吹奏楽

2017年2月21日 (火)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。

2月20日(月)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部定期演奏会を聴く。指揮は総監督の梅田隆司先生。

第1部

  • 西村友:ミュージカル「銀河鉄道の夜」吹奏楽版

第2部

  • ロッシーニ(森田拓夢編):歌劇「ウィリアム・テル」序曲
  • プロコフィエフ(高昌帥編):バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より
  • アラン・メンケン(ジョン・モス編):映画「美女と野獣」より
    プロローグ〜ベル〜強いぞガストン〜Be Our Guest〜美女と野獣(歌付き)〜奇跡の変身
  • ♪甲子園応援リクエスト・コーナー
    You Are スラッガー(オリジナル曲)〜恋(星野源、恋ダンス付き)〜SHAKE(SMAP)〜三代目 J Soul Brothers メドレー(ダンス付き)
  • 三年間の歩み Part 1(1、2年生篇)
    野田洋次郎、RADWIMPS(宮川成治編):「君の名は」メドレー
    夢灯籠〜前前前世〜スパークル〜なんでもないや
  • 三年間の歩み  Part 2(3年生篇)
    フランチェスコ・サルトール(福田洋介編):Time to Say Goodbye
  • 10期卒業生を送る歌 山村隆太(作詞)、阪井一生(作曲):証
  • ガーシュウィン(建部知弘・森田拓夢編):歌劇「ポーギーとベス」より
  • タケカワ・ユキヒデ(樽屋雅徳編):銀河鉄道999 アンコール
  • 星に願いを アンコール

以前も引用したが、臨床心理学者・河合隼雄は宗教学者・中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

この物語はジョバンニ=宮沢賢治、カムパネルラ=結核を患い24歳で死去した賢治の妹・トシ(詳しくは賢治の詩「永訣の朝」を参照のこと)として読むことが出来る。この兄妹はある意味、一心同体であり、だから新海誠監督「君の名は。」の瀧と三葉のようでもある。

ジョバンニは【片割れ(=Half Moon)】のカムパネルラと旅をする。しかし実はカムパネルラは既に死んでいる。一方、「君の名は。」の瀧は三葉を探し求めるが、彼女は3年前に死んでいた。両者は物語の構造が同じなのである。「銀河鉄道」とは人の意志に関係なく彼らを運び去ってしまう運命のメタファーであり、「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」「君の名は。」など一連の新海作品に度々登場する鉄道も同様に機能している。

ジョバンニとカムパネルラは一心同体だから、両者合わせて一人の人格と見做すことも可能だろう(名前の由来はイタリア・ルネッサンス時代の哲学者トマソ・カンパネッラだと言われている。その幼名はジョバンニ・ドミニコ。つまり同一人物である)。そして意地悪なザネリの身代わりとして死ぬカムパネルラに対して賢治は明らかに、人類の罪を贖うために十字架にかけられたイエス・キリストのイメージを重ねている。自己犠牲のテーマはタイタニック号の事故で犠牲になった姉弟の登場や、蠍の火のエピソードで繰り返される。そしてアンドレ・ジイドが小説のタイトルに引用した次の警句に繋がる。

狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていくものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものは少ない」(マタイによる福音書)

非常に厳しい父性としての一神教の姿がそこにある。祈りの言葉は「天にまします我らのよ」であり、三位一体とは「」と「子(イエス)」と「精霊」を指す。女性は排除されているのだ。またローマカトリック教会の最高位、法王に女性はなれない。

とすると、「ラッコの上着を持って帰る」と約束し、最後まで姿を見せないジョバンニの父親はイエスの父=神と解釈することも可能なのではないだろうか?イエスは父の真意を測りかねて苦しみ、十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ぶ。

一方、天照大御神(女)を頂点とする八百万の神を戴く日本は母性社会である(河合隼雄 著「母性社会日本の病理」を参照されたし)。母性は全てを包み込み、あるいは飲み込むが、父性は切断し、分類し(天と地、光と闇、天使と悪魔など)、客観的に観察する性格を帯びている。この特徴が欧米諸国でのみ近代科学が生まれ、発展した背景となった。0と1のみの二進法で全てを計算し、処理するコンピューターの発明もキリスト教社会だからこそあり得たのである。

「銀河鉄道の夜」には天文学、地質学、生物学、化学など自然科学の知識がふんだんに投入されている。また賛美歌320番「主よ、みもとに 近づかん」が歌われ、タイタニック号の犠牲者たちはサザンクロス(南十字星)駅で降りる。ここで十字架のイメージが重ねられている。

しかしジョバンニは病気の母にミルクを持って帰らねばと心を砕いているし、カムパネルラも「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」と常に案じている。この父性母性の絶妙なバランス感覚こそが宮沢賢治の真骨頂なのではないだろうか。ところが松本零士は「銀河鉄道999」でキリスト教的要素=厳しい父性を全て取っ払って、マザー(エディプス)・コンプレックスの物語に換骨奪胎してしまった。

さて本題。定期演奏会の感想である。事前に劇団ひまわり版「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)DVDを6回鑑賞して臨んだ。いやもう、西村友が作曲した音楽が素晴らし過ぎて心を奪われ、ジョバンニを演じた石川由依(アニメ「進撃の巨人」ミカサの声を担当)の名演にぞっこんになった。

劇団ひまわり版は1時間50分あるので大阪桐蔭版がダイジェストになるのは致し方ないのだが、活版所などジョバンニが銀河鉄道に乗るまでのエピソードと、白鳥の停車場〜プリオシン海岸の場面がすっぽりカットされたのは残念だった。♪大切なことは忘れないこと!♪がなかったのはちょっと寂しい。

オリジナルはピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成だが今回は大編成の吹奏楽版。やっぱり迫力が違う。♪ラッコの上着♪で大太鼓の音がズシンと腹に来た。タイタニック号沈没の場面での♪救い給え、この子らを♪はバス・クラリネット、バリトン・サックスなどの低音群が不気味に響き、実に効果的だった。またこの曲や、僕が大好きなナンバー♪ケンタウルスを追いかけて♪ではステージいっぱいにマーチングが展開され、何と鮮やかだったことか!♪バルドラのサソリ♪では隊列で蠍の姿を表現し、成る程なと感心することしきり。あとサザンクロス駅の場面で背景のスクリーンにKAGAYAが製作したプラネタリウム版「銀河鉄道の夜」が映し出されてびっくりした!

Kagaya

これ、とっても映像が綺麗なんだ。ただプラネタリウム版が痛いのは音楽が安っぽいこと。でも西村友作曲の方なら全く問題なし。

第2部は両サイドにアイーダ・トランペットを配し、華やかに始まった。「ウィリアム・テル」と全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した「ポーギーとベス」を(共同)編曲した森田拓夢くんはアルト・サクソフォンを吹く3年生。なお、桐蔭の練習場には最近、梅田先生のアイディアでミラーボールが設置されたそう。

プロコフィエフではチューバとコントラバスによる引き摺るようなリズムが印象的。

「美女と野獣」については最近、面白い発見があった。

桐蔭の演奏はファンタスティックで、一つのメルヘンが感じられた。

そして、「君の名は。」4曲メドレーには甚く感動した。なんて洒落たアレンジだろう!歌が入った♪なんでもないや♪もとっても素敵。また何度でも聴きたい。

そしてクライマックスは「ポーギーとベス」。僕は例年通り55人による全日本吹奏楽コンクール版で演奏するのかと思いきや、最優秀グランプリ/文部科学大臣賞を受賞した大人数による日本管楽合奏コンテストバージョンだった。吹コンでは金賞を受賞したものの、冒頭でクラリネットが「ピャッ!」と奇声を発したり、♪サマータイム♪でフリューゲルホルンのソロが出だしをミスったりと幾つかの瑕があった。しかし今回のフリューゲルホルンはパーフェクトだったし、吹コンよりさらに進化していたので、心底驚嘆した。振付が入ったり、最後の♪Oh Lawd, I'm On My Way♪では合唱が入ったりと最高に愉しい!

僕が桐蔭の演奏を初めて聴いたのは2007年全日本吹奏楽コンクール@普門館のドビュッシー「海」だった。2009年に全国大会で初めて金賞を受賞したオルフ「カルミナ・ブラーナ」も普門館で聴いた。そして自信を持って断言しよう。今回の「ポーギーとベス」こそ、創部以来のベスト・パフォーマンスであると。梅田先生はワーグナーやプッチーニ、エルガーなどクラシック音楽を指揮される時よりも、JAZZやROCKの方が生き生きしているし、冴えている。「ポーギーとベス」はなんかもう突き抜けていた。ちゃんとブルースしているし、リズムのセンスやグルーヴ感が抜群なんだ。レナード・バーンスタインもオペラ的な「キャンディード」よりJAZZYな「ウエストサイド・ストーリー」の方が断然いい。梅田先生、是非これからもこの路線で突っ走ってください。

またアンコールの「銀河鉄道999」について、僕は毎年定演のレビューで「照明が暗すぎる。これでは生徒さんの顔が識別できない」と文句を書き続けてきた。ところが今回、前奏が終わるとステージが明るくなったのである!「星に願いを」も美しかったし、今年の照明スタッフは本当に素晴らしかった。あとバルーンの銀河鉄道がホールを斜めに駆け上る演出もジーンとしたなぁ。

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2017年1月22日 (日)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」

2016年に全日本吹奏楽コンクールで金賞(自由曲はガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」より)を受賞した大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の定期演奏会は2月19(日)、20(月)に開催される。

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チケットはe+で購入できる(こちら)。e+はシステム利用料や発券手数料などが掛かる。だから嫌だな〜困ったな、どうしよう?と思案していたのだが、今回携帯電話に直接ダウンロードするスマチケを試してみてしてびっくりした。なんと一切中間搾取なし、正規入場料金2,000円ポッキリで購入出来た。これは便利!

