舞台・ミュージカル

ブロードウェイの鬼才リン=マニュエル・ミランダが初監督したミュージカル映画『チック、チック…ブーン!』(tick, tick...BOOM!)

ピューリッツァー賞(戯曲賞)を受賞したミュージカル『ハミルトン』の台本・作詞・作曲・主演を兼任、ディズニー映画『モアナと伝説の海』や『ミラベルと魔法だらけの家』の作詞・作曲も手がけている鬼才リン=マニュエル・ミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) が2021年11月12日よりNetflixから配信されている(こちら)。『RENT/レント』の台本・作詞・作曲を手がけ、死後にピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソン(享年35歳)を主人公とするミュージカル映画で、歌われる楽曲は全てラーソンによるもの。音楽に関してミランダは今回ノータッチである。

評価:A+

ラーソンはダイナー(軽食レストラン)でウェイターとして働きながら夜はミュージカルを創作し、コツコツと試聴会(ワークショップ)を開催するものの、なかなか出資者(スポンサー)が見つからない。もうすぐ30歳の誕生日を迎えるのに、まだ何者でもない自分への焦燥や不安、煩悶が描かれる。

本作を十分に満喫するためには少なくとも『RENT/レント』を知っているということが前提となる。つまりラーソンが世紀の大傑作を生み出す瞬間=【ゼロ時間】に向かってひた走る映画だからである。この物語の先にあの『RENT』があるのだという期待・感慨抜きにはワクワク感が半減されてしまうだろう。

映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

例えばラーソンが「君は“エンジェル”だ!」と称賛するゲイの友人との関係性が『RENT』のキャラクター設定に緊密に結びついているし、ラーソンの自宅に設置された留守番電話の応答メッセージ"Speak !"が『RENT』と同じだったりする、といった具合。

観ている途中に気がついたのだが、本作はリン=マニュエル・ミランダ版『オール・ザット・ジャズ』なのだ。ブロードウェイの振付師・演出家でもあったボブ・フォッシー監督の自伝的作品で、1980年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを黒澤明の『影武者』と分かち合った。ロイ・シャイダー演じる主人公はブロードウェイの演出家。新作ミュージカルの準備を進めながら彼は死の影に怯え、焦り、混乱し、幻想を見る。レニー・ブルースを彷彿とさせるスタンダップ・コメディアンが登場し、その舞台上の一人語りが『チック、チック…ブーン!』のアンドリュー・ガーフィールドの姿に重なる。さらに『オール・ザット・ジャズ』の元ネタを遡ると、フェデリコ・フェリーニ監督『8 1/2』にたどり着く。「人生は祭りだ。一緒に過ごそう」

ミランダは間違いなくジョナサン・ラーソンの生き様に自分自身を投影している。ラーソンは作詞・作曲家スティーヴン・ソンドハイムを心から敬愛しており、 ソンドハイムが27歳で(『ウエスト・サイド物語』の作詞家として)ブロードウェイ・デビューしたことを繰り返し語る。その想いはミランダのそれとピッタリ一致する。映画の最後、ラーソン自宅の留守番電話に吹き込まれたソンドハイムからの激励メッセージは本人の肉声であり、ソンドハイム自身が台詞をリライトしたそうだ。ミランダも2009年ブロードウェイでの『ウエスト・サイド物語』スペイン語版リヴァイヴァル上演に際し、歌詞のスペイン語訳をソンドハイムと共同作業している。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

また、ピューリッツァー賞を受賞したソンドハイムのミュージカル"Sunday in the Park with Georgre"(日曜日にジョージと公園で/ジョージの恋人)のことを少し知っていたほうが本作をより一層楽しめるだろう。新印象派の画家ジョルジュ・スーラが主人公で(フランス語の「ジョルジュ」を英語読みすると「ジョージ」になる)、彼が点描法で大作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館所蔵)を書き上げる場面が第1幕のクライマックスとなっている。

Sunday

『チック、チック…ブーン!』の前半、ラーソンは自宅のテレビでその場面を見ている(動画はこちら)。マンディ・パティンキンとバーナデット・ピーターズが主演した1984年初演の舞台を撮影したもので、僕は北米版DVDを持っている。

『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われるラーソンが作詞・作曲した"Sunday"は明らかに"Sunday in the Park with Georgre"第1幕終曲に対するパスティーシュである。green,blue,yellowなど色彩を表す言葉が連発されるのも共通している。そしてこの"Sunday"にブロードウェイのレジェンドたちが大勢出演している。まずダイナーの厨房では監督のリン=マニュエル・ミランダがスペイン語を喋りながら調理している。店のカウンターには『ハミルトン』のスカイラー姉妹や『キス・ミー・ケイト』でトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞したブライアン・ストークス・ミッチェル、そして『ファン・ホーム』のベス・マローン(役と同じ黒縁メガネを掛けている)が座っている。テーブル席には映画『キャバレー』(ボブ・フォッシー監督)のMC役でアカデミー助演男優賞を受賞したジョエル・グレイ、『ウエストサイド物語』のアニタや『シカゴ』(ボブ・フォッシー振付・演出)のヴェルマ、『蜘蛛女のキス』の蜘蛛女などでブロードウェイ・オリジナル・キャストを務めたチタ・リベラ、リヴァイヴァル版『シカゴ』ヴェルマ役でトニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞したビビ・ニューワース、ブロードウェイ『オペラ座の怪人』のファントム役として最多出演回数を誇るハワード・マクギリン、『ハデスタウン』でトニー賞ミュージカル助演男優賞を受賞したアンドレ・デ・シールズ、そしてバーナデット・ピーターズ本人もいる(主人公が彼女の手を取る場面は"Sunday in the Park with Georgre"の再現である)。さらに『RENT』のオリジナル・キャスト、アダム・パスカル(ロジャー)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、ダフニ・ルービン=ヴェガ(ミミ)が浮浪者(bums)役で登場する。

グランド・ジャット島はパリ・セーヌ川の中洲にあり、両岸と橋で結ばれている。ブロードウェイがあるマンハッタン島もハドソン川河口部の中洲にある。つまり両者には共通点があるのだ。

ソンドハイムは2021年11月26日に91歳で亡くなったが、その3日後の日曜日に彼を慕うブロードウェイの演劇人たちがニューヨークのタイムズスクエア(ディスカウントプレイガイドtktsのある所)に集った(動画はこちら)。まずリン=マニュエル・ミランダがソンドハイムの書いた本の一節を朗読する(ここで名前が出てくるラパインとは、"Sunday in the Park with Georgre"の台本を書き、演出したジェームズ・ラパインのこと) 。そして全員でソンドハイム作詞・作曲の"Sunday"を歌う。ブライアン・ストークス・ミッチェルや歌手ジョシュ・グローバンの姿もある。あたかも人々が日曜礼拝で教会に集い、牧師が聖書を読み、その後に参会者が賛美歌を歌う情景のようだ。

日本人には余りピンとこないと思うが、アメリカ演劇業界の人々にとってソンドハイムは神にも等しい存在なのだ。それは世界中のアニメーターにとって、宮崎駿がどういう存在かという関係性に等しい。

かようなわけで『チック、チック…ブーン!』はジョナサン・ラーソンとスティーヴン・ソンドハイムに対する熱烈な恋文に仕上がっている。

| | | コメント (0)

映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』『ハミルトン』で主演・台本・作詞・作曲と八面六臂の活躍をし、トニー賞を総なめにした上にピューリッツァー賞までさらった鬼才リン=マニュエル・ミランダの監督デビュー作で、Netflixから配信されているミュージカル映画『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) について熱く語りたいのだが、その前にアンドリュー・ガーフィールド演じる主人公ジョナサン・ラーソンについて押さえておく必要がある。ならば彼が台本・作詞・作曲を兼任したミュージカル『RENT/レント』にも触れない訳にはいかないだろう。

1980年代後半から90年代初頭にかけ世界中でHIV感染症が猛威を奮い、沢山の人々がAIDSで倒れた。亡くなった有名人を何人か挙げると、映画『ジャイアンツ』『風と共に散る』に出演した俳優ロック・ハドソン(1985年死去)、ミュージカル『コーラスライン』の原案・振付・演出をしたマイケル・ベネット(1987年死去)、フランス映画『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』を監督したジャック・ドゥミ(1990年死去)、ディズニー・アニメ『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』の作詞家ハワード・アッシュマン(1991年死去)、英国のロックバンド・クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリー(1991年死去)、ヒッチコック映画『サイコ』に主演したアンソニー・パーキンス(1992年死去)、映画『愛と哀しみのボレロ』にも出演した20世紀バレエ団の花形ダンサー、ジョルジュ・ドン(1992年死去)、ソ連生まれのバレエ・ダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(1993年死去)など

この時代を象徴する黙示録として生まれた演劇分野における代表作が『RENT』であり、トニー・クシュトナーが書いた戯曲『エンジェルス・イン・アメリカ』である。後者は原作者自身が脚色し、映画『卒業』のマイク・ニコルズが監督したテレビ(HBO)のミニ・シリーズも優れているのでお勧めしたい。アル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソンといった豪華出演陣で、現在ではU-NEXTから配信されている。

『RENT』はプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』を原作としており、ヒロイン・ミミの名はそこから来ている。「ムゼッタのワルツ」の旋律も引用される。作品を鑑賞する前に是非知っておきたい知識として「ボヘミアン」という概念が挙げられる。元々は流浪の民=ロマを指す言葉だが、「ボヘミアン・アーチスト」とは芸術家や作家、世間に背を向けた者などで、伝統や習慣にこだわらない自由奔放な生活をしている人々のこと。『ラ・ボエーム』ではパリの屋根裏部屋で暮らす詩人・画家・音楽家・哲学者であり、それが『RENT』ではニューヨーク・イーストヴィレッジで暮らす若者たちに置換されている。『RENT』とは家賃のことだが、『借りぐらし』と言い換えることも可能だろう。

『RENT』が(オフからオンに進出し)ブロードウェイで初演されたのは1996年4月29日。トニー賞のミュージカル部門で最優秀作品賞・台本賞・楽曲賞・助演男優賞(エンジェル役:ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア)を受賞し、『エンジェルス・イン・アメリカ』同様ピューリッツァー賞の最優秀戯曲賞にも輝いた。しかしラーソンはオフ・ブロードウェイ・プレビュー公演初日未明(1996年1月25日)に突然亡くなった。死因がAIDSだと勘違いしている人もいるが、実際はマルファン症候群に合併した大動脈解離だった。享年35歳。だからラーソン本人はこの作品が大成功を収め、数々の賞を勝ち取るという未来を知る由もなかった。なお、彼には女性の恋人がいたし(付き合っていた恋人をレズビアンに奪われたらしい)、ゲイではなくストレートだったようだ。

