Cinema Paradiso

2025年10月16日 (木)

近況報告(あるいは、なぜ当ブログは最近更新頻度が低下しているのか?)

最近、記事の更新を怠っていて読者に対して申し訳なく思っている。事情を説明しよう。

ふと「フランス語を勉強しよう!」と思い立ち、2020年4月からNHKラジオ『まいにちフランス語』を3年間聴いた。

それと並行して22年4月から『まいにちドイツ語』を3年、23年4月から『まいにちイタリア語』を聴いている。

週に6日ラジオ講座を聴いて学習期間は25年4月に1500日を達成、イタリア語とドイツ語講座の聴講はそれぞれ1000回を超えた(来年度からフランス語に戻ろうと考えている)。同じ日に3つ以上の放送を聴いたのは現在520回に上る(ラジオストリーミング『NHKゴガク』で自分の視聴履歴が確認出来る)。だからブログを書く時間的余裕がなくなった。

まさに「五十の手習い」である。動機となったのは以下の通りだ。

僕は中学生の頃からオペラを愛好していた。まずはヴェルディやプッチーニのイタリア・オペラ、そしてワーグナー(ドイツ)が作曲した楽劇『ニーベルングの指環』(全4夜)のLPレコードをお小遣いをためて購入し、熱心に聴いた。たしか全部で16枚だったと記憶している(『ラインの黄金』3枚+『ワルキューレ』4枚+『ジークフリート』4枚+『神々の黄昏』5枚)。1980年前後の話だ。当時LPレコードには日本語対訳が添付されており内容の理解には困らなかった。

配信時代の今、逆に歌詞対訳を手に入れることが難しくなってしまった(対訳付きCDのニューリリースもコストが嵩むのでなかなか困難だ。CDの売上は落ち込むばかりで、はっきり言って採算が取れない)。

そういった経緯でオペラやベートーヴェンの第九の歌詞を原語で理解出来たら楽しいだろうな、と思った。ただ想定外の事態が発生した。先日より『ニーベルングの指環』対訳本を購入し勉強し始めたのだが、なんと!現在の辞書には載っていない中世ドイツ語とか、古ゲルマン語がいくつも登場するのだ。そうか、この作品は神話の世界を描いており、現代の日本人が『古事記』とか『源氏物語』を原文で理解しようとしても困難なのと多分似ているのだろう。

フランス語についてはフランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』『恋のエチュード』やジャン=リュック・ゴダール監督『気狂いピエロ』、ジャック・ドゥミ監督『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』などヌーベルバーグの作品理解に役立つだろうと考えた。イタリア映画もフェデリコ・フェリーニの『カビリアの夜』『甘い生活』『8 1/2』とかルキノ・ヴィスコンティ監督『山猫』『ルートヴィヒ/神々の黄昏』、あるいはジョゼッペ・トルナトーレ監督『ニュー・シネマ・パラダイス』なんか大好きだしね。クラシック音楽の楽譜も「アレグロ」とか「アダージョ」とか全てイタリア語で表記されている。

先日、テレビでNHK交響楽団の定期演奏会を視聴していたら音楽監督ファビオ・ルイージのインタビューがあった。彼はイタリア語で話していたのだが、その半分くらい何を言っているか聴き取れたので嬉しかった。

オーストリア・ウィーン在住のある日本人音楽家夫婦がYouTubeで語っていたのだが(夫はウィーン放送交響楽団に在籍)言語とその国の音楽には密接な関係があるのだという。確かにJ.S.バッハやベートーヴェンの音楽とドイツ語の硬い響き、ドビュッシーやラヴェルなど柔らかく曖昧模糊として拍子がはっきりしない印象派の音楽とフランス語には共通点がある。つまり言語学習は音楽理解にも役に立つ。

日本語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語。さて、次はどうしよう?いま取り組みたいと考えているのはラテン語。公用語としてはバチカン市国でしか話されていない特殊な言語である。映画『教皇選挙』では台詞に沢山取り入れられていた。イタリア語のルーツであり、イタリア人にとっては日本の中学・高校で古文を勉強するような感覚だろう。そしてフランス語とスペイン語もラテン語から派生した言語。だからヨーロッパの中学・高校ではラテン語が選択科目になっている。一般教養として重要なのだ。

レクイエムやその他のミサ曲など、宗教音楽は全てラテン語で歌われる。だから習得したい。ただし学習には難点があって、残念ながらNHKの語学講座にはないんだよね。しばらく独学でやってみよう。

何事を始めるのにも決して遅すぎることなどない。そうつくづく思う今日このごろである。僕はこのことをこよなく愛する大林宣彦監督の映画『はるか、ノスタルジィ』から学んだ。

(追伸)なお毎年恒例、年末の映画ベスト20(または30?)や来年のアカデミー賞大予想は実施する予定だ。乞うご期待。今年観た作品では『ワン・バトル・アフター・アナザー』『チェンソーマン レゼ編』『ハウス・オブ・ダイナマイト』『教皇選挙』『ウィキッド ふたりの魔女』『国宝』とか痺れたなぁ。あ、アカデミー作品賞・監督賞を受賞した『ANORA アノーラ』はイマイチ。

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2025年9月26日 (金)

柳家喬太郎なにわ独演会2025

9月21日(日)ドーンセンターホール@大阪市へ。

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昼の部

 ・ 柳家喬太郎:白日の約束 
 ・ 坂本頼光:無声映画『日の丸太郎武者修行の巻』『赤ずきん』
 ・ 柳家喬太郎:品川発廿三時廿七分(三遊亭圓朝 作『離魂病』より)

夜の部

 ・ 柳家喬太郎:梅津忠兵衛(小泉八雲 作)
 ・ 坂本頼光:無声映画『國士無双』(伊丹万作 監督)
 ・ 柳家喬太郎:鳥もつ煮込み

喬太郎は安定の面白さなのだけれど、今回なんといっても目をみはったのが坂本頼光の活弁。特に伊丹万作(伊丹十三の父)の『國士無双』(1932)はすっとぼけたコメディで秀逸の出来であった。もともとの上映時間は84分だが、現在見られるのは21分の短縮編集版であり、とても残念なことだ。

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2025年3月 2日 (日)

2025年 アカデミー賞大予想! 

