いつか見た大林映画

2017年5月26日 (金)

大林宣彦(著)「いつか見た映画館」

大林宣彦監督が古(いにしえ)のハリウッド映画や日本映画のことを縦横無尽に語り下ろした「いつか見た映画館」(2016/11/01出版)を一気呵成に読破した。

Obs

上下2巻で総重量2Kg、1240ページを超える超大作。定価はな、な、なんと1万8千円+税!!辞書かっ!?

読者のみなさんは御存知の通り、僕は筋金入りの大林映画ファンである。

そんな僕でもこの値段にはおいそれと手を出せなかった。そこで図書館から借りるという戦術に転じた。しかし僕の住んでいる兵庫県宝塚市の図書館で蔵書検索をしても該当が見つからない。お隣の西宮市立図書館も×。それでも諦めず調査を続行し、漸く神戸市立図書館に入っていることを突き止めた!

冒頭の寄せ書きに応援メッセージを寄せたのが山田洋次監督(「男はつらいよ」シリーズ、「たそがれ清兵衛」)、高畑勲監督(「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」)、岩井俊二監督(「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「リップヴァンウィンクルの花嫁」)、犬童一心監督(「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」)、園子温監督(「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「新宿スワン」)といった錚々たるメンツで圧巻だ。

本篇は松竹系の衛星劇場で放送されている映画解説をまとめたもの。主題となっているのが太平洋戦争(第2次世界大戦)であり、紹介される映画も戦前・戦中・戦後直ぐ(アメリカン・ニューシネマ台頭前まで)が中心となっている。ただ下巻の終盤では話題が「原点としての無声映画」に移ってゆくのだが。

かつて映画の語り部として「日曜洋画劇場」の淀川長治がいた。しかし彼が亡くなり、ポジションがぽっかり空いてしまった。その穴を埋めるべく白羽の矢を立てられたのが大林監督だった。考えるに現代の映画の語り部といえば大林宣彦か、WOWOWの「町山智浩の映画塾!」やTBSラジオ「たまむすび」で《アメリカ流れ者》のコーナーを担当する町山智浩くらいしかいないだろう。

作品選択が実にユニーク。特にゲイリー・クーパーやジョン・ウェインが主演した西部劇が多数取り上げられているのだが、敢えて「西部の男」「真昼の決闘」「駅馬車」「捜索者」「赤い河」「リオ・ブラボー」といった有名どころは外されており、代わりに「ダラス」「北西騎馬警官隊」「コレヒドール戦記」「拳銃無宿」「マクリントック」などマニアックな作品ばかり選ばれている。フレッド・アステアも「トップ・ハット」「有頂天時代」「イースター・パレード」「バンド・ワゴン」ではなく、「スイング・ホテル」「ブロードウェイのバークレー夫妻」「土曜は貴方に」「晴れて今宵は」といった具合。8割は未見だったが、それでもすこぶる面白く読んだ。

ジョン・ウェイン(1907-1979)が生涯、密やかに愛した映画女優ゲイル・ラッセル。デュークは3度結婚したが、遂にラッセルと結ばれることはなかった。その晩年、病床の彼は彼女と共演した「怒涛の果て」(1948)のビデオを毎夜繰り返し見続けていたという(ラッセルはアルコール依存症となり、1961年、デュークより先に亡くなった。享年36歳)。何だか切ないね。

Angel

「イヴの総て」に出演したジョージ・サンダース(1906-1072)は友人のデイヴィッド・ニーブンによると、1937年(31歳)の時点で「僕は65歳になったら自殺するよ」と予告していたそうである。そして実際に65歳で睡眠薬自殺をした。遺書にはこう書き残されていたという。

Dear World, I am leaving because I am bored. I feel I have lived long enough. I am leaving you with your worries in this sweet cesspool. Good luck.
世界よ、退屈したからオサラバするよ。もう十分生きた。この素敵な糞溜めの中で、君たちが不安に頭を抱えたままにしておくよ。幸運を祈る。

かっけー!惚れた。

また「カサブランカ」のマイケル・カーティス監督がハンガリー・ブタペスト出身で、ハンガリー名がケルテース・ミハーイだということも全く知らなかった。彼は左翼思想を持つユダヤ人で、1918年には共産党のプロパガンダ映画を撮っている。しかし翌19年にハンガリーにおける共産主義革命が失敗したため、ドイツに亡命。後に米国に渡った。カーサ(casa)・ブランカ(blanc)=白い家。亡命を希望する様々な人種が集まるこの場所はハリウッドのメタファーでもあったのだ。それが「ラ・ラ・ランド」に繋がっていく。

伊福部昭が音楽を担当し、柳家金語楼が主演したサラリーマン映画「社長と女店員」(1948)で既に「ゴジラ」(1954)のテーマが使用されているという話も初めて本書で知った(動画はこちら)。またこの旋律はサスペンス映画「蜘蛛の街」(1950)でも用いられており、何度も使いまわした挙句、「ゴジラ」で漸く有名になったというのが実情のようだ。因みにこのテーマの原点は1948年6月(1月説もあり)に初演された「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」である。「社長と女店員」の公開日が1948年12月20日だから、ほんの少し後ということになる。

エロール・フリンが主演した映画「フォーサイト家の女」(1949)のラストシーンで視線が噛み合わない男女の別れが描かれるが、大林監督はこれを「時をかける少女」のエピローグ(深町との別れから11年後、大学の廊下での邂逅)に引用したと告白する。それがさらに2016年、新海誠監督「君の名は。」で再現されているわけだ(糸守町へ隕石が衝突してから8年後、雪の降る東京)。映画は繋がっている。尚、「君の名は。」については本書で言及されているわけではなく、僕自身の考察である。

2012年、ニューヨーク近代美術館MoMAでの大林監督の個人映画(8mm、16mmフィルム)上映後のティーチインで監督は集った若い観客たちに「君たちは映画に、何を求めますか?」と問うたという。2つの答えが帰ってきた。1つ目は【Never Give Up】……夢や希望を信じ、諦めない。2つ目は【Make Philosophy】……映画でことを考える。哲理を得る。正に「いつか見た映画館」はそういう本であり、改めて映画とは人生の教科書であり、知恵の宝庫だなぁと感じ入った次第である。

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2017年5月14日 (日)

【いつか見た大林映画】第1回「発端」(最新作「花筐」から「転校生」「時をかける少女」へタイムリープ)

今年4月、大林宣彦監督(79歳)のライフワークである檀一雄原作の映画「花筐(はなかたみ)」が完成し、都内で0号試写(スタッフ、キャストを中心とした内輪のみの上映)が行われた。2人のフィルムメーカーのツィートをご紹介しよう。

