各種ベスト作品選出!

2019年12月29日 (日)

2019年映画ベスト30+α & 個人賞発表!

2019年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Huluなどインターネットで配信された映画を対象とする。ただし、「ザ・クラウン」「ゲーム・オブ・スローンズ」「ストレンジャー・シングス」「侍女の物語(The Handmaid's Tale)」など連続ドラマは除外する。また広島国際映画祭で鑑賞した大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」は2020年公開なので来年に繰り越す。

タイトルをクリックすれば過去に僕が書いたレビューに飛ぶ。なお、今年劇場公開されたアイルランドのアニメーション映画「ブレッドウィナー」はすでに昨年、「生きのびるために」という邦題でNetflixから配信されているので、昨年のベストに入れた。

  1. 天気の子
  2. 蜜蜂と遠雷
  3. ファースト・マン
  4. アメリカン・アニマルズ
  5. メリー・ポピンズ リターンズ
  6. 海獣の子供
  7. マリッジ・ストーリー
  8. ロケットマン
  9. アイリッシュマン
  10. ビール・ストリートの恋人たち
  11. ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
  12. スパイダーマン:スパイダーバース
  13. ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー
  14. バーニング 劇場版
  15. アナと雪の女王2
  16. サスぺリア(リメイク版)
  17. メアリーの総て
  18. 女王陛下のお気に入り
  19. コードギアス 復活のルルーシュ
  20. ホイットニー〜オールウェイズ・ラブ・ユー
  21. ふたりの女王 メアリーとエリザベス
  22. クリード 炎の宿敵
  23. 僕たちのラストステージ
  24. アス Us
  25. スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け
  26. バイス
  27. グリーンブック
  28. トイ・ストーリー4
  29. ブラック・クランズマン
  30. ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
  31. 愛がなんだ
  32. ドクター・スリープ
  33. ジョーカー
  34. 閉鎖病棟 ーそれぞれの朝ー
  35. 楽園

監督賞:石川慶(蜜蜂と遠雷)
脚本賞:ノア・バームバック(マリッジ・ストーリー)
脚色賞(原作あり):石川慶(蜜蜂と遠雷)
主演女優賞:松岡茉優(蜜蜂と遠雷)
助演女優賞:ローラ・ダーン(マリッジ・ストーリー)
主演男優賞:アダム・ドライヴァー(マリッジ・ストーリー)
助演男優賞:ジョー・ペシ(アイリッシュマン)
撮影賞:ピオトル・ニエミイスキ(蜜蜂と遠雷)
美術賞:滝口比呂志 (天気の子)
衣装デザイン賞:ジュリアン・デイ(ロケットマン)
作曲賞:野田洋次郎 RADWIMPS(天気の子)
歌曲賞:“大丈夫” 野田洋次郎 RADWIMPS(天気の子)
編集賞:石川慶(蜜蜂と遠雷)
視覚効果賞:「
スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」
録音賞:久連石由文(蜜蜂と遠雷)
音響編集賞:「
スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」

特別賞:ジョン・カーニー(Amazonプライム・ビデオ「モダン・ラブ〜今日もNYの片隅で〜」第1話”私の特別なドアマン”の脚本・演出に対して)

松岡茉優は、なんと!2年連続主演女優賞受賞である。

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2019年12月 4日 (水)

観た映画3,000本。

僕が生まれてから現在までに観た映画の本数が3,000本に到達した。

どうしてそんな事がわかるのかというと、一つ一つスマートホンのアプリ"WATCHA"に登録して来たからである。

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こうして、新たな目標が生まれた。死ぬまでに必ず5,000本は観るぞ!〜今までのペースから考えれば、十分達成可能な数だ。

なお、現時点での僕のオールタイム・ベスト20を挙げておく。一監督一作品に絞った。同一監督で代替可能な作品があれば、括弧で示す。

  1. 大林宣彦「はるか、ノスタルジィ」(「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群 夕子悲しむ」「時をかける少女」)日
  2. 新海誠「君の名は。」(「秒速5センチメートル」「天気の子」) 日
  3. ヴィクター・フレミング/ジョージ・キューカー/サム・ウッド「風と共に去りぬ」 米
  4. アルフレッド・ヒッチコック「めまい」 米
  5. デイヴィッド・リーン「ドクトル・ジバゴ」 米・伊
    (「ライアンの娘」「アラビアのロレンス」 英)
  6. 宮崎駿「風立ちぬ」(「天空の城ラピュタ」「千と千尋の神隠し」) 日
  7. ジョゼッペ・トルナトーレ「ニュー・シネマ・パラダイス」 伊
  8. デイミアン・チャゼル「ラ・ラ・ランド」 米
  9. ピーター・ウィアー「ピクニック at ハンギング・ロック」 豪
  10. 岩井俊二「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(実写版) 日
  11. 黒澤明「七人の侍」 日
  12. ロバート・ワイズ「サウンド・オブ・ミュージック」 米
  13. スティーヴン・スピルバーグ「未知との遭遇」(「E.T.」) 米
  14. 成瀬巳喜男「山の音」 日
  15. エリア・カザン「草原の輝き」(「エデンの東」) 米
  16. ロベール・アンリコ「冒険者たち」 仏
  17. 新房昭之「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ」(前編/後編/新編) 日
  18. フランソワ・トリュフォー「恋のエチュード」(「大人は判ってくれない」) 仏
  19.  キャロル・リード「フォロー・ミー」(「第三の男」) 英
  20. ヤノット・シュワルツ「ある日どこかで」 米

次点はリドリー・スコット「ブレードランナー」かな?川島雄三「幕末太陽傳」、石川慶「蜜蜂と遠雷」あたりでもいいね。

各々の作品について僕がどう語ってきたかは、下記事をご覧ください。

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2019年9月23日 (月)

映画『蜜蜂と遠雷』公開記念!これだけは聴いておきたいピアノの名曲・名盤30選

無茶は承知である。ヴァイオリンやチェロと違って、ピアノの楽曲は桁外れに多く、そこから名曲を30選ぶ作業は困難を極めるし、余り意味がないのかも知れない。

どうしてピアノのために書かれた楽曲がダントツに多いのか?答えは明白。殆どの作曲家がピアノを弾けるからである

例えばヴァイオリンやフルートのソナタをその楽器を演奏出来ない人が作曲する場合を想像してみよう。音域の高低はどこまで行けるのか?重音奏法はどの組み合わせが可能か?など、テクニックの限界を勉強する必要がある。プロ奏者の意見も聴いて、綿密な打ち合わせをしなければならない。面倒くさい、というわけ。ピアノならそういう行程を省くことが出来る。

原則として1作曲家1作品のみとした。ただし、(同時期に作曲され)連作と見なせるもの、演奏時間が10分未満の小品については例外的に複数曲選んで良いこととした。

さらに膨大な候補から曲を絞るために、一旦(クラシック音楽の)室内楽曲を外すことにした。室内楽については既に下記事で紹介しているからである。

よつて、

  • メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第1番
  • ブラームス:ピアノ四重奏曲 第1番
  • ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」 
  • ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール
  • フォーレ:ピアノ五重奏曲 第1番
  • バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ

については〈別枠〉として後述する。

それからチェンバロのために書かれた作品を含めるかどうか相当悩んだ。大バッハはどうしても入れたい、しかしフランソワ・クープランやラモーまで含めると収集がつかない。そこで〈モダン・ピアノでも演奏される作品に限る〉という条件を付けることにした。

一概にピアノと言っても、モーツァルトの少年時代には鍵盤楽器=チェンバロだったわけで、モーツァルト存命中にスクエア・ピアノやフォルテピアノが登場し、時代が下ってショパンが所有していたのはエラールとプレイエルのピアノ。その後ベーゼンドルファーやスタインウェイなどのモダン・ピアノが主流となった。こうした楽器の進化(音域の拡大)の歴史は踏まえておく必要があるだろう。ベートーヴェンも鍵盤の数が増えるごとに、それを最大限活かすようソナタを作曲した。

「僕は気分のすぐれないときはエラールのピアノを弾く。このピアノは既成の音を出すから。しかし身体の調子の良いときはプレイエルを弾く。何故ならこの楽器からは自分の音を作り出す事が出来るから」 by フレデリック・ショパン

大体、作曲された順に並べた。さらに、まず最初に聴いて欲しい極め付きの10曲 (Best 10)に◎を付けた。

  • J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 ◎
  • モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番
  • ベートーヴェン:後期ピアノ・ソナタ 第30-32番 ◎
  • シューベルト:後期ピアノ・ソナタ 第19-21番 ◎
  • ショパン:ピアノ協奏曲 第1番
  • シューマン:子供の情景
  • リスト:3つの演奏会用練習曲より「ため息」 ◎
  • ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
  • チャイコフスキー:四季
  • サン=サーンス:動物の謝肉祭
  • サティ:ジムノペディ
  • グラナドス:スペイン舞曲集より「オリエンタル」「アンダルーサ」 ◎
  • グリーグ:叙情小品集
  • ドビュッシー:アラベスク第1番、「夢」 ◎
  • ラヴェル:「水の戯れ」、組曲「鏡」から「海原の小舟」
  • モンポウ:内なる印象
  • プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番
  • ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー ◎
  • ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
  • メシアン:鳥のカタログ
  • プーランク:ピアノ協奏曲 ◎
  • アンダーソン:ピアノ協奏曲
  • バド・パウエル:クレオパトラの夢
  • ビル・エヴァンス:ワルツ・フォー・デビイ ◎
  • ルグラン:映画『恋』(The Go-Between)サウンド・トラック
  • ナイマン:映画『ピアノ・レッスン』サウンド・トラック 
  • ジョン・ウィリアムズ:映画『サブリナ』サントラ ◎
  • 吉松隆:ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」
  • 久石譲:Summer(映画『菊次郎の夏』より)、レスフィーナ(映画『アリオン』より)
  • ダリオ・マリアネッリ:映画『つぐない』サントラ

ロシア生まれで現在は京都市在住のピアニスト、イリーナ・メジューエワは著書「ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ」(講談社現代新書)で次のように述べている。

すべてを含んでいるという点でバッハは特別だと思います。バッハ以前の音楽も、あとの時代の音楽も、全部バッハの中に入っているという意味です。(中略)すべてがそこに始まり、そこに終わるというか、バッハを超えるものがない。まさに絶対的な存在です。

つまり〈すべての道はバッハに通ず〉。

Bach

本来ならJ.S.バッハからは平均律クラヴィーア曲集を選ぶべきなのかも知れない。12の調性、さらに長調と短調を全て網羅した(12×2=24)「平均律」は後のショパンやショスタコーヴィチが作曲した「24の前奏曲」に多大な影響を与えた。お勧めはすスヴャトスラフ・ リヒテルのアルバム。しかしCDだと4枚に及ぶ大作である。僕は2夜にわたり、生演奏で全曲聴き通したことがあるが、最後は疲労困憊した。

というわけでゴルトベルク変奏曲の方が聴き易いだろう。細田守監督のアニメーション映画『時をかける少女』では、ここぞ!という時にゴルトベルクが流れる。

モダン・ピアノによる演奏で何といっても有名なのはグレン・グールドで55年のモノラル録音は38分、81年のステレオ録音は51分と極端にテンポが異なる。楽譜に記された繰り返しを全て実行すると70分を優に超えるが、メジューエワみたいに変奏曲によってリピートしたり、しなかったりという変則的なピアニストもいる。お勧めの演奏はイゴール・レヴィット。僕はチェンバロで聴くことが多く、ピエール・アンタイとかグスタフ・レオンハルト、アンドレアス・シュタイアーらの演奏を好む。

多分、モーツァルト/ピアノ協奏曲の最高傑作は第20番だろう。第2楽章は映画『アマデウス』のラストシーンで用いられ、第3楽章は明らかにベートーヴェン/ピアノ・ソナタ 第19番 第1楽章の原型である。もう、びっくりするくらいそっくりだ。ベートーヴェンやブラームスはこのコンチェルトに心酔しており、カデンツァを作曲している。またモーツァルト/ピアノ協奏曲 第21番は第2楽章が映画『みじかくも美しく燃え』のテーマ曲として使われたことで有名。しかし僕は敢えて、余り世に知られていない第23番を推したい。無邪気で、天衣無縫。天使と言葉をかわしているような心地がする。ミュージカル『モーツァルト!』で歌われたように、彼こそ〈神が遣わした奇跡の人〉であることが実感出来るだろう。推薦盤はポリーニ(p)&ベーム/ウィーン・フィルや、グルダ(P)&アーノンクール/コンセルトヘボウ管、バレンボイム(弾き振り)/ベルリン・フィル。

あと僕はピアノ・ソナタ 第11番が大好き。有名な第3楽章「トルコ行進曲」ではなく、第1楽章の主題と変奏が特にお気に入りで、聴いていると自分の幼少期を懐かしく想い出す。そういう、〈無垢な子供に還る〉力がモーツァルトの音楽にはある。また恩田陸が『蜜蜂と遠雷』で〈最もモーツァルトの天才を感じる〉と書いたソナタ 第12番も勿論素晴らしい。内田光子とか、マリア・ジョアン・ピリスの演奏でどうぞ。

