シャンソン(歌)、ミュゼット(カフェ)、民族音楽

わが心の歌 25選 ⑥ ミュージカル「回転木馬」と、サッカーとの摩訶不思議な関係/メグ・ライアンの想い出

作詞:オスカー・ハマースタイン2世、作曲:リチャード・ロジャースという、『オクラホマ!』や『王様と私』で知られるコンビによるミュージカル『回転木馬 Carousel 』は1945年にブロードウェイで初演された。1993年にはキャメロン・マッキントッシュ製作、『ミス・サイゴン』のニコラス・ハイトナー演出で再演され、トニー賞を5部門受賞(ミュージカル・リバイバル作品賞/ミュージカル演出賞/振付賞/装置デザイン賞/ミュージカル助演女優賞:オードラ・マクドナルド)。因みに初演時はトニー賞創設前であった(初回授賞式は1947年)。56年には20世紀フォックスで映画化された。主演はシャーリー・ジョーンズとゴードン・マクレー。また2006年ごろにヒュー・ジャックマン主演で映画のリメイク企画があったのだが、立ち消えになっている(記事こちら)。

日本では69年に宝塚雪組が初演した(宝塚大劇場)。84年に宝塚星組が宝塚バウホールで再演し、95年に東宝が帝国劇場他で上演。僕は1996年7月9日~8月27日 大阪・劇場飛天(現在の梅田芸術劇場)における上演を観た。演出:ニコラス・ハイトナー、振付:サー・ケネス・マクミラン、訳詞は『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』の岩谷時子。涼風真世、石川禅、吉岡小鼓音、市村正親らが出演した。このプロダクションはこれっきりで、2009年に東京の銀河劇場でロバート・マックイーン演出、笹本玲奈・浦井健治 主演で再演されたようだが、関西には来なかった。

一番好きなナンバーは、なんといっても"You'll Never Walk Alone"である。映画版ではオペラ歌手(コントラルト)クララメイ・ターナーが歌った。

これは現在サッカーのサポーター・ソングとして、英国のリヴァプールFCやJリーグのFC東京のファンの間で愛唱されている。

 

L

 

上はリバプールFCのエンブレムだが、ここにも "You'll Never Walk Alone"の文字が刻まれている。

世界でなんと、20以上のサッカー・チームのサポーター達がこれを歌い継いでいるのである!次のような歌詞だ。

When you walk through a storm
Hold your head up high
And don't be afraid of the dark

嵐の中を歩くとき
顔を上げ、しっかり前を向きなさい
暗闇を恐れないで

At the end of the storm
There's a golden sky
And the sweet silver song of a lark

嵐の向こうには
光り輝く空が広がっている
そして雲雀の優しく澄んだ歌声が聴こえる

Walk on through the wind
Walk on through the rain
Though your dreams be tossed and blown

風の中を歩きなさい
雨の中を歩きなさい
たとえ夢が吹き飛ばされたとしても

Walk on, walk on
With hope in your heart
And you'll never walk alone

歩いて、歩き続けなさい
希望を胸に抱いて
独りぼっちじゃないよ

And you'll never walk alone

あなたは独りぼっちじゃない

まずフランク・シナトラの歌唱で聴いてみてください。こちら!あと歌なしのフランク・チャックスフィールド&オーケストラの演奏もどうぞ。こちら

同じハマースタイン2世&ロジャースのコンビ作『サウンド・オブ・ミュージック』で修道院長が歌う「すべての山に登れ(Climb Every Mountain)」は内容的にこの歌に非常に近い(映画版の動画はこちら)。僕は中学生の時に初めて「すべての山に登れ」を聴いて、心を打たれた。からだの奥底からじわじわと勇気が湧いてくる気がした。

ミュージカル『回転木馬 (Carousel)』の主人公ビリーはすぐに妻や娘に手を上げる暴力夫であり、#MeToo 運動が盛んな現代には受け入れ難いかも知れない。しかしどの楽曲も極上の出来であり、オーケストラだけで演奏されるカルーセル・ワルツも僕は大好き。こちら!物語後半のビリーは悔い改めているので、どうか許してやってください。

原作は1909年にハンガリー・ブタペストで初演された戯曲『リリオム』。1934年にフリッツ・ラングが監督したフランス映画『リリオム』も傑作。ユダヤ人のラングはこの時ちょうどアドルフ・ヒトラー政権を逃れてドイツからフランスに亡命していたのだが、ドイツ軍がフランスに侵攻したため、さらにアメリカ合衆国に渡ることになる。

