深層心理学/構造人類学

2021年5月25日 (火)

【考察】LGBTQ+は「種の保存に反する」のか?

まず大前提として、僕の性的嗜好はストレートである。小学生の息子がいるし、同性に惹かれたことは一度もない。そういった気持は理解できないが、だからといって否定もしない。価値観は人それぞれなのだからお互いにその違いを認め合えばいい。他者に対しては寛容でありたい。因みにLGBTQとはL(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシャル)、T(トランスジェンダー)、Q(クエスチョニング:性自認や性的指向が定まっていない/クィア:本来は「奇妙な」という意味の蔑称を自嘲的、開き直りの表現として敢えて使用)を指す。

さて2021年5月21日、自民党の簗和生(やなかずお)元国土交通政務官(42)=衆議院議員栃木3区= が党の会合で、LGBTと呼ばれる性的マイノリティーの人たちをめぐって「生物学上の種の保存に反する」との発言をしたと報じられている。この件について簗氏はNHKの取材に対し「会議は非公開のため、内容や発言について答えるのは控える」とコメントした(出典記事こちら)。一方、共同通信の取材によると「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」という趣旨の発言だったという(出典こちら)。自民党では過去にも杉田水脈・衆院議員が性的少数者のカップルに関し「生産性がない」と月刊誌に寄稿し、非難を浴びた。

彼らの無知に呆れ、笑うしかない。

ヒトに近いサルに同性愛は頻繁に見られるし、特にチンパンジーの仲間であるボノボは非常に多く、過半数を占めている(詳しくはこちら)。他の動物の同性愛についてはウィキペディアがしっかりとまとめてある(こちら)。同性愛は生物学的に自然なことだ。

動物や植物も、すべての生物の目的は種の保存、種の繁栄であると言っても過言ではない。そのための一つの戦略として突然変異がある。遺伝情報DNA(デオキシリボ核酸) を複製する途中に、誤った塩基(A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミン)が挿入されてしてしまう場合がある。こうして生まれた個体が、周囲の環境に相応しければ生き残るし、そうでなければ自然淘汰される。この繰り返しが進化であり、強い種が生き残る仕組みだ。新型コロナウィルスも同様であり、生き残りをかけた戦略として2021年5月現在、より感染力が強い変異株が大勢を占めようとしている(新型コロナは一本鎖RNAゲノムであるが、やはり自己増殖のために設計図のコピーを作る際、一定の頻度でエラーが発生する)。

種の保存という観点から考えると、子孫を残すことが出来なかった個体は敗者と見なされる。

ライオンは十数頭のメスライオンと、1~数頭ほどのオスライオンで群れを形成することで知られており、この群れは「プライド」と呼ばれる。産まれた仔ライオンが大きくなるとメスは群れに残り、オスはプライドから独立する。こうして放浪生活を送ることになったオスライオンは「ノマド」と呼ばれ、他のプライドを支配するオスに戦いを挑み、群れを統率する権利を勝ち取らなければならない。戦いに勝てばそのプライドに所属するすべてのメスライオンと交尾する権利を得て自分の遺伝子を残せるが、負けたオスライオンは自分の遺伝子を残せない。群れのリーダー(オス)は、数年おきに入れ替わる。 こうしてより強い種が生き残っていく。だから遺伝子を残せないオスは必ず一定数いるし、彼らもちゃんと競い合うという役割を果たしている。「種の保存に反する」わけでも、「生産性がない」わけでもない。

またここで忘れてならないのは、人間は〈自然=動物〉であるだけに留まらず、知性を持ち、〈文化〉を発展させてきたのだということ。フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは神話について次のように述べている。

神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的はただ一つの問題、すなわち連続不連続のあいだの調停である。

つまり「種の保存に反する」「生産性がない」などと主張する輩は自然の中の人間=動物という一面しか見ておらず、大きな比重を占める文化的側面を無視しているのである。子供を育てて巣立たせた老夫婦には最早「生産性がない」から、御役目御免で姥捨山に遺棄すればいいのか?一生独身で通し、子孫を残さなかったベートーヴェンやシューベルト、ショパンは「種の保存に反し」ており無価値なのか?ゲイだったチャイコフスキーは?

人は「種の保存」や「生産性」のみにて生くるものに非ず。

人は医療を発展させ、平均寿命が飛躍的に伸びた。乳児死亡率は減り、子供は滅多に死ななくなった。戦時下(1941年)の「産めよ、増やせよ」政策は21世紀の現在、全く時代遅れの考え方となった。当時の日本の総人口は7350万人であり、2021年は1億2557万人。少子化とはいえこの80年間で5千万人以上(1.7倍)増えている。

平安時代の男女の平均寿命とか、大正時代の乳児死亡率と現在の比較などは下記事に詳しく書いたので、興味のある方はご一読ください。

別に自分の遺伝子を後世に残さない人がいたっていいじゃないか。それが多様性(diversity)である。LGBTQ+のシンボルが虹(レインボーフラッグ)なのは、多様性の表現だ。音楽だと半音階に相当する。

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2021年5月20日 (木)

新型コロナウィルスと陰謀論

新型コロナウイルスを巡り、SNS上で「感染拡大はウソ」「世界の黒幕が、ワクチンで人類を管理するのが目的」といった言説が広がっている。彼らは「コロナはただの風邪。世界の資本家が各国の政府を操り、でっち上げている」「ワクチンで人間にマイクロチップを埋め込むのが目的」等と主張している(読売新聞より)。「ワクチンを打てば5年で死ぬ」と話す県議もいる(朝日新聞より)。

いわゆる〈陰謀論〉である。昔から「諸悪の根源は秘密結社フリーメイソン」とする〈陰謀論〉があったし、ナチス・ドイツは〈ユダヤ人陰謀論〉を勢力拡大に利用した。

こういった噂が拡散する根底には漠然と感じている不安や恐怖心があるだろう。イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは次のように述べている。

「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」

関東大震災の時に、「朝鮮人が放火したり、井戸に毒を投下している」という流言飛語が飛び交い、虐殺事件が起こったのも恐怖心が生んだ悪夢の最たる例だろう(事件の詳細はこちら)。私たちは歴史から教訓を得ねばならない。

具体的に新型コロナウィルスのワクチンに関する〈陰謀説〉を検証してみよう、標準的なペット用マイクロチップは、通常、長さ11-13mm、直径2 mmで米粒ほどの大きさがあり、特殊なシリンジを用いて埋め込む。通常筋肉注射で用いられる注射器の針は通らない。そもそもマイクロチップをワクチンから検出した事例はあるのか?その噂は果たして「事実(fact)」か、それとも単なる「想像(imagination)」「推量(guess)」「フェイク」に過ぎないのか?

「コロナはただの風邪」という言説に対しては次の事実を説明してもらいたい。2021年5月18日時点で、アメリカ合衆国のコロナ関連死者数は58万6千人に及んでいる(ジョンズ・ホプキンス大学の報告)。これは第二次世界大戦における米軍の死者数(40万5339人)とベトナム戦争時の死者数(5万8209人)を足した合計よりも上回っている。多分彼らはこのデータが捏造だと主張し、信じないのだろう。一方、インドでは5月3日時点で21万8千人がコロナ感染で死亡している。ではアメリカでデータを捏造し、さらにインドでも捏造している首謀者って誰??

「ワクチンを打てば5年で死ぬ」という主張に対しては5年という数字がどこから来たのかきちっと説明して戴きたい。その根拠は?

あと「ワクチンで人類を管理」するというが、黒幕が陰謀を仕組んだのはファイザー製ワクチン?それともモデルナ?、ジョンソン・エンド・ジョンソン?あるいはアストラゼネカ?エッ、もしかしてすべての製薬会社を巻き込んで??ちなみに前3社はアメリカの製薬会社で、アストラゼネカはイギリスなんですけど。中国製やロシア製もある。

「インターネットに書いてあること」をそのまま信じる人がいるが、それがどういう事実に基づく説なのか、まず検証する必要があるだろう。単なる思い込みではなく、きちっとしたエビデンスはあるか?新聞記者で言うところの「裏を取る」作業が不可欠だ。昔、テレビでみのもんたが「これは健康にいい!」と紹介すると、その商品がまたたく間に店頭から消えることがあった。しかし皆さん、バナナでダイエットできましたか?ココアで健康・長寿が実現できましたか?データを取って、きちっと検証することが大切。

テレビが本当のことを言っているとも限らない。NHK特集まで組まれた佐村河内守は結局、偽作曲家だった。

〈陰謀論〉を信じやすい人々の中には多数の〈妄想性パーソナリティ障害〉罹患者が含まれると推定される。何かにつけて疑い深く、過度に人を信用できない障害のこと。客観的な根拠がなくても他人が自分を利用する、危害を加える、だますであろうと決めてかかる。また、他人が理由もなく自分に陰謀を企て、突然攻撃してくるかも知れないという疑いを持つ。一般人口の0.5〜2%にみられるとされ、決して稀なものではない。臨床症例では、男性に多く診断されている。〈権力者の病〉とも言われ、ローマ皇帝ネロやスターリン、ヒトラーがその典型例である。麻原彰晃も多分そう。統合失調症発病の前兆として現れることもある。〈妄想性パーソナリティ障害〉には明確な診断基準があるので、興味のある方はこちらをご覧あれ。

