舞台・ミュージカル

2009年10月 1日 (木)

The Musical 「AIDA アイーダ」

20090930195142_edited

梅田芸術劇場でThe Musical 「AIDA アイーダ」を鑑賞。宝塚歌劇団が2003年7月に星組で初演した名作「王家に捧ぐ歌」を新たにリニューアルしたもの。「王家に捧ぐ歌」は2003年度の芸術祭演劇部門で優秀賞を受賞、さらに月刊「ミュージカル」誌の年間ベスト・ミュージカル第1位に輝いた。僕はこの初演時に宝塚大劇場で鑑賞し、市販されているDVDも所有している。アムネリスを演じた檀れいさんが神々しいくらいに美しかった!

この作品をより理解するためには創られた時代背景を考えておく必要があるだろう。2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが勃発。「対テロ戦争」の名の下にアメリカは10月7日からアフガニスタン空爆を開始、さらに2003年3月にはイラク侵攻に踏み切ることになる。余談だが僕は2001年8月末にニューヨークにいて、ミュージカル「プロデューサーズ」や「オペラ座の怪人」そしてディズニー版「アイーダ」(同役でトニー賞を受賞したヘザー・ヘッドリーがアイーダ、「RENT」のアダム・パスカルがラダメス)などを鑑賞、崩壊する直前の世界貿易センタービルを見た。

つまり「王家に捧ぐ歌」の《戦いは新たな戦いを生むだけ》というテーマはこうした時代の空気を反映しており、富めるエジプト=アメリカ合衆国貧しいエチオピア=イスラム圏の国々というメタファーになっている。劇中でアイーダの兄がファラオを暗殺した直後に自害するが、これはハイジャックして世界貿易センターに突っ込んだテロリストの”ジハード”を連想させる仕掛けだ。

20090930194904_edited

さて今回のThe Musical 「AIDA アイーダ」、脚本・演出:木村信司(宝塚歌劇団)、作曲・編曲・音楽監督:甲斐正人は「王家に捧ぐ歌」から続投。宝塚版でアイーダを演じた安蘭けいさんが再び同役を演じている。

元々出来の良い作品であったが、それが格段にパワー・アップ。これぞ和製ミュージカルの最高傑作!と太鼓判を押しても過言ではない。ディズニー版「アイーダ」と比べても遜色ないだろう。台本がよく練られているし音楽が劇的で美しく、心に響く。ピラミッドの三角形を組み合わせた美術(大田 創)や、被り物が印象的な衣裳(有村 淳)も特筆に値する。ただし振り付け(麻咲梨乃)は些かダサかった。日本には加藤敬二(劇団四季)とか謝珠 栄などもっと優れた振付師がいるだろうに……。

安蘭けいという人は宝塚男役のトップスターとしては華がなく地味な存在だったが、元来歌の上手い人だけにアイーダは文句なし。彼女の代表作と言えるだろう。

東宝版「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でブレイクした伊礼彼方は上半身裸でムキムキの肉体美を披露。マッチョで少々おつむが足りなさそうなラダメス。イメージ的にシルヴェスター・スタローンが演じたロッキーとかランボーに近い。まあラダメスってこういう役だからそれでいいのだ。

ANZAは歌唱力があり、鋭い眼差しでクール・ビューティなアムネリスを好演。

威厳のあるファラオを堂々と演じた光枝明彦さんは、彼が劇団四季在籍中に観た「ジーザス=クライスト・スーパースター」「アスペクツ・オブ・ラブ」「夢から醒めた夢」「壁抜け男」などのことを想い出しながら懐かしく拝見した。

アモナスロ役の沢木 順さんと言えば劇団四季時代、「キャッツ」のラム・タム・タガーが印象深い。在団中に「オペラ座の怪人」タイトルロールを観ておきたかったなぁとちょっぴり後悔。

劇団四季が大阪で日本初演したディズニー版「アイーダ」は情けないことにカラオケ上演だったが、勿論今回の公演は生オーケストラの演奏付き(指揮は大阪市音楽団とのコンビでお馴染みの牧村邦彦さん)。やっぱり舞台は生に限る。

20090930195548_edited

(上の写真は宝塚雪組のトップスター・水 夏希さんから届けられた胡蝶蘭)

平日夜にもかかわらず会場は大入り満席、最後は客席総立ちのスタンディングオベーションとなった。

なお、The Musical 「AIDA アイーダ」は12月10日にDVDが発売される予定だそうである。必見。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月10日 (木)

