舞台・ミュージカル

紅ゆずる主演/宝塚星組「スカーレット・ピンパーネル」

4月6日(木)宝塚大劇場へ。星組公演「スカーレット・ピンパーネル」を観劇。

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男役・紅ゆずると娘役・綺咲愛里のトップお披露目公演である。悪役ショーヴランに礼真琴、ロベスピエールに七海ひろきがキャスティングされた。

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「スカピン」に関して今まで観た公演のレビューは下記。

紅ゆずるの魅力はとにかく明るいこと。まるで太陽のようで、湖月わたるのことを想い出した。あとグラパンに変装した場面では長い指の美しい動きが際立っていた。

綺咲愛里は美人で、気が強そうなところがこのミュージカルのヒロインにピッタリ。いかにも元・革命の闘士という雰囲気があった。

礼真琴は歌が上手く、七海ひろきは美形の男役なので見惚れた。

総じて質の高いプロダクションであった。「デスノート THE MUSICAL」にせよ「スカピン」にせよ、フランク・ワイルドホーン(和央ようかの旦那さん)の楽曲が素晴らしい。特に「スカピン」の中で僕は、ショーヴランが歌う「君はどこに」が好きだ。なんかね、色気があるんだ。

あと東宝ミュージカル「エリザベート」「モーツァルト!」「ミス・サイゴン」などでお馴染みの”踊る指揮者”、塩田明弘が指揮台に立っていたので驚いた。マエストロ塩田が東京宝塚劇場に時々登板しているのは風の便りに聞いていたが、本拠地登場は初めてでは?紅ゆずるがマエストロをいじる場面もあり、宝塚の舞台上で指揮者の名前が飛び出すのも前例のないことであった。よっ、人気者!

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デスノート THE CONCERT

3月11日(土)梅田芸術劇場へ。

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ミュージカル「デスノート」コンサート形式を観た。キャストは

浦井健治/柿澤勇人(夜神 月:ダブルキャスト)、小池徹平(L)、唯月ふうか(弥 海砂)、濱田めぐみ(死神レム)、石井一孝(死神リューク)、カン・ホンソク(死神リューク:韓国公演キャスト)ほか。

初演も【夜神 月】はダブルキャストだったが、大阪公演で柿澤勇人の出演はなかった。だから今回のコンサートは2人が一挙に見れるということと、死神リュークが吉田鋼太郎から石井一孝に交代になり、韓国公演に出演したカン・ホンソクも味わえるところが美味しい。

吉田鋼太郎はたしかに名優だが、歌に関する限り明らかに石井一孝に分がある。あと表情が正にリュークそのままなのが可笑しい。

カン・ホンソクは陽気でパワフル。サービス精神旺盛で好感を持った。

唯月ふうかは昨年8月ミュージカル「ピーターパン」@梅芸でフライングのリハーサル中の事故(眼窩底吹き抜け骨折)で心配したが(チケットを買っていて息子と一緒に観に来たが、公演中止となった)、元気そうで何より。また今回は夜神月の妹が本来歌うナンバー「私のヒーロー」を彼女の歌唱で聴けたので嬉しかった。

ダブルキャストについて。歌は浦井健治に軍配が上がるが、柿澤勇人はジャニーズ系のイケメンなので華があるし、甲乙つけ難い(別に浦井に華がないわけじゃない、あくまで相対評価です)。

いきなり終曲「レクイエム」から始まり意表を突かれた。トークを挟みながら1時間30分休憩なし。最後は夜神月とLがテニス対決を繰り広げるデュエットで〆。充実したコンサートだった。何と言ってもこのミュージカル、フランク・ワイルドホーンの楽曲が素晴らしい!

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ワーグナー〈ニーベルングの指環〉序夜「ラインの黄金」@びわ湖ホール

3月4日(土)滋賀県の、びわ湖ホールへ。

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ワーグナー:楽劇〈ニーベルングの指環〉序夜「ラインの黄金」を鑑賞。

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「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」へと続く4部作を4年かけて毎年1作ずつ上演する壮大なプロジェクトである。

僕が座ったのはS席16,000円。破格の安さである。2日間とも完売したが、オペラの上演で収益が上がるはずはない。大赤字だろう。滋賀県、(少なくともあと3年は)頑張れ!!因みにメトロポリタン歌劇場@ニューヨークの同クラスの席で観ると、大体3万円掛かる。それでもメトのチケット売上額は総支出額(制作費・劇場管理費・運営費など)の33%を占めるに過ぎない。不足分はファンドレイジング(寄付金募集)で賄っている。その1割は企業から、残りの9割は個人のパトロンが支えている。しかし日本にオペラハウスを支援する大金持ち・篤志家はあまりいないわけで、結局税金に頼らざるを得ない。ま、いずれにせよありがたいことである。

〈ニーベルングの指環〉は後世の芸術に多大な影響を与えた。J・R・R・トールキンが書いたファンタジー小説「指輪物語(原題:The Lord of the Rings)」(1954-55)もその一つだ。ジョージ・ルーカスが創作した神話「スター・ウォーズ」で作曲を担当したジョン・ウィリアムズは〈ニーベルングの指環〉においてワーグナーが編み出した示導動機(ライトモティーフ)の手法を映画に応用している。宮﨑駿「崖の上のポニョ」のポニョは父親から”ブリュンヒルデ”と呼ばれるが、これは「ワルキューレ」に由来する(詳しくはこちらに書いた)。「ラインの黄金」に登場する火の神ローゲは「ハウルの動く城」カルシファーの原型である。