モーツァルトの音楽は、長調から短調へ(またはその逆)転調する境界域神が宿ると僕は思っている。メジューエワも、〈モーツァルトほど転調したときにどきっとさせる作曲家はいない〉と書いている。

ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタ30-32番は同時期(52歳)に作曲され、アルフレート・ブレンデルは「シューベルトの後期ピアノ・ソナタ19-21番と同様に、一連のものとして捉える必要がある」と述べている。この頃ベートーヴェンはJ.S.バッハの音楽に傾倒しており、第30,32番には変奏曲、31番にはフーガが仕込まれている。この傾向は後期弦楽四重奏曲(第13番以降)も同様である。最後のソナタの翌年にディアベリ変奏曲が書かれたが、これもゴルトベルク変奏曲を意識した作品である。

メジューエワは語る。

 最後の三つのソナタは一つのトリプティク(三部作)というか、三大ソナタ。演奏会でもまとめて取り上げられることが多いですね。第30番も第31番も素晴らしいですが、それでも第32番はずば抜けた存在です。最高傑作と言っていい。(中略)ベートーヴェンはやっぱり三曲をセットとして考えていたかもしれませんね。三曲全体でのバランスを取るというか、フーガは第31番でじゅうぶんやったから、ここ(32番)はフガートにしておこう、とか。 (「ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ」より)

第32番は全2楽章で構成され、第1楽章がハ短調、第2楽章がハ長調である。これは交響曲第5番の第1楽章がハ短調で、終楽章がハ長調であることに呼応している。つまり〈苦悩を乗り越えて、歓喜に至る〉というコンセプトのバリエーションであり、彼の集大成と言えるだろう。但し、確かに第1楽章は激しい怒りとか懊悩・絶望が渦巻いているが、第2楽章は静的(static)で、天国的と言うか諦念と浄化がある。交響曲第9番「合唱付き」 終楽章のような〈歓喜〉ではない。僕はこの曲からゲーテの『ファウスト』を連想する。第1楽章がファウストとメフィストフェレスの道行き、第2楽章がグレートヒェンによるファウストの魂の救済。ロシアのピアニスト、マリア・ユーディナは第2楽章の解説として、ダンテ『神曲』の一節を引用する。光が差してきて、自分が変わる、という部分。ベアトリーチェによるダンテの救済。結局、『ファウスト』や宮崎駿『風立ちぬ』の元ネタは『神曲』なわけで、同じことである。ポリーニの演奏でどうぞ。

シューベルト最晩年のピアノ・ソナタ第19−21番は1828年9月に一気に書き上げられた。故にこれらは3部作と見做される。2ヶ月後の11月19日に作曲家死去、享年31歳だった。

ピアノ・ソナタ 第21番についてメジューエワは〈間違いなくシューベルトの最高傑作です〉と断言する。

僕は若い頃、冗長で退屈な曲だと思っていた。昔の自分の無知蒙昧に恥じ入る気持ちでいっぱいである。転機となったのはシューベルトの歌曲「魔王」と同じ構造であることに気が付いたこと。第1楽章、左手の低音部は死神を表し、シューベルトを黄泉の国に引きずり込もうとする。最初の悪魔的トリルが不気味に響き渡り、象徴的。右手の高音部は儚い白鳥の歌を弱々しく歌う。第4楽章冒頭の一音はピリオド。「これで終わり」ーその終止符を打ち消すように音楽は走るが、何度も何度も執拗にピリオドが打たれ、「これで終わり」と宣言する。恐るべき楽曲である。

推薦盤は後期ソナタ3曲まとめてならポリーニ、ブレンデル、内田光子あたりで。第21番に限るならジョージア(グルジア)出身のカティア・ブニアティシヴィリ(ブニたん)の演奏が悪魔に取り憑かれたようで圧巻。

下記事でショパンのオーケストレーション能力について、けちょんけちょんに貶した。

しかし敢えてその、ピアノ協奏曲 第1番を選択した。オーケストラは単なる伴奏に過ぎず面白みに欠けるが、全編を彩る美しい旋律の数々に魅了され、陶然となる。僕の愛読書、福永武彦『草の花』にこのコンチェルトが登場する。そしてわが生涯のベスト・ワン映画、大林宣彦監督『はるか、ノスタルジィ』にも。大林監督は『さびしんぼう』を撮った頃から『草の花』映画化を構想していた。

『草の花』の主人公・汐見が、亡くなった親友、藤木の妹・千枝子を誘い日比谷公会堂にショパンピアノ協奏曲第1番を聴きに往く場面がある。終演後の情景を引用しよう。

 新橋から省線に乗ると、釣革につかまった二人の身体が車体の振動のために小刻みに揺れるにつれて、時々肩と肩がぶつかり合った。そうするとさっき聞いたコンチェルトのふとした旋律が、きらきらしたピアノの鍵音を伴って、幸福の予感のように僕の胸をいっぱいにした。満員の乗客も、ざわざわした話声も、薄汚れた電車も、一瞬にして全部消えてしまい、僕と千枝子の二人だけが、音楽の波の無限の繰返しに揺られて、幸福へと導かれて行きつつあるような気がした。僕はその旋律をかすかに、味わうように、口笛で吹いた。千枝子が共感に溢れた瞳で、素早く僕の方を見た。

実に音楽的描写である。また小説の終盤、ひとりでコンサート会場にいた汐見に千枝子の友人・とし子が話しかけてくる。

ーショパンって本当に甘いんですわね、と尚もにこにこしながらとし子が言った。

ショパンは本当に甘いのか?ーこれは大変、興味深い問いである。稀代のショパン弾きとして知られ、「ノクターン全集」でレコード・アカデミー賞に輝いたメジューエワは次のように述べる。

 一般的にショパンのイメージは甘いというか、女性的で繊細な音楽と捉えられることが多いようですが、私にとっては古典的な作曲家。作曲家としても人としても厳格。ロマンティストですが、現実主義者でもある。男性的な感じ、あるいは英雄的な感じも非常に強い人。そういった意味ではベートーヴェンの精神性にも負けていないと思います。(中略)
 ショパンはもちろんロマン派のど真ん中の人で、音楽もロマンティックで感情豊かなものです。でもショパン自身はリアリスト。すべてを客観的に見ている。 (「ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ」より)

貴方はどうお感じになるだろう?推薦盤はアルゲリッチのピアノ独奏。伴奏はアバド/ロンドン交響楽団でも、デュトワ/モントリオール交響楽団でも、どちらも好し。

シューマンについて、メジューエワは〈インスピレーションという言葉が似合います〉〈すごいスピードで次から次へ目まぐるしくアイディアが出てくるんですね〉〈エモーションをちょっとコントロールできていない〉〈ちょっとクレイジーでファンタジー豊かな人〉と評している。シューマンのcraziness(狂気)は、彼が罹っていた神経梅毒(梅毒が中枢神経系に感染し、引き起こす髄膜炎)と無関係ではあるまい。結局、やはり梅毒に罹患していたスメタナ同様、精神病院で最後を迎えることになる。しかし27歳で作曲した「子供の情景」にその狂気はなく、穏やかで幸福なの世界が描かれている。アルゲリッチの演奏で。

シューマンでは力強く凛々しいノヴェレッテ 第1番も好き。大林宣彦監督『ふたり』の中で石田ひかりがこの曲を弾く場面はとても印象的だった。リヒテルでどうぞ。また「子供の情景」第7曲〈トロイメライ〉は大林映画『転校生』に登場する。

リストなら『蜜蜂と遠雷』で演奏されるピアノ・ソナタ ロ短調(アルゲリッチ、ポリーニ、ポゴレリッチ)とか、村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に登場するラザール・ベルマンが弾く「巡礼の年」なども考えたが、最も透明で美しい「ため息」を選んだ。大林宣彦監督はこの曲が大好きで、東宝の正月映画『姉妹坂』では全編に流れるし、テレビ映画『三毛猫ホームズの推理』やBS-TBSで放送された『告別』でも使用された。ホルヘ・ボレットの演奏で。余談だが原田知世が主演した大林映画『時をかける少女』の〈土曜日の実験室〉の場面では、音楽室の方からリスト「愛の夢 第3番」が微かに聴こえてくる。

ムソルグスキーの音楽は一言で評するなら〈泥臭い〉。言い換えれば〈ロシアの土の匂い〉がする。メジューエワは〈混沌(カオス)〉と形容している。〈野生の思考〉で作曲されているので、ソナタ形式などきっちりとした構造からは程遠い。シューマン同様、理屈よりもインスピレーションの人と言っていいかも知れない。

ムソルグスキーの交響詩「禿山の一夜」はリムスキー=コルサコフが編曲したバージョンで知られており、クラウディオ・アバドの指揮で初めて原典版を聴いたときは腰を抜かした。全然違う曲だった!!もっさり、ドロドロしており、リムスキー=コルサコフ版はそのアクを抜き去り、洗練されたオーケストレーションが施されていた。泥を撹拌し、濁りのない上澄み液だけ抽出した感じ。友情からした仕事なのだろうが本末転倒というか、完全に原曲の魂(soul)が雲散霧消している。

展覧会の絵」には無数の編曲がある。最も有名なのがラヴェルの管弦楽編。他に冨田勲(管弦楽編/シンセサイザー編)、フンテク編、ゴルチャコフ編、ストコフスキー編、アシュケナージ編、大栗裕によるマンドリンオーケストラ編、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EPL)によるプログレッシブ・ロック編、また伊藤康英による「二台八手ピアノ、サクソフォーン四重奏、混声合唱と吹奏楽のための交響的カンタータ」版なんてのもある(実演を聴いた)。それだけ編曲したいという意欲を掻き立てる余白というか、があるのだろう。ピアノ原曲ではキーシン、ウゴルスキ、ポゴレリッチ、ブニアティシヴィリ(ブニたん)の演奏がお勧め。

チャイコフスキーは泣く子も黙る華麗なるピアノ協奏曲 第1番を敢えて外した(リヒテル&カラヤン/ウイーン響、アルゲリッチ&アバド/ベルリン・フィル)。より親密な(intimate)「四季」を推す。1月〈炉端にて〉とか、5月〈白夜〉、6月〈舟歌〉、11月〈トロイカ〉、12月〈クリスマス〉など、ほんわり暖かく包み込むように鳴り響き、郷愁を誘うんだよね。アシュケナージかプレトニョフの演奏で。本当はリヒテルを強く推したいのだが、抜粋なのが残念。鋼(はがね)の叙情。

サン=サーンスピアノ協奏曲 第2番(パスカル・ロジェのピアノとシャルル・デュトワの指揮)を推そうと決めていた。第4番も好し。しかし、よくよく考えると「動物の謝肉祭」にも2人のピアニストが登場する。特に〈水族館〉はキラキラ輝く珠玉の名曲だ。ユーモアもあるし。というわけで宗旨替えした。アルゲリッチ、クレーメル、マイスキーらの演奏でどうぞ。

フランス人や日本人以外のピアニストがエリック・サティを弾くことは滅多にない。例えばロシアのリヒテル、ギレリス、ベルマン、メジューエワとか、オーストリアのブレンデル、グルダ、ドイツのケンプ、バックハウス、ポーランドのツィメルマン、イタリアのポリーニ……誰も弾かない。3つのジムノペディとか、3つのグノシェンヌとか、技術的に簡単過ぎるのだ。腕に覚えがある奏者にとっては物足りない。しかし、曲の難易度(弾き手の達成感)と聴き手の感動が比例するわけではない。簡素で素朴な美しさに心惹かれる、もものあはれを知ることもある。サティは(後に登場する久石譲も)そういった類(たぐい)の音楽なのだ。チッコリーニやティボーデ、ロジェ、高橋アキの演奏でどうぞ。またジムノペディ第1番と第3番にはドビュッシー編曲によるオーケストラ版もある(第2番を省いているのが可笑しい)。デュトワ/モントリオール交響楽団で。

グラナドスはスペインのリズムが心地よい。旋律は太く男性的だが、哀愁を帯びている。「オリエンタル」「アンダルーサ」はギター編曲版もあり、ビクトル・エリセ監督の映画『エル・スール』で印象的に使われた。

アルベニスやグラナドスはラローチャの演奏が唯一無二。

ノルウェイの作曲家グリーグで一番有名なのはピアノ協奏曲だが、日本では余り聴く機会がない抒情小曲集を推す。心に沁みる逸品。ギレリスかアンスネスの演奏で。オーケストラ用に編曲された抒情組曲もある。バルビローリ/ハレ管で。

ドビュッシーの音楽を〈印象派〉たらしめているのは、①ありとあらゆる音階の駆使 ②polytonality(複調、多調)である。一番良いサンプルはピアノ曲集「版画」だろう。第1曲「塔」はガムラン音楽の影響を受け、東南アジアの五音音階(ペンタトニック)が用いられている。第2曲「グラナダの夕べ」はアラビア音階ーいろいろあるが、マーカム・ヒジャーズカルとマーカム・ナワサルだけ覚えておけばよいだろう。詳しくはこちらのサイトをご覧あれ。第3曲「雨の庭」では全音音階半音階長調短調が混在する。正に音階の見本市である。またpolytonality(複調、多調)とは、簡単に述べれば右手と左手で同時に弾く調が異なること。

月の光」があるベルガマスク組曲を選んでも良かったのだけれど、僕がその美しさに心奪われ、うっとり聴き惚れるのはアラベスク第1番と「」なんだな〜。サンソン・フランソワの演奏でどうぞ。

ラヴェルを聴くと「色彩豊かだなぁ」といつも感じる。響きから色彩を感知するからくりは半音階の駆使にある。半音階は脳内で無意識のうちに色彩のグラデーションに変換され、虹色に輝く。「水の戯れ」も「海原の小舟」も、日差しを浴びた水の煌めきが鮮烈である。

3曲で構成される「夜のガスパール」もいいね!第1曲「オンディーヌ」は水の精のことで、「水の戯れ」「海原の小舟」と併せて「水」三部作と呼ばれたりもする。「水の戯れ」「海原の小舟」はフランソワ、「夜のガスパール」はアルゲリッチの演奏でどうぞ。

フレデリコ・モンポウはスペイン、カタルーニャの作曲家。「内なる印象」はsensitiveで、ひそやかな音楽。そっと取り扱いたい。なかんづく〈秘密〉は絶品!聴いていると悲しい気持ちになる。ラローチャの演奏で。

プロコフィエフ/ピアノ協奏曲 第3番は『蜜蜂と遠雷』のクライマックスでも演奏される名曲中の名曲。過去を懐かしむようなクラリネットのソロで開始され、それから次々と目まぐるしく場面が転換、気まぐれな年頃の女の子みたいにに表情がコロコロ変わっていく。「プロコフィエフって踊れるよね」(by 栄伝亜夜『蜜蜂と遠雷』)アルゲリッチの独奏でどうぞ。アバドの指揮でもデュトワの指揮でもO.K.

