Cinema Paradiso

2020年2月14日 (金)

岩井俊二監督「ラストレター」と新海誠/大林宣彦

評価:A

映画公式サイトはこちら

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アニメーション映画「秒速5センチメートル」を初めて観た時に感じたのは、新海誠監督は大林宣彦と岩井俊二の映画が大好きなんだなということ。例えば踏切の場面に「転校生」の影響が感じられる。それは後に「君の名は。」の男女入れ替わりに「転校生」が、タイムリープや終盤の男女のすれ違いに「時をかける少女」が反映されることで確信に変わることになる(「天気の子」で陽菜の体がふっと消え失せるのは「さびしんぼう」だ)。

「秒速5センチメートル」はさらに、岩井の劇場用長編映画第1作 「Love Letter」への熱烈なオマージュがしっかりと刻印されている。特に学校の教室の窓が開いていて、カーテンが風に揺れる場面。そして図書室の貸出カードを触媒として、男女がつながるアイディア。正に「失われた時を求めて」(マルセル・プルースト著)である。

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岩井俊二「Love Letter」より

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新海誠「秒速5センチメートル」より

その後、岩井と新海は急接近し、何度も対談する仲となる。そして岩井はアニメーション映画「花とアリス殺人事件」で"Special thanks to"として新海誠をクレジットし、その返礼として新海は「君の名は。」のエンドロールで岩井俊二の名を挙げた。

新海は「ラストレター」に対して次のような賛辞を送っている。

ラブレターのいくつもの誤配や錯綜が、人生を作っていく。その美しさを教えてくれるのは、傘をさした二人の少女だ。岩井俊二ほどロマンティックな作家を、僕は知らない。

「君の名は。」で声優を務めた神木隆之介と「天気の子」の森七菜が「ラストレター」に出演していることも見逃せない。クロスオーバーだ。共犯関係と言い換えても良い。

「ラストレター」は紛うことなき岩井俊二の集大成である。「Love Letter」で主演した中山美穂と豊川悦司が中盤で登場するし(トヨエツがユング心理学で言うところの、主人公の影 Shadowの役割を果たしているのが面白い)、学校の教室の開いた窓、揺れるカーテン、そして図書室の場面もちゃんと用意されている。

さらに岩井の過去作「四月物語」から松たか子が、岩井が主演した映画「式日」からは監督・庵野秀明が今度は役者として出演している。なお庵野は漫画家役なのだが、彼が仕事中に聴いているのが芥川也寸志が作曲した映画「八甲田山」のサントラというのが粋だね(ガイナックス元代表取締役社長の岡田斗司夫が「庵野は『日本沈没』とか『八甲田山』が好き」と証言している)。試聴はこちら

あと小学生の男の子たちの使い方が「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を彷彿とさせる。そして嗚呼、浴衣姿の広瀬すずと森七菜が、廃校のプールで花火をする場面!「打ち上げ花火」の奥菜恵を想い出して胸がキュンとなった。

岩井俊二は少女が輝く最高の瞬間を掴み取り、フィルムの中に永遠に閉じ込める才能に長けた人である。その代表例が「打ち上げ花火」の奥菜恵であり、「Love Letter」の酒井美紀、「花とアリス」の蒼井優(特にバレエのシーン!)も挙げられよう。今回「ラストレター」の森七菜がそのリストに加わった。

予告編でショパン作曲「別れの曲」が使われていたので、「ラストレター」は大林映画「さびしんぼう」へのオマージュなのか?と僕は予想を立てていた。しかし本編で「別れの曲」は使用されず、代わりに驚くべき仕掛けが待ち受けていた。

「ラストレター」の主人公・鏡史郎(福山雅治)は中年の小説家で東京に住んでいる。彼はふとしたことから古里の仙台に帰る。そこで、初恋の相手・未咲とそっくりの少女・鮎美(広瀬すずが一人二役)に出会う。鮎美は亡くなった未咲の娘だった。

このプロット、実は大林映画「はるか、ノスタルジィ」とそっくり同じなのだ!!「はるか、ノスタルジィ」の綾瀬慎介も小説家であり、両者とも帰郷時にカメラをストラップで首から胸に下げている

また姉妹が登場し、ひとりの男と三角関係になり、姉が死ぬという物語構造は大林映画「ふたり」(赤川次郎 原作)を彷彿とさせる。

岩井は最近、大林監督と親しくしており、「フィルムメーカーズ ⑳ 大林宣彦」(宮帯出版社)に寄稿している。「ラストレター」は実質的に岩井版「はるか、ノスタルジィ」だった。

そして「ラストレター」の鏡史郎と、「はるか、ノスタルジィ」の綾瀬慎介の(ある意味狂気を感じさせる)妄執は、更に遡ってアルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」に接続している。映画は繋がっている。新海誠の言葉を借りるなら〈ムスビ(産霊)〉ということになるだろう

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2020年2月13日 (木)

アカデミー賞 2020 宴の後に

今年のアカデミー賞授賞式は韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が国際長編映画賞のみならず、作品賞・監督賞・オリジナル脚本賞の4部門に輝くという前代未聞の快挙で幕を閉じた。

そもそも韓国映画が国際長編映画賞(今年から名称が変更、昨年までは外国語映画賞)にノミネートされること自体が初めてであり、韓国人がアカデミー賞を受賞したことも今まで一度もない(日本人は「サヨナラ」でナンシー梅木が助演女優賞、「ラスト・エンペラー」で坂本龍一が作曲賞、「乱」でワダエミ、「ドラキュラ」で石岡瑛子が衣装デザイン賞、「ウィンストン・チャーチル」で辻一弘がメイクアップ賞、「千と千尋の神隠し」で宮崎駿が長編アニメーション映画賞などを受賞している)。ところがポン・ジュノ監督がいきなり4つもオスカー像を攫っていった。天才が歴史を動かす。