今回生で聴いてつくつづ痛感したことは〈ニーベルングの指環〉でヨーロッパ文明は成熟の頂点を極めたという紛れもない事実である。後にマーラーの登場あたりから熟し過ぎて腐りはじめ、ナチス・ドイツの台頭とともに完膚なきまでに破壊し尽された。フランシス・フォード・コッポラ監督「地獄の黙示録」でワルキューレの騎行が大音量で流されるのはこの歴史を踏まえている。またナチス時代のドイツをデカダンス調に描くルキノ・ヴィスコンティ監督「地獄に落ちた勇者ども」の原題(イタリア語)は「神々の黄昏」である。ヴィスコンティ「ルートヴィヒ」の主人公はワーグナーのパトロンであり、バイロイト祝祭劇場建設を支援した。そのこけら落としが〈ニーベルングの指環〉である。なお、ヴィスコンティはオペラ演出家としても名高く、マリア・カラスと組んだスカラ座での「椿姫」(指揮はジュリーニ)の成功は今や伝説となっている(カラスの呪いとして知られる)。

ワーグナーは〈ニーベルングの指環〉台本執筆にあたり、数多くの神話・伝説を研究した。例えば雷神ドンナーは北欧神話に登場するトールのドイツ名である。これを英語で綴るとThor(ソー)、マーベル・コミックスのヒーローで「アベンジャーズ」の一員マイティ・ソーの由来である。閑話休題。

演出家はドイツからミヒャエル・ハンペを招いた。1983年ムーティとザルツブルク音楽祭で組んだモーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」、87年にカラヤンとザルツブルク音楽祭で組んだ「ドン・ジョヴァンニ」などが代表作。日本では98年に新国立劇場で「魔笛」を、2007年に横浜みなとみらいホールでロッシーニ「セヴィリアの理髪師」を演出している。1935年生まれだから現在81歳。美術・衣装はバイロイト音楽祭で「ローエングリン」を手掛けたこともあるヘニング・フォン・ギールケが担当。

最初から最後まで舞台前面にシルクスクリーンが張られており、プロジェクション・マッピングが効果的に用いられた。冒頭は宇宙空間が前面のシルクスクリーンと後方のスクリーンに立体的に映し出され、モヤモヤしたガスが渦巻き太陽系の誕生が描写される。スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」のクライマックスやテレンス・マリック監督「ツリー・オブ・ライフ」を彷彿とさせた。

「もしかしてSF仕立てだった1989年バイエルン国立歌劇場に於けるサバリッシュ指揮、ニコラウス・レーンホフの演出みたいな方向に進むのかな?」と一瞬想ったが、ラインの乙女たち登場以降はオーソドックスで写実的な演出となり、1990年メトにおける、ワーグナーが楽譜に書き込んだ「ト書き」に忠実に従ったオットー・シェンク版に近いとなと感じられた(指揮はレヴァイン)。地下からエルダが現れる場面では再び宇宙が描かれた。

正直、現在欧米で主流の前衛的演出と比較すると古色蒼然としている。しかしまぁ、こういうのも悪くない。そもそも〈ニーベルングの指環〉4部作が日本で、ましてや関西で上演されることなど滅多に無いわけだから、奇をてらう必要もないだろう。直球で勝負だ。

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歌手について。ロッド・ギルフリー(ヴォータン役)が朗々とした歌唱で良かった。あと西村悟(ローゲ)、カルステン・メーヴェス(アルベリヒ)、砂川涼子(フライア)らも好演。

沼尻竜典/京都市交響楽団の演奏も明晰で卓越していた。ワーグナーの官能性とか濃密さはないけれど、こういうシャープなアプローチも「あり」だろう。

あと3年、通います。

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生田絵梨花(乃木坂46)vs. 新星・木下晴香/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」

梅田芸術劇場でミュージカル「ロミオ&ジュリエット」を観劇した。

山崎育三郎・城田優のダブルキャストで上演された2011年の感想はこちら

古川雄大・城田優のダブルキャストで上演された2013年版はこちら

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2月22日大阪公演初日のキャストは、

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その他の主なキャストはキャピュレット夫人:香寿たつき、キャピュレット卿:岡幸二郎、乳母:シルビア・グラブ、ロレンス神父:坂元健児、ヴェローナ大公:岸祐二。

木下晴香は日本テレビの番組「全日本歌唱力選手権 歌唱王 2015」で決勝進出したことで注目を集め、今回はオーディションを受けてジュリエット役に抜擢された。現在高校3年生だそうである。聴いていて凄く気持ちが良い。これだけ歌えるんなら「ミス・サイゴン」のキムだって、「レ・ミゼラブル」のエポニーヌだってなんでも来いだ。正にスター誕生だね。「マイ・フェア・レディ」のイライザも、宝塚男役出身の40歳過ぎたおばさんたちはもういいから、こういう若い子に演ってもらいたい。そしたら観に行くよ。

スペシャルアンコールで写真撮影O.K.ということだったのでパシャリ。

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3月1日のキャストは

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生田絵梨花は橋本奈々未の卒コンを含む乃木坂46の「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」@さいたまスーパーアリーナを2月20−22日までこなし、24日は13時30分からの昼公演に出演。27日昼公演まで消化して28日は東京・帝国劇場で開催された「レ・ミゼラブル」製作発表記者会見にコゼット役として登壇(写真付き報道記事はこちら)、その翌日に僕が観た大阪公演に出演した。さすがトップ・アイドル、凄まじい過密スケジュールである。

正直演技経験のない娘なので、芝居は学芸会レベル。歌に感情を込めることも出来ない。だからむしろ脇を固めるシルビア・グラブや香寿たつきらベテランの巧演が光った。しかしなんてったってアイドル。可愛いことは正義である。またロミオ役の古川雄大は長身・小顔のイケメン王子様なので、ふたりが並ぶとまるでひな人形(男雛と女雛)のよう。その美しさにうっとりした。あと当然ベッドシーンがあるので生ちゃんの背中が拝めるのだが、本当に綺麗だった。彼女は幼少期からピアノを習っているので恐らく絶対音感を持っているのだろう。音程は全く外れないので歌唱力という点では(意外にも)木下晴香と互角の勝負であった。演技力も含めた総合評価では木下に軍配が上がるだろう。でも「レ・ミゼ」のコゼットは全く演技力を要しないお人形さんみたいな役なので、生ちゃんの出演回は観たい。