その関連記事を読んで初めて知ったのだが、2016年8月末、佐賀県唐津市での「花筐」のクランクイン直前に大林監督は「肺癌で余命6ヶ月」と宣告されたという。ところが病院から処方された新薬が劇的な効果をもたらし、ガンの進行は阻止され、撮影・編集を経て映画は無事仕上がった。また大林監督は2010年に突然の心臓発作で倒れ、左胸に「ペースメーカー」の埋め込み手術を受け、九死に一生を得ている。

劇場用映画デビュー作「HOUSE ハウス」(1977)より前に桂千穂による「花筐」のシナリオは既に完成しており、大林監督が最初からこれと、福永武彦の小説「草の花」を映画化したいと想い続けているという話はファンの間では有名で、僕も四半世紀以上前から知っていた。例えば映画「異人たちとの夏」(1988)の風間杜夫が住むマンションや、「ふたり」(1991)の石田ひかりの部屋の本棚には、密やかに「花筐」と「草の花」が並べて置かれていた(DVDでしっかり確認出来る)。

構想から40年という歳月を経て漸く大林映画「花筐」は実現した。しかし、これが遺作になる可能性が十分ある。覚悟はしておかなければならない。夢にまで見た大林映画「草の花」には、まだ間に合いますか?いや、もしかしたらもう無理かも知れない……。

居ても立ってもいられない気持ちになった。そして今こそ「僕の物語」を語っておかなければという切羽詰まった衝動に駆られたのである。

この不定期連載【いつか見た大林映画】が完結するまでどれくらい時間を要するか現時点では判らない。きっとライフワークになるだろう。僕はについて語ろうと想う。

たとえ肉体が滅んでも 人はいつまでも誰かの心の中に
その人への想いとともに 生き続けている
だから の物語は いつまでも語り続けなければならない
(映画「HOUSE ハウス」より)

僕と大林映画の出会いは、忘れもしない今から34年前ー1983年5月4日、日本テレビ「水曜ロードショー」で放送された「転校生 」だった。解説は”シベ超”(映画「シベリア超特急」)のマイク・ミズノこと、水野晴郎。大林宣彦自ら再編集し、タイトルにも「TV版」と付記して放送された。当時の大林監督の劇場用映画では冒頭部に必ず「A MOVIE」と表示されたが、本作の冒頭は「A TELEVISION」と銘打たれていた。また臨海学校に行く場面で、劇場版にはない音楽(シベリウス「カレリア」組曲〜行進曲)が追加されていたりもした。僕はこの時15歳、岡山県岡山市に住む高校1年生。遊びに行っていた祖母の家で観た。

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その頃は「駅馬車」「風と共に去りぬ」「嵐が丘(ウィリアム・ワイラー監督)」「北北西に進路を取れ」「第三の男」「赤い靴」「道」「太陽がいっぱい」「禁じられた遊び」「サウンド・オブ・ミュージック」など欧米の映画ばかり観ていた。しかし「転校生」のお陰で「日本の監督にも面白い映画を撮る人がいるんだな」と見直した。

初めて見るのに、何だか懐かしい広島県尾道市の風景。【尾道三部作】のスタートであり、【古里(ふるさと)映画】の原点でもある(「花筐」のシナリオも【唐津古里映画】と銘打たれている)。映画冒頭部と終結部は黒白(black and white)で、男女の入れ替わりが起こると総天然色(color)になる。これがMGM「オズの魔法使い」のひそみに倣ったということは後年知ることになる。因みに「時をかける少女」の原田知世の部屋には「オズの魔法使い」のジュディ・ガーランドのポスターが貼ってある。また「転校生」の主人公・一夫(尾美としのり)の家の塀には「駅馬車」のポスターが貼られており、これが時間の経過とともに「アパッチ砦」→「ラスト・シューティスト」と替わってゆく。3作ともジョン・ウエイン主演であり、「駅馬車」が出世作、「ラスト・シューティスト」が遺作になる。あと病弱で足の悪い少女を演じた柿崎澄子が何だか心に残った。柿崎は後に大林映画「さびしんぼう」や「姉妹坂」に出演し、「野ゆき山ゆき海べゆき」で芸能界を引退した。

この年の7月16日から角川映画「時をかける少女」が上映された。併映は薬師丸ひろ子、松田優作主演「探偵物語」。「転校生」がオン・エアされた時点で既に「時かけ」の予告編がばんばん巷に流布していたので「これは絶対観に行かねば」と心に決めた。【尾道三部作】の第二作になるとはゆめゆめ知らずに。

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夏休み、僕は天満屋バスステーション斜め向かいジョリービル地下にあった映画館「岡山セントラル」で「時かけ」を観た。ここは1991年9月27日に閉館した。

映画は「転校生」同様に黒白(black and white)で開始され、雪国の”不思議な星空”に流れ星が流れる。スキー合宿を終えた生徒たちは列車に乗り帰途に就く。すると車窓の菜の花畑が次第に色づきフルカラーとなってメイン・タイトル「時をかける少女」が出現、そこに原田知世のシルエットが浮かび上がる!もうここまで観た時点で、人いきれでむせ返る満席の映画館で僕は滂沱の涙を流していた。「青春デンデケデケデケ」で言うところの【電気的啓示(electric revelation)】を受けたのである。そして胸に誓った「この監督に僕は一生ついていこう」と。その少年の日の約束は34年を経たいまも守られている。

主題歌の作詞・作曲はユーミンこと松任谷由実、本編の音楽は旦那の松任谷正隆。実はこの劇伴、映画「ある日どこかで」のジョン・バリーの音楽にそっくりなのである。大林監督は事前に参考資料として「ある日どこかで」を正隆に観せていた。

「時をかける少女」は世紀の傑作であり、後の映画作家たちに多大な影響を与えた。例えば細田守監督の同名アニメーション映画は明白な大林版の続編である。原田知世演じる芳山和子は細田版で”魔女おばさん”として登場。細田は原田知世にその声をオファーしたのだが、断られている。そして大林は細田のことを「映画の血を分けた息子」と言っている。

ミュージカル仕立ての「時かけ」カーテンコールは正に至福の時と言えるだろう。ももいろクローバーZが主演し本広克行が監督した映画「幕が上がる」(2015) のエンドロールは完璧にそのオマージュに仕上がっている。ももクロのメンバーがフィックス(固定)されたカメラに向かって走ってきて微笑むラストシーンも「時かけ」の原田知世そっくりという念の入れようだ。

「時かけ」の最後、原田知世と高柳良一は11年後に再会するが、記憶が消去されており、互いに認識知ることが出来ない。大学の廊下ですれ違ってふと何かを感じるが、噛み合わない視線。それがそっくりそのまま新海誠監督「君の名は。」で再現されている。糸森町に隕石が衝突して8年後、雪の降る東京の場面である。そもそも「君の名は。」の男女入れ替わりは「転校生」を彷彿とさせるし、新海監督「秒速5センチメートル」の踏切のシーンも明らかに「転校生」の影響を受けている。

そうそう、この「時かけ」の11年後の場面で、逆ズームという撮影法が印象的に用いられている。これはスピルバーグが「ジョーズ」や「E.T.」でもやっているが、もともとはアルフレッド・ヒッチコック監督が「めまい」で生み出したもの(撮影監督はロバート・バークス)。日本で初めて試み、逆ズームと命名したのは大林監督である。

また大根仁監督「モテキ(TV版)」にも「時かけ」のパロディがあることを最後に付け加えておこう。

TO BE CONTINUED...

