Cinema Paradiso

「隠れ左翼」の見抜き方

「左翼」はWikipediaで次のように定義されている。

「左翼」という用語は通常、「より平等な社会を目指すための社会変革を支持する層」を指し、革命運動、社会主義、共産主義、社会民主主義、アナキズムなどを支持する層を指すことが多い。

社会主義と共産主義の違いについて日本共産党が公式見解を示している→こちら。つまり同じ意味である。

20世紀は社会主義国家建設という壮大な「実験」が行われたが、ことごとく失敗した。1989年にベルリンの壁が取り払われ、91年にソビエト連邦も呆気なく崩壊した。浦山桐郎監督の映画『キューポラのある街』(1962)は在日朝鮮人の北朝鮮帰還運動を肯定的に捉えられており、朝日新聞も帰国事業に加担したが、その末路が惨憺たるものだったことはご承知の通りである。エッ、中国はどうかって?今の香港やチベット自治区、ウイグル自治区で何が行われているか、とくとご覧あれ。人民の意志が尊重されているとは到底言い難い。インターネットやSNSは中国政府により検閲され、Netflixの配信サービスも始められない状況である。

日本の左翼運動は1960年代に安保闘争や東大安田講堂事件などで大いに盛り上がったが、1972年、連合赤軍が起こした〈あさま山荘事件〉で一気に世間からの支持を失い、急速に萎んでいった。

故に現在の日本ではおおっぴらに自分たちが社会主義・共産主義を支持していると言いづらい状況になっている。若い人たちから馬鹿にされるのが落ちだ。そこで彼らは自分の本心を隠すこと(カモフラージュ)に奔走するはめになった。

学生運動華やかなりし頃、活動の中心を担ったのは東大生や京大生ら、エリートだった。彼らが大人になり、現在では日本ペンクラブに所属する作家や、大学教授(文系)、知識人たちに左翼思想を持つ者が多い。

そこで日本の「隠れ左翼」を可視化/あぶり出すためのバロメーター、診断基準を考案した。

  1. 日本学術会議が新会員として推薦した105人中6人を菅首相が任命しなかったことに関して、「学問の自由」を侵害したなどと連日書き立て、世の中を扇動している。また「反教養」「反知性主義」といった表現を好む。
  2. モリカケ(森友・加計学園)や桜を見る会の問題について、あたかも重大犯罪であるかのように執拗に書き立てた(しかし結局、事件性は何もなかった)。
  3. ドナルド・トランプや小池百合子が大嫌い。特に「アメリカ・ファースト」とか「都民ファースト」といった発想、ナショナリズムを憎んでいる。そのくせ「ヘイトを許すな!」というフレーズがお気に入り(自己矛盾)。「人類は皆兄弟」だと思っている。
  4. 安倍晋三・元総理や橋下徹・元大阪市長をヒトラーに喩えたり、ファシスト/ポピュリスト呼ばわりした。当然、大阪維新の会のことを苦々しく思っているから「大阪都構想」に断固反対。
  5. 自称「リベラル」。「格差社会」という言葉に激しいアレルギー反応(アナフィラキシー)を示し、アメリカ民主党に親近感を抱いている。オバマ大統領の頃は良かったと昔を懐かしみ、美化している。
  6. 自分たちが気に入らない勢力に対して「ネトウヨ」というレッテルを貼りたがる。
  7. グローバリズムを信奉している。故に新型コロナウィルスが世界に蔓延したことの一因がグローバリズムにあることを決して認めない。
  8. 「国会前のデモに何万人集まった」とかといったくだらないことを大々的に報道する。
  9. あいちトリエンナーレ『表現の不自由展』の騒動について開催継続を主張し、芸術監督・津田大介を擁護した。また今でも津田にコラムを書かせたり、意見を求めたりするなど親しくしている。
  10. 嘗て韓国の「いわゆる」従軍慰安婦問題を書き立てて、「反日」感情を煽った。しかし全てはでっち上げ、フェイク・ニュースだった。
  11. 日本国憲法の改正に反対。「護憲派」を自任する。
  12. 自らを「市民」と名乗る。あるいは「市民団体」をヨイショする。

◎この12項目のうち、2項目が当てはまれば極めて濃厚、3項目以上なら確実と言えるだろう。

以下、幾つかの項に関して解説を加える。

1)そもそも日本学術会議の問題は既得権益を見直そうという話なのに、「学問の自由」とは一切関係がない。ナンセンス!首相が任命しないからといってその人が「学問の自由」を奪われるわけではない。美味しい汁を吸えなくなるというだけ。全く馬鹿げた論点のすり替えである。

2)モリカケや桜を見る会について確かに一部の人が得したり、接待を受けたのかも知れない。しかしそれが国会を止めるほどの重大事か?ロッキードとか贈収賄事件とはわけが違う。細部にとらわれすぎて全体に注意を向けず、物事を疎かにしている。「木を見て森を見ず」は正にこのこと。

4)ポピュリズムとは大衆に迎合して人気をあおる政治姿勢のこと。左翼知識人がポピュリズムという言葉を好むのは、基本的に「大衆は愚かだ」と決めつけているから。自分たちはエリートであり、少数精鋭の自分たちこそ正しく、知性の欠けた大衆を啓蒙し、導かなければならないと考えている(諸説あります)。

上の立憲民主党のツィートが「大阪のオバチャンを馬鹿にしている」と物議を醸した。「わからないなら反対を」とか、完全に大阪府民を舐めている。ここに左翼の特徴がよく表れている。

アメリカ大統領選でドナルド・トランプが勝ったときも、反トランプのマス・メディア(ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNなど)やハリウッドのセレブたちの主な反応はトランプを支持するブルー・カラーの労働者たちを馬鹿にしたものだった。つまり彼らの論調は「大衆は物事の本質を分かっていない」。民主党を支持する自分たちこそ賢く正しいというわけである。一方的にトランプは悪だと決めつけているので、どうして彼を支持する層が多いいのかについて冷静に分析出来ない。「トランプ支持者はアホだ」で思考停止している。

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6)朝日新聞・東京新聞など左翼ジャーナリズムが「ネトウヨ」という用語を好むことは5年前に一度論じた。

7)グローバリズムとは、地球を一つの共同体と見なして、世界の一体化(globalization)を進める思想である。 これって実はジョン・レノンが『イマジン』で歌った、アナーキズム無政府主義)の変形に過ぎない。アナーキズムとは国家を望ましくなく不必要で有害なものであると考える思想であり、国家の廃止を呼びかけるもの。マルクスが唱えた国家社会主義と対立する思想ではあるが、共産主義の分派である。

