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夢と狂気のミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」

ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」(公式サイト→こちら)はゴールデン・グローブ受賞で史上最多の7部門(ミュージカル作品賞・主演男優賞・主演女優賞・監督賞・脚本賞・作曲賞・歌曲賞)を受賞した。アカデミー賞でも作品・監督賞で「ムーンライト」と一騎打ちの模様となっている(作曲・歌曲賞受賞は300%確実)。

Lalalandimax

ミシェル・ルグランが作曲した映画「ロシュフォールの恋人たち」(ジャック・ドゥミ監督)の音楽を彷彿とさせる冒頭のナンバー"Another Day of Sun"(歌詞付き試聴はこちら)にはinsaneという言葉が用いられ、後半の"Audition"(歌詞付き試聴はこちら)ではmadnesscrazyが登場する。これらはすべて日本語で狂気を意味する。ついでながら最高に可笑しかったゴールデン・グローブ賞授賞式オープニングに於ける「ラ・ラ・ランド」のパロディをご紹介しよう→こちら

映画スターを目指してオーディションに落ちまくりながら映画スタジオのカフェで働くミア(エマ・ストーン)は"Audition"で「些かの狂気が新たな色彩を見出すための重要な鍵よ。それは私達をどこへ連れて行ってくれるか判らないけれど、でもだからこそ必要なものなの」と歌う。夢と狂気ーこれが「ラ・ラ・ランド」の肝(きも)である。

そもそもLa La LandのLAはハリウッドのあるロサンゼルス(Los Angeles)のことを指し、【あっちの世界/あの世/我を忘れた陶酔境】を意味する言葉である(こちらのブログを参照のこと)。

"Another Day of Sun"の最後は何かに取り憑かれたように「たとえ(オーディションに落ちて)失望させられたとしても、次の朝には必ずまた日が昇る」と合唱が執拗に繰り返す。正に狂気が疾走するのだ!

僕はこの歌を聴きながら、あるアイドルの発言を想い出した。

高橋みなみはAKB48選抜総選挙のスピーチで「努力は必ず報われる。私の人生を持って証明してみせます!」と言い、物議を醸した。

AKB48のオープニングメンバーオーディションの応募総数は7924名、最終合格者は20名だった。競争倍率は396倍。つまり高橋みなみにとって「努力は必ず報われる」は真実であったが、彼女1人に対してその影で395人が涙をのんだことになり、この金言が当てはまるのはたった0.25%に過ぎない。さらに最終合格者のうち、シングルの選抜メンバーに選ばれたのはごく一握りであり、「努力が報われた」女の子はさらにさらに少なくなる。

オリンピックの金メダリストも同じようなことを言ったりするが、それこそオリンピックで金メダルを受賞できる確率は天文学的に少ないだろう。では日本代表に選ばれなかったアスリートたちは努力を怠っていたのか?そんな筈はない。

つまり「努力は必ず報われる」のは勝者の理論であり、生まれ持った資質や運を持たぬ我々大半の人間にとって、決して真理ではないのである。

脚本家・山田太一がいいことを言っている→「頑張れば夢はかなう」というのは幻想、傲慢(日経ビジネス アソシエ)

を持つことは自由であり、誰しも有する権利である。しかしの実現に向けてその光(Stars)を追い続けるには狂気が必要であり、凡人は諦めが肝心だ。そのことを「ラ・ラ・ランド」は私たちに語りかけてくるのである。

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【増補改訂版】「君の名は希望」〜作詞家・秋元康を再評価する

秋元康は今や億万長者(「グローバルウェルス・レポート 2015」によると資産50億円〜100億円未満)であり、日本で最も成功した音楽プロデューサーである。だからやっかみ半分、彼のことを「守銭奴」と罵り、その体型から「秋豚」呼ばわりする者たちも世間には少なからずいる。もともと彼の本業は「放送作家」「作詞家」であるが、その側面は忘れられがちである。

2014年の段階で彼が作詞したのは4000曲以上、AKB48グループだけに限っても1000曲を超えている。その事実を知っている人は恐らく少ないのではないか?CDシングルだけではなくカップリング曲、劇場公演曲(アンコールまで含めると1公演につき16曲)も全て秋元康が作詞しているのである。一体、この情熱は何処から来るのか?少なくとも「金儲け」のためだけなら、こんな芸当が出来る筈もない。ある程度は他者に任せればいいわけだから。

そこで「作詞家」秋元康を正当に評価してあげようよ、というのが今回の企画である。

僕の考える秋元康による作詞ベスト12を挙げてみよう。各々のタイトルをクリックすれば歌詞に飛べるよう仕組んである。

  1. サイレントマジョリティー(欅坂46)
  2. 君の名は希望(乃木坂46)
  3. 鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの(AKB48)
  4. 世界には愛しかない(欅坂46)
  5. キレイゴトでもいいじゃないか?(HKT48研究生)
  6. てもでもの涙(AKB48 チームB 3rd Stage「パジャマドライブ」)
  7. バレッタ(乃木坂46)
  8. 風は吹いている(AKB48)
  9. 前のめり(SKE48)
  10. 夕陽を見ているか?(AKB48)
  11. キリギリス人(ノースリーブス)
  12. 森へ行こう(AKB48 ひまわり組 2nd Stage「夢を死なせるわけにいかない」)

