クラシックの悦楽

2017年5月22日 (月)

クァルテット・エクセルシオのクインテット@いずみホール

5月19日いずみホールへ。

クァルテット・エクセルシオとミシェル・ルティエク(クラリネット)、堤剛(チェロ)で、

  • モーツァルト:クラリネット五重奏曲
  • シューベルト:弦楽五重奏曲
  • ギヨーム・コヌソン:ディスコ=トッカータ
    (クラリネット&チェロ 編) アンコール

ルティエクのクラリネットはふわっと柔らかい響きで優しい。心地良かった。

シューベルトのクインテットは村上春樹がシエスタ(昼寝)のお供として聴いていることで有名。彼の愛聴盤はヨーヨー・マとクリーブランド弦楽四重奏団によるCDだという。僕が普段よく聴いているのは①ベルリン・ブランディス弦楽四重奏団+ウェンシン・ヤン②アルバン・ベルク四重奏団+ハインリッヒ・シフ③ラルキブデッリ(バロック・チェロ奏者アンナー・ビルスマ率いるガット弦による弦楽アンサンブル)。特にベルリン・フィルのコンサートマスターだったトーマス・ブランディスを中心とする①がお気に入り。

今回のシューベルトは兎に角クァルテット・エクセルシオがいただけない。音が弱々しく、頼りない。慎重すぎて守りに入り、覇気がない。もっと大胆さが欲しい。第2楽章アダージョは弱音で開始される主部と、中間部の激しさにコントラストが足りない。第3楽章スケルツォはテンポが遅く、ぬるま湯につかっているよう。緊張感に欠け、寝ぼけた音楽に成り果てている。総評としてガットが弛んでボールを打ち返す力を失ったテニスラケットのような演奏で、ゲストの堤剛が浮いていた。彼らのコンサートに足を運ぶことはもう二度とないだろう。

結局、最も生き生きして聴き応えがあったのはクァルテット抜きのアンコールという情けなさ。なお、帰宅して調べてみるとギヨーム・コヌソン(Guillaume Connesson, 1970 - ) はフランスの現代作曲家らしい。愉しくて気に入った。

僕が今まで聴いた日本人による弦楽四重奏団で、最高だったのはモルゴーア・クァルテット。次点が関西弦楽四重奏団。でかなり落ちてクァルテット・ベルリン・トウキョウ、ロータス・カルテット、最低がクァルテット・エクセルシオ。そんな感じかな(解散した東京クヮルテットは除く)。

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2017年5月18日 (木)

ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第5番とロンドン大空襲(The Blitz)〜藤岡幸夫/関西フィル定期

5月17日(水)ザ・シンフォニーホールへ。

藤岡幸夫/関西フィル管弦楽団シプリアン・カツァリス(ピアノ)で、

  • ラヴェル:ラ・ヴァルス
  • ラヴェル:ピアノ協奏曲
  • ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第5番

を聴いた。

プレ・トークで藤岡が語ったことによると、ラヴェルのコンチェルトは史上最速だそうだ。カツァリスのピアノはファンタジーとポエムに溢れている。第1楽章は無邪気な子供のようで、そこにラヴェルのスペイン(バスク地方)の血や、アメリカで会ったガーシュウィンからの影響が混ざる。第2楽章アダージョは子供部屋で赤ん坊がすやすやと眠っている情景。夢見る音楽。第3楽章プレストに至るとヴィルトゥオーソが炸裂!おもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎで、そこにゴジラのテーマも紛れ込む。超高速であっという間に終わった。

ソリストのアンコールはフランス風即興曲ラ・マルセイエーズ(リスト/カツァリス編)に始まり、枯葉〜男と女〜シェルブールの雨傘〜バラ色の人生などがメドレーで奏でられる。お洒落!万雷の拍手の中、カツァリスはオケの楽員や観客に投げキスを振る舞った。この模様は後日、藤岡がナビゲータを務めるBSジャパン「エンター・ザ・ミュージック」で放送される予定。

さて、イギリスの作曲家レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(RWV)の交響曲第5番を初めて聴いたのは確か僕が大学生くらいの頃だった。テラーク(TELARC)というレーベルから出ていたプレヴィン/ロイヤル・フィルのCD(1988年デジタル録音)を購入したのである。ここは録音が優秀なことで知られていたが、2005年にコンコード・ミュージック・グループに買収され、名録音チームも雲散霧消してしまった。

当時の感想は「メリハリ(起伏)が乏しく、掴みどころがない退屈な曲」だった。CDを1,2回聴いただけで放置してしまった。近代アメリカ音楽の祖アーロン・コープランド(「市民のためのファンファーレ」「ロデオ」「アパラチアの春」)は次のような言葉を残している。

ヴォーン・ウイリアムズの交響曲第5番を聴くことは、雌牛を45分間眺めるようなものだ。 (Listening to the fifth symphony of Ralph Vaughan Williams is like staring at a cow for 45 minutes.)

