吹奏楽

2024年9月 4日 (水)

史上初の快挙「オペラ座の怪人」全日本吹奏楽コンクールへ!〜梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部

台風の影響で延期になった関西吹奏楽コンクール高等学校の部Aが無観客で9月3日(火)に開催された。そして梅田隆司/大阪桐蔭高等学校が代表に選出され、全国大会への切符を手に入れた。彼らが今年自由曲に選んだのがアンドルー・ロイド・ウェバーが作曲したミュージカル『オペラ座の怪人』である。

念のため「吹奏楽コンクールデータベース」で確認した(裏を取った)のだが、実は昨年度まで『オペラ座の怪人』で全国大会に進出した団体は(中学、高校、大学、職場・一般の部合わせても)皆無である。いや、それどころか『オペラ座の怪人』のみならず、『キャッツ』『ジーザス・クライスト・スーパースター』『ウーマン・イン・ホワイト』などロイド・ウェバー作品すべてが一度も全国大会で演奏されたことがない。

一方でクロード=ミシェル・シェーンベルクが作曲したミュージカル『ミス・サイゴン』(宍倉晃 編曲)は2002年に大滝実/埼玉栄高等学校が全国大会で金賞に輝き、一大センセーションを巻き起こしたのは記憶に新しい。あれは衝撃的だった。

また2013年と21年に宇畑知樹/埼玉県立伊奈学園総合高等学校が同じシェーンベルクのミュージカル『レ・ミゼラブル』(森田一浩 編曲)で全国金を受賞しているし、2017年にはアラン・メンケン作曲ミュージカル『ノートルダムの鐘』(森田一浩 編曲)でもてっぺんを取った。

ロイド・ウェバーが紡ぐ旋律はプッチーニのオペラみたいにキャッチーで耳に残るのだが、器楽演奏としては難易度が低く、コンクールに向かない。どうしても全国大会に選ばれる学校の自由曲はラヴェルの『ダフニスとクロエ』とか、レスピーギ『ローマの祭り』(グレード5〜6)、吹奏楽オリジナル曲ならピーター・グレイアム『ハリソンの夢』(グレード7)といった、技術的に超難しい楽曲に偏りがちである。

だから『オペラ座の怪人』で全国進出を果たすのは画期的事件だし、ここまできたら是非頂点に上り詰めてほしいと願わずにはいられない。

僕はミュージカル『オペラ座の怪人』が死ぬほど好きで、ブロードウェイ(NY)、ウエストエンド(ロンドン)のみならず、ラスベガスにまで行って観劇している(ラスベガス版は2012年に閉幕)。

 ・ オペラ座の怪人 2007.05.19
 ・ ラスベガス便りその1 《オペラ座の怪人》 2009.01.02

大阪桐蔭が演奏する『オペラ座の怪人』は、『指輪物語』で名高いオランダの作曲家ヨハン・デ・メイの編曲で聴いたことがある。また2024年定期演奏会での演奏は郷間幹男によるもの(歌付き)だった。

 ・ 「吹奏楽の神様」屋比久勲登場!~大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2014@ザ・シンフォニーホール
 ・  大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)

また建部知弘による編曲版も素晴らしい。今回梅田先生は誰の編曲を採用したのだろう?興味津々である。

ただ気がかりなのは楽曲の著作権(二次使用権)の問題だ。関西大会の高校Aライブ配信では大阪桐蔭の自由曲が配信不可だった。つまり二次使用が認められなかったわけだ。だから全国大会での演奏が、DVD・Blu-rayで発売される際に収録されるかビミョーである。

ミュージカル作品の中で版権問題が一番厳しいことで有名なのがレナード・バーンスタインの『ウエスト・サイド物語』である。日本で初演したのは宝塚歌劇団だが、その公演がテレビで放送されたり、ビデオやDVD、Blu-rayで発売されたことは一切ない。つまり映像による二次使用は認められていない。宝塚歌劇が上演する他の海外ミュージカル(『エリザベート』『ロミオ&ジュリエット』『ファントム』等)と比較すると雲泥の差だ。まぁさすがにロイド・ウェバーの場合、そこまで厳しくはないと思うのだが……。

なおこれを機会に作品を観てみたいという方、ジョエル・シューマッカー監督による映画版(2004)は余りお勧めしない。如何にもB級ホラーの匂いがプンプンするのだ。エミー・ロッサム演じるヒロイン・クリスティーヌは良い。しかしジェラルド・バトラーの怪人とパトリック・ウィルソンのラウル子爵がいただけない。カルロッタ役のミニー・ドライヴァーも✕。ロイド・ウエバーが書き下ろした新曲もお粗末極まりない。因みに当初怪人役はヒュー・ジャックマンが予定されていたのだが映画の撮影と、ブロードウェイ・デビュー『ザ・ボーイ・フロム・オズ』出演が重なったため、ヒューは舞台を選び、見事トニー賞でミュージカル主演男優賞を受賞した。彼が『オペラ座の怪人』に出ていたら、もっとマシな作品になっただろうに。なお、舞台のプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュは再映画化したいと考えているようなので、そちらに期待したい。

というわけで、映像として観るのなら断然『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』の方が遥かに素晴らしい!ラミン・カリムルーも、シエラ・ボーゲスも文句なしだ。

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全日本吹奏楽コンクール 高等学校の部は2024年10月20日(日)に宇都宮市文化会館で開催される。刮目して待て。

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2024年4月 1日 (月)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)

3月17日(日)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の第19回定期演奏会を聴く。監督の梅田隆司先生が指揮した。

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まず能登震災復興を願ってユーミンの『春よ、こい』が歌われ、2019年に初演されたショー〈歴史の「夢」を訪ねて〉の再演から始まった(〈ローマを訪ねて〉に改題)。

 ・ 大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2019とディズニー「ファンタジア」

ここで演奏された曲目は、

 ・レスピーギ(杉本幸一編):「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲
 ・ハンス・ジマー:アニメ映画「プリンス・オブ・エジプト」より
 ・レスピーギ:交響詩「ローマの祭」より
 ・グノー:アヴェ・マリア
 ・フォーレ:付随音楽「ペリアスとメリザンド」よりシチリアーナ
 ・レスピーギ:交響詩「ローマの松」より

クライマックスでホールの四方八方からバンダ(別働隊の小規模金管アンサンブル)が鳴り響き、迫力満点。

続いてミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』と『オペラ座の怪人』が歌・衣裳付きで上演された。『オペラ座の怪人』は嘗てヨハン・デ・メイ編曲版(歌なし)が定演で披露されたが、今回は郷間幹男による編曲。

 ・「吹奏楽の神様」屋比久勲登場!~大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2014@ザ・シンフォニーホール

僕はこの2つのミュージカルに強い思い入れがあり、生徒さんたちのパフォーマンスを見ながらさまざまな思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。多分これから演奏しようという若い人たちにも参考になる情報(ネタ)も含まれていると思うので、手繰った記憶を紐解いていこう。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)に初めて触れたのは地元の岡山市で中学生の時。昭和の時代、1980年ごろの話だ。家庭用ビデオデッキは未だ普及しておらず、レンタルビデオ店すらなかった。昔の映画はテレビ放送をリアルタイムで観るしか手段がなかった。文化祭の日に学校の教室で(8mmか16mmの)フィルム上映されたのだ。しかも3-40分に短縮されたハイライト版。それでも僕は感動した。そして全編を観たいと強く思った。数年後、岡山大学映画研究部が土曜日に映画館を夜間貸し切って名作映画4本を上映するイベントがあり、プログラム最初が『サウンド・オブ・ミュージック』だった。確か、岡山市千日前商店街にあったSY松竹文化だったと記憶している。21時上映開始で僕は1本目だけを観た(他にロベール・アンリコ監督、アラン・ドロン主演『冒険者たち』があったのを覚えている)。全長版を観てびっくりしたのは、短縮版に収録されていた修道院長(ペギー・ウッド)が歌う「すべての山を登れ Climb Ev'ry Mountain」がごっそり無くなっていたこと!大好きな曲なのに……。

のちに判明したのだが、公開直前になってロバート・ワイズ監督からこのソロ・ナンバーをカットするよう指示があったらしい。映画のテンポが間延びすると判断されたのだろう。しかしテレビ放送、ビデオ、DVD、Blu-ray、配信版にはカットされることなく丸々収録されているし、「午前10時の映画祭」でリバイバル上映された際にもあった(多分フィルムではなくデジタル上映だったからだろう)。因みにクレジットされていないがペギー・ウッドの歌はマージェリー・マッケイ(Margery MacKay)による吹替である。

大学入学のお祝いとしてパイオニアのレーザーディスク(LD)プレイヤーを買ってもらい、最初に購入したソフトが『サウンド・オブ・ミュージック』。当時のブラウン管テレビ(横:縦の長さが4:3)のサイズに合わせたトリミング版だった(つまり左右の映像がカットされていた)。後に特典ディスク付きワイドスクリーン版LDを買い、DVDを買い、さらにBlu-rayで買い直した。製作40周年記念版からマリア:島田歌穂、トラップ大佐:布施明という布陣で歌も含めた日本語吹替音声が実現し、製作50周年記念版ではマリア:平原綾香、トラップ大佐:石丸幹二となりこちらも購入。現在はディズニープラスで配信されている(個人的にはどちらかと言えば島田歌穂の歌声の方が好きだ)。

そして大学の卒業旅行で僕はオーストリアのザルツブルクを訪れ、映画のロケ地巡りをした。ドレミの歌が歌われたミラベル宮殿・庭園(花壇がとても美しい!)から毎日、半日ツアーバスが出ており、マリアとトラップ大佐が結婚式を挙げた湖畔の教会にも行った。ツアーの日本人は僕1人だけ。ガイドさんの解説(英語)によると地元の人々は殆どこの映画を観ておらず、全く知られていないそうだ。

アカデミー賞では作品賞・監督賞など5部門受賞した名作だが、Wikipediaによるとオーストリアではザルツブルクを除いて、21世紀に入るまで本作は1度も上映されていないそう。会話が英語なのも馴染めないだろうし、現地の人にとってナチス=ドイツによる併合は忘れたい過去なのだろう。このようにドイツ語圏では否定的な評価を受けている。

アンドリュー・ロイド・ウェバーがプロデュースし、2006年ロンドンで開幕した舞台版も東京の四季劇場〔秋〕で観劇した。

 ・ 劇団四季「サウンド・オブ・ミュージック」 2010.10.18

以前、大阪桐蔭も上演したミュージカル『マイ・フェア・レディ』のブロードウェイとロンドン初演でイライザを演じたのはジュリー・アンドリュースだった。ワーナー・ブラザースがこの映画化権を獲得し、社長のジャック・L・ワーナーがジュリーにスクリーン・テストを受けさそうとした時、彼女は「スクリーン・テストですって? 私があの役を立派にやれることを知っているはずよ」と拒否した。結局、無名の新人ではなく知名度の高いオードリー・ヘップバーンに同役は決まった。オードリーはこの役はジュリーのものだと考え断ろうとしたのが、そうすればエリザベス・テーラーに役が回ると分かりサインしたのだ。

失意のジュリーは『メリー・ポピンズ』(1964)に主演。そしてアカデミー主演女優賞を獲得した。同年公開された『マイ・フェア・レディ』は作品賞・監督賞などアカデミー賞を8部門獲得するがオードリーはノミネートすらされなかった。舞台と同様ヒギンズ教授を演じ主演男優賞を得たレックス・ハリスンは授賞式の壇上で「ふたりのイライザに感謝します」とスピーチした。

オードリーは歌が下手なのでマーニ・ニクソンという女優が吹替を担当した。しかし映画にはクレジットされずマーニは「他人に口外しない」という契約書にサインしている。ただし「いまに見てらっしゃい (Just You Wait)」というナンバーの前半部はオードリーの地声で、高音に移行する途中からマーニに切り替わる。注意深く聴けばはっきりと分かる。声域が狭いオードリーのためにヘンリー・マンシーニが『ティファニーで朝食を』(1961)の主題歌「ムーン・リバー」の音域を1オクターブと1音(つまりドから高いレまでの9音)で収まるように作曲し、アカデミー歌曲賞を受賞したのは有名な話。

マーニ・ニクソンは『王様と私』(1956)のデボラ・カー、『ウエストサイド物語』(1961)のナタリー・ウッドの歌の吹替も担当しているがいずれもノンクレジットである。しかし業界で彼女のことは知れ渡っていた。『ウエストサイド物語』の監督ロバート・ワイズは彼女を『サウンド・オブ・ミュージック』の尼僧役として出演させている。どの役かは歌声を聴けば分かるから探してみてください。映画の撮影が開始されたのは1964年。マーニは主演を務めるジュリー・アンドリュースと初めて対面する時に緊張した。ジュリーはマーニを見つけるとつかつかと彼女に歩み寄り手を差し伸べてこう言った「マーニ、私はあなたのファンです」。

ミュージカル『エリザベート』の演出で有名な小池修一郎(宝塚歌劇団)はかつてジュリー・アンドリュースのファンクラブ会長を努め、彼女が来日したときインタビューしている。故に彼のオリジナル作品には時々『サウンド・オブ・ミュージック』へのオマージュが盛り込まれていたりする(たとえば『蒼いくちづけ』)。

梅田先生も仰っていたが「私のお気に入り/My Favorite Things」はジャズのスタンダード・ナンバーになっており、一番有名なアレンジはジョン・コルトレーンがソプラノ・サックスを吹いた究極の名盤。次にお勧めしたいのはトニー・ベネットがカウント・ベイシー・ビッグ・バンドをバックに歌ったもの。ジャズ・オーケストラのサウンドがゴージャスで堪らない!

