舞台・ミュージカル

2017年2月21日 (火)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。

2月20日(月)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部定期演奏会を聴く。指揮は総監督の梅田隆司先生。

第1部

  • 西村友:ミュージカル「銀河鉄道の夜」吹奏楽版

第2部

  • ロッシーニ(森田拓夢編):歌劇「ウィリアム・テル」序曲
  • プロコフィエフ(高昌帥編):バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より
  • アラン・メンケン(ジョン・モス編):映画「美女と野獣」より
    プロローグ〜ベル〜強いぞガストン〜Be Our Guest〜美女と野獣(合唱付き)〜奇跡の変身
  • ♪甲子園応援リクエスト・コーナー
    You Are スラッガー(オリジナル曲)〜恋(星野源、恋ダンス付き)〜SHAKE(SMAP)〜三代目 J Soul Brothers メドレー(ダンス付き)
  • 三年間の歩み Part 1(1、2年生篇)
    野田洋次郎、RADWIMPS(宮川成治編):「君の名は」メドレー
    夢灯籠〜前前前世〜スパークル〜なんでもないや
  • 三年間の歩み  Part 2(3年生篇)
    フランチェスコ・サルトール(福田洋介編):Time to Say Goodbye
  • 10期卒業生を送る歌 山村隆太(作詞)、阪井一生(作曲):証
  • ガーシュウィン(建部知弘・森田拓夢編):歌劇「ポーギーとベス」より
  • タケカワ・ユキヒデ(樽屋雅徳編):銀河鉄道999 アンコール
  • 星に願いを アンコール

以前も引用したが、臨床心理学者・河合隼雄は宗教学者・中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

この物語はジョバンニ=宮沢賢治、カムパネルラ=結核を患い24歳で死去した賢治の妹・トシ(詳しくは賢治の詩「永訣の朝」を参照のこと)として読むことが出来る。この兄妹はある意味、一心同体であり、だから新海誠監督「君の名は。」の瀧と三葉のようでもある。

ジョバンニは【片割れ(=Half Moon)】のカムパネルラと旅をする。しかし実はカムパネルラは既に死んでいる。一方、「君の名は。」の瀧は三葉を探し求めるが、彼女は3年前に死んでいた。両者は物語の構造が同じなのである。「銀河鉄道」とは人の意志に関係なく彼らを運び去ってしまう運命のメタファーであり、「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」「君の名は。」など一連の新海作品に度々登場する鉄道も同様に機能している。

ジョバンニとカムパネルラは一心同体だから、両者合わせて一人の人格と見做すことも可能だろう(名前の由来はイタリア・ルネッサンス時代の哲学者トマソ・カンパネッラだと言われている。その幼名はジョバンニ・ドミニコ。つまり同一人物である)。そして意地悪なザネリの身代わりとして死ぬカムパネルラに対して賢治は明らかに、人類の罪を贖うために十字架にかけられたイエス・キリストのイメージを重ねている。自己犠牲のテーマはタイタニック号の事故で犠牲になった姉弟の登場や、蠍の火のエピソードで繰り返される。そしてアンドレ・ジイドが小説のタイトルに引用した次の警句に繋がる。

狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていくものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものは少ない」(マタイによる福音書)

非常に厳しい父性としての一神教の姿がそこにある。祈りの言葉は「天にまします我らのよ」であり、三位一体とは「」と「子(イエス)」と「精霊」を指す。女性は排除されているのだ。またローマカトリック教会の最高位、法王に女性はなれない。

とすると、「ラッコの上着を持って帰る」と約束し、最後まで姿を見せないジョバンニの父親はイエスの父=神と解釈することも可能なのではないだろうか?イエスは父の真意を測りかねて苦しみ、十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ぶ。

一方、天照大御神(女)を頂点とする八百万の神を戴く日本は母性社会である(河合隼雄 著「母性社会日本の病理」を参照されたし)。母性は全てを包み込み、あるいは飲み込むが、父性は切断し、分類し(天と地、光と闇、天使と悪魔など)、客観的に観察する性格を帯びている。この特徴が欧米諸国でのみ近代科学が生まれ、発展した背景となった。0と1のみの二進法で全てを計算し、処理するコンピューターの発明もキリスト教社会だからこそあり得たのである。

「銀河鉄道の夜」には天文学、地質学、生物学、化学など自然科学の知識がふんだんに投入されている。また賛美歌320番「主よ、みもとに 近づかん」が歌われ、タイタニック号の犠牲者たちはサザンクロス(南十字星)駅で降りる。ここで十字架のイメージが重ねられている。

しかしジョバンニは病気の母にミルクを持って帰らねばと心を砕いているし、カムパネルラも「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」と常に案じている。この父性母性の絶妙なバランス感覚こそが宮沢賢治の真骨頂なのではないだろうか。ところが松本零士は「銀河鉄道999」でキリスト教的要素=厳しい父性を全て取っ払って、マザー(エディプス)・コンプレックスの物語に換骨奪胎してしまった。

さて本題。定期演奏会の感想である。事前に劇団ひまわり版「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)DVDを6回鑑賞して臨んだ。いやもう、西村友が作曲した音楽が素晴らし過ぎて心を奪われ、ジョバンニを演じた石川由依(アニメ「進撃の巨人」ミカサの声を担当)の名演にぞっこんになった。