さて定演のチラシには第1部でミュージカル「銀河鉄道の夜」が上演されるとある。2年前に大阪桐蔭が上演した創作ミュージカル「河内湖」はハッとするくらい完成度が高かった(その時のレビューはこちらに書いた)。今度の作品はどんなだろうと早速調査を開始、詳細が判明した。元々は劇団ひまわりが2008年に上演したミュージカルで、劇団のオンラインショップで4,000円+送料を支払えばDVDを購入出来るらしい。早速注文した。

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作詞・脚本・演出は中島透、作曲・指揮は西村友が担当。オリジナル版はピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成による室内オーケストラである。

西村友は2016年度吹奏楽コンクール課題曲III 《ある英雄の記憶~「虹の国と氷の国」より》を作曲している。そして大阪桐蔭はこの課題曲で全国大会に臨み、を獲った。

劇団ひまわり「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)の配役は以下の通り。

ジョバンニ:石川由依 カムパネルラ:熊本野映 カオル:宮原理子 タダシ:野本ほたる ザネリ:松村理子 カトウ:鈴木愛吏 マルソ:田中瞳佳

石川由依って何だか聞き覚えのある名前だな、と調べて仰天した。なんとアニメ「進撃の巨人」でミカサ・アッカーマンの声を担当している人じゃないですか!歌も上手い。石川は兵庫県生まれで6歳の時から劇団ひまわりの大阪俳優養成所に所属し、後に上京したという。

透明感があってpure、大変出来のよいミュージカルである。特に音楽は、例えば劇団四季のオリジナル・ミュージカル(李香蘭、異国の丘、夢から醒めた夢、ドリーミング)と比べても、断然「銀河鉄道の夜」の方が優れている。これは是非生の舞台を観たいと想った。

因みにアニメーション映画「君の名は。」で国民的作家となった新海誠監督(本名・新津誠)の娘・新津ちせは劇団ひまわりに所属しており、神木隆之介くん主演の実写映画「3月のライオン」に川本モモ(三女)役で出演する(詳細はこちら)。

僕の「銀河鉄道の夜」の原体験は杉井ギサブロー監督によるアニメーション映画(1985年、毎日映画コンクール・大藤信郎賞受賞、文部省特選)である。登場人物の大半が猫に仕立てられている(但し、タイタニック号の犠牲となった姉弟とその家庭教師は人間の姿)。静謐で質の高い作品なので僕は好きだが、「なんで猫やねん!」と非難の声が上がっていることも事実だ。そこが映像化の難しさで、ジョバンニとカムパネルラという名前の少年を果たして日本人として描くのか?という問題が生じる。かといって名前から想定してイタリア人にする?それでいいのかという話である。なお、このアニメで音楽を担当した細野晴臣の祖父(細野正文)は日本人唯一のタイタニック号乗船者で、無事生還した。

宮沢賢治が書いたこの童話は非常に多くの信奉者/追随者を産んだ。その代表例が「銀河鉄道999」だろう。

上記事にも書いたが「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラの関係は、賢治と亡くなった妹・トシのそれを彷彿とさせる。宮沢賢治はシスター・コンプレックスの作家だと言うことが出来る。それを松本零士は換骨奪胎してマザー(エディプス)・コンプレックスの作品に創り変えた。

臨床心理学者・河合隼雄は中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

作曲家・吉松隆と「銀河鉄道の夜」の関係については以前言及した。

この後、吉松は『オホーツク挽歌』『星めぐりの歌』『銀河鉄道の夜』『手紙』をモチーフにした、(左手の)ピアノとチェロと朗読による「KENJI・・・宮澤賢治によせる」を作曲している。吉松は2歳年下の妹をガンで亡くした。彼女の病床で作曲したのがサイバーバード協奏曲である。その想いが賢治とトシの関係に繋がっているのだろう。

シンセサイザーによる「惑星」で一世風靡した故・冨田勲が初音ミクとタッグを組んだ「イーハトーヴ交響曲」は第4楽章が『銀河鉄道の夜』である。因みに冨田は映画「風の又三郎」(1989)でも音楽を担当している。

またももいろクローバーZ主演で本広克行が監督した映画「幕が上がる」には高校演劇部が上演する劇中劇として「銀河鉄道の夜」が登場する。

さらに岩井俊二監督「リップヴァンウィンクルの花嫁」と「銀河鉄道の夜」の関係性については下記事に書いた。

ここまでお読みになった方には「銀河鉄道の夜」の影響力の大きさが少しはお判り頂けたのではないかと想う。大阪桐蔭のパフォーマンスが今から愉しみで仕方がない。

最後に、梅田隆司先生にお願いを2つしたい。

  1. 定演で大阪桐蔭の演奏する「前前前世」をどうしても聴きたいので、不確実要素のある【リクエスト・コーナー】ではなく、是非正規プログラム(あるいはアンコール)に入れてください。
  2. 全日本吹奏楽コンクールの「ポーギーとベス」を聴いて、大阪桐蔭がミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」の音楽を演奏したら最高にクールなパフォーマンスになると確信しました。お忙しいのは存じておりますが、まずは騙されたと思って映画をご覧になってみてください。絶対に後悔はさせません。

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2016年12月21日 (水)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 サンタコンサート 2016 & 全日本吹奏楽コンクール「ポーギーとベス」の感想

12月17日(土)、5歳の息子を連れて大阪ビジネスパーク TWIN21アトリウムへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部のサンタコンサートを聴く。指揮は梅田隆司先生。

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まず最初にマーチングのパフォーマンスあり。

  • 歌劇「アイーダ」凱旋行進曲
  • 映画「スター・ウォーズ」メドレー
  • ミュージカル「キャッツ」メドレー

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続いて座奏に移り、子ども向けのコンサートが始まる。

  • ジングル・ベル
  • 映画「ライオンキング」メドレー
  • 映画「となりのトトロ」さんぽ、となりのトトロ
  • 映画「ハウルの動く城」世界の約束
  • 魔法使いプリキュア!
  • 動物戦隊ジュウオウジャー
  • 赤鼻のトナカイ

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すでに息子には大阪四季劇場でミュージカル「ライオンキング」と「キャッツ」を観せているので、今回はすごく興味を持って目をキラキラさせながら聴いていた。この日は他にキッズプラザ大阪(コーイチシェフのスイーツ工房に参加)とか公園にも行ったのだが、「みんな愉しかった!」とご機嫌だった。

さて、大阪桐蔭は今年、全日本吹奏楽コンクールで5年ぶりに金賞に輝いた(前回は2011年、自由曲はワーグナーの楽劇「ワルキューレ」)。僕は2016年度の金賞団体を集めたBlu-ray Discで鑑賞した。心が震えるくらい素晴らしかった!

銀賞に終わった2014年の自由曲「キャンディード」や2015年の「蝶々夫人」を聴いたときは「何か違う」と喉に骨が引っかかったような想いを最後まで払拭出来なかった。硬いというか萎縮しているというか……。僕は原曲であるミュージカル「キャンディード」やオペラ「蝶々夫人」の舞台を観ているのだが、桐蔭の演奏から元々の歌("Make Our Garden Grow"や”ある晴れた日に”)を残念ながら連想出来なかった。曲(アレンジ)が吹奏楽に合っていなかったというのもあるだろう。

しかし今年の自由曲ガーシュウィンの歌劇「ポーギーとベス」(建部知弘・森田拓夢 編)は水を得た魚という表現がピッタリで、見違えるようだった。まずサウンドが垢抜けている(英語で言えばsophisticated)。スポーンと抜けるような青空が眼前に広がるのだ。また”サマータイム”のフリューゲルホルンや、”いつもそうとは限らない(It Ain't Necessarily So)”のトロンボーン・ソロはアンニュイな(気怠い)感じが凄く出ていて、「これぞブルース!」と快哉を叫びたくなった。そこには伸びやかな歌があった(実際に練習時に歌ったのでは?)。現在の桐蔭はストコフスキーやオーマンディ時代の「フィラデルフィア・サウンド」に一番近いのではないかとすら感じられた。これだけ洗練されたジャズの音が出せるのなら、ミシェル・ルグランが作曲したミュージカル映画「ロシュフォールの恋人たち」の音楽(特に”キャラバンの到着”!)なんか、最高に似合っているんじゃないだろうか?(視聴はこちら)因みにこの曲は宮川彬良の卓越した吹奏楽アレンジがある。また今度のアカデミー賞で歌曲賞と作曲賞を受賞するのは100%間違いない、ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」の音楽(作曲は「セッション」のジャスティン・フルビッツ)も将来是非、大阪桐蔭の演奏で聴いてみたいと、ここで熱くリクエストしておく(公式サイトはこちら、お洒落なこちらのミュージック・クリップもどうぞ)。イントロを聴いた瞬間に判る、「ロシュフォールの恋人たち」への鮮烈なオマージュだ(でも、ちっとも模倣じゃない)。閑話休題。

コンクールの話題に戻るが、桐蔭が選んだ課題曲はIII:「ある英雄の記憶 」(西村友)。ゲーム(RPG)とか大河ドラマの音楽を彷彿とさせる。こちらも非常に物語性が感じられる充実した演奏だった。

2月に開催される定期演奏会で「ポーギーとベス」が演奏される筈なので、生で聴けるのが今からもの凄く愉しみだ。

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2016年10月12日 (水)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部@宝塚音楽回廊

10月8日(土)宝塚市末広中央公園へ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴く。

宝塚音楽回廊のHPはこちら(写真あり)

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曲目は、

  • 歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
  • ミュージカル「ラ・マンチャの男」セレクション
  • スター・ウォーズ・サーガ
  • ミュージカル「キャッツ」より
  • 銀河鉄道999

作曲家/編曲者とか、メドレーの曲順とかは下記事に詳しく書いたのでご参照あれ。

桐蔭はステージ用のひな壇を持参して来ていて、前のアーティストが演奏を終えると、生徒たちが手早く準備を始め瞬く間に完成。プロの技だね!