ロミオについて。大野拓朗はフツー。断然、古川雄大の方がいい。

ティボルトは渡辺大輔より広瀬友祐。悩める感じがセクシー。

ベンヴォーリオは馬場徹の飄々とした雰囲気に好感を覚えた。ユーモアがある。

「死」のダンサーは宮尾俊太郎(K バレエ カンパニー)も大貫勇輔も文句のつけようがないくらい素晴らしかった。あれだけ跳躍が出来るなんて凄い。このダイナミズムは女だけの宝塚歌劇版では味わえない(僕は2010年、宝塚星組による日本初演から観ている)。

小池修一郎による演出について。2011年版では古代ローマ遺跡を背景に、キャピュレット家とモンタギュー家の亡霊が現代に現れるというコンセプトだったのだが、今回は一新された。まず爆撃機が爆弾を落としている映像が流される。目標となっているのはイラクか、どこかイスラム圏の街のようだ。そして廃墟と化した建物の骨組みに亡霊たちが現れる。やがて背景にニューヨークの摩天楼のような風景が映し出され、ティボルトの死とともにツイン・タワー(World Trade Center)が崩壊する。

いや、言いたいことは分かるよ。憎しみの連鎖は現代でも続いているってことでしょう?ただルックがニューヨーク郊外のスラムに見えるので、これじゃまるで「ウエストサイド物語」だ。あかんのちゃう?僕は旧演出の方が好きだなぁ。

大阪公演初日はイケコ(宝塚ファンの間での小池の愛称)の舞台挨拶もあった。「お客様の熱気で舞台上の幕が浮いてまくれ上がってしまいました。これからどうしようか検討中です」とかいった内容で、「どうでもええわ。そんなんききたいちゃうねん」と内心でツッコミを入れた。しかし確かに2回目に観劇した時、その問題は修正されていた。

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。

2月20日(月)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭高等学校吹奏楽部定期演奏会を聴く。指揮は総監督の梅田隆司先生。

第1部

  • 西村友:ミュージカル「銀河鉄道の夜」吹奏楽版

第2部

  • ロッシーニ(森田拓夢編):歌劇「ウィリアム・テル」序曲
  • プロコフィエフ(高昌帥編):バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より
  • アラン・メンケン(ジョン・モス編):映画「美女と野獣」より
    プロローグ〜ベル〜強いぞガストン〜Be Our Guest〜美女と野獣(歌付き)〜奇跡の変身
  • ♪甲子園応援リクエスト・コーナー
    You Are スラッガー(オリジナル曲)〜恋(星野源、恋ダンス付き)〜SHAKE(SMAP)〜三代目 J Soul Brothers メドレー(ダンス付き)
  • 三年間の歩み Part 1(1、2年生篇)
    野田洋次郎、RADWIMPS(宮川成治編):「君の名は」メドレー
    夢灯籠〜前前前世〜スパークル〜なんでもないや
  • 三年間の歩み  Part 2(3年生篇)
    フランチェスコ・サルトール(福田洋介編):Time to Say Goodbye
  • 10期卒業生を送る歌 山村隆太(作詞)、阪井一生(作曲):証
  • ガーシュウィン(建部知弘・森田拓夢編):歌劇「ポーギーとベス」より
  • タケカワ・ユキヒデ(樽屋雅徳編):銀河鉄道999 アンコール
  • 星に願いを アンコール

以前も引用したが、臨床心理学者・河合隼雄は宗教学者・中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

この物語はジョバンニ=宮沢賢治、カムパネルラ=結核を患い24歳で死去した賢治の妹・トシ(詳しくは賢治の詩「永訣の朝」を参照のこと)として読むことが出来る。この兄妹はある意味、一心同体であり、だから新海誠監督「君の名は。」の瀧と三葉のようでもある。

ジョバンニは【片割れ(=Half Moon)】のカムパネルラと旅をする。しかし実はカムパネルラは既に死んでいる。一方、「君の名は。」の瀧は三葉を探し求めるが、彼女は3年前に死んでいた。両者は物語の構造が同じなのである。「銀河鉄道」とは人の意志に関係なく彼らを運び去ってしまう運命のメタファーであり、「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」「君の名は。」など一連の新海作品に度々登場する鉄道も同様に機能している。

ジョバンニとカムパネルラは一心同体だから、両者合わせて一人の人格と見做すことも可能だろう(名前の由来はイタリア・ルネッサンス時代の哲学者トマソ・カンパネッラだと言われている。その幼名はジョバンニ・ドミニコ。つまり同一人物である)。そして意地悪なザネリの身代わりとして死ぬカムパネルラに対して賢治は明らかに、人類の罪を贖うために十字架にかけられたイエス・キリストのイメージを重ねている。自己犠牲のテーマはタイタニック号の事故で犠牲になった姉弟の登場や、蠍の火のエピソードで繰り返される。そしてアンドレ・ジイドが小説のタイトルに引用した次の警句に繋がる。

狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていくものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものは少ない」(マタイによる福音書)

非常に厳しい父性としての一神教の姿がそこにある。祈りの言葉は「天にまします我らのよ」であり、三位一体とは「」と「子(イエス)」と「精霊」を指す。女性は排除されているのだ。またローマカトリック教会の最高位、法王に女性はなれない。

とすると、「ラッコの上着を持って帰る」と約束し、最後まで姿を見せないジョバンニの父親はイエスの父=神と解釈することも可能なのではないだろうか?イエスは父の真意を測りかねて苦しみ、十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ぶ。

