Cinema Paradiso

2021年映画ベスト30+α & 個人賞発表!

毎年恒例、映画ベストを発表しよう。2021年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Amazon Prime Videoなどインターネットで配信された作品を対象とする。ただし、『ザ・クラウン』『クイーンズ・ギャンビット』『地下鉄道〜自由への旅路〜』『全裸監督』など連続ドラマは除外する。

タイトルをクリックすれば過去に僕が書いたレビューに飛ぶ。但し、未だ書けていない作品もある。

今年は2位がタイで2作品ある。これらの順列は決めかねた。

1.シン・エヴァンゲリオン劇場版
2.チック、チック...ブーン! (Netflix)
2.ドント・ルック・アップ (Netflix)
4.ドライブ・マイ・カー
5.ファーザー
6.ノマドランド
7.007/ノー・タイム・トゥー・ダイ 
8.最後の決闘裁判
9.パワー・オブ・ザ・ドッグ (Netflix)
10. アイダよ、何処へ?
11. まともじゃないのは君も一緒
12. あのこは貴族 
13. あの夏のルカ (Disney+) 
14. ミッチェル家とマシンの反乱 (Netflix) 
15. イン・ザ・ハイツ
16. 浅草キッド (Netflix)
17. サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜 (Amazon Prime)   

18. 僕が飛びはねる理由(ドキュメンタリー)
19. 街の上で 
20. ミラベルと魔法だらけの家 

21. Everybody's Talking About Jamie ~ジェイミー~ (Amazon Prime
22. ジャスティス・リーグ(ザック・スナイダーカット)(HBO Max) 
23. DUNE/デューン 砂の惑星 
24. プロミシング・ヤング・ウーマン  
25. アナザー・ラウンド 
26. すばらしき世界 
27. 竜とそばかすの姫 
28. アイの歌声を聴かせて 
29. アメリカン・ユートピア 
30. 花束みたいな恋をした
次点. クルエラ (Disney+) 

【特別賞】(ミニ・シリーズ)
地下鉄道〜自由への旅路〜 (Amazon Prime)
・全裸監督 (Netflix)
・ウディ・アレン VS ミア・ファロー (HBO Max)(ドキュメンタリー)
・キャッチ&キル / #MeToo 告発の記録 (HBO Max)(ドキュメンタリー)
・Qアノンの正体 (HBO Max)(ドキュメンタリー)

【ワースト・ワン】
サマーフィルムにのって
あの頃(次点)

監督賞:アダム・マッケイ(ドント・ルック・アップ)(Netflix)
新人(第一回)監督賞:リン=マニュエル・ミランダ(チック、チック...ブーン!)(Netflix)
アニメーション監督賞:庵野秀明(シン・エヴァンゲリオン劇場版
オリジナル脚本賞:アダム・マッケイ(ドント・ルック・アップ)(Netflix)
脚色賞:フローリアン・ゼレール、クリストファー・ハンプトン(ファーザー
主演女優賞:清原果耶(まともじゃないのは君も一緒
助演女優賞:門脇麦(浅草キッド)、キルスティン・ダンスト(パワー・オブ・ザ・ドッグ)(Netflix)
主演男優賞:アンドリュー・ガーフィールド(チック、チック...ブーン!)(Netflix)
助演男優賞:小泉孝太郎(まともじゃないのは君も一緒 )、成田凌(街の上で)
撮影賞:アリ・ウェグナー(パワー・オブ・ザ・ドッグ)(Netflix)
編集賞:マイロン・カーシュタイン、アンドリュー・ワイズブラム(チック、チック...ブーン!)(Netflix)
美術賞:ピーター・フランシス(ファーザー
衣装デザイン賞:ジェニー・ビーヴァン(クルエラ) (Disney+) 
音響賞:サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜 (Amazon Prime)
作曲賞:ジョニー・グリーンウッド(パワー・オブ・ザ・ドッグ)(Netflix)
歌曲賞:宇多田ヒカル"One Last Kiss"(シン・エヴァンゲリオン劇場版

シン・エヴァンゲリオン劇場版』については、とにかく『エヴァ』シリーズが完結する日が来るなんて全く想定外だったので、ただただ驚かされた。庵野秀明は広げた風呂敷をきちんと畳んでみせた。これを奇跡と呼ばずしてなんと言おう?永遠に少年だと思っていたのに、いつの間にか立派な大人になっていた。安野モヨコさん、ありがとう。(←意味が分からない人はNHKのドキュメンタリーを見て。)そして『シン・ウルトラマン』と『シン・仮面ライダー』も期待しているよ!

成田凌については『愛がなんだ』『さよならくちびる』『窮鼠はチーズの夢を見る』『まともじゃないのは君も一緒』『街の上で』など近年、日本映画での活躍が目覚しく、その存在感を高く買いたい。特に『さよならくちびる』のマネージャー役が素晴らしかったので、遅まきながら名前を挙げさせてもらう。

門脇麦は『あのこは貴族』での深窓の令嬢(貴族)役から『浅草キッド』のストリッパー役まで、演技の振り幅に驚嘆した。

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ブロードウェイの鬼才リン=マニュエル・ミランダが初監督したミュージカル映画『チック、チック…ブーン!』(tick, tick...BOOM!)

ピューリッツァー賞(戯曲賞)を受賞したミュージカル『ハミルトン』の台本・作詞・作曲・主演を兼任、ディズニー映画『モアナと伝説の海』や『ミラベルと魔法だらけの家』の作詞・作曲も手がけている鬼才リン=マニュエル・ミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) が2021年11月12日よりNetflixから配信されている(こちら)。『RENT/レント』の台本・作詞・作曲を手がけ、死後にピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソン(享年35歳)を主人公とするミュージカル映画で、歌われる楽曲は全てラーソンによるもの。音楽に関してミランダは今回ノータッチである。

評価:A+

ラーソンはダイナー(軽食レストラン)でウェイターとして働きながら夜はミュージカルを創作し、コツコツと試聴会(ワークショップ)を開催するものの、なかなか出資者(スポンサー)が見つからない。もうすぐ30歳の誕生日を迎えるのに、まだ何者でもない自分への焦燥や不安、煩悶が描かれる。

本作を十分に満喫するためには少なくとも『RENT/レント』を知っているということが前提となる。つまりラーソンが世紀の大傑作を生み出す瞬間=【ゼロ時間】に向かってひた走る映画だからである。この物語の先にあの『RENT』があるのだという期待・感慨抜きにはワクワク感が半減されてしまうだろう。

映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

例えばラーソンが「君は“エンジェル”だ!」と称賛するゲイの友人との関係性が『RENT』のキャラクター設定に緊密に結びついているし、ラーソンの自宅に設置された留守番電話の応答メッセージ"Speak !"が『RENT』と同じだったりする、といった具合。

観ている途中に気がついたのだが、本作はリン=マニュエル・ミランダ版『オール・ザット・ジャズ』なのだ。ブロードウェイの振付師・演出家でもあったボブ・フォッシー監督の自伝的作品で、1980年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを黒澤明の『影武者』と分かち合った。ロイ・シャイダー演じる主人公はブロードウェイの演出家。新作ミュージカルの準備を進めながら彼は死の影に怯え、焦り、混乱し、幻想を見る。レニー・ブルースを彷彿とさせるスタンダップ・コメディアンが登場し、その舞台上の一人語りが『チック、チック…ブーン!』のアンドリュー・ガーフィールドの姿に重なる。さらに『オール・ザット・ジャズ』の元ネタを遡ると、フェデリコ・フェリーニ監督『8 1/2』にたどり着く。「人生は祭りだ。一緒に過ごそう」