僕が『オペラ座の怪人』を初めて観たのは大学生の時。劇団四季の大阪公演でファントム:山口祐一郎、クリスティーヌ:井料瑠美、ラウル:柳瀬大輔というキャストだった。劇団四季は東京公演以外基本カラオケ上演だが、それでも感銘を受けた。後に東京でオーケストラ生演奏版も体験したが楽団員の人数が少なすぎて(弦楽器の各パート1人づつ)音がペラペラ、これなら厚みがあるカラオケの方がマシだと思った。

さらにウエストエンド(ロンドン)とブロードウェイ(NY)、ラスベガスでも『オペラ座の怪人』を観た。生演奏の質は桁違いに良かったし、ハロルド・プリンス新演出によるラスベガス版は舞台で炸裂する火薬の量が多く、シャンデリアは巨大で豪華だった。なんと4つのパーツが空中で回転しながら合体するのである!

 ・ ラスベガス便りその1 《オペラ座の怪人》 2009.01.02

こちらは残念ながら2012年で幕を閉じた。

ガストン・ルルー原作『オペラ座の怪人』のミュージカル化は既成のクラシック音楽を使用したケン・ヒル版や、日本では宝塚歌劇が初演したモーリー・イェストン作詞・作曲による『ファントム』もある。

 ・ 城田優 主演/ミュージカル「ファントム」 2014.10.11 
 ・ 音楽の天使が舞い降りた!!〜ミュージカル「ファントム」 2019.12.12

面白いのはモーリー・イェストン版で怪人(エリック)は歌姫クリスティーヌに亡き母の姿を重ねており(エディプス・コンプレックス)、アンドルー・ロイド・ウェバー(ALW)版ではクリスティーヌがファントムに亡き父の姿を重ねている(エレクトラ・コンプレックス)。つまり解釈が全く異なるのだ。ALWは間違いなくクリスティーヌとファントムの関係性にサラ・ブライトマンと自分のそれを見出している。

ALWとサラ・ブライトマンの年齢差は12歳。サラは1981年『キャッツ』のジェミマ役に起用された際ウェバーに見そめられ84年に結婚、86年『オペラ座の怪人』のクリスティーヌ役に大抜擢され一躍有名になった。しかし1990年に離婚した。そして93年の『サンセット大通り』が事実上ウェバー最後の傑作であり、その後彼の才能は枯渇した。サラは彼にとって正にミューズだった。実際、Blu-rayも発売されている『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』でALWはサラを「私の音楽の天使(My Angel of Music)!」と紹介している(ここで嫌そうな表情を浮かべるサラが可笑しい)。

21世紀に入ってからのALWの作品は目を覆いたくなるほど酷いものばかり。映画『オペラ座の怪人』や、『キャッツ』でテイラー・スウィフト演じるボンバルリーナが歌う新曲もどうしようもない代物である。『キャッツ』は映画そのものも惨憺たる評判で、その年のゴールデンラズベリー(通称ラジー)賞で最低作品賞・最低監督賞(トム・フーパー)など最多6部門受賞するという不名誉を授かった。製作総指揮を担ったウェバーはこれにショックを受け、猫好きをやめて犬を飼い始めたという(参考記事はこちら)。かつて「20世紀のモーツァルト」と称賛された天才作曲家は今では見る影もなく、僕の脳内でアンドルー・ロイド・ウェバーは『サンセット大通り』作曲後、人々に惜しまれつつ急逝したことになっている。

大阪桐蔭の生徒さんたちの歌唱力は相当高く、感心することしきり。特に表題曲“The Phantom Of The Opera”でクリスティーヌは最高音hiEを出さなければならない。これを劇場で毎日歌うのは相当過酷であり、世界各国の公演で一部事前録音が使用されているのは有名な話。Bravissimo !

休憩を挟み第II部最初はベルギーの作曲家ベルト・アッペルモントの『ブリュッセル・レクイエム』。2016年3月に発生したベルギーの首都で発生した連続爆破テロ事件をテーマに、その犠牲者への想いが死者のためのミサ曲として結実した。大阪桐蔭は2023年の吹奏楽コンクールでこれを自由曲に選び、全国大会で見事金賞受賞。演奏は正確で緻密、そして伸びやかに歌い、文句なし。ただ背景の映像字幕による曲の解説があったのだが、事件の「犯人像」に全く言及していないのは片手落ちだと思う。イスラム過激派のテロ組織ISIL(イスラム国)が実行犯で、ISILは2015年パリ同時多発テロにも関与している。ISILに触れないのなら生半可な形で背景を語るべきではない。"All or Nothing"だ。

《19年の歩み》は「Mrs.GREEN APPLEメドレー」(編曲:郷間幹男)。全然聴いたことのない曲ばかりで、このバンドが昨年末に日本レコード大賞を受賞したことも今回の演奏会で初めて知った。YOASOBIの『アイドル』が優秀作品賞候補の10作に選ばれなかった時点で「茶番だ、あり得ない!所詮、所属事務所の力関係で決まってしまうんだね」と失望し、完全にレコ大に対する興味を失ったのだ。因みに調べてみるとMrs.GREEN APPLEの所属はユニバーサルミュージックでレーベルはEMI Records。大手だ。結局YOASOBIのAyaseとか米津玄師とかボカロP出身者はレコード会社(仲介業者/エージェント)を通さずインターネットから直接人気者になったわけで、業界が甘い汁を吸えないから無視する、そういうことなのだろう。大人の世界って本当に汚いよね。というわけで近いうちに大阪桐蔭が演奏する『アイドル』を是非生で聴きたい。YOASOBIとコラボした『ラブレター』も死ぬほど好きだ!

 ・ 【考察】全世界で話題沸騰!「推しの子」とYOASOBI「アイドル」、45510、「レベッカ」、「ゴドーを待ちながら」、そしてユング心理学

《野球応援・リクエストコーナー》で飛んできたボールをキャッチした聴衆が選んだのは『北酒場』『パイレーツ・オブ・カリビアン〜彼こそが海賊』(作曲:クラウス・バデルト)そしてMISIAの『アイノカタチ』。

プログラム最後は《卒業生を送る歌》『さくら』(作曲:森山直太朗)。しみじみ。

そしてアンコールは定番『銀河鉄道999』(編曲:樽屋雅徳)と『星に願いを』で〆。そこには壮大な宇宙の広がりと神秘性があった。

例年通り、充実した3時間だった。卒業生たちの未来に幸あれ!

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2023年5月20日 (土)

【考察】全世界で話題沸騰!「推しの子」とYOASOBI「アイドル」、45510、「レベッカ」、「ゴドーを待ちながら」、そしてユング心理学

赤坂アカ(原作)横槍メンゴ(作画)による『推しの子』がTVアニメになり、世界を席巻している。

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兎に角、初回放送90分というのが前代未聞で凄まじいインパクトをもたらした。またYOASOBIによる主題歌『アイドル』の破壊力が半端ない。この音楽ユニットは元々、小説を音楽にするプロジェクトから誕生したそうで、『アイドル』の歌詞も赤坂アカが書き下ろし、アニメ放送直前に公開された小説『45510』に基づいている。この短編の完成度の高さが超弩級で舌を巻く。

『アイドル』は配信直後から異次元ヒットを飛ばしており、ストリーミング再生数がダントツの首位、週前半3日間の集計で再生数が1000万回を超えるのはBTSの『Butter』以来、史上2曲目となる快挙だそう 。海外のチャートにも既に多数ランクイン。ビルボードのグローバルチャート「Global200」では14位を獲得したという。

『推しの子』を見始めて最初に気付いたのは、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画化でも名高いイギリスのダフニ・デュ・モーリエが書いた小説『レベッカ』と物語の構造が似ているということ。登場人物の多く(アクア、ルビー、有馬かな、斉藤みやこ etc.)が死んだアイ(アイドルグループ「B小町」のセンター)の面影にいつまでも囚われている。『レベッカ』が描くのも死者に支配された世界だ。タイトルロールのレベッカが全く登場しない構成も凄い。全ては人々の記憶で語られる。

『レベッカ』の着想にインスパイアされたと考えられる作品にノーベル文学賞を受賞したアイルランドの作家サミュエル・ベケットによる20世紀を代表する戯曲『ゴドーを待ちながら』と、直木賞作家・朝井リョウの小説『桐島、部活やめるってよ』(小説すばる新人賞受賞、映画も傑作)が挙げられる。

 ・「ゴドーを待ちながら」@京都造形芸術大学 2017.09.12

登場人物たちがしきりにゴドーや桐島のうわさ話をするが、当の本人は最後まで現れない。ゴドー/桐島=イエス・キリスト(神)と解釈することも可能だ。観客/読者が可視出来る人々はその信者というわけ。『アイドル』の歌詞に「歌い踊り舞う私はマリア」とある。つまりアクアもルビーも聖母マリアを信仰している。

しかしアイは平気で嘘をつき、「嘘は私なりの愛だ」と宣言する。彼女は単なる聖女ではなくサタン・魔女としての側面も持つ。だからゴドーや桐島よりも、腹黒いレベッカの方が性格的に近いと言える。アイは聖母マリアであると同時に、マグダラのマリア(罪深い女)でもあるのだ。その二面性にヲタは惹きつけられる。

YOASOBIの『アイドル』は冒頭に合唱が登場した瞬間から禍々しい黒ミサの様相を帯びてくる。

Oh, my Savior, oh, my saving grace

アカデミー作曲賞を受賞したジェリー・ゴールドスミス作曲、映画『オーメン』の主題歌「アヴェ・サタニ(Ave Satani )」に近い雰囲気がある。アヴェ・マリアをサタンに置き換えたもの。

と同時にMIX(AKB48などのライブにおいて、前奏や間奏にファンが叫ぶ掛け声のこと)が入り、アイドル・ソングとしても完璧。大いに盛り上がり、興奮はMAXに。

そしてBパートで、手記『45510』を書いた(主観「私」)と思しきBさんが登場。全力で悪意を噴出し、あたりかまわず撒き散らす。

さらに曲の後半「愛してるって嘘で積むキャリア」と歌う所でボレロのリズムになるのが悪夢のようでまたいい。断頭台への行進みたい。作詞・作曲のAyaseは天才だ!!

ikuraの歌い方がいつもと違い、声の加工も初音ミクを彷彿とさせるボーカロイド風に仕上がっている。本心を表に見せないアイにぴったりだ。AyaseはボカロPとして活躍していた時代もあり、確信犯だろう。

アイのモデルは誰だろう?真っ先に思い浮かぶのが九州・福岡県のアイドルグループRev. from DVLの絶対的センターだった橋本環奈。ファンが撮った「奇跡の一枚」と呼ばれる写真が全国的人気に押し上げるが、グループ解散まで彼女が原点を見捨てることはなかった。ハシカンは赤坂アカの『かぐや様は告らせたい』実写映画で主演を努めており、原作者が彼女のことを念頭に置かなかった筈はない。次にAKB48初の東京ドームコンサートで卒業した前田敦子、当時20歳。あっちゃんのボブの髪型は“重曹を舐める天才子役”有馬かなに゙継承されている。そして『欅坂46』孤高のセンター・平手友梨奈。巫女の役割も果たした“てち”には握手会での襲撃未遂事件があった(2017年6月24日@幕張メッセ)。アイドルがファンに襲われた事件としてAKB48川栄李奈と入山杏奈のケースもある(2014年5月25日の握手会@岩手県滝沢市)。

アイは「誰かに愛されたことも誰かのこと愛したこともない」と言う。これは施設で育った彼女の〈愛着障害〉を示している。親に愛されなかった子供は自己肯定感が低く、自分すら愛すことが出来ずリストカットなど自傷行為に及ぶことがある。「痛み」によって初めて「生の実感」を得るのだ。

「嘘=愛」はユング心理学においてペルソナ(仮面)と表現される。人は幾つもの仮面を持っている。家庭で見せる顔と、職場で見せる顔が違うのは当たり前。「どれが本物?」と問われても、誰も答えることは出来ないだろう。嘘はこの過酷な世界を生き抜くための盾・防壁だ。『アイドル』のMVでアイがウサギの着ぐるみを脱ぐ場面がある。あれはペルソナ(仮面)を外すことと同義と言えるだろう。

 ・〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ 2019.06.06

またアニメの第6話『エゴサーチ』において、「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というニーチェの著書『善悪の彼岸』からの引用も深いなと思った。

まだまだ回収されていない伏線は多い。どうして産婦人科医ゴローの死体は発見されていないに彼の葬式は執り行われたのか?そもそも入院患者をほっぽらかして主治医が失踪したら捜索願いが出されるだろうし、警察が病院近くの崖から転落した可能性を考えない筈はない。山狩りは必ず行われるだろう。それにスマホの電源が生きていれば大まかな位置情報を特定出来る。仮に獣が死体を運んだとしても血痕は残る。どう考えても不自然だ。これらの謎が解明される日を楽しみに待とう。

余談だが梅田隆司(総監督)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏する『アイドル』が素晴らしい(動画はこちら)。特にサイリュームの使い方!!この楽団はYOASOBIの『ラブレター』(オフィシャルMVはこちら)に参加していて、けだし名曲。誰に対する手紙か判明したとき、心打たれない者はいないだろう。梅田先生、今年は甲子園でも『アイドル』を絶対聴かせてくださいね。

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2023年3月27日 (月)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演 2023/「ラ・マンチャの男」「West Side Story」「My Fair Lady」 ミュージカル三昧!!