なかなか強烈である。藤岡もプレ・トークで「この曲の魅力は絶対に実演を聴かないと判りません。僕もCDだと寝ちゃう」と語っていた。「一歩間違うとお客さんが寝ちゃうから、今日は気合を入れて頑張ります」

アメリカやヨーロッパ大陸でイギリス音楽が演奏されることは滅多にない(唯一の例外がホルストの組曲「惑星」)。最近でこそウィーン・フィルやベルリン・フィルがエルガーの交響曲やエニグマ変奏曲を取り上げるようになったが、ディーリアス、アーノルド、ウォルトン、ヴォーン・ウィリアムズになるとほぼ皆無に等しい(ブリテンなら「ピーター・グライムズ」〜4つの海の間奏曲くらいか)。例えばパリ管やロイヤル・コンセルトヘボウ管、バイエルン放送響、シカゴ響がヴォーン・ウィリアムズの交響曲を演奏したって話を聞いたことあります?それだけ偏見が根強いのだ。寧ろ武満徹の方が取り上げられる機会が多いだろう。

アメリカやヨーロッパ大陸の人々と同様、若い頃の僕は愚かで無知だった(エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの価値がヨーロッパで理解されるまでに50年もかかったのは彼らに見る目がないからだ)

そんな僕の目を開かせてくれたのが藤岡幸夫の指揮で聴いたRWVの交響曲第3番だった。

第一次世界大戦の時、41歳のRWVは義勇兵として従軍し、砲火の爆音に晒された為に難聴になった。彼の友人だった作曲家ジョージ・バターワースはフランスのソンムの戦いで狙撃され、戦死した。その哀しみ、心の痛みが第3シンフォニーを産んだ。

一方、第5番は第二次世界大戦中の1943年6月24日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールにて、作曲家自身の指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で初演された。

1940年9月7日から1941年5月10日までナチス・ドイツはロンドン大空襲を実行した。ドイツ語でBlitz(ブリッツ)、「稲妻」という。連続57日間に及ぶ夜間空襲があり民間人の犠牲者は4万3千人に及び、100万以上の家屋が損害を受けた。地下鉄の駅の構内がロンドン市民の避難所となった(映画「007 スカイフォール」に出てくる。また興味のある方はジョン・ブアマン監督「戦場の小さな天使たち」をご覧になることをお勧めしたい)。そんな焼け野原の中でこのシンフォニーは産声を上げたのである。この時、RVWの胸に去来したのものは何だったろう?

静謐な第5番を聴きながら、僕は「無念」だったのではないかという気がする。第1楽章は祈りの音楽と言えるだろう。このシンフォニーは優しい。傷ついた人々の心を慰め、癒そうとする強靭な意思を感じる。暴力的な音は微塵もない。そして終楽章には「希望」という名の光が差し込んでくる。

RVWは3ヶ月間、ラヴェルに師事したという。ふたりには第一次大戦に従軍したという共通点もある。そして第5番はシベリウスに献呈された。この時シベリウスは既に交響曲第7番まで書き上げ、悠々自適の隠遁生活を送っていた。だからこのシンフォニーにはシベリウスの、特に第4番以降の交響曲からの影響が色濃い。

藤岡/関西フィルは「イギリスの自然を描いた」という第1楽章(前奏曲)冒頭からゆったり、じっくりと歌い上げる。「ピアニッシモの凄み、才気だったスケルツォ」と藤岡が語る第2楽章は俊敏で、ネズミがちょこまか這い回っているよう。弱音器を付けた弦楽合奏で始まる第3楽章ロマンツァは清浄で、心が洗われる。ここは天界。そしてコールアングレのソロが登場すると、誰もいなくなった古戦場に侘びしく風が吹きすさぶ様子が目に浮かんだ。諸行無常の響きあり。第4楽章パッサカリアはまるで教会のステンドグラスから朝日が差し込むよう。そして音楽は消え入るように終わった。文句なし、パーフェクト。

藤岡/関西フィルは現在、シベリウスの交響曲全集をレコーディング中であり、また同時にRVWに真摯に取り組んでいる。この姿勢は名もなき地方都市のオーケストラであるハレ管弦楽団と指揮者ジョン・バルビローリの関係を彷彿とさせる。シベリウスとRVWのふたりを愛してやまない指揮者って、実はいそうでいないんだよね。因みにRVWの交響曲第8番はバルビローリ/ハレ管が初演した。藤岡はハレ管の定期演奏会でデビューした時、何と大胆にもシベリウスの交響曲第1番を選んだそうである。