本作が画期的で素晴らしい点は多様性(diversity)に対して寛容であるということだろう。性癖ではストレート、ゲイ、ドラァグクイーン、レズビアン、バイセクシャルが登場し、ヘロイン中毒で注射器からHIV感染した者もいる。人種も白人(WASPとユダヤ人)、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック(ラテン)系、アジア系(嘗てブロードウェイ公演にMayumi Andoという日系の役者が出演していた)と多岐に渡る。『チック、チック…ブーン!』で描かれているようにラーソンは誰に対しても隔てなく接する。Friendlyで、共感性が極めて高いのだ。多様性(diversity)に不寛容(intolerant)だったトランプ政権下、"I can't breathe."という言葉を残し警官に殺されたジョージ・フロイド事件に端を発するBlack Lives Matter(BLM)運動を経たいま、『RENT/レント』が訴えかける価値観がより一層の輝きを放ち僕たちの心を照らしてくれる、そう感じられる。

僕は1998年の日本初演を大阪シアター・ドラマシティで観ている。演出はマーサ・ベンタ、出演は山本耕史、宇都宮隆、KOHJIRO、浜口司、KONTA、森川美穂ほか。これが酷い出来で、全く好きになれなかった。怒り心頭に発して途中で帰りたくなったくらい。要因はいくつか挙げられる。まず山本くん以外はミュージシャンを本業とする人が多く、演技が拙かった。またロックコンサートと勘違いするくらいの大音響で、難聴になるんじゃないかと耳を塞ぎたくなった。そして、やはり日本人だけのキャストで本作を上演するのは土台無理な話なのではないか?多様性の欠片もなく、作品の本質が見失われてしまう。それは『ウエストサイド物語』にしろ、『ラグタイム』にしろ同じことだ。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

2005年にクリス・コロンバス監督による映画版を鑑賞し、初めて本作の素晴らしさが理解出来た。映画ではアンソニー・ラップ(マーク役)、アダム・パスカル(ロジャー)、ジェシー・L・マーティン(コリンズ)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、テイ・ディグス(ベニー)、イディナ・メンゼル(モーリーン)と6人のブロードウェイ・オリジナル・キャストが集結した。新しいキャスト、ミミ役ロザリオ・ドーソン、ジョアン役トレイシー・トムズも良かった。なお、イディナ・メンゼルとテイ・ディグズは本作での共演が縁で2003年に結婚したが、2013年に離婚している。またトレイシー・トムズは舞台版『RENT』のオーディションに何度も落ちていたが、映画での好演が高く評価され、3年後に同じジョアン役でブロードウェイの舞台に立てた。

イディナ・メンゼルは後にディズニー・アニメ『アナと雪の女王』のエルサ役に抜擢され、"Let It Go"が世界中で大ヒット、センセーションを巻き起こし、アカデミー歌曲賞を受賞したことは記憶に新しい。アンソニー・ラップは #MeToo 運動が盛り上がった2017年、14歳のときに舞台で共演したケヴィン・スペイシーが自宅で開いたパーティに招かれ、その夜に彼からセクシャル・ハラスメントを受けたと告白。追い詰められたスペイシーはハリウッド追放の憂き目にあった。

映画『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM! )』では、ジョナサン・ラーソンが創作活動をしながら、軽食レストラン(ダイナー)でウェイターとして働く様子が描かれているが、ある日そこに見習いウェイターとしてやって来たのが、後にコリンズ役を演じることになるジェシー・L・マーティンである。そして『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われる"Sunday"というナンバーではアダム・パスカル、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアそしてミミのオリジナル・ブロードウェイ・キャスト、ダフニ・ルービン=ヴェガが浮浪者(bums)役で登場する。

ただ残念だったのは舞台の初演から『RENT』映画化まで9年も経過したこと。役者も年を取るので特に初演時24歳だったアンソニー・ラップは映画でおっさんになっていた。アダム・パスカルとかウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアはそんなに老けた印象はなかったのだが。実際のところ舞台でジョアンを演じたフレディ・ウォーカーは年齢を理由に映画出演を辞退している。

元々『RENT』の映画化権は #MeToo ムーブメントの果てに逮捕された悪名高き映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが設立したミラマックスが所有していた。当初ミラマックスはロブ・マーシャル監督(『イントゥ・ザ・ウッズ』『メリー・ポピンズ・リターンズ』)に興味ないか?と話を持ちかけたが、マーシャルは「もっといいアイディアがある」とミュージカル『シカゴ』映画化を提案、そちらの企画が通って2002年に公開され、アカデミー作品賞を獲得した。また『RENT』の歌詞の中で言及されるスパイク・リー監督も興味を示したが、結局うまく行かなかった。そういった経緯でミラマックスが権利を手放し、クリス・コロンバス(『ホーム・アローン』『ハリー・ポッターと賢者の石』)がチャンスを掴んだというわけ。

Rent

評論家や世間での映画『RENT/レント』の評判は芳しくない。その多くはコロンバスの演出が凡庸だという意見に集約されるだろう。しかし僕のような観劇をこよなく愛する人間=theatergoerの目から見ると出来は決して悪くない。つい先日見返したのだが、2021年の現在でも決して古びていない優れた作品だった。兎に角、舞台版に対する監督の敬意がひしひしと伝わってくる。彼は何も余分な要素を付け足したりしない。オーソドックスな正攻法であり、だから逆に映画ファンからは物足りないと言われるのだろう。オリジナル版では第2幕冒頭で歌われる名曲中の名曲"Seasons of Love"を映画冒頭に持ってきているが、劇場のステージに登場人物が横一列に並び、一人一人に真上からスポットライトを当てるという舞台演出をそのまま踏襲しており、好感度大。だからある意味、この映画版はDisney+から配信されているミュージカル『ハミルトン』に近いと言えるかも知れない。

舞台のオリジナル・キャストが映画版で6名も揃うというのは僕が知る限り前例がない。次に多いのが『プロデューサーズ』の4名(ネイサン・レイン、マシュー・ブロデリック、ゲイリー・ビーチ、ロジャー・バート)だろうか?ただトニー賞を12部門受賞した『プロデューサーズ』は舞台版の振付・演出を手がけたスーザン・ストローマンが引き続き映画版を監督しているのだが、惨憺たる出来。舞台演出の才能と映画的センスは全く別物なのだと思い知った。尚、僕は2001年8月下旬(同時多発テロ2週間前)にブロードウェイのセント・ジェームス劇場でオリジナル・キャストが勢揃いした『プロデューサーズ』を観劇している。それはそれは素晴らしい作品で、映画版とは雲泥の差だった。この折にパレス劇場ではディズニー製作のミュージカル『アイーダ』も観た。アイーダ役がヘザー・ヘッドリー(同役でトニー賞受賞)、ラダメス役がアダム・パスカルというオリジナル・キャストで、パーフェクトなパフォーマンスだった。閑話休題。

2008年ブロードウェイでの最終公演が『レント・ライヴ・オン・ブロードウェイ』というタイトルでDVD/Blu-ray発売されており、そちらもお勧め。何しろ劇場の雰囲気がそのまま愉しめる。カーテンコールではオリジナル・ブロードウェイ・キャストが勢揃いし、新旧キャストで"Seasons of Love"を高らかに歌い上げる。注目すべきは最終公演でミミを演じたレネイ・エリース・ゴールズベリイ。美人だし、歌も踊りも滅法上手い。彼女は後にミュージカル『ハミルトン』でスカイラー三姉妹の長女を演じ、トニー賞でミュージカル助演女優賞を受賞する(映画『チック、チック…ブーン!』にもカメオ出演している)。またカンパニーの中には映画版でジョアンを演じたトレイシー・トムズもいる。

本作が言いたいことを集約するなら"No day but today"(今日という日しかない)に尽きるだろう。

Finale Bの歌詞と対訳を一部ご紹介しよう。

 There is no future
 There is no past
 Thank God this moment's not the last

 There's only us
 There's only this
 Forget regret or life is yours to miss.
 No other road
 No other way
 No day but today

 未来なんかない
 過去もない
 今(この瞬間)が最後の時でなくて良かった

 僕らしかいない
 これしかない
 後悔は忘れよう、でなきゃ人生を逃してしまう
 他の道はない
 他のやり方もない
 今日という日しかない

日本初演から二十数年を経たいま、"No day but today"はより切実に僕の心に響くようになった。人生も半ばを過ぎて、死を意識するようになったことと無縁ではあるまい。

「今日という一日を大切に生きよう」というメッセージは、なにも不治の病に罹った人だけに向けたものではない。それは映画『いまを生きる』でロビン・ウィリアムズが口ずさんだラテン語の警句"Carpe Diem"(カルペ・ディエム:その日をつかめ/その日の花を摘め)と密接に結びついている。黒澤明『生きる』で志村喬が死ぬ直前に歌った、大正時代に流行った『ゴンドラの唄』(吉井勇 作詞/中山晋平 作曲)の歌詞「いのち短し 恋せよ乙女」や、『万葉集』で大伴旅人(おほとものたびと)が詠んだ歌「生ける者(ひと) 遂にも死ぬるものにあれば この世にある間(ま)は 楽しくをあらな」も同じことを言っている。

いまを生きる 2014.10.01
ミュージカル「RENT」オリジナル・キャスト〜アダム・パスカル&アンソニー・ラップ /ライヴ ! 2010.12.31

映画『RENT/レント』は現在、Netflix、U−Next(見放題)、Amazon Prime Video(有料レンタル100円)などから配信されている。

| | | コメント (0)

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

スティーヴン・スピルバーグ監督によるリメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』が2022年2月11日から公開される。公式サイトはこちら

映画『ウエスト・サイド物語』(旧作)が公開されたのは1961年。今から60年前である。アカデミー賞では作品賞・監督賞など10部門を受賞した。日本では封切られてから511日間、約1年半に渡りロングラン上映されたという。これは前年の『ベン・ハー』を凌ぐ記録となった。

