Cinema Paradiso

2018年2月22日 (木)

ヒュー・ジャックマンの知られざる軌跡と映画「グレイテスト・ショーマン」

評価:A

Tgs

映画公式サイトはこちら

ミュージカル映画「グレイテスト・ショーマン」を語るために、まずはヒュー・ジャックマンの(日本では)知られざる来歴から紐解いていく必要があるだろう。

シドニー生まれのヒューはオーストラリアで、舞台ミュージカルの役者としてキャリアを積んだ。演じたのはディズニー・ミュージカル「美女と野獣」のガストンや、ロイド・ウェバーが作曲した「サンセット大通り」の主役ジョー・ギリス(映画脚本家)など。同時期にテレビにも出演していた。イギリスではオスカー・ハマースタイン2世&リチャード・ロジャースのコンビによる名作ミュージカル「オクラホマ!」に出演、好評を博した。演出は「レ・ミゼラブル」のトレヴァー・ナン。これが1998年のことである。幸いなことに映像が残されており、NHKで放送され、DVDも発売されている。「オクラホマ!」公演中に映画「X-メン」のオーディションを受け、見事ウルヴァリン役に抜擢された。「X-メン」は2000年に公開され、一躍スターダムにのし上がった。ウルヴァリン役は長期に渡りスピンオフ作品にまで律儀に付き合ったが、ハリウッドへの道を開いてくれたという恩義を感じてもいたのだろう。

ヒューはバズ・ラーマン監督の映画「ムーラン・ルージュ」(2001)のオーディションを受けたが、ユアン・マクレガーに敗れた。これは恐らく知名度の問題だったろう。その時点で「X-メン」は公開されていなかったのだから(ユアンは「スター・ウォーズ」でオビ=ワンを演じた後)。しかしいつの日か、「こういう映画に出たい!」という強い思いが残った(インタビュー記事はこちら)。結局彼はバズ・ラーマンの「オーストラリア」(2008)でニコール・キッドマンと共演するが、残念なことにこちらはミュージカルでなく(しかも駄作)、自慢の美声を映画の観客に披露する機会は中々巡ってこなかった。

ヒューは2004年ブロードウェイ・ミュージカル「ザ・ボーイ・フロム・オズ」に出演し、見事トニー賞のミュージカル主演男優賞を受賞。またトニー賞の司会を4回、2009年にはアカデミー賞の司会も務め、舞台上で歌って踊った。僕は彼のパフォーマンスを見て「この人はタキシード姿でステッキを持ったら最高に輝くんだなぁ」と理解した。

「グレイテスト・ショーマン」の企画は7年前からスタートした。ヒューが映画「レ・ミゼラブル」に出演するよりも前の話だ。「レ・ミゼ」でゴールデン・グローブ賞を受賞し、アカデミー賞の主演男優賞にもノミネートされたが、僕は彼の持ち味を十分生かせていないと感じた。ジャン・バルジャンは踊らいないし、ヒューはもっと明るい役がよく似合う。そういう意味で「グレイテスト・ショーマン」のP・T・バーナムは彼にピッタリ!

P・T・バーナムは実在する19世紀アメリカの興行師。山師(やまし)とも言える胡散臭さがあり、それは「疚(やま)しい」に通じている。しかし何と言っても魅力的なのはPositive Thinker(前向き思考の人)であることだ。

作詞・作曲はベンジ・パセック&ジャスティン・ポールのコンビ。彼らは「ラ・ラ・ランド」の作詞を担当したが(こちらの作曲はジャスティン・ハーウィッツ)、プロジェクトに参加したのは「グレイテスト・ショーマン」の方が先である。そして2017年にはブロードウェイ・ミュージカル"Dear Evan Hansen"でトニー賞の楽曲賞も受賞した。つまり「グレイテスト・ショーマン」の楽曲を書き始めた時点では全く無名だった。

昔とは違い、現在ミュージカル映画はリスクが高く、ハリウッドのスタジオも敬遠していた。しかも「シカゴ」とか「レ・ミゼラブル」のようにブロードウェイで上演された知名度のある作品ではなく、映画オリジナルである。この無謀とも言える企画を通すのは並大抵のことではなかっただろう。それをヒューはやり遂げた。

ぶっちゃけ客観的に見て本作の評価はB程度である。洗練されていないし、そもそもミュージカル・ナンバーが9曲もあるのは多すぎ。映画的に些か間延びする。1950年代に黄金期を迎えたMGMミュージカルですら、こんなに沢山歌う場面はなかった。しかし僕はヒュー・ジャックマンの溢れんばかりのミュージカル愛に気圧された。出血大サーヴィス、ご祝儀だ。ヒュー、夢が実現できて本当に良かったね。僕も何だかとっても幸せな気持ちになれた。心から「ありがとう」と言いたい。

バックステージものという点ではフレッド・アステア主演「バンド・ワゴン」を彷彿とさせるし、サーカスという点ではジーン・ケリー&ジュディー・ガーランドの「踊る海賊」だ。どちらもヴィンセント・ミネリが撮ったMGMミュージカル映画である。

アメリカのサイトRotten Tomatoes(腐ったトマト)では面白い現象が見られる。

Showman

203人のプロの評論家による肯定的意見を集計すると55%で「腐った」認定をされた。ところが一般観客の89%は肯定しており、34%もの乖離が見られる。実に珍しい。

これは評論家の評価が92%で一般客の評価が52%だった「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」と真逆である。

アメリカではSNSなどを通して口コミで評判が拡散され、興行成績がグングン伸びている。つまり「君の名は。」現象が起きた。そして日本ではぶっちぎりのロケット・スタートを切った。「レ・ミゼ」超えもありそう。

本作を一言で評すなら「見世物小屋映画」であろう。サーカスの世界であり、シルク・ドゥ・ソレイユを見ている感覚。フェデリコ・フェリーニの映画「8 1/2」の名台詞「人生は祭りだ!共に過ごそう」を想起させる。フェリーニもサーカスをこよなく愛し、「フェリーニの道化師」という作品を残している。多種多様な人がいていいんだ。「グレイテスト・ショーマン」とは、イコール a "celebration of humanity"である。

兎に角、タキシードを着たヒュー・ジャックマンが格好良すぎ!惚れ惚れする。真のエンターテイナーだ。ザック・エフロンも○。そして何より楽曲の魅力。特に"This Is Me"には打ちのめされた、バブリーダンスでも話題の大阪府立登美丘高校ダンス部によるパフォーマンスでどうぞ→こちら!!

今後ヒュー・ジャックマン主演で観たい映画。まずは何といってもミュージカル版「サンセット大通り」。そしてロジャーズ&ハマースタイン2世の「回転木馬」である(→2006年のニュース記事)。

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2018年2月17日 (土)

【いつか見た大林映画・番外編その2】「麗猫伝説」を読み解く/The Positive Thinker !