ガーシュウィン/ラプソディー・イン・ブルーは『のだめカンタービレ』でもお馴染み。このJazzyな楽曲のイメージを喚起するためには、ウディ・アレンの映画『マンハッタン』か、ディズニーの『ファンタジア2000』をご覧になることを強くお勧めする。音源はレナード・バーンスタインかアンドレ・プレビンのピアノで。ユジャ・ワン(P)&ドゥダメル/ウィーン・フィルもスリリング。

ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲の白眉はズバリ、第18変奏 アンダンテ・カンタービレである。全ての想いは下のブログ記事で激白した。

まぁ、エルガー/エニグマ変奏曲における第9変奏〈ニムロッド〉みたいなものだ。ユジャ・ワン(p)&アバド/マーラー室内管、アシュケナージ&プレヴィン/ロンドン交響楽団またはマツーエフ(P)&ゲルギエフ/マリインスキー歌劇場管あたりでどうぞ。

フランスの作曲家メシアンの最高傑作といえば世の終わりのための四重奏曲であることは衆目の一致するところだろう。しかし既にこちらの記事で取り上げたので、今回はピアノ独奏曲「鳥のカタログ」にした。メシアンと吉松隆といえば、なんてったってである。ウゴルスキの演奏で。

プーランクの音楽ほど、〈軽妙洒脱〉〈お洒落〉〈エスプリに富む〉という表現がぴったりなものはないだろう。ピアノ協奏曲はその極北にある。パスカル・ロジェ(P)&デュトワ/フィルハーモニア管の演奏にとどめを刺す。聴け、そして震えろ。

ルロイ・アンダーソンはオーケストレーションの腕を見込まれて、アーサー・フィードラー/ボストン・ポップス・オーケストラのために「ジャズ・ピチカート」「シンコペイテッド・クロック」「トランペット吹きの休日」「トランペット吹きの子守唄」など小品を沢山提供した。"A Christmas Festival"という、数々のクリスマス・ソングをメドレーにしてアレンジした傑作もある。ピアノ協奏曲の第1楽章はまるでニューヨークを舞台にしたメグ・ライアン主演のロマンティック・コメディのよう。第2楽章はキューバ(またはマイアミビーチ)でのバカンスで、第3楽章は一転してロデオというかウエスタン風。アメリカらしい、愉快な傑作である。ビーゲル(P)&スラットキン/BBCコンサート・オーケストラで。

クレオパトラの夢」はジャズ・ジャイアント、バド・パウエルが作曲・演奏した。村上龍が司会をしたテレビのトーク番組『Ryu's Bar 気ままにいい夜』のテーマ曲として使用された。秋の夜長にグラスを傾けながら聴きたい、グルーヴィー(groovy)な逸品。試聴はこちら

ワルツ・フォー・デビイ」はジャズ界のピアノの詩人ビル・エヴァンスが残した、優しくロマンティックな名曲。ビル・エヴァンス・トリオの録音が幾つも残っている。最初が1961年マンハッタンにあるヴィレッジ・ヴァンガードのライブで、最後は1980年サンフランシスコのジャズ・クラブ、キーストン・コーナにて収録。試聴はこちら。またエヴァンズのソロ曲「ピース・ピース(Peace Piece)」も素敵。静謐で深い。1958年のアルバム「エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス」における本人のものか、イゴール・レヴィットの演奏を推す。

ミシェル・ルグランの作曲した映画「The Go-Between(1971)はカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールに輝いた。ピアノ協奏曲仕立てになっており、主題と変奏で構成される。悲劇の予感。サントラCDが発売されていないので、こちらでお聴きください。

カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したニュージーランド映画「ピアノ・レッスン」(1993)の主人公エイダ(ホリー・ハンターがアカデミー主演女優賞を受賞)を一言で評すなら”女ヒースクリフ”である。彼女の激情狂恋は間違いなくエミリー・ブロンテの小説「嵐が丘」に繋がっている。実際にジェーン・カンピオン監督(女性)は「嵐が丘」を撮りたいと熱望しているという。試聴はこちらマイケル・ナイマンはこの映画音楽を基にピアノ協奏曲を書いており、そちらもお勧め。

ジョン・ウィリアムズの「サブリナ」(1995)は現在、サントラCDが輸入盤で購入可能。ひとまず作曲家本人のピアノ、小澤征爾が指揮するこちらの演奏でお聴きください。夢の中の舞踏会にいるような、究極の美しさ。ジョンは天才だ。また2019年の新譜で「サブリナ」のバイオリン&オーケストラ版も登場した(アンネ=ゾフィー・ムターのアルバム「アクロス・ザ・スターズ」)。

Sabrina

Across

あとね、「E.T.」の"Over the Moon"も大好き!こちら

当初、久石譲からは僕の偏愛する大林映画「はるか、ノスタルジィ」の、”Tango X.T.C.”(タンゴ・エクスタシー)にしようと決めていた。しかし冷静になって聴き直してみると、果たしてピアノ主体の楽曲と言えるのか?と疑問がふつふつと湧き上がってきた。確かにピアノは使われている。しかしサントラで主旋律を弾くのはシンセサイザーだし、後のコンサート用編曲ではそこをバンドネオンが担当したりしている(試聴はこちら)。というわけで映画「菊次郎の夏」から爽やかな日差しを感じさせる”Summer”(試聴はこちら)と、映画「アリオン」からロマンティックな”レスフィーナ”(試聴はこちら)を選んだ。あと「千と千尋の神隠し」の”あの夏へ”とか、「ハウルの動く城」の”人生のメリーゴーランド”とかをお愉しみください。

吉松隆メモ・フローラ(花についてのメモ)」は地下に眠る玻璃のように繊細で、密やかに燦めいている。それはある意味、宮沢賢治の世界を彷彿とさせる。そもそもこのタイトル、賢治が自宅の花壇の設計のために残したノートの題なのだそう。田部京子(p),藤岡幸夫/マンチェスター室内管弦楽団のアルバムでどうぞ。吉松には左手のピアニスト舘野泉のために作曲した「KENJI…宮澤賢治によせる」という作品もある。

Memo

また吉松ならピアノ独奏のための「プレイアデス舞曲集」もお勧め。こちらも田部京子で。

アカデミー作曲賞を受賞した映画「つぐない」(2007)の音楽の真髄は、ピアノとタイプライターの競演にある。これは秀逸。試聴はこちら。アイディアの元祖としてルロイ・アンダーソンの「タイプライター」があるわけだが(こちら)。

続いて〈別枠〉。

メンデルスゾーンはその実像に比べ、クラシック音楽愛好家から〈軽く見られている〉という気がして仕方ない。ブルヲタ(ブルックナー・ヲタク)とか、マラヲタ(マーラー・ヲタク)というのは一大勢力だが、僕は「メンデルスゾーンが一番好き!」という人に出会ったことがない(そもそも、ブルヲタマラヲタはオーケストラ曲しか聴かない)。多くの人々はロマン派の作曲家に対して苦悩とか挫折とか、心理的葛藤を求めている。しかしメンデルスゾーンの音楽にはそういった要素が見られない。彼はユダヤ人で、父は裕福な銀行家であった。だから苦労ということを知らずに一生を送ったのである。28歳で美人と結婚し、5人の子にも恵まれた。言うことなしである。なお一時代を築いたメンデルスゾーン銀行だが、ナチス・ドイツが政権を握ると1938年に解体されてしまった。

メンデルスゾーンは20歳の時に指揮者としてJ.S.バッハ/マタイ受難曲を100年ぶりに蘇演したことでも知られている。だから彼の音楽はバッハに近く、決して感情的にならない。『蜜蜂と遠雷』で演奏される「厳格な変奏曲」もバッハのゴルトベルク変奏曲や、ベートーヴェンのディアベリ変奏曲を彷彿とさせる仕上がりになっている。

ピアノ独奏曲ならまず、フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユが弾くピアノ作品集をお勧めしたい。Spotifyはこちら、NAXOSはこちら。特にロンド・カプリチオーソと無言歌 第6巻 第2曲「失われた幻影」が素敵。「厳格な変奏曲」も入っているので、これ一枚で全体像が把握出来る。

メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲 第1番は端正な美しさ。〈悲劇の季節〉という言葉がぴったり。トリオ・ワンダラーかボロディン・トリオの演奏で。

ブラームスフォーレ室内楽の二大巨頭である。ブラームス/ピアノ四重奏曲 第1番はシェーンベルクによるオーケストラ編曲版でも知られる。白眉は第4楽章、ずばりロマ(ジプシー)の音楽だ。こんなに燃えるブラームスは他に例を見ない。ダンス・ダンス・ダンス!アルゲリッチ/クレーメル/バシュメット/マイスキーの競演でどうぞ。

フォーレ/ピアノ五重奏曲 第1番は冒頭ピアノの眩(まばゆ)いアルペジオ(分散和音)が例えようもなく美しい!これは一つのメルヘンだ。ル・サージュ(ピアノ)&エベーヌ弦楽四重奏団の演奏で。

チェコの作曲家ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」は民族色が強い。”ドゥムキー”とは18世紀ポーランドに起こり、ウクライナ、チェコ、スロバキアなどスラヴ諸国に広まった民謡形式、”ドゥムカ”の複数形である。ゆっくりとした哀歌の部分と、テンポの速い明るく楽しい部分の急激な交代を特徴とする。6つの楽章から成るが、ソナタ形式は全く無い。スーク・トリオか、ファウスト/ケラス/メルニコフの演奏で。なお、チャイコフスキーにも「ドゥムカ」というピアノ曲がある。

ショーソン/ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセールは幻夢的。第2楽章は月の光に浮かび上がるまぼろし。

バルトークは『蜜蜂と遠雷』の本選で風間塵が弾くピアノ協奏曲 第3番を選んでも良かったのだが(アンダ&フィリッチャイ/ベルリン放送交響楽団)、2台のピアノと打楽器のためのソナタを取り上げたのには理由がある。バルトークはピアノを打楽器と見なしていることが明確に判る楽曲だからである。この作曲家独自のユニークな着想であり、他には余り例を見ない。アルゲリッチ、フレイエほかでどうぞ。

チェンバロは爪で金属弦をはじいて音を出す機構である。つまり撥弦楽器だ。だからハープ、ギター、琴、三味線の仲間ということになる。一方、ピアノはハンマーフェルトで弦を叩く打弦楽器だ。最も近い兄弟はイランのサントゥールやハンガリーのツィンバロム(ツィンバロン)。

Santur Cimbalom

木琴(シロフォン)・鉄琴も親戚筋に当たる。故にピアノと打楽器は相性が良いのである。『蜜蜂と遠雷』でマサルが弾くバルトーク/ピアノ・ソナタも、打楽器として扱われている。

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2018年11月22日 (木)

これが「エンターテイメント日誌」ベスト盤だ!

