Cinema Paradiso

2017年3月23日 (木)

映画「3月のライオン」前編

評価:B+

3

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羽海野チカの漫画「3月のライオン」はまずNHKでアニメ版が放送された。監督・シリーズ構成は「魔法少女まどか☆マギカ」で一世を風靡した鬼才・新房昭之。2017年夏には劇場版アニメ「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(原作:岩井俊二)が控えている。そちらの公式サイトはこれ

「3月のライオン」実写映画化は「るろうに剣心」の大友啓史監督、神木隆之介主演(桐山零)で実現した。神木くんは「るろ剣」にも出演している。今回は死んだ魚のような目が素晴らしい!

兎に角、キャストが適材適所で目を瞠った。主人公の義理の姉・香子(きょうこ)を演じる有村架純、美人三姉妹を演じる倉科カナ、清原果耶、新津ちせ(「君の名は」新海誠監督の娘)、プロ棋士を演じる加瀬亮、佐々木蔵之介、伊藤英明らがマンガのイメージを些かも損なうことなく、生き生きとスクリーンに息づいている。「男はつらいよ」の前田吟も東京の下町がよく似合う。ただ特殊メイクで肥満体に変身した染谷将太には些か違和感があった。

アニメでは20話分が、実写版は2時間18分の上演時間内で一気に進行するのだが、駆け足感は微塵もない。むしろじっくりと人物が描かれている印象を受ける。アニメ版も確かに傑作なのだが、気になったのは主人公のモノローグが非常に多いことと、盤上の展開が事細かに描写されること。将棋を知らない者にとってはチンプンカンプンで退屈だ。しかし映画の方は試合の場面でも殆ど盤上を写さない。むしろ棋士の表情をアップで捉え、凝視する。そこに底知れないスリリングな人間ドラマが生まれるのだ。モノローグがバッサリ、カットされているのもいい。

映画で次女ひなたを演じた清原果耶は素晴らしかったが、アニメ版で声を当てたのが映画「君の名は」「言の葉の庭」の”ユキちゃん先生(雪野百香里)”こと花澤香菜。こっちの声もとっても可愛くて甲乙つけ難い。あと三女モモ役の新津ちせだが、劇団ひまわりのプロフィール写真を見たときは如何なものか?と首を傾げたが、スクリーンで動いている姿を見ると違和感なく、川本家にしっくり溶け込んでいた。親(新海誠)の七光りなんか関係なく、申し分ないキャスティングである。

桐山零が一人暮らしするマンション@六月町は隅田川の直ぐ側で、水の底にいるような青い照明が基調となっている。そこに将棋盤がぽつんと暖色で浮かび上がる。そして川向うの川本家三姉妹が住む家@三月町は完全に暖色(茶色〜褐色=肌色)の世界として描かれる。つまり一人ぼっちの零にとって将棋と三姉妹だけが救いなのだろう。

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2017年3月22日 (水)

テレンス・マリック監督「ボヤージュ・オブ・タイム」

評価:A

Voyage Voyageoftime2

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映画冒頭に道元禅師の和歌「世の中は  何にたとえん 水鳥の嘴(はし)振る露に 宿る月影」が挿入される。これは【水を飲む水鳥の嘴(くちばし)から飛び散る水滴に映る月影(=無限の宇宙)も一瞬にして消え去るように、この世は儚く、無常である】と詠っている。日本以外にも中国(道教の教え)、アラブ(コーラン)、インドのバージョンも用意されているという。

ナレーションはケイト・ブランシェット。中谷美紀による日本語版もある。視覚効果監修は「マトリックス リローデッド」「ツリー・オブ・ライフ」「ヘイトフル・エイト」のダン・グラス。

宇宙の誕生(ビッグ・バン)から地球の誕生、生命の進化から人間登場へ、そして宇宙の死までが描かれる。日本で公開されるのは90分の35mm版だが、40分のIMAX版もあるという。

ハワイ、アイスランド、チリ、パラオ、パプアニューギニア、ソロモン諸島などでロケされた。

実は本作のコンセプトはテレンス・マリック監督が以前に撮った「ツリー・オブ・ライフ」(カンヌ国際映画祭パルム・ドール、アカデミー賞で作品賞・監督賞・撮影賞にノミネート)の一部に描かれたパートを拡大したものだ。VFXで創造された恐竜も両者に登場する。そもそもこの企画はマリックが地球の生命を探求する映画「Q」として1970年代から温めていたものだという。

彼の映画の特徴は監督デビュー作「地獄の逃避行」(1973)、「天国の日々」(78)の頃からそうなのだが、映像は本当に美しいのだけれど、シナリオが弱いんだよね。だから最近の作品「トゥ・ザ・ワンダー」「聖杯たちの騎士」なんかは完全に一般観客から見放されている。むしろ今回のようなスタイルの方が合っているのではないか?

