古典芸能に遊ぶ

【考察】「源氏物語」で紐解く古代日本人の深層心理と、その生活様式

僕は20歳を過ぎた頃から、折角日本に生まれたのだからいつか紫式部『源氏物語』は読まなければならないと切実に思い、しかしその余りの長大さ(文庫本で10巻)に繰り返し挫折してきた。漫画だったら読めるんじゃないかと考えて大和和紀『あさきゆめみし』にも挑戦したのだが、光源氏が須磨に退去した辺りであえなく音を上げた。次々と登場する女君がみな同じ顔に見えて、途中で混乱してわけがわからなくなってしまったのだ。小説の量が膨大過ぎて歯が立たないという経験はマルセル・プルースト『失われた時を求めて』に似ている。『失われた…』は何度挑戦しても第1巻より先に進まない(しかし未だ、諦めてはいない)。

『源氏物語』現代語訳として与謝野晶子、谷崎潤一郎(生涯に3度)、円地文子、田辺聖子、橋本治、瀬戸内寂聴ら錚々たる文学者が取り組んでいる。今回、僕が愛読している小説『対岸の火事』『八日目の蝉』『紙の月』や『愛が何だ』を書いた角田光代が訳したということで早速手にとってみると、兎に角スラスラ読めて驚いた!約2、3ヶ月で呆気なく通読出来た。女優・美村里江(旧芸名:ミムラ)も高校時代、谷崎潤一郎の現代語訳で挫折したが角田光代訳で漸く読破したとラジオで語った(こちら)。これに気を良くして僕は『あさきゆめみし』にも再度挑み、今度は完走した。さらに光源氏の死後(下巻)の部分は谷崎訳も目を通した。

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藤原俊成は鎌倉初期の建久四年(1193年)に開催された歌合で「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事也」と言った。

平安時代、『古今和歌集』(905年)より後に成立したと考えられる『伊勢物語』は歌物語である。その影響が色濃い『源氏物語』(1010年頃)でも沢山和歌が詠まれており、歌物語的性格がある。特に『古今集』からの引用が非常に多いので、『源氏物語』の前に、高田祐彦(訳注)『古今和歌集』(角川文庫)を読まれておくことをお勧めする。なお新海誠監督(中央大学 文学部文学科国文学専攻)のアニメーション映画『君の名は。』や『天気の子』は沢山の歌が挿入されているが、これは王朝文学の影響と思われる。

また副読本として臨床心理学者・河合隼雄の『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』(岩波現代文庫)と、大野晋(国語学者)×丸谷才一(小説家)の対談本『光る源氏の物語』(中公文庫)上下巻がとても参考になった。当時の風俗を知るという意味で『あさきゆめみし』も十分価値がある。

現代人が『源氏物語』を読むに当たり、まず受け入れがたいのが光源氏の華麗なる女遍歴であろう。精力絶倫と言うか、稀に見るプレイボーイぶりである。

京都大学および国際日本文化研究センター教授を定年退官後(65歳)初めて『源氏物語』を通読したという河合隼雄は『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』で次のように述べている。

 恥ずかしいことであるが、私は長い間『源氏物語』を読んだことがなかった。若いときに、人並みに挑戦ーといっても現代語訳であるがーを試みたが、「須磨」に至るまでに挫折した。青年期にはロマンチックな恋愛に憧れていたので、それとまったく異なる男女関係のあり方が理解できなかったのである。それは端的に言って、「馬鹿くさい」と感じられたほどであった。次から次へと女性と関係をもつ光源氏のあり方には、腹立ちさえ覚えたのである。

僕も20代の頃に、同様な感想を持った。しかし時代背景をしっかり鑑みなければならない。

平安時代の平均寿命は男性33歳、女性27歳ぐらいだったと言われている。出産時に亡くなる女性の割合が高く、また乳児死亡率も高かった。

例えば2017年の日本における乳児死亡率は(1000人比で)1.9。江戸時代の記録はないが、1918年(大正7年)は188.6だった。つまり5人生まれたら1人は死んでいたことになる。因みに大正時代の平均寿命は43歳。それより寿命がもっと短い古代は推して知るべしだろう。江戸時代において生後1年までの死亡率は20-25%と推定されている。

佐藤千春の報告(『栄花物語のお産』日本医事新報)によると、平安時代は経産婦47人中11人、実に23.4%がお産で亡くなっているという。つまり当時、子供を生むのは命懸けだった。実際のところ、光源氏の母・桐壺更衣は出産後に体調が思わしくなく源氏が3歳の時に亡くなり、源氏の正妻・葵の上も夕霧を出産直後に命を落とす。

生物に課せられた使命は「種の保存」である。人工を減らさないためには男女1組あたり、2名の子供を成人になるまで育てなければいけない。ましてや天皇や貴族の場合、跡取りとして健康な男児が必要だった。しかし死亡率などから概算すると、平安時代の男性は1人あたり平均3−4人子作りする必要があった。光源氏が残した子供は3人。①葵の上ー夕霧 ②藤壺の宮ー冷泉帝 ③明石の方ー明石の君 である。決して多くはなく、標準的と言えるだろう。

生来、男に浮気性が多いのは生物学的必然である。種馬の如くせっせと種を植えなければ自分のDNAを後世に残すことが出来ない。しかしその辺の事情は近代医学の進歩で変わってきた。一方、女性の場合は一旦妊娠すると出産を経て産褥期が終わるまで約1年かかるわけで、男と比較して(子供の)生産性が高くない。だから生物学的に浮気をする謂れもない。世界にハーレムとか大奥というシステムが出来たのも上述したような理由からであろう。

平安時代において死因の三大疾患は①結核 54% ②脚気 20% ③皮膚病 10%だった。結核の原因は栄養失調。脚気はビタミンB1の欠乏。古代人は肉を食べなかったので慢性的にタンパク質が不足していた。宇治十帖に登場する大君(おおいきみ)の死因は神経性食欲不振症(摂食障害)と考えられる。皮膚病の原因は不衛生。平安時代の貴族は月に4−5回しか入浴しなかった。それも当時はお湯を沸かして室内を蒸気で満たしたサウナ風呂で、殆ど体を洗わない。入浴日は占いによる吉兆で決めていた。縁起の悪い日に入浴して垢を落とすと、毛穴ら邪気が入り込み命を失うと信じられていたという。裸では入らず「湯帷子」(ゆかたびら)という単衣を着用し、簀の上に敷物を敷いてその上に座る。これがゆかた風呂敷の語源である。裸で湯に浸かるようになったのは江戸時代以降である

また女性が長い髪の全体を洗うのは、多く見積もっても月一回程度だったようだ。『源氏物語』には宇治の中君が洗髪する場面があり、神無月(十月)に洗髪することは禁忌である旨が書かれている。つまり当時、お香が流行ったのは、(西洋の香水と同様に)体臭を消すという目的が大きかったんじゃないかな?因みに全長2mを超える髪を洗って乾かすまでは、朝から日暮れまで一日がかりだったとか。

平安時代の日本人は現在に生きる我々同様、宗教に対して鷹揚だった。『源氏物語』で朱雀帝はまず天皇として登場する。しかし32歳で冷泉帝に譲位し上皇となり、後に出家する(その際に娘である女三宮を光源氏に降嫁させる)。天皇は一応、天照大神(アマテラスオオミカミ)の末裔という設定になっており、神道のトップに立つ存在だ。その人が仏教に帰依するって矛盾してない?考えてみれば天武天皇の発願で奈良の大仏が建立されたというのも、おかしな話である。

また朝顔の姫君は斎院(さいいん)を努めた。斎院とは伊勢の斎宮(さいぐう)と同様に、平安時代から鎌倉時代にかけて京都の賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)に奉仕した未婚の内親王または女王である。しかし彼女も後に出家して尼になる。神に仕える巫女が仏に宗旨変え??皆いいかげん、テキトーである。まぁこのおおらかさが、日本人らしいと言えるだろう。なお当時、女性の出家は坊主にせず、肩口で切りそろえる程度だった。それを「肩そぎ」あるいは「尼削ぎ」と言った。 現在でいうところのセミロング、おかっぱ頭である。

平安朝の人々は「末法(まっぽう)」という終末思想に囚われていた。仏の教えが世間に行き渡らず、衰退してしまうとされる時代のこと(ノストラダムスの大予言みたいなものだ)。 永承七年(1052)に「末法」が到来するというのである。死後への不安から、天皇や貴族も仏教に帰依し、極楽往生を願った。『源氏物語』に登場する女たちの7割方が出家するのもそのためである。光源氏や薫も出家したいと話す。そして末法元年の翌年(1053)に建立されたのが宇治平等院鳳凰堂である。 小説が書かれた時点で平等院はなかった。