「春のめざめ」と現代ブロードウェイ・ミュージカル論

ブロードウェイ・ミュージカルが衰退して久しい。

自国の作品がパワー・ダウンする中、1980年代から90年代に掛けてブロードウェイでは「キャッツ」「オペラ座の怪人」「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」などロンドン(ウエストエンド)ミュージカルが席巻した。

そしてロンドンが息切れをし始めた90年代後半から21世紀にかけて、2つの大きな潮流が生まれた。トニー賞ミュージカル作品賞を受賞したものをそれらに分類してみよう。

  1. 映画の焼き直し(メジャー系)…「ライオンキング」(1998)「プロデューサーズ」(2001)「モダン・ミリー」(2002)「ヘアスプレー」(2003)「ビリー・エリオット(リトル・ダンサー)」(2009)
  2. オフ・ブロードウェイからオンに進出してきたインディーズ系…「レント」(1996)「アベニューQ」(2004)「ジャージー・ボーイズ」(2006)「春のめざめ」(2007)「イン・ザ・ハイツ/In the Heights」(2008)

メジャーの企画力が衰えリメイクに走り、また独立プロダクション(インディーズ)が元気なのはハリウッド映画の現状も全く同じである。

そして恐らく今後、第3の潮流としてウィーン・ミュージカル(「エリザベート」「モーツァルト!」「レベッカ」)や和製ミュージカル(例えば三谷幸喜の「オケピ!」「TALK LIKE SINGING」など)がブロードウェイに進出する時代もそう遠くはない将来に実現するだろう。

20090903180553_edited

前置きはそれくらいにして、自由劇場で観劇した劇団四季による「春のめざめ」の感想を書こう。トニー賞8部門受賞作である。

20090903210520_edited

兎に角、余りにも素晴らしい作品でぶっ飛んだ。ミュージカルを観ながら心が震え、胸高鳴る想いがしたのは「オペラ座の怪人」を初めて観た日以来かも知れない。

舞台は19世紀末のドイツ。厳格で子供たちを抑圧しようとする大人たち、それに対して思春期を迎え、息が詰まりそうな生活に反発し、もがいてもがいて爆発寸前の少年少女たち。その緊張感がスリリング。大人たちの態度は、後のナチス・ドイツをいやがうえにも連想させ怖ろしい。熱くて躍動感ある音楽も文句なしにいい。そして照明の美しさ!当然トニー賞では最優秀ミュージカル台本賞、楽曲賞、照明デザイン賞を受賞している。

歌うのはもっぱら子供たち。歌詞が弾けてヒリヒリ痛い。一方、《大人の男性》《大人の女性》という役名で男女一人ずつが様々な役柄を演じる。学校の先生、ピアノ教師、両親、牧師、等々。台詞だけのその無名性がステレオタイプな社会を象徴する。

舞台上両脇にステージシートがあり、そこで一般観客がミュージカルを間近で体感出来るのも嬉しい。役者もそこに混じり、舞台を行き来する。ライヴならではの醍醐味である。

劇団四季の若いパワー炸裂である。恐らく出ている役者の平均年齢は20代前半だろう。僕が20年位前に観た四季の「ウエストサイド物語」「コーラスライン」の頃から考えると、全体としてのレベルは歌唱力・ダンス力ともに飛躍的に向上し、隔世の感がある。

20090903180951_edited

メルヒオール:柿澤勇人(はやと)、21歳。イケメンである。既に「ミュージカル界のプリンス」「劇団四季の貴公子」などと呼ばれ、話題沸騰だ。写真はこちら!しっかり歌えるし、これは久々に四季から途轍もない大スターが出現したなと目を見張った。はっきり書いちゃうけど井上芳雄くんも彼の前では霞んじゃう。僕の隣で観劇していた若い女性がカーテンコールで「かっこいい!こっち向いて!!」 と叫んでいたのも頷ける。

ただ日本の演劇界にとって不幸なのは、美人で歌って踊れる女の子は皆、宝塚歌劇を目指してしまうことにある。だから男優と比較して劇団四季の女優のレベルは劣る。これはもう、致し方のない事実である。

ベンドラ:林 香純(かすみ)、20歳。容姿のことは不問に付す。でもプロの女優なんだから、せめてもっと痩せた方がいい。それから四季独特の発声法(母音法)が不自然で耳障りだったが、歌はさすがに上手かった。