恒例の第97回 米アカデミー賞受賞予想である。2025年の授賞式は日本時間3月3日(月)午前9時から開催される。自信がある(鉄板)部門には◎を付けた。

 ・ 作品賞:『教皇選挙』
 ・ 監督賞:ショーン・ベーカー『ANORA アノーラ』◎
 ・ 主演女優賞:デミ・ムーア『サブスタンス』◎
 ・ 主演男優賞:ティモシー・シャラメ『名もなき者』
 ・ 助演女優賞:ゾーイ・サルダナ『エミリア・ペレス』◎
 ・ 助演男優賞:キーラン・カルキン『リアル・ペイン 心の旅』◎
 ・ 脚本賞(オリジナル):ジェシー・アイゼンバーグ『リアル・ペイン』
 ・ 脚色賞(原作あり):ピーター・ストローハン『教皇選挙』◎
 ・ 視覚効果賞:『デューン 砂の惑星 PART2』◎
 ・ 美術賞:ネイサン・クロウリー『ウィキッド ふたりの魔女』◎
 ・ 衣装デザイン賞:ホリー・ワディントン『ウィキッド』◎
 ・ 撮影賞:ロル・クローリー『ブルータリスト』◎
 ・ 長編ドキュメンタリー賞:ノー・アザー・ランド 故郷は他にない◎
 ・ 短編ドキュメンタリー賞:ザ・レディ・イン・オーケストラ NYフィルを変えた風
 ・ 編集賞:ニック・エマーソン『教皇選挙』◎
 ・ 国際長編映画賞:アイム・スティル・ヒア(ブラジル)◎
 ・ 音響賞:『デューン 砂の惑星 PART2』◎
 ・ メイクアップ賞:『サブスタンス』◎
 ・ 作曲賞:ダニエル・ブルンバーグ『ブルータリスト』◎◎◎
 ・ 歌曲賞:“El Mal”『エミリア・ペレス』
 ・ 長編アニメーション賞:野生の島のロズ
 ・ 短編アニメーション賞:フシギなフラつき
 ・ 短編実写映画賞:The Man Who Could Not Remain Silent

今年最大の博打は作品賞と主演男優賞である。巷では作品賞が『ANORA アノーラ』、主演男優賞は『ブルータリスト』のエイドリアン・ブロディが最有力と言われている。『ANORA アノーラ』を観たが、僕は作品賞にふさわしい内容と思えなかった。Sex workerが主人公で成人指定(R18+)されており、万人向けではない。面白い作品だし、カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞するのは理解出来るのだけど。

『ブルータリスト』も『名もなき者』も鑑賞済みだが、ティモシー・シャラメの演技は本当に素晴らしかった。スターとしてのオーラがある。ティモシーがもし主演男優賞を受賞したら、現在29歳ということで『戦場のピアニスト』で受賞した時のエイドリアン・ブロディと最年少受賞タイ記録ということになる。

レオナルド・ディカプリオが『レヴェナント』で受賞したのが41歳、ブラット・ピットが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で受賞したのが56歳。イケメン男優に演技力があることを認めるのが余りにも遅すぎるという【ハリウッド業界人の悪癖】を、ここで打破すべきだ。女優の場合は20歳代でも惜しげもなくオスカーを与えるくせに(グウィネス・パルトロー【疑惑の】受賞は25歳、ジェニファー・ローレンスは22歳、シャーリーズ・セロンとエマ・ストーンは28歳、リース・ウィザースプーンは29歳)。まあ女優は【旬】が短いから早めに与えているというのはあるのだけれど。グウィネスは消えてしまったし、リースは最早映画スタジオからお声がかからないため、テレビ・シリーズに活路を見いだしている。

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2024年12月30日 (月)

2024年映画ベスト30+個人賞+今年はテレビドラマも!

毎年恒例、映画ベストを発表しよう。2024年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Amazon Prime Video, Max(日本ではU-NEXTと提携)などインターネットで配信された作品を対象とする。また今回は連続テレビドラマ(Limited Series)も特別賞として取り上げる。

配信まで待てばいいかと高をくくって見逃した作品がいくつかある。『パスト ライブス/再会』『侍タイムスリッパー』『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』『悪は存在しない』『グラディエーター2』『ロボット・ドリームズ』などは後日適宜追加していくだろう。

個人賞については2020年にベルリン国際映画祭で男優賞・女優賞という区別が廃止され、主演俳優賞・助演俳優賞に置き換えられた。日本でも毎日映画コンクールで今年から演技賞が統合され、男女を問わず主演・助演それぞれ2人までを選ぶ方法となり、そのシステムを当ブログでも採用することに決めた。

それではいってみよう。

 1.デューン 砂の惑星PART 2
 2.チャレンジャーズ
 3.ルックバック
 4.哀れなるものたち
 5.オッペンハイマー
 6.夜明けのすべて
 7.関心領域
 8.ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
 9.マッドマックス:フュリオサ
 10.  落下の解剖学
 11.異人たち
 12.  カラーパープル(ミュージカル版)
 13.ブリッツ ロンドン大空襲(アップルTV+配信)
 14.陪審員2番(ワーナー・ブラザース → Max → U-NEXT配信)
 15.ラストマイル
 16.エイリアン:ロムルス
 17.  ナミビアの砂漠
 18.ジョン・ウィリアムズ/伝説の映画音楽
   (ドキュメンタリー/ディズニープラス配信)
 19.ボーはおそれている
 20.ミッシング
 21.あんのこと
 22.アメリカン・フィクション(Amazon プライム・ビデオ配信)
 23.シビル・ウォー アメリカ最後の日
 24.憐れみの3章
 25.カラオケ行こ!
 26.瞳をとじて
 27.オーメン・ザ・ファースト
 28.デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション
 29.ジム・ヘンソン:アイディアマン
   (ドキュメンタリー/ディズニープラス配信)
 30.マリウポリの20日間(ドキュメンタリー/NHKで放送)
 31.  ツイスターズ
 32.Cloud クラウド
 33.18x2君へと続く道
 34.あのコはだぁれ?

