宝塚便り

2017年5月29日 (月)

《宝塚便り》サヨナラ公演と白装束

5月29日(月)朝6時45分頃、宝塚大劇場正門前の光景である。

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この日は宝塚雪組公演「幕末太陽傳」の千秋楽で、トップスター:早霧せいなと、トップ娘役:咲妃みゆのサヨナラ公演でもある。

白い服(会服)に身を包んでいるのは、スターの私設ファンクラブの人たちだ。デイリースポーツの報道によると、元トップスターの榛名由梨が1988年(昭和63年)12月31日付で卒業した時にはこのような風習はなかったという。つまり白装束一色に染まるようになったのは元号が平成になって以降ということになる。面白いのは上・下お揃いの白を着ているのがトップのファンだけではないということ。2番手・3番手・4番手などの男役のファンも追従している。

正に日本独特の風景であり、良く言えば「協調性がある」、悪く言えば「同調圧力(または仲間集団圧力)」ということになるだろう。すべてを包み込む、あるいは飲み込むという特徴がある母性社会日本に於いては、場の平衡を保つことが重要視される(参考文献:臨床心理学者・河合隼雄著「母性社会日本の病理」)。異端者は排除される。出る杭は打たれるのだ。ヅカファンが大劇場のことを「ムラ」と表現するのはむべなるかな。

公演は13時から。ではどうして皆こんなに朝早くから来ているのかというと、スターの(楽屋への)入り待ちをしているのだ。整列して「今日も1日舞台頑張って、行ってらっしゃい」などと全員で唱和して送り出す儀式が日々行われている。勿論、出待ちもある。

この白装束一色と同様に、日本的だなぁと感じるのはパフォーマーの群舞である。これは宝塚歌劇に限らず劇団四季や東宝もそうなのだが、日本のダンサーたちの群舞はピタッと揃っている。ところがブロードウェイでミュージカルを観たり(例えば「フォッシー」)、英国ロイヤル・バレエ団の公演を観たりすると、これが意外とバラバラなのである。ひとりひとりが個性を出そう、他者を出し抜いて目立とうと必死にもがいている。つまり欧米人はあくまで個人主義なのだ。しかしこれにも例外はあり、ロシアのマリインスキー・バレエの群舞は一糸乱れず完璧に統一されている。お国柄の違いがあって面白い。

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2017年4月 7日 (金)

今年も宝塚市の桜は見事に満開を迎えた。

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寿楽荘付近の桜並木である。

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2016年7月 4日 (月)

《宝塚便り》六甲高山植物園

宝塚市から車で30分で、六甲山山頂まで行ける。現在六甲高山植物園ではニッコウキスゲが見頃である。

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僕にとってニッコウキスゲと言えば尾瀬湿原に群生する風景なのだが、関西には自生地がないそうだ。ここではなんと2,000株の群落があるという。中々見応えがあった。

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また紫陽花や、エーデルワイスも咲いていた。

植物園の近くにはオルゴール館があり、六甲山牧場ではチーズフォンデュやラクレットを味わえる。お薦めです。

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2016年4月11日 (月)

《宝塚便り》桜

宝塚市の桜といえば大劇場前の「花のみち」が有名だろう。

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でも実は「花のみち」以上に桜並木が美しい場所が、阪急宝塚南口駅から山側にしばらく登った寿楽荘にある。

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地元の人しか知らない場所で、観光客もここまで足を伸ばさない。

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この辺りは春になるとウグイスが鳴き、とても気持ちが良い。閑静な住宅街である。

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2016年2月23日 (火)

早霧せいな主演 宝塚雪組「るろうに剣心」+オマケ「新年鏡割り風景」付き

まず2016年元旦に宝塚大劇場ロビーで行われた鏡開きの様子をご覧いただこう。今年は雪組のトップコンビ、早霧せいな咲妃みゆが登場した。

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このコンビはお披露目となった「ルパン三世」および、次の公演「星逢一夜」も宝塚大劇場・東京宝塚劇場ともに全日程満席にした。これは劇場改築後初の快挙だそうである。

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鏡開きの後、酒は来場者に振る舞われた。

また元旦には拝賀式に出席するため、正装の袴で楽屋入りする生徒さんの姿も見ることが出来る。

さて、宝塚雪組「るろうに剣心」のチケット入手は困難を極めた。仕事の都合で土日しか行けないので、元々状況としては不利であった。友の会先行一次・二次、チケぴ、e+の先行、貸切公演など申し込んではことごとく落選。9連敗という惨状であった。

そこで当日券は気合を入れて一番乗りを果たした。11時公演、15時公演の座席券は50枚ずつ出た(超過すると立ち見券に)。午前6時30分で当日券の並びが11時公演:20人、15時公演:5人。7時10分には11時公演:50人、15時公演:15人。8時30分には11時公演:150人、15時公演:50人に膨れ上がった。最終的に発売開始の9時30分には合わせて300人近くに達した。僕は幸運にも1階10列目の席を確保!