劇団ひまわり版は1時間50分あるので大阪桐蔭版がダイジェストになるのは致し方ないのだが、活版所などジョバンニが銀河鉄道に乗るまでのエピソードと、白鳥の停車場〜プリオシン海岸の場面がすっぽりカットされたのは残念だった。♪大切なことは忘れないこと!♪がなかったのはちょっと寂しい。

オリジナルはピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成だが今回は大編成の吹奏楽版。やっぱり迫力が違う。♪ラッコの上着♪で大太鼓の音がズシンと腹に来た。タイタニック号沈没の場面での♪救い給え、この子らを♪はバス・クラリネット、バリトン・サックスなどの低音群が不気味に響き、実に効果的だった。またこの曲や、僕が大好きなナンバー♪ケンタウルスを追いかけて♪ではステージいっぱいにマーチングが展開され、何と鮮やかだったことか!♪バルドラのサソリ♪では隊列で蠍の姿を表現し、成る程なと感心することしきり。あとサザンクロス駅の場面で背景のスクリーンにKAGAYAが製作したプラネタリウム版「銀河鉄道の夜」が映し出されてびっくりした!

Kagaya

これ、とっても映像が綺麗なんだ。ただプラネタリウム版が痛いのは音楽が安っぽいこと。でも西村友作曲の方なら全く問題なし。

第2部は両サイドにアイーダ・トランペットを配し、華やかに始まった。「ウィリアム・テル」と全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した「ポーギーとベス」を(共同)編曲した森田拓夢くんはアルト・サクソフォンを吹く3年生。なお、桐蔭の練習場には最近、梅田先生のアイディアでミラーボールが設置されたそう。

プロコフィエフではチューバとコントラバスによる引き摺るようなリズムが印象的。

「美女と野獣」については最近、面白い発見があった。

桐蔭の演奏はファンタスティックで、一つのメルヘンが感じられた。

そして、「君の名は。」4曲メドレーには甚く感動した。なんて洒落たアレンジだろう!歌が入った”何でもないや”もとっても素敵。また何度でも聴きたい。

そしてクライマックスは「ポーギーとベス」。僕は例年通り55人による全日本吹奏楽コンクール版で演奏するのかと思いきや、最優秀グランプリ/文部科学大臣賞を受賞した大人数による日本管楽合奏コンテストバージョンだった。吹コンでは金賞を受賞したものの、冒頭でクラリネットが「ピャッ!」と奇声を上げたり、”サマータイム”でフリューゲルホルンのソロが出だしをミスったりと幾つかの瑕があった。しかし今回のフリューゲルホルンはパーフェクトだったし、吹コンよりさらに進化していたので、心底驚嘆した。振付が入ったり、最後の"Oh Lawd, I'm On My Way"では合唱が入ったりと最高に愉しい!

僕が桐蔭の演奏を初めて聴いたのは2007年全日本吹奏楽コンクール@普門館のドビュッシー「海」だった。そして2009年に全国大会で初めて金賞を受賞したオルフ「カルミナ・ブラーナ」も普門館で聴いた。そして自信を持って断言しよう。今回の「ポーギーとベス」こそ、創部以来のベスト・パフォーマンスであると。梅田先生はワーグナーやプッチーニ、エルガーなどクラシック音楽を指揮される時よりも、JAZZやROCKの方が生き生きしているし、冴えている。「ポーギーとベス」はなんかもう突き抜けていた。ちゃんとブルースしているし、リズムのセンスやグルーヴ感が抜群なんだ。レナード・バーンスタインもオペラ的な「キャンディード」より断然JAZZYな「ウエストサイド・ストーリー」の方がいい。梅田先生、是非これからもこの路線で突っ走ってください。

またアンコールの「銀河鉄道999」について、僕は毎年定演のレビューで「照明が暗すぎる。これでは生徒さんの顔が識別できない」と文句を書き続けてきた。ところが今回、前奏が終わるとステージが明るくなったのである!「星に願いを」も美しかったし、今年の照明スタッフは本当に素晴らしかった。あとバルーンの銀河鉄道がホールを斜めに駆け上る演出もジーンとしたなぁ。

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2017年2月 8日 (水)

長澤まさみ✕石丸幹二✕松尾スズキ/ミュージカル「キャバレー」

2月4日(土)フェスティバルホールへ。松尾スズキ演出、長澤まさみ、石丸幹二、小池徹平主演のミュージカル「キャバレー」大阪公演を観劇した。

Cabalet

兎に角、「長澤まさみがエロい!」と大評判で、チケットは闇で10万円にまで高騰したという。これに対して松尾は次のようにTweetした。

松尾スズキ演出の「キャバレー」は2007年11月に観ており、こちらに感想を書いた。1966年のブロードウェイ初演から72年の映画化、華々しいリヴァイヴァル版上演に至る歴史についても詳しく語っているので是非ご一読願いたい。それにしても松尾版の再演まで10年も待たされるとは!その間2010年に小池修一郎演出、藤原紀香主演でも上演されているので(そちらの感想はこちら)、版権問題で手間取ったのかもしれない。

僕は今まで舞台で、4人の女優がヒロインのサリー・ボウルズを演じるのを観ている。アメリカからのツアー・カンパニーで2度の来日を果たしたアンドレア・マッカードル(ミュージカル「アニー」タイトル・ロールのオリジナル・キャスト)、2001年にブロードウェイの劇場で観たブルック・シールズ、2007年松尾版の松雪泰子、2010年藤原紀香。結論。5人目の長澤まさみが最高だった!松雪のサリーは自堕落で退廃的雰囲気が漂っていたのだが、長澤は若さや生命力に満ち溢れ、はち切れんばかりの輝きを放散した。彼女には「どんな過酷な状況下でも生き抜いてやる!」というタフさ、強(したた)かさがあった。松雪はnegative、長澤はpositive。ある種ヤケクソなパワーを感じた。心配した歌の方も問題なし。まさみちゃん、お願いだから「人生最初で最後のミュージカル」なんてつれないこと言わないで、ぜひもう一回挑戦して!