最新作「花筐(はながたみ)」撮影開始直前に大林宣彦監督は肺がん(ステージ4)で余命3ヶ月と告知され、撮影に並行して内服治療が始まった。幸いなことに処方された新しい分子標的薬「イレッサ®(ゲフィチニブ)」が劇的に奏効し、腫瘍はみるみる縮小。脳への転移も見つかったが放射線療法でそちらも制御出来た。「花筐」クランクイン@唐津が2016年8月25日だったので、それから約1年半が経過するも監督は大阪での舞台挨拶でお元気な姿を見せてくださった。

「あと30年は映画を撮る」と意気盛んで、原爆をテーマにした次回作の構想もあるという。

「時をかける少女」で映画デビューした原田知世は2017年11月28日、50歳の誕生日にBunkamuraオーチャードホールで “音楽と私“ ツアー・ライヴ千秋楽を迎えた。そこに大林監督がビデオ・メッセージを寄せ、最後に「また一緒に映画をやりましょう」と語りかけた。

末期がんの宣告を受けた時、監督の感想は「すごくうれしかった」。「花筐」映画化の許可を得るため、九州の能古島で「火宅の人」を仕上げようとしていた檀一雄に会ったときの情景が蘇ってきた。「ああ、檀さんと同じだと思った。(肺がんで体力が衰え)口述筆記で書いている檀さんの姿がパーンと浮かんで、これで映画を作れる、同じ痛みをもてたと思った」そして今の心境は「がんのおかげ、をもっと生かしてやらないとね」と(発言を引用した元記事はこちら)。

僕が敬愛してやまない大林宣彦という男子(おのこ)の本質は、こういうPositive Thinking にあったのだと初めて気付かされ、感服した。

現在シネ・ヌーヴォ@大阪市西区九条では国内最大規模の大林宣彦映画祭が開催中で、元OBs関西(OBsの説明はこちら)・M氏の協力により大変珍しいポスターが数多く展示されている。また2月23−25日には尾道映画祭が開催され、大林映画特集が組まれる(公式サイト)。その実行委員のひとりである元OBs広島・H氏からお誘いを受けたので、僕も18年ぶりに尾道を訪れることになった。

大林宣彦映画祭@シネ・ヌーヴォで「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群 夕子悲しむ」を観ながら気が付いたことがある。

映画の冒頭で竹内力と三浦友和は次のような会話を交わす(@広島県福山市鞆の浦)。

「初めて見る海はいいもんだ」
「毎日眺めてもいいもんだ」

そして劇中に流れる昭和歌謡曲「上海帰りのリル」の歌詞は、

船を見つめていた
ハマのキャバレーにいた
風のうわさはリル
上海帰りのリル リル

「大林作品はピアノ映画だ!」と看破したのは映画評論家・石上三登志だが、大林作品は同時に海の映画でもあった。9割以上の作品にが登場するのだ。

監督がこのなく愛する小説、檀一雄「花筐」も、福永武彦「草の花」でもは重要な役割を果たす。また少年の日、尾道の小高い丘で読み耽った小説として挙げているベルナルダン・ド・サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」の舞台となるのは絶海の孤島。そして物語の最後にヴィルジニーはに呑み込まれる。余談だが「ポールとヴィルジニー」のことを大林監督の著書で知り、探し始めたのが今から30年前。しかし既に絶版で、旺文社文庫として最後に出版されたのが1970年であった。図書館で蔵書検索をしても見つからず、漸く2014年になって光文社古典新訳文庫の仲間入りをして、読むことが叶ったのである。

後に映画のタイトルにもなった、大林監督が愛誦する佐藤春夫の「少年の日」はこんな詩だ。

野ゆき山ゆき海辺ゆき
真ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆえに
うれいは青し空よりも。

ここにもが出てくる。

現在僕の職場は神戸港に面しており、部屋の窓から燦めく瀬戸内のが見える。就職先を転々としてきたが最終的にここに落ち着いた。多分無意識のうちに瀬戸内海に引き寄せられて来たのだろう。そのことを今回「おかしなふたり」を再見しながら悟った。

続いてシネ・ヌーヴォで「麗猫伝説」も鑑賞。

16mmフィルムで撮られた「麗猫伝説」は日本テレビ「火曜サスペンス劇場」100回記念作品として製作され、1983年8月30日にオンエアされた。88年に公開された「おかしなふたり」とは姉妹編とも言うべき関係にあり、大泉滉、坊屋三郎、内藤陳、大前均、峰岸徹など共通する出演者も多い(あと美術監督の薩谷和夫が「麗猫伝説」では引退した映画監督として、「おかしなふたり」では風呂屋の親父として出演し、台詞もある)。両者を決定的に結びつけているのは瀬戸内キネマの存在である。「麗猫伝説」では撮影所として登場し、「おかしなふたり」では寂れた映画館の姿に変わり、最後は炎上する。この2作品以外に瀬戸内キネマは出てこない

「時をかける少女」の公開が83年7月16日であり、入江たか子・若葉の母娘は「時かけ」「麗猫伝説」の両者に出演している。

一般に「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」が《尾道三部作》、「ふたり」「あした」「あの、夏の日」が《尾道新三部作》と呼ばれており(監督公認ではない)、「麗猫伝説」「彼のオートバイ、彼女の島」「おかしなふたり」は《外伝》になる。言い換えるなら《はぐれた鬼》であり、《ものくるほしき映画の群》である。

兎に角、麦わら帽子を被った風吹ジュンが最高に可愛い!恋にはぐれた彼女が、尾道(向島)の坂道で自転車をこぐ場面は大林監督の真骨頂である(後の「さびしんぼう」に繋がっている)。当時の彼女は向田邦子の「阿修羅のごとく」「家族熱」や、山田太一の「岸辺のアルバム」などテレビドラマ黄金期の傑作群に出演し、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

風吹演じるスクリプターが住む居間には「オズの魔法使い」やチャップリン主演「キッド」のポスターが張ってある(「オズの魔法使い」は「時をかける少女」で原田知世の寝室に飾ってあったのと同じもの)。またスクリプターの寝室には「カサブランカ」のポスターも。

彼女が持つ時計は止まっている。「廃市」の主人公と同じ状況である。そして「おかしなふたり」も。つまり「麗猫伝説」の登場人物たちは生きながら死んでいるのである。

「麗猫伝説」の物語の骨格はビリー・ワイルダー監督「サンセット大通り」に基づいている。途中、食事の場面で入江若葉がグロリア・スワンソン、バスター・キートン、セシル・B・デミル監督、ヘッダ・ホッパー女史(ゴシップ・コラムニスト)の名を挙げるが、彼らは全員「サンセット大通り」の出演者である。そこに入江たか子が主演した化け猫映画の要素が加味されている(引用される映像は「怪猫有馬御殿」)。

入江の父は子爵だったが、父の死後生活に困窮し、映画界に入った。1932年に入江ぷろだくしょんを設立し、溝口健二監督による無声映画「滝の白糸」(33)が代表作となった(溝口はこの時、入江の方が自分より立場が上だったことを根に持っていた)。戦後主役が減り、バセドウ病を患ったりして大映に移籍し、化け猫映画に出た。1955年、溝口健二監督「楊貴妃」に出演した折、溝口から執拗なダメ出しをされた挙句、「そんな演技だから化け猫映画にしか出られないんだよ」とスタッフ一同の面前で口汚く罵られ、女優業を引退した。

