古楽の愉しみ

タリス・スコラーズ@兵庫芸文 2017

6月3日(土)兵庫県立芸術文化センターへ。

Tallis

ピーター・フィリップス指揮タリス・スコラーズ(10名によるア・カペラ)で、

  • タリス:ミサ曲「われわれに幼子が生まれた」
  • バード:アヴェ・ヴェルム・コルプス
  • 同:正しき者の魂は神の御手に
  • 同:聖所にて至高なる主を賛美もて祝え
  • アレグリ:ミゼレーレ
  • モンテヴェルディ:無伴奏による4声のミサ曲
  • パレストリーナ:主の僕たちよ、主をほめたたえよ
  • モンテヴェルディ:カンターテ・ドミノ (アンコール)
  • トレンテス:ヌンク・ディミッティス
    「今こそ主よ、僕を去らせたまわん」(アンコール)

生で彼らを聴くのはこれが3回目である。

彼らのレパートリーには現代の作曲家ペルトの作品もあるのだが、今回はルネサンス〜バロック期の教会音楽のみ。毎回、アレグリの「ミゼレーレ」は歌われており、彼らの代名詞と言えるだろう。楽譜はシスティーナ礼拝堂から門外不出だったが、これを聴いた14歳のモーツァルト少年が記憶だけを頼りにまるまる採譜したというエピソードは余りにも有名。

澄み切った、心洗われる響きに魅了された。

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ブラウティハイム/フォルテピアノ・リサイタル

2月4日(土)兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。ロナルド・ブラウティハイムが弾くフォルテピアノを聴く。

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  • モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第5番
  • 同:ロンド イ短調 K.511
  • 同:ピアノ・ソナタ 第12番
  • ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」
  • 同:ピアノ・ソナタ 第18番
  • 同:ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
  • 同:エリーゼのために(アンコール)

ブラウティハイムはオランダのフォルテピアノ奏者。スウェーデンのBISレーベルから沢山のアルバムを発売している。この分野ではアンドレアス・シュタイアー(ドイツ)と並び称される名手である。ただしシュタイアーはモーツァルト、シューベルト、シューマンなどの作品を録音しているが、ベートーヴェンは少ない。一方のブラウティハイムはベートーヴェンのピアノ・ソナタ及び協奏曲全曲をレコーディングしている。今回使用されたフォルテピアノは1800年頃のアントン・ヴァルターが製作した楽器のレプリカ。丁度、ベートーヴェン「悲愴」が出版された(1799年)あたりだ。足で踏むペダルはなく、代わりに取り付けられた膝レーバーについての写真付き解説はこちら

モーツァルトの初期のソナタは踊るような演奏で、コロコロ転がってゆく。優しい場面が一転し、力強い音楽に。表現の幅がある。

ベートーヴェンには畳み掛けるような切迫感が感じられた。またフォルテピアノは時折、鐘のように響く弦の金属的共鳴音が聴こえてきて面白い。

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ザ・フェニックスホールでフランソワ・クープランを聴く

5月18日、ザ・フェニックスホールへ。

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アンサンブル・レ・フィギュールを聴く。パリ在住の音楽家たちで結成された古楽グループで、メンバーは高橋三千子(ソプラノ)、榎田摩耶(バロック・ヴァイオリン)、原澄子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、石橋輝樹(フラウト・トラヴェルソ)、會田賢寿(チェンバロ)の5人。曲目は、