一方、天照大御神(女)を頂点とする八百万の神を戴く日本は母性社会である(河合隼雄 著「母性社会日本の病理」を参照されたし)。母性は全てを包み込み、あるいは飲み込むが、父性は切断し、分類し(天と地、光と闇、天使と悪魔など)、客観的に観察する性格を帯びている。この特徴が欧米諸国でのみ近代科学が生まれ、発展した背景となった。0と1のみの二進法で全てを計算し、処理するコンピューターの発明もキリスト教社会だからこそあり得たのである。

「銀河鉄道の夜」には天文学、地質学、生物学、化学など自然科学の知識がふんだんに投入されている。また賛美歌320番「主よ、みもとに 近づかん」が歌われ、タイタニック号の犠牲者たちはサザンクロス(南十字星)駅で降りる。ここで十字架のイメージが重ねられている。

しかしジョバンニは病気の母にミルクを持って帰らねばと心を砕いているし、カムパネルラも「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」と常に案じている。この父性母性の絶妙なバランス感覚こそが宮沢賢治の真骨頂なのではないだろうか。ところが松本零士は「銀河鉄道999」でキリスト教的要素=厳しい父性を全て取っ払って、マザー(エディプス)・コンプレックスの物語に換骨奪胎してしまった。

さて本題。定期演奏会の感想である。事前に劇団ひまわり版「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)DVDを6回鑑賞して臨んだ。いやもう、西村友が作曲した音楽が素晴らし過ぎて心を奪われ、ジョバンニを演じた石川由依(アニメ「進撃の巨人」ミカサの声を担当)の名演にぞっこんになった。

劇団ひまわり版は1時間50分あるので大阪桐蔭版がダイジェストになるのは致し方ないのだが、活版所などジョバンニが銀河鉄道に乗るまでのエピソードと、白鳥の停車場〜プリオシン海岸の場面がすっぽりカットされたのは残念だった。♪大切なことは忘れないこと!♪がなかったのはちょっと寂しい。

オリジナルはピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成だが今回は大編成の吹奏楽版。やっぱり迫力が違う。♪ラッコの上着♪で大太鼓の音がズシンと腹に来た。タイタニック号沈没の場面での♪救い給え、この子らを♪はバス・クラリネット、バリトン・サックスなどの低音群が不気味に響き、実に効果的だった。またこの曲や、僕が大好きなナンバー♪ケンタウルスを追いかけて♪ではステージいっぱいにマーチングが展開され、何と鮮やかだったことか!♪バルドラのサソリ♪では隊列で蠍の姿を表現し、成る程なと感心することしきり。あとサザンクロス駅の場面で背景のスクリーンにKAGAYAが製作したプラネタリウム版「銀河鉄道の夜」が映し出されてびっくりした!

Kagaya

これ、とっても映像が綺麗なんだ。ただプラネタリウム版が痛いのは音楽が安っぽいこと。でも西村友作曲の方なら全く問題なし。

第2部は両サイドにアイーダ・トランペットを配し、華やかに始まった。「ウィリアム・テル」と全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した「ポーギーとベス」を(共同)編曲した森田拓夢くんはアルト・サクソフォンを吹く3年生。なお、桐蔭の練習場には最近、梅田先生のアイディアでミラーボールが設置されたそう。

プロコフィエフではチューバとコントラバスによる引き摺るようなリズムが印象的。

「美女と野獣」については最近、面白い発見があった。

桐蔭の演奏はファンタスティックで、一つのメルヘンが感じられた。

そして、「君の名は。」4曲メドレーには甚く感動した。なんて洒落たアレンジだろう!歌が入った♪なんでもないや♪もとっても素敵。また何度でも聴きたい。

そしてクライマックスは「ポーギーとベス」。僕は例年通り55人による全日本吹奏楽コンクール版で演奏するのかと思いきや、最優秀グランプリ/文部科学大臣賞を受賞した大人数による日本管楽合奏コンテストバージョンだった。吹コンでは金賞を受賞したものの、冒頭でクラリネットが「ピャッ!」と奇声を発したり、♪サマータイム♪でフリューゲルホルンのソロが出だしをミスったりと幾つかの瑕があった。しかし今回のフリューゲルホルンはパーフェクトだったし、吹コンよりさらに進化していたので、心底驚嘆した。振付が入ったり、最後の♪Oh Lawd, I'm On My Way♪では合唱が入ったりと最高に愉しい!

僕が桐蔭の演奏を初めて聴いたのは2007年全日本吹奏楽コンクール@普門館のドビュッシー「海」だった。2009年に全国大会で初めて金賞を受賞したオルフ「カルミナ・ブラーナ」も普門館で聴いた。そして自信を持って断言しよう。今回の「ポーギーとベス」こそ、創部以来のベスト・パフォーマンスであると。梅田先生はワーグナーやプッチーニ、エルガーなどクラシック音楽を指揮される時よりも、JAZZやROCKの方が生き生きしているし、冴えている。「ポーギーとベス」はなんかもう突き抜けていた。ちゃんとブルースしているし、リズムのセンスやグルーヴ感が抜群なんだ。レナード・バーンスタインもオペラ的な「キャンディード」よりJAZZYな「ウエストサイド・ストーリー」の方が断然いい。梅田先生、是非これからもこの路線で突っ走ってください。

またアンコールの「銀河鉄道999」について、僕は毎年定演のレビューで「照明が暗すぎる。これでは生徒さんの顔が識別できない」と文句を書き続けてきた。ところが今回、前奏が終わるとステージが明るくなったのである!「星に願いを」も美しかったし、今年の照明スタッフは本当に素晴らしかった。あとバルーンの銀河鉄道がホールを斜めに駆け上る演出もジーンとしたなぁ。

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長澤まさみ✕石丸幹二✕松尾スズキ/ミュージカル「キャバレー」