六条御息所の面白いのは生霊として人(夕顔/葵の上)を取り殺すところにある。それも無意識にだ。死後もこの世を彷徨い、紫の上や女三宮に取り付く。

平安時代の人々は生きている状態で魂(たましい)が肉体から遊離すると考えていた。これは精神(理性)と欲望(本能=自然に近い状態)との分離を目指した西洋と対照的な観念である。

古今和歌集 九七七番を見てみよう。

身をすてて行きやしにけむ思ふよりほかなるものは心なりけり
(我が身を捨てて心だけは知らないうちにそちらへ行っていたのでしょうか。自分の思いと別にあるものは心だったのです

また九九二番、

    女ともだちと物語して、別れてのちにつかはしける
飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する
(いくら語り合っても満ち足りない。お別れしても、あなたの袖の中に入ってしまったのでしょうか、私の魂が手元から消え失せたような気持ちがします)

他に離別歌 三七三番、

    あづまの方へまかりける人に、よみてつかはしける
思へども身をしわけねば目に見えぬ心を君にたぐへてぞやる

(あなたのことを思っても、身体を分けてついてゆくことは出来ません。だから目に見えない心をあなたに寄り添わせて遣わします)

恋歌 六一九番、

よるべなみ身をこそ遠くへだてつれ心は君が影となりにき
(あなたのそばに身を寄せるところがないので、身体は遠く離れているけれど、心はあなたの影になって寄り添っていました)

などがある。つまり遊離魂は〈影〉そのものだった。ここに古代日本人の心のあり方が読み取れる。

光源氏、頭の中将、匂宮、薫ら『源氏物語』に登場する男たちはよく泣く。〈男らしさ〉とは一体何なのだろう?僕らはそろそろ、そういった(武家社会時代に形成された)固定概念から開放されるべきだ。

米国の人類学者ルース・ベネディクトは著書『菊と刀』(1946)の中で、西洋は〈罪の文化〉で、日本は〈恥の文化〉だと分類した。〈恥の文化〉とは他者の非難や嘲笑を恐れて自らの行動を律することを指す。

光源氏は〈世間体〉を気にしている。後朝(きぬぎぬ)の別れでも、人目に触れないように女の家から極めて早朝に発ったりする。個人主義(Going my way)ではなく、〈場〉の雰囲気を毀さないよう、〈空気を読む〉ことに腐心している。

また六条の御息所が生霊となり、最後は鬼になるのは〈恥〉をかいたからだ。浮舟とその母も、他人に侮られるとか、物笑いのたねになることをすごく気にしている。

結局、千年経っても人の心のあり方は少しも変わらない。進化したのは社会保障、司法、医療、教育などの〈システム〉や〈科学技術〉であり、人間そのものではない。21世紀に生きる僕たちでもちゃんと『源氏物語』の感情に共感し、寄り添える。薫ー大君ー浮舟の関係性が、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「めまい」の構造(スコティーマデリンージュディ)と全く同じだと気付いた時には驚いた。

『源氏物語』はマザー・コンプレックスの話であるとも言える。母性社会日本に相応しい(欧米諸国は父性原理で動いている)。光源氏が慕う藤壺の宮は源氏の母・桐壺更衣に生き写しと描写される。つまり母+アニマ(男性が抱く内なる女性像)。一方、源氏が幼少期から育てる紫の上は藤壺の宮の姪で、藤壺に似ている。つまり母+アニマ+娘の役割を果たす。

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河合隼雄『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』より

さて次に『源氏物語』最大の謎に目を向けよう。光源氏とは一体、何者だったのか?

角田光代は中巻の「訳者あとがき」に次のように書いている。

 上巻で、ずっと光君という人を追いながら、私にはどうしてもその顔が見えなかった。神のような、神の子のような、あるいは運命というものの象徴としての存在のような、人間的なものから離れた何かのようにしか思えなかった。

『源氏物語幻想交響絵巻』を作曲した冨田勲(故人)も、「私は源氏物語を読んでいて、光源氏の顔が全く思い浮かばないんです」と語った。

僕が思うに、光源氏とはプラネタリウムの光源(投影機から発する光)のような存在と言えるのではないだろうか。そして天井の曲面スクリーン一杯に写し出される数々の星座が女君たちというわけ。光源氏は様々な女性たちの生き様を浮かび上がらせるための装置であり、実体がない。だから実写映画やテレビドラマで『源氏物語』は成功しない。生身の男優が演じてもリアリティに欠けるのである。むしろ宝塚の男役が相応しい。

河合隼雄はこの仕掛を「マンダラ」と呼んだ。

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河合隼雄『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』より

光源氏の輝きは、太陽(昼)というよりは月(夜)に近い。紫の上が詠んだ歌、

氷閉ぢ石間の水はゆきなやみ空澄む月のかげぞながるる

「石間(いしま)の水」は遣水のこと。上の句は幽閉された自分自身のことを指し、下の句は自由戀愛を謳歌する光源氏のメタファー。つまり「光」=「月光(つきかげ)」なのである。とすると月読命(ツクヨミ)のイメージが重ねられていると解釈することが出来るだろう(天照大神と須佐之男とで三姉弟)。

菅原孝標女が『源氏物語』に夢中だった少女時代を振り返って(平安時代中頃に) 書いた『更級日記』には次のような一文がある。

「われはこのごろわろきぞかし。盛りにならば、かたちも限りなくよく、髪もいみじく長くなりなむ。光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ。」と思ひける心、まづいとはかなくあさまし。
(「私はいまのところ器量が悪いけれど、女盛りの時期を迎えれば顔貌も限りなく良くなり、髪もとても長く伸びるでしょう。光源氏が愛した夕顔や、薫君が愛した浮舟のようにこそ未来の自分はありたいものだわ」と思っていた心はむなしく、みっともない限りだ)

『源氏物語』の現代語訳をした円地文子は『源氏物語のヒロインたち』という対談本の中で夕顔について次のような所感を述べている。

どこか遊女性がありますね。娼婦性っていうのかしら。そういうものはあると思いますよ。

この小説はさながら、〈平安時代の女性コレクション〉という絢爛豪華なショーを見ているかのようだ。女性図鑑・カタログ・絵巻と言い換えても良い。

角田光代はこちらのインタビューで次のように語っている。

もし紫式部がこれを全部一人で書いたという前提で考えるのならば、私はたぶん作者が意図して自分のコントロール下で書き進められたのは「明石」の帖までだと思うんですよ。「明石」以降はちょっと自分でも思いもよらないほうにいってしまって、物語や登場人物が勝手に歩いていっちゃって、ときどきコントロールするために短い挿話を差し込んでいるんだけど、物語の大きな流れはたぶん作者の手を離れちゃったんじゃないかなという印象があるんですよね。

書き手として私が考えるのは、小説というのはたぶん自分ができるすべての力を注いでつくったとしても、できるのは百パーセントまでで──それすらも難しいんですけども──それ以上は絶対にいかないと思っていたんですね。でも小説が百パーセント以上の力を発揮することがあって、それは作者じゃなくて、小説に宿った力がそうさせることがごく稀にあるとなんとなく考えていたんです。それの超弩級版がまさにこの『源氏物語』じゃないかなって、最近は思っています。

(中略)女たちのほうが勝手に生き生きと息づきはじめてしまったのかもしれない。それも作者の思惑を超えて、のような気がします。 

松尾芭蕉に「紅梅や見ぬ恋作る玉簾」という俳句がある。平安時代の貴族の男女の出会いは〈見ぬ恋〉であった。寝殿造りは御簾(みす)や几帳(きちょう)、屏風で女の姿を隠し、外部から目に触れないようにしていた。だから「どこそこの家の娘は大層別嬪さんらしい」という噂は耳にすれど、実際に垣間見ることはほぼ不可能であった。通い婚だった当時は、初夜に至るまで互いに顔を知らず、しかも逢瀬は真っ暗なので相手の顔も見えず、事が終わってから昇ってきた朝日で漸く容姿が確認出来るというのが通常であった。だから事後に「しまった!こんな筈じゃなかった」と後悔することも当然あるわけで、『源氏物語』第六帳〈末摘花〉でもそんな顛末が面白おかしく書かれている。

20世紀フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは著書『親族の基本構造』の中で、オーストラリアの原住民らを研究し、近親相姦の禁忌と、母方交叉イトコ婚が推奨されるのは何故かを解明した。そこには〈女性の交換〉という原理があった。人間社会の基本はコミュニケーションであり、それは言葉や物(お金を含む)を交換することにある

平安貴族にとっても、娘=交換価値であった。その最高の価値は入内し、中宮として天皇に寵愛され、嫡男を生み、その男児が春宮→天皇という道を進むことであった。藤原道長はそうして摂政となり、一族は栄華を極めた。