特別賞(テレビドラマ部門)『ディスクレーマー 夏の沈黙』(アップルTV+)/『海に眠るダイヤモンド』(TBS)/『虎に翼』(NHK)/『地面師たち』(Netflix)/『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京)

監督賞:ドゥニ・ヴィルヌーヴ(デューン 砂の惑星PART 2)/アルフォンソ・キュアロン(ディスクレーマー 夏の沈黙)
主演俳優賞(映画):エマ・ストーン(哀れなるものたち、憐れみの3章)/河合優実(あんのこと、ナミビアの砂漠、ルックバック)
主演俳優賞(Limited Series):ケイト・ブランシェット(ディスクレーマー 夏の沈黙)/豊川悦司(地面師たち)
助演俳優賞(映画):ジェシー・プレスモン(シビル・ウォー アメリカ最後の日)/マーク・ラファロ(哀れなるものたち)
助演俳優賞(Limited Series) :杉咲花(海に眠るダイヤモンド)/ピエール瀧(地面師たち)
脚本賞(オリジナル):野木亜紀子(ラストマイル、海に眠るダイヤモンド)
脚色賞(原作あり):トニー・マクナマラ(哀れなるものたち)
撮影賞:グリーグ・フレイザー(デューン 砂の惑星PART 2)/エマニュエル・ルベツキ、ブリュノ・デルボネル(ディスクレーマー 夏の沈黙)
作曲賞:ルドウィグ・ゴランソン(オッペンハイマー)
編集賞:マルコ・コスタ(チャレンジャーズ)
歌曲賞:幾田りら feat. ano「青春謳歌」(デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション)
美術賞:ショーナ・ヒース 、ジェームズ・プライス哀れなるものたち)
衣装デザイン賞:ホリー・ワディントン(哀れなるものたち)
音響賞:デューン 砂の惑星PART 2
視覚効果賞:デューン 砂の惑星PART 2
流行語大賞:ピエール瀧「もうええでしょう!」(地面師たち)

2024年はなんといっても河合優実の年だった。新たな才能の出現に震えた。

テレビドラマにおいては向田邦子賞受賞の二人、野木亜紀子(獣になれない私たち)と吉田恵里香(恋せぬふたり)が『海に眠るダイヤモンド』と『虎に翼』で大いに気を吐いた。最高傑作と言っても過言ではない。そして2025年、本家本元・向田邦子の『阿修羅のごとく』が是枝裕和監督の手でNetflexオリジナル・ドラマとして蘇る……感無量。

『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』で2度アカデミー作品賞・監督賞を受賞した巨匠クリント・イーストウッドの新作『陪審員2番』が劇場公開されず、12月20日に配信スルー(北米はMax、日本はU-NEXTで見放題)となったことに全世界の映画ファンは衝撃を受けた。紛れもなく堂々たる傑作だが、地味だし、低予算なので、仮に劇場公開したところで採算が取れる可能性はほとんどない。時代を象徴する事件だった。

『チャレンジャーズ』はキレッキレの編集とトレント・レズナー&アッティカスによる斬新な「テクノ」ミュージックが圧倒的に素晴らしい。僕は昔からテニスってとても「映画的」なスポーツだと思っていた。対戦する選手の表情の切返し(カットバック)、飛び散る汗、ラケットに弾き返されるボールの軌跡、左右に振られる観客の首の動き。そこにはリズムが生まれる。加えて本作は「ボール目線」という信じがたいショットもインサートされ、興奮はクライマックスへ。途轍もない体験だった。これが映画だ!

『異人たち』は山田太一の小説『異人たちとの夏』をイギリスを舞台に置き換えて翻案したものだが、大林宣彦監督版を上回る出来だったと思う。

『カラーパープル』はスピルバーグ監督版(1985)よりリメイク版に軍配を上げる。85年版の上映時間が2時間34分なのに対し、2023年版は2時間21分。通常ミュージカル化したら長くなるはずなのに、なんという手際の良さ。お見事。

ピクサーの『インサイド・ヘッド2』は期待外れ。物語として詰まらない。

『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』前章・後章については、原作と異なるラストに僕は納得いかなかったのだが、後日発表されたアニメシリーズ版(全18話)の方が断然いい!オープニングでano×幾田りらが歌う新曲「SHINSEKAIより」もいい!!作詞・作曲は『デデデデ』の原作者・浅野いにお。大した才能だ。

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2024年6月15日 (土)

映画「オッペンハイマー」と、湯川秀樹が詠んだ短歌

109シネマズ大阪エキスポシティのIMAXレーザー/GTで『オッペンハイマー』を鑑賞。公式サイトはこちら

評価:A+

Oppenheimer

「原爆の父」を描く、ジャンルとしては伝記映画に属する。

本作のややこしさは時間軸をいじくっているとことにある(クリストファー・ノーラン監督の作品ではいつものことだが)。大きく分けて2つの柱がある。

 ①〈核分裂(fission)/カラー〉1954年米ソ冷戦と赤狩りの時代、オッペンハイマーがソ連のスパイ容疑をかけられたことに対する聴聞会(非公開/狭い部屋)と彼の回想。主観。
 ②〈核融合(fusion)/白黒〉1959年アイゼンハワー大統領時代、ルイス・ストローズが商務大臣に任命される前にその資格を問う公聴会(公開/広い部屋)とストローズの回想。客観。

ストローズがオッペンハイマーと初めて会うのは1947年なので、白黒パートは全て原爆投下(第二次世界大戦終結)後の出来事である。つまり白黒パートの方が基本的にカラー・パートより後の時代なのでそこがさらに混乱のもとになる。

