自宅にTOMのマスターから葉書が届いた。「大林監督が新作を尾道で撮っているから遊びにおいで」という内容だった。早速、TOMを訪ねた。「今日はね、鞆の浦の港あたりでロケしているよ」と教えてもらい、車を福山市まで走らせた。そして撮影隊を見つけたのだった。これが「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」である。シナリオではタイトルが更に「夕子かなしむ」と続く。

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その時、三浦友和と撮った写真。

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竹内力と。

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南果歩&子役の浅川奈月と。

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皆さん、気さくに記念写真に応じてくださった。

この頃、アイドル歌手・岡田有希子が投身自殺をして、彼女との関係を取り沙汰されていた俳優・峰岸徹が「おかしなふたり」に出演しており、尾道に向かおうとする彼を東京駅でレポーターが捕まえて、インタビューする光景がテレビに映し出されていた。

どこか病弱で、憂いに満ちた映画。松尾芭蕉の句「おもしろうてやがてかなしき鵜舟(うぶね)かな」を想い起こさせる。商業映画としては珍しくヨーロッパの企業アグファ(Agfa:創業者は作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの息子パウル)カラーで撮影されており、の原色を強調した鮮やかな色彩が特徴的である。「ひとりとひとりはさびしくて ふたりになればくるほしい」通常は1秒間に24コマで回すフィルムを12コマ/16コマ/18コマというコマ落としで映画全編が撮られている。だから人物の動きがカクカクしていて、何処か非現実的で、独特な表現が生まれた。「廃市」に続き、大林監督自らがナレーションを担当している。ひとには勧められないけど僕は大好きだ。まぁ、究極のカルト映画だね。特に1分52秒に及ぶ、南果歩をクローズ・アップした長回しは彼女が神々しいまでに光り輝いている。また終盤、永島敏行と三浦友和が尾道市・(岡山県)笠岡市・鞆の浦と場所を変えながら延々と殴り合いのけんかを展開していく場面はジョン・フォード監督「静かなる男」へのオマージュだ(大林監督はジョン・ウェインの大ファンである)。そして竹内力の潜水服姿はジョン・ウェイン&ゲイル・ラッセル主演「怒涛の果て」。作曲は未だ有名になる前のKAN。シンセサイザーによる切なくて美しい旋律が胸を打つ。彼の大ヒット曲「愛は勝つ」がリリースされるのが1990年9月1日、レコード大賞を受賞するのが翌91年で、紅白歌合戦にも出場した。大林監督はKANの2ndシングル「BRACKET」(1987)のミュージック・ビデオを撮っており、大連・尾道友港博覧会(87年10月)で上映されたショートフィルム「夢の花・大連幻視行」(出演:原田貴和子、浅野愛子)や瀬戸大橋博(88)のイベント映像として大林監督が撮った「モモとタローのかくれんぼ 」の音楽もKANが担当している。昔話・桃太郎を下敷きにした「モモとタローのかくれんぼ 」の原作はSF作家の豊田有恒。これは観客参加型で途中2回、AかBの物語を選べて、スイッチを押した人数の多い方の映像に進む仕組みになっている。つまり4パターンあるわけだ。僕は繰り返しパビリオンに入場し、全ての映像を体験した。

この頃は日本全国が博覧会ブームに湧いており、大林監督は85年つくば科学万博の政府館展示映像「多様な国土」を70mmフィルムで撮り(音楽は冨田勲)、90年大阪市鶴見緑地で開催された国際花と緑の博覧会(花博)では世界初の全天球映像(プラネタリウムみたいな感じ)「花地球夢旅行183日」を製作している。因みに花博の音楽は「さびしんぼう」「姉妹坂」の宮崎尚志だった(12チャンネル立体音響)。正にバブル景気(86-91)の時代だった。

映画「おかしなふたり」は完成後も長らく公開が決まらずお蔵入りし、1987年10月30日〜11月1日の3日間、尾道市公会堂に行われたA MOVIE FESTIVAL ONOMICHI '87で先行上映された(僕はその時に観た)。結局東京で単館上映されたのは1988年になってからだった。