つまり、いかにして地位の高い男を婿に迎えるかということが彼らにとって最も重要事項であり、見ぬ恋〉 は 娘=交換価値 を高めるために必要であったと言えるだろう。

最後に。『源氏物語』上巻を読んでいる途中で、「おや?」と引っ掛かった。明らかに欠落部分があると感じたのである。光源氏と藤壺の二回目の秘密の逢瀬が描写されるが、一回目については全く言及されない。また六条御息所が唐突に登場し、源氏との馴れ初めが書かれていない。この疑問は後に、大野晋×丸谷才一の対談本『光る源氏の物語』を読んで解消された。

藤原定家(1162-1241:小倉百人一首撰者)の書いた注釈書のなかに「一説には 巻第二 かゝやく日の宮 このまきもとよりなし」とある。つまり『輝く日の宮』という巻が元々あったが、定家の時代に既に失われていた可能性が示唆される。

丸谷は紫式部のパトロン・藤原道長の意向で削除されたという説を述べており、興味深い。脱落したこの巻を補う丸谷の同名小説も読んだ。また瀬戸内寂聴も同様の趣旨で小説『藤壺』を書いている。

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新型コロナウィルスと”浮草稼業“

新型コロナウィルス感染症の影響で、どんどんコンサートや各種イベントが中止に追い込まれている。2020年2月26日(水)、Perfumeが予定していた東京ドーム公演の2日目が中止された。開演5時間前の決定だった。新聞記事によると東京ドームのキャンセル料は実損2億円だという。

僕は2月29日(土)に兵庫県立芸術文化センターでフィンランドの俊英サントゥ=マティアス・ロウヴァリが指揮するエーテボリ交響楽団を聴く予定だったが、26日夕方に公演中止がアナウンスされた。なんとオーケストラの楽員は既に、遥々スウェーデンから日本に到着していた。一度も演奏することなく帰国することになった彼らがとても気の毒だ。

また37()8()にびわ湖ホールで上演される予定だったワーグナーのオペラ「神々の黄昏」も中止が決定された。「ニーベルングの指環」4部作を4年間かけて上演する大プロジェクトの最後を飾る筈の作品だった。チケットは既に購入しており、無念で仕方ない。

びわ湖ホールは赤字経営で滋賀県は毎年、11億円という助成金を出している。「神々の黄昏」の制作費は1億6千万円。その収益が0になった。果たして今後も存続出来るのだろうか!?

東京・帝国劇場や大阪・梅田芸術劇場、宝塚大劇場、劇団四季の全国の劇場もこの先2週間前後の公演中止を決定した。

さて、ミュージカル「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャンを演じたこともある某役者が、新型コロナ騒動に関して「文化、芸術だって経済を動かしている。劇場公演を中止するのなら、電車も止めろ」とツィートしている。また映画「蜜蜂と遠雷」でサウンド・トラック制作にも参加した某ピアニストは、「政府の要請を受け音楽業界は大騒ぎ、中止や公演延期が次々発表されていく。その一方、都内のラッシュ時に電車は相変わらず満員で、駅は大混雑。ウィルス拡散防止のバランスはこれでいいの?」という旨をSNSで呟いている。

呆れてしまった。そしてその直後からこみ上げてくる笑い。彼らは自分たちの職業が、”浮草稼業”であるという自覚がないのだろうか?

物事には優先順位がある。生命の危機に晒された緊急事態にまずカットされるのは音楽や芸能活動、娯楽、つまり全てひっくるめてAmusement & Entertainmentであることは仕方がないことだ。人が生きていく上で音楽や芝居がなくても差し障りはない(この際、”心の豊かさ”は二の次。そんな余裕はない)。

しかし首都圏の電車を止めたらどうなる?(職員の通勤に支障をきたし)霞が関や病院が機能しなくなっても構わないのか?電気やガスが止まって良いとでも?食料の流通もままならなくなる。ライフラインと芸能活動を等価で語るのは非常識だろう。

そもそも安倍総理は大規模なイベントの中止・延期を「要望(リクエスト)」しているのであって、これは行政命令ではない。主催者が総理の意向を忖度(そんたく)しているに過ぎない。あるいは日本人の特徴である同調圧力と言い換えることも出来る。強制力はないのだから「右にならえ」せず、したい者は信念を持って公演を続行すればいい。

上方落語界で唯一の人間国宝だった故・桂米朝は弟子入りした折、師匠の米團治から次のように言われたという。

「芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良いの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。ねうちは世間がきめてくれる。ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで」

音楽家にしろ役者にしろ「米一粒、釘一本もよう作らん」身の上であり、「ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない」のも全く同じだろう。そういう”浮草稼業”でありながら、噺家と違って彼らに欠けているのは末路哀れという「覚悟」なのではないか?浮世離れしているというか、頭の中がお花畑なのだ。

こうした常識外れな音楽家たちの生態を見事に描き出したのが漫画「のだめカンタービレ」である。登場人物たちは全員、社会性が欠如した奇人・変人ばかり。でも芸術家って、きっとそれでいいのだ。世間は彼らの突出した才能だけすくい取って、消費する。そういう社会システムになっている。

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鶴瓶・仁智「笑福亭に乾杯!」&「笑福亭鶴笑一門会 in 町家」

12月15日(日)神戸喜楽館@新開地へ。

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  • 笑福亭たま:ぐつぐつ(柳家小ゑん 作)
  • 笑福亭鶴二:御神酒徳利
  • 笑福亭仁智:いくじい(仁智 作)
  • 笑福亭鶴笑:SDGsを入れた環境落語「ゴミ怪獣の地球破壊」
  • 笑福亭鶴瓶:徂徠豆腐

「ぐつぐつ」はおでん達が主人公の奇想天外な新作。面白い!

「御神酒徳利」は二つの型があり、鶴二は柳家小さんが演っていた別名「占い八百屋」の方のようだ。

「いくじぃ」は嘗て、やんちゃをしていた「源太と兄貴」シリーズの後日譚。仁智の新作は庶民的で、「寅さん」シリーズのような味わいがある。

鶴笑のパペット落語の演出は結局、「立体西遊記」「義経千本桜」「時ゴジラ」などみんな同じで、今回の「ゴミ怪獣の地球破壊」もご多分に漏れないのだけれど、まぁ何度観ても爆笑だわ。ちなみにSDGsって「持続可能な開発目標」のことなのだそうだ。詳しくは外務省のサイトへ。

鶴瓶の「徂徠豆腐」を聴くのはこれが三回目。

12月21日(土)神足ふれあい町家@長岡京へ。

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  • 笑福亭鶴笑:絵本読み聞かせ
  • 笑福亭笑生:桃太郎
  • ぱふく亭レモン:住吉駕籠
  • 笑福亭鶴笑:ラーメン屋
  • ぱふく亭パペット:狸の札
  • 笑福亭笑利:八五郎坊主

笑福亭笑生(しょうき)は以前、福井県住みます芸人「クレヨンいとう」(吉本興業所属)として活躍していたらしい。現在37歳。この11月30日に福井で命名式と落語家デビューを果たしたばかり。

ちょっと残念だったのは鶴笑のパペット落語がなかったこと。チラシには笑福亭つる吉とあったが、恐らく笑生の出演が急遽決まったため、取り止めとなったのだろう。絵本の読み聞かせは、「おおかみだあ!」や「つきよのかいじゅう」が取り上げられた。鶴笑の絶妙な語り口で、会場の子供たちは大喜び。沸きに沸いた。

「ラーメン屋」は五代目古今亭今輔の噺で、五街道雲助はこれを改作し「夜鷹そば屋」として演じている。いや〜しかし、人情噺よりもパペット落語が観たかった。

トリの笑利もパペットを使わない古典落語だったので意表を突かれた(チラシと違う)。でも上手かった。

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柳家喬太郎なにわ独演会(昼・夜 通し)

9月14日(土)ドーンセンター・ホール@大阪市へ。柳家喬太郎の独演会を昼・夜 通しで聴く。

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昼の部

  • 林家八楽:からぬけ
  • 柳家喬太郎:初音の鼓
  • 柳家喬太郎:午後の保健室(喬太郎作)
  • 林家二楽・八楽:紙切り
  • 柳家喬太郎:縁切榎

夜の部

  • 林家八楽:子ほめ
  • 柳家喬太郎:親子酒
  • 柳家喬太郎:稲葉さんの大冒険(三遊亭圓丈作)
  • 林家二楽・八楽:紙切り
  • 柳家喬太郎:心眼

一席目と二席目の間に一旦舞台から退出する喬太郎。「一々高座をおりずに続けて演れば良いようなものですが、こういうのを専門用語で〈気を取り直す〉と申します」と(勿論、出鱈目)。

「午後の保健室」は3人の叙述トリックという手法が斬新。1人ならアガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」など数多(あまた)あるが、これだけの人数を出来るのは落語ならではだろう。

「稲葉さんの大冒険」において、松の木を背中に担いで移動する場面では「桂枝雀師匠『宿替え』へのオマージュです」と言い、喝采を浴びた。シュールで悪魔的。抱腹絶倒の新作落語。

「心眼」は三遊亭圓朝作。目が見えない方が、実は世の中のことをよく見通すことが出来るという皮肉。実に巧妙な噺である。

喬太郎の出演する落語会はもう数十回足を運んでいるのだが、未だに彼の新作「ハワイの雪」に当たっていない。もうそろそろ、関西でかけてくれませんか、喬太郎さん?