サイレントマジョリティー」については下記記事をお読みください。

2015年大晦日、NHK紅白歌合戦に初出場した乃木坂46が歌ったのは「君の名は希望」だった。2013年3月に発売されたシングル曲。秋元本人もよほどこれを気に入っているのだろう、NHKで土曜の夜に放送されている「AKB48 SHOW !」の番外編として「乃木坂46 SHOW !」というのが時たま不定期に放送されるのだが、その第1回目と第2回めに続けてこの曲が歌われたのである。他に紹介されていないシングル曲が幾つもあるのに。……一人称の「僕」は自分に閉じこもりがちな教室で孤立した少年である。そんな彼が学校のグラウンドで「君」と出会い、その瞬間陽の光が差し込む。秋元が冴えているときは歌詞の情景をきちんと絵として思い浮かべる事が出来る。そういう意味で「君の名は希望」は紛うことなき最高傑作、神曲である。「僕」=オタク、「君」=アイドルと読み替えることも出来る。奥が深い。

情景(絵)が見えるという意味では「てもでもの涙」もそう。《降り始めた細い雨が/銀色の緞帳を/下ろすように/幕を閉じた/それが私の初恋》《声も掛けられないまま/下を向いたら/紫陽花も泣いていた》とか素敵じゃない?季節感があり、美しい日本語だ。「てもでも」という語感もリズムがあって良い。歌を聴いたらその意味が判る仕掛けになっている。2009年「AKB48リクエストアワー セットリスト ベスト100」(以下「リクアワ」と略す)第3位。また「君の名は希望」も「てもでもの涙」も歌詞の中に英語を用いず、日本語だけで勝負していることも特筆に値するだろう。現在日本のアイドル・ソング、ポップ・ミュージックの中では希少である。

鈴懸なんちゃら」(2015年「リクアワ」第1位)についてはまずタイトルの長さが尋常じゃない。気合い入りまくり。じゃんけん大会で優勝した松井珠理奈に対する秋元の愛情が溢れ、常軌を逸している。また珠理奈をデビューさせた「大声ダイヤモンド」と「鈴懸」を続けて聴くとキモさ倍増、鳥肌(さぶいぼ)が立つ。でもそこがいい。谷崎潤一郎や江戸川乱歩の小説を読めば分かるが、変態的性格から芸術が生まれることはあるのだ。それが作家性である。ベルリオーズ作曲「幻想交響曲」なんかもそう。内容は完全なストーカーである。「鈴懸なんちゃら」と「バレッタ」の変態性については下の記事で詳しく論じたのでそちらをお読みください。

世界には愛しかない」は2016年8月10日に発売される欅坂46の2nd シングルである。まずポエトリー・リーディングという斬新な手法に度肝を抜かれた!秋元康の本気を感じる。歌詞中の「僕」=秋元、「君」=欅坂のセンター・平手友梨奈と置き換えて眺めれば、その本質が見えてくるだろう。つまりこれは秋元の、紛れもない愛の告白である。そういう意味で「鈴懸なんちゃら」に近い作品と言えるだろう。僕は《もう少ししたら/夕立が来る》というフレーズにグッと来た。過去を振り返る傾向が強い日本の歌謡曲の中で、珍しい未来志向の楽曲である。躍動感に溢れ、瑞々しい。

個人的な話になるが、前の職場でどうしても納得出来ないことがあり、上司に対して「それは間違っている」と徹底的にNOを突きつけた。そしてそこを辞め、今の仕事に就いた。揉めている時に「キレイゴトでもいいじゃないか ?」(2014年「リクアワ」第8位)を繰り返し聴き、大いに勇気付けられた。《恥をかくために/生きている》という言葉が心に刺さる。アイドルって人々に勇気や希望を与えるのが本来与えられた役割なんじゃないかな?そういう意味で秋元康には本当に感謝している。僕はいま、幸せである。むしろあの時、自分が正しいと思うことを言っていなければ後悔しただろう。

風は吹いている」も人々に希望を与える歌だ。東日本大震災の年に創られた復興支援ソング。この歌詞は熱い。《この変わり果てた/大地の空白に/言葉を失って/立ち尽くしていた》《前を塞いでる/瓦礫をどかして/いまを生きる》こんな内容、アイドルが歌う範疇を遥かに超越している。衝撃的であった。

AKB48グループは2011年の震災直後から被災地訪問活動を行っている。6名のメンバーが交代交代に毎月一回足を運び、現地で無料のミニ・コンサートをする。しかも前田敦子(卒)・大島優子(卒)・渡辺麻友・柏木由紀といった人気メンバーも参加して。このプロジェクトは5年経過した現在も継続されている。考えてみて欲しい。2016年までずーっと無償の訪問活動を行っているアイドル・グループ、ミュージシャンが他にいる?継続は力なり。カネ目当てとか売名行為なんかじゃ決してない。僕はそこに秋元康の強い使命感を見る。

前のめり」は2015年8月にSKE48を卒業した松井玲奈への餞として書かれたシングル曲。「かすみ草」を自称する玲奈に対して、「い や、君はひまわりだよ」と言ってあげるところに秋元の優しさを感じる。非常にpositive thinkingな内容だ。人生、いくらでもやり直せるという気持ちになれる。

夕陽を見ているか?」は2007年のシングル。これを書いた時、秋元は「絶対売れる!」と確信していたという。しかしその自信とは裏腹に全く売れなかった。しみじみとしたバラードで、長年ファンから愛され続けている心がほっこりする名曲だ。

キリギリス人」に僕が深く共感するのは、結局カルペ・ディエムCarpe Diem(=「その日を摘め」「一日の花を摘め」)について語っているからである。つまり「将来に備えやせ我慢して蓄えよう」なんてくだらないことを考えず、「今を生きろ」ということ。これはメメント・モリMemento Mori(=「死を想え」「死を記憶せよ」)に繋がる。詳しくは下の記事で論じた(図説付き)。

森へ行こう」は国民的アイドルになってしまった今のAKB48に対して絶対書けない曲。ダークな世界観で、「本当は恐ろしいグリム童話」とかミュージカル「イントゥ・ザ・ウッズ」、ティム・バートンの映画を彷彿とさせるものがある。秋元康ってこういう一面があったんだ!と新たな発見がきっとある筈。