2022年全日本吹奏楽コンクール高校Aの部は大阪桐蔭を含め関西支部代表の3校が総て銀賞だった。関西勢が金賞0に終わったのは2006年(この年、丸谷明夫/淀工は3年連続全国大会出場により不出場)以来16年ぶり。やはり丸谷先生が膵臓がんでお亡くなりになったことが大きいのだろう。享年76歳。

3月12日(日)フェスティバルホール@大阪市へ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会(卒業公演)を聴く。指揮は総監督の梅田隆司先生。

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・ジェイムズ・バーンズ:アルヴァマー序曲
・エバン・コール:鎌倉殿の13人
・フィリップ・スパーク:宇宙の音楽
・ミュージカル「ラ・マンチャの男」
・ミュージカル「West Side Story」
・ミュージカル「My Fair Lady」
・甲子園応援コーナー
・《18年間の歩み》「ゆずメドレー」
・《卒業生を送る歌》 栂野知子:時を越えて
・松任谷由実:卒業写真

「アルヴァマー序曲」にはたくさんの思い出がある。僕は高校一年生の時にこの曲を吹奏楽コンクール自由曲で演奏した(担当はフルート)。1982年だからアメリカで初演された翌年だ。日本では模範演奏として初めて録音された汐澤安彦/東京佼成ウインドオーケストラのLPレコード(世界初の音楽CDが発売されるのは1982年10月1日)が、楽譜に記された〈♩=132〉より遥かに速く、〈♩=160〉くらいでぶっ飛ばす爽快な演奏で、アマチュア演奏家たちもこれに飛びつき皆真似をした。しかし後に作曲家のバーンズが「日本のバンドは私の曲を何故あんなに速いテンポで演奏するんだ!」と不満を漏らしていると漏れ伝わるようになり、日本人は反省した。その後、テレビ朝日『題名のない音楽会』で佐渡裕/シエナ・ウインド・オーケストラがこの曲を演奏した際は楽譜に忠実なテンポで、僕が生で聴いた丸谷明夫/なにわ《オーケストラル》ウィンズも同様だった(ライヴCDが発売されている)。

 ・ 待望のアルヴァマー序曲登場!~なにわ《オーケストラル》ウィンズ 2011  2011.05.06

今回の梅田先生の指揮は汐澤安彦に近いテンポで、やはりアルヴァマーはこれくらいアクセルを踏み込んでこそ気持ち良いんだ、と思った。

『鎌倉殿の13人』も勇ましく格好いい曲。吹奏楽版も何ら違和感がなかった。作曲家のエバン・コールはアメリカ合衆国カリフォルニア州生まれだが、日本のアニメが好き過ぎて日本に移住したという人。NHKの番組に登場したとき日本語がぺらぺらで驚いた。僕が彼の才能に心底惚れ込んだのが京都アニメーションの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。感動的で質の高い傑作だ。劇場版の製作中に例の痛ましい放火殺人事件があり、36人の方が亡くなった

『宇宙の音楽』は2005年6月3日にシンフォニーホール@大阪で吹奏楽版世界初演を聴いている。山下一史/大阪市音楽団(現:オオサカ・シオン・ウィンド・オーケストラ)による、ごっつい名演だった(ライヴCDが発売されている)。会場に京都の洛南高等学校吹奏楽部・顧問の宮本輝紀先生が生徒を引率して聴きに来られていたことを覚えている。たしか日テレの番組「笑ってコラえて!・吹奏楽の旅」が洛南に取材した年だ。当時男子校だった洛南は翌2006年に共学になり、宮本先生は2010年に急性大動脈解離により69歳で逝去された。また2007年には(当時)吹奏楽の甲子園と呼ばれた普門館で開催された全日本吹奏楽コンクールにおいて藤重佳久/精華女子(福岡県)の演奏で『宇宙の音楽』を聴き、ぶっ飛んだ!!特にホルンの咆哮が凄まじかった。

 ・ 第55回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 後編 2007.10.26

藤重/精華女子は2011年も自由曲に『宇宙の音楽』を選び、いずれも全国大会金賞を受賞している。

今回の大阪桐蔭の演奏はどうしても強烈な印象を受けた精華女子と比べざるを得ず、ホルンが物足りなく感じられた。銀賞という結果は致し方ないだろう。

余談だが僕はスパークの指揮でも『宇宙の音楽』をライヴで聴いている。ところが端正だが熱量の足りない淡白な演奏で、「必ずしも作曲家本人が自作の一番優れた表現者ではないのだな」ということを思い知った。ベンジャミン・ブリテン、レナード・バーンスタイン、ジョン・ウィリアムズ、久石譲など指揮者としても一流の作曲家というのは実は稀なのだ。

 ・ フィリップ・スパーク登場!「大阪市音楽団」改め、Osaka Shion 定期 2015.06.03

『ラ・マンチャの男』は1969年より現・ 松本白鸚がドン・キホーテを演じ続けているわけだが、僕は彼が松本幸四郎を名乗っていた時代に観ている。確か2002年、帝国劇場での公演だったと記憶している。アルドンサを松たか子が演じ、アントニア役が松本紀保。父娘3人の共演だった。演出も兼ねる白鸚は1970年(当時は市川染五郎を名乗る)にブロードウェイに渡り同役を演じており、カーテンコールは英語で「見果てぬ夢」を歌ってくれたことを記憶している。ピーター・オトゥール主演の映画版も観たがピンとこず、正直この作品の価値が僕には理解出来ない。またそのうち見直したいと思う(新しいキャストで!)。最後の観劇から20年以上経過しているので新たな気付きがあるかも知れない。

『West Side Story』はパンチが効いて弾けるリズム、最高だった!以前大阪桐蔭がコンクール自由曲で演奏したレナード・バーンスタイン作曲『キャンディード』序曲は生気が感じられなかったが、『West Side Story』の方が遥かに梅田先生と相性が良い。これとか『ラ・ラ・ランド』「キャラバンの到着(映画『ロシュフォールの恋人たち」より)」 などJazzyな曲を振らせたら日本で梅田先生の右に出るものはいないと僕は確信している。トランペットやトロンボーンなどホーンセクションが咆え、スカッとする。たまらん。正に水を得た魚。『ウエストサイド』か『ラ・ラ・ランド』をコンクール自由曲ですればいいのに……。それとも音楽の二次的著作物使用権の問題で難しいのだろうか?

作曲家自身の指揮も含め、『West Side Story』の名演はあまたあれど、世界最高の演奏は「エル・システマ」の申し子、グスターヴォ・ドゥダメルが指揮したものだと思う。シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラがノリノリで演奏した「マンボ」(アルバム『フィエスタ!』に収録)と、映画のサウンドトラック・アルバムの2種類だ。映画『ウエスト・サイド・ストーリー』にはスピルバーグ監督の朋友ジョン・ウィリアムズが“ミュージック・アドヴァイザー”としてクレジットされているが、彼の最大の功績は指揮者としてドゥダメルを推薦したことにある。梅田/大阪桐蔭の演奏はその次に推せると断言する。

 ・ 画期的音楽教育システム「エル・システマ」とシモン・ボリバル・ユースオーケストラ 2009.04.02

「トゥナイト(クインテット)」の前に「クール」が演奏されたので順序は舞台版・スピルバーグ監督版と同じ。これがロバート・ワイズ監督による1961年映画版だと「トゥナイト(クインテット)」 「決闘」の後に「クール」が来る。あと踊りの振付が本格的でキマっていた。学芸会のレベルを遥かに超えるものだった。必見。

 ・ 【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen ) 2021.12.01

実は現在、Netflixがレナード・バーンスタインを主人公とする映画"Maestro"を製作しており、今年中に配信される予定。監督・脚本・主演はブラッドリー・クーパー(『アメリカン・スナイバー』『アリー/スター誕生』『ナイトメア・アリー』)、レニーの妻フェリシアをキャリー・マリガン(『華麗なるギャツビー』『プロミシング・ヤング・ウーマン』『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』)が演じる。物語の中でジェローム・ロビンスも登場するようだ。実はこの企画、スピルバーグが長年温めていたものだがクーパーに監督を譲り、自身はマーティン・スコセッシと共にプロデューサーとして名を連ねている。恐らく『ウエスト・サイド・ストーリー』のリメイクが上手くいったから、もう十分だと考えたのだろう。LGBTQとしてのレニーの苦悩・葛藤をどう描くのか、世界の注目が集まっている。

ディズニー・プラスから配信されているドキュメンタリー(『サムシングズ・カミング:ウエスト・サイド・ストーリー』)の中で、スピルバーグは舞台版『WSS』のクリエイターたち、アーサー・ローレンツ(台本)、ジェローム・ロビンス(振付)、スティーヴン・ソンドハイム(作詞)、レナード・バーンスタイン(作曲)のことを「4人のゲイのユダヤ人(They are four jewish gay men.)」と明言している。その性的マイノリティからの視座が明確に打ち出されたのがスピルバーグ版であった。

『マイ・フェア・レディ』は高校生の時に映画のサウンドトラックLPレコードを買い、歌詞カードを眺めながら繰り返し聴いた(レンタルビデオ店も存在しない時代で、実際に映画を観るのは大学に入ってからである)。だから「スペインの雨」や「踊り明かそう」は今でも英語で暗唱出来る。そのように親しんできたミュージカルだが、物語にはどうしても不可解なところがあった。何故ピカリング大佐はヒギンズ教授の家に居候をするのか?戻ってきたイライザに対してヒギンズが「わたしのスリッパはどこだ?」という台詞で幕を閉じるが、一体これはどういう状況だ?果たして本作は本当にラブ・ストーリーなのか?だって恋人に対してこんな事は言わないでしょ。

それから30年以上の歳月を経て、僕は漸く理解した。ヒギンズとピカリングというゲイ・カップルが花売り娘イライザを養女として迎えるまでの物語だと解釈すれば全ての謎が解けるのだと。つまりミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』(映画版は『Mr.レディMr.マダム』という、とんでもない邦題で劇場公開された)と本作は表裏一体なのだ。ちなみに映画『マイ・フェア・レディ』を監督したジョージ・キューカーも、装置・衣装デザインを担当したセシル・ビートンもゲイだった。

僕は2022年1月14日に大阪・梅田芸術劇場で神田沙也加主演『マイ・フェア・レディ』を観る予定だったが、21年12月18日に彼女が(札幌公演中に滞在していたホテルで)投身自殺してしまったため叶わなかった。ダブル・キャストの朝夏まなとが代演すると発表されたが、到底観劇する気分になれず手持ちのチケットは払い戻ししてもらった。以前観た神田のイライザは本当に生き生きとして素晴らしかった。心底口惜しい。

 ・ 神田沙也加主演 ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の〈正体〉 2018.10.23

大阪桐蔭のパフォーマンスは昨年の『エリザベート』もそうだったが、まず衣装の完成度に息を呑んだ。3人のイライザが登場し、それぞれ〈花売り娘時代(コヴェント・ガーデン王立歌劇場前)〉〈ヒギンズ家の居間で上流階級の話し方を特訓する場面〉〈アスコット競馬場〉の服をまとっているのだが、何れもセシル・ビートンがデザインしたそれを彷彿とさせる、洗練された、「学芸会的」安っぽさを微塵も感じさせない仕上がりだった。生地が高そう。

役者としては『WSS』でアニタを演じた生徒と『My Fair Lady』で「踊り明かそう」を歌った生徒が特に素晴らしく、聴き惚れた。

あと面白いなと思ったのはイライザが舞踏会デビューする場面で、恐らくオリジナル楽曲の楽譜が見つからなかったのだろう、1953年エリザベス2世の戴冠式のためにウィリアム・ウォルトンが作曲した行進曲「宝玉と勺杖」(宝玉と王の杖 が演奏されたこと。僕が大好きな楽曲で、違和感なく場面にすごく合っていた。大阪桐蔭はこれをマーチングコンテストで演奏したことがある(出場者に人数制限が規定に設けられて以降、梅田先生は参加をやめた)。

 ・ 第25回全日本マーチングコンテスト(高校以上の部)2012 前編 2012.11.21

恒例のリクエストコーナーでは久しぶりにRADWIMPSの『君の名は。』が聴けて嬉しかったのだが、以前演奏された「夢灯籠」がカットされていてショックだった!つまり「前前前世〜スパークル〜なんでもないや」の3曲メドレーだったのである。演奏は極上だったのだが、ガーン……。「夢灯籠」、死ぬほど好きなんだよね。

 ・ 大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。 2017.02.21

「なんでもないや」は劇中で三葉(みつは)の声をあてている上白石萌音が歌うのを阪急西宮ガーデンズ4階広場で聴き、サインも貰った。

 ・ 「君の名は。」の三葉が歌う ”なんでもないや” @兵庫県・阪急西宮ガーデンズ 2016.10.17

その後、彼女はNHK朝ドラ『カムカムエブリバディ』に出演し国民的人気を得て、昨年は舞台『千と千尋の神隠し』とミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』の演技が評価され読売演劇大賞・主演女優賞を史上最年少で受賞するなど、今や飛ぶ鳥を落とす勢いである。今年1月25日には何と日本武道館でコンサートを開催した。『エリザベート』の公演中だった井上芳雄が福岡から駆けつけるサプライズもあったとか。いやはや!

ここで背景スクリーンに映し出させる映像を制作されている生徒さんにちょっとだけ注文がある。完成度が高く常々感心して見ているが、「前前前世」の風景には東京スカイツリーだけではなく、是非NTTドコモ代々木ビル(ドコモタワー)を入れて欲しかった!!何故なら新海誠監督にとって東京を象徴する存在だから。フランソワ・トリュフォー監督『大人は判ってくれない』におけるエッフェル塔の・ようなもの。

 ・ 【考察】超マニアック講座! 新海誠監督「すずめの戸締まり」をめぐる12の事項

この声が届くといいな。

この度卒業する生徒は2020年4月に入学した。日本で初めて新型コロナウィルスに感染した患者が確認されたのがこの年の1月15日。第1回目の緊急事態宣言が発令されたのは20年4月7日だった。だから3年間まるまるコロナ禍の中で高校生活を送ってきたことになる。学校に集まって合奏することも出来ず、それぞれ自宅の部屋からリモートで演奏したこともあった(動画はこちら)。大変だったね、よく頑張った。そしておめでとう。

アンコールは鉄板のタケカワ・ユキヒデ(樽屋雅徳編)『銀河鉄道999』。これなしでは大阪桐蔭を聴いたという実感が沸かない。照明も綺麗だったなぁ。なお梅田先生がMCで「先日お亡くなりになった原作者の石ノ森章太郎さん」と仰ったのはご愛嬌。実は松本零士と石ノ森章太郎の誕生日は全く同じ1938年1月25日。何というシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)だろう!

