舞台・ミュージカル

2024年2月28日 (水)

祝・読売演劇大賞受賞!藤田俊太郎(演出家)

第31回読売演劇大賞に演出家・藤田俊太郎が決まった。対象となった作品は『ラビット・ホール』と『ラグタイム』。詳細はこちら

また、『ラグタイム』で舞台美術を担当した松井るみが最優秀スタッフ賞を受賞した。おめでとうございます。

僕は『ラグタイム』を2023年10月5日および7日に観劇し、劇評を下記事に書いた。

 ・ 石丸幹二・安蘭けい・井上芳雄 /ミュージカル「ラグタイム」待望の日本初演!

何故アメリカ初演から日本初演まで25年掛かったのか、藤田の演出の何が凄かったのかについて詳しく述べている。ミュージカルに興味のある方はご一読ください。

また藤田が演出した他の作品のレビューは以下の通り。

 ・ 中川晃教(主演)ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」 2022.12.16
 ・ 城田優(主演)ミュージカル「NINE」 2020.12.10
 ・ ブロードウェイ・ミュージカル「ピーターパン」(+昨年の大事故について) 2017.08.15

| | | コメント (0)

2024年2月14日 (水)

From Screen to Stage and back to Screen ミュージカル映画「カラーパープル」(1985年に渦巻いた壮絶なハラスメントについても語ろう)

評価:A+

1985年に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の映画『カラーパープル』は猛烈なハラスメント(いじめ/嫌がらせ)の嵐に晒された。今でこそスピルバーグは押しも押されもせぬ大監督として世間から認知されているわけだが、当時はそうでなかった。1975年に『ジョーズ』、1981年に『レイダーズ/失われたアーク《聖櫃》』、そして82年に『E.T.』を撮り爆発的なヒットを連発、同業者から激しい嫉妬を買い「あいつは娯楽映画ばかり撮っている金の亡者」的に見られていた。つまり頑なにスピルバーグ映画の芸術性は認めないぞという雰囲気がハリウッドでは支配的だったのである。例えるならAKB48や坂道シリーズ(乃木坂・欅坂→櫻坂・日向坂)でボロ儲けした秋元康が「秋豚」と蔑称され、作詞家としての彼の才能が軽んじられている日本の現状に似ているだろう。

 ・ 秋元康プロデュース・欅坂46「サイレントマジョリティー」を讃えて(あるいは、アメリカの闇)
 ・ 【増補改訂版】「君の名は希望」〜作詞家・秋元康を再評価する

『E.T.』は米アカデミー賞で作品賞・監督賞にノミネートされたが、受賞したのはリチャード・アッテンボロー監督の『ガンジー』だった。

Purple

スピルバーグはどうしてもオスカーが欲しかった。そこでアリス・ウォーカーの小説に目をつけた。しかしメイン・キャストがほぼ黒人で、白人が殆どで出てこない『カラーパープル』を白人が監督することに批判が集まった。結局アカデミー賞では作品賞を含む10部門11ノミネート(助演女優賞が重複)されたにもかかわらず、なんとスピルバーグは監督賞候補に入らなかった。そして蓋を開けてみると受賞ゼロ、全滅だった。正に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」だ。そんな風に当時のハリウッドは悪意に満ち溢れていた。結局、作品賞・監督賞を制覇したのはシドニー・ポラックの『愛と哀しみの果て』。凡庸な駄作である。

僕は『未知との遭遇 特別編』(1980)以降、スピルバーグの全映画を公開時に映画館で観ており『カラーパープル』も例外ではない。大いに気に入り、後にレーザーディスク(LD)も購入した。

ここで日本の雑誌「キネマ旬報」1986年度 外国語映画ベストテンを見てみよう。第3位が『蜘蛛女のキス』(アカデミー作品賞・監督賞ノミネート)、第6位が『カラーパープル』、そして『愛と哀しみの果て』が12位。この評価からも分かる通り、アカデミー史上最悪のミスジャッジであった。余談だがミスジャッジで思い出すのが1998年に公開された『恋におちたシェイクスピア』でグウィネス・パルトロウが主演女優賞を受賞した「とんでも事件」。この年は『エリザベス』のケイト・ブランシェットや『セントラル・ステーション』のフェルナンダ・モンテネグロが候補だったわけで、グウィネスというのはどう考えてもあり得ない選択だった。その後"MeeToo"運動を経て、『恋におちたシェイクスピア』のプロデューサーだったハーベイ・ワインスタインが告発され逮捕(禁固刑は合計39年を言い渡された)。グウィネスが証言するかどうかが焦点となり、遂に彼女が受賞したからくりが判明したというわけ。閑話休題。

 ・ 映画「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」 2023.02.07

漸くスピルバーグ映画がアカデミー作品賞・監督賞を受賞するのは『シンドラーのリスト』(1993)である。これはホロコーストを描いた作品であり、ハリウッドの重役にユダヤ人が多いことは周知の事実(ワインスタイン兄弟もユダヤ人)。有無を言わせぬ鉄板ネタであった。

『カラーパープル』はウーピー・ゴールドバーグの映画デビュー作で、僕はこれでアカデミー主演女優賞を受賞すべきだったと今でも思っている。結局彼女は『ゴースト/ニューヨークの幻』の胡散臭い女霊媒師役で助演女優賞を受賞するのだが、まぁこれは「あの時あげられなくてゴメンね。これで堪忍して」といった残念賞的意味合いが強かった。因みにウーピーはTV界のEmmy(エミー賞)、音楽界のGrammy(グラミー賞)、映画界のOscar(アカデミー賞)、そして舞台のTony(トニー賞)というエンターテイメントの最高峰に位置する栄冠を4つとも受賞したEGOTであり、現時点でEGOTを達成したのはオードリー・ヘップバーン、リチャード・ロジャース、メル・ブルックス、アンドリュー・ロイド・ウェバー、ジェニファー・ハドソン、ジョン・レジェンド、エルトン・ジョンら19人しかいない。

『カラーパープル』は2005年にブロードウェイでミュージカル化され、その10年後にシンシア・エリヴォ、ジェニファー・ハドソン主演で再演。第70回トニー賞ではミュージカル・リバイバル作品賞とミュージカル主演女優賞(シンシア・エリヴォ)の2冠に輝いた(『ハミルトン』が11部門攫った年だ)。シンシア・エリヴォは2019年に映画『ハリエット』に出演しアカデミー主演女優賞にノミネートされ、主題歌も歌った。現在はミュージカル映画『ウィキッド』を撮影中(エルファバ役)。

今回の映画はこのブロードウェイ版に基づいている。製作にスティーヴン・スピルバーグ、クインシー・ジョーンズ(前作で音楽を担当)、オプラ・ウィンフリー(前作でソフィアを演じアカデミー助演女優賞候補に)らが名を連ね、製作総指揮には原作者アリス・ウォーカーの名前も。監督はブリッツ・バザウーレ、ガーナ出身だそう。上映時間141分で、なんと85年版の154分より短い!

