書籍・雑誌

2009年5月12日 (火)

面白きことは良きことなり! 

今日でこのブログを開設し丁度2年になる。僕にとって、これぞエンターテイメント!と考えるものを、今までただひたすらに書き綴ってきた。

「えっ!クラシック音楽もエンターテイメントなの??」と疑問に感る方もいらっしゃるかも知れない。お答えしましょう、「もちろん!」と。モーツァルトやベートーヴェンの音楽が生まれた当時、それらを聴くことは貴族や上流階級の人々にとって最高の娯楽であった。ヴェルディやワーグナーのオペラだってそう。ヨハン・シュトラウスのワルツなんか舞踏会で踊るための実用的な音楽だった訳だし。だから僕は現在のクラシック音楽ファンが「スター・ウォーズ」など映画音楽や、ミュージカルを一段低いものと見なす心情が全く理解できない。チャイコフスキーの「白鳥の湖」やグリーグの「ペールギュント」だって劇伴音楽じゃないですか。どこが違うの?

聴くことで愉しい時間を過ごすのだからクラシック音楽だって立派なエンターテイメント。だから映画とクラシック音楽に優劣(高尚か、否か)など存在しない。ましてや小説を芥川賞(文学)と直木賞(娯楽)に分けるなんてナンセンス!それらの価値を決める基準は《面白いか、面白くないか》。ただそれだけである。

ここで現在、僕のお気に入りの作家・森見登美彦(「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞受賞、本屋大賞第2位)が京都を舞台にした小説「有頂天家族」を紹介したい。僕が当ブログでやろうとして来たことを、この作品が鮮やかに代弁してくれているからである。

「有頂天家族」はある狸の四兄弟と、人間から半天狗になった"弁天"(かつては"鈴木聡美"という名の少女だった)の物語である。"弁天"はこの兄弟の父親を「金曜倶楽部」の忘年会で狸鍋にして食べてしまった。その後、全てのことに対してやる気をなくした次男は《井の中の蛙》となり引きこもってしまう。そして小説のクライマックス、捕らえられた長男を助けようと次男は偽叡山電車に化け、弟二人を乗せて疾走する。そこで次のような一節が登場する。

 次男が風を切って走りながら言った。「これだ。これだった!」
 私と弟は座席に膝をつき、窓から身を乗り出して手を振り回し、「やっほう」と叫んだ。
「ああ、どうしよう矢三郎。わが一族の頭領、兄さんの絶体絶命の危機だというのに、俺はなんだか妙に面白くてしょうがないよ。ふざけたことだなあ」
「かまわん、走れ兄さん。これも阿呆の血のしからしむところだ」
 私は言った。「面白きことは良きことなり!」
(中略)
「父上の最後の言葉はそれだったよ。父上はあの夜、俺にそう言ったのだった。あれだけ長い間、井戸の底に籠もって思い出せなかったことだが、今の今、ようやく思い出した」
 次兄の全身で阿呆の血が沸き返るのが分かった。心臓の鼓動を聞く思いがした。
「面白きことは良きことなり!」
 高らかな次兄の宣言に、私と弟も唱和した。

さらに、広瀬和生(著)「この落語家を聴け!/いま、観ておきたい噺家51人」からも引用しよう。

 僕たちは、面白くもない噺家を救うために金を払う「お旦」ではない。優れたエンターティナーが与えてくれるものに対して金を払う「単なる観客」なのであって、それ以上である必要は全く無い。

 力の無い者は淘汰されるだろうが、それは仕方の無いことだ。

正しくその通り。これからも当ブログは力のない噺家、映画監督、音楽家たちに対し、遠慮会釈なく「退屈だ」と書くつもりだ。それが金を払った客としての正当な権利であり、プロが受けてしかるべき洗礼である。

《面白いか、面白くないか》、それが全てだ。

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2009年3月28日 (土)

フィッシュストーリー

評価:D+

「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話である。原作は今を時めく伊坂幸太郎

映画公式サイトはこちら

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監督は「アヒルと鴨のコインロッカー」の中村義洋。「アヒル…」の出来は割と良かったが、こちらは凡作。