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2017年5月15日 (月)

マーラー交響曲第6番をめぐる諸問題〜サロネン/フィルハーモニア管@兵庫芸文

5月14日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

エサ=ペッカ・サロネン/フィルハーモニア管弦楽団で、

  • ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番
  • ドビュッシー:「子供の領分」〜人形のセレナーデ
    (ソリストアンコール)
  • マーラー:交響曲 第6番「悲劇的」

を聴く。

コンチェルトの独奏はショパン・コンクールの覇者、韓国のチョ・ソンジン。強い打鍵、剛柔併せ持つ。オーケストラはクラシカル・ティンパニとバルブのないナチュラル・トランペットを使用。サロネンの解釈は小気味よく明晰。ピアノはwetで、伴奏はあくまでdry。両者の対比が面白かった。感情よりも均整を重視する古典派と違い、フランス印象派の音楽はwetで良いので、ピアニストの資質としてはドビュッシーの方が似合っている気がした。

マーラーの交響曲第6番を演奏するに際し、指揮者の裁量で判断しなければならない事項が幾つかある。まず第1に第4楽章のハンマーは何度振り下ろされるのか?ということ。通常(最終稿のスコアに記載されたもの)は2回。しかしレナード・バーンスタインはアルマ・マーラーの回想に基づき3回実行し、その「弟子」佐渡裕も追随している。ショルティも3回。因みに完成当時の自筆スコアには5回指示が書き込まれており、それが出版に際し→3回→2回と減らされた。

もうひとつ問題となるのが第2楽章と第3楽章の順番である。従来はスケルツォ→アンダンテ・モデラートとされて来たが、2003年に国際マーラー協会は、それとは逆にアンダンテ→スケルツォの順序がマーラーの最終決定であると発表した。協会HPに掲載されたクービック(校訂者)の見解では、指揮者でもあったマーラー自身がスケルツォ→アンダンテの順で演奏したことはないとしている。

クラウディオ・アバドは1979年のシカゴ響との録音でスケルツォ→アンダンテを採用しているが、2004年ベルリン・フィル、2006年ルツェルン祝祭管との録音では協会に従いアンダンテ→スケルツォに変更している。リッカルド・シャイーも1989年ロイヤル・コンセルトヘボウ管との録音でスケルツォ→アンダンテ、2012年ライプツィヒ・ゲバントハウス管との録音ではアンダンテ→スケルツォとした。

レコーディングの古いものは大半、スケルツォ→アンダンテの順番で、カラヤン、バーンスタイン、ドホナーニ、テンシュテット、ブーレーズ、ギーレンらがそれに当たる。

一方、アンダンテ→スケルツォで録音されたCDに以下のものが挙げられる。

  • バルビローリ/ベルリン・フィル(1966)
  • ラトル/ベルリン・フィル(1987&2011)、バーミンガム市響(1989)
  • ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管(2005)
  • ゲルギエフ/ロンドン響(2007)
  • ハーディング/バイエルン放送響(2014)

しかし、国際マーラー協会から新見解が発表された2003年以降もスケルツォ→アンダンテのまま変更していない指揮者たちがいる。

  • ハイティンク/シカゴ響(2007)
  • インバル/東京都響(2013)
  • 大植英次/大阪フィル(2014)
  • 山田和樹/日本フィル(2016)

今回のサロネンはスケルツォ→アンダンテを採用。ハンマーは2度振り下ろされた。僕はこの順番の方がしっくりくるな。それは第1,2楽章の冒頭に共通性があるから。

佐渡裕によるとレナード・バーンスタインは生前、第1楽章について「マーラーはナチスの台頭を予言した」と語ったという。のっけから重戦車大隊が侵攻してきて人々を蹂躙する。サロネンの指揮は抜群の切れ味。優秀な外科医が鮮やかに腑分けをしているかのよう。そして第2主題(アルマのテーマ)でグッとブレーキを踏み込む。以降は積極的にテンポを動かし、展開部で狂気が炸裂する!第2楽章スケルツォも暴力的リズムで開始され、トリオでは戯けて跳ねる。第3楽章アンダンテは大きくうねり、第4楽章フィナーレでは魑魅魍魎たちが闇夜を跋扈する。聴衆は百鬼夜行のイカれた世界にどっぷりひたり、カタルシス(心の中に溜まっていた澱のような感情が解放され、気持ちが浄化されること)が喚起される。しかし曖昧さは微塵もなく、サロネンはあくまでもスマートでスタイリッシュ。けだし名演であった。