グローバリズムを信奉するマス・メディアはイギリスのEU離脱に異議を唱えた。何故ならば、EUも国境を取り払いヨーロッパを緩やかな共同体(commune)にしようとする意図を持っているからである。

9)『あいちトリエンナーレ』問題については下記事で詳細に分析した。

この問題と「表現の自由」は一切関係がない。論点のすり替えである。そういう点で日本学術会議の会員任命問題について「学問の自由」を持ち出してくる手口と全く同じ。ワンパターン。

10)東京新聞や朝日新聞は「国会前デモ」の記事が大好き(こちらこちら)。しかし、たとえ国会前に10万人集まろうが、それが民意を反映しているとは言えない。現政権が気に入らなければ選挙で落とせばいいだけのことである。日本は民主主義の国なんだから。革新派の人たちは自己主張が激しいから、声が大きく目立つだけ。一方、大勢を占める保守派は必死に意見を述べる必要がないので黙っている。それをサイレント・マジョリティーという。

Silentmajority

しかし左翼の人々は「大衆はアホだ」と見下しているので、選挙結果(多数決)を冷静に受け入れることが出来ない。「少数派(オレたち)の意見に耳を傾けろ」と声高に主張する。じゃあ、どうやって意思決定するの??

結局彼らの本音としては一部のエリート(オレたち)が愚衆を手取り足取り導く国家が望ましく、普通選挙という制度(=愚衆政治)そのものが気に入らないのだろう(諸説あります)。

また〈デモ参加者=正義〉という幻想・錯覚は1960年代の安保闘争の時、自分たちが国会前で暴れたことへの郷愁(ノスタルジア)でもあるだろう。

忘れてならないこと。デモとは対象に心理的圧力を加えることにより自分たちの主張や要求を実現しようとする示威運動であり、国家に対するデモ(対企業は別)が有効なのは帝政時代のロシアとか現在の中国など、普通選挙が実施されていない地域においてのみである。アメリカ合衆国ではキング牧師らの公民権運動(1963年ワシントン大行進など)のおかげで、1965年に投票時の人種差別を禁じた投票権法が漸く成立した。

11)本来、革新派である筈の左翼が「護憲派」というのは世界にも類がないだろう。完全に矛盾しており、ねじれ現象が起こっている。僕が「奇形左翼」と呼ぶ所以である。そもそも現行の日本国憲法はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が英語の草案を作り、それを翻訳したものだから、左翼が大嫌いなアメリカから押し付けられたものである。1946年11月3日に公布されて以降、一度も国民投票にかけられたこともなく、総意を得ていると言い難い。しかし左翼ジャーナリズムは国民投票にまで持っていかないように必死でキャンペーンを張っている。何が民主主義・主権在民だ。滑稽としか言いようがない。どうしてこんなねじれが起こったか?それは大日本帝国憲法時代、1925年に制定された治安維持法などにより、日本の左翼が辛酸を嘗めたことに起因している。例えば『蟹工船』を書いた小林多喜二は1933年に特高警察により逮捕、拷問され獄中死している。だから悪夢の大日本帝国憲法よりは、戦勝国のアメリカさまから屈辱的に押し付けられた新憲法の方がマシというわけ。左翼は憲法改正=9条改正という短絡的思考しか出来ず、すぐに新聞紙上で「軍国主義の足音が聞こえる」とかいった表現が踊ることとなる。彼らは悪夢の再現に怯えている。

これは1950年代に共和党のジョセフ・マッカーシー議員によって行われた赤狩り(マッカーシズム)で痛い目に遭ったハリウッドの映画人たちが共和党を憎み、民主党を熱狂的に支持している構造に似ている(共和党を支持するクリント・イーストウッドやアーノルド・シュワルツェネッガーなど例外はあるが少数派)。

12)大方「市民団体」「平和団体」と名乗るものは怪しい(例外もあります)。常に疑いの目で見ることを心がけよう。

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ぶっちぎりのロケットスタート!「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」

前代未聞、桁外れの特大ヒットである。僕が観た兵庫県西宮市のTOHOシネマズでは公開初日金曜日の上映回数が30回!レイトショーは20時00分、10分、20分、30分、40分と10分刻みの上映開始で、「電車の時刻表か!」と呆れた。TOHOシネマズ新宿は全12スクリーンのうち11スクリーンを稼働し、1日で42回上映したという。週末3日間の興行収入は46億円を突破。日本国内で公開された映画(洋画含む)の興行収入と動員の歴代1位となった。昨年の興収トップだった『天気の子』と比較して、約3倍とぶっちぎりである。最終的に『天気の子』の記録、141億9000万円を超えるのではないだろうか。

東宝は『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』に社運を賭けており、新型コロナ禍で落ち込んだ収益をここで一気に挽回するぞと鼻息が荒い。

評価:A

Kime

京アニ『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、テレビ・シリーズを観ていなくてもこれまでの経緯がわかるような親切な構成だったが、『鬼滅の刃』はそんなことを一切斟酌しない。テレビ・シリーズを観ていることが大前提で話は展開する。僕も当然、全26話を鑑賞した上で映画館に臨んだ。

原作者・吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)は覆面漫画家であり、その正体は男なのか女なのかが議論の的になっている。僕は女性だと確信している。漫画家・きたがわ翔と山田玲司も対談(『れいとしょう』)の中で、女性説を支持している。その根拠となっているのが鬼殺隊に退治された鬼の死に際。人間だった頃の回想が長々とあり、この世の未練を切々と語る。それを傾聴した主人公・炭治郎が「可哀想に。辛かったろう」と涙を流す。その共感性の高さが女性作家ならではだというのだ。つまりemotional、今流行りの言葉で表現するなら「エモい」。

『無限列車編』も過剰なまでにエモい、そして熱い、いや、熱苦しい。些かtoo muchで辟易すると言えなくもないが、それは本シリーズ一貫した特徴なので、肯定的に受け取りたい。僕は幼少期から女性作家と相性が良いのだ(マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ」、ルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』、アガサ・クリスティの推理小説、紫式部『源氏物語』、角田光代『対岸の彼女』『八日目の蝉』、宮部みゆき『火車』)。

夢と無意識がテーマという点でも大いに気に入った。とってもカール・グスタフ・ユング的。そういう意味で『君の名は。』『インセプション』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『劇場版 まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』に近い。テレビ・アニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』なら第14話〈魔女はささやく〉が該当する。こういうの、大好物です。

あと本作は、煉獄さんの〈承認欲求〉が満たされるまでの物語という捉え方も可能だろう。

客層の男女比はほぼ半々で、やや女性が多めか。クライマックスではあちらこちらからすすり泣く声が聞こえてきた。

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「TENET テネット」に迸る映画愛

映画『TENET テネット』の物語構造やその哲学、背景とする物理学については下記事で詳しく論じた。

時間を順行する人物と、逆行する人物が錯綜する本作で何が起こっているのか、初見で完全に理解出来る人は皆無だろう。僕は3回目の鑑賞(IMAX)でようやく各登場人物のタイムラインを把握することが出来た。