  • F. クープラン:前奏曲第1番 クラヴサン奏法より
  • 同:11詩「私は苦しみに憔悴し」4つのモテより
  • 同:前奏曲第8番 クラヴサン奏法より
  • 同:「ソナード」諸国の人々 フランス人より
  • 同:前奏曲第5番 クラヴサン奏法より
  • 同:「わが心の甘い絆」エール・ド・クールより
  • 同:前奏曲「厳かに」 ヴィオル曲集 第2組曲より
    (枯れ葉を連想させる、鄙びた雰囲気)
  • 同:「波」 クラヴサン曲集第1巻 第5オルドル
    (華麗で気品に満ちている)
  • 同:「パルナソス山に導かれるリュリ」リュリ讃より
    (澄んだ青空、爽やかな微風を連想させる)
  • リュリ:「シャコンヌ」王の眠りのための音楽より
  • ランベール:「あなたの蔑みは」エール・ド・クールより
  • 同:前奏曲第3番 クラヴサン奏法より
  • 同:「リュリからアポロンへの謝辞」リュリ讃より
  • 同:「リュリとフランスのミューズたち、コレッリとイタリアのミューズたち」リュリ讃より
  • 同:「楽園シャンゼリゼで音楽の精霊たちと合奏するリュリ」
    リュリ讃より
  • ランベール:「愛する人の影」エール・ド・クールより
  • F. クープラン:「無題」「アルマンド」
    趣味の融合または新しいコンセール第6番より
  • 同:「神秘的な障壁」クラヴサン曲集第2巻 第6オルドル
  • 同:「悪魔のアリア」趣味の融合または新しいコンセール第6番より
    (ピッコロ+太鼓あり)
  • 同:「どうか私に言わないで」エール・ド・クールより
  • 同:「魅力」趣味の融合または新しいコンセール第9番 愛の肖像より
  • 同:12詩「あなたの熱い言葉は崇められ」4つのモテより
  • 同:13詩「私は幼く、蔑まれる者」4つのモテより
  • 同:「活気」趣味の融合または新しいコンセール第9番 愛の肖像より
  • 同:「アンジェリック」クラヴサン曲集第1巻 第5オルドル
    (ガンバと共に。木枯しの寂しさ)
  • 同:12詩「真実は大地から芽吹き、正義は天から見下ろす」
    7つのモテより
  • 同:「シャコンヌ」諸国の人々 神聖ローマ帝国の人より
  • 同:前奏曲第1番 クラヴサン奏法より

アンコールは以下の通り。
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フランス・バロック(古典フランス)音楽の作曲家で、僕が最も愛するのがフランソワ・クープランとジャン=マリー・ルクレールなので、クープランの音楽がたっぷり聴けて大満足。典雅な気分を満喫した。

またクープランの音楽はリュリに代表されるフランスの優雅さと、コレッリに見られるイタリアの明るさを融合したものだということが良く判った。演奏の質も上等だった。

クラシック音楽ファンの数はそもそも少ない。中でも古楽愛好家なんか、恐らく全体の1%にも満たないだろう。だからはっきり言って古楽をやっていても客は入らないし儲からない。陽は当たらず、一生貧乏暮しだ。そんな茨の道を敢えて歩く、才能ある日本の若者がこれだけいるということは実に頼もしく、嬉しいことだ。是非また聴きたい。彼らに幸あれ!

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シリーズ【大指揮者列伝】音楽の革命家ニコラウス・アーノンクールの偉業を讃えて

2016年3月5日に指揮者のニコラウス・アーノンクールが亡くなった。享年86歳だった。彼が引退を表明したのは昨年12月5日。直筆で「聴衆のみなさまへ。私の身体の力が及ばないため、今後の計画を断念いたします」「舞台に立つ私たちと会場のお客様の間には特別の深い関係が生まれました。私たちは共に幸せな発見をして来ました」とメッセージが綴られていた。それから丁度3ヶ月。僕は宮﨑駿(脚本・監督)映画「風立ちぬ」のヒロイン・菜穂子のことを想い出した。菜穂子は自分の死期が近いと悟ると堀越二郎の元を離れ、サナトリウム(富士見高原療養所@長野県)にひとりで戻り、ひっそりと息を引き取る。真に美しい最後であった。

アーノンクールってどんな人?と尋ねられたとしよう。一言で言うなら「古楽器演奏のパイオニアのひとり」であり、「モダン・オーケストラによるピリオド・アプローチ(ピリオド奏法)の創始者」である。彼はクラシック音楽界に革命をもたらした。

アーノンクールはドイツのベルリンで生まれ、オーストリア南部グラーツで育った。ウィーン交響楽団のチェロ奏者として活躍し、53年にウィーン交響楽団のメンバーで「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を結成(ヴァイオリン奏者の妻アリスも参加)、初の公開コンサートは1957年に行われた。

