吹奏楽

シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第6回/ミシェル・ルグラン篇(+大阪桐蔭高校吹部「キャラバンの到着」)

過去のシリーズは以下。

まずは昨年全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞し、全国の頂点に立った大阪桐蔭高等学校吹奏楽部が精緻華麗にマーチング演奏する「キャラバンの到着」をお聴きください→こちら(本当はこのフラワーコンサートに行く筈だったのだが、連れていく予定だった息子が当日朝に発熱し、断念した)。ミシェル・ルグランが作曲し、ジャック・ドゥミが監督した港町三部作のひとつ「ロシュフォールの恋人たち」冒頭のナンバーで、三菱ランサー・エボリューションのCMでもお馴染みだろう。

僕は映画「ラ・ラ・ランド」を観る前にまずiTuneでサントラをダウンロードした。そして最初の"Another Day of Sun"のイントロを聴いた瞬間に「アッ、キャラバンの到着だ!」と思わず叫んだ(映画の動画はこちら)。実際に若者たちが遠方から町にやって来て、車を降りるやいなや踊りだすというシュチュエーションも両者で完全に一致している。さて、ジャズが大好きな「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督(音楽学校でプロを目指しジャズ・ドラムを学ぶが、才能の欠如を感じ諦めたという)と、この作品でアカデミー歌曲賞及び作曲賞を受賞したジャスティン・ハーウィッツがこよなく敬愛するフランスの作曲家ミシェル・ルグラン(1932ー 、パリ生まれ)とは一体何者なのか?

ルグランの出発点は1958年(26歳)に新婚旅行でニューヨークに渡航した際に録音されたアルバム「ルグラン・ジャズ」である。

Jazz

参加しているミュージシャンが凄い。ジョン・コルトレーン(Sax)、ビル・エヴァンス(Pf)、そしてマイルス・デイヴィス(Tp)!!ジャズ・ジャイアンツが一堂に会するという壮観さ。ルグランは卓越したアレンジャーとしての才能を開花させた。これ必聴。

そして彼は丁度その頃、台頭してきたフランス・ヌーベルバーグ(新しい波)の映画作家たちと深く関わるようになる。

ではルグランが作曲した映画音楽ベスト10を選んでみよう。

  1. ロシュフォールの恋人たち (1967)
  2. 恋 The Go-Between (1971)
  3. 愛のイエントル Yentl (1983)
  4. シェルブールの雨傘 (1963)
  5. 華麗なる賭け (1968)
  6. 天使の入江 (1963)
  7. おもいでの夏 (1971)
  8. エヴァの匂い (1962)
  9. 愛と哀しみのボレロ (1981)
  10. ベルサイユのばら (1979)

多分、誰もが知っいるのは「シェルブールの雨傘」だろうが、真のルグラン・ファンなら10人中10人が「ロシュフォールの恋人たち」を真っ先に推すだろう。唯一無二。彼のエッセンスがギュウギュウに詰まっている。

ピアノの音がキラキラ煌めき、そして切ない協奏曲仕立ての「 (The Go-Between)」の音楽はこちら。映画のクライマックスではフーガも登場し、クラシカルなルグラン音楽の代表作である。

アカデミー賞で編曲・歌曲賞を受賞した「愛のイエントル」の白眉"Papa, Can You Hear Me?"の試聴はこちら。星空の下、死んだ父に対して謝り、でもこの生き方しかないの、分かってと訴える歌。バーブラ・ストライサンドが製作・監督・脚本・主演した、けったいな【ひとりミュージカル】映画である。最初から最後までバーブラがひとりで歌いまくる。ブロードウェイ・ミュージカルに主演したこともあるマンディ・パティンキンが相手役なのに、彼には一切歌わせない。最初観た時は開いた口が塞がらなかったが、次第にバーブラの人となりが判ってきて、好きになった。20世紀初頭ポーランドのユダヤ人コミュニティ。女は学問をすることが許されず、それに抗ったイエントルは男装して神学校(イェシーバー)に入学する。そして自分のついた嘘を貫き通すために女性と結婚までする。"It is written."がこの物語のキーワードとなる。女は書物を読まなくていい。男に従属するのが女の幸せ。そう「旧約聖書(またはユダヤ教の律法)に書いてある」。イエントルはこの「常識」に対して徹底的に反抗する。「予め定められた運命(It is written.)」なんてない。自らの手で書くのだ。彼女の生き様は後にディズニーの「アナと雪の女王」の"Let It Go"に流れ込み、国連の親善大使として活躍するエマ・ワトソン(「ハリー・ポッター」シリーズ、「美女と野獣」)へと継承されてゆく。映画のフィナーレで歌われる感動的な"A Piece of Sky"はこちら。イエントルは移民船に乗り込み、新大陸を目指す。コンサートでこの名曲をFilm上の自分自身と気持ちよくデュエットする愛すべきバーブラの姿はこちら(1分30秒あたりから)。どれだけ自分のことが好きやねん!!ここには写っていないけれど、実はコンサート会場にスティーヴン・スピルバーグも来ています(「イエントル」に出演しアカデミー賞にノミネートされたエイミー・アーヴィングは元スピルバーグ夫人で89年に離婚)。

華麗なる賭け」は「風のささやき」がアカデミー歌曲賞を受賞。スティーブ・マックィーンとフェイ・ダナウェイが格好いい。この歌が流れ、マックィーンが黄色いグライダーを操縦するシーンには痺れる→こちら!別のシーンだけれど、スプリットスクリーンもお洒落。

ジャック・ドゥミとの「天使の入江」は何かに急き立てられるかのような疾走感・焦燥感がある。試聴は→こちら。ギャンブルに明け暮れる男女の茫漠とした満たされない想い、空虚さが胸を打つ。

ルグランがアカデミー作曲賞を受賞した「おもいでの夏」はこちら

愛と哀しみのボレロ」は長年フランシス・レイとコンビを組んできたクロード・ルルーシュ監督(「男と女」)の大作で、なんと音楽はレイ×ルグランという豪華版。そしてルグランの曲では”世紀末の香り”にとどめを刺す!!→こちら。これはオーケストラバージョンだけれど、本編では歌バージョンあり。僕は本作を祖母と一緒に映画館(SY松竹文化@岡山市、2005年に閉館)で観た。中学3年生の時だった。そして初めて20世紀を代表する振付家モーリス・ベジャールと稀代のダンサー、ジョルジュ・ドンの名を知った。その御蔭で1985年3月4日に岡山市民会館でジョルジュ・ドン&東京バレエ団で「ボレロ」を観たのも鮮烈な体験だった。忘れもしない、大学入試の合格発表があった夜だった。その後ドンは1992年にAIDSで亡くなった。享年45歳。またルグランの朋友ジャック・ドゥミもAIDSで90年に命を落とした。そういう時代だった。

B

池田理代子(漫画)原作「ベルサイユのばら」(実写版)はジャック・ドゥミが監督しているが、作品自体は惨憺たる出来であった。もう泣きたくなった。ドゥミは「金のために撮った」と赤裸々に告白している。身も蓋もない。プロデューサーは山本又一朗、総製作費10億円を投じ、ベルサイユ宮殿でロケされた。資生堂がタイアップし、こんなCMもTVで放送された。原題が何故か"Lady Oscar"で、ダイアログも英語。意味不明。しかしルグランの音楽は掛け値なしの傑作だと僕は今でも確信している。是非聴いてみて→こちら!演奏はロンドン交響楽団。この佳曲を人知れず埋もれさせてしまうなんて勿体なさ過ぎる。Jazz Version(こちら)とか、対位法で作曲された雄大なフィナーレもどうぞ→こちら