因みにここは今年も関西代表として全日本吹奏楽コンクールに出場するのだが、名古屋国際会議場での本番は10月23日(日)。あと2週間しかない。しかも翌9日もNHK大阪ホールで演奏を披露するという。何ともハード・スケジュールだ。

梅田隆司先生によると現在部員数181人。今年は何故かマーチングコンテストには参加しなかったみたい。

マーチングもあり、サラウンド効果で吹奏楽の演奏を堪能した。本当は今年桐蔭が吹奏楽コンクール自由曲で演奏するガーシュウィン(建部知弘 編):歌劇「ポーギーとベス」より も是非聴きたかったのだけれど、それは今度の定期演奏会当日までのお楽しみということで。大好きな楽曲なので、コンクールでの皆さんの健闘を祈っています。Good luck !!

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2016年7月 7日 (木)

【増補改訂版】松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部はコンサートのアンコールで「銀河鉄道999」を演奏するのが定番である。僕はこれが本当に大好きで、たまに演奏されないことがあると「クリープを入れないコーヒーなんて…」と気分が落ち込んでしまう。パフォーマンスは勿論のこと、なにより樽屋雅徳による卓越したアレンジが素晴らしい。ゴダイゴの原曲を超越している。しかし実は今までアニメを観たことがなかった(原作漫画も)。元々、松本零士の絵が好みではなく無視していたのだ。ゴダイゴの歌が流れるのは劇場版だけでTV版の主題歌は異なることも今回調べてみて初めて知った。

また2009年にブザンソン指揮者コンクールで優勝した山田和樹氏(現スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者)は次のようにツィートしている。

ここまで言われたらほっとけないだろう。早速DVDを借りて観て、驚いた。

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「銀河鉄道999」は明々白々、エディプス・コンプレックス(マザー・コンプレックス)の物語である。エディプス・コンプレックスとは元々フロイトが提唱した言葉で、ギリシャ悲劇「オイディプス王」に基いている(コンプレックス=心的複合体)。物語を詳しく知りたい方はこちらをご覧あれ。身も蓋もない言い方をすれば、幼少期から男の子が抱く「お母ちゃんとヤりたい」という性的欲求・願望である。一方、女性が生来父親に対して持つ感情は(やはりギリシャ悲劇由来の)エレクトラ・コンプレックスとして区別するが、両者を包括してエディプス・コンプレックスと言われることもある。

何でも性的なものに結びつけようとするフロイトに反発心を持ち、袂を分かったユングは独自の理論を構築した。彼は人の普遍的(集合的)無意識の領域に元型(げんけい)があると考え、グレートマザー太母)を想定した。これは「無条件の愛を与え、守ってくれる」という母親のイメージ(=聖母マリア、菩薩)と共に、「束縛する」「飲み込んでしまう」という恐ろしいイメージ(=魔女、山姥)も内包している。欧米のキリスト教社会では青年期(13-19歳ごろ)にグレートマザーと対決をして打ち勝つ、つまり心の中での「母親殺し」が求められ、その後に漸く一人前になれる、すなわち主体性を持つ強い自我を確立出来るのだ。しかし日本人の場合、「母親殺し」(母離れ)が出来ない、精神的に一人前になれない「永遠の少年」(=プエル・エテルヌス。ギリシャにおけるエレウシースの秘儀の少年の神イアカスを指す。大地母神の力を背景に、いつも若返って成年に達することのない穀物と再生の神)が多い、とユング心理学の権威・河合隼雄は指摘する。キリスト教は父性原理が強いのに対し(神も”父”)、わが国の男子はグレートマザー太母)の強力な作用を受け、それとの一体感を支えとして生きているのである(母性の優位性)。

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「銀河鉄道999」の主人公・星野哲郎は謎の美女メーテルに死んだ母の面影を見出し、彼女に向かって「お母ちゃん!」と叫ぶわ、「君さえよかったら・・・一緒に暮らして欲しいんだ」と愛の告白をするわ、エディプス・コンプレックスここに極まれりという印象である。非常に日本人的感性であり、自我を確立したキリスト教徒には受け入れ難いであろう(実際に欧米では人気がない)。精神科医・土居健郎はその著書「甘えの構造」の中で、「甘える」という行為がいかに日本人の心性にとって大切であり、大きい役割を担っているかを説いている。一方、英語にはこの「甘える」という言葉にぴったりした表現がない。また劇場版第2作「さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅」ではギリシャ悲劇「オイディプス王」をなぞるように「父親殺し」が実行される。一方、メーテルの「母親殺し」はエレクトラ・コンプレックスで説明がつく。

松本零士はメーテルという名前の由来を「青い鳥」の作者メーテルリンクと、ラテン語で「母親」を意味するマーテルmaterだと語っている(因みにギリシャ語ではメーテールとなる)。また松本が17歳の時に観たフランス映画「わが青春のマリアンヌ」(1955)のヒロイン像がメーテルに投影されている(松本へのインタビュー記事はこちら)。原作の題名は「痛ましきアルカディア」、両者を合わせると「わが青春のアルカディア」となる。そしてテレビ放送の際マリアンヌを吹き替えたのが池田昌子で、松本はメーテルの声に彼女を指名した。

松本零士が企画の途中から参加したアニメ「宇宙戦艦ヤマト」は滅亡の危機に瀕する地球を、イスカンダル星最後の女王スターシャに救ってもらうというお話である。このスターシャも明らかにグレートマザー太母)のイメージだ。おまけにヤマトがイスカンダルに到着した時、スターシャは古代進の兄・守と契りを交わし、娘を身籠っている。文字通り””なのだ。松本零士は紛うことなき「エディプス・コンプレックスの作家」なのである。宮川泰が「ヤマト」のために作曲した女声スキャットによる”無限に広がる大宇宙”は、母親が赤ちゃんをあやす時の「子守唄」である。

では松本零士が一時期アシスタントを務めたこともある「漫画の神様」こと、手塚治虫の場合はどうだろう?「ブラック・ジャック」を原作に映画「瞳の中の訪問者」を撮った大林宣彦監督は手塚のことを「シスター・コンプレックスの作家」と看破している。シスター・コンプレックスとは「姉妹に対する恋愛的感情」や「自分のものにしたい独占欲」のある兄のことを言う(手塚には実際、妹がいた)。これは現在のヲタク文化における「萌え」に繋がっている。手塚最初期の「ロストワールド〈前世紀〉」(”私家版”を手塚は中学生の時に描いた)に登場する植物人間あやめ・もみじとか、「鉄腕アトム」の妹ウラン、「ブラック・ジャック」のピノコがその典型と言えるだろう。ちなみに「ロストワールド」の主人公・敷島健一(ケン一)と植物人間のあやめは物語の最後にママンゴ星に取り残され、そこで「義兄妹の誓い」を結び、ふたりだけで生きていこうと決心する。とここまで書いてきてあることに気がついた。それは「ロストワールド」と「崖の上のポニョ」の類似性である(筆者のポニョ論はこちら)。だってケン一×あやめと、宗助×ポニョの間に将来生まれるだろう子供はどちらも「新人類」であり、現在の人間とはDNAが異なるわけだから。

手塚漫画には全くエディプス・コンプレックスの要素がない。手塚治虫の曽祖父は漫画「陽だまりの樹」に書かれているように蘭学医であった。祖父は司法官であり、関西法律学校(現在の関西大学)の創設者の一人である。治虫本人も漫画を書く傍ら現在の大阪大学医学部を卒業し、医学博士を取得している。西洋合理主義的思考が優位の環境で育ったわけだ。そして幼少期からディズニー映画に夢中になった。「ジャングル大帝」の元ネタは「バンビ」だし、「鉄腕アトム」も「ピノキオ」に基いている。また彼が5歳の時、現在の宝塚市に移り住んだことも大きいだろう。母親に連れられて観た宝塚歌劇のイメージは後に「リボンの騎士」として結実する。少女歌劇は男役の格好よさが命であり、マザコンとは無縁の世界なのである。因みに宝塚歌劇の原点は1926-27年に視察団がパリで観た「パラディ・ラタン」や「ムーラン・ルージュ」などのレビューである。

さて、その手塚治虫が亡くなった1989年、「Comic Box」追悼号で手塚の徹底批判をした男がいる。誰あろう宮﨑駿である。その全文は→こちら!なかなか激烈な文章だが、宮崎が言いたいことを要約するとこうなる。「ぼくは【アニメーション作家】としての手塚治虫を絶対に認めない。しかし【漫画家】手塚治虫からは多大な影響を受けた。その呪縛から抜け出すために18歳の時にそれまで書いた漫画を全て焼き捨てた」この行為は「父親殺し」ならぬ、ズバリ「手塚殺し」である。手塚を100%否定することでアニメーターとしての自己を確立出来た。つまり宮﨑駿は手塚治虫コンプレックスをこの儀式により、克己したのだと言えるだろう。