『回転木馬』を鑑賞するには映画版を観るのも良し、もっとお勧めなのがリンカーンセンターで開催された公演を収録したDVD。

Carousel

ただし、北米のリージョン1対応DVDなので、日本国内の(リージョン2)プレイヤーでは観ることが出来ない。

ところが!コロナ禍のおかげ(?)で2020年7月10日よりミュージカル全編がYouTubeで無料配信されているのを発見した!!!こちら画面右下あたりのスイッチをクリックすれば、英語字幕を呼び出す機能も。

ヒロイン=ジュリーを演じるのはケリー・オハラ。渡辺謙と『王様と私』で共演し、トニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞した。その友人キャリー役は『ビューティフル − キャロル・キング・ミュージカル』でトニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞したジェシー・ミューラー。ビリー役はメトロポリタン・オペラにしばしば出演しているバリトンのネイサン・ガン。また「6月は一斉に花開く(June Is Bustin' Out All Over)」や、"You'll Never Walk Alone"を歌うステファニー・ブライスもメトで活躍するメゾ・ソプラノ。これ以上望みようのない超豪華キャストである。オーケストラはニューヨーク・フィル。至れり尽くせりだ。

劇中clambakeという言葉が出てくるのだが、これは海浜で焼け石を使ってハマグリなどを焼いて食べるピクニックのことを指す。日本人には馴染みがない習慣なのでピンとこない。あと「6月は一斉に花開く」は名曲だが、日本で6月といえば梅雨の季節なので、やはりどうもイメージが湧かない。余談だがこの歌詞中に"March went out like a lion"(3月はライオンのように過ぎ去っていった)とあり、な、なんと羽海野チカの漫画『3月のライオン』に繋がっている!

Whenharrymetsally

「It Had To Be You」(ハリー・コニック Jr.) はメグ・ライアン主演、ロブ・ライナー監督『恋人たちの予感』(When Harry Met Sally...)で使用された楽曲。試聴はこちら。脚本を書いたノーラ・エフロン(1941-2012)は後に監督業に進出し、メグ・ライアン主演で『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』とロマンティック・コメディ三部作を仕上げた。なおノーラはウォーターゲート事件の真相を暴いた記者、ワシントン・ポスト紙のカール・バーンスタインと結婚していた時期があり、映画『大統領の陰謀』シナリオの手直しにも関わっていたらしい(アカデミー脚色賞受賞)。だからスティーヴン・スピルバーグが監督し、ワシントン・ポスト社が舞台となる『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のエンドロールに「ノーラ・エフロンに捧ぐ」とクレジットされている(ラストシーンは『大統領の陰謀』冒頭部に直接繋がっている)。

「もしあなただったら」と訳されたりもする "It Had to Be You"は1924年に発表された。アイシャム・ジョーンズが作曲し、カス・カーンが作詞した。ハリー・コニック Jr.のパフォーマンスはフランク・シナトラを彷彿とさせ、「ビッグ・バンド・スタイル」の再来と評された。マーク・シャイマンによるゴージャスなアレンジの功績が大きい。シャイマンは後にブロードウェイ・ミュージカル『ヘアスプレー』や『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『チャーリーとチョコレート工場』を作曲した。

"It Had to Be You"はメグのお相手役だったビリー・クリスタルのテーマ曲となり、彼がアカデミー賞授賞式司会者に起用された際、登場場面で必ずこの曲が演奏された(計9回担当)。

『恋人たちの予感』はメグ・ライアン絶頂期の作品で彼女が最高にキュート、掛け値なしに名作なのだが、公開当時劇場で観たときから僕にはどうしても納得がいかないことがあった。映画冒頭で〈セックス抜きで男女の友情は成立するのか?〉と問題提起されるのだが、最後にハリーとサリーは性交してしまう。つまり〈セックス抜きで男女の友情は成立しない〉と結論を下しているのである。そんなのあり??僕は憤った。許し難い背信行為である。

結局この問題に決着をつけてくれたのがアイルランド出身ジョン・カーニー監督の『ONCE ダブリンの片隅で』(2007)と『はじまりのうた』(2013)。漸く我が意を得たりと溜飲を下げることが出来た。またジョン・カーニーが監督したAmazon プライム・ビデオのドラマシリーズ『モダン・ラブ ~今日もNYの街角で~』第1話“私の特別なドアマン”も同趣旨の大傑作である。こちらからどうぞ。

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わが心の歌 25選 ⑤ 本当は恐ろしい「Alone Again」/Woman 〜“Wの悲劇”より

Alone Again」(ギルバート・オサリバン)

今年の2月頃、まだ新型コロナウィルスが蔓延する前、スポーツ・ジムに行ったときに館内の有線放送で"Alone Again"がかかっていたので懐かしく思った。1986年に公開された高橋留美子原作、石原真理子主演、澤井信一郎監督の映画『めぞん一刻』実写版(駄作だった)の主題歌としてエンドロールで流れた歌である。映画の公開に合わせて、同時期に放送されていたテレビアニメ版のテーマソングとしても起用されたという。

"Alone Again"はアイルランド出身のシンガーソングライター、ギルバート・オサリバンが1972年にリリースした楽曲である。アメリカ合衆国のBillboardシングルチャートで6週連続1位、日本でもオリコン洋楽シングルチャートで5週1位を獲得した。Spotifyではこちら

どういうことを歌っているのだろう、とふと気になったので調べてみた。そしたら朴訥な歌い方でのんびりした曲調とは似ても似つかない内容だったので、驚愕した!