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2017年5月 8日 (月)

イリーナ・メジューエワ ピアノ・リサイタル

4月22日兵庫県立芸術文化センターへ。

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ロシア生まれで現在は日本在住のピアニスト:イリーナ・メジューエワでオール・シューベルト・プログラムを聴く。

  • 2つのスケルツォ D593
  • ピアノ・ソナタ 第20番
  • ピアノ・ソナタ 第21番
  • 連祷(リスト編曲) アンコール

イリーナはいつも通り(ストイックな)全身黒の衣装で登場し、ペコペコお辞儀をする。

最初のスケルツォは天真爛漫。

後期ピアノ・ソナタが生まれた背景については下記事に詳述した。

第20番の第1楽章は重々しく、決然と開始される。イリーナの演奏は緩急のメリハリがくっきり。カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した映画「雪の轍」で印象的に使わた第2楽章アンダンティーノは鋭く、深く心に突き刺さる。また中間部は感情を叩きつけるような激しさがあった。第3楽章では子どもたちがそり滑りや雪合戦ではしゃいでる冬の風景が目に浮かび、第4楽章で彼らは春の野原を駆け回る。

第21番はゆったりと、暗い音色で開始され、途中から感情が高ぶり激高する。右手は綿々と「白鳥の歌」を歌い続け、左手(低音部)は意地の悪い「運命」を司るかのよう。その邪悪さがガッシリと作曲家を掴み、闇の奥底に引きずり込むのだ。

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2017年3月21日 (火)

シューベルトと梅毒/アンドラーシュ・シフ@いずみホール

フランツ・シューベルトの死因が梅毒の治療による水銀中毒であったことは、現在ほぼ確定されている。

感染時期は1818年、梅毒の診断を受けたのが25歳の1822年12月、「未完成」交響曲を作曲中だった。その翌年に「わが祈り」という絶望の詩を書いている。そして遅くとも24年には水銀治療が開始されていたと推察され(この頃作曲されたのが弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」)、28年11月初旬に集中的な塗布治療が施されたことは間違いない(11月19日に死去、享年31歳)。

彼の最晩年のピアノ・ソナタ第19−21番は28年9月に一気に書き上げられた。故にこれらは3部作と見做される。第18番は26年に作曲された。

スイスの精神科医キューブラー・ロスはその著書「死ぬ瞬間」で死の間際にある患者が辿る死の需要の心理的プロセスを五つの段階に分けた。①否認と孤立(denial & isolation) ②怒り(anger) ③取引(bargaining)  ④抑うつ(depression) ⑤受容(acceptance) である。

ハ短調のピアノ・ソナタ第19番には④抑うつや②怒りといった感情の交叉を聴き取ることが出来る。特に第4楽章タランテラから窺い知れるのは「僕にはもう残された時間がない」という焦燥感だ。しかしこれが第20番、21番と進むに従い穏やかで静謐な境地に達し、⑤死の受容で彼の人生は幕を閉じる。

第20番 第2楽章アンダンティーノ(嬰ヘ短調)は死の谷から深淵を覗き込むような印象を覚える。「生は暗く、死もまた暗い(Dunkel ist das Leben, ist der Tod !)」なおこの音楽はカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した映画「雪の轍」で印象的に使われている。また第21番 第1楽章はアカデミー視覚効果賞を受賞したSF映画「エクス・マキナ」で流れる。

さて、3月17日(金)いずみホールへ。アンドラーシュ・シフのコンサートを聴いた。オール・シューベルト・プログラムで、

  • ピアノ・ソナタ 第18番「幻想」
  • ピアノ・ソナタ 第20番
  • ピアノ・ソナタ 第21番

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短調の第19番がスキップされ、長調の3曲が並んだ。元々の発表では20,21番のみの筈だったのだが、直前に演奏家の強い希望により18番が加えられた。

シフは2015年に1829年ウィーン製フォルテピアノを弾いてシューベルト後期ピアノ作品集のCDをリリースしたが、今回使用されたのはベーゼンドルファー(オーストリア)の280VC(価格2100万円)。楽章間は切れ目なく演奏された。

第18番のソナタは柔らかく優しい音色が奏でられた。朴訥な語り口で、雲の上を歩いているかのよう。メヌエットなど舞曲では軽やか。

第20番も、例えばポリーニとか内田光子みたいな「怜悧さ」「切れ」とは正反対で、第1楽章では愛らしさとか天使の微笑みが感じられた。ところが展開部に至ると仄暗い陰影が差し込み、詠嘆のため息をつく。ぼつりぽつりと呟くような第2楽章嬰ヘ短調で僕は中原中也の詩を想い出した。