伊坂幸太郎は2008年「ゴールデンスランバー」で山本周五郎賞、本屋大賞を受賞。雑誌「このミステリーがすごい!」2009年版では堂々第1位に輝いた。また同作で直木賞候補を辞退したことでも話題になった。

僕も「ゴールデンスランバー」は読んだのだが、正直余り好きになれなかった。大体、仙台(伊坂くんの出身地)を舞台にジョン・F・ケネディ暗殺の濡れ衣を着せられたオズワルド事件を再現しようという壮大な構想に無理がある。近未来の設定とはいえ、どう考えても《虚構の中のリアリティ》が感じられない。

吉川英次文学新人賞を受賞した「アヒルと鴨のコインロッカー」(2003)、「チルドレン」(04)、日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「死神の精度」(05)の頃は彼の小説は面白かったし、好きだった。しかし、「魔王」のあたりからこの作家はおかしな方向に進み始めた。

ファシズム、独裁者の台頭を描く「魔王」、《8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する》と発表されて5年後、カオスと化した仙台を描く「終末のフール」、そして「ゴールデンスランバー」とどんどん話がデカくなってきた。最近の彼は政治とか社会のことなどを饒舌に語りたがる。「俺って文章が上手いだろう?」と言いたげな気取りも鼻につく。

「フィッシュストーリー」も同様。彗星が地球に激突し人類滅亡するまであと5時間とか、正義の味方が世界を救うとか大風呂敷を広げ過ぎ。気持ちが萎える。

確かに4つの時代を行き来するプロットはトリッキーで凝っているが、中身が空疎。《策士策に溺れる》とは当にこのことだろう。

伊坂幸太郎がまだ身の丈にあった小説を書いていた頃=初期作品の映画化「重力ピエロ」(近日公開)に期待したい。

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2009年2月 9日 (月)

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」とスコット・フィッツジェラルドのこと

評価:A

映画公式サイトはこちら

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ロスト・ジェネレーションを代表するアメリカの作家スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)が執筆した60ページ足らずの短編を基に映画化された、上映時間167分におよぶ大作。アカデミー賞では作品賞、監督賞など13部門にノミネートされている。

日本でスコット・フィッツジェラルドと言えば村上春樹さんだろう。以前にも引用したフィッツジェラルドの長編「グレート・ギャツビー」(村上春樹 訳)のあとがきから。

 もし「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』 と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。どれも僕の人生(読書家としての人生、作家とし ての人生)にとっては不可欠な小説だが、どうしても一冊だけにしろと言われたら、僕はやはり迷うことなく『グレート・ギャツビー』を選ぶ。

村上さんはこの外にフィッツジェラルドの短編集を数冊翻訳されており、「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」なるエッセイ・論評の著書(中央文庫 刊)もある。しかしこの「ベンジャミン・バトン」については一切手をつけておられず、長らく日本では未訳のままだった(今年になってようやく他者の手で翻訳された)。

この映画でケイト・ブランシェット演じる女性の名は"デイジー"だが、これは「グレート・ギャツビー」のヒロインの名前である(調べてみると案の定、原作にデイジーは登場しない)。主人公が船で世界中を航海するエピソードもギャツビーを彷彿とさせる。また途中、ベンジャミンは"Winter Palace Hotel"に泊まるが、この名称はフィッツジェラルドの短編"Winter Dreams"(冬の夢)と"The Ice Palace"(氷の宮殿)から採られたのではないかと推測する。

さて、映画の冒頭でワーナー・ブラザースとパラマウントのロゴが無数のボタンで表現されており「あれっ?」と想った。その意味は映画を観ているうちに分かる仕掛けになっており、中々しゃれたことをするなと感心した。

主人公の人生と共に20世紀アメリカ現代史を俯瞰するような構成は、「フォレスト・ガンプ/一期一会」みたいだなと想いながら観ていたのだが、帰って調べてみるとどちらもシナリオを執筆したのがエリック・ロスだと判明した。

この映画最大の見所は驚異のメイクアップであろう。ブラッド・ピットの老人メイクが話題になっているが、僕がむしろ驚愕したのはブラピが若返った時である。20代くらいの姿はまるで「テルマ&ルイーズ」(1991)で初めて観た頃、あるいは「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992)に主演し《若き日のロバート・レッドフォードそっくり》とセンセーションを巻き起こした頃のブラピが目の前に蘇ったような錯覚に囚われた。若作りしたケイト・ブランシェット(現在39歳)の美しさにも息を呑んだ。