「ボヤージュ・オブ・タイム」は自然ドキュメンタリーに近いが、恐竜や(俳優が演技する)原始人も登場するし、必ずしもそう言い切れない。ケイト・ブランシェットの語りもナレーションというよりはむしろ「」だしね。

我々観客は理解しようなどという邪心を捨てて、ゆったりと映像に身を委ねればいい。そこには哲学的瞑想的な世界が茫漠と広がってゆく。ある意味「」の体験に似ている。調べてみるとマリックはハーバード大学で哲学を専攻し主席で卒業。ハイデッガー著作の翻訳本を出版したり、マサチューセッツ工科大学で哲学を教えていたこともあるそう。筋金入りだね。

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2017年3月14日 (火)

「モアナと伝説の海」あるいは、ディズニー・プリンセスの変遷

評価:A+

Moana

一旦ディズニーを解雇され、ピクサーの長編アニメーション第一作「トイ・ストーリー」を監督したジョン・ラセターがチーフ・クリエイティブ・オフィサーとしてディズニーに復帰後、取り組んできたことが2つある。1つ目は「ディズニーのピクサー化」であり、2つ目は「ディズニーの宮崎アニメ化」である。「ピクサー化」とはストーリー作りの段階から監督経験者全員を招集し、ラセターも加わって大人数でああでもない、こうでもないと議論しながら企画会議を繰り返して物語を練り上げていく合議制のことを指す。作品のクオリティは極めて高くなるが反面、作家性(個性)が失われたバディ・ムービーになりやすいという欠点もある。「ズートピア」がその典型例だろう。「シュガー・ラッシュ」なんかもそう。現在では殆ど、ディズニー映画なのか(子会社の)ピクサー映画なのか見分けがつかなくなってしまった。

ラセターが宮﨑駿に私淑していることはつとに有名だ。「千と千尋の神隠し」のアメリカ公開に尽力し、その様子は「ラセターさん、ありがとう」というドキュメンタリー作品となった。宮さんがアカデミー名誉賞を受賞した時ラセターはプレゼンターを務め、彼が初めて「ルパン三世 カリオストロの城」を観た時の感動を熱く語った。出不精の宮さんが重い腰を上げたのも、「僕がアメリカに行かないと、ラセターに怒られるから」という理由だった(「千と千尋」がアカデミー賞で長編アニメーション部門を征した際は渡米していない)。ラセターがディズニー復帰後、製作総指揮した「塔の上のラプンツェル」(2010)は完璧に「カリ城」へのオマージュであった。そもそもラプンツエルを塔の上から救い出すのは王子様の筈なのに、ディズニー版では3人組の泥棒さんなのである。まんまルパンじゃん!

そして【海に選ばれた】「モアナ」を観た時、瞬時に感じたのは彼女は風の谷のナウシカなのだということ。巨神兵や「天空の城ラピュタ」の飛行石が出てくるし、自然が蘇るクライマックスは「もののけ姫」だ(「ファンタジア2000」最終エピソード/ストラヴィンスキー「火鳥」にも似た描写がある)。モアナは雄々しく、ディズニー・アニメ史上最強のヒロインと言えるだろう。かっけー!

ディズニー長編アニメーションの第一作は言わずと知れた「白雪姫」(1937)である。彼女は"Someday My Prince Will Come."(いつか王子様が……)と夢見る、受動的な女の子であった。これは父性主義が強いキリスト教社会が生み出したお伽噺の特徴であり、女性はヒーロー(英雄)と結合することでしか幸せを掴むことができなかった(And they lived happily ever after)。「シンデレラ」(50)や「眠れる森の美女」(59)も同様。

変化が現れたのが「美女と野獣」(1991)のベルである。強い意志を持ち、自ら人生を切り開いてゆく。公開当時の批評を読めば判るが、笑っちゃうのはベルが本を読んでいるということだけで世間は衝撃を受けたのである。それまでディズニー・ヒロインの頭の中身は空っぽだと皆が思っていたわけだ。今からたった26年前の話である。「美女と野獣」はアニメーション史上初めてアカデミー作品賞にノミネートされた(当時は未だ長編アニメーション部門がなかった)。そして「アナと雪の女王」(2013)年の登場で世界中の女性達が熱狂し、「ありのままで(Let It Go)」生きようと夢見たが、その先には孤独地獄が待ち受けていた。

さて、「モアナ」の話に戻そう。基本ラインは宮崎アニメなのだが他にも様々な映画からの引用があり、てんこもりの出血大サービス、至れり尽くせりのエンターテイメントに仕上がっている。ココナッツ海賊カカモラが登場する場面は明らかに「マッドマックス 怒りのデスロード」だし、宮﨑駿がアイディア構成・原画で参加している東映動画「どうぶつ宝島」(1971)の要素も入っている。吹き矢とかモアナが閉じ込められた洞窟から巨大な銅像を倒して脱出する場面は「レイダーズ 失われた聖櫃(アーク)」だし、海の表現はジェームズ・キャメロンの「アビス」、映画の終盤に半神マウイがモアナの元を去り……という件(くだり)は「スター・ウォーズ エピソード4」のハン・ソロの行動パターンと同じ。

フィジー、タヒチなど南太平洋の神話がベースになっているので日本人にも親しみやすい。つまり多神教の話なんだね。最後に登場するのは全能の女神ティフィティで、これもイエスやその父なる神など男ばかりのキリスト教とは全く違う。日本同様母性が主体なんだ。

人類に火をもたらすマウイはギリシャ神話(←こちらも多神教)におけるプロメテウスである。つまりトリックスターだ(トリックスターとは神話や伝説などで語られるいたずら者。その思いがけない働きによって旧秩序が破壊され、新しい創造が生じるきっかけとなることがある。しかし単なる破壊者として終わることもある)。日本神話(古事記)で言えば須佐之男(スサノオ)が近い。マウイが半神なのも神と人間の間を行き来する存在だからだね。