汚れちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる

また狂気が疾走する中間部からは悲痛な叫びが聴こえてきた。第3楽章スケルツォは羽根/綿毛が舞うよう。第4楽章には穏やかな日差しが差し込むが、展開部では悲しみや嘆きがその笑顔の端々(はしばし)に垣間見られた。

第21番を今回初めて実演で聴いて気が付いたのは、左手(低音部)は否応なく人を連れ去ってゆく「運命」を表しており、シューベルトの歌曲「魔王」を想起させる。シフが「音楽史上最も優れたトリル」と評した不気味なトリルは死の予感。一方、右手が奏でるのは純粋無垢な「」だ。引き裂かれる想い。何と痛ましく、美しい音楽だろう!第2楽章では廃墟に風が吹き荒び、さすらい人が朧に姿を現す。それは作曲家が死んだ後のこの世界の情景を表しているのかも知れない。歌曲集「冬の旅」に近いものを感じた。第3楽章では春になり子どもたちの歓声が聴こえ、第4楽章で彼らは夏の野原を駆け回る。そして恋人たちは川原で憩う。しかしそこにシューベルトの姿はもうない。まるで歌曲集「美しき水車小屋の娘」の終曲「小川の子守唄」のように。

19時開演、15分の休憩を挟み4曲のアンコールが終わってみれば21時56分。深く得難い体験だった。

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2017年3月17日 (金)

ファウスト✕ケラス✕メルニコフ/史上最強のピアノ三重奏

2月28日(火)いずみホールへ。

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イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)、ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)、アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)を聴く。

  • シューマン:ピアノ三重奏曲 第3番
  • カーター:エピグラム (2012)
  • シューベルト:ピアノ三重奏曲 第1番
  • シューマン:ピアノ三重奏曲 第2番 第3楽章(アンコール)

ファウスト✕メルニコフでブラームスのソナタを聴いた時のレビューはこちら。ファウスト単独でバッハの無伴奏を聴いたレビューはこちら。ケラスはアルカント・カルテットの一員として以前聴いた(こちら)。

シューマンは憂鬱で瞑想的。沈思黙考という雰囲気。第3楽章は鬱屈しているが、第4楽章は一転して伸びやかで華麗。

カーターが死の直前、21世紀に書いたエピグラムは現代音楽の最前衛を駆ける楽曲で面白い。

僕がシューベルトのトリオ第1番と初めて出会ったのは小学生の時。NHK-FMで放送されたスーク・トリオの演奏をテープ・レコーダーにエア・チェックし、繰り返し聴いた。1975年、日本コロンビアのスタッフが録音機材をチェコに持ち込んで録ったPCM録音で、ヨゼフ・スーク、ヨゼフ・フッフロ、ヤン・パネンカによる演奏だった。後にパネンカは指の故障でピアノを弾けなくなり、ヨゼフ・ハーラに交代する。結局トリオの第2番を聴いても何だかピンとこず、今でも第1番を愛聴している。

名手3人の演奏だけに一分の隙もない。明朗で簡潔な美しさがあり、ファウストは決して出しゃばらず禁欲的。ケラスには歌心があり、メルニコフのタッチは繊細でニュアンスに富む。パーフェクト。

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2017年3月10日 (金)

周防亮介、クァルテット・ベルリン・トウキョウ@ザ・フェニックスホール

2月19日(日)ザ・フェニックスホールへ。

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ほぼ2つ分のコンサートを連続で聴いちゃおうという"Sunday Surround Salon"という企画。14時開演で終演は17時40分、3時間半を超える長丁場。これをB席(2階)2,000円という破格の安さで聴いた。1階席はステージを囲むように席が配置された。

【第1部】周防亮介(ヴァイオリン)、三又瑛子(ピアノ)

  • イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第6番
  • J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番
  • パガニーニ:ロッシーニの歌劇「タンクレディ」のアリア
    「こんなに胸騒ぎが」による序奏と変奏曲
  • フランク:ヴァイオリン・ソナタ
  • フォーレ:夢のあとに(アンコール)

【第2部】クァルテット・ベルリン・トウキョウ

  • ハイドン:弦楽四重奏曲 第38番「冗談」
  • バルトーク:弦楽四重奏曲 第3番
  • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第8番
    「ラズモフスキー第2番」
  • グラズノフ:5つのノヴェレッテ
    第2曲「オリエンタル」(アンコール)

「題名のない音楽会」にも数度出演している周防亮介はフェミニン(feminine)な人である。長髪(髪型はボブ)色白の外見もそうだし、声のトーンも非常に高い。しかし外見とはあべこべで、彼のヴァイオリンの音は力強く深い。