番外編として手塚治虫原作、市川崑監督「火の鳥」実写版(1978)の音楽も素晴らしい。こちら!演奏はやはりロンドン交響楽団。ルグランはメイン・テーマのみ作曲している。

また彼はリナ・ホーン、キリ・テ・カナワ、ジェシー・ノーマンら一流歌手たちと組んでソング・アルバムをレコーディングしている。中でも一押しなのがナタリー・デセイとのアルバム。

Nat

デセイは「魔笛」「椿姫」などに出演する本格的オペラ歌手だが、ルグランの曲ではちゃんと柔らかいシャンソンの歌い方に切り替えている。キリ・テ・カナワやジェシー・ノーマンはオペラティック過ぎる(ヴィブラートがキツイ)のだ。

最後にルグランの舞台ミュージカルをご紹介しよう。劇団四季が上演した「壁抜け男」である。

Kabe

地味だけど愛すべき逸品。劇伴の奏者は3人だけ。後に拡大したオーケストレーション版でブロードウェイ上演もされた。

Amour

壁抜け男」は1999年に博多の福岡シティ劇場で日本初演された(ここは現在、劇団四季の専用劇場ではなくなりキャナルシティ劇場に名を変えた)。僕はこの初日に観ている。主演のデュティユルは現在、テレビ朝日「題名のない音楽会」で司会を務める石丸幹二。他に井料留美、光枝明彦、丹靖子ら。この4人は全員、既に四季を退団している。同メンバーでVHSビデオも出ていたのだけれど、現在Amazon.co.jpで購入出来るDVD/Blu-ray (23% OFF)は2012年の再演版で別キャストである。

シリーズ《映画音楽の巨匠たち》次回はバーナード・ハーマン(「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「タクシー・ドライバー」)か、「スター・ウォーズ」の生みの親エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト辺りを考えている。どちらかもし、ご希望があればコメントをお寄せください。

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なにわ《オーケストラル》ウィンズ 2017 と「プラハの春」

5月3日(祝)ザ・シンフォニーホールへ。年に一度、日本のオーケストラの管楽器・打楽器奏者たちが集うなにわ《オーケストラル》ウィンズ(NOW)を聴いた。15年続いたこの企画も今年が最後。指揮者は丸谷明夫先生(大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部)M、中川重則先生(岡山学芸館高等学校吹奏楽部)N、そして金井信之(NOW代表、クラリネット奏者)K

  • ヴァンデルロースト:フラッシング・ウィンズ N
  • 川合清裕:メタモルフォーゼ 〜吹奏楽のために〜
    (2017年 吹奏楽コンクール課題曲V) K
  • 酒井格:半音階的狂詩曲(委嘱作品 世界初演) N
  • フサ:プラハのための音楽1968 N
  • ジェイガー:交響曲第1番 M
  • スパーク:交響曲第3番「色彩交響曲」 K

アンコールは、

  • ヴァンデルロースト:ジュピター N
  • 西山知宏:マーチ「春風の通り道」
    (2017年 吹奏楽コンクール課題曲 IV) M
  • 真島俊夫(編曲):カーペンターズフォーエバー M

「フラッシング・ウィンズ」は金管の響きが輝かしい。曲調がジェローム・モロス作曲の映画音楽「大いなる西部」にそっくりで可笑しかった。

川合清裕は日本現代音楽協会の作曲新人賞を受賞。今回の課題曲は全日本吹奏楽連盟作曲コンクールの第1位に選ばれた。ソロの活躍する場面が多く、カラフルな音色。僕はモーリス・ラヴェルなどフランス印象派の音楽を連想した。

大阪府枚方市出身の作曲家・酒井格の新曲は難易度が高く、過去の「たなばた(The Seventh Night of July)」とか「森の贈り物」など優しくメルヘンチックな作品群と比べると意外な感じがした。しかしメロディアスな点ではこの人らしいとも言える。途中、バンダ(場外)トランペットとの掛け合いがあり、印象的だった。

カレル・フサ「プラハのための音楽1968」はチェコスロバキアで起こった民主化運動「プラハの春」がソ連率いるワルシャワ条約機構軍の侵攻による軍事介入で蹂躙された事件を受け同年に作曲され、翌69年1月31日にワシントンDCで初演された吹奏楽曲である。

名指揮者ジョージ・セル(ハンガリー:ブタペスト生まれ)の委嘱により70年1月に管弦楽版も初演されたが、セル自身の録音は残されていない(セルは70年7月30日に死去)。このオーケストラバージョンは2004年に下野竜也/札幌交響楽団が定期演奏会で日本初演。その後下野は九州交響楽団や、2017年にはNHK交響楽団定期演奏会でもこれを取り上げている。僕が知る限り、関西では演奏されていない筈。頼みまっせ、大阪フィルさん。

「プラハの春」とチェコ事件の詳細についてはミラン・クンデラの小説「存在の耐えられない軽さ」を読まれたし。フィリップ・カウフマン監督がダニエル・デイ・ルイスとジュリエット・ビノシュ主演で撮った映画版も優れている。NHKの番組「映像の世紀」も参考になるだろう。

チェコ・フィルの指揮者カレル・アンチェルは海外演奏旅行中にチェコ事件が起こり、帰国を断念。1969年に小澤征爾の後任としてトロント交響楽団の常任指揮者に就任し73年に亡命先のトロントで死去した(後年、遺骨はプラハに還った)。

またやはり指揮者であるラファエル・クーベリックは1948年にチェコスロヴァキアに共産党政権が樹立された際に亡命。89年にビロード革命が起こり、ハヴェル大統領からの要請で90年に帰国、プラハの春音楽祭でチェコ・フィルを指揮し「わが祖国」を演奏した。アカデミー外国語映画賞を受賞したチェコ映画「コーリャ 愛のプラハ」の主人公はチェコ・フィルのチェロ奏者という設定で、クーベリック本人も出演している。これ必見。

また映画監督のミロス・フォアマンはチェコ事件を機にアメリカに亡命、「カッコーの巣の上で」(75)と「アマデウス」(84)で2度アカデミー監督賞を受賞した。「アマデウス」ではプラハでロケをしている。「カッコーの巣の上で」の舞台となる精神病院を共産主義国家(チェコスロヴァキア)と見立てれば、物語の構造が理解し易いだろう。

僕は「プラハのための音楽1968」吹奏楽オリジナル版をNOWで取り上げて欲しいということを、過去のレビューに書いている。

楽曲中に15世紀のフス戦争でフス教徒により歌われた戦いの歌「汝ら、神とその法の戦士たち」が引用されており、この旋律はスメタナの交響詩「わが祖国」(第5曲「タボール」第6曲「ブラニーク」)やドヴォルザークの劇的序曲「フス教徒」にも登場する。そして第3楽章 間奏曲で軍楽隊の太鼓が遠くから次第に近づいて来て、物凄い緊迫感で胸が締め付けられる。第4楽章で戦車部隊がプラハになだれ込み、圧倒的力で民主化運動を押さえ込む。阿鼻叫喚の地獄絵図。しかし響きはあくまで明晰。けだし名演であった。なお今回初めて知ったのだが、この楽曲にはフルートが8本も必要なのだそう。