歌詞対訳を掲載しよう(小生訳、無断転載禁止)。

In a little while from now
If I'm not feeling any less sour
I promise myself to treat myself
And visit a nearby tower
And climbing to the top
Will throw myself off
In an effort to make clear to whoever
What it's like when you're shattered
Left standing in the lurch
At a church where people saying
My God, that's tough, she stood him up
No point in us remaining
We may as well go home
As I did on my own
Alone again, naturally

今からしばらく経って
もしこの酸っぱい気持ちが収まらなかったら
こうしてやろうと誓いを立てているんだ
近くの高いビルまで行き
屋上に登って
身を投げようって
みんなにはっきり分からせてやるのさ
心を粉々にされたら、どんな感じかって
教会の結婚式でひとり置き去りにされ
タキシード姿で立ったまま人々が口々に言い合うのを聞いた
「これはキツイな!」「花嫁さんにすっぽかされたのね」
「これ以上ここにいても仕方ないね」
「もう帰りましょうか」
僕自身もそうするしかなかった
またひとりぼっちだ。自然にね

To think that only yesterday
I was cheerful, bright and gay
Looking forward to, well, who wouldn't do
The role I was about to play
But as if to knock me down
Reality came around
And without so much as a mere touch
Cut me into little pieces
Leaving me to doubt
Talk about God and His mercy
Oh, if he really does exist
Why did He desert me
In my hour of need?
I truly am, indeed
Alone again, naturally

たった昨日まで僕は
朗らかで、元気よく、陽気だった
明るい未来を期待していた、でもまさか
こんな道化役を演じるなんて考えてもみなかった
ところが僕を叩きのめすように
現実が襲いかかってきた
そして指一本触れられることなく
僕はズタズタに引き裂かれた
放っておかれた僕は疑問を抱いた
神の慈悲についての話さ
ああ、もし神が本当に存在するのなら
彼はどうして僕を見捨てたのか?
一番必要としているときに
僕は真実、本当に
またひとりぼっちだ。自然にね

It seems to me that there are more hearts
Broken in the world that can't be mended
Left unattended
What do we do?
What do we do?

心が折れて癒やされずにいる人たちが
世界にはもっとたくさんいるように思う
誰にも寄り添ってもらえずに
僕らはどうしたらいい?
どうしたら?

Alone again naturally

またひとりぼっちだ。自然にね

Now, looking back over the years
And whatever else that appears
I remember I cried when my father died
Never wishing to hide the tears
And at sixty-five years old
My mother, God rest her soul
Couldn't understand why the only man
She had ever loved had been taken
Leaving her to start
With a heart so badly broken
Despite encouragement from me
No words were ever spoken
And when she passed away
I cried and cried all day
Alone again, naturally
Alone again, naturally

何年も前のことを振り返り
立ち現れる光景のあれこれに向き合うと
父さんが死んだとき泣いたことを思い出した
僕は溢れ出る涙を拭おうともしなかった
当時母さんは65歳だった
(神様、どうか彼女の魂に安寧を)
母さんは理解出来なかった
彼女が生涯ただ一人愛した男が
どうして天に召されなかればならないのか
そして、心がめちゃめちゃにされたまま
これからの生活を始めなければならないか
僕がいくら励ましても
一言も返答はなかった
そして母さんが逝去したとき
僕は一日中泣いて、泣いた
またひとりぼっちだ。自然にね
またひとりぼっち……

いやはや。Oh,my God ! Jesus Christ!である。

つまりダスティン・ホフマン主演、マイク・ニコルズ監督、アメリカン・ニューシネマを代表する映画『卒業』のラストシーン、結婚式当日に教会で花嫁を略奪され、ひとり取り残された新郎の心情を歌っているとも解釈出来る。『卒業』の公開が1967年なので時期としても合っている。いわゆるアンサーソングと言って良いのではないだろうか?