宮崎アニメは「父親殺し」且つ「母親殺し」を基本としてきた。「未来少年コナン」は両親がいないし、「ルパン三世カリオストロの城」のヒロイン・クラリスも然り。「風の谷のナウシカ」は最初から母が無く、序盤で父親が殺される。「天空の城ラピュタ」のパズーとシータは孤児であり、「魔の女宅急便」のキキの両親は彼女が旅立った後、音信不通となる。「千と千尋の神隠し」の両親は食欲にしか興味のない外道であり、豚に成り下がる。「崖の上のポニョ」の宗介とポニョは二人っきりで今後生きていくことになる。さらに「耳をすませば」の主題歌「カントリー・ロード」で宮崎が書いた歌詞は「この道をずつといけば、故郷(ふるさと)に続いている。でも僕は行かないさ。ひとりぼっち恐れずに、生きてみようと夢みてた。寂しさ押し込めて、強い自分を守っていこう」宮崎アニメの主人公たちは独立心が強靭で、逞しい。この精神が宮崎に私淑するジョン・ラセターにより、ディズニーの「アナと雪の女王」に引き継がれた。

さて話を「銀河鉄道999」に戻そう。本作は宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」にインスパイアされている。では宮沢賢治はどうだったのか?結核で亡くなった妹トシへの想い(詩「永訣の朝」)で分かる通り、賢治はシスター・コンプレックスの作家である(ジョバンニとカンパネルラの関係は、賢治とトシのそれに読み替えることが出来る)。「銀河鉄道の夜」は途中でタイタニック号の乗客が登場し、賛美歌が流れる場面がある。賢治の世界はハイカラで洗練されている。それを「銀河鉄道999」として換骨奪胎し、エディプス・コンプレックスに基づく泥臭い純日本風に読み替えた松本零士の戦略はしたたかであり、実にユニークだ。この作品を通して「日本人の心」が見えてくるのである。

Sayonara

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2016年5月 9日 (月)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 in ラ・フォル・ジュルネびわ湖 2016 (2日目)

4月30日(土)ラ・フォル・ジュルネびわ湖 2016@大津、2日目。

Img_0516

まず午前10時より梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部で、

  • 歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
  • ミュージカル「ラ・マンチャの男」セレクション
  • スター・ウォーズ・サーガ
  • ミュージカル「キャッツ」より
  • ミュージカル「ライオンキング」

「アイーダ」はアイーダ・トランペットを使用。その後マーチングもあり、約180人によるパフォーマンスが大ホールのステージ狭しと展開された。この4月に入学したばかりの1年生(Freshmen)50人も参加しており、全員暗譜で演奏したので感心することしきり。

編曲者とか曲の詳しい紹介は下記記事に書いたのでご参照あれ。

僕はパンチが効いたカルヴィン・カスター編曲の「ライオンキング」が大好きだ。今回、トランペット・トロンボーン・クラリネット・サクソフォンの四重奏による”ハクナ・マタタ(どうにかなるさ)”を聴いていて、このナンバーにはディキシーランド・ジャズの要素が加味されているなと初めて気付いた。

コンサートの予定は45分間だったが、もぎり(入場口)の混雑で開演時間が遅れ5分押しとなり、当初演奏が予定されていた大阪桐蔭の定番「銀河鉄道999」がカットされたのですごく残念だった。「クリープを入れないコーヒーなんて…」という気持ちになったのだが、このCMのキャッチコピーって多分若い人は知らないよね?

なお2009年にブザンソン指揮者コンクールで優勝した山田和樹氏(現スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者)は次のようにツィートしている。

桐蔭はこのままバスで移動して翌日の5月1日に鳥取市、3日に米子市、4日は境港市でコンサートを行うとのこと。大変なスケジュールである。

余談だが今年のラ・フォル・ジュルネびわ湖 3日目には京都橘高等学校吹奏楽部も初お目見え。ここは【オレンジの悪魔】として知られ、現在公開中の「劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高等学校吹奏楽部へようこそ〜」に登場するマーチングの強豪校、【水色の悪魔】こと、立花(りっか)高校のモデルである。閑話休題。

お昼には会場に出店されていた屋台のハンバーガーを食べたが、これが意外にも美味しかった!

続いて遊覧船ミシガンで湖上公演。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは今年、東京・新潟・金沢でも開催されているが、湖上公演があるのはびわ湖(大津)だけである。

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演奏はびわ湖ホール声楽アンサンブル・メンバー6名+ピアノで、

  • 木下牧子:春に(作詞:谷川俊太郎)
  • オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」より”ホフマンの舟歌”
    (二重唱)
  • ドヴォルザーク:歌劇「ルサルカ」より”月に寄せる歌”
    (ソプラノ独唱)
  • 荒井由実:ひこうき雲
  • 久石譲:「坂の上の雲」より"Stand Alone"(作詞:小山薫堂)
  • 吉田千秋:琵琶湖周航の歌(作詞:小口太郎)

このアンサンブルの質は極めて高い。「春に」は初めて聴いたが、素敵な曲。”ホフマンの舟歌”は正に湖上演奏にピッタリ。開け放たれた窓から吹き込む湖風を浴びながらの鑑賞は実に心地よかった。

ユーミンの「ひこうき雲」は大学生くらいの時から好きだったけれど、今聴くとどうしても宮﨑駿「風立ちぬ」の映像が脳裏に鮮明に蘇ってくる。最高!

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ミニ・コンサート30分の後は自由行動。連れて行った4歳の息子は一緒に乗船した子供たちと船の1階から3階まで走り回り、屋上では双眼鏡で陸を見たりして、とても愉しそうだった。1時間20分の船旅を満喫した。

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2016年5月 3日 (火)

なにわ《オーケストラル》ウィンズ 2016

5月1日(日)ザ・シンフォニーホールへ。

年1回、日本のプロ・オーケストラの管楽器奏者が一堂に会する吹奏楽の祭典、なにわ《オーケストラル》ウィンズ(NOW)演奏会を聴いた。曲目と指揮者(太字)を列記する。ー丸谷明夫(大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部顧問)、ー中川重則(岡山学芸館高等学校)、ー畠田貴夫(東海大学付属高輪台高等学校)、ー金井信之(NOW代表、大阪フィル首席クラリネット奏者)。

  • 高昌帥:今、吹き渡る風 (委嘱作品・初演) なし
  • ジェイガー:ジュビラーテ 丸
  • ネリベル:2つの交響的断章 丸
  • 山本雅一:スペインの市場で 
    (2016年度吹奏楽コンクール 課題曲II)
  • 鹿島康奨:マーチ「クローバー グラウンド」 丸
    (課題曲IV)
  • 西村友:ある英雄の記憶〜「虹の国と氷の国」より 畠
    (課題曲 III)
  • スパーク:劇場の音楽 畠
  • バーンズ:交響的序曲 
  • リード:序曲「インペラトリクス」 丸
  • 矢藤学:マーチ・スカイブルー・ドリーム 
     (課題曲 I)
  • 島田尚美:焔(ほむら) 
    (課題曲 V)
  • スミス:交響曲第1番 畠
  • グレイアム:交響曲「モンタージュ」 

アンコールは、

  • 真島俊夫:五月の風 
  • 河辺公一:高度な技術への指標 丸
  • スパーク:ザ・バンドワゴン なし

高昌帥(こうちゃんす)の新作はトランペット4人のバンダ(金管別働隊)がファンファーレを奏でる格好いい曲。

ジェイガー「ジュビラーテ」は1978年の吹奏楽コンクール課題曲として委嘱された作品。4曲ある課題曲のうち、全国大会でこの曲を選んだ団体は全体の4分の3を占めたという。当時の出場人数制限は45人。あっきーこと、NHK交響楽団クラリネット奏者・加藤明久氏は全国大会でこれを吹き、金賞を受賞。自由曲もジェイガーだったそう。オーボエの浦丈彦氏(読売日本交響楽団)やパーカッションの安藤芳広氏(東京都交響楽団)もコンクールで「ジュビラーテ」を演奏したと。曲はホルスト「木星」を換骨奪胎したもの。流石にあからさまかな?

ネリベルの「2つの交響的断章」はパンチが効いた曲で、不協和音が決して不快じゃない。霧が立ち込める森で繰り広げられる神話の世界のように聴こえた。

スパーク「劇場の音楽」I.序曲は滑稽。II.幕間の音楽は可愛らしく、III.終曲は祝祭的高揚感があった。僕は以前、スパーク本人が指揮した自作自演のコンサートを聴いたが、味も素っ気もない演奏でびっくりした。断然今回のほうが良い。

バーンズは爽やかに一陣の風が吹き抜ける。中川先生の指揮はスマートでスタイリッシュ。

リード「インペラトリクス」(いにしえの時代の王妃のこと)は初めて聴いた。荘厳で気高い。

スミスの交響曲は金管が刻むリズムが小気味いい。

グレイアム「モンタージュ」はマグマが噴出するよう。複雑で演奏効果が高い曲。大いに気に入った。

今年度の吹奏楽コンクール【課題曲 I 】のタイトル「マーチ・スカイブルー・ドリーム」は丸ちゃん曰く、「何を言いたいのか判らんのですけれど(会場笑い)」。スキップするように軽やかに開始され、堅固なマーチへ。その対比が鮮明で、間違いなく淀工はこの曲を選んでくると確信した。実験は少子化を反映し、11人の小編成で演奏(丸ちゃん曰く「さわかやイレブン」)。こちらはこちらで簡素な魅力があった。

【課題曲 II 】「スペインの市場で」はハバネラが取り入れられ、陽光が燦々と降り注ぐ曲。なんだかビゼー:歌劇「カルメン」とかシャブリエ:狂詩曲「スペイン」みたいにフランス人が見たスペインという感じ。

【課題曲 III 】「ある英雄の記憶」はまるで「ファイナルファンタジー」のようなゲーム音楽。うねるロマンがあった。作曲をした西村友氏は指揮者としても活躍している。プロフィールを見ると劇団四季「ライオンキング」1998年初演から指揮しているとのことなので、僕は初日を観ているから彼の指揮を聴いた筈。実験はバラバラに配置換えした「フルーツバスケット」。

【課題曲 IV 】マーチ「クローバー グラウンド」はメリハリが乏しく、金賞が穫れない曲。爽やかではあるが、なんのひねりもなく凡庸。駄作。

【課題曲 V 】「焔」は例年通りのゲンダイオンガク。

今年の課題曲が駄目なのはバラエティに乏しいこと。他にもロック調/ポップス系/ジャズ風味の曲が欲しかった。選んだ人たちは相当頭が硬いね。もっと柔軟な思考が欲しい。来年度は選考委員の一新を!