映画中盤、ベンジャミンがブロードウェイのマジェスティック劇場にバレリーナとなったデイジーに会いに行くエピソードが登場するが、ここで彼女が踊っているのがロジャーズ&ハマースタインのミュージカル「回転木馬」。主人公の娘”ルイーズ”が踊るこのバレエの振り付けは、初演でアグネス・デ・ミルが担当した。彼女はアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の創設メンバーであり、デイジーはこのバレエ団に所属しているという設定なので辻褄が合っている。僕は巨匠ケネス・マクミランが振り付けたロンドン&ブロードウェイ再演版で観た。「回転木馬」の中でも最も幻想的で美しい名場面である。東京では今年3月から笹本玲奈、浦井健治主演でこのミュージカルを上演予定だが、大阪には来てくれないのだろうか?(→「回転木馬」公式サイトへ)

なお「回転木馬」が初演されたのは1945年。現在このマジェスティック劇場では「オペラ座の怪人」が上演中であり、88年の初演からもう20年が経過した。

話が横道に逸れた。映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は人間が老いることの意味を考えさせ、僕らひとりひとりが持つ限られた《時》の愛おしさを実感させてくれる素晴らしい作品である。必見。

Curiouscase

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2008年12月26日 (金)

宝塚雪組/ミュージカル「カラマーゾフの兄弟」大阪千秋楽

S.フィッツジェラルド 著/村上春樹 訳「グレート・ギャツビー」のあとがきで、村上さんは次のように書かれている。

 もし「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。どれも僕の人生(読書家としての人生、作家としての人生)にとっては不可欠な小説だが、どうしても一冊だけにしろと言われたら、僕はやはり迷うことなく『グレート・ギャツビー』を選ぶ。

その「カラマーゾフの兄弟」の読みやすい決定版として異例のベストセラーとなったのが光文社新訳文庫から出た亀山郁夫版である。この新訳を基に宝塚歌劇団がミュージカル化した。台本・演出は齋藤吉正。彼の大劇場デビュー作「BLUE・MOON・BLUE」(2000)は非常に出来が良いショーだったので、ドストエフスキーを如何に料理するかお手並み拝見といった気持ちでシアター・ドラマシティ(大阪)に足を運んだ。

そうそう、余談だが村上春樹さんが愛してやまない「グレート・ギャツビー」も宝塚でミュージカルになっている(台本・演出:小池修一郎)。

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ドストエフスキーが果たしてミュージカルになり得るのか?と、観劇前は甚だ疑問であったのだが、膨大な原作を手堅く2時間半でまとめ、破綻のない見事な作品に仕上がっていた。カラマーゾフの兄弟のうち原作では三男アレクセイが主人公なのだが、ミュージカル版は長男ドミートリィが主人公にシフトしており、それも成功の要因だろう。

黒澤 明監督はドストエフスキーの「白痴」に《純真で無垢な魂》を見出し、それに惹かれて映画化した。もし齋藤が「カラマーゾフの兄弟」に於いて修道者であるアレクセイを軸に台本作りしていたら、似たようなテーマの作品となっていたかも知れない。しかしドミートリィが中心になったお陰で、全く異なる味わいのミュージカルとなった。

考えてみれば明治大学文学部教授・齋藤 孝さんはドストエフスキーの書いた登場人物をネタに「過剰な人」(文庫版は「ドストエフスキーの人間力」に改題)というすこぶる面白いエッセイを執筆されているのだが、「カラマーゾフの兄弟」も過剰な人々のオン・パレード!まことミュージカルに相応しい、愉快な面々である。物語は一見、悲劇であるが、ある意味これは人間喜劇とも言えるのではないだろうか?