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2022年3月26日 (土)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演 2022/ミュージカル「銀河鉄道の夜」(再演)と「エリザベート」

3月13日(日)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 第17回 定期演奏会を聴く(最終公演)。指揮は総監督の梅田隆司先生。

曲目は、

第1部
・ミュージカル『銀河鉄道の夜』(作曲:西村友 脚本:中島徹 振付:洋あおい 演出:梅田隆司)
・YOASOBIメドレー(夜に駆ける〜アンコール〜ハルジオン〜あの夢をなぞって〜怪物〜三原色〜ハルカ〜群青〜ラブレター)

第2部
・リード:アルメニアン・ダンス Part 1
・高昌帥:吹奏楽のための協奏曲
・野球応援コーナー
・ミュージカル『エリザベート』(脚本・作詞:ミヒャエル・クンツェ 作曲:シルヴェスター・リーヴァイ 日本語詞:小池修一郎)
・リクエスト・コーナー(和泉宏隆:宝島/ミシェル・ルグラン:映画『ロシュフォールの恋人たち』より“キャラバンの到着”)
・〈卒業生を送る歌〉『EXILE 〜道〜』
・松任谷由実:春よ、来い
・中島みゆき:時代
・タケカワ・ユキヒデ(樽屋雅徳 編):銀河鉄道999~星に願いを(アンコール)

ミュージカル『銀河鉄道の夜』は2017年の定期演奏会で上演されており、今回は再演である。元々は劇団ひまわりのオリジナルだ。僕はネットでDVDを購入し鑑賞した。アニメ『進撃の巨人』ミカサ役の石川由依が出演している。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」 2017.01.22
大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。 2017.02.21

梅田先生のおかげでこのミュージカルのことを知り、大好きな作品となった。

兎に角、西村友が手がけた楽曲が素晴らしい。ただ、大阪桐蔭バージョンはダイジェストなので割愛されたナンバーが幾つかある。取り分け、大切なことは忘れないこと!♪と、♪鳥捕りが鳥捕りに来て鳥捕りそこね、一人取り残され帰る鳥捕りの唄♪がカットされているのは惜しい。

2017年に書いた記事でも詳しく論じたが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読み解くには大きな2つのポイントが有る。まずジョバンニ=宮沢賢治、カムパネルラ=結核を患い24歳で死去した賢治の妹・トシと解釈可能なこと。ここで賢治の詩集『春と修羅』に収録されている、トシとの別れを描写した「永訣の朝」がヒントとなる。『春と修羅』は直木賞・本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の小説『蜜蜂と遠雷』の中で国際ピアノコンクールの課題曲として登場するので併せて読まれたし。映画版も傑作だ。

音楽映画の金字塔現わる!!「蜜蜂と遠雷」 2019.10.10

もう1つは、この小説の背景にキリスト教があるということ。賛美歌320番「主よ、みもとに 近づかん」が歌われる場面もある。賢治は宣教師のいるキリスト教会に通ったり、無教会派のキリスト教信徒と親交を深めたりしていた。

三位一体(父と子と聖霊)に女性を内包しないキリスト教(一神教)は父性原理の宗教である。父性原理の特徴は〈切断〉にある。『銀河鉄道の夜』にもその厳しさがあり、ジョバンニの父は生きているのに遠くに行っていて、物語の最後まで不在である。つまり息子との関係性を〈切断〉している。また旅の途中に登場する青年は「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です」と言う。

カンパネルラの行動や、蠍(さそり)の火の話で繰り返される〈自己犠牲〉というテーマもキリスト教的だ。ジッドの小説『狭き門』や、キリスト教色が強いアンデルセンの童話『人魚姫』も〈自己犠牲〉の物語であり、ワーグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』のゼンタや『ローエングリン』のエルザ、『神々の黄昏』のブリュンヒルデもまた、〈自己犠牲〉によって主人公、あるいは世界を救済する。またアンデルセン『マッチ売りの少女』の根底には、信仰心があつければたとえ現世で貧しく惨めな暮らしをしていても、死んで天国に行けば幸福になれるというキリスト教の思想があり、『銀河鉄道の夜』にも通底している。

一方、『銀河鉄道の夜』からキリスト教の厳しさを排除し、母性原理を導入すると松本零士の漫画『銀河鉄道999』になる。鉄郎の母にそっくりのメーテルは母性の象徴であり、母性原理の特徴は〈すべてを包み込む/呑み込む〉ことにある。そこでは自他の境界が曖昧になる。

八百万の神を信仰する日本は従来、母性社会であった。終身雇用というのも正社員を〈家族〉とみなし、なあなあの関係を是とする制度なので母性的である。

2017年の公演ではサザンクロス駅の場面で背景のスクリーンにKAGAYAが製作したプラネタリウム版「銀河鉄道の夜」が映し出されたのだが、今回驚かされたのは全て生徒が制作した3DCGアニメーションによる映像になっていたこと!!機関車内部のモデリングなんか見事なもので、ちゃんと立体空間に見えた。君らはピクサー・アニメーション・スタジオの人か!?

あと感心したのは、音響のミキシングがプロの舞台レベルに進化しており、ソリストの歌詞がしっかりと聴き取れたこと。『ラ・ラ・ランド』を上演したときなんかマイクが拾う出演者の声がオフ気味で、周囲の音に埋もれがちだった。

『YOASOBIメドレー』は大阪桐蔭がミュージック・ビデオの演奏にも参加している♪ラブレター♪がとっても素敵♡。音楽に対する溢れんばかりの熱い告白だ。

『アルメニアン・ダンス Part 1』を大阪桐蔭が演奏するのは今回が初めてだそうで、これは昨年末亡くなった淀工の丸谷明夫先生に対する追悼と、その想いを継承する決意の高らかな宣言でもあったろう。

巨星墜つ〜追悼・丸谷明夫が日本の吹奏楽に残した功罪

生前、丸ちゃんがこれを「吹奏楽にとってのベートーヴェン第九のような(誰もが知っている)曲にしたい」と常々語っていたことを梅田先生が紹介し、「でも桐蔭版は(座奏ではなくマーチング仕立てで)生徒が動き回るから、丸谷先生に怒られちゃうかも知れません」と。最初のフォーメーション(隊列)が人文字の“M"だったのは、やはりMARUTANIの頭文字なのだろう。

Marutani_20220326163801

この曲は僕自身、丸ちゃんの指揮で演奏したことがあるので、なんだか胸が一杯になった。

《1000人のアルメニアンダンス》 丸谷明夫 語録 2009.01.19
淀工「グリーンコンサート」2009 IN 大阪城ホール 2009.01.20

高昌帥『吹奏楽のための協奏曲』は全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した自由曲なので、さすがの上手さ。ただオーボエ・ソロの音程が気になった。昨年全国大会直後に聴いたときは、そんなことなかったのだけれど。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部「全国大会練習会・金賞報告演奏会 in 伊丹」 2021.11.13

『エリザベート』で演奏されたのは、〈プロローグ〜皇后の務め〜愛と死の輪舞(ロンド)〜私だけに〜退屈しのぎ〜私が踊る時〜闇が広がる〜夜のボート〜フィナーレ〉

以前大阪桐蔭が演奏していたのはヨハン・デ=メイによる吹奏楽編曲版だった。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2013!@ザ・シンフォニーホール 2013.02.27

だから今回も同じだろうと高をくくっていたら、歌付きそれも舞台衣装を身にまとったガラ・コンサート形式だったので度肝を抜かれた。歌詞は小池修一郎による宝塚バージョンだったので、よく歌劇団から許可が降りたな、太っ腹だなと感心することしきり。

このミュージカル最大の見せ場は第1幕フィナーレでエリザベートが有名な肖像画と同じエーデルワイスの髪飾りと豪華な白いドレスで階段を降りてくるシーンなのだが、それも見事に再現されていた。

Eriza

僕は京都国立博物館の特別展でこの絵の本物を見たことがある。

京都でハプスブルク気分! 2010.02.19

あとトートの黒い衣装が格好良かった!

ミュージカル「エリザベート」は1992年にアン・デア・ウィーン劇場で産声を上げた。ベートーヴェン:交響曲第5番・6番やヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇『こうもり』、レハール:喜歌劇『メリー・ウィドウ』などが初演された由緒ある劇場である。次に上演されたのが日本で1996年2月の宝塚雪組公演(一路真輝・花總まり・轟悠 他)。ここで歌劇団(演出家・小池修一郎)からの要請で新曲 ♪愛と死の輪舞(ロンド)♪  が追加された。宝塚はあくまで男役メイン(娘役は添え物)であり、タイトルロール=エリザベート主演から死神トート中心の物語に潤色する必要があったのだ。

日本初演と同年の8月にハンガリー初演があり、♪愛と死の輪舞(ロンド)♪ が歌われた。デュエット・ナンバー ♪私が踊る時♪ が追加されたのは2001年ドイツ初演(エッセン版)から。宝塚大劇場では2002年花組公演(春野寿美礼・大鳥れい)でのお披露目となった。

余談だが、宝塚版における僕が考えるオールタイム・ベスト・キャストを挙げておく。各組のBlu-rayが発売されているので参考にされたし。

エリザベート:花總まり(96年雪組/98年宙組)、 トート:明日海りお(14年花組)、 フランツ・ヨーゼフ:北翔海莉(14年花組)、 ルキーニ:轟悠(96年雪組)、 ルドルフ:朝海ひかる(98年宙組)、 少年ルドルフ:月影瞳(96年星組)、 ゾフィー:出雲綾(96年星組/98年宙組)、 エルマー:和央ようか(96年雪組)、 ヴィンディッシュ嬢:陵あきの(96年星組/98年宙組)

閑話休題。

ゴージャスなサウンドの『キャラバンの到着』をまた体験できたのも嬉しかったな。胸がスカっとする。

そしてユーミンの『春よ、来い』を聴きながら、新型コロナ禍の収束と、ウクライナでの戦争の終結を祈らずにはいられなかった。そういう切実さがあった。

それから毎回書いていることだが、大阪桐蔭の『銀河鉄道999』と出会わなかったら、僕がこの映画やTV版を観たり、『銀河鉄道の夜』との違いについて真剣に考察することもなかっただろう。本当にありがとう。そして近いうち是非『ウエスト・サイド・ストーリー』も久しぶりに聴かせてください!

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2021年12月15日 (水)

巨星墜つ〜追悼・丸谷明夫が日本の吹奏楽に残した功罪

「丸ちゃん」の愛称で親しまれた淀川工科高等学校吹奏楽部顧問・丸谷明夫先生が2021年12月7日にお亡くなりになった。享年76歳、死因は膵頭部がん。定年退職後、淀工での肩書は「名誉教諭」となっているが、実質的には無給で吹奏楽部の指導をされていた(確か月刊誌「Wedge/ウエッジ」の記事で読んだ)。

淀工退職後は大阪音楽大学で吹奏楽の特任教授を経て客員教授となった。また2013年5月から21年5月まで全日本吹奏楽連盟の理事長を務めた。

DVD「淀工吹奏楽日記 スペシャルエディション 丸ちゃんと愉快な仲間たち」には1999年頃に乳がんの手術をして退院した時の様子が記録されている。

丸ちゃんは大阪工業大学を卒業し教員免許を取得、淀工では電気科の授業を担当。つまり専門的音楽教育は受けていない。

全日本吹奏楽コンクールに41回出場、32回金賞受賞。いずれも史上最多記録である。

僕は丸ちゃんのことを吹奏楽指導者として、そして指揮者として深い尊敬の念を抱いている。しかし一方で、「それってどうなの!?」と苦々しく思う側面もあった。だから一時期は淀工のグリーンコンサート(3年生卒業コンサート)に毎年通い、サマーコンサートや普門館での全国大会の演奏も聴いたし、丸ちゃんを慕うプロのオーケストラ楽員が年に1回集う「なにわ《オーケストラル》ウィンズ」の演奏会にも毎年足を運んだのだが、全日吹連・理事長就任以降は距離をおいていた。

一般に日本では「死者の悪口は言ってはいけない」とされている。しかし「丸谷先生は本当に偉大な人でした」と褒め称えるだけなのも違うと思うのだ。人を愛するとは、その人の長所も欠点も全部ひっくるめて受け止めること。だから僕は良いことも悪いことも、包み隠さず書きたい。今まで秘めていた想いをぶちまけよう。それこそが真の追悼だと信じる。

丸ちゃんの基本的行動原理は「淀工の生徒に絶対悲しい思いをさせたくない。彼らが幸せだったらそれで良い」であると見受けられる。それは教師として正しかったろう。だが全日本吹奏楽連盟の理事長時代(2013-20年度)に断行されたルールの改定には首を傾げざるを得ない。はっきり言う。日本の吹奏楽にとっては明らかな後退だった。

まずマーチングコンテスト。2013年度から全国大会での演奏人数は、先導役のドラムメジャーを含めて81人以内と改定された。それまでは人数制限がなく、100人以上出場する学校も沢山あったが、運営上何の問題もなかった(僕は何度も大阪城ホールで大会を観ている)。どうして制限を設ける必要があるのか、正当な理由などない。それまで金賞の常連校だった大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の梅田隆司先生は「全員でやることに意味がある」と考える方なので、これを契機にコンテスト出場を止めてしまった。