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A MOVIE FESTIVAL ONOMICHI '87では「おかしなふたり」上映以外にも淀川長治・おすぎ・永六輔・高橋幸宏(元YMO、大林映画「四月の魚」主演)・内藤陳(日本冒険小説協会会長、「おかしなふたり」出演)を招いて大林監督を交えてのトークショーや、

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「漂流教室」(87)でヒロインを務めた浅野愛子をモデルにした撮影会、大林映画の新ヒロインを選ぶコンテストなどがあった。しかしそこで優勝した女の子は結局、劇映画で主演することが叶わず、「モモとタローのかくれんぼ 」で林泰文と共演するに留まった。

もう一本、尾道で撮られた大林映画をご紹介しよう。1983年8月30日に火曜サスペンス劇場で放送された「麗猫伝説」である。98年には劇場公開もされた。主演は入江たか子・入江若葉の母子。入江たか子が過去に出演した数々の化け猫映画へのオマージュである。【瀬戸内キネマ】という架空の撮影所が出てくるが、「おかしなふたり」にも【瀬戸内キネマ】という映画館が登場する。で「おかしなふたり」の最後は【瀬戸内キネマ】が炎上するのだが、そのシーンはアカデミー外国語映画賞を受賞したイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」にどこか似ている。通常2台使用する映写機を1台で【流し込み】上映するのも同じ。因みに「ニュー・シネマ・パラダイス」の公開は88年なので「おかしなふたり」の方が先である。「麗猫伝説」の脚本は「花筐」「HOUSE ハウス」「ふたり」の桂千穂。ビリー・ワイルダー監督「サンセット大通り」のプロットを土台にしている。風吹ジュンが可愛かったなぁ。話が横道に逸れるが、那須真知子脚本/大林宣彦監督/秋吉久美子主演の火曜サスペンス劇場「可愛い悪魔」(82年放送)はマーヴィン・ルロイが監督したハリウッド映画「悪い種子」の翻案である。

さて、公式には【尾道三部作】が「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」、【新尾道三部作】が「ふたり」「あした」「あの、夏の日-とんでろ じいちゃん」ということになるが、その間に創られた「麗猫伝説」「彼のオートバイ、彼女の島」「野ゆき山ゆき海べゆき」「おかしなふたり」は【尾道三部作 外伝】ということになるだろう(「彼のオートバイ、彼女の島」「野ゆき山ゆき海べゆき」「おかしなふたり」の三本にはいずれも竹内力と三浦友和が出演している)。愛おしいはぐれ鬼。そして「おかしなふたり」以降、大林映画冒頭に必ず登場したA MOVIEという表記が長らく封印されることになる。

TOMのマスターはその後店を畳み、離れた場所にある奥さんが経営するブティック奥に引っ越したが、現在は板前修業をした息子がそこで居酒屋をやっているそうだ。

時は移ろいゆきて、2010年テレビ東京でドラマ「モテキ」が放送された。脚本・監督は大根仁。その第2話で森山未來と満島ひかりが岩井俊二監督「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のロケ地巡りをする。ロケ地の千葉県飯岡町まで行きキャメラを持ちはしゃぐ満島を見ながら僕は腹を抱えて笑い転げ、「君は僕だ!」と画面に向かって叫んだ。尾道での自分自身の姿が彼女に重なったのである。この回を見たスタッフから岩井監督に話が伝わり、後に岩井監督と大根監督の対談が実現。ふたりは意気投合し、「打ち上げ花火」アニメーション化の企画が持ち上がった時に岩井監督はシナリオライターとして大根仁を指名した。そのアニメ版は今年8月18日に公開される予定。公式サイトはこちら

TO BE CONTINUED...

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三島由紀夫原作/映画「美しい星」と「未知との遭遇」

評価:A

Star

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原作のテーマである「核戦争の恐怖」が「地球温暖化」に置き換えられたのは些か無理がある。佐々木蔵之介が持つボタンの意味も不可解なものになってしまった。

金星人として覚醒後の橋本愛の美しさに息を呑む。間違いなく彼女のベストアクト!