製作陣にウーピーの名前がないから彼女は本作に思い入れがないのかな?残念だなと思っていたら、本編を観るとカメオ出演していたのでむっちゃ嬉しかった。

率直な感想。スピルバーグ版よりもミュージカル版の方が良かった。上映時間が短いことからも分かる通り展開が早いし、何よりミュージカル・シーンが素晴らしい。歌も、踊りも。ゴスペル(アフリカ系アメリカ人によって生み出された教会音楽)とかブルースが、黒人たちの辛い労働・日常生活から生まれた「叫び」であることがとても良く理解出来る仕組みになっている。本作にとってミュージカルという形式が最も相応しかった、と言えるだろう。

| | | コメント (0)

2024年2月 8日 (木)

三浦宏規(主演)フレンチロックミュージカル「赤と黒」(+フランスのミュージカル史について)

1月6日(土)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティへ。スタンダール原作のミュージカル『と黒』を観劇。

Red

作曲はウィリアム・ルソー&ソレル、演出はジェイミー・アーミテージ。2016年にパリで初演された。ウィリアム・ルソーは『1789 〜バスティーユの恋人たち〜 』にも楽曲を提供している(こちらのメイン作曲家はドーヴ・アチア)。

近年フランスでミュージカルは盛んに制作されており、代表的なものとして『壁抜け男』(1997)、『ノートルダム・ド・パリ』(1998)、『ロミオ&ジュリエット』(2001) 、『太陽王』 (2005)、『ロックオペラ モーツァルト』 (2009)、『1789 〜バスティーユの恋人たち〜』(2012)などが挙げられる。大ヒット・ミュージカル『レ・ミゼラブル』も元々は1980年パリ初演で、英語版がロンドンで上演されたのは1985年だ。

更に源流を辿れば、ミシェル・ルグランとジャック・ドゥミ監督のコンビによるミュージカル映画『シェルブールの雨傘』(1964)、『ロシュフォールの恋人たち』(1967)、『ロバと女王』(1970)にたどり着く。ミシェル・ルグランの音楽は基本的にジャズのスタイルだが、21世紀に入ってからのフレンチ・ミュージカルの主流はロックンロールである。

ちなみにアメリカやイギリスでロック・オペラが流行ったのは1960年代後半から70年代前半にかけて。『ヘアー』(1967)、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1971)、『トミー』(1975)がその代表格。一方、今ブロードウェイで一番ホットなのは天才リン=マニュエル・ミランダ(『イン・ザ・ハイツ』『ハミルトン』)の出現によりヒップホップ系かな。ただ日本人にとってこのジャンルは最先端過ぎて全くついて行けてないので(『ハミルトン』の上演すら実現していない)、フレンチ・ミュージカルあたりがちょうどいい塩梅なのだろう。日本語ラップが(少なくともミュージカル界で)定着するのに、まだ20年位はかかりそう。

出演は三浦宏規、夢咲ねね、田村芽実、東山義久、駒田一ほか。三浦は『テニスの王子様』『刀剣乱舞』など2.5次元ミュージカル出身で、イケメンで歌も上手かった。夢咲ねねは宝塚の娘役時代から大好きな女優で、美人だし文句なし!シンプルな装置で舞台転換が早く、演出も良かった。

本作は宝塚星組が礼真琴主演で先駆けて上演したのだが、宝塚版より今回の方に軍配を上げる。ちなみに宝塚歌劇には柴田侑宏が台本を執筆した別バージョンの『と黒』があり1975年に初演されている。菊田一夫版(1957年初演)もあるらしい。知らんけど。

今回鑑賞しながら「と黒」とは何を象徴しているのか?と色々考えを巡らせた。〈情熱愛欲↔信仰・禁欲〉でもあるだろうし、〈血の革命革新(radical) ↔権力・保守(conservative) 〉でもあるだろう。第一幕はブルジョワ・中産階級篇で、第二幕は貴族階級篇という構成になっているのが面白い。しかし、貧しい平民出身の野心家ジュリアン・ソレルはどちらの階級にも受け入れられず、弾き飛ばされてしまう。実に重層的で奥深い作品だ。

| | | コメント (0)

2024年2月 6日 (火)

古川雄大・柚希礼音・真風涼帆(出演)ミュージカル・ピカレスク『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』

梅田芸術劇場でミュージカル・ピカレスク『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』を観劇した。

Lupin

1月3日(水・マチネ)の役替り

Gfinniqboaajfip

1月7日(日・ソワレ)の役替り

Gfinsejbaaa2vgn

脚本・演出は『エリザベート』『グレート・ギャツビー』『ポーの一族』で知られる小池修一郎、作曲は『1789 -バスティーユの恋人たち-』で小池と組んだドーヴ・アチア。モーリス・ルブランの小説「怪盗ルパン」シリーズを下敷きに、アルセーヌ・ルパン(古川雄大)とカリオストロ伯爵夫人(Wキャスト:柚希礼音/真風涼帆) 、令嬢クラリス(真彩希帆)、シャーロック・ホームズ(小西遼生)をはじめとした様々な登場人物たちが財宝を巡って様々な駆け引きを繰り広げる。さらに悪党(Villain)ボーマニャン役を立石俊樹が演じる。

年4月に宝塚大劇場で上演された小池修一郎(作・演出)『カジノ・ロワイヤル』のレビューで、「これはジェームズ・ボンドではなく内容的にアルセーヌ・ルパンものであり、宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』を彷彿とさせる作品だ」と書いた(ルブランの小説『カリオストロ伯爵夫人』についても言及)。

 ・ 真風涼帆/潤 花(主演)宝塚宙組「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」は駄作!(原作小説/映画版との比較あり) 2023.04.06

今回の新作の制作発表が行われたのはこの後であり、「やっぱり小池はアルセーヌ・ルパンや『カリ城』がやりたかったんだ!」と僕の直感が正しかったことが判明した。正直『カジノ・ロワイヤル』は救いようのない駄作だったが、本作はむっちゃ面白かった。2回観ても全く飽きない。

小池作品には『グレート・ギャツビー』『NEVER SAY GOODBYE』など〈文学系〉、『ヴァレンチノ』『カサブランカ』『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』など〈映画系〉、さらに『蒼いくちづけ』『ポーの一族』など〈耽美系〉と色々あるが、本作が一番近いのは98年宝塚宙組公演の『エクスカリバー 〜美しき騎士たち〜 』だろう。ズバリ〈脳天気/アホ系〉。エンターテイメント要素が満載、理屈抜きでディズニーランドのアトラクション的楽しさが味わえる。

テンプル騎士団の残した財宝の在り処を示す、生命の樹=メノラー(燭台)の失われた7本の枝を探すというプロットのバカバカしさ!!最高に可笑しい。アーサー王と円卓の騎士が聖杯を探す旅に出る物語を想起させ、その意味でエクスカリバーに繋がっているし、最後に聖杯を守る騎士が登場する『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』にも近い雰囲気と言えるだろう。つまり正真正銘冒険活劇だ。

カリオストロ伯爵夫人は〈男装の麗人〉という設定で登場するので、元・宝塚歌劇団の男役トップスターだった柚希と真風はピッタリ。甲乙つけ難かった。タンゴを踊る場面もあり格好いい!

また一幕最後はルパンがピカピカ光る蝶ネクタイ型ゴンドラに乗り空中浮遊する場面もあってサービス精神旺盛。『ポーの一族』の演出を想い出した。

再演があれば是非また観たい。

| | | コメント (0)

2024年1月25日 (木)

礼真琴・舞空瞳(主演)宝塚星組「RRR × TAKA”R”AZUKA ~√Bheem~」「VIOLETOPIA(ヴィオレトピア)」

下記事も併せて是非お読みください。

 ・ 宙組の存亡をめぐって宝塚歌劇団への提言 (2023.12.15)

1月16日(火)宝塚大劇場へ。星組公演を観劇した。

Geg06xfbsaecfyq

『RRR』は主人公を礼真琴、その好敵手を暁千星が演じる。娘役トップは舞空瞳。脚本・演出は谷貴矢(たにたかや)。谷は2011年に入団。21年花組「元禄バロックロック」で大劇場公演演出家デビューを果たし、これが2作目。原作は日本でも大ヒットしたインド映画で言語はテルグ語。

一言にインド映画と言っても実は色々あり、北インドのボリウッド(ヒンディー語)が年間で約400本ほど制作し、南インドのトリウッド(テルグ語)、コリウッド(タミル語)、モリウッド(マラヤーラム語)、サンダルウッド(カンナダ語)がそれぞれ約200本ほど制作しているという。『RRR』の主題歌「ナートゥ」はゴールデン・グローブ賞および米アカデミー賞で歌曲賞を受賞するという快挙を成し遂げた。非英語の歌が同賞を受賞するのは極めて珍しい。