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わかり易さを全く念頭に置いていない本作の不親切な製作方針は、観客への理解を促すためにシナリオに書かれていた説明用ナレーションをばっさりカットしてしまったスタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』を彷彿とさせる。クリストファー・ノーランは『インターステラー』にモノリス(石版)に似た外見の人工知能ロボットを登場させているので、『2001年』を意識していたことは間違いない。繰り返し観ることが前提なのだ。

『TENET テネット』に登場する「時間反転装置」はタイムマシーンではなく、「時間の矢」を反転するだけなので、10日前に戻るには10日かかる。事物が逆行する世界は正に映画フィルムの逆再生に他ならない。これは映画誕生から間もなく我々の祖先が目にした驚きであり、エイゼンシュテインが確立したモンタージュ理論に先立つものだった(*)。

*注釈:1896年に公開されたリュミエール兄弟の『壁の突破』( Démolition d'un mur )で逆再生は映画史に初登場する。動画はこちら。これが『テネット』の時間挟撃作戦におけるビル破壊シーンに繋がっていると感じるのは僕だけではないだろう。

観客は映画の中に流れる時間を感じるが、それは映写機の中で次々と送り出されてくるコマと、シャッターの瞬きで生み出されるイリュージョン(幻想)でしかない。フィルムを送り出すスピードを変化させることで時間を止めたり、ゆっくりにしたり、早送りしたり、逆再生したりすることが出来る。つまり『TENET テネット』の劇中で問われる主役(Protagonist)とは、映画そのものであるとも言えるのではないだろうか?僕はノーランに映画の原風景を見せてもらったような気持ちになった。

名もなき男が大富豪である敵とヨットで豪遊する場面は明らかに007などスパイ映画へのオマージュであり、終盤でフランス映画『太陽がいっぱい』を彷彿とさせたり(死体をロープで縛りボートで牽引する場面)、『カサブランカ』の名台詞(「ルイ、これが美しい友情の始まりだな」)が引用されたりと映画愛に溢れた傑作である。

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「愛してる」劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

評価:A+

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映画公式サイトはこちら

テレビ・アニメ版が全13話、そして第4話と第5話の間に位置するExtra Episodeが1話、さらに映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 ー永遠と自動手記人形ー』があり、全てNetflixが独占配信している。本作はそれらを受けての大団円である。

僕は当然ながら全ての作品を観て臨んだが、今回の劇場版が初体験となる人でも今までの経緯が理解出来るよう配慮されており、抜かりがない。

もう大満足。観たいと思っていたものを、しっかりと観せてくれた。パーフェクト、感無量である。

アニメ映画『リズと青い鳥』『若おかみは小学生!』に続き、吉田玲子の脚色が圧倒的に素晴らしい!ヴァイオレットが生きた時代の(恐らく)100年後から、物語を照射するという趣向が鮮烈である。

とはいえ、些か不満がないではない。例えばヴァイオレットが少女兵だった陸軍時代の上官で、大戦で大怪我を負って安否不明「未帰還兵扱い」となっているギルベルト・ブーゲンビリア少佐の生死の謎もミエミエだし(そもそも上のポスターが既にネタバレになっている!ここまで引っ張るほどのネタではないだろう)、クライマックスの海の場面では「エエッ、この島こんなに遠浅なん??これじゃ船を接岸出来ないでしょ!」とかツッコミを入れたくもなるが、それは野暮というもの。大目に見よう。あと『涼宮ハルヒの憂鬱』の時代から『響けユーフォニアム』にしても京アニ作品には必ず巨乳キャラが登場し、それば『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』も例外ではない(自動手記人形のカトレア)。しかし「そこまでヲタクに媚びなくても」という気もするのである。閑話休題。

僕はこの作品の世界観が好きだ。衣装デザインが美しいし、ヴァイオレットちゃんは健気だしね。吹奏楽ファンなので『響けユーフォニアム』も大のお気に入りだが、やはり『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』こそ京アニの最高傑作では?と思うのだ。

「大切なことは言葉にならない」は映画『海獣の子供』のキャッチコピーだが、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は「言葉にしなければ自分の想いをしっかりと相手に伝えられない」ということを教えてくれる。

痛ましく辛いあの事件を乗り越え、スタジオの総力を結集して金字塔を打ち立てた!京都アニメーション、「心から、愛してる」。

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恋愛は業だ〜映画「窮鼠はチーズの夢を見る」

評価:A

Kyu

映画『窮鼠はチーズの夢を見る』は水城せとなの同名BL漫画と、その続編『俎上の鯉は二度跳ねる』を原作としている。公式サイトはこちら

「恋愛は業だ」という名台詞は『俎上の鯉は二度跳ねる』に登場するのだが、映画には採用されていない。この二作は便宜上〈恭一&今ヶ瀬シリーズ〉と呼ばれている。面白いのは恭一は名前で、今ヶ瀬は名字である点。通常小説では男が名字、女が名前で表記されることが多い。つまりふたりはそういう関係っていうことなんだね。

「落語とは人間の業の肯定である」と看破したのは故・立川談志だが、本作も恋愛という〈業の肯定〉がテーマだと言えるだろう。その際〈業〉とは〈理不尽で厄介なもの〉であり、〈欲望〉〈矛盾〉と置き換えることも可能だ。

僕は女性に対してしか性的欲望を抱けない完全なストレート(ノン気)だが、本作を非常に面白く観た。つまり物語に普遍性があるということだ。

レイトショーで鑑賞。僕以外25人くらい客が入っており、全員女性だった(早めに着席して、入ってくる人をチェックした)。ビックリした~。BLのファン層ってこれが現実なんだね。こちらのインタビュー記事で行定勲監督は「男に見せたいんだよね!」と語っているが、どうやらその願いは叶わなかったようだ。

あと、たまき役の吉田志織が可愛かった。

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【考察】映画「TENET テネット」を観る前/後に知っておくべき幾つかの事項と、その哲学(自由意志 vs. 決定論)、さらにブロック宇宙論!

