古楽の愉しみ

スペイン再発見〜古楽最前線!ー躍動するバロック@いずみホール

11月11日(日)いずみホールへ。

に続くシリーズ第3弾、今回はファミ・アルカイ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、アカデミア・デル・ピアチェーレを聴く。

Kogaku

曲目は、

  • 作者不詳(16世紀頃):ディ、ペーラ・モラ
  • カベソン&アルカイ:ラ・ダマ・レ・デマンダ
  • イザーク&アルカイ:ラ・スパーニャに基づくグロサーダ
  • アルカデルト、オルティス&アルカイ:「おお幸福な私の目」
  • アルカイ:「牛を見張れ」によるディフェレンシアス
  • カベソン:第1旋法によるティエント 第3番
  • アルカイ:ジョスカンの「はかりしれぬ悲しさ」によるグロサ
  • ムルシア:ファンダンゴ
  • カベソン&アルカイ:グロサーダ「ある日シュザンヌが」
  • 作曲家不詳&アルカイ:ハカラス&フォリアス
  • サンス&アルカイ:パッサカリア、マリオナス、カナリオス

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アルカイはスペイン生まれだが、父はシリア人で母はパレスチナ人だそう。

彼はジミ・ヘンドリックスの楽曲をカヴァーしたり、スタジオにはなんとエレキ・ヴィオラ・ダ・ガンバを所持しているという!型破りというか、規格外の人だ。

一旦は滅んで、1970年以降にヴィーラント・クイケン、ジョルディ・サヴァールらの尽力により復活した古楽器ヴィオラ・ダ・ガンバの概念を根底からひっくり返す、革新的演奏であった。特にガンバを横向きに倒し膝に載せ、ギターのように撥弦(はつげん)楽器として扱う手法には心底驚かされた。そしてカッケー!

ヴィオラ・ダ・ガンバ3丁とギター、チェンバロという五重奏を聴きながら、僕が真っ先に想起したのはアストル・ピアソラが率いるキンテート・タンゴ・ヌエヴォ( New Tango Quintet )だ。両者には迸る情熱がある。

ピアソラは生涯に八重奏団、六重奏団なども結成したが、バンドネオン奏者として頂点を極めたのがキンテート(五重奏団)時代だったことは論を俟(ま)たない。バンドネオン(ピアソラ)、ピアノ(パブロ・シーグレル)、ヴァイオリン、ギター、コントラバスという編成で、日本のバンドネオン奏者・三浦一馬もこのキンテート・スタイルを踏襲している。

今回のコンサートを聴き、確信を持ったのは、〈アルゼンチン・タンゴとスペイン音楽は密接に繋がっている〉ということ。16世紀以降、アルゼンチンはスペインの植民地となり、現在も公用語はスペイン語である。スペインとアルゼンチンの音楽は互いに影響し合い、共鳴している。それはアフリカ音楽とアメリカで誕生したジャズの関係に近い。

あと僕の脳裏に蘇った映像はアマゾン奥地でゴム園を開拓してオペラハウス建設の資金を作ろうとする1人の男を主人公とするヴェルナー・ヘルツォーク監督クラウス・キンスキー主演のドイツ映画「フィツカラルド」と、やはりヘルツォークとキンスキーが組み、伝説の都市エル・ドラドを探し求め、アンデスの山々を彷徨うスペインの探検隊を描く映画「アギーレ/神の怒り」であった。

Fitz Aguirre_

ファミ・アルカイとアストル・ピアソラに共通するもの。それは一つの音楽ジャンルの境界線を越えようとする強靭な意志である。ふたりは革命家なのだ。そして彼らはフィツカラルドとアギーレの姿に二重写しになる。

物凄い音楽を聴いた。

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アントネッロの〈エソポのハブラス〉@兵庫芸文

11月3日兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。

古楽アンサンブル「アントネッロ」を聴く。

Eso

〈エソポのハブラス〉とは、日本初の西洋文学の刊行物〈イソップ物語〉のこと。今から400年以上も前、安土桃山時代の出来事である。天正遣欧少年使節の帰国や鉄砲伝来と同時期にあたる。