なお原爆は核分裂(fission)を原理とする爆弾であり、水爆は核融合(fusion)反応を主体とする(核分裂反応も併用している)。だからカラー・パートは原爆が生み出されるまでの話で、白黒パートでは水爆をどう扱うかが議論される。

現代の物理学は、〈相対性理論〉と〈量子論〉という2大理論を土台にしている。時空の理論である〈一般相対性理論〉は、主にマクロ(巨視的)な世界を扱い、〈量子論〉は原子や素粒子(原子をさらに分解した最小単位)など、ミクロな世界を支配する法則についての理論である。ミクロな時空では、一般相対性理論が役立たない

アインシュタインは空間と時間が時空間の持つ二つの様相であり、エネルギーと質量もまた同じ実体がもつ2つの面にすぎないと考えた。だからエネルギーが質量に変わったり、質量がエネルギーに変わったりする過程が、必ず存在する筈だ。そこからE=mc2という有名な公式が導き出された(:エネルギー、m:質量、c:光速度)。そして質量をエネルギーに変換することで、核兵器や原子力発電の開発に繋がった。

時空間は曲がる」。これが、〈一般相対性理論〉を支えている発想である。地球が太陽の周りを回るのは、太陽の周りの時空間が太陽の質量により屈曲しているからである。地球は傾いた空間を真っ直ぐに進んでいるのであって、その姿は漏斗(ろうと)の内側で回転する小さな玉によく似ている。

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一方、〈量子論〉を基礎づける三つの考え方は粒性・不確定性・相関性(関係性)である。エネルギーは有限な寸法をもつ「小箱」から成り立っている。量子とはエネルギーの入った「小箱」のことであり、それが持つエネルギーはE=hvで表せる(:エネルギー、:プランク定数、:振動数)。

自然の奥底には「粒性」という性質があり、物質と光の「粒性」が、量子力学の核心を成す。その粒子は急に消えたり現れたりする(不確定性)。言い換えるなら世界を構成するあらゆる物質が粒子であるとともに、波の性質を備えていると考える(ここでの波とは確率の波である)。つまり量子は一見矛盾した2つの特徴(粒/波)を同時に持っている。

粒状の量子が間断なく引き起こす事象(相互作用)は散発的であり、それぞれたがいに独立している。量子たちは、いつ、どこに現れるのか?未来は誰にも予見できない。そこには根源的な不確定性がある。事物の運動は絶えず偶然に左右され、あらゆる変数はつねに「振動」している。極小のスケールにあっては、すべてがつねに震えており、世界には「ゆらぎ」が偏在する。静止した石も原子は絶え間なく振動している。世界とは絶え間ない「ゆらぎ」である よって自然の根底には、確率の法則が潜んでいる。ひとたび相互作用を終えるなり、粒子は「確率の雲」のなかへ溶け込んでゆく。

 ・ 【増補改訂版】時間は存在しない/現実は目に映る姿とは異なる〜現代物理学を読む 2019.11.18

『オッペンハイマー』で話題になるアインシュタインの発言「神はサイコロを振らない」は、観測される現象が偶然や確率に支配されることもある、とする量子力学の曖昧さを批判したもので、「そこには必ず物理の法則があり、決定されるべき数式がある筈だ」という立場から、彼は〝神″をその比喩として用いた。

僕が認識した範囲で本作にノーベル物理学賞受賞者は9名登場する。アルベルト・アインシュタイン/ニールス・ボーア/イシドール・イザーク・ラビ/アーネスト・ローレンス/ルイス・ウォルター・アルヴァレス/エンリコ・フェルミ/リチャード・P・ファインマン/ハンス・ベーテ/ヴェルナー・ハイゼンベルク ら。うちハイゼンベルクのみナチス・ドイツ側で、アインシュタインを除き残る7名はマンハッタン計画に関わった。

マンハッタン計画に参加した学者のうち、オッペンハイマー兄弟/イシドール・イザーク・ラビ/レオ・シラード/エドワード・テラー/リチャード・P・ファインマン/ハンス・ベーテ がユダヤ人。またエンリコ・フェルミはローマ生まれのイタリア人だが、妻がユダヤ人であったため迫害を恐れアメリカに亡命した(ムッソリーニ政権下のイタリアでユダヤ人がどういう目にあったかについては映画『ライフ・イズ・ビューティフル』に詳しい)。

マンハッタン計画が世界最高の叡智を結集したものであり、日本・ドイツ・イタリアの三国が束になっても敵いっこないし、ユダヤ人であるということを理由にアインシュタインら天才たちを放逐したドイツがいかに愚の骨頂であったか、よく分かるだろう。

物理学者で中間子の存在を理論的に予言し、1949年に日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹はたくさんの短歌を残した。原爆投下について詠ったものがいくつかあるので、最後にご紹介しよう。

天地(あめつち)のわかれし時に成りしとふ
原子ふたたび砕けちる今

(とふ:読み「とう」、意味「という」)

この星に人絶えはてし後の世の
永夜清宵(えいやせいしょう)何の所為ぞや

(永夜:秋や冬に夜が長く感じられること)(何の所為ぞや:何のためにあるのだろうか)

まがつびよふたたびここにくるなかれ
平和をいのる人のみぞここは

(禍津日神:まがつひのかみー黄泉の穢れから生まれた神で、災厄を司るとされている) これは広島の平和記念公園で詠まれた。

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2024年6月10日 (月)

石原さとみの熱い叫びを聴け! 映画「ミッシング」(+上坂あゆ美の短歌)

評価:A

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映画公式サイトはこちら。

石原さとみは熱い女(ひと)だ。7年前に「変わりたい、自分を壊してほしい、私を変えてくれる人は誰か」と沢山映画を観て吉田恵輔監督に白羽の矢を立て、出演を直談判した。しかし「すみません、苦手です。僕の作品にあなたは華やか過ぎる」と断られた。しかし彼女は諦めなかった。