〈パーソナル障害〉に共通する特徴は「自分に強いこだわりを持っている」ことと、「とても傷つきやすい」こと。他者を信頼したり、愛することの障害であり、対等な人間関係を築けない。中でも特に〈妄想性パーソナリティ障害〉は「父親」との戦いを生涯引きずるという。「父親殺し」のテーマが人生を支配する。そしてその多くは、父親との戦いが権力や迫害者との戦いに置き換えられている。(参考文献:岡田尊司『パーソナリティ障害ーいかに接し、どう克服するか』PHP新書)

もし、あなたの周りに〈陰謀論〉を吹聴する人がいたら、一番良いのは精神科クリニックを受診してもらうことだろう。もしそれが難しいようなら、次のような問いを発してみてはどうだろうか。

「その考え方の根拠は?」
「その考えのもとになった情報は噂や思い込みではなく、確かなものか?」
「可能性ではなく、確かな事実として考えていないか?」
「その判断は事実に基づくというよりも、感情的に決めつけたものではないか?」
「その解釈はあまりに現実から離れすぎていないか?」
「出来事の一側面だけに注目し、その出来事が起こるまでの全体の流れを見落としていないか?」
(参考文献:いとうせいこう、星野概念『ラブという薬』リトル・モア)

一般に人は、因果論にとらわれやすい。「原因があって結果がある」という考え方だ。「どうして人は生きるか?」「生きる意味は何か?」という問いも、何か原因があるから自分がいまここに存在しているんだという〈思い込み〉である。父と母が性交したからだという答えでは納得できない。一回の射精で射出された2~4mlの精液中に約3億個あると言われる精子の一つと、卵子が「たまたま」出会い、受精したという説明をしたら怒り出すかも知れない。「偶然」なんて論外。もっとその先に本当の答え、「真理」がある筈だ。自分の存在は「必然」であって欲しいという強い願いが込められている。こういう思考の結果、人は神を創った。なにか絶対的な存在=「創造主」を設定し、そのお方に何らかの「目的」や「意図」があって人類が誕生したと考えれば「原因」と「結果」の空白が埋まり、安心できるというわけ。つまり宗教を信仰する人々の心理的背景には「存在の不安」がある。また「創造主」の意思で自分が生まれたのだと仮定したら、そこに存在意義が発生する。よって承認欲求が満たされる。

しかし大切な娘を飛行機の墜落とか、急性骨髄性白血病で亡くした人を例に考えてみよう。果たして彼女の早世には神の「目的」とか「意図」があるのだろうか?本人または親が何か罪を犯したために(原因)、罰を受けた(結果)のだろうか?そんな馬鹿げた発想でくよくよ悩むよりは、単なる「偶然」、「たまたま」運が悪かったのだと納得した方が諦めがつくだろう。

〈陰謀論〉を信じる人の心理的メカニズムも宗教のそれと全く同じ構造を持っている。「突如出演した新型コロナウィルスがあれよあれよという間に世界に蔓延し、感染者がバタバタ死んでいく。不安だ」「どうして世界はこんな事になってしまったのか?」「どうしてマスクをしないといけないの?」「どうしてワクチンを接種しなければいけないの?」実際にはパンデミックに至った要因は多数あり(Multi-Factor)、それらが複雑に絡み合って現在に至るわけだが、「原因」と「結果」がはっきりしなければ安心できない。しかしそこで悪の組織とか、黒幕といった〈首謀者〉を設定し、その〈陰謀〉だと解釈すればスッキリする。つまり混沌とした世界を「単純化」し、理解したいという欲望(安全欲求)を満たす作業だったのである。

人の心とは本当に厄介で、面倒くさく、そして面白い。そう思う、今日この頃なのです。

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2021年4月18日 (日)

創作ミュージカル「OGATA浩庵の妻」が凄い!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2021(今年は保護者以外動画配信のみ)

こちらも併せてお読みください。

決定版!フルートの名曲・名盤 20選
・ 聴いておきたい吹奏楽の名曲、ベスト25
 聴いておきたい吹奏楽の名曲、アレンジ編

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 第16回定期演奏会は新型コロナウィルス感染拡大のため、2020年の第15回定期と同様に会場に一般客を入れず保護者のみ入場可として、動画配信となった。詳しくはこちら

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チケットはチケットぴあで販売中、動画配信プラットホーム「ULIZA(ウリザ)」での視聴となった。

ここで不満点を列挙しておきたい。

1)視聴券1,200円のみならず、システム利用料220円が加えて請求される。18%上乗せである。アホらしい。
2)スマートフォンかパソコンでの視聴となり、ソニーのブラビアやシャープのAQUOS(アクオス)など、スマートテレビに対応していないので不便。
3)音質が悪い。特に低音が貧弱。過去に観たことのある大阪桐蔭定期のDVDやBlu-rayの方が良い。

というわけで、次回から動画配信されるときは別のプラットホームを検討して戴きたい。

この定演の模様は日本テレビ『世界一受けたい授業』でも紹介され、浜辺美波が聴きながら涙ぐんでいた(彼女は学生時代に吹奏楽部でフルートを吹いていたそう)。またスタジオからのリクエストで演奏された『レ・ミゼラブル』〜“民衆の歌”のソロを歌った男子生徒に、ミュージカル・スター城田優が、「君、プロになれるよ」と褒め称えた。生徒さんたちにとって特別な体験となっただろう。

僕が初めて梅田隆司 先生(指揮)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴いたのは2007年、吹奏楽の甲子園・普門館だった。もう13年以上も前になる。

第55回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 前編 2007.10.25

定期演奏会を初めて聴いたのは10年前だった。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2011!@ザ・シンフォニーホール 2011.02.23

では今年の定演についてレビューしていこう。第1部は創作ミュージカル『OGATA浩庵の妻』から始まった。これが初演。スタッフは作曲:西村友、振付:洋あおい(元OSK日本歌劇団)、台本・演出・指揮:梅田隆司。幕末の医師・緒方洪庵とその妻が主人公(幕末を扱ったミュージカルとして、かつてスティーブン・ソンドハイム『太平洋序曲』という傑作があった)。3分割画面(スプリットスクリーン)というのが凝っているし、写真・動画やアニメーションまで駆使しているのがザッツ・エンターテイメント!台詞や歌詞が字幕表示されるのもありがたい。至れり尽くせりである。

タイトルから誰しも真っ先に連想するのは有吉佐和子の小説『華岡青洲の妻』だろう。1967年に増村保造監督が映画化し、キネマ旬報ベストテンで第5位にランクインした。若尾文子と高峰秀子が演じた嫁と姑の、火花を散らす対立が実にスリリングであった。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔手術(乳がん)を成功させた江戸時代の外科医で、欧米で初めて全身麻酔が行われたのは、青洲の手術の成功から約40年後である。彼は地元(現在の和歌山県)に医塾「春林軒(しゅんりんけん)」を開設し、全国から集った1000人を超える門下生を育てた。また後に大坂(「大阪」と漢字表記が変わるのは明治以降)の中之島に分校「合水堂」を開設し、弟に運営を任せた。

一方、緒方洪庵は医師・蘭学者。現在の大阪市中央区北浜に「適塾」を開いた。門下生には一万円札になった福沢諭吉(大坂・堂島出身、慶應義塾を設立)、大村益次郎(長州藩出身。医師のみならず兵学者としても活躍し、戊辰戦争勝利の立役者となった)、橋本左内(幕末の志士。将軍継嗣問題で一橋慶喜を担ぎ井伊直弼の不興を買って、安政の大獄で斬首の刑に処せられた)、手塚良仙(漫画家・手塚治虫の曽祖父。医師として西南戦争に従軍。九州で赤痢に罹り死去)らがいる。「適塾」は大阪大学医学部の前身であり、手塚治虫は漫画稼業の傍ら阪大医学部を卒業し医学博士となった。手塚の漫画『陽だまりの樹』は手塚良仙が主人公である。

『OGATA浩庵の妻』は台本が凝っていて、最初にショパン『英雄ポロネーズ』がピアノで演奏され、「英雄とは誰だ?」という問いが発せられる。その答えとしてまずショパンが生まれた1810年に全盛期だったナポレオンが挙げられ、さらにショパンと同年に生まれた緒方洪庵の話へと移る。ショパンは結核(細菌)で倒れたが、浩庵はやはり感染症である天然痘ウィルス治療に貢献した。ここで「何故、いま浩庵なのか?」という疑問が解ける。彼は天然痘撲滅のために大坂に「除痘館」を開き、種痘(予防接種)を始めた。これは新型コロナウィルス禍に苦しむ現在におけるワクチン接種に相当する。つまり構造が同じなのだ。

冒頭に演奏されるのが2016年全日本吹奏楽コンクール課題曲III:「ある英雄の記憶 」(西村友)。大阪桐蔭はこれで全国大会金賞に輝いた。NHK大河ドラマの音楽みたいで格好いい。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 サンタコンサート 2016 & 全日本吹奏楽コンクール「ポーギーとベス」の感想 2016.12.21