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父親殺し〜【考察】新海誠監督「天気の子」の心理学

ネタバレあります。未見の方は要注意。また、下記事も合わせてお読み下さい。

1)父親殺し

映画の冒頭、主人公である16歳の家出少年・帆高は「さるびあ丸」という船で離島から東京に向かっている途中に異常気象の雨に襲われ、甲板から転落しそうになったところをオカルト雑誌のライター、須賀圭介に助けられる。つまり、手をキャッチされる。これは帆高が読んでいるサリンジャー(著)「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の内容に呼応している。

崖っぷち近くにある、だだっ広いライ麦畑で子供たちが大勢集まって何かゲームをしている。中には前をよく見ていなくて勢い余って崖から落ちそうになる子がいる。彼らをそっと見守り、危ない時はキャッチ(捕手)してあげられるような大人になりたい、と16歳の主人公ホールデンは妹フィービーに対して語る。

父親不在の「天気の子」において、Catcher(命の恩人)として登場した須賀は、帆高にとっての〈父親代わり〉となる。 社会に出たときの規範であると同時に、胡散臭い男なので〈なりたくない自分=〉でもある。つまり相反する感情がそこにはある。

帆高=ホールデンならば、〈父親代わり〉としての須賀は「キャッチャー・イン・ザ・ライ」 に於ける誰に対応するだろう?と僕は考え、ホールデンが退学した学校の恩師アントリーニ先生かな、と思った。

アントリーニ夫婦はニューヨークのすごくしゃれた高層アパートメントに住んでおり、「入り口から二歩階段を下りたところにある居間に入ると、バーなんかもついている」と書いてある(村上春樹訳、白水社)。

ここで村上春樹と柴田元幸(東京大学名誉教授)の対談「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」(文春新書)から引用しよう。

柴田 あのアパートメントというのが、何段か階段を降りてリビングに入っていくようになっているということが書いてあって、ちょっと地下なんですよね。それであそこだけ、暖かい。なんとなく子宮的。
村上 たしかにそうですね。フィービーの部屋だって暖かくないです。

僕はハッとした。帆高が住み込みで働くことになる須田の事務所は半地下にあるのだ!

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「東京って怖えぇ」と言う帆高にとって、須田の事務所は暖かく、穴ぐらにある隠れ家のような落ち着ける場所である。

須賀の娘・萌花は喘息を患っている。そしてアントリーニ先生の奥さんも喘息がひどい。ここにも共通項がある。

アントリーニ先生はホールデンに次のように言う。「私の目にはありありと見えるんだよ。君が無価値な大義のために、なんらかのかたちで高貴なる死を迎えようとしているところがね」(村上春樹訳、白水社)。まるで「天気の子」のヒロイン・陽菜に対する言葉みたいではないか。

映画のクライマックスで帆高は須田に銃口を向け、引き金を引く。これは通過儀礼としての象徴的な〈父親殺し〉であると言えるだろう。つまり「僕はあんたたちみたいに”常識”とか”倫理”に囚われたインチキな(phony)大人には絶対ならない!そうなるくらいならいっその事、青臭い(=童貞)と言われようがアドレッセンス(思春期)に留まる」という決意表明と解釈出来る。

その直後、警官に取り囲まれた帆高を助けるために陽菜の弟が飛び込んでくる。それまで彼を「センパイ」と呼んでいた帆高は「凪 !?」と叫ぶ。さらに天空にいる陽菜を奪還する場面で初めて彼は「陽菜さん」ではなく、「陽菜!」と呼び捨てにする。つまり、姉弟に対して〈弟分〉のような甘えた気持ちで接して来た帆高は、〈父親殺し〉を契機に〈家長〉としての自覚を持ったのである。そして2年半後、嘗て「大人になれよ、少年」と言っていた須田は帆高を「青年」と呼ぶ。

「天気の子」同様、空から魚が降ってくる村上春樹の小説「海辺のカフカ」は15歳の少年が主人公で、父親から「母と交わり父を殺し、姉とも交わる」という呪いをかけられたため家出を決意する。ベースにあるのはギリシャ悲劇「オイディプス(エディプス)王」。つまり〈父親殺し〉をめぐる物語だ。「天気の子」と「キャッチャー・イン・ザ・ライ」「海辺のカフカ」は密接に繋がっている(三位一体)。「君の名は。」でいうところの〈ムスビ産霊〉〉だ。

エンドロールでRADWIMPSの野田洋次郎はこう歌う。

君にとっての「大丈夫」になりたい

帆高は心理的な〈父親殺し〉を経ることにより文化的社会的規範から自由になり、自我を確立して陽菜にとっての「キャッチャー」になったのである。

新海誠は長野県小海町の建設会社「新津組」(公式サイトはこちら)社長の息子として生まれた。父は息子に家業を継がせるつもりだったと語っている(記事はこちら)。しかし新海はアニメーションという仕事を選んだ。そこには当然大きな葛藤があったろう。心理的な〈父親殺し〉が必要だったのかも知れない(「新津」を捨て「新海」を名乗る)。なお、新海と父の関係は「君の名は。」のテッシー(勅使河原)父子に投影されている。

2)夢の効用〜「フィールド・オブ・ドリームス」

天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ (古今集)

陽菜が天に昇る夢を帆高と陽菜の弟・、須賀、そして須賀の娘・萌花が同時に見る。つまり四人は夢を共有している。そこには〈夢の通い路〉〈夢の直路(ただち)〉がある。

はかなしや 枕さだめぬ うたたねに ほのかにまよふ 夢の通ひ路(千載集)

恋ひわびてうち寝るなかにいきかよふ夢の直路はうつつならなむ(古今集)

映画「フィールド・オブ・ドリームス」にはサリンジャーをモデルにした作家テレンス・マンが登場する(原作小説ではサリンジャーその人となっている)。

そして「フィールド・オブ・ドリームス」でも複数の登場人物たちが同じ夢を共有する。これって単なる偶然だろうか?

3)人柱は何故生まれたか?

旱魃(かんばつ)という言葉の、旱(かん)は「ひでり」、魃(ばつ)は「ひでりの神」を意味する。中国神話によると、中国を統一した黄帝は戦争の際、敵陣営の風雨を司る雨師と風伯に対抗して体内に大量の熱を蓄えている娘・魃を呼び寄せ対抗した。魃が雨を止めることで黄帝は勝利を掴んだが、魃は力を使いすぎて天へ帰れなくなっていた。日照りが続いたため、魃は北方の山中に幽閉された。跋は日本における巫女のような存在であり、100%の晴れ女である。

古代アステカ人は雨乞いや豊穣を祈願して人間の新鮮な心臓を神殿に捧げた。またマヤ文明に於いて旱魃は雨の神チャクの怒りによるものだと考えられたため、14歳の美しい処女を選び、聖なる泉に生贄として捧げた。この生贄の儀式はメル・ギブソンが監督した映画「アポカリプト」にも描かれている(ダイヤログは全編マヤ語)。

人柱など人身御供は〈神とのコミュニケーション〉の手段として活用された。人と人とのコミュニケーションの基本は〈価値の交換〉である。言葉の交換もそうだし、物々交換の代わりとして現在では貨幣経済が主流となった。貨幣が〈価値の担保〉になったのである。同様に人が神様に何かをお願いするためには、等価のものをこちらから差し出さなければならない。つまり〈代償を支払う〉必要がある。それが人柱、人身御供だ。

4)指輪は何故、陽菜の指をすり抜けたのか?