僕が本作で感じたのは、監督の直感が正しかったということだ。

ボディソープで洗ってわざと髪を痛め、半分茶髪、根っこの方は黒髪が生えているボサボサの状態で撮影に臨んでも、彼女の美しさ、内面から溢れてくる輝きは覆い隠すことが出来なかった。映画を観ている途中に「(物語の舞台となる)沼津のようなド田舎に石原さとみはいね〜よ!」と思った。

僕には土地勘がある。大学生の時に沼津駅で下車し、沼津港から千鳥観光汽船に乗り西伊豆の戸田まで旅をしたことがあるのだ。福永武彦が書いた大好きな小説『草の花』の旅を追体験したかったからである(今回調べてみると、この航路は2014年に定期便が廃止されたらしい)。

歌人・上坂あゆ美(1991年静岡県沼津市生まれ)が故郷について詠んだ短歌をいくつか思い出した。

・ 撫でながら母の寝息をたしかめる ひかりは沼津に止まってくれない
・ 沼津市で熱量があるものすべてダサいと定義していた青春
・ 富士山が見えるのが北という教師 見える範囲に閉じ込められて
・ あぜ道を走るラベンダー色の自転車 あの子はきっと東京に行く

閉塞感がひしひしと感じられる。上坂本人も高校卒業後に上京した。そして石原さとみは正に「ラベンダー色の自転車」に乗る少女だと思った。ハイカラで眩しくて灰色の沼津の風景には全く馴染まない。

それでも彼女の熱演は高く評価したい。やっと代表作と言える作品に出会えて本当に良かったね。

映画の出来も素晴らしかった。吉田恵輔監督作品の系譜の中では『空白』に近い味わいだが、より深化している。僕は本作の方が好きだ。

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2024年4月 2日 (火)

デューン 砂の惑星PART2

評価:A+

IMAXで鑑賞。

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パート2まで観て判ったのは1965年に出版された原作小説が後のSF作品に多大な影響を与えた、ということだ。女性だけの教団ベネ・ゲセリットが企てる「人類改良血統計画」は『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する秘密結社ゼーレによる「人類補完計画」を彷彿とさせるし、巨大なサンドワーム(砂虫)や惑星アラキスの生態系は明らかに『風の谷のナウシカ』の王蟲や腐海に繋がっている。主人公ポールの母が砂漠の民フレメンの教母になり、説く内容は『ナウシカ』の大ババが語る「その者、青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地へ導かん」に一致する。また『スター・ウォーズ』の舞台となる砂漠の惑星タトゥイーンも然り。

一方、砂漠の美しさや戦闘シーンの迫力はデヴィッド・リーン監督『アラビアのロレンス』(1962)以来のスケール感ではないかと驚嘆した。よくよく考えると本作と『アラビアのロレンス』の物語構造は似ている。よそ者であるイギリスの陸軍将校ロレンスが、オスマン帝国からのアラブ独立闘争を率いて英雄になっていく姿が、『砂の惑星』のポールがフレメンを率いて戦う姿に重なる。また『アラビアのロレンス』でアンソニー・クイン演じるアウダ・アブ・タイが本作ではフレメンの部族長スティルガーに該当するし、だったらオマー・シャリフ演じるシャリーフ・アリは?と考えた時、ゼンデイヤ演じるチャニではないか?と奇抜な発想が湧いた。ロレンスは砂漠の英雄になるが、そこには常に迷いがあり虚無感が漂うし、それはポールも同様。

こうした創作物のバトンがすごく面白いな、と思った。

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2024年4月 1日 (月)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)

3月17日(日)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の第19回定期演奏会を聴く。監督の梅田隆司先生が指揮した。

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まず能登震災復興を願ってユーミンの『春よ、こい』が歌われ、2019年に初演されたショー〈歴史の「夢」を訪ねて〉の再演から始まった(〈ローマを訪ねて〉に改題)。

 ・ 大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2019とディズニー「ファンタジア」

ここで演奏された曲目は、

 ・レスピーギ(杉本幸一編):「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲
 ・ハンス・ジマー:アニメ映画「プリンス・オブ・エジプト」より
 ・レスピーギ:交響詩「ローマの祭」より
 ・グノー:アヴェ・マリア
 ・フォーレ:付随音楽「ペリアスとメリザンド」よりシチリアーナ
 ・レスピーギ:交響詩「ローマの松」より

クライマックスでホールの四方八方からバンダ(別働隊の小規模金管アンサンブル)が鳴り響き、迫力満点。

続いてミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』と『オペラ座の怪人』が歌・衣裳付きで上演された。『オペラ座の怪人』は嘗てヨハン・デ・メイ編曲版(歌なし)が定演で披露されたが、今回は郷間幹男による編曲。

 ・「吹奏楽の神様」屋比久勲登場!~大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2014@ザ・シンフォニーホール

僕はこの2つのミュージカルに強い思い入れがあり、生徒さんたちのパフォーマンスを見ながらさまざまな思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。多分これから演奏しようという若い人たちにも参考になる情報(ネタ)も含まれていると思うので、手繰った記憶を紐解いていこう。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)に初めて触れたのは地元の岡山市で中学生の時。昭和の時代、1980年ごろの話だ。家庭用ビデオデッキは未だ普及しておらず、レンタルビデオ店すらなかった。昔の映画はテレビ放送をリアルタイムで観るしか手段がなかった。文化祭の日に学校の教室で(8mmか16mmの)フィルム上映されたのだ。しかも3-40分に短縮されたハイライト版。それでも僕は感動した。そして全編を観たいと強く思った。数年後、岡山大学映画研究部が土曜日に映画館を夜間貸し切って名作映画4本を上映するイベントがあり、プログラム最初が『サウンド・オブ・ミュージック』だった。確か、岡山市千日前商店街にあったSY松竹文化だったと記憶している。21時上映開始で僕は1本目だけを観た(他にロベール・アンリコ監督、アラン・ドロン主演『冒険者たち』があったのを覚えている)。全長版を観てびっくりしたのは、短縮版に収録されていた修道院長(ペギー・ウッド)が歌う「すべての山を登れ Climb Ev'ry Mountain」がごっそり無くなっていたこと!大好きな曲なのに……。