同様の企画をして、既に2年以上経過した。その間に執筆した記事の数も相当増えた。だから新しい読者の指標となるように、自撰ベスト・アルバムの更新をしておきたい。

やはりここ最近で一番大きかったのは、構造人類学者レヴィ=ストロースと哲学者ニーチェ、そして〈ドリームタイム〉との邂逅であった。

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2018年1月28日 (日)

#クラシック名曲マイベスト10

Twitterのハッシュタグで #クラシック名曲マイベスト10 というのがあって、これを眺めているだけでもすこぶる愉しい。多種多様。書き手の「人となり」が窺い知れる。

ある種の傾向も見えてくる。オーケストラ曲(協奏曲含む)やピアノ曲ばかり聴いている人が結構多い(室内楽少なっ!)とか、メンデルスゾーンやサン=サーンスが不人気とか。

ぶっちゃけ星の数ほどある名曲の中から10選ぶなんて不可能。無茶振りだ。しかし話の種としては面白い。「へーそんなに良いんだ。一度聴いてみよう」という切っ掛けになるかも知れない。よって僕も参戦することにした。

これはお遊び、ゲームだ。そしてゲームには規則が要る。僕がこういうときに重視するのはバランス感覚である。偏らないこと。そこで2つのルールを設定した。

  1. 一作曲家一作品とする。
  2. 交響曲・管弦楽曲・協奏曲・室内楽・器楽・歌劇・歌曲・音楽史(ルネサンス〜バロック期)とすべてのジャンルを網羅する。

その結果、次のようなラインナップとなった。

  • コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲
  • フランツ・シュミット:交響曲第4番
  • J.S.バッハ:マタイ受難曲
  • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番
  • プーランク:フルート・ソナタ
  • 武満徹:系図 ―若い人たちのための音楽詩―
  • ディーリアス:夏の夕べ(「3つの小さな音詩」より)
  • ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」
    (または「トリスタンとイゾルデ」
  • ドビュッシー:2つのアラベスク
  • シューベルト:歌曲集「冬の旅」
    (または歌曲「魔王」「水の上で歌う」「影法師Doppelgänger

コルンゴルトフランツ・シュミットについては下記事をお読みください。

J.S.バッハに関してはマタイ受難曲をゴルトベルク変奏曲無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ、あるいは無伴奏チェロ組曲に置換可。

ベートーヴェンの最高傑作も、弦楽四重奏曲第14,15番大フーガ後期ビアノ・ソナタ第30−32番のどれにするか決めかねる。

プーランクピアノ協奏曲もとても美しくて好き。

武満徹系図( Family Tree )は少女の語り手とオーケストラのための作品である。テキストは谷川俊太郎の詩集「はだか」。僕は日本初演を果たした遠野凪子(当時15歳)の語りが一番好き。上白石萌歌とかも演じており、異色なところでは京都市交響楽団定期演奏会の吉行和子!!あのぉ、少女じゃないんですけれど……。

夏になると無性に聴きたくなるのがディーリアスの音詩(Tone Poem)。「夏の歌」「夏の庭園で」にも置換可。

ニーベルングの指環」の歴史的意義/後世への多大な影響については下記事で詳しく述べた。

印象派を代表して、玻璃のように繊細なドビュッシーのピアノ曲を。「」とか「月の光」に置換可。オーケストラ曲「牧神の午後への前奏曲」や、無伴奏フルート独奏曲「シランクス(パンの笛)」もいいね。

シューベルトは当初、後期ピアノ・ソナタ第19−21番を挙げようと計画していた。しかしふと、思い直した。シューベルトと言えば「歌曲王」。それを避けて通るのはいくらなんでも失礼、外道の所業だろう。「冬の旅」は暗く、悲痛である。若くして梅毒に感染し、死の恐怖に怯えながら生き、(当時の治療法だった)水銀中毒により31歳の若さで亡くなった作曲家の人生と、「冬の旅」の主人公はピタッと重なる。

魔王」は18歳の時に作曲された劇的な傑作。「水の上で歌う」は映画「バトル・ロワイヤル」で印象的に使われていた。また「ドッペルゲンガー(二重身)」をテーマにベルイマン監督の映画「仮面/ペルソナ」やデヴィッド・フィンチャー「ファイト・クラブ」、ドゥニ・ヴィルヌーヴ「複製された男」が創られた。

続いてMore 10 (Another version)を挙げよう。

  • シベリウス:交響曲第7番
  • ヴェルディ:歌劇「シモン・ボッカネグラ」
  • ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」
  • チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」
  • モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番
    (またはアダージョとフーガ K.546、交響曲第25番
  • マーラー:交響曲第9番
  • サティ:ジムノペディ(または「あんたが欲しいのジュ・トゥ・
  • ブラームス:弦楽五重奏曲第2番
  • フランク:ヴァイオリン・ソナタ
  • ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」

シベリウスは後期交響曲第4,5,6番のどれもいいなぁ。迷う。

ヴェルディのオペラは「椿姫」「ドン・カルロ」「アイーダ」「仮面舞踏会」「オテロ」など傑作が数多(あまた)あるが、僕は「シモン・ボッカネグラ」にとどめを刺す。指揮者クラウディオ・アバドがこよなく愛した作品でもある。

ドヴォルザークからは民族色に溢れた、またチャイコフスキーからは哀しみに満ちた室内楽を選んだ。

モーツァルトピアノ・ソナタは第3楽章「トルコ行進曲」で有名だが、はっきり言ってどうでもいい。このソナタの白眉は第1楽章 変奏曲である。何ともInnnocent(無垢)な気持ちになる。僕が小学校4年生の頃、母に買ってもらったイングリット・ヘブラーが弾くLPレコードに収録されており(併録はソナタ8番と9番)、繰り返し聴いた。モーツァルトの真髄は長調から短調に転調する瞬間にある。そこに神が宿る。

マーラー第9番にはこの世への執着/未練を示した「大地の歌」を経て、諦念と浄化がある。最後にはひたすら青い空が広がり、清々しい気持ちになれる。未完に終わった第10番も良い。

ブラームス交響曲第4番も迷ったけれど、ここは室内楽の名手を讃えて。ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」も捨てがたい魅力がある。

裏ベスト

  • アレグリ:ミゼレーレ(無伴奏合唱曲)
  • テレマン:フルートとリコーダーのための協奏曲
  • ブルックナー:交響曲第7番
  • レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第3番(または第5番)
  • ラヴェル:序奏とアレグロ(七重奏曲)
  • エルガー:チェロ協奏曲
    (または
    弦楽四重奏×弦楽合奏による序奏とアレグロ
  • メシアン:世の終わりのための四重奏曲
  • グラナドス:スペイン舞曲集より「オリエンタル」「アンダルーサ」
  • バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
    (または弦楽四重奏曲第4,5番
  • ヤナーチェク:歌劇「利口な女狐の物語」
    (または弦楽四重奏曲第1,2番

ローマのシスティーナ礼拝堂で歌われ、楽譜が門外不出の秘曲だった「ミゼレーレ」を14歳だったモーツァルトが二度聴いただけで正確に採譜したというのは余りにも有名なエピソードである。透明感あふれるタリス・スコラーズの合唱でどうぞ。

ヴォーン・ウィリアムズについては下記記事をお読みください。

ラヴェル序奏とアレグロはNHK BS プレミアム「クラシック倶楽部」のオープニングテーマに採用されている。

エルガーのチェロ協奏曲はデュプレ×バルビローリの、火の玉と化した壮絶な演奏をお聴きあれ。

グラナドスオリエンタル」「アンダルーサ」は勿論オリジナルのピアノも良いのだが、是非ギター編曲版も聴いて欲しい。あと映画「エル・スール」は必見。

バルトークコンチェルトは冒頭のヴァイオリン独奏を聴くと、否応なく「嗚呼、ハンガリーだなぁ」としみじみ想う。

ヤナーチェクは色っぽいね。弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」は不倫音楽だ。

次点

  • ベルリオーズ:幻想交響曲
  • フォーレ:レクイエム
  • シューマン:子供の情景
    (またはノヴェレッテ第1番
  • メンデルスゾーン:劇付随音楽「夏の夜の夢」
    (またはピアノ三重奏曲第1番
  • ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番
    (またはヴァイオリン/ヴィオラ・ソナタ
  • プロコフィエフ:バレエ音楽「ロメオとジュリエット」
    (または交響曲第7番
  • ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー
  • ハワード・ハンソン:交響曲第2番「ロマンティック」
  • モンポウ「内なる印象」(特に第8曲「秘密」が白眉)

オイストラフ60歳の誕生日のために作曲されたショスタコーヴィチヴァイオリン・ソナタと、遺作となったヴィオラ・ソナタは無機質というか、空恐ろしい虚無の音楽である。殆どの聴き手は拒絶反応を示すのではないだろうか?でも作曲家の心の深淵を覗き込むような体験が出来る、稀有な作品と言えるだろう。

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2016年8月 4日 (木)

アカデミー歌曲賞 オールタイム・ベスト25/裏ベスト8

まず誤解している人が多いのだが、アカデミー「主題歌賞」ではなく「歌曲賞」である。例えば「ライオンキング」からは3曲が歌曲賞にノミネートされた。「主題歌」なら1曲しかない筈でしょ?つまり「挿入歌」も含まれるということ。

  1. 虹の彼方に(「オズの魔法使い」1939)
  2. Let It Go(「アナと雪の女王」2013)
  3. 星に願いを(「ピノキオ」1940)
  4. The Way We Were(「追憶」 1973)
  5. Lose Yourself(「8 Mile」 2002)
  6. Glory(「グローリー/明日への行進」 2014)
  7. Let the River Run(「ワーキング・ガール」 1988)
  8. White Christmas(「スイング・ホテル」1942)
  9. 風のささやき(「華麗なる賭け」1968)
  10. Moon River(「ティファニーで朝食を」1961)
  11. A Whole New World(「アラジン」 1992)
  12. モナ・リザ(「別働隊」1950)
  13. Skyfall(「007 スカイフォール」2012)
  14. My Heart Will Go On(「タイタニック」1997)
  15. 雨にぬれても(「明日に向って撃て!」 1969)
  16. ブロードウェイの子守唄(「ゴールド・ディガーズ36年」1935)
  17. Falling Slowly(「ONCE ダブリンの街角で」 2007)
  18. 今宵の君は(「有頂天時代」1936)
  19. Sooner or Later(「ディック・トレイシー」1990)
  20. Colors of the Wind(「ポカホンタス」 1995)
  21. The Shadow of Your Smile(「いそしぎ」 1965)
  22. チム・チム・チェリー(「メリー・ポピンズ」1964)
  23. What a Feeling(「フラッシュダンス」1983)
  24. 美女と野獣(「美女と野獣」 1991)
  25. ニューヨーク・シティ・セレナーデ(「ミスター・アーサー」 1981)

「裏ベスト」とは歌曲賞にノミネートされるも、惜しくも受賞を逃した楽曲から厳選した。

  1. アルフィー(「アルフィー」 1966)
  2. The Man That Got Away 去っていった彼(「スター誕生」1954)
  3. If We Were In Love(「イエス、ジョルジョ」 1982)
  4. Somewhere in my Memory(「ホーム・アローン」 1990)
  5. Papa,Can You Hear Me?(「愛のイエントル」 1983)
  6. Looking Through the Eyes of Love(「アイス・キャッスル」 1979)
  7. Somewhere Out There(「アメリカ物語」1986)
  8. Circle of Life(「ライオンキング」 1994)

「虹の彼方に」は「ストーミー・ウェザー」で有名なハロルド・アーレンの作曲。映画「オズの魔法使い」の編集段階になってスタジオの幹部から「14歳の少女が歌うには大人びていて相応しくない」と物言いがつきカットされかけた。しかしプロデューサーのアーサー・フリードはこの歌を気に入っておりカットに猛反対をし、何とか免れたという。曲は大ヒットし、ジュディ・ガーランドの代表曲になった。そして2001年に全米レコード協会の投票による「20世紀の名曲」では第1位に選ばれた。また僕が「裏ベスト」で取り上げたThe Man That Got Away(去っていった彼)もハロルド・アーレンが作曲し、ジュディが歌った。こちらは正に「大人の味わい」がしっかり染みこんだ夜の音楽だ。ジュディの絶唱を聴け。

「アナ雪」の「レリゴー」が世界中で巻き起こしたムーヴメントは凄まじかった。それは文字通り旋風だった。

「星に願いを」は映画「未知との遭遇」でも重要な役割を果す。

上記事では「ピノキオ」と旧約聖書との関わりについても触れた。

「追憶」の主題歌は何と言ってもバーブラ・ストライザンドの歌唱が素晴らしい。彼女以外の歌手は考えられない。

「8 Mile」はエミネムの半自伝的映画。ラップが格好いい。

キング牧師を主人公に据えた「グローリー/明日への行進」はラップとゴスペルの融合。新しい。胸熱。これぞ21世紀の音楽!