なお辻一弘は今年も「スキャンダル」で受賞したのだが、2019年3月に米国に帰化し、カズ・ヒロ(Kazu Hiro)に改名、日本国籍を捨てたので、最早日本人受賞者と呼べないかも知れない。

外国語映画がアカデミー作品賞を受賞するのは史上初(過去にフランス映画「アーティスト」が受賞したが、ハリウッドが舞台でダイアログも英語だった)。そもそも大半のアメリカ人は字幕で映画を観るという習慣がない(そこがフランス人との大きな違いだ)。ブルッキングス研究所メトロポリタン政策プログラムがまとめた報告書(2014年)によると、米国では生産年齢人口(16歳から64歳)の10人に1人が、英語力に問題を抱えているとされる(詳しくはこちら)。

アジア人が監督賞を受賞するのは台湾のアン・リー(「ブロークバック・マウンテン」「ライフ・オブ・パイ」)に続いて2人目となる。

僕の事前予想で的中したのは17部門。内訳は演技賞4部門すべて・脚本・脚色(原作あり)・視覚効果・メイクアップ・衣装デザイン・撮影・編集・短編ドキュメンタリー・国際長編映画・録音・作曲・短編アニメ・短編実写の各賞である。

今年出版された【なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」 (星海社新書)】の著者、Ms.メラニーの的中が17部門なので同数 tie(昨年は僕が1部門上回った)。映画評論家・清水節 氏や「総合映画情報サイト」オスカーノユクエ氏も17部門当てた。

視覚効果賞のプレゼンターとして映画「キャッツ」に出演しているジェームズ・コーデンとレベル・ウィルソンが着ぐるみの猫姿で登場し自虐ネタを披露(動画はこちら!)。僕は大爆笑したのだが、視覚効果協会(The Visual Effects Society)は公式サイトで声明を発表し「アカデミーがVFXをジョークの的にしたことに心から失望した」と批判した。いやいや、協会も大人げないな。冗談ぐらい軽く受け流せよ!なお「キャッツ」は最低映画を決める祭典、ゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)において、最低作品賞を含む最多9ノミネートを果たしている(コーデンとウィルソンも目出度く候補入り)。もう踏んだり蹴ったり。これこそ正に〈ねこふんじゃった〉だ。

また「アナと雪の女王」の主題歌〈イントゥ・ジ・アンノウン~心のままに〉をオリジナル歌手イディナ・メンゼルを筆頭に、日本の松たか子ら10カ国のエルサがそれぞれの言語で歌うパフォーマンスは圧巻だった。

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「パラサイト 半地下の家族」に登場するジャージャー・ラーメン(チャパゲティ+ノグリ=チャパグリ)で、ポン・ジュノの快進撃をお祝いした。唐辛子が効いて、か、辛い!でも美味い!!

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2020年2月 9日 (日)

2020年 アカデミー賞大予想!

恒例の第92回アカデミー賞受賞予想である。相当自信がある(鉄板)部門には◎を付けた。

  • 作品賞:1917 命をかけた伝令
  • 監督賞:サム・メンデス「1917 命をかけた伝令」
  • 主演女優賞:レニー・ゼルウィガー「ジュディ 虹の彼方に」◎
  • 主演男優賞:ホアキン・フェニックス「ジョーカー」
  • 助演女優賞:ローラ・ダーン「マリッジ・ストーリー」◎
  • 助演男優賞:ブラッド・ピット「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」◎
  • 脚本賞(オリジナル):ポン・ジュノほか「パラサイト 半地下の家族」◎
  • 脚色賞(原作あり):タイカ・ワイティティ「ジョジョ・ラビット」
  • 視覚効果賞:1917 命をかけた伝令
  • 美術賞:イ・ハジュン「パラサイト 半地下の家族」
  • 衣装デザイン賞:ジャックリーン・デュラン「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」
  • 撮影賞:ロジャー・ディーキンス「1917 命をかけた伝令」◎
  • 長編ドキュメンタリー賞:娘は戦場で生まれた
  • 短編ドキュメンタリー:Learning to Skateboard in a Warzone
  • 編集賞:フォード vs フェラーリ
  • 国際長編映画賞:パラサイト 半地下の家族◎
  • 音響編集賞(Sound Editing):1917 命をかけた伝令
  • 録音賞(Sound Mixing):1917 命をかけた伝令
  • メイクアップ賞:辻一弘ほか「スキャンダル」◎
  • 作曲賞:ヒドゥル・グドナドッティル「ジョーカー」◎
  • 歌曲賞:Stand Up「ハリエット」
  • 長編アニメーション賞:クロース
  • 短編アニメーション賞:Hair Love
  • 短編実写映画賞:向かいの窓

今回の予想で打った大博打は「美術賞」と「歌曲賞」である。

美術賞で大方の予想は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」となっている。しかし僕はどうしてもあの映画の美術が優れていると思えない。「パラサイト」の方が断然モダンで美しい。目を引く。だから自分の直感に賭ける。