余談だが、ブロードウェイの「キャバレー」では、映画「ラ・ラ・ランド」でアカデミー主演女優賞を獲る(予定の)エマ・ストーンがサリーを演じた(2014年11月11日〜2015年2月1日)。その時のM.C.(Master of Ceremony)は同役でトニー賞を受賞したアラン・カミング。これは観たかった!!

2007年松尾版でM.C.を務めたのは阿部サダオ、今回は石丸幹二。全くタイプが異なる役者であり、当然演出も様変わりしている。僕は石丸のことを劇団四季時代から知っており、ロイド=ウェバーの「アスペクツ・オブ・ラブ」やミシェル・ルグランの「壁抜け男」日本初演初日@福岡シティ劇場(現:キャナルシティ劇場)も観ているのだが、今回の彼は一番イキイキしていて生涯のベスト・パフォーマンスと太鼓判を押したい。第2幕では得意とするサックスの生演奏も披露してノリノリだった。

小池徹平は受け身の役どころなので無難にこなした印象。2007年の森山未来とどっこいどっこいかな。

シュナイダー役の秋山菜津子やシュルツ役の小松和重平岩紙村杉蝉之介ら前回からの続投組(劇団・大人計画)は手堅い芝居でしっかりと脇を固めていた。

猥雑な松尾の演出も冴えている。下品な笑いに彼のセンスがキラリと光る。通常ではM.C.がゴリラの着ぐるみを着た女性店員と、世界中の誰も認めない愛について歌い踊るナンバー"If You Could See Her"が新演出ではディメンターみたいな背丈が等身大の2倍ある死神(骸骨姿)に変更になっていたのも良かった。

再々演を熱望する。

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2017年1月22日 (日)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」

2016年に全日本吹奏楽コンクールで金賞(自由曲はガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」より)を受賞した大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の定期演奏会は2月19(日)、20(月)に開催される。

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チケットはe+で購入できる(こちら)。e+はシステム利用料や発券手数料などが掛かる。だから嫌だな〜困ったな、どうしよう?と思案していたのだが、今回携帯電話に直接ダウンロードするスマチケを試してみてしてびっくりした。なんと一切中間搾取なし、正規入場料金2,000円ポッキリで購入出来た。これは便利!

さて定演のチラシには第1部でミュージカル「銀河鉄道の夜」が上演されるとある。2年前に大阪桐蔭が上演した創作ミュージカル「河内湖」はハッとするくらい完成度が高かった(その時のレビューはこちらに書いた)。今度の作品はどんなだろうと早速調査を開始、詳細が判明した。元々は劇団ひまわりが2008年に上演したミュージカルで、劇団のオンラインショップで4,000円+送料を支払えばDVDを購入出来るらしい。早速注文した。

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作詞・脚本・演出は中島透、作曲・指揮は西村友が担当。オリジナル版はピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成による室内オーケストラである。

西村友は2016年度吹奏楽コンクール課題曲III 《ある英雄の記憶~「虹の国と氷の国」より》を作曲している。そして大阪桐蔭はこの課題曲で全国大会に臨み、を獲った。

劇団ひまわり「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)の配役は以下の通り。

ジョバンニ:石川由依 カムパネルラ:熊本野映 カオル:宮原理子 タダシ:野本ほたる ザネリ:松村理子 カトウ:鈴木愛吏 マルソ:田中瞳佳

石川由依って何だか聞き覚えのある名前だな、と調べて仰天した。なんとアニメ「進撃の巨人」でミカサ・アッカーマンの声を担当している人じゃないですか!歌も上手い。石川は兵庫県生まれで6歳の時から劇団ひまわりの大阪俳優養成所に所属し、後に上京したという。

透明感があってpure、大変出来のよいミュージカルである。特に音楽は、例えば劇団四季のオリジナル・ミュージカル(李香蘭、異国の丘、夢から醒めた夢、ドリーミング)と比べても、断然「銀河鉄道の夜」の方が優れている。これは是非生の舞台を観たいと想った。

因みにアニメーション映画「君の名は。」で国民的作家となった新海誠監督(本名・新津誠)の娘・新津ちせは劇団ひまわりに所属しており、神木隆之介くん主演の実写映画「3月のライオン」に川本モモ(三女)役で出演する(詳細はこちら)。

僕の「銀河鉄道の夜」の原体験は杉井ギサブロー監督によるアニメーション映画(1985年、毎日映画コンクール・大藤信郎賞受賞、文部省特選)である。登場人物の大半が猫に仕立てられている(但し、タイタニック号の犠牲となった姉弟とその家庭教師は人間の姿)。静謐で質の高い作品なので僕は好きだが、「なんで猫やねん!」と非難の声が上がっていることも事実だ。そこが映像化の難しさで、ジョバンニとカムパネルラという名前の少年を果たして日本人として描くのか?という問題が生じる。かといって名前から想定してイタリア人にする?それでいいのかという話である。なお、このアニメで音楽を担当した細野晴臣の祖父(細野正文)は日本人唯一のタイタニック号乗船者で、無事生還した。