  • パバナス(器楽)
  • 《恋人よ、あなたを見る時》(ソプラノ&テノール)
  • 《大いなる秘跡ゆえ》(ソプラノ&テノール)
  • イソップ『アリとセミ』
  • イソップ『ウサギとカメ』
  • イソップ『犬と肉』(ソプラノ)
    (アロンソ・ムダーラ《主が家を建てられるのでなければ》の替え歌)
  • イソップ『牛とオオカミ』
  • 《羊の世話をしてくれたら》(テノール)
  • ラス・バカス(器楽)
  • 《緑の野原にため息をつきに来てちょうだい》(ソプラノ&テノール)
  • 《君の町へ》(ソプラノ&テノール)
  • ファンタジア(器楽)
  • 《羊の世話をしてくれたら》による変奏曲(ハープ独奏)
  • 『出陣の法螺貝』
  • 《おろろんおろろん》(ソプラノ)
  • 《めでたし澄みきったワインの色》(テノール)
  • 《僕のかわいいヒョウタンちゃん》(テノール)
  • ハカラス(器楽)
  • イソップ『カラスと狐』
  • 《あなたから笑顔と元気を奪ったのは誰?》(ソプラノ)
  • 《ああ、美しい恋人よ》(テノール)
  • 《キスして抱きしめて》(ソプラノ&テノール)

物語仕立てで、時折スペインの古謡や踊り、天草の子守唄などが織り込まれる。

いやぁ愉しかった!異次元空間(ドリームタイム)に彷徨い込んだような、摩訶不思議な感覚を味わった。

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《聖母マリアの夕べの祈り》@いずみホールと、「マリア崇敬」について

11月2日(水)いずみホールへ。

  • モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り
  • カヴァッリ:サルヴェ・レジーナ(アンコール)

を聴く。演奏はジャスティン・ドイル/RIAS合唱団、カペラ・デ・ラ・トーレ(ピリオド楽器アンサンブル)。独唱は、

ソプラノ:ドロテー・ミールズ、マーガレット・ハンター
テノール:トマス・ホッブズ、マシュー・ロング

Izumi

今回のシリーズ【古楽最前線!ー躍動するバロック】を企画・監修した礒山雅・国立音楽大学招聘教授は2018年1月に雪で足を滑らせ頭を打ち、外傷性頭蓋内損傷のため死去した(享年71歳)。礒山氏はバッハ研究で名高い音楽学者だが、《聖母マリアの夕べの祈り》について次のように書いている。

私が無人島に持っていきたい曲は、モンテヴェルディの《聖母マリアの夕べの祈り Vespro della Beata Vergine》である。《マタイ受難曲》ではないのですか、とよくいわれるが、さすがの《マタイ》も《ヴェスプロ》の前では色褪せる、というのがかねてからの実感である。中世以来連綿と続いてきた、「マリア崇敬」の芸術――その頂点が美術ではラファエロの聖母像にあるとすれば、音楽では、間違いなくこの作品にあると思う。

<講談社学術文庫「バロック音楽名曲鑑賞辞典」より> 

ここで礒山氏の言う「マリア崇敬」について考察してみよう。

(ユダヤ教及び)キリスト教は父性原理の宗教である。旧約聖書の「創世記」において、神はまず自分の姿に似せ最初の男アダムを創り、アダムの肋骨から最初の女イヴを誕生させた。つまり男がで、女はということになる。また、三位一体:〈父と子と精霊〉に女性は含まれない

父性原理は「切断する」機能にその特性を示す。母性がすべての子供を平等に扱うのに対して、父性は子供を能力や個性に応じて分類する。

フランス人はまさに父性原理の権化であり、首と胴体を「切断する」ギロチンはフランス人が発明した。21世紀の現在もフランス人は赤ちゃんが生まれると、幼少期から夫婦と別室に寝かせる。子供を早くから自立させることが目的とされるが、つまりは親子の情や絆を「切断」しているわけだ。フランス人の多くが冷淡な性格なのは、ここに原因があるのではないかと僕は勘ぐっている。