歌曲賞は映画「ロケットマン」のためにエルトン・ジョンが作曲した"(アイム・ゴナ)ラヴ・ミー・アゲイン"が獲ると言われている。これにも納得がいかない。はっきり言う。エルトンの曲はもう古臭い、ダサい。21世紀の音楽じゃない。だから僕は聴いて素敵だなと思う「ハリエット」の"Stand Up"に一票を投じる。それともう一つ。今年、演技賞にノミネートされた20人の役者のうち、非白人は「ハリエット」のシンシア・エリボただ一人である。しかし、シンシアが受賞で出来ないことは既に決まっている。レニー・ゼルウィガーが鉄板だからだ。するとまた今年のアカデミー賞は"Too White (白すぎる)!"と非難されることになるのは間違いない。アカデミー会員としてはその事態をどうしても避けたい。人種差別主義者と烙印を押されることを彼らは心底恐れている。しかし、歌曲賞を「ハリエット」に与えれば、それを作り歌ったシンシアを讃えることが出来て、万事丸く収まるというわけ。昨年「アリー/スター誕生」で主演女優賞にノミネートされながらも受賞を逃したレディー・ガガに、歌曲賞を与えたように。

肌の色(人種)問題同様、#MeToo 運動を経た今年は女性受賞者が増えることになるだろう。「ジョーカー」のヒドゥル・グドナドッティルがそのひとり。アイスランドのチェリスト兼作曲家だ。ドキュメンタリー映画「娘は戦場で生まれた」のワアド・アルカティーブ(共同)監督もそう。そういう意味で、脚色賞に「ストーリ・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」のグレタ・ガーウィグというサプライズ受賞の可能性も捨て切れないんだな〜。グレタは監督賞候補に漏れてとても気の毒だった。だから当然、世間から「今年も候補者は男ばっかり!」と徹底的に叩かれた。

オリジナル脚本賞は「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノと「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のクエンティン・タランティーノとの頂上決戦。でもタラちゃんは過去に「パルプ・フィクション」と「ジャンゴ 繋がれざる者」で二度同賞を受賞しているから、もういいんじゃない?

音響編集・録音賞は「1917 命をかけた伝令」と「フォード vs フェラーリ」の一騎打ち。どちらに転ぶかは蓋を開けてみないと判らない。視覚効果賞は「1917 命をかけた伝令」 でなければ「アイリッシュマン」だ。

長編アニメーションは「トイ・ストーリー4」という予想が主流なのだけれど、過去この部門で続編が受賞したことは一度も無いんだよ。唯一の例外が「トイ・ストーリー3」なのだけれど、「トイ・ストーリー」「トイ・ストーリー2」が公開された時は、長編アニメーションという部門自体が無かったという特殊事情があるんだ。なので嘗てのミラマックス(ハーヴェイ・ワインスタイン)の4倍というオスカーキャンペーン資金を投入していると噂されるNetflixの「クロース」受賞と読む。正直、大した作品じゃないけどね。金の力だ。そういう意味で長編ドキュメンタリー映画部門でNetflixの 「アメリカン・ファクトリー」受賞という可能性も捨てきれない。

演技賞で番狂わせがあるとした唯一主演男優賞で、「マリッジ・ストーリー」のアダム・ドライバー。ホアキン・フェニックスが好きじゃないので、僕の希望的観測でもある。

あとね、一番大きな夢は「パラサイト」の作品賞とポン・ジュノの監督賞受賞。そうなったら本当に嬉しくて泣いちゃうよ。

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2020年2月 1日 (土)

【考察】今世紀最大の問題作・怪作!ミュージカル映画「キャッツ」〜クリエイター達の誤算

2019年12月20日に北米で公開されるやいなや、「グロテスクなデザインと慌ただしい編集で、不気味の谷へと転落していく。ほとんどホラー」(Los Angeles Times)「4回吐いた」「悪夢を見ているよう」「あまりの恐怖に涙が出た」「猫の皮を被ったカルト宗教集団から延々と洗脳され続ける体験」などと酷評され続ける映画「キャッツ」。

現在、IMDb(インターネット・ムービー・データベース)での評価は10点満点中2.8点(2万5千人以上の集計)、なんと!史上最低(B級映画をも下回る)Z級映画と誉れ?高い「死霊の盆踊り」Orgy of the Dead の2.9点より低い。

Bon

因みに「アタック・オブ・ザ・キラー・トマト」が4.6点、エド・ウッド監督「プラン9・フロム・アウタースペース」は4.0点だ。つまりZ級映画の殿堂入り確定、文句なしのカルト映画ということ。

続いて【腐ったトマト(Rotten Tomatoes)】を見てみよう。

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評論家の肯定的評価は20%で〈腐った〉、一般人からは53%の支持しか得ていない。なお北米で公開された新海誠監督「天気の子」(英題:Weathering With You)に対する評論家の肯定的評価は92%〈新鮮〉、一般人は95%となっている。

Cats

僕がこれだけのショック(電気的啓示 electric revelation)を受けたのは橋本忍(脚本・監督)のトンデモ映画「幻の湖」(1982)以来ではなかろうか!?だから40年に1本の珍作・怪作と断言しよう。小説で言えば「ドグラ・マグラ」「虚無への供物」「黒死館殺人事件」など三大奇書レベル。

BとかCとか中途半端な評価は本作に似合わない。AかZの二択だ。僕は存分に愉しんだので謹んでAを進呈する。字幕版だけでは飽き足らず、日本語吹き替え版も立て続けに観た。

公式サイトはこちら

舞台ミュージカル「キャッツ」は1981年にロンドンで開幕。ロンドンで21年、ブロードウェでは17年間のロングランを記録。トニー賞ではミュージカル作品・楽曲・台本・演出賞など7部門を制覇した。

役者が猫を演じ、人間役は一切登場しないという当時としては革新的なミュージカルであり、長らく実写映画化は不可能と言われていた。スティーヴン・スピルバーグの製作会社、アンブリン・エンターテイメントがアニメーション化するという話もあったが、結局立ち消えになった。