そういった伝説を背負い、入江たか子は再びドラキュラのように蘇ったのである。柄本明演じる脚本家は赤いバラを持って伝説の大女優が棲む島を訪れる。ここでロジェ・ヴァディム監督の吸血鬼映画「血とバラ」のモティーフが繰り返される。劇中スクリプターが自分の恋人である脚本家の過去作を読む場面があるが、そこで引用されるのが1967年の大林監督の実験個人映画「EMOTION 伝説の午後=いつか見たドラキュラ」のシナリオ。これも「血とバラ」へのオマージュだ。なお最新作「花筐」に出演している柄本時生は言うまでもなく柄本明の息子であり、「花筐」にも血とバラが出てくる。さらに言えば「おかしなふたり」エンド・クレジットでは唐突に赤いバラが爆発する。

「麗猫伝説」では風吹ジュンが大泉滉演じる引退した映画監督にムチで打たれる強烈なSMシーンがあるのだが、クリストファー・リーが主演した映画「白い肌に狂う鞭」へのオマージュになっている。監督のジョン・M・オールドはマリオ・バーヴァのペンネーム。大林監督は劇場デビュー作「HOUSE ハウス 」で馬場毬男(ばばまりお)というペンネームを名乗ることを考えていた。これはマリオ・バーヴァのもじりであり、結局監督の少年時代を描いた映画「マヌケ先生」の主人公の名前として用いられた(三浦友和が演じた)。また映画「あした」で學草太郎(=大林宣彦)が作曲した音楽の旋律は「白い肌に狂う鞭」とそっくりであることを申し添えておく。

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2018年2月 6日 (火)

映画「デトロイト」

評価:A

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公式サイトはこちら

キャスリン・ビグロー監督作品の過去のレビューは下記。

「ハート・ロッカー(アカデミー作品賞・監督賞受賞)」「ゼロ・ダーク・サーティ」そして「デトロイト」に共通するのはヒリヒリするような緊迫感である。そして映画の中で登場人物が、ある一線=狂気を越えてしまう瞬間が描かれる。

短いカットを畳み掛けるように繋ぎ、ドキュメンタリータッチの揺れる手持ちカメラで捉えられる1967年のデトロイト暴動は殆ど内戦状態と言っても過言ではない。僕が本作を観ながら想起したのは1966年にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「アルジェの戦い」やコスタ=ガヴラス監督の「Z」「戒厳令」、そしてオリバー・ストーン監督「サルバドル/遙かなる日々」である。つまり硬派で無骨な肌触り。仮にこれをスニークプレビュー(覆面試写会)で観たとして、監督が女性だと言い当てられる人は誰もいないだろう。

あとキャスリンの演出で際立っているのはCIAの特殊部隊がウサーマ・ビン・ラーディンを追う「ゼロ・ダーク・サーティ」もそうだったけれど、拷問/尋問シーンの凄まじさ。いたたまれない。←褒めてます

天晴である。しかし、アカデミー賞で完全に無視されたのは納得がいかないなぁ。

本作に登場する白人警官は犬畜生にも劣るクズどもである。ただし、白人が100%悪く、黒人側が一方的に正義か?と問われれば僕はそうは思わない。差別や貧困に耐えかねて怒りが爆発する気持ちは分かる。でもだからといって無関係な商店を破壊したり、略奪したり、放火して良い筈がない。治安を守る白人警官たちは今にも自分たちが襲われるかもしれないという恐怖に慄き、パニック(極限)状態にあった。つまり彼らの心理をそこまで追い詰めた黒人側にも多少非がある。過失割合は8(白人):2(黒人)相当かな。

ここで残念に思うのは非暴力・不服従で徹底的に戦ったマーティン・ルーサー・キング牧師の不在である。キングはまだ存命だったが、ブラックパンサー党結成や「ブラック・パワー」運動の過激化により、完全に求心力を失っていた(イスラム教徒によるパキスタン分離独立を食い止められなかったマハトマ・ガンジー@インドの置かれた状況に似ている)。彼のやり方に従っていれば、こんな悲劇は起きなかっただろう。そしてデトロイト暴動の翌年、キング牧師は暗殺されることになる(ガンジーもパキスタンが分離独立した翌年に暗殺された)。

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2018年2月 3日 (土)

アカデミー賞2018の行方〜映画「スリー・ビルボード」

評価:A+ 公式サイトはこちら

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2月1日(木)日本公開初日に鑑賞。ギレルモ・デル・トロの「シェイプ・オブ・ウォーター」は3月1日(木)に公開されるので、いまこういう【映画の日に公開】というのが、流行っているのかな?入場料が安い日のスタート・ダッシュに賭けて、興行成績ランキング上位を狙おうという配給会社の戦略なのだろう。

「スリー・ビルボード」はアカデミー賞で作品賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、助演男優賞(ウディ・ハレルソン&サム・ロックウェル)、脚本賞、作曲賞、編集賞と6部門7ノミネートされている。そして今年のアカデミー作品賞は本作と「シェイプ・オブ・ウォーター」の一騎打ち、監督賞はデル・トロとクリストファー・ノーラン(「ダンケルク」)の一騎打ちという情勢だ。

アカデミー作品賞に関して「スリー・ビルボード」が有利な点は全米映画俳優組合賞(Screen Actors Guild Awards)の作品賞に相当するアンサンブル賞を征したこと。ゴールデングローブ賞の作品賞も受賞した(監督賞はデル・トロ)。不利な点は監督賞にノミネートされなかったこと。但し、過去にも「恋におちたシェイクスピア」や「ドライビング Miss デイジー」が監督賞にノミネートされずに作品賞を受賞した前例があるアカデミー会員で最も人数が多いのは役者たちなので、SAGでアンサンブル賞を獲ったのは大きい。一方、「シェイプ・オブ・ウォーター」が有利な点は13部門最多ノミネートされていること。しかし昨年、史上最多タイ14ノミネートされた「ラ・ラ・ランド」は作品賞で「ムーンライト」に敗れている。つまり予断を許さない白熱したレースになっている。

映画鑑賞直後に確信したのはアカデミー賞でフランシス・マクドーマンドの主演女優賞、サム・ロックウェルの助演男優賞受賞は200%間違いないということ。圧巻である。また滋味溢れるウディ・ハレルソンの演技も忘れ難い魅力がある。役者に関してはパーフェクトだね。

僕は「つぐない」(2007)の頃からシアーシャ・ローナン(現在23歳)を応援していて、彼女が「レディ・バード」で主演女優賞を獲って欲しいと祈っているのだが、「スリー・ビルボード」を観て思い知らされた。フランシス・マクドーマンドには到底敵わないと。シアーシャ、君は未だ若いんだからまた次のチャンスがいくらでもあるさ。今回は潔く諦めよう。

兎に角、観客に先の展開を一切読ませない脚本が素晴らしい。次から次へと予想が裏切られていく。

本作の主なテーマは2つある。「人は見かけとは違う。早計に判断を下すな」そして「憎しみの連鎖は不毛しか生み出さない」ということ。それらが未だに有色人種やLGBTへの差別意識が強いアメリカ南部社会の気質と絡み合いながら次第に加速する。