宮沢賢治が書いたこの童話は非常に多くの信奉者/追随者を産んだ。その代表例が「銀河鉄道999」だろう。

上記事にも書いたが「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラの関係は、賢治と亡くなった妹・トシのそれを彷彿とさせる。宮沢賢治はシスター・コンプレックスの作家だと言うことが出来る。それを松本零士は換骨奪胎してマザー(エディプス)・コンプレックスの作品に創り変えた。

臨床心理学者・河合隼雄は中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

作曲家・吉松隆と「銀河鉄道の夜」の関係については以前言及した。

この後、吉松は『オホーツク挽歌』『星めぐりの歌』『銀河鉄道の夜』『手紙』をモチーフにした、(左手の)ピアノとチェロと朗読による「KENJI・・・宮澤賢治によせる」を作曲している。吉松は2歳年下の妹をガンで亡くした。彼女の病床で作曲したのがサイバーバード協奏曲である。その想いが賢治とトシの関係に繋がっているのだろう。

シンセサイザーによる「惑星」で一世風靡した故・冨田勲が初音ミクとタッグを組んだ「イーハトーヴ交響曲」は第4楽章が『銀河鉄道の夜』である。因みに冨田は映画「風の又三郎」(1989)でも音楽を担当している。

またももいろクローバーZ主演で本広克行が監督した映画「幕が上がる」には高校演劇部が上演する劇中劇として「銀河鉄道の夜」が登場する。

さらに岩井俊二監督「リップヴァンウィンクルの花嫁」と「銀河鉄道の夜」の関係性については下記事に書いた。

ここまでお読みになった方には「銀河鉄道の夜」の影響力の大きさが少しはお判り頂けたのではないかと想う。大阪桐蔭のパフォーマンスが今から愉しみで仕方がない。

最後に、梅田隆司先生にお願いを2つしたい。

  1. 定演で大阪桐蔭の演奏する「前前前世」をどうしても聴きたいので、不確実要素のある【リクエスト・コーナー】ではなく、是非正規プログラム(あるいはアンコール)に入れてください。
  2. 全日本吹奏楽コンクールの「ポーギーとベス」を聴いて、大阪桐蔭がミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」の音楽を演奏したら最高にクールなパフォーマンスになると確信しました。お忙しいのは存じておりますが、まずは騙されたと思って映画をご覧になってみてください。絶対に後悔はさせません。

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2017年1月11日 (水)

ミュージカル「ミス・サイゴン」 2017

1月1日(元旦)と7日(土)に梅田芸術劇場で「ミス・サイゴン」を観劇した。過去の観劇歴や作品紹介、新旧演出の違いについては下記事に詳しく書いたのでご参照あれ。

結局1992年帝劇初演以降、トータルでこのミュージカルを9回観たことになる。長年の付き合いなので、亡くなった関係者たちのことを観劇中に想うことが多くなった。キム役で渾身の演技を見せた本田美奈子、そして美しい日本語訳を紡いだ岩谷時子……。

さて元旦のキャストは、

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7日のキャストは、

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初演以来エンジニアを演じ続けてきた市村正親が今回でファイナルと銘打たれているのだが、ファンは誰も信じていない。宮﨑駿みたいな「引退詐欺」だと皆知っている。非難じゃないよ、許容して「またか」と温かい目で見守っているのだ。

市村には前科がある。2009年の「ラ・カージュ・オ・フォール」は【市村ザザ、ファイナルステージ!】とポスターに銘打たれていた→証拠写真はこちら。しかしその後も市村は「ラ・カージュ」の舞台に立ち続けている。

案の定、元旦公演で市村は「今回が最後ということになっているのですが(客席から笑い)、演ってみるとまだまだ行けそうだなと感じました(客席拍手)。再び皆様の前にエンジニアとして舞台に立つことが私の夢となりました」と挨拶した。お約束の展開である。

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いやもう、いっちゃん以外のエンジニアは考えられないから。命の続く限り演ってください。

キムは笹本玲奈が一番好き。彼女は強い感情を歌に乗せることが出来る。凄みがある。

キム・スハは初めて。彼女の日本語は問題なかった。感情表現では笹本が一枚上手だが、非常に弱音が美しい歌い方をする。どんなプロフィールなのか調べてみて仰天した。なんと本場ロンドンの「ミス・サイゴン」でもキム役を演じたそうである。韓国人としてウエストエンドで主役(ファーストカバー)を務めるのは史上初なのだとか(彼女のインタビュー記事はこちら)。2015年2月に日本で「ミス・サイゴン」のオーディションを受けた後、韓国に戻るとイギリス側から「ウェストエンドの同役に挑戦してみないか」との誘いがあったのだそう。

ジジ役の中野加奈子もウエストエンドで同役を務めたということで、圧巻の歌唱だった。

久しぶりにこの作品に接して、エンジニアはトリックスターの役割を担っているんだなと初めて理解した。トリックスターとは神話や伝説などで語られるいたずら者。その思いがけない働きによって旧秩序が破壊され、新しい創造が生じるきっかけとなることがある。しかし単なる破壊者として終わることもある。ギリシャ神話のプロメテウス、古事記のスサノオ、シェイクスピア「夏の夜の夢」の妖精パックがその代表例である。エンジニアはベトナム(アジア/仏教徒)とアメリカ(欧米諸国/キリスト教徒)を繋ぐ役割を果たす。そもそも彼はフランス人とベトナム人の混血であり、考えてみればキムとクリスの息子タムと似たような境遇であることは興味深い。一方、ミュージカル「エビータ」のチェや「エリザベート」のルキーニ、「キャバレー」のM.C.はあくまで司会進行役/狂言回しであり、トリックスターではない。しかし「ジーザス・クライスト・スーパースター」に登場するイスカリオテのユダはトリックスターだよね。だって彼の裏切りがあって初めて物語は完結し、キリスト教が創造されるのだから。