のちに判明したのだが、公開直前になってロバート・ワイズ監督からこのソロ・ナンバーをカットするよう指示があったらしい。映画のテンポが間延びすると判断されたのだろう。しかしテレビ放送、ビデオ、DVD、Blu-ray、配信版にはカットされることなく丸々収録されているし、「午前10時の映画祭」でリバイバル上映された際にもあった(多分フィルムではなくデジタル上映だったからだろう)。因みにクレジットされていないがペギー・ウッドの歌はマージェリー・マッケイ(Margery MacKay)による吹替である。

大学入学のお祝いとしてパイオニアのレーザーディスク(LD)プレイヤーを買ってもらい、最初に購入したソフトが『サウンド・オブ・ミュージック』。当時のブラウン管テレビ(横:縦の長さが4:3)のサイズに合わせたトリミング版だった(つまり左右の映像がカットされていた)。後に特典ディスク付きワイドスクリーン版LDを買い、DVDを買い、さらにBlu-rayで買い直した。製作40周年記念版からマリア:島田歌穂、トラップ大佐:布施明という布陣で歌も含めた日本語吹替音声が実現し、製作50周年記念版ではマリア:平原綾香、トラップ大佐:石丸幹二となりこちらも購入。現在はディズニープラスで配信されている(個人的にはどちらかと言えば島田歌穂の歌声の方が好きだ)。

そして大学の卒業旅行で僕はオーストリアのザルツブルクを訪れ、映画のロケ地巡りをした。ドレミの歌が歌われたミラベル宮殿・庭園(花壇がとても美しい!)から毎日、半日ツアーバスが出ており、マリアとトラップ大佐が結婚式を挙げた湖畔の教会にも行った。ツアーの日本人は僕1人だけ。ガイドさんの解説(英語)によると地元の人々は殆どこの映画を観ておらず、全く知られていないそうだ。

アカデミー賞では作品賞・監督賞など5部門受賞した名作だが、Wikipediaによるとオーストリアではザルツブルクを除いて、21世紀に入るまで本作は1度も上映されていないそう。会話が英語なのも馴染めないだろうし、現地の人にとってナチス=ドイツによる併合は忘れたい過去なのだろう。このようにドイツ語圏では否定的な評価を受けている。

アンドリュー・ロイド・ウェバーがプロデュースし、2006年ロンドンで開幕した舞台版も東京の四季劇場〔秋〕で観劇した。

 ・ 劇団四季「サウンド・オブ・ミュージック」 2010.10.18

以前、大阪桐蔭も上演したミュージカル『マイ・フェア・レディ』のブロードウェイとロンドン初演でイライザを演じたのはジュリー・アンドリュースだった。ワーナー・ブラザースがこの映画化権を獲得し、社長のジャック・L・ワーナーがジュリーにスクリーン・テストを受けさそうとした時、彼女は「スクリーン・テストですって? 私があの役を立派にやれることを知っているはずよ」と拒否した。結局、無名の新人ではなく知名度の高いオードリー・ヘップバーンに同役は決まった。オードリーはこの役はジュリーのものだと考え断ろうとしたのが、そうすればエリザベス・テーラーに役が回ると分かりサインしたのだ。

失意のジュリーは『メリー・ポピンズ』(1964)に主演。そしてアカデミー主演女優賞を獲得した。同年公開された『マイ・フェア・レディ』は作品賞・監督賞などアカデミー賞を8部門獲得するがオードリーはノミネートすらされなかった。舞台と同様ヒギンズ教授を演じ主演男優賞を得たレックス・ハリスンは授賞式の壇上で「ふたりのイライザに感謝します」とスピーチした。

オードリーは歌が下手なのでマーニ・ニクソンという女優が吹替を担当した。しかし映画にはクレジットされずマーニは「他人に口外しない」という契約書にサインしている。ただし「いまに見てらっしゃい (Just You Wait)」というナンバーの前半部はオードリーの地声で、高音に移行する途中からマーニに切り替わる。注意深く聴けばはっきりと分かる。声域が狭いオードリーのためにヘンリー・マンシーニが『ティファニーで朝食を』(1961)の主題歌「ムーン・リバー」の音域を1オクターブと1音(つまりドから高いレまでの9音)で収まるように作曲し、アカデミー歌曲賞を受賞したのは有名な話。

マーニ・ニクソンは『王様と私』(1956)のデボラ・カー、『ウエストサイド物語』(1961)のナタリー・ウッドの歌の吹替も担当しているがいずれもノンクレジットである。しかし業界で彼女のことは知れ渡っていた。『ウエストサイド物語』の監督ロバート・ワイズは彼女を『サウンド・オブ・ミュージック』の尼僧役として出演させている。どの役かは歌声を聴けば分かるから探してみてください。映画の撮影が開始されたのは1964年。マーニは主演を務めるジュリー・アンドリュースと初めて対面する時に緊張した。ジュリーはマーニを見つけるとつかつかと彼女に歩み寄り手を差し伸べてこう言った「マーニ、私はあなたのファンです」。

ミュージカル『エリザベート』の演出で有名な小池修一郎(宝塚歌劇団)はかつてジュリー・アンドリュースのファンクラブ会長を努め、彼女が来日したときインタビューしている。故に彼のオリジナル作品には時々『サウンド・オブ・ミュージック』へのオマージュが盛り込まれていたりする(たとえば『蒼いくちづけ』)。

梅田先生も仰っていたが「私のお気に入り/My Favorite Things」はジャズのスタンダード・ナンバーになっており、一番有名なアレンジはジョン・コルトレーンがソプラノ・サックスを吹いた究極の名盤。次にお勧めしたいのはトニー・ベネットがカウント・ベイシー・ビッグ・バンドをバックに歌ったもの。ジャズ・オーケストラのサウンドがゴージャスで堪らない!