「ワーキング・ガール」の主題歌は颯爽と肩で風切って歩いている感じがいい。映画冒頭にバーン!と登場。

クリスマスの定番、アーヴィング・バーリンの「ホワイト・クリスマス」の初出が映画だったということを知らない人は多いのでは?「スイング・ホテル」の出来もいい。

「華麗なる賭け」はなんてったってスティーブ・マックィーンが格好いいんだよね。「風のささやき」は彼がエンジンのないグライダーを操縦している場面に流れる。

「ムーン・リヴァー」を知らない人はいないよね?ヘンリー・マンシーニの音楽は都会的でお洒落。ただ僕が一番好きなのは1967年の「いつも2人で(Two for the Road)」。村上春樹のお気に入りの映画だったりする。あと「ピンクパンサー2」の"The Greatest Gift"も素敵。関光夫がパーソナリティーを務め、NHK-FMで土曜日の午後10時20分から放送されていた「夜のスクリーンミュージック」のテーマ曲として使われていた。毎週耳を傾けていたなぁ。

「美女と野獣」「アラジン」「ノートルダムの鐘」の頃が、作曲家アラン・メンケンの全盛期だった。僕の友人の結婚式で、新婦側の友達がピアノで「美女と野獣」を弾くのを聴いて、「これじゃぁまるで新郎を野獣と言っているのと同じじゃない?失礼な」と感じたことを憶えている。もうあれから20年経った。

「モナ・リザ」を入れたのはナット・キング・コールの歌声が大好きだから。とっても優しくて、柔らかい感情に包まれる感じ。つまり包容力がある。癒されるんだ。

007の主題歌に名曲は多い。しかし驚くべきことに初期の「ロシアより愛をこめて」とか「ゴールドフィンガー」なんか、歌曲賞にノミネートすらされていないんだよね。多分イギリス映画だからだ。「女王陛下の007」の劇中にサッチモ(ルイ・アームストロング)が歌う、"We Have All The Time In The World( 愛はすべてをこえて)"なんかもグッと来るなぁ。ジョン・バリーによる傑作。

「タイタニック」におけるジェームズ・ホーナーの音楽はアイリッシュ・テイスト満載(エンヤもね)。ホーナーなら「アメリカ物語」の"Somewhere Out There"も好き。エッ、「虹の彼方に」に似てるって?【パクリのホーナー】だから許してあげて。

「雨にぬれても」は作詞ハル・デヴィッド、作曲バート・バカラックによる代表作。のんびりした田園風景に似合っている。でもこのコンビ作で僕がもっともっと好きなのは「アルフィー」と、カーペンターズが歌い「遙かなる影」の邦題で知られる"(They Long to Be) Close to You"だ。映画「アルフィー」(1966年版)はマイケル・ケイン演じるプレイボーイ(ヒモ男)の主人公が魅力的なんだ。付き合う女を取っ替え引っ替えしても心の虚空は埋まらない。ラストシーンで日がどっぷりと暮れたロンドンの川を眺めながら「一体俺は何をやっているんだ」と呆然と立ち尽くすアルフィー。そこに流れる主題歌の歌詞がグサッと胸を抉る。

What's it all about, Alfie?
Is it just for the moment we live?
What's it all about when you sort it out, Alfie?
Are we meant to take more than we give?
Or are we meant to be kind?

アルフィー、人生って何だろう?
私たちって刹那的に生きているだけってこと?
いろんなことを選り分けていく中で
人に与える以上に人から奪うのが私たちの宿命なの?
それとも親切にすることが人間本来の姿かしら?

And if only fools are kind, Alfie
Then I guess it is wise to be cruel
And if life belongs only to the strong, Alfie
What will you lend on an old golden rule?

もし親切にするのは愚か者だけだというのなら
残酷になる方が賢いよね、アルフィー
強い者のためだけに人生があるというのなら
「人からしてもらいたいことを、人にしてあげなさい」
という黄金律に則ると、あなたは何を人に与える?

As sure as I believe there's a heaven above, Alfie
I know there's something much more
Something even non-believers can believe in

私は天国が存在すると信じているけれど
たとえ無神論者でも信じることが出来る
もっともっと素晴らしいものがあるのよ、アルフィー

I believe in love, Aflie
Without true love we just exist, Alfie

私は愛を信じているわ、アルフィー
真実の愛がなかったら私達は単にこの世に「ある」だけじゃない

Until you find the love you've missed you're nothing, Alfie

あなたがいままで取り逃がしてきた愛を見つけなければ
あなたは「無」に過ぎないのよ、アルフィー

When you walk let your heart lead the way
And you'll find love any day, Alfie, Alfie

歩くときには心が趣くままに進んでごらんよ
そしたら愛を見つけられるんじゃないかな、いつの日かきっと
アルフィー、アルフィー

(日本語訳:雅哉/無断転載禁止)

「アルフィー」はディオンヌ・ワーウィックの歌でよく知られるが、映画のオリジナル(イギリス公開版)はシラ・ブラックが歌い、アメリカ公開時に配給元のユナイテッドの要請でシェールに変わった。僕が好きなのは1996年にTBSで放送されたテレビドラマ「協奏曲」(脚本:池端俊策、出演:田村正和、宮沢りえ、木村拓哉)で使用されたヴァネッサ・ウィリアムズによるバージョン。

「ブロードウェイの子守唄」は舞台ミュージカル「42nd Street」の第1幕フィナーレにも登場する。激しいタップの群舞が圧巻。なんか興奮する。

「ONCE ダブリンの街角で」はジョン・カーニー脚本・監督による音楽映画。カーニーが後に撮った「はじまりのうた」@ニューヨーク、「シング・ストリート」@ダブリンも素晴らしい。

「今宵の君は(The Way You Look Tonight )」のオリジナルを歌ったのはフレッド・アステア。僕がものすごく印象に残っているのはジュリア・ロバーツ主演の映画「ベスト・フレンズ・ウェディング」での使い方。とっても切なくなった。「ベスト・フレンズ・ウェディング」はハル・デヴィッド&バート・バカラックのコンビによる「小さな願い」(I Say a Little Prayer)が歌われる場面も感動する。

「ディック・トレイシー」の"Sooner or Later"はブロードウェイ・ミュージカルの巨匠スティーヴン・ソンドハイム節が堪能出来る。ソンドハイムは「スウィーニー・トッド」や「イントゥ・ザ・ウッズ」の作曲家としても知られる。洗練されて粋な楽曲。ハードボイルドな味わい。

「メリー・ポピンズ」は「イントゥ・ザ・ウッズ」のロブ・マーシャルが監督し、エミリー・ブラントやメリル・ストリープが出演する続編の製作が決定したと聞いて驚いている。オリジナル版の楽曲はシャーマン兄弟が作曲したが、兄は死去しているので多分別人が書くのだろう。「アナ雪」のクリスティン・アンダーソン & ロバート・ロペス夫妻あたりかな?

「フラッシュダンス」の主題歌"What a Feeling"は僕が高校生の時、すごく流行った。吹奏楽部でも演奏したな。前向きな主人公で、女の子たちから圧倒的な支持を受けた。明るい曲だ。

「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」Arther's Theme(The Best That You Can Do)はクリストファー・クロスとバート・バカラックの共作。クリストファー・クロスって絹のように滑らかで綺麗なハイトーン・ボイスの持ち主なんだ。

「裏ベスト」の"The Man That Got Away"(去っていった彼)と「アルフィー」については既に熱く語った。

"If We Were In Love"(「イエス、ジョルジョ」 1982)は日本未公開。「スター・ウォーズ」「ハリー・ポッター」の巨匠ジョン・ウィリアムズが作曲し、三大テノールの一人ルチアーノ・パヴァロッティが歌った(主演も務めた)。とってもロマンティックな佳曲。

"Somewhere in my Memory"(「ホーム・アローン」 1990)の作曲もジョン・ウィリアムズ。今やクリスマスには欠かせない。温かい気持ちになれる。

「愛のイエントル」については下記記事で縦横無尽に語り尽くした。作詞はアラン&マリリン・バーグマン夫妻、作曲は「華麗なる賭け」「シェルブールの雨傘」のミシェル・ルグラン。

"Looking Through the Eyes of Love"の作曲は「追憶」「コーラスライン」のマーヴィン・ハムリッシュ。知られざる名曲だ。映画「アイス・キャッスル」はフィギュアスケーターが主人公の物語。

「ライオンキング」といえば歌曲賞を受賞した「愛を感じて」じゃなくて、断然"Circle of Life"でしょう!歌詞の内容=映画の主題でもあるし。作詞はティム・ライス、作曲はエルトン・ジョン。

これから先の人生で、 どんなことがあるのか知らないけれど、いとしい歌の数々よ、どうぞぼくを守りたまえ。  
(芦原すなお 著「青春デンデケデケデケ」より)

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2016年7月22日 (金)

「エンターテイメント日誌」自選記事 ベスト30

早いもので、このブログを開設してから今年で10年目になる。途中から読者になられた方が殆どだろう。記事数も2100を超えた。つまり年間200以上書いている計算になる。膨大な量だ。そこで「どうしてもこれだけは読んで欲しい」というものを厳選した。

まずはBEST 10から。

続いてNEXT 10。

そしてMORE 10

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2016年7月 7日 (木)

【増補改訂版】「君の名は希望」〜作詞家・秋元康を再評価する

秋元康は今や億万長者(「グローバルウェルス・レポート 2015」によると資産50億円〜100億円未満)であり、日本で最も成功した音楽プロデューサーである。だからやっかみ半分、彼のことを「守銭奴」と罵り、その体型から「秋豚」呼ばわりする者たちも世間には少なからずいる。もともと彼の本業は「放送作家」「作詞家」であるが、その側面は忘れられがちである。

2014年の段階で彼が作詞したのは4000曲以上、AKB48グループだけに限っても1000曲を超えている。その事実を知っている人は恐らく少ないのではないか?CDシングルだけではなくカップリング曲、劇場公演曲(アンコールまで含めると1公演につき16曲)も全て秋元康が作詞しているのである。一体、この情熱は何処から来るのか?少なくとも「金儲け」のためだけなら、こんな芸当が出来る筈もない。ある程度は他者に任せればいいわけだから。

そこで「作詞家」秋元康を正当に評価してあげようよ、というのが今回の企画である。

僕の考える秋元康による作詞ベスト12を挙げてみよう。各々のタイトルをクリックすれば歌詞に飛べるよう仕組んである。

  1. サイレントマジョリティー(欅坂46)
  2. 君の名は希望(乃木坂46)
  3. 鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの(AKB48)
  4. 世界には愛しかない(欅坂46)
  5. キレイゴトでもいいじゃないか?(HKT48研究生)
  6. てもでもの涙(AKB48 チームB 3rd Stage「パジャマドライブ」)
  7. バレッタ(乃木坂46)
  8. 風は吹いている(AKB48)
  9. 前のめり(SKE48)
  10. 夕陽を見ているか?(AKB48)
  11. キリギリス人(ノースリーブス)
  12. 森へ行こう(AKB48 ひまわり組 2nd Stage「夢を死なせるわけにいかない」)

サイレントマジョリティー」については下記記事をお読みください。

2015年大晦日、NHK紅白歌合戦に初出場した乃木坂46が歌ったのは「君の名は希望」だった。2013年3月に発売されたシングル曲。秋元本人もよほどこれを気に入っているのだろう、NHKで土曜の夜に放送されている「AKB48 SHOW !」の番外編として「乃木坂46 SHOW !」というのが時たま不定期に放送されるのだが、その第1回目と第2回めに続けてこの曲が歌われたのである。他に紹介されていないシングル曲が幾つもあるのに。……一人称の「僕」は自分に閉じこもりがちな教室で孤立した少年である。そんな彼が学校のグラウンドで「君」と出会い、その瞬間陽の光が差し込む。秋元が冴えているときは歌詞の情景をきちんと絵として思い浮かべる事が出来る。そういう意味で「君の名は希望」は紛うことなき最高傑作、神曲である。「僕」=オタク、「君」=アイドルと読み替えることも出来る。奥が深い。

情景(絵)が見えるという意味では「てもでもの涙」もそう。《降り始めた細い雨が/銀色の緞帳を/下ろすように/幕を閉じた/それが私の初恋》《声も掛けられないまま/下を向いたら/紫陽花も泣いていた》とか素敵じゃない?季節感があり、美しい日本語だ。「てもでも」という語感もリズムがあって良い。歌を聴いたらその意味が判る仕掛けになっている。2009年「AKB48リクエストアワー セットリスト ベスト100」(以下「リクアワ」と略す)第3位。また「君の名は希望」も「てもでもの涙」も歌詞の中に英語を用いず、日本語だけで勝負していることも特筆に値するだろう。現在日本のアイドル・ソング、ポップ・ミュージックの中では希少である。

鈴懸なんちゃら」(2015年「リクアワ」第1位)についてはまずタイトルの長さが尋常じゃない。気合い入りまくり。じゃんけん大会で優勝した松井珠理奈に対する秋元の愛情が溢れ、常軌を逸している。また珠理奈をデビューさせた「大声ダイヤモンド」と「鈴懸」を続けて聴くとキモさ倍増、鳥肌(さぶいぼ)が立つ。でもそこがいい。谷崎潤一郎や江戸川乱歩の小説を読めば分かるが、変態的性格から芸術が生まれることはあるのだ。それが作家性である。ベルリオーズ作曲「幻想交響曲」なんかもそう。内容は完全なストーカーである。「鈴懸なんちゃら」と「バレッタ」の変態性については下の記事で詳しく論じたのでそちらをお読みください。

世界には愛しかない」は2016年8月10日に発売される欅坂46の2nd シングルである。まずポエトリー・リーディングという斬新な手法に度肝を抜かれた!秋元康の本気を感じる。歌詞中の「僕」=秋元、「君」=欅坂のセンター・平手友梨奈と置き換えて眺めれば、その本質が見えてくるだろう。つまりこれは秋元の、紛れもない愛の告白である。そういう意味で「鈴懸なんちゃら」に近い作品と言えるだろう。僕は《もう少ししたら/夕立が来る》というフレーズにグッと来た。過去を振り返る傾向が強い日本の歌謡曲の中で、珍しい未来志向の楽曲である。躍動感に溢れ、瑞々しい。