アンコールは楽しい曲が揃った。特に先日亡くなった真島俊夫の「五月の風」(1997年度全日本吹奏楽コンクール課題曲)にはメルヘンが感じられた。

プログラムは地味で【知られざる名曲】路線だったけれど、新しい発見が多々あり、充実した3時間20分(休憩込み)だった。今年もライヴCD買おっと!

追記:下記もお読みください。いま吹奏楽をしている総ての中高校生、そして嘗てそうだった大人たちに是非観て貰いたい青春映画です。

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2016年4月25日 (月)

劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜

評価:A+

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映画公式サイトはこちら

テレビシリーズについては下記記事で語り尽くした。

本劇場版は13話あるTV版の単なる総集編ではない。想像した以上に新規カットがあり(いきなり冒頭から!)、アフレコは全て撮り直し、劇伴音楽も全面的にリニューアルされている。またマーチング・シーンが長くなり、オープニング主題歌"DREAM SOLISTER"はエンディングにまわり、伴奏が吹奏楽アレンジに変更というニクイ仕様になっている。

TV版の各話は放送時間24分なので、24分×13回=全話312分を劇場版では103分にまとめている。丁度3分の1だ。しかし取捨選択が巧みで、単なるダイジェスト感は全くない。1本のちゃんとした映画として成立している。

既に過去記事に書いたことだが、テレビシリーズは第八回「おまつりトライアングル」と第十一回「おかえりオーディション」が神回で、最高潮に盛り上がった。僕は劇場版公開が発表された時点で、第八回は丸々カットされるのではないかと覚悟していた。なぜなら県(あがた)祭り(宇治市で実際に開催されている6月5日から6日にかけての祭)は話の本筋(吹奏楽コンクール全国大会出場を目標に一心不乱に練習する)と無関係のエピソードだからである。しかし、しっかり劇場版でも残されており、夜にワンピース姿で現れた麗奈は神々しいまでに美しく、すごく嬉しかった。

ただ、ハイヒールで山を登る麗奈を見た久美子(主人公)が、

久美子「足、痛くないの?」
麗奈「痛い。でも、痛いの、嫌いじゃないし」
久美子「・・・・何それ、なんかエロい」

と会話を交わす、鼻血を吹き出しそうな場面はカットされていた。考えてみれば大人が観ることが前提の深夜アニメ枠から、健全な中学高校生が観に来るかも知れない劇場版へのコンバート(変換)として、致し方ない処置なのかも知れない。結局劇場版は第八回と第十一回を軸に再構成されており、痒いところに手が届く、申し分ない仕上がりになっている。あとコンクールでトランペット・ソロを吹く者を決めるオーディションの場面でTV版では麗奈の方がいいと拍手する生徒と、香織先輩に拍手する生徒が2対2だったのに対し、劇場版では1対1に変更されている。後者の方がより対立構造が鮮明となり、優れた改変だと想った。

僕は中学高校と吹奏楽部に所属していたが、部活動の生体、及びコンクールの雰囲気がこれだけリアルに描かれていることに驚嘆せずにはいられない。そして嗚呼、何という京都アニメーションのクオリティの高さ!クライマックス、京都府吹奏楽コンクールの場面では強い照明に当たり浮かび上がる、ステージ上に舞う ホコリまで丁寧に描かれている(実際僕もそれを見た記憶がある)。

このアニメ映画は火傷しそうなほど熱い。四の五の言わず、今直ぐ劇場に駆けつけろ!

以下余談。

アニメ・ヲタクは格好いい男の子と美少女が恋愛する物語を好まない。「モテない自分」という現実を否が応でも突き付けられ、惨めな気持ちになるからである。アイドルが恋愛禁止なのと同じ理屈だ。しかし、同性愛的関係は許容される。自分たちは関係ない(傷つかない)から安心出来るわけだ。その具体例が「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジと渚カヲルであり、「魔法少女まどか☆マギカ」の鹿目まどかと暁美ほむらしかり。この萌えの法則は「響け!ユーフォニアム」の久美子と麗奈にも当てはまる。京アニの「けいおん!」も同じような世界観だね。AKB48や乃木坂46などのアイドル・グループでもメンバー同士のイチャイチャはヲタから温かい目で見られる傾向にある。

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2016年3月20日 (日)

【増補改訂版】厳選!これだけは観て(聴いて)おきたいオペラ・ベスト25(+吹奏楽との関連も)

クラシック音楽愛好家の中でも「オペラは苦手」という人が少なくない。まず上演時間が異常に長い。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は休憩時間込みだと5時間半かかる。実質的演奏時間も約4時間だ。「ニーベルングの指環」だと4夜を費やす。またミラノ・スカラ座とかメトロポリタン・オペラなど一流の歌劇場の来日公演を観劇したければチケット代として最低5万円は覚悟しなければならない。ヨーロッパでオペラ座は貴族の社交場だったわけで、所詮庶民には手が届かない文化だ。言語の問題もある。歌詞対訳を片手に聴かないとチンプンカンプンで面白くもなんともない。だから通勤・通学中にイヤホンで「ながら聴き」する訳にはいかない。ある程度の集中力を要求される。

僕がオペラを聴き始めたのは中学生1年生の頃で、最初はヴェルディの「椿姫」が好きだった。考えてみればパリの高級娼婦の話(原題を直訳すると「道を踏み外した女/堕落した女」)だからませたガキだ。音源はカルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団。イレアナ・コルトバスやプラシド・ドミンゴらの歌唱。当時は未だLPレコードの時代で、中学生に2枚組LPを買うお金もなく、FM放送をカセットテープにエアチェックして聴いていた(歌詞対訳本は購入)。

中学3年生の時にお小遣いを貯め、クライバー指揮ミラノスカラ座引っ越し公演プッチーニ「ラ・ボエーム」を観るために岡山から大阪(旧フェスティバルホール)まで新幹線で駆けつけた。演出・舞台美術はフランコ・ゼッフィレッリ、ミミがミレッラ・フレーニ、ロドルフォがペーター・ドヴォルスキーという史上最強のプロダクションだった。当時は今みたいに便利なLEDによる舞台字幕装置なんかなかったから、歌詞対訳を一生懸命予習してまる覚えしたものだ。大変な労力を要した。

だから現代の若い人たちは幸せである。DVDとかBlu-ray、あるいは映画館のライブビューイングで字幕付きのオペラを気軽に楽しめる時代になったのだから。それも3〜5千円程度で。レーザーディスク(LD)時代は1万円以下でソフトを購入することなど出来なかった。

そこで今回はオペラの醍醐味を堪能できる作品を幾つか紹介していこう。当然僕が選ぶのだから直球だけではなく、変化球クセ球を織り交ぜている。でも自信を持ってお勧め出来るものばかり取り揃えた。なお、1作曲家1作品に絞った。また吹奏楽との関連についても触れた。では早速いってみよう!

  1. ディーリアス:村のロメオとジュリエット
  2. コルンゴルト:死の都
  3. ヴェルディ:シモン・ボッカネグラ
  4. ワーグナー:ニーベルングの指環(4部作)
  5. ヤナーチェク:利口な女狐の物語
  6. プッチーニ:トスカ
  7. R.シュトラウス:ばらの騎士
  8. チャイコフスキー:エフゲニー・オネーギン
  9. J.シュトラウス:こうもり
  10. ブリテン:ピーター・グライムズ
  11. 松村禎三:沈黙
  12. ショスタコーヴィチ:ムツェンスク郡のマクベス夫人
  13. ドニゼッティ:マリア・ストゥアルダ
  14. モンテヴェルディ:オルフェオ
  15. ガーシュウィン:ポーギーとベス
  16. マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ
  17. ラヴェル:こどもと魔法
  18. ドビュッシー:ペレアスとメリザンド
  19. オッフェンバック:地獄のオルフェ
  20. ヴァイル:三文オペラ
  21. ベルク:ヴォツェック
  22. モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ
  23. ボーイト:メフィストフェーレ
  24. ロッシーニ:湖上の美人
  25. フンパーディング:ヘンゼルとグレーテル
  26. (次点)細川俊夫:海、静かな海