舞台版も「ナートゥ」(日本語訳)を歌い踊るのが最大の見せ場。華やかで楽しく、気分は最高潮に。物語は熱く面白いし、音楽も踊りもこれまで宝塚ではなかったタイプで物珍しく、最後まで飽きさせない。ハイテンションで突っ走り、最後はもうお腹いっぱい。後半のショーなしで一本立てでも良かったんじゃないかと感じたが、なんと休憩の後にとんでもない体験が待ち受けていた!!今回の演目はむっちゃお得な組み合わせだ。

110年という長い宝塚歌劇の歴史の中で、ショーの最高傑作は恐らく鴨川清作(作)『ノバ・ボサ・ノバ』(1971年初演)だろう。多くのファンが同意してくれる筈。『ノバ・ボサ・ノバ』の舞台はブラジル、リオ・デ・ジャネイロでラテン系の作品だが、一方、ヨーロッパ的でシックなショーなら荻田浩一(作・演出)『パッサージュ -硝子の空の記憶-』(2001年雪組公演)にとどめを刺す。もう、夢のように美しい作品であった。しかしオギーは2008年に宝塚歌劇団を退職、最早あれ以上のものは観られないのでは?と半ば諦めかけていた。

ところが、今回『VIOLETOPIA』を観て腰を抜かした。素晴らし過ぎる!!演出家・指田珠子(さしだしゅこ)の大劇場デビュー作である。耽美で衣装や美術が洗練されており、うっとり見惚れた。サーカスの場面があったりして『パッサージュ』を彷彿とさせる。フェデリコ・フェリーニ(イタリア映画 『甘い生活』『8 1/2』『アマルコルド』『フェリーニの道化師』の監督)的幻想世界と言っても良いかも知れない。蜃気楼のような作品。

音楽のセンスも抜群。特にモーリス・ラヴェル(作曲)管弦楽のための舞踏詩 『ラ・ヴァルス』の使い方には唸らされた。またモノトーンの舞台で静かに鳴り渡るフランシス・レイ(作曲)『白い恋人たち』も心に染みる。

「もう宙組は消滅したっていい。ここに確かな希望、春の兆しがあるのだから」そう思った。

| | | コメント (0)

2024年1月17日 (水)

映画「マエストロ:その音楽と愛と」のディープな世界にようこそ!(劇中に演奏されるマーラー「復活」日本語訳付き)

公式サイトはこちら

〈スピルバーグからブラッドリー・クーパーへ託された想い〉

映画"Maestro"は元々マーティン・スコセッシ監督が企画を温めていたのだが『アイリッシュマン』を先にすることになり、手が回らなくなった。 そこでスティーヴン・スピルバーグに白羽の矢が立った。スピルバーグは当初相当乗り気だったが、ブラッドリー・クーパーが監督・主演した『アリー/スター誕生』を観て考えを改めた。クーパーには傑出した演出の才能があるから彼に任せたらいいだろう、と思ったのである。これはブロードウェイ・ミュージカル『キャバレー』を鑑賞して、その演出家であるサム・メンデスを自分が企画を抱えていた『アメリカン・ビューティ』の監督に迎えたひらめきに似たものがある(それまでメンデスは映画を撮ったことがなかったが初監督作品でアカデミー賞を受賞した)。またスピルバーグ自身、長年温めてきた企画『ウエスト・サイド・ストーリー』再映画化を実現し、やりきったと満足したことも大きいだろう。

 ・【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen ) 2021.12.01
 ・ 
映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(スピルバーグ版) 2022.03.10

こうして本作はスコセッシとスピルバーグが製作に回るという強力な布陣となった。

〈同性愛〉

ブロードウェイ・ミュージカル『ウエストサイド物語』の作曲家で20世紀後半、ヘルベルト・フォン・カラヤンと並び立つ大指揮者でもあったレナード・バーンスタインが同性愛者であることは彼の生前から周知の事実であった。ただ僕がどうしても分からなかったのは、純粋に男だけが好きなゲイだったのか、バイセクシャル(両性愛者)だったのかということ。彼はフェリシアと結婚し子供を3人もうけた訳で、「本当に妻を愛していたのだろうか?、それともチャイコフスキーのように世間を欺くための〈偽装結婚〉に過ぎなかったのか?」というのが長らく関心事であった(チャイコフスキーの結婚生活はわずか6週間で破綻、彼は入水自殺を図る)。レニー(以下バーンスタインをこう呼ぶ)は最後までカミングアウトしなかったから。

Maestro01

評価:A

2023年12月20日からNetflixで配信されているブラッドリー・クーパー脚本・監督・主演の映画『マエストロ:その音楽と愛と』を観て学んだこと。まず夫婦の関係というのは奥深く、本人にしか完全に理解するることが出来ないのだということ(「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」と言うではないか)。本作から真っ先に連想したのはケヴィン・クラインが主演した2004年の映画『五線譜のラブレター』(傑作!)である。ミュージカルの作曲家コール・ポーター(『エニシング・ゴーズ』『ナイト・アンド・デイ』『ビギン・ザ・ビギン』)とその妻リンダの関係を描く作品で、コール・ポーターはゲイだったが、リンダは心底彼のことを愛していた。

学んだことの2点目。ゲイとバイセクシャルの境界は曖昧で、多分それを区別することに余り意味はないということ。両者は虹色のグラデーションのように切れ目なく繋がっていて、だから近年LGBTQ+という概念が生まれたのだろう。ただ困るのは〈LGBT→LGBTQ→LGBTQ+〉と用語が年々変わって(足されて)きて各種メディアでも表記がバラバラなので統一して欲しい。

〈映画の勝因〉

本作がどうして成功したかと言うと、やはり夫婦の関係に焦点を絞ったことにあるのではないだろうか。例えば『ウエストサイド物語』空前の大ヒットという史実をスッポリ飛ばしてしまっているのだが、これを物語に取り込んでしまうとテーマがボケてしまう。偉大な指揮者/作曲家の伝記を目的とする映画ではないのだ。面白いのはレニーとフェリシアの3人の子供たちがこの映画を支持し、ブラッドリー・クーパーに全面協力している点。例えばこちらの記事をご覧あれ。

三島由紀夫をゲイとして描いたポール・シュレイダー脚本・監督、緒形拳主演『Mishima』(1985)が三島家の逆鱗に触れ、日本公開はおろか未だに日本でDVD/Blue-rayを発売する目処も立っていないのとは対照的だ。

 ・ 幻の映画「Mishima」〜三島由紀夫とは何者だったのか? 2020.03.02

あとフェリシアを演じたキャリー・マリガンが心底素晴らしい!特筆に値する。是非、映画のエンド・クレジットに注目して欲しい。なんとブラッドリー・クーパーより先にキャリー・マリガンの名前が出てくるのだ。クーパーは優しい人だ。

〈レナード・バーンスタインの遺品を貰った日本人〉

レニーの遺品を譲り受けた日本人指揮者がふたりいることをご存知だろうか?まず大植英次がレニー生涯最後のコンサートで使用した指揮棒とジャケットを遺族から譲られており、佐渡裕はベストを貰った。下記事にその写真を掲載している。

 ・ バーンスタインに捧ぐ~佐渡 裕/PACオケ 定期 2008.11.25

〈最後の来日をめぐる大騒動〉

レニー最後の来日公演が開催された1990年、僕は大学を卒業したばかりで岡山県岡山市に住んでいた。7月20日京都会館での演奏会に行こうかどうしようか最後まで迷っていた。ロンドン交響楽団を指揮してブルックナーの交響曲第9番が予定されていた。しかしマーラーならいざ知らず、ブルックナーはレニーの得意分野ではない。交通費も馬鹿にならない。思慮に思慮を重ねた上で断念した(もしマーラーの9番だったら万難を排してチケットを購入しただろう)。結局レニーは東京公演の途中で体調を崩し、残る予定を全てキャンセルし帰国、京都公演はマイケル・ティルソン・トーマスが振り曲目も変更になった。東京公演ではレニーが指揮する予定だった「ウエス・サイド物語~シンフォニック・ダンス」を“弟子の若い日本人”が代演したため、払い戻しをする・しないで主催者側と聴衆のすったもんだが起こった事が大々的に報じられ、僕は新聞記事でそれを読んだ(後に当時無名の“若い日本人”指揮者が大植英次だったことを知る)。その年の10月14日にレニーは肺癌で亡くなった。映画の中でも描写されている通り、彼はヘビースモーカーだった。