そんな父性原理に対して、母性原理を導入して補完しようとした動きが「マリア崇敬」なのではないかというのが僕の考えである。

「マリア崇敬」はイタリアを中心に盛んとなった。世間一般にイタリア人=マザコンと言われることと(→こちらのブログを参照あれ)、母性原理導入とは無関係ではないだろう。スーパーマリオの口癖「マンマ・ミーア!」(ミュージカルの題名にもなった)は「なんてこった!」という意味で用いられるが、直訳すると「僕のお母ちゃん!」である。英語なら"Oh,my God !"なわけで、つまり〈神(父)→母〉に変換されている。「マリア崇敬」がこの慣用句にも潜んでいるのだ。イタリア人がどれくらい母親を大切にし、甘えているかは、フェデリコ・フェリーニ監督作品などイタリア映画を観ればよく分かる。

一方、ドイツのヨハン・ゼバスティアン・バッハの受難曲(Passion)やミサ曲、カンタータは父性原理に貫かれており、非常に厳格である。余りマリアに触れられることはない。この「切断する」厳しい父性原理はベートーヴェンに引き継がれた。

マリアに焦点が当てられた宗教曲「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」の名作を作曲したのは、パレストリーナ、ヴィヴァルディ、ペルゴレージ、ロッシーニなどやはりイタリア人が中心であり(チェコのドヴォルザーク作も素晴らしい)、ドイツ・オーストリア・フランス・イギリスの作品は極めて稀だ。フランス人のプーランクが「スターバト・マーテル」を作曲しているという反論もあろうが、彼はゲイだから。一般にゲイの人に「どうして結婚されないんですか?」と尋ねると「母が素晴らしすぎたから」という答えが帰ってくる。ニーノ・ロータ(作曲家)や木下惠介(映画監督)、淀川長治(映画評論家)がそうだった。閑話休題。

演奏について。色彩豊かな合唱が素晴らしく、ソリストも特に透明感のあるドロテー・ミールズ、たおやかで美しいトマス・ホッブズの歌声が絶品だった。

僕は予習としてヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂で収録されたジョン・エリオット・ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツのDVDを繰り返し鑑賞して臨んだのだが、指揮に関してはガーディナーの方が躍動感で勝っていると思った。

あと楽器編成が両者で相当異なっていたので面食らった。カペラ・デ・ラ・トーレは18人の編成で、いささか音が薄っぺらく感られた。

今回の上演では途中、サラモーネ・ロッシ、ビアージョ・マリーニ、ガスパロ・ザネッティが作曲した当時の器楽曲や、グレゴリオ聖歌「私を見てはならない」が挿入された。またガーディナーの映像同様に、要所要所でソリストと合唱が場所を移動して歌った。

《聖母マリアの夕べの祈り》について、モンテヴェルディ研究者のジルケ・レオポルト博士は「それは、さまざまな機会に応じて配置を入れ替え、編成を変えて上演することのできる、小品のゆるやかな連合体なのです」と書いている。

言い換えるならば、J.S.バッハ以降の音楽とは違って、【古楽とは、ジャズのジャムセッション(Jam session)・即興演奏( Improvisation)の如く、自由度が高くて変換可能な音楽である】と、僕は理解した。

礒山さんがもし生きておられたら、さぞかし今回の演奏を歓び、心から愉しんで聴かれたことだろうと、しみじみ思った。

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四元素でたどる音楽史〜古楽最前線!ー躍動するバロック@いずみホール

古代ギリシャ時代には万物全てが「水」「気(風)」「火」「地」の四つの元素で構成されていると信じられ、近代科学が成立するまで大きな影響力を持っていた。ここには、【人間は二項対立で思考するものだ】という基本構造が隠されている。

まず〈気⇔地〉〈火⇔水〉という2組の基本的な二項対立があり、〈気⇔地〉は垂直方向の差異〈上(天)⇔下(地)〉、〈火⇔水(雨・川)〉は〈上昇⇔下降〉として示される。「気(風)」は生者、「地」は死者のメタファーでもある。また「火」は愛(情熱)、「水」は無関心(つれない)と言い換えることも出来るだろう。