オペラやミュージカルには過剰な人々が多々、出没する。「アイーダ」のアイーダやアムネリス、「オテロ」のオテロとイアーゴ、「トスカ」の歌姫トスカと警視総監スカルピア、「カルメン」のカルメンとドン・ホセ、「トゥーランドット」だってそう。ミュージカルなら「オペラ座の怪人」の怪人は無論のこと、「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンやジャベール警部、「エリザベート」のエリザベート、死神トート、そして暗殺者ルキーニ。「スウィーニー・トッド」なんか、もう登場人物全員が過剰だもんね。結局、歌いながら演技をすること自体が過剰な行為なのでこういった登場人物たちこそ相応しい(不自然ではない)のだろう。

作曲は「ゲド戦記」の寺嶋民哉。ゲーム音楽みたいな打ち込み音があったり、とても新鮮。良い意味で宝塚らしくなく、完成度が高い。

出来の悪い和製ミュージカルというのは全て台詞で説明してしまい、音楽が入ると途端に物語が停滞するものが多い。しかしこの「カラマーゾフの兄弟」は音楽自体が雄弁に語り、推進力がある。そこが素晴らしい。何度でも観たいし、日本から世界に発信しても恥ずかしくない作品に仕上がっていると太鼓判を押せるだろう。

水 夏希白羽ゆり彩吹真央ら出演者たちも好演。観劇した25日は千秋楽とのことで、観客は総立ち、カーテンコールが何度もあった。この公演で退団する二人のジェンヌやさんからの挨拶、そして白羽さんや彩吹さんからの一言もあった。同じカンパニーで来年早々、東京・赤坂ACTシアターでの公演もあるそうな。

檀れいさん(映画「感染列島」間もなく公開!)が宝塚を去って以降、白羽ゆりさんは現役娘役の中で一番の美人であると僕は常々想っていたのだが、何と2009年5月31日で退団すると同じ日に発表があった。えっ!ドラマシティではそのことに一言も触れられなかったのに……大変残念である。

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「カラマーゾフの兄弟」観劇後はカトリック夙川教会に移動し、延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団によるJ.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ」を聴いて夜を過ごした。

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2008年7月31日 (木)

村上春樹/ノルウェイの森 映画化

村上春樹さんの小説「ノルウェイの森」の映画化が遂に決まった。詳細はこちら。これまで映画化のオファーは何度もあったが、なかなか実現には至らなかった。しかし12歳の時にベトナム戦争を逃れ、故郷ベトナムから両親と共にフランスに移住したトラン・アン・ユン監督の熱意に村上さんが遂にほだされたということなのだろう。ユン監督のデビュー作「青いパパイヤの香り」(1993)と「夏至」(2000)は観たことがあるが、決して感情的にならない静謐な作風で、この監督なら静かな哀しみを湛えた名作「ノルウェイの森」に相応しいと僕は信じて疑わない。

Papaye

実は今から11年前に、僕は村上さんに直接、「ノルウェイの森」映画化の可能性について訊ねたことがある。村上さんはその当時「村上朝日堂」というHP上で、文学史上初となる作家と読者の電子メール交換を実現されていたのである。このメールのやりとりは僕のHP「はるか、キネマ」のこちらのコーナーに掲載している(掲載にあたり、朝日新聞の担当者から許可は取った)。この時、村上さんは

「ノルウェーの森」を映画にするつもりは、誰が監督をするとしても、いまのところありません。あれは活字だけでこそっと置いておきたいのです。

と書かれているが、村上さんは長い時間をかけて本当にいい人とめぐり逢ったと想う。

ただ、映画化に際して一番のネックはビートルズの版権問題だろうなぁ。果たして「ノルウェイの森」オリジナル音源の使用許可が下りるかどうか……。

1985年にビートルズの版権を買ったのがマイケル・ジャクソン。多額の負債を抱えるマイケルが万が一破産した時、第三者の手で競売にかけられるのを回避するため2006年にソニーがビートルズの版権を担保に、彼に新しい融資先を調整したと発表されたのだが、この問題はますます混迷を深めていると言わざるを得ない現状である。

1981年に篠田正浩監督の映画「悪霊島」でビートルズの「レット・イット・ビー」(オリジナル音源)が使用された。しかし公開後、版権問題がこじれてこの作品は長らくテレビ放送もビデオ化も出来ない羽目に陥ったのである。結局、別のアーチストのカヴァー演奏に差し替えることでこの問題は解決し、現在発売されているDVDは公開版とは異なるものとなっている。