ミランダは間違いなくジョナサン・ラーソンの生き様に自分自身を投影している。ラーソンは作詞・作曲家スティーヴン・ソンドハイムを心から敬愛しており、 ソンドハイムが27歳で(『ウエスト・サイド物語』の作詞家として)ブロードウェイ・デビューしたことを繰り返し語る。その想いはミランダのそれとピッタリ一致する。映画の最後、ラーソン自宅の留守番電話に吹き込まれたソンドハイムからの激励メッセージは本人の肉声であり、ソンドハイム自身が台詞をリライトしたそうだ。ミランダも2009年ブロードウェイでの『ウエスト・サイド物語』スペイン語版リヴァイヴァル上演に際し、歌詞のスペイン語訳をソンドハイムと共同作業している。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

また、ピューリッツァー賞を受賞したソンドハイムのミュージカル"Sunday in the Park with Georgre"(日曜日にジョージと公園で/ジョージの恋人)のことを少し知っていたほうが本作をより一層楽しめるだろう。新印象派の画家ジョルジュ・スーラが主人公で(フランス語の「ジョルジュ」を英語読みすると「ジョージ」になる)、彼が点描法で大作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館所蔵)を書き上げる場面が第1幕のクライマックスとなっている。

Sunday

『チック、チック…ブーン!』の前半、ラーソンは自宅のテレビでその場面を見ている(動画はこちら)。マンディ・パティンキンとバーナデット・ピーターズが主演した1984年初演の舞台を撮影したもので、僕は北米版DVDを持っている。

『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われるラーソンが作詞・作曲した"Sunday"は明らかに"Sunday in the Park with Georgre"第1幕終曲に対するパスティーシュである。green,blue,yellowなど色彩を表す言葉が連発されるのも共通している。そしてこの"Sunday"にブロードウェイのレジェンドたちが大勢出演している。まずダイナーの厨房では監督のリン=マニュエル・ミランダがスペイン語を喋りながら調理している。店のカウンターには『ハミルトン』のスカイラー姉妹や『キス・ミー・ケイト』でトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞したブライアン・ストークス・ミッチェル、そして『ファン・ホーム』のベス・マローン(役と同じ黒縁メガネを掛けている)が座っている。テーブル席には映画『キャバレー』(ボブ・フォッシー監督)のMC役でアカデミー助演男優賞を受賞したジョエル・グレイ、『ウエストサイド物語』のアニタや『シカゴ』(ボブ・フォッシー振付・演出)のヴェルマ、『蜘蛛女のキス』の蜘蛛女などでブロードウェイ・オリジナル・キャストを務めたチタ・リベラ、リヴァイヴァル版『シカゴ』ヴェルマ役でトニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞したビビ・ニューワース、ブロードウェイ『オペラ座の怪人』のファントム役として最多出演回数を誇るハワード・マクギリン、『ハデスタウン』でトニー賞ミュージカル助演男優賞を受賞したアンドレ・デ・シールズ、そしてバーナデット・ピーターズ本人もいる(主人公が彼女の手を取る場面は"Sunday in the Park with Georgre"の再現である)。さらに『RENT』のオリジナル・キャスト、アダム・パスカル(ロジャー)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、ダフニ・ルービン=ヴェガ(ミミ)が浮浪者(bums)役で登場する。

グランド・ジャット島はパリ・セーヌ川の中洲にあり、両岸と橋で結ばれている。ブロードウェイがあるマンハッタン島もハドソン川河口部の中洲にある。つまり両者には共通点があるのだ。

ソンドハイムは2021年11月26日に91歳で亡くなったが、その3日後の日曜日に彼を慕うブロードウェイの演劇人たちがニューヨークのタイムズスクエア(ディスカウントプレイガイドtktsのある所)に集った(動画はこちら)。まずリン=マニュエル・ミランダがソンドハイムの書いた本の一節を朗読する(ここで名前が出てくるラパインとは、"Sunday in the Park with Georgre"の台本を書き、演出したジェームズ・ラパインのこと) 。そして全員でソンドハイム作詞・作曲の"Sunday"を歌う。ブライアン・ストークス・ミッチェルや歌手ジョシュ・グローバンの姿もある。あたかも人々が日曜礼拝で教会に集い、牧師が聖書を読み、その後に参会者が賛美歌を歌う情景のようだ。

日本人には余りピンとこないと思うが、アメリカ演劇業界の人々にとってソンドハイムは神にも等しい存在なのだ。それは世界中のアニメーターにとって、宮崎駿がどういう存在かという関係性に等しい。

かようなわけで『チック、チック…ブーン!』はジョナサン・ラーソンとスティーヴン・ソンドハイムに対する熱烈な恋文に仕上がっている。

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映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』『ハミルトン』で主演・台本・作詞・作曲と八面六臂の活躍をし、トニー賞を総なめにした上にピューリッツァー賞までさらった鬼才リン=マニュエル・ミランダの監督デビュー作で、Netflixから配信されているミュージカル映画『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) について熱く語りたいのだが、その前にアンドリュー・ガーフィールド演じる主人公ジョナサン・ラーソンについて押さえておく必要がある。ならば彼が台本・作詞・作曲を兼任したミュージカル『RENT/レント』にも触れない訳にはいかないだろう。

1980年代後半から90年代初頭にかけ世界中でHIV感染症が猛威を奮い、沢山の人々がAIDSで倒れた。亡くなった有名人を何人か挙げると、映画『ジャイアンツ』『風と共に散る』に出演した俳優ロック・ハドソン(1985年死去)、ミュージカル『コーラスライン』の原案・振付・演出をしたマイケル・ベネット(1987年死去)、フランス映画『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』を監督したジャック・ドゥミ(1990年死去)、ディズニー・アニメ『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』の作詞家ハワード・アッシュマン(1991年死去)、英国のロックバンド・クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリー(1991年死去)、ヒッチコック映画『サイコ』に主演したアンソニー・パーキンス(1992年死去)、映画『愛と哀しみのボレロ』にも出演した20世紀バレエ団の花形ダンサー、ジョルジュ・ドン(1992年死去)、ソ連生まれのバレエ・ダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(1993年死去)など

この時代を象徴する黙示録として生まれた演劇分野における代表作が『RENT』であり、トニー・クシュトナーが書いた戯曲『エンジェルス・イン・アメリカ』である。後者は原作者自身が脚色し、映画『卒業』のマイク・ニコルズが監督したテレビ(HBO)のミニ・シリーズも優れているのでお勧めしたい。アル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソンといった豪華出演陣で、現在ではU-NEXTから配信されている。