元となったブロードウェイ・ミュージカルが初演されたのは1957年。舞台版で演出・振付を担当したジェローム・ロビンズが映画版ではロバート・ワイズと共同監督を務めた。しかし実はトニー賞で最優秀振付賞と美術賞の2部門しか受賞していない。だから当初は決して評価が高いと言えなかった。因みにこの年、ミュージカル作品賞・演出賞・主演男優賞などに輝いたのは『ザ・ミュージック・マン』である。『ザ・ミュージック・マン』はこれでトニー賞を受賞したロバート・プレストンがそのまま同役を演じ1962年に映画化されているが、それ程話題にはならず日本では未公開。なおトニー賞にオリジナル楽曲賞が加わるのは1962年の"No Strings"から。だから意外なことにレナード・バーンスタイン(レニー)は『ウエストサイド物語』の作曲に関して、いかなる賞も受賞していない。『南太平洋』『努力しないで出世する方法』『コーラス・ライン』『レント』『ハミルトン』などピューリッツァー賞を受賞したミュージカル作品は多々あるが、『ウエストサイド物語』は歯牙にも掛けられなかった(シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を土台にしているからではないかと思う人がいるかも知れないが、『レント』だってプッチーニのオペラ『ボエーム』を換骨奪胎した作品である)。また作曲家のアーロン・コープランド、チャールズ・アイヴズ、サミュエル・バーバー、モートン・グールド、ウィントン・マルサリス、ジョン・コリリアーノ、スティーヴ・ライヒらはピューリッツァー賞の音楽部門を受賞しているが、レニーは生涯無冠に終わった。

結局ブロードウェイ初演時には観客も業界人も、この作品の革新性を十分理解出来ていなかったのだと思われる。1950年代といえば『王様と私』『野郎どもと女たち(ガイズ & ドールズ)』『マイ・フェア・レディ』といったオーソドックスな、言い方は悪いがOld-fashioned Musicalが主流だった。そんな中で『ウエストサイド物語』は破格の作品であった。

作詞はスティーヴン・ソンドハイム、当時27歳。後に作曲も兼任するようになり、『リトル・ナイト・ミュージック』『カンパニー』『スウィーニー・トッド』『イントゥ・ザ・ウッズ』『フォーリーズ』『パッション』などの名作ミュージカル群を世に送り出した。トニー賞受賞8回、ミュージカル『ジョージの恋人(日曜日にジョージと公園で)』でピューリッツァー賞1回、そしてマドンナが歌った映画『ディック・トレイシー』の主題歌"Sooner or Later"ではアカデミー歌曲賞を受賞している。2021年11月26日に死去、91歳だった。

【日本での上演史】日本人キャストで初演したのはなんと宝塚歌劇団。1968年月組・雪組合同公演だった。振付・演出はジェローム・ロビンズとサミイ・ベイス。劇団四季は1974年から上演している。僕は高校生の頃、岡山県の倉敷市民会館で劇団四季版を観劇した。1980年代の話である。オープニングのダンス・シーンでダンサーがコケるなど、まだまだ上手とは言い難かった。宝塚版は1999年星組公演を宝塚大劇場で観た。出演者は稔幸、星奈優里、絵麻緒ゆう、彩輝直ほか。この作品の場合、女性だけだと群舞シーンでどうしても迫力に欠け、またプエルトリコ系シャーク団の面々はドーランを塗って肌を浅黒くしていることに違和感を覚えた。民族対立がテーマとしてあるわけで、同じ民族の日本人だけで演じるのはどうしても限界がある。それは白人が顔を黒く塗ってアフリカ系アメリカ人を演じるミンストレル・ショーがアメリカ合衆国で廃れたことと無関係ではない。

Minstrel

同様に、登場する人種が多様なミュージカル『ラグタイム』や『RENT』も日本人キャストのみでは難しい。

【歌の吹替問題】1961年の映画は泣く子も黙る掛け値なしの名作であるが、いくつかの問題を孕んでいる。まずナタリー・ウッドの歌はマーニ・ニクソン、トニー役リチャード・ベインマーの歌はジム・ブライアントが吹替ている。またアニタ役リタ・モレノの歌唱の一部をベティ・ワンド、リフ役ラス・タンブリンの歌唱の一部をタッカー・スミスが吹替ている(ラス・タンブリンは後にTVシリーズ『ツイン・ピークス』に精神科医役で出演した)。歌が吹替であることは公開当時秘密にされており、クレジットにも歌手の記載がない。またレコードの売上も吹替歌手に対して一切支払われなかったため、後に裁判沙汰となった。

【マーニ・ニクソン】最強の“ゴースト・シンガー” マーニは『王様と私』(1956)のデボラ・カーや『マイ・フェア・レディ』(1964)のオードリー・ヘップバーンの歌も吹き替えている。『王様と私』でマーニは「吹替したとバラしたら二度と仕事が出来ないようにしてやる」とスタジオから脅され、公表しないという誓約書にサインさせられた。しかし気のいいデボラ・カーはインタビューでマーニのことに言及し彼女に感謝したたため、20世紀フォックスは慌てふためいた。

『ウエストサイド物語』のナタリー・ウッドは自分の歌が映画で使用されると撮影終了まで信じていた。だから後で吹替のことを聞き、ショックを受けたためポスト・プロダクションにおける録り直し・調整に一切協力しなかったという。

『マイ・フェア・レディ』はアカデミー賞に12部門ノミネートされ8部門で受賞した。しかし実際はオードリーが歌っていないことが広く知れ渡っていたので彼女はノミネートすらされず、その年に主演女優賞を受賞したのは『メリー・ポピンズ』のジュリー・アンドリュースだった。ジュリーは舞台版『マイ・フェア・レディ』イライザ役のオリジナル・キャストであり、映画で起用されなかった彼女に対して同情票が集まったと言われている。『マイ・フェア・レディ』で主演男優賞を受賞したレックス・ハリソンは授賞式の壇上で「ふたりのイライザに感謝します」とスピーチした。

マーニのことを気の毒に思ったロバート・ワイズ監督は映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)で彼女を修道院のシスター役に起用する。『マイ・フェア・レディ』の一件があったのでマーニは主演のジュリー・アンドリュースとの初対面ですごく緊張した。しかしジュリーはスタスタと彼女に歩み寄り「マーニ、私は以前からあなたのファンです」と言った。『サウンド・オブ・ミュージック』は殆どの役者が自分で歌っているが、修道院長役のペギー・ウッドの代わりに“すべての山を登れ”をメゾソプラノ歌手のマージェリー・マッケイ が吹替ている。ただしこのシーンは公開直前に監督の指示でカットされた(ビデオ/DVD/Blu-rayでは復活している)。

【その後のミュージカル映画】『ウエストサイド物語』で本人の歌ではないのにアカデミー助演女優賞を受賞したということで、リタ・モレノは後々まで非難されることになる。また『マイ・フェア・レディ』のごたごたもあり、以降のミュージカル映画では役者本人が歌うことが通例となった(ただし一部例外もあり『オペラ座の怪人』でオペラ歌手カルロッタを演じたミニー・ドライヴァーの歌は吹替である)。またその反動か、女優本人が歌うと(たいした演技でなくても)比較的容易くアカデミー賞が受賞出来るという珍現象が近年まで続いている。具体例を挙げるなら『ファニー・ガール』のバーブラ・ストライサンド、『キャバレー』のライザ・ミネリ、『シカゴ』のキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』のリース・ウィザースプーン、『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソン、『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイ、『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン、『ジュディ 虹の彼方に』のレネー・ゼルウィガー。男優の場合、この法則が当てはまらないというのも面白い。

【人種問題】『ウエスト・サイド物語』のジェット団はポーランド系アメリカ人の不良グループであり、シャーク団はプエルトリコからの移民である。そのリーダー、ベルナルドの妹マリアはアメリカ合衆国に来てまだ1ヶ月という設定。しかし旧映画版でマリアを演じたナタリー・ウッドはサンフランシスコ生まれで両親はロシアからの移民。ベルナルド役ジョージ・チャキリスはオハイオ州生まれで両親はギリシャ系。つまりプエルトリコ出身のリタ・モレノ以外は殆ど白人がメイクでプエルトリコ人を演じていたのである。

【リン=マニュエル・ミランダと『イン・ザ・ハイツ』】ブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』でトニー賞を総なめにし、ピューリッツァー賞まで手に入れたリン=マニュエル・ミランダはプエルトリコ系で、幼少期は年に1ヶ月間、祖父母が住むプエルトリコで過ごした。『ハミルトン』の前作『イン・ザ・ハイツ』もトニー賞のミュージカル作品賞や楽曲賞を受賞したが、この作品はニューヨーク・マンハッタン島北部のワシントンハイツを舞台にしている。ここはドミニカ共和国、キューバ、プエルトリコ、メキシコ等からの移民が集まりスペイン語が飛び交うラテン系アメリカ人(ラティーノ)社会を形成している。

ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」

『イン・ザ・ハイツ』が『ウエスト・サイド物語』から多大な影響を受けていることは論を俟(ま)たない。『ウエスト・サイド』とはマンハッタン島の西側を指す。 セントラルパークを挟んでイースト・サイドが高級住宅街、ウエスト・サイドには多くの貧しい移民が住んでいた時代の物語だ。

ミランダは2009年ブロードウェイ再演『ウエストサイド物語』スペイン語版の脚本を執筆し、スティーヴン・ソンドハイムと共に歌詞をスペイン語に翻訳した。更に彼は高校生の時に学校で『ウエストサイド物語』の演出も手がけたという。

スピルバーグがニューヨークでWSSを撮っている時に、ちょうど映画『イン・ザ・ハイツ』も撮影中でロケ現場がすぐ近くだった。だからミランダは居ても立っても居られず、撮影の合間にスピルバーグの現場に見学に行ったと告白している(こちらの記事)。折しもミュージカル・ナンバー“マリア”を歌っているところだった。

また2021年11月にNetflixから配信されたミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!』(大傑作!!)はミュージカル『RENT/レント』の作詞・作曲・脚本でトニー賞やピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソンを主人公とするミュージカル映画だが、新作の試聴会(ワークショップ)に現れたスティーヴン・ソンドハイムから掛けられた言葉が、もうすぐ30歳になるのに世間から中々才能を認められなくて焦るラーソンの気力をいかに奮い立たせたかが描かれている(映画最後の留守電はソンドハイム本人の声で、話している内容も本人が書き直したそうだ)。歌詞の中でラーソンは高校生の時に親友と学芸会で『ウエストサイド物語』を演じたと語り(“クール”の旋律が引用される)、また"Sunday"というナンバーでは『ウエストサイド物語』オリジナル・プロダクション(初演)でアニタを演じたチタ・リベラが特別出演している。さらに『イン・ザ・ハイツ』にも「酔っぱらったチタ・リベラみたいだ」という台詞がある。