「天気の子」のクライマックスで昇天した陽菜の指から、帆高から貰った指輪が抜け落ちる。多くの人はこれが、陽菜の体が透明になったせいだと考えているが、果たしてそうだろうか?ならば、陽菜が着ている服やチョーカー(首飾り)も地上に落下しなければ矛盾する。

人柱になった陽菜は神への供物であり、巫女=コミュニケーション・ツールだ。巫女は処女でなければならない。しかし男から貰った指輪は穢(けがれ)だ。だから神は弾き飛ばしたのである。

助けに来た帆高は陽菜がいる、かなとこ雲の上(=神の座)に乗ることが出来ない。それは彼が穢(けがれ) だからである。

5)「崖の上のポニョ」

本作は「天空の城ラピュタ」との類似点を沢山指摘出来る。陽菜が身に付けているチョーカー(首飾り)は飛行石みたいだし、「天気の子」の雲の周りを龍神が泳いでいるのは「ラピュタ」の”竜の巣”に相当する。そして男の子と女の子が両手を繋いで落下する場面も共通している。さらに「ラピュタ」の美術監督として圧倒的に美しい雲を描いた山本二三が「天気の子」では気象神社の天井画を描いている。しかし、物語の構造的に一番近いのは「崖の上のポニョ」であろう。

水没する世界。でもキミ(ポニョ/陽菜)とボク(宗介/帆高)さえいれば大丈夫、なんとかなるさ。

なお、宮崎駿は水没する世界というイメージが大好きで、「パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻」「ルパン三世 カリオストロの城」などで繰り返し描いている。

それで想い出したのだが、新海誠「秒速5センチメートル」の少年少女は古代カンブリア紀の話をしていた(明里は「私、ハルキゲニアが好きだな」と言うのだけれど、多分それは新海誠が村上春樹を好きっていうこと)。そして「崖の上のポニョ」には古代デボン紀の魚が登場する(公式サイトの解説はこちら)。

6)両性具有

以前、こんな記事を書いた。

「天気の子」で両性具有を担っているのが陽菜の弟・凪である。実際「君の名は。」同様、凪は男女入れ替わりを実行する。それは王朝文学「とりかへばや物語」に繋がっている。

7)ミュージカル「RENT」

予報1を観たときから、主題歌「愛にできることはまだあるかい」冒頭のコード進行が、ピューリッツァー賞やトニー賞を総なめにしたブロードウェイ・ミュージカル「RENT(レント)」の名曲"Seasons of Love"(作詞・作曲:ジョナサン・ラーソン)と全く同じなことに気付いていた。試聴はこちら。「どういう意図があるのだろう?」と、それからずーっと考え続けてきた。ふと思ったのは、「RENT」はAIDSが蔓延した絶望的な世界の中で、身近な人たちとの愛を拠りどころに一日一日を大切に生きていこうというメッセージを発している。そういう意味で「天気の子」に近い志向を持っていると言えるだろう。

8)もやもや感の正体

「天気の子」に否定的な意見を持つ人の多くが異口同音に言っているのが結末が「モヤモヤする」ということである。どういうことか?

セカイ系の旗手・新海誠は処女作「ほしのこえ」からバッドエンドを描いてきた。その究極形が「秒速5センチメートル」であり、〈キミとボク〉の関係はすれ違いのまま幕を閉じる。ここで大きく舵を切って大ヒットを飛ばしたのが「君の名は。」である。〈キミとボク〉もハッピー、セカイもハッピーエンドを迎えた(アメリカで初めて上映されたとき、雪の降る東京の街角で瀧と三葉がすれ違う場面では客席から"Oh my god !"〘あーあ、またか!〙というため息が漏れたという)。しかし、「天気の子」の場合、〈キミとボク〉はハッピーだけれど、セカイにとってはバッドエンドだ。このベクトル(進む方向)の差異が違和感の正体だろう。

 

以上どうでしたか?新海誠の超ディープな世界をご堪能頂けただろうか。それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

Sayonara

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新海誠と、和歌&王朝文学〜「君の名は。」から「天気の子」へ

新海誠監督のアニメーション映画「言の葉の庭」(2013)の雪野百香里(ユキちゃん先生)と主人公のタカオ(高校生)は、万葉集にある次の歌を互いに口ずさみ、心を通わせる。

(女)雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留(とど)めむ
(男)雷神の 少し響みて 降らずとも 吾(われ)は留(と)まらむ 妹(いも)し留めば

映画「君の名は。」(2016)の企画書には「古今和歌集」に収載された小野小町の歌が引用されている。

思ひつつ 寝(ぬ)ればや人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを

そして「君の名は。」の古文の授業でユキちゃん先生は黒板にチョークで万葉集の歌を書いている。

誰そ彼と 我をな問ひそ 九月(ながつき)の 露に濡れつつ 君待つ我そ

誰そ彼(たれそかれ)」が「黄昏(たそがれ)」の語源であり、「かはたれ時」とか、「逢魔が時」と呼ばれたりもする。「君の名は。」ではその派生語として「かたわれ時」となり、さらに〈片割れ→半月 Half Moon〉という連想に繋がる(瀧が高山で来ているTシャツにHalf Moonが描かれている)。瀧と三葉という半月どうしが結合することで満月(Full Moon)になるわけだ。

2002年のデビュー作「ほしのこえ」から新海誠はセカイ系の旗手と呼ばれた。セカイ系の定義は以下の通り。

ヒロイン(きみ)と主人公(ぼく)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」といった抽象的な大問題に直結する作品群のこと。

この姿勢は「君の名は。」まで見事に一貫している。そして恐らく「天気の子」も。

きみとぼく」のやり取りを詠ったのが和歌である。新海誠のセカイの中心(セカチュー)には和歌がある。これは彼が中央大学文学部国文学専攻を卒業したことと無関係ではあるまい。

「ほしのこえ」で地球と冥王星軌道にまで引き離された男女は携帯電話(当時はガラケー)でメールのやり取りをする。音声ではない

「秒速5センチメートル」(2007)の引き離された男女は手紙で文通したり、高校生になった貴樹(主人公)は出す当てのないメールを書いては消し、書いては消し、を繰り返している。小学校時代に貴樹と、ヒロインである明里が電話で言葉を交わす場面が唯一あるが、この時ふたりは携帯電話を持っていなかったから仕方なかったのである。中学生になり、明里が引っ越した栃木まで貴樹が東京からJRを乗り継いで訪ねていく場面がある。途中で大雪となり、到着したのは深夜だった。初キスを交わしたふたりは岩舟駅近くの誰もいない小屋で一夜を過ごす(新海誠が大好きな倉本聰作「北の国から'87初恋」へのオマージュ)。明け方、貴樹は始発の電車に乗り、明里が見送る(ふたりにとって最後の逢瀬となった)。ここで描かれているのは通い婚だった平安時代の日常風景だった〈後朝(きぬぎぬ)の別れ〉(男女が一夜をともにした翌朝の別れ)であり、「古今集」でも数多く詠われている。

「君の名は。」で瀧と三葉はスマートフォンを活用して交換日記を交わす。瀧が初めて三葉に電話しようとすると通じない。つまり全篇を通して、ふたりは音声でコミュニケーションを取ることが一切ないのである。これは極めて特異なことだと言える。

瀧が三葉に”すきだ”という気持ちを伝えるのも、口頭ではなく文字である。

Suki

つまり新海誠は話される言葉を信じていない人の心の想いを伝えられるのは書かれた言の葉だけなのである。この姿勢は「天気の子」でも継承されるだろう。

「君の名は。」の男女入れ替わりという主題は平安時代後期に成立した王朝文学「とりかへばや物語」に源流をたどることが出来る。そもそも新海誠が最初に提出した企画書のタイトルは「夢と知りせば(仮)-男女とりかえばや物語」だった(詳しくはこちら)。さらに「古事記」「日本書紀」に記されたイザナギ(男神)とイザナミ(女神)の神話が加味されている。

僕はつい先日、紫式部の「源氏物語」を読み終わった。どうしても「天気の子」公開日までに間に合わせたかった。確かな根拠はない。しかし、新海誠のセカイをより深く理解するためには王朝文学の最高峰である「源氏物語」を熟知しておくことが必須であるという直感があったのだ。

「源氏物語」の後半、宇治十帖では浮舟の死と再生が描かれる。これを読みながら、「何処か三葉の死と再生に似ている」と思った。

新海誠のセカイでは夢が重要な役割を果たす。ここで大切なことは、現代人と、古代日本人の夢の捉え方は違うということである。そして勿論、新海誠は平安時代の思考法でセカイを見つめている。

フロイトの「夢判断」やユング心理学を経て、現代人は夢が潜在意識の顕現であることを知っている。例えば私たちの夢の中に他者が登場した時、それは私たちが潜在意識の中でその人のことを思っているからだと解釈する。しかし古代日本人は、「その人が私のことを思っているから、私の夢に現れた」と見做す。つまり小野小町の詠んだ、

思ひつつ 寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを

は「ある男に対して恋心をつのらせていると、男の夢の中に入っていけた」と言っているのである。その行程が、「古今集」の中に登場する〈夢の通い路〉であり、〈夢の直路(ただち)〉だ。

恋ひわびて うち寝るなかに いきかよふ 夢の直路は うつつならなむ

「源氏物語」に次のようなエピソードがある。六条御息所(光源氏の愛人で七歳年長、非常に教養が高い)が葵祭の見物の際に光君の正妻・葵の上との車争いに巻き込まれ、敗れる。公衆の面前で恥をかかされた六条御息所は恨みに思い、彼女の体から生霊が彷徨い出て葵の上を呪い殺す(六条御息所本人は無意識のまま実行される)。また彼女の死後も死霊が紫の上(光君の若妻)に取り憑き、悩ます。これも正に〈他者の夢の中に入っていく〉行為である。