大阪桐蔭吹奏楽部の高校生がひょんなことから幕末の1857年にタイムスリップする。ここまでは漫画『信長協奏曲』とか『群青戦記』『JIN -仁-』など、よくある設定だ。特に『JIN -仁-』の主人公(医師)は江戸の西洋医学所で緒方洪庵に出会うので関係性が深い。しかし梅田先生が執筆した台本が極めてにユニークなのはここからである。主人公の高校生は何故か30年間の眠りにつき、1886年に目覚める。浩庵の妻・八重が亡くなる年だ。八重が30年間の思い出を語る。「適塾」と「合水堂」門下生の喧嘩、58年安政の大獄と橋本左内の死、60年桜田門外の変、66年薩長同盟締結、67年長州征討と大政奉還、68年江戸城無血開城、そして69年長州藩・大村益次郎暗殺に至る。するとそこから八重の思い出話は再び過去に遡り、49年洪庵が「除痘館」を開設したエピソードへ。そして最後は86年八重の告別式となる(洪庵の亡霊が八重を迎えに来てウィーン・ミュージカル『エリザベート』のフィナーレを彷彿とさせる)。

巨視的な作品である。また大阪の歴史が分かり勉強になるという点で、やはり梅田先生が台本を書かれ大阪桐蔭定演で初演された創作ミュージカル『河内湖』に通じるものがある。

創作ミュージカル「河内湖」初演!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2015 2015.02.18

歴史は過去→現在→未来という具合に、出来事の起こった順番に〈通時的〉に語られるのが普通である。しかし『OGATA浩庵の妻』の手法は違う。時間は行ったり来たり複雑に錯綜する。これをソシュール(1857−1913)の言語学で〈共時的〉と言う。過去・現在・未来は同時にここにあるのだ。同じことをアンリ・ベルクソン(1859-1941、フランスの哲学者)の逆さ円錐モデルを用いて説明しよう。これをフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-1995)は彼の著書『シネマ』の中で〈結晶(時間)イメージ〉と呼んだ。

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上図・円錐の全体SABが洪庵の妻・八重の記憶に蓄えられたイマージュの総て(=結晶)。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。つまり目撃者となる高校生の主人公(=観客)の知覚である。平面Pは現在彼がいる世界そのもの。A"B"が幕末期〜明治維新に起こった出来事の記憶、更に遡ったA'B'は洪庵が「除痘館」 で種痘を始めた頃の記憶。過ぎ去り、死に向かう現在(S)と、保存され、生の核を保持する過去(A'B',A"B",A'"B'",……)は絶えず干渉しあい、交差しあう。主人公の少年(平面P)はこの円錐(八重の記憶)の中を自由に過去へと飛翔し、また戻ってくるのである。

この仕組/構造(structure)はフェデリコ・フェリーニ監督の映画『8 1/2』と同じであり、フェリーニの次の言葉がその本質を的確に教えてくれる。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」

共時的構造を持つ映画はそんなに多くない。非常に珍しいと言って良い。参考までに『8 1/2』以外の代表例を挙げておくと、イングマール・ベルイマン監督『野いちご』、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』(Arrival)、大林宣彦監督『はるか、ノスタルジィ』『さびしんぼう』『異人たちとの夏』『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』などがある。舞台ミュージカルになると更に稀で、スティーブン・ソンドハイムの『メリリー・ウィー・ロール・アロング』と、『8 1/2』を原作とする『NINE』(城田優主演版が現在DVD発売中)、そしてトニー賞で最優秀ミュージカル作品賞を受賞した『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』くらいか。

『OGATA浩庵の妻』は西村友の楽曲の良さも特筆に値する。僕は彼が劇団ひまわりのために作曲したミュージカル『銀河鉄道の夜』が大好きで(アニメ『進撃の巨人』ミカサ役の声優として知られる石川由依主演)、和製ミュージカルの5大傑作に入ると確信している。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」 2017.01.22
大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。 2017.02.21

因みに僕が考える和製ミュージカル・ベスト5を挙げておこう(順不同)。

・ポーの一族(小池修一郎 作・演出/宝塚歌劇団)
・オケピ!(三谷幸喜 作・演出)
・銀河鉄道の夜(劇団ひまわり)
・キレイ ー神様と待ち合わせした女ー(松尾スズキ 作・演出)
・デスノート THE MUSICAL(フランク・ワイルドホーン 作曲/ジャック・マーフィー 作詞/栗山民也 演出)

本題に戻ろう。創作ミュージカル(幕末明治時代)に続いて、アニメ『鬼滅の刃』メドレー(大正時代)と『松田聖子』メドレー(昭和〜平成時代)が演奏された。『鬼滅の刃』はドラムメジャー(バトン)の生徒さんに注目!無茶苦茶上手い。TV『世界一受けたい授業』によると彼女は普段、コントラバス担当だそう。全日本マーチングコンテストに出場人数制限がかかって以降、梅田先生が参加をやめられたのは本当に残念だ。全員参加を基本理念にされていることは大変素晴らしいことだとは思うのだが……。まぁ結局、理不尽なルールを追加した(2013年度からドラムメジャーを含め81人以内と定めた)全日本吹奏楽連盟側が悪いのだ。

ところで“竈門炭治郎のうた”って、“マルセリーノの歌”(スペイン映画『汚れなき悪戯』主題歌)に似ていると思いません?賛同してくれる人いないかな(試聴はこちら)。それと『鬼滅の刃』の劇伴音楽を担当し、無限列車編の主題歌“炎(ほむら)”の作詞・作曲で日本レコード大賞に輝いた梶浦由記は本当に素晴らしい作曲家で、彼女の最高傑作は『魔法少女まどか☆マギカ』だと信じて疑わない。

「魔法少女まどか☆マギカ」を語ろう! 2012.03.14
反転する物語~「魔法少女まどか☆マギカ」の魅力 2013.11.19

第2部はまずドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』(全楽章ハイライト)とホルストの組曲『惑星』より“木星”が演奏された。『新世界より』は新型コロナウィルス禍で疲弊し、希望の光を求めて彷徨ういまの気分にピッタリ。『君の名は。』『天気の子』のRADWIMPSも2020年に『新世界』という歌を発表し、僕は強い衝撃を受けた。

Shin

なおドヴォルザークは鉄道マニアとして知られており、『新世界より』第4楽章冒頭部の加速は、SL機関車(大陸横断鉄道)の出発を描写しているのではないか、と言われている。更にこの曲は、ジョン・ウィリアムズが作曲した映画『ジョーズ』テーマの元ネタなのではないかと僕は睨んでいる(試聴はこちら。どうです、似ていると思いません?

ホルストの“木星”は平原綾香が歌った"Jupiter"としても有名だ。あと若い人は知らないかも知れないが、1976年に冨田勲のシンセサイザーによるアルバム『惑星』がリリースされ、アメリカのビルボードで1位にランクインするなど一世を風靡した。これも是非一度聴いて欲しい。2011年には再創造された"ULTIMATE EDITION"も出た。

Planets

『16年の歩み(嵐メドレー)』に続き、卒業生を送る曲(『ひまわりの約束』〜『泣き笑いのエピソード』)。この時なんと秦基博からのビデオメッセージが!いやはやなんともびっくりした。大阪桐蔭吹部は天童よしみやDA PUMPと共演したり、2019年に放送された『世界一受けたい授業』では堺正章やミュージカル女優の新妻聖子が彼らの伴奏で歌ったりするなど、生徒さんたちは恵まれている。心底羨ましい。卒業生を送る曲では3年生がひとりひとり、名前とともに1年生の時と現在の姿がスクリーンに映し出される。親御さんたちは感無量であろう。

ここで余談。僕が秦基博で忘れがたいのは新海誠監督のアニメーション映画『言の葉の庭』のクライマックス・シーンで歌った"Rain"。これはシンガーソングライターの彼としては珍しく、作詞・作曲:大江千里のカヴァーである。だからコンサートで歌うことはまずない。大江は関西学院大学(兵庫県西宮市)在学中に軽音部に所属し、神戸や芦屋などのライブハウスに出演していたという。というわけで僕は"Rain"の歌詞で描かれているのは阪急電車・今津線沿線の情景なんじゃないか、と勝手に妄想を膨らませて愉しんでいる。是非機会があれば『言の葉の庭』を観てみてください。

アンコールは言うまでもなく大阪桐蔭の十八番、『銀河鉄道999』。第1部の最後はリモート演奏による〜コロナver.〜、第2部の〆は通常バージョンによるパフォーマンスであった。僕は彼らの演奏を聞いて初めてこの作品に興味を持ち、映画版を観た。そして今年小学校4年生になった息子には映画版とTV版を見せた。音楽の力は偉大である。

松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論 2016.07.07
「銀河鉄道999」に見る、松本零士の病理 2017.12.18

最後に。梅田先生、いつかミュージカル『OGATA浩庵の妻』を、生(ライヴ)で拝見できる日が来ることを心から希っております。それから来年以降定期演奏会で観たいミュージカルのリクエストをしておきます。

・ロミオとジュリエット(宝塚歌劇団が上演中のフレンチ・ミュージカル。城田優もロミオやティボルトを演じた)〜特に大阪桐蔭が歌って演奏する“エメ Aimer”や、“世界の王”が聴きたい!!
・壁抜け男(劇団四季が上演したミシェル・ルグラン作曲のフレンチ・ミュージカル。ブロードウェイでも上演された。DVD/Blu-ray発売中)

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2021年3月11日 (木)