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2016年9月14日 (水)

大林宣彦監督とその【映画の血を分けた息子たち】

檀一雄原作、大林宣彦監督の映画「花筐(はなかたみ)」が佐賀県唐津市で現在、撮影中である。

Hanakatami

これは監督のライフワークであり、桂千穂と共同執筆したシナリオは既に40年前に完成していた。当初出演者は全員ファッションモデル、台詞は声優による吹替、という企画だった。16mm自主映画(アンダーグラウンド・ムービー)の旗手、CMディレクターとして華々しく活躍していた監督が劇場映画デビュー作として考えていたものだった。しかし純文学の映画化という地味な企画は中々進捗せず、結局「HOUSE ハウス」(1977)が第1作となる。

House

「HOUSE ハウス」に檀一雄の娘・檀ふみが友情出演しているのは「花筐」の縁である。

大林監督にはもうひとつライフワークがある。福永武彦の小説「草の花」の映画化である。「さびしんぼう」の後、尾美としのりと富田靖子の主演で企画されたが、こちらも頓挫した。

僕は18歳の時に大林映画「廃市」(1983)を観て、その原作者・福永武彦を知った。20代は福永の小説を読んで過ごした(全小説を読破した)。そして「草の花」の舞台となった東京都大森駅近くの暗闇坂、清瀬市にある国立療養所東京病院、信濃追分、伊豆西海岸の戸田などを訪ね歩いた。正に新海監督「君の名は。」でいうところの聖地巡礼である。その詳細は「福永文学と草の花」としてWebに上げている。

Hi

映画「ふたり」のラスト、原稿を書いている石田ひかりの部屋の本棚にはひそやかに「花筐」と「草の花」が置かれていた。その主題歌「草の想い」(作詞:大林宣彦、作曲:久石譲)の歌詞には「花の形見」という言葉があって、「草の想い」と併せると「くさのはな」「はなかたみ」という言葉が全て隠されている。それから記憶が定かではないが、確か「異人たちの夏」の風間杜夫の部屋にも「花筐」と「草の花」があった筈。

大林監督は現在78歳。果たして映画「草の花」は実現するだろうか?第二次世界大戦中の東京が舞台となるので、もし忠実に再現するならオープンセットに膨大なお金が掛かるだろう。大ヒットも期待出来ない。なかなか難しいところである。

さて、「バケモノの子」の細田守監督は大学生の時に学園祭で「大林宣彦ピアノ・コンサート」を企画したという過去があり、大林監督は彼のことを【映画の血を分けた息子】と言っている。細田版「時をかける少女」(アニメ)は事実上、大林版「時をかける少女」の後日談であり、大林版のヒロイン芳山和子は細田版で「魔女おばさん」として登場する。細田はその声優として大林版と同じ原田知世を希望したが、断られたそう。

新海誠監督のアニメに大林映画「転校生」「時をかける少女」が与えた影響については既に書いた。

高橋栄樹監督が撮ったAKB48のミュージック・ビデオ(MV)「永遠プレッシャー」(島崎遥香センター)は「HOUSE ハウス」へのラブ・レターである。また大林監督がAKB48「So long !」MVを撮った時、高橋監督は手弁当で撮影現場に馳せ参じ、手伝ったという。

「踊る大捜査線」「サマータイムマシン・ブルース」の本広克行監督はももいろクローバーZ主演の映画「幕が上がる」を撮るにあたり、大林宣彦と山田洋次が若手の監督を呼んで語り合う「渋谷シネマ会」に参加し、アイドル映画を撮る極意について指南を仰いだ(詳細はこちら)。大林監督からの助言は「(被写体を)愛すればいいんだよ」だったという。そして「幕が上がる」のミュージカル仕立てのカーテンコールは「時をかける少女」へのオマージュになっている。

現在映画「青空エール」が公開中の三木孝浩監督も熱狂的な大林映画ファンだ。高校生の時に大林監督の「ふたり」をどうしても観たくて修学旅行先の東京で集団行動から抜けだし映画館に行ったそう。また尾道三部作への愛も告白している→こちら。三木監督の「陽だまりの彼女」は「HOUSE ハウス」にインスパイアされているし(化け猫映画)、「ホットロード」は三木版「彼のオートバイ、彼女の島」であり、「くちびるに歌を」には「ふたり」「はるか、ノスタルジィ」の石田ひかりが登場し、オルガンを弾く。また彼は「敬愛する大林宣彦監督のように、いずれ古里(徳島)を舞台にした映画を撮影したい」と語っている→徳島新聞の記事へ。

僕は長年、大林監督が映画「草の花」を撮る日を待ち続けてきた。でも、もし監督がその想いを果たせなかっとしても、今では沢山の立派な【映画の血を分けた息子たち】が第一線で活躍しているので、彼等のうちの誰かがきっと実現してくれるだろうと信じる。アニメーションによる「草の花」も観てみたい気がするな。

たとえ肉体が滅んでも、人はいつまでも誰かの心の中に、その人への想いと共に生き続けている。だから、愛の物語はいつまでも語り継がれていかなければならない。 愛する人の命を永久に生きながらえさせるために。永久の命、失われることのない人の想い、たったひとつの約束、それは愛。(映画「HOUSE ハウス」より)

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2014年5月21日 (水)

大林宣彦監督「野のなななのか」

評価:A+

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5月17日(土)映画公開初日に鑑賞。公式サイトはこちら

この空の花 ー長岡花火物語」と、その続編ともいうべきアイドル・グループAKB48のために大林監督が撮ったMV「So long ! 」、そして本作は3部作と言えるだろう。共通するテーマは3・11、福島原発事故、そして先の戦争(大東亜戦争/太平洋戦争/第二次世界大戦)。3・11の衝撃を経て、大林監督が若い世代にどうしても伝えておきたいこと、言い残したいことを吐露した、いわば遺言であり「老人映画」でもある。