他者の夢の中に入っていく〉という着想は「秒速5センチメートル」や「君の名は。」で重要な役割を果たすし、恐らく「天気の子」にも出てくるだろう。この着想に取り憑かれたハリウッドの映画監督もいる。「巴里のアメリカ人」「バンド・ワゴン」のヴィンセント・ミネリであり、「ラ・ラ・ランド」「ファースト・マン」のデイミアン・チャゼルだ。詳しくは下記事に書いた。

平安時代の人々は現世のことを〈浮世(うきよ)〉と呼んだ。これはふわふわして頼りなく、実感が乏しいものであると同時に、〈憂き世〉を意味した。一方、彼岸・あの世を〈常世(とこよ)〉とした。永遠に変わることのない理想郷のことである。そして「君の名は。」の中で一葉ばぁちゃんは〈常世〉のことを〈隠り世(かくりよ)〉と呼んだ。寧ろ古代人は〈浮世=仮相、常世=実相〉と考えていたのではないだろうか?これはどこかアボリジニ(オーストラリア先住民)の語る〈ドリームタイム〉に近いものがある。

最後に、紀貫之(古今集選者)の辞世の歌をご紹介しよう。

手に結ぶ 水に宿れる 月影の あるかなきかの 世にこそありけれ
(手にすくった水に映る月の光のように、あるかないか覚束ない、儚いこの世だったことよ)

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ウルトラマン落語キター!〜柳家喬太郎独演会 2018@兵庫芸文

6月8日(土)兵庫県立芸術文化センターへ。

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〈昼の部〉

  • 柳家小んぶ:安兵衛狐
  • 柳家喬太郎:抜け雀
  • 翁家和助:太神楽(だいかぐら)曲芸
  • 柳家喬太郎:ハンバーグができるまで

〈夜の部〉

  • 柳家小んぶ:幇間(たいこ)腹
  • 柳家喬太郎:抜けガヴァドン(ウルトラマン落語
  • 翁家和助:太神楽曲芸
  • 柳家喬太郎:死神

喬太郎は柳家さん喬の総領(一番)弟子。小んぶは十番弟子で現在、二ツ目だそう。

「安兵衛狐」は上方の「天神山」を江戸に移植したものであり「本来は前座ネタじゃないんですけれど、お客様からは温かい反応を頂き、ありがたいことです」と喬太郎。僕みたいに昼・夜通しで聴く客が300人ほどいるそう(中ホールのキャパは800席)。さらに翌日、岸和田での独演会にも足を運ぶ予定というツワモノも。

喬太郎はマクラで初めて仕事で大阪に来たときのエピソード(乾電池まつりの司会)や種子島での落語会に日帰りで行ったことなどを話した。

「抜け雀」で宿が大人気になり、増築したという件で「本館・新館・アネックスが出来た」と。これは兵庫芸文の近くにあるショッピング・モール〈阪急西宮ガーデンズ〉のことであり、大受け。さすが地元ネタも巧みに盛り込んで上手い。

「死神」では死神を消すための呪文の最後に〈エッ、マジ?蒼井優が!?〉を挿入。会場が大爆笑になったことは言うまでもない。

夜の部で、昼の部の「抜け雀」と全く同じ内容の導入部を喬太郎が話し始めた瞬間、僕は「アッ、『抜けガヴァドン』キター!」とこころの中で叫んだ。実は2015年にTORII HALL(トリイホール)で聴いていたのである。出囃子も「ウルトラQ」だったしね。

4年前は元ネタとなったウルトラマン第15話「恐怖の宇宙線」を未見だった。だからガヴァドンA?、ガヴァドンB??と中々イメージが沸かなかったのだが、今回は我が家にウルトラマンBlu-ray Boxを購入済みで、予備知識はバッチリ。大いに愉しんだ。佐々木守(脚本)実相寺昭雄(監督)の回は名作揃いである。このコンビによるウルトラセブン第12話「遊星より愛をこめて」がある事情から初回放送後に封印され、現在では欠番扱いとなり、観ることが叶わないのは返す返すも残念だ。因みに彼らの最高傑作が「怪奇大作戦 京都買います」であることは論を俟たない。

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百人一首から万葉・古今・新古今和歌集へ〜古代日本人の深層心理を探る旅

新元号が〈令和〉に決まった。「万葉集」に書かれた、梅花の宴(序文)に由来する。出典が国書であるのは史上初だという。〈令和〉で「万葉集」に注目が集まるのは大変結構なことだ。今まで全て中国古典出典だったというのが却って不思議な気すらする。

僕が今回、「万葉集」「古今集」「新古今集」に集中的に取り組もうと決意した理由は、これらを読めば古代日本人の心、深層心理が分かるんじゃないだろうかと考えたからである。例えば「古今集」に収録されているのは1,111首。紀貫之ら撰者4人の歌が全体の2割以上を占めるなど沢山選ばれている歌人もいるが、それでも何百人もの〈思い〉〈感情〉が集積している。そこから何らかの集合的無意識が浮かび上がってくる可能性もあるのではないか?

本稿を執筆するに当たり、読んだ本を挙げておく。

  • 最果タヒ「千年後の百人一首」(リトル・モア)
  • 最果タヒ「百人一首という感情」(リトル・モア)
  • 上野誠「はじめて楽しむ万葉集」(角川ソフィア文庫)
  • 「万葉集 ビギナーズ・クラシック 日本の古典」(角川ソフィア文庫)
  • 「新版 古今和歌集 現代語訳付き」(角川ソフィア文庫)
  • 「新古今和歌集 ビギナーズ・クラシック 日本の古典」(角川ソフィア文庫)

いずれも解説・現代語訳付きでわかり易い。お勧め!

さて、「万葉集」より前の、最初期の和歌の話から始めよう。〈難波津(なにわづ)の歌〉である。

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花

末次由紀による漫画「ちはやふる」でも描かれている通り、競技かるたにおいては競技開始時に〈難波津の歌〉を詠むことが通例となっている。百人一首には入っていない。大阪市はこの歌にちなみ〈咲くやこの花館〉や〈咲くやこの花賞〉を設立している。王仁の作とされ、「古今和歌集」の仮名序で、字を習う人が最初に書くものとして紹介されている。仁徳天皇が即位したことを祝ったものと言われており、4世紀末から5世紀初頭の作品と推定される。

和歌は5-7-5-7-7というたった31文字で表現しなければならないのに、そのうち〈咲くやこの花〉という7文字(全体の23%)を繰り返している。何という無駄!「繰り返しのリズムが心地よい」などという戯言は聞きたくない。ハッキリ言う。単純で稚拙である。では、ここから出発した和歌は後にどのような進化を遂げたのだろう?

扱われた素材を見てみよう。4,500首以上ある「万葉集」(759年以降に成立)でが詠まれたのは41首。全体の1%にも満たない。花の中で一番多く詠まれたのがで141首、続いての116首、第3位が橘・花橘の107首。は植物の中で第10位なのだという(群馬県立女子大・北川和秀教授の集計に基づく)。これが905年に成立した「古今和歌集」になると(春歌全133首のうち)が18首に対して、が70首と逆転し、圧倒した(ほぼ4倍)。つまり和歌で「花」といえば「桜」を指すという常識が成立したのは平安時代以降なのである。余談だが現代人が「桜」で真っ先に連想するのはソメイヨシノ(染井吉野)だが、これは江戸時代中期ー末期に園芸品として生み出された交配種である。和歌で詠まれる「桜」は吉野山などに咲く山桜と考えるべきだろう。

「万葉集」は全て漢文で書かれており、中国文化の影響が色濃い。だからが好まれた。そして仮名文字が登場する「古今和歌集」成立まで約150年が経過する間に日本人の美意識は確立され、歌に詠まれる対象(花)も独自の素材としてに移行した(838年を最後に遣唐使が廃止されたことも大きいだろう)。と同時に薫物(たきもの)、(こう)の文化が発展した。奈良時代には主に宗教儀式で用いられたが、平安時代になると貴族たちが家伝の秘法に従って練香を作り、これを披露し合う〈薫物合わせ〉を愉しむようになった。は「古今集」のみならず「源氏物語」でも重要な役割を果たすことになる。また同じ自然現象を〈春ー霞〉〈秋ー霧〉と明確に区別するようになったのも「古今集」からで、「万葉集」では混用されている。ここにも繊細な美意識の萌芽が認められる。

なおは8世紀(飛鳥〜奈良時代)に遣唐使によって中国から持ち込まれた外来種である。「古事記」や「日本書紀」には一切、に関する記述がない。一方、山桜は古来からある自生種である。