S03

東京公演は終了したがいずれそのうち関西でも公演があるだろう。その時は是非もう一度観たい。ただし、四季お得意のカラオケ上演でないならば。東京公演では7名のミュージシャンが舞台の上で生演奏を披露した。やっぱりミュージカルは音楽もライヴでなくちゃ!演劇が映像(コピー)では味気ないのと同じこと。是非そのことを劇団は肝に銘じて頂きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

ブロードウェイ・ミュージカル「コーラスライン」来日公演

ミュージカル「コーラスライン」の22年ぶりとなるジャパン・ツアー公演を兵庫県立芸術文化センターで鑑賞。日本語字幕付き。

Ch02

終演後、客席から聞こえたのは「やっぱり劇団四季の『コーラスライン』より断然良かったね」という声。その通りだなと想った。ちなみに僕が四季の「コーラスライン」を観たのは今までに3回。初体験はリチャード・アッテンボロー監督の映画版(1985)が公開されるより前のことである。

Ch03

数あるブロードウェイ・ミュージカルの中でも「ウエストサイド物語」「コーラスライン」「RENT」は日本人キャストのみで演じることがきわめて難しい作品だと想う。

例えば「ウエストサイド物語」。これはイタリア系移民のジェット団と、プエルトリコからの移民であるシャーク団との対立の物語である。この両者を日本人キャストが演じてもどうしても雰囲気が出ない。片方の肌をメイクで濃い目にしたところで、違いが鮮明に分からないのである(宝塚版・四季版どちらもそうだった)。

同じことが「コーラスライン」や「RENT」にも言える。登場人物に白人もいれば黒人(アフリカ系アメリカ人)もいて、中国系、ヒスパニック(プエルトリコ人etc.)、さらにストレートともいればゲイもいる。様々なバックグラウンドを持った人々が集まってこそ、作品が内包する心の痛み、人間関係の軋みが客席まで届くのである。そういう意味において、今回の来日公演を観て初めて「コーラスライン」の真価が理解できた気がした。役者たちの歌唱力、ダンス力も申し分ない。特に圧倒的ダンス力を求められるのが演出家ザックの元恋人・キャシーである。1975年初演時にキャシーを演じたドナ・マッケニーはトニー賞でミュージカル主演女優賞を受賞している。それくらいのオーラがなければこの役を演じる資格はない。

Ch04

2006年から始まったブロードウェイ・リバイバル公演については、素晴らしいドキュメンタリー映画が昨年公開されたばかりである。

初演前に演出家のマイケル・ベネットが役者たちを集めてワークショップをする音声が残っているのには驚いた。彼らの生の声が作品に反映されている。そしてコニーのオリジナル・キャストであるバイオーク・リーがリバイバル版で振り付けを担当。そのコニー役を最終的に勝ち取るのは沖縄出身の高良結香である。欲を言えば今回の来日公演、その高良さんのコニーで観たかった!調べてみると「コーラスライン」と同時期に、高良さんは「RENT」ジャパン・ツアーのメンバーとして来日していたようである。

Ch05

「キリン一番搾り生ビール」のCMでもお馴染み"One"をはじめ、マーヴィン・ハムリッシュが作曲したナンバーはどれも素晴らしい。ただ今回観劇して1985年映画版が決定的に駄目だと想ったのは、あの名曲"What I Did for Love" (愛した日々に悔いはない)をキャシーひとりに歌わせたことである。これではまるで「ザックを愛したこと」についての個人的独白のようになってしまう。そうではないのだ。「踊りを、そしてミュージカルを愛したことは(たとえスポットライトを浴びるチャンスが永遠に来なくても)決して後悔しない」という、ダンサーたちの意志がこの歌詞には込められている。だから舞台版のように全員で歌わなければ意味がない。

Ch01   

休憩なしの2時間、本当に充実して胸が熱くなるひとときであった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

春のめざめ@自由劇場

春のめざめ@自由劇場
現在、東京出張中!携帯電話から送信。

劇団四季でミュージカル「春のめざめ」を鑑賞。トニー賞8部門授賞。とにかく若いパワーに圧倒された。21世紀に発表された新作の中でも最高傑作。この衝撃は「ライオンキング」以来と言っても過言ではない。

大阪クラシック4日目のレポートは、また明日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月13日 (月)

児玉宏(指揮)、岩田達宗(演出)/モーツァルト 歌劇「イドメネオ」

大阪音楽大学、ザ・カレッジ・オペラハウスでサマーオペラを鑑賞。今回はモーツァルト「イドメネオ」である。イタリア語上演、日本語字幕付き。

演奏は児玉宏/ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団&合唱団。児玉さんはチェンバロも兼任された。演出は鬼才・岩田達宗(神戸市 出身)。チケットは完売で、会場はぎっしり満席。