『RENT』はプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』を原作としており、ヒロイン・ミミの名はそこから来ている。「ムゼッタのワルツ」の旋律も引用される。作品を鑑賞する前に是非知っておきたい知識として「ボヘミアン」という概念が挙げられる。元々は流浪の民=ロマを指す言葉だが、「ボヘミアン・アーチスト」とは芸術家や作家、世間に背を向けた者などで、伝統や習慣にこだわらない自由奔放な生活をしている人々のこと。『ラ・ボエーム』ではパリの屋根裏部屋で暮らす詩人・画家・音楽家・哲学者であり、それが『RENT』ではニューヨーク・イーストヴィレッジで暮らす若者たちに置換されている。『RENT』とは家賃のことだが、『借りぐらし』と言い換えることも可能だろう。

『RENT』が(オフからオンに進出し)ブロードウェイで初演されたのは1996年4月29日。トニー賞のミュージカル部門で最優秀作品賞・台本賞・楽曲賞・助演男優賞(エンジェル役:ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア)を受賞し、『エンジェルス・イン・アメリカ』同様ピューリッツァー賞の最優秀戯曲賞にも輝いた。しかしラーソンはオフ・ブロードウェイ・プレビュー公演初日未明(1996年1月25日)に突然亡くなった。死因がAIDSだと勘違いしている人もいるが、実際はマルファン症候群に合併した大動脈解離だった。享年35歳。だからラーソン本人はこの作品が大成功を収め、数々の賞を勝ち取るという未来を知る由もなかった。なお、彼には女性の恋人がいたし(付き合っていた恋人をレズビアンに奪われたらしい)、ゲイではなくストレートだったようだ。

本作が画期的で素晴らしい点は多様性(diversity)に対して寛容であるということだろう。性癖ではストレート、ゲイ、ドラァグクイーン、レズビアン、バイセクシャルが登場し、ヘロイン中毒で注射器からHIV感染した者もいる。人種も白人(WASPとユダヤ人)、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック(ラテン)系、アジア系(嘗てブロードウェイ公演にMayumi Andoという日系の役者が出演していた)と多岐に渡る。『チック、チック…ブーン!』で描かれているようにラーソンは誰に対しても隔てなく接する。Friendlyで、共感性が極めて高いのだ。多様性(diversity)に不寛容(intolerant)だったトランプ政権下、"I can't breathe."という言葉を残し警官に殺されたジョージ・フロイド事件に端を発するBlack Lives Matter(BLM)運動を経たいま、『RENT/レント』が訴えかける価値観がより一層の輝きを放ち僕たちの心を照らしてくれる、そう感じられる。

僕は1998年の日本初演を大阪シアター・ドラマシティで観ている。演出はマーサ・ベンタ、出演は山本耕史、宇都宮隆、KOHJIRO、浜口司、KONTA、森川美穂ほか。これが酷い出来で、全く好きになれなかった。怒り心頭に発して途中で帰りたくなったくらい。要因はいくつか挙げられる。まず山本くん以外はミュージシャンを本業とする人が多く、演技が拙かった。またロックコンサートと勘違いするくらいの大音響で、難聴になるんじゃないかと耳を塞ぎたくなった。そして、やはり日本人だけのキャストで本作を上演するのは土台無理な話なのではないか?多様性の欠片もなく、作品の本質が見失われてしまう。それは『ウエストサイド物語』にしろ、『ラグタイム』にしろ同じことだ。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

2005年にクリス・コロンバス監督による映画版を鑑賞し、初めて本作の素晴らしさが理解出来た。映画ではアンソニー・ラップ(マーク役)、アダム・パスカル(ロジャー)、ジェシー・L・マーティン(コリンズ)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、テイ・ディグス(ベニー)、イディナ・メンゼル(モーリーン)と6人のブロードウェイ・オリジナル・キャストが集結した。新しいキャスト、ミミ役ロザリオ・ドーソン、ジョアン役トレイシー・トムズも良かった。なお、イディナ・メンゼルとテイ・ディグズは本作での共演が縁で2003年に結婚したが、2013年に離婚している。またトレイシー・トムズは舞台版『RENT』のオーディションに何度も落ちていたが、映画での好演が高く評価され、3年後に同じジョアン役でブロードウェイの舞台に立てた。

イディナ・メンゼルは後にディズニー・アニメ『アナと雪の女王』のエルサ役に抜擢され、"Let It Go"が世界中で大ヒット、センセーションを巻き起こし、アカデミー歌曲賞を受賞したことは記憶に新しい。アンソニー・ラップは #MeToo 運動が盛り上がった2017年、14歳のときに舞台で共演したケヴィン・スペイシーが自宅で開いたパーティに招かれ、その夜に彼からセクシャル・ハラスメントを受けたと告白。追い詰められたスペイシーはハリウッド追放の憂き目にあった。

映画『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM! )』では、ジョナサン・ラーソンが創作活動をしながら、軽食レストラン(ダイナー)でウェイターとして働く様子が描かれているが、ある日そこに見習いウェイターとしてやって来たのが、後にコリンズ役を演じることになるジェシー・L・マーティンである。そして『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われる"Sunday"というナンバーではアダム・パスカル、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアそしてミミのオリジナル・ブロードウェイ・キャスト、ダフニ・ルービン=ヴェガが浮浪者(bums)役で登場する。

ただ残念だったのは舞台の初演から『RENT』映画化まで9年も経過したこと。役者も年を取るので特に初演時24歳だったアンソニー・ラップは映画でおっさんになっていた。アダム・パスカルとかウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアはそんなに老けた印象はなかったのだが。実際のところ舞台でジョアンを演じたフレディ・ウォーカーは年齢を理由に映画出演を辞退している。

元々『RENT』の映画化権は #MeToo ムーブメントの果てに逮捕された悪名高き映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが設立したミラマックスが所有していた。当初ミラマックスはロブ・マーシャル監督(『イントゥ・ザ・ウッズ』『メリー・ポピンズ・リターンズ』)に興味ないか?と話を持ちかけたが、マーシャルは「もっといいアイディアがある」とミュージカル『シカゴ』映画化を提案、そちらの企画が通って2002年に公開され、アカデミー作品賞を獲得した。また『RENT』の歌詞の中で言及されるスパイク・リー監督も興味を示したが、結局うまく行かなかった。そういった経緯でミラマックスが権利を手放し、クリス・コロンバス(『ホーム・アローン』『ハリー・ポッターと賢者の石』)がチャンスを掴んだというわけ。

Rent

評論家や世間での映画『RENT/レント』の評判は芳しくない。その多くはコロンバスの演出が凡庸だという意見に集約されるだろう。しかし僕のような観劇をこよなく愛する人間=theatergoerの目から見ると出来は決して悪くない。つい先日見返したのだが、2021年の現在でも決して古びていない優れた作品だった。兎に角、舞台版に対する監督の敬意がひしひしと伝わってくる。彼は何も余分な要素を付け足したりしない。オーソドックスな正攻法であり、だから逆に映画ファンからは物足りないと言われるのだろう。オリジナル版では第2幕冒頭で歌われる名曲中の名曲"Seasons of Love"を映画冒頭に持ってきているが、劇場のステージに登場人物が横一列に並び、一人一人に真上からスポットライトを当てるという舞台演出をそのまま踏襲しており、好感度大。だからある意味、この映画版はDisney+から配信されているミュージカル『ハミルトン』に近いと言えるかも知れない。