次に〈火・気⇔水・地〉という組み合わせは〈温かい⇔冷たい〉であり、〈火・地⇔水・気〉は〈乾いた⇔湿った〉という二項対立を表している。これらを図にすると次のようになる。

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日本人の感覚でこの分類はピンとこないかもしれないが、乾燥した地中海の気候をイメージしていただきたい。オリーブが育つ土壌で、春の訪れを告げる豊穣の西風ゼピュロスや、暖気と雨を運んでくる東風エウロスが吹く場所。

11月2日(金)いずみホールへ。

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今年亡くなった礒山雅 招聘教授〈企画・監修〉による、【古楽最前線!】シリーズ第1回目はレクチャー&コンサート「四元素でたどる音楽史〜中世からモンテヴェルディまで」と題された。

演奏はカペラ・デ・ラ・トーレ(ピリオド楽器管楽アンサンブル)初来日とマーガレット・ハンター(ソプラノ)。お話は市川克明(音楽学)。

曲目は、

作曲者不詳:ファンファーレ(16世紀)
ランディーニ:さあ、春が来た

~WATER~「水」の巻
ビクトリア:めでたし、海の星
作曲者不詳/即興:バスダンス《新アリオト》(15世紀)
ギッツォーロ:セイレーンの歌/ネプチューンの応答
アルカデルト:真白で優しい白鳥は
アレグリ:セーヌのニンフたちの第5バッロ

~AIR~「気」の巻
フレスコバルディ:そよ風吹けば
(伝承曲):パッサメッゾ
モンテヴェルディ:いとも優しいナイチンゲールよ
プレトリウス:カナリー(カナリア)
モンテヴェルディ:西風が戻り

~FIRE~「火」の巻
作曲者不詳/カヴァリエーリ:おお、なんと新たな奇蹟よ
作曲者不詳:愛の神よ、与えてください(16世紀)
フォリアーノ:甘い愛の炎
トロンボンチーノ:あくまで従ってまいります
作曲者不詳:戦いの道をたどろうとする者は(17世紀)

~EARTH~「地」の巻
ビクトリア:レクイエム入祭唱
ホルボーン:パヴァーヌ:葬送
      アルマンド:愛の果実
ピッファロ:あなたの神々しい姿を
ランディ:生のパッサカリア~「死なねばならぬ」

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カペラ・デ・ラ・トーレは2005年にミュンヘン生まれのショーム奏者カタリーナ・ボイムルによって創設された。今回使用された楽器は、

  • ショーム(シャルマイ・ポンマー):オーボエの前身
  • ドゥルツィアン:ファゴットの前身
  • サックバット:トロンボーンの前身
  • ツィンク(ルネサンス・コルネット):発音機構上金管楽器に属すが、木製
  • リュート、テオルボ:撥弦楽器
  • ポジティフオルガン
  • 打楽器

伝承曲「パッサメッゾ」は変奏曲になっており、途中からまるでジャズの即興演奏(インプロヴィゼーション)風になり、ノリノリだった。

モンテヴェルディ「西風が戻り」は奏者が一人ずつ演奏をやめ、舞台を立ち去り、最後はテオルボとオルガン奏者のふたりだけに。ハイドンの交響曲 第45番「告別」を彷彿とさせるな演出。

ヨーロッパの洗練を感じさせる、愉快な演奏会だった。

市川克明氏から、「1600年を境にオペラが生まれ(ヤコポ・ペーリ「ダフネ」「エウリディーチェ」)、長調と短調が明確に別れたのもこの頃」というお話があり、大変興味深かった。なお、モンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」が初演されるのが1607年である。

またトロンボンチーノは奔放な人だったと触れられたので、興味を持って帰宅後調べてみた。

ルネサンス期に活躍した作曲家バルトロメオ・トロンボンチーノはその名の通りトロンボーン奏者でもあった。メディチ家のために演奏していたこともあるという。しかし素行に問題があり、マントヴァで宮廷音楽家となるもその悪行ゆえヴェネチアに逃亡。またマントヴァに戻ったと思ったら、今度は妻が愛人と密会しているのを目撃して殺害した。これは当時の慣例で許されたが、さらに別の悪行に及んで再びマントヴァを去り、フェラーラの宮廷に仕えるようになった。

!!