チケット代7,000円、破格の安さが嬉しい。「それで安いの?」と疑問に想われる方もいらっしゃるかもしれないが、オペラというのはとてもお金がかかるものなのだ。舞台装置・衣装・照明などの裏方、オーケストラ、合唱団、独唱者、指揮者、演出家……。人件費だけでも馬鹿にならない。ちなみに、他のオペラやミュージカルと料金を比較してみよう(最高額のみ記載)。

・ウィーン国立歌劇場2008年来日公演(東京):65,000円
・パリ国立オペラ2008年来日公演(兵庫芸文):58,000円
・佐渡裕プロデュース オペラ「カルメン」(兵庫芸文):12,000円
・宝塚歌劇(宝塚大劇場、生オケ):11,000円
・劇団四季 ミュージカル「オペラ座の怪人」(大阪、カラオケ):9,800円

20090712133020_edited

児玉宏さんのことについては、当ブログで何度も語ってきた。

児玉さんは”日本のカルロス・クライバー”であると、僕は常々思っている。天才的なセンス、オーケストラの統率力。世界でも指折りの名指揮者である。ドイツの様々な歌劇場で25年以上のキャリアを持っておられる児玉さんのオペラに今回、遂に接する機会に恵まれた。

また、岩田達宗さんの演出された舞台は過去に2回観ている(いずみホール)。何れも素晴らしいプロダクションだった。

Idomeneo

児玉×岩田。この史上最強の組み合わせに文句があろう筈もない。きりりと引き締まり、躍動する音楽。(例えば第3幕冒頭部など)要所要所にノン・ビブラート奏法を配し、その美しい音色が聴き手をハッとさせる。第2幕終盤では嵐の音楽が切れ味鋭く猛威を振るい、強烈なインパクトをもたらす。

シンプルな丸型の舞台装置はギリシャの円形劇場を意識したものであろう(「イドメネオ」は古いギリシャ神話を題材としている)。そこに帆が張られたり、赤い花弁やロープに繋がれた人形が天井から落ちてきたりすることで場面変換される巧みな演出。

歌手陣も充実していた。特に目を惹いたのがイーリアを演じた石橋栄実さん(公式サイトはこちら)。澄み渡る声、背筋をピンと伸ばしたその立ち姿の美しさ。つま先から歩く動作は軽やかで、あたかもバレリーナの如し。これも演出家の指示なのだろうか?11月に同じザ・カレッジ・オペラハウスで上演されるオネゲル/オペラ「火刑台のジャンヌ・ダルク」ではタイトル・ロールを演じられるそうだ。また愉しみが一つ増えた。

なお、公演の様子はザ・カレッジ・オペラハウスのブログで見ることが出来る(→こちら)。

今後、僕が児玉さんの指揮で是非とも観たいオペラはR.シュトラウスの「ばらの騎士」や「ナクソス島のアリアドネ」、あるいはE.W.コルンゴルトの「死の都」「ヘリアーネの奇跡」等である。スタッフの皆さん、ご検討宜しくお願いしますね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

佐渡裕プロデュース オペラ「カルメン」

兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕さん指揮によるオペラ「カルメン」を観劇。

20090628133834_edited

以前、兵庫芸文で観たオペラの感想は下記。

20090628134752_edited

カルメンTシャツも売られていた。

20090628134051_edited

今回は兵庫・東京・愛知と3都市を結ぶプロダクションになっていて、計15公演がおこなわれる。兵庫では後5公演あるが、もう既にチケットは全日完売しているようだ。ちなみに兵庫芸文・大ホールは2001席のキャパである。

20090628173439_edited

現在発売中の「音楽の友」誌に在阪4オーケストラの事務局長の座談会が掲載されている。その中でも兵庫芸文のことが話題として取り上げられ、「兵庫はなぜ成功したのか?」について嫉妬と羨望を交えて色々と議論されている。まあ僕に言わせれば、そもそも大阪に4つもオケがあること自体が誤り(税金の無駄遣い)の元凶なのだが。→「大阪センチュリー交響楽団補助金、府民の5割以上が削減や廃止を求める」(6月27日、読売新聞)

 関連記事

20090628134728_edited

さて、「カルメン」である。今回はダブル・キャストが組まれていたが、カルメン:ステラ・グリゴリアン等、メイン・キャストが外国勢の方ではなく、ほぼ日本人で固められた日に鑑賞した。

兎に角ドン・ホセを演じたテノール・佐野成宏さん。その輝かしい美声はあたかも《黄金のトランペット》の如し!

