Cinema Paradiso

2017年5月26日 (金)

宝塚歌劇団演出家のエース、小池修一郎のライフワーク「ポーの一族」遂に始動!(主演:明日海りお)

2008年、僕は「蒼いくちづけ」と小池修一郎論の中で、こう書いた。

小池さんのドラキュラへの偏愛は今回よく分かった。是非お次は、萩尾望都の漫画「ポーの一族」をミュージカル化してください。

そしてその願いは遂に叶ったのである!宝塚歌劇団は2018年1月に花組で、小池修一郎作・演出によるミュージカル「ポーの一族」を上演すると発表した。

小池は以前より吸血鬼ものに並々ならぬ執着を示していた。バウホールの「蒼いくちづけ」、大劇場の「薔薇の封印」、そして「ローン・ウルフ」@バウは狼男の物語であり、そのバリエーションと言える。

今回の一連の報道で初めて知ったのだが、小池が萩尾望都に「ポーの一族」舞台化を初めて持ちかけたのは1985年だったという。彼の演出家デビュー作「ヴァレンチノ 〜愛の彷徨〜」バウ初演が1986年。つまりデビュー前から執念を燃やしていたことになる。いや、そりゃあ全く実績がなく、海の物とも山の物ともつかぬ若造から「ポーの一族」を手がけたいと言われても萩尾が断るのは当然だよな。それでも小池は諦めなかった。しつこく32年間も交渉を続けたのである。

漫画「ポーの一族」(小学館文庫)第1巻のあとがきを小池が書いていて(「バンパネラの封印」)、次のような一文から始まる。

私を宝塚歌劇団に送り込んだのは萩尾望都である。

激烈である。そして胸熱だ。しかし考えてみれば確かにヨーロッパを舞台にした「ポーの一族」を脚色・演出するチャンスがあるのは宝塚歌劇団しかない。劇団四季や大人計画では無理。正に彼のライフワークと言えるだろう。

僕が日本の漫画史上に燦然と輝く不朽の名作「ポーの一族」を読む切っ掛けを作ってくれたのは金子修介監督(平成ガメラシリーズ、「デスノート」)の「1999年の夏休み」だった。

1999_2

1988年に公開された映画で、深津絵里のデビュー作である(当時は水原里絵と名乗っていた)。山と森に囲まれ、世間から隔絶された全寮制の学校を舞台に、14、15歳の少年たちが織りなす愛憎劇。その4人の少年を少女が演じるというコンセプトが宝塚的であった。「1999年の夏休み」の原案が萩尾望都の「トーマの心臓」(映画にはクレジットされていない)。これで興味を持ち「トーマの心臓」を読んだらすこぶる面白かったので、続けて「ポーの一族」や「半神」に手を伸ばし、打ちのめされた

萩尾は今まで「ポーの一族」舞台化を拒んできたわけだが、「トーマの心臓」は劇団スタジオライフが繰り返し上演している(1996年初演)。「半神」は萩尾と劇作家・野田秀樹が台本を書き、夢の遊眠社が1986年に初演。劇団解散後、99年野田地図(NODA MAP)公演では深津絵里が出演している。2014年には韓国人キャストでも上演された。また宝塚歌劇団は萩尾の漫画「アメリカン・パイ」を原作に、バウ・ミュージカルとして上演している。

「ポーの一族」については粘り強い交渉の結果、遂に萩尾が折れたわけだが、それだけ待った甲斐はあった。小池は演出家として成熟し、エドガー役に明日海りおという、これ以上ない理想のキャスティングを得た。あとは肝心要の音楽だけだ(未発表)。もうここまで来たら世界を目指すしかない。その為にも僕の希望を述べておく。

  1. ジェラール・プレスギュルヴィック:小池演出「ロミオとジュリエット」の作曲家。宝塚歌劇オリジナル作品として小池の台本・演出「眠らない男 ナポレオン」も手掛けている。フランスの作曲家らしく、どんどん転調していく作風が耽美な「ポーの一族」の雰囲気にピッタリ。一押し!
  2. シルヴェスター・リーヴァイ:ハンガリーの作曲家。泣く子も黙る「エリザベート」「モーツァルト!」で余りにも有名。日本発のミュージカルでは遠藤周作原作「マリー・アントワネット M.A.」や「王家の紋章」を作曲。「マリー・アントワネット」はドイツのブレーメン、韓国、ハンガリーのブタペストでも上演された。
  3. フランク・ワイルドホーン:ブロードウェイ・ミュージカル「ジキル&ハイド」「スカーレット・ピンパーネル」で知られる。小池の台本・演出で「NEVER SAY GOODBY」「MITSUKO 〜愛は国境を超えて〜」を作曲。「NEVER SAY GOODBY」で出会った和央ようかと結婚。「デスノート THE MUSICAL」も傑作。
  4. リチャード・オベラッカー:小池台本・演出「グレート・ギャツビー」リニューアル版を作曲。"BANDSTAND"というミュージカルでブロードウェイ・デビューを果たした。