元旦公演は出演者によるステージ上での鏡開きと、その後ロビーでの振舞い酒があった。

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2017年1月 5日 (木)

珠城りょう主演 宝塚月組「グランドホテル」「カルーセル輪舞曲(ロンド)」

1月2日、宝塚大劇場へ。ブロードウェイ・ミュージカル「グランドホテル」は実に24年ぶりの再演である。

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1993年月組版/2017年月組版の主要キャストを下記に示す。

  • オットー:涼風真世/美弥るりか
  • フラムシェン:麻乃佳世/早乙女 わかば(役替わり)
  • ラファエラ:天海祐希/暁 千星(役替わり)
  • フェリックス男爵:久世星佳/珠城りょう
  • グルーシンスカヤ:羽根知里/愛希れいか

太字が当時/現在のトップ男役&娘役である。

涼風真世のサヨナラ公演がどうして不評だったのかは下記事に解説した。

本作は後世に「グランドホテル形式」というジャンルを形成した元祖であり、その本質は「主役不在の群像劇」である。それを宝塚歌劇バージョンとしてトップ男役と娘役を目立たせようというのはそもそも無理がある。しかし初演版の「余命幾ばくもないユダヤ人会計士」オットーよりは、「借金まみれのジゴロ」フェリックス男爵を主役に据える方がよほどしっくり来る。故に今回の潤色/改変は大成功と言えるだろう。

また昨年観たトム・サザーランド演出版は舞台装置が地味で、「ベルリンの超一流ホテル」というゴージャスな雰囲気が皆無だった。ところが宝塚版は人数が多いし華やかで申し分なし。オリジナル演出・振付のトミー・チューンは今回、「特別監修」ということでどこまでが彼の功績か不明だが(宝塚版の演出は岡田敬二、生田大和)時にギリシャ古代劇場の観客のような役割も果たす群舞の扱いが卓越していた。映画も何回も観たし十分知っているお話なのに、最後はジーンと感動した。是非また観たい!

出演者で突出して良かったのが愛希れいか。兎に角、踊れる娘役なのでロシアのバレリーナという設定がピッタリ。正にはまり役である。

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レビューの「カルーセル輪舞曲(ロンド)」についてだが、【モン・パリ誕生90周年】と銘打ちながら、「どこがパリやねん!」とズッコケた。フランスの雰囲気が皆無。ニューヨーク、メキシコ、ブラジル、砂漠(シルクロード)と巡り、「80日間世界一周」というタイトルこそ相応しいのではないかと想った(実際にビクター・ヤングが作曲した同名曲が使用されている)。特に娘役にブラジルの国旗を振らせるダサい演出は一体何事??トップ・スターが背負う緑色の蛾みたいな羽も気持ち悪い。あと冒頭から登場する回転木馬が全く生かされていない。「回るよ回る、世界は回る」という意味だけ?それじゃあ幼稚園のお遊戯会レベルだ。稲葉大地、全然ダメやん!もっとロジャース&ハマースタイン IIのコンビが「回転木馬(Carousel)」に込めた寓意を真剣に勉強すべきだ。

宝塚史上、下から数えた方が早いお粗末なショーだった。こんなもの観せられるくらいなら、「グランドホテル」初演の時にトミー・チューンが演出した「BROADWAY BOYS」の再演を観たかった。

珠城りょうについて。ファンの人には申し訳ないのだが、僕には「おばさん顔」に見える。格好いいとも想わないし好みじゃない。歌については龍真咲レベル?つまり大したことない。現在の月組の問題点は「オッ、これは!」と耳をそばだてるような美声の男役が(2,3,4番手にも)いないということだ。結局、一番光り輝いているのは娘役の愛希れいかであり、歌劇団としてはそんなんでええのん?

最後に。ブロードウェイ・ミュージカルということもあり1993年月組版は一切映像記録が残っていないのだが、2017年版はDVD/Blu-rayがちゃんと発売できるよう、ややこしい版権問題をクリアしたのだろうか?

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2016年12月31日 (土)

ジャック・ドゥミ「港町三部作」から聖林ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」へ

今年度アカデミー作品賞・監督賞の有力候補であり、作曲賞・歌曲賞の受賞はほぼ100%間違いない映画「ラ・ラ・ランド」はMGMミュージカルの黄金期「踊るニュウ・ヨーク」(1940)、「巴里のアメリカ人」(51)、「雨に唄えば」(52)、「バンド・ワゴン」(53)やボブ・フォッシー監督の「スウィート・チャリティ」(69)を彷彿とさせる仕上がりであり(公式サイトの予告編を観れば一目瞭然)、そして何よりジャック・ドゥミ監督のフランス映画「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」へのオマージュとなっている。音楽そのものも、もうイントロを聴いただけで、ミシェル・ルグランが作曲した「ロシュフォールの恋人たち」への熱烈なラヴ・レターであることは火を見るより明らかだ(特に”キャラバンの到着”)。

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ジャック・ドゥミは港町ナント(現在は「熱狂の日」音楽祭=ラ・フォル・ジュルネ発祥の地として有名)で幼少期を過ごした。その頃の様子は後にドゥミと結婚した映画監督アニエス・ヴァルダ(「幸福」でベルリン国際映画祭銀熊賞)が「ジャック・ドゥミの少年期」(1991)で生き生きと描いている。