 「村のロメオとジュリエット」1907年、ベルリンで初演。20世紀のオペラである。僕はディーリアスが大好きで、特に夏になると管弦楽のための音詩(tone poem)を無性に聴きたくなる。そんな一つ、サー・トーマス・ビーチャムが編曲した「楽園への道」は「村のロメオとジュリエット」間奏曲である。しかしディーリアスを取り上げるのは専らイギリスのオーケストラであり、例えばウィーン・フィルやベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、パリ管などがディーリアスを演奏したという話はとんと聞かない。すさまじい偏見、不寛容である。つい最近まではエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトも同様の扱いだった。「村のロメオとジュリエット」は繊細で美しい旋律がたゆたう、幻想的で魅惑的なオペラなのだが、世界の歌劇場で上演される機会は滅多にない。映像ソフトもない。ただ幸いな事に映画版がある。演奏はチャールズ・マッケラス指揮のオーストリア放送交響楽団&合唱団。トーマス・ハンプソンが出演しており、極上の仕上がりだ。日本版DVDがないのが残念だが(LDでは発売され、僕は持っていた)、海外版はAmazonやHMVから入手可能(Region All)。英語字幕を呼び出せるので少々英語力があれば鑑賞に問題ない。

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトと彼が23歳の時に書き上げた「死の都」については以前さんざん語り尽くしたので、下記をご覧あれ。

DVDはいくつか出ているが、フィンランド国立歌劇場(ライヴ)がお勧め。新国立劇場でも採用されたカスパー・ホルテンの演出がいい。

それまで上演やレコーディングされる機会が多くなかった「シモン・ボッカネグラ」の真価は指揮者クラウディオ・アバドにより《再発見》されたと言っても過言ではない。アバドはロッシーニの忘れ去られたオペラ「ランスへの旅」蘇演にも尽力した。ヴェルディ作品の特徴はバリトンが重要な役割を果すことにある。「リゴレット」然り、「マクベス」、「イル・トロヴァトーレ」のルーナ伯爵、「仮面舞踏会」の秘書レナート、「ドン・カルロ」の親友ロドリーゴ侯爵、「オテロ」のイアーゴ、「ファルスタッフ」もそう。「シモン・ボッカネグラ」のタイトルロールはバリトンで、フィエスコ役のバスも大活躍。低音の魅力を堪能出来る。初演は1857年だが1881年に改訂された。改訂版の台本は後にヴェルディとの共同作業で「オテロ」と「ファルスタッフ」という傑作を産んだアッリーゴ・ボイートの手による。「シモン・ボッカネグラ」を愉しむには、アバド/ミラノ・スカラ座のCDをまず第一にお勧めしたい。カプッチルリ(バリトン)、ギャウロフ(バス)、フレーニ(ソプラノ)、カレーラス(テノール)と歌手陣も非の打ち所がなく、掛け値なしの超名盤である。映像もいくつかあるのだが、帯に短し襷に長しといったところ。強いて挙げるならヌッチが主演したBlu-rayかな?因みに僕が好きなヴェルディ・バリトンの順位は①ピエロ・カプッチルリ②ティート・ゴッビ③レオ・ヌッチ④ディミトリ・ホヴォロストフスキー(ホロストフスキー)←イケメンである。なお、クラウディオ・アバドという人は独特のこだわりがある指揮者で、彼はミラノ・スカラ座の音楽監督/芸術監督を20年近く務めたわけだが、生涯プッチーニとヴェリズモ・オペラを指揮することはなかった。またヴェルディについても人気演目である「椿姫」「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」は完全無視で、「マクベス」「シモン・ボッカネグラ」「ドン・カルロ」「仮面舞踏会」などを偏愛した。

「ニーベルングの指環」は神話だ。トールキンの「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」にも多大な影響を与えた。構想から上演まで25年を費やし、ワーグナーは数多くのライトモティーフ(示導動機)を複雑に絡ませながらこの壮大な物語を紡いだ。この手法はR.シュトラウス→コルンゴルトに引き継がれ、ハリウッド映画に持ち込まれた。それを活用しているのがジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」シリーズである。

また宮﨑駿監督「崖の上のポニョ」で父親のフジモトがポニョのことを”ブリュンヒルデ”と呼ぶのだが、これは「ニーベルングの指環」のことを知っていれば理解出来るだろう。さらに嵐の場面で久石譲の音楽がどうして”ワルキューレの騎行”を模しているのかという理由も。僕がこの楽劇を全曲通して初めて聴いたのは高校生の時。カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団の演奏で、16枚組みのLPレコードだった。映像ソフトとしてお勧めしたいのはレヴァイン/メトロポリタン・オペラ。写実的(オーソドックス)な演出はオットー・シェンク。近年メトで上演されたロベール・ルパージュ(シルク・ドゥ・ソレイユの演出家)版も悪くない。吹奏楽コンクールでは梅田隆司/大阪桐蔭高等学校が2011年に「ワルキューレ」で全国大会金賞を受賞している。

またワーグナーで絞る時、本作にするか「トリスタンとイゾルデ」にするか、随分迷った。「トリスタン」といえば官能法悦エクスタシーを感じさせるという点で他の追随を許さない。カルロス・クライバーが生涯で指揮した唯一のワーグナー作品でもある。現在までに「トリスタン」を指揮している最中に死亡した指揮者は2人いる。うちヨーゼフ・カイルベルトは生前、口癖のように「『トリスタン』を指揮しながら死にたい」と言っていたという。そしてその願いは叶った。

バーナード・ハーマンが作曲したアルフレッド・ヒッチコック監督「めまい」の音楽は明らかに「トリスタン」を意識している。映像は1983年バイロイト音楽祭のプロダクションがイチ押し。兎に角、フランスの鬼才ジャン=ピエール・ポネルによる演出が筆舌に尽くし難いほど美しい。また第3幕の解釈が斬新で、これには唸った。

「利口な女狐の物語」1924年初演。日本初演は77年とかなり遅い。動物たちが登場し、一見民話風なのだが、非常に色っぽいオペラである。ヤナーチェクの音楽の特徴は「艶」なのだということをこの作品を通じて初めて理解出来た。彼の弦楽四重奏曲 第2番「ないしょの手紙」は不倫音楽であり、ヤナーチェクは愛人(人妻)&その息子と旅行中に病に倒れ、彼女に看取られて息を引き取った。享年74歳、とんでもないエロジジイである。ヤナーチェクのシンフォニエッタは村上春樹の小説「1Q84」で取り上げられ、CDが飛ぶように売れた。吹奏楽コンクールでは石津谷治法/習志野市立習志野高等学校が2005年に全国大会で演奏し、金賞を受賞している。

「トスカ」はスカルピアが強烈。マリア・カラスのレコーディングでこの役を演じたティート・ゴッビが素晴らしい。「オテロ」のイアーゴと並ぶ、イタリア・オペラ最強の悪役だろう。映像ではフランコ・ゼッフィレッリが演出したメト版をお勧めする。あとゲオルギュー、アラーニャ主演の映画も◯。同じプッチーニ「ラ・ボエーム」の演出もゼッフィレッリが最高。ただし、カラヤンが指揮した映像は旧演出でイマイチ。新演出は第2幕の舞台装置に大きな違いがある。「トスカ」は鈴木英史編曲による吹奏楽版があり、井田重芳/東海大学付属第四高等学校が全国大会金賞を受賞している。

僕はリヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲を全く評価しない。派手だけど詰まらない。中でも音量がうるさいだけで空疎なアルプス交響曲は唾棄すべき代物である。しかし「サロメ」「エレクトラ」などオペラは別だ。「ばらの騎士を一言で評するなら豊穣なオペラということになるだろう。全篇が馥郁たる香りに満ちている。初演はドレスデン宮廷歌劇場で1911年。この後ドイツは1914年に開戦した第一次世界大戦に敗れ、多額の賠償金を請求されて天文学的なインフレに苦しむことになる。やがてナチス・ドイツの台頭。リヒャルト・シュトラウスもナチスと関わらざるをえない状況に追い込まれる(第二次大戦後、彼はナチスに協力したかどうかで連合国の裁判にかけられたが、最終的に無罪となった)。バイロイト音楽祭を主催するワーグナー家も積極的にナチスに結びつくことになる(ジークフリート・ワーグナーの未亡人ヴィニフレートは戦後、公職追放となった)。僕は「ばらの騎士」を観ていると、一つの時代(貴族社会)の終焉をひしひしと感じる。それは貴族の末裔であるルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」や「ルートヴィヒ」「家族の肖像」を観た時の印象に近いものである。お勧めの映像はカルロス・クライバーが指揮したもの。バイエルン国立歌劇場とウィーン国立歌劇場のものと2種類ある。カルロスは他にR.シュトラウスの「エレクトラ」を振ったが、正規の録音・録画は「バラの騎士」しかない。吹奏楽編曲は森田一浩によるものがあり、宇畑知樹/埼玉県立伊奈学園総合高等学校が全国大会金賞を受賞している。

「エフゲニー・オネーギンチャイコフスキーの音楽は美しい。また「くるみ割り人形」もそうだけれど、雪の風景がよく似合う。1879年初演。「手紙の場」は名場面である。チャイコフスキーはバレエ音楽の達人だから、舞踏会の場面に流れるポロネーズも鮮烈だ。原作はプーシキンの韻文小説で、プーシキンは自分の妻(名うての美人)に言い寄る男に決闘を申し込み、敗れて亡くなった。享年37歳。「エフゲニー・オネーギン」も決闘の物語である。映像はヴァレリー・ゲルギエフが振ったものを推す。

「こうもり」はこれぞ喜歌劇!と言える作品。

人生が今宵のように 軽やかに
過ぎ去るならば 時忘れ楽しもう

久しぶりに観直して、本作の真髄はこの歌詞に凝縮されているなと感じた。映画「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ監督)の名台詞「人生は祭だ。一緒に過ごそう」とか、「命短し 恋せよ乙女(ゴンドラの唄)」に通じるものがある。つまり、カルペ・ディエムだ。