メゾ・ソプラノの林美智子さんは声量が乏しくカルメンとしては迫力に欠け少々物足りないが、容姿が可愛らしい人なのでビジュアル的には悪くなかった。

佐渡裕さんは速めのテンポで情熱的な指揮ぶりで、とても良かった。何よりこのオペラに似合っていた。

兵庫芸術文化センター管弦楽団は相変わらずホルンがお粗末だが、全体としてはなかなか健闘していた。今回はオペラの伴奏なので、この程度で十分だろう。

特筆すべきは演出(パリ・オペラ座総裁を務めたこともあるジャン=ルイ・マルティノーティ)と美術(オーストリアの舞台デザイナー、ハンス・シャヴェルノホ)の充実振り。舞台装置はシンプルでありながら洗練されており、だからといって抽象的ではなく非常に分かりやすい。装置が回転することにより、あるときはセビーリアのタバコ工場外壁となり、また終幕では闘牛場に早変わりする。それも闘牛場外の広場のように見せかけて、実はカルメンを刺し殺すドン・ホセが牛と闘牛士の関係の如く錯覚されるよう描かれる(どちらが内でどちらが外か?)

要所要所で鏡や映像が効果的に使われ、第1幕への前奏曲最後の《運命の動機》では、ホセが絞首刑になる場面が描かれる(椅子上で首を締め付けられるスペイン式)演出も斬新で面白かった。オペラというのは基本的に棒立ち状態で歌うことが多いのだが、第2幕・酒場の場面では踊りがふんだんに盛り込まれ動く、動く!まるでミュージカルみたいだ。このプロダクションは世界でも1,2を争う完成度の高さではなかろうか?必見。

20090628134511_edited

来年はいよいよレナード・バーンスタイン/ミュージカル「キャンディード」(2006年パリ・シャトレ座版)。これも今から愉しみである。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009年6月19日 (金)

宝塚月組「エリザベート」そして、歴代ベスト・キャスト考

宝塚大劇場で、月組(再演)によるミュージカル「エリザベート」を鑑賞。6月18日(木)15時公演。平日昼なのに1階席後方は立ち見がずらり。しかも2列びっしり!さすが人気演目、恐るべし。

宝塚版、ウィーン版(来日公演)、東宝版など僕が生の舞台で観たエリザベートおよびトート(死神)の役者はこれで9人目、ビデオ・DVDを含めると12人目となる。まあそれだけ思い入れのある作品である。

そこで宝塚版に限定し、現時点でのベスト・キャストなども考えながら今回の感想を語っていこう。

E02_2

エリザベート(シシィ)は凪七瑠海(なぎな るうみ)さん。2003年に第89期生として歌劇団に入団した男役ホープである。男役がシシィを演じるのは瀬奈じゅんさん(05年月組)に次いで2人目。

僕は基本的に男役がシシィを演じることに反対である。そうでなくても娘役が輝ける作品が宝塚には少ないのに、「エリザベート」まで奪わないでほしい。それが正直な気持ちだ。

瀬奈さんのシシィも酷かった。まず彼女の声域はアルトなので、高い声が出ない。それから普段男役をやっていると、所作にどうしてもその癖が出てしまう(背も高いし、ニューハーフの様に見えたりする)。瀬奈さんの場合、歩くときのドレス捌きの雑なこと!もう、目を覆いたくなった。

その点、凪七さんのシシィは及第点だったと想う。丸顔で可愛らしいし、立ち振る舞いも女性的。しっかり高音域も出ていた。

ちなみに、僕にとってエリザベート役のオールタイム・ベストは、第1位:花總まり(96年雪組、宙組)、第2位:白羽ゆり(07年雪組)となる。

トート役の瀬奈じゅんさんは、以前から《そつがない男役》だと想っていた。とりたてて欠点もなければ、逆に強烈な魅力もない。そういう意味において、今回も安心して観られる安定感があった。ただ、やはり高い声が出ないので「最後のダンス」は音を下げて歌っていたけれど。

トートのオールタイム・ベストはダンス力と歌唱力を兼ね備えている点で、姿月あさと(宙組)と春野寿美礼(花組)を推す。

皇帝フランツ・ヨーゼフの霧矢大夢きりやん)は演技力と歌の巧さで魅了した。フランツの孤独、憂愁の佇まい、そしてその優しさをシシィに理解してもらえないことの苦悩。そういったものを余すところなく表現していた。 