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幻の楽器アルペジオーネを生で聴く〜クリストフ・コワンと仲間たち

4月25日(水)兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。

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ニコラウス・アーノンクールに師事し、現在はモザイク・クァルテットのメンバーであるクリストフ・コワン(チェロ&アルペジオーネ)、オルフェウス弦楽四重奏団に以前所属していたジェローム・アコカ(ヴァイオリン)、金子陽子(フォルテピアノ)で、

  • ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番「春」
  • シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ
  • リース:ロシアの3つのメロディーによるチェロとピアノフォルテのための変奏曲(日本初演)
  • ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第5番「幽霊」
  • ショパン(フランショーム編):マズルカ第41番・34番(アンコール)

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アルペジョーネは1823から24年にかけてウィーンのギター製造者ヨハン・ゲオルク・シュタウファーによって発明された6弦の弦楽器である(因みにチェロは4弦、クラシック・ギターは6弦)。しかし全く普及せず、シューベルトが24年に作曲したアルペジョーネ・ソナタ以外に後世にまで知られている曲は皆無。1871年になってこの曲がようやく出版された時には完全に忘れ去られた楽器に成り果てていた。つまり市場に出回ったのは僅か数十年という短命だった。

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現在アルペジョーネ・ソナタはチェロで弾かれることが多く、今井信子はヴィオラでレコーディングしている。

アルペジオーネを弾ける奏者は世界的に見ても希少で、恐らく一桁台だろう。だって一生懸命奏法をマスターしても、レパートリーがシューベルトの1曲しかないのなら、やり甲斐がないじゃない?そもそも博物館所蔵以外に弾ける状態の楽器は殆ど無い。

だから今回、千載一遇の体験が出来た。アルペジオーネはチェロよりも小さく、ギターやヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(肩掛けチェロ)よりは大きい。

爪弾くとギターに音色が近い(但し通常は弓で奏でる)。チェロより高い音で軽やかで華やか。典雅な響きがした。

バロック・ヴァイオリンは朴訥で、帽子で例えるなら(飾りの付いた)fancy hatではなく、plain hatという印象。

ベートーヴェンのピアノ・トリオは端正で、音楽が弾けていた。

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イザベル・ファウストとスティーブ・ジョブズ/バッハ無伴奏Vn.ソナタ&パルティータ全曲演奏会

1月23日及び24日に連続で、イザベル・ファウストの弾くJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会を聴いた@いずみホール。

Faust

【第1夜】

  • 無伴奏Vn.ソナタ 第1番
  • 無伴奏Vn.パルティータ 第1番
  • 無伴奏Vn.ソナタ 第2番

【第2夜】

  • 無伴奏Vn.パルティータ 第3番
  • 無伴奏Vn.ソナタ 第3番
  • 無伴奏Vn.パルティータ 第2番

第2夜で曲順の入れ替えを行っているのは言うまでもなく、最後に【音楽世界遺産】である超弩級の名曲「シャコンヌ」を擁する無伴奏Vn.パルティータ第2番を持ってくるためである。余談だが1977年に遙かなる宇宙を目指し打ち上げられたボイジャー探索機には遠い未来、それが遭遇するかもしれない地球外知的生命体(宇宙人)に向け人類からのメッセージとしてゴールデンレコードが搭載されており、そこには無伴奏Vn.パルティータ第3番の第3曲「ロンド風ガヴォット」が選ばれている(演奏はグリュミオー)。詳しいリストはこちら

Lp

どうして「シャコンヌ」じゃないんだ?という疑問は当然湧くが、恐らく収録時間の問題だろう。CDじゃなくレコードだからね。「ガヴォット」が3分弱。対して「シャコンヌ」はファウストのCDだと12分26秒。