ジェイガーの交響曲は1963年の作品で、現在の耳で聴くと古色蒼然としていて唖然とする。完全にオワコン。同時代の「プラハのための音楽1968」は全く古びていないのに……。時の洗礼を受けた後でも鮮度を保ったまま生き残るものと、そうじゃない(色褪せる)ものの違いが鮮明に浮き彫りにされた。アッキーこと、NHK交響楽団のクラリネット奏者・加藤明久は高校生の時、吹奏楽コンクールの自由曲でこれを演奏したそうだが(課題曲もジェイガーの「ジュビラーテ」)、曰く「今聴くと昭和ですねぇ。水戸黄門の『このご印籠が目にはいらぬか!』って感じ。こっ恥ずかしい曲です」と。うんうん頷ける。抒情的で甘い旋律、あくまでノスタルジック。第2楽章の行進曲は丸ちゃんの指揮だけにカチッとしていた。

スパークの新作はたおやかで暖かい。夢見るような音楽。第1楽章「白」は東日本大震災の復興支援として彼がわが国にプレゼントしてくれた「陽はまた昇る」のことを彷彿とさせる(2011年のNOWで演奏された)。第2楽章「黄」はリズミカルで鉄道の旅のよう。同じ作曲家の「オリエント急行」に似た雰囲気だ。ジェイガーの後で聴くと「これぞ21世紀の音楽!」と嬉しくなったが、ただブラインドでプロの音楽家にこれを聴かせたとして、各楽章(全6楽章)が何色を表しているか当てられる人は果たしているのだろうか??甚だ疑問である。

アンコールのマーチはメリハリがあり、引き締まったテンポ。僕は丸ちゃん/淀工の「カーペンターズ/フォーエバー」の生演奏を今までに少なくとも10回以上聴いているが、今回の出だしは史上最速だった!いつもどうり、最後の"Hey ! "も見事に決まり、有終の美を飾った。ありがとう、NOW。そしてさようなら。

この演奏会のライヴCDは6月10日に発売される。ゆめゆめ聴き逃すことなかれ。

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。

2月20日(月)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部定期演奏会を聴く。指揮は総監督の梅田隆司先生。

第1部

  • 西村友:ミュージカル「銀河鉄道の夜」吹奏楽版

第2部

  • ロッシーニ(森田拓夢編):歌劇「ウィリアム・テル」序曲
  • プロコフィエフ(高昌帥編):バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より
  • アラン・メンケン(ジョン・モス編):映画「美女と野獣」より
    プロローグ〜ベル〜強いぞガストン〜Be Our Guest〜美女と野獣(歌付き)〜奇跡の変身
  • ♪甲子園応援リクエスト・コーナー
    You Are スラッガー(オリジナル曲)〜恋(星野源、恋ダンス付き)〜SHAKE(SMAP)〜三代目 J Soul Brothers メドレー(ダンス付き)
  • 三年間の歩み Part 1(1、2年生篇)
    野田洋次郎、RADWIMPS(宮川成治編):「君の名は」メドレー
    夢灯籠〜前前前世〜スパークル〜なんでもないや
  • 三年間の歩み  Part 2(3年生篇)
    フランチェスコ・サルトール(福田洋介編):Time to Say Goodbye
  • 10期卒業生を送る歌 山村隆太(作詞)、阪井一生(作曲):証
  • ガーシュウィン(建部知弘・森田拓夢編):歌劇「ポーギーとベス」より
  • タケカワ・ユキヒデ(樽屋雅徳編):銀河鉄道999 アンコール
  • 星に願いを アンコール

以前も引用したが、臨床心理学者・河合隼雄は宗教学者・中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

この物語はジョバンニ=宮沢賢治、カムパネルラ=結核を患い24歳で死去した賢治の妹・トシ(詳しくは賢治の詩「永訣の朝」を参照のこと)として読むことが出来る。この兄妹はある意味、一心同体であり、だから新海誠監督「君の名は。」の瀧と三葉のようでもある。

ジョバンニは【片割れ(=Half Moon)】のカムパネルラと旅をする。しかし実はカムパネルラは既に死んでいる。一方、「君の名は。」の瀧は三葉を探し求めるが、彼女は3年前に死んでいた。両者は物語の構造が同じなのである。「銀河鉄道」とは人の意志に関係なく彼らを運び去ってしまう運命のメタファーであり、「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」「君の名は。」など一連の新海作品に度々登場する鉄道も同様に機能している。

ジョバンニとカムパネルラは一心同体だから、両者合わせて一人の人格と見做すことも可能だろう(名前の由来はイタリア・ルネッサンス時代の哲学者トマソ・カンパネッラだと言われている。その幼名はジョバンニ・ドミニコ。つまり同一人物である)。そして意地悪なザネリの身代わりとして死ぬカムパネルラに対して賢治は明らかに、人類の罪を贖うために十字架にかけられたイエス・キリストのイメージを重ねている。自己犠牲のテーマはタイタニック号の事故で犠牲になった姉弟の登場や、蠍の火のエピソードで繰り返される。そしてアンドレ・ジイドが小説のタイトルに引用した次の警句に繋がる。

狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていくものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものは少ない」(マタイによる福音書)

非常に厳しい父性としての一神教の姿がそこにある。祈りの言葉は「天にまします我らのよ」であり、三位一体とは「」と「子(イエス)」と「精霊」を指す。女性は排除されているのだ。またローマカトリック教会の最高位、法王に女性はなれない。

とすると、「ラッコの上着を持って帰る」と約束し、最後まで姿を見せないジョバンニの父親はイエスの父=神と解釈することも可能なのではないだろうか?イエスは父の真意を測りかねて苦しみ、十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ぶ。

一方、天照大御神(女)を頂点とする八百万の神を戴く日本は母性社会である(河合隼雄 著「母性社会日本の病理」を参照されたし)。母性は全てを包み込み、あるいは飲み込むが、父性は切断し、分類し(天と地、光と闇、天使と悪魔など)、客観的に観察する性格を帯びている。この特徴が欧米諸国でのみ近代科学が生まれ、発展した背景となった。0と1のみの二進法で全てを計算し、処理するコンピューターの発明もキリスト教社会だからこそあり得たのである。

「銀河鉄道の夜」には天文学、地質学、生物学、化学など自然科学の知識がふんだんに投入されている。また賛美歌320番「主よ、みもとに 近づかん」が歌われ、タイタニック号の犠牲者たちはサザンクロス(南十字星)駅で降りる。ここで十字架のイメージが重ねられている。

しかしジョバンニは病気の母にミルクを持って帰らねばと心を砕いているし、カムパネルラも「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」と常に案じている。この父性母性の絶妙なバランス感覚こそが宮沢賢治の真骨頂なのではないだろうか。ところが松本零士は「銀河鉄道999」でキリスト教的要素=厳しい父性を全て取っ払って、マザー(エディプス)・コンプレックスの物語に換骨奪胎してしまった。

さて本題。定期演奏会の感想である。事前に劇団ひまわり版「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)DVDを6回鑑賞して臨んだ。いやもう、西村友が作曲した音楽が素晴らし過ぎて心を奪われ、ジョバンニを演じた石川由依(アニメ「進撃の巨人」ミカサの声を担当)の名演にぞっこんになった。

劇団ひまわり版は1時間50分あるので大阪桐蔭版がダイジェストになるのは致し方ないのだが、活版所などジョバンニが銀河鉄道に乗るまでのエピソードと、白鳥の停車場〜プリオシン海岸の場面がすっぽりカットされたのは残念だった。♪大切なことは忘れないこと!♪がなかったのはちょっと寂しい。

オリジナルはピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成だが今回は大編成の吹奏楽版。やっぱり迫力が違う。♪ラッコの上着♪で大太鼓の音がズシンと腹に来た。タイタニック号沈没の場面での♪救い給え、この子らを♪はバス・クラリネット、バリトン・サックスなどの低音群が不気味に響き、実に効果的だった。またこの曲や、僕が大好きなナンバー♪ケンタウルスを追いかけて♪ではステージいっぱいにマーチングが展開され、何と鮮やかだったことか!♪バルドラのサソリ♪では隊列で蠍の姿を表現し、成る程なと感心することしきり。あとサザンクロス駅の場面で背景のスクリーンにKAGAYAが製作したプラネタリウム版「銀河鉄道の夜」が映し出されてびっくりした!