監督は「リトル・マーメイド」「アラジン」のロン・クレメンツとジョン・マスカー。ディズニーは低迷していた時期に手描きアニメーションを捨て、全てをCGアニメーションに切り替える方針を打ち立てた。それに反発したふたりは2004年に揃って退社した。しかし2006年にジョン・ラセターがチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任すると彼らも復帰し、手描き(セル画)による「プリンセスと魔法のキス」(09)を監督した。今回素晴らしいと感じたのはCGが主体でありながら、マウイの入れ墨が動いたり神話の箇所は手描きの手法を取り入れていること。つまり3Dと2Dのハイブリッドが見事に成し遂げられているのである。

作曲はブロードウェイ・ミュージカル「ハミルトン」でトニー賞を席巻したリン=マニュエル・ミランダ。もう文句なしに魅力的な楽曲である。

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2017年3月13日 (月)

韓国映画「お嬢さん」(R18+)

評価:A

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Hand

ロサンゼルス映画批評家協会賞及びサンフランシスコ映画批評家協会賞でそれぞれ美術賞&外国語映画賞をダブル受賞。ほか全米批評家協会賞外国語映画賞やナショナル・ボード・オブ・レビューのトップ5にも選出された成人映画である。原作はサラ・ウォーターズの「荊の城」。「このミステリーがすごい!」で第1位になった。小説の舞台はロンドンで2005年にイギリスBBCがテレビドラマ化している。映画版は日本統治下の韓国のお話に翻案されている。

パク・チャヌク監督の作品を初めて観たのがイ・ヨンエ主演「JSA」だった。これはイマイチだったけれど、カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した「オールド・ボーイ」には打ちのめされた。しかし【復讐3部作】の他の2作品「復讐者に憐れみを」と「親切なクムジャさん」はえげつない残酷描写に気持ち悪くなっただけだったし、血まみれの「渇き」も感心しなかった。「お嬢さん」は僕が観る彼の映画の6本目ということになる。

「オールド・ボーイ」以来、久しぶりに面白いと想った。この監督特有の痛い(サディスティックな)描写も健在。でも今回は(「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」と違い)不快じゃない。新機軸だなと感じたのは初めてユーモアを感じたこと。その変態性には更に磨きがかけられ、残酷シーンでも何だかふと笑えちゃうんだよね。「あまちゃん」のクドカン(宮藤官九郎)が絶賛するのも頷ける。あと美術セットが素晴らしく、ひたすら耽美。覗きの描写など江戸川乱歩の世界に近いなと感じた。彼が「屋根裏の散歩」を撮っても似合うんじゃないだろうか?あと谷崎潤一郎の「卍」とか「春琴抄」とか。

主役の女優2人は美人だし、韓国女優は何と言っても脱ぎっぷりが潔い。エロティックというよりも、むしろ爽快だった。

音楽もなかなか良くて、ハープによる独奏が聴こえて来る場面は女吸血鬼を描くロジェ・ヴァディム監督「血とバラ」(1960)を意識しているんじゃないかなと想った。「血とバラ」と「お嬢さん」はどちらも百合族的世界観だし、そもそも「渇き」も吸血鬼映画だ。パク・チャヌクはこういうのが好きなんだよ。

物語について語るのは難しい。コン・ゲームと書いただけで既にネタバレだしね。ま、とにかく傑作だから観てください。ただし、高校生以下の健全な少年少女は絶対にダ・メ・ヨ

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2017年3月 1日 (水)

【考察】「ラ・ラ・ランド」〜セブとミアが見た夢は、何時から始まったのか?

ディズニー映画「アナと雪の女王」(2013)が公開された時、世界中の女性達が熱狂し、カラオケで「ありのままで(Let It Go)」を歌った。エルサのように自由に生きたいと皆が憧れた。しかしそこには大きな落とし穴があった。「ありのままで」生きることは世間一般で認知されている、いわゆる「女性らしさ」という仮面ペルソナ)を脱ぎ捨てることだ。それでは男にモテない。強い自我を確立し、自由を勝ち取ることの先には孤独地獄が待ち構えている。「アナ雪」の最後だってアナは男といちゃついているが、エルサは一人ぼっちだ。孤独を覚悟出来ない者に「ありのままで」生きる資格はないのである。

「アナ雪」を観て「ありのままで」生きることに感化された女性たちはしかし暫くすると違和感を覚え始めた。何だか寂しい。朝目が覚めると涙が流れてくる。こんな筈じゃなかった……。やがて、「いいえ、まだきっと希望はあるわ。この世界のどこかに私と赤い糸で結ばれた【運命の人】がいるに違いない」という気持ち(妄想)に囚われた。そんな、心にぽっかり開いた穴を埋めてくれる映画が2016年に現れた。言うまでもなく「君の名は。」である。「君の名は。」は日本人の潜在意識にヒットした。

さて本題「ラ・ラ・ランド」の話に入ろう。この作品についてツィートで「夢追い人への応援歌」だの、「やっぱり夢を諦めないことが大切」などpositive thinkingの人達が沢山いて、素直だなぁと感心する。AKB48時代の高橋みなみの発言を想い出した。

しかし果たして「ラ・ラ・ランド」って、本当にそういう映画なのだろうか?考えてみて欲しい。デイミアン・チャゼル監督が本作の前に撮ったのが、あの悪意に満ちた「セッション」だぜ?彼が創造したフレッチャー先生というキャラクターは情け容赦のないモンスターだ。ちょっと油断をすると大火傷を負うことになる。

では悪魔的天才が今回仕掛けた罠は一体何か?以下ネタバレ全開で語ろう。未見の方は要注意!!!