彼は第21回京都賞の受賞スピーチで次のように回想している。「1954年にパウル・ヒンデミットがウィーンでモンテヴェルディの『オルフェオ』を上演しました。コンツェントゥス・ムジクスの弦楽器奏者は全員、楽器を総動員して参加しました。これが私とモンテヴェルディとの最初の出会いでした」ピリオド楽器による世界初録音であり、現在はCDで入手出来る。

ベルギーでレオンハルトとクイケン兄弟がラ・プティット・バンドを創設したのは1972年である。イギリスでデヴィッド・マンロウとクリストファー・ホグウッドがロンドン古楽コンソートを創設したのが1967年(マンロウが33歳の若さで急逝した76年に解散)、ホグウッドがエンシェント室内管弦楽団を創設したのが1973年、ピノックがイングリッシュ・コンソートを創設したのも同年。ノリントンがロンドン・クラシカル・プレイヤーズを、ガーディナーがイングリッシュ・バロック・ソロイツを創設したのが1978年である。またオランダに目を転じると、トン・コープマンがアムステルダム・バロック管弦楽団を創設したのが1979年、ブリュッヘンが18世紀オーケストラを創設したのが1981年だった。

つまりウィーン・コンツェントゥス・ムジクスは世界最古の古楽器オーケストラであると言っても過言ではない。

それまでどこかの貴族の家に眠っていたピリオド(古)楽器をひとつひとつ譲ってもらい、これらの楽器の演奏方法(当時は誰も知らなかった)を研究していく、という途方もない作業を繰り返した。オークションに出品された楽器を競り落とすこともあったという。

アーノンクールは1969年までウィーン交響楽団のチェリストとして務めた。つまりウィーン・コンツェントゥス・ムジクス創設から16年間、二足の草鞋を履いていたわけだ。

1962年に録音されたヘンデル/リコーダー・ソナタ集ではアンナー・ビルスマ(チェロ)も、フランソワ・ブリュッヘン(リコーダー)もモダン楽器を使用している。ブリュッヘンはフツーにヴィブラートを掛けており、この時代には未だ古楽器奏法は手探り状態だったようだ(ビルスマは1962-68年までアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者だった)。これが69年に録音されたトリオ・ソナタになるとブリュッヘンにアリス・アーノンクール(ヴァイオリン)、ニコラウス・アーノンクール(チェロ)が加わり、全員古楽器になっているので60年代に奏法がほぼ確立されたと考えて間違いない。

僕がアーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏を初めて聴いたのはヴィヴァルディの「四季」である。独奏はアリス・アーノンクール。76-77年の録音で、《衝撃の四季!》のキャッチコピーとともに「レコード芸術」誌で広告を見かけたのが小学校6年生の頃だった。あまりにも革新的だったので、当然推薦盤にはならなかった(今では信じられないだろうが、カルロス・クライバー/ウィーンpo.のベートーベン:交響曲第7番も無印だった。時代が彼らに追いつくためには時間を要したのである)。

僕が初めてクラシック音楽を好きになったのは小学校4年生の時、母が所有していた「四季」のLPレコードを聴いたのが切っ掛けだった。演奏はフェリックス・アーヨ/イ・ムジチ合奏団。59年のステレオ録音である。当時は「四季」といえばイ・ムジチで、クラシック・レコードの月間売上げランキングでも常にロベルト・ミケルッチ/イ・ムジチ(69年録音)のLPがトップを独走していた。そもそも現代ではヒットチャート・トップテンに「四季」が入ることもないよね。70年代は空前のブルックナー/マーラー・ブームが到来する前夜であった。閑話休題。

アーノンクールの「四季」を聴いて、天地がひっくり返った。特に激烈なインパクトだったのが雨の降る情景を描いた「冬」第2楽章である。アーノンクールの演奏時間は1分14秒。僕が慣れ親しんできたイ・ムジチの演奏は2分40秒。なんと倍以上の速さだったのである!とても同じ曲だとは信じられなかった。通奏低音もイ・ムジチがチェンバロであったのに対し、アーノンクール盤はポジティフ・オルガン。「こんなのあり!?」の驚きから、「音楽って自由なんだ!」という開眼へ。それは正にElectric Liberation =電気的啓示であった。僕は声を出して笑った。