中二病からの脱出〜映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」

評価:A+

Eva

公式サイトはこちら

テレビ・アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の放送(1995年10月4日-1996年3月27日)から25年、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の公開から14年。漸くこの物語は完結した。特に前作『Q』から8年以上も待たされた。そもそも2020年6月27日公開予定だったのが新型コロナウィルス感染拡大の影響で翌年1月23日に延期となり、さらに緊急事態宣言が発令されたため3月8日(月)に再延期された。緊急事態宣言の期限が3月7日に設定されていたからである。しかし結局、あてが外れて首都圏の1都3県では宣言が更に2週間延長されることになった。

テレビ・アニメ版『エヴァ』を一言で表現するなら「中二病」となるだろう。事実、登場する少年少女たちの年齢は14歳である。

Wikipediaによると「中二病」という言葉は1999年、伊集院光がラジオで発言したことに端を発するという。彼の潜在意識にも当然『エヴァ』のことがあっただろう。また精神科医・斎藤環はシンジを「ひきこもり」、アスカを「境界性パーソナリティ障害」、レイを「アスペルガー症候群」と評している。シンジの父・碇ゲンドウも未熟な精神の持ち主であり、「中二病」「厨房」と断じて差し障りない。

ライムスター宇多丸がパーソナリティを務めるTBSラジオ『アフター6ジャンクション』(アトロク)には現在「新概念提唱型投稿コーナー:イキりゲンドウ」というのがあり、めっぽう面白い。碇ゲンドウへオマージュを捧げているわけだが、実際のところあの男は言動がイキっているだけなんだよね。「人類補完計画」なんて大層なことを言っているけど、実質は死んだ(L.C.L.に溶けた)妻ユイともう一度会いたいだけ。そんな個人的なことに人類全体を巻き込もうってんだから、発想が身勝手で幼稚。〈対人関係が苦手/強いこだわり示す〉といった特徴をもつ発達障害の一つ「自閉スペクトラム症(ASD)」と診断出来るだろう。今にして思えば『エヴァ』という作品は〈ぼく(ゲンドウ)ときみ(ユイ)を中心とした小さな関係性の問題が、中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結している〉という定義にピッタリ当てはまり、セカイ系のはしりだったと言える。

旧劇場版『Air/まごころを、君に』の頃は庵野秀明自身も心が病んでいた。序盤でシンジがアスカの裸を見ながらマスターベーションして精液を飛ばす描写があったり、シンジがアスカの首を絞め、アスカの「気持ち悪い」という台詞で締めくくられたり、ホントどうかしている。実写で映画館の客席に座るアニメ・ヲタクを映す場面なんか、「自分を支えてくれているファンに対して喧嘩売っとんかい!」と怒り心頭に発した。おそらく当時の庵野はヲタクの事を本気で「気持ち悪い」と思っていたのだろう。自分のことは差し置いて。

アニメ+旧劇版は大風呂敷を広げっぱなしのまま何も回収せず無責任に終わったが、新劇場版は序・破・Qで散りばめられた伏線を『シン・エヴァンゲリオン』できれいに回収して風呂敷を畳み、有終の美を飾ったので心底驚いた。『Q』で登場しなかった加持リョウジやトウジ、ケンスケがその後どうなったか、渚カヲルの名前の由来など懇切丁寧な説明があり、アスカが眼帯している理由も分かる。「この四半世紀で庵野秀明も大人になったんだなぁ!」と妙なところで感動した。ちゃんと観客をもてなそう(entertain)という意志がある。そして救いのない旧劇に対して新劇の最後には明るい希望が見える。アニメ版が放送開始になった時、庵野は35歳。人間、何歳からでもやり直せる、成長出来るんだということを彼の生き様から学ばせて貰った。そして『シン・エヴァ』で碇シンジも真の大人になった。

上映時間が2時間35分と聞いたときは「集中力が持つかな?」と些か不安だったが、一瞬たりとも退屈することなく杞憂に過ぎなかった。

庵野の原体験として『宇宙戦艦ヤマト』と『ウルトラマン(特に、帰ってきたウルトラマン)』が作品に多大な影響を与えていることは、つとに有名である。『エヴァ』劇伴のティンパニの使い方は『ウルトラセブン』や『帰ってきたウルトラマン』に触発されているし、日本中の電力を集める「ヤシマ作戦」は『帰ってきたウルトラマン』の第20話「怪獣は宇宙の流れ星」が元ネタ。そもそもエヴァの内部電源5分間という設定はウルトラマンのカラータイマー3分由来であり、エヴァ自身は怪獣(中身)の暴走を制御するため拘束具としての装甲に覆われている。また庵野は『Q』と『シン』製作の合間に、『宇宙戦艦ヤマト2199』オープニングアニメーションの絵コンテを担当し、劇場版『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』では原画を描いている。

で『シン・エヴァンゲリオン』では葛城ミサトが「ヤマト作戦」とか言い出して、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』みたいな展開になるし、シンジとゲンドウが対決する場面はまるでウルトラマンと怪獣が戦う箱庭(特撮現場)のような空間構造になっている。ウルトラセブンとメトロン星人がちゃぶ台を挟んで向かい合う第8話「狙われた街」(実相寺昭雄監督)を彷彿とさせる場面も。

今まで何だかんだやいのやいの悪口も言ったが、『エヴァ』シリーズには長い間、本当に楽しませてもらった。心からありがとう!そして「さらば、全てのエヴァンゲリオン。」

キネマ旬報ベストテンで第2位に選出された『シン・ゴジラ』も傑作だったし、最近の庵野は絶好調だ。作家としての成熟を感じる。『シン・ウルトラマン』の公開日が待ち遠しい。

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2021年3月 6日 (土)

差別する心理〜欧米の植民地支配からBlack Lives Matter(BLM)まで

自尊心(pride):『自尊心』とは自分自身を尊重する気持ちであり、『自己肯定感』と言い換えることも出来る。「自分には何かしらの価値がある」という幻想であり、生きる意味を見出すこと。

人は自尊心がなければ生きていけない。「自分には何の価値もない」「生きる意味がない」と感じると自身を大切に出来ず、リストカットなど自傷行為に走ったり、最終的には自殺に至る。その典型が〈境界性パーソナリティ障害〉や〈うつ病〉である。

自尊心は幼少期に育まれる。親から愛され、「あなたは私の宝物」と大切にされ、「よくできました」「賢いね」と褒められたり、存在を肯定されることが大切。子供の頃に家族離散や育児放棄、児童虐待などを経験すると〈愛着障害〉を生じ、自尊心が損なわれる。

差別(discrimination):『自尊心』を持つ手っ取り早い方法は他者との比較である。社会は他者との関係性で成り立っている。「私はあいつよりも賢い(学歴自慢)」「あいつより容姿端麗だ」「ピアノ・コンクールで優勝した(特技自慢)」「財産が沢山ある」「都会に住んでいる」「家柄が良い(出自自慢)」「有名人と顔見知りだ(人脈自慢)」「子供が東大に合格した(家族自慢)」といったことで自信が持てる。後者3つは「人の褌(ふんどし)で相撲を取る」ことに過ぎないのだが……。これらの行為は他者との比較だから、差別意識が生まれる。「無学な奴め」「ブス」「この負け犬(loser)が!」「貧乏人」「田舎者」。世の中には悪口しか言わない人がいる。彼らは他者を貶めることで、相対的に『自尊心』を保っている。自分自身には何も誇れるものがないから。

身分制度:インドなどヒンドゥー教にはカーストという身分制度がある。日本も江戸時代には武士・平人(ひらびと)・賤民という三つの身分層で成り立っていた(昔、小学校で習った『士農工商』という制度があったという説は現在では否定されている)。百姓と町人が平人、穢多(えた)と非人(ひにん)が『人外』として賤民に相当した。ちなみに人口全体に占める割合は百姓が85%、武士7%、町人5%、穢多・非人が1.5%程度だった(残る1.5%は公家・神官・僧侶)。身分の差も『自尊心』の拠り所となる。

植民地支配:ヨーロッパ諸国が嘗て行った植民地支配やアメリカ合衆国の奴隷制度とは、身も蓋のない言い方をすれば他国の資源の搾取である。資源とは土地・鉱物(金やダイヤモンド)・動物(象牙や毛皮)・人材などを指す。その意味で泥棒・バイキング・海賊と何ら変わらない。しかし自分たちが単なる泥棒や海賊だとは思いたくない。それでは『自尊心』が保てない。そこで彼らが心理的に実行したのが現地人の差別である。「アフリカの黒人は家畜と何ら変わらない。だから豚や牛と同等に扱っても構わない」「インディアン(アメリカ先住民)には文化と呼べるものが何もない。彼らは資源を有効活用出来ない。宝の持ち腐れだ。だから私達が奪っても問題ない。野蛮人は殺せ!」

これはナチス・ドイツがユダヤ人を劣等民族と決めつけ虐殺し、彼らの富を奪ったことに似ている。銀行を経営するなど大財閥として栄華を誇ったロスチャイルド家も追放され、全財産は没収された。

日本が東南アジアの国々を植民地にしていたとき、学校を建てて現地の子供達を熱心に教育しようとした。しかし欧米人は決して、アフリカ人やアメリカ先住民を教育しようという発想がなかった。家畜に教育は不要だからである。

黒=邪悪?:欧米人のウエディングドレスは白と決まっている。白は純粋無垢の象徴であり、汚れのない色。人は二項対立で思考するので、対象的な黒色は邪悪とみなされた。忌むべき喪服は黒と決まっている(日本人の喪服が黒になったのは様式慣行が入ってきた明治維新以降。それまでは白だった。切腹の際も白無垢)。