ウィーンでは毎年大晦日の夜、国立歌劇場で「こうもり」を上演するのが恒例となっている。国立歌劇場の前身である宮廷歌劇場の芸術監督だったグスタフ・マーラーは「こうもり」を高く評価しており、彼の手で正式なレパートリーになったという(しばしば指揮もした)。様々な登場人物たちの、ささやかな欲望や虚栄心が描かれるが、本作はそれらを全面的に肯定している。そこがいい。映像は芳醇なワインのようなオットー・シェンクが演出したものにとどめを刺す。カルロス・クライバー/バイエルン国立歌劇場か、グシュルバウアー/ウィーン国立歌劇場でどうぞ。後者はルチア・ポップ、ベルント・ヴァイクル、ブリギッテ・ファスベンダーら綺羅星の歌手が出演していて壮観である。またヴァルター・ベリー、エーリッヒ・クンツらベテランがいぶし銀の演技で魅了する。吹奏楽コンクールでは2006年に石田修一/柏市立柏高等学校が鈴木英史編曲による喜歌劇「こうもり」よりセレクションで全国大会金賞を受賞している。

「ピーター・グライムズ」ベンジャミン・ブリテンはゲイであり、生涯のパートナーは本作など多くのブリテン作品で主役を務めたテノール歌手ピーター・ピアーズだった、というのが重要。

ここを押さえておかないと、作曲家が「ピーター・グライムズ」で何を描きたかったのか判らないだろう。陰鬱なオペラである。でもそこがいい。初演は1945年。当時イギリスで、同性愛者がどういう社会的制裁を受けていたかは映画「イミテーション・ゲーム」を観ればよく判る。いやもう、本当にびっくりするよ!オーケストラがまるで通奏低音のように海のうねりを描き、それは人間の深層心理の鏡にもなっている。映像はメト版が◯。このオペラから「4つの海の間奏曲」という管弦楽曲が編纂された。吹奏楽編曲版もあり、吹奏楽コンクール全国大会で何度か演奏されている。またブリテンではシェイクスピアを原作とする歌劇「夏の夜の夢」も幻想的で、抗し難い魅力を持っている。

「沈黙なにしろ遠藤周作の原作が面白い!オペラの台本としてもかなり上位に来る出来だろう。1971年に篠田正浩監督が映画化しており、今年マーティン・スコセッシ監督版が公開予定である。主役は当初、渡辺謙が予定されていたが撮影延期で降板せざるを得ない事態となり(ブロードウェイで「王様と私」出演が決まっていたので)、浅野忠信が代演した。オペラに話を戻すと、松村禎三の音楽もいい。日本を代表するオペラといえば團伊玖磨の「夕鶴」や山田耕筰の「黒船」などが挙げられる事が多いが、僕は断固「沈黙」を推す。

「ムツェンスク郡のマクベス夫人」スターリンの逆鱗に触れ、長いことお蔵入りになった作品。詳しい事情は下記記事をご一読あれ。

激烈な内容である。第1幕終盤には強姦シーンがあり、最初観た時は目が点になった。登場人物はまるでドストエフスキーの小説のように「過剰な人」たちだ。むしろ逆に、これでスターリンの怒りを買わないと高を括っていたショスタコの方が僕は信じられない。普通、分かるだろう!いやはや、愉快な奴だ。映像はヤンソンスが指揮したネーデルラント・オペラを推奨。吹奏楽では鈴木英史による間奏曲の編曲版がある。

マリア・ストゥアルダ」(1835年初演)はイタリアでロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニが活躍した19世紀前半ベルカント(唱法)時代の代表作として挙げた。ドニゼッティなら「愛の妙薬」や「ランメルモールのルチア」の方がポピュラーだが、内容が劇的で興奮するという点において「マリア・ストゥアルダ」が上回っている。エリザベス1世とメアリー・スチュアートの確執の物語。ケイト・ブランシェットが主演した映画「エリザベス」とか中谷美紀が主演した舞台「メアリー・スチュアート」、クンツェ&リーヴァイによるミュージカル「レディ・ベス」など繰り返し取り上げられている題材である。輝かしい旋律美に乾杯!推薦ソフトはミラノ・スカラ座の公演。また「ランメルモールのルチア」に関しては、美貌のソプラノ、ステファニア・ボンファデッリがタイトルロールを務めたカルロ・フェリーチェ劇場の公演を収めたDVDが素晴らしい。特に青を基調とした衣装と美術装置は見応えがあり、空間の切り取り方が斬新。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」(1890年初演)は「道化師」と並び、ヴェリズモ・オペラの代表作である。同時代のヴェリズモ文学(自然主義、現実主義)に刺激を受け、市井の人々の日常生活や暴力衝動を描く1890年代から20世紀初頭にかけてのイタリア・オペラの新傾向のことを指す。上演時間70分とオペラにしては極めて短い!そしてイタリア・オペラの真髄がこれ1本で理解出来る。だから初心者向けと言えるだろう。僕はイタリア・オペラの特徴を「激しい嫉妬/復讐心が物語を転がしていく原動力になっている」ことだと考えている。プッチーニの「トスカ」やヴェルディの「椿姫」「アイーダ」「イル・トロヴァトーレ」「オテロ」なんか、みんなそう。「カヴァレリア・ルスティカーナ」も例外ではない。もうドロドロ。そこが魅力。あとその多くはカソリック教徒で信心深いとか、男は概ねマザコンであるとかイタリア人の特徴がこのオペラによく出ている。映像はカラヤン/スカラ座がお勧め。また宍倉晃による吹奏楽編曲版があり、大滝実/埼玉栄高等学校が全国大会金賞受賞。さらに中国映画「太陽の少年」でこのオペラの間奏曲が非常に印象的に使われていることも付記しておく。

「オルフェオ」は1607年、マントヴァ@イタリアで初演。最初期の作品の一つである。モンテヴェルディはルネサンス音楽からバロック音楽への転換点に立つ音楽家である。素朴で、これぞオペラの原点!映像では古楽界の巨匠、ジョルディ・サヴァールが指揮した2002年リセウ大歌劇場で収録されたDVDを推す。なんとも古式ゆかしい雰囲気で、指揮者も演奏家たちもまるで17世紀の宮廷楽士のような扮装をしている。当然ピリオド・アプローチ(古楽奏法)。さあ、モンテヴェルディの時代にタイム・スリップだ。

「ポーギーとベス」は1935年初演。アメリカを代表するオペラである。ガーシュウィンはその2年後に脳腫瘍で亡くなった。享年38歳。ジャズや黒人音楽のイディオムが用いられている。ほぼ全員、登場人物が黒人というのもユニーク。本作以降、アメリカには優れたオペラがないが、その代わりブロードウェイ・ミュージカルが華々しく咲き誇ることになる(ミュージカルについてはこちらの記事で大いに語った)。ソフトはサイモン・ラトルが指揮したDVDにとどめを刺す。演出は「キャッツ」や「レ・ミゼラブル」で知られるトレヴァー・ナン。吹奏楽コンクールでは1964年全国大会職場の部でソニー吹奏楽団が1位になっている。また最近「アルヴァマー序曲」で有名なジェームズ・バーンズによる編曲が出版された(グレード:4)。

「こどもと魔法」は可愛らしくユーモラスで、機知に富んだファンタスティックなオペラ。上演時間45分程度と非常に短く、同じラヴェルの「スペインの時」と同時上演されることが多い。終盤でワルツが登場するのが魅惑的。小澤征爾/サイトウ・キネン・フェスティバル松本でのパフォーマンスを収めたCDが2016年にグラミー賞を受賞したことでも話題となった。推奨する映像は大野和士が指揮したグラインドボーン音楽祭@2012のもの。演出はロラン・ペリーで実はサイトウ・キネン・フェスティバル松本との共同制作であった。

「ペレアスとメリザンド」はメーテルリンクが書いた戯曲だが、これを題材にした作品はドビュッシーのオペラ(1902年初演)の他にフォーレの劇付随音楽(1898)、シェーンベルクの交響詩(1903)、シベリウスの劇付随音楽(1905)がある。これだけ後世の作曲家に影響を与えた戯曲としてはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」くらいしか思い浮ばない(ベッリーニとグノーのオペラ、ベルリオーズの劇的交響曲とチャイコフスキーの幻想序曲、プロコフィエフのバレエ、バーンスタインの「ウエストサイド物語」とプレスギュルヴィックによるフランス産ミュージカルがある)。あと文学作品ではゲーテの「ファウスト」。詳細は下記記事をご覧あれ。

ドビュッシーは下半身がだらしない人だった。18歳で人妻と不倫。次にガブリエル・デュポンと同棲するが浮気がバレてデュポンはピストルで自殺未遂を起こす。デュポンと別れリリー・テクシエと結婚するが、またまた銀行家の妻エンマ・バルダックと不倫して駆け落ち、妻リリーは自殺未遂。エンマは娘を産み、ふたりは再婚することになるが、これが一大スキャンダルとなり彼は世間からの激しい非難に曝されることになる。そうしたドビュッシーの《恋愛観》が、「ペレアスとメリザンド」への創作意欲を掻き立てたという側面は多分にあるだろう。だから彼の音楽はヤナーチェク同様、色気があるのだ。因みにガブリエル・フォーレが作曲した組曲「ドリー」はエンマ・バルダックが前夫との間にもうけた娘エレーヌ(愛称ドリー)のために書かれた。フォーレとエンマはどうも愛人関係だったらしく、エレーヌもフォーレの子ではないかという説が有力である。一方、ドビュッシーはエンマとの間に生まれた娘をシュシュ(キャベツちゃん)と呼んで溺愛し、その娘のために組曲「子供の領分」を作曲した。一人の女を《共有》した、二人の大作曲家。なんともはや、凄まじい話である。