後半で鹿が印象的に登場する。僕が瞬間的に想い出したのがダグラス・サーク監督「天はすべて許し給う」(All That Heaven Allows,1955)ジェーン・ワイマン演じる未亡人は小さな地方都市に暮らし、周囲の偏見、閉塞感に苦しんでいる。そのしがらみからの解放を象徴するのが鹿であり、そういう意味で「スリー・ビルボード」に繋がっている気がする。ちなみにトッド・ヘインズ監督「エデンより彼方へ」(2002)は映画まるごと「天はすべて許し給う」へのオマージュになっている。

娘がレイプされ殺された母親(マクドーマンド)と暴力沙汰で警官をクビになった男(ロックウェル)は物語の最後、一緒に車に乗り込む。彼らの行く先に《許し》はあるのか?その結末は観客の想像力に委ねられる。僕の脳裏に浮かんだのはアイルランドを舞台にしたロバート・ボルト脚本、デヴィッド・リーン監督「ライアンの娘」のラストシーンである。あの作品ではロバート・ミッチャムとサラ・マイルズがバスに乗り込む場面で締め括られた。

脚本・監督のマーティン・マクドナーは現在47歳。アイルランド人を両親にロンドンで生まれ育った。劇作家としてキャリアをスタートし、トニー賞にも数回ノミネートされている。ローレンス・オリヴィエ賞では「ウィー・トーマス」が最優秀コメディ賞、「ピローマン」が最優秀演劇作品賞、「ハングメン」が最優秀戯曲賞を受賞した。大した才人だ。

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2018年2月 2日 (金)

映画「パディントン2」

評価:A

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6歳の息子と一緒に吹き替え版を鑑賞。

公式サイトはこちら

映画の続編が第1作目を超えることは滅多にない。1%もあるかどうか疑わしい。例外として真っ先に思い浮かぶのがクリストファー・ノーランの「ダークナイト」。あとコッポラの「ゴッドファーザーPART II」、ジェームズ・キャメロンの「エイリアン2」「ターミネータ2」もあるが、これらは前作も傑作なので超えたかどうか微妙。むしろ同等の完成度と言うべきだろう。「パディントン」にはそんな稀なことが起こった!

まずアメリカのサイトRotten Tomatoes(腐ったトマト)の評価を見てみよう。

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第1作 評論家の評価が98%、観客の満足度が80%。

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これが第2作では評論家100%、観客90%に跳ね上がっている。

日本での評価はどうか?スマホアプリWATCHA(5点満点)での平均は「パディントン」が3.5、「パディントン2」が4.3となっている。因みに僕は「パディントン」3.5、「パディントン2」4.5にした。

喋るクマさんを侮るなかれ。パディントンとは、いまヨーロッパ(EU諸国、イギリスは離脱交渉中)が悩みに悩んでいる移民のメタファーである。

彼の口癖は"If we're kind and polite, the world will be right."日本語にすると「もし僕らが人に親切で礼儀正しく接すれば、世界は適切/公正に扱ってくれる」となる。そして彼は持ち前の徳で、世間の不寛容(intolerance)という壁を突破してゆく。鮮やかな脚本(ほん)だ。

本作最大の魅力は飄々としたヒュー・グラントだろう。落ちぶれた役者役で変装の名人。実に愉しそうに演じているのが凄くいい。彼のキャリアの中でもベスト・アクトではないだろうか?

対して第1作の悪役だったニコール・キッドマンはユーモアが乏しかった。ビバ!ヒュー。

それからパディントンが飛び出す絵本の中に入り込んだり、主な舞台となるのが移動遊園地というのも素敵だね。これぞファンタジーの王道だ。

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2018年1月31日 (水)

【いつか見た大林映画・番外編】監督来阪!自作を語る。〜大林宣彦映画祭@シネ・ヌーヴォ

実は【いつか見た大林映画】第7回として9・11同時多発テロの年に大分県臼杵市で撮影された「なごり雪」から始まる21世紀の作品群を語る準備をしていたのだが、急遽事態が大きく動いたので番外編をお送りすることになった。

キネマ旬報ベストテンで第2位&日本映画監督賞、さらに毎日映画コンクールで日本映画大賞に輝いた最新作「花筐」が1月27日(土)に大阪・ステーションシネマ@JR大阪駅で初日を迎えた。公開日に合わせて大林監督が来阪し、舞台挨拶を行った。その様子は新聞記事になっている→こちら

舞台挨拶後監督はタクシーに乗り、九条にある映画館シネ・ヌーヴォ(69席のミニシアター)に駆け付けた。ここで20日から「大林宣彦映画祭」が日本最大規模で開催されているのである。上映されるのは16mmフィルムの個人映画時代やテレビ映画を含め38作品に及ぶ(昨年9月東京・新文芸坐で開催された映画祭では30本だった)。

監督は「ねらわれた学園」上映終了後に挨拶されたのだが、僕はその次の上映「可愛い悪魔」を観ようとロビーで待っていた。そこへ監督御一行が到着。

ロビーにはコレクターから提供された大林映画の珍しいポスターなどが展示されており、「うちにないのがあるわ」と大林恭子プロデューサー。

また壁には所狭しと数々の映画監督によるサインが書き込まれており、館主が「是非、高林陽一監督の隣にサインをお願いします」とリクエスト。

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ちなみに高林陽一(2012年没)は1960年代、大林監督も参加した実験(個人)映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」の仲間である。そして高林監督が1970年に撮った35mmドキュメンタリー映画「すばらしい蒸気機関車」や、1975年のATG映画「本陣殺人事件」の音楽は大林宣彦が担当している(映画「あした」以降に登場する作曲家・學草太郎は大林監督のペンネームである)。

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映画館には元・OBs関西(←説明はこちら)のメンバーも駆けつけており、また大阪・ステーションシネマの舞台挨拶を聞いてから、こちらにハシゴした強者も。

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今年1月9日に80歳の誕生日を迎えられたので観客は「ハッピー・バースデイ」を歌い、監督を迎えた。司会者が高林監督のとなりにサインして貰ったと紹介すると、「いやぁ、嬉しかったねぇ」と。そして館内を見渡して「ここはいい映画館ですね。天井が高くて。ちゃんとスタンダード・サイズが上映出来るそうで、いま日本には殆どなくなっちゃんたんじゃないかな。フィルムの上下をカットされたんじゃ悲しいよね」(スタンダードは横縦比4:3、現在の標準はビスタサイズであり、ハイビジョン画面16:9はヨーロッパビスタとアメリカンビスタの中間)

「ねらわれた学園」については「当時僕の作品は『こんなの映画じゃない!』と映画評論家の人たちから散々非難を浴びましてね。だったら『これならどうだ!』と挑発的な気持ちで撮ったのがこの作品です。思えばあの頃の僕は悪ガキでしたね」