評価:A+

Tenet

公式サイトはこちら

いやー、参った!1回目の鑑賞ではさっぱり理解不能だった。しかし曲者クリストファー・ノーランの映画だから、そんなことは想定内。賭けても良いが、何が起こっているか初見で100%解読出来る人は皆無だろう。帰宅後一生懸命勉強して知識を叩き込み、2回目に挑戦。今度は九割方、物語のタイムラインが呑み込めた。それでも完璧ではないので、近日中にIMAXで3回目の鑑賞に臨む予定である。

【前半戦(鑑賞前にお読みください)】

1)回文/パズル

本作のタイトルは「信条」「信念」といった意味で、ラテン語による回文

SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

に基づいている。左上から縦読み/横読みしても、右下から逆方向に縦読み/横読みしても同じ。「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」という意味だが、SATORを農耕神サトゥルヌス、AREPOを「大地の産物」を解釈することも可能。一世紀頃には完成していたと考えられ、イギリス、イタリア、シリアなどの遺跡から発見されている。「セイター」「アレポ」「テネット」「オペラ」「ロータス」という5つの単語はすべて本編中に登場する。

そして映画全体が回文になっている。冒頭、キエフのオペラハウスでのテロとクライマックス、地図にない土地スタルスク12での戦闘は同じ日に起こっている。つまり映画の半ばで主人公は時間をUターンし、『ふりだしに戻る』(ジャック・フィニイによるSF小説のタイトル)。途中、順行したり逆行したり「時間の矢」は目まぐるしく向きを変えるが、歴史(運命)は変わらない。ある意味、パズルみたいだ。

またTENETは【左→右】に読んだTEN(10分)と、【左←右】に読んだTEN(10分)の時間挟撃作戦も意味している。

2)順行と逆行

映画は時間を順行する人物と、逆行する人物が入り乱れ、時に互いが格闘をして混乱する仕掛けになっている。整理しよう。本編に登場する「時間反転装置(回転ドア)」には「の部屋」と「の部屋」があり、が順行、が逆行を示す。最後の作戦では時間を順行する主人公たちのチームが、逆行するニールたちのチームがの腕章をつけている。逆行時に肺は外気を取り込めないため、酸素マスクが必要。但し逆行者は「の部屋」内でマスク不要。また主人公とニールが逆行しながら船に乗っている場面ではビニールカーテンで覆われた簡易無菌室(clean room)のような空間内にいて、中には酸素が供給されているものと思われる。そして順行者は逆行者の言葉を理解出来ない(カセットテープの逆回転のような音声だから)。

「時間反転装置」はタイムマシーンと違い、例えば10日前に一息でジャンプ(時間跳躍)出来ない。逆行するだけだから10日前に行くには10日かかる。

また冒頭に登場するワーナーブラザースのロゴマークが赤色で、エンディングのロゴのは青色なのにも注目!

の色分けはドップラー効果に由来するのではないか、というのが僕が立てた仮説。観察者に対して近づいてくる物体(現在←未来)はっぽく見え(波長が短く、周波数が高い)、遠ざかる物体(現在→未来)はみを帯びて見える(波長が長く、周波数が低くなる)。音の場合は近づく方が高音、遠ざかると低音になる。救急車のサイレンで経験があるだろう。

3)バックパックのストラップ

1回目は完全に見逃していたのだが、穴の空いた硬貨にオレンジ色の紐を通したストラップをバックパックに結んでいる兵士が3回出てくる。これ重要。

4)順行する人物が逆行する銃弾に撃たれると致命傷を追う

理由は逆行を可能にしている放射性物質の影響だそう。だから逆行弾の傷を癒やすためには、被弾者も逆行しなければならない

5)時間反転装置(回転ドア)のある場所

①オスロ空港 ②エストニアの港 ③旧ソ連のスタルスク12 ④挟撃作戦におけるTENET側の拠点・砕氷船マグネ・ヴァイキング(Magne Viking)号内部(時間をさかのぼり逆行してきたレッドチームが順行に戻る/ブルーチームは現状維持)

6)自由意志 vs. 決定論

哲学における〈自由意志〉とは人間が自己の判断に対するコントロールを行うことが出来るという仮説である。その対義語が〈決定論(因果論)〉であり、予め運命は決まっており、〈自由意志〉など存在しないという考え方だ。

つまりAかBの選択を求められたとき、どちらに決めるか本人に〈自由意志〉があるという考え方と、その人がどちらを選ぶかは既に決まっており、選択の余地はないという考え方がある。

私たちはしばしば過去を振り返り、「あの時、AではなくBを選んでおけばよかった」と後悔する。『If もしも....』。そういう想いを叶えるのが時間SF(タイム・トラベルもの)であり、主人公は過去に戻って自分の、あるいは地球規模の運命を変えようとする。そのミッションに成功すれば現在(過去にとっての未来)は変わる。枝分かれが発生し、主人公はパラレルワールド(平行世界)に入っていく。映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』や『ターミネーター2』『恋はデジャ・ブ』『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』『魔法少女まどか☆マギカ』『君の名は。』がそうだ。

ここで〈親殺しのパラドックス〉が問題となる。英語ではGrandfather paradox(祖父のパラドックス)という。「ある人が時間を遡って、血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というもの。その場合、両親のどちらかが生まれてこないことになり、結果として本人も生まれてこないことになる。従って、存在しない者が祖父を殺すこは出来ない。

〈決定論〉において、その人がBでなくAを選ぶことは〈自由意志〉でなく、それまでの経験則(生まれてから脳内に蓄えたデータ)により無意識のうちに決まっていたと考える。

『TENET テネット』でニールは「起こったことは起こったことだ(What happened, happened.)」と言う。つまり、結果は決まっている、運命は変えられない。地球滅亡を阻止するというミッションは予め成功することが決まっていた。これはクリストファー・ノーラン監督自身の思想でもある。

ノーランの主張は〈ブロック宇宙論〉に基づいている。ブロック宇宙論とは、全ての時間と空間が一つなぎのブロックのように存在し、過去・現在・未来が同時に存在している、というもの。宇宙は流れではなく、一つの構造物であり、我々はその一つの空間(断面)にいて観測・体験しているだけで、時間というものは錯覚に過ぎないという考え方だ。

Time

上図、観測者がいる【現在】の平面は下から上に移動し、既成の歴史を目撃・体験する。

更に詳しいことをお知りになりたければ、イタリアの理論物理学者カルロ・ロヴェッリ(著)富永星(訳)「時間は存在しない」(NHK出版)を読まれることをお勧めする。

アインシュタインの特殊相対性理論によると、現在は過去だけでなく未来からも影響を受けており、これを〈逆因果律(後方因果関係)〉という。最終的な運命は決まっているものの、どのようにそこに至るかは正確には決まっていないと考える物理学者もいる。つまり〈自由意志〉はあるが、あくまで限定的であるというわけ。

もし自由意志がないとしたら、人間はニヒリズム(虚無主義)に陥ってしまう危険がある。「どうせ俺の運命は決まっているんだ。頑張っても仕方がない」となる。だからたとえ幻想であろうと〈自由意志〉があると信じて、人生に価値を見出していくことが大切だ。つまりTENET(信念)を持てというわけ。