そして彼は、まるでイングマル・ベルイマンの映画みたいに、〈神の不在〉を確信し、絶望して死にたいと思う。もの凄い歌詞だ。

これだけ曲調と歌詞が乖離していても良いんだな、ということを学んだ。究極のギャップ萌えだ。

「Woman」薬師丸ひろ子主演の角川映画『Wの悲劇』(1984)主題歌。併映は大林宣彦監督、原田知世主演『天国にいちばん近い島』だった。

映画自体、澤井信一郎監督の最高傑作である。夏樹静子の原作小説を舞台劇に封じ込めた〈入れ子構造〉が最大の勝因であろう。薬師丸ひろ子が劇団の研究性を演じ、ベテラン女優役の三田佳子が圧巻の貫禄だった。映画の中で三田は女優として生きるために〈妻〉や〈母〉としての自分を捨てるが、実生活の彼女はそれらに執着したたため、後に〈悲劇〉に見舞われることになる(詳しくはこちら)。人生とは皮肉なものである。

主題歌は松本隆の歌詞が秀逸で、

ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されていく

ここが特に素晴らしい!「百人一首」に採用された、曽禰好忠の和歌(新古今集)を踏まえている。

由良(ゆら)の門(と)を 渡る舟人(ふなびと) 
かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな

(由良の流れが激しい河口を漕ぎ渡る船頭が、流れに櫂を取られて失くしてしまい当て所なく漂うように、 この先どうなるか分からず途方に暮れる私の恋の道行きだなぁ)

これを〈時の河〉と表現したのが発明である。時空を超えた茫漠たる果てしなさ、悠久の時を感じさせる。

淡々とした薬師丸ひろ子の歌唱も悪くないが(試聴こちら)、情感のこもった上白石萌音のカヴァーが更に上回っている(こちら)。ストリングスのアレンジが美しく、心に沁みる。

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祝サブスク解禁!!山口百恵の魅力について語り尽くそう。〈後編〉

本記事は、

の続きである。

【プレイバック】1978年5月にリリースされプレイバック Part2」は作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童の夫婦コンビ作。元々はディレクターの発案で「プレイバック」というタイトルが先に決められ、やはり阿木燿子の作詞で馬飼野康二が作曲した「プレイバック Part1」と宇崎が競作し、宇崎の方が採用された。「Part1」は翌月に発売されたベストアルバムに収録されたが、シングルカットはされていない。両者を聴き比べれば優劣は歴然としている。

【秋元康】秋元康が放送作家を経て、作詞家としてデビューしたのは1981年だった。しかしその1年前に山口百恵は引退していた。

作詞家・秋元康は小泉今日子(「なんてったってアイドル」)や美空ひばり(「川の流れのように」)に間に合ったが、山口百恵には間に合わなかった。彼にはずっと「山口百恵に詞を提供したかった」という、くやしい気持ちが付きまとっているような気がして仕方がない。

秋元がAKB48グループを作り、東京、名古屋、大阪、博多、新潟、瀬戸内、海外へと組織を拡大していったのも、「公式ライバル」として乃木坂46や欅坂46など坂道シリーズをプロデュースしたのも、その原動力として「第二の山口百恵を発見し、育て、世に送り出したい」という強烈な欲望があったのではないだろうか?

山口百恵の才能は日本テレビ系列で放送されていたオーディション番組「スター誕生!」で見い出された。しかし「スター誕生!」は1983年9月に幕を閉じ、平成に入ると単体としてのアイドル歌手が全く売れない時代となった。つまり「スター誕生!」の代替として考案されたオーディションおよびアイドル育成システムがAKB48であり、坂道シリーズだったのではないか、と僕は考える。

【「黒い天使」ー山口百恵と前田敦子を結ぶ点と線】AKB48の一期生・前田敦子が東京ドーム公演(の翌日に開催されるAKB48劇場での公演)をもってグループを卒業したのが2012年8月、そのとき彼女は山口百恵が引退した年齢と同じ、21歳だった。シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)である。

AKB48 チームAの劇場公演5th Stage「恋愛禁止条例」において秋元康は「黒い天使」(Spotifyではこちら)という曲を作詞した。3人のユニット曲で、前田敦子がセンターで歌った。

山口百恵のプレイバック Part2」は、真紅(まっか)なポルシェを飛ばしている女が、カーステレオを掛けると、ラジオから「勝手にしやがれ 出ていくんだろ」と流れてくるのでPlay Back (巻き戻して!)と叫ぶ。これは沢田研二が前年(1977)に歌った「勝手にしやがれ」(作詞:阿久悠)に呼応している。その歌詞の中で「やっぱりお前は出ていくんだな」とある。つまり状況として「プレイバック Part2」は男と喧嘩した女が夜中に家を飛び出し、運転する車上で心情を歌っている。一方、「黒い天使」は夜の渋滞する高速道路で男と喧嘩をした女が助手席のドアを開けて車を降り、ヒールを脱いでトボトボと車道を歩いている時のやけっぱちな心情を歌っている。構造が似ていると思いませんか?