舞台のオリジナル・キャストが映画版で6名も揃うというのは僕が知る限り前例がない。次に多いのが『プロデューサーズ』の4名(ネイサン・レイン、マシュー・ブロデリック、ゲイリー・ビーチ、ロジャー・バート)だろうか?ただトニー賞を12部門受賞した『プロデューサーズ』は舞台版の振付・演出を手がけたスーザン・ストローマンが引き続き映画版を監督しているのだが、惨憺たる出来。舞台演出の才能と映画的センスは全く別物なのだと思い知った。尚、僕は2001年8月下旬(同時多発テロ2週間前)にブロードウェイのセント・ジェームス劇場でオリジナル・キャストが勢揃いした『プロデューサーズ』を観劇している。それはそれは素晴らしい作品で、映画版とは雲泥の差だった。この折にパレス劇場ではディズニー製作のミュージカル『アイーダ』も観た。アイーダ役がヘザー・ヘッドリー(同役でトニー賞受賞)、ラダメス役がアダム・パスカルというオリジナル・キャストで、パーフェクトなパフォーマンスだった。閑話休題。

2008年ブロードウェイでの最終公演が『レント・ライヴ・オン・ブロードウェイ』というタイトルでDVD/Blu-ray発売されており、そちらもお勧め。何しろ劇場の雰囲気がそのまま愉しめる。カーテンコールではオリジナル・ブロードウェイ・キャストが勢揃いし、新旧キャストで"Seasons of Love"を高らかに歌い上げる。注目すべきは最終公演でミミを演じたレネイ・エリース・ゴールズベリイ。美人だし、歌も踊りも滅法上手い。彼女は後にミュージカル『ハミルトン』でスカイラー三姉妹の長女を演じ、トニー賞でミュージカル助演女優賞を受賞する(映画『チック、チック…ブーン!』にもカメオ出演している)。またカンパニーの中には映画版でジョアンを演じたトレイシー・トムズもいる。

本作が言いたいことを集約するなら"No day but today"(今日という日しかない)に尽きるだろう。

Finale Bの歌詞と対訳を一部ご紹介しよう。

 There is no future
 There is no past
 Thank God this moment's not the last

 There's only us
 There's only this
 Forget regret or life is yours to miss.
 No other road
 No other way
 No day but today

 未来なんかない
 過去もない
 今(この瞬間)が最後の時でなくて良かった

 僕らしかいない
 これしかない
 後悔は忘れよう、でなきゃ人生を逃してしまう
 他の道はない
 他のやり方もない
 今日という日しかない

日本初演から二十数年を経たいま、"No day but today"はより切実に僕の心に響くようになった。人生も半ばを過ぎて、死を意識するようになったことと無縁ではあるまい。

「今日という一日を大切に生きよう」というメッセージは、なにも不治の病に罹った人だけに向けたものではない。それは映画『いまを生きる』でロビン・ウィリアムズが口ずさんだラテン語の警句"Carpe Diem"(カルペ・ディエム:その日をつかめ/その日の花を摘め)と密接に結びついている。黒澤明『生きる』で志村喬が死ぬ直前に歌った、大正時代に流行った『ゴンドラの唄』(吉井勇 作詞/中山晋平 作曲)の歌詞「いのち短し 恋せよ乙女」や、『万葉集』で大伴旅人(おほとものたびと)が詠んだ歌「生ける者(ひと) 遂にも死ぬるものにあれば この世にある間(ま)は 楽しくをあらな」も同じことを言っている。

いまを生きる 2014.10.01
ミュージカル「RENT」オリジナル・キャスト〜アダム・パスカル&アンソニー・ラップ /ライヴ ! 2010.12.31

映画『RENT/レント』は現在、Netflix、U−Next(見放題)、Amazon Prime Video(有料レンタル100円)などから配信されている。

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【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

スティーヴン・スピルバーグ監督によるリメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』が2022年2月11日から公開される。公式サイトはこちら

映画『ウエスト・サイド物語』(旧作)が公開されたのは1961年。今から60年前である。アカデミー賞では作品賞・監督賞など10部門を受賞した。日本では封切られてから511日間、約1年半に渡りロングラン上映されたという。これは前年の『ベン・ハー』を凌ぐ記録となった。

元となったブロードウェイ・ミュージカルが初演されたのは1957年。舞台版で演出・振付を担当したジェローム・ロビンズが映画版ではロバート・ワイズと共同監督を務めた。しかし実はトニー賞で最優秀振付賞と美術賞の2部門しか受賞していない。だから当初は決して評価が高いと言えなかった。因みにこの年、ミュージカル作品賞・演出賞・主演男優賞などに輝いたのは『ザ・ミュージック・マン』である。『ザ・ミュージック・マン』はこれでトニー賞を受賞したロバート・プレストンがそのまま同役を演じ1962年に映画化されているが、それ程話題にはならず日本では未公開。なおトニー賞にオリジナル楽曲賞が加わるのは1962年の"No Strings"から。だから意外なことにレナード・バーンスタイン(レニー)は『ウエストサイド物語』の作曲に関して、いかなる賞も受賞していない。『南太平洋』『努力しないで出世する方法』『コーラス・ライン』『レント』『ハミルトン』などピューリッツァー賞を受賞したミュージカル作品は多々あるが、『ウエストサイド物語』は歯牙にも掛けられなかった(シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を土台にしているからではないかと思う人がいるかも知れないが、『レント』だってプッチーニのオペラ『ボエーム』を換骨奪胎した作品である)。また作曲家のアーロン・コープランド、チャールズ・アイヴズ、サミュエル・バーバー、モートン・グールド、ウィントン・マルサリス、ジョン・コリリアーノ、スティーヴ・ライヒらはピューリッツァー賞の音楽部門を受賞しているが、レニーは生涯無冠に終わった。

結局ブロードウェイ初演時には観客も業界人も、この作品の革新性を十分理解出来ていなかったのだと思われる。1950年代といえば『王様と私』『野郎どもと女たち(ガイズ & ドールズ)』『マイ・フェア・レディ』といったオーソドックスな、言い方は悪いがOld-fashioned Musicalが主流だった。そんな中で『ウエストサイド物語』は破格の作品であった。

作詞はスティーヴン・ソンドハイム、当時27歳。後に作曲も兼任するようになり、『リトル・ナイト・ミュージック』『カンパニー』『スウィーニー・トッド』『イントゥ・ザ・ウッズ』『フォーリーズ』『パッション』などの名作ミュージカル群を世に送り出した。トニー賞受賞8回、ミュージカル『ジョージの恋人(日曜日にジョージと公園で)』でピューリッツァー賞1回、そしてマドンナが歌った映画『ディック・トレイシー』の主題歌"Sooner or Later"ではアカデミー歌曲賞を受賞している。2021年11月26日に死去、91歳だった。

【日本での上演史】日本人キャストで初演したのはなんと宝塚歌劇団。1968年月組・雪組合同公演だった。振付・演出はジェローム・ロビンズとサミイ・ベイス。劇団四季は1974年から上演している。僕は高校生の頃、岡山県の倉敷市民会館で劇団四季版を観劇した。1980年代の話である。オープニングのダンス・シーンでダンサーがコケるなど、まだまだ上手とは言い難かった。宝塚版は1999年星組公演を宝塚大劇場で観た。出演者は稔幸、星奈優里、絵麻緒ゆう、彩輝直ほか。この作品の場合、女性だけだと群舞シーンでどうしても迫力に欠け、またプエルトリコ系シャーク団の面々はドーランを塗って肌を浅黒くしていることに違和感を覚えた。民族対立がテーマとしてあるわけで、同じ民族の日本人だけで演じるのはどうしても限界がある。それは白人が顔を黒く塗ってアフリカ系アメリカ人を演じるミンストレル・ショーがアメリカ合衆国で廃れたことと無関係ではない。