【スピルバーグ版の改善点】まず出演者全員、本人が歌っている。またスピルバーグはヒスパニック系の登場人物はヒスパニック系のバックグラウンドを持つ者に演じてもらうことにこだわり、プエルトリコ人役33名のうち20名が厳密なプエルトリコ人、またはプエルトリコにルーツを持つ者たちを選んだ。マリア役は新人のレイチェル・ゼグラー。母親はコロンビア人で、ディズニー実写版『白雪姫』の主演に抜擢されている。アニタ役アリアナ・デボーズは父親がプエルトリコ系。またリタ・モレノも再び本作に出演している。彼女はオリジナル版でシャーク団とジェット団の中立地帯の役割を果たした食料雑貨店の店主ドクの未亡人を演じた。

West

今回脚色を担当したのはトニー・クシュナー。1993年に舞台『エンジェルズ・イン・アメリカ』でピューリッツァー賞戯曲部門を受賞した。スピルバーグとは既に『ミュンヘン』『リンカーン』で組んでいる。『エンジェルズ・イン・アメリカ』は『レント』と並ぶ、人々がAIDSに恐れ慄いていた90年代を代表する演劇作品である。

【スピルバーグとミュージカル】長いスピルバーグのキャリアの中で、ミュージカルを監督するのは本作が初めてである。実は『E.T.』(1982)が完成した時期に、マイケル・ジャクソン主演でミュージカル映画『ピーターパン』を撮るという企画が持ち上がっていた。1982年といえばアルバム『スリラー』が発売された年で、マイケルの全盛期だった。その準備として朋友ジョン・ウイリアムズ作曲、レスリー・ブリッカス作詞で歌も数曲完成していたのだが、結局実現しなかった。この時作曲された楽曲は後に、大人になったピーターパン(ロビン・ウィリアムス)を主人公とするスピルバーグ映画『フック』(1991)に流用された。しかし残念ながら駄作であった。ジョンの音楽は良かったのだが……。

【シンフォニック・ダンス】レニーは1960年にシド・ラミンとアーウィン・コスタルに編曲を依頼して、『ウエスト・サイド物語』の音楽を素材にオーケストラのための演奏会用組曲『シンフォニック・ダンス』を創作した。初演は61年。因みにシド・ラミンとアーウィン・コスタルは61年の映画版でアカデミー賞のミュージカル映画音楽賞(つまり編曲賞)を受賞している。

構成は以下の通りで、全曲が切れ目なく演奏される。演奏時間は約30分。

  1. プロローグ 
  2. サムウェア 
  3. スケルツォ
  4. マンボ 
  5. チャチャ
  6. 出会いの場面  〜クール 〜フーガ
  7. ランブル(乱闘) 
  8. フィナーレ 

レニーの指揮で2種類のレコーディングが残されており、日本では彼から直接薫陶を受けた指揮者・大植英次や佐渡裕らがしばしば演奏会で取り上げている。また現在ベルリン・フィルの芸術監督であるキリル・ペトレンコも数回この楽曲を指揮している。

実に面白いのは『ウエスト・サイド物語』の中でいちばん有名な“トゥナイト”を敢えて外していること。恐らくこのナンバーばかり流行って、レニーはウンザリしていたのではないだろうか?「俺はこれだけじゃなく、他にもいい曲をたくさん書いているんだぞ!」と。

またミュージカルが1957年にブロードウェイで初演された時、パーカッションが沢山必要だったのでオーケストラ・ピットにヴィオラが入らず、ヴィオラ抜きの編成だった。だからシンフォニック・ダンス版の"サムウェア”でレニーはヴィオラ・ソロから始まることにこだわったのだそう(大植英次 談)。

【『ロミオとジュリエット』との関係】WSSがシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に基づいていることは先に書いた。レニーは“サムウェア”にチャイコフスキーの幻想序曲『ロメオとジュリエット』の旋律(終結部のチェロ)を引用している。

【グスターボ・ドゥダメル】スピルバーグ版でオーケストラの指揮をするのはベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメル。画期的音楽教育システム「エル・システマ」の申し子である。17歳でシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの音楽監督に就任し世界に名を馳せ、2009年からはロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督となった。2017年にはウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートの指揮者を務め、ベルリン・フィルの演奏会にもしばしば登場している。シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ時代にはアンコールで『シンフォニック・ダンス』からマンボを演奏するのが定番で、来日公演でもラテンの血が滾るパフォーマンスで聴衆を熱狂させた。正に彼以外考えられない、ドンピシャの起用である。ドゥダメルがニューヨーク・フィルと組んで、そこにどのような化学反応(chemistry)が生じるのか?今から愉しみで仕方がない。

| | | コメント (0)

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部「全国大会練習会・金賞報告演奏会 in 伊丹」

10月31日(日)、東リ いたみホール(伊丹市立文化会館)へ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏会を聴く。

Fd4ajn3aaamskle

プログラムの内容は、

・梅田隆(脚本)、西村友(作曲):創作ミュージカル『OGATA洪庵の妻』(抜粋版)
・LiSA(作詞)、梶浦由記(作詞/作曲):映画「鬼滅の刃 無限列車編」より『炎』
・『松田聖子』メドレー(青い珊瑚礁〜赤いスイートピー〜SWEET MEMORIES〜夏の扉)
・ジョゼッペ・ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
郷間幹男:TOINファンファーレ(大阪桐蔭高校応援歌)
・ジョン・ウィリアムズ:映画「スター・ウォーズ」よりメインテーマ
・ミシェル・ルグラン:映画「ロシュフォールの恋人たち」より『キャラバンの到着』
・高昌帥(コウ・チャンス):吹奏楽のための協奏曲
・桑田佳祐:炎の聖歌隊[Choir]
・YOASOBIメドレー(ラブレター〜郡青)
・リクエストコーナー

僕が初めて梅田隆司 先生(指揮)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴いたのは2007年、“吹奏楽の甲子園”=普門館だった。あれから14年経った。

第55回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 前編 2007.10.25

ガーシュインの「ポーギーとベス」を自由曲に選んだ2016年以来、5年ぶりに全日本吹奏楽コンクールで金賞に返り咲いた大阪桐蔭吹部は間もなく日本管楽合奏コンテストに臨むということで、その予行演習も兼ねたコンサートである(そして11月7日に開催されたコンテストで「最優秀グランプリ賞」「文部科学大臣賞」「観客最多投票賞(後半の部)」を受賞した)。

英雄とは誰か?という問いから始まるミュージカル「OGATA洪庵の妻」は今年の定演で初演されたが、学校関係者以外は有料動画配信で観るしかなかった。下記記事でその詳しい内容紹介と、作品の構造分析をした。

創作ミュージカル「OGATA浩庵の妻」が凄い!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2021(今年は保護者以外動画配信のみ) 

元々上演時間60分の作品だが、今回は抜粋版として37分位に縮められた。カットされた主な場面は以下の通り。

①緒方洪庵が開設した「適塾」と華岡青洲 の「合水堂」門下生との喧嘩(明治時代における“バンカラ”精神みたいなもの。現代の俗語で言えば“ヤンチャ”か)。
②1869年長州藩・大村益次郎が刺客に襲われ足の傷から敗血症となり死亡。その際「切断した足を洪庵先生の墓傍に埋めてほしい」と遺言を残した。

前にも書いたが緒方洪庵は天然痘に対する種痘を広めた医師なので、本作は新型コロナ禍でワクチン接種が進む今日の世界の状況に合致しているのが見事。

兵庫県丹波篠山市出身の心理学者で京大教授、文化庁長官も務めた河合隼雄が書いた「母性社会日本の病理」という名著がある。

Bosei

平安時代に書かれた「源氏物語」を読めば分かる通り、古来より日本は(全てを呑み込むような包容力を持ち、自己と他者の境界が曖昧になる)〈母性原理〉が支配的な社会であった。そこに異質な(切断し、他者との対立構造を明確にする)〈父性原理〉を持ち込んだのが武家社会である。最近では“侍ジャパン”などと武士道をもてはやし、これぞ「日本人の心」だと言ったりする輩もいるが、江戸時代に支配階級であった武士は全人口のたった7%に過ぎない。85%は百姓、つまり農民である。ここを錯覚してはいけない。

ミュージカル「OGATA洪庵の妻」は生涯に13人の子供を生んだ八重という〈母〉を主人公に据え、〈父性原理〉で動いてきた幕末から明治維新にかけての時代を、〈母性原理〉という視座から捉え直そうとした意欲作なのではないか?そう今回観劇しながら思った。

それは〈父性原理〉に立脚したキリスト教(父・子・聖霊から成る三位一体に女性は介在しない)への信仰を背景に持つ宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を換骨奪胎し、〈母性原理〉の漫画に仕立てた松本零士「銀河鉄道999」の手法を彷彿とさせる。詩「永訣の朝」に込められた妹トシへの想いでも明らかなように宮沢賢治は〈シスター・コンプレックス〉の作家だが(ジョバンニ↔カムパネルラの関係性)、「銀河鉄道999」のメーテルは〈マザー・コンプレックス〉が生み出した偶像である。

松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論 2016.07.07

最近、大阪桐蔭吹部がYou Tubeにupした、アニメーション映画「竜とそばかすの姫」(U)の細田守監督は日本テレビ「世界一受けたい授業」に出演し、“絶対に観てほしい5つのアニメ”を紹介した。その中で高畑勲監督「赤毛のアン」や宮崎駿監督「ルパン三世 カリオストロの城」と並んで彼が挙げたのが、りんたろう監督「劇場版 銀河鉄道999」である。そして「竜とそばかすの姫」は正に女子高校生の主人公が〈母性〉に目覚め、鉄道に乗って窮地に陥った“鉄郎”を救出に行く物語であった。

 竜とそばかすの姫 2021.08.10

併せて、数々の漫画賞を受賞したよしながふみの大傑作『大奥』をお勧めしたい。〈父性原理〉の江戸武家社会を男女逆転という仕掛けで女性の目から見直すという姿勢が「OGATA洪庵の妻」に通ずるところがあるし、安政の大獄における橋本左内斬首の場面もある。また若い男子にのみ感染するという日本の奇病「赤面疱瘡(あかずらほうそう)」を設定し、弱毒株発見により種痘法を確立するまでの過程がリアリティを持ってスリリングに描かれている。

さて、映画「鬼滅の刃 無限列車編」の主題歌『炎』はレコード大賞に輝いたわけだが、作曲した梶浦由記の作品中、僕が一番好きなのは「魔法少女まどか☆マギカ」の劇伴音楽。劇場版「[新編]叛逆の物語」のエンディングで流れた、彼女が作詞・作曲した『君の銀の庭』も素敵だった。

「魔法少女まどか☆マギカ」を語ろう! 2012.03.14
・ 
劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語 2013.10.27