Bandstand

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大林宣彦(著)「いつか見た映画館」

大林宣彦監督が古(いにしえ)のハリウッド映画や日本映画のことを縦横無尽に語り下ろした「いつか見た映画館」(2016/11/01出版)を一気呵成に読破した。

Obs

上下2巻で総重量2Kg、1240ページを超える超大作。定価はな、な、なんと1万8千円+税!!辞書かっ!?

読者のみなさんは御存知の通り、僕は筋金入りの大林映画ファンである。

そんな僕でもこの値段にはおいそれと手を出せなかった。そこで図書館から借りるという戦術に転じた。しかし僕の住んでいる兵庫県宝塚市の図書館で蔵書検索をしても該当が見つからない。お隣の西宮市立図書館も×。それでも諦めず調査を続行し、漸く神戸市立図書館に入っていることを突き止めた!

冒頭の寄せ書きに応援メッセージを寄せたのが山田洋次監督(「男はつらいよ」シリーズ、「たそがれ清兵衛」)、高畑勲監督(「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」)、岩井俊二監督(「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「リップヴァンウィンクルの花嫁」)、犬童一心監督(「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」)、園子温監督(「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「新宿スワン」)といった錚々たるメンツで圧巻だ。

本篇は松竹系の衛星劇場で放送されている映画解説をまとめたもの。主題となっているのが太平洋戦争(第2次世界大戦)であり、紹介される映画も戦前・戦中・戦後直ぐ(アメリカン・ニューシネマ台頭前まで)が中心となっている。ただ下巻の終盤では話題が「原点としての無声映画」に移ってゆくのだが。

かつて映画の語り部として「日曜洋画劇場」の淀川長治がいた。しかし彼が亡くなり、ポジションがぽっかり空いてしまった。その穴を埋めるべく白羽の矢を立てられたのが大林監督だった。考えるに現代の映画の語り部といえば大林宣彦か、WOWOWの「町山智浩の映画塾!」やTBSラジオ「たまむすび」で《アメリカ流れ者》のコーナーを担当する町山智浩くらいしかいないだろう。

作品選択が実にユニーク。特にゲイリー・クーパーやジョン・ウェインが主演した西部劇が多数取り上げられているのだが、敢えて「西部の男」「真昼の決闘」「駅馬車」「捜索者」「赤い河」「リオ・ブラボー」といった有名どころは外されており、代わりに「ダラス」「北西騎馬警官隊」「コレヒドール戦記」「拳銃無宿」「マクリントック」などマニアックな作品ばかり選ばれている。フレッド・アステアも「トップ・ハット」「有頂天時代」「イースター・パレード」「バンド・ワゴン」ではなく、「スイング・ホテル」「ブロードウェイのバークレー夫妻」「土曜は貴方に」「晴れて今宵は」といった具合。8割は未見だったが、それでもすこぶる面白く読んだ。

ジョン・ウェイン(1907-1979)が生涯、密やかに愛した映画女優ゲイル・ラッセル。デュークは3度結婚したが、遂にラッセルと結ばれることはなかった。その晩年、病床の彼は彼女と共演した「怒涛の果て」(1948)のビデオを毎夜繰り返し見続けていたという(ラッセルはアルコール依存症となり、1961年、デュークより先に亡くなった。享年36歳)。何だか切ないね。

Angel

「イヴの総て」に出演したジョージ・サンダース(1906-1072)は友人のデイヴィッド・ニーブンによると、1937年(31歳)の時点で「僕は65歳になったら自殺するよ」と予告していたそうである。そして実際に65歳で睡眠薬自殺をした。遺書にはこう書き残されていたという。