品川徹演じる主人公は3月11日14時46分に他界する。言うまでもなく東日本大震災が発生した日、その時刻である。時計は14時46分で止まっているが、映画の終盤に動き始める。この演出は大林監督の「廃市」(1983、原作:福永武彦)でもあった。また絵が燃える場面は「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群れ」(1988)で映画館の看板が燃える場面を、常盤貴子が電車に乗る場面は「廃市」や「おかしなふたり」を、安達祐実が死ぬ間際の姿は「はるか、ノスタルジィ」(1993)の石田ひかりを、またパスカルズ演じる野の楽師たちが楽器を演奏しながら練り歩く情景は「おかしなふたり」のチンドン屋を想起させた。これは黒澤明監督「夢」の最後のエピソード「水車のある村」にも繋がっている。ちなみに大林監督は「夢」のメイキングを撮っている(僕はレーザーディスクを所有)。さらに「野のなななのか」で斉藤とも子が演じる住職の妻の名前は橘百合子。な、なんと「さびしんぼう」で富田靖子が演じた少女の役名ではないか!!「さびしんぼう」のラストシーンで富田靖子は住職となった尾美としのりの妻として、その傍らに座っている。つまり文字通り本作は大林映画の集大成なのである。ちなみに斉藤とも子は「金田一耕助の冒険」以来、実に35年ぶりの大林映画出演となった。

現在32歳の安達祐実が16歳の役を演じるという驚天動地。ちょうど半分だぜ!?それでもちゃんと16歳に見えるのだから唖然とした。彼女のデビュー映画は「REX 恐竜物語」(1993)。これは角川春樹が監督を務めたが、そもそも大林監督は「金田一耕助の冒険」「ねらわれた学園」「時をかける少女」「少年ケニア」「天国にいちばん近い島」「彼のオートバイ、彼女の島」と6本の角川映画を撮っている。だから彼女が主演する映画を撮っていても全然不思議ではなかったわけで、ニアミスだったのだ。

僕は今まで常盤貴子が大嫌いだったのだが、本作の彼女は妖しく美しかった。まさに大林マジック。恐れ入った。

北海道の芦別を舞台に、炭鉱の過去と現在、原発などエネルギー問題、カナディアンワールドという寂れたテーマパーク(北海道に赤毛のアンの家!?)に象徴される日本の「まちおこし」ならぬ「まち壊し」、大都市一極集中の一方で過疎化する地方の問題、1945年8月15日(終戦記念日)以降も続いていた樺太での戦争(対ソ連)などが重層的多角的に語られる。前作「この空の花」ではそれがカオス(混沌)を形成していたのだが、本作ではむしろ静謐にまとまっている。ジャーナリスティックなシネマ・エッセイに留まらず、輪廻転生や芸術論まで交わされ作品は無限の広がりを見せるのだ。

過去と現在、生者と死者が同居するワンダーランド=シネマ・ゲルニカ。これぞ大林映画の真骨頂である。

最後に、大林監督はこれが遺作でも構わないと考えておられるフシがあるが、ファンは未だ映画「草の花」(原作:福永武彦)を諦めておりませんよ、と申し添えておく。

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2013年11月27日 (水)

大林映画の子供たち~細田守、高橋栄樹、そして三木孝浩「陽だまりの彼女」

アニメーション映画「おおかみこどもの雨と雪」の細田守監督(1967年生まれ)は大学生の時に学園祭で「大林宣彦ピアノ・コンサート」を企画したという過去があり、大林監督は細田監督のことを「映画の血を分けた息子」と言っている。細田版「時をかける少女」(アニメ)は事実上、大林版「時をかける少女」の後日談となっている。

AKB48のミュージック・ビデオ(MV)を最も多く撮っている高橋栄樹監督(1965年生まれ)は今年10/29のツィートで次のように書いている。

僕が思うAKB48最高のMVは、大林宣彦監督の「So long!」(全長版)。

高橋監督は「So long !」撮影現場に、手弁当で手伝いに馳せ参じたそうだ(これはツイッターで監督から直接伺った)。高橋監督作品であるAKB48「永遠プレッシャー」MVは明らかに大林映画へのオマージュである。冒頭、ぱるる(島崎遥香)が吊り橋を渡って登場するのは大林監督の劇場映画デビュー作「HOUSE ハウス」だし、アニメーションとの合成、眼が光ったりするのは「ねらわれた学園」、そしてサイレント映画風字幕挿入、円形でワイプする編集も大林映画を連想させる。

さて、「陽だまりの彼女」だ。

評価:B+ 映画公式サイトはこちら

三木孝浩監督(1974年生まれ)も熱狂的な大林映画ファンのようである。高校生の時に大林監督の「ふたり」をどうしても観たくて修学旅行先の東京で集団行動から抜けだし映画館に行ったそうだ(記事は→こちら)。また尾道三部作への愛も告白している→こちら

以下ネタバレあり。

映画の冒頭、大きなワイドスクリーンの中に小さな4:3サイズの画面が現れ、8mm映像が映し出される。僕は「いきなり『転校生』かよ!」と嬉しくなった。大林映画を愛する「同志」にめぐりあった気分。そして猫が登場。猫は尾道三部作にも出てくるし、大林映画の重要なアイテムだ。大林監督は「HOUSE ハウス」や「麗猫伝説」といった化猫映画も撮っている。 ……といういわけで、僕はかなり早い段階から「彼女」の秘密の真相に気が付いた。つまり「陽だまりの彼女」は「時をかける少女」を化猫映画のスタイルで撮った作品だったのである。

主人公が幼少時に負った手の傷跡(=絆)を大切な想い出としている点で「陽だまりの彼女」と「時をかける少女」は共通している。しかもご丁寧なことに傷の位置まで全く同じなのだ。また「彼女」が立ち去る時、彼女に関わった人間全ての記憶が消えるという設定、エピローグで別の人間として再びめぐりあうというのも一緒。「彼女」は水族館で泳ぐ魚を見て「美味しそう」と言うが、同じ台詞を「HOUSE ハウス」のおばちゃま(南田洋子)が集まった娘たちを見て呟く。また、ふたりが高い丘の上から海を見下ろす場面は映画「ふたり」や「はるか、ノスタルジィ」を彷彿とさせる。映画終盤には「さびしんぼう」の重要なガジェット(小道具)・自転車も登場。つまり本作は徹頭徹尾、大林宣彦へのラブレターとなっているのだ。恐れ入った。