Kagaya

これ、とっても映像が綺麗なんだ。ただプラネタリウム版が痛いのは音楽が安っぽいこと。でも西村友作曲の方なら全く問題なし。

第2部は両サイドにアイーダ・トランペットを配し、華やかに始まった。「ウィリアム・テル」と全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した「ポーギーとベス」を(共同)編曲した森田拓夢くんはアルト・サクソフォンを吹く3年生。なお、桐蔭の練習場には最近、梅田先生のアイディアでミラーボールが設置されたそう。

プロコフィエフではチューバとコントラバスによる引き摺るようなリズムが印象的。

「美女と野獣」については最近、面白い発見があった。

桐蔭の演奏はファンタスティックで、一つのメルヘンが感じられた。

そして、「君の名は。」4曲メドレーには甚く感動した。なんて洒落たアレンジだろう!歌が入った♪なんでもないや♪もとっても素敵。また何度でも聴きたい。

そしてクライマックスは「ポーギーとベス」。僕は例年通り55人による全日本吹奏楽コンクール版で演奏するのかと思いきや、最優秀グランプリ/文部科学大臣賞を受賞した大人数による日本管楽合奏コンテストバージョンだった。吹コンでは金賞を受賞したものの、冒頭でクラリネットが「ピャッ!」と奇声を発したり、♪サマータイム♪でフリューゲルホルンのソロが出だしをミスったりと幾つかの瑕があった。しかし今回のフリューゲルホルンはパーフェクトだったし、吹コンよりさらに進化していたので、心底驚嘆した。振付が入ったり、最後の♪Oh Lawd, I'm On My Way♪では合唱が入ったりと最高に愉しい!

僕が桐蔭の演奏を初めて聴いたのは2007年全日本吹奏楽コンクール@普門館のドビュッシー「海」だった。2009年に全国大会で初めて金賞を受賞したオルフ「カルミナ・ブラーナ」も普門館で聴いた。そして自信を持って断言しよう。今回の「ポーギーとベス」こそ、創部以来のベスト・パフォーマンスであると。梅田先生はワーグナーやプッチーニ、エルガーなどクラシック音楽を指揮される時よりも、JAZZやROCKの方が生き生きしているし、冴えている。「ポーギーとベス」はなんかもう突き抜けていた。ちゃんとブルースしているし、リズムのセンスやグルーヴ感が抜群なんだ。レナード・バーンスタインもオペラ的な「キャンディード」よりJAZZYな「ウエストサイド・ストーリー」の方が断然いい。梅田先生、是非これからもこの路線で突っ走ってください。

またアンコールの「銀河鉄道999」について、僕は毎年定演のレビューで「照明が暗すぎる。これでは生徒さんの顔が識別できない」と文句を書き続けてきた。ところが今回、前奏が終わるとステージが明るくなったのである!「星に願いを」も美しかったし、今年の照明スタッフは本当に素晴らしかった。あとバルーンの銀河鉄道がホールを斜めに駆け上る演出もジーンとしたなぁ。

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」

2016年に全日本吹奏楽コンクールで金賞(自由曲はガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」より)を受賞した大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の定期演奏会は2月19(日)、20(月)に開催される。

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チケットはe+で購入できる(こちら)。e+はシステム利用料や発券手数料などが掛かる。だから嫌だな〜困ったな、どうしよう?と思案していたのだが、今回携帯電話に直接ダウンロードするスマチケを試してみてしてびっくりした。なんと一切中間搾取なし、正規入場料金2,000円ポッキリで購入出来た。これは便利!

さて定演のチラシには第1部でミュージカル「銀河鉄道の夜」が上演されるとある。2年前に大阪桐蔭が上演した創作ミュージカル「河内湖」はハッとするくらい完成度が高かった(その時のレビューはこちらに書いた)。今度の作品はどんなだろうと早速調査を開始、詳細が判明した。元々は劇団ひまわりが2008年に上演したミュージカルで、劇団のオンラインショップで4,000円+送料を支払えばDVDを購入出来るらしい。早速注文した。

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作詞・脚本・演出は中島透、作曲・指揮は西村友が担当。オリジナル版はピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成による室内オーケストラである。

西村友は2016年度吹奏楽コンクール課題曲III 《ある英雄の記憶~「虹の国と氷の国」より》を作曲している。そして大阪桐蔭はこの課題曲で全国大会に臨み、を獲った。

劇団ひまわり「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)の配役は以下の通り。

ジョバンニ:石川由依 カムパネルラ:熊本野映 カオル:宮原理子 タダシ:野本ほたる ザネリ:松村理子 カトウ:鈴木愛吏 マルソ:田中瞳佳

石川由依って何だか聞き覚えのある名前だな、と調べて仰天した。なんとアニメ「進撃の巨人」でミカサ・アッカーマンの声を担当している人じゃないですか!歌も上手い。石川は兵庫県生まれで6歳の時から劇団ひまわりの大阪俳優養成所に所属し、後に上京したという。

透明感があってpure、大変出来のよいミュージカルである。特に音楽は、例えば劇団四季のオリジナル・ミュージカル(李香蘭、異国の丘、夢から醒めた夢、ドリーミング)と比べても、断然「銀河鉄道の夜」の方が優れている。これは是非生の舞台を観たいと想った。

因みにアニメーション映画「君の名は。」で国民的作家となった新海誠監督(本名・新津誠)の娘・新津ちせは劇団ひまわりに所属しており、神木隆之介くん主演の実写映画「3月のライオン」に川本モモ(三女)役で出演する(詳細はこちら)。

僕の「銀河鉄道の夜」の原体験は杉井ギサブロー監督によるアニメーション映画(1985年、毎日映画コンクール・大藤信郎賞受賞、文部省特選)である。登場人物の大半が猫に仕立てられている(但し、タイタニック号の犠牲となった姉弟とその家庭教師は人間の姿)。静謐で質の高い作品なので僕は好きだが、「なんで猫やねん!」と非難の声が上がっていることも事実だ。そこが映像化の難しさで、ジョバンニとカムパネルラという名前の少年を果たして日本人として描くのか?という問題が生じる。かといって名前から想定してイタリア人にする?それでいいのかという話である。なお、このアニメで音楽を担当した細野晴臣の祖父(細野正文)は日本人唯一のタイタニック号乗船者で、無事生還した。

宮沢賢治が書いたこの童話は非常に多くの信奉者/追随者を産んだ。その代表例が「銀河鉄道999」だろう。

上記事にも書いたが「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラの関係は、賢治と亡くなった妹・トシのそれを彷彿とさせる。宮沢賢治はシスター・コンプレックスの作家だと言うことが出来る。それを松本零士は換骨奪胎してマザー(エディプス)・コンプレックスの作品に創り変えた。