普段私達が舞台を観る時は、想像力をフルに働かせて足りないものを補っている。そこに猫の着ぐるみを身にまとった役者がいれば、【人間→猫】に〈見立て〉る 。つまり脳内で〈変換〉作業が行われる。絵の具で描かれた舞台背景=書き割りも、本物の風景が広がっていると〈想像力〉で補完する。その究極の姿が落語であり、座布団の上で演者が上下(かみしも)を切る(顔を左右に向けて話す)ことで、観客は二人の登場人物が会話していると脳内で〈見立て〉る 。小道具となる扇子も、広げて盆に〈見立て〉たり、閉じたまま煙管や筆、箸に〈変換〉して使用される。つまり落語は観客の〈想像力〉を借りなければ成り立たない芸能である。年端のいかない幼い子が見たら「あのおっちゃん、なに一人で喋ってんの?アホちゃう」ということになるだろう。これが芝居・寄席小屋における暗黙の了解である。

ところが、映画というメディアではそうはいかない。リアリティが求められ、〈想像力〉を働かせる必要がない。白黒の無声映画時代なら背景が書き割り(絵)でも許された。しかし音声が付き、カラーになり、画面が大きくなってサラウンド・スピーカー・システムが導入され事情が変わった。現在ではフィルムからデジタル時代になり、さらに細密な描写が必須となった。つまり映画は舞台よりも実生活に近いメディアであり、映画館はヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)の場。だから観客は〈見立て〉たり、〈想像力〉を働かせることを止めてしまった。IMAX上映とかアトラクション(体感)型4Dシアターの出現は、その傾向に拍車をかけた。

舞台では日本人がリア王やマクベスを演じても不自然じゃない。ギリシャ悲劇やチェーホフも演る。宝塚歌劇の男役だってそう。しかし映画でそれは許されない。〈見立て〉が成り立たないのだ。つまり「これは花も実もある絵空事ですよ」という約束事が通じる閾値・境界線、仮にそれをReality Lineと呼ぼう、が舞台と映画では明確に違う。

映画「キャッツ」は着ぐるみではなく、最新のCG技術"Digital Fur Technology"を駆使して役者に猫の体毛を生やした。非常にリアルだ。すると観客は【人間→猫】に脳内変換することが不可能になる。人間でもなく、猫でもない化け物(monster)=猫人間の誕生である。「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する猫娘みたいなものだ。しかもおぞましいことに更に小さな、人間の顔をしたゴキブリ、つまりゴキブリ人間も登場し、猫人間がそれを食べてしまう衝撃的な場面が用意されている。ここで大半の人はカニバリズムを連想し、阿鼻叫喚となるだろう。「進撃の巨人」における巨人が人間を喰らう場面に相当、さながら地獄絵図である。

面白いのは映画「キャッツ」批判の中に、〈彼らは性器がついておらず、股間がツルンとしているのは何故?〉というのがあった。舞台版では一度もされたことのない問いである(Catsの着ぐるみに、性器がついていたら気持ち悪くないですか?)。ここでも舞台と映画ではReality Lineが異なることが示されている。映画ではより精密な描写が求められるのだ。この股間問題は、ディズニーの超実写(CG)版「ライオンキング」でも話題になった。アニメ版ではその省略を誰も気にしなかったのに。つまりセル画アニメとCGでも、観客が求めるReality Lineは違う。漫画のアニメ化に成功例は多いが、実写映画化は殆ど失敗しているのもReality Lineの差に原因があるのだろう。

本作を観た多くの人が「不気味だ」「怖い」と感じる。それは危険を察知して回避しようとする動物的な防衛本能である。私達は舞台を観るときにある程度距離をおいて客観視することが出来る。つまり知性で「これは虚構(Fiction)だ」と分かり、現実(Real)と区別している。しかし映画になると知性が吹っ飛び本能が表面に出てきて主観的になる。虚構と現実の境界が曖昧になるのだ。興味深い現象である。だからこそ映画には没入感があり、より一層人の心の深層に潜り込むことが出来る。

結局、「英国王のスピーチ」でアカデミー作品賞・監督賞を受賞したトム・フーパーら「キャッツ」のクリエイターたちは、舞台と映画の本質的違いをよく分かっていなかったのだろう。そこに彼らの大いなる誤算があった。結局、アニメーション化したほうが無難だった。

ミュージカル「キャッツ」は基本的に歌と踊りを主体としたショー=レビューである。一匹ずつ、自分がどういう猫かを語ってゆく。だから基本的に物語らしい物語はない。それを期待するだけ無駄である。過去の映画で一番近いのは「ロッキー・ホラー・ショー」かな?だからこれから映画版を観る人は、一夜のパーティに参加するノリで足を運んだら良いだろう。いずれ「ロッキー・ホラー・ショー」同様に、猫のコスプレしてスクリーンに向かって野次やツッコミを入れる観客参加型上映が定着するのではないだろうか。

映画版のオールド・デュトロノミー役:ジュディ・デンチは1981年のウエスト・エンド公演でグリザベラを演じる予定だったが、稽古中の怪我で止むなくエレイン・ペイジと交代した。粋な配役である。因みに舞台版のオールド・デュトロノミーは男優が演じる。

あと映画版のグリザベラ(ジェニファー・ハドソン)はシャンデリアに乗って上昇し、天上界へと向かう(舞台版ではタイヤが浮き上がる)。これは同じロイド・ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」第1幕のクライマックスでシャンデリアが落下することと、きれいに対称を成している。このあたり、トム・フーパーの演出は冴えに冴えている。

ブロードウェイ・ミュージカル「ハミルトン」「イン・ザ・ハイツ」 などでトニー賞の振付賞を3度受賞しているアンディ・ブランケンビューラーによる振付がヒップホップを取り入れるなど斬新でダイナミック。

また日本語吹き替え版は山崎育三郎、大竹しのぶ、山寺宏一、宝田明らが素晴らしく、聴き応えあり。

映画という概念を変える、画期的・革新的エンターテイメントの出現である。四の五の言わず、直ちに劇場で体感せよ!!