松本潤や上野樹里といった旬の(”トレンディ”は死語?)役者を使い、”お洒落な恋愛映画”を偽装しつつ、その実「大林映画万歳!」という化猫映画を撮ってしまった三木監督はしたたかだ。アッパレなり。

大林映画との決定的違いはキス・シーンが多いことかな?大林ヒロインは滅多なことではキスしない。ストイックなのだ。

ミステリアスなヒロインを演じた上野樹里が素晴らしい。彼女の代表作といえるだろう。「虹の女神」も良かったが、本作ではそれを上回る魅力を放っている(彼女は常に、背後から陽の光を浴びて逆光で現れる)。上野が身につけるファッションもお洒落で○。また大倉孝二、谷村美月ら脇役も好演。

それにしても細田監督「おおかみこどもの雨と雪」と三木監督「陽だまりの彼女」が”獣(けもの)の変化(へんげ)と人間の恋”を描くというテーマで一致しているのは興味深い。

三木孝浩監督の次回作は能年玲奈主演の「ホットロード」。きっと三木版「彼のオートバイ、彼女の島」になるだろうと期待する。

大林映画の遺伝子を継ぐ”息子”たちが現在第一線で活躍するようになった。頼もしい限りである。デビュー当時から大林監督が映画化を希い、未だ実現していない福永武彦の小説「草の花」。現在75歳の大林監督には残された持ち時間が少なくなって来た。仮に大林監督が無理だったとしても、”息子”たちがその意志を継いでくれるかも知れないなと、僕は「陽だまりの彼女」を観ながら将来に希望を持った。

たとえ肉体が滅んでも 人はいつまでも誰かの心の中に
その人への想いとともに 生き続けている
だから 愛の物語は いつまでも語り続けなければならない
(映画「HOUSE ハウス」より)

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2013年3月 2日 (土)

再びAKB48「So long ! 」MVについて/大林宣彦 擁護論

この記事は下記を補完するものである。

予想された通り、「So long !」発売後、ミュージック・ビデオ(MV)の内容を廻り、賛否両論熱いバトルが展開されている。意外だったのは肯定派が多かったこと。僕は3:7くらいで否定的意見が大勢を占めるのかと想像していたのだが、蓋を開けてみると概ね〈50/50 フィフティ・フィフティ〉かな?Amazonレビューを見ても気持ちいいくらい意見が割れている。

しかし考えてみると、これだけの論争を巻き起こす作品って最近では劇場公開映画でも滅多にお目にかかれないのではないだろうか?「話題になってこそナンボ」だ。無難な凡作に価値はない。この異形の問題作を世に出すと決めた秋元康プロデューサーの勝利と言えるだろう。

AKBヲタの代表として、漫画家・小林よしのり氏の意見をご紹介しよう→こちら! ちなみによしりん先生は元々、大島優子推しだったが、最近は市川美織(みおりん)や渡辺美優紀(みるきー)に傾いているみたい。ご本人はDD(誰でも大好き)と仰っているけれど。

「こんなクソMV撮りやがって。大林宣彦を絶対許せない!」と怒り、嫌悪しているヲタたちの意見をざっと読んでみると、彼らの非難は概ね以下に要約できるのではないだろうか。

  • 合成(特撮)がチープ
  • 内容が説教臭く、ウザい
  • 画面が暗く、メンバーたちの顔がよく見えない

全く仰る通り、ごもっともだ。アイドルMVの役割は彼女たちをより可愛らしく、魅力的に描くことであり、彼女たちがはち切れんばかりの笑顔で飛び跳ねている姿を見て「萌え~」っとなることだと定義するなら、「So long ! 」は余りにもかけ離れた存在であり、そういう意味では明らかに失格だろう。

しかし古くからの大林映画フリークの立場から観ると、これは立派な64分の映画(A MOVIE)である。大林監督は16mm個人映画「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)を撮った頃からちっとも変わっておらず、アヴァンギャルド(前衛芸術)精神を貫いているなぁと嬉しくなる。勿論、それをアイドル相手にしていいことなのか?俺たちには関係ねーよ、と言われたら返す言葉はない。つまり「So long ! 」MVは本来存在してはならない、禁断の果実なのだ(←ヲタにとっては”腐った果実”だろう)。

それでは各項目について擁護を始めよう。

「合成がチープ」 : 好き嫌いは別にして、これは映像作家・大林宣彦のスタイルである。商業映画デビュー作「ハウス HOUSE」から、「ねらわれた学園」「漂流教室」「水の旅人」「この空の花 -長岡花火物語」もみなそう。要するにわざとなのだ。「映画とは花も実もある絵空事」であり、電気紙芝居なんだよというメッセージである。それが嫌という人がいるのは当然だろう。元々縁がなかったんだね、と諦めて貰うしかない。前田敦子には沢山のファンがいたけれど、それに匹敵するだけアンチがいた。それと同じ事。アンチを産まないものは大したことないのである。

「内容が説教臭く、ウザい」 : 「So long !」という作品は「この空の花」の続編であり、前作のエッセンスを凝縮し、戦争・爆弾・花火・大震災・原発事故を結ぶ教育映画なのだ。「何でアイドル使ってそんなことするんだ?」って疑問に想うのは当たり前だろう。「花がれき」とか、長岡市が震災がれきを受け入れた意義とか、いまどうしても伝えたいことが沢山あった。そうした要素が詰め込まれた密度の濃い作品に仕上がっている。AKB48も被災地の復興をテーマにした「風は吹いている」を歌い、支援するミニ・コンサートをこの2年間、毎月現地で行なってきた。中々出来る事じゃない。そんなアイドル、他にいる?つまり大林監督とAKB48両者の被災地復興への願い、”未来”への”夢”がひとつに結びついたのが本作なのだ。その想いこそ、僕はしっかりと受け止めたい。

「画面が暗く、メンバーたちの顔がよく見えない」 : 原田知世主演「時をかける少女」とか石田ひかり主演「ふたり」の時代、大林映画の照明はしっかり当たっていた。しかし確かに「So long !」の照明は不十分で、例えば「天国の日々」「ツリー・オブ・ライフ」のテレンス・マリック監督みたいに、レフ板を使用せず自然光だけで撮っているんじゃないかと想われる場面もある。どうしてなんだろう?と僕はしばし考えた。