映画の最後は"5 Years Later"に突然飛ぶ。ミア(エマ・ストーン)はセブ(ライアン・ゴズリング)の導きでチャンスを掴み、ハリウッドの大女優になっている。彼女は幼い娘をベビーシッターに預け、夫(IMDbによると名前は"David")と一緒に車に乗る。フリーウェイが渋滞なので降り、たまたま通りがかった店に入る。そこはセブが長年の夢を叶えて開店したジャズ・バー"SEB'S"だった。ロゴのデザインは嘗てミアが考案したもの。セブの弾くピアノに導かれて、ふたり共通の夢(妄想)が始まる……。

僕はこのラストを観ながら居心地の悪さを感じた。喉に異物が突き刺さったような、ぞわぞわする違和感。何かがおかしい……。

「ラ・ラ・ランド」を批判する人たちの意見で多いのが【ご都合主義】だ。セブとミアは一緒になれなかったけれど、個々の夢は叶えた。そんなに世の中、事が上手く運ぶ筈がない。仰る通り。観終わった直後は「だってミュージカルだからそれでいいんだ」と想っていた。しかし……。

ミアは♪Audition♪で「些かの狂気(madness)が新たな色彩を見出すための重要なよ。それは私達をどこへ連れて行ってくれるか判らないけれど、でもだからこそ必要なものなの」と歌う。しかし奇妙なことに、"5 Years Later"のクレジット以降は狂気が欠けているのである。変だ、どこかにミッシングリンクがある。私たちが導かれた部屋以外に、隠された場所へ行ける秘密の扉が絶対にある筈だ。を探さなければいけない。僕は考え続けた。そこで気になったのは最後の最後にミアが来ている服が黒のモノトーンだったこと。大人の女に成長したことを意味しているのかも知れないけれど、たとえば【漆黒の闇】に呑み込まれたという解釈は出来ないだろうか?ここでキーとなるのがビリー・ワイルダー監督「サンセット大通り」とデヴィッド・リンチ監督「マルホランド・ドライブ」である。

「サンセット大通り」に登場するサイレント映画時代の大女優ノーマ・デズモンドは最初から最後まで黒い服を着ている。チンパンジーの葬式をしたところなので喪に服しているのである(まぁこれ自体、狂っている)。「マルホランド・ドライブ」のカーミラ(名前の由来はロジェ・ヴァディム監督「血とバラ」の女吸血鬼)も黒い服を身に着けている。そして「マルホランド・ドライブ」には青い鍵(ブルーキー)が登場する。「サンセット大通り」はハリウッドの豪邸にあるプールに浮いた水死体(ウィリアム・ホールデン)が語り始めるのがオープニング・シーンだ。カメラはプールの底から水死体を捉え、さらにプールサイドに集まった警官たちを水越しに映し出す。似たようなショットが「ラ・ラ・ランド」にありませんでした?

では黒い服を着たミアが【漆黒の闇】に呑み込まれた姿なのだとしたら、夢は"5 Years Later"冒頭から始まっていることになる。その直前、セブとミアが見晴らしのよい丘で自分たちの将来を語り合っている場面こそが狂気(madness)の発端なのではないか?つまり彼らがそこで見た白昼夢が描かれているのだ。"5 Years Later"は書割(かきわり)の絵の大写しから始まり、大道具係の手で運ばれていゆく。「ここから始まるのは映画の夢、花も実もある絵空事なんだよ」というサインかも知れない。

映画「カサブランカ」において、嘗てパリで恋人同士だったハンフリー・ボガート(リック)とイングリッド・バーグマン(イルザ)は想い出の曲"As Time Goes By"(ピアノ弾き語り)に導かれ、カサブランカの"Rick's Cafe American"で再会する。その時イルザは既に人妻だった(夫はレジスタンスの闘士ラズロ)。

Bogart

ここで想い出して欲しい。ミアの部屋には巨大なイングリッド・バーグマンのポスターがこれ見よがしに貼ってあったことを。セブとワーナー・ブラザーズ撮影所を歩いているときにも、「あの窓で『カサブランカ』(のパリの場面)が撮影されたのよ」という台詞がある。つまり、ジャズ・バー"SEB'S"での出来事はまるごと、バーグマンに成り切ったミアの妄想である可能性が高い。そもそも彼女がワーナーのカフェに勤めていること自体、「カサブランカ」への憧れを示しているしね。"SEB'S"という命名だって"Rick's Cafe American"を踏まえての発案だろう。ミアは♪Audition♪で繰り返し"Here's to 〜"(〜に乾杯!)と歌うが、これはボギー(ボガート)の名台詞"Here's looking at you,kid."(君の瞳に乾杯!)に呼応する。ボギーは別れ際に言う。"We'll always have Paris."(俺達にはパリの想い出がある)

部屋で一人芝居の稽古をしている時、ミアはバーグマンのポスターを剥がす。そしてカフェを辞める。憧れの人への決別の意思を示している。ところが、である。"5 Years Later"で彼女が車に乗り、撮影所から娘が待つ自宅へ向かう道すがらにバーグマンの(別の)ポスターが忽然と現れるのである!