2月4日(土)フェスティバルホールへ。松尾スズキ演出、長澤まさみ、石丸幹二、小池徹平主演のミュージカル「キャバレー」大阪公演を観劇した。

Cabalet

兎に角、「長澤まさみがエロい!」と大評判で、チケットは闇で10万円にまで高騰したという。これに対して松尾は次のようにTweetした。

松尾スズキ演出の「キャバレー」は2007年11月に観ており、こちらに感想を書いた。1966年のブロードウェイ初演から72年の映画化、華々しいリヴァイヴァル版上演に至る歴史についても詳しく語っているので是非ご一読願いたい。それにしても松尾版の再演まで10年も待たされるとは!その間2010年に小池修一郎演出、藤原紀香主演でも上演されているので(そちらの感想はこちら)、版権問題で手間取ったのかもしれない。

僕は今まで舞台で、4人の女優がヒロインのサリー・ボウルズを演じるのを観ている。アメリカからのツアー・カンパニーで2度の来日を果たしたアンドレア・マッカードル(ミュージカル「アニー」タイトル・ロールのオリジナル・キャスト)、2001年にブロードウェイの劇場で観たブルック・シールズ、2007年松尾版の松雪泰子、2010年藤原紀香。結論。5人目の長澤まさみが最高だった!松雪のサリーは自堕落で退廃的雰囲気が漂っていたのだが、長澤は若さや生命力に満ち溢れ、はち切れんばかりの輝きを放散した。彼女には「どんな過酷な状況下でも生き抜いてやる!」というタフさ、強(したた)かさがあった。松雪はnegative、長澤はpositive。ある種ヤケクソなパワーを感じた。心配した歌の方も問題なし。まさみちゃん、お願いだから「人生最初で最後のミュージカル」なんてつれないこと言わないで、ぜひもう一回挑戦して!

余談だが、ブロードウェイの「キャバレー」では、映画「ラ・ラ・ランド」でアカデミー主演女優賞を獲る(予定の)エマ・ストーンがサリーを演じた(2014年11月11日〜2015年2月1日)。その時のM.C.(Master of Ceremony)は同役でトニー賞を受賞したアラン・カミング。これは観たかった!!

2007年松尾版でM.C.を務めたのは阿部サダオ、今回は石丸幹二。全くタイプが異なる役者であり、当然演出も様変わりしている。僕は石丸のことを劇団四季時代から知っており、ロイド=ウェバーの「アスペクツ・オブ・ラブ」やミシェル・ルグランの「壁抜け男」日本初演初日@福岡シティ劇場(現:キャナルシティ劇場)も観ているのだが、今回の彼は一番イキイキしていて生涯のベスト・パフォーマンスと太鼓判を押したい。第2幕では得意とするサックスの生演奏も披露してノリノリだった。

小池徹平は受け身の役どころなので無難にこなした印象。2007年の森山未来とどっこいどっこいかな。

シュナイダー役の秋山菜津子やシュルツ役の小松和重平岩紙村杉蝉之介ら前回からの続投組(劇団・大人計画)は手堅い芝居でしっかりと脇を固めていた。

猥雑な松尾の演出も冴えている。下品な笑いに彼のセンスがキラリと光る。通常ではM.C.がゴリラの着ぐるみを着た女性店員と、世界中の誰も認めない愛について歌い踊るナンバー"If You Could See Her"が新演出ではディメンターみたいな背丈が等身大の2倍ある死神(骸骨姿)に変更になっていたのも良かった。

再々演を熱望する。

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大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」

2016年に全日本吹奏楽コンクールで金賞(自由曲はガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」より)を受賞した大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の定期演奏会は2月19(日)、20(月)に開催される。

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チケットはe+で購入できる(こちら)。e+はシステム利用料や発券手数料などが掛かる。だから嫌だな〜困ったな、どうしよう?と思案していたのだが、今回携帯電話に直接ダウンロードするスマチケを試してみてしてびっくりした。なんと一切中間搾取なし、正規入場料金2,000円ポッキリで購入出来た。これは便利!

さて定演のチラシには第1部でミュージカル「銀河鉄道の夜」が上演されるとある。2年前に大阪桐蔭が上演した創作ミュージカル「河内湖」はハッとするくらい完成度が高かった(その時のレビューはこちらに書いた)。今度の作品はどんなだろうと早速調査を開始、詳細が判明した。元々は劇団ひまわりが2008年に上演したミュージカルで、劇団のオンラインショップで4,000円+送料を支払えばDVDを購入出来るらしい。早速注文した。

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作詞・脚本・演出は中島透、作曲・指揮は西村友が担当。オリジナル版はピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ホルン・クラリネット・ハープ・パーカッションという7人編成による室内オーケストラである。

西村友は2016年度吹奏楽コンクール課題曲III 《ある英雄の記憶~「虹の国と氷の国」より》を作曲している。そして大阪桐蔭はこの課題曲で全国大会に臨み、を獲った。

劇団ひまわり「銀河鉄道の夜」(Bキャスト)の配役は以下の通り。

ジョバンニ:石川由依 カムパネルラ:熊本野映 カオル:宮原理子 タダシ:野本ほたる ザネリ:松村理子 カトウ:鈴木愛吏 マルソ:田中瞳佳

石川由依って何だか聞き覚えのある名前だな、と調べて仰天した。なんとアニメ「進撃の巨人」でミカサ・アッカーマンの声を担当している人じゃないですか!歌も上手い。石川は兵庫県生まれで6歳の時から劇団ひまわりの大阪俳優養成所に所属し、後に上京したという。

透明感があってpure、大変出来のよいミュージカルである。特に音楽は、例えば劇団四季のオリジナル・ミュージカル(李香蘭、異国の丘、夢から醒めた夢、ドリーミング)と比べても、断然「銀河鉄道の夜」の方が優れている。これは是非生の舞台を観たいと想った。

因みにアニメーション映画「君の名は。」で国民的作家となった新海誠監督(本名・新津誠)の娘・新津ちせは劇団ひまわりに所属しており、神木隆之介くん主演の実写映画「3月のライオン」に川本モモ(三女)役で出演する(詳細はこちら)。