7)エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)

エントロピーとは「乱雑さの度合い」のこと。エントロピーの低い状態は「秩序ある状態」、エントロピーの高い状態を「無秩序な状態」と言い表せる。全ての事物は、「それを自然のままにほっておくと、エントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限り、そのエントロピーを減らすことはできない」ということ。

例えば薪が燃える状況を想像して欲しい。熱エネルギーが生じ、周囲の空気を温め、運動が激しくなった酸素・窒素・二酸化炭素などの分子は拡散していく(乱雑さを増す)。また煙が上空に登り、立ち去っていく。そして一本の薪は灰になり、バラバラに砕け散る(無秩序な状態になる/ゴミが発生する)。これがエントロピーの増大だ。不可逆性の変化であり、灰や煙や熱(分子運動)が一本の薪に戻ることは出来ない。つまり時間を逆行させるためにはエントロピー(乱雑さ/ゴミ)が減少する仕組みを構築しなければならない

8)時間が逆行する仕組み・理論

『テネット』で言及される未来の科学者は反電子(陽電子)を利用して、特定空間の物質だけエントロピーが小さくなる(「時間の矢」の向きを反転させる)技術を作った。ここで「対生成(ついせいせい)」について説明する。対生成とは素粒子(物質の最も小さい単位)の反応で、素粒子とその反粒子が同時に生成される現象。例えば光子から(マイナスの電荷を帯びた)電子と(プラスの電荷を帯びた)陽電子(または「反電子」と呼ぶ)が生成される。電子は「過去から未来に進む」普通の電子であり、反電子とは数学的に「未来から過去に進む」電子である、と解釈可能だ(正の電荷を持ち、時間を順行する陽電子=負の電荷を持ち、時間を逆行する電子)。つまり【陽電子は時間を逆行する】 。すべての物質には電荷が反対の「反物質」が存在している。映画に登場する「反転装置」はつまり、物質⇔反物質に転換する装置なのである。

そして電子と反電子が衝突すれば「対消滅(ついしょうめつ)」が起きて光子に変換される。『TENET テネット』に於ける「防護スーツを着ずに過去の自分と直に接触してはいけない。量子の対消滅が起きる」というルールはここから来ている。電子=素粒子=量子と考えて差し支えない。

【後半戦(鑑賞後に)】

では次に、既に映画をご覧になった方のための抑えておくべきポイントについて書こう。

1)本作のテーマ

セイターはアルゴリズムを稼働させ、地球の全てのエントロピーを逆行させようとした。つまり彼は「過去に戻って祖父を殺すこと」は可能であると信じていた。何故ならもしも彼の計画が成功すれば、アルゴリズムを稼働させた後の未来は存在せず、アルゴリズムや「反転装置」は発明されなかったことになる。完全に矛盾している。

一方、ニールらTENETのメンバー(そしてノーラン)は過去を改変出来ないこと(What happened, happened.) を知っていた。つまり本作は〈自由意志〉派と〈決定論〉派とのガチンコ対決を描いていることになる。どちらが勝ったかは言うまでもない。

過去を後悔するな。やり直すことは絶対に不可能なのだから。それよりも「いまを生きる」ことが大切。

2)スタルスク12におけるニールの複雑な行動

ブルーチームに参加し、逆行する→主人公とアイブスが入ったトンネル入口に爆弾が仕掛けられるのを見て敵の回転ドアを利用して順行に戻る→装甲車で丘に登り、地下核実験場に空けられた天井の穴からロープを地下に投げ入れ、アルゴリズムを奪った主人公とアイブスを実験場爆発と同時にロープで地下から引き上げる。→再び(今度は砕氷船マグネ・ヴァイキング号の)回転ドアに入り逆行、空いた鉄格子の扉から中に入り鍵を閉め、敵に撃たれて死ぬ。

ここでニールが鍵を開けたと錯覚している人が多いのだが、それは順行視点であり、ニールの主観でみると閉じるが正解。逆行ニールが地下実験場に侵入するタイミングは主人公とアイブズがロープで脱出する様子の逆回転を見届けた直後。なぜならその前だと爆発に巻き込まれ低体温症になるから。塞がれたトンネルの入口を開放する道具が必要。ニールと一緒にアイブズも逆行して手伝ったのかも知れない(ニールの侵入を外で見届けてアイブズは順行に戻る)。

3)ニールの正体

キャットの息子マックスはMaximilien(マクシミリアン)の愛称。後ろから読む(逆行する)とNeil(ニール)。本作で描かれる時から10-15年後に、同じ時間をかけ逆行して戻ってきた。推定年齢30-40歳。彼がバックパックに結んでいるのは、どうやらベトナムのお守りらしい→こちら!母との楽しかった思い出があるのだろう。ニールとセイターがエストニア語を話せることも根拠の一つ。

4)ニールは自分がスタルスク12で死ぬ運命であることを事前に知っていたか?

間違いなくYes.根拠は3つある。

A)主人公と別れ際、"I think this is the end of a beautiful friendship."(これが僕たちの美しい友情の最後だと思うよ)と言う。この台詞は映画『カサブランカ』ラストシーンにおけるハンフリー・ボガートの名台詞"I think this is the beginning of a beautiful friendship." の引用である。また"this is the end"はフランシス・コッポラの『地獄の黙示録』も意識しているかも知れない(ドアーズの『ジ・エンド』が映画冒頭と最後に流れる)。

B)映画冒頭で主人公は「信念(TENET)のために死ぬことが出来るか?」を問われる。そして最後にニールはTENETのために死ぬ。美しい円環構造だ。

C)本作においてニールは全てを知っている神のような存在だから。言い換えるなら、シナリオ(歴史)を読み込んだ映画監督の立場である。主人公=主役(The Protagonist)のオーディション・シーン(キエフのテロ直後の拷問場面)もある!