イザイの第6番はスペイン出身のヴァイオリニスト、マヌエル・キロガに献呈された。スペインの血が滾り、周防は荒々しい表現も辞さない。

バッハのパルティータでは無骨で野太い音を奏でた。終曲シャコンヌの前にハンカチを取り出して汗を拭き、調弦をして一息ついた。そして始まった音楽は息詰まる緊迫感と焦燥感に満ちていた。

パガニーニはこれでもかっ!という超絶技巧。

フランクのソナタは憂愁の香りが匂い立つ。しかしそこには芯の通った意思があった。

クァルテット・ベルリン・トウキョウは2011年に結成された。発足時は日本人が3人で、4人全員がドイツのベルリンに留学していたということで命名された。現在は第1ヴァイオリン(守谷剛志)とチェロ(松本瑠依子)の2人が日本人。2014年度 青山音楽賞を受賞した際のインタビュー記事はこちら

ハイドンは軽やかで、はしっこい(捷い/敏捷い)。

バルトークはpowerfulで繊細、精緻。

ベートーヴェンの演奏はツメの甘さが目立った。この作曲家には切断する父性、峻厳さがもっと欲しい。

アンコールのグラズノフは豪快でdynamic、濃い演奏で◎。

結論としてこの四重奏団は古典派よりも近現代の楽曲の方がウマが合っている。ショスタコーヴィチやコルンゴルト、マニャールなどのカルテットを今後聴いてみたいな。

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2017年3月 9日 (木)

井上道義/大フィル〜ショスタコーヴィチ、革命の夜

2月17日(金)フェスティバルホールへ。

井上道義/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • ショスタコーヴィチ:交響曲 第11番「1905年」
  • ショスタコーヴィチ:交響曲 第12番「1917年」

「血の日曜日」事件から第一次ロシア革命に至る時代を扱った「1905年」と、第一次世界大戦から十月革命に至る「1917年」の組み合わせ。

熱くて濃い演奏が展開された。「1917年」は雄弁でheavy、何かに取り憑かれたようで、時として暴力的にすらなった。

現在日本でショスタコを振らせたら、ミッキーの右に出るものはいないだろう。大フィルの楽員たちもよく奮闘した。奏者も疲れたろうし、聴く方も疲労困憊した。しかし余韻は心地良かった。

「1917年」の第1楽章、弦楽器のピチカートに初登場し、第4楽章では頻出するE(ミ♭)-B(シ♭)-C(ド)音形をスターリンの名前の頭文字とみなす解釈がある。これはそもそも音楽学者・一柳富美子が言い出したことらしく、ミッキーも支持している(NHK Eテレのインタビューで触れていた)。しかし僕はこの考えに与しない。だって交響曲第10番でショスタコはスターリンを描写しているが、自分のイニシャルであるD-S(Es)-C-H音形(レ・ミ♭・ド・シ)は出てきても、E-B-Cは登場しないからである。

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2017年3月 7日 (火)

ワーグナー〈ニーベルングの指環〉序夜「ラインの黄金」@びわ湖ホール

3月4日(土)滋賀県の、びわ湖ホールへ。

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ワーグナー:楽劇〈ニーベルングの指環〉序夜「ラインの黄金」を鑑賞。

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「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」へと続く4部作を4年かけて毎年1作ずつ上演する壮大なプロジェクトである。

僕が座ったのはS席16,000円。破格の安さである。2日間とも完売したが、オペラの上演で収益が上がるはずはない。大赤字だろう。滋賀県、(少なくともあと3年は)頑張れ!!因みにメトロポリタン歌劇場@ニューヨークの同クラスの席で観ると、大体3万円掛かる。それでもメトのチケット売上額は総支出額(制作費・劇場管理費・運営費など)の33%を占めるに過ぎない。不足分はファンドレイジング(寄付金募集)で賄っている。その1割は企業から、残りの9割は個人のパトロンが支えている。しかし日本にオペラハウスを支援する大金持ち・篤志家はあまりいないわけで、結局税金に頼らざるを得ない。ま、いずれにせよありがたいことである。

〈ニーベルングの指環〉は後世の芸術に多大な影響を与えた。J・R・R・トールキンが書いたファンタジー小説「指輪物語(原題:The Lord of the Rings)」(1954-55)もその一つだ。ジョージ・ルーカスが創作した神話「スター・ウォーズ」で作曲を担当したジョン・ウィリアムズは〈ニーベルングの指環〉においてワーグナーが編み出した示導動機(ライトモティーフ)の手法を映画に応用している。宮﨑駿「崖の上のポニョ」のポニョは父親から”ブリュンヒルデ”と呼ばれるが、これは「ワルキューレ」に由来する(詳しくはこちらに書いた)。「ラインの黄金」に登場する火の神ローゲは「ハウルの動く城」カルシファーの原型である。