「劇場デビュー作『HOUSE ハウス』はいまや、世界中の映画祭から引っ張りだこでね、招待されて行ってみると観客がハウス・コスプレを着て迎えてくれるんです」

「『HOUSE ハウス』を製作する前から『花筐』のシナリオは書き上げていて、それから40年経って漸く映画が完成したのだけれど、中身は『HOUSE ハウス』の頃とちっとも変わっていなかったねぇ」

「僕は昔から『映画作家(フィルムメーカー)』と名乗っていて、一度も『映画監督』と自称したことはないのだけれど、それは(東宝・松竹・東映など)権力・体制に対して一生アマチュアを貫くぞという覚悟だったんです。いわば第二次世界大戦中の軍部に対する庶民の心意気だったんですね」

「黒澤明監督は生前僕に、『大林くん、僕は東宝の社員として会社を儲けさせることを常に考えないといけなかったが、会社をクビになって漸くアマチュアになれた。いま僕は自由だ!』と仰って映画「夢」を撮られた。そこには戦死した軍人の亡霊や、原子力発電所の爆発が描かれていました。そして現在はスタジオ・システムが完全に崩壊して、映画監督はみなアマチュアになった」

「僕は今80歳というジジイですが、志半ばに倒れても、40代の《大林チルドレン》と呼ばれる若い監督たちが第一線で活躍しているから、彼らがやり残した仕事を引き継いでくれるでしょう」

「そして僕自身も新藤兼人監督の遺志を継いで、まだ誰も撮らなかった原爆のメカニズムを解明する映画を創りたいと思います」

新藤兼人は広島市出身。原爆をテーマにした映画「原爆の子」「さくら隊散る」を撮っている。また「第5福竜丸」は水爆実験の被害者を描く。さらにテレビ用に製作されたドキュメンタリー番組「8・6」では広島へ原爆を投下したエノラ・ゲイ号の機長だったポール・ティベッツに、新藤自ら会いに出向いた。そして「ヒロシマ」というシナリオが残されたが、これは映像化が叶わなかった。「(原爆投下の瞬間)一秒、二秒、三秒の間に何がおこったかをわたしは描きたい。五分後、十分後に何がおこったか描きたい。それを二時間の長さで描きたい。一個の原爆でどんなことがおこるか」と新藤は書いている。

Kawai

さて秋吉久美子主演「可愛い悪魔」(1982)は「麗猫伝説」(83)同様、火曜サスペンス劇場で放送されたテレビ映画である。大林監督は他にテレビ用として、斉藤由貴主演「私の心はパパのもの」(88)、石田ゆり子主演で「彼女が結婚しない理由」(90)、陣内孝則×葉月里緒奈で「三毛猫ホームズの推理」(96)、陣内孝則×宮沢りえで「三毛猫ホームズの黄昏ホテル」(98)を撮っている(全て視聴済)。

市販された本作のVHSビデオは持っているが、スクリーンで観るのは初めて。なお2月2日に待望のDVDが発売される。「麗猫伝説」はビリー・ワイルダー監督「サンセット大通り」のプロットを下敷きにしており、「可愛い悪魔」の元ネタはマーヴィン・ルロイ監督「悪い種子」(1956)だ。「悪い種子」のことは映画評論家・町山智浩(著)「トラウマ映画館」で知った(「可愛い悪魔」については一切触れられていない)。

Badseed

はっきり言ってオリジナルより「可愛い悪魔」の方が面白い。ミステリーというよりもホラーに近く、「HOUSE ハウス」の姉妹編という表現が相応しいだろう。転落した人物の身体がポキっと不自然に折り曲がったり、火だるまになったり、結構残酷描写がある。20年ぶりくらいの鑑賞だったが、2階から落とされた金魚鉢が赤座美代子の顔にスポッと嵌まる場面は強烈に覚えており、ここで映画館も爆笑となった。「嗚呼、笑っていいんだ」と僕もホッとした。また監督本人と「HOUSE ハウス」の音楽を担当した小林亜星、そして秋川リサの特別出演シーンがとっても愉快だ。あとエンドロールに和製ドラキュラ役者・岸田森の名前を見つけて驚いた。エエッ!、出てたっけ??帰宅後、調査したところ「ミリタリー風の変な制服姿の別荘の番人」役だったと判明。途轍もない怪演で、全然気が付かなかった。因みに岸田は大林映画「金田一耕助の冒険」にもドラキュラ役で特別出演している。そして「可愛い悪魔」の放送から半年も経たないうちに亡くなった。

「可愛い悪魔」は音楽の使い方が抜群に上手い。物語の冒頭、屋外の結婚式で流れるのがシューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」第2楽章。これがレコードで、強風に煽られて音飛びする演出が絶妙なのだ。またアルビノーニのアダージョとか、パッヘルベルのカノンなどが印象的。

「可愛い悪魔」の魅力はそれが内包する狂気である。これほど狂った大林映画を僕は他に知らない(「麗猫伝説」のSMシーン《白い肌に狂う鞭》も相当凄いけどね)。

1月30日(火)。今度はシネ・ヌーヴォで尾道三部作・外伝「日本純情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群 夕子悲しむ」を観た。

Futari

劇場公開は1988年だが、ぼくは一足お先にA MOVIE FESTIVAL ONOMICHI '87のプレミア上映を観ている。また広島県福山市鞆の浦でのロケ見学もしていて、南果歩・三浦友和・竹内力と一緒に写真を撮ってもらった(→こちら)。その後レーザーディスク(LD)やDVDで繰り返し鑑賞しているが、スクリーンで再見するのは映画祭以来、実に31年ぶり。

いろいろなことどもが脳裏に蘇ってきた。例えば時折登場するちんどん屋を演じるのは尾道商店街の中にあったジャズ喫茶TOM(監督が愛飲していたのはTOMソーダ)のマスターとその夫人。「今日は鞆の浦で撮影しているよ」と僕に教えてくれたのもTOMのマスターだった。

「麗猫伝説」には瀬戸内キネマ撮影所が登場。そして「おかしなふたり」で瀬戸内キネマは寂れた映画館に生まれ変わっている。

大林監督には「いつか見たジョン・ウェイン」という著書がある。

Itsuka

「おかしなふたり」で竹内力が着る潜水服はジョン・ウェインの映画「絶海の嵐」(ウェインが最後に巨大イカと格闘)と「怒涛の果て」(ウェインが巨大タコと格闘。そして全編ゲイル・ラッセルを熱く見つめ続ける)へのオマージュ。そして終盤延々と続く三浦友和&永島敏行の殴り合いはジョン・フォード監督が故郷アイルランドでウェインを撮った「静かなる男」への讃歌だ(スピルバーグ監督の「E.T.」で地球外生命体が酔っ払いながらテレビで観るのも「静かなる男」)。

それにしても本作において南果歩は女優として絶頂期だったなと改めて想う。特に1分52秒に及ぶ、物干し台に立つ彼女をクローズ・アップで捉えた長回しは奇跡のように美しい!この後、辻仁成、渡辺謙と相次いで結婚。2016年には乳がんの手術を受けた。色々あったけど、彼女には幸せになってもらいたいとスクリーンを見つめながら祈るような気持ちになった。