〈追伸〉本作にガッカリしたという貴方、トム・フーパー監督を見限らないであげて。2月にAmazon Prime Video他から配信される「ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤」は絶対に面白いから!なんと、「ゲーム・オブ・スローンズ」の米HBOと「シャーロック」の英BBC共同制作による超大作だ。こちらからどうぞ。

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2020年1月31日 (金)

望海風斗(主演)宝塚雪組「ONCE UPON A TIME IN AMERICA (ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)」

故セルジオ・レオーネ監督には次のようなタイトルの映画がある。

  • Once Upon a Time in the West(ウエスタン)
  • Once Upon a Time in America 遺作

そして2019年にクエンティン・タランティーノ監督の、

  • Once Upon a Time in Hollywood

が公開され、これで3部作が完結した。タランティーノは心からレオーネを敬愛しており、"Once Upon a Time in the West"について「この映画を観て映画監督になろうと思った」と熱く語っている(詳細はこちら)。タラちゃんがエンニオ・モリコーネの音楽を偏愛するのもレオーネの影響だろう。だから自作「ヘイトフル・エイト」でモリコーネを起用し、彼にとって初めてのアカデミー作曲賞をもたらした。これもある意味、レオーネとモリコーネへの感謝の気持ちの表明、恩返しであると言えるだろう。

ここで僕が考えるエンニオ・モリコーネのベスト5を挙げておこう。

  1. ニュー・シネマ・パラダイス
  2. Once Upon a Time in the West(ウエスタン)
  3. ミッション
  4. The Good, the Bad and the Ugly(続・夕陽のガンマン)
  5. Once Upon a Time in America

次点は「死刑台のメロディ」(Sacco e Vanzetti:サッコとヴァンゼッティ)かな?「天国の日々」もいいしな……。

"Once Upon a Time in America"はなんと言っても〈デボラのテーマ〉が素晴らしい!胸に染み入る美しさを湛える。

その"Once Upon a Time in America"を小池修一郎の作・演出で宝塚歌劇が上映すると聞いたときには心底驚いた。そして「大丈夫かな……」と不安になった。

華やかさとは程遠いノワール(マフィアもの)だし、宝塚に向いていると思えない。特に主人公のヌードルス(ロバート・デ・ニーロ)がキャデラックの車内で幼馴染のデボラ(エリザベス・マクガヴァン)をレイプする場面(衝撃的だった)とか、チャイニーズ・タウンの阿片窟でヌードルスがヘロヘロになり、虚ろな目でニヤッとする(そこでストップモーションがかかる)あの絶望的なラストシーンを一体全体どう処理するんだ!?と気が気じゃなかった。「清く正しく美しく」という、すみれコードに明らかに抵触する。

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1月12日(日)宝塚大劇場で観劇。結局、僕の心配は杞憂に終わった。さすが歌劇団のエース・小池修一郎、手練れである。小池が書いた台本の最高傑作は文句なしに「ポーの一族」だが、「ONCE UPON A TIME IN AMERICA 」はその次に挙げてもいいんじゃないかな?そう思った。

因みに僕が過去に観たことがある小池のオリジナル作品(海外ミュージカルを除く)は他に「ヴァレンチノ」「PUCK」「ロスト・エンジェル」「失われた楽園」「ブルースワン」「JFK」「イコンの誘惑」「エクスカリバー」「タンゴ・アルゼンチーノ」「LUNA -月の遺言-」「カステル・ミラージュ-消えない蜃気楼-」「薔薇の封印 -ヴァンパイア・レクイエム- 」「NEVER SAY GOODBYE -ある愛の軌跡- 」「アデュー・マルセイユ」 「グレート・ギャツビー」「オーシャンズ11」「カサブランカ」「銀河英雄伝説」「眠らない男・ナポレオン」「るろうに剣心」「ALL FOR ONE 〜ダルタニアンと太陽王〜」といったところ。

さて本題に入ろう。幕が開くと早速、ギャングに扮した黒燕尾の男役達による群舞から始まるのに胸が高鳴った。カッケー、最高!

デボラに対するレイプは未遂に終わり、深紅のバラの花でいっぱいの宝塚らしい場面に差し替えられていたし、阿片窟は出てくるけれど新たに別のラストシーンが用意されていて、納得の幕切れだった。

デボラがブロードウェイで成功するエピソードでは華やかなレビューが展開され、まるで「ジーグフェルド ・フォリーズ」だったし、それとは対照的に、禁酒法時代に“スピークイージー”と呼ばれたもぐり酒場でのいかがわしい退廃的ショーはボブ・フォッシー振付の「シカゴ」とか「キャバレー」を彷彿とさせた(以前小池は「キャバレー」を演出している)。「三文オペラ」のクルト・ヴァイル的とも言える。

また仲間の一人ジミーの人物造形が、全米トラック運転手組合の委員長を務めたジミー・ホッファをモデルにしていることに今回初めて気が付いた。マーティン・スコセッシが監督した映画「アイリッシュマン」(2019)ではジミー・ホッファをアル・パチーノが演じ、映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」に出演したデ・ニーロやジョー・ペシも「アイリッシュマン」で共演している。

あとデボラが将来、ハリウッド・スターになってヨーロッパの王族に見初められ、王妃になるんだと夢見ている設定は、モナコ公国の公妃になったグレース・ケリーの人生を踏まえているのだろうなと思った。

モリコーネの音楽は一切使用されず、太田健の作曲した楽曲も悪くなかった。あと望海風斗と真彩希帆が歌えるトップ二人なので、安心して作品世界に浸ることが出来た。お勧め!