Dear World, I am leaving because I am bored. I feel I have lived long enough. I am leaving you with your worries in this sweet cesspool. Good luck.
世界よ、退屈したからオサラバするよ。もう十分生きた。この素敵な糞溜めの中で、君たちが不安に頭を抱えたままにしておくよ。幸運を祈る。

かっけー!惚れた。

また「カサブランカ」のマイケル・カーティス監督がハンガリー・ブタペスト出身で、ハンガリー名がケルテース・ミハーイだということも全く知らなかった。彼は左翼思想を持つユダヤ人で、1918年には共産党のプロパガンダ映画を撮っている。しかし翌19年にハンガリーにおける共産主義革命が失敗したため、ドイツに亡命。後に米国に渡った。カーサ(casa)・ブランカ(blanc)=白い家。亡命を希望する様々な人種が集まるこの場所はハリウッドのメタファーでもあったのだ。それが「ラ・ラ・ランド」に繋がっていく。

伊福部昭が音楽を担当し、柳家金語楼が主演したサラリーマン映画「社長と女店員」(1948)で既に「ゴジラ」(1954)のテーマが使用されているという話も初めて本書で知った(動画はこちら)。またこの旋律はサスペンス映画「蜘蛛の街」(1950)でも用いられており、何度も使いまわした挙句、「ゴジラ」で漸く有名になったというのが実情のようだ。因みにこのテーマの原点は1948年6月(1月説もあり)に初演された「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」である。「社長と女店員」の公開日が1948年12月20日だから、ほんの少し後ということになる。

エロール・フリンが主演した映画「フォーサイト家の女」(1949)のラストシーンで視線が噛み合わない男女の別れが描かれるが、大林監督はこれを「時をかける少女」のエピローグ(深町との別れから11年後、大学の廊下での邂逅)に引用したと告白する。それがさらに2016年、新海誠監督「君の名は。」で再現されているわけだ(糸守町へ隕石が衝突してから8年後、雪の降る東京)。映画は繋がっている。尚、「君の名は。」については本書で言及されているわけではなく、僕自身の考察である。

2012年、ニューヨーク近代美術館MoMAでの大林監督の個人映画(8mm、16mmフィルム)上映後のティーチインで監督は集った若い観客たちに「君たちは映画に、何を求めますか?」と問うたという。2つの答えが帰ってきた。1つ目は【Never Give Up】……夢や希望を信じ、諦めない。2つ目は【Make Philosophy】……映画でことを考える。哲理を得る。正に「いつか見た映画館」はそういう本であり、改めて映画とは人生の教科書であり、知恵の宝庫だなぁと感じ入った次第である。

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2017年5月22日 (月)

夜明け告げるルーのうた

評価:B+

公式サイトはこちら

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湯浅政明は監督デビュー作「マインド・ゲーム」や、テレビ・アニメ「四畳半神話大系」(2作品とも文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞)を観れば判る通り、天才である。それは紛れもない事実だ。先月公開され、A+の評価をつけた「夜は短し歩けよ乙女」のレビューはこちら

湯浅作品の特徴を一言で評すなら「疾走する狂気」であろう。その世界観は毒気に満ち、過剰サイケデリックLSDなどの幻覚剤によって生じる幻覚や陶酔状態を想起させるさま)だ。ビートルズの傑作アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に収録された"Lucy in the Sky with Diamonds"を彷彿とさせる。頭文字を繋げるとLSDとなり、ジョン・レノンがドラッグを飲みラリって見た幻覚を歌っているとも言われる。

そのサイケさは確かに「夜明け告げるルーのうた」にも残り香のように漂ってはいるが、強烈な「マインド・ゲーム」と比べると、毒が薄まっている感は否めない。

湯浅監督は余りにも個性的すぎて、マニアックなファンはいるが一般受けしない。しかし本作は東宝配給だし、健全な少年少女にも何とか馴染めるものにしようと涙ぐましい努力をしている。つまり王道を目指しているという意図はよく判る。

ただね、皆が指摘しているように人魚と少年の出会いの物語は「崖の上のポニョ」だし、ルーのお父さんの造形は明らかにトトロ、または「パンダコパンダ」のパパンダだ。どうしても既視感があって新鮮味が乏しいと断じざるをえない。僕は言いたい。「湯浅さん、無理して一般客に媚びんなよ。ありのまま(Let It Go)でいいじゃんか」