Minstrel

同様に、登場する人種が多様なミュージカル『ラグタイム』や『RENT』も日本人キャストのみでは難しい。

【歌の吹替問題】1961年の映画は泣く子も黙る掛け値なしの名作であるが、いくつかの問題を孕んでいる。まずナタリー・ウッドの歌はマーニ・ニクソン、トニー役リチャード・ベインマーの歌はジム・ブライアントが吹替ている。またアニタ役リタ・モレノの歌唱の一部をベティ・ワンド、リフ役ラス・タンブリンの歌唱の一部をタッカー・スミスが吹替ている(ラス・タンブリンは後にTVシリーズ『ツイン・ピークス』に精神科医役で出演した)。歌が吹替であることは公開当時秘密にされており、クレジットにも歌手の記載がない。またレコードの売上も吹替歌手に対して一切支払われなかったため、後に裁判沙汰となった。

【マーニ・ニクソン】最強の“ゴースト・シンガー” マーニは『王様と私』(1956)のデボラ・カーや『マイ・フェア・レディ』(1964)のオードリー・ヘップバーンの歌も吹き替えている。『王様と私』でマーニは「吹替したとバラしたら二度と仕事が出来ないようにしてやる」とスタジオから脅され、公表しないという誓約書にサインさせられた。しかし気のいいデボラ・カーはインタビューでマーニのことに言及し彼女に感謝したたため、20世紀フォックスは慌てふためいた。

『ウエストサイド物語』のナタリー・ウッドは自分の歌が映画で使用されると撮影終了まで信じていた。だから後で吹替のことを聞き、ショックを受けたためポスト・プロダクションにおける録り直し・調整に一切協力しなかったという。

『マイ・フェア・レディ』はアカデミー賞に12部門ノミネートされ8部門で受賞した。しかし実際はオードリーが歌っていないことが広く知れ渡っていたので彼女はノミネートすらされず、その年に主演女優賞を受賞したのは『メリー・ポピンズ』のジュリー・アンドリュースだった。ジュリーは舞台版『マイ・フェア・レディ』イライザ役のオリジナル・キャストであり、映画で起用されなかった彼女に対して同情票が集まったと言われている。『マイ・フェア・レディ』で主演男優賞を受賞したレックス・ハリソンは授賞式の壇上で「ふたりのイライザに感謝します」とスピーチした。

マーニのことを気の毒に思ったロバート・ワイズ監督は映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)で彼女を修道院のシスター役に起用する。『マイ・フェア・レディ』の一件があったのでマーニは主演のジュリー・アンドリュースとの初対面ですごく緊張した。しかしジュリーはスタスタと彼女に歩み寄り「マーニ、私は以前からあなたのファンです」と言った。『サウンド・オブ・ミュージック』は殆どの役者が自分で歌っているが、修道院長役のペギー・ウッドの代わりに“すべての山を登れ”をメゾソプラノ歌手のマージェリー・マッケイ が吹替ている。ただしこのシーンは公開直前に監督の指示でカットされた(ビデオ/DVD/Blu-rayでは復活している)。

【その後のミュージカル映画】『ウエストサイド物語』で本人の歌ではないのにアカデミー助演女優賞を受賞したということで、リタ・モレノは後々まで非難されることになる。また『マイ・フェア・レディ』のごたごたもあり、以降のミュージカル映画では役者本人が歌うことが通例となった(ただし一部例外もあり『オペラ座の怪人』でオペラ歌手カルロッタを演じたミニー・ドライヴァーの歌は吹替である)。またその反動か、女優本人が歌うと(たいした演技でなくても)比較的容易くアカデミー賞が受賞出来るという珍現象が近年まで続いている。具体例を挙げるなら『ファニー・ガール』のバーブラ・ストライサンド、『キャバレー』のライザ・ミネリ、『シカゴ』のキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』のリース・ウィザースプーン、『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソン、『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイ、『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン、『ジュディ 虹の彼方に』のレネー・ゼルウィガー。男優の場合、この法則が当てはまらないというのも面白い。

【人種問題】『ウエスト・サイド物語』のジェット団はポーランド系アメリカ人の不良グループであり、シャーク団はプエルトリコからの移民である。そのリーダー、ベルナルドの妹マリアはアメリカ合衆国に来てまだ1ヶ月という設定。しかし旧映画版でマリアを演じたナタリー・ウッドはサンフランシスコ生まれで両親はロシアからの移民。ベルナルド役ジョージ・チャキリスはオハイオ州生まれで両親はギリシャ系。つまりプエルトリコ出身のリタ・モレノ以外は殆ど白人がメイクでプエルトリコ人を演じていたのである。

【リン=マニュエル・ミランダと『イン・ザ・ハイツ』】ブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』でトニー賞を総なめにし、ピューリッツァー賞まで手に入れたリン=マニュエル・ミランダはプエルトリコ系で、幼少期は年に1ヶ月間、祖父母が住むプエルトリコで過ごした。『ハミルトン』の前作『イン・ザ・ハイツ』もトニー賞のミュージカル作品賞や楽曲賞を受賞したが、この作品はニューヨーク・マンハッタン島北部のワシントンハイツを舞台にしている。ここはドミニカ共和国、キューバ、プエルトリコ、メキシコ等からの移民が集まりスペイン語が飛び交うラテン系アメリカ人(ラティーノ)社会を形成している。

ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」

『イン・ザ・ハイツ』が『ウエスト・サイド物語』から多大な影響を受けていることは論を俟(ま)たない。『ウエスト・サイド』とはマンハッタン島の西側を指す。 セントラルパークを挟んでイースト・サイドが高級住宅街、ウエスト・サイドには多くの貧しい移民が住んでいた時代の物語だ。

ミランダは2009年ブロードウェイ再演『ウエストサイド物語』スペイン語版の脚本を執筆し、スティーヴン・ソンドハイムと共に歌詞をスペイン語に翻訳した。更に彼は高校生の時に学校で『ウエストサイド物語』の演出も手がけたという。

スピルバーグがニューヨークでWSSを撮っている時に、ちょうど映画『イン・ザ・ハイツ』も撮影中でロケ現場がすぐ近くだった。だからミランダは居ても立っても居られず、撮影の合間にスピルバーグの現場に見学に行ったと告白している(こちらの記事)。折しもミュージカル・ナンバー“マリア”を歌っているところだった。