  大植英次、佐渡 裕~バーンスタインの弟子たち 2008.02.29

〈ユダヤ人の血〉

レニーの父サムはロシアのウクライナに生まれたユダヤ人で、ユダヤ教のラビ(律法学者)を代々務める一家だった。彼は16歳の年に反ユダヤ主義が高まる祖国を出て単身アメリカに渡った(ウクライナのユダヤ人がどのように迫害されていたかは映画化もされたミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』を参照されたい)。サムは叔父の営む理髪店で働いた後にパーマネントなど美容器具販売業で成功を収めた。母ジェニーもウクライナ生まれで7歳の時にアメリカに移住、12歳から羊毛工場で働いた。ふたりは新大陸で出会い結婚、レニーが生まれた。そんな家庭だったから音楽とは縁がなく、父はレニーが音楽家になることに反対した。クレズマー(中欧や東欧に住むユダヤ人の伝統音楽)を演奏する哀れな辻音楽師(street musician)のイメージを持っていたからである。

レニーがユダヤ人作曲家マーラーの音楽に心酔していた理由や、自作の交響曲第1番『エレミア』でメゾソプラノがヘブライ語で歌うのはこうした背景がある。幼い頃、父親からみっちりタルムード(モーセが伝えた口伝律法)を仕込まれていたのだ。なお、世界で初めてマーラーの交響曲全集をレコーディングしたのは彼である。

〈鮮烈な楽壇登場〉

映画は1943年11月14日から始まる(日付はクレジットされない)。急病でキャンセルしたブルーノ・ワルターの代役としてぶっつけ本番でニューヨーク・フィルの指揮台に立ち、ラジオでも放送されていたこともありセンセーショナルなデビューを果たした。この日のプログラムは以下の通り。

 ・シューマン:マンフレッド序曲
 ・ミクロス・ローザ:主題、変奏曲と終曲 
 ・R.シュトラウス:ドン・キホーテ
 ・ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第一幕への前奏曲

ここで留意したいのは真珠湾攻撃の後、第二次世界大戦最中の出来事だったということ。ドイツ・ベルリンに生まれたワルターはユダヤ人でウィーン国立歌劇場やウィーン・フィルでフルトヴェングラーと人気を争うほど活躍していたが、ナチス・ドイツの台頭でスイス経由でアメリカに亡命を余儀なくされた。ウィーンを去る直前の1938年に録音されたウィーン・フィルとのマーラー:交響曲第9番のライヴ録音は歴史的名演としてよく知られている。

またミクロス・ローザ(ロージャ・ミクローシュ)はハンガリー・ブタペストに生まれた。両親はユダヤ系の血筋で1939年ドイツに併合された祖国を離れ、ハリウッドで映画音楽作曲家になった。アルフレッド・ヒッチコック監督『白い恐怖』やウィリアム・ワイラー監督『ベン・ハー』などで3度アカデミー作曲賞を受賞。余談だがバレエ音楽『中国の不思議な役人』や『管弦楽のための協奏曲』で有名なバルトーク・ベーラもハンガリーに生まれた大作曲家で、第二次世界大戦が勃発しヒトラーを憎む彼は祖国を離れ渡米、貧困に喘ぎながら白血病に罹りニューヨーク州ブルックリンで亡くなった。そういう時代だった。閑話休題。

レニーはこのデビューをきっかけに1958年、アメリカ生まれの指揮者として史上初めてニューヨーク・フィルの音楽監督に就任することになる。それまではジョージ・セル(ハンガリー)やフリッツ・ライナー(ハンガリー)、ユージン・オーマンディ(ハンガリー)、アルトゥーロ・トスカニーニ(イタリア)、レオポルド・ストコフスキー(イギリス)といったヨーロッパ出身の指揮者たちがアメリカのクラシック音楽界を牛耳っていたのだ。

〈映画『波止場』とエリア・カザン〉

冒頭でティンパニの連打が高鳴る音楽はマーロン・ブランド主演、エリア・カザン監督の『波止場』。レニーが作曲した唯一の映画音楽(劇伴)である。どうしてこれしか携わらなかったのか?大植英次によると「勝手にミキサーで音量を調整されて自分が意図したものとは違う仕上がりになり、嫌気が差したんだ」と語っていたそう。赤狩りの最中、かつて共産党員だったカザンは「ハリウッド・テン」の仲間たちを売った“裏切り者”なので、レニーが当時何を考えていたのか興味深いところである。

 ・ 宮崎駿「風立ちぬ」とエリア・カザン~ピラミッドのある世界とない世界の選択について 2013.08.28

〈『ファンシー・フリー』から『オン・ザ・タウン』→『ウエスト・サイド物語』へ〉

続く新作の稽古場面。レニーが「ジェリー」と呼んでいるのは振付師ジエローム・ロビンスのこと。ここで制作進行しているのがバレエ『ファンシー・フリー』。1944年ニューヨーク・シティ・バレエ団が初演した。3人組の水兵が休暇で船を降りニューヨークを散策するという内容で、このプロットを発展させたのがブロードウェイ・ミュージカル『オン・ザ・タウン』である。そしてレニーとジエローム・ロビンスのコンビは後に『ウエスト・サイド物語』を生み出すことになる。

映画冒頭からレニーの恋人として登場するデイビッド・オッペンハイムは有名なクラリネット奏者で画家のエレン・アドラー(スタニスラフスキー・システムを継承する演技指導者ステラ・アドラーの娘)と結婚した。エレンが主催するホーム・パーティでレニーとフェリシアは出会う。その会場で「ベティとアドルフ」と呼ばれているのはベティ・コムデンとアドルフ・グリーンという作詞・脚本家のコンビ。『オン・ザ・タウン』の仕事がMGMの大プロデューサーであるアーサー・フリードの目に止まり、ハリウッドの招かれミュージカル映画『踊る大紐育』『雨に唄えば』『バンド・ワゴン』といった傑作群で共同脚本を執筆した。二人がパーティで歌っている"Carried Away"は『オン・ザ・タウン』のナンバー。なおアドルフ・グリーンは1989年、バーンスタインがロンドン交響楽団を指揮した演奏会形式のミュージカル『キャンディード』(全曲)上演にパングロス博士として出演しており、その様子はDVDで鑑賞することが出来る。

〈白黒から総天然色へ〉

映画は前半モノクローム映像だが半ばでカラーに切り替わる。その転換点で10年以上の歳月が一気に経過しているという構成だ。白黒の最後らへんに『ウエストサイド物語』(1957年8月初演)制作発表記者会見みたいな場面があるので恐らく1956年頃。総天然色になってすぐ、レニーの伝記を書こうとしている作家との対談で、「テレビ出演を始めてから15年、ニューヨーク・フィルの音楽監督になって10年」と言っている。最初のTV番組が「オムニバス(OMNIBUS)」で放送開始が1954年(有名な「ヤング・ピープルズ・コンサート」より前)、音楽監督就任が58年なので時代設定は1968−9年と推定される。この時レニーが作曲しているのは歌手、演奏者、ダンサーのためのシアター・ピース『ミサ曲』で1971年ワシントンのケネディ・センターで初演された。

 ・ バーンスタイン「ミサ曲」と「ジーザス・クライスト・スーパースター」 2017.07.15

〈マーラー:交響曲第5番〜アダージェットと『ベニスに死す』〉

モノクロームからカラーに切り替わる場面でレニーが指揮しているのがマーラー:交響曲第5番 第4楽章 アダージェット。言わずと知れた、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ベニスに死す』(1971)で一躍有名になった音楽だ。

『ベニスに死す』の主人公である作曲家グスタフ・アッシェンバッハはゲイとして描かれており、だから『マエストロ』でも、レニーの弟子(架空の人物)をケイト・ブランシェットが演じる映画『TAR/ター』でもアダージェットが引用されている。