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宝塚歌劇の芝居には大きく分けて2つの分野があり、1つが和物、もう1つがコスチューム・プレイを主体とする洋物である。「るろうに剣心」は作・演出・小池修一郎初の和物ということで話題になったが(外部作品では「MITSUKO」がある)、後半でパリ・オペラ座を模した洋館が舞台となり、そこで舞踏会シーンがあってヒロインの薫(咲妃みゆ)が豪華なドレスを着るので、和洋折衷ー1粒で2度美味しい作品に仕上がっている。

元新撰組隊士・加納惣三郎(望海風斗)という新キャラクターが登場するが、惣三郎はアヘンを密造し、儲けた金で洋館を建てる。そして薫を略取し、十字架に縛り付けたりする。……途中で気が付いた。彼の役回りは明らかに「オペラ座の怪人」じゃないか!ファントムはパリ・オペラ座の地下湖に棲んでいるし、大きな十字架も出てくる。惣三郎が嘗て恋い焦がれていた太夫(←花魁じゃないよ)の面影を薫に追い求める設定も、モーリー・イェストンのミュージカル「ファントム」でエリック(ファントム)がクリスティーヌに死んだ母の姿を重ねるのに似ている。

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組子が客席に降りてきてのチャンバラもあり、とにかくアクション・シーン満載の痛快娯楽大作である。すこぶる面白い!剣心がアヘンを盛られて幻想を見、過去の自分(殺人者)と対峙する場面も素晴らしい(ある意味これは「ジキルとハイド」だな)。見事な脚色である。紛うことなき小池修一郎の最高傑作であろう。牛鍋店「赤べこ」の場面や京都の花街・嶋原の「太夫道中」(練り歩き)などちゃんと娘役の見せ場も作り、さすが手練、抜かりがない。

実写映画版「るろうに剣心」は3部作である。佐藤健がはまり役で、前田敦子が彼に惚れた気持ちもよく判る。薫を演じた武井咲は可憐だった。大友啓史監督の演出も見事なのだが、香港で修行を積んだアクション監督:谷垣健治がとにかく凄い。殺陣(たて)の革命であった。

この長大な物語を休憩時間を除くと2時間半という尺に収めた小池の手腕は只事ではない。宝塚歌劇の新な代表作の登場に快哉を叫びたい。賭けてもいい、再演は必ずある。原作のエピソードはまだまだあるわけだから、「ベルばら」の《オスカル編》《フェルゼンとマリー・アントワネット編》《オスカルとアンドレ編》みたいに、シリーズ化しても良いのではないか?

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キャストについて。映画の佐藤健もはまり役なのだが、早霧せいなはその優しさと誠実さが滲み出ていて、剣心そのものであった。天晴!

咲妃みゆが登場した時、化粧の濃さにびっくりした。せっかく地が可愛いのに、メイクで損していると想った。「星逢一夜」ではもっと薄化粧だったのに……。でその疑問は第2幕で氷解した。洋館でのコスチューム・プレイに備えての事だったのだ。それは正に「伯爵令嬢」そのものであり、まるで西洋人形みたいだった。

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望海風斗は悪役の魅力を放散。ピカレスク・ロマンの香り。歌も上手い。

斎藤一(映画:江口洋介)を演じた彩風咲奈は格好良かった。立ち姿が素敵。

高荷恵(映画:蒼井優)役の大湖せしるは背が高いなぁと想って観ていたのだが(167cm)、元々男役だったんだね。本作が退団公演となる。凛とした美しさがあった。

四乃森蒼紫(映画:伊勢谷友介)役の月城かなとは長身(172cm)で美形の男役。耽美(ちょっと病んでいて退廃的)な雰囲気があり、いっぺんに魅了された。彼女にばかりオペラグラスを向けている観客もあり、こりゃぁ人気が出るわ。歌もいける。

宝塚雪組の快進撃はまだまだ続きそうだ。

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2015年5月22日 (金)

《宝塚便り》手塚治虫の足跡/未完の大作「森の伝説」

宝塚大劇場のすぐ近くに手塚治虫記念館がある。「リボンの騎士」が幼少期における宝塚歌劇体験から生まれたことは余りにも有名であり(=少女漫画の誕生。それが「ベルサイユのばら」へと繋がってゆく。共通項は男装の麗人)、治虫が宝塚生まれだと思っている人は多いかも知れない。実は彼が生まれたのは現在の大阪府豊中市で、宝塚に引っ越してきたのは5歳の時である。当時は未だ宝塚市ではなく、兵庫県川辺郡小浜村だった(昨年宝塚歌劇は100周年で、宝塚市は市政60周年、手塚治虫記念館は20周年だった)。その後、治虫は宝塚で約20年間過ごした。父は宝塚ホテル(阪急宝塚南口駅前)内に作られた宝塚倶楽部の会員であり、ときどき父に連れられてホテルのレストランで食事をし、クリスマス・パーティも毎年行ったという。また治虫の結婚式も宝塚ホテルで行われた。