大林監督は生者と死者が同居する映画を撮り続けてきた。「ふたり」「あした」「異人たちとの夏」「この空の花」などがそれに該当する。監督は2010年に心臓を患い、手術を受けた。僕が推測するに生死を彷徨ったその体験以降、作風はより一層、死者の側に引き寄せられたのではないか?こうして画面は沈んでいった。本作は棺桶に片足を突っ込んだ老人(75歳)が、若者に託した遺言みたいなものだ。死んだ妻を取り戻すために冥府に入ったギリシャ神話のオルフェウスとか、監督が愛してやまない福永武彦最後の小説「死の島」で喩えるなら、現世と「死の島」を行き来するカロンの艀(はしけ)に乗った情景を想像してみて欲しい。あの感覚だ。あっ!そういえば小説「死の島」は広島で被爆した女性がヒロインだった。「この空の花」「So long !」に繋がっている。

Tod2

「So long !」は生者と死者だけではなく、過去と現在、フィクションとドキュメンタリーも同居している。つまりメタフィクション (Metafiction)でもある。この混沌(Chaos)こそ、本作の真髄と言えるだろう。そこには暴走老人の狂気すら感じられるのである。

だから「So long !」を観た、健康な若い人たちが「意味が分からない」「得体が知れない」「不気味だ」と戸惑うのはごく自然な反応である。それでいいんだ。

大林宣彦、空恐ろしいアーティストである。

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2013年2月20日 (水)

大林宣彦監督は何故AKB48「So long !」MVを撮ったのか?その個人史を辿りながら考察する。

巷では巨匠・大林宣彦 監督がアイドル・グループAKB48のミュージック・ビデオ(MV)を撮ったということで話題が沸騰している。しかし長年のファンから見ると、実はそれほど意外な組み合わせではない。

大林監督は商業映画デビュー作である東宝「HOUSE ハウス」(1977)より以前、1960-70年代にかけ草創期の敏腕CMディレクターとして名を馳せていた。チャールズ・ブロンソンを起用した「マンダム」やソフィア・ローレンの「ラッタッタ」(原付バイク)、カトリーヌ・ドヌーヴの化粧品、山口百恵・三浦友和の「グリコアーモンドチョコレート」、高峰三枝子・上原謙の「国鉄フルムーン」などがその代表作である。

つまり「これこれの商品(「So long ! 」)を売りたいので、しかじかのタレント(AKB48)を起用してプロモートして欲しい」という注文はお手の物。その道のプロなのだ。

また初期から大林監督はミュージカル志向が強かった。1969年には「てのひらの中で、乾杯!」という作品を撮っている。キリンビール工場見学者向けに上映されたPR映画で、可愛らしい「ビールの精」がビールが出来るまでの工程を教えてくれる全篇ミュージカル仕立ての作品であった(僕はDVDを所持している)。

原田知世主演、不朽の名作「時をかける少女」のカーテンコールでヒロインは松任谷由実(作詞・作曲)の歌を歌いながら、軽やかに時をかける。キネマ旬報誌で読者選出ベストワンに輝いた「さびしんぼう」もまた、エンドクレジットで富田靖子がショパンの「別れの曲」の旋律にのせ、瀬戸内海を渡る船上で歌うのだ。

KANが「愛は勝つ」でブレイクする前にリリースしたセカンドシングル「BRACKET」(1987)のMVも大林監督が手がけた。大林映画「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」、瀬戸大橋博「モモとタローのかくれんぼ 」、大連・尾道友好博「夢の花・大連幻視行」の音楽をKANが手がけた縁ゆえだった。

さらに1988年アイドル坂上香織のデビュー曲のために「香織の、-わたしものがたり」というMVを古里尾道で撮っている(僕はレーザーディスク LDで所持)。2004年には、やはり尾道で若手ミュージシャンCANCION(カンシオン)のMVを製作した(詳細は→こちら)。

さて、「So long ! 」である。大林監督の発言を引用する。

「AKB48の子らの人間的な美しさを描いてください」が秋元康さんの演出依頼の理由。一所懸命こそが美しいのだと、3.11以降のこの日本を生きる若い世代の姿を描いた。3日間で64分の映画作りも一所懸命。僕はすっかり惚れ込みましたよ。

また、今まで数多くAKB48のMVを手がけてきた高橋栄樹 監督(軽蔑していた愛情、夕陽を見ているか?、ポニーテールとシュシュ、永遠プレッシャー)は大林監督に私淑している。高橋監督が乃木坂46を撮った「生田絵梨花×高橋栄樹」という作品は尾道でロケを行い、しかもなんと生田が映画館で大林監督の「この空の花 -長岡花火物語」を観るシーンまであるのだ!その高橋監督は”見習い”として「So long ! 」ロケに参加し、部分的にカメラで撮影しているという(←この情報はツイッター上でのやり取りで、高橋監督ご本人から直接伺った)。高橋監督(1965年生まれ)やアニメ「おおかみこどもの雨と雪」「サマーウォーズ」の細田守 監督(1967年生まれ)は正に”大林チルドレン”と呼べるだろう。細田監督の「時をかける少女」は大林版のリメイクではなく、なんと続編として仕上がっている。細田監督は金沢美術工芸大学在学中に「大林宣彦ピアノコンサート」なるものを企画、大林監督は彼のことを「僕の映画の息子」と呼んでいる。閑話休題。

So long ! 」はいきなりA MOVIEの文字から始まる。これは「HOUSE ハウス」から「日本殉情伝 おかしなふたり」まで大林映画の慣例だったが、「異人たちとの夏」(1988)以降封印され、「転校生 さよならあなた」(2007)から復活したもの。”これが映画だ!”という宣言である。続いて大林監督のナレーションが被る。アヴァンギャルドな個人映画仕様。そしてなんと本作は「この空の花 -長岡花火物語」の続編として仕上がっていたのだからぶっ飛んだ!「この空の花」の映像が引用され、出演者も一部重複している。アイドル相手に、したたかにもこんな芸当を成し遂げてしまう大林監督にも驚かされたし、この異形の怪作にGoサインを出した秋元康プロデューサーの英断も凄い。試写で見せられた段階で「こんなふざけたもの創りやがって!」と激怒し、他の監督に撮り直しを命じるのが普通だろう(時間は十分あったし、秋元Pはそれだけの力を持っている)。果たしてこれはアイドルのMVと言えるのか!?AKBヲタの間で賛否両論渦巻き、喧々囂々、騒然となることは必定。いや、炎上マーケティングを得意とし、予定調和を嫌う秋元Pのことだから、それを見越した上で「面白そうだ」とニンマリしているのかも知れない。結局僕たちは彼の手のひらの上で踊らされているだけなのだ。

AKB48は東日本大震災直後から、被災地支援として毎月一回、メンバー数名を現地に派遣してミニ・コンサート活動を続けてきた(現在も継続中)。「So long ! 」の舞台となる福島県南相馬市にも彼女たちは既に訪れている。一方、大林監督は「この空の花」で新潟県長岡市を舞台とし、東日本大震災と福島原発事故を包括的に語った。「So long ! 」の物語は南相馬と長岡を結び、それと共にAKBと大林宣彦も合体した。正に監督が言うように「映画とは辻褄の合った夢」なのである。

So long ! 」はいろいろな意味において異色作であり問題作だ。これを受けいられるのか、それとも拒否反応を示すか。貴方の場合はどっちだろう?