さて、映画「ノルウェイの森」はどのような作品になるのであろう?キャスティングも含めてこれからの展開に目が離せない。

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2008年4月11日 (金)

吉野の桜と日本人の死生観

奈良県の吉野はやはり、日本一の桜の名所である。

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吉野の桜はソメイヨシノ(染井吉野)のような大粒ではなく、山桜である。ちなみにソメイヨシノには「吉野」という言葉が使われているが、原産地は江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込)。幕末の頃、そこに集落を作っていた造園師や植木職人によって育成されたものである。

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僕は吉野に毎年桜を見に往っているが、その度に周りの人々が口々に次のような会話を交わしているのが聴こえて来る。

 「いい冥途の土産になった」(おばちゃん)
 「めっちゃ綺麗!もう死んでもいい!!」(女子高生)

一方、京都などへ紅葉狩りに往ったときは「死んでもいい」とか「冥途の土産」などという言葉は一切聴いたことがない。どうも日本人は桜を見ると、それを死のイメージと結び付ける傾向があるようだ。

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「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」と言ったのは林芙美子(「放浪記」)であるが、吉野の桜の花吹雪を眺めていると、散りゆく潔さやこの世の無常を感じずにはいられない。

「檸檬」で有名な梶井基次郎(大阪生まれ)は、小説「桜の樹の下には」の中で

桜の樹の下には屍体が埋まっている!

これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。

と書いた。多分、同じ風景を見ても西洋人はそんなことは考えないだろう。こんな所にも民族の独自性、歩んできた歴史の重みというものが感じられるのである。

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2008年3月 7日 (金)

鈴木華重子/ワンコイン・コンサートと小説「草の花」

兵庫県立芸術文化センター大ホールで鈴木華重子さん(Pf)によるワンコイン・コンサートを聴いた。オール・ショパン・プログラムである。

曲はまず鈴木さんのピアノ独奏で、比較的珍しい「タランテラ」、そして「アンダンテ・スピアーナートと華麗なる大ポロネーズ」。そして後半は第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの5名が加わり、ピアノ協奏曲第1番(室内楽版)が演奏された。

第1ヴァイオリンが大阪フィルハーモニー交響楽団の若きコンサートマスター、長原幸太さん。そして大フィルのセカンド・ヴァイオリン首席奏者の佐久間聡一さんも参加された。佐久間さんの公式サイトはこちら(ただし、3年前から更新されてません)。佐久間さんは昨年4月の定期演奏会から客演奏者として大フィルのセカンドを弾かれており、「大阪クラシック」でも大活躍だったのだが、入団が正式に発表されたのは今年の2月。漸くという感が強い。アンコールの時に佐久間さんのお茶目なエピソードもあるのだが、それについてはblog「お茶の時間」にしませんか?にお任せしよう。

演奏のほうはもう、お見事と言うほかない。公演は2日ありチケットはいずれも完売(大ホールの客席数は2,141席)。そりゃ当然だろう。たった500円で、これだけ充実した内容が聴けるのだから。おまけに立派なプログラムまで付いてきた。こりゃ採算度外視だな。兵庫県は偉い!それに引き換え、大阪府ときたら……。

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ピアノ協奏曲は作曲者自身の手で編曲されたもの。ショパンの生前には滅多にオーケストラ版が演奏される機会はなく、家庭やサロンではこの室内楽版が好んで演奏されたようである。ショパンのオーケストレーション自体お世辞にも出来が良いとは言い難いので、室内楽版も十分愉しめた。演奏者たちの和気藹々とした雰囲気がとても良かった。

このショパンのピアノ協奏曲を聴くと、僕はたちまち小説「草の花」のことを想い出す。今回もそうだった。会場の親密な空気が、より一層その感情を喚起したのかも知れない。

青春小説の金字塔である福永武彦の「草の花」と出会ったのは、僕が18歳の時。福永文学初の映画化となった大林宣彦監督の「廃市」を観たのが切っ掛けだった。それ以降これは僕にとって最愛の書物となり、もう何度読んだか分からない。病高じて昭和二十九年(1954)に新潮社から発行された初版本を手に入れたくらいである。

「草の花」に関しては僕のホーム・ページでひとつのコーナーを設けている。こちらからどうぞ。小説の舞台となった信濃追分に旅したのが写真の日付を見ると1990年夏だから、ちょうどレナード・バーンスタイン最後の来日した年である。