また2021年11月にNetflixから配信されたミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!』(大傑作!!)はミュージカル『RENT/レント』の作詞・作曲・脚本でトニー賞やピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソンを主人公とするミュージカル映画だが、新作の試聴会(ワークショップ)に現れたスティーヴン・ソンドハイムから掛けられた言葉が、もうすぐ30歳になるのに世間から中々才能を認められなくて焦るラーソンの気力をいかに奮い立たせたかが描かれている(映画最後の留守電はソンドハイム本人の声で、話している内容も本人が書き直したそうだ)。歌詞の中でラーソンは高校生の時に親友と学芸会で『ウエストサイド物語』を演じたと語り(“クール”の旋律が引用される)、また"Sunday"というナンバーでは『ウエストサイド物語』オリジナル・プロダクション(初演)でアニタを演じたチタ・リベラが特別出演している。さらに『イン・ザ・ハイツ』にも「酔っぱらったチタ・リベラみたいだ」という台詞がある。

【スピルバーグ版の改善点】まず出演者全員、本人が歌っている。またスピルバーグはヒスパニック系の登場人物はヒスパニック系のバックグラウンドを持つ者に演じてもらうことにこだわり、プエルトリコ人役33名のうち20名が厳密なプエルトリコ人、またはプエルトリコにルーツを持つ者たちを選んだ。マリア役は新人のレイチェル・ゼグラー。母親はコロンビア人で、ディズニー実写版『白雪姫』の主演に抜擢されている。アニタ役アリアナ・デボーズは父親がプエルトリコ系。またリタ・モレノも再び本作に出演している。彼女はオリジナル版でシャーク団とジェット団の中立地帯の役割を果たした食料雑貨店の店主ドクの未亡人を演じた。

West

今回脚色を担当したのはトニー・クシュナー。1993年に舞台『エンジェルズ・イン・アメリカ』でピューリッツァー賞戯曲部門を受賞した。スピルバーグとは既に『ミュンヘン』『リンカーン』で組んでいる。『エンジェルズ・イン・アメリカ』は『レント』と並ぶ、人々がAIDSに恐れ慄いていた90年代を代表する演劇作品である。

【スピルバーグとミュージカル】長いスピルバーグのキャリアの中で、ミュージカルを監督するのは本作が初めてである。実は『E.T.』(1982)が完成した時期に、マイケル・ジャクソン主演でミュージカル映画『ピーターパン』を撮るという企画が持ち上がっていた。1982年といえばアルバム『スリラー』が発売された年で、マイケルの全盛期だった。その準備として朋友ジョン・ウイリアムズ作曲、レスリー・ブリッカス作詞で歌も数曲完成していたのだが、結局実現しなかった。この時作曲された楽曲は後に、大人になったピーターパン(ロビン・ウィリアムス)を主人公とするスピルバーグ映画『フック』(1991)に流用された。しかし残念ながら駄作であった。ジョンの音楽は良かったのだが……。

【シンフォニック・ダンス】レニーは1960年にシド・ラミンとアーウィン・コスタルに編曲を依頼して、『ウエスト・サイド物語』の音楽を素材にオーケストラのための演奏会用組曲『シンフォニック・ダンス』を創作した。初演は61年。因みにシド・ラミンとアーウィン・コスタルは61年の映画版でアカデミー賞のミュージカル映画音楽賞(つまり編曲賞)を受賞している。

構成は以下の通りで、全曲が切れ目なく演奏される。演奏時間は約30分。

  1. プロローグ 
  2. サムウェア 
  3. スケルツォ
  4. マンボ 
  5. チャチャ
  6. 出会いの場面  〜クール 〜フーガ
  7. ランブル(乱闘) 
  8. フィナーレ 

レニーの指揮で2種類のレコーディングが残されており、日本では彼から直接薫陶を受けた指揮者・大植英次や佐渡裕らがしばしば演奏会で取り上げている。また現在ベルリン・フィルの芸術監督であるキリル・ペトレンコも数回この楽曲を指揮している。

実に面白いのは『ウエスト・サイド物語』の中でいちばん有名な“トゥナイト”を敢えて外していること。恐らくこのナンバーばかり流行って、レニーはウンザリしていたのではないだろうか?「俺はこれだけじゃなく、他にもいい曲をたくさん書いているんだぞ!」と。

またミュージカルが1957年にブロードウェイで初演された時、パーカッションが沢山必要だったのでオーケストラ・ピットにヴィオラが入らず、ヴィオラ抜きの編成だった。だからシンフォニック・ダンス版の"サムウェア”でレニーはヴィオラ・ソロから始まることにこだわったのだそう(大植英次 談)。

【『ロミオとジュリエット』との関係】WSSがシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に基づいていることは先に書いた。レニーは“サムウェア”にチャイコフスキーの幻想序曲『ロメオとジュリエット』の旋律(終結部のチェロ)を引用している。

【グスターボ・ドゥダメル】スピルバーグ版でオーケストラの指揮をするのはベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメル。画期的音楽教育システム「エル・システマ」の申し子である。17歳でシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの音楽監督に就任し世界に名を馳せ、2009年からはロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督となった。2017年にはウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートの指揮者を務め、ベルリン・フィルの演奏会にもしばしば登場している。シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ時代にはアンコールで『シンフォニック・ダンス』からマンボを演奏するのが定番で、来日公演でもラテンの血が滾るパフォーマンスで聴衆を熱狂させた。正に彼以外考えられない、ドンピシャの起用である。ドゥダメルがニューヨーク・フィルと組んで、そこにどのような化学反応(chemistry)が生じるのか?今から愉しみで仕方がない。

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DUNE/デューン 砂の惑星

評価:保留

IMAXで鑑賞。映画公式サイトはこちら

Dune

評価を「保留」にしたのにはそれなりの理由がある。そもそも映画冒頭でPart Oneと出てくるので、つまりPart Twoがあるわけ。アメリカで公開され、大ヒットしたため、ようやく続編製作にゴーサインが出た。北米では2023年10月20日と発表された。

映画の宣伝では「パート 1」であることを隠しているので「騙された!」と思う人もいるだろう。そうでなくとも上映時間2時間35分と長尺だし、続きものだと事前に知っていたら二の足を踏む人も少なくなかろう、と想像に難くない。丁度『ロード・オブ・ザ・リング』の第一作目を観た感じに近い。物語は始まったばかりだし、現時点ではなんとも言えない。

美術や撮影、特撮、音響効果は優れているし、今のところなんの不満もない。パート 2が愉しみだ。

しかし“ハリウッドの王子”と呼ばれるティモシー・シャラメとゼンデイヤというカップルは眼福だね。 

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最後の決闘裁判

評価:A

Lastduel

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『グッド・ウィル・ハンティング』(1997)でアカデミー賞/オリジナル脚本賞を受賞したベン・アフレックとマット・デイモンが久しぶりに共同脚本を手がけ、出演した。ただし今回はノンフィクションの原作がある。また女性目線で描く第三部は女性脚本家ニコール・ホロフセナーが加わった。

振り返ればリドリー・スコット監督の長編映画デビュー作は無意味な決闘を繰り返す主人公を描く『デュエリスト/決闘者』(1977)だったわけで、原点回帰と言えるのではないだろうか?本作を観ながら「自分の誇りや名誉を守るために殺し合いをするなんで実に馬鹿げているし、そもそも勝者が正義で、敗者が悪だと決着がつくわけでもない。虚しい」と思った。考えてみればそれは戦争も同じだ。歴史書というのは常に勝者の視点から書かれて来たが、『最後の決闘裁判』で描かれたように敗者側など複数の視点から観察すれば、もっと別の物語が見えてくる気がする。そういった奥行きを持った深い作品である。