結局、「夜は短し歩けよ乙女」はお世辞にもヒットしたと言えないし(僕は大好きだけど)、「夜明け告げるルーのうた」は平日19時5分からの上映回を観たが、観客はたった3人。閑古鳥が鳴いていた。

Netflixで配信予定の湯浅監督「デビルマン」に期待したい。今度は周囲の雑音を気にせず、伸び伸び羽ばたいてください。

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2017年5月15日 (月)

マンチェスター・バイ・ザ・シー

評価:B

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米アカデミー賞でオリジナル脚本賞・主演男優賞(ケイシー・アフレック←ベンアフの弟)を受賞。他に作品賞・監督賞・助演女優賞(ミシェル・ウィリアムズ)・助演男優賞(ルーカス・ヘッジズ)の計6部門でノミネートされた。公式サイトはこちら

「侘しい」映画だ。何ともやるせない。ただ最後に救いはある、そこはかとなく。寒々としたマンチェスター(アメリカ東海岸、ニューヨークやボストンより北)の風景がこの物語に似合っている。

脚本がしっかりしているから確かな手応えはある。でも好みじゃない。そういことだ。これは生理的な感情だからどうしようもない。

久しぶりにマシュー・ブロデリックを見た。ミュージカル映画「プロデューサーズ」(2005)以来?現在55歳。出演時間はたった5分位。小太りの冴えないおっさんに成り果てていた。

あと登場人物が全員白人というのが最近では非常に珍しいなと想った。主要キャストが4人いれば、少なくとも1人は黒人かアジア人、あるいはヒスパニックというのが昨今ハリウッド映画の主流(掟)になっている。ディズニー実写版「美女と野獣」もそうだし、「ラ・ラ・ランド」なんかちゃんとアフリカ系のジョン・レジェンドが出演しているのに(ライアン・ゴズリングの友人役)、それでも【白過ぎる】と非難された。

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2017年5月14日 (日)

【いつか見た大林映画】第1回「発端」(最新作「花筐」から「転校生」「時をかける少女」へタイムリープ)

今年4月、大林宣彦監督(79歳)のライフワークである檀一雄原作の映画「花筐(はなかたみ)」が完成し、都内で0号試写(スタッフ、キャストを中心とした内輪のみの上映)が行われた。2人のフィルムメーカーのツィートをご紹介しよう。

その関連記事を読んで初めて知ったのだが、2016年8月末、佐賀県唐津市での「花筐」のクランクイン直前に大林監督は「肺癌で余命6ヶ月」と宣告されたという。ところが病院から処方された新薬が劇的な効果をもたらし、ガンの進行は阻止され、撮影・編集を経て映画は無事仕上がった。また大林監督は2010年に突然の心臓発作で倒れ、左胸に「ペースメーカー」の埋め込み手術を受け、九死に一生を得ている。

劇場用映画デビュー作「HOUSE ハウス」(1977)より前に桂千穂による「花筐」のシナリオは既に完成しており、大林監督が最初からこれと、福永武彦の小説「草の花」を映画化したいと想い続けているという話はファンの間では有名で、僕も四半世紀以上前から知っていた。例えば映画「異人たちとの夏」(1988)の風間杜夫が住むマンションや、「ふたり」(1991)の石田ひかりの部屋の本棚には、密やかに「花筐」と「草の花」が並べて置かれていた(DVDでしっかり確認出来る)。

構想から40年という歳月を経て漸く大林映画「花筐」は実現した。しかし、これが遺作になる可能性が十分ある。覚悟はしておかなければならない。夢にまで見た大林映画「草の花」には、まだ間に合いますか?いや、もしかしたらもう無理かも知れない……。

居ても立ってもいられない気持ちになった。そして今こそ「僕の物語」を語っておかなければという切羽詰まった衝動に駆られたのである。

この不定期連載【いつか見た大林映画】が完結するまでどれくらい時間を要するか現時点では判らない。きっとライフワークになるだろう。僕はについて語ろうと想う。

たとえ肉体が滅んでも 人はいつまでも誰かの心の中に
その人への想いとともに 生き続けている
だから の物語は いつまでも語り続けなければならない
(映画「HOUSE ハウス」より)