ヴェルディ「アイーダ」ではアイーダ・トランペットが6本登場した。

松田聖子に関して鮮明に憶えているのは大学に合格した1985(昭和60)年4月に大林宣彦監督「さびしんぼう」を映画館に観に行った時、併映が松田聖子・神田正輝主演の「カリブ・愛のシンフォニー」だったこと。シネコンがなかった当時は2本立て興行というのが普通だった。しかし僕は聖子が嫌いだったので「さびしんぼう」だけ観て帰った。この年の6月に聖子・正輝は結婚、翌86年に神田沙也加が生まれる。沙也加が初舞台を踏むのが2004年、スティーブン・ソンドハイム作詞・作曲、宮本亜門演出のミュージカル「INTO THE WOODS」の赤ずきんちゃん役で、僕はこれを東京・新国立劇場で観ている。彼女は17歳だった。ディズニー・アニメ「アナと雪の女王」日本語吹き替え版のアナの歌唱も見事だったし、最近では「マイ・フェア・レディ」のイライザ役も輝いている。というわけで聖子に対しては沙也加という素晴らしいミュージカル・スターを生んでくれたことに感謝する。

「スター・ウォーズ」の作曲家ジョン・ウィリアムズがウィーン・フィルを初めて指揮したのは2020年1月18日と19日だった。このライヴ・レコーディングはCDのみならずBlu-rayも発売され、「レコード芸術」誌においてレコード・アカデミー賞に輝いた。そしてつい先日、2021年10月16日にジョンはベルリン・フィルを振った(「デジタル・コンサートホール」で鑑賞)。彼がこの街を訪れるのはなんと今回が初めてだそうで、ベルリン市民の熱狂的な歓迎ぶりが凄かった(我が国にはボストン・ポップス・オーケストラの常任指揮者として数回来日している。僕も「ジュラシック・パーク」が公開された1993年に旧フェスティバルホール@大阪にて2日連続で聴いた)。コンサートの始まりでジョンがステージに登場するだけでスタンディングオベーションの嵐。1曲終わるごとに総立ちの拍手喝采で、彼が「これから『ハリー・ポッター』の音楽を3曲続けて演奏します」とアナウンスしても曲間のスタンディングをやめない。コンサートの半ば、ジョンが「現在イギリスのスタジオでハリソン・フォードが『インディー・ジョーンズ5』を撮影中で、私もこのコンサートを終えたらロサンゼルスに戻って早速作曲に取り掛かる予定なんだ」と語るとベルリンの聴衆の興奮は頂点に達した。ジョンは現在89歳と高齢だが、椅子に座ることもなく最後まで立って指揮する姿はとても元気そうで安心した。

ミシェル・ルグランの『キャラバンの到着』を久しぶり(2年ぶり?)にゴージャスな桐蔭サウンドで聴けて大・大・大満足。ホーン・セクションが唸り、特にトランペットとトロンボーンのソロがごっつかった。キレッキレの演奏で爽快!ルグラン・ジャズに痺れた。もう『銀河鉄道999』同様、毎回聴きたい。

高昌帥『吹奏楽のための協奏曲』は2021年10月24日(日)に名古屋国際会議場で開催された全日本吹奏楽コンクールで大阪桐蔭が自由曲として選曲し、金賞に輝いた。関西代表の他の2校は銀賞に終わった。コンクールは55人の人数制限があるが今回は全員での演奏。「全員でやることに意味がある」と梅田先生。この信念に基づき、全日本マーチングコンテストも人数制限が設けられた2013年から出場をやめた。

高昌帥は桐蔭の創作ミュージカル「河内湖」の作曲家でもある。

創作ミュージカル「河内湖」初演!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2015 2015.02.18

『吹奏楽のための協奏曲』は言うまでもなくハンガリーの作曲家バルトーク・ベーラの『管弦楽のための協奏曲』(Concerto for Orchestra)を踏まえたタイトルだ。演奏家の間では“オケ・コン”という略称で親しまれている。ポーランドの作曲家ルトスワフスキにも同名の名曲がある。またコダーイも『管弦楽のための協奏曲』を書いているのだが(初演は同郷のバルトークより前)、こちらは滅多に演奏されない。バルトークのオケ・コンは随所に管楽器がソロやデュオとして大活躍する場面が用意されている。その特徴が顕著なのが次々と各楽器の二重奏が展開される第2楽章“対の遊び”。高昌帥『吹奏楽のための協奏曲』もB♭クラリネットの二重奏→オーボエ二重奏→Esクラのソロ→ホルン→サックスといった見せ場が用意されている。

厳選 管弦楽の名曲ベスト40(+α)はこれだ!

「河内湖」初演のレビューで、僕は冒頭部がミクロス・ローザ(ハンガリー読みでロージャ・ミクローシュ)が作曲した映画「ベン・ハー」序曲みたいだと書いた。藤重佳久/活水高等学校の演奏(2019年全日本吹奏楽コンクール)で初めて『吹奏楽のための協奏曲』を聴いたときも、やはり冒頭部と終結部を飾る金管ファンファーレで「ベン・ハー」の音楽が脳裏に蘇った。何処が似ているんだろう?と熟考した結果、たどり着いた結論は「銅鑼の使い方」である。つまりこの曲は銅鑼が肝なのだ。ところが、今回の桐蔭の演奏ではその銅鑼が全く聴こえなかった。「なんたること!?」と心底驚いたのだが、どうやらホールに反響板の設置がなく後方に設置されたの楽器の音が前方に届かないという施設上の不具合があったようだ。他に何の不満もないだけに、その点がとても残念だった。次の定期演奏会ではしっかり銅鑼の音をホール全体に響かせてください。余談だが、福岡県の精華女子に続き長崎県の活水中学校・高校吹奏楽部の音楽監督として全国レベルまで実力を高めた九州の名物先生、藤重佳久さんは2020年度で退職されたそうだ。

吹奏楽部の名物先生 《九州篇》 2008.08.27
「吹奏楽の神様」屋比久勲登場!~大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2014@ザ・シンフォニーホール 2014.03.01

YOASOBIが2021年8月9日に配信リリースした『ラブレター』は大阪桐蔭高等学校吹奏楽部がレコーディングに参加しており、またアニメーションのMVが最高なんだ→こちら!歌よし・歌詞よし・伴奏よしと三拍子揃っていてパーフェクト。音楽に対する愛がギュッと詰まっていて胸が熱くなる。

リクエストコーナーで演奏されたのは「アナと雪の女王」「エリザベート」セレクション、ドリカムの『大阪LOVER』、BTS『Dynamite』、会場に招待されていた桂春団治(桂米朝・笑福亭松鶴らと共に“上方落語四天王”とよばれた三代目・春団治は鬼籍に入り、現在は四代目)からのリクエストで美空ひばり『川の流れのように』、そしてDISH//『猫』。

客席からの「エリザベート」のリクエストは意外だったが、このミュージカルは1992年にアン・デア・ウィーン劇場で初演された。ここで初演された作品で有名なのはベートーヴェンの交響曲第5番・6番、ヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」、レハールの「メリー・ウィドウ」などがある。大阪桐蔭は2012年にオーストリアに初の海外遠征をし、ウィーン国立歌劇場で演奏したり、皇妃エリザベートゆかりのシェーンブルン宮殿で野外コンサートを開いた。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2013!@ザ・シンフォニーホール 2013.02.27

アンコールは定番の『銀河鉄道999(樽屋雅徳 編)』と『星に願いを (ピノキオ)』。桐蔭のスリーナインを聴くまでは帰るわけにいかない。この2年間、コロナ禍でとても辛かったけれど、漸く生演奏に接することが出来て幸せだった。

最後に、今後、大阪桐蔭の演奏で聴きたいのはジェラール・プレスギュルヴィック(作詞・作曲)によるフレンチ・ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」から『世界の王』と『エメ/Aimer』。そしてスティーブン・スピルバーグ監督によるリメイク映画「ウエストサイド・ストーリー」が2021年12月10日より公開されるので(公式サイトはこちら)、久しぶりに梅田先生が指揮されるバーンスタイン(W.J.デュソイト編):「ウエストサイド物語」メドレーを再演して欲しい!2016年定期演奏会でのノリノリのパフォーマンスはグスターヴォ・ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラに匹敵するものだった。はっきり言ってコンクール自由曲の「キャンディード」序曲よりWSSの方が断然良い。

That's Entertainment ! 〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部定期演奏会 2016 2016.02.17

ちなみにドゥダメルはスピルバーグ監督リメイク版映画のサウンド・トラックで指揮している。熱い演奏になっているのは間違いない。

なぜ今「ウエスト・サイド・ストーリー」なのか?という問いに対する答えは既にブログ記事を準備しているので、映画公開直前の12月1日に披露します。乞うご期待。(追記:11月15日にウォルト・ディズニー・ジャパンは「ウエスト・サイド・ストーリー」の公開を予定していた12月10日から、2022年2月11日に延期すると発表した。元々は2020年12月公開と発表され、その後新型コロナウィルス感染拡大で1年延びていただけに、ショックである。なお、米国本国での公開日に変更はないという。一体全体どういうこと!?腹立たしい限りだ。)

| | | コメント (2)

厳選 序曲・間奏曲・舞曲〜オペラから派生した管弦楽の名曲ベスト30はこれだ!