映画の最後、夢から醒めても実は未だ夢の続きにミア(とセブ)は生き続けているのかもしれない。彼らが映画館で「理由なき反抗」を観ている途中にフィルム(=夢)は燃え尽きる。これはラストシーンを予告していたのだろう。

この禍々しい解釈を、読者の皆さんは果たして受け入れてくださるだろうか?

ラ・ラ・ランドへようこそ。

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2017年2月28日 (火)

前代未聞の大失態!波乱のアカデミー賞授賞式 2017

アカデミー作品賞のプレゼンターとして「俺たちに明日はない(ボニー&クライド)」公開50周年を記念してウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイがステージに登場した。封筒を開封し、「受賞作品は『ラ・ラ・ランド』!」と読み上げるダナウェイ。喜びに湧く映画の出演者やスタッフが壇上に上がり、スピーチが始まった。ところがその途中でステージ後方がザワザワし始め、漸く事態を掌握した『ラ・ラ・ランド』のプロデューサー、ジョーダン・ホロウィッツが「間違いがありました。これは冗談ではありません。作品賞は『ムーンライト』です」と発表し直した。

実はプレゼンターに手渡されたのはセキュリティ上、2つずつ用意されていた主演女優賞の封筒で、「ラ・ラ・ランド」 エマ・ストーンと書かれていたのである。考えられないミス、前代未聞の大惨事。恥をかかされたベイティ&ダナウェイも実に気の毒であった。因みに今やアメリカン・ニューシネマの代表作と賞賛される「俺たちに明日はない」がアカデミー賞で受賞したのは助演女優賞・撮影賞の2部門のみ。作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞はノミネートされるも落選している。

立派だったのは間違いを知らされた「ラ・ラ・ランド」関係者たち。怒りを露わにすることなく「ムーンライト」組を祝福した。授賞式後の記者会見でもエマ・ストーンは「私は『ムーンライト』が大好きよ。作品賞が受賞できて良かったわ」とコメントした。寛容(Tolerance)とは正にこのことだなと思った(余談だが対義語はIntolerance - リリアン・ギッシュ主演、D・W・グリフィス監督の映画のタイトルである)。 

【夢を見ていた。】まるでオスカー・ナイトそのものが「ラ・ラ・ランド」そのままの展開であった。

今年の僕の予想が当たったのは14部門。18部門以上的中が5年間続き、昨年は17部門だったので、ここ7年間で最低だった。それにしても作品賞「ムーンライト」、監督賞「ラ・ラ・ランド」という組み合わせを言い当てた人は少ないのではないだろうか?因みに有名サイトオスカーノユクエの的中が15、映画評論家・清水節氏も15部門だったようだ。

今年目立ったのは司会者もプレゼンターも、受賞者もドナルド・トランプ大統領へ集中砲火を浴びせたこと。僕は別にトランプが嫌いじゃないけれど(嘘つきのジョージ・W・ブッシュより余程マシ)、それはそれで面白かった。メキシコ国境に建設が予定されている壁や(イラン、イラク、シリアなど)イスラム7カ国の人々の入国禁止令に関して「私たちは分断されている」という言葉が繰り返されたが、実はハリウッドのセレブ(お金持ち)やジャーナリストなど知識人はこぞって民主党支持者であり、貧しい労働者・ブルーカラー(=サイレントマジョリティー)は共和党支持者なんだよね。合衆国国内こそ分断されており、彼らの意見と世論とに温度差がある。この二重構造が見えていないと、いまアメリカに起こっていることが理解し辛いだろう。今年の授賞式の視聴率は史上最低だったそうだ。執拗なトランプ批判に視聴者がうんざりしたんだね。むべなるかな。

ハリウッドの大スターで共和党支持者はアーノルド・シュワルツェネッガーとシルベスター・スタローン、クリント・イーストウッド、ブルース・ウィリス、アダム・サンドラーくらい。後は大抵、民主党支持者だと思って間違いない。映画人の多くが共和党を憎むのは赤狩り(マッカーシズム)の影響も大きいだろう。先頭に立って指揮したジョセフ・マッカーシーは共和党の上院議員で、赤狩り時代に未だ三流役者をやっていたロナルド・レーガン(後に共和党に入り大統領となる)はFBIのスパイとして暗躍した。根は深いのだ。詳しくは映画「トランボ」をご覧あれ。

あと興味深かったのはインターネット・SNSの映画産業への侵食が顕著になって来たこと。司会を務めたコメディアンのジミー・キンメルは壇上からスマホでトランプ大統領にツイートを送った。またAmazon傘下のAmazon Studiosは脚本賞・主演男優賞(ケイシー・アフレック)を獲得した「マンチェスター・バイ・ザ・シー」と外国語映画賞を受賞したイラン映画「セールスマン」の北米配給を担っているし、Netflixが製作した「ホワイト・ヘルメット シリアの民間防衛隊」は短編ドキュメンタリー賞を受賞した(日本でも視聴可能)。やはり短編ドキュメンタリー賞にノミネートされた「最後の祈り」や、作品賞にノミネートされた「最後の追跡」もNetflixの作品だ。時代はダイナミックに動いている。

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2017年2月26日 (日)

今年もいっぱい当てます、2017年アカデミー賞大予想!