ファウストは東京でしばしば無伴奏ソナタ&パルティータ全曲演奏会を開いているが、大阪では今回が初めて。僕は京都市のバロックザールで一度聴いており(レビューはこちら)、その時は3曲のみだった。またチョン・キョンファが一晩で6曲全曲演奏を行う無謀な挑戦にも足を運んだが、途中で弾くのが止まるわボロ雑巾みたいな状態で、惨憺たる結果に終わった。

バロックザールで3曲聴いたときよりも今回の方が遥かに感動が大きかった。全然違う。やはり6曲を集中して、通しで聴くというのが鍵なのだろう。音楽は清冽で、暗闇の中でメラメラと真直ぐに燃える蝋燭の太い芯のような演奏であった。

ファウストはバロック・ヴァイオリンに裸のガット弦を張りバッハの無伴奏を弾いたことがあるそうなのだが、CDや今回は愛器ストラディバリウス「スリー・ピング・ビューティ」+スチール弦+バロックボウ(弓)という組み合わせ。その理由はこちらのインタビューで彼女が詳しく語っている。なおバロック弓は現代のものよりも約5cm短く、重量も15gほど軽い。よって構え方や運弓法(ボウイング)に違いが出てくる。ノン・ヴィブラートによるピリオド・アプローチ(古楽奏法)。ピッチを揺らすのは装飾音のみ。

彼女の奏でる音を聴きながら僕が想起したのは故スティーブ・ジョブズの座右の銘「洗練を突き詰めると簡潔になる(Simplicity is the ultimate sophistication. )」。大バッハの音楽はiPhoneの姿形に似ている。ファウストの舞台衣装もそうで、一見地味でシンプルだがその実とってもお洒落。どうやらイッセイミヤケのプリーツプリーズらしい。そしてスティーブ・ジョブズが生前愛用していた黒のタートルネックも三宅一生がデザインしたものだった(詳しくはこちら)。一部でセントクロイ・コレクションだという情報が飛び交っているがそれは間違い。ちゃんと伝記に明記されている。ある日ニューヨークにあるイッセイミヤケの事務所にジョブズ本人から電話があり、100着まとめて注文したという。彼は同じものを毎日着替えていた。

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僕はこの2日間、ファウストと共に深い、深い思索の森を散策した。それは「森林浴」と言ってもいい、魂が浄化される体験であった。周りの聴衆も殆どが連日足を運んだ人たちばかりで、いわば我々は「旅の仲間」「同志」だった。彼女がバッハを奏でる様子は農家の夫人が真摯な祈りを捧げている姿を連想させる。そう、ミレー「晩鐘」のイメージだ。

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そして本屋大賞を受賞した宮下奈都(みやしたなつ)著「羊と鋼の森」の次の一節を想い出した。

 自分が迷子で、神様を求めてさまよっていたのだとわかる。迷子だったことにも気づかなかった。神様というのか、目印というのか。この音を求めていたのだ、と思う。この音があれば生きていける、とさえ思う。

神はそこ(ホール)にいた。その神はキリスト教徒が思い描くような手の届かない彼岸の存在、絶対的な真理・イデアではなく、偉大な人間(バッハ)の想像力(イマジネーション)と叡智によって創り出されたものであった。

稀有な演奏会だった。現在望みうる最高のバッハ。是非何年後かにまた彼女で聴きたい。さらに五嶋みどりやアリーナ・イブラギモヴァが弾くバッハの無伴奏Vn.全曲演奏会も期待したい。いずみホールのスタッフの方々、よろしくお願いします。

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バルトルド・クイケン/バロック・フルート・ソロリサイタル

11月24日イシハラホールへ。バルトルド・クイケンで無伴奏フルート作品を聴く。

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  • テレマン:ファンタジア 第7番、第6番 ①
  • ミシェル・ド・ラ・バール:組曲+フランソワ・クープラン:恋の鶯 ②
  • J.S.バッハ:無伴奏フルートのための組曲(パルティータ)イ短調 ②
  • C.P.E.バッハ:無伴奏フルートのためのソナタ イ短調 ③
  • シルヴィウス・レオポルド・ヴァイス:組曲 ト長調 ②
    (原曲はリュート作品)