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ドゥミとヴァルダ、そしてアラン・レネは(セーヌ川の)左岸派と呼ばれ(対する映画批評家出身のトリュフォー、ゴダール、ロメールらはカイエ派/右岸派)、ドゥミの長編映画デビュー作「ローラ」は「ヌーヴェルヴァーグ(=新しい波)の真珠」と讃えられた。

ふたりは一男一女をもうけた。ドゥミは1990年に59歳で亡くなり、死因は白血病と発表された。しかし2008年になってヴァルダはドキュメンタリー映画「アニエスの浜辺」で実はAIDSで亡くなったのだったと告白した。ということはドゥミはバイセクシャルであり、50歳を過ぎても男の恋人(あるいは男娼)と関係があったことを意味している。それでもアニエスが心の底からドゥミを愛していたことは「ジャック・ドゥミの少年期」を観れば判る。まこと愛とは計り知れないものである(ミュージカル「コーラスライン」の演出・振付をしたマイケル・ベネットは87年、映画「愛と悲しみのボレロ」で有名なダンサーのジョルジュ・ドンは92年にやはりAIDSで亡くなった。この病気をテーマにし、トム・ハンクスがアカデミー賞主演男優賞を受賞した映画「フィラデルフィア」が公開されるのは93年である)。

ナントを舞台にした「ローラ」(1961)は白黒でミュージカルではない(ドゥミはカラーのミュージカル映画として撮りたかったのだが、予算が足りなかった)。しかしカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した総天然色映画「シェルブールの雨傘」(1964)は明白な「ローラ」の続編である。踊り子ローラに恋する主人公ローラン・カサールが失恋しナントの街を去る場面で「ローラ」は終わる。そして「シェルブールの雨傘」でカサールは宝石商として登場、どちらもマルク・ミシェルが演じている。ミシェル・ルグランは「ローラ」から音楽を担当しており、「ローラ」に於けるカサールのテーマが、そのまま「シェルブール」でも使用されている。で「シェルブール」でカサールがローラのことを歌う回想シーンでナントの街並みが映し出されるのだが、「シェルブール」が公開された64年当時「ローラ」は日本未公開で、日本の観客にはチンプンカンプンだったろう(日本初公開は92年)。現在はアニエス・ヴァルダが監修し2012年に完成した「ローラ」デジタル完全修復版がDVD,Blu-rayで容易に入手出来る。

「シェルブール」が画期的だったのは全篇が歌で構成されており、通常のダイアログは皆無であること。ハリウッドのミュージカル映画やブロードウェイ・ミュージカルでは前例がない手法だ。「シェルブール」の後にヨーロッパでは「レ・ミゼラブル」や「エリザベート」「ロミオ&ジュリエット」など同様のスタイルの舞台ミュージカルが生まれた。

「ローラ」「シェルブールの雨傘」そして「ロシュフォールの恋人たち」(1967)は港町三部作と呼ばれており、3作品ともに水兵が街を歩いている風景が映し出される。また「ロシュフォールの恋人たち」でカフェの常連客である老紳士はパリのフォリー・ベルジェールの売れっ子ダンサーだった60歳のローラに40年間恋し続け、遂には切り刻んで殺してしまうというエピソードがある(以上は新聞記事として語られる)。ゆえにこれらをローラ三部作と呼ぶ人もいるのだが、ここでややこしいのがドゥミがベトナム戦争下のアメリカで撮った「モデル・ショップ」(1968)という作品があり、ここでも「ローラ」のアヌーク・エーメがローラを演じている(日本初公開は2007年)。故にローラ四部作??但し、残念なことに「モデル・ショップ」のみ音楽がミシェル・ルグランではなく、ドゥミは「モデル・ショップ」を失敗作と認めている。

「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーヴの歌の吹き替えをしているのがダニエル・リカーリ、「ロシュフォールの恋人たち」で吹き替えしているのがア・カペラ・ヴォーカル・グループ「ザ・スウィングル・シンガーズ」のメンバー、アンヌ・ジェルマン。つまり両者でドヌーヴの歌声が違うわけで、その辺は緩い。因みに「ザ・スウィングル・シンガーズ」にはミシェル・ルグランの姉クリスチャンヌもいて、やはり「ロシュフォールの恋人たち」サントラで歌っている。またドゥミの作品にはハリウッド映画への憧れが濃密で、「ロシュフォールの恋人たち」には「雨に唄えば」「巴里のアメリカ人」のジーン・ケリーや「ウエストサイド物語」のジョージ・チャキリスが出演している。

余談だが「ロシュフォールの恋人たち」でドヌーヴと共演した姉フランソワーズ・ドルレアックはこの映画が公開された年、別の映画の追加撮影の為ニース空港に向かう運転中に高速道路のカーブを曲がり切れず激突、車は横転、炎上した。享年25歳だった。

「シェルブール」と「ロシュフォール」で個性的なのはCandy Colorsと評される鮮やかなである。と言い換えることも出来る。ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの象徴となっているレインボーフラッグを彷彿とさせる。そしてそのは「ラ・ラ・ランド」にも受け継がれている。

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2016年12月28日 (水)