日本語でも「無罪か有罪か」のことを「白か黒か」と言うし、「腹黒い」という表現もある。英語では邪悪なことを"black-hearted"という。またblackの縁語であるdarknessは「暗闇」「心の闇」「腹黒さ」「邪悪」を意味する。闇夜は視界が効かないので古代人は幽霊とか怪物を空想した。だから白人が黒人に対してそういう悪いイメージを無意識に付与するのもわからなくはない。

また旧約・新約聖書において、神は白のイメージである。

Resurrected_christ

逆に悪魔は黒。

Blackdevil

旧約聖書によると神は自分の姿を模して人を創った。つまり人は神の似姿なのだ。ということは、聖書を書いたのは古代イスラエル人・ユダヤ人であり、神は白人ということになる。だから二項対立として黒人=悪魔という先入観を彼らが持っていたとしても何ら不思議はない。実際、ローマ・カトリック教会に反発するサタン崇拝者の儀式を黒ミサ(black mass)と呼ぶ。

ワーグナーのオペラ『ローエングリン』は白鳥が純潔とか無垢の象徴として登場する。一方、チャイコフスキーのバレエ『白鳥の湖』では邪悪の化身として黒鳥(black swan)が登場する。

暗黒大陸と無文字社会:嘗てヨーロッパ人はアフリカのことを『暗黒大陸』と呼んだ。黒人が住んでいるからそう呼称されたと誤解している人がいるが、それは間違い。未開の地であり、鬼が出るか蛇が出るか予測がつかないというニュアンスである。アフリカの地理に関して無知であるという『暗黒』だけではなく、 野蛮なイメージが付加されていた。

ヨーロッパと比較するとアフリカには歴史的建築物はないし、遺跡もない。「ここには文化がない」と彼らは考えた。またアフリカ大陸の中でエジプトなど一部の中東〜北アフリカを除き、サハラ砂漠より南の地域(Sub-Saharan Africa)は一様に無文字社会であった。「読み書きの出来ない者は人間と呼ぶに値しない。だから家畜として扱っても構わない」という意識が白人たちにあったことは間違いない。

やはり文字を持たなかったアメリカ先住民や、オーストラリア先住民アボリジニも同等の扱いを受けた。アボリジニは奴隷にされなかったが、オーストラリアではスポーツハンティングとして日常的に『人間狩り』が行われた。「今日はアボリジニ狩りにいって17匹をやった」と記された日記がサウスウエールズ州の図書館に残されている(詳細はこちら)。これによりアボリジニ人口は90%以上減少した。

文字文化を持っているかどうかが白人の差別意識に強く関与していたことは、例えばインド人の扱いと比較してみればよく理解できるだろう。インドはイギリスの植民地であったが、アフリカ人やアボリジニ、アメリカ先住民ほど酷い仕打ちは受けなかった。彼らは奴隷にもされず、『人間狩り』もなかった。インドには『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』といった叙事詩をはじめ立派な文学があり、タージマハルなどの世界遺産もある。それらの文化に対して欧米人はそれなりの敬意を払ったし、彼らの差別意識が肌の色だけで決めつけていなかったことが伺えるだろう。

優生学:命に優劣をつけ選別する『優生思想』はダーウィンが1859年に著した『種の起源』に影響を受けて、19世紀末に生まれた。人類は文明的な階層によって区分することができると考えられ、北ヨーロッパが文明的に最も優れていて、アボリジニは劣っていると見做された。アングロ・サクソンとスカンジナビア人が最高順位に置かれ、有色人種は下位に格付けされた。

アメリカでは1924年に移民法が成立し、白人と有色人種の結婚を禁ずる法律が正当化された。優生学の目的は「知的に優秀な人間を創造すること」「社会的な人的資源を保護すること」にあった。アメリカでは20世紀まで、「公共の利益のために社会の不適格者を断種する」という優生思想にもとづき、強制不妊手術が32の州で合法的におこなわれていた。被害にあったのは主にアフリカ系アメリカ人たち。手術は本人の合意も子供が産めなくなるという説明もなく行われた。詳しくはこちらの記事をご覧あれ。

ナチス・ドイツも『優生思想』を根拠に精神障害者を約7万人ガス室送りにして殺戮した。これが『T4計画』である。ホロコーストを正当化する理屈も根っこは同じである。

Black Lives Matterと恐怖心(terror)2020年5月25日、アメリカで黒人のジョージ・フロイド氏が白人警察官に首を押さえつけられ、「息ができない(I can't breathe.)」と訴えたにもかかわらず力が緩められることなく、その後死亡する事件が発生した。関与した4人の警官は翌26日に懲戒免職処分となり、フロイド氏を押さえつけていた元警官は29日に逮捕・起訴された。この事件が切っ掛けで暴動が起こり、世界的な抗議運動に発展していった。ブラック・ライヴズ・マター (BLM)である。

#BlackLivesMatter 以前、1960年代の自由公民権運動の頃から白人警官の黒人に対する激しい暴力は問題になっていた。その背景には当然差別意識もあるが、特に最近では恐怖心(terror)も強いのではないだろうか?黒人に対して今までしてきたことの罪の意識。「復讐されるのではないか?」という不安感。それが〈過剰防衛〉としての暴力という形で現れているという側面もあるだろう。

Black Lives Matterを考える上で観ておくべき映画・ドキュメンタリー番組

・『グローリー ー明日への行進ー 』:マーティン・ルーサー・キング・Jrを主人公に、有名な“セルマ大行進”を描く。
・『
あの夜、マイアミで』:マルコムX、モハメド・アリ、ソウル歌手サム・クックらが語り明かした一夜を描く。
・『リマスター:サム・クック』:ドキュメンタリー映画、Netflix配信。
・『マルコムX暗殺の真相』:ドキュメンタリー番組、Netflix配信。
・『私はあなたのニグロではない』:ドキュメンタリー映画。作家ジェームズ・ボールドウィンが語るキング牧師、マルコムX、そして
NAACP(全米黒人地位向上協会)に所属した公民権運動家メドガー・エヴァース。
・『ビール・ストリートの恋人たち』:ジェームズ・ボールドウィンの小説を原作とする劇映画。
・『自由の国アメリカ:闘いと変革の150年』ドキュメンタリー番組、Netflix配信。合衆国憲法修正第14条をめぐる、血と汗の滲む道程。

あと、キング牧師はマハトマ・ガンジーの非暴力非服従運動に強い影響を受けているので、アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞など8部門受賞した映画『ガンジー』を併せて参考資料にされたし。

 

参考文献:①岡田尊司 『パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか』(PHP新書)
②岡田尊司『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)
③岡田尊司『死に至る病~あなたを蝕む愛着障害の脅威~』(光文社新書)
④上坂昇『キング牧師とマルコムX』(講談社現代新書)
⑤ロバート・ローラー(著)長尾力(訳)「アボリジニの世界ードリームタイムと始まりの日の声」(青土社) 
⑥アドルフ・ヒトラー(著)平野一郎 他(訳)『わが闘争』(角川文庫)

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2020年11月 2日 (月)

【考察】「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は何故、これだけの大ヒットになったのか?

新海誠監督『君の名は。』が世界的メガヒットを飛ばした時、プロデューサーの川村元気がその要因を「集合的無意識にヒットした」と解説した。また日本で過去最高の興行成績を上げた宮崎駿監督『千と千尋の神隠し』は主人公の女の子がトンネルを潜り、集合的無意識の世界で八百万(やおよろず)の神々と出会う物語だった。

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今回の劇場版『鬼滅の刃』大ヒットの要因も集合的無意識が関わっているのではないかという気がする。『君の名は。』は他者の夢の中に入っていくということがテーマになっていたが、『無限列車編』もやはり、他者の夢に入って行く。そして夢を覆う膜を引き裂くと外側に無意識の領域が広がっており、そこに精神の核があるという設定は非常にユング心理学的だなと思った。

さらに列車という装置は宮沢賢治『銀河鉄道の夜』や松本零士『銀河鉄道999』と同様に、心の内奥(ないおう)への旅を想像させる。

そもそも『鬼滅の刃』における「鬼とは何か?」を考えてみると、不安とか恐怖、怒りといった諸々の感情が渦巻く人間の集合的無意識が生み出した魔物と言えるのではないだろうか?また鬼を消滅させる陽の光とは、覚醒の暗喩と解釈出来る。

主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)は他者への共感性が強いこと特徴だが、それは彼が、集合的無意識という井戸の底に深く潜っていって、他者と繋がる才能に長けていることを意味しているのだろう。『君の名は。』で言うところの〈ムスビ/産霊〉だ。絵柄も浮世絵とか錦絵を連想させ、日本人の心を揺さぶる。

21世紀の日本は核家族化、少子化が進み、経済的な豊かさや家事の自動化などにより、親もまた一人の人間として生を謳歌し、自分の自己愛を追求しようとするようになった。それによって子供に与えられる愛情は不安定なものとなりやすく、また「隣は何をする人ぞ」と地域住民相互の交流は失われた。社会の自己愛性は、非共感性が幅を利かせていることを意味する。他人の心の痛みに対して無関心な人が増え、ネットリンチ(ネットいじめ)が横行、社会は分断され不認証環境(自分が表した気持ちに対し適切な対応が得られず、嘲笑われたり、否定されたり、無視されたりする状況)を呈している。しかし一方で「関係性喪失」への漠然とした不安を感じ、無意識のうちに「今のままでは駄目だ。人と人の絆、共感性を取り戻さなければ」という想いや、焦りもあるだろう。そうした願いが『鬼滅の刃』への支持に結びついたと言えるのではないだろうか?