今回のサブスク一斉解禁で初めて知り、心底驚いたことがある。1975年8月28日から31日まで開催された新宿コマ劇場における「第1回百恵ちゃん祭り」で、山口百恵はロック・ミュージカル「黒い天使」に取り組んでいたのである(音源はこちら)。このとき彼女はダウン・タウン・ブギウギ・バンドのヒット曲「スモーキン・ブギ」と「カッコマン・ブギ」を歌い、これが切っ掛けで今後歌いたい作曲家として宇崎竜童の名を挙げた。そして翌年に名曲「横須賀ストーリー」が誕生したのである。遂に山口百恵と前田敦子が繋がった!

秋元康は前田敦子に、山口百恵の面影をなんとか重ねようとしていた。しかし、あっちゃんは結局、百恵ちゃんにはならなかった。

また三期生の渡辺麻友が卒業する時に秋元が提供した楽曲「11月のアンクレット」の振付で、渡辺は最後にマイクをステージ中央に置き、後方に去る。言うまでもなく山口百恵さよならコンサート@武道館の再現である。しかし、まゆゆも百恵ちゃんではなかった。

こうして秋元は、まるで玩具に飽きた子供のように、急速にAKB48グループへの関心を喪失していった。

【大林宣彦再登場】AKB48のシングル「So long !」(センターはまゆゆ)ミュージック・ビデオの監督として秋元康は大林宣彦を起用した。ここで大林は自身の映画「この空の花 -長岡花火物語」の続編としてこのMVを仕上がっていたのだからぶっ飛んだ!なんと上映時間64分、破格の長さである。AKBファンは呆れ果てた。しかし秋元は大林の身勝手・大暴走を容認した。多分そこには「山口百恵を育て、見守った監督だから」という畏敬の念があったからではないだろうか?

【平手友梨奈】そんな状況下に、突如として救済の天使が現れた。平手友梨奈である。彼女を見て、誰しも目を見張った。醸し出す雰囲気が山口百恵そっくりだったからである。「山口百恵の再来」「平成の山口百恵」と世間で騒がれた。

Silent

僕は彼女なら、大林監督のライフワーク、福永武彦原作『草の花』のヒロイン、藤木千枝子を演じられるのではないかと思った(以前、尾美としのりと富田靖子主演で企画されていた)。しかし大林監督は既に病魔に侵され、結局『草の花』映画化は実現に至らなかった。

平手をセンターに据えた欅坂46のデビュー曲「サイレントマジョリティー」(動画はこちら)は気合が入っていた。秋元康の最高傑作と評しても過言ではない。またTAKAHIRO(上野隆博)の振付が凄かった。曲の途中で平手を旧約聖書のモーセに見立て、紅海を2つに割り、民を約束の地へ導く場面を描くのである(出エジプト記)。この解釈はTAKAHIROの発言もあり、間違いない。モーセは預言者であり、預言者とは神の言葉を人に伝える仲介者。日本で言えば巫女に相当する。つまり、秋元は平手=巫女と見立てていた。言うまでもなく彼女が仲介する女神とは山口百恵のことである。

実際に平手は巫女みたいな少女で、楽曲に没入するあまりトランス状態となり、ステージから転倒落下することもあった。2017年12月31日のNHK紅白歌合戦で「不協和音」をパフォーマンスしたときも過呼吸で倒れ、照明が暗くなってから他のメンバーに運ばれる事態となった。

平手がソロで歌った「渋谷からPARCOが消えた日」に、山口百恵「横須賀ストーリー」 「プレイバック Part2」「絶体絶命」のイメージが投影されていると感じるのは僕だけではあるまい。

秋元の平手に対する偏愛っぷりは常軌を逸していた。いくら平手以外のメンバーのファンたちから非難を浴びても、決して平手=絶対センターを譲らなかった。共犯者TAKAHIROは「二人セゾン」(動画こちら)の振り付けの最後に、平手以外のメンバー全員を欅の木=オブジェに変えてしまった。最早このグループは〈平手友梨奈と愉快な仲間たち〉状態であった。ファンが怒るのも無理はない。アルフレッド・ヒッチコック映画『めまい』でジェームズ・スチュワートが演じた主人公の狂気を、僕は秋元康の中に見た。彼は山口百恵の亡霊に取り憑かれていた(『めまい』のスコティはある事件がきっかけで高所恐怖症になり、警察を辞めて私立探偵となった。そこへ友人からの依頼で彼の妻マデリンを尾行するが、彼女は鐘楼の頂上から飛び降り自殺する。それからしばらく経ち、自責の念から神経衰弱に陥っていたスコティは街角でマデリンに瓜二つの女性ジュディを見かけ、彼女を追う。やがてふたりは親しくなるが、スコティは次第に正気を失い彼女の洋服、髪型、髪の色をマデリンと同じにしようと画策し始める……)。