臨床心理学者・河合隼雄は中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

作曲家・吉松隆と「銀河鉄道の夜」の関係については以前言及した。

この後、吉松は『オホーツク挽歌』『星めぐりの歌』『銀河鉄道の夜』『手紙』をモチーフにした、(左手の)ピアノとチェロと朗読による「KENJI・・・宮澤賢治によせる」を作曲している。吉松は2歳年下の妹をガンで亡くした。彼女の病床で作曲したのがサイバーバード協奏曲である。その想いが賢治とトシの関係に繋がっているのだろう。

シンセサイザーによる「惑星」で一世風靡した故・冨田勲が初音ミクとタッグを組んだ「イーハトーヴ交響曲」は第4楽章が『銀河鉄道の夜』である。因みに冨田は映画「風の又三郎」(1989)でも音楽を担当している。

またももいろクローバーZ主演で本広克行が監督した映画「幕が上がる」には高校演劇部が上演する劇中劇として「銀河鉄道の夜」が登場する。

さらに岩井俊二監督「リップヴァンウィンクルの花嫁」と「銀河鉄道の夜」の関係性については下記事に書いた。

ここまでお読みになった方には「銀河鉄道の夜」の影響力の大きさが少しはお判り頂けたのではないかと想う。大阪桐蔭のパフォーマンスが今から愉しみで仕方がない。

最後に、梅田隆司先生にお願いを2つしたい。

  1. 定演で大阪桐蔭の演奏する「前前前世」をどうしても聴きたいので、不確実要素のある【リクエスト・コーナー】ではなく、是非正規プログラム(あるいはアンコール)に入れてください。
  2. 全日本吹奏楽コンクールの「ポーギーとベス」を聴いて、大阪桐蔭がミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」の音楽を演奏したら最高にクールなパフォーマンスになると確信しました。お忙しいのは存じておりますが、まずは騙されたと思って映画をご覧になってみてください。絶対に後悔はさせません。

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 サンタコンサート 2016 & 全日本吹奏楽コンクール「ポーギーとベス」の感想

12月17日(土)、5歳の息子を連れて大阪ビジネスパーク TWIN21アトリウムへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部のサンタコンサートを聴く。指揮は梅田隆司先生。

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まず最初にマーチングのパフォーマンスあり。

  • 歌劇「アイーダ」凱旋行進曲
  • 映画「スター・ウォーズ」メドレー
  • ミュージカル「キャッツ」メドレー

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続いて座奏に移り、子ども向けのコンサートが始まる。

  • ジングル・ベル
  • 映画「ライオンキング」メドレー
  • 映画「となりのトトロ」さんぽ、となりのトトロ
  • 映画「ハウルの動く城」世界の約束
  • 魔法使いプリキュア!
  • 動物戦隊ジュウオウジャー
  • 赤鼻のトナカイ

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すでに息子には大阪四季劇場でミュージカル「ライオンキング」と「キャッツ」を観せているので、今回はすごく興味を持って目をキラキラさせながら聴いていた。この日は他にキッズプラザ大阪(コーイチシェフのスイーツ工房に参加)とか公園にも行ったのだが、「みんな愉しかった!」とご機嫌だった。

さて、大阪桐蔭は今年、全日本吹奏楽コンクールで5年ぶりに金賞に輝いた(前回は2011年、自由曲はワーグナーの楽劇「ワルキューレ」)。僕は2016年度の金賞団体を集めたBlu-ray Discで鑑賞した。心が震えるくらい素晴らしかった!

銀賞に終わった2014年の自由曲「キャンディード」や2015年の「蝶々夫人」を聴いたときは「何か違う」と喉に骨が引っかかったような想いを最後まで払拭出来なかった。硬いというか萎縮しているというか……。僕は原曲であるミュージカル「キャンディード」やオペラ「蝶々夫人」の舞台を観ているのだが、桐蔭の演奏から元々の歌("Make Our Garden Grow"や”ある晴れた日に”)を残念ながら連想出来なかった。曲(アレンジ)が吹奏楽に合っていなかったというのもあるだろう。

しかし今年の自由曲ガーシュウィンの歌劇「ポーギーとベス」(建部知弘・森田拓夢 編)は水を得た魚という表現がピッタリで、見違えるようだった。まずサウンドが垢抜けている(英語で言えばsophisticated)。スポーンと抜けるような青空が眼前に広がるのだ。また”サマータイム”のフリューゲルホルンや、”いつもそうとは限らない(It Ain't Necessarily So)”のトロンボーン・ソロはアンニュイな(気怠い)感じが凄く出ていて、「これぞブルース!」と快哉を叫びたくなった。そこには伸びやかな歌があった(実際に練習時に歌ったのでは?)。現在の桐蔭はストコフスキーやオーマンディ時代の「フィラデルフィア・サウンド」に一番近いのではないかとすら感じられた。これだけ洗練されたジャズの音が出せるのなら、ミシェル・ルグランが作曲したミュージカル映画「ロシュフォールの恋人たち」の音楽(特に”キャラバンの到着”!)なんか、最高に似合っているんじゃないだろうか?(視聴はこちら)因みにこの曲は宮川彬良の卓越した吹奏楽アレンジがある。また今度のアカデミー賞で歌曲賞と作曲賞を受賞するのは100%間違いない、ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」の音楽(作曲は「セッション」のジャスティン・フルビッツ)も将来是非、大阪桐蔭の演奏で聴いてみたいと、ここで熱くリクエストしておく(公式サイトはこちら、お洒落なこちらのミュージック・クリップもどうぞ)。イントロを聴いた瞬間に判る、「ロシュフォールの恋人たち」への鮮烈なオマージュだ(でも、ちっとも模倣じゃない)。閑話休題。

コンクールの話題に戻るが、桐蔭が選んだ課題曲はIII:「ある英雄の記憶 」(西村友)。ゲーム(RPG)とか大河ドラマの音楽を彷彿とさせる。こちらも非常に物語性が感じられる充実した演奏だった。

2月に開催される定期演奏会で「ポーギーとベス」が演奏される筈なので、生で聴けるのが今からもの凄く愉しみだ。

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部@宝塚音楽回廊

10月8日(土)宝塚市末広中央公園へ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴く。

宝塚音楽回廊のHPはこちら(写真あり)

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曲目は、

  • 歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
  • ミュージカル「ラ・マンチャの男」セレクション
  • スター・ウォーズ・サーガ
  • ミュージカル「キャッツ」より
  • 銀河鉄道999

作曲家/編曲者とか、メドレーの曲順とかは下記事に詳しく書いたのでご参照あれ。

桐蔭はステージ用のひな壇を持参して来ていて、前のアーティストが演奏を終えると、生徒たちが手早く準備を始め瞬く間に完成。プロの技だね!

因みにここは今年も関西代表として全日本吹奏楽コンクールに出場するのだが、名古屋国際会議場での本番は10月23日(日)。あと2週間しかない。しかも翌9日もNHK大阪ホールで演奏を披露するという。何ともハード・スケジュールだ。

梅田隆司先生によると現在部員数181人。今年は何故かマーチングコンテストには参加しなかったみたい。

マーチングもあり、サラウンド効果で吹奏楽の演奏を堪能した。本当は今年桐蔭が吹奏楽コンクール自由曲で演奏するガーシュウィン(建部知弘 編):歌劇「ポーギーとベス」より も是非聴きたかったのだけれど、それは今度の定期演奏会当日までのお楽しみということで。大好きな楽曲なので、コンクールでの皆さんの健闘を祈っています。Good luck !!