使用されたフラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)は以下のレプリカ(複製)。楽器の解説はクイケン自身による。
①ヨハネス・ヒアキントス・ロッテンブルク(ブリュッセル、1735年):②よりややピッチが高く、ソプラノ・ヴォイス。
②オトテール(パリ、1700年):ルイ14世の時代の楽器で、深く温かい音。
③アウグスト・グレンザー(ドレスデン、1750年):①よりもっとソプラノ。Singing instrument。

アンコールは3曲でJ.S.バッハとテレマンのファンタジーから。

②オトテールの音色は朴訥で雅(みやび)。木のぬくもりが感じられた。

大バッハのパルティータはクイケンの寄稿文によると、もしかしたらリュートのための作品ではないかと。何故なら息継ぎの出来る箇所が殆どないからだ。そして彼はこう断言する。「バッハの音楽は、時間も場所も超越しているーそのことに気づかされるとき、私はいつも驚き、そのたびに幸福な思いにひたります」

息子C.P.E.の楽曲は華麗で気高い。

ヴァイスの曲はフルートのためのオリジナル作品のように響き、全く違和感がなかった。

久しぶりに古楽の世界を堪能した。

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タリス・スコラーズ@兵庫芸文 2017

6月3日(土)兵庫県立芸術文化センターへ。

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ピーター・フィリップス指揮タリス・スコラーズ(10名によるア・カペラ)で、

  • タリス:ミサ曲「われわれに幼子が生まれた」
  • バード:アヴェ・ヴェルム・コルプス
  • 同:正しき者の魂は神の御手に
  • 同:聖所にて至高なる主を賛美もて祝え
  • アレグリ:ミゼレーレ
  • モンテヴェルディ:無伴奏による4声のミサ曲
  • パレストリーナ:主の僕たちよ、主をほめたたえよ
  • モンテヴェルディ:カンターテ・ドミノ (アンコール)
  • トレンテス:ヌンク・ディミッティス
    「今こそ主よ、僕を去らせたまわん」(アンコール)

生で彼らを聴くのはこれが3回目である。

彼らのレパートリーには現代の作曲家ペルトの作品もあるのだが、今回はルネサンス〜バロック期の教会音楽のみ。毎回、アレグリの「ミゼレーレ」は歌われており、彼らの代名詞と言えるだろう。楽譜はシスティーナ礼拝堂から門外不出だったが、これを聴いた14歳のモーツァルト少年が記憶だけを頼りにまるまる採譜したというエピソードは余りにも有名。

澄み切った、心洗われる響きに魅了された。

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ブラウティハイム/フォルテピアノ・リサイタル

2月4日(土)兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。ロナルド・ブラウティハイムが弾くフォルテピアノを聴く。

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  • モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第5番
  • 同:ロンド イ短調 K.511
  • 同:ピアノ・ソナタ 第12番
  • ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」
  • 同:ピアノ・ソナタ 第18番
  • 同:ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
  • 同:エリーゼのために(アンコール)

ブラウティハイムはオランダのフォルテピアノ奏者。スウェーデンのBISレーベルから沢山のアルバムを発売している。この分野ではアンドレアス・シュタイアー(ドイツ)と並び称される名手である。ただしシュタイアーはモーツァルト、シューベルト、シューマンなどの作品を録音しているが、ベートーヴェンは少ない。一方のブラウティハイムはベートーヴェンのピアノ・ソナタ及び協奏曲全曲をレコーディングしている。今回使用されたフォルテピアノは1800年頃のアントン・ヴァルターが製作した楽器のレプリカ。丁度、ベートーヴェン「悲愴」が出版された(1799年)あたりだ。足で踏むペダルはなく、代わりに取り付けられた膝レーバーについての写真付き解説はこちら