5)TENET(信条)

理屈に合わなくても人は何かを信じなければ生きていけない。take a leap of faith (運命に身を任せて飛び込む/清水の舞台から飛び降りる)ことが大切。その、古来からある代表例が宗教だろう。

心理学に〈承認欲求〉という用語がある。「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という欲求であり、幼少期に親から「あなたは生きていていい。愛している」と〈承認〉される欲求が満たされないと、〈愛着障害〉に陥る。つまりたとえ幻想でも構わないから「自分には何らかの価値がある」と信じられなければ、生きていけないのである。その典型例が〈境界性パーソナリティ障害〉であり、〈愛着障害〉を発端として「自分には何の価値もない」「生きる意味がない」「虚しい」と考え、リストカットなど自傷行為や、自殺企図を繰り返すことになる。

「自尊心・矜持(pride)を持て」と、クリストファー・ノーランは映画で繰り返し語っている。『インセプション』も、そういう話だ。

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僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46

「拘束されているときに『不協和音』の歌詞がずっと頭の中で浮かんでいました」

香港の民主活動家で、香港国家安全維持法違反の疑いで逮捕された周庭(アグネス・チョウ)氏は保釈後にこう発言し、アイドルグループ欅坂46が再び脚光を浴びた。秋元康が生み出した楽曲はこうして国境を軽々と超えた。

センターの平手友梨奈が「僕は嫌だ!」と絶叫する『不協和音』を彼女たちは2017年の第68回紅白歌合戦で歌い、パフォーマンス直後にメンバー3人が過呼吸で倒れた。2019年の紅白でも『不協和音』に挑戦し、ふたたび平手が倒れ周りのメンバーに抱きかかえられ舞台袖まで搬送された。

年が明けて2020年1月23日、平手はグループ脱退を発表し、世間に衝撃を与えた。結局紅白での『不協和音』が彼女にとって、欅坂46としての最後のパフォーマンスとなった。

評価:A+

Keyaki

映画公式サイトはこちら

大傑作である。元々予感はあった。不朽の名作『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る』の高橋栄樹監督だったからだ。僕は2012年に公開された映画の年間ベストワンに『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る』を選んだし、【2000年以降の映画ベスト60!】にも入れた。2011年東日本大震災についてのドキュメンタリーであり、〈戦争映画〉でもあった。

“平成の山口百恵”こと、平手友梨奈については今までも折に触れて言及してきた。

結局、欅坂46は“平手友梨奈と愉快な仲間たち”と表現しても過言ではないグループだった。総合プロデューサーの秋元康も、振付師のTAKAHIRO(上野隆博)も平手にぞっこん惚れ込んでおり、他のメンバーは単なる背景に過ぎなかった。そのことを象徴する楽曲が『二人セゾン』であり、最後に平手以外は全員、欅の木と化す。デビュー作『サイレントマジョリティー』の振付では平手を旧約聖書のモーセ(預言者)に見立て、出エジプト記が表現される。平手以外のメンバーは真っ二つに割れる紅海(=オブジェ)だ。

そのアイドルグループとしての歪さと、他のメンバーたちの苦悩や葛藤が本作では赤裸々に描かれている。単体で見ると皆、可愛い子たちばかりで、気の毒としか言いようがない。しかし一方で平手という〈カリスマ=巫女=預言者〉抜きではこれだけ世間の注目を集めなかっただろうということも真実であり、複雑な気持ちになる。秋元康も罪な男よのう……。劇場版「さよなら銀河鉄道999 〜アンドロメダ終着駅〜」でキャプテン・ハーロックが黒騎士ファウストに言う台詞「鬼だな」を思い出した。

本編中に高橋監督がTAKAHIROに対して、子どもたちに対する大人の責任を問う。その意地悪な質問に戸惑い、後ろめたさを漂わせながら訥々と答えるTAKAHIROが最高に可笑しい!

またドキュメンタリー部分だけではなく、ライブでのパフォーマンスがいい音でたっぷりと堪能できるよう仕上げられており、抜かりがない。

2019年秋に予定されていた9thシングル発売延期について、ミュージック・ビデオ撮影現場に平手が姿を現さなかったことが原因であったことが明らかにされる。

2020年9月8日に放送されたTOKYO FMの『TOKYO SPEAKEASY』に平手友梨奈とRADWIMPSの野田洋次郎が登場し、大いに語り合った。その対談の中で平手は、つい数日前に秋元康と食事をしたこと、欅坂46に入り秋元と連絡先を交換した際、「毎日交換日記をしよう」と秋元から提案され、今でも続いていることを明かした。つまりそれは平手が9thシングルMVの撮影現場に行かないことを秋元は事前に知っており承認していたこと、平手の脱退についても全く感情を害していないことを意味している。いやはや!

秋元と彼のミューズ(Angel of Music)平手が今後、どのような作品を生み出していくのか、目が離せない。

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ブックスマート

book-smartとは「書物上の知識がある」という意味(smart:賢い)。転じて「学識はあるが常識がない」。「頭はいいが世間知らずで、社会では成功していない」といったニュアンスを内包している。

『あまちゃん』『いだてん』の脚本家・クドカン(宮藤官九郎)や、RHYMESTER 宇多丸、元TBSアナウンサー宇垣美里が絶賛した映画の公式サイトはこちら

Booksmart

評価:C

駄目だ、全くノレない。主人公ふたりの女の子を好きになれないので感情移入出来ない。イケてない。

高校生くらいのteenagerたちが一夜の出来事を通じて、ちょっとした成長を遂げるという物語は繰り返し映画で描かれてきた。その元祖は言うまでもなくジョージ・ルーカスが監督した『アメリカン・グラフティ』(1973)だろう。他にジョン・ヒューズ監督『すてきな片想い』(1984)や、リチャード・リンクレイター監督『バッド・チューニング』(1993)、『イット・フォローズ』のデヴィッド・ロバート・ミッチェルによる『アメリカン・スリープオーバー』(2010)など枚挙に暇がない。日本では多部未華子主演で映画化された恩田陸の小説『夜のピクニック』(本屋大賞受賞)がある。

これらの作品群と比較して、僕は『ブックスマート』に優れた点、取り柄を見出だせなかった。

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大林宣彦監督の遺作「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」

評価:A+

Umibe

公式サイトはこちら。2019年11月24日(日)に広島国際映画祭で観た時のレビューはこちら。このとき僕は大林監督に握手をして頂いた。車椅子姿だった。

本作を一言で評するならカオス、混沌である。いきなり宇宙船から見た青い地球の姿が画面に現れ、やがて2019年尾道の映画館をワームホール(抜け道)として、武士の時代へとタイムリープ(時間跳躍)する。このぶっ飛び方は橋本忍(脚本・監督)のカルト作『幻の湖』を彷彿とさせる。

本作は歌って踊るミュージカルであり、無声映画、トーキー、アクション、チャンバラ(剣劇)、ターザンなどの要素がごった煮になっている。正におもちゃ箱をひっくり返したようなハチャメチャぶり。闇鍋をつつく感覚で次に何が飛び出すか判らない。初めて大林映画を観る人なら目を大きく見開き、戸惑い、頭が混乱するだろう。アヴァンギャルド(前衛)だ。そういう意味において、大林監督の16mm自主映画『EMOTION=伝説の午後 いつか見たドラキュラ』(1967)への回帰とみなすことも可能だろう。