冒頭、リリー・フランキーが見上げるシャンデリア=マザーシップから、紛れもなく本作は吉田大八版「未知との遭遇」だ。【田んぼに車】がポツンと置かれた状況も「未知との遭遇」特別編以降追加されたシーン【砂漠に船】と同じ。因みにこのショットはスピルバーグがデビッド・リーン監督「アラビアのロレンス」へ捧げたオマージュである(休憩Intermission直前:アカバ攻略後、ロレンスがシナイ砂漠を四苦八苦の末に横断し、何とかスエズ運河にたどり着いた場面)。閑話休題。

周囲の人間に自分は何故かしっくり溶け込めないという違和感・疎外感。それはゲイであることを必死に隠し続けた原作者・三島由紀夫の姿に重なる。夢=ファンタジーでも見ていないとやってられない。その想いが頂点に達した時、遂に現実世界を突破出来るのだ。「自由」への脱出。これは吉田作品「紙の月」にも繋がるテーマである。痛快なカルト映画であった。

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映画「帝一の國」と鈴木清順「けんかえれじい」

評価:A

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映画館で予告編は何度も観ていたが、全く食指が動かなかった。しかし蓋を開けてみると巷で大評判なので、重い腰を上げた。そして観て驚いた。面白過ぎる!!先入観で判断して申し訳なかった。映画のスタッフに謝りたい。靴舐めでもなんでもしますよ。

Kutsu

映画館で驚いたのは女性客の多さ。8割5分程度。男ひとりは僕くらいで、殆どが女2人連れかカップル。それも女子高生から初老のオバちゃん達まで、年齢層が幅広い。菅田将暉、竹内涼真、千葉雄大らイケメン男優を集めた東宝の戦略勝ちであろう。

生徒会長選挙が日本の派閥政治の縮図となっている。この構図は鈴木清順監督、新藤兼人脚本の「けんかえれじい」に近いなと感じた。旧制中学を舞台に展開される少年たちの喧嘩が最後に北一輝と結びつき、二・二六事件(青年将校の反乱)へと繋がっていく。

間宮祥太朗演じる氷室ローランドは三島由紀夫がモデルだなと想った。校舎屋上でのパフォーマンスなど、自衛隊市ヶ谷駐屯地での事件を彷彿とさせる。「架空切腹」も出てくるしね。因みに三島はゲイだった。

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劇中、主人公の帝一がリストの「ため息」を弾くのでハッとした(原作漫画にはない)。大林宣彦監督の映画「姉妹坂」やテレビ朝日で放送された「三毛猫ホームズの推理」、BS-iで放送された「告別」などで使用されている曲である。永井聡監督はCMディレクター出身だそうで、先輩である大林監督へのオマージュなのかな?

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【いつか見た大林映画】第3回「廃市」そして福永文学との出会い(家庭用VHSビデオとLDの時代)

福永武彦(息子は芥川賞作家の池澤夏樹。幼いころ両親が離婚したため、池澤は実父について高校時代まで知らなかったという)の書いた小説が映画化されるのは大林宣彦監督「廃市」が初めてである(後に「風のかたみ」が高山由紀子監督で映画化された:1996年)。16mmフィルムを使用し(通常の劇場映画は35mm。「ベン・ハー」や「アラビアのロレンス」などの大作は65mmネガフィルムで撮影され、70mmプリントに焼いて上映された)、福岡県柳川市で全篇オールロケされた。映画の公開は1983年12月、つまり「時をかける少女」の次の作品である。

僕は大学の合格祝いにVHSビデオデッキとLDプレーヤーを買ってもらった。因みに若い人は知らないだろうから解説しておくと、当時家庭用ビデオデッキ市場ではソニーのBETACAM(ベータカム)と、ビクター&松下電器(現パナソニック)を中心に開発されたVHSがその覇権を賭けてしのぎを削っていた。結局ソフトの数で圧倒したVHSが勝利する。ビデオディスクの方はビクターが開発したVHD(Virtual Hard Disk)とパイオニアから発売されたLD(LaserDisc)があり、最終的にLDが生き残った。DVDを経て第3世代光ディスクにも東芝が開発したHD DVDがあったが、ソフト数でBlu-ray Disc陣営に大きく引き離され、淘汰された。

【尾道三部作】「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」などのLDは発売されたが、「廃市」は出なかった。初期の大林映画「HOUSE ハウス」「瞳の中の訪問者」はLDを購入し、出会うこととなる。