2017年6月24日に幕張メッセで行われていた全国握手会ではナイフを持った男による襲撃未遂事件が発生、逮捕された犯人は「殺そうと思った」と供述した(容疑者が挙げた名前について警察は「言えない」としたが、平手が参加したレーンに並んでいた)。

「どうしていつも、てち(平手の愛称)ばかり優遇されて、私はセンターになれないの?」と運営に涙ながら訴えて、辞めていくメンバーもいた。

センターに立つ平手の背中を、他のメンバーの嫉妬に満ちた鋭い視線が射抜く。また前方客席からは「どうしてお前なんだ?」という怒気を帯びた圧が彼女を襲い、四方八方からズタズタに引き裂く。AKB48の絶対センター=前田敦子の心臓は意外と強かったが、満身創痍の平手友梨奈は次第に壊れていった。

それでも秋元康はその執着を緩めることなく、どんどん彼女を追い詰めた。次第にグループ内で孤立していく平手の心情を「不協和音」の歌詞に託し、「僕は嫌だ!」と絶叫させた。劇場版『さよなら銀河鉄道999』に登場したキャプテン・ハーロックならさしずめこう呟くだろう。「鬼だな…」

2018年の平手は体調が優れず、コンサートの休演が続き、その年末の紅白歌合戦も不参加。なんとか19年末の紅白には出演したがやはり過呼吸となり、パフォーマンス直後に倒れた。そして2020年1月23日、グループを(卒業ではなく)「脱退」することが電撃的に発表された。もう限界だった。しかし平手がやっぱり何かを「持っているな」と感じたのは、彼女が脱退した直後に新型コロナウィルスが日本を直撃し、「会いに行けるアイドル」というビジネス自体が崩壊してしまったこと。絶妙なタイミングだった。

こうして紫式部『源氏物語』の宇治十帖で、薫から亡くなった大君(おおいきみ)の人形(ひとがた;身代わりの人)として、その面影を重ねられた浮舟が入水自殺を図ったように、アイドル歌手・平手友梨奈は消え去った。しかし2020年秋に映画『さんかく窓の外側は夜』への出演が発表され、彼女は女優・平手友梨奈として再生しようとしている。果たして現代の薫=秋元康は、それでも浮舟=平手を追い求め続けるのか?今後のふたりの行く末を、しっかりと見届けたい。You ain't heard nothin' yet. (お楽しみはこれからだ。)

さて、ここまで書いてきたことを、読者の皆さんはひとりの男の単なる妄想だと失笑されるだろうか?

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わが心の歌〈番外編〉祝サブスク解禁!!山口百恵の魅力について語り尽くそう。

Spotify, Apple Music, Amazon Music Unlimitedなど定額制音楽配信(サブスクリプション)サービスで聴けないアーティストたちが何人(組)かいる。

しかし2018年9月1日に井上陽水が、続いて同年9月24日に松任谷由実(ユーミン)、2019年8月31日に星野源、同年9月18日にPerfume、12月20日からサザン・オールスターズの全楽曲がサブスク解禁になった。僕は「もう残る大物アーティストは中島みゆき、米津玄師、山下達郎、RADWIMPS、そして山口百恵くらいだな」と思った。

ところが新型コロナウィルス蔓延により、多くの人々が自宅待機の生活を余儀なくされたことをきっかけに、まずRADWIMPSが2020年5月15日からサブスクを解禁した。漸く『君の名は。』や『天気の子』のサウンドトラック盤もサブスクで聴けるようになったのである。

そして5月29日に突如、山口百恵の全楽曲600曲以上がサブスクで一斉配信となった!!僕は狂喜乱舞した。彼女の引退から40年、待ちに待ったこの日が遂に来た。こうして今後の懸案事項は米津玄師、中島みゆき、山下達郎だけとなった。

Momo

僕は小学生の頃、百恵ちゃんが大好きだった。彼女一筋だったと言ってもいい。百恵ちゃんの引退とともにすっかり芸能界に興味を失い、代わってクラシック音楽や映画に夢中になるようになった。そして高校生の時、劇場で観た原田知世主演、大林宣彦監督の『時をかける少女』に衝撃を受けたわけだが、後に大林監督と山口百恵が浅からぬ縁だったことを知ることになる。

今の若い人は山口百恵のことなんか全く分からないだろうから、これを機会に彼女の魅力、そして後世にどれだけ甚大な影響を与えたかについて語り尽くそうと思う。彼女の強烈な輝きは、秋元康とか、元・欅坂46の平手友梨奈にまで波及することになる。