奈良時代→平安時代の文化の変遷は1868年の明治維新から、約150年を経た現代までの変化に非常に似た状況であると言えよう。江戸時代の鎖国を経て明治時代は一気に西洋文化が日本に流入した。「欧米諸国に追いつけ追い越せ!」とばかり〈富国強兵〉が叫ばれた。それは〈猿真似の時代〉でもあった。しかし第二次世界大戦後、手塚治虫の出現とともに漫画文化が栄え、スタジオジブリの宮崎駿らが牽引した日本のアニメーションが今や世界を席巻した。プレイステーションやNintendo Switch、ポケットモンスターなどゲームソフトでも他国の追随を許さない。歴史は繰り返すのである。

和歌の話に戻ろう。

「万葉集」の特徴は素朴であること。例えば次の歌だ。

田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける
あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり

身も蓋もない言い方をすれば「見たままやん!」とツッコミを入れたくもなる。何のひねりもない。後者の〈にほふ〉は嗅覚じゃないかという反論があるやも知れぬが、古語でこの言葉は〈美しく咲く/美しく映える/美しさがあふれている〉という意味もある。

〈掛詞(かけことば)〉は「万葉集」にごく少数しか認めない。これが盛んになったのは「古今和歌集」から。〈掛詞〉はダブル・ミーニング(double meaning)であり、僕は「これってダジャレと同じじゃね?」と思った。古代日本人も現代の我々同様、ダジャレが大好きだったのだ。何だか親しみが湧いた。

「万葉集」から「古今和歌集」に移行すると、仮構性が強くなる。想像上の美の世界、ヴァーチャル・リアリティだ。「百人一首」にも選ばれた次の歌が代表例だろう。

心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花

「初霜」と「菊」がどちらも真っ白なので、折ろうとしても見分けがつかないというのだ。そんなことってあり得る!?同じ作者(凡河内躬恒)の歌で、月明かりの白さと梅の白さが紛れて見えない(だから匂いで梅の花のある場所を察知するしかない)というのもある。

月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞしるべかりける

「んなあほな!」ツッコミどころ満載である。明治時代になって正岡子規が「歌よみに与ふる書」で「古今集」を徹底批判した気持ちが分からなくもない(「貫之(つらゆき)は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候」と子規は記している)。

確かに花も実もある絵空事ではある。しかし一方で、僕はフィクションとしての面白さ、嘘から出たまこともあると思うのだ。凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の歌は、例えばフランス印象派のドビュッシーが作曲したピアノ曲「月の光」や歌劇「ペレアスとメリザンド」を想起させる。自然ではないが、人間が構築した完全なる美の世界がここにある。

〈本歌取り〉が盛んになるのは鎌倉時代初期、1205年に成立した「新古今和歌集」の時代になってからである。「古今和歌集」からさらに300年が経過している(「万葉集」から約450年)。「新古今」まで行くと、超絶技巧というか、余りにも人工的で僕にはToo much !と感じられる。貴族文化が成熟し、熟れ過ぎて腐りかけた状態。正にデカダンスである。「新古今」を読みながら僕が連想したのは、形式が肥大化し瓦解寸前のグスタフ・マーラーの交響曲や、ルキノ・ヴィスコンティ監督(イタリア貴族の末裔)の映画「ベニスに死す」「ルートヴィヒ」「家族の肖像」などである。〈本歌取り〉は元の歌を知らないと意味を成さない。つまり高い教養が問われる。また当時は歌会が盛んで「お題」を出されて詠まれた歌が多く、その多くが実体験に基づかない男が女の気持になって詠んだものもある。何だそれ!?ここまで来ると単なるお遊び、ゲームだ。だから武士の台頭とともに和歌や貴族文化が滅びるのは必然だったという気が僕にはするのである。朴訥な「万葉集」と爛熟した「新古今」、その中間の程よい匙加減が「古今集」というのが率直な印象である。

三島由紀夫は「日本文学小史」の中で次のように述べている。

 われわれの文学史は、古今和歌集にいたつて、日本語といふものの完熟を成就した。文化の時計はそのやうにして、 あきらかな亭午(ていご:真昼)を斥す(=指す)のだ。ここにあるのは、すべて白昼、未熟も頽廃(たいはい)も知らぬ完全な均衡の勝利である。 日本語といふ悍馬(かんば:あばれうま)は制せられて、だく足も並足も思ひのままの、自在で優美な馬になつた。調教されつくしたものの美しさが、なほ力としての美しさを内包してゐるとき、それをわれわれは本当の意味の古典美と呼ぶことができる。 制御された力は芸術においては実に稀にしか見られない。

ここで三島の言う〈未熟〉=「万葉集」であり、〈頽廃〉=「新古今和歌集」であることは論を俟たない。僕は三島の意見に全面的に賛成である。

「万葉集」では鳥の中でホトトギスが最も多く詠まれた。一説では156首、二番目に多い雁が63 首とされる(ホトトギスが153首、雁が67首とする説もある)。ただここで注意すべきは「万葉集」の時代、ホトトギスとカッコウは混同されていた可能性があるのだ。少なくとも平安時代において、カッコウは文学に全く登場しない。現代において「郭公」という漢字はホトトギスとカッコウという二つの読み(意味)があるが、古典ではホトトギスという読みしかなかった。実は生物学上も両者はカッコウ目カッコウ科の鳥に分類されており、案外近い存在なのである。ホトトギスの声は田植えを始める時期を知らせるということで「時鳥」という異名も与えられ、冥界を往来するというイメージまで付与された。

中国の故事を紐解くと長江流域に蜀という傾いた国があり、そこに杜宇(とう)という男が現れ、農耕を指導して君主になった。杜宇が死ぬとその霊魂はホトトギスに化身し、農耕を始める季節が来るとそれを民に告げるため飛んで来て鋭く鳴くようになったという。故に「杜宇」はホトトギスの異名となった。

ホトトギスとカッコウには托卵(ホトトギスは鶯の巣に卵を生む)という共通する生態があり、その他ホトトギスの習性として、夜に鳴くこと、雨の日にも鳴くこと、一ヶ所に留まらず飛び回りながら鳴くこと、そのため姿が見えないことなどが挙げられる。またホトトギスの口中は朱色なので、〈鳴いて血を吐く〉とも言われた。結核を病み、喀血した正岡子規の雅号「子規」もホトトギスの異名であり、「死期」を連想させる。

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おそらく冥界との繋りは、こうした生態に由来する発想なのだろう。常にこの世にいるわけではないので、子育ても他の鳥に委託するわけだ(ホトトギスの托卵は万葉人も知っていた)。

また鶯は谷の古巣で春を待つものとされた。

次に季節を見てみよう。「古今和歌集」で詠まれた内訳は以下の通り。

春:134首、夏:34首、秋:145首、冬:29首

つまり春≒秋、は夏≒冬と比較して約4〜5倍多く詠まれていることが判る。

なぜ秋が最も多いのか?秋は枯れ葉が舞い落ち、〈(夏)〉から〈(冬)〉への〈移行期〉〈境界域〉に立つ季節。だから「寂しい」という気持ちが掻き立てられ、「もののあはれ」にしみじみ感じ入る。例えば冬、雪が降り積もったスキー場やクリスマス商戦で賑わう12月の街角で「寂しさ」は感じないでしょう?既ににどっぷりと〈死の世界〉に足を踏み入れているから完了した状況であって、変化しつつある運動性を欠くのだ。故に心は動かない。逆に春は〈死〉から〈生〉への移行期なのでやはり「もののあはれ」がある。さらに散りゆくの花びらが〈生〉から〈死〉へ移行するメタファーとなる。

詠まれた時刻を見ると、真昼よりも夕刻(黄昏=誰そ彼/アニメ映画「君の名は。」における〈かたわれ時〉)・夜・明方が圧倒的に多い。夕刻や明方は昼(動)↔夜(静)の〈移行期〉〈境界域〉であり、そこに「もののあはれ」「幽玄」が潜む。明方(しののめ)は通い婚だった当時において、男女が一夜を共にした翌朝の別離=〈後朝(きぬぎぬ)の別れ〉を意味しており、より一層切なさを増す。また夜は月の満ち欠けが「無常(生滅変転して片時も同じ状態に留まらないこと)」「哀愁」に結びつく。

最後に。「拾遺和歌集」に収録された、紀貫之の辞世の歌とされるものを見てみよう。

手にむすぶ水に宿れる月影のあるかなきかの世にこそありけれ

下の句は、「はかない人生/世の中であった」と解釈されることが多いようだが、僕は寧ろ「手に取ることが出来ない不確かな、夢のような人生であった」と積極的・肯定的に受け止めたい。それはアボリジニ(オーストラリア先住民)の概念〈ドリームタイム〉に繋がってゆく。 

紀貫之には「古今和歌集」に載った、次のような歌もなる。
            あひしれりける人の、身まかりにける時によめる
夢とこそいふべかりけれ世の中にうつつあるものと思ひけるかな
(この世は、夢とこそ言うべきであったのだ。私を取り巻く世界には確かな現実があるものだと思っていたのだがなぁ)
夢の時ドリームタイム)とこの世の〈境界域〉に、和歌は息づいている。