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【増補改訂版】松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部はコンサートのアンコールで「銀河鉄道999」を演奏するのが定番である。僕はこれが本当に大好きで、たまに演奏されないことがあると「クリープを入れないコーヒーなんて…」と気分が落ち込んでしまう。パフォーマンスは勿論のこと、なにより樽屋雅徳による卓越したアレンジが素晴らしい。ゴダイゴの原曲を超越している。しかし実は今までアニメを観たことがなかった(原作漫画も)。元々、松本零士の絵が好みではなく無視していたのだ。ゴダイゴの歌が流れるのは劇場版だけでTV版の主題歌は異なることも今回調べてみて初めて知った。

また2009年にブザンソン指揮者コンクールで優勝した山田和樹氏(現スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者)は次のようにツィートしている。

ここまで言われたらほっとけないだろう。早速DVDを借りて観て、驚いた。

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「銀河鉄道999」は明々白々、エディプス・コンプレックス(マザー・コンプレックス)の物語である。エディプス・コンプレックスとは元々フロイトが提唱した言葉で、ギリシャ悲劇「オイディプス王」に基いている(コンプレックス=心的複合体)。物語を詳しく知りたい方はこちらをご覧あれ。身も蓋もない言い方をすれば、幼少期から男の子が抱く「お母ちゃんとヤりたい」という性的欲求・願望である。一方、女性が生来父親に対して持つ感情は(やはりギリシャ悲劇由来の)エレクトラ・コンプレックスとして区別するが、両者を包括してエディプス・コンプレックスと言われることもある。

何でも性的なものに結びつけようとするフロイトに反発心を持ち、袂を分かったユングは独自の理論を構築した。彼は人の普遍的(集合的)無意識の領域に元型(げんけい)があると考え、グレートマザー太母)を想定した。これは「無条件の愛を与え、守ってくれる」という母親のイメージ(=聖母マリア、菩薩)と共に、「束縛する」「飲み込んでしまう」という恐ろしいイメージ(=魔女、山姥)も内包している。欧米のキリスト教社会では青年期(13-19歳ごろ)にグレートマザーと対決をして打ち勝つ、つまり心の中での「母親殺し」が求められ、その後に漸く一人前になれる、すなわち主体性を持つ強い自我を確立出来るのだ。しかし日本人の場合、「母親殺し」(母離れ)が出来ない、精神的に一人前になれない「永遠の少年」(=プエル・エテルヌス。ギリシャにおけるエレウシースの秘儀の少年の神イアカスを指す。大地母神の力を背景に、いつも若返って成年に達することのない穀物と再生の神)が多い、とユング心理学の権威・河合隼雄は指摘する。キリスト教は父性原理が強いのに対し(神も”父”)、わが国の男子はグレートマザー太母)の強力な作用を受け、それとの一体感を支えとして生きているのである(母性の優位性)。

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「銀河鉄道999」の主人公・星野哲郎は謎の美女メーテルに死んだ母の面影を見出し、彼女に向かって「お母ちゃん!」と叫ぶわ、「君さえよかったら・・・一緒に暮らして欲しいんだ」と愛の告白をするわ、エディプス・コンプレックスここに極まれりという印象である。非常に日本人的感性であり、自我を確立したキリスト教徒には受け入れ難いであろう(実際に欧米では人気がない)。精神科医・土居健郎はその著書「甘えの構造」の中で、「甘える」という行為がいかに日本人の心性にとって大切であり、大きい役割を担っているかを説いている。一方、英語にはこの「甘える」という言葉にぴったりした表現がない。また劇場版第2作「さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅」ではギリシャ悲劇「オイディプス王」をなぞるように「父親殺し」が実行される。一方、メーテルの「母親殺し」はエレクトラ・コンプレックスで説明がつく。

松本零士はメーテルという名前の由来を「青い鳥」の作者メーテルリンクと、ラテン語で「母親」を意味するマーテルmaterだと語っている(因みにギリシャ語ではメーテールとなる)。また松本が17歳の時に観たフランス映画「わが青春のマリアンヌ」(1955)のヒロイン像がメーテルに投影されている(松本へのインタビュー記事はこちら)。原作の題名は「痛ましきアルカディア」、両者を合わせると「わが青春のアルカディア」となる。そしてテレビ放送の際マリアンヌを吹き替えたのが池田昌子で、松本はメーテルの声に彼女を指名した。

松本零士が企画の途中から参加したアニメ「宇宙戦艦ヤマト」は滅亡の危機に瀕する地球を、イスカンダル星最後の女王スターシャに救ってもらうというお話である。このスターシャも明らかにグレートマザー太母)のイメージだ。おまけにヤマトがイスカンダルに到着した時、スターシャは古代進の兄・守と契りを交わし、娘を身籠っている。文字通り””なのだ。松本零士は紛うことなき「エディプス・コンプレックスの作家」なのである。宮川泰が「ヤマト」のために作曲した女声スキャットによる”無限に広がる大宇宙”は、母親が赤ちゃんをあやす時の「子守唄」である。

では松本零士が一時期アシスタントを務めたこともある「漫画の神様」こと、手塚治虫の場合はどうだろう?「ブラック・ジャック」を原作に映画「瞳の中の訪問者」を撮った大林宣彦監督は手塚のことを「シスター・コンプレックスの作家」と看破している。シスター・コンプレックスとは「姉妹に対する恋愛的感情」や「自分のものにしたい独占欲」のある兄のことを言う(手塚には実際、妹がいた)。これは現在のヲタク文化における「萌え」に繋がっている。手塚最初期の「ロストワールド〈前世紀〉」(”私家版”を手塚は中学生の時に描いた)に登場する植物人間あやめ・もみじとか、「鉄腕アトム」の妹ウラン、「ブラック・ジャック」のピノコがその典型と言えるだろう。ちなみに「ロストワールド」の主人公・敷島健一(ケン一)と植物人間のあやめは物語の最後にママンゴ星に取り残され、そこで「義兄妹の誓い」を結び、ふたりだけで生きていこうと決心する。とここまで書いてきてあることに気がついた。それは「ロストワールド」と「崖の上のポニョ」の類似性である(筆者のポニョ論はこちら)。だってケン一×あやめと、宗助×ポニョの間に将来生まれるだろう子供はどちらも「新人類」であり、現在の人間とはDNAが異なるわけだから。

手塚漫画には全くエディプス・コンプレックスの要素がない。手塚治虫の曽祖父は漫画「陽だまりの樹」に書かれているように蘭学医であった。祖父は司法官であり、関西法律学校(現在の関西大学)の創設者の一人である。治虫本人も漫画を書く傍ら現在の大阪大学医学部を卒業し、医学博士を取得している。西洋合理主義的思考が優位の環境で育ったわけだ。そして幼少期からディズニー映画に夢中になった。「ジャングル大帝」の元ネタは「バンビ」だし、「鉄腕アトム」も「ピノキオ」に基いている。また彼が5歳の時、現在の宝塚市に移り住んだことも大きいだろう。母親に連れられて観た宝塚歌劇のイメージは後に「リボンの騎士」として結実する。少女歌劇は男役の格好よさが命であり、マザコンとは無縁の世界なのである。因みに宝塚歌劇の原点は1926-27年に視察団がパリで観た「パラディ・ラタン」や「ムーラン・ルージュ」などのレビューである。

さて、その手塚治虫が亡くなった1989年、「Comic Box」追悼号で手塚の徹底批判をした男がいる。誰あろう宮﨑駿である。その全文は→こちら!なかなか激烈な文章だが、宮崎が言いたいことを要約するとこうなる。「ぼくは【アニメーション作家】としての手塚治虫を絶対に認めない。しかし【漫画家】手塚治虫からは多大な影響を受けた。その呪縛から抜け出すために18歳の時にそれまで書いた漫画を全て焼き捨てた」この行為は「父親殺し」ならぬ、ズバリ「手塚殺し」である。手塚を100%否定することでアニメーターとしての自己を確立出来た。つまり宮﨑駿は手塚治虫コンプレックスをこの儀式により、克己したのだと言えるだろう。