また全日本吹奏楽コンクールには嘗て「三出休み」という制度があった。全国大会に3年連続出場した団体は、翌年お休み(コンクールに出られない)という仕組みである。これにより、同じ団体ばかり毎年出場するという事態を阻止し、他の団体にもチャンスが与えられた。意外にも強豪校がお休みの年に棚ぼたで全国大会に出場した学校が、金賞の栄冠に輝くこともあった。しかし1994~2012年の間 あった「三出制度」も2013年度から廃止された。その結果、淀工は2011年から19年まで9年連続で全国大会に出場し続けることになる(2020年は新型コロナ禍でコンクール自体が中止となった)。「三出制度」がなくなってから全国大会高校の部の出場校は毎年同じような顔ぶればかりになり、詰まらないものに成り下がった(中学の部は先生の転勤があるので、常連校というのは稀)。

丸ちゃんは若い頃、コンクールの自由曲でイベールの『寄港地』やヴェルディの『シチリア島の夕べの祈り』などを取り上げ銀賞に終わることもあったが、1995年からラヴェル『ダフニスとクロエ』第2組曲→スペイン狂詩曲→大栗裕『大阪俗謡による幻想曲』という鉄壁の3曲ローテーションを開始以降、21大会連続金賞受賞という破竹の快進撃を続けた。なお2005年以降はスペイン狂詩曲も外れて2曲ローテーションになった。

確かにこのやり方なら、安定して高評価を得られるだろう。しかし他の団体も皆真似し始めたらどうなる?コンクールは同じ曲の繰り返しで明け暮れ、新曲がお披露目される機会もなくなり、吹奏楽の発展は閉ざされてしまう。それは即ち「吹奏楽の死」を意味する。実際に丸ちゃんの手法を真似する指導者がちらほら現れ始めている。そこで提案なのだが、「同一団体が同じ自由曲で出場するのは5年間禁止」とかいった新たなルールを設けたらどうだろうか?

また、全日本マーチングコンテストにいたっては、淀工が演奏する曲目は毎年同じ。コンテ(マーチングの動きを記したもの)も寸分違わず、毎年金賞を受賞していた。そのことを吹奏楽掲示板等で非難されると、擁護派は「曲は同じでも演奏する生徒は毎年変わるのです」という定型文を常時書き込んだ。

さて、後半は丸ちゃんの功績を讃えよう。

まずは指導者・指揮者としての素晴らしさ。「マーチの丸谷」と呼ばれ、行進曲を振らせたら彼の右に出るものはプロの指揮者を含め、世界中探してもいなかった。唯一無二。

丸ちゃんが引き締まったテンポで振るマーチは躍動感とワクワク感に満ちている。行進曲の構成は基本的にA-B-A'の三部形式が多い。比較的静かな中間部Bを経てA'パートが戻った時、丸ちゃんは最初よりも少しだけテンポを速める。この微調整が聴き手に興奮をもたらす。ちなみに2005年以降、コンクールの課題曲はすべてマーチを選択している。

全日本吹奏楽コンクールにおける淀工の『大阪俗謡による幻想曲』と『ダフニスとクロエ』は、やはり絶品だった。キレッキレのリズム、一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、研ぎ澄まされ、洗練された音色。幅広いダイナミックス(強弱法)、そして弱音ppの美しさ!プロも真っ青である。神業と言っていい、至高のレベルに達していた。

あと忘れ得ぬ名演としてアルフレッド・リード作曲『アルメニアン・ダンス Part 1』とパーシー・グレインジャー作曲『リンカンシャーの花束』を挙げておきたい。

『アルメニアン・ダンス』について丸ちゃんは「吹奏楽にとっての、ベートーヴェン『第九』のような存在にしたい」という夢を常々語っていた。つまり、一般人の誰もが知っている名曲という意味である。僕は一般公募により丸ちゃんの指揮、大阪城ホールで、この曲を演奏したことがある。かけがえのない大切な想い出だ。

コンクールの「三出制度」があった時代、出場出来ない年にまる1年掛けて丸ちゃんが1音1音慈しむように練り上げた楽曲が『リンカンシャーの花束』。2月に開催される3年生の卒業演奏会「グリーンコンサート(通称グリコン)」でお披露目された。素朴でどこか懐かしく、しみじみと心に響く音楽。そしてちょっぴり寂しい。僕は丸ちゃんの指揮で初めて生で聴き、大好きになった。難易度は決して高くないので、吹奏楽コンクールでは一度も演奏しなかった。しかし丸ちゃんが心から愛した珠玉の作品だ。

丸ちゃんが指揮する『アルメニアン・ダンス Part 1』と『リンカンシャーの花束』のCDなら、なにわ《オーケストラル》ウィンズか、東京佼成ウインドオーケストラの演奏をお勧めしたい。後者のアルバム「マルタニズム」はSpotifyなど定額制音楽配信サービスで聴くことが出来るし、映像付きBlu-rayも発売されている。

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あと丸ちゃんの功績として絶対に忘れてはならないのが日雇い労働者の街、あいりん地区(大阪市)で毎年開催してきた「たそがれコンサート」のことである。これをDVD「淀工吹奏楽日記 丸ちゃんと愉快な仲間たち」で知ったときは衝撃を受けた。そして僕も実際に現地に足を運んでレポート記事を書いた。

教育者としての真髄、ここにあり。

丸谷先生、本当に色々有難うございました。どうぞ安らかにお眠りください。

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2021年11月13日 (土)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部「全国大会練習会・金賞報告演奏会 in 伊丹」

10月31日(日)、東リ いたみホール(伊丹市立文化会館)へ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏会を聴く。

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プログラムの内容は、

・梅田隆(脚本)、西村友(作曲):創作ミュージカル『OGATA洪庵の妻』(抜粋版)
・LiSA(作詞)、梶浦由記(作詞/作曲):映画「鬼滅の刃 無限列車編」より『炎』
・『松田聖子』メドレー(青い珊瑚礁〜赤いスイートピー〜SWEET MEMORIES〜夏の扉)
・ジョゼッペ・ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
郷間幹男:TOINファンファーレ(大阪桐蔭高校応援歌)
・ジョン・ウィリアムズ:映画「スター・ウォーズ」よりメインテーマ
・ミシェル・ルグラン:映画「ロシュフォールの恋人たち」より『キャラバンの到着』
・高昌帥(コウ・チャンス):吹奏楽のための協奏曲
・桑田佳祐:炎の聖歌隊[Choir]
・YOASOBIメドレー(ラブレター〜郡青)
・リクエストコーナー

僕が初めて梅田隆司 先生(指揮)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴いたのは2007年、“吹奏楽の甲子園”=普門館だった。あれから14年経った。

第55回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 前編 2007.10.25

ガーシュインの「ポーギーとベス」を自由曲に選んだ2016年以来、5年ぶりに全日本吹奏楽コンクールで金賞に返り咲いた大阪桐蔭吹部は間もなく日本管楽合奏コンテストに臨むということで、その予行演習も兼ねたコンサートである(そして11月7日に開催されたコンテストで「最優秀グランプリ賞」「文部科学大臣賞」「観客最多投票賞(後半の部)」を受賞した)。

英雄とは誰か?という問いから始まるミュージカル「OGATA洪庵の妻」は今年の定演で初演されたが、学校関係者以外は有料動画配信で観るしかなかった。下記記事でその詳しい内容紹介と、作品の構造分析をした。

創作ミュージカル「OGATA浩庵の妻」が凄い!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2021(今年は保護者以外動画配信のみ) 

元々上演時間60分の作品だが、今回は抜粋版として37分位に縮められた。カットされた主な場面は以下の通り。

①緒方洪庵が開設した「適塾」と華岡青洲 の「合水堂」門下生との喧嘩(明治時代における“バンカラ”精神みたいなもの。現代の俗語で言えば“ヤンチャ”か)。
②1869年長州藩・大村益次郎が刺客に襲われ足の傷から敗血症となり死亡。その際「切断した足を洪庵先生の墓傍に埋めてほしい」と遺言を残した。

前にも書いたが緒方洪庵は天然痘に対する種痘を広めた医師なので、本作は新型コロナ禍でワクチン接種が進む今日の世界の状況に合致しているのが見事。

兵庫県丹波篠山市出身の心理学者で京大教授、文化庁長官も務めた河合隼雄が書いた「母性社会日本の病理」という名著がある。

Bosei

平安時代に書かれた「源氏物語」を読めば分かる通り、古来より日本は(全てを呑み込むような包容力を持ち、自己と他者の境界が曖昧になる)〈母性原理〉が支配的な社会であった。そこに異質な(切断し、他者との対立構造を明確にする)〈父性原理〉を持ち込んだのが武家社会である。最近では“侍ジャパン”などと武士道をもてはやし、これぞ「日本人の心」だと言ったりする輩もいるが、江戸時代に支配階級であった武士は全人口のたった7%に過ぎない。85%は百姓、つまり農民である。ここを錯覚してはいけない。

ミュージカル「OGATA洪庵の妻」は生涯に13人の子供を生んだ八重という〈母〉を主人公に据え、〈父性原理〉で動いてきた幕末から明治維新にかけての時代を、〈母性原理〉という視座から捉え直そうとした意欲作なのではないか?そう今回観劇しながら思った。

それは〈父性原理〉に立脚したキリスト教(父・子・聖霊から成る三位一体に女性は介在しない)への信仰を背景に持つ宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を換骨奪胎し、〈母性原理〉の漫画に仕立てた松本零士「銀河鉄道999」の手法を彷彿とさせる。詩「永訣の朝」に込められた妹トシへの想いでも明らかなように宮沢賢治は〈シスター・コンプレックス〉の作家だが(ジョバンニ↔カムパネルラの関係性)、「銀河鉄道999」のメーテルは〈マザー・コンプレックス〉が生み出した偶像である。

松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論 2016.07.07

最近、大阪桐蔭吹部がYou Tubeにupした、アニメーション映画「竜とそばかすの姫」(U)の細田守監督は日本テレビ「世界一受けたい授業」に出演し、“絶対に観てほしい5つのアニメ”を紹介した。その中で高畑勲監督「赤毛のアン」や宮崎駿監督「ルパン三世 カリオストロの城」と並んで彼が挙げたのが、りんたろう監督「劇場版 銀河鉄道999」である。そして「竜とそばかすの姫」は正に女子高校生の主人公が〈母性〉に目覚め、鉄道に乗って窮地に陥った“鉄郎”を救出に行く物語であった。

 竜とそばかすの姫 2021.08.10

併せて、数々の漫画賞を受賞したよしながふみの大傑作『大奥』をお勧めしたい。〈父性原理〉の江戸武家社会を男女逆転という仕掛けで女性の目から見直すという姿勢が「OGATA洪庵の妻」に通ずるところがあるし、安政の大獄における橋本左内斬首の場面もある。また若い男子にのみ感染するという日本の奇病「赤面疱瘡(あかずらほうそう)」を設定し、弱毒株発見により種痘法を確立するまでの過程がリアリティを持ってスリリングに描かれている。

さて、映画「鬼滅の刃 無限列車編」の主題歌『炎』はレコード大賞に輝いたわけだが、作曲した梶浦由記の作品中、僕が一番好きなのは「魔法少女まどか☆マギカ」の劇伴音楽。劇場版「[新編]叛逆の物語」のエンディングで流れた、彼女が作詞・作曲した『君の銀の庭』も素敵だった。

「魔法少女まどか☆マギカ」を語ろう! 2012.03.14
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劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語 2013.10.27

ヴェルディ「アイーダ」ではアイーダ・トランペットが6本登場した。

松田聖子に関して鮮明に憶えているのは大学に合格した1985(昭和60)年4月に大林宣彦監督「さびしんぼう」を映画館に観に行った時、併映が松田聖子・神田正輝主演の「カリブ・愛のシンフォニー」だったこと。シネコンがなかった当時は2本立て興行というのが普通だった。しかし僕は聖子が嫌いだったので「さびしんぼう」だけ観て帰った。この年の6月に聖子・正輝は結婚、翌86年に神田沙也加が生まれる。沙也加が初舞台を踏むのが2004年、スティーブン・ソンドハイム作詞・作曲、宮本亜門演出のミュージカル「INTO THE WOODS」の赤ずきんちゃん役で、僕はこれを東京・新国立劇場で観ている。彼女は17歳だった。ディズニー・アニメ「アナと雪の女王」日本語吹き替え版のアナの歌唱も見事だったし、最近では「マイ・フェア・レディ」のイライザ役も輝いている。というわけで聖子に対しては沙也加という素晴らしいミュージカル・スターを生んでくれたことに感謝する。

「スター・ウォーズ」の作曲家ジョン・ウィリアムズがウィーン・フィルを初めて指揮したのは2020年1月18日と19日だった。このライヴ・レコーディングはCDのみならずBlu-rayも発売され、「レコード芸術」誌においてレコード・アカデミー賞に輝いた。そしてつい先日、2021年10月16日にジョンはベルリン・フィルを振った(「デジタル・コンサートホール」で鑑賞)。彼がこの街を訪れるのはなんと今回が初めてだそうで、ベルリン市民の熱狂的な歓迎ぶりが凄かった(我が国にはボストン・ポップス・オーケストラの常任指揮者として数回来日している。僕も「ジュラシック・パーク」が公開された1993年に旧フェスティバルホール@大阪にて2日連続で聴いた)。コンサートの始まりでジョンがステージに登場するだけでスタンディングオベーションの嵐。1曲終わるごとに総立ちの拍手喝采で、彼が「これから『ハリー・ポッター』の音楽を3曲続けて演奏します」とアナウンスしても曲間のスタンディングをやめない。コンサートの半ば、ジョンが「現在イギリスのスタジオでハリソン・フォードが『インディー・ジョーンズ5』を撮影中で、私もこのコンサートを終えたらロサンゼルスに戻って早速作曲に取り掛かる予定なんだ」と語るとベルリンの聴衆の興奮は頂点に達した。ジョンは現在89歳と高齢だが、椅子に座ることもなく最後まで立って指揮する姿はとても元気そうで安心した。