「地獄のオルフェ」って耳にしたとこがないけど?という貴方、日本では「天国と地獄」という俗称でも親しまれております。「椿姫」と似ていますな。モンテヴェルディ「オルフェオ」と同じギリシャ神話に基づくパロディ。この物語をオペラ化した作品として他に、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」がよく知られている。1949年に詩人で映画監督のジャン・コクトーは「オルフェ」を撮り、1959年にマルセル・カミュ監督は出演者が全員黒人の「黒いオルフェ」を撮った。オッフェンバックやコクトー、カミュもフランス人というところが興味深い。兎に角、愉しいオペレッタだ。粋で洒落ている。映像はミンコフスキが指揮したものに尽きる。芸達者なナタリー・デセイに酔い痴れたまえ。吹奏楽コンクールでは葛飾吹奏楽団とヤマハ吹奏楽団がこの曲で全国大会金賞を受賞している。また吹奏楽アニメ「響け!ユーフォニアム」にも登場。

「三文オペラ」は文字通りオペラなのか?というのは興味深い問題である。1928年、ベルリンのシッフバウアーダム劇場こけら落とし公演として初演された。「ばらの騎士」より11年後ということになる。音楽劇であるが、少なくともミュージカルではない。ストレート・プレイでもない。オペラ/オペレッタからミュージカルへの橋渡しをした、新しいジャンルを切り開いた作品という評価こそ相応しいだろう。後に「退廃芸術」の烙印を押され、ナチス・ドイツからの執拗な上演妨害工作を経て、ユダヤ人だったクルト・ヴァイルはアメリカに渡ってブロードウェイ・ミュージカルの作曲家となり、マルクス主義者だった劇作家ベルトルト・ブレヒトはデンマーク、スウェーデン、アメリカと転々としながら亡命生活を送り(ハリウッドではフリッツ・ラング監督の映画「死刑執行人もまた死す」の脚本を執筆)、戦後は吹き荒れる赤狩りの嵐を逃れて東ドイツに亡命した(ここでスターリン平和賞を受賞)。ちなみに1933年にナチス・ドイツ政府はブレヒトの著作の刊行を禁止し、焚書の対象にした。ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」は正に「三文オペラ」が初演された当時のベルリンの雰囲気を再現することを目的に創作されており、冒頭の歌”ウィルコメン(ようこそ)”は「三文オペラ」の”マック・ザ・ナイフ”と似た曲調で始まる。なお「キャバレー」のオリジナルキャストで下宿屋の主人シュナイダーを演じたのはロッテ・レーニャ、クルト・ヴァイルの未亡人である。「三文オペラ」には良い映像ソフトがないのでウテ・レンパー、ルネ・コロ、ミルバらが歌ったCDを推薦する。また作曲家自身の手による組曲「小さな三文音楽」があり、弦楽器を含まない管楽器中心の編成である事から、吹奏楽に向いている。

ヴォツェック」は新ウィーン楽派、無調音楽を代表するオペラである。初演は1925年。指揮したエーリヒ・クライバーが137回のリハーサルを敢行したことは今でも語り草になっている。「死の都」20年、「利口な女狐の物語」24年、「三文オペラ」28年初演なので、同時代の作品といえるだろう。エーリヒの息子カルロス・クライバーもしばしばこのオペラを取り上げた。正規レコーディングがないのが惜しまれる。カルロスの本当の父親は「ヴォツェック」を作曲したアルバン・ベルクだという噂が、未だにまことしやかに囁かれている(彼の伝記でも言及されている)。ちなみにベルクの「抒情組曲」は不倫音楽であったことが現在では判明している(詳しくは→こちら)。「ヴォツェック」は1時間40分の上演時間中、悪夢と狂気の中を彷徨うようなヒリヒリする体験を観客に強いる。救いはない。ある意味オペラ版「レ・ミゼラブル」とも言えるが、最後に希望の光が差す分、「レ・ミゼ」の方がマシかもしれない。あとベルクが第2幕まで作曲したところで亡くなり、未完に終わった「ルル」はヒロインが途轍もないファム・ファタールで、すこぶる面白い。第3幕は後年、他者の補筆で完成した。こちらもお勧め!

「ドン・ジョヴァンニ」に殺された騎士長(ドンナ・アンナの父)の石像が彼を地獄に引きずり落とす場面はモーツァルトの作品中、最も劇的な音楽である。映画「アマデウス」では死んだモーツァルトの父親像に重ねられた。ドン・ジョヴァンニは女たらしだが、必ずしも悪党として切り捨てられない魅力を湛えている。騎士長の亡霊が「悔い改めよ!」と迫っても、「私は何も悪いことをしていない」と決して非を認めない態度が凄く格好いい。モーツァルトはフリーメイソンの会員であり、キリスト教(カトリック教会)的価値観に対する反骨精神をここに感じるのはあながち見当外れではないだろう。

「メフィストフェーレ」はヴェルディ「シモン・ボッカネグラ(改訂)」「オテロ」「ファルスタッフ」の台本を手がけたアッリーゴ・ボイートが台本&作曲したオペラ。1868年(26歳の時)ミラノ・スカラ座での初演は歴史的な大失敗で、その後76年と81年の2度に渡る大改訂を経て現在の形となった。ゲーテ「ファウスト」を原作に、メフィストフェレスを主人公に持ってきている。

「セビリアの理髪師」を観ても、どうもロッシーニの面白さが判らなかったが、「湖上の美人」で初めて開眼した。ベルカント・オペラの魅力炸裂である。テノールの2人がハイ・Cを連発する超絶技巧の応酬、歌合戦が実にスリリング。ロッシーニ・ルネサンスの白眉と言える作品。なんとMET初演だった2015年のプロダクションが素晴らしい。ジョイス・ディドナート、ファン・ディエゴ・フローレス、ジョン・オズボーン、ダニエラ・バルチェッローナら歌手陣の充実ぶりが圧巻。

お子さん向けにはフンパーディングのメルヘンオペラ「ヘンゼルとグレーテル」をどうぞ。フンパーディングはワーグナーと交流があり、ライトモティーフ(示導動機)の手法も用いられている。ヨーロッパではクリスマスの定番で、家族で揃って観に行く習慣がある。吹奏楽コンクールでは井田重芳/東海大学付属第四高等学校がこのオペラから「夕べの祈り」「パントマイム」を演奏し、全国大会金賞を受賞している。

「海、静かな海」は2016年にドイツで初演されたばかりの最新作。東日本大震災と福島原発事故をモティーフにしたレクイエム(鎮魂歌)である。細川俊夫の音楽はひたすらに静謐で美しい。海が主題になっている点でも武満徹に近いなと感じて調べてみたら、細川が高校生の時、小澤征爾が指揮する「ノヴェンバー・ステップス」のレコードを聴いて武満に憧れるようになったという。「海、静かな海」はまた、能「隅田川」と深い関連にあるが、「隅田川」に触発されてブリテンはオペラ「カーリュー・リヴァー」を作曲している。両者を聴き比べてみるのも一興だろう。 

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2016年2月18日 (木)

大阪桐蔭吹部定演感想追補〜ロイド=ウェバーの「キャッツ」について。

先日、梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の定期演奏会を聴きながら、様々なことを想い出したのだが、うっかり書き忘れていたことがあった。そこで追補という形でもう少しお付き合い願いたい。それはアンドリュー・ロイド=ウェバーのミュージカル「キャッツ」のことである(2016年7月から大阪四季劇場で再演予定)。「キャッツ」の代表曲といえば、かつては魅力的な娼婦猫だったが今や美貌を失い、過去を懐かしむグリザベラが歌う《メモリー》だろう。実はこの《メモリー》、元々はロイド=ウェバーがミュージカル「サンセット大通り」の為に作曲したものだった。「サンセット大通り」の主人公ノーマ・デズモンドはサイレント(無声)映画時代の大スター。しかしトーキーになりすっかり仕事がなくなって現在はハリウッドの豪邸に閉じこもって暮らしているという設定。どうです、グリザベラの人生と重なるものがあるでしょう?ロンドンのオリジナル・キャストとしてグリザベラを演じたのはエレイン・ペイジ。彼女は「サンセット大通り」でもノーマを演じている(初演キャストではない)。

「キャッツ」の初演が1981年で「サンセット大通り」の初演が1993年。随分と温めていた企画だということがお分かり頂けるだろう。

「キャッツ」の想い出をもうひとつ。1984年に日本テレビ系で放送された倉本聰 脚本「昨日、悲別で」というドラマがあった。タップダンサーとしても知られる天宮良の主演デビュー作だった。北海道にある架空の街・悲別(かなしべつ)から夢を追いかけて東京に出てきた若者の物語で、彼は赤坂のショーパブ「タップチップス」で働くようになる。でそこでやっているショーがなんと「キャッツ」だった。《メモリー》も歌われて、ドラマの中で重要な役割を果たした。僕はこの作品が本当に好きで、「北の国から」より愛しているくらい。エンディングでフォークデュオ「風」が唄う「22才の別れ」が流れるのもお気に入りだった。

ところが!この「キャッツ」を使用していることが後から問題になった。二次使用権の契約を結んでいなかったためにテレビの再放送もビデオ化・DVD化も出来ない状況に追い込まれ、幻の名作になってしまったのだ。漸く2011年2月1日よりCS系日テレプラスにおいて再放送が開始されたので、いつの日にかソフトとして発売される日が来るかも知れない。

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