今日ではイ・ムジチの「四季」を聴くクラヲタなんかいない。彼らの存在は最早、冗談のネタでしかない。その後に登場したビオンディ/エウローパ・ガランテやカルミニョーラ/ヴェニス・バロック・オーケストラ、アントニーニ/イル・ジャルディーノ・アルモニコといった古楽器による新鮮な「四季」もアーノンクールなくしてはあり得なかったと断言出来る。全ては彼から始まったのである。

しかし晩年の成熟し落ち着いた解釈と比べると、70年代の「四季」は攻撃的で硬い演奏という印象が拭えない。肩に力が入っているのだ。あの時代のアーノンクールは古楽器演奏に対する世間の偏見と戦い、目の前に立ちはだかる壁を何としても突破してやる!という激しい闘争心に燃え、完全武装していたということなのだろう。彼がこの曲を再録音しなかったことが惜しまれる。

1980年代に入るとアーノンクールの新たな挑戦が始まった。モダン・オーケストラに古楽器奏法を取り入れるピリオド・アプローチの試みである。まずは名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を起用してモーツァルトやハイドンの交響曲をレコーディングした。弦楽器はノン・ヴィブラートで弾き、トランペットはピストン/バルブのないナチュラル管を用いるという方法論が確立された。

1990年にヨーロッパ室内管弦楽団と録音したベートーヴェンの交響曲全集にアーノンクールは次のようなコメントを残している。

私たちの録音の中で、ナチュラル・トランペットだけが歴史的な響きを持っています。理由は、トランペットは単なる楽器であるだけでなく、ある種のシンボルでもあって、全てのファンファーレ動機音型があるひとつの響きを要求するものであるからです。もし仮にモダン・トランペットで「高らかに鳴り響く」音を要求された場合、それは大きすぎる音量で演奏されることになります。それを正しい音量で演奏すると今度はファンファーレとしての性格が失われてしまいます。 ナチュラル・トランペットを使えばこうした問題は起きないのです。

ピリオド・アプローチ革命をオランダから開始したということには非常に意味がある。彼の国は古楽のメッカであり、アンナー・ビルスマがいてアムステルダム・バロック管弦楽団や18世紀オーケストラがあった。ハーグ王立音楽院には古楽科があった(日本からは寺神戸亮、若松夏美、鈴木秀美、有田正広らが留学)。つまりピリオド・アプローチを受け入れ易い土壌があったのである。

アーノンクールが初めてウィーン・フィルを指揮したのが1993年、ベルリン・フィルとの初顔合わせは1995年であった。ベルリン・フィルと良好な関係が持てたのは帝王カラヤンが89年に亡くなり、90年からシェフがクラウディオ・アバドに交代したことが大きい。また93年から98年までコンサートマスターを務めたライナー・クスマウル(現ベルリン・バロック・ゾリステン芸術監督)の指導下にベルリン・フィルはバロック・ボウ(弓)を揃え、オーケストラぐるみでそれがもたらす演奏効果を学んだ。

アーノンクールの手法をいち早く取り入れた指揮者たちがいた。チャールズ・マッケラス、デイヴィッド・ジンマン、クラウディオ・アバド、サイモン・ラトルらである。バーヴォ・ヤルヴィ、ダニエル・ハーディング、フランソワ=グザヴィエ・ロトらが後に続いた。またブリュッヘン、ホグウッド、ノリントンら古楽の世界の住人たちもモダン・オーケストラに進出していった。

アーノンクールがヨーロッパ室内管弦楽団とベートーヴェン・チクルスに取り組んでいる時、アバドはコンサート会場に足を運んで熱心に研究した。アバドがウィーン・フィルとレコーディングしたベートーヴェン交響曲全集(85-88)とベルリン・フィルとの全集(99−00)とを聴き比べてみて欲しい。あるいはロンドン交響楽団と録音したペルゴレージ:スターバト・マーテル(84)と、モーツァルト管弦楽団との再録音(07)でもいい。演奏スタイルの豹変に誰もが驚くであろう。つまりピリオド・アプローチを取り入れ、オケが小編成になっているのである。