2016年を振り返って

2016年を回顧して、僕が今年を1文字の漢字で表すなら「」以外にないなと想う。

これは「将来の夢」とか、キング牧師の有名な演説"I have a dream"の夢(=希望・願望)ではなく、文字通り夜見るのことである。

何と言っても臨床心理学(ユング派)の権威・河合隼雄と、新海誠監督「君の名は。」の出会いが大きかった。この両者を結びつけるのがであり、言い換えるなら無意識潜在意識/深層心理ということになるだろう。

そもそも河合隼雄の名を知った切っ掛けが今年7月、佐渡裕プロデュースで兵庫県立芸術文化センターで上演されたブリテンのオペラ「夏の夜の」の予習として読んだ対談本「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)だった。詳しくは下記事に書いた。

漸く人生の師MasterMentorに出会った!という確かな手応え。それから河合の著書を貪るように読んだ。年末までに27冊。過去にこれだけ集中して読んだのは、ちょっと記憶にない。

河合と「君の名は。」の”結び”はだけではない。新海誠監督は第2弾パンフレットの中で僕の質問に答え、村上春樹の短編小説「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」が「君の名は。」の発想の原点となったことを認めており、奥寺先輩の台詞には村上の「ノルウェイの森」からの引用がある。そして河合は数回に渡り村上と対談をしているのである(「こころの声を聴くー河合隼雄対話集」「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」いずれも新潮文庫)。

また河合はイザナギ・イザナミが登場する日本神話(古事記)や平安時代の「とりかへばや物語」について本を書いており、これらは「君の名は。」の土台となっている。

僕が同時期に河合隼雄と「君の名は。」にめぐり逢ったのも、正にユングが言うところのシンクロニシティ意味のある偶然の一致)なのであろう。

つい先日「君の名は。」について川村元気プロデューサーが集合的無意識の話をしている→こちら集合的無意識とはユング心理学の用語である。みんな繋がっている。僕も映画公開直後、9月の時点で集合的無意識という観点から「君の名は。」を論じた。

夢はその人の潜在意識の現れである。意識(その中心に自我+潜在意識=自己(self)。僕は今年から「夢日記」を書き始めた。2016年は人生の大きな転機となった。

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2016年12月15日 (木)

ミュージカル・スター!〜ラミン・カリムルー@大阪

12月14日(水)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティーへ。ラミン・カリムルーのコンサートを聴く。

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ラミン・カリムルーのことを初めて知ったのはミュージカル「レ・ミゼラブル」25周年記念コンサート(Blu-ray, DVD発売中)だった。かれはアンジョルラスを演じて強烈な印象を視聴者に与えた。

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その後プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュは「オペラ座の怪人」25周年記念コンサート(Blu-ray, DVD発売中)でファントム役に彼を指名した。

またブロードウェイから「レ・ミゼラブル」リヴァイヴァル版出演のオファーが来た。アンジョルラス役かと思いきや、ジャン・バルジャン役だと聞き「俺はもうそんな年寄りになったのか!」とショックを受けたと彼は冗談交じりに語った。そして同役でトニー賞ミュージカル主演男優賞にノミネートされる。更に彼は「オペラ座の怪人」の続編「ラヴ・ネヴァー・ダイズ」ファントム役のオリジナル・キャストを務めた。来年4月には新作ミュージカル「アナスタシア」でブロードウェイの舞台に再び立つ予定(3月23日からプレビュー公演)。これは1997年に20世紀フォックスが製作したアニメーション映画を基にしているが、ラミンが演じるのはアニメに登場しない舞台版オリジナル・キャラクター(悪役)だそうである。

ラミンはイラン・テヘラン生まれで現在はカナダ国籍。僕が彼の生歌唱を聴くのはこれが3回目である。

東京のゲストが中川晃教で大阪は濱田めぐみ。僕はこぶしが効いた濱田の歌い方が苦手なので(鹿賀丈史を彷彿とさせる)、本当はアッキーの方が良かったなぁ!でもまぁこの際、贅沢は言いますまい。

今回のセット・リストは、

  • 序曲
  • 「サンセット大通り」Sunset Boulevard
  • 「カンパニー」Being Alive
  • 「エビータ」High Flying, Adored
  • 「ジャージー・ボーイズ」君の瞳に恋している
  • 「オペラ座の怪人」Point Of No Return
    (濱田めぐみと共演)
  • 「ミス・サイゴン」命をあげよう(濱田)
  • 「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」プロローグ(コーラス3人)
  • ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)by ジョン・レノン&オノ・ヨーコ
  • 「ラ・マンチャの男」見果てぬ夢
  • 「レ・ミゼラブル」Bring Him Home
  • 「レ・ミゼラブル」On My Own(濱田)
  • 「エビータ」ブエノスアイレス(濱田)
  • 「オペラ座の怪人」All I Ask Of You(コーラスの一人と共演)
  • 「アイーダ」Elaborate Lives(濱田と共演)
  • 「ラヴ・ネバー・ダイズ」君の歌を聴けるまで
  • 「ムーヴィン・アウト」ピアノマン
  • 「コーラスライン」愛した日々に悔いはない
  • 「レ・ミゼラブル」夢やぶれて
  • Christmas Eve (English Ver. ) by 山下達郎
  • 「チェス」Anthem

ラミンによると、彼は「ミス・サイゴン」のクリス役を14ヶ月の契約で演ったたという。「日本の舞台にも立ちたい。いっそのこと1年くらいいたい」「他の国のファンから『どうしてそんなにしょっちゅう来日するの?』と言われるんだけれど、僕がウエストエンドやブロードウェイの舞台に立っている時に日本のファンがわざわざ駆けつけてくれたからね。だからそのお返しをしないといけない」などとリップ・サーヴィスたっぷりで、実に気さくなナイス・ガイであった。