個人的な話になるが、前の職場でどうしても納得出来ないことがあり、上司に対して「それは間違っている」と徹底的にNOを突きつけた。そしてそこを辞め、今の仕事に就いた。揉めている時に「キレイゴトでもいいじゃないか ?」(2014年「リクアワ」第8位)を繰り返し聴き、大いに勇気付けられた。《恥をかくために/生きている》という言葉が心に刺さる。アイドルって人々に勇気や希望を与えるのが本来与えられた役割なんじゃないかな?そういう意味で秋元康には本当に感謝している。僕はいま、幸せである。むしろあの時、自分が正しいと思うことを言っていなければ後悔しただろう。

風は吹いている」も人々に希望を与える歌だ。東日本大震災の年に創られた復興支援ソング。この歌詞は熱い。《この変わり果てた/大地の空白に/言葉を失って/立ち尽くしていた》《前を塞いでる/瓦礫をどかして/いまを生きる》こんな内容、アイドルが歌う範疇を遥かに超越している。衝撃的であった。

AKB48グループは2011年の震災直後から被災地訪問活動を行っている。6名のメンバーが交代交代に毎月一回足を運び、現地で無料のミニ・コンサートをする。しかも前田敦子(卒)・大島優子(卒)・渡辺麻友・柏木由紀といった人気メンバーも参加して。このプロジェクトは5年経過した現在も継続されている。考えてみて欲しい。2016年までずーっと無償の訪問活動を行っているアイドル・グループ、ミュージシャンが他にいる?継続は力なり。カネ目当てとか売名行為なんかじゃ決してない。僕はそこに秋元康の強い使命感を見る。

前のめり」は2015年8月にSKE48を卒業した松井玲奈への餞として書かれたシングル曲。「かすみ草」を自称する玲奈に対して、「い や、君はひまわりだよ」と言ってあげるところに秋元の優しさを感じる。非常にpositive thinkingな内容だ。人生、いくらでもやり直せるという気持ちになれる。

夕陽を見ているか?」は2007年のシングル。これを書いた時、秋元は「絶対売れる!」と確信していたという。しかしその自信とは裏腹に全く売れなかった。しみじみとしたバラードで、長年ファンから愛され続けている心がほっこりする名曲だ。

キリギリス人」に僕が深く共感するのは、結局カルペ・ディエムCarpe Diem(=「その日を摘め」「一日の花を摘め」)について語っているからである。つまり「将来に備えやせ我慢して蓄えよう」なんてくだらないことを考えず、「今を生きろ」ということ。これはメメント・モリMemento Mori(=「死を想え」「死を記憶せよ」)に繋がる。詳しくは下の記事で論じた(図説付き)。

森へ行こう」は国民的アイドルになってしまった今のAKB48に対して絶対書けない曲。ダークな世界観で、「本当は恐ろしいグリム童話」とかミュージカル「イントゥ・ザ・ウッズ」、ティム・バートンの映画を彷彿とさせるものがある。秋元康ってこういう一面があったんだ!と新たな発見がきっとある筈。

たかがアイドル、されどアイドル、なんてったってアイドルである。

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2016年3月22日 (火)

観ずに死ねるか!? 傑作ドキュメンタリー10選 プラス1

はじめに、ドキュメンタリーという性質上、映画とテレビ作品との区別をつけなかった。順不同で選りすぐりの逸品をご紹介していこう。

  • 映像の世紀 (NHK/ABC)
  • 未来への遺産 (NHK)
  • プラネットアース (BBC/NHKほか)
  • 戦火のマエストロ・近衛秀麿
    〜ユダヤ人の命を救った音楽家〜 (NHK)
  • 東京裁判
  • 柳川堀割物語
  • ボーリング・フォー・コロンバイン
  • 不都合な真実
  • マン・オン・ワイヤー
  • DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on
    少女たちは傷つきながら夢を見る
  • ゆきゆきて、神軍

映像の世紀」 戦後50周年およびNHKの放送開始70周年記念番組として制作・放送されたドキュメンタリー番組。アメリカABCとの国際共同取材。 1995年3月から1996年2月にかけて、「NHKスペシャル」で放映された。全11集。また2015-6年に「新・映像の世紀」も放送された。これは「映像の世紀」を補完する内容なので、併せてどうぞ。20世紀の歴史が手に取るように良く理解出来る。貴重な映像が満載。歴史を学ぶことは処世術を身につけること。これからの貴方の人生に必ず役に立つ筈だ。加古隆が作曲したテーマ音楽「パリは燃えているか」(下野竜也/NHK交響楽団)が印象的。

未来への遺産」 1974年3月から75年10月までNHK放送開始50周年記念番組として放送された大型番組。「文明はなぜ栄え、なぜ滅びたか」をテーマに制作され、現在では取材不可能な地域を含む、44か国、150か所の文化遺産を徹底取材。ユネスコの世界遺産条約が発効したのが1975年、第1号が世界遺産リストに登録されたのが78年なのでそれ以前の番組ということになる。マヤ文明の遺跡から発掘されたパカル王の翡翠の仮面は番組収録後の1985年に盗難に遭い、4年半後に無事戻ってきた。あまりにも有名で、盗人が売り捌くことが出来なかったようだ。

Palenque

また本作に登場するバーミヤン渓谷の2体の大仏は後にアフガニスタン戦争でタリバンによって破壊されてしまった。武満徹の音楽がいい(岩城宏之/NHK交響楽団)。あと女優・佐藤友美が「幻影」として登場するのには賛否両論あるだろうが、僕は雰囲気があって好きだな。DVDかNHKアーカイブスでどうぞ。

プラネットアース」 

Planet

イギリスBBCによる自然ドキュメンタリー・シリーズ。NHKとアメリカ・ディスカバリーチャンネルとの共同制作、全11集。2006-7年に放送された。エミー賞では作品賞など4部門を受賞。後に「アース」としてダイジェスト版が映画館でも上演されたが、是非オリジナル版を観て欲しい。音楽はジョージ・フェントンで、ベルリン・フィルが演奏していることも話題となった。また姉妹編としてBBCの海洋ドキュメンタリー「ブルー・プラネット」(こちらもベルリン・フィルが参加)やフランスのドキュメンタリー映画「WATARIDORI」もお勧め。宇宙船地球号に有る、雄大な自然を堪能しよう。

戦火のマエストロ・近衛秀麿」は2015年にNHK BS1スペシャルとして放送された最新のドキュメンタリー。番組公式サイトはこちら。事実は小説よりも奇なり。とにかくびっくりした。ベルリン・フィルを指揮し、日本初の常設オーケストラを組織した男、近衛秀麿。彼は内閣総理大臣・近衛文麿の弟でもあった。兄と最後に交わした言葉が切ない。余談だが阪急電鉄・宝塚歌劇団・東宝株式会社の創業者・小林一三は第2次近衛内閣で商工大臣を務めた。このあたりのことはNHK 放送90年ドラマ「経世済民の男 小林一三」で面白く描かれているのでそちらもお勧め。公式サイトはこちら

東京裁判」(1983) 小林正樹監督によるドキュメンタリー映画。上映時間な、なんと4時間37分!!でも僕は公開当時に映画館で一気に観たよ。重厚な手応えがあり。昭和史について学ぼう。音楽は武満徹。

柳川堀割物語」(1987) 

Hori

福岡県柳川市に張り巡らされた水路網「掘割」。荒廃した水路が再生されるまでの物語。「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」の高畑勲監督作品。プロデューサーは宮﨑駿。元々アニメの舞台として柳川を登場させるつもりでロケハンを行ったが、水路再生の中心人物である市職員の話を聞いて感銘を受け、柳川そのものを主題にしたドキュメンタリーを製作することに決めたという。上映時間165分。人間と自然(環境)の関係(共生)がテーマという点で、高畑・宮崎アニメに通じるものがある。

マン・オン・ワイヤー」(2008,英)

En_man_on_wire

アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。監督のジェームズ・マーシュはフィクションも撮る人で、そちらの代表作には「博士と彼女のセオリー」がある。本作のレビューはこちら。後にジョゼフ・ゴードン=レヴィット主演でハリウッド映画に生まれ変わった。

人は何故、一見無意味に思えることに対して情熱を注ぐのか?哲学的思考の旅へようこそ。

ボーリング・フォー・コロンバイン」(2002,米) アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞受賞。コロンバイン高校銃乱射事件に題材を取り、銃社会アメリカの病んだ姿を浮き彫りにする。2003年公開当時に書いたレビューはこちら。なおこの事件をモチーフにした劇映画「エレファント」は2003年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール及び監督賞を受賞した。

不都合な真実」(2006,米) アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞、及びアカデミー歌曲賞を受賞。元アメリカ合衆国副大統領アル・ゴアの講演をベースに、地球温暖化のメカニズム解明に挑む。2007年ゴアは環境問題への取り組みが評価され、ノーベル平和賞を受賞。ノーベル平和賞って何でもありだな。

DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る」2012年公開当時に書いたレビューはこちら。アイドル映画を観に行ったら戦争映画だったという衝撃。文字通り戦慄が走った。

ゆきゆきて、神軍」 本作の魅力は奥崎謙三という人物の強烈なキャラクターに負うところが大きい。「カメラを向けられると、演技してしまう出演者」を取材対象として「虚実不明」の状況にし、ドキュメンタリー映画の持つ「いかがわしさ」「やらせ的志向」を徹底的に突き詰めた作品。キネマ旬報ベストテン第2位。

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2016年3月20日 (日)

【増補改訂版】厳選!これだけは観て(聴いて)おきたいオペラ・ベスト25(+吹奏楽との関連も)

クラシック音楽愛好家の中でも「オペラは苦手」という人が少なくない。まず上演時間が異常に長い。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は休憩時間込みだと5時間半かかる。実質的演奏時間も約4時間だ。「ニーベルングの指環」だと4夜を費やす。またミラノ・スカラ座とかメトロポリタン・オペラなど一流の歌劇場の来日公演を観劇したければチケット代として最低5万円は覚悟しなければならない。ヨーロッパでオペラ座は貴族の社交場だったわけで、所詮庶民には手が届かない文化だ。言語の問題もある。歌詞対訳を片手に聴かないとチンプンカンプンで面白くもなんともない。だから通勤・通学中にイヤホンで「ながら聴き」する訳にはいかない。ある程度の集中力を要求される。

僕がオペラを聴き始めたのは中学生1年生の頃で、最初はヴェルディの「椿姫」が好きだった。考えてみればパリの高級娼婦の話(原題を直訳すると「道を踏み外した女/堕落した女」)だからませたガキだ。音源はカルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団。イレアナ・コルトバスやプラシド・ドミンゴらの歌唱。当時は未だLPレコードの時代で、中学生に2枚組LPを買うお金もなく、FM放送をカセットテープにエアチェックして聴いていた(歌詞対訳本は購入)。

中学3年生の時にお小遣いを貯め、クライバー指揮ミラノスカラ座引っ越し公演プッチーニ「ラ・ボエーム」を観るために岡山から大阪(旧フェスティバルホール)まで新幹線で駆けつけた。演出・舞台美術はフランコ・ゼッフィレッリ、ミミがミレッラ・フレーニ、ロドルフォがペーター・ドヴォルスキーという史上最強のプロダクションだった。当時は今みたいに便利なLEDによる舞台字幕装置なんかなかったから、歌詞対訳を一生懸命予習してまる覚えしたものだ。大変な労力を要した。

だから現代の若い人たちは幸せである。DVDとかBlu-ray、あるいは映画館のライブビューイングで字幕付きのオペラを気軽に楽しめる時代になったのだから。それも3〜5千円程度で。レーザーディスク(LD)時代は1万円以下でソフトを購入することなど出来なかった。

そこで今回はオペラの醍醐味を堪能できる作品を幾つか紹介していこう。当然僕が選ぶのだから直球だけではなく、変化球クセ球を織り交ぜている。でも自信を持ってお勧め出来るものばかり取り揃えた。なお、1作曲家1作品に絞った。また吹奏楽との関連についても触れた。では早速いってみよう!