リドリー・スコット監督の映画に登場する女性たちは昔から強かった。『エイリアン』のリプリーは言うに及ばず、『テルマ&ルイーズ』の主人公ふたりは女を性処理の道具くらいにしか考えていない男たちをぶっ飛ばして、空高く飛翔して行った。そして本作のヒロイン・マルグリットも当初は父親が決めた政略結婚に従うおとなしい娘のように見えるが、徐々に彼女の芯の強さが浮かび上がってくる構成になっている。

裁判の場面ではレイプ被害者なのに「お前が誘ったんだろう」的なことを言われたり、「セックスで絶頂に達したか?」と無神経なことを男たちから言われたりと、観ていていたたまれない気持ちになった。そして告発者が裁判で再び人間の尊厳を奪われるような屈辱的な目(=セカンドレイプ)に遭うという状況は、現代でも十分起こり得ることだなと空恐ろしくなった。

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007/ノー・タイム・トゥ・ダイ

評価:A

Notime

ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンド役に起用されてから、本シリーズは大きく舵を切った。特にサム・メンデス監督が登板した『スカイフォール』ではボンドの幼少期に遡る旅が描かれ、次の『スペクター』では犯罪組織のボス・ブロフェルドがボンドと因縁の関係であることが明らかに。キャリー・ジョージ・フクナガ監督がバトンを受けた本作でもその路線は継承され、今回は殺し屋ミスター・ホワイトの娘マドレーヌ・スワンが少女時代に体験したトラウマが蘇る。そしてイタリア南部の街マテーラの祭りでは「紙切れに火をつけて燃やすみたいに、辛かった記憶を消し去ることは出来るのか?」という問いが発せられるが、(悪役も含め)登場人物たちは追いかけて来る過去の影から逃れることが出来ない。

マドレーヌの回想では雪に閉ざされた森の中の一軒家が登場するが、森というのは暗い過去・深層心理のメタファーなのだろう。その奥底へと我々観客も深く潜っていく。

そしてこの体験はキャリー・フクナガがプロジェクトの途中で監督から降板し、脚本のみにクレジットが残ったスティーヴン・キング原作『IT/イット』をも彷彿とさせる仕掛けになっており、ピエロの代わりに本作では能面の男が登場する。

さらに私たちは007シリーズそのものの過去作にも旅することになる。現役を退いたボンドはジャマイカで悠々自適の日々を過ごしているが、ここは第1作『ドクター・ノオ』物語発端の地でもある。極めつけは映画冒頭ボンドとマドレーヌがランデブーを満喫している場面で『女王陛下の007』挿入歌「愛はすべてを越えて」の旋律が聞こえてきて、エンド・クレジットでは同曲をサッチモ(ルイ・アームストロング)がしゃがれ声で味わい深く歌う。『女王陛下の007』はボンドがシリーズで唯一結婚する異色作であり、『インセプション』『TENET テネット』のクリストファー・ノーラン監督が一番のお気に入りと宣言するほど多くのファンから愛されている作品。そして『ノー・タイム・トゥ・ダイ』のプロットと見事に対にもなっている。鮮やかで、懐かしくもあり、胸が熱くなる幕切れだった。ダニエル・クレイグ、そしてフクナガ監督、本当にありがとう!!

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アカデミー賞にノミネートされたボスニア映画「アイダよ、何処へ?」

『アイダよ、何処へ?』は2020年度の米アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた(受賞したのはデンマーク代表『アナザーラウンド』)。監督はヤスミラ・ジュバニッチ、女性である。1995年に起こったスレブレニツァの虐殺が扱われている。公式サイトはこちら

本作を正しく理解するためには、きちっと歴史背景を踏まえておく方が望ましいだろう。

第二次世界大戦後に成立し、冷戦時代ソビエト連邦を中心とする東側陣営の一翼を担ったユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、「七つの国境、六つの共和国(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、マケドニア)、五つの民族(スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人)、四つの言語(スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語)、三つの宗教(ギリシア正教、カトリック教、イスラム教)、二つの文字(ラテン文字、キリル文字)、一つの国家」という表現に示される複雑な国家であった。加えて1971年に初めて「民族」として認められたムスリム人もいた。

そのユーゴから1991年にスロヴェニアとクロアチアが分離独立を果たし、同年ソ連は崩壊した。このあたりの地域=バルカン半島は元々「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、第一次世界大戦の火蓋を切った場所でもある。社会主義体制が瓦解すると同時に、それまで燻ぶっていた民族問題が大爆発を起こした。

1992年3月に独立宣言したボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦は東がセルビア、西がクロアチアに挟まれている。そして映画の舞台となるスレブレニツァはボスニア東部の街でセルビアとの国境近くにある。

またボスニア・ヘルツェゴヴィナの人口構成はボシュニャク人(ユーゴ時代にムスリム人と呼ばれたイスラム教徒、人口比約44%)、セルビア人(セルビア正教徒、人口比約31%)、クロアチア人(カトリック教徒、人口比約17%)となっている。

評価:A

Aida

タイトルのラテン語「Quo Vadis」は聖書の中でキリスト教徒が迫害される場面で使われる言葉であり、聖ペテロがキリストに対して問うた「(主よ、)何処に行かれるのですか?」という意味。『クオ・ヴァディス』というハリウッド映画もある。

セルビア人がボシュニャク人を大量虐殺する場面(直截的な描写は避けられている)ではナチス・ドイツがユダヤ人たちを(アウシュヴィッツなど)絶滅収容所に送るために貨物列車に乗せる口実であるとか、「シャワーを浴びさせてやるから服を脱げ」とガス室に連れて行く場面を思い出した。歴史は繰り返す。容赦なく。

最後にアイダが下した決断には胸を打たれた。結局、人はどんな辛い目に遭おうとも、「希望」を持ち続けなければ生きていけないのだ。掛け値なしの傑作。僕がアカデミー会員だったら、『アナザーラウンド』ではなく、こちらに投票しただろう。

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サマーフィルムにのって

評価:F (不可)

Summer

映画公式サイトはこちら

評判が良かったから観に行ったのだが、久々に地雷を踏んだ。お粗末。

映画讃歌をテーマとする作品は少なくないが、しばしばハマりやすい落とし穴は「映画が大好きな俺って、イケてるでしょ?」という自画自賛、自己肯定感丸出しの、まるで他人のマスターベーションを強制的に見せられているような不快感である。本作はその典型で、ほとほとうんざりした。これだけの悪印象を抱いたのは原田眞人監督のデビュー作『さらば映画の友よ インディアンサマー』(1979)以来である(原田さんは今ではちゃんと立派な大人になった)。つまり「サマーフィルムにのって」は青臭いのだ。みっともなくて目を覆いたくなる。反吐が出そう。あと、しょーもない『時をかける少女』の引用にも腹が立った。これは筒井康隆に対する冒涜である。

同ジャンルのスタンリー・ドーネン監督『雨に唄えば』とか、フランソワ・トリュフォー監督『アメリカの夜』、あるいはジュゼッペ・トルナトーレ監督『ニュー・シネマ・パラダイス』の域に達するのは、並大抵のことじゃないと改めて思い知った。