宮崎アニメは「父親殺し」且つ「母親殺し」を基本としてきた。「未来少年コナン」は両親がいないし、「ルパン三世カリオストロの城」のヒロイン・クラリスも然り。「風の谷のナウシカ」は最初から母が無く、序盤で父親が殺される。「天空の城ラピュタ」のパズーとシータは孤児であり、「魔の女宅急便」のキキの両親は彼女が旅立った後、音信不通となる。「千と千尋の神隠し」の両親は食欲にしか興味のない外道であり、豚に成り下がる。「崖の上のポニョ」の宗介とポニョは二人っきりで今後生きていくことになる。さらに「耳をすませば」の主題歌「カントリー・ロード」で宮崎が書いた歌詞は「この道をずつといけば、故郷(ふるさと)に続いている。でも僕は行かないさ。ひとりぼっち恐れずに、生きてみようと夢みてた。寂しさ押し込めて、強い自分を守っていこう」宮崎アニメの主人公たちは独立心が強靭で、逞しい。この精神が宮崎に私淑するジョン・ラセターにより、ディズニーの「アナと雪の女王」に引き継がれた。

さて話を「銀河鉄道999」に戻そう。本作は宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」にインスパイアされている。では宮沢賢治はどうだったのか?結核で亡くなった妹トシへの想い(詩「永訣の朝」)で分かる通り、賢治はシスター・コンプレックスの作家である(ジョバンニとカンパネルラの関係は、賢治とトシのそれに読み替えることが出来る)。「銀河鉄道の夜」は途中でタイタニック号の乗客が登場し、賛美歌が流れる場面がある。賢治の世界はハイカラで洗練されている。それを「銀河鉄道999」として換骨奪胎し、エディプス・コンプレックスに基づく泥臭い純日本風に読み替えた松本零士の戦略はしたたかであり、実にユニークだ。この作品を通して「日本人の心」が見えてくるのである。

Sayonara

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 in ラ・フォル・ジュルネびわ湖 2016 (2日目)

4月30日(土)ラ・フォル・ジュルネびわ湖 2016@大津、2日目。

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まず午前10時より梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部で、

  • 歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
  • ミュージカル「ラ・マンチャの男」セレクション
  • スター・ウォーズ・サーガ
  • ミュージカル「キャッツ」より
  • ミュージカル「ライオンキング」

「アイーダ」はアイーダ・トランペットを使用。その後マーチングもあり、約180人によるパフォーマンスが大ホールのステージ狭しと展開された。この4月に入学したばかりの1年生(Freshmen)50人も参加しており、全員暗譜で演奏したので感心することしきり。

編曲者とか曲の詳しい紹介は下記記事に書いたのでご参照あれ。

僕はパンチが効いたカルヴィン・カスター編曲の「ライオンキング」が大好きだ。今回、トランペット・トロンボーン・クラリネット・サクソフォンの四重奏による”ハクナ・マタタ(どうにかなるさ)”を聴いていて、このナンバーにはディキシーランド・ジャズの要素が加味されているなと初めて気付いた。

コンサートの予定は45分間だったが、もぎり(入場口)の混雑で開演時間が遅れ5分押しとなり、当初演奏が予定されていた大阪桐蔭の定番「銀河鉄道999」がカットされたのですごく残念だった。「クリープを入れないコーヒーなんて…」という気持ちになったのだが、このCMのキャッチコピーって多分若い人は知らないよね?

なお2009年にブザンソン指揮者コンクールで優勝した山田和樹氏(現スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者)は次のようにツィートしている。

桐蔭はこのままバスで移動して翌日の5月1日に鳥取市、3日に米子市、4日は境港市でコンサートを行うとのこと。大変なスケジュールである。

余談だが今年のラ・フォル・ジュルネびわ湖 3日目には京都橘高等学校吹奏楽部も初お目見え。ここは【オレンジの悪魔】として知られ、現在公開中の「劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高等学校吹奏楽部へようこそ〜」に登場するマーチングの強豪校、【水色の悪魔】こと、立花(りっか)高校のモデルである。閑話休題。

お昼には会場に出店されていた屋台のハンバーガーを食べたが、これが意外にも美味しかった!

続いて遊覧船ミシガンで湖上公演。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは今年、東京・新潟・金沢でも開催されているが、湖上公演があるのはびわ湖(大津)だけである。

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演奏はびわ湖ホール声楽アンサンブル・メンバー6名+ピアノで、

  • 木下牧子:春に(作詞:谷川俊太郎)
  • オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」より”ホフマンの舟歌”
    (二重唱)
  • ドヴォルザーク:歌劇「ルサルカ」より”月に寄せる歌”
    (ソプラノ独唱)
  • 荒井由実:ひこうき雲
  • 久石譲:「坂の上の雲」より"Stand Alone"(作詞:小山薫堂)
  • 吉田千秋:琵琶湖周航の歌(作詞:小口太郎)

このアンサンブルの質は極めて高い。「春に」は初めて聴いたが、素敵な曲。”ホフマンの舟歌”は正に湖上演奏にピッタリ。開け放たれた窓から吹き込む湖風を浴びながらの鑑賞は実に心地よかった。

ユーミンの「ひこうき雲」は大学生くらいの時から好きだったけれど、今聴くとどうしても宮﨑駿「風立ちぬ」の映像が脳裏に鮮明に蘇ってくる。最高!

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ミニ・コンサート30分の後は自由行動。連れて行った4歳の息子は一緒に乗船した子供たちと船の1階から3階まで走り回り、屋上では双眼鏡で陸を見たりして、とても愉しそうだった。1時間20分の船旅を満喫した。

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なにわ《オーケストラル》ウィンズ 2016

5月1日(日)ザ・シンフォニーホールへ。

年1回、日本のプロ・オーケストラの管楽器奏者が一堂に会する吹奏楽の祭典、なにわ《オーケストラル》ウィンズ(NOW)演奏会を聴いた。曲目と指揮者(太字)を列記する。ー丸谷明夫(大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部顧問)、ー中川重則(岡山学芸館高等学校)、ー畠田貴夫(東海大学付属高輪台高等学校)、ー金井信之(NOW代表、大阪フィル首席クラリネット奏者)。

  • 高昌帥:今、吹き渡る風 (委嘱作品・初演) なし
  • ジェイガー:ジュビラーテ 丸
  • ネリベル:2つの交響的断章 丸
  • 山本雅一:スペインの市場で 
    (2016年度吹奏楽コンクール 課題曲II)
  • 鹿島康奨:マーチ「クローバー グラウンド」 丸
    (課題曲IV)
  • 西村友:ある英雄の記憶〜「虹の国と氷の国」より 畠
    (課題曲 III)
  • スパーク:劇場の音楽 畠
  • バーンズ:交響的序曲 
  • リード:序曲「インペラトリクス」 丸
  • 矢藤学:マーチ・スカイブルー・ドリーム 
     (課題曲 I)
  • 島田尚美:焔(ほむら) 
    (課題曲 V)
  • スミス:交響曲第1番 畠
  • グレイアム:交響曲「モンタージュ」 

アンコールは、

  • 真島俊夫:五月の風 
  • 河辺公一:高度な技術への指標 丸
  • スパーク:ザ・バンドワゴン なし

高昌帥(こうちゃんす)の新作はトランペット4人のバンダ(金管別働隊)がファンファーレを奏でる格好いい曲。

ジェイガー「ジュビラーテ」は1978年の吹奏楽コンクール課題曲として委嘱された作品。4曲ある課題曲のうち、全国大会でこの曲を選んだ団体は全体の4分の3を占めたという。当時の出場人数制限は45人。あっきーこと、NHK交響楽団クラリネット奏者・加藤明久氏は全国大会でこれを吹き、金賞を受賞。自由曲もジェイガーだったそう。オーボエの浦丈彦氏(読売日本交響楽団)やパーカッションの安藤芳広氏(東京都交響楽団)もコンクールで「ジュビラーテ」を演奏したと。曲はホルスト「木星」を換骨奪胎したもの。流石にあからさまかな?