僕と大林映画の出会いは、忘れもしない今から34年前ー1983年5月4日、日本テレビ「水曜ロードショー」で放送された「転校生 」だった。解説は”シベ超”(映画「シベリア超特急」)のマイク・ミズノこと、水野晴郎。大林宣彦自ら再編集し、タイトルにも「TV版」と付記して放送された。当時の大林監督の劇場用映画では冒頭部に必ず「A MOVIE」と表示されたが、本作の冒頭は「A TELEVISION」と銘打たれていた。また臨海学校に行く場面で、劇場版にはない音楽(シベリウス「カレリア」組曲〜行進曲)が追加されていたりもした。僕はこの時15歳、岡山県岡山市に住む高校1年生。遊びに行っていた祖母の家で観た。

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その頃は「駅馬車」「風と共に去りぬ」「嵐が丘(ウィリアム・ワイラー監督)」「北北西に進路を取れ」「第三の男」「赤い靴」「道」「太陽がいっぱい」「禁じられた遊び」「サウンド・オブ・ミュージック」など欧米の映画ばかり観ていた。しかし「転校生」のお陰で「日本の監督にも面白い映画を撮る人がいるんだな」と見直した。

初めて見るのに、何だか懐かしい広島県尾道市の風景。【尾道三部作】のスタートであり、【古里(ふるさと)映画】の原点でもある(「花筐」のシナリオも【唐津古里映画】と銘打たれている)。映画冒頭部と終結部は黒白(black and white)で、男女の入れ替わりが起こると総天然色(color)になる。これがMGM「オズの魔法使い」のひそみに倣ったということは後年知ることになる。因みに「時をかける少女」の原田知世の部屋には「オズの魔法使い」のジュディ・ガーランドのポスターが貼ってある。また「転校生」の主人公・一夫(尾美としのり)の家の塀には「駅馬車」のポスターが貼られており、これが時間の経過とともに「アパッチ砦」→「ラスト・シューティスト」と替わってゆく。3作ともジョン・ウエイン主演であり、「駅馬車」が出世作、「ラスト・シューティスト」が遺作になる。あと病弱で足の悪い少女を演じた柿崎澄子が何だか心に残った。柿崎は後に大林映画「さびしんぼう」や「姉妹坂」に出演し、「野ゆき山ゆき海べゆき」で芸能界を引退した。

この年の7月16日から角川映画「時をかける少女」が上映された。併映は薬師丸ひろ子、松田優作主演「探偵物語」。「転校生」がオン・エアされた時点で既に「時かけ」の予告編がばんばん巷に流布していたので「これは絶対観に行かねば」と心に決めた。【尾道三部作】の第二作になるとはゆめゆめ知らずに。

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夏休み、僕は天満屋バスステーション斜め向かいジョリービル地下にあった映画館「岡山セントラル」で「時かけ」を観た。ここは1991年9月27日に閉館した。

映画は「転校生」同様に黒白(black and white)で開始され、雪国の”不思議な星空”に流れ星が流れる。スキー合宿を終えた生徒たちは列車に乗り帰途に就く。すると車窓の菜の花畑が次第に色づきフルカラーとなってメイン・タイトル「時をかける少女」が出現、そこに原田知世のシルエットが浮かび上がる!もうここまで観た時点で、人いきれでむせ返る満席の映画館で僕は滂沱の涙を流していた。「青春デンデケデケデケ」で言うところの【電気的啓示(electric revelation)】を受けたのである。そして胸に誓った「この監督に僕は一生ついていこう」と。その少年の日の約束は34年を経たいまも守られている。

主題歌の作詞・作曲はユーミンこと松任谷由実、本編の音楽は旦那の松任谷正隆。実はこの劇伴、映画「ある日どこかで」のジョン・バリーの音楽にそっくりなのである。大林監督は事前に参考資料として「ある日どこかで」を正隆に観せていた。

「時をかける少女」は世紀の傑作であり、後の映画作家たちに多大な影響を与えた。例えば細田守監督の同名アニメーション映画は明白な大林版の続編である。原田知世演じる芳山和子は細田版で”魔女おばさん”として登場。細田は原田知世にその声をオファーしたのだが、断られている。そして大林は細田のことを「映画の血を分けた息子」と言っている。

ミュージカル仕立ての「時かけ」カーテンコールは正に至福の時と言えるだろう。ももいろクローバーZが主演し本広克行が監督した映画「幕が上がる」(2015) のエンドロールは完璧にそのオマージュに仕上がっている。ももクロのメンバーがフィックス(固定)されたカメラに向かって走ってきて微笑むラストシーンも「時かけ」の原田知世そっくりという念の入れようだ。