本作の主人公である女子高生は勝新太郎が主演する『座頭市』などの時代劇が大好きで、同級生の友人(女)三人が集う河川敷の秘密基地(小屋)には工藤栄一監督『十三人の刺客』のポスターが貼ってあり、市川雷蔵の『大菩薩峠』や三船敏郎の『椿三十郎』が話題になったりとするわけだが、これは明らかに男の映画マニアの発想であり、女子高生の会話としてはあまりにも不自然。鼻白んでしまった。実際のところ本作は監督・脚本:松本壮史、共同脚本:三浦直之と、男ばかりで書いている。僕は今までに三千本以上の映画を観ており相当なマニアだと自認しているし、岡山映画鑑賞会とか、OBs Club(大林宣彦公認ファンクラブ)といったディープな会に参加してファン同士で語り合ったりもしてきたが、そもそも日本の時代劇が大好きな女性なんか1人として出会ったことがないぞ。黒澤映画に心酔するのも男だけだ。それに、男も含め今どきの高校生に勝新とか雷蔵ファンがいるとも思えない。全くリアリティがない。

主役の伊藤万理華は撮影当時24歳だが、ちゃんと高校生に見えた。彼女は乃木坂46の第1期生で、僕はTVの冠バラエティ番組『乃木坂って、どこ?』をグループのCDデビュー(『ぐるぐるカーテン』)前から見ていたから、彼女のことを知ったのは多分2011年である。グループの中では割と地味な存在で、シングルの選抜に選ばれずアンダーメンバーに甘んじることが多かったように記憶している。ただしアンダー(16−17名)の楽曲で3度、センターに選出されている。万理華(まりっか)が演技するのは初めて見たが、悪くない。新人女優として中々有望だと思う。乃木坂46の卒業生といえば『愛がなんだ』の深川麻衣も良かったし、西野七瀬がスナックのママを演じ好評の『孤狼の血 LEVEL2』も近いうちに是非観たい。彼女たちの未来に幸あれ!

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カンヌ国際映画祭で脚本賞受賞。村上春樹原作「ドライブ・マイ・カー」〜表題に込められた意味を知っていますか?

評価:A+

『ドライブ・マイ・カー』はカンヌ国際映画祭で脚本賞、国際映画批評家連盟賞など4賞受賞した。公式サイトはこちら

French

上はフランス版ポスター。素敵じゃない?

村上春樹による同名の原作は2014年に刊行された短編小説集『女のいない男たち』に収録されている。さらに同短編集から『シェエラザード』『木野』のエッセンスも加味されている。

本作は人間関係というものの得体の知れなさを描いている。時に人と人は繋がれず、断絶する。それは我々が、新型コロナ禍で痛感していることでもある。

西島秀俊演じる主人公・家福は役者だ。彼が演出することになったチェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』は日本語、韓国語、北京語、英語、さらには手話まで混ざり合う「多言語演劇」として上演される。これは原作にない設定で、さらに映画の冒頭で彼はベケットの『ゴドーを待ちながら』を演じている。タイトルロールのゴドーが最後まで登場しない不条理演劇だ。僕はアイルランドの演劇集団による英語版を観劇したことがある。

 ・「ゴドーを待ちながら」@京都造形芸術大学 2017.09.12

こういった設定からも分かる通り、映画『ドライブ・マイ・カー』は非常に哲学的作品と言えるだろう。観終わって色々なことを考えさせられた。

くも膜下出血で急逝した妻に対して、(家福から)なされなかった質問と、与えられなかった回答。このことが後々まで彼を苦しめることになる。コミュニケーションの不足。後悔先に立たず。

緑内障で運転することを禁じられた彼の代わりに雇われた三浦透子演じるドライバー・みさきとの車内での対話を通して、絶望からの再生が描かれる。

『ワーニャ伯父さん』の主役に抜擢された岡田将生演じる若手俳優・高槻の台詞を原作小説から引用する。

「でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛し合っている相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」

つまり、他者とのコミュニケーションを図るということは、自分自身を知ることに直結している。ここで僕が連想したのが心理療法士によるカウンセリングの手法。カウンセラーの基本姿勢は患者の語ることを傾聴することにある。決して自分の意見は挟まない。ひたすら耳を傾ける。それによって患者は自分自身で色々な気付きを得て、心が癒やされていく。

小説では役者の演技について、家福とみさきの間で次のような会話が交わされる。

「別の人格になる」とみさきは言った。
「そのとおり」
「そしてまた元の人格に戻る」
「そのとおり」と家福は言った。「いやでも元に戻る。でも戻ってきたときは、前とは少しだけ立ち位置が違っている。それがルールなんだ。完全に前と同じということはあり得ない」

これは正に哲学者ニーチェが説く〈永劫回帰〉であろう。単なる同じことの繰り返しではない。そこには必ず〈生成変化〉が生じる。演技に限ったことではない。好きな本を読み返す。音楽をくり返し聴く。しかしそこに生まれる感情は決して同じではない。〈生成変化〉が必ずある。これが〈いまを生きる〉ということだ。

我々は常に「物語」を欲している。それを通して「別の人格になる」、「そしてまた元の人格に戻る」のだ。

『ドライブ・マイ・カー』はそもそもビートルズの楽曲で、アルバム『ラバー・ソウル』に収録されている。ここで注目すべきはこのアルバムに、やはり村上春樹の小説のタイトルに借用された『ノルウェーの森』も入っているということ。

歌詞の内容は、女の子に「将来君は何になりたいの?」と尋ねると「わかるでしょ?私は有名になって映画スターになるの。そうしたらあなたを専属運転手として雇ってあげるわ」と言われる。実はポール・マッカートニーによると、"Drive my car"とは古いブルースにおいて、「セックスする」という意味の婉曲表現なのだそう(この証言はちゃんと英語版Wikipediaに書いてある。こちら)。多分マニュアル車でシフトチェンジする時にガチャガチャ前後に動かす行為と、ペニスの出し入れを結びつけた表現なのだろう。つまり自分が大切にしている車を運転させるということは、「他者に心(体)を開く」ことのメタファーなのである。

これってジョン・レノンが作詞・作曲した『ノルウェーの森』にまつわる逸話に類似している。つまり"Norwegian Wood"というのは本当のタイトルではなく、最初は"Knowing She Would"だった。つまり、"Isn't it good, knowing she would?" 彼女が(セックスを)やらせてくれるってわかっているのは素敵だよな、という意味。

 ・ わが心の歌 25選 ⑦ ビートルズ「ノルウェイの森」と村上春樹/ジュ・トゥ・ヴ 

さらに『女のいない男たち』には『イエスタデイ』という短編も収録されており、これもポール・マッカートニーが作詞・作曲したビートルズの楽曲がモチーフになっている。

村上文学は井戸を掘っていくと、地下の深いところで水脈が横に繋がっている。実に面白い。これはフランスの哲学者ジル・ドゥルーズが提唱した〈リゾーム〉という概念にも置換可能だ。〈リゾーム(根茎)〉とは、ハスやタケなどに見られる、横に這って根のように見える茎、地下茎のことである。〈樹木(一本の幹、あるいは中心があるもの ≒ 一冊の小説〉〉と対立する言葉だ。つまり多層的なのだ。

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