では第89回アカデミー賞の受賞予想である。相当自信がある(鉄板)部門には◎を付けた。

  • 作品賞:ラ・ラ・ランド◎
  • 監督賞:デイミアン・チャゼル「ラ・ラ・ランド」◎
  • 主演女優賞:エマ・ストーン「ラ・ラ・ランド」◎
  • 主演男優賞:ディンゼル・ワシントン "Fences"
  • 助演女優賞:ビオラ・デイビス "Fences"◎
  • 助演男優賞:マハーシャラ・アリ「ムーンライト」 ◎
  • 脚本賞(オリジナル):マンチェスター・バイ・ザ・シー 
  • 脚色賞(原作あり):ムーンライト◎  
  • 視覚効果賞:ジャングル・ブック
  • 美術賞:ラ・ラ・ランド◎
  • 衣装デザイン賞:ラ・ラ・ランド◎
  • 撮影賞:ラ・ラ・ランド 
  • 長編ドキュメンタリー賞:O.J.: Made in America ◎
  • 短編ドキュメンタリー:最後の祈り(NETFLIX)
  • 編集賞:ラ・ラ・ランド◎
  • 外国語映画賞:ありがとう、トニ・エルドマン(ドイツ)
  • 音響編集賞(Sound Editing):Hacksaw  Ridge
  • 録音賞(Sound Mixing):ラ・ラ・ランド◎
  • メイクアップ賞: スター・トレック BEYOND
  • 作曲賞:ジャスティン・ハーウィッツ「ラ・ラ・ランド」◎
  • 歌曲賞:City of Stars 「ラ・ラ・ランド」◎
  • 長編アニメーション賞:ズートピア◎
  • 短編アニメーション賞:ひな鳥の冒険
    (ピクサー・アニメーション・スタジオ)
  • 短編実写映画賞:Ennemis Interieurs

「ラ・ラ・ランド」は10−12部門受賞すると予想されるので(運が良ければ音響編集賞も)、受賞数で史上最多タイ記録になる可能性がある(これまでに「ベン・ハー」1959、「タイタニック」1997、「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」2003が11部門で並んでいる)。

デイミアン・チャゼルは現在32歳、史上最年少での監督賞受賞となる。タイ記録は1931年に「スキピイ」で受賞したノーマン・タウログ。実に85年ぶりの快挙である。実はチャゼル監督、タウログがメガフォンを取った「踊るニュウ・ヨーク」でフレッド・アステアとエレノア・パウエルが踊る場面に対しに「ラ・ラ・ランド」の中でオマージュを捧げている。

今年最大の目玉は演技部門で過半数を黒人(アフリカ系アメリカ人)が占めること。これは前代未聞だ。時代は少しづつ変化を遂げている。もし番狂わせがあるとしたら、主演男優賞でケイシー・アフレック(ベンアフの弟)の可能性も。

長編アニメーション部門はほぼディズニーの「ズートピア」で決まりだが、サプライズとして"Kubo and the Two Strings"も捨て切れない。ところでこれ、未だ日本公開決まらないの〜!?

アカデミー作品賞でミュージカル映画が受賞するのは「シカゴ」(2002)以来、14年ぶりである。しかし「シカゴ」は元々ブロードウェイ・ミュージカルであり、「ラ・ラ・ランド」は全てオリジナル楽曲だ。真っ新のオリジナル・シナリオから創作されたオリジナル・ミュージカルが受賞するのは1958年のMGM映画「恋の手ほどき」(Gigi)以来、なんと58年ぶり。これに快哉を叫ばずにいられようか!

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2017年2月24日 (金)

100パーセントのミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」@IMAX!!

評価:AAA

Lalalandposter

掛け値なし、パーフェクトな映画。文句のつけようがない。公式サイトはこちら

ロサンゼルスのフリーウェイを通行止めにし、ワンシーン・ワンカットの長回しで撮った冒頭のナンバー♪Another Day of Sun♪(歌詞付き試聴はこちら)は最初、交通渋滞のカーステレオからチャイコフスキー(ロシア)が作曲した序曲「1812年」やヴェルディ(イタリア)のオペラ「椿姫」第1幕の合唱曲が聴こえてくる。カメラがずーっと横にパンしていくとそれがジャスティン・ハーウィッツが作曲した躍動感溢れるJAZZに変わってゆく。そして皆が車を降りて歌って踊り出すわけだが、ヒップホップ・ダンスあり、フラメンコありと世界中からロスに集ってくる人々の多様性を示している。なんという高揚感だろう!また主人公セブが車の中で繰り返し聴いているカセット・テープはセロニアス・モンクがピアノを弾く「荒城の月」(Japanese Folk Song)だ。

ジャスティン・ハーウィッツは次のように語っている。

“One of our favorite movies is The Young Girls of Rochefort. After The Umbrellas of Cherbourg, it was the next Jacques Demy/Michel Legrand musical, and that movie opens with — in that case it’s just dance. There’s no singing but it’s this big world-establishing number with great dancing and big orchestration. That’s always been one of the favorite scores for me and Damien in the way that Legrand was able to marry a jazz rhythm section, and in some cases a jazz big band, with a full blown romantic orchestra and do it in such a danceable way. — Justin Hurwitz in Variety

要約すると「僕と監督のデイミアンはジャック・ドゥミが『シェルブールの雨傘』の後、ミッシェル・ルグランとの再コラボレーションで撮ったミュージカル『ロシュフォールの恋人たち』が大好きで、♪Another Day of Sun♪は『ロシュフォール』冒頭♪キャラバンの到着♪へのオマージュなんだ」ということ。なお、「ロシュフォールの恋人たち」にはハリウッドからジーン・ケリーも参加している