佐藤江梨子さん(サトエリ)は、「草の花」文庫本の帯に次のような言葉を寄せている。

私はこの尊いまでに美しい小説を酸素や水のように求めている。

また、女優の本上まなみさんも愛読書として「草の花」を挙げておられる。

小説の中で主人公・汐見が、亡くなった親友藤木の妹・千恵子を誘い日比谷公会堂(昨年、井上道義さんがショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクトをされた場所)にショパンのピアノ協奏曲第1番を聴きに往く場面がある。ちょっと長くなるが終演後の情景を引用してみよう。

 公会堂の石段を降り切ると、ひっそりした群集は三々五々、影絵のように闇の中に散り始めた。そこまで、まだ音楽の余韻が漂っているように、空気は生暖かく重たかった。僕等は次第に薄れて行く音楽の後味を追いながら、ゆっくりと歩道を歩いた。どんなにゆっくり歩いても、ゆっくりすぎることはないような気がしていた。
 ― 千枝ちゃん、お茶でも飲む?
 千枝子は僕の方に顔を向けて、首を横に振った。
 ― 返事をするのも惜しいみたいだね、と僕はからかった。
 ― だってとってもよかったんだもの。汐見さんはそんなでもない?
 ― そりゃ僕だって。僕は音楽会へ行くのが、もう唯一の愉しみだよ。
 ― あたしのことは? と悪戯っ子のように訊いた。
(中略)
 新橋から省線に乗ると、釣革につかまった二人の身体が車体の振動のために小刻みに揺れるにつれて、時々肩と肩がぶつかり合った。そうするとさっき聞いたコンチェルトのふとした旋律が、きらきらしたピアノの鍵音を伴って、幸福の予感のように僕の胸をいっぱいにした。満員の乗客も、ざわざわした話声も、薄汚れた電車も、一瞬にして全部消えてしまい、僕と千枝子の二人だけが、音楽の波の無限の繰返しに揺られて、幸福へと導かれて行きつつあるような気がした。僕はその旋律をかすかに、味わうように、口笛で吹いた。千枝子が共感に溢れた瞳で、素早く僕の方を見た。
清冽な叙情。まるで言葉そのものが音楽のようである。鈴木華重子さんの指が紡ぎ出す、寂しくて、そしてどこまでも甘美なショパンの旋律に耳を傾けながら、僕はこの小説のことを想い、心は遙か彼方にある信濃追分の林道を、汐見千枝子と共に彷徨うのだった。

最後は千枝子の手紙の言葉で締めくくろう。前の文章から歳月は無情にも過ぎていった。

わたくしはただ今、乏しい家計を割いて、節子にピアノを習わせております。わたくしは時折、家からさほど遠くないピアノの教習所の塀に凭れて、節子を待ちながら、中から洩れて来る練習に耳を傾けます。上手なお子さんがショパンの幻想曲やワルツなどを弾いているのを聞いておりますと、その甘い旋律がわたくしの心の中を貫き、過ぎ去ったことどもが次々と目の前に浮かぶのを覚えます。汐見さんはどのようなお気持ちで死んで行かれたことでしょうか。想えば人間の心の奥深いところは誰にも分からないのでございましょう。

今考えてみれば、この一節は間違いなく大林宣彦監督の映画「さびしんぼう」でショパンの「別れの曲」が流れるラストシーンに直結している。久しぶりに「さびしんぼう」が観たくなった。そんなことどもを想い出させてくれた、鈴木さんと素敵な仲間たちに感謝。

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2007年6月22日 (金)

しゃべれどもしゃべれども

評価:B

「一瞬の風になれ」で今年の本屋大賞および吉川英治文学新人賞を受賞した佐藤多佳子の小説を映画化。「一瞬の風になれ」は高校陸上部が舞台。これは、あさのあつこ「バッテリー」野球)、森 絵都「DIVE !! (飛び込み)と並んで、児童文学出身の女性作家たちによるスポーツ青春小説三部作と呼びたい。