 ・ クラシック通が読み解く映画「TAR/ター」(帝王カラヤン vs. バーンスタインとか) 2023.05.27

ただしグスタフ・マーラー自身はゲイではなく、アダージェットは愛する妻アルマに捧げられた楽曲である。ではクラシック音楽に造詣が深いヴィスコンティは何故主人公をゲイに設定したのか?実は別の明確なモデルがいたのだ。詳しくは下記事に書いた。

 ・ ヴィスコンティ映画「ベニスに死す」の謎 2011.10.18

〈レニーと大植英次の出会い〉

フェリシア・モンテアレグレ・コーン・バーンスタインが亡くなったのが1978年6月16日。大植英次がタングルウッド音楽祭でレニーと出会ったのが1978年の夏(フェスティバル開催期間は例年6月〜7月)。ほぼ同時期である。このとき彼は21歳だった。タングルウッドで大植がピアノを弾いている時に横からやたらと話しかけてくる初老の男がいて、うるさいからと手で追い払おうとしたらその人物がバーンスタイン本人であった、というのが初対面だった。このエピソードは大阪市で開催された演奏会で大植自身が語るのを僕は生で聞いた。

Eiji

〈マーラー『復活』映画で演奏される該当部分の日本語私訳〉

映画の後半でマーラーの交響曲第2番『復活(Auferstehung)』第5楽章フィナーレが演奏される。これは本人がロンドン交響楽団を指揮した映像が残されており、1973年9月にイギリス、ケンブリッジの近くにあるイーリー大聖堂で収録された。イーリー市はロンドンから電車で1時間半、102kmくらいのところにある。ちょうど東京ー熱海間(関西で言えば京都ー舞鶴間)の距離に相当する。僕はDVDを持っており、ドイツ・グラモフォンが2023年に開始した映像配信サービス「ステージプラス」では現在無料配信されている。音楽をすることの歓びを爆発させた、圧巻のパフォーマンスだ。

なお、大植英次が亡くなった朝比奈隆の後任として2003年4月から大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任し、その披露定期演奏会として選んだのがやはりマーラーの『復活』だった。

ブラッドリー・クーパーに指揮の指導をしたメトロポリタン・オペラの音楽監督ネゼ=セガンは同性愛者であることを公表している。パートナーはヴィオラ奏者のピエール・トゥールヴィル。彼が同性愛をカミングアウトする意義についてはこちらの記事が詳しい。レニーのことについても触れられている。

さらにクーパーは2022年2月26日にグスターヴォ・ドゥダメルがベルリン・フィルとマーラーの『復活』を演奏する際にもベルリンに同行し、勉強した。

『復活』のドイツ語歌詞は『マエストロ』の物語と密接にリンクしているのだが、残念ながらNetflixの配信では翻訳されていない。だから参考までに該当部分の対訳を以下添付する(無断転載禁止)。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

合唱・アルト:
Hör’ auf zu beben! 震えるのはやめよ!
Bereite dich zu leben! 生きることに備えよ!

ソプラノ、アルト独唱:
O Schmerz! Du Alldurchdringer! おお苦悩よ!全てを貫くもの!
Dir bin ich entrungen. お前から私は身を振りほどいた
O Tod! Du Allbezwinger! おお死よ!全てを征服するもの!
Nun bist du bezwungen! いまお前は(私に)征服された!
Mit Flügeln, die ich mir errungen, 私が手に入れたこの翼(=“死”)で
In heißem Liebesstreben 熱く愛を希求しながら
Werd’ ich entschweben 私は飛び立とう
Zum Licht, zu dem kein Aug' gedrungen!誰の目にも届かぬ光に向かって

合唱:
Mit Flügeln, die ich mir errungen, 私が手に入れたこの翼(=“死”)で
Werde ich entschweben! 私は飛び立とう
Sterben werd' ich, um zu leben! 私は死のう、生きるために!
Aufersteh'n, ja aufersteh'n wirst du, 復活する、そうだお前は蘇るのだ
Mein Herz, in einem Nu! 私の心、たちどころに!
Was du geschlagen, お前が打倒したもの(=“死”)が
Zu Gott wird es dich tragen! お前を神のもとに導くだろう

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで問題となるのが最後から2行目の動詞geschlagenの解釈である。これはschlagen(打ち倒す/打ち負かす/〜に勝つ)の過去分詞。ところが、schlagenには(鼓動する/脈を打つ)という意味もあるので、ほとんどの日本語訳はこちらを採用している。多分、その前の行にHerz(心臓)という単語があるので、それに引きずられているのだろう。しかしこれは絶対におかしい。意味を成さない。なぜならこの動詞の主語はdu(君、お前)であり、これは1格。3格のdir(君に)でも4格のdich(君を)でもない。「鼓動する」という意味の場合、次のような例文になる。

Der Puls schlägt unregelmäßig.\脈が不規則に打つ
Mein Herz schlägt heftig.\私の心臓がどきどきしている

つまりPuls(脈)やHerz(心臓)が主語(1格)になっても、duが主語になる筈がない(「私」は脈打たない)。ゆえに「お前がschlagen(打倒す)もの」=「お前がbezwingen(征服する)もの」=「Tod(死)」と読み取れば、全体の意味が通じるのである。

〈カズ・ヒロのメイクに注目!〉

ブラッドリー・クーパーをレナード・バーンスタインに見事に変身させたメイクアップアーティストはカズ・ヒロ(辻一弘)。アカデミー賞で2度メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞している。特にゲイリー・オールドマンを担当した映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』のメイクは凄かった!

| | | コメント (0)

2023年12月15日 (金)

宙組の存亡をめぐって宝塚歌劇団への提言

宙組は1998年1月1日に創設された宝塚歌劇団5番目の組である。大劇場お披露目公演は『エクスカリバー』と『シトラスの風』(NHK BSの放送を観た)。そして同年10月から上演された『エリザベート ー愛と死のロンドー』が僕の宝塚初観劇となった。出演は姿月あさと、花總まり、和央ようか、湖月わたる、朝海ひかる ほか。

 ・ エリザベートの想い出 2007.06.18

その後何度も大劇場に足を運び、街そのものが気に入って現在は宝塚市に住んでいる。わが家のベランダからは大劇場を望むことが出来る。

 ・ 宝塚生活始まる。 2013.07.18

最近書いた宙組のレビューは以下。

 ・ 真風涼帆(主演)宝塚宙組「アナスタシア」と、作品の歴史を紐解く。 2020.12.02
 ・ 真風涼帆/潤 花(主演)宝塚宙組「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」は駄作!(原作小説/映画版との比較あり) 2023.04.06

2023年9月末、宙組に所属する25歳の劇団員が死亡した問題で歌劇団は11月14日にいじめやパワハラは確認できなかったとする調査報告書の内容を公表した。亡くなった劇団員が上級生からヘアアイロンを押し当てられ火傷を負わされたことについては「日常的にあること」とし、故意だと主張する遺族に対して村上浩爾 ・現理事長が「証拠となるものをお見せいただけるよう」と発言して世間から猛批判を浴びた。余りにも冷酷で、思いやりに欠けた仕打ちである。世の中の企業倫理や社会規範からかけ離れた態度であり、自分たちがなぜ非難されているのか、全く分かっていない。「浮世離れ」と言い換えても良いだろう。組織と、生きている現役劇団員たちを守ることに汲々としている。

特に23年9月7日、ジャニー喜多川による性加害問題で外部の専門家による再発防止のための特別チームが出した調査報告書が画期的内容だっただけに、かえって宝塚歌劇団の事なかれ主義・隠蔽体質が浮き彫りにされる形となった。

僕は座付演出家だった原田諒のケースを思い出した。原田は2022年12月、演出助手にハラスメントをしたとする記事が『週刊文春』に掲載されることを理由に、事実関係を十分調査されないまま歌劇団から何度も退団を迫られ、受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。無実を主張する原田は23年4月7日歌劇団に従業員の地位確認を求める訴えを神戸地裁に起こし、さらに同年『文藝春秋』6月号において手記を掲載し反論した。僕はそれを読むまでは演出助手が女性だと勘違いしていたのだが実は男性で、OGの真矢みきから原田が直々に面倒を見てほしいと頼まれたのだそう(以下の発言内容はこちらの記事から引用)。