今回の体験を通して、僕は次に向かうべきターゲットを絞った。紫式部「源氏物語」である。そして遂に大伽藍に足を踏み入れたところである(角田光代 訳)。いずれ超大作「源氏物語」を言祝(ことほ)ぐ日も来よう。乞うご期待。

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桂雀々 立川志らく 東西会

4月7日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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  • 雀々・志らく:オープニングトーク
  • 桂優々:大安売り
  • 立川志らく:親子酒
     (仲入り)
  • 桂雀々:代書
  • 桂雀々:花ねじ(隣の桜)

立川談志の弟子、志の輔と談春の落語は生で聴いたとこがあるが、志らくは一度もなかったので今回の会に足を運んだ。結論から述べると大したことはなかった。時事ネタをいろいろ投入して来るのだが、正直余り面白くない。冴えが感じられない。もうええわ。

雀々は相変わらず師匠譲りの疾走感のある語り口で耳に心地よい。京都から山梨県の山中湖まで台湾人観光客のバスツアーに添乗し、通訳を間に挟んで落語をしたというエピソードが最高に可笑しかった。また「花ねじ」のマクラでは師匠・枝雀が創作したSR(ショート落語)を幾つか披露(「万年筆」「ソケット」「犬」「定期券」)。「花ねじ」は途中ではめもの(お囃子)が入り賑やかで、花見シーズンにピッタリだった。

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虹についての考察(万葉集から能「道成寺」、LGBTまで)

まずは大前提として下記事をご一読ください。

更に出来得ることなら、次も併せて目を通して戴ければありがたい。

アボリジニ(オーストラリア先住民)の神話と、そこにしばしば登場する〈虹蛇〉について書いた。

概要を述べる。アボリジニの概念〈ドリームタイム〉には守り神のような存在〈虹蛇〉が棲み、両性具有水を司る。鎌首をもたげた蛇の姿と虹の足が重ねられたイメージ。蛇は卵を丸呑みにし、後で消化されない殻だけを吐き出す習性がある。それが死と再生(=ドリームタイム)のメタファーとなる。虹蛇はアボリジニの詳細な自然観察から生み出された、象徴的存在である。

古代中国人も虹と蛇を結びつけて思考していた。「虹」という漢字の虫偏(むしへん)は大蛇/龍を意味する。漢文で書かれた「万葉集」が編纂され、漢文学が隆盛を極めた古代日本(7世紀〜8世紀)の人々もその概念を共有していた。平仮名が公的な文書に現れるのは905年に完成した「古今和歌集」からである。

では蛇は男性と考えられたのか?女性なのか?古代人の思考は昔話に顕現する。「蛇女房」と「蛇婿入り」という、どちらも人間と結婚する噺がある。つまり古代日本における蛇のイメージもアボリジニ神話と同様、両性具有と考えられる。一方、「鶴女房(鶴の恩返し)」はあるが、鶴が人間の男として現れる噺は聞かない。鶴は女性原理の象徴なのだ。

「蛇女房」はこんな噺だ。出産時に夫が「見るなのタブー」を破ったため蛇の正体がばれ、夫婦は一緒に暮らせなくなる。女房は別離の際、子供に乳代わりにしゃぶらせるよう自分の眼を与えるが、不思議な玉の評判が広まり、殿様に取り上げられてしまう。ここから2つのパターンの類話に分かれる。①困った夫は池に女房を探しに行き、彼女はもう片方の眼も与えて盲目となってしまう。時と方向が判らなくなると困るからと言い、蛇は夫に朝と晩に鐘を鳴らしてくれるよう頼む。②殿様の横暴に怒った蛇は洪水を起こし、城ごと押し流してしまう。

ここからはっきりと分かるのは【①蛇と寺の鐘の密接な結び付き②蛇は水を司る】ということである。

次に「今昔物語集」に書かれた〈安珍・清姫伝説〉を見てみよう。熊野に参詣に来た美形の僧・安珍を見て清姫は一目惚れし、言い寄る。修行の身ゆえ、困った安珍は清姫を騙して逃げる。清姫の怒りは天を衝き、遂に蛇身に化け安珍を追跡する。道成寺に逃げ込んだ安珍は梵鐘を下ろしてもらい、その中に潜む。しかし清姫は許さず鐘に巻き付く。遂に安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった。安珍を滅ぼした後、清姫は蛇の姿のまま入水する。

ここでも蛇と寺の鐘が結びついている。そして蛇と水の親和性も語られる。〈安珍・清姫伝説〉は後に能「道成寺」に変換された。寺の鐘は形態的に女性の子宮に似ており、そこに閉じこもる〈安珍・清姫伝説〉は胎内回帰願望と読み解くことも可能だろう。アボリジニ神話において、虹蛇に母子が呑み込まれる物語に類似している(レヴィ=ストロース著「野生の思考」に紹介されている)。

安珍・清姫伝説〉には続きがあり、蛇道に転生したふたりはその後、道成寺の住持のもとに現れて供養を頼む。また能「道成寺」では死んだ清姫が白拍子の姿に変化(へんげ Metamorphose)し、再び寺を訪ね舞を舞う。アボリジニ神話の母子もその後、虹蛇に吐き出され生き返る。両者は死と再生というテーマで繋がっている。

こうして見ていくと、オーストラリアのアボリジニ・古代中国・古代日本を結ぶ〈虹=蛇〉という概念は、ユング心理学における元型のひとつ、太母(the Great Mother)に相当すると考えられる。

Jungsmodel

上図はユングによる「心」の構造である。中心に自己(SELF)があり、それを取り巻く円の内側(深層)が集合的無意識Collective unconscious=Cの世界)。A元型(Archetype)で、アニマ(男性の思い描く理想的女性像)、アニムス(女性が思い描く理想的男性像)、太母(the Great Mother)、老賢人(the Wise Old Man)等が該当する。その外側に個人的無意識(Personal unconscious)が存在し、心的複合体=感情複合(Complex)を内包する。その代表例がフロイトが提唱したエディプス・コンプレックスだ。さらに「心」の表層に意識(Consciousness)があり、自我(EGO)が配置されている。

太母(the Great Mother)とは、子を慈しみ、優しく包み込むのような存在であると同時に、牙を向き人々に襲いかかり、すべてを呑み込む山姥のような姿として立ち現れることもある。安珍に襲いかかり焼き尽くす清姫や、殿様の狼藉に怒り川を氾濫させ、洪水で城下町を呑み込む蛇女房の姿は、正に太母(the Great Mother)そのものである。

虹=蛇〉は母であると同時に父でもある。蛇の頭部は男根を想起させる。両性具有の性質を象徴するのが〈〉だ。フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースは南北アメリカ先住民の神話を研究した「神話論理」において〈〉を「半音階的なもの」と呼んだ。つまりある音から、別の音に、段階的(微分)変化を経て移行することを意味する。具体的にはワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」やラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」に顕著な手法である。

父性原理で思考する欧米の人たち(キリスト教徒)は全てのことを〈2項対立〉に分けて、切断する。正義か悪か、YesかNoか、男か女か。その中間項は一切認めない。いわゆる近代ヨーロッパにおける合理主義である。0か1かの二進法で計算するコンピューターの原理も同じ。だからキリスト教社会において同性愛者は差別され続けてきた。しかし日本など母性社会では違う。

ここでLGBTと虹の関係について述べよう。LGBTとは、「Lesbian」(レズビアン、女性同性愛者)、「Gay」(ゲイ、男性同性愛者)、「Bisexual」(バイセクシュアル、両性愛者)、「Transgender」(トランスジェンダー、性別違和を含む性別越境者)の頭文字をとった言葉で、Sexual Minority(性的少数者)の総称。そのシンボルとなっているのがレインボーフラッグである。1970年代から使用されているという。

Flagsvg

何故〈虹の旗〉なのか?

それは性別を男か女か、2つに分けて切断するのではなく、その移行段階グラデーション)、境界域に位置する人々を(排除せず)認めて欲しいという主張であり、多様性(Diversity)を象徴している。

今年のグラミー賞も、アカデミー賞も多様性(Diversity)が大きなテーマとして掲げられた。これが現在、世界を取り巻く潮流である。いま欧米社会は、失ってしまった〈野生の思考〉を取り戻そうと、必死に藻掻いている。

己の尾を噛んだ蛇は古代ギリシャ語でウロボロス(ouroboros)と呼ばれる。

Ouro

蛇は円環を形成し、始まりもなく終わりもない。過去・現在・未来は同時にここにある共時的(対義語は通時的)表象であるウロボロスはアボリジニの概念〈ドリームタイム〉と同義である。

中国では新石器時代の紅山文化(紀元前4700年頃-紀元前2900年頃)にウロボロスが現れている。

Kure

これぞ正に集合的無意識(Cの世界)・〈野生の思考〉の産物と言えるだろう。

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