たかがアイドル、されどアイドル、なんてったってアイドルである。

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秋元康プロデュース・欅坂46「サイレントマジョリティー」を讃えて(あるいは、アメリカの闇)

先日、欅坂46のデビュー・シングル「サイレントマジョリティー」をフルコーラスで聴いてガツンと来た!これは紛れもなく「君の名は希望」に並ぶ、作詞家・秋元康の最高傑作だ。歌詞はこちら。因みに、発売前の仮タイトルは「僕らの革命」だったという。

Img_0511

先行く人が振り返り
列を乱すなと
ルールを説くけど
その目は死んでいる

「その目は死んでいる」という歌詞がドキッとする。これぞ秋元の真骨頂、意外性がある。

夢を見ることは時には孤独にもなるよ
誰もいない道を進むんだ
この世界は群れていても始まらない
YESでいいのか
サイレントマジョリティー

歌っている内容そのものは秋元がHKT48のために書いた「キレイゴトでもいいじゃないか?」の延長上にある。それがさらに洗練された形だ。

そもそも「サイレント・マジョリティ(silent majority)」とはベトナム戦争に対する反戦運動が高まる中、1969年にニクソン大統領が「グレート・サイレント・マジョリティ」と言う言葉を演説で使ったのが事の始まりである。「過激な反戦運動や声高な発言をしない大多数のアメリカ国民は、ベトナム戦争に決して反対していない」という、いわば【異議なきは同意とみなす】詭弁である。共和党のこうした体質は9・11のどさくさに紛れて、何の関係もないイラクに対して侵略戦争を仕掛けたジョージ・W・ブッシュまで脈々と受け継がれてきている。この危険性・危うさを端的に表しているのが現在予備選挙で快進撃を続けるドナルド・トランプ氏だろう。アメリカの闇(病)は今に始まったことではない。

どこかの国の大統領が
言っていた(曲解して)
声をあげない者たちは
賛成していると…

選べることが大事なんだ 
人に任せるな
行動をしなければ
NOと伝わらない

アイドル・ソングにこのような深いメッセージを忍ばせる匠(たくみ)のしたたかさ。

また世界に活躍の場を広げ、アメリカの週刊誌ニューズウィークが「世界が尊敬する日本人100」に選んだTAKAHIRO(上野隆博)の振付けが素晴らしい。2番の歌詞(どこかの国の大統領……)で踊りは軍隊行進の様相を呈し、続いてマリオネット(操り人形)の動作に移行する。ヒトラーやムッソリーニに通じる全体主義・ファシズムの恐怖。心が震えた。アイドルは可愛いくなくてはいけないという従来の既成概念をかなぐり捨て、徹頭徹尾力強く、格好いい。

前田敦子卒業以降、AKB48に提供する楽曲はどれもこれも腑抜けだった秋元康の本気を久々に見た!これは彼に霊感を与えるミューズの出現が大きいだろう。勿論、欅坂46のセンターを務める平手友梨奈(14)のことである。ミュージカル「オペラ座の怪人」の作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーと、舞台でクリスティーヌを演じたサラ・ブライトマンの関係を髣髴とさせる(ウェバーはサラのことを"My Angel of Music"と呼んでいる)。平手は既に山口百恵の再来とも言われており、50年にひとりの逸材と言える。因みに百恵の歌手デビューは1973年、彼女も14歳だった。

欅坂46は4月22日(金)の「ミュージックステーション」に出演するが、これは史上最速である。姉分の乃木坂46が「ミュージックステーション」に初出演したのは「気づいたら片思い」。なんと8作目のシングルである。ちなみにAKB48のMステ初出演は2006年6月9日の「スカートひらり」で、インディーズ2作目のシングルだった。

僕は今まで秋元がどうしてアイドルグループを次から次へと新設していくのか理解出来なかった(国内ではAKB48 → SKE48 → NMB48 → 乃木坂46 → HKT48 → NGT48 → 欅坂46)。しかし漸く判った。彼は飽きっぽい。立ち止まると吹いていた風が凪ぎ、創作意欲も失ってしまう。だから常に新しいことを仕掛け、自分を鼓舞するしかない。そして長年待ち続けたものに遂にめぐり逢った。山口百恵(的な存在)を自らプロデュースするという、甘美な欲望はこうして叶ったのである。秋元康はいま、燃えている。これから先、欅坂46(というか平手友梨奈)がどのように坂を駆け上って行くのか、大いに注目したい。

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尾崎支配人が泣いた夜 DOCUMENTARY of HKT48/道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48

「尾崎支配人が泣いた夜  DOCUMENTARY of HKT48」の評価はB+。映画公式サイトはこちら

「道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48」の評価はB。映画公式サイトはこちら

僕は今までにAKB48のドキュメンタリーを4種類、他にSKE48と乃木坂46のドキュメンタリーを観ている。よって今回で8作品に達したということになる。

なかんずく突出して傑作だと想うのは高橋栄樹監督「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る」である(2016年2月12日(金)25:50~ NHK BSプレミアムで放送予定)。アイドル映画を観に行ったら戦争映画だった!という驚天動地、コペルニクス的転回の作品であり、僕はこの年の映画ベスト1に選出した。東日本大震災の年という特殊性が効いた。逆に最低・最悪だったのが「悲しみの忘れ方DOCUMENTARY of乃木坂46」。監督の丸山健志は万死に値する。絶対に許せない。詳しくはレビューを読んでください。

さて8作品出揃ったところで、質が高い上位4作品を挙げてみよう。

  1. DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る
  2. アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE46
  3. 尾崎支配人が泣いた夜  DOCUMENTARY of HKT48
  4. 道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48

アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE46」は石原 真監督のSKE愛が炸裂している。特に唖然としたのは後にDVD/Blu-rayで発売されたディレクターズ・カット版。4時間あって、しかも映像が本篇と全く重複していない!両者合わせると現役メンバー全員のインタビューを詰め込んでいる。しかも編集が巧みなので観ている者を飽きさせない。ただ卒業メンバーのうち、向田茉夏からインタビューを取れなかったのは痛恨の極みなのだが……。閑話休題。

さて、HKTのドキュメンタリーは指原莉乃が監督をしている。現役の、しかも総選挙で2年連続1位になったトップ・アイドルが監督をすると一体どうなるのだろう?と全く想像がつかなかったのだが、これが意外にも良かった。今までの中で最も「生々しい」ドキュメンタリーとなった。彼女は選抜メンバーに選ばれない女の子の気持ちも、逆に「撰ばれてあることの恍惚と不安」もどちらもよく判っているので、そういった光と影の交差を巧みに捉えている。またHKT48劇場支配人として各メンバーへの目配りも怠りなく、結局テロップで全員の名前が出てきたんじゃないかな?映画の冒頭がさしこ(指原)と坂口理子が餃子を食べている場面から始まるのも意表を突いていて面白かった。あと本作の白眉はシングルの選抜メンバーを選ぶ会議にカメラを潜入させたことである。”なこみく”の矢吹奈子が最近、精神的に疲れているので一度選抜から外して休ませたほうがいいのではないか?というさしこからの提言が、秋元康の「でもユニバーサル(・ミュージック・ジャパン)さんとしては”なこみく”が欠かせないよね?」という一言で却下となり、逆に秋元の「そろそろ田中菜津美を入れても面白いんじゃない?」という発言も誰からも取り合われず、あっさりスルーされた。トップダウンで決定されるのではなく、割とみんなの意見を聞き、合議制で決めるんだなと興味深かった。あとメンバーの親を登場させたのが村重杏奈ただ一人というのが慧眼である。何故なら村重の母親はロシア人であり、さしこは《ファンが一番見たいものは何か》を熟知しているなと感心した。

今回のHTKとNMBのドキュメンタリーで新機軸だなと感じたのはファン=ヲタに焦点を当てたことである。HKT坂口理子が初めて選抜メンバーに選ばれた瞬間のおっさんの号泣、NMBでライヴァルとして切磋琢磨している白間美瑠の握手会のレーンの方が列が長いと、危機感を抱いてその場で緊急会議を始める矢倉楓子のファンの人たち(ふたりは10thシングル「らしくない」でダブルセンターを務めた)。何か微笑ましいというか、愛おしかった。またある日の握手会で山本彩が3千人以上と握手し、総計9時間に及んだというナレーションには度肝を抜かれた。それでも「楽しかった」と屈託のない笑顔で会場を後にするさや姉。さすがプロだね。

NMBの方は大阪府出身で東京大学教養学部卒業後ニューヨークで映画を学んだ舩橋淳が監督を務めた。大阪らしい、「コテコテ」で「泥臭い」ドキュメンタリー映画に仕上がっている。これだけ地方色を鮮明に打ち出した作品はこれまで無かった。特に淀川から道頓堀川に至る河川を下る船の上で、第1回ドラフト会議で指名されNMBに入った須藤凛々花(12thシングル「ドリアン少年」センター)が、ニーチェやジョン・スチュアート・ミルらの言葉を朗読する場面は正に異空間で、個性的なその絵(映像)に惹きつけられた。リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」とか、高倉健・松田優作が出演した「ブラック・レイン」(大阪が舞台)のことを想い出した。

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悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46

評価:D

映画公式サイトはこちら

アイドルのドキュメンタリー映画を観るのはこれで6作品目である。AKB48が4本、そしてSKE48が1本。AKBの第1作(監督:寒竹ゆり)は凡庸な駄作だったが、高橋栄樹監督に交代してから後の3作品は見違えるような完成度となり、特に第2作は「戦争映画」と評しても過言ではない位の凄まじい傑作であった(レビューはこちら)。また石原 真が監督した「アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE48」もすこぶる面白かった。

で乃木坂46の登場だ。僕はバナナマンが司会するテレビ番組「乃木坂って、どこ?」を2011年10月の第1回放送から見ている。彼女たちの1stシングル「ぐるぐるカーテン」発売よりもずっと前の話だ。「乃木坂って、どこ?」の映像は今回のドキュメンタリーでも多々引用されている。

映画は死ぬほど詰まらなかった。生駒里奈、橋本奈々未、白石麻衣、西野七瀬、生田絵梨花らの幼少期の写真とか母親の手記が流れるんだけれど、そんな情報はいらねぇーんだよ!生駒が小学生の時に虐められていて、両親には黙っていたとか、白石が中学生の時に不登校になったとか、どーでもいい。僕らが興味が有るのは彼女たちの現在であって、過去ではない。生駒が秋田県の出身中学校を訪ねて、古巣ブラスバンド部の後輩が彼女に歌(合唱)をプレゼントする場面を(一曲丸ごと)延々聴かせられたのには閉口した。これは一体、誰のための映画なのか??取材で集めた母親たちの言葉が全て西田尚美のナレーションで語られるのも意味不明。親の出る幕ではない。七福神経験者など、ごく限られたメンバーにしかスポットライトが当たらないのも考えものだ。作り方としてAKBドキュメンタリー第1作の駄目なやり方を愚かにも踏襲している。一方、「アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE48」の場合は卒業生を含めて40人以上にインタビューを敢行している。そういうやり方でないと大局が見えない。井の中の蛙大海を知らず。乃木坂の2期生は完全無視。最後に申し訳程度に堀未央奈の名前が出てくるが、「バレッタ」で新センターに抜擢されて以降、ポジションが落ちる一方とナレーションで片付けられて、インタビューすらなし。これでは余りにも2期生たちが可哀想だ。松村沙友理のスキャンダルの扱いも生ぬる過ぎて煮え切らない。そもそも松村を解雇せずして、今年こそ紅白に出場できると運営陣は本気で考えているのだろうか?甘すぎる。

最低最悪、素材を生かし切れず、こんな代物を世に問うた監督の丸山健志は万死に値する。おととい来やがれ!