【来歴】山口百恵は1959年東京都渋谷区に生まれ、幼少期を神奈川県横須賀市で過ごした。だからホリプロのイメージ戦略上、「横須賀出身」ということになっている。彼女の歌う楽曲に「横須賀ストーリー」「横須賀サンセット・サンライズ」など横須賀を強調しているのはそのためである。また三浦友和との結婚式当日にリリースした32枚めのシングル「一恵」の作詞は横須賀恵となっており、百恵のペンネームである。作曲は「いい日旅立ち」の谷村新司。

彼女が生んだ長男がシンガーソングライターの三浦祐太朗(36)。全曲、山口百恵の楽曲をカヴァーしたアルバム「I'm HOME」をリリースし、レコード大賞企画賞を受賞した。次男は俳優の三浦貴大(34)で、大河ドラマ『いだてん』や、NHK連続テレビ小説『エール』に出演している。

【伝説のアイドル】山口百恵を伝説化している一つの要因として、純愛を貫き一人の男だけを愛し、21歳という若さで華やかなスポットライトから遠ざかって、その後一切老いた自分の姿をマスコミに見せないということもあるだろう(現在61歳)。こうした生き様の前例は女優のグレタ・ガルボと、小津安二郎の死去直後に引退した原節子くらいしかない。みじくも美しく燃え。桜の散り際のような潔さは、日本人の琴線に触れるのだ。

【大林宣彦】1973年5月21日に「としごろ」で歌手デビューしたが、実はその前に彼女はCMディレクターとして活躍していた大林宣彦監督と面会している。14歳だった。同年9月1日に発売された2枚目のシングル「青い果実」はかなりきわどい、アブナイ歌詞になっている。ドキッとする。後に〈青い性路線〉と呼ばれた。それは翌74年6月1日に発売された5枚目のシングル「ひと夏の経験」で頂点に達し、レコード大賞・大衆賞および日本歌謡大賞・放送音楽賞に輝き、その年末に「NHK紅白歌合戦」の紅組トップバッターとして初出場を果たした。なお大林監督が百恵に会ったのは、その当時から構想を練っていた映画『さびしんぼう』のヒロインを探していたのである(12年後に富田靖子主演で実現する)。

74年夏に放送されたグリコプリッツのCMで百恵は三浦友和と初めて出会った。演出したのは大林宣彦であった。ふたりが共演するグリコCMはその後長年続き(動画はこちらこちら)、同時に『伊豆の踊子』『潮騒』『春琴抄』『風立ちぬ』など名作文学の映画化でも百恵・友和は共演し(計12作)、「ゴールデンコンビ」と呼ばれた。ふたりの共演作『泥だらけの純情』で併映されたのが大林監督劇場デビュー作『HOUSE ハウス』(1977)。そして大林が監督した映画『ふりむけば愛』(1978)がリメイクでも原作付きでもない、ふたりにとって初めてのオリジナル作品となった。

ふたりが恋をしていることにはじめて気がついたのは大林監督であり、それはCMの撮影を通してだった(詳細は監督の著書を参照されたい)。そして『ふりむけば愛』のサンフランシスコ・ロケに際して監督は一日だけ撮影のない休暇日を設けて、ふたりに自由な時間を与えた。つまり大林監督こそが恋のキューピットだったのである。そして1979年10月20日、大阪厚生年金会館のコンサートで「私が好きな人は、三浦友和さんです」と百恵は恋人宣言を突如発表し(20歳)、80年10月5日に日本武道館で開催されたファイナルコンサートをもって引退した。歌唱終了後、彼女はマイクをステージの中央に置いたまま、静かに舞台裏へと歩み去った。この仕草がさらなる伝説を作った。さよならコンサートは現在、Blu-rayで鑑賞出来る。

【赤いシリーズ】百恵はTBSのテレビドラマ『赤い疑惑』『赤い運命』『赤い衝撃』『赤い絆』と4作品〈赤いシリーズ〉に主演した。父親役は大方が宇津井健で、『赤い疑惑』『赤い衝撃』では三浦友和と共演した。物語展開が奇想天外(『赤い運命』は伊勢湾台風で家族が生き別れになり、検事の娘と元殺人犯の娘が赤ん坊の時に入れ替わりとなって育てられる。『赤い衝撃』はスプリンターが銃撃により半身不随となる)で、演技が大仰な、いわゆる大映ドラマであり、後に堀ちえみの『スチュワーデス物語』が一世を風靡した(「教官!」「ドジでのろまなカメ」が流行語となった)。特に『赤い衝撃』は演出家として大映映画の増村保造(『妻は告白する』『黒の試走車』『赤い天使』『陸軍中野学校』)が関わっており、大映ドラマの礎を築いたと言えるだろう(『スチュワーデス物語』も増村が演出している)。僕はこの〈赤いシリーズ〉が大好きで、毎週見ていた。また1978年に百恵が主演し、TBSで放送されたテレビドラマ『人はそれをスキャンダルという』は三國連太郎や永島敏行が共演し、大林宣彦が演出を担当した。