ミシェル・ルグランの『キャラバンの到着』を久しぶり(2年ぶり?)にゴージャスな桐蔭サウンドで聴けて大・大・大満足。ホーン・セクションが唸り、特にトランペットとトロンボーンのソロがごっつかった。キレッキレの演奏で爽快!ルグラン・ジャズに痺れた。もう『銀河鉄道999』同様、毎回聴きたい。

高昌帥『吹奏楽のための協奏曲』は2021年10月24日(日)に名古屋国際会議場で開催された全日本吹奏楽コンクールで大阪桐蔭が自由曲として選曲し、金賞に輝いた。関西代表の他の2校は銀賞に終わった。コンクールは55人の人数制限があるが今回は全員での演奏。「全員でやることに意味がある」と梅田先生。この信念に基づき、全日本マーチングコンテストも人数制限が設けられた2013年から出場をやめた。

高昌帥は桐蔭の創作ミュージカル「河内湖」の作曲家でもある。

創作ミュージカル「河内湖」初演!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2015 2015.02.18

『吹奏楽のための協奏曲』は言うまでもなくハンガリーの作曲家バルトーク・ベーラの『管弦楽のための協奏曲』(Concerto for Orchestra)を踏まえたタイトルだ。演奏家の間では“オケ・コン”という略称で親しまれている。ポーランドの作曲家ルトスワフスキにも同名の名曲がある。またコダーイも『管弦楽のための協奏曲』を書いているのだが(初演は同郷のバルトークより前)、こちらは滅多に演奏されない。バルトークのオケ・コンは随所に管楽器がソロやデュオとして大活躍する場面が用意されている。その特徴が顕著なのが次々と各楽器の二重奏が展開される第2楽章“対の遊び”。高昌帥『吹奏楽のための協奏曲』もB♭クラリネットの二重奏→オーボエ二重奏→Esクラのソロ→ホルン→サックスといった見せ場が用意されている。

厳選 管弦楽の名曲ベスト40(+α)はこれだ!

「河内湖」初演のレビューで、僕は冒頭部がミクロス・ローザ(ハンガリー読みでロージャ・ミクローシュ)が作曲した映画「ベン・ハー」序曲みたいだと書いた。藤重佳久/活水高等学校の演奏(2019年全日本吹奏楽コンクール)で初めて『吹奏楽のための協奏曲』を聴いたときも、やはり冒頭部と終結部を飾る金管ファンファーレで「ベン・ハー」の音楽が脳裏に蘇った。何処が似ているんだろう?と熟考した結果、たどり着いた結論は「銅鑼の使い方」である。つまりこの曲は銅鑼が肝なのだ。ところが、今回の桐蔭の演奏ではその銅鑼が全く聴こえなかった。「なんたること!?」と心底驚いたのだが、どうやらホールに反響板の設置がなく後方に設置されたの楽器の音が前方に届かないという施設上の不具合があったようだ。他に何の不満もないだけに、その点がとても残念だった。次の定期演奏会ではしっかり銅鑼の音をホール全体に響かせてください。余談だが、福岡県の精華女子に続き長崎県の活水中学校・高校吹奏楽部の音楽監督として全国レベルまで実力を高めた九州の名物先生、藤重佳久さんは2020年度で退職されたそうだ。

吹奏楽部の名物先生 《九州篇》 2008.08.27
「吹奏楽の神様」屋比久勲登場!~大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2014@ザ・シンフォニーホール 2014.03.01

YOASOBIが2021年8月9日に配信リリースした『ラブレター』は大阪桐蔭高等学校吹奏楽部がレコーディングに参加しており、またアニメーションのMVが最高なんだ→こちら!歌よし・歌詞よし・伴奏よしと三拍子揃っていてパーフェクト。音楽に対する愛がギュッと詰まっていて胸が熱くなる。

リクエストコーナーで演奏されたのは「アナと雪の女王」「エリザベート」セレクション、ドリカムの『大阪LOVER』、BTS『Dynamite』、会場に招待されていた桂春団治(桂米朝・笑福亭松鶴らと共に“上方落語四天王”とよばれた三代目・春団治は鬼籍に入り、現在は四代目)からのリクエストで美空ひばり『川の流れのように』、そしてDISH//『猫』。

客席からの「エリザベート」のリクエストは意外だったが、このミュージカルは1992年にアン・デア・ウィーン劇場で初演された。ここで初演された作品で有名なのはベートーヴェンの交響曲第5番・6番、ヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」、レハールの「メリー・ウィドウ」などがある。大阪桐蔭は2012年にオーストリアに初の海外遠征をし、ウィーン国立歌劇場で演奏したり、皇妃エリザベートゆかりのシェーンブルン宮殿で野外コンサートを開いた。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2013!@ザ・シンフォニーホール 2013.02.27

アンコールは定番の『銀河鉄道999(樽屋雅徳 編)』と『星に願いを (ピノキオ)』。桐蔭のスリーナインを聴くまでは帰るわけにいかない。この2年間、コロナ禍でとても辛かったけれど、漸く生演奏に接することが出来て幸せだった。

最後に、今後、大阪桐蔭の演奏で聴きたいのはジェラール・プレスギュルヴィック(作詞・作曲)によるフレンチ・ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」から『世界の王』と『エメ/Aimer』。そしてスティーブン・スピルバーグ監督によるリメイク映画「ウエストサイド・ストーリー」が2021年12月10日より公開されるので(公式サイトはこちら)、久しぶりに梅田先生が指揮されるバーンスタイン(W.J.デュソイト編):「ウエストサイド物語」メドレーを再演して欲しい!2016年定期演奏会でのノリノリのパフォーマンスはグスターヴォ・ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラに匹敵するものだった。はっきり言ってコンクール自由曲の「キャンディード」序曲よりWSSの方が断然良い。

That's Entertainment ! 〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部定期演奏会 2016 2016.02.17

ちなみにドゥダメルはスピルバーグ監督リメイク版映画のサウンド・トラックで指揮している。熱い演奏になっているのは間違いない。

なぜ今「ウエスト・サイド・ストーリー」なのか?という問いに対する答えは既にブログ記事を準備しているので、映画公開直前の12月1日に披露します。乞うご期待。(追記:11月15日にウォルト・ディズニー・ジャパンは「ウエスト・サイド・ストーリー」の公開を予定していた12月10日から、2022年2月11日に延期すると発表した。元々は2020年12月公開と発表され、その後新型コロナウィルス感染拡大で1年延びていただけに、ショックである。なお、米国本国での公開日に変更はないという。一体全体どういうこと!?腹立たしい限りだ。)

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2021年4月18日 (日)

創作ミュージカル「OGATA浩庵の妻」が凄い!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2021(今年は保護者以外動画配信のみ)

こちらも併せてお読みください。

決定版!フルートの名曲・名盤 20選
・ 聴いておきたい吹奏楽の名曲、ベスト25
 聴いておきたい吹奏楽の名曲、アレンジ編

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 第16回定期演奏会は新型コロナウィルス感染拡大のため、2020年の第15回定期と同様に会場に一般客を入れず保護者のみ入場可として、動画配信となった。詳しくはこちら

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チケットはチケットぴあで販売中、動画配信プラットホーム「ULIZA(ウリザ)」での視聴となった。

ここで不満点を列挙しておきたい。

1)視聴券1,200円のみならず、システム利用料220円が加えて請求される。18%上乗せである。アホらしい。
2)スマートフォンかパソコンでの視聴となり、ソニーのブラビアやシャープのAQUOS(アクオス)など、スマートテレビに対応していないので不便。
3)音質が悪い。特に低音が貧弱。過去に観たことのある大阪桐蔭定期のDVDやBlu-rayの方が良い。

というわけで、次回から動画配信されるときは別のプラットホームを検討して戴きたい。

この定演の模様は日本テレビ『世界一受けたい授業』でも紹介され、浜辺美波が聴きながら涙ぐんでいた(彼女は学生時代に吹奏楽部でフルートを吹いていたそう)。またスタジオからのリクエストで演奏された『レ・ミゼラブル』〜“民衆の歌”のソロを歌った男子生徒に、ミュージカル・スター城田優が、「君、プロになれるよ」と褒め称えた。生徒さんたちにとって特別な体験となっただろう。

僕が初めて梅田隆司 先生(指揮)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴いたのは2007年、吹奏楽の甲子園・普門館だった。もう13年以上も前になる。

第55回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 前編 2007.10.25

定期演奏会を初めて聴いたのは10年前だった。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2011!@ザ・シンフォニーホール 2011.02.23

では今年の定演についてレビューしていこう。第1部は創作ミュージカル『OGATA浩庵の妻』から始まった。これが初演。スタッフは作曲:西村友、振付:洋あおい(元OSK日本歌劇団)、台本・演出・指揮:梅田隆司。幕末の医師・緒方洪庵とその妻が主人公(幕末を扱ったミュージカルとして、かつてスティーブン・ソンドハイム『太平洋序曲』という傑作があった)。3分割画面(スプリットスクリーン)というのが凝っているし、写真・動画やアニメーションまで駆使しているのがザッツ・エンターテイメント!台詞や歌詞が字幕表示されるのもありがたい。至れり尽くせりである。

タイトルから誰しも真っ先に連想するのは有吉佐和子の小説『華岡青洲の妻』だろう。1967年に増村保造監督が映画化し、キネマ旬報ベストテンで第5位にランクインした。若尾文子と高峰秀子が演じた嫁と姑の、火花を散らす対立が実にスリリングであった。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔手術(乳がん)を成功させた江戸時代の外科医で、欧米で初めて全身麻酔が行われたのは、青洲の手術の成功から約40年後である。彼は地元(現在の和歌山県)に医塾「春林軒(しゅんりんけん)」を開設し、全国から集った1000人を超える門下生を育てた。また後に大坂(「大阪」と漢字表記が変わるのは明治以降)の中之島に分校「合水堂」を開設し、弟に運営を任せた。

一方、緒方洪庵は医師・蘭学者。現在の大阪市中央区北浜に「適塾」を開いた。門下生には一万円札になった福沢諭吉(大坂・堂島出身、慶應義塾を設立)、大村益次郎(長州藩出身。医師のみならず兵学者としても活躍し、戊辰戦争勝利の立役者となった)、橋本左内(幕末の志士。将軍継嗣問題で一橋慶喜を担ぎ井伊直弼の不興を買って、安政の大獄で斬首の刑に処せられた)、手塚良仙(漫画家・手塚治虫の曽祖父。医師として西南戦争に従軍。九州で赤痢に罹り死去)らがいる。「適塾」は大阪大学医学部の前身であり、手塚治虫は漫画稼業の傍ら阪大医学部を卒業し医学博士となった。手塚の漫画『陽だまりの樹』は手塚良仙が主人公である。

『OGATA浩庵の妻』は台本が凝っていて、最初にショパン『英雄ポロネーズ』がピアノで演奏され、「英雄とは誰だ?」という問いが発せられる。その答えとしてまずショパンが生まれた1810年に全盛期だったナポレオンが挙げられ、さらにショパンと同年に生まれた緒方洪庵の話へと移る。ショパンは結核(細菌)で倒れたが、浩庵はやはり感染症である天然痘ウィルス治療に貢献した。ここで「何故、いま浩庵なのか?」という疑問が解ける。彼は天然痘撲滅のために大坂に「除痘館」を開き、種痘(予防接種)を始めた。これは新型コロナウィルス禍に苦しむ現在におけるワクチン接種に相当する。つまり構造が同じなのだ。

冒頭に演奏されるのが2016年全日本吹奏楽コンクール課題曲III:「ある英雄の記憶 」(西村友)。大阪桐蔭はこれで全国大会金賞に輝いた。NHK大河ドラマの音楽みたいで格好いい。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 サンタコンサート 2016 & 全日本吹奏楽コンクール「ポーギーとベス」の感想 2016.12.21

大阪桐蔭吹奏楽部の高校生がひょんなことから幕末の1857年にタイムスリップする。ここまでは漫画『信長協奏曲』とか『群青戦記』『JIN -仁-』など、よくある設定だ。特に『JIN -仁-』の主人公(医師)は江戸の西洋医学所で緒方洪庵に出会うので関係性が深い。しかし梅田先生が執筆した台本が極めてにユニークなのはここからである。主人公の高校生は何故か30年間の眠りにつき、1886年に目覚める。浩庵の妻・八重が亡くなる年だ。八重が30年間の思い出を語る。「適塾」と「合水堂」門下生の喧嘩、58年安政の大獄と橋本左内の死、60年桜田門外の変、66年薩長同盟締結、67年長州征討と大政奉還、68年江戸城無血開城、そして69年長州藩・大村益次郎暗殺に至る。するとそこから八重の思い出話は再び過去に遡り、49年洪庵が「除痘館」を開設したエピソードへ。そして最後は86年八重の告別式となる(洪庵の亡霊が八重を迎えに来てウィーン・ミュージカル『エリザベート』のフィナーレを彷彿とさせる)。

巨視的な作品である。また大阪の歴史が分かり勉強になるという点で、やはり梅田先生が台本を書かれ大阪桐蔭定演で初演された創作ミュージカル『河内湖』に通じるものがある。