アーノンクールは2001年と03年の2回、ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートに登壇した。遂に彼は世界を手中に収めたのである。レパートリーもシューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、スメタナ、ドヴォルザーク、ブルックナー、そしてガーシュウィン(!!)と広げていった。どうやらマーラーはお気に召さなかったようだ。

アーノンクールの実演を聴いたのは2006年11月、大阪・いずみホールでのモーツァルト:レクイエム。手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを率いての公演だった。これが最初で最後である。しかしあろうことか演奏中に携帯電話がホールに鳴り響いた!本当に申し訳ない気持ちになった(もちろん僕が発信源じゃないよ、念のため)。

僕が今、一番聴きたい音源は2000年にウィーン・フィルとレコーディングしたフランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」(1938年初演)。WARNER TELDECからCDが発売されたが、現在は廃盤。ナクソス・ミュージック・ライブラリー NMLなどの音楽配信もされていない。関係者各位、何とか状況を改善してください。お願いします。

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ロレンツォ・ギエルミ/ポジティフ・オルガン&チェンバロ・リサイタル with 平崎真弓

2月14日(日)兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。

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イタリアの鍵盤奏者ロレンツォ・ギエルミのオルガンは以前2回いずみホールで聴いている。2009年のレビューと、2012年のレビュー。平崎真弓はミュンヘン国立音楽大学でバロック・ヴァイオリンを学びブルージュ国際古楽コンクールのバロック・ヴァイオリン部門で3位となった。現在はコンチェルト・ケルンのコンサート・ミストレスを務める。曲目は、

  • ヴィヴァルディ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ短調 op.2-3 RV14
  • J.S.バッハ:協奏曲 ニ短調 BWV974(原曲A.マルチェロ:オーボエ協奏曲)
    【オルガン・ソロ】
  • パスクイーニ:かっこうの歌によるトッカータ【オルガン・ソロ】
  • コレッリ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ「ラ・フォリア」
  • J.S.バッハ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調 BWV1021
  • J.S.バッハ:イタリア協奏曲【オルガン・ソロ】
  • J.S.バッハ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ホ短調 BWV1023
  • コレッリ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ op.5-3より
    第5楽章 アレグロ(アンコール)
  • J.S.バッハ:管弦楽組曲 第3番よりアリア(アンコール)

ヴィヴァルディの通奏低音はポジティフ・オルガン、バッハの2曲はチェンバロが使用された。

ヴィヴァルディは優美。「かっこうの歌によるトッカータ」は可愛らしい音色で朴訥で典雅、軽やかな演奏だった。足ペダルの使用なし。

コレッリのヴァイオリンは激しく技巧的。嵐を感じさせた。

大バッハのソナタには凛とした美しさがあった。

アンコールで弾かれたG線上のアリアは、ほぼノン・ヴィブラートなので透明感があった。平崎真弓は初めて聴いたが、優れた古楽奏者だった。

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J.S.バッハ・オルガン作品全曲演奏会vol.8

いずみホールへ。

ヴォルフガング・リュプザムのオルガン独奏で、オールJ.S.バッハ・プログラム。

  • 前奏曲とフーガ ハ短調 BWV546
  • シュプラー・コラール集
    目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声 BWV645
    われはいずこに逃れゆくべき BWV646
    ただ神の御旨に従う者は BWV647
    わが魂は主をあがめ BWV648
    ああ、われらとともに留まりたまえ、主イエス・キリストよ BWV649
    イエスよ、汝いまぞ御空から下りたまい BWV650
  • 18のコラールから
    主イエス・キリストよ、われらを顧みて BWV655
    おお、神の小羊、罪なくして BWV656
  • 2つの単独コラール
    主キリスト、神のひとり子 BWV698
    神の子は来たりたまえり BWV724
  • 18のコラールから3つのグローリア・コラール
    いと高きところには神にのみ栄光あれ BWV662
    いと高きところには神にのみ栄光あれ BWV663
    いと高きところには神にのみ栄光あれ BWV664
  • 3つの単独コラール
    われは汝に依り頼む、主よ BWV712
    讃美を受けたまえ、汝イエス・キリストよ BWV697
    讃美を受けたまえ、汝イエス・キリストよ BWV722
  • 前奏曲とフーガ ハ短調 BWV545
  • パストラーレ ヘ長調 BWV590 より 第2楽章(アンコール)
  • 永遠の父なる神よ(キリエ) BWV672 (アンコール)