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JR宝塚駅北口を出て御殿山側へ7−8分歩いた所に千吉神社(猫神社)がある。

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ここは治虫が当時住んでいた家から歩いて直ぐの場所にあり、アゲハチョウやノコギリクワガタを採集していたという。

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現在は有志の手で「手塚治虫 昆虫採集の森」という碑が立てられている。

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森閑として素敵な雰囲気なので僕は大いに気に入り、しばしば散歩で訪れる。

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森のなかで鳥の鳴き声に耳を傾けながら静かに佇み、虫網とカゴを持って駆ける治虫少年の姿をそっと想像してみる。

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晩年の大傑作「アドルフに告ぐ」の冒頭で、芸者・絹子の殺害現場が「兵庫県川辺郡小浜村の御殿山」となっており、この辺りが舞台となっている。

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旧・手塚邸にはいまでも大きなクスノキがそびえ立っている。これは手塚作品「新・聊斎志異 女郎蜘蛛」(講談社版手塚治虫漫画全集『タイガーブックス4』に収録)に登場する。

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また旧・手塚邸から、さらに坂を登った所にある蛇神社は手塚漫画「モンモン山が泣いてるよ」に登場する。この祠は阪神淡路大震災の時に倒壊したが、その後再建された。しかし鳥居(写真左)は倒れたままの姿である。

今年2月に手塚治虫記念館の映像ホール(アトムビジョン)で「森の伝説」を観た。チャイコフスキー:交響曲第4番の音楽に乗せて描くアニメーション作品である。第1楽章と第4楽章のみ完成し、1988年に上映されたが、手塚の死で未完に終わった。その後息子の手塚眞が第2楽章を完成させ、そのお披露目上映だったのである。

クラシック音楽を使用し台詞のないアニメーションといえば、そのコンセプトがディズニーの「ファンタジア」へのオマージュであることは明白である。ただ完成度は「ファンタジア」に遠く及ばない。手塚が天才であり「漫画の神様」であることは論をまたないが、アニメーション作家としては2流だったというのが僕の見解だ。多くの雑誌連載を抱え、片手間にアニメーションをしていたのだから詮無いことである。宮﨑駿みたいに絵コンテを手がけ、原画チェックまで全てこなすということは物理的に不可能だ。

「森の伝説」第1楽章は静止画の連続(紙芝居風)に始まり、次第に絵が動き出し、さらに白黒が途中からカラーになって……というアニメーションの歴史を辿る旅になっており、アイディアとしては面白い。第4楽章ははっきり言って退屈。テレビ用のリミテッド・アニメで描かれた森の破壊者たち(ヒトラー登場)が、ディズニー風フル・アニメで描かれた森の妖精たちを追い散らして行く、という物語。説教臭くて鼻につくし、そもそもリミテッド・アニメは「鉄腕アトム」で虫プロが毎週のテレビ局への納期に間に合わせるために生み出した手法なのだから、自虐ギャクみたいなものだ。全く評価出来ない。一方、新作の第2楽章は先端技術であるCGの手法も盛り込まれ、非常に丁寧に美しく仕上げられている。親子共作という趣向も一見の価値があるだろう。第3楽章の完成が待ち遠しい。

なお、僕が一番好きな手塚のアニメーション作品は短編「人魚」(1964)である。ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲に乗せて描かれる哀しい物語。手塚のペシミズム、ここに極まれり!と胸を打たれる。

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2014年12月18日 (木)

《宝塚便り》武田尾温泉の紅葉

宝塚駅からJRで8分、車だと約30分で行ける場所に武田尾温泉がある。あまり喧伝されてはいないが、静かで鄙びた隠れ家である。

11月20日頃に訪れた時の写真をお見せしよう。

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紅葉も美しいが、地元では桜の名所としても知られている。

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温泉は紅葉館 別邸「あざれ」に入った。源泉掛け流しで無色透明な泉質。入浴後はポッカポッカに温まり、中々冷めなかった。また無料の足湯もある。

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ここで神田川敏郎プロデュースのランチ2,500円を食べたのだが、これが意外にも(失礼!)美味しかった。コスト・パフォーマンス的にも悪くない。

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福知山線廃線跡がハイキング・コースになっているのだが、真っ暗なトンネルを幾つかくぐり面白かった。懐中電灯を持参した方がいいだろう。

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2014年4月 7日 (月)

《宝塚便り》花のみち

宝塚大劇場前に「花のみち」はある。

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僕が宝塚を初めて訪れたのは忘れもしない1998年宙組「エリザベート」だった。それから数十回観劇に来たが、4月初旬はなかった。