追伸:大林監督が「HOUSE ハウス」より前に企画し、温め続けているライフワークが福永武彦の小説「草の花」映画化である。このタイトルがまるで隠し言葉のように密やかに、「So long ! 」に仕組まれている。そこにもご注目下さい。

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2012年6月28日 (木)

大林宣彦監督「この空の花 - 長岡花火物語」

大林宣彦監督の映画は世界中の誰よりも愛しているし、誰よりも知っているという自負はある。劇場公開された作品は全て観たし、「EMOTION 伝説の午後=いつか見たドラキュラ」など16mmや8mmの個人映画、チャールズ・ブロンソンの「マンダム」等のCM、「私の心はパパのもの」「彼女が結婚しない理由」「三毛猫ホームズの推理」「三毛猫ホームズの黄昏ホテル」「麗猫伝説」などテレビ用作品、KAN「BRACKET」、阪上香織「香織の、ーわたし ものがたり」などミュージック・ビデオ、瀬戸大橋博「モモとタローのかくれんぼ 」、大阪花博「花地球夢旅行183日」、大連・尾道友好博「夢の花・大連幻視行」などイベント映像も観ている。ちなみにわが生涯オールタイム・ベストワンは大林映画「はるか、ノスタルジィ」である。

さて、最新作「この空の花 - 長岡花火物語」の話だ。

評価:A+

Hana

映画公式サイトはこちら。出演は松雪泰子、髙嶋政宏、原田夏希、猪股南(新人、一輪車の世界チャンピオン)ら。16年ぶりに大林映画に帰ってきた尾美としのりにも注目。

大林監督は1989年に「北京的西瓜」を世に問うた。これは千葉県船橋市の中国人留学生の交流を描く物語である。ところが主人公と留学生たちが中国で再会する場面をロケする予定日直前の1989年6月4日に天安門事件が起こった。中国側からは「スタッフの安全は保証する」という連絡があったが、大林監督は中止を決断した。その場面になると1989年6月4日を全部を足した(1+9+8+9+6+4=)37秒間、スクリーンが真っ白になった。映画という名の、花も実もある絵空事=フィクションと、現実が出会った瞬間であった。

同様のことが「この空の花」でも起こった。この映画は企画当初、長岡花火と長岡空襲を描く作品になる筈だった。しかし撮影の準備段階で東日本大震災と福島原発事故が発生した。この未曾有の出来事を無視することは出来ないと、大林監督は丸ごと作品に取り込んでしまった。

幕末から明治にかけての戊辰(ぼしん)戦争、長岡藩士・小林虎三郎による国漢学校創設(米百俵)、日米開戦に最後まで反対した山本五十六、ハワイ真珠湾攻撃、イギリス首相チャーチルのV(ピース)サイン、長岡空襲(焼夷弾の構造)、模擬原子爆弾投下、広島・長崎の原爆投下(被爆二世)、敗戦後の日本軍捕虜シベリア抑留、ビキニ環礁の水爆実験(第五福竜丸事件)、放浪の画家・山下清、熊本県天草市に江戸時代から伝わる「牛深(うしぶか)ハイヤ節」、2004年中越地震、3・11東日本大震災など、遥か時空を超えた物語が渾然一体となり、夥しいカット数・目まぐるしい編集に頭が混乱することは必至。そこを貫き走るのが一輪車の集団。真に幻想的風景である。やがて混沌(カオス)の中からひとつの想いが明確に浮き上がってくる。

「まだ戦争には間に合いますか?」ーそれは想像力を働かせること。相手の痛みに思いを馳せること。人間にしか出来ない能力である。

脳科学者・茂木健一郎さん曰く、「脳が追いつかない時、人は感動するんですよ」大林監督は圧倒的情報量の釣瓶撃ちでそのことを実証する。

この映画の登場人物たちは饒舌である。畳み掛けるように喋る。大林監督の劇映画デビュー作「HOUSE ハウス」はオプチカル合成などを駆使し、映像が過剰だった。一方「この空の花」は台詞や字幕が洪水のように押し寄せる、言葉が過剰な作品といえるだろう。

大林監督は次のように語る。「映画は言葉だ。人の心の願いをこそ伝える手紙のようなものだ」本作は”言葉のモンタージュ”により、その信念を実践している。

本作はフィクションでありながらモデルとなった登場人物も登場し、アニメーションあり、紙芝居あり、高校生による演劇あり、ごった煮である。果たしてこれは映画なのか?それともドキュメンタリーか?いや、ジャンル分けは無意味だ。その全てを包括しているのだから。「この空の花」は何でもあり、死者と生者が共存するワンダーランドである。僕は物語の中盤からとめどもなく流れ続ける涙をどうすることも出来なかった。

音楽も豊穣だ。テーマ曲(ボレロ)を久しぶりに大林映画に復帰した久石譲(「水の旅人」以来19年ぶり!)、主題歌「それは遠い夏」(ワルツ)の作詞・作曲を伊勢正三(なごり雪、22才の別れ)、挿入曲「花火」は曲・演奏がパスカルズ、さらに坂田明のサックス演奏あり。

大林映画はその処女作「HOUSE ハウス」から冒頭に"A MOVIE"という表示が出るのが特徴だった。しかし「おかしなふたり」以降その慣習は封印された。「この空の花」では久しぶりに再登場。しかも"A MOVIE ESSAY"に進化しているではないか!確かにエッセイという呼び名こそ相応しい作品かも知れない。必見。

以下余談だが、僕の愛する大林映画のベスト20(+1)を列挙する。

  1. はるか、ノスタルジィ
  2. 時をかける少女
  3. ふたり
  4. 廃市
  5. この空の花
  6. 日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群
  7. なごり雪
  8. さびしんぼう
  9. 転校生(オリジナル版@尾道市)
  10. HOUSE ハウス
  11. 理由
  12. 彼のオートバイ、彼女の島
  13. 青春デンデケデケデケ
  14. 麗猫伝説(日テレ「火曜サスペンス劇場」)
  15. EMOTION 伝説の午後=いつか見たドラキュラ
  16. あした
  17. 異人たちとの夏
  18. 風の歌が聴きたい
  19. 22才の別れ Lycoris 葉みず花みず物語
  20. その日のまえに
  21. 可愛い悪魔(日テレ「火曜サスペンス劇場」)