また♪キャラバンの到着♪は日本でも三菱・ランサーエボリューションのCMでお馴染みだ→動画

デイミアン・チャゼル監督は「ラ・ラ・ランド」撮影開始前にジーン・ケリーの未亡人と会い、ジーン・ケリーのオフィスで「雨に唄えば」の撮影台本など貴重な資料を見せてもらったと語っている→詳しくはこちら

ワンシーン・ワンカットの手法は、マジックアワー(カタワレ時)に街を見下ろす展望台で展開される♪Lovely Night Dance♪や、♪Audition♪でも用いられている。また、やはりマジックアワーに港で撮られた♪City of Stars♪も美しい。

ピアノ演奏も含めて、セブを演じたライアン・ゴズリングが素晴らしい。滅びつつある音楽ジャンル=JAZZへの滾る情熱。ヲタク・堅物・変人なんだけれど、憎めない愛すべき男である。ゴズリングはディズニー実写版「美女と野獣」の野獣役のオファーを蹴ってこの役に没頭したという。一方、最終的にエマ・ストーンが演じたヒロイン・ミアは当初、「ハリー・ポッター」シリーズのエマ・ワトソン(ハーマイオニー)に決まっていたそう。ところが結局彼女はこの役を降り、「美女と野獣」のベルを選んだ。関係者の証言によると我儘放題言った挙句、ロンドンでのリハーサルまで要求したとか(真偽の程は判らない)。どっちが結局、賢かっただろう?映画を観ながら、エマ・ワトソンがもし演じていたらと想像しようと試みたが、全くイメージが沸かなかった。エマ・ストーンで大正解だった。

彼女が着る50着を超える衣装は最初、鮮やかなレインボー/キャンディー・カラーなのだが、物語が進行するとともに次第にシックになり、最後の最後には黒のモノトーンに落ち着く。その色彩の変化がミアの心の成長を象徴している。

あと可笑しかったのがパーティの場面でミアがセブに車のキーを渡して欲しいと頼んだ時、トヨタ プリウスのキーがズラーッと並んでいたこと。ハリウッドの人たちはエコカーが大好きで、環境保護に熱心なレオナルド・ディカプリオもプリウスを複数台所有しており、アカデミー賞授賞式に自ら運転して登場したこともあった。

IMAXシアターで鑑賞。音は確かに抜群に良いのだが、この映画はシネマスコープであり、折角の巨大スクリーンをフルに活用せず、画面の上下が未使用のままで勿体なかった。通常のスクリーンで十分だと感じた。

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「ラ・ラ・ランド」を観る前に是非予習しておきたい映画たち(優先順位付き)

世紀の傑作「ラ・ラ・ランド」は過去の映画へのオマージュに満ちている。予備知識がなくても十分愉しめるが、知っていればより一層味わい深くなる。そういう作品である。というわけで優先順位付きで紹介していこう。

  1. シェルブールの雨傘 (1964)
  2. ロシュフォールの恋人たち (1967)
  3. ザッツ・エンターテイメント (1974)
  4. スタア誕生 (1954)
  5. マルホランド・ドライブ (2001)
  6. カサブランカ(1942)

ジャック・ドゥミ監督のフランス映画「シェルブールの雨傘」と「ロシュフォールの恋人たち」は問答無用で必須ね。で直接関係はないが、どうせなら【港町三部作】の発端となる「ローラ」(1961)からご覧になることをお勧めしたい。詳しくは下記事に書いた。

ハリウッドの「巴里のアメリカ人」」(51)と「雨に唄えば」(52)の影響も色濃いのだが、そんなことを言い出したらキリがない。だからここは集大成としてMGMミュージカルのアンソロジー(ハイライト集)である「ザッツ・エンターテイメント」第1作にとどめを刺す。「巴里のアメリカ人」「雨に唄えば」のみならず「踊るニュウ・ヨーク」(40)、「バンド・ワゴン」(53)など「ラ・ラ・ランド」が引用した場面が次から次へと走馬灯のように現れては消える。賭けてもいいがデイミアン・チャゼル監督が最初に観たのがこの「ザッツ・エンターテイメント」だったに違いない(何故なら僕もそうだったから)。

なお、やはり「ラ・ラ・ランド」で引用されたガワー・チャンピオン夫妻が踊る「煙が目にしみる」は「ザッツ・エンターテイメント part II」、ボブ・フォッシー振付・監督「スウィート・チャリティ」(69)は姉妹編である「ザッツ・ダンシング!」に収録されている。

「ラ・ラ・ランド」の物語構造はジョージ・キューカー監督「スタア誕生」と密接にリンクしている。つまりライアン・ゴズリング演じるセブ=ジェームズ・メイソンの役どころであり、エマ・ストーン演じるミア=ジュディ・ガーランドであると言えるだろう。ヒロインがスターになった時、彼女を導く天使の役割を終えた男はただ、去りゆくのみ。♪The Man that Got Away♪ 是非映像でご覧ください→こちら。「ラ・ラ・ランド」にこれとそっくりなシーン(男女逆転バージョン)があるでしょう?