厳選 管弦楽の名曲ベスト40(+α)はこれだ!」という記事ではオペラの序曲や間奏曲を除外した。しかし後々考えてみると、僕が作成したリストが歯抜けというか物足りない。やはりここは追加記事を書き、穴埋めをするしかないと思い至った。

新たなリストは作曲された年代順に並べている。恒例により1作曲家に付き1作品に絞った。末尾に記載した年号は作品が完成、あるいは初演された年を示す。

・パーセル:「妖精の女王」組曲 1695
・ラモー:「優雅なインドの国々」組曲 1735
・モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲 1786
・ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲 第3番 1806
・ロッシーニ:「どろぼうかささぎ」序曲 1817
・ウェーバー:「魔弾の射手」序曲 1821
・グリンカ:「ルスランとリュドミラ」序曲 1842
・オッフェンバック:「天国と地獄」序曲 1858
・ヴェルディ:「運命の力」序曲 1862
・ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死 1865
・スッペ:「軽騎兵」序曲 1866
・ヨハン・シュトラウス:「こうもり」序曲 1874
・ビゼー:「カルメン」第1組曲・第2組曲 1875
・ポンキエッリ:「ラ・ジョコンダ」時の踊り 1876
・チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」ポロネーズ & ワルツ 1878
・ムソルグスキー:「ホヴァーンシチナ」モスクワ川の夜明け(前奏曲) & 間奏曲 1886
・マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲 1890
・ボロディン:「イーゴリ公」だったん人(ポロヴェツ人)の踊り 1890
・プッチーニ:「マノン・レスコー」間奏曲 1893
・マスネ:「タイス」瞑想曲 1894
・リムスキー=コルサコフ:「サルタン皇帝」熊蜂の飛行 1900
・レハール:「メリー・ウィドウ」ワルツ 1905
・ディーリアス:「村のロメオとジュリエット」楽園への道 1910
・ヴォルフ=フェラーリ:「マドンナの宝石」間奏曲 第1番 & 第2番 1911
・フランツ・シュミット「ノートルダム」間奏曲 1914
・ヤナーチェク:「利口な女狐の物語」組曲 1923
・コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲 1927
・ヴァイル:「マハゴニー市の興亡」組曲 1930
・ベルク:「ルル」組曲 1934
・ブリテン:「ピーター・グライムズ」4つの海の間奏曲 & パッサカリア 1945
・ショスタコーヴィチ「モスクワ・チェリョームシカ」モスクワを疾走 1957

手前味噌だが、ほぼ完璧なリストに仕上がったと自負している。読者の皆様、忌憚のないご意見をコメント欄にお寄せください。

17世紀後半に生きたヘンリー・パーセルはバロック時代のイギリスで最も有名な作曲家。20世紀の作品ベンジャミン・ブリテン『青少年のための管弦楽入門』は副題が『パーセルの主題による変奏曲』であり、パーセルが作曲した劇付随音楽『アブデラザール』の主題に基づいている。パーセル以降、イギリス音楽は不毛の、空白期間が200年続いた。息を吹き返すのは19世紀末、エドワード・エルガーやフレデリック・ディーリアス登場を待たなければならない。

ジャン=フィリップ・ラモーはバロック時代フランスの作曲家。指揮者のサイモン・ラトルがお気に入りで、特に自ら再構成した歌劇『レ・ボレアド』組曲については「ティーンエイジャーの頃、エリオット・ガーディナーの演奏を聴いて感銘を受け、すぐに虜になってしまった。その時からこの曲が私の音楽人生の一部となった」と語っており、ベルリン・フィルの定期演奏会で取り上げている。『優雅なインドの国々』は具体的な国名ではなく、異国の地であるオスマン帝国、ペルー、ペルシャ、北米を意味している。心躍る舞曲だ。

『フィガロの結婚』序曲はドレミファという音階を駆け上がったり駆け下りたりする楽想が如何にもモーツァルトらしい。

『レオノーレ』序曲第3番は歌劇『フィデリオ』の改訂上演(第2稿)のために作曲された。ベートーヴェンは『レオノーレ』というタイトルでの上演をあくまで主張したが、劇場側には受け入れられなかった。第1稿の初演は惨憺たる大失敗で、何度も書き直した。最終稿である『フィデリオ』序曲は魅力に乏しい。

ロッシーニでなんと言っても有名なのは『ウィリアム・テル』序曲だろう。〈1.夜明け 2.嵐 3.静寂 4.スイス軍隊の行進〉という構成。最後の行進曲は北米のテレビ・ドラマ『ローン・レンジャー』のオープニングに使用され、日本では『オレたちひょうきん族』のテーマ曲になった。それ程の知名度はないが、僕は軽妙な『どろぼうかささぎ』も好き。セルジオ・レオーネ監督の遺作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』での使い方が印象深い。

ウェーバーは『魔弾の射手』でドイツ・ロマン派のオペラ様式を完成し、ワーグナーへと流れを導いた。兎に角、浪漫的。

ロシア産『ルスランとリュドミラ』序曲はムラヴィンスキー/レニングラード・フィルの史上最速、ぶっ飛びの演奏を推薦する。ショスタコーヴィチ:交響曲第6番とカップリングされているディスクだ。腰を抜かすぞ。

『天国と地獄』は原題を直訳すると『地獄のオルフェ』で、特に序曲の第3部『カンカン』が有名。実はオッフェンバックのオリジナル版に序曲はなく、ウィーン初演のためにカール・ビンダーが劇中の曲を編曲して構成した。だから指揮者のミンコフスキーがこの喜歌劇全曲を上演するとき序曲は演奏しない。

ヴェルディのオペラの中から傑作を選ぶとしたら、多分『運命の力』はベストテンに入らない(上位に『ナブッコ』『マクベス』『リゴレット』『イル・トロヴァトーレ』『椿姫』『シモン・ボッカネグラ』『仮面舞踏会』『ドン・カルロ』『アイーダ』『オテロ』『ファルスタッフ』などがあるから)。しかし切れば血が噴き出るような、沸騰する序曲の完成度はピカイチ。他に『シチリア島の夕べの祈り』序曲とか、『アイーダ』シンフォニア(序曲)も良い。これは『アイーダ』前奏曲と別物。

ワーグナーは『トリスタンとイゾルデ』で半音階を駆使しており、それは後のフランス印象派(ドビュッシー、ラヴェル)や十二音技法を生み出した新ウィーン楽派(シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク)への呼び水となった。

スッペの喜歌劇『軽騎兵』は1866年に作曲され、アン・デア・ウィーン劇場で初演された。現在では本編が劇場で上演されることはなく、あらすじも忘れ去られた。黒澤明の映画『影武者』が公開された折、予告編で『軽騎兵』序曲が使用されており、池辺晋一郎の音楽も似たものに仕上がっている。そもそもラッシュ・フィルムにイメージを喚起するために『軽騎兵』がつけられていたという。このように作曲家に監督や製作者が自分たちのイメージを伝えるために、完成前のフィルムに仮(テンポラリー)につけた音楽のことをテンプトラック(Temp track あるいは Temp music)と言う。

喜歌劇『こうもり』は『軽騎兵』同様アン・デア・ウィーン劇場で初演された。現在ウィーン国立歌劇場では毎年年末年始に公演が組まれており、大晦日に『こうもり』を観劇し、その翌日にウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを楽しむというのがこの街の恒例行事になっている。なんとも華やかで、心がウキウキする音楽。新年を迎えるのに相応しい。

ビゼーの『カルメン』は生真面目な男が魔性の女(ファム・ファタール)に誘惑、籠絡されて身を滅ぼすという物語であり、基本構造は『椿姫(ラ・トラヴィアータ)』や『マノン・レスコー』と同じである。オペラ作曲家がこういった素材を好むという現象は心理学的に興味深い。

『時の踊り』はディズニーの『ファンタジア』で取り上げられたことでも有名。歌劇『ラ・ジョコンダ』のバレエ音楽である。原作はヴィクトル・ユーゴーの戯曲で、オペラ用台本を『シモン・ボッカネグラ』(改訂版)『オテロ』『ファルスタッフ』(以上ヴェルディ作曲)『メフィストフェーレ』のアッリーゴ・ボーイトが書いた。

『エフゲニー・オネーギン』はプーシキン原作。交響曲や『くるみ割り人形』の“花のワルツ”もそうなのだが、チャイコフスキーのワルツは絶品だ。

『ホヴァーンシチナ』は他のムソルグスキー作品同様に、友人のリムスキー=コルサコフがアレンジやオーケストレーションを施している。余りにもかけ離れたものに仕上がっているので、原曲に忠実なショスタコーヴィチ版もある。

『カヴァレリア・ルスティカーナ』とは直訳すると『田舎の騎士道』といったかんじ。激しく波打つ胸の内を切々と訴えかけるような間奏曲は文化大革命下の北京を舞台に少年のひと夏の恋を描いた中国・香港の合作映画『太陽の少年』(1994)で印象的に使われていた。

『イーゴリ公』だったん人の踊りは本来、合唱付きである。オーケストラ単独より、やはりそちらの方が迫力がある。

プッチーニの音楽は甘美だ。『カヴァレリア・ルスティカーナ』にも言えることだが、カンタービレ(イタリア語で「歌うように」という意味)の魅力。『マノン・レスコー』と同じ小説を原作とするマスネ作曲『マノン』も優れたオペラである。両者でイタリアとフランス・オペラの違いを味わってみるのも一興だろう。

マスネ『タイス』は瞑想曲ばかりが有名だが、この記事を書くにあたり、初めて歌劇全曲をBlu-rayで視聴してみるとなかなか面白かった。なんとタイスは高級娼婦だった!あのヴァイオリン・ソロが清楚で美しい瞑想曲からは想像だにしていなかった。禁欲を善とする神父が、ファム・ファタールに翻弄されるという意味で『マノン』に近い構造を持った物語である。なお、この瞑想曲は大林宣彦監督の映画『転校生』で使用されている(一夫の幼馴染で病弱な女学生の家を一美が訪問する場面)。

“熊蜂の飛行”は『サルタン皇帝』第3幕で主人公の王子が魔法の力で蜂に姿を変え、誤解から自分と母を流罪にした父の皇帝のもとに海を渡って飛んで行く場面で演奏される。セルゲイ・ラフマニノフやジョルジュ・シフラによるピアノ独奏のための編曲や、ヤッシャ・ハイフェッツによるヴァイオリン独奏用編曲などがあり、他にもギターやトランペット、トロンボーン、チューバなどでも演奏される。指を高速で動かすテクニックをひけらかす、つまりヴィルトゥオーソ(virtuoso)を誇示する目的でしばしば取り上げられる。逆に意外と原曲を聴いたことがある人は少ないのではないだろうか?