僕の「銀河鉄道の夜」の原体験は杉井ギサブロー監督によるアニメーション映画(1985年、毎日映画コンクール・大藤信郎賞受賞、文部省特選)である。登場人物の大半が猫に仕立てられている(但し、タイタニック号の犠牲となった姉弟とその家庭教師は人間の姿)。静謐で質の高い作品なので僕は好きだが、「なんで猫やねん!」と非難の声が上がっていることも事実だ。そこが映像化の難しさで、ジョバンニとカムパネルラという名前の少年を果たして日本人として描くのか?という問題が生じる。かといって名前から想定してイタリア人にする?それでいいのかという話である。なお、このアニメで音楽を担当した細野晴臣の祖父(細野正文)は日本人唯一のタイタニック号乗船者で、無事生還した。

宮沢賢治が書いたこの童話は非常に多くの信奉者/追随者を産んだ。その代表例が「銀河鉄道999」だろう。

上記事にも書いたが「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラの関係は、賢治と亡くなった妹・トシのそれを彷彿とさせる。宮沢賢治はシスター・コンプレックスの作家だと言うことが出来る。それを松本零士は換骨奪胎してマザー(エディプス)・コンプレックスの作品に創り変えた。

臨床心理学者・河合隼雄は中沢新一との対談本「ブッダの夢」の中で次のように語っている。

 『銀河鉄道の夜』を読んで面白いのは、はじめ、母と息子の物語として出発するんですね。だから、ある意味では、ずっと母性が底流にあるんです。あるんだけれども、チェロのような声をした男の声が聞こえてくるって。最後はしかも、お父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちやっていうところで終わります。つまり、非常に厳しい父性もあの中にずっと入ってるんですね。銀河を書いたりする時に、非常に科学的な言葉や客観的な描写が出てきたり、同時に、また母性的なものもあるわけでしょう。
 ところがね、『銀河鉄道999』という漫画は完全におかあちゃんの話になっています。

作曲家・吉松隆と「銀河鉄道の夜」の関係については以前言及した。

この後、吉松は『オホーツク挽歌』『星めぐりの歌』『銀河鉄道の夜』『手紙』をモチーフにした、(左手の)ピアノとチェロと朗読による「KENJI・・・宮澤賢治によせる」を作曲している。吉松は2歳年下の妹をガンで亡くした。彼女の病床で作曲したのがサイバーバード協奏曲である。その想いが賢治とトシの関係に繋がっているのだろう。

シンセサイザーによる「惑星」で一世風靡した故・冨田勲が初音ミクとタッグを組んだ「イーハトーヴ交響曲」は第4楽章が『銀河鉄道の夜』である。因みに冨田は映画「風の又三郎」(1989)でも音楽を担当している。

またももいろクローバーZ主演で本広克行が監督した映画「幕が上がる」には高校演劇部が上演する劇中劇として「銀河鉄道の夜」が登場する。

さらに岩井俊二監督「リップヴァンウィンクルの花嫁」と「銀河鉄道の夜」の関係性については下記事に書いた。

ここまでお読みになった方には「銀河鉄道の夜」の影響力の大きさが少しはお判り頂けたのではないかと想う。大阪桐蔭のパフォーマンスが今から愉しみで仕方がない。

最後に、梅田隆司先生にお願いを2つしたい。

  1. 定演で大阪桐蔭の演奏する「前前前世」をどうしても聴きたいので、不確実要素のある【リクエスト・コーナー】ではなく、是非正規プログラム(あるいはアンコール)に入れてください。
  2. 全日本吹奏楽コンクールの「ポーギーとベス」を聴いて、大阪桐蔭がミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」の音楽を演奏したら最高にクールなパフォーマンスになると確信しました。お忙しいのは存じておりますが、まずは騙されたと思って映画をご覧になってみてください。絶対に後悔はさせません。

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ミュージカル「ミス・サイゴン」 2017

1月1日(元旦)と7日(土)に梅田芸術劇場で「ミス・サイゴン」を観劇した。過去の観劇歴や作品紹介、新旧演出の違いについては下記事に詳しく書いたのでご参照あれ。

結局1992年帝劇初演以降、トータルでこのミュージカルを9回観たことになる。長年の付き合いなので、亡くなった関係者たちのことを観劇中に想うことが多くなった。キム役で渾身の演技を見せた本田美奈子、そして美しい日本語訳を紡いだ岩谷時子……。

さて元旦のキャストは、

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7日のキャストは、

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初演以来エンジニアを演じ続けてきた市村正親が今回でファイナルと銘打たれているのだが、ファンは誰も信じていない。宮﨑駿みたいな「引退詐欺」だと皆知っている。非難じゃないよ、許容して「またか」と温かい目で見守っているのだ。

市村には前科がある。2009年の「ラ・カージュ・オ・フォール」は【市村ザザ、ファイナルステージ!】とポスターに銘打たれていた→証拠写真はこちら。しかしその後も市村は「ラ・カージュ」の舞台に立ち続けている。

案の定、元旦公演で市村は「今回が最後ということになっているのですが(客席から笑い)、演ってみるとまだまだ行けそうだなと感じました(客席拍手)。再び皆様の前にエンジニアとして舞台に立つことが私の夢となりました」と挨拶した。お約束の展開である。

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いやもう、いっちゃん以外のエンジニアは考えられないから。命の続く限り演ってください。

キムは笹本玲奈が一番好き。彼女は強い感情を歌に乗せることが出来る。凄みがある。

キム・スハは初めて。彼女の日本語は問題なかった。感情表現では笹本が一枚上手だが、非常に弱音が美しい歌い方をする。どんなプロフィールなのか調べてみて仰天した。なんと本場ロンドンの「ミス・サイゴン」でもキム役を演じたそうである。韓国人としてウエストエンドで主役(ファーストカバー)を務めるのは史上初なのだとか(彼女のインタビュー記事はこちら)。2015年2月に日本で「ミス・サイゴン」のオーディションを受けた後、韓国に戻るとイギリス側から「ウェストエンドの同役に挑戦してみないか」との誘いがあったのだそう。