あまりにも投入された情報量が多すぎて、一回観ただけでは脳内で処理しきれない。僕も二回目で漸く全体像を把握することが出来た。

登場する時代・歴史的人物を順不同で挙げよう。

  • 秀吉に切腹を命じられた千利休
  • 宮本武蔵 対 佐々木小次郎「巌流島の決闘」
  • 新選組による芹沢鴨暗殺
  • 近江屋での竜馬暗殺
  • 戊辰戦争(白虎隊/娘子隊の悲劇)
  • 長岡藩の藩士小林虎三郎による米百俵
  • 西郷隆盛と西南戦争
  • 大久保利通暗殺(紀尾井坂の変)
  • 満州事変と川島芳子・李香蘭(山口淑子)
  • 日中戦争
  • 沖縄戦
  • 広島への原爆投下

登場する映画監督は、

  • マリオ・バーヴァ『白い肌に狂う鞭』(馬場鞠男:主人公)
  • フランソワ・トリュフォー『恋のエチュード』(鳥鳳介)
  • ドン・シーゲル『ダーティハリー』(団茂)
  • 小津安二郎(『東京物語』『晩春』演じるのは手塚眞)
  • 山中貞雄(『人情紙風船』演じるのは犬童一心)
  • ジョン・フォード(『駅馬車』『捜索者』演じるのは大林宣彦)

明らかにオマージュを捧げている映画たち

  • 稲垣浩監督『無法松の一生』(園井恵子が出演)
  • アルフレッド・ヒッチコック『見知らぬ乗客』(割れた眼鏡に映る映像)
  • ジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』(ランボーの詩『永遠』の引用)
     また見付かつた。 
     何がだ? 永遠。
  • スタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』(スターチャイルド)
  • 新藤兼人『さくら隊散る』『ヒロシマ』(遺稿シナリオ)

そして自作からの引用ー登場人物の名前(『転校生』斉藤一美、『時をかける少女』芳山和子、『さびしんぼう』橘百合子、『HOUSE ハウス』ファンタ)、映像(『マヌケ先生』『その日のまえに』)。

因みに本作の舞台となる映画館〈瀬戸内キネマ〉は過去の大林映画『麗猫伝説』『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群れ』にも登場する。但し『麗猫伝説』では撮影所の名称として。

また一人の俳優が何役も演じるという手法は手塚漫画におけるスターシステム(詳細は手塚治虫公式サイトのこちら)を彷彿とさせる。大林監督は以前ブラック・ジャックを映画化(『瞳の中の訪問者』)しているし、息子の手塚眞が本作に出演しているのも決して偶然ではない。

〈過去→現在→未来〉という通時的流れ、順を追った直線的時間の概念は本作で通用しない。『海辺の映画館』は共時的(元々はフランスの言語学者ソシュールの用語)だ。過去・現在・未来は同時にここにある。死者も生者も共存する世界。それが混沌の正体だ。共時性は過去作『さびしんぼう』や『はるか、ノスタルジィ』『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群れ』『異人たちとの夏』『この空の花 長岡花火物語』でも認められる特徴である。

映画で過去は変えられないが、未来は変えられるかも知れない。大林監督の願いーそれは執念と言い換えても良いーが本作にはこめられている。観客は単なる傍観者であることを許されない。「映画の中に入っておいで。そしてあなたも行動しなさい、立ち止まっていては駄目だ。いいかい?よーい、スタート!」という掛け声が聞こえる。そして永遠に「カット」の声は掛からない。恐ろしい作品である。

〈追記〉『海辺の映画館』を観てびっくりしたのは、沖縄戦における日本軍による沖縄住民虐殺が描かれていたこと。寝耳に水で、これは果たしで史実なのだろうか?と疑問に思った。そこで調べてみると、ちゃんと沖縄県の公式ホームベージに「住民虐殺」についての県の見解が公表されているのを発見した。こちら。また『復讐するは我にあり』で直木賞を受賞した佐木隆三(著)『証言記録 沖縄住民虐殺―日兵逆殺と米軍犯罪』も読み、『海辺の映画館』で描かれたことがちゃんと事実に基づいていることを確信した。

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岡本喜八(監督)「激動の昭和史 沖縄決戦」と、佐木隆三(著)「証言記録 沖縄住民虐殺」

大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』を観ていると、1945年の沖縄戦における日本軍による沖縄住民虐殺のエピソードが出てきて、寝耳に水だった。「これは果たして史実なのだろうか?」と疑問を抱いたので、調べてみることにした。

こういう時に当たる資料で重要なのは信憑性である。イデオロギー的に偏った人が書いたものは信頼できない。プロパガンダ的色彩が強くなるからである。その典型例が朝日新聞社による韓国のいわゆる従軍慰安婦に関する一連の捏造記事であろう。最初の報道から32年も経って漸く新聞社が全面的に誤報を認め、謝罪した。また系列会社が出版する週刊朝日が掲載した橋下徹大阪市長(当時)に関する記事『ハシシタ 奴の本性』も酷かった。こうした左翼ジャーナリズムは自分たちの主張を通すために何をしでかすか分かったもんじゃない。目的のためには手段を選ばない。クワバラ、クワバラ。虚偽報道(フェイクニュース)の罠に掛からないよう十分注意が必要である。

調査を開始すると早速、沖縄県の公式ホームベージに日本軍による「住民虐殺」についての県の見解が公表されているのを発見した。こちら。また『復讐するは我にあり』で直木賞を受賞した佐木隆三(著)『証言記録 沖縄住民虐殺―日兵逆殺と米軍犯罪』(新人物往来社/後に徳間文庫)も図書館から借りて読んだ。

『復讐するは我にあり』は今村昌平監督で映画化され、キネマ旬報ベストテンで第1位に輝いたが、他に黒木和雄、深作欣二、藤田敏八が映画化を申し入れていたという。

また僕は8月15日の終戦(敗戦)記念日の前後に岡本喜八監督による東宝映画『激動の昭和史 沖縄決戦』と、玉音放送をめぐる攻防・クーデター未遂を描く『日本のいちばん長い日』もAmazonプライムで観た。

Okinawa

『ヱヴァンゲリヲン』の庵野秀明は岡本喜八監督の大ファンで、両者の対談において「『沖縄決戦』は、僕が生涯で一番何度も観た映画なんです。のべ100回以上観てますね」と発言している。『沖縄決戦』と『日本のいちばん長い日』は『シン・ゴジラ』に多大な影響を与え、岡本喜八の遺影が使用されている(株式会社カラーのコメント)。

佐木隆三は1971年から73年まで2年間沖縄のコザ市(現在の沖縄市)に住み、多数の証言を採集し『沖縄住民虐殺』を執筆、初出は『週刊アサヒ芸能』である。引用される文献も沖縄タイムス社刊『沖縄の証言』『鉄の暴風』、読売新聞社刊『秘録・沖縄戦記』、『琉球新報』社説・投稿欄など多岐にわたる。信じるに足る、しっかりしたルポルタージュである。