創作ミュージカル「河内湖」初演!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2015 2015.02.18

歴史は過去→現在→未来という具合に、出来事の起こった順番に〈通時的〉に語られるのが普通である。しかし『OGATA浩庵の妻』の手法は違う。時間は行ったり来たり複雑に錯綜する。これをソシュール(1857−1913)の言語学で〈共時的〉と言う。過去・現在・未来は同時にここにあるのだ。同じことをアンリ・ベルクソン(1859-1941、フランスの哲学者)の逆さ円錐モデルを用いて説明しよう。これをフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-1995)は彼の著書『シネマ』の中で〈結晶(時間)イメージ〉と呼んだ。

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上図・円錐の全体SABが洪庵の妻・八重の記憶に蓄えられたイマージュの総て(=結晶)。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。つまり目撃者となる高校生の主人公(=観客)の知覚である。平面Pは現在彼がいる世界そのもの。A"B"が幕末期〜明治維新に起こった出来事の記憶、更に遡ったA'B'は洪庵が「除痘館」 で種痘を始めた頃の記憶。過ぎ去り、死に向かう現在(S)と、保存され、生の核を保持する過去(A'B',A"B",A'"B'",……)は絶えず干渉しあい、交差しあう。主人公の少年(平面P)はこの円錐(八重の記憶)の中を自由に過去へと飛翔し、また戻ってくるのである。

この仕組/構造(structure)はフェデリコ・フェリーニ監督の映画『8 1/2』と同じであり、フェリーニの次の言葉がその本質を的確に教えてくれる。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」

共時的構造を持つ映画はそんなに多くない。非常に珍しいと言って良い。参考までに『8 1/2』以外の代表例を挙げておくと、イングマール・ベルイマン監督『野いちご』、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』(Arrival)、大林宣彦監督『はるか、ノスタルジィ』『さびしんぼう』『異人たちとの夏』『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』などがある。舞台ミュージカルになると更に稀で、スティーブン・ソンドハイムの『メリリー・ウィー・ロール・アロング』と、『8 1/2』を原作とする『NINE』(城田優主演版が現在DVD発売中)、そしてトニー賞で最優秀ミュージカル作品賞を受賞した『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』くらいか。

『OGATA浩庵の妻』は西村友の楽曲の良さも特筆に値する。僕は彼が劇団ひまわりのために作曲したミュージカル『銀河鉄道の夜』が大好きで(アニメ『進撃の巨人』ミカサ役の声優として知られる石川由依主演)、和製ミュージカルの5大傑作に入ると確信している。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」 2017.01.22
大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。 2017.02.21

因みに僕が考える和製ミュージカル・ベスト5を挙げておこう(順不同)。

・ポーの一族(小池修一郎 作・演出/宝塚歌劇団)
・オケピ!(三谷幸喜 作・演出)
・銀河鉄道の夜(劇団ひまわり)
・キレイ ー神様と待ち合わせした女ー(松尾スズキ 作・演出)
・デスノート THE MUSICAL(フランク・ワイルドホーン 作曲/ジャック・マーフィー 作詞/栗山民也 演出)

本題に戻ろう。創作ミュージカル(幕末明治時代)に続いて、アニメ『鬼滅の刃』メドレー(大正時代)と『松田聖子』メドレー(昭和〜平成時代)が演奏された。『鬼滅の刃』はドラムメジャー(バトン)の生徒さんに注目!無茶苦茶上手い。TV『世界一受けたい授業』によると彼女は普段、コントラバス担当だそう。全日本マーチングコンテストに出場人数制限がかかって以降、梅田先生が参加をやめられたのは本当に残念だ。全員参加を基本理念にされていることは大変素晴らしいことだとは思うのだが……。まぁ結局、理不尽なルールを追加した(2013年度からドラムメジャーを含め81人以内と定めた)全日本吹奏楽連盟側が悪いのだ。

ところで“竈門炭治郎のうた”って、“マルセリーノの歌”(スペイン映画『汚れなき悪戯』主題歌)に似ていると思いません?賛同してくれる人いないかな(試聴はこちら)。それと『鬼滅の刃』の劇伴音楽を担当し、無限列車編の主題歌“炎(ほむら)”の作詞・作曲で日本レコード大賞に輝いた梶浦由記は本当に素晴らしい作曲家で、彼女の最高傑作は『魔法少女まどか☆マギカ』だと信じて疑わない。

「魔法少女まどか☆マギカ」を語ろう! 2012.03.14
反転する物語~「魔法少女まどか☆マギカ」の魅力 2013.11.19

第2部はまずドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』(全楽章ハイライト)とホルストの組曲『惑星』より“木星”が演奏された。『新世界より』は新型コロナウィルス禍で疲弊し、希望の光を求めて彷徨ういまの気分にピッタリ。『君の名は。』『天気の子』のRADWIMPSも2020年に『新世界』という歌を発表し、僕は強い衝撃を受けた。

Shin

なおドヴォルザークは鉄道マニアとして知られており、『新世界より』第4楽章冒頭部の加速は、SL機関車(大陸横断鉄道)の出発を描写しているのではないか、と言われている。更にこの曲は、ジョン・ウィリアムズが作曲した映画『ジョーズ』テーマの元ネタなのではないかと僕は睨んでいる(試聴はこちら。どうです、似ていると思いません?

ホルストの“木星”は平原綾香が歌った"Jupiter"としても有名だ。あと若い人は知らないかも知れないが、1976年に冨田勲のシンセサイザーによるアルバム『惑星』がリリースされ、アメリカのビルボードで1位にランクインするなど一世を風靡した。これも是非一度聴いて欲しい。2011年には再創造された"ULTIMATE EDITION"も出た。

Planets

『16年の歩み(嵐メドレー)』に続き、卒業生を送る曲(『ひまわりの約束』〜『泣き笑いのエピソード』)。この時なんと秦基博からのビデオメッセージが!いやはやなんともびっくりした。大阪桐蔭吹部は天童よしみやDA PUMPと共演したり、2019年に放送された『世界一受けたい授業』では堺正章やミュージカル女優の新妻聖子が彼らの伴奏で歌ったりするなど、生徒さんたちは恵まれている。心底羨ましい。卒業生を送る曲では3年生がひとりひとり、名前とともに1年生の時と現在の姿がスクリーンに映し出される。親御さんたちは感無量であろう。

ここで余談。僕が秦基博で忘れがたいのは新海誠監督のアニメーション映画『言の葉の庭』のクライマックス・シーンで歌った"Rain"。これはシンガーソングライターの彼としては珍しく、作詞・作曲:大江千里のカヴァーである。だからコンサートで歌うことはまずない。大江は関西学院大学(兵庫県西宮市)在学中に軽音部に所属し、神戸や芦屋などのライブハウスに出演していたという。というわけで僕は"Rain"の歌詞で描かれているのは阪急電車・今津線沿線の情景なんじゃないか、と勝手に妄想を膨らませて愉しんでいる。是非機会があれば『言の葉の庭』を観てみてください。

アンコールは言うまでもなく大阪桐蔭の十八番、『銀河鉄道999』。第1部の最後はリモート演奏による〜コロナver.〜、第2部の〆は通常バージョンによるパフォーマンスであった。僕は彼らの演奏を聞いて初めてこの作品に興味を持ち、映画版を観た。そして今年小学校4年生になった息子には映画版とTV版を見せた。音楽の力は偉大である。

松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論 2016.07.07
「銀河鉄道999」に見る、松本零士の病理 2017.12.18

最後に。梅田先生、いつかミュージカル『OGATA浩庵の妻』を、生(ライヴ)で拝見できる日が来ることを心から希っております。それから来年以降定期演奏会で観たいミュージカルのリクエストをしておきます。

・ロミオとジュリエット(宝塚歌劇団が上演中のフレンチ・ミュージカル。城田優もロミオやティボルトを演じた)〜特に大阪桐蔭が歌って演奏する“エメ Aimer”や、“世界の王”が聴きたい!!
・壁抜け男(劇団四季が上演したミシェル・ルグラン作曲のフレンチ・ミュージカル。ブロードウェイでも上演された。DVD/Blu-ray発売中)

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2019年9月 6日 (金)

〈音楽の魔法〉映画公開目前!直木賞・本屋大賞ダブル受賞〜恩田陸「蜜蜂と遠雷」の魅力とそのモデルについての考察

直木賞・本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」は松岡茉優主演で映画化され、10月4日に公開される。公式サイトはこちら

Mitubachi

四人のピアニストがコンクールで競うのだが、それぞれ河村尚子(クララ・ハスキル国際コンクール優勝)、福間洸太朗(クリーヴランド国際コンクール優勝)、金子三勇士(バルトーク国際ピアノコンクール優勝/父が日本人で母がハンガリー人)、藤田麻央(チャイコフスキー国際コンクール 第2位)という、日本を代表する若手ピアニストたちが演奏を担当しているというのも大いに話題となっている。僕はこの内二人の実演を聴いたことがある。

恩田陸は執筆にあたり三年に一度開催される浜松国際ピアノコンクールに四回足を運び、ひたすら聴き続けたという。構想から十二年かけて小説は完成した。

ピアノを主題にした小説といえば「蜜蜂と遠雷」より先に、宮下奈都の「羊と鋼の森」が本屋大賞を受賞している。

恩田陸が浜松で取材を始めたのが2006年のコンクールから。編集者の志儀氏によると、それから二年以上も全く書かなかったそうだ。雑誌で連載が始まったのは2009年4月、終わったのが2016年5月。足掛け七年かかっている。一方、「羊と鋼の森」の連載開始が2013年11月なので「蜜蜂と遠雷」の方が早い。恩田が「二次予選で風間塵を敗退させる」と言い出した時、志儀氏は「さすがにそれはダメだ」と言った。

2003年に書類審査で落とされたピアニストが敗者復活的なオーディション@ウィーンで拾われ、浜松の本選で最高位(第1位なしの第2位)に入った。ポーランド生まれのラファウ・ブレハッチである。それまで自宅にアップライトピアノしかなく、コンクール出場直前になってワルシャワ市がグランドピアノを貸与したという。そしてブレハッチは2005年にショパン国際ピアノコンクールで優勝した。なお現在は審査方法が変わり、予備審査は書類だけではなく演奏DVDの送付が義務付けられるようになったそう(音声データだけでないのは替え玉応募を防ぐためだろう)。

ブレハッチのエピソードが「蜜蜂と遠雷」の風間塵に反映されているのは言うまでもない。またトリックスター的彼の性格は、クロアチアのピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチを彷彿とさせる。破天荒なポゴレリッチの演奏は1980年のショパン国際ピアノコンクールで物議を醸し、予選で落選。審査員の一人マルタ・アルゲリッチは「彼は天才よ!」と選考結果に激昂し、辞任した。彼女が審査員として復帰するまでそれから20年を要した。世に言う「ポゴレリッチ事件」である。事態を重く見た事務局は急遽彼に審査員特別賞を与えることにした。かえってこの騒動で一気にスターダムにのし上がったポゴレリッチはドイツ・グラモフォンと契約し、数多くのアルバムをリリースした。

トリックスター・風間塵(16歳)は「ギフト」か「災厄」か?彼は師匠ホフマンに「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」と約束していた。小説の最後で少年は夜明けの海の波打ち際に立ち、こう思う。「耳を澄ませば、こんなにも世界は音楽に満ちている」とても魅力的なキャラクターである。彼を本選まで残した幻冬舎の編集者・志儀氏の判断は正しかった。

僕は全日本吹奏楽コンクールが普門館で開催されている時代に〈高校の部〉を3年連続で聴いたことがあるので、何となくコンクールというものの雰囲気が分かる。一番目に演奏するコンテスタントが不利というのも同じ。審査のたたき台にされ、様子見で高得点が出ないのである。そして朝から晩まで一日中聴き続けているだけで、最後はヘトヘトに疲れる。これを何日も続ける審査員は本当にご苦労様である。

浜松国際ピアノコンクールはブレハッチ以外にも、次のようなスターを世に送り出した。

  • 第4回 第2位:上原彩子→チャイコフスキー国際コンクール優勝
  • 第7回 優勝:チョ・ソンジン(韓国)→ショパン国際ピアノコンクール優勝

小説の中でコンテスタントのひとり、ジェニファ・チャンは「女ラン・ラン」と呼ばれ、次のように描写されている。

ふと、最近のハリウッド映画はエンターテイメントではなく、アトラクションである、と言った映画監督の言葉を思い出す。チャンの演奏は、なんとなくそれに近いような気がする。

これは正にラン・ランの演奏を聴いたときの僕の印象を的確に言い当てている。確かにテクニックは完璧で達者だから感心はするのだけれど、後に何も残らない。すなわち、感動はしないのだ。

また楽器店勤務のサラリーマンで年齢制限ギリギリでコンクールに参加する高島明石はこう問う。「生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者より劣るのだろうか」ー明石のモデルは間違いなく宮沢賢治だろう。賢治は詩や童話を書きながら、同時に農民として汗水たらして働いた。賢治の詩「春と修羅」をモチーフにしたコンクール課題曲を一番共感を持って弾くのが明石なのは決して偶然じゃない。

浜松はYAMAHAの町であり(本社がある)、ヤマハ吹奏楽団浜松は全日本吹奏楽コンクール職場の部の金賞常連団体である(指揮者は須川展也)。〈生活者の音楽〉というか、「セミ・プロじゃん、ズルい!」という気がしないでもない。

因みに映画で課題曲「春と修羅」は大阪出身の藤倉大が作曲している(現在はイギリス在住)。彼が「尾高賞」を受賞したオーケストラ曲"secret forest"世界初演を僕はいずみホールで聴いた。作曲家も来場していた。

「春と修羅」は無調音楽だが決して耳に不快ではなく、美しく宇宙的広がりを感じさせるものに仕上がっている(既に配信された音源を聴いた)。四人のコンテスタントがそれぞれ別のカデンツァを弾く趣向も個性が出て愉しい。

ラファウ・ブレハッチは恩田陸との対談で恩田から「演奏を終えて『今日はよくできた』と思う日もありますか」と訊かれ、次のように述べている。

ピアノも調律も音響も、その他の条件も全て整っている環境で、満員のお客様が期待に満ちて待っている中、私も完璧に深い演奏ができたなら、ある種の満足感は得られるでしょう。しかし、たとえそうであっても、翌日はまた別の演奏になります。結局のところ、究極の理想に近づいていく過程こそが美しいのであって、生きている間はその理想にはたどり着けないのではないでしょうか。 (出典はこちら

まるで哲学者のような奥深い言葉だ。そして「蜜蜂と遠雷」は正にその過程を描いている。〈ミューズ(音楽を司る女神)との対話〉と言い換えても良い。だから読んでいるうちに、審査結果(順位)なんかどうでもよくなってしまう。だってそれがゴールじゃないのだから。そこからはじまるのだ。恩田によると、本選まではやって、結果わからずで終わらせようか、なんていう案もあったという。当初の構想のままで良かったのではないだろうか?