木場健之(こばけんし)理事長(当時)は2022年12月5日に原田に次のように言った。「A(演出助手)の母親が、あなたを宝塚歌劇団から出さなければ、10日の土曜日に文春に情報を渡すと言ってきた。土曜に情報を渡せば、月曜日には記事にしてもらえるらしい。もう記者ともコンタクトを取っていると言っている。Aの脅しを免れるために、9日付であなたは阪急電鉄の創遊事業本部に異動してもらうことに決定した」「個人的に言わせてもらうなら、自主退職という道もある。(中略)異動はもう決まったことだから。業務命令!」

こうして懲罰委員会が開かれることもなく、原田は退職勧奨を受けた。つまり助手Aが主張するハラスメント行為があったのか事実関係が一切検証・精査されることなく、マスコミにスキャンダルをばら撒くぞ!という脅しに歌劇団は怯え相手の言いなりになり、原田を切り捨てたのである。「組織を守る」ことだけに心をとらわれ視野狭窄に陥り、そのため「臭いものにはフタをしろ!!」というなりふり構わぬ姿勢がにじみ出ており、今回の自死事件でも同じことが繰り返されたと言えるだろう。で、原田を切ったが結局文春にネタは売られたわけで、いい面の皮だ。

今まで観劇した原田演出作品のレビューは以下の通り。

 ・ 宝塚バウ・ミュージカル「ノクターン -遠い夏の日の記憶-」 2014.06.29
 ・ 轟悠は宝塚の高倉健である。「ドクトル・ジバゴ」@シアター・ドラマシティ 2018.02.14
 ・ 
彩風咲奈・朝月希和(主演)宝塚雪組「蒼穹の昴」 2022.10.14

そもそも宝塚歌劇団は自らの組織を「学校」として捉えており、劇団員のことを「生徒」と呼び、退団を「卒業」と称する。そこに根本的な欺瞞がある。「生徒」だから「学校」が守ならければならないと信じ、内部の情報が外部に漏れることを極度に恐れる。「生徒」だからいじめやパワハラがある筈がない。「清く正しく美しく」がモットーなのだから。「外部漏らし」はご法度であり家族にも相談出来ない。「校則(おきて)」を守らないものは糾弾され、皆の前で「すみませんでした!」と繰り返し謝罪を強いられる。そしてそれを劇団は「上級生による指導の範疇」と自分たちにとって都合よく解釈する。

ファンは宝塚大劇場を「ムラ」と呼称する。言い得て妙で、この表現は因習にとらわれた劇団の閉鎖性を象徴している。世間から見れば「非常識」「時代錯誤」でも内部にいる人には見えないのだ。

元宝塚男役の七海ひろきはユーチューブに動画を投稿し、宝塚歌劇団は「浮世離れして外の世界から孤立」した場所でこの状況は、時代に合わせて変化出来ないまま109年続いてきた歴史の積み重ねによるものではないか」劇団が誠実に向き合って本気で改革に取り組むことを心から願っています」と語った。彼女の勇気ある発言に心からエールを送りたい。

当初劇団は11月14日の調査報告書公表で幕引きを図り、宙組の東京公演を実施する腹づもりでいた。しかし世論がそれを許さず、11月17日にとりあえず同月25日から12月14日まで公演を中止すると発表した。だからこの時点でもあわよくば後半をやりたいと画策していたわけだ。12月24日の千秋楽まで全日程の中止を決めたのは漸く12月5日である。見通しが甘く、遺族と世間を舐めていると言わざるを得ないのが現状である。

では遺族も世間も納得させる最善の選択肢はなんだろう?まず第一に劇団がパワハラといじめがあった事実を素直に認めること(当たり前だ)。そして亡くなった劇団員を火傷させた上級生と、深夜に彼女を長時間叱責した宙組幹部(組長ら)が遺族に謝罪し、責任を取って退団すること。これは必須だろう。さらに宙組を解体する。以下のような事例からそれが妥当と考える。

1)日本大学はアメリカンフットボール部の違法薬物事件を受けて、廃部の方針を固めた。腐った組織は解体するのが一番スッキりするし、一部の膿を切開排膿することは残りの母体を守ることに繋がる。
2)〈絶対的センター〉の平手友梨奈が脱退し、ガタガタになったアイドルグループ『欅坂46』をソニー・ミュージック・エンターテイメントおよび秋元康は「終わらせる」決断を下し、新たに『櫻坂46』として再編した。

1997年まではそもそも花・月・雪・星の4組しかなかったわけで(劇団員の総数もその後増えていない)、出直しという意味で原点回帰してもよいのではないだろうか?また『欅坂46』が『櫻坂46』に生まれ変わったように(今年のNHK紅白歌合戦出場も決まった)、宙組を一旦終わらせ新たな組を創設する手もあるだろう。活動再開もままならない現状を打破するには思い切った改革が必要だ。

荻田浩一(『パッサージュ -硝子の空の記憶-』)・上田久美子(『翼ある人々 -ブラームスとクララ・シューマン -』)そして原田諒。才能に溢れ、将来を嘱望されていた若手の作・演出家たちが次々と宝塚を離れ、残ったのは藤井大介・植田景子・生田大和といった凡庸な人たちばかり(大御所:小池修一郎は除く)。藤井や植田が演出する演目は詰まらないので、僕はそれらの観劇を避けるようにしている。

11月30日発売の週刊文春は同月中旬、藤井大介が稽古場のある宝塚大劇場内の5階リフレッシュコーナーに酒を持ち込み生徒に勧めた、と報道。歌劇団は「酒類を持ち込んだことは事実」と認めた。 そして12月1日、藤井は理事を辞任した(歌劇団は「個別の理事の退任理由については公表を差し控える」とマスコミの取材に答えた)。 また植田は最近自身のインスタグラムで、亡くなった劇団員や遺族に対して一言もお悔みを述べることなく「報道が真実を見えなくしている」とメディア批判を展開し、物議を醸している。やれやれ……。

ずたぼろの宝塚歌劇団だが、原田の名誉が回復され、彼が復帰することを僕は心から待ち望む。パンドラの箱は開かれたが、希望はまだある。そう信じたい。

| | | コメント (0)

2023年10月28日 (土)

木下晴香(主演)ミュージカル「アナスタシア」と、ユヴァル・ノア・ハラリ(著)「サピエンス全史」で提唱された〈認知革命〉について

ミュージカル『アナスタシア』を梅田芸術劇場@大阪市にて観劇した。

Anastasia_20231026084301

From Screen to Stage ーアニメーション映画から舞台ミュージカルへ。本作が成立した経緯は宝塚歌劇版のレビューで、微に入り細を穿つ解説を書いた。

 ・ 真風涼帆(主演)宝塚宙組「アナスタシア」と、作品の歴史を紐解く。 2020.12.02

今読み返しても情報量は必要十分、我ながら「熱いよね!」(by 宮藤官九郎『あまちゃん』)と思う。

上記事にもある通り、日本初演は木下晴香と葵わかなのダブル・キャストで 2020年3月に幕を開けたのだが、当時猛威を奮っていた新型コロナ・ウィルス禍のため東京公演は度々中断し、挙句の果て大阪は全公演中止になってしまった(その時の告知はこちら)。僕の手元にあったチケットは払い戻しとなり、3年という歳月を経て漸くリベンジを果たした!!歌舞伎や落語『淀五郎』にもなった浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』になぞらえるなら、正に「遅かりし由良之助。待ちかねたァ」。

20世紀フォックスが初めて製作したアニメーション映画『アナスタシア』は1998年9月の公開時(僕は岡山市に住んでいた)テアトル岡山で観ている。その少し前、同じ20世紀フォックスの超大作『タイタニック』は当時としては珍しく日米同時公開で、初日の1997年12月20日にやはりテアトル岡山で観た。音響の悪い古びた映画館で時代の波に呑まれやがて閉館し建物は解体、その跡地は駐車場に成り果てた。まるで映画『ニュー・シネマ・パラダイス』みたいな話だ。2019年に20世紀フォックスはディズニーに吸収合併され「20世紀スタジオ」と名称が変更。今や『アナスタシア』も『タイタニック』もDisney+から配信されている。

 ー夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡ー

『アナスタシア』のスタッフである作詞:リン・アレンス、作曲:ステファン・フラハティ、台本:テレンス・マクナリーはミュージカル『ラグタイム』でも組んでおり、マクナリーは『ラグタイム』を含めトニー賞を4度受賞している。そして『ラグタイム』も遂に今年、日本でお披露目された。

 ・ 石丸幹二・安蘭けい・井上芳雄 /ミュージカル「ラグタイム」待望の日本初演!