オールタイム・ベストはきりやんと、稔 幸(星組)で決まり。

暗殺者ルイジ・ルキーニの龍 真咲さんはビジュアル的に格好よく、中々良かった。ただ歌と演技は《いっぱいいっぱい》という感じがした。なんだか余裕がないのだ。

オールタイムでは第1位:轟 悠(96年雪組、凄みがあった)、第2位:霧矢大夢(05年月組)。

皇太后ゾフィーの城咲あいさんはとにかく若すぎた。本人の責任ではないが明らかにミス・キャスト。城咲さんは86期生、一方フランツ役のきりやんが80期生だから、この2人がどう考えても母と息子に見えない。最後まで違和感が付きまとった。

ベスト・ゾフィーは貫禄(意地悪さ)、そして歌唱力で出雲 綾(星組、宙組)。

皇太子ルドルフは役替わりだが、僕が観た日は明日海りおさん。美貌の男役で歌も上手く、申し分なし。

歴代で比べると朝海ひかる(宙組)、凰稀かなめ(07年雪組)、そして明日海りおの三つ巴といったところか。

また、ルドルフ(少年時代)を演じた羽桜しずくさん、そしてマダム・ヴォルフの沢希理寿さんが見事な歌唱を披露してくれたことも特筆に価する。特に少年ルドルフは月影 瞳(星組)さんと肩を並べる出来栄えだったと想う。

最後に、エリザベートの病院慰問の場面で登場するヴィンディッシュ嬢に関しては星組と宙組で演じた陵あきのさんが余りにも凄すぎたので、もう他の誰を観ても物足りない。ボロボロになった扇を広げ、その間から垣間見れるあの狂気の目!この背筋が凍るような瞬間を目撃するために、客席のオペラグラスが一斉に上がったという伝説が生まれたくらいである。

E01

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年5月18日 (月)

岩田達宗プロデュース☆能「隅田川」/オペラ「カーリュウ・リヴァー」

世間が新型インフルエンザで大騒ぎとなっている中、大阪・いずみホールで能とオペラを堪能した。ホール・スタッフ全員がマスクを装着しているという異様な雰囲気であった。しかし会場はほぼ満席で、噺家の桂吉坊さんをお見かけした。積極的に能や狂言などとコラボレーションを行っている吉坊さんだから、その縁で観に来られたのだろう。

Izumi

「隅田川」は世阿弥の息子、元雅(もとまさ)の作。室町時代の作品である。

イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンは1956年に来日した折、「隅田川」を2回に渡り観賞したそうだ。事前に英訳を入手し万全の準備を整えた上で能楽堂に出向いたという。この作品に深い感銘を受けた彼は帰国後、オペラ「カーリュウ・リヴァー」を創作する。

因縁の深い両者を続けて観るというのは大変意義深く面白い体験だった。いずれも日本語字幕つきで分かり易かったのもありがたかった。

オペラは聖歌や修道士が登場するなどキリスト教の世界に置き換えられているが、攫われた子を探す母の嘆きという基本プロットは「隅田川」を踏襲している。少年の霊を演じるソプラノ以外は合唱を含め出演者全員が男性というのも能の精神を引き継ごうという意思が感じられる。15世紀に日本で生まれた物語が、20世紀にイギリスで新たな生命を吹き込まれたことの不思議。ブリテンはギリシャ悲劇との親和性を指摘していたそうだが、死者を訪ねて川を渡るという設定は確かにオルフェウス神話に通じるものがある。

演奏は高関 健/いずみシンフォニエッタ大阪アンサンブル。フルート、ホルン、ヴィオラ、コントラバス、ハープ、打楽器、パイプオルガンという7人編成だった。フルートは能楽の笛、そして打楽器は小鼓や大鼓を意識した響きで書かれていた。

岩田達宗の演出はシンプルでありながら的確に要所要所を押さえたもの。特に奇蹟が起こるオペラのクライマックスではいずみホールの巨大なパイプオルガンに十字架の照明をあて、荘厳な空気を醸し出し実に見事であった。

両者を比較しながら理解したことは、結局人間の営みや感情のあり方といったものは人類共通であり、優れた芸術作品はいとも容易く国境や人種、宗教、さらに時代さえも超えるんだなぁということであった。考えてみれば納棺師を描く日本映画「おくりびと」が米アカデミー賞を受賞したり、逆に僕たちがハリウッド映画にワクワクしたり、300年前に創作された古典落語で大笑い出来るのも、きっと同じこ となのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 9日 (土)