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2020年1月29日 (水)

ジョジョ・ラビット

評価:A

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公式サイトはこちら。アカデミー賞では作品賞・助演女優賞(スカーレット・ヨハンソン)、脚本賞など6部門にノミネートされている。またトロント国際映画祭で最高賞にあたる観客賞を受賞。前年ここで観客賞を獲った「グリーン・ブック」はアカデミー作品賞にも輝いた。

アドルフ・ヒトラーとかナチス・ドイツをコメディとして描くことは大変リスキーであり、成功する確率が極めて低い。現実が余りにも過酷だからである。「笑い事じゃねーだろう、ふざけんな!」と世間から罵詈雑言を浴びるのが関の山だ。しかし本作はその極めて高いハードルを軽やかに飛び越えた。

主人公の少年のimaginary friend(空想の友人)であるヒトラーを演じたタイカ・ワイティティ監督の手腕はお見事としか言いようがない。

ナチス・ドイツをコケにして笑いを取り、上手くやり抜いた作品としてはメル・ブルックス監督・脚本の「プロデューサーズ」(1968)以来と言っても過言ではないだろう(スーザン・ストローマンが監督したミュージカル映画版「プロデューサーズ」は惨憺たる失敗作だった)。

母親役のスカヨハと、ナチスの軍人を演じたサム・ロックウェルが圧倒的に素晴らしい!お勧め。ただし、ハリウッド映画のお約束ごととはいえ、ドイツ人しか出てこない映画なのにダイアログが全て英語というのはいささか違和感があった。「シンドラーのリスト」や「やさしい本泥棒」なんかもそうなんだけどね。

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2020年1月25日 (土)

フォード vs フェラーリ

評価:A

Ford

米アカデミー賞では作品賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の4部門にノミネートされている。公式サイトはこちら

男臭い映画である。劇中の会話にも登場するハリウッド・スター、スティーブ・マックィーンが主演した映画「栄光のル・マン」「ブリット」「大脱走」などを思い出した。あとジョン・フランケンハイマー監督の「グラン・プリ」ね。つまり1960−70年台の匂いがするということ。ちょっと今では見かけないタイプだ。

また、カー・デザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)とレーサーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)の果てしない殴り合いは「静かなる男」(1952)におけるジョン・ウェインとヴィクター・マクラグレンのそれを彷彿とさせる(E.T.がビール片手にテレビで見ていた映画)。つまり、ジョン・フォード的世界でもある。マイルズの奥さんも男勝りで、西部劇に出てきそうな感じだしね。

脚本・監督を務めたジェームズ・マンゴールド監督の腕は確かである。切れのある編集も素晴らしいし、なにより迫力満点の音響演出に痺れる。レースの渦中に放り込まれたような興奮をたっぷり味わえる。

ただ気になったのは、「この映画を女性が観て、果たして面白いと感じるだろうか??」ということ。考えてみればスティーブ・マックィーンのカー・アクションやジョン・フォードの西部劇に心底惚れ込んでいるのは、男ばかりだしね。このプンプン漂ってくる男の体臭が「好き♡」というマニアもいるだろうが、生理的に受け付けない人も多いのでは?

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2020年1月24日 (金)

「パラサイト 半地下の家族」と黒澤映画

今から16年前の2004年、僕はポン・ジュノ監督「殺人の追憶」のレビューで、次のように評した。

処女作「ほえる犬は噛まない」についても言及し、褒めそやしている。その後しばしばポン・ジュノは〈韓国の黒澤明〉と呼ばれるようになるが、世界で最初に言い出したのは僕だと確信している(もっと早く言及した人がいれば、ご一報ください)。因みに監督のもとには黒澤映画のリメイクの依頼も来たという(本人談)。

最新作「パラサイト 半地下の家族」は米アカデミー賞で国際長編映画賞(昨年までは外国語映画賞)受賞は500%確実と言われており、他に作品賞(本賞)、監督賞、脚本賞、美術賞、編集賞の6部門にノミネートされている。

Parasite

評価:A+

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2013年にポン・ジュノが英語で撮った「スノーピアサー」は地球が氷に閉ざされた近未来(2031年)に生き残ったわずかの人類が永久機関によって動き続ける列車内部に暮らしているという設定だ。貧困層は最後尾に住み奴隷扱いを受け、少数の富裕層は前方車両で優雅に暮らし別世界を築いている。公開当時僕が書いたレビューはこちら。「スノーピアサー」は水平方向に貧富の差が描かれていたわけだが、これが「パラサイト」では垂直方向に変換されている。実は垂直方向の差異で格差社会を描くという手法は黒澤明監督「天国と地獄」(1963)で既に行われている。

山崎努演じる誘拐犯・竹内は捕まり、三船敏郎演じる大手製靴会社の常務・権藤と刑務所の面会室で対峙する。竹内は言う。「私の住んでいたところは、冬は寒くて眠れない、夏は暑くて眠れない。そんな場所から見上げると、あなたの家は天国みたいに見えましたよ。するとだんだんあなたが憎くなってきて、しまいにはあなたを憎むことが生きがいみたいになったんです」竹内が逮捕される場面の、売春婦や麻薬中毒者がたむろする阿片窟のような横浜市黄金町が〈地獄〉として描かれ、高台にある権藤の家が〈天国〉のメタファーとなっている。