幼馴染で、コンクール会場で久しぶりに再会した亜夜(嘗ての天才少女)とマサル(ジュリアードの王子様)の会話。

「あたし、プロコフィエフのコンチェルトって全部好き。プロコフィエフって踊れるよね」
「踊れる?」
「うん、あたしがダンサーだったら、踊りたい。バレエ音楽じゃなくても、プロコフィエフの音楽って、聴いてると踊っているところが見える」
(中略)
「僕、三番聴いていると、『スター・ウォーズ』みたいなスペース・オペラを想像するんだよね」
「分かる、宇宙ものだよね、あれは。二番はノワール系」
「そうそう、暗黒街の抗争みたいな」

これにはとても共感した。「スター・ウォーズ」の音楽に出会ったとき、僕は小学校高学年だった。その頃からジョン・ウィリアムズはプロコフィエフの影響を受けているなと強く感じていた。特に「スター・ウォーズ」の”小人のジャワズ”、そして「スーパーマン」の”レックス・ルーサーの小屋”におけるファゴットの使い方が、凄くプロコフィエフ的なんだ。

マサルはラフマニノフのピアノ協奏曲 第三番について「ピアニストの自意識ダダ漏れの曲」と表現する。またショパンについては、本選で協奏曲の指揮をする小野寺の心情が次のように綴られている。

ソリストには憧れの名曲といえど、オーケストラにとっては退屈という曲が幾つかあるもので、ショパンの一番はそれに含まれるのではなかろうかと思う。小野寺は、ショパンコンクールの本選はショパンの一番と二番という選択肢しかないから、幾ら国の誇りであり、ショパン好きであっても、オーケストラはさぞしんどいだろうな、と密かに同情している。

全く同感である。はっきり言って”ピアノの詩人”ショパンのオーケストレーションは稚拙だ。しばしばシューマンのオーケストレーション技術が問題とされ、彼の交響曲を振る時にマーラー編曲版のスコアを使う指揮者も少なくないが(トスカニーニ、シャイー、スダーンら)、ショパンに比べればよほどマシである。ショパンの協奏曲におけるオーケストラの役割は添え物でしかなく、特にトランペットなんか伴奏の和音を間抜けにプープー吹くだけ、といった体たらくだ。

膨大なディスコグラフィを残したヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルはラフマニノフの二番を一度だけワイセンベルクと録音しているが、三番は皆無。ショパンの一番も全く録音を残していない(他者が編曲したバレエ音楽「レ・シルフィード」は一度だけある)。レナード・バーンスタインも同様。つまり演奏する価値がないと見なしていたわけだ。天下のウィーン・フィルもショパンの一番をレコーディングしたのはラン・ランと一回きり。超一流オケは歯牙にもかけないのである。

あと次の一節が心に残った。

音楽家というのは、自分のやりたい音楽が本当に自分で分かっているとは言いがたい。長くプロとしてやってきていても、自分がどんな演奏家なのか実は見えていない部分もある。好きな曲ややりたい曲と、その人に合っていてうまく表現できる曲は必ずしも一致しない。

アマチュア吹奏楽の世界にも同じことが言える。普段のポップス・コンサートでは伸び伸びと、水を得た魚のようにピチピチ跳ねるパフォーマンスを展開するのに、吹奏楽コンクールになると途端に硬い、オーケストラの編曲ものを選んでしまい、窮屈で縮こまった演奏に終始して実力を発揮仕切れない団体を何度も目撃して来た。

恩田陸の小説は昔から好きで処女作「六番目の小夜子」から読んでいる。やはり本屋大賞を受賞した「夜のピクニック」や、疾風怒濤の息もつかせぬ展開をする「ドミノ」も良かったが、北の湿原地帯にある全寮制の学園で展開される幻想的な「麦の海に沈む果実」がこれまで一番のお気に入りだった(萩尾望都の漫画「トーマの心臓」とか、金子修介監督の映画「1999年の夏休み」に近い世界観)。しかし間違いなく「蜜蜂と遠雷」こそ、現時点で彼女の最高傑作だろう。ただし、マサルがリストのピアノ・ソナタを演奏する場面で、わけのわからない中世の物語が登場したのはいただけなかった。僕が幻冬舎の編集者だったら、「恩田さん、これはあかん。話が陳腐やわ」と駄目出しをしただろう。志儀氏は「仕方ないけど、この手は1回だけにしようね」と言ったそう(出典はこちら)。映画版ではどう処理するのだろう?僕がこの曲からイメージするのはエミリー・ブロンテの小説「嵐が丘」かな。あのムーア(荒野)の感じとか、ヒースクリフの〈狂恋〉がピタリとはまるように思う。

なお現在、〈映画「蜜蜂と遠雷」公開記念!これだけは聴いておきたいピアノの名曲・名盤30選〉というブログ記事を鋭意作成中。乞うご期待!!10月4日には間に合わせます。

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2019年5月30日 (木)

#MeToo のおかげでデュトワ降臨!!大阪フィル定期(ダフニス・幻想交響曲)または、〈棚ぼたの奇跡〉

映画「恋におちたシェイクスピア」や「シカゴ」などアカデミー賞を獲りまくっていたプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが女優らに対してセクシャルハラスメントや性的暴行を長年にわたり繰り返していたことが告発され逮捕された。ここから盛り上がりを見せたのが #MeToo 運動である。「アメリカン・ビューティ」でアカデミー主演男優賞を受賞したケヴィン・スペイシーは映画業界から追放され、ウディ・アレン監督は映画を撮れなくなり、「千と千尋の神隠し」北米公開に尽力してくれたジョン・ラセターはディズニー及びピクサー・アニメーション・スタジオ(両社でチーフ・クリエイティブ・オフィサーを兼任)を去らなければならない状況に追い込まれた(挨拶でハグする時間が、他の人より長いという理由で!)。

クラシック音楽業界ではジェームズ・レヴァインが芸術監督を努めていたメトロポリタン歌劇場から永久追放された。また2016年秋からロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任したダニエレ・ガッティは複数の楽団員にキスを迫るなどセクハラ行為をしていたことが発覚し、2018年8月に電撃解任された(記事はこちら)。コンセルトヘボウの後任は未だ決まっていない。

2017年12月22日、AP通信はシャルル・デュトワ(82)が過去にセクハラ行為を繰り返していたと複数の女性被害者の証言を基に報じた。この報道が引き金となり、翌18年2月末に名誉音楽監督の地位にあるNHK交響楽団宛にデュトワから「現状では私自身のみならず、オーケストラ、そして親愛なるお客様が音楽を十分に楽しめる環境にない」などと申し出があり、12月定期演奏会の出演を辞退した。問題となったのはなんと、30年前の行為であった#MeToo もここまで行くと、Too Much !なのでは?

結局第一線での仕事を失ったデュトワがいわば〈都落ち〉みたいな形で、大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮台に初めて立つに至ったというわけ。正に棚ぼたである。前立腺がんの治療に専念するために降板した尾高忠明の代演として、大フィルのR.シュトラウス/楽劇「サロメ」(演奏会形式)もデュトワが振ると発表され、関西のクラシックファンは騒然となった。みんな狂喜乱舞である。最近の彼は上海交響楽団とも親密な関係を結んでいるようだ(上海でも「サロメ」をやったそう)。アジアでは風当たりが強くないのだろう。

世界のオーケストラ・ランキングを考えると、まずベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、ロンドン交響楽団、シカゴ交響楽団などがAランクに位置する(最近のウィーン・フィルの凋落ぶりは目を覆いたくなる)。NHK交響楽団や東京交響楽団など在京オケ、そして京都市交響楽団はBランク。大フィルは高く見積もってもせいぜいCランクだろう。弦楽器に関してはBランクと言っても良いが、如何せん管楽器が弱い。これを僕は以前、弦高管低と評した。そんな地方オケを世界的指揮者デュトワが振ってくれるなんて、僥倖としか言いようがない。

クリーブランド管弦楽団を慈しみ育てた指揮者ジョージ・セル、フィラデルフィア管弦楽団のユージン・オーマンディ、シカゴ交響楽団のフリッツ・ライナー、ゲオルグ・ショルティらのことをオーケストラ・ビルダーと呼ぶ。デュトワもオーケストラ・ビルダーの典型であり、彼のおかげで以前は無名だったモントリオール交響楽団が一流のオーケストラとして世界で認知された(逆に次々とオケを駄目にするダニエル・バレンボイム、ウラディーミル・アシュケナージらはオーケストラ・デストロイヤーと言えるだろう。両者の共通点は著名なピアニスト出身であること)。

5月24日(金)フェスティバルホールへ。デュトワ/大フィル定期を聴く。

  • ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
  • ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲
  • ベルリオーズ:幻想交響曲

デュトワの十八番ばかりズラッと並んだ。

淀川工科高等学校吹奏楽部の丸谷明夫先生(丸ちゃん)は1995年以降、全日本吹奏楽コンクールで金賞を取り続けている(前人未到の20回連続!!)。近年の淀工は自由曲として大栗裕/大阪俗謡による幻想曲と、ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲の2曲をローテーションしている(コンクールには時間制限があるので”無言劇”はカット)。淀工の「ダフニス」は全国大会(@普門館)で生演奏を聴いたことがあるが、はっきり言って大フィルの管楽器より上手い。まぁプロは3日で曲を仕上げ、高校生たちは同じ曲を半年以上毎日練習するわけで、そこに差が生じるのは致し方ない。

魔術師デュトワがタクトを振ると、オーケストラは普段と違い、洗練された音を奏でた。マドレーヌかマシュマロのような柔らかさ。「ダフニスとクロエ」はリズミカルだけれど、(”マーチの丸谷”として知られる)丸ちゃんの鋭利なキレに対してデュトワは〈切れない〉魅力に満ち溢れていた。だからといって響きが曖昧模糊と濁ることもなく、極めて解像度が高い。

フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースは著書「神話論理」4部作の中で、アメリカ先住民の神話に登場する虹のことを「半音階的なもの」 と呼んだ。そしてデュトワが紡ぐ、半音階を駆使した「ダフニス」は、虹色に輝いていた。この鮮やかな色彩感は誰にでも醸し出せる技じゃない。僕の目の前には両性具有的な世界が広がっていた。

あと驚いたのが、大阪フィルハーモニー合唱団(合唱指揮:福島章恭)が参加していたこと。全曲演奏ならまだしも、組曲なので当然合唱抜きだと思っていた。大変贅沢な体験をさせてもらった。

1830年に26歳のベルリオーズが作曲した幻想交響曲は、彼自身の狂気の愛を扱っている。レナード・バーンスタインは本作を「史上初のサイケデリックな交響曲」と評した。特に第4楽章「断頭台への行進」と第5楽章「ワルプルギスの夜の夢」はもう、薬物中毒でラリっているとしか考えられない(どうもベルリオーズは作曲時にアヘンを吸っていたらしい)。

ベルリオーズが激しい恋心を燃やし、失恋の憂き目にあった相手は彼がパリで「ハムレット」を観劇した時にオフィーリアを演じていたアイルランド女優ハリエット・スミスソンである。可笑しいのは本作を世に問うた後にベルリオーズはスミスソンと再会し、今度は彼の愛が受け入れられて1833年に二人は結婚した。しかし夫婦仲はすぐに冷え込み40年には別居、彼女が亡くなるとベルリオーズはすでに同居していた歌手マリー・レシオとすかさず再婚した。結局、彼の一方的な愛は「幻想」に過ぎなかったのである。おとぎ話みたいに、"and they lived happily ever after."とはいかなかった……。

遅めのテンポの幻想交響曲にはフワッとした膨らみがあった。第1楽章では、かそけき幽玄の雰囲気がそこはかとなく漂う。いくらでもグロテスクに描ける第5楽章は寧ろ妖艶で、ひとりの女に血道を上げる男の滑稽さが浮かび上がる。考えてみればベルリオーズの愚かしさは、アレクサンドル・デュマ・フィスが書いた「椿姫」の主人公アルマンとか、アベ・プレヴォーが書いた「マノン・レスコー」の騎士デ・グリューにどこか似ている(どちらもフランスの小説である)。 ゆとりがあって、あくまで優雅な表現。お洒落でモテモテの伊達男デュトワの面目躍如であった。ちなみに彼はマルタ・アルゲリッチらと4度の結婚歴がある。そしてアルゲリッチと離婚した原因は、彼がヴァイオリニストのチョン・キョンファと浮気していたことが発覚したためだという。やれやれ。

 

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