僕が『オペラ座の怪人』を初めて観たのは大学生の時。劇団四季の大阪公演でファントム:山口祐一郎、クリスティーヌ:井料瑠美、ラウル:柳瀬大輔というキャストだった。劇団四季は東京公演以外基本カラオケ上演だが、それでも感銘を受けた。後に東京でオーケストラ生演奏版も体験したが楽団員の人数が少なすぎて(弦楽器の各パート1人づつ)音がペラペラ、これなら厚みがあるカラオケの方がマシだと思った。

さらにウエストエンド(ロンドン)とブロードウェイ(NY)、ラスベガスでも『オペラ座の怪人』を観た。生演奏の質は桁違いに良かったし、ハロルド・プリンス新演出によるラスベガス版は舞台で炸裂する火薬の量が多く、シャンデリアは巨大で豪華だった。なんと4つのパーツが空中で回転しながら合体するのである!

 ・ ラスベガス便りその1 《オペラ座の怪人》 2009.01.02

こちらは残念ながら2012年で幕を閉じた。

ガストン・ルルー原作『オペラ座の怪人』のミュージカル化は既成のクラシック音楽を使用したケン・ヒル版や、日本では宝塚歌劇が初演したモーリー・イェストン作詞・作曲による『ファントム』もある。

 ・ 城田優 主演/ミュージカル「ファントム」 2014.10.11 
 ・ 音楽の天使が舞い降りた!!〜ミュージカル「ファントム」 2019.12.12

面白いのはモーリー・イェストン版で怪人(エリック)は歌姫クリスティーヌに亡き母の姿を重ねており(エディプス・コンプレックス)、アンドルー・ロイド・ウェバー(ALW)版ではクリスティーヌがファントムに亡き父の姿を重ねている(エレクトラ・コンプレックス)。つまり解釈が全く異なるのだ。ALWは間違いなくクリスティーヌとファントムの関係性にサラ・ブライトマンと自分のそれを見出している。

ALWとサラ・ブライトマンの年齢差は12歳。サラは1981年『キャッツ』のジェミマ役に起用された際ウェバーに見そめられ84年に結婚、86年『オペラ座の怪人』のクリスティーヌ役に大抜擢され一躍有名になった。しかし1990年に離婚した。そして93年の『サンセット大通り』が事実上ウェバー最後の傑作であり、その後彼の才能は枯渇した。サラは彼にとって正にミューズだった。実際、Blu-rayも発売されている『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』でALWはサラを「私の音楽の天使(My Angel of Music)!」と紹介している(ここで嫌そうな表情を浮かべるサラが可笑しい)。

21世紀に入ってからのALWの作品は目を覆いたくなるほど酷いものばかり。映画『オペラ座の怪人』や、『キャッツ』でテイラー・スウィフト演じるボンバルリーナが歌う新曲もどうしようもない代物である。『キャッツ』は映画そのものも惨憺たる評判で、その年のゴールデンラズベリー(通称ラジー)賞で最低作品賞・最低監督賞(トム・フーパー)など最多6部門受賞するという不名誉を授かった。製作総指揮を担ったウェバーはこれにショックを受け、猫好きをやめて犬を飼い始めたという(参考記事はこちら)。かつて「20世紀のモーツァルト」と称賛された天才作曲家は今では見る影もなく、僕の脳内でアンドルー・ロイド・ウェバーは『サンセット大通り』作曲後、人々に惜しまれつつ急逝したことになっている。

大阪桐蔭の生徒さんたちの歌唱力は相当高く、感心することしきり。特に表題曲“The Phantom Of The Opera”でクリスティーヌは最高音hiEを出さなければならない。これを劇場で毎日歌うのは相当過酷であり、世界各国の公演で一部事前録音が使用されているのは有名な話。Bravissimo !

休憩を挟み第II部最初はベルギーの作曲家ベルト・アッペルモントの『ブリュッセル・レクイエム』。2016年3月に発生したベルギーの首都で発生した連続爆破テロ事件をテーマに、その犠牲者への想いが死者のためのミサ曲として結実した。大阪桐蔭は2023年の吹奏楽コンクールでこれを自由曲に選び、全国大会で見事金賞受賞。演奏は正確で緻密、そして伸びやかに歌い、文句なし。ただ背景の映像字幕による曲の解説があったのだが、事件の「犯人像」に全く言及していないのは片手落ちだと思う。イスラム過激派のテロ組織ISIL(イスラム国)が実行犯で、ISILは2015年パリ同時多発テロにも関与している。ISILに触れないのなら生半可な形で背景を語るべきではない。"All or Nothing"だ。

《19年の歩み》は「Mrs.GREEN APPLEメドレー」(編曲:郷間幹男)。全然聴いたことのない曲ばかりで、このバンドが昨年末に日本レコード大賞を受賞したことも今回の演奏会で初めて知った。YOASOBIの『アイドル』が優秀作品賞候補の10作に選ばれなかった時点で「茶番だ、あり得ない!所詮、所属事務所の力関係で決まってしまうんだね」と失望し、完全にレコ大に対する興味を失ったのだ。因みに調べてみるとMrs.GREEN APPLEの所属はユニバーサルミュージックでレーベルはEMI Records。大手だ。結局YOASOBIのAyaseとか米津玄師とかボカロP出身者はレコード会社(仲介業者/エージェント)を通さずインターネットから直接人気者になったわけで、業界が甘い汁を吸えないから無視する、そういうことなのだろう。大人の世界って本当に汚いよね。というわけで近いうちに大阪桐蔭が演奏する『アイドル』を是非生で聴きたい。YOASOBIとコラボした『ラブレター』も死ぬほど好きだ!

 ・ 【考察】全世界で話題沸騰!「推しの子」とYOASOBI「アイドル」、45510、「レベッカ」、「ゴドーを待ちながら」、そしてユング心理学

《野球応援・リクエストコーナー》で飛んできたボールをキャッチした聴衆が選んだのは『北酒場』『パイレーツ・オブ・カリビアン〜彼こそが海賊』(作曲:クラウス・バデルト)そしてMISIAの『アイノカタチ』。

プログラム最後は《卒業生を送る歌》『さくら』(作曲:森山直太朗)。しみじみ。

そしてアンコールは定番『銀河鉄道999』(編曲:樽屋雅徳)と『星に願いを』で〆。そこには壮大な宇宙の広がりと神秘性があった。

例年通り、充実した3時間だった。卒業生たちの未来に幸あれ!