快哉を叫びたい心境である。

マクナリーの台本は、そりゃ『ラグタイム』の方が完成度が高いのは確かだが、『アナスタシア』も悪くない。特に過去の名作ミュージカルを彷彿とさせる瞬間がいくつもあり、心がときめいた。例えば二人の詐欺師ディミトリとヴラドが、しがない道路清掃員アーニャを皇女アナスタシアに仕立て上げようと教育する場面で『マイ・フェア・レディ』を想起しない人はいないだろう。ここで歌われる"Learn to Do It"は『マイ・フェア・レディ』でヒギンズ教授とピカリング大佐が歌う“でかしたぞ (You Did It)”に呼応している。つまり"You Did It"が過去の成功について会話しているのに対して、"Learn to Do It"はこれから起こる未来の可能性を語っているのだ。第1幕最後はアカデミー賞の歌曲賞にノミネートされた超名曲"Journey to the Past"をアーニャが歌い上げ感動的に締め括られるが、ヒロインのソロで第1幕が幕を閉じるのは『エリザベート』(私だけに)の記憶が蘇る構成になっている(『エリザベート』も皇室ものだ)。宝塚版が許しがたかったのは、この"Journey to the Past"をディミトリにも歌わせたこと。いくらヅカが男役中心の世界観だからといって、娘役最大の見せ場を横取りしないで欲しい。犯罪にも等しい暴挙である。作・演出の稲葉太地は猛省し、小池修一郎の爪の垢でも煎じて飲め!

幼い頃に聴いた子守唄"Once Upon a December"が主人公の記憶を蘇らせる引き金(trigger)になるという仕掛けはロマンティックで素敵だ。ドヴォルザークが作曲した『我が母の教えたまいし歌 』とか、クリスティーナ・リッチが主演した映画『耳に残るは君の歌声』を思い出させる。

さて10月22日(日)ソワレのキャストは、

F9pjhixbkaaj5xi

10月24日(火)ソワレのキャストは、

F9pjnyfaiaaqoon

30年に及ぶ僕のミュージカル観劇歴において、日本人では木下晴香こそNo.1の歌唱力であると断言しても良い。女優で彼女に匹敵するのは、全盛期(宝塚歌劇時代〜『レ・ミゼラブル』コゼット役まで)の純名里沙くらいだろう。いや、日本人に限定しなければディズニー版『アイーダ』ブロードウェイ・オリジナル・キャストのヘザー・ヘッドリー(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞)とかミュージカル『カラー・パープル』のシンシア・エリヴォ(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞) 、『リトル・マーメイド』のシエラ・ボーゲス 、『ミス・サイゴン』のレア・サロンガらの名前が挙げられるが、つまりそのレベルということだ。少なくとも『アナスタシア』ブロードウェイ・オリジナル・キャストであるクリスティ・アルトモアより木下のほうが上。もうその第一声から「なんて美しい歌声なんだろう!」と、ウットリ聴き惚れた。完璧。

 ・ 生田絵梨花(乃木坂46)vs. 新星・木下晴香/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」 2017.03.04
 ・ 音楽の天使が舞い降りた!!〜ミュージカル「ファントム」 2019.12.12

木下晴香はディズニー映画 実写『アラジン』吹替版でジャスミン姫に起用されたわけだが、神田沙也加亡き後(彼女の死は本当に辛い出来事だった。実現しなかった『マイ・フェア・レディ』大阪公演のチケットは払い戻しした)、『アナと雪の女王 3』吹替版のアナ役は木下に是非やってもらいたい。

他のダブル/トリプル・キャストについて。ディミトリ役は内海啓貴(うつみあきよし)、グレブ役は激しい感情を顕にする海宝直人(かいほうなおと)が良かった。ヴラド役については、流石に石川禅が演技も歌も巧者で感心したが大澄賢也も味わい深く、甲乙付け難い。

ダルコ・トレスニャクは奇をてらわないオーソドックスな演出で、まぁ目を瞠るような斬新な場面はないけれど、安心して観劇出来る感じかな。背景に高精細LED映像を駆使した美術が見応えあり。

僕はイングリット・バーグマンがユル・ブリンナーと共演し、アカデミー主演女優賞を受賞した映画『追想』(原題:Anastasia)の頃からこの物語が大好きなのだが(アルフレッド・ニューマンの音楽も素晴らしい!)、どうしてこれ程迄に惹き付けられるのだろうとよくよく考えてみた。

本作のテーマは「うそを信じる力」であり、それは本質的に「人間とは何か?」という問いに深く関わっているのではないだろうか?ベストセラーになり、バラク・オバマ(アメリカ元大統領)も絶賛したユヴァル・ノア・ハラリの著書『サピエンス全史』で〈認知革命〉という概念が提唱される。古代の地球にはホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・ソロエンシス、ホモ・エレクトス、ホモ・デニソワなど、様々なホモ属が生きていた。しかし最終的にホモ・サピエンスだけが生き残り、他のホモ属は駆逐された。その違いは何だったのか?それが約七万年前サピエンスだけに起こった〈認知革命〉だと著者は言う。それは「虚構(うそ)を共有する能力」のこと。〈認知革命〉以降、神話や物語(フィクション)、噂話が生まれ、人々が団結することに役立った。そしてダンバー数(人々が円滑・安定的に関係を維持することができる人数)=150人を突破出来るようになったというのだ。キリスト教を例に考えてみよう。聖母マリアは男女の交わりなしにイエスを身ごもった(処女懐胎)。イエスは水の上を歩き、十字架にかけられ磔刑3日後に復活する。こういった虚構(フィクション)に基づき宗教は信者を増やし、大きな勢力となっていった。日本の天皇制も天照大御神(あまてらすおおみかみ)の末裔であるという神話(神道)に支えられている。通貨制度もまた、硬貨や紙幣そのものに「価値がある」と信じる虚構(フィクション)に立脚している。つまり〈認知革命〉なくして国家の統一はあり得なかったのだ。

僕たちが映画や芝居を観て感動するのも、そこには「うそを信じる力」が介在している。それこそが「人の人(ホモ・サピエンス)たる所以」なのだ。

| | | コメント (0)

2023年10月15日 (日)

石丸幹二・安蘭けい・井上芳雄 /ミュージカル「ラグタイム」待望の日本初演!