そして「ラ・ラ・ランド」の終盤、壮大なダンス・シーンは明らかにデヴィッド・リンチ監督「マルホランド・ドライブ」仕様になっている。序でに言えば、「マルホランド・ドライブ」の元ネタであるビリー・ワイルダー監督「サンセット大通り」(1950)も併せてどうぞ。マルホランド・ドライブもサンセット・ブルーバードもロサンゼルス(LA)を通る道路の名称である。「マルホランド・ドライブ」と「サンセット大通り」のテーマは【ハリウッド(LA)とは何か?】であり、それは"LA LA LAND"にも通底している。因みにデイミアン・チャゼル監督が選ぶ「ロサンゼルスを舞台にした映画ベスト10」のリストは→こちら。「サンセット大通り」ではハリウッドセレブのお宅のプールが重要な役割を果たすことも指摘しておこう。

カサブランカ」と本作の深い関わりはこれ以上書くとネタバレになるので、映画をご覧になった後で下記事をお読み頂きたい。

またヒロインのミアが5年後に自分が嘗て勤めていた映画撮影所内のカフェを訪ねる場面があるが、ここはアカデミー作品賞を受賞したジョーゼフ・L・マンキーウィッツ監督「イヴの総て」(1950)を彷彿とさせる。当時、新進女優だったマリリン・モンローが映画の最後に登場する場面ね。モンローの絵も「ラ・ラ・ランド」に出てくる。

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2017年2月22日 (水)

ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」はどうして日本で大ヒットしたのか?(あるいは、GAGAに物申す)

この記事を書いている時点で、ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」は日本で上映されていない(2月24日より)。でもね、蓋を開けてから分析したって、そんなのは所詮コロンブスの卵。誰にだって出来る。「君の名は。」を見てごらん。公開前は誰一人これだけの爆発的ヒットを予想出来なかったくせに、したり顔の「識者」たちが後から後から蛆のように湧いてきて、得意気に語り始めた。それまで新海誠の名前すら知らなかったくせに。みっともない。だから僕は未来予想図で語る。

僕が一番恐れるのは「ラ・ラ・ランド」がアカデミー賞を総なめにしたから大ヒットしたんだという論調。これを認めてしまうと今後も日本で外国映画の公開がどんどん遅れてしまう。

「ラ・ラ・ランド」の公開は世界で日本が一番遅い。配給したGAGA株式会社映画宣伝部の頭が古いからだ。実にけしからん。台湾や韓国、タイ、インドでは既に昨年の12月から公開されており、フィリピンでは1月11日、中国では2月14日に封切られた。どうして日本だけこんなに遅いのか?それは未だに「オスカー効果」があると宣伝部の連中が頑なに信じているからだ。因みに今年のアカデミー賞授賞式は現地時間で2月26日、日本では27日である。

「クレイマー、クレイマー」(1979)の頃、「オスカー効果」は確かにあった。スピルバーグの「シンドラーのリスト」(94)を僕はアカデミー賞授賞式の前日に映画館で観たが、その日は余裕で座れた。ところがアカデミー作品賞や監督賞を受賞するやいなや映画館は人混みで溢れかえり、立ち見したとか入場出来ずにすごすご帰ってきたとかいった話を沢山耳にしたものだ。だからアカデミー賞に絡みそうな映画は公開日を2月下旬以降に延ばすという手法が日本では定着し、未だに顧みられていない。ではその法則は2017年でも通用するのだろうか?

まずこちらの資料を御覧頂きたい→アカデミー作品賞の「神通力」、日本では風前の灯か(Yahoo ! ニュース)。

  • 2011年 アーティスト 4.8億円
  • 2012年 アルゴ 3.2億円
  • 2013年 それでも夜は明ける 4億円
  • 2014年 バードマン 5億円

これが作品賞を受賞した映画の日本での興行収入である。昨年の「スポットライト 世紀のスクープ」といい、全くヒットしていないと言って良い。これなら授賞式と関係なく早々に公開していたとしても大きく変わりはしなかったろう。逆に映画「タイタニック」(1997)の日本公開日は12月20日であり(日米同時)、アカデミー賞とは無関係に大ヒットしている(興行収入262億円)。

昨年公開された話題作「シン・ゴジラ」「君の名は。」「この世界の片隅に」が当たった主な原因はSNSによる口コミである。公開初週よりも2週目、3週目の方が成績が伸びていることに特徴がある。今は作品が良ければヒットする時代なのだ。

だから「ラ・ラ・ランド」も必ず当たるが、それは「オスカー効果」とは無関係だ。SNSで評判がどんどん拡散されていった結果である。

「ラ・ラ・ランド」の大ヒットは映画「レ・ミゼラブル」(興収59.3億円)や「アナと雪の女王」(興収254億円)のそれに似ている。つまりミュージカルであり、何より楽曲がいいのだ。ミュージカルには中毒性があり、熱心なリピーターを生みやすい。「あの高揚感に何度でも浸りたい!」、グルーヴ(groove)を多くの観客と分かち合いたいという気持ちになるんだよね。それは舞台ミュージカル版「レ・ミゼラブル」も同じだ。「君の名は。」だってRADWIMPSによる4つの歌がなければ、これだけ大爆発することはなかっただろう。グルーヴ(groove)&没入感こそがキーワードなのである。

今年のアカデミー作品賞は9作品ノミネートされているが、2月22日現在、日本では1本も公開されていない。これは異常事態である。映画配給会社の皆さん、どうか態度を改め、もっと柔軟で速やかな対応をお願いします。目を覚ましてください。時代は変わったのです。

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