『無限列車編』の場合、父親から認めてもらえなかったというトラウマを抱えた煉獄さんの〈承認欲求〉が最後に満たされ、彼が〈自己実現〉を果たすまでの物語という捉え方も出来る。故に「我々はなぜ生きるか?」という根源的問いに答えてくれるような作品に仕上がっているな、と僕は感じた。

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2020年10月28日 (水)

ニューロティック・スリラーと「ガス燈」ーガスライティングとは何か?

今年公開されたエリザベス・モス主演『透明人間』はガスライティング(英: gaslighting)〉映画であった。心理的虐待の一種であり、被害者(妻)にわざと誤った情報を流し、被害者が自身の記憶や正気を疑うよう仕向ける手法。用語の起源はイングリッド・バーグマンがアカデミー主演女優賞を受賞したジョージ・キューカー監督の映画『ガス燈』(Gaslight,1944) に遡る。

『ガス燈』は元々舞台劇で、既に1940年に英国でも映画化されている。嘗てはニューロティック・スリラーと呼ばれた。ニューロティックとは「神経症的」を意味する。

Gaslight

ニューロティック・スリラーは1940年代にハリウッドで流行った。マール・オベロン主演『黒い河』(Dark Waters,1944)とか、ダグラス・サーク監督『眠りの館』(Sleep,My Love,1948)、オリビア・デ・ハビランド主演『暗い鏡』(The Dark Mirror,1946)、ロバート・シオドマク監督『らせん階段』(The Spiral Staircase,1946)などがある。またアルフレッド・ヒッチコックが監督した『断崖』(1941)とか、イングリッド・バーグマン主演『白い恐怖』(Spellbound,1945)もそう。因みにspellboundとは「魔法にかかった」「呪文に縛られた」という意味。やはり背景には第二次世界大戦の暗い影があったのではないだろうか?

またヒッチコック監督『レベッカ』(1940)のヒロイン(『断崖』のジョーン・フォンテイン)は結婚後女主人として大邸宅マンダレイに行き、そこで事故で亡くなった前妻レベッカを慕っていた使用人ダンヴァース婦人から徐々に精神的に追い詰められていくという話で(自殺教唆もあり)、〈ガスライティング〉のバリエーションと言えるだろう。『レベッカ』は『シンデレラ』『ベイビー・ドライバー』のリリー・ジェームズと『ソーシャル・ネットワーク』『君の名前で僕を呼んで』のアーミー・ハマー共演で今年リメイクされ、つい先日Netflixから配信されたばかり。

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余談だが『風と共に去りぬ』メラニー役で有名なオリビア・デ・ハビランドとジョーン・フォンテインは仲の悪い実の姉妹であり、イギリス人の両親の間に東京で生まれた。

『ガス燈』のバーグマンも、『レベッカ』『断崖』のフォンテインも、恐怖に怯えた演技が見どころになっている。両者ともその演技でアカデミー主演女優賞を受賞したのだから、実においしい役だ。なんとフォンテインはヒッチコックの監督作品でアカデミー賞を獲得した、ただ一人の俳優である

ガスライティング〉という用語は現在、臨床心理学および学術研究論文でも使われている。映画の影響力ってすごい。フェデリコ・フェリーニの映画『甘い生活』から生まれた〈パパラッチ〉とか、ウィリアム・ワイラー監督『ローマの休日』から生まれた〈ヘップバーンカット〉を思い出した。

半世紀以上廃れていた〈ガスライティング〉映画が近年復活したのは、間違いなく大物映画プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行の告発および逮捕に端を発する #MeToo 運動が盛り上がった結果だろう。エリザベス・モスが製作総指揮・主演したHuluのディストピア・ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』も #MeToo の申し子だ。

映画やテレビ・ドラマは時代を写す鏡である。

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2020年10月19日 (月)

ぶっちぎりのロケットスタート!「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」

前代未聞、桁外れの特大ヒットである。僕が観た兵庫県西宮市のTOHOシネマズでは公開初日金曜日の上映回数が30回!レイトショーは20時00分、10分、20分、30分、40分と10分刻みの上映開始で、「電車の時刻表か!」と呆れた。TOHOシネマズ新宿は全12スクリーンのうち11スクリーンを稼働し、1日で42回上映したという。週末3日間の興行収入は46億円を突破。日本国内で公開された映画(洋画含む)の興行収入と動員の歴代1位となった。昨年の興収トップだった『天気の子』と比較して、約3倍とぶっちぎりである。最終的に『天気の子』の記録、141億9000万円を超えるのではないだろうか。

東宝は『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』に社運を賭けており、新型コロナ禍で落ち込んだ収益をここで一気に挽回するぞと鼻息が荒い。

評価:A

Kime

京アニ『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、テレビ・シリーズを観ていなくてもこれまでの経緯がわかるような親切な構成だったが、『鬼滅の刃』はそんなことを一切斟酌しない。テレビ・シリーズを観ていることが大前提で話は展開する。僕も当然、全26話を鑑賞した上で映画館に臨んだ。

原作者・吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)は覆面漫画家であり、その正体は男なのか女なのかが議論の的になっている。僕は女性だと確信している。漫画家・きたがわ翔と山田玲司も対談(『れいとしょう』)の中で、女性説を支持している。その根拠となっているのが鬼殺隊に退治された鬼の死に際。人間だった頃の回想が長々とあり、この世の未練を切々と語る。それを傾聴した主人公・炭治郎が「可哀想に。辛かったろう」と涙を流す。その共感性の高さが女性作家ならではだというのだ。つまりemotional、今流行りの言葉で表現するなら「エモい」。

『無限列車編』も過剰なまでにエモい、そして熱い、いや、熱苦しい。些かtoo muchで辟易すると言えなくもないが、それは本シリーズ一貫した特徴なので、肯定的に受け取りたい。僕は幼少期から女性作家と相性が良いのだ(マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ」、ルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』、アガサ・クリスティの推理小説、紫式部『源氏物語』、角田光代『対岸の彼女』『八日目の蝉』、宮部みゆき『火車』)。

夢と無意識がテーマという点でも大いに気に入った。とってもカール・グスタフ・ユング的。そういう意味で『君の名は。』『インセプション』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『劇場版 まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』に近い。テレビ・アニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』なら第14話〈魔女はささやく〉が該当する。こういうの、大好物です。

あと本作は、煉獄さんの〈承認欲求〉が満たされるまでの物語という捉え方も可能だろう。

客層の男女比はほぼ半々で、やや女性が多めか。クライマックスではあちらこちらからすすり泣く声が聞こえてきた。

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2020年10月 9日 (金)

「半沢直樹」土下座の歴史と、それを強要する心理学

先日放送されたTBS『半沢直樹』2nd seasonを面白く観た。総合視聴率(リアルタイム視聴率とタイムシフト視聴率の合計)は44.1%だった。40%超えは2016年10月にビデオリサーチ社が調査を開始して以降、史上初だそう

上の記事で本作(第一期)の魅力の一つは〈かぶく(傾く)〉様式美にあり、香川照之(市川中車)、片岡愛之助というふたりの歌舞伎役者が出演していることを指摘した。第二期ではさらに市川猿之助、尾上松也とふたりの歌舞伎役者が加わり、濃い顔芸に磨きがかかった。顔の筋肉の動かし方が独特。香川演じる大和田(取締役)が「お・し・ま・い・death!」と手のひらで首を掻き切るような仕草をしたりして〈やり過ぎ Too Much〉だけれど、視聴者には大受けした。大和田と半沢(堺雅人)が不正に手を染めた銀行員・曾根崎 を問い詰める際に「さあ、さあ、さーアサァサァサァ!」と歌舞伎でお馴染みの掛け合いをする場面もあった。

さて、物語における巨悪にしてフィクサーである進政党 幹事長の箕部啓治(柄本明)の前で大和田(香川照之)が半沢(堺雅人)に土下座を強要する場面でこう言う。

「この日本には相手に思いを伝えるのに古来から引き継がれた素晴らしい礼法がある」

ここで僕は強烈な違和感を覚えた。確かに土下座の所作は古代からあったろう。しかし、謝罪の場面で土下座するという習慣は比較的近代なのではないか?つまり、途中から意味が変わってきたのではないかと考えたのである。

そこで調査を開始すると、土下座の歴史について書かれた唯一の文献であるらしいパオロ・マッツァリーノ(著)『誰も調べなかった日本文化史』(ちくま文庫)の存在が判明したので、早速購入して読んだ。

正座した上で手のひらを地に付け、額が地に付くまで伏す所作は『魏志倭人伝』に既に記載されており、邪馬台国の時代からあったようだ。しかし古代はこれを「平伏」と言った。そして謝罪の意味はなく、神様や天皇、将軍など偉い人に対する誠意や畏敬の念の示す目的で行われた。