レハールのオペレッタに関して、吹奏楽の世界では鈴木英史による『メリー・ウィドウ』セレクションの人気が高い。ワルツはアルフレッド・ヒッチコック監督の映画『疑惑の影』(1943)で繰り返し不気味に鳴り響く。またエルンスト・ルビッチ監督の『メリィ・ウィドウ』(1934)も名作。

上演される機会は滅多にないが僕はディーリアスの歌劇『村のロメオとジュリエット』が大好きだ。マッケラスが指揮した全曲のDVD(LD:レーザー・ディスクも持っていた)を繰り返し観た。“楽園への道”はいわば、近松心中ものにおける「道行(みちゆき)」みたいなもの。つまり死地への旅の道程である。

『マドンナの宝石』でしばしば演奏されるのは第2幕への間奏曲(第1番)だが、興味深いことにヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルは第3幕への間奏曲(第2番)のみレコーディングしている。

フランツ・シュミットについては下記事もお読みください。

 ・シリーズ《音楽史探訪》ナチズムに翻弄された作曲家ーフランツ・シュミットの場合 2012.06.22

『ノートルダム』はヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』を基にした歌劇らしいのだが、少なくとも僕は最近欧米で上演されたという話をとんと聞かない。1956年に日本で初演されているそうなのだが……。カラヤンはこの間奏曲のみを2回スタジオ録音しているが、実演では交響曲やオラトリオ『7つの封印の書』を含め、一切シュミットを取り上げたことがない。カラヤン同様オーストリア出身のカール・ベームも皆無。なお、キリル・ペトレンコはベルリン・フィルと交響曲第4番を取り上げ、そのライヴ録音はCDとしても発売されている。

ヤナーチェク『利口な女狐の物語』は色っぽい。マッケラス/ウィーン・フィルの演奏でどうぞ。あと同作曲家の『死者の家から』組曲もお勧め!原作はドストエフスキー『死の家の記録」。実体験に基づいた獄中記である。

コダーイは同郷のバルトーク同様に、ハンガリー民謡を収集・研究した。『ハーリ・ヤーノシュ』は「くしゃみ」から始まる。民族(打弦)楽器ツィンバロムが使用されているのが特徴的。

『マハゴニー市の興亡』のベルトルト・ブレヒト作、クルト・ヴァイル作曲というコンビは『三文オペラ』でも有名。ドイツでの初演は1930年なので世界大恐慌の直後だ。欲望を全肯定し、なんでも金、金、金という資本主義社会を戯画化している。ヤクザな連中がアメリカの砂漠地帯に都市を築くというお話なので、僕が一番に連想するのはラスベガスである(行ったことがある)。実際にはバグジー(ベンジャミン・シーゲル)がネバダ砂漠の真ん中にフラミンゴホテルを建設しカジノの都を築いたのは1946年なので、未来を予言したと言えるだろう。ナチスが本作に“退廃音楽”の烙印を押し、上演禁止にするのは1933年である。音楽活動の道を閉ざされたヴァイルは同年パリに逃れ、1935年にアメリカ合衆国に移住、ミュージカルの作曲家になった。

歌劇『ルル』はアルバン・ベルク未完の遺作。しかし組曲の方は作曲家自身の手で完成されている。1934年にカルロス・クライバーの父エーリヒの指揮によりベルリンで初演された。しかし33年には既にアドルフ・ヒトラーが首相の座に就いており、エーリヒは『ルル』初演直後に幼い息子を連れてドイツを去り、アルゼンチンに移住した。

『ピーター・グライムズ』の主人公は独身の漁師である。だからうねるような波のモチーフが使用されている。4つの海の間奏曲はレナード・バーンスタインが生涯最後の演奏会で取り上げた。なお、ブリテンもレニーもLGBTQ+である。

『モスクワを疾走』の音源はシャイー/フィラデルフィア管の『ショスタコーヴィチ:ダンス・アルバム』を推薦する。風刺的内容で、聴いていて愉快な気分になれる。

以上紹介した楽曲の音源は、基本的にロビン・ステープルトン/ロイヤル・フィルの演奏か、カラヤン/ベルリン・フィルの演奏を推す。

ステープルトンの指揮では『タイスの瞑想曲』『軽騎兵』序曲、『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲、『マドンナの宝石』間奏曲 第1番、『時の踊り』が聴ける。Spotifyで“ロビン・ステープルトン”を検索すると、僕が作成したプレイリストが見つかる筈。

一方カラヤンもこういう小品を振らせたら超一級品で、『軽騎兵』序曲、『こうもり』序曲、『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲、『マドンナの宝石』間奏曲 第3番、『ノートルダム』間奏曲、『タイス』瞑想曲、『マノン・レスコー』間奏曲、『エフゲニー・オネーギン』ポロネーズ&ワルツ、『天国と地獄』序曲、『メリー・ウィドウ』ワルツ、『魔弾の射手』序曲、『どろぼうかささぎ』序曲、『レオノーレ』序曲 第3番、『運命の力』序曲などを録音している。Spotifyで僕はこれらをプレイリスト“カラヤン珠玉の小曲集”としてまとめた。

ロビン・ステープルトン(Robin Stapleton)はイギリスの指揮者だということくらいしか経歴がよくわからない。僕が小学生の頃、ロンドン・ジョフ・ラブ・オーケストラと組んだ管弦楽名曲集のLPレコードが「レコード芸術」や朝日新聞「母と子の試聴室」で推薦盤になった。

Lon1_20210831102701

Lon2

これは日本のビクター音楽産業による独自企画でロンドンのEMIスタジオで録音され、1979年に発売された。「ロンドン・ジョフ・ラブ」は聞き慣れない名前で、実在のオーケストラが録音契約などの関係で変名を名乗っている「覆面オーケストラ」か、ロンドン・フェスティバル管弦楽団やナショナル・フィルハーモニー管弦楽団など、レコーディング目的で集められた音楽家の団体かも知れない。残念ながら廃盤で入手困難となっている。現在聴くことが出来るのはロイヤル・フィルを指揮したデジタル再録音盤である。

| | | コメント (6)

ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』は作詞・作曲家、兼役者でもあるリン=マニュエル・ミランダが2007年にニューヨークの大学の校内で初演し、その後オフ・ブロードウェイを経て2008年3月にブロードウェイに進出。トニー賞で13部門ノミネートされ(ウスナビを演じたミランダもミュージカル主演男優賞候補となった)、作品・楽曲・編曲・振付の4部門で受賞した。またオリジナル・キャストによるアルバムはグラミー賞にも輝いた。

評価:A+

Hghts

公式サイトはこちら

本作はマンハッタン島北部のワシントンハイツを舞台にしている。ここはドミニカ共和国、キューバ、プエルトリコ、メキシコ等からの移民が集まり、スペイン語が飛び交うラテン系アメリカ人(ラティーノ)社会を形成している。ワシントンハイツはアフリカ系アメリカ人が多いハーレムよりも更に北に位置する。一方、マンハッタン島を南に下るとセントラル・パークやブロードウェイ、タイムズスクエアがあり、さらに最南端からは自由の女神像があるリバティ島を臨むことが出来る。つまりマンハッタン島のアップタウン(北部)には有色人種の貧困層が住み、ダウンタウンには白人の富裕層が住んでいるという図式(水平方向の格差)があることを認識しておくと本作を理解する助けになるだろう。これはアカデミー作品賞・監督賞を受賞したポン・ジュノ監督『パラサイト』で、貧困層が半地下に住み、富裕層が高台の高級住宅街に住んでいる構造(垂直方向の格差)に似ている。

兎に角、作詞・作曲を担当したリン=マニュエル・ミランダの稀有な才能に舌を巻くしかない。『ハミルトン』はトニー賞で11部門を受賞し、ピューリッツァー賞まで攫った。またディズニー・アニメ『モアナと伝説の海』主題歌はアカデミー歌曲賞候補となった。ミュージカルというジャンルに於いてミランダは50年に1人の天才と断言しても過言ではない。これには具体的な根拠があって、今からちょうど50年前にアンドリュー・ロイド・ウェバーの『ジーザス・クライスト・スーパースター』がブロードウェイで初演されたのだ。彼がその前作『ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・ドリームコート』を作曲したのは20歳の時だった。その後も『エビータ』『キャッツ』『オペラ座の怪人』といった傑作群を世に送り出し、“現代のモーツァルト”と称賛された。当時彼の何が凄かったか(過去形)というと、クラシック音楽やジャズ、ロック、タンゴ、ポップスといった要素を見事に融合させたことにある。そしてロイド・ウェバーからさらに50年遡ると、ジョージ・ガーシュウィンがいた。

『イン・ザ・ハイツ』はサルサ(キューバ)、メレンゲ(カリブ海周辺諸国)、バチャータ(ドミニカ共和国)、レゲトン(プエルトリコ)などのラテン音楽に、R&B(リズム・アンド・ブルース)やヒップホップ(ラップ)が加味されている。ウスナビを中心とするラップバトルもある(動画はこちら)。

ウスナビを演じるアンソニー・ラモスは『ハミルトン』でジョン・ローレンスとフィリップ・ハミルトン(主人公の息子)の二役を演じた。リン=マニュエル・ミランダは映画版『イン・ザ・ハイツ』でピラグア(プエルトリコのかき氷)売り役として登場。ライバルのソフトクリーム屋(Mister Softee)役のクリストファー・ジャクソンはオリジナルの舞台でベニー(ニーナの恋人)を演じた。『ハミルトン』ではジョージ・ワシントン役。そして電話の保留中の音楽として『ハミルトン』の楽曲が流れてニヤリとさせられる。

往年のミュージカル映画へのオマージュに胸が熱くなった。プールの場面の俯瞰ショットはエスター・ウィリアムズ主演「百万弗の人魚」であり、重力を無視したアパートの壁でのデュエット・ダンスはフレッド・アステア主演「恋愛準決勝戦」だ(スタンリー・ドーネン監督は後に、同様の場面を再現するためにライオネル・リッチーが歌う『ダンシング・オン・ザ・シーリング』MVの演出を任された)。あとストリートで群衆が踊り狂う場面はアラン・パーカー監督『フェーム』を彷彿とさせた。

| | | コメント (0)

「バビロン・ベルリン」〜ドイツの光と影@黄金の1920年代

Babylon

現在U-NEXTから配信されている『バビロン・ベルリン』を一気呵成に観た。Huluでも視聴出来るらしい。製作費は43億円でドイツのTVドラマ史上最高額が投入されており、現在シーズン3まで放送が終わっている。ヨーロッパ映画賞では「​フィクション連続テレビ映画への貢献賞」を受賞した(ヨーロッパ映画賞におけるTVドラマに対する唯一の賞。この年、作品賞・監督賞を受賞したのは『女王陛下のお気に入り』)。

原作はフォルカー・クッチャーの警察小説【ベルリン警視庁殺人課ゲレオン・ラート警部】シリーズで、2017年に放送されたシーズン1,2が『濡れた魚』、2020年放送のシーズン3が『死者の声なき声』を下敷きにしている。シーズン4の製作も決まっているが、次は『ゴールドスティン』に基づくものになるだろう。脚本・監督はトム・ティクヴァ。映画『ラン・ローラ・ラン』の監督で、『クラウド アトラス』ではウォシャウスキー兄弟(現在は姉妹)と共同監督を務めた。

当初、僕はベルリンをバビロンに結びつけた表題に強く惹かれた。ジャズ・エイジと呼ばれた狂騒の1920年代ニューヨークで活躍した作家スコット・フィッツジェラルドには『バビロンに帰る』という短編小説があり(村上春樹が翻訳している)、彼の遺作『ラスト・タイクーン』から霊感を得た小池修一郎(作・演出)のミュージカル『失われた楽園 ーハリウッド・バビロンー』という宝塚歌劇の演目もあった(小池はフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』もミュージカル化している)。こちらは1930年代のハリウッドを舞台にしている。