「時かけ」の最後、原田知世と高柳良一は11年後に再会するが、記憶が消去されており、互いに認識知ることが出来ない。大学の廊下ですれ違ってふと何かを感じるが、噛み合わない視線。それがそっくりそのまま新海誠監督「君の名は。」で再現されている。糸森町に隕石が衝突して8年後、雪の降る東京の場面である。そもそも「君の名は。」の男女入れ替わりは「転校生」を彷彿とさせるし、新海監督「秒速5センチメートル」の踏切のシーンも明らかに「転校生」の影響を受けている。

そうそう、この「時かけ」の11年後の場面で、逆ズームという撮影法が印象的に用いられている。これはスピルバーグが「ジョーズ」や「E.T.」でもやっているが、もともとはアルフレッド・ヒッチコック監督が「めまい」で生み出したもの(撮影監督はロバート・バークス)。日本で初めて試み、逆ズームと命名したのは大林監督である。

また大根仁監督「モテキ(TV版)」にも「時かけ」のパロディがあることを最後に付け加えておこう。

TO BE CONTINUED...

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2017年5月 9日 (火)

映画「3月のライオン」後編

評価:A

3

公式サイトはこちら。僕が書いた前編のレビューはこちら

実写映画版の前編はNHKで放送されたアニメ版の第1シリーズ(全22話)と物語の進行がほぼ一致する。後編の方は今年10月から放送予定のアニメ版 第2シリーズに相当するパートであり、しかも原作が完結していないので最後は映画オリジナル仕様だという。しかしそんなことは微塵も感じさせず、パーフェクトな大団円を迎えた。実に素晴らしい。特にクライマックスは3組の対決を同時進行で描くのだが、そのカットバック(=クロスカッティング:異なる場所で同時に起きている複数シーンのショットを交互につなぐ演出法)はまるでコッポラの「ゴッドファーザー」シリーズを彷彿とさせる。なんてゴージャス!

また役者が適材適所なんだよね。3姉妹のアンサンブルも見事だし、有村架純、伊藤英明、加瀬亮、佐々木蔵之介、伊勢谷友介らが画面の中でしっかりと生身の人間として息づいている。ただ、染谷将太演じる二階堂が映画では消化不足。慢性腎不全で幼少期から透析をしているという設定が全く生かされていないのが残念だった。

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2017年4月27日 (木)

アニメと怪獣〜サブカルチャーがカルチャーになる時

この記事を書こうと思い立った、ことの発端は僕の知人が以下のような趣旨をツィートしたことだった。

「キングコング:髑髏等の巨神」を観た。巷の評判ほど傑作ではないと思った。 そんな印象を映画オタクの友人に語ったら「おまえは最近レベル高い映画観すぎやねん。「ラ・ラ・ランド」とか「君の名は。」とかと比べるからあかん。キングコングはB級映画の傑作や、あれで充分やねん!」と言われた。

1979年、キネマ旬報ベストテンで宮崎駿監督の劇場映画デビュー作「ルパン三世カリオストロの城」(1979年度)に投票したのは60人の選者中1か2人だった。ところが2010年同じキネマ旬報社から刊行された「オールタイム・ベスト 映画遺産 アニメーション篇」の投票で「カリ城」はなんと第1位になったのである!!なんという変わり身の早さ。

Kine

因みに第2位「風の谷のナウシカ」、第3位「となりのトトロ」、第4位「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」だった。 この時、第7位になった高畑勲監督「太陽の王子 ホルスの大冒険」も公開当時(1968年)は歯牙にも掛けられず、正当な評価を受けることはなかった。つまり1980年代半ばまでアニメーションはお子様向けとバカにされていて、まともな映画として扱われず、恐らく映画評論家の殆どは試写会に足を運びすらしなかったであろう。

世間の風向きが変わり始めたのは「風の谷のナウシカ」(1984)の登場からである。この年、キネマ旬報ベストテンでナウシカは日本映画第7位/読者選出日本映画第1位に選ばれた。アニメーションが入選するのは史上初であった。そして「となりのトトロ」(1988年)は遂にキネ旬で堂々第1位となり、「千と千尋の神隠し」は米アカデミー賞を受賞し、宮﨑駿は天下を取った。