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アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE48

評価:B+

Ske

映画公式サイトはこちら

兵庫県西宮市のTOHOシネマズで平日18時からの上映を鑑賞。なんと客が僕を含めて3人しかいなかった!大丈夫か、SKE48?続いて連チャンで20時半から「くちびるに歌を」を観たのだが、そちらは4人。ヲイヲイ、ガッキーに負けてるぞ。因みに別の日に同館のレイトショーで観た「幕が上がる」は12人いた。結論ーももクロの完勝。本編前に「DOCUMENTARY of 乃木坂46」予告編があった。

今回の監督は石原 真。NHKエンターブライズ所属のエグゼクティブ・プロデューサーで、NHKで放送されている「MUSIC JAPAN」や「AKB 48 SHOW !」の制作統括を務めている。48グループを熟知している人だから、実に内容が充実していた。

ドキュメンタリーは2014年2月2日、ナゴヤドームがオレンジ(SKEのチームカラー)のサイリウム一色に染まったSKE決起集会。「箱で推せ!」の様子から始まる。

続いて2014年末に発売されたシングル曲「12月のカンガルー」で北川綾巴(6期生)と宮前杏実(5期生)が、それまで選抜メンバーを牽引してきた松井珠理奈、松井玲奈の”ダブル松井”(共に1期生)に代わり、ダブルセンターに起用された瞬間をカメラが捉える。何が起こったか理解出来ずキョトンとしているふたりが可笑しい。そして一気に時は6年半前、1期生のオーディションに遡る。最後にはまたナゴヤドームと新センターの話に戻ってくるという、非常に巧みな構成だ。

40人以上のインタビューが核となっており、1期生の卒業生なんか殆ど登場するんじゃないかな?桑原みずきとか出口陽 、平松可奈子など懐かしかった。矢神久美には取材を何度も断られたそうだ。彼女はアイドル時代よりずっと綺麗になっていたし、ファッショナブルな大人の女性に成長していた。また小木曽汐莉(3期・卒業生)が恥じらいながらポロポーズされたことを告白する場面も素敵だった。膨大な数だが各々程よく短めに編集されており、観ていてダレない。

振付を担当している牧野アンナのシゴキっぷりが凄い。SKE結成から1ヶ月後、日比谷野外音楽堂でデビューした時に披露した”PARTYがはじまるよ”は人々から「あんなにハードなPARTYは見たことない」と言われたそう。

チームSの劇場公演3rd Stage「制服の芽」初日直前、”ピノキオ軍”を練習中に松井玲奈が「痛いっ!」と腰を押さえて倒れこんだ。しかし何もなかったようにレッスンは続行される。牧野は玲奈を無視して檄を飛ばす。The Show Must Go On. また他のメンバーがレッスン中に過呼吸に至る様子も映し出される。まるで鬼軍曹が新米の兵士をシゴイているようで、「愛と青春の旅だち」のルイス・ゴセット・ジュニア(アカデミー助演男優賞受賞)とか、「フルメタル・ジャケット」のロナルド・リー・アーメイ、間もなく公開される「セッション」で厳格な音楽教師を演じたJ・K・シモンズ(アカデミー助演男優賞受賞)などを想い出した。エキサイティングなシーンだった。

須田亜香里(3期)が、「『センターが変わります』とアナウンスされた瞬間、『あ、私だ!』と思いました」とニコニコしながら言い、古畑奈和(5期)は「センターになる約束をしている」と語る(あるインタビュー記事によると、卒業した同期の菅なな子と「一緒にセンターを取ろうね」と言っていていたそう)。東李苑(6期)は「(北川と宮前がセンターに選ばれたことについて)そりゃぁ悔しいですよ。でももしそういう気持ちがなかったら、私はSKEを辞めてます」とキッパリ断言する。彼女たちは強い。生存競争は過酷だ。タフでなければアイドルとして生きていくことは出来ないのだろう。

ただ本作で唯一残念だったのは向田茉夏(2期・卒業生)のインタビューが取れていないことである。2ndシングル「青空片想い」から選抜メンバーを務め、当初から長らくチームKIIのセンターを張っていた彼女の不在は痛い。多分取材を断られたんだろうな……。

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21世紀に誕生した青春映画の金字塔「幕が上がる」

評価:A+

映画公式サイトはこちら

僕はももいろクローバーZに全く興味がない。メンバーの名前も誰一人知らないし、彼女たちの歌も一切聴いたことがない。それでもどうしてもこの映画を観たいと想った。その理由はキネマ旬報誌で大林宣彦監督が本作を絶賛していたからである。

またAKB48のMVやドキュメンタリー映画を撮っている高橋栄樹監督も次のようにツィートされている。

ここまで言われたらもう、観るしかないでしょう。他の選択肢はない。

本広克行監督は大林監督との対談で本作を順撮り(シナリオ通りの順番で撮影すること)したと語っている。正にその効果が覿面(テキメン)で、当初は芝居に対してズブの素人だったももクロたちが、次第に演技に目覚めどんどん輝いていく姿がまるでドキュメンタリーのように捉えられ、フィルムに封じ込められている。彼女たちは原作者であり劇作家・演出家でもある平田オリザのワークショップに参加したそうだが、その功績も大いにあっただろう。

本広監督は元々演劇に対する関心が深い人だ。監督の故郷・香川県で撮られ、僕が大好きな映画「サマータイムマシーン・ブルース」は劇団ヨーロッパ企画の代表作であり、舞台の台本を書いた上田誠が映画のシナリオも執筆している。そして「幕が上がる」の冒頭で演劇部の部員が焼却する台本が何と、「ウィンタータイムマシーン・ブルース」なのである!