ネリベルの「2つの交響的断章」はパンチが効いた曲で、不協和音が決して不快じゃない。霧が立ち込める森で繰り広げられる神話の世界のように聴こえた。

スパーク「劇場の音楽」I.序曲は滑稽。II.幕間の音楽は可愛らしく、III.終曲は祝祭的高揚感があった。僕は以前、スパーク本人が指揮した自作自演のコンサートを聴いたが、味も素っ気もない演奏でびっくりした。断然今回のほうが良い。

バーンズは爽やかに一陣の風が吹き抜ける。中川先生の指揮はスマートでスタイリッシュ。

リード「インペラトリクス」(いにしえの時代の王妃のこと)は初めて聴いた。荘厳で気高い。

スミスの交響曲は金管が刻むリズムが小気味いい。

グレイアム「モンタージュ」はマグマが噴出するよう。複雑で演奏効果が高い曲。大いに気に入った。

今年度の吹奏楽コンクール【課題曲 I 】のタイトル「マーチ・スカイブルー・ドリーム」は丸ちゃん曰く、「何を言いたいのか判らんのですけれど(会場笑い)」。スキップするように軽やかに開始され、堅固なマーチへ。その対比が鮮明で、間違いなく淀工はこの曲を選んでくると確信した。実験は少子化を反映し、11人の小編成で演奏(丸ちゃん曰く「さわかやイレブン」)。こちらはこちらで簡素な魅力があった。

【課題曲 II 】「スペインの市場で」はハバネラが取り入れられ、陽光が燦々と降り注ぐ曲。なんだかビゼー:歌劇「カルメン」とかシャブリエ:狂詩曲「スペイン」みたいにフランス人が見たスペインという感じ。

【課題曲 III 】「ある英雄の記憶」はまるで「ファイナルファンタジー」のようなゲーム音楽。うねるロマンがあった。作曲をした西村友氏は指揮者としても活躍している。プロフィールを見ると劇団四季「ライオンキング」1998年初演から指揮しているとのことなので、僕は初日を観ているから彼の指揮を聴いた筈。実験はバラバラに配置換えした「フルーツバスケット」。

【課題曲 IV 】マーチ「クローバー グラウンド」はメリハリが乏しく、金賞が穫れない曲。爽やかではあるが、なんのひねりもなく凡庸。駄作。

【課題曲 V 】「焔」は例年通りのゲンダイオンガク。

今年の課題曲が駄目なのはバラエティに乏しいこと。他にもロック調/ポップス系/ジャズ風味の曲が欲しかった。選んだ人たちは相当頭が硬いね。もっと柔軟な思考が欲しい。来年度は選考委員の一新を!

アンコールは楽しい曲が揃った。特に先日亡くなった真島俊夫の「五月の風」(1997年度全日本吹奏楽コンクール課題曲)にはメルヘンが感じられた。

プログラムは地味で【知られざる名曲】路線だったけれど、新しい発見が多々あり、充実した3時間20分(休憩込み)だった。今年もライヴCD買おっと!

追記:下記もお読みください。いま吹奏楽をしている総ての中高校生、そして嘗てそうだった大人たちに是非観て貰いたい青春映画です。

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劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜

評価:A+

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映画公式サイトはこちら

テレビシリーズについては下記記事で語り尽くした。

本劇場版は13話あるTV版の単なる総集編ではない。想像した以上に新規カットがあり(いきなり冒頭から!)、アフレコは全て撮り直し、劇伴音楽も全面的にリニューアルされている。またマーチング・シーンが長くなり、オープニング主題歌"DREAM SOLISTER"はエンディングにまわり、伴奏が吹奏楽アレンジに変更というニクイ仕様になっている。

TV版の各話は放送時間24分なので、24分×13回=全話312分を劇場版では103分にまとめている。丁度3分の1だ。しかし取捨選択が巧みで、単なるダイジェスト感は全くない。1本のちゃんとした映画として成立している。

既に過去記事に書いたことだが、テレビシリーズは第八回「おまつりトライアングル」と第十一回「おかえりオーディション」が神回で、最高潮に盛り上がった。僕は劇場版公開が発表された時点で、第八回は丸々カットされるのではないかと覚悟していた。なぜなら県(あがた)祭り(宇治市で実際に開催されている6月5日から6日にかけての祭)は話の本筋(吹奏楽コンクール全国大会出場を目標に一心不乱に練習する)と無関係のエピソードだからである。しかし、しっかり劇場版でも残されており、夜にワンピース姿で現れた麗奈は神々しいまでに美しく、すごく嬉しかった。

ただ、ハイヒールで山を登る麗奈を見た久美子(主人公)が、

久美子「足、痛くないの?」
麗奈「痛い。でも、痛いの、嫌いじゃないし」
久美子「・・・・何それ、なんかエロい」

と会話を交わす、鼻血を吹き出しそうな場面はカットされていた。考えてみれば大人が観ることが前提の深夜アニメ枠から、健全な中学高校生が観に来るかも知れない劇場版へのコンバート(変換)として、致し方ない処置なのかも知れない。結局劇場版は第八回と第十一回を軸に再構成されており、痒いところに手が届く、申し分ない仕上がりになっている。あとコンクールでトランペット・ソロを吹く者を決めるオーディションの場面でTV版では麗奈の方がいいと拍手する生徒と、香織先輩に拍手する生徒が2対2だったのに対し、劇場版では1対1に変更されている。後者の方がより対立構造が鮮明となり、優れた改変だと想った。

僕は中学高校と吹奏楽部に所属していたが、部活動の生体、及びコンクールの雰囲気がこれだけリアルに描かれていることに驚嘆せずにはいられない。そして嗚呼、何という京都アニメーションのクオリティの高さ!クライマックス、京都府吹奏楽コンクールの場面では強い照明に当たり浮かび上がる、ステージ上に舞う ホコリまで丁寧に描かれている(実際僕もそれを見た記憶がある)。

このアニメ映画は火傷しそうなほど熱い。四の五の言わず、今直ぐ劇場に駆けつけろ!

以下余談。

アニメ・ヲタクは格好いい男の子と美少女が恋愛する物語を好まない。「モテない自分」という現実を否が応でも突き付けられ、惨めな気持ちになるからである。アイドルが恋愛禁止なのと同じ理屈だ。しかし、同性愛的関係は許容される。自分たちは関係ない(傷つかない)から安心出来るわけだ。その具体例が「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジと渚カヲルであり、「魔法少女まどか☆マギカ」の鹿目まどかと暁美ほむらしかり。この萌えの法則は「響け!ユーフォニアム」の久美子と麗奈にも当てはまる。京アニの「けいおん!」も同じような世界観だね。AKB48や乃木坂46などのアイドル・グループでもメンバー同士のイチャイチャはヲタから温かい目で見られる傾向にある。

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