森 絵都の直木賞受賞作「風に舞いあがるビニールシート」は確かに良い小説だが、僕は断固として「DIVE !!」小学館児童出版文化賞)を推したい。読んでて燃えたね完全燃焼オリンピックを目指す少年たちが熱い。そして清々しい。最高の青春小説だ。森 絵都、佐藤多佳子、あさのあつこ御三家による座談会がテレビ放送されたが、それによると「DIVE !!」は着実に映画化の企画が進行中らしい。是非実現してもらいたい。「一瞬の風になれ」も間違いなく映画化される。だって昨年までの本屋大賞受賞作(「博士の愛した数式」「夜のピクニック」「東京タワー/オカンとボクと、時々、オトン」)は全て映画化されているのだから。

話が少々脱線した。まあ落語でいうところのマクラだと思って聞き流して欲しい。さて、映画「しゃべれどもしゃべれども」である。落語の話だ。考えてみれば噺家が主人公の映画というのは珍しい。あまり記憶にない。岩井俊二の「花とアリス」にもヒロインが落語に挑戦する場面はあるけれど、それが本筋じゃないからなぁ。

原作も軽妙で実に面白い小説なのだが、それを上手く交通整理し、且つオリジナルの味を損ねないように上手に脚色してある。平山秀幸 監督はまれに「レディ・ジョーカー」みたいなとんでもな映画を撮るけれど、基本的には手堅い職人なので(特に「愛を乞うひと」は傑作)今回もプロとしての腕前を見事に発揮し、見応えある佳作となっている。

主人公を演じた国分太一 が実にいい。活舌がよくて本物の噺家に見える。ジャニーズなのに不思議と和服もよく似合う。

仏頂面のヒロインを演じた香里奈もはまり役。ただ、原作では彼女のあだ名が<黒猫>であるということが映画でははっきり示されていないので、彼女が落語を披露するときに、何故お囃子が「ねこふんじゃった」なのかが観客に分かり辛いのが残念であった。

しかしとにかく出色だったのは大阪から東京に転校してきた少年を演じた森永悠希クンだろう。実際に森永クンは大阪出身だそうで、関西弁全開の「まんじゅうこわい」はおもいっきり笑かしてもろたわ。天才子役の出現である。

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2007年5月30日 (水)

大阪、再発見。

今年の本屋大賞で「一瞬の風になれ」と競り合って僅差で2位となり、山本周五郎賞を受賞した「夜は短し歩けよ乙女」を読んだ。奇想に満ちた青春小説で、すごく面白かった。これを書いた森見登美彦は1979年生まれなのでまだ二十代の若い作家である。主人公は京都の大学生なのだが、文中に和服の女性が織田作之助全集を読んでいる場面が出てくる。ちょっと興味が湧いたので織田作之助の本を図書館から借りてみた。

大正2年に大阪の天王寺に生まれた織田作之助の代表作はなんといっても「夫婦善哉」だろう。昭和30年に森繁久弥主演で映画になり、これは日本映画史上に輝く不朽の名作となっている。大阪ミナミの法善寺横町が舞台となっており、今でも営業している「自由軒」のライスカレーが登場。今回初めて知ったのだが、織田作之助は結核で33歳の若さで亡くなったそうだ。「夫婦善哉」は弱冠27歳の作品とか。これには驚いた。

吹奏楽の世界では淀工(大阪府立淀川工科高等学校)の演奏で有名な「大阪俗謡による幻想曲」という名曲がある。淀工は全日本吹奏楽コンクールで過去5回これを取り上げ、すべて金賞を受賞している。作曲をした大栗 裕も大阪生まれで、かつては大阪フィルハーモニー交響楽団のホルン奏者だった。この大栗が昭和32年にオペラ「夫婦善哉」なるものを発表している。織田作之助の描く世界に共感するものを感じたのだろう。

今年の7月12日に大阪フィルハーモニー交響楽団が「関西の作曲家によるコンサート」という面白い企画をしている。詳細はこちら。滅多に聴けない大栗 裕や貴志康一の作品が取り上げられている。大阪府吹田市に生まれた貴志康一は28歳の若さで心臓麻痺で亡くなった人で、彼がベルリンフィルを振ってレコーディングもされた交響組曲「日本スケッチ」は最近吹奏楽用に編曲され、大阪市音楽団のライブCDが出ている。

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