県外疎開で沖縄本島から九州に移った人々を除き、沖縄決戦のとき戦場に残っていた住民は49万人と推定される。そして人口の三分の一以上になる、約18万人が死んだ。日本軍(沖縄出身者を除く)の死者は約6万6千人、捕虜になったのが約7,400人だから生き残ったものはわずか1割に過ぎない。まさに玉砕戦である。そして軍人よりも一般住民の犠牲者の方が遥かに多かった。未成年者も師範学校および中学上級生は学徒隊を編成し、“鉄血勤皇隊”として戦線に投入され、師範学校女子部と第一高女は“ひめゆり看護隊”、第二高女は“白菊看護隊”として衛生兵同様に扱われた。

久米島における海軍兵曹長・鹿山正による久米島の敗戦後住民虐殺は衝撃的だ。犠牲者は二十人に及ぶ。1972年に「サンデー毎日」が大々的に報じ、ウィキペディアにも掲載されている。こちら。恐ろしいことにスパイ容疑で妻子(乳児含む)まで一家を皆殺しにするという犯行は1945年8月15日の玉音放送(ポツダム宣言受託発表)後の8月20日まで続けられた。スパイ容疑といっても米軍の捕虜になり、久米島攻略に際して軍に同行し、山中でうろたえている住民に「米軍は良民に危害を加えないから、抵抗せずに、安心して山を下りるように」と呼びかけた島出身の青年(25歳)を妻子ともども斬殺したり、朝鮮人だから怪しいとか、行商の品物が米軍の供与ではないかといった、確かな証拠もない噂レベルのはなしばかりである。当然軍事裁判もなく、問答無用の斬り捨て御免。鹿山兵曹長は「スパイの罪は六親等に及ぶ」と言い放った。彼は住民に対して「退山するものは、米軍に通ずる者として殺害する」と布告した。そして鹿島が戦後、このことに関して罪を問われることはなかった。

渡嘉敷島では329人、座間味島では53人の島民が日本軍の命令で集団自決を強要された。方法は手榴弾。隊長だった海軍の赤松大尉は「持久戦は必至である、軍としては最後の一兵まで戦いたい、まず非戦闘員をいさぎよく自決させ、われわれ軍人は食料を確保して、持久態勢をととのえ、上陸軍と一戦を交えねばならぬ。事態はこの島に住むすべての人間に死を要求している」と主張した。そして住民は死に、大尉とその部下たちは生き残った。

また本島では天皇陛下の「御真影」を抱いて逃げまどっていた国民学校長がスパイ容疑で日本兵に銃殺される出来事があった。このエピソードは映画『激動の昭和史 沖縄決戦』にも登場する。

  • 軍人の証言から当時の日本軍は沖縄を植民地と考え、住民を見下していたことがわかる。沖縄人は朝鮮人と同様に差別されていた。
  • 「今後、沖縄語で会話する者は、すべてスパイとみなし、厳重処分に処す」という軍回報が発布された。
  • 村長など集落の有力者を狙ってスパイの嫌疑をかけ処刑し、食料を奪うこともあった。
  • 戦火を逃れ住民が壕や亀甲墓(中が家のようになっている)に隠れていると友軍(日本軍)が来て「出て行け」と命令し、彼らが代わりに入る。一緒に身を潜めた場合も、ひもじくて泣いている赤ん坊を「敵に見つかる、静かにしろ!」と兵士が殺すこともしばしばあったという。また便意を催し壕の外に出て用を達して帰ってきたら、艦砲が近くなる。すると「おまえ便所するふりしてスパイしたな」と兵隊に怒鳴られたという。

これらの心理的背景には極限状態にまで追い詰められた者の恐怖心と、保身(安全欲求)があった。住民が何を会話しているのか分からない恐怖。情報が敵に漏れて、自分たちの潜伏先を特定されるのではないかという恐怖。アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソン(1803-1882)はこう言った。「恐怖は常に無知から生まれる (Fear always springs from ignorance. )」。またイギリスの哲学者バートランド・ラッセル(1872-1970)は「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」と述べている。

総攻撃が失敗し第三十二軍は司令部のあった首里から本島南部に撤退を余儀なくされる。南端に追い詰められ牛島司令官(映画では小林桂樹が演じた)と長参謀長(丹波哲郎)は1945年6月23日に切腹して果てた。しかしここからが問題で、牛島は各部隊に次のような命令を出した。

「いまや戦線錯綜し、通信また途絶し、予の指揮は不可能となれり。自今諸子は、各々陣地に拠り、所在上級者の指揮に従い、祖国のため最後まで敢闘せよ。さらば、この命令が最後なり。諸子よ、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」

つまり私は武士道に則りお先に死ぬが、お前たちは直属の上官に従い最後まで戦え。決して降伏することなく玉砕せよ、というのである。人命を尊重しない、全く無責任な話である。結果的にこれが8月15日の終戦(敗戦)まで、しっかりした指揮系統もないまま多くの日本兵や沖縄県民を縛り、悲劇を増幅させた。

〈生きて虜囚の辱めを受くることなく〉という箇所に、恥の文化にがんじがらめになった当時の日本人の問題点、というか欠陥が浮き彫りにされる。個よりも公(他人の目)が優先される。死を前提にした特攻という行為が許されたのも、この価値観が支配的だったからだ。そもそも切腹は決して美しい行為ではない。内臓は飛び出すし、介錯で頸動脈を斬ればあたり一面血の海だ。醜い死である。

神風特別攻撃隊に似た行為で沖縄で実行されたのが爆雷による肉弾攻撃。重箱くらいの大きさの箱に、火薬を詰める。タコツボに隠れて、敵戦車が来るとこの爆雷を抱いて飛び込む捨て身の戦法。やらされたのは兵隊ではなく、現地で動員された義勇隊だった。義勇隊と言っても名ばかりで半ば強制、疎開を許されなかった17歳から45歳までの男子が掻き集められた。この〈一人十殺一戦車〉の自殺戦法も『激動の昭和史 沖縄決戦』で描かれている。

日本兵は住民に鬼畜米英と教え込み、アメリカ兵につかまったら女は片っ端から強姦される、クロンボは赤ん坊を食いたがっている、などと言って脅した。だから怯えた住民は米軍に投降することが出来ず、青酸カリを飲んだり崖から投身自殺したりした。このあたりの詳しい事情は『沖縄決戦』や今井正監督の『ひめゆりの塔』をご覧あれ。

沖縄戦の実態は想像を絶する、悲惨な姿だった。これを学ぶ切っ掛けを作ってくれた故・大林宣彦監督に心から感謝したい。本当にありがとうございました。

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