宮本亜門/狂気の「三文オペラ」

大阪厚生年金会館で宮本亜門演出「三文オペラ」を観た。公式サイトはこちら

20090508191058_edited

「三文オペラ」はドイツ生まれの劇作家ベルトルト・ブレヒトが作曲家クルト・ワイルと組んだ戯曲である。

1928年、ブレヒトはイギリスの劇作家ジョン・ゲイの「ベガーズ・オペラ」を翻案した「三文オペラ」をベルリンで発表し、大成功を収めた。しかし共産主義者だった彼はヒトラーが首相になると身の危険を感じ、1933年ナチスによる国会議事堂放火事件(共産党議員が濡れ衣を着せられた)の翌日に亡命した(彼の妻はユダヤ人だった)。デンマーク経由で漸くアメリカにたどり着くのだが、そこも決して安住の地とはならなかった。第二次世界大戦後、赤狩り(マッカーシー旋風)吹き荒れる1947年に非米活動委員会の審問を受けたブレヒトはアメリカから立ち去らざるを得なくなった。そして共産政権下となった東ドイツでその波乱万丈の生涯を閉じることになる。

一方、クルト・ワイルはベルリン時代、二つの交響曲や弦楽四重奏などを発表した。しかしユダヤ人だった彼もナチスを逃れて1935年アメリカに渡り、ブロードウェイでミュージカル作曲家となった。1950年ニューヨークで死去。

後に「三文オペラ」が上演されていた頃のベルリンを舞台に、ブレヒト&ワイルのコンビにオマージュを捧げたのが、ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」(作詞:フレッド・エブ、作曲:ジョン・カンダー)である。

過去の日本における「三文オペラ」は1932年に完成された改稿台本に基づく上演だった。しかしこの亜門版では初めて、今まで許可が下りなかった'28年初演版を下敷きに構成された。これは恐らく'56年に亡くなったブレヒトの版権が切れ、漸く上演可能となったためだろうと想われる。

オープニングからエレキ・ギターの大音響が会場一杯に鳴り渡り、度肝を抜かれた。クルト・ワイルの楽曲をこのように料理(アレンジ)するとは驚き。まるでロック・オペラだ。でも違和感はない。「伝統を現代に!」…音楽監督・内橋和久のセンスが光る。

出演は三上博史安倍なつみデーモン小暮秋山菜津子、そしてカウンターテナー米良美一(バッハ・コレギウム・ジャパンの定期公演で歌った教会カンタータでデビュー、その後「もののけ姫」主題歌で一世を風靡)ら異色キャスト。最初デーモン閣下の名前を聞いた時は「白塗りの彼だけ浮いてしまうのでは?」と危惧していたのだが、蓋を開けてみると他の出演者も全て顔を白塗りするという逆転の発想で、閣下もちゃんと馴染んでいた。演技も出来るし、なにより発音が良く歌詞が聴き取り易いのがありがたい。

また米良さんが妖しい(怪しい?)雰囲気を醸し出し、まるでデヴィッド・リンチ監督の世界(例えば「ツイン・ピークス」の”赤い部屋”とか、「マルホランド・ドライブ」の”クラブ・シレンシオ”)に彷徨いこんだような錯覚に捕らわれた。米良さんの役がミュージカル「キャバレー」ではM.C.になったと考えると分かり易いだろう。

とにかく登場人物全員が狂っているのが凄い。なっちあんなメイクで、それでも可愛いのだからさすがアイドルである。歌も上手い。これからも是非、ミュージカルの世界で活躍して欲しい。

ぶっ飛んだ演出をした宮本亜門、天晴れなり!特にジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」(1902年、最初期のサイレント映画)みたいな巨大な月が出てきた時はアッと言った。

Luna

是非将来、亜門版「三文オペラ」の再演を期待したい。それから亜門さんが演出し、石丸幹二さんが主演するソンドハイムのミュージカル「日曜日にジョージと公園で」、大阪公演はないんだろうか??