  1. ディーリアス:村のロメオとジュリエット
  2. コルンゴルト:死の都
  3. ヴェルディ:シモン・ボッカネグラ
  4. ワーグナー:ニーベルングの指環(4部作)
  5. ヤナーチェク:利口な女狐の物語
  6. プッチーニ:トスカ
  7. R.シュトラウス:ばらの騎士
  8. チャイコフスキー:エフゲニー・オネーギン
  9. J.シュトラウス:こうもり
  10. ブリテン:ピーター・グライムズ
  11. 松村禎三:沈黙
  12. ショスタコーヴィチ:ムツェンスク郡のマクベス夫人
  13. ドニゼッティ:マリア・ストゥアルダ
  14. モンテヴェルディ:オルフェオ
  15. ガーシュウィン:ポーギーとベス
  16. マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ
  17. ラヴェル:こどもと魔法
  18. ドビュッシー:ペレアスとメリザンド
  19. オッフェンバック:地獄のオルフェ
  20. ヴァイル:三文オペラ
  21. ベルク:ヴォツェック
  22. モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ
  23. ボーイト:メフィストフェーレ
  24. ロッシーニ:湖上の美人
  25. フンパーディング:ヘンゼルとグレーテル
  26. (次点)細川俊夫:海、静かな海

 「村のロメオとジュリエット」1907年、ベルリンで初演。20世紀のオペラである。僕はディーリアスが大好きで、特に夏になると管弦楽のための音詩(tone poem)を無性に聴きたくなる。そんな一つ、サー・トーマス・ビーチャムが編曲した「楽園への道」は「村のロメオとジュリエット」間奏曲である。しかしディーリアスを取り上げるのは専らイギリスのオーケストラであり、例えばウィーン・フィルやベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、パリ管などがディーリアスを演奏したという話はとんと聞かない。すさまじい偏見、不寛容である。つい最近まではエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトも同様の扱いだった。「村のロメオとジュリエット」は繊細で美しい旋律がたゆたう、幻想的で魅惑的なオペラなのだが、世界の歌劇場で上演される機会は滅多にない。映像ソフトもない。ただ幸いな事に映画版がある。演奏はチャールズ・マッケラス指揮のオーストリア放送交響楽団&合唱団。トーマス・ハンプソンが出演しており、極上の仕上がりだ。日本版DVDがないのが残念だが(LDでは発売され、僕は持っていた)、海外版はAmazonやHMVから入手可能(Region All)。英語字幕を呼び出せるので少々英語力があれば鑑賞に問題ない。

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトと彼が23歳の時に書き上げた「死の都」については以前さんざん語り尽くしたので、下記をご覧あれ。

DVDはいくつか出ているが、フィンランド国立歌劇場(ライヴ)がお勧め。新国立劇場でも採用されたカスパー・ホルテンの演出がいい。

それまで上演やレコーディングされる機会が多くなかった「シモン・ボッカネグラ」の真価は指揮者クラウディオ・アバドにより《再発見》されたと言っても過言ではない。アバドはロッシーニの忘れ去られたオペラ「ランスへの旅」蘇演にも尽力した。ヴェルディ作品の特徴はバリトンが重要な役割を果すことにある。「リゴレット」然り、「マクベス」、「イル・トロヴァトーレ」のルーナ伯爵、「仮面舞踏会」の秘書レナート、「ドン・カルロ」の親友ロドリーゴ侯爵、「オテロ」のイアーゴ、「ファルスタッフ」もそう。「シモン・ボッカネグラ」のタイトルロールはバリトンで、フィエスコ役のバスも大活躍。低音の魅力を堪能出来る。初演は1857年だが1881年に改訂された。改訂版の台本は後にヴェルディとの共同作業で「オテロ」と「ファルスタッフ」という傑作を産んだアッリーゴ・ボイートの手による。「シモン・ボッカネグラ」を愉しむには、アバド/ミラノ・スカラ座のCDをまず第一にお勧めしたい。カプッチルリ(バリトン)、ギャウロフ(バス)、フレーニ(ソプラノ)、カレーラス(テノール)と歌手陣も非の打ち所がなく、掛け値なしの超名盤である。映像もいくつかあるのだが、帯に短し襷に長しといったところ。強いて挙げるならヌッチが主演したBlu-rayかな?因みに僕が好きなヴェルディ・バリトンの順位は①ピエロ・カプッチルリ②ティート・ゴッビ③レオ・ヌッチ④ディミトリ・ホヴォロストフスキー(ホロストフスキー)←イケメンである。なお、クラウディオ・アバドという人は独特のこだわりがある指揮者で、彼はミラノ・スカラ座の音楽監督/芸術監督を20年近く務めたわけだが、生涯プッチーニとヴェリズモ・オペラを指揮することはなかった。またヴェルディについても人気演目である「椿姫」「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」は完全無視で、「マクベス」「シモン・ボッカネグラ」「ドン・カルロ」「仮面舞踏会」などを偏愛した。

「ニーベルングの指環」は神話だ。トールキンの「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」にも多大な影響を与えた。構想から上演まで25年を費やし、ワーグナーは数多くのライトモティーフ(示導動機)を複雑に絡ませながらこの壮大な物語を紡いだ。この手法はR.シュトラウス→コルンゴルトに引き継がれ、ハリウッド映画に持ち込まれた。それを活用しているのがジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」シリーズである。

また宮﨑駿監督「崖の上のポニョ」で父親のフジモトがポニョのことを”ブリュンヒルデ”と呼ぶのだが、これは「ニーベルングの指環」のことを知っていれば理解出来るだろう。さらに嵐の場面で久石譲の音楽がどうして”ワルキューレの騎行”を模しているのかという理由も。僕がこの楽劇を全曲通して初めて聴いたのは高校生の時。カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団の演奏で、16枚組みのLPレコードだった。映像ソフトとしてお勧めしたいのはレヴァイン/メトロポリタン・オペラ。写実的(オーソドックス)な演出はオットー・シェンク。近年メトで上演されたロベール・ルパージュ(シルク・ドゥ・ソレイユの演出家)版も悪くない。吹奏楽コンクールでは梅田隆司/大阪桐蔭高等学校が2011年に「ワルキューレ」で全国大会金賞を受賞している。

またワーグナーで絞る時、本作にするか「トリスタンとイゾルデ」にするか、随分迷った。「トリスタン」といえば官能法悦エクスタシーを感じさせるという点で他の追随を許さない。カルロス・クライバーが生涯で指揮した唯一のワーグナー作品でもある。現在までに「トリスタン」を指揮している最中に死亡した指揮者は2人いる。うちヨーゼフ・カイルベルトは生前、口癖のように「『トリスタン』を指揮しながら死にたい」と言っていたという。そしてその願いは叶った。

バーナード・ハーマンが作曲したアルフレッド・ヒッチコック監督「めまい」の音楽は明らかに「トリスタン」を意識している。映像は1983年バイロイト音楽祭のプロダクションがイチ押し。兎に角、フランスの鬼才ジャン=ピエール・ポネルによる演出が筆舌に尽くし難いほど美しい。また第3幕の解釈が斬新で、これには唸った。

「利口な女狐の物語」1924年初演。日本初演は77年とかなり遅い。動物たちが登場し、一見民話風なのだが、非常に色っぽいオペラである。ヤナーチェクの音楽の特徴は「艶」なのだということをこの作品を通じて初めて理解出来た。彼の弦楽四重奏曲 第2番「ないしょの手紙」は不倫音楽であり、ヤナーチェクは愛人(人妻)&その息子と旅行中に病に倒れ、彼女に看取られて息を引き取った。享年74歳、とんでもないエロジジイである。ヤナーチェクのシンフォニエッタは村上春樹の小説「1Q84」で取り上げられ、CDが飛ぶように売れた。吹奏楽コンクールでは石津谷治法/習志野市立習志野高等学校が2005年に全国大会で演奏し、金賞を受賞している。

「トスカ」はスカルピアが強烈。マリア・カラスのレコーディングでこの役を演じたティート・ゴッビが素晴らしい。「オテロ」のイアーゴと並ぶ、イタリア・オペラ最強の悪役だろう。映像ではフランコ・ゼッフィレッリが演出したメト版をお勧めする。あとゲオルギュー、アラーニャ主演の映画も◯。同じプッチーニ「ラ・ボエーム」の演出もゼッフィレッリが最高。ただし、カラヤンが指揮した映像は旧演出でイマイチ。新演出は第2幕の舞台装置に大きな違いがある。「トスカ」は鈴木英史編曲による吹奏楽版があり、井田重芳/東海大学付属第四高等学校が全国大会金賞を受賞している。

僕はリヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲を全く評価しない。派手だけど詰まらない。中でも音量がうるさいだけで空疎なアルプス交響曲は唾棄すべき代物である。しかし「サロメ」「エレクトラ」などオペラは別だ。「ばらの騎士を一言で評するなら豊穣なオペラということになるだろう。全篇が馥郁たる香りに満ちている。初演はドレスデン宮廷歌劇場で1911年。この後ドイツは1914年に開戦した第一次世界大戦に敗れ、多額の賠償金を請求されて天文学的なインフレに苦しむことになる。やがてナチス・ドイツの台頭。リヒャルト・シュトラウスもナチスと関わらざるをえない状況に追い込まれる(第二次大戦後、彼はナチスに協力したかどうかで連合国の裁判にかけられたが、最終的に無罪となった)。バイロイト音楽祭を主催するワーグナー家も積極的にナチスに結びつくことになる(ジークフリート・ワーグナーの未亡人ヴィニフレートは戦後、公職追放となった)。僕は「ばらの騎士」を観ていると、一つの時代(貴族社会)の終焉をひしひしと感じる。それは貴族の末裔であるルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」や「ルートヴィヒ」「家族の肖像」を観た時の印象に近いものである。お勧めの映像はカルロス・クライバーが指揮したもの。バイエルン国立歌劇場とウィーン国立歌劇場のものと2種類ある。カルロスは他にR.シュトラウスの「エレクトラ」を振ったが、正規の録音・録画は「バラの騎士」しかない。吹奏楽編曲は森田一浩によるものがあり、宇畑知樹/埼玉県立伊奈学園総合高等学校が全国大会金賞を受賞している。

「エフゲニー・オネーギンチャイコフスキーの音楽は美しい。また「くるみ割り人形」もそうだけれど、雪の風景がよく似合う。1879年初演。「手紙の場」は名場面である。チャイコフスキーはバレエ音楽の達人だから、舞踏会の場面に流れるポロネーズも鮮烈だ。原作はプーシキンの韻文小説で、プーシキンは自分の妻(名うての美人)に言い寄る男に決闘を申し込み、敗れて亡くなった。享年37歳。「エフゲニー・オネーギン」も決闘の物語である。映像はヴァレリー・ゲルギエフが振ったものを推す。

「こうもり」はこれぞ喜歌劇!と言える作品。

人生が今宵のように 軽やかに
過ぎ去るならば 時忘れ楽しもう

久しぶりに観直して、本作の真髄はこの歌詞に凝縮されているなと感じた。映画「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ監督)の名台詞「人生は祭だ。一緒に過ごそう」とか、「命短し 恋せよ乙女(ゴンドラの唄)」に通じるものがある。つまり、カルペ・ディエムだ。

ウィーンでは毎年大晦日の夜、国立歌劇場で「こうもり」を上演するのが恒例となっている。国立歌劇場の前身である宮廷歌劇場の芸術監督だったグスタフ・マーラーは「こうもり」を高く評価しており、彼の手で正式なレパートリーになったという(しばしば指揮もした)。様々な登場人物たちの、ささやかな欲望や虚栄心が描かれるが、本作はそれらを全面的に肯定している。そこがいい。映像は芳醇なワインのようなオットー・シェンクが演出したものにとどめを刺す。カルロス・クライバー/バイエルン国立歌劇場か、グシュルバウアー/ウィーン国立歌劇場でどうぞ。後者はルチア・ポップ、ベルント・ヴァイクル、ブリギッテ・ファスベンダーら綺羅星の歌手が出演していて壮観である。またヴァルター・ベリー、エーリッヒ・クンツらベテランがいぶし銀の演技で魅了する。吹奏楽コンクールでは2006年に石田修一/柏市立柏高等学校が鈴木英史編曲による喜歌劇「こうもり」よりセレクションで全国大会金賞を受賞している。

「ピーター・グライムズ」ベンジャミン・ブリテンはゲイであり、生涯のパートナーは本作など多くのブリテン作品で主役を務めたテノール歌手ピーター・ピアーズだった、というのが重要。

ここを押さえておかないと、作曲家が「ピーター・グライムズ」で何を描きたかったのか判らないだろう。陰鬱なオペラである。でもそこがいい。初演は1945年。当時イギリスで、同性愛者がどういう社会的制裁を受けていたかは映画「イミテーション・ゲーム」を観ればよく判る。いやもう、本当にびっくりするよ!オーケストラがまるで通奏低音のように海のうねりを描き、それは人間の深層心理の鏡にもなっている。映像はメト版が◯。このオペラから「4つの海の間奏曲」という管弦楽曲が編纂された。吹奏楽編曲版もあり、吹奏楽コンクール全国大会で何度か演奏されている。またブリテンではシェイクスピアを原作とする歌劇「夏の夜の夢」も幻想的で、抗し難い魅力を持っている。

「沈黙なにしろ遠藤周作の原作が面白い!オペラの台本としてもかなり上位に来る出来だろう。1971年に篠田正浩監督が映画化しており、今年マーティン・スコセッシ監督版が公開予定である。主役は当初、渡辺謙が予定されていたが撮影延期で降板せざるを得ない事態となり(ブロードウェイで「王様と私」出演が決まっていたので)、浅野忠信が代演した。オペラに話を戻すと、松村禎三の音楽もいい。日本を代表するオペラといえば團伊玖磨の「夕鶴」や山田耕筰の「黒船」などが挙げられる事が多いが、僕は断固「沈黙」を推す。

「ムツェンスク郡のマクベス夫人」スターリンの逆鱗に触れ、長いことお蔵入りになった作品。詳しい事情は下記記事をご一読あれ。

激烈な内容である。第1幕終盤には強姦シーンがあり、最初観た時は目が点になった。登場人物はまるでドストエフスキーの小説のように「過剰な人」たちだ。むしろ逆に、これでスターリンの怒りを買わないと高を括っていたショスタコの方が僕は信じられない。普通、分かるだろう!いやはや、愉快な奴だ。映像はヤンソンスが指揮したネーデルラント・オペラを推奨。吹奏楽では鈴木英史による間奏曲の編曲版がある。