今回初めて気がついた事が幾つかあった。「ふたり」「あした」「異人たちとの夏」や、特に近年の作品で顕著だが、大林映画は生者と死者が当たり前のように同居している作品が多い。「おかしなふたり」の場合、現在と過去が渾然一体となっている。それは登場人物が過去を回想するフラッシュバックというよりは寧ろ、同時にそこにある。まるでフェリーニの「8 1/2」みたいに。

我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。(フェデリコ・フェリーニ)

20世紀フランスを代表する哲学者ジル・ドゥルーズは、その著書「シネマ」の中で、「8 1/2」やアラン・レネの「去年マリエンバートで」を論じ、それらを(チャップリン、キートン、ヒッチコックなど運動イメージを表す古典的映画に対して)時間イメージと名付けた。

そして正(まさ)しく「おかしなふたり」や「時をかける少女」も、時間イメージの映画であった(過去と現在が同時にそこにある時間イメージは、「転校生」の男女入れ替わりという設定をミックスさせ、新海誠監督「君の名は。」に継承されることになる。新海誠も紛れもなく《大林チルドレン》だ)。

「おかしなふたり」の室田夫婦(三浦友和・南果歩)とその娘は、ちっぽけなとある港町に閉じ込められている。そこでは時間が永劫回帰(by ニーチェ)している(ルイス・ブニュエル「皆殺しの天使」のように)。しかし、それって考えてみれば「時をかける少女」に於ける芳山和子(原田知世)の状況と同じだよね!「おかしなふたり」の最後、室田一家はボートを漕いで町(閉鎖空間)からの脱出に成功する。漸く時間は未来に向かって動きはじめる。このラストは大林映画「廃市」とそっくりだ(止まっていた主人公の懐中時計は水郷・柳川を離れると再び動き出す)。うわ〜っ、みんな繋がっていた!!

あとボートで目覚めた三浦友和が涙を流していることを新たに発見した。これも新海誠「君の名は。」みたいだ。

福永武彦の小説「廃市」で直之は「僕」にこう語る。

「いずれ地震か火事が起るか、そうすればこんな町は完全に廃市になってしまいますよ。この町は今でももう死んでいるんです。」

そして映画「おかしなふたり」で往年の映画スター・水城龍太郎は次のような台詞を喋る。

「ものくるほしくも、いつか見た夢、いつか見た映画。わたしは影でございます。スクリーンが燃えてなくなるとき、わたしの命もまた、ともに終わらねばなりません。あれが青春ならば、あれが愛ならば、わたしは単なる思い出。古い思い出に捕らわれて、わたしらはみんな、生きながら死んでいるのでございます。」

全く同じことを言っている。

瀬戸内キネマ炎上シーンは、後年公開されアカデミー外国語映画賞を受賞したイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」と奇しくも似ている。そして1台しかない映写機で「流し込み上映」をする点でも両者は一致している(詳しい解説はこちら)。

今年の正月に元・OBs広島のH氏から久しぶりに連絡を貰い、2月23-25日に開催される尾道映画祭に行くことになった(公式サイトはこちら)。H氏に会うのも、尾道を訪ねるのも、2000年に映画「マヌケ先生」にエキストラ出演して以来だから実に18年ぶり。まるで「はるか、ノスタルジィ」の綾瀬慎介(勝野洋)になったような、摩訶不思議な感じだ。というわけで映画「花筐」は尾道で観ます。

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2018年1月18日 (木)

映画「勝手にふるえてろ」と松岡茉優の変遷

評価:A+

Katte

映画公式サイトはこちら

松岡茉優、22歳。彼女が出演する映画を初めて観たのは「桐島、部活やめるってよ」(2012)だった。同年の「悪の教典」も観たが、全く記憶に残っていない。未だに彼女がどの役を演じたのか判らない。そんな影の薄い女だった。松岡茉優という名前を意識し始めたのは宮藤官九郎が脚本を書いたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013)からである。ちなみに彼女の役どころは全国の地元アイドルから選抜されたグループGMT47のリーダー・入間しおり。しかし「アメ女」センター役の足立梨花の方が断然可愛かった(GMT47は「アメ女」の2軍)。ここでの松岡の印象は”不細工な娘(こ)”。余談だがGMT47は当然AKB48のパロディで、後年結成されたAKB48:チーム8は逆にGMT47をモデルにしている。

彼女に対する評価が180度転換したのが映画「ちはやふる ー下の句ー」。クイーンとして眩いばかりに光り輝いていた。

さて、「勝手にふるえてろ」である。原作は史上最年少19歳という若さで芥川賞を受賞した「蹴りたい背中」の綿矢りさ、脚本・監督:大九明子。ガーリーパワー(女子力)が炸裂している。

無様でみっともない恋愛映画だ。でもそこが愛おしい。こんなタイプの作品、観たことない!特に後半、松岡が突然歌い出す場面(ミュージカル仕立て)は本当に痛々しく、本作の白眉である。彼女がダサ可愛くて最高だ。ヒロインの友人役を務める石橋杏奈もすごく良かった。

あとロックバンド「クイーン」のボーカリスト、故フレディ・マーキュリーをめぐるギャグには大爆笑したのだが、若い観客には理解出来たのだろうか?

本作は12月18日に公開されたので、昨年の映画。しかし拙ブログのベスト選や個人賞は既に発表してしまったので、今年の枠に無理やり入れることにする(大林宣彦監督「花筐」も同様)。そして現時点で2018年の主演女優賞は松岡茉優に決めた!余程のことがない限り、この決定が覆ることはないだろう。

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2018年1月13日 (土)

音楽を愛するすべての人へ!〜【本屋大賞】宮下奈都「羊と鋼の森」と大林映画「ふりむけば愛」

 森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。

最初の一文から一気に心を鷲掴みにされた。そしてこれは僕のために書かれた小説なのだという強い確信を持った。

宮下奈都(みやしたなつ)著「羊と鋼の森」は2016年に本屋大賞に選ばれた。また紀伊國屋書店のスタッフが全力で推すキノベス!でも堂々第1位に輝いた。現在東宝で映画化が進行中で、公開日は2018年6月8日を予定している。主演は山崎賢人。

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本屋大賞を受賞した時からずっと読みたいと思っていたのだが、1,620円もする単行本にはおいそれと手を出せなかった。漸く図書館で予約した順番が回ってきたので、いそいそと借りに行ったという次第。本を開くやいなやページをめくる手が止まらなくなった。なお文庫本(702円)は2018年2月9日に発売予定。

調律師の物語である。「羊と鋼の森」とは言うまでなくピアノの暗喩だ。「鋼」は弦(ピアノ線)のことであり、「羊」はハンマーヘッドを包む羊毛で出来たフェルトを指す。ハンマーが弦を叩くことで音が鳴る。つまりピアノは弦楽器であり、かつ打楽器なのだ。