リュプザムは初来日だという。大層達者なオルガン奏者でちょっとびっくりだが、やはり日本にはオルガン・リサイタルをホールで聴くという習慣がないので、招聘元(民間のプロモーター)も二の足を踏むのだろう。教会だと収容人数が少なく採算が取れないし。リュプザムは盲目のオルガニスト、ヘルムート・ヴァルヒャとマリー=クレール・アランに師事した。マリー=クレールはタバコを吸いながらオルガンを弾くような自由奔放な女性だったという。

何と彼は暗譜でオルガンを弾いた。今までこのシリーズでは一度もなかったことである。これはヴァルヒャからの影響だという。ただ偽作の可能性があるという2曲のみ譜面を見ながら弾いていたので可笑しかった。

リュプザムによるとオルガンは非常に機械的な楽器なので、如何に歌わせるかが重要だという。バッハのコラールには素朴な信仰心があり、時に壮麗で、魂が浄化されるようだった。あとアンコールで演奏された「永遠の父なる神よ(キリエ)」が格調高くすごく良くて、深い感銘を受けた。

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鈴木秀美のJ.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲(連日公演)

12月3日(木)、4日(金)、大阪倶楽部へ。

鈴木秀美(バロック・チェロ)で、

  • J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 全曲
    (1日目:1,3,5番 /2日目:2,4,6番)

何度も書いてきたが念のため。モダン楽器とバロック楽器の違いは、まず弦がスチール弦か、裸のガット弦を張っているかにある。スチール弦が真っ直ぐな単音(pure tone)を奏でるのに対し、ガット弦には雑みや掠れがある。それが木目のような肌触りを感じさせる。また弓の形もモダン・ボウとバロック・ボウでは異なり、後者の方が短い(故にボウイング=運弓が変わってくる)。またバロック・チェロには床に固定するエンドピンがない。チェリストの膝に挟まれて宙に浮いた状態で演奏される。

鈴木秀美は当然、ピリオド・アプローチ(時代奏法)なので、基本的にはノン・ヴィブラート。装飾的に一瞬(ほぼ1秒以内、長くて2秒)、掛けることがたまにあり。

大バッハのオルガン曲や受難曲、ミサ曲などは基本的に教会音楽であり、神への捧げ物である。また無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータも「シャコンヌ(パルティータ 第2番)」に代表されるように、崇高で、神の御座す高みを目指したものと言えるだろう。

ところが一方、無伴奏チェロ組曲はのびやかで軽快な舞曲集であり、鈴木の演奏も弾んでスキップするような印象を受ける。こちらはむしろ「人間賛歌」だなと想った。バッハの他の作品で言えば「農民カンタータ」「コーヒー・カンタータ」のような世俗カンタータに近い感じ。

しかし短調の第2番、第5番はちょっと様子が違っていて、思索的かつ瞑想的。夜更け、ひとりコーヒーでも飲みながら自らの人生を振り返っているような雰囲気を醸し出す。

また5弦で演奏することを指示された(通常のチェロは4弦)第6番は18世紀に製作されたチェロ・ピッコロで弾かれた。楽器はやや小さめで、甲高い声を持つ。これを聴きながら草原の輝きとか空の青みをイメージした。トルーマン・カポーティの小説「草の竪琴」や宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」に通じる世界だなと感じた。

ただ現在、この無伴奏ソナタ集は肩掛け(小型)チェロヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの為に作曲されたと考えられていて、僕も寺神戸亮の生演奏を聴いたことがあるのだけれど、少なくとも第6番に関してはチェロ・ピッコロよりも肩掛けチェロの音色の方が楽想に合っているなと感じた。

2日目のアンコールはチェロ・ピッコロで弾く無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番の第3楽章だった。