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

ダウト~あるカトリック学校で~

評価:A

20090312140322_edited

映画公式サイトはこちら

舞台となるのは1964年、ニューヨーク州ブロンクスのカトリック学校。ケネディが暗殺された翌年である。またその頃、マーティン・ルーサー・キング牧師(プロテスタント・バプティスト派)がアフリカ系アメリカ人公民権運動を展開、ワシントン大行進であの有名な"I Have a Dream"の演説を行ったのが63年である。翌64年にキングはノーベル平和賞を受賞した。そしてアメリカが北爆を開始しベトナム戦争の泥沼に踏み込むのが65年、キングが暗殺されるのが68年のこと。つまり64年は正に時代が激動し嵐の予感に満ちた年であり、その不安感は心象風景として巧みに映像で描かれている。

厳格な校長のシスター・アロイシス(メリル・ストリープ)と進歩的考えの持ち主フリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)との対立を軸に物語りは展開する。論点は、フリン神父が初めて入学してきた黒人生徒を《やったか、やらないか》。

この映画の原作となる戯曲が発表されたのは2004年。つまり2002年に発覚したボストン教区司祭ジョン・ゲーガン神父の児童に対する性的虐待事件(30年間で被害者はのべ130人に上る)を踏まえて執筆されている。ゲーガンは実刑判決を受け、2003年に矯正センターで他の収容者に暴行され死亡した。

ボストン大司教バーナード・ロー枢機卿はゲーガンの問題行動について度々報告を受けていたにもかかわらず、事態が公になりそうになると教区を転々とさせる措置をとっていた。これに類似したエピソードが映画にも登場する。ちなみに過去52年間でアメリカの聖職者による子供への性的虐待が疑われたのが11,000件、うち立証されたのが6,700件にも上るそうだ(詳しくは→こちら)。

原作となる戯曲を執筆したジョン・パトリック・シャンリィが映画用の脚色をし、自ら監督もしている。面白いのは舞台版で彼は他者に演出を委ねていること。これはトニー賞の演劇作品賞およびピューリッツァー賞をダブル受賞した(同じような例として「エンジェルズ・イン・アメリカ」やミュージカル「RENT」がある)。なお原作者本人もブロンクス生まれで少年時代カトリックの学校に通っている。

シャンリィは「月の輝く夜に」(1987)でアカデミー脚本賞を受賞し、1990年には「ジョー、満月の島へ行く」で映画監督デビューを果たした。しかしその評判は芳しくなく、ショックから立ち直るのに18年かかったと本人が語っている。今回はそのリベンジであり、そして見事に成功している。

実は舞台版の登場人物は4人しかいない。その役に配されたメリル・ストリープ、フィリップ・シーモア・ホフマン(「カポーティ」でアカデミー主演男優賞受賞)、エイミー・アダムス(「魔法にかけられて」)、ヴィオラ・デイヴィス(2001年トニー賞受賞)の火花を散らす演技合戦が壮絶で迫力満点。この4人全員が今年のアカデミー賞候補となったのは伊達じゃない(メリルは本役で全米映画俳優組合【Screen Actors Guild , SAG】の主演女優賞を受賞した)。

またスタッフの充実も素晴らしい。撮影監督が過去8度アカデミー賞にノミネートされ、2007年には「ジェシー・ジェイムズの暗殺」「ノーカントリー」でダブル・ノミネートを果たしたロジャー・ディーキンス。衣装デザインが「イングリッシュ・ペイシェント」でオスカーを獲得したアン・ロス、音楽が「ロード・オブ・ザ・リング」のハワード・ショア!正に望みうる最強の布陣と言えよう。

シスター・アロイシスは旧世代の不寛容(intolerance)を象徴し、それに対して新世代のフリン神父は進歩主義者 (progressive)である。フリンの行動がベトナム戦争の反動として出現したヒッピー、フリーセックスといったムーブメントに繋がっているのは間違いないだろう。

さらにあくまでフリンの行動に疑惑(doubt)を抱くアロイシスに対し、新人教師シスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)は純真であり、フリンの言い分が真実だと信じる。こうした様々な対比がこの物語に緊迫感を与え、密度の濃い作品に仕上がっている。また、確たる証拠もなくフリンを糾弾するアロイシスは、大量破壊兵器があると主張してイラク戦争を仕掛けたブッシュ政権を彷彿とさせる(シャンリィもこの作品を書く切っ掛けとなったのは2001年9月11日に勃発した同時多発テロ後、アメリカを満たした異常な空気であると述べている)。

フリンが黒人少年を《やったか、やらないか》?その答えは映画の最後まで示されない。ハリウッド的予定調和に終わらないこの手法に、モヤモヤとした気持ちで観客は映画館を立ち去ることになる。しかし、考えてみれば人生もまた同じではないだろうか?我々は《答えのない質問》(The Unanswered Question)を自らに問いながら、残された時間を懸命に生きていくしかないのである。

| | コメント (11) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