張りのある美声、伸びる高音を堪能した。「ラ・マンチャの男」のアレンジがボサノバ・タッチで面白く、「ピアノマン」は劇的で(物語が感じられ)、オリジナルのビリー・ジョエルより良かった。また「コーラスライン」の”愛した日々に悔いはない”は絶唱だった。

ただ「レ・ミゼ」の”夢やぶれて”が聴けたのは貴重だったのだが、これは元々ファンティーヌという女性の歌。

But the tigers come at night
With their voices soft as thunder
As they tear your hope apart
As they turn your dream to shame

He slept a summer by my side
He filled my days with endless wonder
He took my childhood in his stride
But he was gone when autumn came
And still I dream he'll come to me
That we will live the years together

でもトラたちが夜に現れ
その声は柔らかい雷鳴のよう
彼らはうら若き乙女の希望を引き裂き
夢を恥辱に変えるのよ

彼は夏の間中私の傍で寝た
そして私の日々を終わりのない驚きで満たした
彼は幼かった私に楽々と対処した
でも秋が来ると立ち去ってしまった
そして私は未だに彼が戻ってくるのを夢見るの
何年も一緒に過ごすのだと信じて

つまり「悪い男が突如目の前に現れて、初(うぶ)な私を騙し操を奪い、逃げ去った。こうして私は未婚の母になった」という内容なわけだが、ラミンはこの歌詞のHeをSheに変えて歌った。「それって一体全体、どういう状況なん???」と頭の中は疑問符だらけになっちゃった。

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2016年12月14日 (水)

エリザベート TAKARAZUKA 20周年 スペシャル・ガラ・コンサート

12月13日(火)梅田芸術劇場へ。

宝塚雪組でウィーン・ミュージカル「エリザベート」が日本初演されたのは1996年。それから20周年を迎えたことを記念するスペシャル・ガラ・コンサートへ行った。初演メンバーによるモニュメント、フルコスチューム、アニバーサリーと3つのバージョンがあり、僕が観たのはフルコスチューム版。2007年雪組版を中心としたキャストだった。

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ただし、フランツの初風緑は2005年月組、少年ルドルフの月影瞳は1996年星組のキャスト。樹里咲穂はルキーニを本公演で演じたことがなく、1998年宙組の東京公演ではルドルフを演じた。

2007年雪組版を観た当時の感想は下記事に書いた。

2012年に開催されたガラ・コンサートの様子は下記。

兎に角、懐かしかった。水夏希のトートは爬虫類系で、ネットリ粘液を分泌しながら絡みつく感じ。異形ではあるが、これはこれですこぶる面白い。僕が一番好きなトートは花組の明日海りお(正統派!)で、次点が東宝版の城田優(セクシー)。その次ぐらいに水を推したい。

エリザベートのNo.1が花總まりであることは論を俟たない。No.2は白羽ゆりかな。最初登場したときは頬紅が濃いな〜と思ったが、肖像画と同じエーデルワイスの髪飾りと豪華な白いドレスで登場する1幕フィナーレでとても映えた。ここに照準を合わせていたんだね。2幕になると薄化粧になり、違和感はなくなった。さすがに9年経つと若い頃のシシィはきついなーと感じたが、エリザベートが年を取るに従ってぐんぐん良くなる。息が長く演じられる役だ。

樹里咲穂のルキーニは元々上手い人なので、個性は乏しいが手堅い仕上がり。秀逸だったのが未来優希。猛烈なゾフィーで目力が半端ない。これは出雲綾を抜いて歴代ベストだと太鼓判を押したい。あと少年ルドルフは月影瞳が一番好きなので、生で観れて良かった。

DVDが発売されるそうなのだが、どうしようかな〜。我が家には雪組初演版以降の「エリザベート」で溢れているから。

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2016年12月 8日 (木)

ミュージカル「キャッツ」(劇団四季)

11月26日(土)大阪四季劇場へ。ミュージカル「キャッツ」17:30の回を観劇。

出演はグリザベラ:早水小夜子、オールドデュトロノミー/バストファージョーンズ:橋元聖地、ミストフェリーズ:一色龍次郎 ほか。一色のキレのあるダンスが良かった。

僕は黒いテントを張って上演された1985-86年の大阪公演(キャッツ・シアター)から観ている。グリザベラは久野綾希子。また1995-96年のキャッツ・シアター@品川も観た。仮設劇場では客席前方部が舞台とともに180度回転した。シアター・イン・シアター(常設劇場)に移ってから、この演出はなくなった。

5歳の息子を連れて観劇。「キャッツ」といえば冒頭、真っ暗な中に目が光った猫達が客席に現れて、子どもたちがギャーギャー泣き叫ぶのが定番なのだが、夜公演だったためか、それはなかった。猫は何回か客席に降りてきてくれて、カーテンコールではしっかり握手もした。息子はちょっと恥ずかしそうだった。

幕間では舞台に上って見学することも許可された。一方通行で、息子は3回行った。ゴミ溜めという設定なのだが、たまごっちや通天閣のレプリカとかが転がっていて面白かった。

グリザベラは娼婦猫なので幼稚園児には到底理解出来ないだろうし、敢えて僕も何の説明もしなかった。しかし全体として概ね愉しんでくれたようでホッとしている。途中「ねぇ、もう帰ろう」と言い出したけれど、最後まで何とか持ち堪えた。

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