ジジ役の中野加奈子もウエストエンドで同役を務めたということで、圧巻の歌唱だった。

久しぶりにこの作品に接して、エンジニアはトリックスターの役割を担っているんだなと初めて理解した。トリックスターとは神話や伝説などで語られるいたずら者。その思いがけない働きによって旧秩序が破壊され、新しい創造が生じるきっかけとなることがある。しかし単なる破壊者として終わることもある。ギリシャ神話のプロメテウス、古事記のスサノオ、シェイクスピア「夏の夜の夢」の妖精パックがその代表例である。エンジニアはベトナム(アジア/仏教徒)とアメリカ(欧米諸国/キリスト教徒)を繋ぐ役割を果たす。そもそも彼はフランス人とベトナム人の混血であり、考えてみればキムとクリスの息子タムと似たような境遇であることは興味深い。一方、ミュージカル「エビータ」のチェや「エリザベート」のルキーニ、「キャバレー」のM.C.はあくまで司会進行役/狂言回しであり、トリックスターではない。しかし「ジーザス・クライスト・スーパースター」に登場するイスカリオテのユダはトリックスターだよね。だって彼の裏切りがあって初めて物語は完結し、キリスト教が創造されるのだから。

元旦公演は出演者によるステージ上での鏡開きと、その後ロビーでの振舞い酒があった。

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珠城りょう主演 宝塚月組「グランドホテル」「カルーセル輪舞曲(ロンド)」

1月2日、宝塚大劇場へ。ブロードウェイ・ミュージカル「グランドホテル」は実に24年ぶりの再演である。

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1993年月組版/2017年月組版の主要キャストを下記に示す。

  • オットー:涼風真世/美弥るりか
  • フラムシェン:麻乃佳世/早乙女 わかば(役替わり)
  • ラファエラ:天海祐希/暁 千星(役替わり)
  • フェリックス男爵:久世星佳/珠城りょう
  • グルーシンスカヤ:羽根知里/愛希れいか

太字が当時/現在のトップ男役&娘役である。

涼風真世のサヨナラ公演がどうして不評だったのかは下記事に解説した。

本作は後世に「グランドホテル形式」というジャンルを形成した元祖であり、その本質は「主役不在の群像劇」である。それを宝塚歌劇バージョンとしてトップ男役と娘役を目立たせようというのはそもそも無理がある。しかし初演版の「余命幾ばくもないユダヤ人会計士」オットーよりは、「借金まみれのジゴロ」フェリックス男爵を主役に据える方がよほどしっくり来る。故に今回の潤色/改変は大成功と言えるだろう。

また昨年観たトム・サザーランド演出版は舞台装置が地味で、「ベルリンの超一流ホテル」というゴージャスな雰囲気が皆無だった。ところが宝塚版は人数が多いし華やかで申し分なし。オリジナル演出・振付のトミー・チューンは今回、「特別監修」ということでどこまでが彼の功績か不明だが(宝塚版の演出は岡田敬二、生田大和)時にギリシャ古代劇場の観客のような役割も果たす群舞の扱いが卓越していた。映画も何回も観たし十分知っているお話なのに、最後はジーンと感動した。是非また観たい!

出演者で突出して良かったのが愛希れいか。兎に角、踊れる娘役なのでロシアのバレリーナという設定がピッタリ。正にはまり役である。

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レビューの「カルーセル輪舞曲(ロンド)」についてだが、【モン・パリ誕生90周年】と銘打ちながら、「どこがパリやねん!」とズッコケた。フランスの雰囲気が皆無。ニューヨーク、メキシコ、ブラジル、砂漠(シルクロード)と巡り、「80日間世界一周」というタイトルこそ相応しいのではないかと想った(実際にビクター・ヤングが作曲した同名曲が使用されている)。特に娘役にブラジルの国旗を振らせるダサい演出は一体何事??トップ・スターが背負う緑色の蛾みたいな羽も気持ち悪い。あと冒頭から登場する回転木馬が全く生かされていない。「回るよ回る、世界は回る」という意味だけ?それじゃあ幼稚園のお遊戯会レベルだ。稲葉大地、全然ダメやん!もっとロジャース&ハマースタイン IIのコンビが「回転木馬(Carousel)」に込めた寓意を真剣に勉強すべきだ。

宝塚史上、下から数えた方が早いお粗末なショーだった。こんなもの観せられるくらいなら、「グランドホテル」初演の時にトミー・チューンが演出した「BROADWAY BOYS」の再演を観たかった。

珠城りょうについて。ファンの人には申し訳ないのだが、僕には「おばさん顔」に見える。格好いいとも想わないし好みじゃない。歌については龍真咲レベル?つまり大したことない。現在の月組の問題点は「オッ、これは!」と耳をそばだてるような美声の男役が(2,3,4番手にも)いないということだ。結局、一番光り輝いているのは娘役の愛希れいかであり、歌劇団としてはそんなんでええのん?

最後に。ブロードウェイ・ミュージカルということもあり1993年月組版は一切映像記録が残っていないのだが、2017年版はDVD/Blu-rayがちゃんと発売できるよう、ややこしい版権問題をクリアしたのだろうか?