『バビロン・ベルリン』で、なんと言っても魅力的なのが1929年という時代設定。「光の中のベルリン」と歌われたワイマール共和国黄金期の終焉が描かれる。ボブ・フォッシー監督のミュージカル映画『キャバレー』は1931年のベルリンが舞台なので、その直前だ。株価が大暴落し世界恐慌が始まる1929年10月24日(暗黒の木曜日)に向けて物語はひた走りに走る。「こういうドラマが観たかったんだ!」と膝を打った。

シーズン3ではベルリンの映画会社ウーファでトーキー映画の撮影が開始されているのだが、マレーネ・ディートリッヒ主演でジョセフ・フォン・スタンバーグが監督した『嘆きの天使』 (1930)がドイツで最初のトーキー作品であり、フリッツ・ラングの『M』(1931)やG・W・パブストの『三文オペラ』(1931)が続いた。ウーファがサイレント映画からトーキーに切り替えるために大改修したのは1929年春だった。またここではビリー・ワイルダーが『人間廃業』(1931)『少年探偵団』(同年)等で脚本家として活躍していた。ユダヤ人だったラングもワイルダーも後にナチス・ドイツの台頭により、ベルリンを離れアメリカ合衆国に渡ることを余儀なくされる。

特に僕が痺れたのがシーズン1 第2話のクライマックス、「モカ・エフティ」のステージ上で男装の麗人が『灰に、塵に(Zu Asche, Zu Staub)』を歌う場面(動画はこちら)。享楽的・退廃的でミュージカル『キャバレー』の世界に通じるものがある。ホールにいる女の子たちがいわゆるフラッパーの格好をしており、フィッツジェラルドが『グレート・ギャツビー』(1925年出版)で描いたニューヨークと、ベルリンは完全に地続きだったんだということに気付かされた。さらに半裸の女性ダンサーたちはアメリカ生まれの黒人ダンサー、ジョセフィン・ベーカーをモデルにしているのだろうと思った。彼女は当時ベルリンやパリのミュージック・ホールで踊っていたという。

Babylon2

「モカ・エフティ」はベルリンに実際にあった伝説的なナイトクラブ で、2021年2月にベルリン・フィルがここで演奏されたダンス音楽を特集する演奏会〈黄金の20年代:「モカ・エフティ」での夕べ〉を企画しており、デジタル・コンサートホールでその様子を視聴することが出来る(こちら)。

ここで取り上げられているクルト・ヴァイルの『三文オペラ』はジャズのスタンダードナンバー“マック・ザ・ナイフ”として知られており、ミュージカル『キャバレー』の音楽に多大な影響を与えた。そして『バビロン・ベルリン』シーズン2ではなんと『三文オペラ』(1928年8月31日初演)を上演しているシッフバウアーダム劇場でドイツ外相とフランス外相を暗殺しようとする計画が描かれ、まるでヒッチコックの『暗殺者の家』『知りすぎていた男』みたいな展開になる。クルト・ヴァイル はユダヤ人で、後に『三文オペラ』に出演した妻のロッテ・レーニャと共にアメリカ合衆国に亡命、ミュージカルの作曲家になった。そしてヴァイルの作品はナチスから“退廃音楽”の烙印を押され、演奏禁止になる。なおロッテ・レーニャは1966年、ミュージカル『キャバレー』ブロードウェイ初演時に下宿屋の女主人シュナイダーを演じた

また本作を通じて次のような衝撃的事実を知った。第一次世界大戦敗北後ドイツはベルサイユ条約で兵員の数を10万人に制限され、機甲隊や航空隊、潜水艦隊を持つことを禁じられた。そこでドイツ国防軍はソビエト連邦と秘密交渉を行い、モスクワから約400キロメートルの距離にあるリペツクに秘密の航空機訓練基地を建設したという。いやはや驚いた。実に勉強になる。

この物語で描かれるのは、如何にして民主主義がファシズムに屈し、独裁政治の影に覆われていったかということ。それはジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』のプリクエル(エピソード1〜3)で描こうとして、当時の観客から理解されず冷笑された内容にピッタリ重なる。

| | | コメント (0)

ブロードウェイ・ミュージカル「メリリー・ウィー・ロール・アロング」の辿った数奇な運命と、映画化について。

スティーブン・ソンドハイム(作詞・作曲)の「メリリー・ウィー・ロール・アロング」を梅田芸術劇場で観劇した。

Merrily

本当は6月12日(土)のチケットを購入していたのだが、緊急事態宣言発令により土日公演が中止に追い込まれ、払い戻しとなった。仕方がないので11日(金)のチケットを急遽購入し直し、有給休暇を取って劇場に向かった。

主なキャストは幼馴染の三人を笹本玲奈、平方元基、ウエンツ瑛士が演じ、他に朝夏まなと、昆夏美、今井清隆らが出演した。

8年前に、宮本亜門演出で同じ演目を観ている。

小池徹平、柿澤勇人主演:ミュージカル「メリリー・ウィー・ロール・アロング ~それでも僕らは前へ進む~」 2013.12.09

今回の演出はマリア・フリードマン。彼女は以前女優として本作の英国公演に出演したことがあり、新演出版はオリヴィエ賞で最優秀ミュージカル・リヴァイヴァル賞を受賞した。

現在から過去へと20年間をどんどん遡って話が展開するという斬新な台本である。三人の若者の出会いという出発点が幕切れとなる。過去→現在→未来と時間が経過する〈通時的〉物語ではなく、過去・現在・未来は同時にここにあるという〈共時的〉作品なのだ。亜門版には甚く感銘を受けた。新演出版に新鮮味はなかったが、悪くない。笹本玲奈がパンチのある声で熱唱。朝夏まなとはイマイチ。歌がねぇ……。

ソンドハイムが作詞・作曲し、『キャバレー』『エビータ』『オペラ座の怪人』『蜘蛛女のキス』のハロルド・プリンスが演出するという黄金コンビは『カンパニー』『フォーリーズ』『リトル・ナイト・ミュージック』『太平洋序曲』『スウィーニー・トッド』といった傑作群を世に送り出したが、『メリリー・ウィー・ロール・アロング』は興行的に惨敗を喫することとなり、本作がふたりの最後のコラボレーションとなってしまった。なんと公演回数たった16回で打ち切りになったのだ。時代の先を行き過ぎたのだろう。その顛末を関係者が語るドキュメンタリー映画『ベスト・ワースト・ストーリー』がNetflixから配信されており実に面白い。こちら。どうしてこんなニッチなドキュメントが日本語字幕付きで観ることが出来るのか、謎である。

本作は現在リチャード・リンクレイター監督により映画版が撮影中である。しかし!リンクレイターは『6才のボクが、大人になるまで。(Boyhood)』を12年間かけて断続的に撮影し、実際に少年が成長する過程を見せた人。そして今度はなんと!20年かけて撮るらしい(嘘じゃないよ、証拠記事はこちら)。おいおい、正気か!?途中で関係者が不慮の事故や病気で死なないことを祈るのみである。

| | | コメント (0)

甲斐翔真・天翔愛(主演)ミュージカル「ロミオ & ジュリエット」

7月3日(土)梅田芸術劇場でミュージカル『ロミオ & ジュリエット』大阪初日を観劇した。

Rome

僕が観たのはロミオ:甲斐翔真、ジュリエット:天翔愛の回だったが、ダブルキャストで黒羽麻璃央と伊原六花(大阪府立登美丘高等学校でダンス部のキャプテンを務め、"バブリーダンス”で話題をさらった)も配役されている。出自から考えると伊原は「踊ってなんぼ」だし(ジュリエットは殆んど踊らない)、役のイメージじゃない。どちらかと言えば町娘が似合いそう。だから選ばなかった。

E5fuckcucayd1_y

天翔愛は仮面ライダー1号(藤岡弘、)の娘で、可憐な容姿で歌はそこそこ。悪くない。因みに僕は宝塚歌劇団の星組初演@梅芸(レビューこちら)からこの演目を観ているのだが、歴代のジュリエットで歌唱が素晴らしかったのは木下晴香と舞空瞳(宝塚星組)、美貌という点では愛希れいか(宝塚月組)が好みだった。

甲斐翔真はイケメンで歌はそこそこ。こちらも悪くない。僕にとってロミオのベストキャストは明日海りおと礼真琴かな。男だったら山崎育三郎。

というわけで今回は可もなく不可もなしといったところ。しかし既に10組を超える異なるキャストで観てきたので、そろそろこの演目にも飽きてきたというのが正直な気持ちである。

新型コロナ感染予防策として最近の劇場では分散退場が求められるので、それを避けるため舞台挨拶は見ずにカーテンが一度降りた時点でさっさと席を立った。ロッカーから荷物を引き出していると、向こうから演出家の小池修一郎がトコトコやってきて楽屋入り口に消えた。「そうか、初日だからちゃんと客席で観劇したんだ」と思っていると、次に若い男女が4,5人通り過ぎ、やはり楽屋口に入っていった。その際、「今日はすごく良かった!」という話し声で伊原六花だということに気がついた。広瀬すず主演の朝ドラ『なつぞら』を毎回見ていたので彼女の声を覚えていたのである。なんだか一寸得した気分になった。

| | | コメント (0)

アメリカン・ユートピア

評価:B+

ロックバンドのコンサートを撮った史上最高の記録映画といえばマーティン・スコセッシが監督したザ・バンドの解散ライヴ『ラスト・ワルツ』(1978)と、トーキング・ヘッズのライヴを収めた『ストップ・メイキング・センス』(1984)だというのが定説になっている。誰も異論はなかろう。後者の監督は後に『羊たちの沈黙』でアカデミー賞を5部門受賞するジョナサン・デミ。そのトーキング・ヘッズのヴォーカル、デイヴィッド・バーンがスパイク・リー監督と組んだ新作が『アメリカン・ユートピア』である。

Utopia

映画公式サイトはこちら

世界ツアーの内容を練り上げ、ブロードウェイのショーとして再構成した公演の記録である。

舞台装置も小道具もない空間に繰り広げられるパフォーマンスの数々。加工しない純粋な人の声と、楽器演奏に魅了される。そこには生の躍動がある。

はっきり言って『ストップ・メイキング・センス』よりもショーとして洗練されている。つまり両者を比較すればデイヴィッド・バーンが進化し続けていることが明白になる。この時御年67歳。大したものだ。この人は飄々とした味わいがある。

スパイク・リーの演出は、特に俯瞰ショットが美しく印象的。また終盤ブラック・ライヴズ・マターを扱った楽曲で大いに盛り上がった。

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