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2024年3月15日 (金)

TBSラジオ「アフター6ジャンクション」に投稿した、映画『アメリカン・フィクション』のレビューが読まれました。

TBSラジオ「アフター6ジャンクション」の週刊映画時評「ムービーウォッチメン」に投稿した原稿が一部抜粋して読まれた。今回対象になった作品は先日のアカデミー賞で脚色賞を受賞し、現在AmazonのPrime Videoで独占配信中の『アメリカン・フィクション』同コーナーに僕の文章が採用されるのはこれが4回目である。

 ・ TBSラジオ「アフター6ジャンクション」に投稿したメールが読まれました。お題はNetflix映画『ROMA/ローマ』 2019.03.08
 ・ 
『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』のレビュー 2020.07.02
 ・ 
『ハウス・オブ・グッチ』のレビュー 2022.02.14

Americanfiction

 以下、送ったメールの原文ママ。  

作品賞・主演男優賞などアカデミー賞5部門にノミネートされた本作が日本では劇場公開されず、配信スルーになったのはとても残念です。ほとんど黒人しか出ない映画は恐らく興行的に難しいのでしょう。例えばアカデミー作品賞を受賞した『ムーンライト』(2016)ですが、日本の興行成績は3.5億円。これはその前後に公開されたオスカー受賞作『バードマン』(2014):4.3億円、『スポットライト 世紀のスクープ』(2015):4.4億円、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017):8.9億円と比較すると寂しい数字です。ミュージカルとしてリメイクされ、今年公開された『カラーパープル』も初週興行成績トップ10にランクインせず、苦戦しているようです。

『アメリカン・フィクション』はアメリカの白人が黒人に対してどういう見方をしているか、そのステレオタイプを風刺することがキモなので、日本人にはピンとこなくても仕方がないかなと思いました。劇中で主人公が「その根底には白人の我々に対する罪悪感がある」と述べていて成る程なと思いましたが、日本人はアフリカ系アメリカ人に対して何ら疚(やま)しい点がありませんから根本的に立場が違います。

それで連想したのが今年のアカデミー主演女優賞です。『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』のリリー・グラッドストーンはアメリカ先住民として初めて演技部門にノミネートされましたが、英国アカデミー賞(BAFTA)ではされませんでした。イギリス人にはネイティブ・アメリカンに対する罪悪感や忖度が欠片もないからでしょう。

黒人の悲劇を題材とした文学や映像作品を免罪符として消費するアメリカの白人社会という構造は日本に置き換えてみると24時間テレビとかで「がんばる障害者」を出演させ、それを健常者が消費する〈感動ポルノ〉に似たところがあって、色々と考えさせられました。家族のドラマとしても秀逸だったと思います。

ところで『アメリカン・フィクション』主演のジェフリー・ライトはマイク・ニコルズが監督したHBO製作のテレビ・ミニ・シリーズ『エンジェルス・イン・アメリカ』(2003)でエミー賞やゴールデングローブ賞を受賞した時から印象的な役者でした。彼のどこに惹かれるんだろう?とず〜っと考えていたのですが、今回ようやくわかりました!あの低音で響き渡る声がとっても素敵なんです。ダース・ベイダーの声で有名なジェームズ・アル・ジョーンズを彷彿とさせます。

放送された音声(映像付き)はこちらからどうぞ。

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2024年 アカデミー賞総括(宴のあとで)

今年のアカデミー賞予想、僕の的中は全23部門中18部門(外したのは主演女優・短編ドキュメンタリー・短編アニメ・音響・メイクアップ)だった。まぁまぁだが、20部門当てた過去もあるのでちょっとガッカリ。

なお、星海社新書から刊行されている【なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」】の著者、 Ms.メラニーは18部門的中なので同点。またWOWOWで授賞式の中継番組を担当したフリー(元TBS)アナウンサー・宇垣美里は20部門当てたそうなので (とTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で言っていた)、負けました。

昨年まで独立系のA24とか配信系のNetflixなどが強く、元気がなかったメジャー・スタジオが久しぶりに気を吐いた(ユニバーサル・ピクチャーズ の『オッペンハイマー』が7部門、ディズニー傘下サーチライト・ピクチャーズ『哀れなるものたち』が4部門受賞)。配信系は明らかに後退した。

授賞式で助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jr.がプレゼンターのキー・ホイ・クァンを無視して他の人々とだけ握手をしたり挨拶を交わしたと非難され、主演女優賞のエマ・ストーンもミシェル・ヨーに対して無礼な振る舞いをしたとして「東洋人を人種差別した」とバッシングを受けた(詳細はこちら)。言いがかりも甚だしい。現在のアメリカで人種問題はとてもセンシティブなのだなぁと改めて実感した次第である。しかしそんな中、『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』に出演したアメリカ先住民の俳優リリー・グラッドストーンが主演女優賞を獲れなかったのは投票するアカデミー会員の国際化が進み、最早アメリカ国内だけの祭典では無くなったことを端的に示している。だからこそ『君たちはどう生きるか』や『ゴジラ -1.0』が受賞出来たのだろう。本当に良かった。やはり宮崎駿監督は世界の映画人から尊敬されているのだということが良く分かったし、ゴジラの海外人気も日本人の想像以上だ。既にハリウッド・リメイクが何本もあり、ギレルモ・デル・トロ監督『パシフィック・リム』でもKaijuという言葉がそのまま使われている。山崎貴監督が視覚効果賞を勝ち取れたのは「完全にゴジラのおかげ」と言っているのはその通りで、特技監督・円谷英二の時代から培われてきた日本の特撮技術がようやく世界で認められたのだ。授賞式会場に伊福部昭が作曲した『ゴジラ』の音楽が流れたことには感慨深いものがあった。

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