で「幕が上がる」の誰が凄いって、ももクロじゃない。美術教師役の黒木 華(くろき はる)、彼女に尽きる。何なんだ、あの強烈な存在感は!彼女が登場した途端に画面がキュッと引き締まる。そして突然の不在にも残り香が薫るのだ。間違いなく今年の助演女優賞は彼女が総なめするだろう。黒木 華演じる教師はかつて「学生演劇の女王」と呼ばれたという役どころだが、彼女自身も(大阪府の進学校)追手門学院高等学校演劇部時代に1年生の時から主役を務めていたそうで、大学時代に野田秀樹の演劇ワークショップに参加し、オーディションに合格してNODA・MAPの公演「ザ・キャラクター」でデビューしたという経歴を持つ。

本作の「発明」は未だ映画で一度も描かれたことがなかった高校演劇の世界をテーマにしたことにある。全国高等学校演劇大会の様子もダイジェストで登場するのだが、何と熱い空間だろう!驚きの連続であり、背筋が伸びる想いがした。アイドルと演劇の世界の融合という点では、恐らく薬師丸ひろ子主演、澤井信一郎・荒井晴彦脚色による映画「Wの悲劇」を参考にした側面もあるのではないか?「幕が上がる」の主人公が見る悪夢の中で演劇部の顧問から罵倒され灰皿を投げつけられる場面があるが、あれは蜷川幸雄がモデルであり、「Wの悲劇」にも蜷川幸雄が演出家役として登場するのである。

そして特筆すべきは「幕は上がる」のカーテンコール。ミュージカル仕立て、そしてメイキング映像も織り込むという手法は明らかに大林宣彦監督「時をかける少女」(1983)へのオマージュである。おまけにラストはももクロのメンバーがフィックス(固定)されたカメラに向かって走ってきて微笑むというカットなのだが、これも「時かけ」の原田知世とそっくりに仕上げているという念の入れよう。恐れ入った。

本広監督は本作を撮るにあたり、大林宣彦と山田洋次が若手の監督を呼んで語り合う「渋谷シネマ会」に参加し、アイドル映画を撮る極意について指南を仰いだそうである(詳細はこちら)。大林監督からの助言は「(被写体を)愛すればいいんだよ」だったという。そしてそれが結実したのが「幕が上がる」なのである。

本作は紛れもなく「桐島、部活やめるってよ」に拮抗する、21世紀に生まれた青春映画の金字塔である。読者諸君、直ちに映画館に駆けつけ、この世紀の大傑作を目撃せよ!

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DOCUMENTARY of AKB48 The time has come 少女たちは、今、その背中に何を想う?

評価:A

映画公式サイトはこちら。AKB48のドキュメンタリー第4弾である。僕は全て観ているが、寒竹ゆりが監督した第1作は凡庸で、救いようのない駄作であった。しかし、メジャーデビュー間もない頃の「軽蔑していた愛情」から彼女たちのMVを多数撮ってきた高橋栄樹監督にバトンタッチして以降の3作は見違えるほどの完成度の高さを誇ることになる。特に3・11東日本大震災と、西武ドームでのコンサートで楽屋裏では過呼吸で倒れた前田敦子が果敢にステージに立つ姿に焦点を当てた第2作は掛け値なしの大傑作であった。

第2作ほど大きなテーマがなく、前田敦子の卒業と「センター=立ち位置0とは一体、彼女たちにとって何を意味するのか?」を問う第3作は些かトーンダウンの印象を拭い去れなかった。もうネタ切れかな?と僕は想った。実際、毎年2月に新作が公開されていたのに今年は音沙汰がなかった。しかし、約半年遅れてこの7月に第4作が登場した。恐らく大島優子卒業を待っての、このタイミングなのだろう。そうこうしている間に世間を震撼させた握手会襲撃事件が偶然発生し、ちゃっかり盛り込まれた。時期をずらした価値は十二分にあったのだ

第2作の時もそうだったが、本作を観てつくづく身に沁みるのは「これは戦争映画だ!」ということ。ある人が本作を「これは高橋版『仁義なき戦い 代理戦争』だ」と評したが、言い得て妙である。

AKBグループのメンバーが置かれた状況は余りにも過酷である。弱肉強食、一瞬でも気を抜いたものは生き残れない。かといって努力だけでは報われない。運(例えば生まれ持った容姿・資質)にも左右される。「運命の女神は果たして自分に微笑んでくれるのか?」どうかは誰にも分からない。四面楚歌、周囲は敵ばかり。秋元康を含む運営スタッフも決して味方ではない。ある日突然「大組閣祭り」と称して地方へ飛ばされる女の子もいる。人事異動についての説明は一切ない。何が起こっているのか、全く状況が把握出来ない。彼女たちは一瞬にしてパニックとなり極限状態に追い詰められる。非情だ。しかし、そこから何かが生まれる。それを秋元(=運命の女神、いや悪魔?)は狙っているのだが……。

大組閣で名古屋のSKE48の移籍を命じられた佐藤すみれや大阪のNMB48に行くことになった藤江れいなは、発表の瞬間立っていることも出来ず泣き崩れるが、翌日のインタビューでは既に立ち直り、前向きなコメントをしているのが印象的だった。彼女たちはタフだ。そういう者のみがこの残酷な世界で生き残れる。