僕が知る限り郷里岡山で「廃市」は上映されなかった。だから観ることが出来たのは大学1年生の1985年にビデオを購入したからである。なんと定価は23,000円もした!(映画「廃市」は現在、Blu-rayとDVDで容易に入手可能である。Amazon.co.jpだと、どちらも4,500円以下で)

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日本で消費税が初めて導入されたのは1989年(税率3%)なので、それより前ということになる。因みにこの頃発売されていたビデオソフトの標準的価格は、「風の谷のナウシカ」が14,800円だった。ビデオをレンタルするにも1本1,000円した時代である(入会金が2,000円くらい)。後日、自主製作16mmフィルム時代の大林監督作品「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)もVHSビデオで購入した。

「廃市」ビデオケースの裏面には以下のような大林監督のエッセイが掲載されている。

 福永武彦さんの小説が映画になる。その素敵な事件に、当事者の監督として立ち会えたなんて、ぼくは何という果報者だろう。
 18歳、郷里尾道での最後の夏休みに出会った1冊の書物、「草の花」。ぼくはそれを、ぼく自身のために書かれた物語だと信じ、それから20代のまるまるを、福永さんの世界と共に暮らして来た。その頃既に映画少年でもあったぼくは、いつかこの〈ぼく自身の物語〉を、映画にしたいものだと夢見ていた。(中略)
 今回機会を得て「廃市」を映画化することになった時、ぼくはこれを16ミリで撮影・上映しようと考えた。常に少数者のための文学を標榜してきた福永作品の初の映画化には、この小さな映画の形式がいちばん似合うだろうと信じたから。(中略)
 今回のビデオによる出版は多くの福永ファンに悦んで貰えることと思う。所謂大当たり大衆娯楽映画の廉価普及版ではなく、豪華特製限定出版という趣向が、これまた福永さんらしくて、とても嬉しい。
 そして、大林映画を愛してくれる人びとには、最高の贈り物だ。なにしろこれは、ぼくの夢の結晶なのだから。

本作で大林監督は初めて自らナレーションを担当。その声が味わい深いと評判になった。また監督が作曲した美しい弦楽四重奏曲が全編に流れる(編曲は「さびしんぼう」の宮崎尚志)。キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画の第9位に選出された。

僕は「廃市」の叙情性に心打たれ、原作を読み福永武彦の世界に魅了された。勿論「草の花」も繰り返し読み、〈ぼく自身の物語〉となった。結局、20代で福永が書いた全小説を読破した。大学卒業を控えた1990年8月には医師国家試験の準備として、小説「草の花」の舞台となった信濃追分で一週間過ごした。福永武彦は既に亡くなっていたが、彼の別荘が僕が宿泊した民宿の近くに残っていた。堀辰雄や、福永の朋友・中村真一郎がしばしば滞在した旅館・油屋もあった(福永と中村は映画「モスラ」の原作者でもある)。

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そして僕自身も大林監督のライフワーク映画「草の花」を夢見るようになった。

劇場映画第2作「瞳の中の訪問者」(1977)は手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」のエピソード『春一番』の映画化である。しかしクライマックスで登場するハニー・レーヌの台詞は福永の「草の花」からの引用だ。また映画「ふたり」(1991)の主題歌『草の想い』(作詞:大林宣彦、作曲:久石譲)の歌詞には「草の花」と、檀一雄の小説「花筐(はなかたみ)」という言葉が秘かに忍ばせてある。「ふたり」のラストシーン、石田ひかりの部屋と「異人たちとの夏」(1988)の風間杜夫のマンションの本棚には「草の花」と「花筐」が仲良く並べて置かれていた。そして僕が最も愛する大林映画「はるか、ノスタルジィ」(1993)では「草の花」で重要な役割を果たすショパン:ピアノ協奏曲第1番が流れた。一時期、富田靖子と尾美としのり主演で「草の花」映画化が企画されたが、実現はしなかった。

それから長い年月を経て、映画「花筐」は遂に今年完成した(12月公開予定)。

大林監督、映画「草の花」には、まだ間に合いますか?

TO BE CONTINUED...

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