1980年代「最近の日本人は大人でも電車で漫画雑誌を読んでいる」と呆れ顔の外国人の談話が新聞記事になっているのをしばしば見かけた。しかし今はどうだろう?日本の漫画やアニメは世界に通用するコンテンツとして一目置かれ、日本政府・経済産業省によるクールジャパン戦略の核にもなっている。「攻殻機動隊」は映画「マトリックス」に多大な影響を与え、今年ハリウッドで実写映画化もされた。「AKIRA」「デスノート」「銃夢」などのハリウッド版も製作進行中だ。そして世界のアニメーターにとって宮﨑駿は今や「神」となった。

2016年、日本映画の話題を席巻したのはアニメーション「君の名は。」「この世界の片隅に」そして怪獣映画「シン・ゴジラ」だった。キネマ旬報ベストテンで日本映画の第1位が「この世界の片隅に」、第2位が「シン・ゴジラ」となり、「映画芸術」誌でも「この世界の片隅に」がベスト・ワンに選出された。また日本アカデミー賞では「シン・ゴジラ」が作品賞・監督賞など7部門で最優秀賞に輝いた。10年前では絶対に考えられなかったことだ。

日本の怪獣映画の史上最高傑作といえば本多猪四郎監督&円谷英二特技監督による「ゴジラ」(1954年版)であることは論を俟たない。誰も異論を挟む余地はないだろう。しかし初代「ゴジラ」はキネマ旬報ベストテンで全く相手にされなかったし、本多猪四郎監督は賞と無縁の人だった

Honda

ところが今や「ゴジラ」は世界中の人々から愛されるようになり、ハリウッドで既に2回映画化された。黒澤明監督「夢」に出演するために来日したマーティン・スコセッシ監督は撮影現場で「ミスター・ホンダはどこだ!」と叫び(本田は「夢」の演出補佐だった)、一緒に記念撮影を撮ったという。そしてギレルモ・デル・トロ監督「パシフィック・リム」の最後は「この映画をモンスター・マスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎に捧ぐ」という献辞が出てくる。

40年前はサブカルチャーB級子供騙しとしか見做されなかったアニメや怪獣映画が、いつの間にかカルチャーのど真ん中に立っていたのである。

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2017年4月26日 (水)

ディズニー実写版「美女と野獣」

評価:A+

Beautyandthebeast

完璧な実写映画だ。

アニメーション映画史上初めてアカデミー作品賞にノミネートされたディズニーの「美女と野獣」を1992年日本公開当時に僕は映画館で観ている。何と今から25年前!その後、歌が完成していながら制作中にカットされたナンバー「人間に戻りたい(Human Again)」が追加され、上映時間が8分長くなったIMAX版も2002年にサントリーミュージアム天保山@大阪(現在閉館)で観た。因みに「人間に戻りたい(Human Again)」はIMAX版より先にブロードウェイ・ミュージカル版で復活・上演されていた(1994年初演)。

今回の実写版は紛うことなきGay (LGBT:L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシュアル、T=トランスジェンダー) Movieである。ビル・コンドン監督、ガストン役のルーク・エヴァンズ、コグスワース役のイアン・マッケランはゲイであることをカミングアウトしている。ディズニーは確信犯だ。

ル・フウは明らかにゲイとして描かれているが直接的な描写は一切ないので、小中学生に観せても一向に構わないだろう。親御さんは安心して子どもたちを連れていけばいい。

振り返ってみると僕が初めて「アラビアのロレンス」(1962)や「太陽がいっぱい」(1960)を観た時は中学生だった。でもロレンスやリプリーがゲイだということは一切判らなかった。多分映画公開当時に気が付いた大人も殆どいなかっただろう(淀川長治氏を除いて)。隠された真実を見抜くまでに僕はかれこれ20年以上を要した。「ベン・ハー」(1959)の主人公とメッサラ、「マイ・フェア・レディ」(1964)のヒギンズ教授とピッカリング大佐がゲイ・カップルだということを知ったのもつい最近のことだ。

そういえば実写版「美女と野獣」冒頭でベルが歌うシーンは「マイ・フェア・レディ」におけるコヴェント・ガーデンの場面を彷彿とさせる。「マイ・フェア・レディ」のジョージ・キューカー監督はゲイであり、美術および衣装を担当したセシル・ビートンはバイセクシャルだった。

今回の「美女と野獣」は映像がレインボー(キャンディー)・カラーでカラフル。これはジャック・ドゥミ監督「シェルブールの雨傘」を想い起こさせる。因みにドゥミは「美女と野獣」の作詞家ハワード・アッシュマン同様、AIDSで亡くなっている。