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タリス・スコラーズ

6月14日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

ピーター・フィリップス指揮/タリス・スコラーズ(ア・カペラ)で、

  • ジョスカン・デ・プレ:喜びたまえ、キリストのみ母なる乙女
  • パレストリーナ:教皇マルチェルスのミサ曲
  • アレグリ:ミゼレーレ
  • ペルト:彼は誰々の息子だった
  • ベルト:ヌンク・ディミッティス(主よ、今こそ御身のしもべを)
  • トレンテス:ヌンク・ディミッティス
  • パレストリーナ:ヌンク・ディミッティス

アンコールは、

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2年前に彼らの演奏を聴いていて、その時も「ミゼレーレ」はプログラムに入っていた。感想はこちら。今回も1階席上手サイドに1人、3階席下手サイドに4声部のコーラスが配され、サラウンド効果抜群だった。

ジョスカン・デ・プレは女声5:男声5、パレストリーナは女声3:男声5になり、終曲のみ5:5。

現代エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトは「フラストレス」などで知っていたが、静謐な音楽を書く人だと想っていた。ところが今回歌われたのは力強く、堅固な信仰心に支えられている楽曲だったので意外だった。

プログラム最後の3曲は同じ歌詞をもつ楽曲を異なる国籍の作曲家で続けて聴かせるという趣向。トレンテスは16世紀スペイン、パレストリーナは16世紀イタリアの作曲家である。

全体として心洗われるような演奏。世界で最も美しい音色を奏でる楽器は人の声だと改めて確信した。

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バッハ・コレギウム・ジャパン、音楽の捧げもの

3月26日(木)兵庫県立芸術文化センター 小ホールへ。

鈴木雅明(チェンバロ)、若松夏美(ヴァイオリン)、荒木優子(ヴァイオリン)、菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)、懸田貴嗣(チェロ)で、

  • チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 BWV1016
  • チェンバロとフルートのためのソナタ ロ短調 BWV1030
  • 「われ天の高きところより来たりぬ」に基づくカノン風変奏曲
    BWV769a (アンサンブル版編曲 鈴木雅明)
  • 音楽の捧げもの

バロック・ヴァイオリンはいぶし銀の音。

フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)は風が耳元でそっと呟くよう。

そして傑作「音楽の捧げもの」は峻厳と聳え立つ巨塔の如し。研ぎ澄まされ、一分の隙もない音楽に身が引き締まる想いがした。

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ル・ポエム・アルモニーク

11月16日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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フランス古楽界でいま最も旬なアンサンブル、ル・ポエム・アルモニークを聴く。メンバーはソプラノを含む5人。今回のプログラムは「17-8世紀フランス、スペイン 宮廷の薫り漂う美しき歌曲」と題されている。ちなみにスペイン発祥の舞曲サラバンド、シャコンヌ、パッサカリアは変容を遂げながらフランス音楽に浸透していった。

  • マルク・アントワーヌ・シャルパンティエ:「ル・シッド」のスタンザによるエール
  • マラン・マレ:サラバンド
  • ピエール・ゲドロン:たとえ醜い苦しみが
  • アントニオ・マルティン・イ・コル:ガイタの調べによる変奏曲
  • ルイス・デ・ブリセーニョ:「妻をちゃんとしつけておけば」「侯爵殿の馬は」
  • アンリ・ル・バイイ:痴れ者のパッサカーユ
  • ジャン=フェリ・ルベル:12のヴァイオリン・ソナタより第9番
  • セバスティアン・ド・ブロッサール:人の世のさまざまな惨めさ
  • ガスパール・サンス:パッサカーリェ
  • ルイス・デ・ブリセーニョ:スペインの女、斧の踊り、フォリア「前奏と即興」〜「山暮らしのお嬢さん、あなたは両目で」
    (以下アンコール)
  • エティエンヌ・ムリニエ:エル・バッシェル
  • ルイス・デ・ブリセーニョ:セギディーリャ
  • 作者不詳:ファド

初めて聴く音楽ばかり。休憩なしで2時間弱、典雅な世界を堪能した。古楽って心が落ち着くね。

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