10月5日(木)および7日(土)に梅田芸術劇場でミュージカル『ラグライム』を観劇した。待望の日本初演である。実に25年待った甲斐があった。

出演は石丸幹二(ターテ)、安蘭けい(マザー)、井上芳雄(コールハウス・ウォーカー・Jr)、遥海(サラ)、綺咲愛里(イヴリン・ネズビット)、EXILE NESMITH (ブッカー・T・ワシントン)ほか。

Rag

このミュージカルは1996年にまずトロントで幕を上げ、ブロードウェイ初演が98年。本作にとって実に不運だったのは同じ年に初演されたディズニーの『ライオンキング』と競合してしまったこと。トニー賞では13部門にノミネートされたが、受賞出来たのはミュージカル脚本賞・オリジナル楽曲賞・助演女優賞(オードラ・マクドナルド)・編曲賞の4部門にとどまった。一方で『ライオンキング』は作品賞・演出賞・振付賞など主要6部門を攫った。結局『ライオンキング』の凄まじい人気に気圧され、2年間の興行で閉幕してしまう(トニー賞において作品賞を受賞出来るかどうかでブロードウェイの興行は大きく左右される)。もし初演の年が違っていたらミュージカル作品賞を受賞出来た筈だ。

脚本はテレンス・マクナリー。ミュージカル『蜘蛛女のキス』やストレート・プレイ『マスター・クラス』などで4回トニー賞を受賞している。また作詞:リン・アレンズ/作曲:スティーヴン・フラハティはミュージカル『アナスタシア』や『スーシカル』(ドクター・スースが描いた絵本が原作)でもコンビを組んでいる。今回の演出は藤田俊太郎。ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』や『NINE』『VIOLET』の演出で読売演劇大賞の最優秀作品賞・最優秀演出賞、菊田一夫演劇賞などを受賞した俊英である。

本作に出会ったのは1998年6月7日に開催されたトニー賞授賞式のパフォーマンスである(動画はこちら)。その日僕は大阪・近鉄劇場で上演されていた『蜘蛛女のキス』(演出:ハロルド・プリンス、出演:市村正親・麻実れい・宮川浩)と、劇団四季の『ドリーミング』@MBS劇場を観に来ていて(当時は岡山県・岡山市に住んでいた)、宿泊していた梅田OSホテル(2021年12月31日に廃業)でテレビ中継を観た(近鉄劇場もMBS劇場も今はない)。オリジナル・キャスト版のCDも買って繰り返し聴いた。特にサラを演じたオードラ・マクドナルドとコールハウス・ウォーカー・Jr役のブライアン・ストークス・ミッチェルの歌唱が圧巻だった(動画はこちら)。

オードラ・マクドナルドは現在までにトニー賞を6回(!)受賞している。ミュージカルだけではなくストレート・プレイも含まれるのだから何ともはやである。言うまでもなく史上最多受賞者だ。彼女の演技を見たかったら現在Disney+から配信されている『アニー』(1999年ディズニーが製作したテレビ映画)がお勧め。ウォーバックス氏の秘書を演じている。ブライアン・ストークス・ミッチェルは『キス・ミー・ケイト』などでトニー賞2回受賞。『ラグタイム』もミュージカル主演男優賞にノミネートされたが、この時は相手が悪かった。結局勝利を手にしたのは『キャバレー』でM.C.を演じたアラン・カミングだった(動画はこちら)。なおアラン・カミングも1999年版『アニー』に出演している。

当時僕は、劇団四季の演出家:浅利慶太が『ラグタイム』の日本での上演を検討しているという噂を耳にしていた。四季に所属していた石丸幹二がブロードウェイ初演を観ているのも、恐らく視察目的で劇団から派遣されたのだろう。しかし結局、浅利は断念したと風の便りに聞いた(海外視察はしたが劇団四季が上演しなかった他の作品にロイド・ウェバーの『サンセット大通り』や1999年ベルリン初演版『ノートルダムの鐘』などがある。ディズニーの『ノートルダムの鐘』は後に大幅に改訂されたヴァージョンがアメリカで上演され、こちらが日本で採用された)。

『ラグタイム』が日本で上演困難だった最大の理由は民族の衝突をテーマにしているからだ。冒頭のナンバーではWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)、ラトビアなど北欧や東欧から舶来したユダヤ系移民、そして黒人(アフリカ系アメリカ人)の3つのグループに分かれてアンサンブル(重唱)が展開される。これを日本人だけで表現するにはかなり無理がある。

同じ問題を抱えているのが『ウエストサイド物語』だ。こちらはポーランド系アメリカ人で構成される「ジェット団」とプエルトリコ系「シャーク団」の抗争が描かれる。僕は1999年宝塚星組公演(稔幸・星奈優里・絵麻緒ゆう・彩輝直)を観たのだが、見分けをつけるために「シャーク団」は黒塗りのメイクで、かなり違和感を覚えた。宝塚版『ハウ・トゥー・サクシード』の社長秘書ミス・ジョーンズ(黒人)の扮装も、まるでミンストレル・ショー(顔を黒く塗った白人によって演じられた踊りや音楽)でいただけない。気持ちが萎えた。

Minstrel_20231013153001

 ・【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen ) 2021.12.01

同様に、多様性(diversity)がテーマであるミュージカル『RENT』も山本耕史が主演した日本初演を観たが、やはり日本人だけで作品に込められた想いを表現するのは到底不可能だという結論に達した。これ、ファイナル・アンサー。

 ・ 映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。 2021.12.23

しかし鬼才・藤田俊太郎は『ラグタイム』が我々に投げかける高度な難問に見事な正解を出した。井上芳雄ら黒人役のメイクはドーランを塗っているが黒塗りではないという程度に抑えられている。肌の色ではなく衣装で3グループのコントラストを鮮やかに際立たせた。「あっぱれ!」と、僕は快哉を叫びたくなった。

ブッカー・T・ワシントン(黒人運動指導者・教育家)やイヴリン・ネズビット(建築家スタンリー・ホワイトの愛人)、エマ・ゴールドマン(リトアニア生まれのアナキスト)、ハリー・フーディーニ(奇術師)、ヘンリー・フォード(自動車王)、J.P.モルガン(金融王)といった20世紀初頭に実在した有名人が登場するのも楽しい。なお『ラグタイム』の原作小説は『カッコーの巣の上で』『アマデウス』で2回アカデミー監督賞を受賞した、チェコ出身のミロシュ・フォアマン監督が映画化しているのだが、DVDやBlue-rayは未発売で、Amazonプライムから一瞬配信されたのだが現在は観れなくなっているのがとても残念だ。

EXILE NESMITHは父がアメリカ人で母が日本人。遥海(はるみ)は父が日本人で母がフィリピン人。彼女は幼少期から教会でゴスペルを歌っていたという。オードラ・マクドナルドの凄まじい歌声が耳に残っているだけに誰がサラを演じてもそれを凌駕することは出来ないだろうと高を括っていたのだが、遥海の歌唱は遜色なくて度肝を抜かれた。彼女は『RENT』でミミを演じたそうでそれも聴いてみたいし、『ミス・サイゴン』のキム役もピッタリじゃないかな。ちなみにキムのオリジナル・キャスト(ロンドン及びブロードウェイ)、レア・サロンガはフィリピン出身である。

井上芳雄はさすがにブライアン・ストークス・ミッチェルに及ばないが、それでもかなり健闘していた。◯。実力派が揃った他のキャストも文句なし。素晴らしい日本初演になった。『ムーラン・ルージュ』という強力なライバルが居るが、本作が読売演劇大賞か菊田一夫演劇賞を受賞することを切に願う。再演も絶対観るからね!日本で上演してくれて本当にありがとう。

| | | コメント (0)

2023年10月11日 (水)

山崎育三郎(主演)ミュージカル「ファインディング・ネバーランド」

6月9日(金)梅田芸術劇場へ。『ファインディング・ネバーランド』を観劇。主な出演者は山崎育三郎、濱田めぐみ、武田真治、夢咲ねね、杜けあき。

Find

『ピーターパン』の作者である劇作家ジェームズ・バリが主人公。彼と、ある母子との交流が『ピーターパン』誕生秘話に絡めて描かれる。アラン・ニーの戯曲『The Man Who Was Peter Pan 』を原作とし、2004年(日本では2005年)に公開されたマーク・フォースター監督、ジョニー・デップ、ケイト・ウィンスレット主演による同名の映画(邦題『ネバーランド』)を元に創られた舞台ミュージカル。

映画は公開当時劇場で観たが、正直退屈な作品だった。しかしミュージカル版は意外に良かった。やはり音楽の力なのだろう。

山崎育三郎はようやく、代表作を手にしたのではないだろうか?だって『モーツァルト!』も『ロミオ&ジュリエット』も『エリザベート』も、基本ダブルあるいはトリプル・キャストであり、「育三郎の」作品とは言えないから。堂々たる座長ぶりだった。

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