江戸時代になって「下座」という言葉が登場するが、それは現在でいう「土下座」の様式ではなかった。

Geza1

上の図版で大名行列の様子を見てください。庶民の「下座」はただしゃがんでいるだけ、つまり蹲踞(そんきょ)の姿勢。手は土に付けていない。しかも『誰も調べなかった日本文化史』 によると、下座しなければならなかったのは徳川家将軍と御三家、そして将軍家から嫁いだ娘が通る場合だけだったという。 それ以外の諸藩の大名行列では立ったままでよかった。

江戸には参勤交代で全国から大名が集まってくるから、いちいち全部に下座していたら生活がままならなくなってしまう。当時日本全国に大小二百以上の藩があり、しかも往復するからその二倍。つまり一日平均一回以上の大名行列が通った計算になる。そりゃ、やってらんねェぜ。

Geza2

『誰も調べなかった日本文化史』によると、土下座に謝罪の意味が加わったのは大正時代後期から昭和初期にかけてだという。根拠となる資料は昭和七年刊行の国語辞典や、朝日新聞と読売新聞の記事データベース。極めて信憑性が高い。

結論。『半沢直樹』大和田取締役の土下座に関する発言には些か事実誤認があった。

さて、現在ではコンビニや衣料品店で客がクレームを付け、店員に土下座させたという事件が報道されたりしているが、これは立派な犯罪です。〈強要罪〉や〈脅迫罪〉に問われ、警察に逮捕される。

人に土下座させる者の心理。それは〈いじめ〉にも似た快感である。〈報酬系〉と呼ばれる神経伝達物質・ドーパミンが脳内に放出され、すっごく気持ちよくなる。ドーパミンは麻薬にも似た中毒性があり、より強い刺激を求めて行動は次第にエスカレートする。いわば〈自分に酔う〉感じ。

立っている人が、土下座している人を見下ろすと、そこに高低差があり、なんだか自分が偉くなったような錯覚に陥る。テレビ視聴者が『半沢直樹』の土下座に興奮するのも、そういった心理的メカニズムが働いている。それは時代劇『大岡越前』における、裁きの場面に直結している。「公事場(くじば)」と呼ばれる高みから「お白州(しらす)」という砂砂利に敷かれた筵(むしろ)に座る被告人=大悪党を見下す感覚。〈正義中毒〉だ。現在の裁判制度でも裁判長は一番高い場所に鎮座している。高低差が重要。

古今東西を問わず、お金持ちや権力者は高所に住みたがる。日本や西洋のお城がそう。映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』に描かれていたように、ハリウッドでは貧しい役者志望の若者は平地に住み、金持ちは山の上にプール付き豪邸を建てている。アカデミー作品賞・監督賞を受賞した韓国映画『パラサイト』は半地下に住む貧しい一家が、丘の上の豪邸に住む一家に対して〈恨(ハン)〉、嫉妬心を抱く物語だった。それは黒澤明監督の『天国と地獄』に対するオマージュにもなっている。

つまり〈垂直方向の差異=貧富・身分の差〉という図式が成り立つ。タワーマンションも高層階になるほど値段が高く、金持ちは最上階に住んでいる。空の高みから天下の平民たちを睥睨する、といった感覚か。神の視点。「猿もおだてりゃ木に登る」のだ。

英語で「(人より)優位な立場に立つ」「(人より)優れる」ことを"one-up someone"という。やはりup/downが肝心なのだ。「マウントをとる」のも高低差。 

兵庫県神戸市はご存知の通り港町であり、坂の町でもある。神戸港から六甲山の方面に向かって傾斜があり、次第に標高が高くなる地形だ。

その神戸市と大阪市を結び、三本の鉄道が平行に走っている。海側から山側へ、阪神線→JR線→阪急線という順で高くなる。そして明らかに乗る客層が異なっている。阪神線は庶民的なオッチャン、オバチャン、タイガースファンが多い。一方、阪急線は芦屋や夙川、武庫之荘など高級住宅街を走っており、気楽なジャージ姿で電車に乗れる雰囲気ではない。阪急沿線には「いかりスーパー」という高級スーパーが散在し、駐車場は外車ばっかりだ(嘘みたいな本当の話です)。

象徴的だったのは2006年に阪急が阪神電気鉄道の株式を取得し完全子会社化したときのエピソードだ。テレビのレポーターが阪神電車に乗っているオッチャンに阪急・阪神経営統合についてどう思うかを尋ねた。オッチャンの答えは「今後、素足でサンダル履いて阪神電車に乗れんようになったら困るわ」つまり関西人にとって阪急は高級イメージなのである。

土下座を強要する者は自分が「何か高級品になったような」イメージに浸っている。それは普段抱いている劣等感の裏返しでもある。

高低差が人間の深層心理に生み出すイリュージョン。なんだか滑稽で、興味深いでしょう?

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2020年9月25日 (金)

【考察】映画「TENET テネット」を観る前/後に知っておくべき幾つかの事項と、その哲学(自由意志 vs. 決定論)、さらにブロック宇宙論!

評価:A+

Tenet

公式サイトはこちら

いやー、参った!1回目の鑑賞ではさっぱり理解不能だった。しかし曲者クリストファー・ノーランの映画だから、そんなことは想定内。賭けても良いが、何が起こっているか初見で100%解読出来る人は皆無だろう。帰宅後一生懸命勉強して知識を叩き込み、2回目に挑戦。今度は九割方、物語のタイムラインが呑み込めた。それでも完璧ではないので、近日中にIMAXで3回目の鑑賞に臨む予定である。

【前半戦(鑑賞前にお読みください)】

1)回文/パズル

本作のタイトルは「信条」「信念」といった意味で、ラテン語による回文

SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

に基づいている。左上から縦読み/横読みしても、右下から逆方向に縦読み/横読みしても同じ。「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」という意味だが、SATORを農耕神サトゥルヌス、AREPOを「大地の産物」を解釈することも可能。一世紀頃には完成していたと考えられ、イギリス、イタリア、シリアなどの遺跡から発見されている。「セイター」「アレポ」「テネット」「オペラ」「ロータス」という5つの単語はすべて本編中に登場する。

そして映画全体が回文になっている。冒頭、キエフのオペラハウスでのテロとクライマックス、地図にない土地スタルスク12での戦闘は同じ日に起こっている。つまり映画の半ばで主人公は時間をUターンし、『ふりだしに戻る』(ジャック・フィニイによるSF小説のタイトル)。途中、順行したり逆行したり「時間の矢」は目まぐるしく向きを変えるが、歴史(運命)は変わらない。ある意味、パズルみたいだ。

またTENETは【左→右】に読んだTEN(10分)と、【左←右】に読んだTEN(10分)の時間挟撃作戦も意味している。

2)順行と逆行

映画は時間を順行する人物と、逆行する人物が入り乱れ、時に互いが格闘をして混乱する仕掛けになっている。整理しよう。本編に登場する「時間反転装置(回転ドア)」には「の部屋」と「の部屋」があり、が順行、が逆行を示す。最後の作戦では時間を順行する主人公たちのチームが、逆行するニールたちのチームがの腕章をつけている。逆行時に肺は外気を取り込めないため、酸素マスクが必要。但し逆行者は「の部屋」内でマスク不要。また主人公とニールが逆行しながら船に乗っている場面ではビニールカーテンで覆われた簡易無菌室(clean room)のような空間内にいて、中には酸素が供給されているものと思われる。そして順行者は逆行者の言葉を理解出来ない(カセットテープの逆回転のような音声だから)。

「時間反転装置」はタイムマシーンと違い、例えば10日前に一息でジャンプ(時間跳躍)出来ない。逆行するだけだから10日前に行くには10日かかる。

また冒頭に登場するワーナーブラザースのロゴマークが赤色で、エンディングのロゴのは青色なのにも注目!

の色分けはドップラー効果に由来するのではないか、というのが僕が立てた仮説。観察者に対して近づいてくる物体(現在←未来)はっぽく見え(波長が短く、周波数が高い)、遠ざかる物体(現在→未来)はみを帯びて見える(波長が長く、周波数が低くなる)。音の場合は近づく方が高音、遠ざかると低音になる。救急車のサイレンで経験があるだろう。

3)バックパックのストラップ

1回目は完全に見逃していたのだが、穴の空いた硬貨にオレンジ色の紐を通したストラップをバックパックに結んでいる兵士が3回出てくる。これ重要。

4)順行する人物が逆行する銃弾に撃たれると致命傷を追う

理由は逆行を可能にしている放射性物質の影響だそう。だから逆行弾の傷を癒やすためには、被弾者も逆行しなければならない

5)時間反転装置(回転ドア)のある場所

①オスロ空港 ②エストニアの港 ③旧ソ連のスタルスク12 ④挟撃作戦におけるTENET側の拠点・砕氷船マグネ・ヴァイキング(Magne Viking)号内部(時間をさかのぼり逆行してきたレッドチームが順行に戻る/ブルーチームは現状維持)

6)自由意志 vs. 決定論

哲学における〈自由意志〉とは人間が自己の判断に対するコントロールを行うことが出来るという仮説である。その対義語が〈決定論(因果論)〉であり、予め運命は決まっており、〈自由意志〉など存在しないという考え方だ。

つまりAかBの選択を求められたとき、どちらに決めるか本人に〈自由意志〉があるという考え方と、その人がどちらを選ぶかは既に決まっており、選択の余地はないという考え方がある。