主人公は高校の体育館で板鳥という調律師の仕事を間近に見て、そこに「森」を感じる。僕は頻繁にクラシック音楽の演奏会に足を運んでいるが、正直今までピアノの響きに「森」の気配を察知したことはない。しかしコンサートでしばしば「森」の中で彷徨している気分に浸る体験はあって、それは特にバロック・ヴァイオリンやバロック・チェロの音色に対してである。これら古楽器に張られているガット弦には羊の腸が使われている。また胴体(函)は木製だ。過去に僕が「森」について言及した記事を下に挙げておく。

音楽とは「森」である。臨床心理学者・河合隼雄はグリム童話などに登場する森は無意識のメタファーだと論じている。音楽もまた、無意識を表現する芸術だ。

調律師が主人公の小説ってすごく珍しい。他に思い浮かばない。よくよく考えて、一本の映画を想い出した。ジェームズ三木(脚本)、大林宣彦(監督)の「ふりむけば愛」(1978、東宝)だ。主演は山口百恵と三浦友和のゴールデンコンビ。

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「大林作品はピアノ映画だ!」と看破したのは映画評論家・石上三登志だが、本作で百恵はピアノ調律師を演じた。実は百恵・友和の出会いそのものが大林が演出したグリコCMだった。映画の題名は大林が「このふたりは、僕と5年近くコマーシャルをやっているうちに、幼なじみだったのがいつの間にか気がついたら恋人になっていたんだよな、フッと振り向いたらそこに恋人がいたんだよ」と言ったら、三木が「ああ、ふりむけば愛ですね、それで行きましょう」という会話から生まれた。サンフランシスコ・ロケの際に大林は早々と必要なカットを撮り終え、ふたりが自由に過ごせる日を丸一日設けてあげた。百恵が大阪厚生年金会館でのリサイタル中に「私が好きな人は、三浦友和さんです」とファンの前で恋人宣言するのは翌1979年である。

そしてな、な、何と、東宝映画「羊と鋼の森」で調律師・板鳥を演じるのは三浦友和なのである!!こんな偶然ってあり得る!?いやいや、これは必然に違いない。

予告編は公式サイトの"trailer"からどうぞ→こちら!大変美しい映像に仕上がっている。

物語の舞台となるのは北海道で、映画は旭川市でロケされた。小説執筆当時、宮下は家族と大雪山国立公園内にある富村牛(トムラウシ)集落@十勝管内新得町で1年間暮らしていたという(山村留学)。だから主人公の名前が外村(とむら)なのだ。

外村は仕事先の家庭でふたごの高校生姉妹と出会う。彼女たちの名前は「和音(かずね)」と「由仁(ゆに)」。和音(わおん)は言うまでもなくハーモニーであり、由仁はユニゾンだ。ハーモニーもユニゾンも一人で奏でることが出来ないところがミソ。ふたりでひとり。このふたごを映画では上白石萌音・萌歌の姉妹が演じる。萌音も萌歌も音楽に纏わる名前。何だか出来過ぎている。

小説の中で原民喜(はらたみき)が、こんな文体に憧れていると書いた一節が引用される。

明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体

板鳥はそんな音をつくり出すことを目指している。その想いは作者本人にも繋がっているだろう。

僕はこのブログで沢山のコンサートレビューを書いてきたが、つくづく音楽を文章で表現することの難しさを感じている。困難というよりも、殆ど不可能な作業である。そもそも作曲家というのは言葉に出来ない自分の想いを音符に託しているわけだから、土台無理なのだ。時には絶望的な気持ちにすらなる。宮下は本書でその不可能性に果敢に挑み、格闘し(藻掻い)ている。それが堪らなく愛おしい。

外村はドイツから来日した巨匠とも魔術師とも称されるピアニストを聴くために町のコンサートホールに行く。そのピアニストは板鳥に全幅の信頼を寄せている。板鳥が調律するのを眺めながら、彼は次のように述懐する。

 自分が迷子で、神様を求めてさまよっていたのだとわかる。迷子だったことにも気づかなかった。神様というのか、目印というのか。この音を求めていたのだ、と思う。この音があれば生きていける、とさえ思う。

僕もコンサートを聴いている最中に「音楽の神様がホールに舞い降りた」と直感する瞬間がある。しかしそれは数年に一度であり、滅多にあることではない。

コンサートの帰り道、外村は勤め先の楽器店の社長と次のような会話を交わす。

「こんな小さな町にいるよりも、もっと大きな場所で、たくさんの人の耳に触れるピアノを調律したほうが板鳥さんの腕を活かせるんじゃないでしょうか」
「ほんとにそう思うのかい。(中略)ここに素晴らしい音楽がある。辺鄙な町の人間にも、それを楽しむことはできるんだよ。むしろ、都会の人間が飛行機に乗って板鳥くんのピアノを聴きに来ればいい、くらいに私は思っているんだがね」

ここには地方に住む人間の挟持、気概がある。僕は確信した。宮下は東京に住んでいないと。調べてみると案の定、彼女は福井県福井市在住だった。

日本は今やクラシック音楽大国である。世界中の著名な音楽家が我が国に殺到し、飽食状態である。しかしそれは東京一極集中型であり、美味しい想いをしているのは関東の人々だけというのが実情だ。例えば昨年のベルリン・フィル来日公演もそうだったけれど、関東にだけ来てそのまま帰国する音楽家たちのなんと多いことか!大阪にすら来てくれない。東京都には9つのプロ・オーケストラがあるが、大阪府は4つ、京都府・兵庫県が1つ、滋賀県・奈良県・和歌山県は0である。日本の文化的「豊かさ」って一体、何なんだろう?とつくづく考えさせられる今日このごろである。

そんなこんなで共感することの多い小説だった。音楽を愛する全ての人々にお勧めしたい。特にピアノを習っていたり、吹奏楽部に所属する中学・高校生は是非読んでみて!

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2018年1月 5日 (金)

法師温泉への旅と、「彼のオートバイ、彼女の島」

年末から年始にかけ、群馬県の法師温泉へ3泊4日の旅をした。

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宿泊した長寿館の公式サイトはこちら

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法師温泉のことを初めて知ったのは1986年4月26日に公開された、大林宣彦監督による角川映画「彼のオートバイ、彼女の島」を劇場で観た時だった。原田知世の姉・貴和子と竹内力のデビュー作となった。それから31年という時を経て、漸く行ってみたいという想いを叶えることが出来たのである。

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「彼のオートバイ、彼女の島」は一旦105分の作品として完成したが、併映の角川春樹監督「キャバレー」の尺が長くなったため「もっと短くなりませんか」とプロデューサーから要請され、15分カットし90分の作品として完成した、監督曰く【心意気の映画】である。

当時、「月刊シナリオ」に掲載された関本郁夫によるシナリオを読んだが、ヒロイン・美代子(ミーヨ)は最後に交通事故に遭って死ぬ。功(コウ)が泣き叫びながらバイクで駆ける場面がラストシーンとなっていた。しかし完成版で事故はコウの想像に過ぎず、ミーヨは無事でふたりで記念写真を撮る場面で終わる。

法師温泉は旅先で出会ったコウとミーヨが、再会する場所として登場。原田貴和子のフルヌードに当時の観客は度肝を抜かれた。

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大林監督はこのシーンの演出意図について川端康成の小説「伊豆の踊子」で、共同浴場から素っ裸で飛び出してきた踊り子が主人公に何かを叫ぶ場面、