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ジャック・ドゥミ「港町三部作」から聖林ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」へ

今年度アカデミー作品賞・監督賞の有力候補であり、作曲賞・歌曲賞の受賞はほぼ100%間違いない映画「ラ・ラ・ランド」はMGMミュージカルの黄金期「踊るニュウ・ヨーク」(1940)、「巴里のアメリカ人」(51)、「雨に唄えば」(52)、「バンド・ワゴン」(53)やボブ・フォッシー監督の「スウィート・チャリティ」(69)を彷彿とさせる仕上がりであり(公式サイトの予告編を観れば一目瞭然)、そして何よりジャック・ドゥミ監督のフランス映画「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」へのオマージュとなっている。音楽そのものも、もうイントロを聴いただけで、ミシェル・ルグランが作曲した「ロシュフォールの恋人たち」への熱烈なラヴ・レターであることは火を見るより明らかだ(特に”キャラバンの到着”)。

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ジャック・ドゥミは港町ナント(現在は「熱狂の日」音楽祭=ラ・フォル・ジュルネ発祥の地として有名)で幼少期を過ごした。その頃の様子は後にドゥミと結婚した映画監督アニエス・ヴァルダ(「幸福」でベルリン国際映画祭銀熊賞)が「ジャック・ドゥミの少年期」(1991)で生き生きと描いている。

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ドゥミとヴァルダ、そしてアラン・レネは(セーヌ川の)左岸派と呼ばれ(対する映画批評家出身のトリュフォー、ゴダール、ロメールらはカイエ派/右岸派)、ドゥミの長編映画デビュー作「ローラ」は「ヌーヴェルヴァーグ(=新しい波)の真珠」と讃えられた。

ふたりは一男一女をもうけた。ドゥミは1990年に59歳で亡くなり、死因は白血病と発表された。しかし2008年になってヴァルダはドキュメンタリー映画「アニエスの浜辺」で実はAIDSで亡くなったのだったと告白した。ということはドゥミはバイセクシャルであり、50歳を過ぎても男の恋人(あるいは男娼)と関係があったことを意味している。それでもアニエスが心の底からドゥミを愛していたことは「ジャック・ドゥミの少年期」を観れば判る。まこと愛とは計り知れないものである(ミュージカル「コーラスライン」の演出・振付をしたマイケル・ベネットは87年、映画「愛と悲しみのボレロ」で有名なダンサーのジョルジュ・ドンは92年にやはりAIDSで亡くなった。この病気をテーマにし、トム・ハンクスがアカデミー賞主演男優賞を受賞した映画「フィラデルフィア」が公開されるのは93年である)。

ナントを舞台にした「ローラ」(1961)は白黒でミュージカルではない(ドゥミはカラーのミュージカル映画として撮りたかったのだが、予算が足りなかった)。しかしカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した総天然色映画「シェルブールの雨傘」(1964)は明白な「ローラ」の続編である。踊り子ローラに恋する主人公ローラン・カサールが失恋しナントの街を去る場面で「ローラ」は終わる。そして「シェルブールの雨傘」でカサールは宝石商として登場、どちらもマルク・ミシェルが演じている。ミシェル・ルグランは「ローラ」から音楽を担当しており、「ローラ」に於けるカサールのテーマが、そのまま「シェルブール」でも使用されている。で「シェルブール」でカサールがローラのことを歌う回想シーンでナントの街並みが映し出されるのだが、「シェルブール」が公開された64年当時「ローラ」は日本未公開で、日本の観客にはチンプンカンプンだったろう(日本初公開は92年)。現在はアニエス・ヴァルダが監修し2012年に完成した「ローラ」デジタル完全修復版がDVD,Blu-rayで容易に入手出来る。

「シェルブール」が画期的だったのは全篇が歌で構成されており、通常のダイアログは皆無であること。ハリウッドのミュージカル映画やブロードウェイ・ミュージカルでは前例がない手法だ。「シェルブール」の後にヨーロッパでは「レ・ミゼラブル」や「エリザベート」「ロミオ&ジュリエット」など同様のスタイルの舞台ミュージカルが生まれた。

「ローラ」「シェルブールの雨傘」そして「ロシュフォールの恋人たち」(1967)は港町三部作と呼ばれており、3作品ともに水兵が街を歩いている風景が映し出される。また「ロシュフォールの恋人たち」でカフェの常連客である老紳士はパリのフォリー・ベルジェールの売れっ子ダンサーだった60歳のローラに40年間恋し続け、遂には切り刻んで殺してしまうというエピソードがある(以上は新聞記事として語られる)。ゆえにこれらをローラ三部作と呼ぶ人もいるのだが、ここでややこしいのがドゥミがベトナム戦争下のアメリカで撮った「モデル・ショップ」(1968)という作品があり、ここでも「ローラ」のアヌーク・エーメがローラを演じている(日本初公開は2007年)。故にローラ四部作??但し、残念なことに「モデル・ショップ」のみ音楽がミシェル・ルグランではなく、ドゥミは「モデル・ショップ」を失敗作と認めている。

「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーヴの歌の吹き替えをしているのがダニエル・リカーリ、「ロシュフォールの恋人たち」で吹き替えしているのがア・カペラ・ヴォーカル・グループ「ザ・スウィングル・シンガーズ」のメンバー、アンヌ・ジェルマン。つまり両者でドヌーヴの歌声が違うわけで、その辺は緩い。因みに「ザ・スウィングル・シンガーズ」にはミシェル・ルグランの姉クリスチャンヌもいて、やはり「ロシュフォールの恋人たち」サントラで歌っている。またドゥミの作品にはハリウッド映画への憧れが濃密で、「ロシュフォールの恋人たち」には「雨に唄えば」「巴里のアメリカ人」のジーン・ケリーや「ウエストサイド物語」のジョージ・チャキリスが出演している。

余談だが「ロシュフォールの恋人たち」でドヌーヴと共演した姉フランソワーズ・ドルレアックはこの映画が公開された年、別の映画の追加撮影の為ニース空港に向かう運転中に高速道路のカーブを曲がり切れず激突、車は横転、炎上した。享年25歳だった。

「シェルブール」と「ロシュフォール」で個性的なのはCandy Colorsと評される鮮やかなである。と言い換えることも出来る。ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの象徴となっているレインボーフラッグを彷彿とさせる。そしてそのは「ラ・ラ・ランド」にも受け継がれている。

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