今回生で聴いてつくつづ痛感したことは〈ニーベルングの指環〉でヨーロッパ文明は成熟の頂点を極めたという紛れもない事実である。後にマーラーの登場あたりから熟し過ぎて腐りはじめ、ナチス・ドイツの台頭とともに完膚なきまでに破壊し尽された。フランシス・フォード・コッポラ監督「地獄の黙示録」でワルキューレの騎行が大音量で流されるのはこの歴史を踏まえている。またナチス時代のドイツをデカダンス調に描くルキノ・ヴィスコンティ監督「地獄に落ちた勇者ども」の原題(イタリア語)は「神々の黄昏」である。ヴィスコンティ「ルートヴィヒ」の主人公はワーグナーのパトロンであり、バイロイト祝祭劇場建設を支援した。そのこけら落としが〈ニーベルングの指環〉である。なお、ヴィスコンティはオペラ演出家としても名高く、マリア・カラスと組んだスカラ座での「椿姫」(指揮はジュリーニ)の成功は今や伝説となっている(カラスの呪いとして知られる)。

ワーグナーは〈ニーベルングの指環〉台本執筆にあたり、数多くの神話・伝説を研究した。例えば雷神ドンナーは北欧神話に登場するトールのドイツ名である。これを英語で綴るとThor(ソー)、マーベル・コミックスのヒーローで「アベンジャーズ」の一員マイティ・ソーの由来である。閑話休題。

演出家はドイツからミヒャエル・ハンペを招いた。1983年ムーティとザルツブルク音楽祭で組んだモーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」、87年にカラヤンとザルツブルク音楽祭で組んだ「ドン・ジョヴァンニ」などが代表作。日本では98年に新国立劇場で「魔笛」を、2007年に横浜みなとみらいホールでロッシーニ「セヴィリアの理髪師」を演出している。1935年生まれだから現在81歳。美術・衣装はバイロイト音楽祭で「ローエングリン」を手掛けたこともあるヘニング・フォン・ギールケが担当。

最初から最後まで舞台前面にシルクスクリーンが張られており、プロジェクション・マッピングが効果的に用いられた。冒頭は宇宙空間が前面のシルクスクリーンと後方のスクリーンに立体的に映し出され、モヤモヤしたガスが渦巻き太陽系の誕生が描写される。スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」のクライマックスやテレンス・マリック監督「ツリー・オブ・ライフ」を彷彿とさせた。

「もしかしてSF仕立てだった1989年バイエルン国立歌劇場に於けるサバリッシュ指揮、ニコラウス・レーンホフの演出みたいな方向に進むのかな?」と一瞬想ったが、ラインの乙女たち登場以降はオーソドックスで写実的な演出となり、1990年メトにおける、ワーグナーが楽譜に書き込んだ「ト書き」に忠実に従ったオットー・シェンク版に近いとなと感じられた(指揮はレヴァイン)。地下からエルダが現れる場面では再び宇宙が描かれた。

正直、現在欧米で主流の前衛的演出と比較すると古色蒼然としている。しかしまぁ、こういうのも悪くない。そもそも〈ニーベルングの指環〉4部作が日本で、ましてや関西で上演されることなど滅多に無いわけだから、奇をてらう必要もないだろう。直球で勝負だ。

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歌手について。ロッド・ギルフリー(ヴォータン役)が朗々とした歌唱で良かった。あと西村悟(ローゲ)、カルステン・メーヴェス(アルベリヒ)、砂川涼子(フライア)らも好演。

沼尻竜典/京都市交響楽団の演奏も明晰で卓越していた。ワーグナーの官能性とか濃密さはないけれど、こういうシャープなアプローチも「あり」だろう。

あと3年、通います。

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2017年2月15日 (水)

シリーズ《音楽史探訪》20世紀末回顧:空前のブルックナー、マーラー・ブーム〜しかしショスタコの時代は遂に来なかった。

1980年頃から2000年にかけての20年間は日本でブルックナー、マーラー・ブームが巻き起こった。録音メディアが丁度アナログからデジタルへの移行期で、CDの普及が大きかったように想う。

LPレコード時代、マーラーの交響曲で1枚に収まるのは第1,4番と「大地の歌」くらいで、その他は大概レコード4面を要した。つまり鑑賞中に3回レコードをひっくり返さないといけなかったわけで、煩わしいことこの上なかった。ブルックナーの交響曲も第5,7,8番はレコード2枚組で、当然値段も高かった。