さらに、これはいただけない大林映画ワースト5。

  1. 漂流教室
  2. あの、夏の日~とんでろじいちゃん~
  3. ねらわれた学園
  4. 金田一耕介の冒険
  5. 転校生 -さよなら あなた-(リメイク版@長野市)

最後に、大林監督のライフワークである福永武彦の小説「草の花」と壇一雄の「花筐(はながたみ)」映画化が実現することを心から希って(勿論、音楽は久石さんで!)、締めくくりたいと想う。

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2008年11月17日 (月)

大分の旅《九重高原》篇

大分は山の国である。

旅2日目の話をしよう。臼杵では鷺来ヶ迫温泉 ・俵屋旅館に泊まった。正に秘湯であった。

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朝、レンタカーを借りてJR・重岡駅へ。無人の駅で列車は一日三往復しか通らない。深閑としており、近くの森から鳥の声が聞こえてきた。

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ここは伊勢正三 作詞・作曲の歌をモチーフにした映画「なごり雪」のロケ地でもあり、《六つの別れ》が描かれた。

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重岡駅を発ち九重高原に向かう途中、竹田の岡城跡に寄った。

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この竹田で作曲家・滝廉太郎は12歳から3年半を過ごした。そしてその記憶が名曲「荒城の月」を生んだ。

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ここも映画「なごり雪」の舞台となった。山深く、周囲の景色もとても美しい。

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さらに赤川温泉で一風呂浴びたのだが、そのことは既に書いた。

そして九重高原に到着し、大分県内で一番美味しいと評判のフレンチ・レストラン「ア・マ・ファソン」で昼食を頂く。

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驚くべきことに予約で満席。いやぁ、内装は豪華だし眺めもいい。そして味も申し分なかった。 

食後、車を走らせ長者原へ。

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広大な湿原にすすきが見渡す限り広がっている。

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その日は筋湯温泉に泊まった。静かな宿で泉質も良かった。

3日目、九重”夢”大吊橋へ。

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凄い人の数で橋も揺れ、なかなかスリリング。

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橋から紅葉した渓谷、そして2つの滝が見えた。絶景かな、絶景かな!

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旅の終わりは鄙びた宝泉寺温泉へ。

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この露天風呂がたった1,000円で貸切!山間の湯をゆったりと愉しみ、旅の疲れを癒した。

大分県は温泉の源泉数、湧出量ともに日本一だそうである。有名な別府、湯布院だけではない。そのことを今回、実感することが出来た。

そして旅の切っ掛けを与えてくれた愛しき映画たち、「なごり雪」「22才の別れ」に心から”ありがとう”の言葉を贈りたいと想う。

これから先の人生で、 どんなことがあるのか知らないけれど、いとしい歌の数々よ、どうぞぼくを守りたまえ。
 (芦原すなお 著「青春デンデケデケデケ」より)

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2008年11月16日 (日)

大分の旅《うすき竹宵》篇

大分の旅、第1日目(11/1)の話をしよう。

初めて臼杵(うすき)という読み方と《うすき竹宵》のことを知ったのは大林宣彦監督の映画「なごり雪」(2002)である。映画が公開された当時、僕は仕事で四国の愛媛県新居浜市に住んでいた。松山全日空ホテルで行われたスクリーンコンサート、映画上映前に大林監督と「なごり雪」を作詞・作曲した伊勢正三さんのトークショーやミニ・ライブもあった。そしてその年の秋、僕は臼杵へと旅立ったのである。ことの顛末は下記記事に書いた。 

今回の旅の契機となったのは昨年公開された大林監督の「22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語」。映画のラストシーンで、まるで奇蹟のように美しい《うすき竹宵》が登場するのだ。それをうっとりと眺めながら「嗚呼、また臼杵に往きたい!」と切実に想ったのである。

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臼杵石仏である。なかなか味のある仏像である。

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この石仏は映画「なごり雪」火祭りの場面でも登場する。



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向かいの広場にはコスモスが咲き乱れていた。

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映画でロケされた小手川商店。「水田酒造」という看板は映画の小道具である。ここでお昼を頂いた。臼杵の郷土料理、黄飯やきらすまめしが美味しい。きらすまめしきらすまめし

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大林監督が買い取った邸宅が改装され「クランク・イン!」という喫茶店としてオープンしている。お店のホームページはこちら。写真右下、竹宵の準備で既に竹ぼんぼりが用意されているのが見える。

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お店の暖簾には監督のサインと共に映画「22才の別れ」にちなんで彼岸花(リコリス)があしらわれている。

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「なごり雪」にも登場する二王座歴史の道。竹ぼんぼりが沢山置かれている。

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映画のヒロイン"雪子"の家。6年間にここを訪ねた時は、映画で使用された発泡スチロールの雪がまだ残っていた。今回も一生懸命地面を探したが、さすがにもう「なごり雪」は見当たらなかった。ここにも竹ぼんぼりが設置され、夜になって人々が口々に「"雪子の家"へ往ってみよう」と言っているのを聞いた。

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日が傾いてきた。上の写真は「なごり雪」の後、大林監督が臼杵で撮ったテレビCMに登場する風景。

臼杵といえば日本酒とふぐの町。夕食は喜楽庵でふぐ料理を頂く。これが絶品!最初に出てきた厚切りのてっさの歯ごたえとボリュームから圧倒された。僕は今まで大阪、下関、そして新居浜などでふぐを食べてきたが、ここの美味さは最高峰である。

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てっちりの後なんとか雑炊までたどり着き、満腹の腹を抱えて夜の町を歩く。いよいよ《うすき竹宵》の始まりである。2万本を超える竹ぼんぼりに市民の手で蝋燭の炎が灯される。

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幽玄の世界をぶらぶら散策しながら八坂神社に向かう。般若姫(はんにゃひめ)行列を見るためである。

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6年前、般若姫に選ばれたのは「なごり雪」の主演女優・須藤温子さんだった。須藤さんは全日本国民的美少女コンテストでグランプリを受賞し芸能界入りした(その年に審査員特別賞を受賞したのが上戸彩)。また、2007年の般若姫は「22才の別れ」のヒロイン鈴木聖奈さんだったそうだ。

今年の般若姫は公募で地元の短大生が選ばれたようである→読売新聞の記事

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後はもう、竹宵の美しい写真を見て下さい。言葉はいらない。

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上の写真は多福寺に上がる階段に設置された竹ぼんぼり。上部に寺門が薄っすら写っている。ここも「なごり雪」のロケ地である。

旅は2日目へと続く。

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