対象となる期間は1年半だが本作はその焦点を昨年12月31日の紅白歌合戦から今年6月の襲撃事件及び総選挙までに絞っている。その狙いは大成功だったと言えるだろう。紅白で卒業発表をする予定の大島優子のリハーサル時の不安そうな顔をカメラはアップで捉える。総監督・高橋みなみ以外のメンバーは未だ誰もその事実を知らない。また優子の卒業セレモニーが行われる予定だった国立競技場ライヴが悪天候で中止になった時、その知らせを聞いた彼女が号泣する瞬間もカメラに収められている。ここで一瞬、無音になる演出もいい。セレモニー中止になる前日ライヴ(曲目はUZA)の畳み掛けるような編集も素晴らしい。さすが高橋監督、数々のMVを撮ってきたキャリアは伊達じゃない。またこの時の舞台がまるでシルクド・ソレイユみたいなアクロバティックな演出で観応えがある。

総選挙でスピーチするメンバーの後ろ姿をキャメラは舞台袖から撮る。雨が激しく降っている。彼女たちの眼の前に広がるのは茫洋たる暗闇。絶対的孤独……。このドキュメンタリーのテーマを象徴する風景である。日本のアイドルの生き様はハードボイルドだ。

また本作には総選挙の順位(36位)に落ち込んでいるこじまこ(小嶋真子、チーム4→K)に対し「今年はあなたの名前を知ってもらう年。来年羽ばたけばいいんだから」と慰める芽野しのぶ(衣装チーフ・デザイナー兼グループ総支配人)の様子とか、公演初日のように舞台上で時めかない自分に対して苛立つ岡田奈々(チーム4)の憂鬱とか、次世代に対する目配りも怠りない。100点満点である。

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乃木坂46 握手会参加顛末記

12月28日(土)京都パルスプラザ大展示場へ。乃木坂46「バレッタ」発売記念全国握手会に初参加した。

Nogi

約6千人が集まったそう。AKB48の握手会@京セラドーム大阪の動員が3万2千人くらいだそうだから1/5ね。ちなみに「バレッタ」CDの初週売上が39.5万枚で、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」の初週売上は133万枚だった。

AKB48の握手会に参加した時は女性が3-4割と多くて驚いたのだが、乃木坂の方は女性が全体の5%くらいかな?やはりAKBは国民的アイドルで、乃木坂は未だそうじゃないってことなのだろう。髪に蝶のバレッタをした女性もいた。

AKB48握手会@京セラドーム大阪は指定席で、乃木坂48のミニライブは全員立ち見。それがちょっとキツかったが、ただ会場が小中学校の体育館みたいに狭いのでライブの臨場感はあった(AKBの場合は客席からステージまでが余りにも遠く、オペラグラスを使ってもメンバーが豆粒くらいにしか見えない)。

11時から開始のミニライブは、影アナ/生駒里奈・西野七瀬で始まった。

  • バレッタ
  • 初恋の人を今でも
  • 私のために 誰かのために
  • やさしさとは
  • 月の大きさ
  • そんなバカな...

1時間弱でライブが終わり休憩に。13時から握手会がスタート。

AKB48握手会の場合は大島優子、柏木由紀、渡辺麻友らが1人レーンだけれど、乃木坂は全員1レーン2人以上でお得感あり。握手券が手元に3枚あったので、西野七瀬と「バレッタ」でセンターに大抜擢された堀未央奈のレーンに行くことははすんなり決まり、3枚目は迷った挙句、齋藤飛鳥にした。

◯ 西野七瀬 / 大和里菜
◯ 堀未央奈 / 寺田蘭世 / 佐々木琴子
◯ 齋藤飛鳥 / 衛藤美彩

AKB全国握手会は2-3秒で剥がされるので一言交わすのがやっとだが、乃木坂では10秒位与えられ比較的会話する余裕があった。みんな笑顔が可愛く感じがいい娘たちだった。これなら1600円のCD=イベント参加代は決して高くないなと想った。

あとAKBのブースは完全に外から遮蔽されているのだが、乃木坂は中が丸見えなので、すぐ隣りのレーンで握手しているメンバーの表情がよく見えた。白石麻衣のレーンに女性が2割位並んでいて、さすがファッションモデルもしているから女性人気が高いんだなと想った。

3レーン廻り30分弱で終了。AKBは電光掲示板に表示される整理番号待ちなどで2時間以上かかったから、拍子抜けだった。

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秋元康と仄暗い欲望/AKB48「鈴懸なんちゃら」、乃木坂46「バレッタ」

僕は秋元康を作詞家として高く評価しているが、なにしろ多作な人なのでその9割は「テキトーに書き飛ばしました」というやっつけ仕事である。ところがたまに本気を出すと、例えばAKB48の楽曲でいえば「夕陽を見ているか?」「Beginner」「風は吹いている」みたいにびっくりするくらい良い詩が生まれることがある。ノースリーブスに提供した「キリギリス人」はその人生哲学に甚く共感したし、いじめられっ子で孤立した男の子の心情を歌った乃木坂46の「君の名は希望」なんかも感動的な神曲だ。

ところが前田敦子卒業後、AKB48への楽曲がどうも質的に低下した気がして仕方がない。やる気が感じられない。選曲眼も鈍っている(秋元は常々1000曲以上ストックがあるデモを聴き、シングル曲を決定。それに詞を当てるという「曲先」という方式を採用している。その逆が「詞先」)。特に「ギンガムチェック」はもう救いようがない。最低最悪である。

思うに前田敦子という存在は秋元康にとってインスピレーションの源、ミューズだったのだろう。それは「オペラ座の怪人」のアンドリュー・ロイド=ウェバーがサラ・ブライトマンのことを「私の音楽の天使(Angel of music)」と呼ぶのに似ている。サラが去って以降、ウェバーの才能は枯渇してしまった。