音楽について。ティム・ライス(作詞)、アラン・メンケン(作曲)による3つの新曲がどれもいい!メンケン完全復活か!?ただ、「人間に戻りたい(Human Again)」がまた消えたのが哀しい。

僕は「プレミアム吹替版」で観たが、このキャストが超豪華!山崎育三郎(野獣)、昆夏美(ベル)、岩崎宏美(ポット夫人)、村井國夫(モーリス)、吉原光夫(ガストン)、島田歌穂(プリュメット)と舞台ミュージカル「レ・ミゼラブル」出演経験者が6人もいる。またルミエール役の成河(ソンハ)は山崎育三郎と共にウィーン・ミュージカル「エリザベート」2016年公演でルイジ・ルキーニのダブル・キャストを務めた。実力派揃いなのである。

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2017年4月24日 (月)

LION/ライオン ~25年目のただいま~

正直、この邦題ってどうなの??ある意味ネタバレだし。原題はシンプルにLIONだけど。GAGAのセンスを疑う。

GAGAの宣伝部は説明過多なんだよ。世界最悪と言われ笑いものになった「ラ・ラ・ランド」のポスターも酷かった。

Jap

詰め込み過ぎ!下品!!恥を知れ!!!

さて、

Lion

評価:A

「ライオン」は紛うことなき傑作。泣いた。アカデミー賞では作品賞・助演男優賞(デーヴ・パテール)・助演女優賞(ニコール・キッドマン)・脚色賞・撮影賞・作曲賞の6部門にノミネートされた。映画公式サイトはこちら。LIONの本当の意味は最後の最後に判る仕掛けになっている。

事実は小説より奇なり。インドでは毎年8万人以上の子どもたちが行方不明になっているという(映画のスーパーインポーズより)。本作でも人さらいが描かれているし、人身売買が当たり前のように行われている。5歳で迷子になり家族と生き別れ、オーストラリアに養子として引き取られた主人公の運命は過酷であるが、ものは見方次第であり、もし彼がそのままインドで生活を続けていたら肉体労働者を続けるしかなく、大学にも行けず母親同様に文盲(非識字)のままだった可能性も高い。どちらが彼にとって幸せだったろう?色々考えさせられた。

我々はどこから来て、どこへ行くのか?「私」とは一体、何者なのか?この映画のテーマは多かれ少なかれ私たち自身の問いでもあるだろう。つまり普遍性があるのだ。

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2017年4月19日 (水)

映画「 雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」/邦題について。

評価:B+

あの「ナイトクローラー」の記憶も新しい怪優ジェイク・ギレンホールの主演作である。公式サイトはこちら

Demo

原題はDemolition=解体・破壊という意味である。ブライアン・サイプが執筆し、2007年のBlack List(未だ映画化されていない優れたシナリオ)に載っていたものが15年に映画化された。因みに同年は「スラムドック・ミリオネア」「ダウト」「ビッグ・アイズ」「インビクタス/負けざる者たち」「ヒッチコック」「グローリー/明日への行進」等もリスト・アップされていた。

驚いたのは西川美和 脚本・監督「永い言い訳」との類似である。突然の妻の事故死、しかし夫は泣けず、悲劇の主人公の振りをする。そして心からの涙を流すまでの物語。そっくりだ。しかし結末に達するまでの過程が両者で全く異なる。そこに日米の違い、また作者の性の違いが如実に現れているところが面白い。ちなみに西川美和が書いた小説「永い言い訳」(直木賞/山本周五郎賞候補、本屋大賞ノミネート)が出版されたのは2015年2月。多分偶然の一致なのだろう(ただし、Black Listに掲載されていたシナリオを西川が入手して読んでいた可能性は100%否定出来ないが)。

困っちゃうのが邦題だ。意味不明。実はこれ、車の日除け(サンシェード/サンバイザー)から出てきた亡き妻のメモが由来となっている。

If it's rainy, You won't see me. If it's sunny, You'll Think of me.
雨の日だと、運転中に日よけを下ろさないからこのメモには気付かないわね。でももし晴れの日だったら、(メモを見つけて)私のことを想い出して。

しかしこれが「 雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」だと全く別の意味になって映画にそぐわない。配給会社ファントム・フィルムのセンスを疑う。

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