「パラサイト」で半地下に住むキム一家は、裕福なパク一家が住む高台の豪邸に一人ずつ寄生していく。しかしソン・ガンホ演じる家長は次第に弱者が強者に対して感じる憎悪・怨恨、つまりニーチェが言うことろのルサンチマンをパク社長に対して募らせていく。それは朝鮮半島の思考様式、(ハン)にも通じていると言えるだろう(について詳しくは韓国映画「風の丘を越えて/西便制」をご覧あれ)。そして蓄積されたのストレスで火病(ファビョン)に罹る。その切っ掛けとなるのが、映像では直接描くことの出来ない〈臭い〉であることが天才ポン・ジュノの独創性だと思った。

Kaze

高台に住むパク社長一家を韓国併合時代(1910-1945)の日本人(朝鮮総督府)、半地下の家族を当時の朝鮮人民に見立てる(置き換える)ことも可能だろう。支配者に対する被支配者の(≒ルサンチマン)は未だに尾を引き、徴用工や従軍慰安婦問題が燻ぶり続けている。こういった多様な解釈を許すという意味においても、奥深い作品である。

また新海誠監督「天気の子」の主人公も東京で半地下に住み、そこが大雨で浸水するという描写が共通しているという点でシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)を感じた。

参考文献:
1.ニーチェ、中山元(訳)「道徳の系譜学」(光文社古典新訳文庫)2009 ←ルサンチマンについて。
2.西尾幹二、呉善花「日韓 悲劇の深層」(祥伝社新書)2015 ←恨(ハン)と火病(ファビョン)について。
3.呉善花「韓国を蝕む儒教の怨念 〜反日は永遠に終わらない〜」(小学館新書)2019

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2020年1月18日 (土)

格差社会は悪なのか?

カンヌ国際映画祭で連続してパルム・ドール(最高賞)を受賞した「万引き家族」(日本)と「パラサイト 半地下の家族」(韓国)、そして「バーニング 劇場版」(韓国)、「アス Us」(アメリカ)、「ジョーカー」(アメリカ)が同時多発的に格差社会を描いているということで話題になっている。

左翼ジャーナリズムや、自らを「市民」と名乗り、デモ行進を実行するプロ市民/活動家たち(現在では「リベラル」という便利な言葉/隠れ蓑がある)はトランプ大統領(共和党)や安倍総理が大嫌いなので、彼らのせいで「格差が広がっている」と煽る(民主党・オバマ大統領政権の頃は好意的だった)。

しかし格差って、そんなに悪いことなのだろうか?

例えば朝日新聞社の言論サイト「論座」に掲載された、〈努力についての不都合な真実〉をお読み頂きたい。自分の給与が勤続12年でたった14万円だと嘆き、〈日本終わってますよね?〉とツイートした人に対して、事業家の堀江貴文氏が〈日本がおわってんじゃなくて「お前」がおわってんだよ 〉とリプライしたことについて次のように論じている(以下引用)。

 経済的成功者に、貧困問題を語らせると、たいていこういう結末になる。彼らが異口同音に言うのは「努力せよ。さすれば、貧困は解決せん」というシンプルなご託宣だ。(中略)
 だが、こういうロジックは、根本的に間違っていると思う。まず、努力すれば、たしかに、当該の人の給料が上がるかもしれない。競争力が増し、他人に勝って、よりよい地位を得て給料も増すからだ。しかし、その人が競争に勝つということは、逆に言えば、あらたに「競争に負ける」人も生み出すことでもある。

まことにもって奇妙な理屈である。勝者が生まれれば、同時に敗者も生まれる。当たり前のことだ。自由競争の基本であろう。例えば短距離走を考えてみよう。「競争に負ける」人を生み出してはいけないのだったら、この著者はどうすればいいというのだろう?みんなで仲良く並んで同時にゴールする?笑止千万である。この理論に従えば、東京オリンピック開催も止めたほうが良いということになる。プロ野球や高校野球、Jリーグも禁止ね。学校のテストで100点とったら「競争に負ける」人も出る。どうする?全員が同点だと意味ないし、いっそのことテストも入試も廃止か。じゃあ選別の方法は?

どうもこの人が言いたいのは、社会全体で経済発展して、みんなで生活水準を上げ、Win-Win(私も勝って、あなたも勝つ)関係になりましょうということのようだ。じゃあ仮に日本全体が底上げされたと仮定しよう。しかしその場合、必然的に「競争に負ける」国を生み出すだろう。果たして地球全体がWin-Winになる経済なんてあり得るの?

フランス革命前のフランスや、江戸時代の日本も格差社会だった。フランスの平民が貴族になることは出来なかったし、高等教育も受けられなかった。長屋に住む熊さん・八っつぁん(上方落語では喜六・清八)が武士になることも出来なかった。まして大坂の豪商・鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)との経済格差は桁外れである。

経済格差があることは今も変わらない。しかしその頃と、21世紀の現代では厳然たる違いがある。それは〈自由〉と〈平等〉があることである。自分の意見を言うことも〈自由〉だし、職業を選ぶことも〈自由〉。たとえ貧乏な家庭に生まれても本人に才能や才覚があり、一生懸命勉強すれば一流大学に入学し、一流企業に就職することが出来る。奨学金制度だってある。学歴がなくても起業が成功し、大金持ちになるIT企業社長もいる。つまり機会(チャンス)は〈平等〉に与えられている。それを生かすも殺すも本人の努力と実力次第だ。