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昨年8月にこちらに移り住んで初めての春を迎えたのだが、こんなに桜のトンネルが見事だとは驚いた。圧巻である。

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道端にはちょうど菫の花も咲いており、正に春爛漫。周辺にはいい匂いが漂っている。

余談だが宝塚歌劇でしばしば歌われる「すみれの花咲く頃」を作曲したのはドイツ軍楽隊のカペルマイスター(隊長)で作曲家のフランツ・デーレ。発表されたのは1928年で後にシャンソン化され、それをパリで耳にした歌劇団の演出家・白井鐵造(てつぞう)が1930年に上演された「パリ・ゼット」の主題歌として使った。

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2014年3月30日 (日)

《宝塚便り》宝塚音楽学校

宝塚大劇場前の「花のみち」も桜が咲きはじめた。

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3月29日(土)に宝塚音楽学校の合格発表があった。

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報道によると1065人が受験し、40人が合格。競争率は26倍だったそうだ。しかも全員が必ずしも卒業できるわけではない。厳しい世界だ。

東京都や新潟県と宛先が書かれた封筒を握りしめ、緊張の面持ちで発表の時を待つ受験生。自分の受験番号を見つけ、歓喜を父母や祖母、妹と分かち合う娘たち。その一方で真っ赤に泣きはらした瞳で母の胸元に泣き崩れる者もいる。悲喜こもごもである。

宝塚音楽学校は予科・本科合わせて2年制である。生徒の大半はいわゆる「すみれ寮」で生活する。

僕は現在宝塚市内に住んでいるので、通勤時に音楽学校の生徒さんが通学するのとよく一緒になる。

グレーの制服に赤いリボンタイ。デザインは森英恵による。10月1日から衣替えで、帽子を着用。これがまた可愛い。

予科生は5−6人からなる小隊を組み、2列縦隊で整然と行進しながら登校する。女性としてはかなり早足である。途中に上級生と出会うと「おはようございます!」と声を揃えて挨拶する。また大体30秒に1度くらい最後尾の生徒が振り返って(危険が接近していないか)後方確認をする。Wikipediaによると1989年より毎年、全校生徒が陸上自衛隊伊丹駐屯地で基本訓練の研修を受けているそうだ。

興味深いのは途中、武庫川に掛かる宝塚大橋を渡るのだが、彼女たちはわざわざ音楽学校に行くには遠回りとなる橋の右側を歩く。つまりあくまで右側通行を順守しているのだ。

予科生が持つバッグは黒〜グレーに統一されている。雨の日は傘も黒一色。しかし本科生になると規則が緩くなるらしく、バッグや傘は色とりどりになる。予科生は平靴を履いているが、本科生はヒールが許されているようだ。また本科生は小隊を組むことなく個人個人で登校している。たった1年で全然規則が違うのだから面白い。

というわけで普段音楽学校の生徒さんを見かけたら、僕は瞬時に予科か本科か見分けることが出来るようになった。

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2014年1月 7日 (火)

《宝塚便り》お正月 (宝塚歌劇100周年)

宝塚市に引っ越して初の年越しを迎えた。

2014年は宝塚歌劇100周年という記念の年。正門ゲートも改装され綺麗になった。

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そこで宝塚星組「眠らない男・ナポレオン ―愛と栄光の涯(はて)に―」の元旦公演を当日券で観ようと思い立った。

公演前日の大晦日、午前10時頃に宝塚大劇場に偵察に行ってみた。当日券として座席券50枚、立見券100枚が出ると確認。

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さて1月1日は気合を入れて午前5時に起床。水筒に熱いお茶を入れ折りたたみ椅子を携帯し、万全の体制で真っ暗な中を大劇場に徒歩で向かう。

5時45分に正門ゲートに到着。すると、な、な、なんと100人以上が並んでいるではないか!!!ザッと数えて、なんとか立ち見席を確保できる150番ギリギリくらいだった。

そこで考えた。当日券発売開始午前10時まであと4時間。そしてさらに3時間の公演中ずっと立ち見……。しんどい。やってられない。結局、諦めることにした(後日の公演でS席を既に確保しているので)。

Twitterで調査してみると、大晦日の正午くらいから並び始め、同日20時には既に徹夜組が20人もいたそうだ。宝塚ファン、恐るべし。僕にはとても太刀打ち出来ない相手だと悟った。

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一旦帰宅し、午前10時半位にもう一度大劇場へ雰囲気を味わいに行ってみた。途中、恐らく新年の挨拶に訪れたのだろう、袴姿で歩くジェンヌたちに多数遭遇した。なんとも華やかである。また大劇場ではふるまい酒が配布された。正月を宝塚で過ごすのも中々愉しいね。

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