マリア・ストゥアルダ」(1835年初演)はイタリアでロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニが活躍した19世紀前半ベルカント(唱法)時代の代表作として挙げた。ドニゼッティなら「愛の妙薬」や「ランメルモールのルチア」の方がポピュラーだが、内容が劇的で興奮するという点において「マリア・ストゥアルダ」が上回っている。エリザベス1世とメアリー・スチュアートの確執の物語。ケイト・ブランシェットが主演した映画「エリザベス」とか中谷美紀が主演した舞台「メアリー・スチュアート」、クンツェ&リーヴァイによるミュージカル「レディ・ベス」など繰り返し取り上げられている題材である。輝かしい旋律美に乾杯!推薦ソフトはミラノ・スカラ座の公演。また「ランメルモールのルチア」に関しては、美貌のソプラノ、ステファニア・ボンファデッリがタイトルロールを務めたカルロ・フェリーチェ劇場の公演を収めたDVDが素晴らしい。特に青を基調とした衣装と美術装置は見応えがあり、空間の切り取り方が斬新。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」(1890年初演)は「道化師」と並び、ヴェリズモ・オペラの代表作である。同時代のヴェリズモ文学(自然主義、現実主義)に刺激を受け、市井の人々の日常生活や暴力衝動を描く1890年代から20世紀初頭にかけてのイタリア・オペラの新傾向のことを指す。上演時間70分とオペラにしては極めて短い!そしてイタリア・オペラの真髄がこれ1本で理解出来る。だから初心者向けと言えるだろう。僕はイタリア・オペラの特徴を「激しい嫉妬/復讐心が物語を転がしていく原動力になっている」ことだと考えている。プッチーニの「トスカ」やヴェルディの「椿姫」「アイーダ」「イル・トロヴァトーレ」「オテロ」なんか、みんなそう。「カヴァレリア・ルスティカーナ」も例外ではない。もうドロドロ。そこが魅力。あとその多くはカソリック教徒で信心深いとか、男は概ねマザコンであるとかイタリア人の特徴がこのオペラによく出ている。映像はカラヤン/スカラ座がお勧め。また宍倉晃による吹奏楽編曲版があり、大滝実/埼玉栄高等学校が全国大会金賞受賞。さらに中国映画「太陽の少年」でこのオペラの間奏曲が非常に印象的に使われていることも付記しておく。

「オルフェオ」は1607年、マントヴァ@イタリアで初演。最初期の作品の一つである。モンテヴェルディはルネサンス音楽からバロック音楽への転換点に立つ音楽家である。素朴で、これぞオペラの原点!映像では古楽界の巨匠、ジョルディ・サヴァールが指揮した2002年リセウ大歌劇場で収録されたDVDを推す。なんとも古式ゆかしい雰囲気で、指揮者も演奏家たちもまるで17世紀の宮廷楽士のような扮装をしている。当然ピリオド・アプローチ(古楽奏法)。さあ、モンテヴェルディの時代にタイム・スリップだ。

「ポーギーとベス」は1935年初演。アメリカを代表するオペラである。ガーシュウィンはその2年後に脳腫瘍で亡くなった。享年38歳。ジャズや黒人音楽のイディオムが用いられている。ほぼ全員、登場人物が黒人というのもユニーク。本作以降、アメリカには優れたオペラがないが、その代わりブロードウェイ・ミュージカルが華々しく咲き誇ることになる(ミュージカルについてはこちらの記事で大いに語った)。ソフトはサイモン・ラトルが指揮したDVDにとどめを刺す。演出は「キャッツ」や「レ・ミゼラブル」で知られるトレヴァー・ナン。吹奏楽コンクールでは1964年全国大会職場の部でソニー吹奏楽団が1位になっている。また最近「アルヴァマー序曲」で有名なジェームズ・バーンズによる編曲が出版された(グレード:4)。

「こどもと魔法」は可愛らしくユーモラスで、機知に富んだファンタスティックなオペラ。上演時間45分程度と非常に短く、同じラヴェルの「スペインの時」と同時上演されることが多い。終盤でワルツが登場するのが魅惑的。小澤征爾/サイトウ・キネン・フェスティバル松本でのパフォーマンスを収めたCDが2016年にグラミー賞を受賞したことでも話題となった。推奨する映像は大野和士が指揮したグラインドボーン音楽祭@2012のもの。演出はロラン・ペリーで実はサイトウ・キネン・フェスティバル松本との共同制作であった。

「ペレアスとメリザンド」はメーテルリンクが書いた戯曲だが、これを題材にした作品はドビュッシーのオペラ(1902年初演)の他にフォーレの劇付随音楽(1898)、シェーンベルクの交響詩(1903)、シベリウスの劇付随音楽(1905)がある。これだけ後世の作曲家に影響を与えた戯曲としてはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」くらいしか思い浮ばない(ベッリーニとグノーのオペラ、ベルリオーズの劇的交響曲とチャイコフスキーの幻想序曲、プロコフィエフのバレエ、バーンスタインの「ウエストサイド物語」とプレスギュルヴィックによるフランス産ミュージカルがある)。あと文学作品ではゲーテの「ファウスト」。詳細は下記記事をご覧あれ。

ドビュッシーは下半身がだらしない人だった。18歳で人妻と不倫。次にガブリエル・デュポンと同棲するが浮気がバレてデュポンはピストルで自殺未遂を起こす。デュポンと別れリリー・テクシエと結婚するが、またまた銀行家の妻エンマ・バルダックと不倫して駆け落ち、妻リリーは自殺未遂。エンマは娘を産み、ふたりは再婚することになるが、これが一大スキャンダルとなり彼は世間からの激しい非難に曝されることになる。そうしたドビュッシーの《恋愛観》が、「ペレアスとメリザンド」への創作意欲を掻き立てたという側面は多分にあるだろう。だから彼の音楽はヤナーチェク同様、色気があるのだ。因みにガブリエル・フォーレが作曲した組曲「ドリー」はエンマ・バルダックが前夫との間にもうけた娘エレーヌ(愛称ドリー)のために書かれた。フォーレとエンマはどうも愛人関係だったらしく、エレーヌもフォーレの子ではないかという説が有力である。一方、ドビュッシーはエンマとの間に生まれた娘をシュシュ(キャベツちゃん)と呼んで溺愛し、その娘のために組曲「子供の領分」を作曲した。一人の女を《共有》した、二人の大作曲家。なんともはや、凄まじい話である。

「地獄のオルフェ」って耳にしたとこがないけど?という貴方、日本では「天国と地獄」という俗称でも親しまれております。「椿姫」と似ていますな。モンテヴェルディ「オルフェオ」と同じギリシャ神話に基づくパロディ。この物語をオペラ化した作品として他に、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」がよく知られている。1949年に詩人で映画監督のジャン・コクトーは「オルフェ」を撮り、1959年にマルセル・カミュ監督は出演者が全員黒人の「黒いオルフェ」を撮った。オッフェンバックやコクトー、カミュもフランス人というところが興味深い。兎に角、愉しいオペレッタだ。粋で洒落ている。映像はミンコフスキが指揮したものに尽きる。芸達者なナタリー・デセイに酔い痴れたまえ。吹奏楽コンクールでは葛飾吹奏楽団とヤマハ吹奏楽団がこの曲で全国大会金賞を受賞している。また吹奏楽アニメ「響け!ユーフォニアム」にも登場。

「三文オペラ」は文字通りオペラなのか?というのは興味深い問題である。1928年、ベルリンのシッフバウアーダム劇場こけら落とし公演として初演された。「ばらの騎士」より11年後ということになる。音楽劇であるが、少なくともミュージカルではない。ストレート・プレイでもない。オペラ/オペレッタからミュージカルへの橋渡しをした、新しいジャンルを切り開いた作品という評価こそ相応しいだろう。後に「退廃芸術」の烙印を押され、ナチス・ドイツからの執拗な上演妨害工作を経て、ユダヤ人だったクルト・ヴァイルはアメリカに渡ってブロードウェイ・ミュージカルの作曲家となり、マルクス主義者だった劇作家ベルトルト・ブレヒトはデンマーク、スウェーデン、アメリカと転々としながら亡命生活を送り(ハリウッドではフリッツ・ラング監督の映画「死刑執行人もまた死す」の脚本を執筆)、戦後は吹き荒れる赤狩りの嵐を逃れて東ドイツに亡命した(ここでスターリン平和賞を受賞)。ちなみに1933年にナチス・ドイツ政府はブレヒトの著作の刊行を禁止し、焚書の対象にした。ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」は正に「三文オペラ」が初演された当時のベルリンの雰囲気を再現することを目的に創作されており、冒頭の歌”ウィルコメン(ようこそ)”は「三文オペラ」の”マック・ザ・ナイフ”と似た曲調で始まる。なお「キャバレー」のオリジナルキャストで下宿屋の主人シュナイダーを演じたのはロッテ・レーニャ、クルト・ヴァイルの未亡人である。「三文オペラ」には良い映像ソフトがないのでウテ・レンパー、ルネ・コロ、ミルバらが歌ったCDを推薦する。また作曲家自身の手による組曲「小さな三文音楽」があり、弦楽器を含まない管楽器中心の編成である事から、吹奏楽に向いている。

ヴォツェック」は新ウィーン楽派、無調音楽を代表するオペラである。初演は1925年。指揮したエーリヒ・クライバーが137回のリハーサルを敢行したことは今でも語り草になっている。「死の都」20年、「利口な女狐の物語」24年、「三文オペラ」28年初演なので、同時代の作品といえるだろう。エーリヒの息子カルロス・クライバーもしばしばこのオペラを取り上げた。正規レコーディングがないのが惜しまれる。カルロスの本当の父親は「ヴォツェック」を作曲したアルバン・ベルクだという噂が、未だにまことしやかに囁かれている(彼の伝記でも言及されている)。ちなみにベルクの「抒情組曲」は不倫音楽であったことが現在では判明している(詳しくは→こちら)。「ヴォツェック」は1時間40分の上演時間中、悪夢と狂気の中を彷徨うようなヒリヒリする体験を観客に強いる。救いはない。ある意味オペラ版「レ・ミゼラブル」とも言えるが、最後に希望の光が差す分、「レ・ミゼ」の方がマシかもしれない。あとベルクが第2幕まで作曲したところで亡くなり、未完に終わった「ルル」はヒロインが途轍もないファム・ファタールで、すこぶる面白い。第3幕は後年、他者の補筆で完成した。こちらもお勧め!

「ドン・ジョヴァンニ」に殺された騎士長(ドンナ・アンナの父)の石像が彼を地獄に引きずり落とす場面はモーツァルトの作品中、最も劇的な音楽である。映画「アマデウス」では死んだモーツァルトの父親像に重ねられた。ドン・ジョヴァンニは女たらしだが、必ずしも悪党として切り捨てられない魅力を湛えている。騎士長の亡霊が「悔い改めよ!」と迫っても、「私は何も悪いことをしていない」と決して非を認めない態度が凄く格好いい。モーツァルトはフリーメイソンの会員であり、キリスト教(カトリック教会)的価値観に対する反骨精神をここに感じるのはあながち見当外れではないだろう。

「メフィストフェーレ」はヴェルディ「シモン・ボッカネグラ(改訂)」「オテロ」「ファルスタッフ」の台本を手がけたアッリーゴ・ボイートが台本&作曲したオペラ。1868年(26歳の時)ミラノ・スカラ座での初演は歴史的な大失敗で、その後76年と81年の2度に渡る大改訂を経て現在の形となった。ゲーテ「ファウスト」を原作に、メフィストフェレスを主人公に持ってきている。

「セビリアの理髪師」を観ても、どうもロッシーニの面白さが判らなかったが、「湖上の美人」で初めて開眼した。ベルカント・オペラの魅力炸裂である。テノールの2人がハイ・Cを連発する超絶技巧の応酬、歌合戦が実にスリリング。ロッシーニ・ルネサンスの白眉と言える作品。なんとMET初演だった2015年のプロダクションが素晴らしい。ジョイス・ディドナート、ファン・ディエゴ・フローレス、ジョン・オズボーン、ダニエラ・バルチェッローナら歌手陣の充実ぶりが圧巻。

お子さん向けにはフンパーディングのメルヘンオペラ「ヘンゼルとグレーテル」をどうぞ。フンパーディングはワーグナーと交流があり、ライトモティーフ(示導動機)の手法も用いられている。ヨーロッパではクリスマスの定番で、家族で揃って観に行く習慣がある。吹奏楽コンクールでは井田重芳/東海大学付属第四高等学校がこのオペラから「夕べの祈り」「パントマイム」を演奏し、全国大会金賞を受賞している。

「海、静かな海」は2016年にドイツで初演されたばかりの最新作。東日本大震災と福島原発事故をモティーフにしたレクイエム(鎮魂歌)である。細川俊夫の音楽はひたすらに静謐で美しい。海が主題になっている点でも武満徹に近いなと感じて調べてみたら、細川が高校生の時、小澤征爾が指揮する「ノヴェンバー・ステップス」のレコードを聴いて武満に憧れるようになったという。「海、静かな海」はまた、能「隅田川」と深い関連にあるが、「隅田川」に触発されてブリテンはオペラ「カーリュー・リヴァー」を作曲している。両者を聴き比べてみるのも一興だろう。 

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