モーツァルトの初期のソナタは踊るような演奏で、コロコロ転がってゆく。優しい場面が一転し、力強い音楽に。表現の幅がある。

ベートーヴェンには畳み掛けるような切迫感が感じられた。またフォルテピアノは時折、鐘のように響く弦の金属的共鳴音が聴こえてきて面白い。

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ザ・フェニックスホールでフランソワ・クープランを聴く

5月18日、ザ・フェニックスホールへ。

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アンサンブル・レ・フィギュールを聴く。パリ在住の音楽家たちで結成された古楽グループで、メンバーは高橋三千子(ソプラノ)、榎田摩耶(バロック・ヴァイオリン)、原澄子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、石橋輝樹(フラウト・トラヴェルソ)、會田賢寿(チェンバロ)の5人。曲目は、

  • F. クープラン:前奏曲第1番 クラヴサン奏法より
  • 同:11詩「私は苦しみに憔悴し」4つのモテより
  • 同:前奏曲第8番 クラヴサン奏法より
  • 同:「ソナード」諸国の人々 フランス人より
  • 同:前奏曲第5番 クラヴサン奏法より
  • 同:「わが心の甘い絆」エール・ド・クールより
  • 同:前奏曲「厳かに」 ヴィオル曲集 第2組曲より
    (枯れ葉を連想させる、鄙びた雰囲気)
  • 同:「波」 クラヴサン曲集第1巻 第5オルドル
    (華麗で気品に満ちている)
  • 同:「パルナソス山に導かれるリュリ」リュリ讃より
    (澄んだ青空、爽やかな微風を連想させる)
  • リュリ:「シャコンヌ」王の眠りのための音楽より
  • ランベール:「あなたの蔑みは」エール・ド・クールより
  • 同:前奏曲第3番 クラヴサン奏法より
  • 同:「リュリからアポロンへの謝辞」リュリ讃より
  • 同:「リュリとフランスのミューズたち、コレッリとイタリアのミューズたち」リュリ讃より
  • 同:「楽園シャンゼリゼで音楽の精霊たちと合奏するリュリ」
    リュリ讃より
  • ランベール:「愛する人の影」エール・ド・クールより
  • F. クープラン:「無題」「アルマンド」
    趣味の融合または新しいコンセール第6番より
  • 同:「神秘的な障壁」クラヴサン曲集第2巻 第6オルドル
  • 同:「悪魔のアリア」趣味の融合または新しいコンセール第6番より
    (ピッコロ+太鼓あり)
  • 同:「どうか私に言わないで」エール・ド・クールより
  • 同:「魅力」趣味の融合または新しいコンセール第9番 愛の肖像より
  • 同:12詩「あなたの熱い言葉は崇められ」4つのモテより
  • 同:13詩「私は幼く、蔑まれる者」4つのモテより
  • 同:「活気」趣味の融合または新しいコンセール第9番 愛の肖像より
  • 同:「アンジェリック」クラヴサン曲集第1巻 第5オルドル
    (ガンバと共に。木枯しの寂しさ)
  • 同:12詩「真実は大地から芽吹き、正義は天から見下ろす」
    7つのモテより
  • 同:「シャコンヌ」諸国の人々 神聖ローマ帝国の人より
  • 同:前奏曲第1番 クラヴサン奏法より

アンコールは以下の通り。
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フランス・バロック(古典フランス)音楽の作曲家で、僕が最も愛するのがフランソワ・クープランとジャン=マリー・ルクレールなので、クープランの音楽がたっぷり聴けて大満足。典雅な気分を満喫した。

またクープランの音楽はリュリに代表されるフランスの優雅さと、コレッリに見られるイタリアの明るさを融合したものだということが良く判った。演奏の質も上等だった。

クラシック音楽ファンの数はそもそも少ない。中でも古楽愛好家なんか、恐らく全体の1%にも満たないだろう。だからはっきり言って古楽をやっていても客は入らないし儲からない。陽は当たらず、一生貧乏暮しだ。そんな茨の道を敢えて歩く、才能ある日本の若者がこれだけいるということは実に頼もしく、嬉しいことだ。是非また聴きたい。彼らに幸あれ!

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