1980年代はレナード・バーンスタインが2度目のマーラー交響曲全集を制作中で、クラウディオ・アバドもウィーン・フィルやシカゴ交響楽団とマーラーのセッション録音を重ねていた。レニーがイスラエル・フィルを率いて来日し、第9番の超弩級の名演を披露したのは85年である。またジョゼッペ・シノーポリが手兵フィルハーモニア管弦楽団との来日公演(87年)で第2番「復活」と第5番を取り上げた際は一大センセーションを巻き起こした(「復活」はNHK教育テレビ=現Eテレでも放送された)。レニーが亡くなったのが90年、そしてアバド/ベルリン・フィルがサントリーホールで「復活」を演奏している最中に携帯電話が鳴り出し大問題になったのが96年(ホールに電波抑止装置が導入される契機となった)。この頃からブームは下火になっていった(シノーポリは2001年に死去)。

ブルックナーについては朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団が伝説的名演、聖フローリアン修道院での交響曲第7番を録音したのが1975年10月12日。これがLP2枚組でビクターから市販されたのが79年だった。その直後からブームに火が付いた。オイゲン・ヨッフムがバンベルク交響楽団との来日公演で8番を演奏したのが82年、ロイヤル・コンセルトヘボウとの第7が86年。このあたりで最高潮に達したと言えるだろう。そして2001年に朝比奈が亡くなり、熱は次第に冷めていった。

NHK交響楽団の首席指揮者に着任したパーヴォ・ヤルヴィがつい最近、ヒラリー・ハーンとの対談(@フランクフルト)でとても興味深いことを語っている→動画(3分40秒あたりから)。「現在世界で未だにブルックナーの音楽が演奏され、愛されているのはドイツと日本だけ。そして面白いことに日本でブルックナーを演奏すると、会場には男性客しかいないんだ!ラヴェルとかチャイコフスキーとか、もっとロマンティックで美しい曲を演奏したら女性客や子どもたちが来てくれるんだけどね」それに対しヒラリーは「じゃあブルックナーは日本の成人男性のために作曲したのね!」だって。特にアメリカやイギリスでブルックナーは全く人気がなく、演奏される機会も滅多にない。

さて空前のブルックナー、マーラー・ブームに湧いた20世紀後半の日本において、「レコード芸術」誌など音楽雑誌で散々話題になったのが「次にブームになる作曲家は誰だ?」ということ。そして一番名前が挙がったのはショスタコーヴィチだった。しかし僕は「それはいくらなんでもないだろう」と想っていた。

ブルックナーとマーラーの音楽は単純明快である。ブルックナーの基本は教会音楽、オーケストラによるオルガンの響きの追求であり、神とワーグナーへの信仰が根底にある。マーラーは「俺が、俺が」と自分を語りたがる音楽であり、いわば"Watch me !"の駄々っ子だ。両者がポピュラーになるまで時間を要したのは単に規模(編成)が大きすぎ、演奏時間が長すぎるからに他ならない。しかしショスタコは違う。一筋縄ではいかない難物である。

ショスタコの音楽は表層で作曲家の本音を語っていない。共産主義国家・ソビエト連邦においてはいつ「反社会主義的音楽」という意味不明の烙印を押され、逮捕・投獄(あるいは処刑)されるか判らず、彼は入念な偽装工作を自身の作品に施した。幾つもの層を潜り抜けて行かないと、その深層心理真理)には到達出来ない。そしてそこまで辿り着ける者は少ない。(”いちばん大切なことは、目に見えない” サン・テグジュペリ「星の王子さま」より)

ショスタコの音楽はアイロニー(皮肉)諧謔(パロディ)精神に満ち、屈折している。その奥底にあるのは諦念虚無である。聴いていて心地よいとか、心が洗われるといった類ではない。

作曲家であり著名な指揮者でもあったピエール・ブーレーズはショスタコを嫌悪し、生涯に一度も振らなかった。クラウディオ・アバドもそう。小澤征爾や佐渡裕は辛うじて第5番をレコーディングしているが、それ以外の交響曲を指揮したという話は全く耳にしない。朝比奈は第1番と5番のみ。また帝王カラヤンは第10番以外、食指を動かさなかった。

2017年2月17日、18日に井上道義/大阪フィルハーモニー交響楽団は定期演奏会でショスタコの交響曲第11番「1905年」、第12番「1917年」を取り上げる。同じプログラムで、22日に東京公演も予定されている。同オーケストラ初のレパートリーである。とても愉しみだ。

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