私たちはしばしば過去を振り返り、「あの時、AではなくBを選んでおけばよかった」と後悔する。『If もしも....』。そういう想いを叶えるのが時間SF(タイム・トラベルもの)であり、主人公は過去に戻って自分の、あるいは地球規模の運命を変えようとする。そのミッションに成功すれば現在(過去にとっての未来)は変わる。枝分かれが発生し、主人公はパラレルワールド(平行世界)に入っていく。映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』や『ターミネーター2』『恋はデジャ・ブ』『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』『魔法少女まどか☆マギカ』『君の名は。』がそうだ。

ここで〈親殺しのパラドックス〉が問題となる。英語ではGrandfather paradox(祖父のパラドックス)という。「ある人が時間を遡って、血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というもの。その場合、両親のどちらかが生まれてこないことになり、結果として本人も生まれてこないことになる。従って、存在しない者が祖父を殺すこは出来ない。

〈決定論〉において、その人がBでなくAを選ぶことは〈自由意志〉でなく、それまでの経験則(生まれてから脳内に蓄えたデータ)により無意識のうちに決まっていたと考える。

『TENET テネット』でニールは「起こったことは起こったことだ(What happened, happened.)」と言う。つまり、結果は決まっている、運命は変えられない。地球滅亡を阻止するというミッションは予め成功することが決まっていた。これはクリストファー・ノーラン監督自身の思想でもある。

ノーランの主張は〈ブロック宇宙論〉に基づいている。ブロック宇宙論とは、全ての時間と空間が一つなぎのブロックのように存在し、過去・現在・未来が同時に存在している、というもの。宇宙は流れではなく、一つの構造物であり、我々はその一つの空間(断面)にいて観測・体験しているだけで、時間というものは錯覚に過ぎないという考え方だ。

Time

上図、観測者がいる【現在】の平面は下から上に移動し、既成の歴史を目撃・体験する。

更に詳しいことをお知りになりたければ、イタリアの理論物理学者カルロ・ロヴェッリ(著)富永星(訳)「時間は存在しない」(NHK出版)を読まれることをお勧めする。

アインシュタインの特殊相対性理論によると、現在は過去だけでなく未来からも影響を受けており、これを〈逆因果律(後方因果関係)〉という。最終的な運命は決まっているものの、どのようにそこに至るかは正確には決まっていないと考える物理学者もいる。つまり〈自由意志〉はあるが、あくまで限定的であるというわけ。

もし自由意志がないとしたら、人間はニヒリズム(虚無主義)に陥ってしまう危険がある。「どうせ俺の運命は決まっているんだ。頑張っても仕方がない」となる。だからたとえ幻想であろうと〈自由意志〉があると信じて、人生に価値を見出していくことが大切だ。つまりTENET(信念)を持てというわけ。

7)エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)

エントロピーとは「乱雑さの度合い」のこと。エントロピーの低い状態は「秩序ある状態」、エントロピーの高い状態を「無秩序な状態」と言い表せる。全ての事物は、「それを自然のままにほっておくと、エントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限り、そのエントロピーを減らすことはできない」ということ。

例えば薪が燃える状況を想像して欲しい。熱エネルギーが生じ、周囲の空気を温め、運動が激しくなった酸素・窒素・二酸化炭素などの分子は拡散していく(乱雑さを増す)。また煙が上空に登り、立ち去っていく。そして一本の薪は灰になり、バラバラに砕け散る(無秩序な状態になる/ゴミが発生する)。これがエントロピーの増大だ。不可逆性の変化であり、灰や煙や熱(分子運動)が一本の薪に戻ることは出来ない。つまり時間を逆行させるためにはエントロピー(乱雑さ/ゴミ)が減少する仕組みを構築しなければならない

8)時間が逆行する仕組み・理論

『テネット』で言及される未来の科学者は反電子(陽電子)を利用して、特定空間の物質だけエントロピーが小さくなる(「時間の矢」の向きを反転させる)技術を作った。ここで「対生成(ついせいせい)」について説明する。対生成とは素粒子(物質の最も小さい単位)の反応で、素粒子とその反粒子が同時に生成される現象。例えば光子から(マイナスの電荷を帯びた)電子と(プラスの電荷を帯びた)陽電子(または「反電子」と呼ぶ)が生成される。電子は「過去から未来に進む」普通の電子であり、反電子とは数学的に「未来から過去に進む」電子である、と解釈可能だ(正の電荷を持ち、時間を順行する陽電子=負の電荷を持ち、時間を逆行する電子)。つまり【陽電子は時間を逆行する】 。すべての物質には電荷が反対の「反物質」が存在している。映画に登場する「反転装置」はつまり、物質⇔反物質に転換する装置なのである。

そして電子と反電子が衝突すれば「対消滅(ついしょうめつ)」が起きて光子に変換される。『TENET テネット』に於ける「防護スーツを着ずに過去の自分と直に接触してはいけない。量子の対消滅が起きる」というルールはここから来ている。電子=素粒子=量子と考えて差し支えない。

【後半戦(鑑賞後に)】

では次に、既に映画をご覧になった方のための抑えておくべきポイントについて書こう。

1)本作のテーマ

セイターはアルゴリズムを稼働させ、地球の全てのエントロピーを逆行させようとした。つまり彼は「過去に戻って祖父を殺すこと」は可能であると信じていた。何故ならもしも彼の計画が成功すれば、アルゴリズムを稼働させた後の未来は存在せず、アルゴリズムや「反転装置」は発明されなかったことになる。完全に矛盾している。

一方、ニールらTENETのメンバー(そしてノーラン)は過去を改変出来ないこと(What happened, happened.) を知っていた。つまり本作は〈自由意志〉派と〈決定論〉派とのガチンコ対決を描いていることになる。どちらが勝ったかは言うまでもない。

過去を後悔するな。やり直すことは絶対に不可能なのだから。それよりも「いまを生きる」ことが大切。

2)スタルスク12におけるニールの複雑な行動

ブルーチームに参加し、逆行する→主人公とアイブスが入ったトンネル入口に爆弾が仕掛けられるのを見て敵の回転ドアを利用して順行に戻る→装甲車で丘に登り、地下核実験場に空けられた天井の穴からロープを地下に投げ入れ、アルゴリズムを奪った主人公とアイブスを実験場爆発と同時にロープで地下から引き上げる。→再び(今度は砕氷船マグネ・ヴァイキング号の)回転ドアに入り逆行、空いた鉄格子の扉から中に入り鍵を閉め、敵に撃たれて死ぬ。

ここでニールが鍵を開けたと錯覚している人が多いのだが、それは順行視点であり、ニールの主観でみると閉じるが正解。逆行ニールが地下実験場に侵入するタイミングは主人公とアイブズがロープで脱出する様子の逆回転を見届けた直後。なぜならその前だと爆発に巻き込まれ低体温症になるから。塞がれたトンネルの入口を開放する道具が必要。ニールと一緒にアイブズも逆行して手伝ったのかも知れない(ニールの侵入を外で見届けてアイブズは順行に戻る)。

3)ニールの正体

キャットの息子マックスはMaximilien(マクシミリアン)の愛称。後ろから読む(逆行する)とNeil(ニール)。本作で描かれる時から10-15年後に、同じ時間をかけ逆行して戻ってきた。推定年齢30-40歳。彼がバックパックに結んでいるのは、どうやらベトナムのお守りらしい→こちら!母との楽しかった思い出があるのだろう。ニールとセイターがエストニア語を話せることも根拠の一つ。

4)ニールは自分がスタルスク12で死ぬ運命であることを事前に知っていたか?

間違いなくYes.根拠は3つある。

A)主人公と別れ際、"I think this is the end of a beautiful friendship."(これが僕たちの美しい友情の最後だと思うよ)と言う。この台詞は映画『カサブランカ』ラストシーンにおけるハンフリー・ボガートの名台詞"I think this is the beginning of a beautiful friendship." の引用である。また"this is the end"はフランシス・コッポラの『地獄の黙示録』も意識しているかも知れない(ドアーズの『ジ・エンド』が映画冒頭と最後に流れる)。

B)映画冒頭で主人公は「信念(TENET)のために死ぬことが出来るか?」を問われる。そして最後にニールはTENETのために死ぬ。美しい円環構造だ。

C)本作においてニールは全てを知っている神のような存在だから。言い換えるなら、シナリオ(歴史)を読み込んだ映画監督の立場である。主人公=主役(The Protagonist)のオーディション・シーン(キエフのテロ直後の拷問場面)もある!

5)TENET(信条)

理屈に合わなくても人は何かを信じなければ生きていけない。take a leap of faith (運命に身を任せて飛び込む/清水の舞台から飛び降りる)ことが大切。その、古来からある代表例が宗教だろう。

心理学に〈承認欲求〉という用語がある。「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という欲求であり、幼少期に親から「あなたは生きていていい。愛している」と〈承認〉される欲求が満たされないと、〈愛着障害〉に陥る。つまりたとえ幻想でも構わないから「自分には何らかの価値がある」と信じられなければ、生きていけないのである。その典型例が〈境界性パーソナリティ障害〉であり、〈愛着障害〉を発端として「自分には何の価値もない」「生きる意味がない」「虚しい」と考え、リストカットなど自傷行為や、自殺企図を繰り返すことになる。

「自尊心・矜持(pride)を持て」と、クリストファー・ノーランは映画で繰り返し語っている。『インセプション』も、そういう話だ。

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