子供なんだ。私たちを見つけた喜びでまっ裸のまま日の光の中に飛びし、爪先きで背いっぱいに伸び上がるほどに子供なんだ。私は朗らかな喜びでことこと笑い続けた。

や、三島由紀夫「潮騒」で新治と初江が真っ裸で焚き火を挟んで向かい合う場面、

「初江!」
と若者が叫んだ。
「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」
少女は息せいてはいるが、清らかな弾んだ声で言った。裸の若者は躊躇しなかった。爪先に弾みをつけて、彼の炎に映えた体は、火の中へまっしぐらに飛び込んだ。

などを引用し、少女の純潔性(innocence)を表現したかったのだと語った。なお余談だが、この「潮騒」の場面は後の新・尾道三部作「あした」で高橋かおりと林泰文が再現することになる。

長寿館に泊まって初めて気が付いたのは、ここは国鉄「フルムーン」CMのロケ地でもあったこと。上原謙、高峰三枝子が出演し、放送当時(1981年)大変話題になった。

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動画で観たい方は→こちら! 実はこの作品のディレクターは、誰あろう大林宣彦なのである(音楽はラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 終楽章)。上原謙は後に原田知世主演「時をかける少女」(1983)にもゲスト出演している。また最近では映画「テルマエ・ロマエ II」もここで撮影されたとか。

法師の湯はこんな感じ。

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入って分かったのは、湯船は実際には4つしかない。その真中を丸太が仕切っている(丸太の下はいけいけになっている)。 また各々で水温が違い、写真左奥(窓側)の湯船が一番ヌルい。6歳になる息子を連れて行ったのだが、この一番ヌルい湯がお気に入りになり、ここばかり入っていた(1日5回×30分ずつ!)。因みに法師の湯は基本的に混浴。午後8時−10時のみ女性専用になる。

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近くにある赤沢スキー場でソリ遊びもして、息子も冬休みを満喫していた。また近い将来、是非再訪したい。

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2017年12月28日 (木)

2017年映画ベスト40 & 個人賞発表!

今年から新ルールを導入する。2017年に劇場で初公開された作品及び、Netflixなどインターネットで配信された映画を対象とする。ただし、「ザ・クラウン」「ハウス・オブ・カード」「マインド・ハンター」「侍女の物語(The Handmaid's Tale)」など連続ドラマは除外する。タイトルをクリックすれば過去に僕が書いたレビューに飛ぶ仕組み。

  1. ラ・ラ・ランド
  2. ブレードランナー2049
  3. ダンケルク
  4. 女神の見えざる手
  5. メッセージ
  6. 沈黙 サイレンス
  7. 夜は短し歩けよ乙女
  8. KUBO/クボ 二本の弦の秘密
  9. オクジャ/okja (Netflix配信)
  10. スター・ウォーズ/最後のジェダイ
  11. ブレンダンとケルズの秘密
  12. 三度目の殺人
  13. 美女と野獣(ディズニー実写版)
  14. ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ
  15. ドリーム
  16. IT/イット “それ”が見えたら、終わり。
  17. お嬢さん
  18. 美しい星
  19. モアナと海の伝説
  20. キングコング:髑髏島の巨神
  21. LION/ライオン
  22. ハクソー・リッジ
  23. エル ELLE
  24. 打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
  25. ボヤージュ・オブ・タイム
  26. 帝一の國
  27. ムーンライト
  28. 怪盗グルーのミニオン大脱走
  29. エタニティ 永遠の花たちへ
  30. セールスマン
  31. 3月のライオン
  32. gifted/ギフテッド
  33. マッドバウンド 哀しき友情 (Netflix配信)
  34. ヒトラーの忘れもの
  35. 否定と肯定
  36. ベイビー・ドライバー
  37. 怪物はささやく
  38. 劇場版 響け!ユーフォニアム〜届けたいメロディ〜
  39. ノクターナル・アニマルズ
  40. ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち
  41. 少女ファニーと運命の旅

今年は本当に面白い作品が多かった。だから従来よりも多い、ベスト40に膨れ上がった。例えばパク・チャヌク監督の「お嬢さん」が17位になってしまい、戸惑っている。文句なしに愉しめたし、ベスト10圏内に入るだろうと予想していたから。それだけ充実した年だったということだ。

総括として、映画を映画館で観る時代が終わろうとしているという切実な実感がある。今回のベスト40でもNetflix配信作品が2本入選した。また圏外だったが、アカデミー作品賞候補になった(主演男優賞・脚本賞受賞)「マンチェスター・バイ・ザ・シー 」はAmazon配給作品である。近い将来、新作映画はネット配信で観るのが当たり前という世界が間違いなく到来する。映画館で勝ち抜けるのはIMAXシアターなど特殊な上映環境のみであろう。それはシネコン普及により、町の単館映画館がことごとく駆逐されていった過去に似た状況だ。映画館でフィルム上映していた時代にはまだ生き残れる道があった。しかしデジタル上映に切り替わった今となっては、家庭の4Kテレビで観ても画質に大差ない。袋小路Dead - End. バイバイ。

久しぶりに個人賞も選んでみよう。

監督賞:ドゥニ・ヴィルヌーヴ(ブレードランナー2049メッセージ
アニメーション監督賞:トラヴィス・ナイト(KUBO/クボ 二本の弦の秘密
変態で賞:パク・チャヌク(お嬢さん)、ポール・バーホーベン(エル ELLE
スローモーション大杉で賞:メル・ギブソン(ハクソー・リッジ
悠久の時賞:トラン・アン・ユン(エタニティ 永遠の花たちへ
脚本賞(オリジナル):デイミアン・チャゼル(ラ・ラ・ランド
脚色賞(原作あり):上田誠(夜は短し歩けよ乙女
主演女優賞:ジェシカ・チャステイン(女神の見えざる手
主演男優賞:ライアン・ゴズリング(ラ・ラ・ランドブレードランナー2049
助演女優賞:キャリー・マリガン(マッドバウンド 哀しき友情
助演男優賞:イッセー尾形(沈黙 サイレンス
AI(Artificial Intelligence)/ホログラム演技賞:アナ・デ・アルマス(ブレードランナー2049
撮影賞:ロジャー・ディーキンス(ブレードランナー2049
編集賞:リー・スミス(ダンケルク
美術賞:デヴィッド・ワスコ、サンディ・レイノルズ・ワスコ(ラ・ラ・ランド
衣装デザイン賞:メアリー・ゾフレス(ラ・ラ・ランド
作曲賞:ジャスティン・ハーウィッツ(ラ・ラ・ランド
歌曲賞:米津玄師(作詞・作曲)「打上花火」(打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
録音・音響効果賞:ダンケルクのスタッフ一同
視覚効果賞:ブレードランナー2049のスタッフ一同
特別賞:湯浅政明〜【詭弁踊り】の創作に対して(夜は短し歩けよ乙女)デビルマン@Netflixも期待してます。

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