しかし左翼ジャーナリズム(自称リベラル)は今の日本やアメリカは〈平等〉じゃないと言う。貧富の差があるからだと。つまり彼らが主張する〈平等〉は意味が違う。意図的に履き違えている。経済的に、みな〈平等〉で格差のない社会〜それは共産主義国家の実現を意味する。つまりマルクス主義への回帰を未だに彼らは夢見ているのだ。

20世紀は社会主義国家建設という〈実験〉が世界的に幾つか行われ、ことごとく失敗した。ソビエト連邦や中国の文化大革命は理想的な世界、ユートピアを果たして生み出したか?労働党が政権を握った時代、イギリス国民は幸せになれたか?北朝鮮は地上の楽園か?答えは明白であろう。

マルクス主義が愚かで、致命的に間違えているのは〈人間の欲望〉を無視していることである。「他人より儲けて、いい暮らしがしたい」「社会的に高い地位に就いて、人々から尊敬されたい」という、格差を生み出そうとする欲望〉が社会を活性化し、経済を動かす。〈欲望〉という言葉が嫌だったら〈意欲〉や〈向上心〉でもいい。勉強して良い大学に行かなくても、仕事をサボるばっかりしても同じ給料がもらえるのならば、誰も勉強しないし働かない。そういう社会は衰退し、いずれ滅ぶだろう。格差のない社会は人をダメにする。努力が報われない世界を〈平等〉とは言えない。

現代日本には〈自由〉と〈平等〉がある。それに加え江戸時代と比較すると、社会福祉社会保障制度システム)が進化した。経済格差はあるが最低限の生活が保証されているということである。敗者(loser)でも生きていける。

1756年の飢饉では岩手と宮城の両県で合計約5万人の死者を出している。1784年東北地方を中心に発生した天明の大飢饉では津軽藩だけで10万人以上の餓死者を出した。人口動態統計によると1950年(昭和25年)の餓死者数は9,119人。 これが2017年「食糧の不足」による死亡者数は22人である。この中には一人暮らしの老人も含まれるわけで、生活保護制度のある現在は貧困による死者は事実上いないと言っていいだろう。

読者にいま一度問う。格差社会ですか?

追伸:ポン・ジュノ監督の大傑作「パラサイト 半地下の家族」のレビューは近々掲載予定です。

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2019年12月29日 (日)

2019年映画ベスト30+α & 個人賞発表!

2019年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Huluなどインターネットで配信された映画を対象とする。ただし、「ザ・クラウン」「ゲーム・オブ・スローンズ」「ストレンジャー・シングス」「侍女の物語(The Handmaid's Tale)」など連続ドラマは除外する。また広島国際映画祭で鑑賞した大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」は2020年公開なので来年に繰り越す。

タイトルをクリックすれば過去に僕が書いたレビューに飛ぶ。なお、今年劇場公開されたアイルランドのアニメーション映画「ブレッドウィナー」はすでに昨年、「生きのびるために」という邦題でNetflixから配信されているので、昨年のベストに入れた。

  1. 天気の子
  2. 蜜蜂と遠雷
  3. ファースト・マン
  4. アメリカン・アニマルズ
  5. メリー・ポピンズ リターンズ
  6. 海獣の子供
  7. マリッジ・ストーリー
  8. ロケットマン
  9. アイリッシュマン
  10. ビール・ストリートの恋人たち
  11. ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
  12. スパイダーマン:スパイダーバース
  13. ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー
  14. バーニング 劇場版
  15. アナと雪の女王2
  16. サスぺリア(リメイク版)
  17. メアリーの総て
  18. 女王陛下のお気に入り
  19. コードギアス 復活のルルーシュ
  20. ホイットニー〜オールウェイズ・ラブ・ユー
  21. ふたりの女王 メアリーとエリザベス
  22. クリード 炎の宿敵
  23. 僕たちのラストステージ
  24. アス Us
  25. スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け
  26. バイス
  27. グリーンブック
  28. トイ・ストーリー4
  29. ブラック・クランズマン
  30. ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
  31. 愛がなんだ
  32. ドクター・スリープ
  33. ジョーカー
  34. 閉鎖病棟 ーそれぞれの朝ー
  35. 楽園

監督賞:石川慶(蜜蜂と遠雷)
脚本賞:ノア・バームバック(マリッジ・ストーリー)
脚色賞(原作あり):石川慶(蜜蜂と遠雷)
主演女優賞:松岡茉優(蜜蜂と遠雷)
助演女優賞:ローラ・ダーン(マリッジ・ストーリー)
主演男優賞:アダム・ドライヴァー(マリッジ・ストーリー)
助演男優賞:ジョー・ペシ(アイリッシュマン)
撮影賞:ピオトル・ニエミイスキ(蜜蜂と遠雷)
美術賞:滝口比呂志 (天気の子)
衣装デザイン賞:ジュリアン・デイ(ロケットマン)
作曲賞:野田洋次郎 RADWIMPS(天気の子)
歌曲賞:“大丈夫” 野田洋次郎 RADWIMPS(天気の子)
編集賞:石川慶(蜜蜂と遠雷)
視覚効果賞:「
スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」
録音賞:久連石由文(蜜蜂と遠雷)
音響編集賞:「
スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」

特別賞:ジョン・カーニー(Amazonプライム・ビデオ「モダン・ラブ〜今日もNYの片隅で〜」第1話”私の特別なドアマン”の脚本・演出に対して)

松岡茉優は、なんと!2年連続主演女優賞受賞である。

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