しかし12月11日にリリースされるAKB48のシングル『鈴懸(すずかけ)の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの』(公式略称「鈴懸なんちゃら」)は久々に秋元の「本気」を感じさせる傑作である。そもそも長ったらしいタイトルからして「気合」が入っている。

映画だったら「ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう」「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」など長いタイトルの作品はあったが、アイドルの曲名としては前代未聞だろう。

鈴懸なんちゃら」のメンバーはじゃんけん選抜である。センターを仕留めたのは松井珠理奈。彼女は1回戦から決勝までパーを出し続けて優勝した(ちなみに前年はぱるること島崎遥香がチョキを出し続けて優勝)。

当然「ヤラセ」疑惑が浮上するわけだが、事の真偽はさておき僕は少なくとも2位となったNMB48(チームB IIキャプテン)の上枝恵美加は決勝戦で意図的に負けたのではないかと考えている(珠理奈がパーを出すことは事前に予想できたわけだから)。

センター(立ち位置0)に対するプレッシャー、「もし私がセンターになったら、他のメンバーのファンからどんな激しいバッシングを受けるだろう?」という恐怖。「珠理奈でなく私がセンターになっても、秋元先生は決して祝福してくださらないだろうな」という不安。様々な感情が彼女をよぎったのではないだろうか?妄想するのは僕の自由だ。そもそもヲタのアイドルに対する疑似恋愛という感情も妄想の産物だしね(その妄想を壊さないために恋愛禁止というルールがある)。

秋元康が松井珠理奈(16)をAKB48シングル「大声ダイアモンド」のセンターに抜擢したのは彼女が11歳、未だ小学生の時だった。

鈴懸なんちゃら」には次のような詞がある。

小さい頃から知ってる 妹みたいな君が
いつのまにか 大人になってて はっとした

僕はこの想い 語らない
今の距離がちょうどいい
あの頃のように 大声で笑う 君を見守りたい

あと「鈴懸なんちゃら」には次のような掛け合いが登場するが、

好き!好き!好き!好き!
あーーーーーだ・い・す・き・だ!

これは「大声ダイアモンド」の、

大好きだ 君が 大好きだ
僕は全力で走る
大好きだ ずっと 大好きだ
声の限り叫ぼう

に呼応している。つまり鈴懸なんちゃら」は明らかに秋元康の松井珠理奈に対する想いを歌っているのである。これを「キモい」と嫌悪するヲタたちがいるが、僕は敢えて言おう。「キモいから最高なんだ」と。得てして創作活動(Creation)とはそういうものだ。「鈴懸なんちゃら」を歌えるじゃんけん選抜メンバーは幸せだ。もし珠理奈がセンターにならなければ、こんな名曲が生まれる可能性は決してなかったわけだから。

なお、念のため申し添えておくが僕はヴィブラート過多なサラ・ブライトマンの歌唱は嫌いだし、松井珠理奈も彼女の何処に魅力があるのだかサッパリ理解出来ない。

さて、11月27日に発売された乃木坂46のシングル「バレッタ」(作詞:秋元康)を聴いて、淫靡な歌詞だなと想った。

大きな蝶の形の「バレッタ(髪留め)」をした美しいクラスメイトに恋をする少年の心情を歌っており、彼は学校の図書室でヘミングウェイを読みながら、窓際で「男子でカッコいいのは誰か?」と会議中の女子をチラ見するという内容。

一方、「バレッタ」のミュージック・ビデオ(MV)は次のような内容だ。

少女を誘拐し、人間剥製にして客に売る闇組織。捕われた仲間(新センターに大抜擢された二期生の堀未央奈)を救うべく、八福神が敵のアジト(雑居ビル地階のショーパブ)を急襲する。

このMVはファンの間で「全然曲の歌詞と関係がない!」と不評で、物議を醸している。しかし僕の意見は違う。

蝶々といえば想い出すのは巨匠ウィリアム・ワイラー監督、テレンス・スタンプ主演の映画「コレクター」(1965)である。蝶の採集が趣味の孤独な銀行員フレディーはある日、美術大学に通う女性ミランダを誘拐し、地下室に監禁する。そして……というあらすじ。つまり「バレッタ」MVのプロットは「コレクター」を下敷きにしているのである。「少女を人間剥製にする」という行為は「蝶々を採集し、標本箱にピンで留める」ことのメタファーである。またこの世界観はマリオン・コティヤールが出演したフランス映画「エコール」(2004)にも近似性があるので、未見の方にはご覧になることをお勧めしたい。

とすれば「バレッタ」の歌詞、

昆虫の図鑑には
きっと載っていないって
思ってた
妄想からロマンスが
ふいに 動き出す

これって意味深だと思いません?僕には語り手の暗い情念、欲望が垣間見られる気がするのだ。

あと注目すべきは語り手の少年がヘミングウェイを読んでいることである。何故ヘミングウェイなのか?

ヘミングウェイには「蝶々と戦車」という短編がある。時はスペイン内戦、舞台となるのはマドリードにあるバー「チコーテ」。ここで喧嘩騒ぎが勃発し、ひとりの男が大勢に取り押さえられ、拳銃で撃たれる。そしてバーの支配人が最後にこんなことを言う。

「つまり、彼の陽気さが、戦争の深刻さとぶつかったんです。さながら蝶々みたいにー (中略)おわかりですか?あれはちょうど、蝶々と戦車みたいなものだったんです」(高見浩 訳、新潮文庫)

蝶々=少女、戦車=語り手の少年 と読み替えたらどうだろう?「バレッタ」に繋がってきはしまいか?つまり「バレッタ」の歌詞は少年の持つ破壊衝動を暗示しているという解釈も成り立つのである。

秋元康、一筋縄ではいかない男である。

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