【阿木燿子/宇崎竜童】歌手として山口百恵が全盛期を築いたのは間違いなく作詞家・阿木燿子、作曲家・宇崎竜童(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)という夫婦によるコンビとの出会いから始まる。1976年の「横須賀ストーリー」を皮切りに、78年「プレイバック Part 2」ではNHK紅白歌合戦で史上最年少となるトリを務めた(日本レコード大賞にノミネートされたが、受賞したのはピンク・レディーの「UFO」)。この頃の百恵の歌唱は、とにかく艶っぽい。しかしマリリン・モンローを代表とするセックス・アピールとは全然方向性が違っていて、強いて言えば〈健康的な色香〉がある。「プレイバック Part 2」でも未だ19歳なのだから恐るべし。こんなに大人びた10代のアイドルを僕は他に知らない。77年リリースの「夢先案内人」はアラビアン・ナイトの世界に迷い込んだような綺羅びやかな色彩感がある。これは原田知世によるカヴァーも良い(こちら)。そして僕がイチオシの歌は「夜へ…」。1979年4月1日に発売されたアルバム「A Face in a Vision」に収録されている。元々はNHK特集『山口百恵 激写/篠山紀信』のために制作されたもので、これはDVDで観ることが出来る。こちらもお勧め!

Gekisha

夜へ…」を愛聴するきっかけになったのは相米慎二監督の映画『ラブホテル』(1985)。公開された年にヨコハマ映画祭で第一位に輝いた。劇画作家・石井隆が脚本を書き、村木と名美という名の男女が登場する一連の作品群の一本。相米作品としては『台風クラブ』や『光る女』の方が優れていると思うが、『ラブホテル』で「夜へ…」が静かに流れる場面はゾクゾクした。Jazzyでノワール。

夜へ…」で阿木燿子の詞は連想ゲームを彷彿とさせる単語の羅列で始まる。まるで呪文のような妖しさが漂う。なんて素敵なんだろう!

【さだまさし/谷村新司】さだまさし作詞・作曲「秋桜」は1977年、谷村新司 作詞・作曲「いい日旅立ち」は78年にリリースされた。いずれも、さだや谷村にとっての最高傑作と言える。そういう曲を贈りたくなる魅力、オーラが山口百恵にはあるのだろう。「いい日旅立ち」は国鉄(現在のJR)の旅行誘致キャンペーン・ソングとしてCMなどに使われた(動画はこちら)。やはり大林監督が手掛けている。「秋桜」も「いい日旅立ち」も陰りのある曲調だ。こういうのが百恵にはよく似合う。しかし決して暗くなり過ぎない。これが中森明菜とか華原朋美だと、病的になる。薬漬けとか自殺未遂まで行くと、洒落にならない。引いてしまう。一方、百恵の場合は〈程よい健康的な陰り〉なのだ。

【菩薩】1979年に評論家の平岡正明は『山口百恵は菩薩である』を著した。後に広末涼子主演の映画『20世紀ノスタルジア』を撮った原将人監督は「広末涼子は女優菩薩である」と絶賛したが、これは平岡の著書を意識したものだろう。また写真家・篠山紀信が1970年代に最も多く撮った女性は百恵であり、彼女を「時代と寝た女」と称した。

【その後の友和】三浦友和は大林監督の劇場デビュー作『HOUSE ハウス』に友情出演し、百恵と結婚後も『彼のオートバイ、彼女の島』『野ゆき山ゆき海べゆき』『日本純情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群』『なごり雪』『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』など大林映画の常連として活躍した。また大林監督の自伝的映画『マヌケ先生』では本人役(馬場鞠男)を演じた。

【わが心の歌】ここで僕が考える山口百恵の歌、ベスト12を選出しておこう。

長くなったので続きは後編へ。To Be Continued ...

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わが心の歌 25選 ④ カーペンターズ「Close To You」/ナット・キング・コール「Unforgettable」

これから先の人生で、どんなことがあるのか知らないけれど、いとしい歌の数々よ、どうぞぼくを守りたまえ。

芦原すなお(著)『青春デンデケデケデケ』より

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"(They Long to Be) Close to You"は作詞家:ハル・デヴィッド、作曲家:バート・バカラックという稀代の名コンビが生み出した楽曲。このふたりには他に映画『明日に向かって撃て』の主題歌「雨にぬれても」(アカデミー歌曲賞受賞)や、ミュージカル『プロミセス・プロミセス』(映画『アパートの鍵貸します』が原作)のナンバー「小さな願い」「もう恋なんてしない(I'll Never Fall in Love Again) 」等がある。あと僕は「アルフィー」(こちら)も大好き!

「小さな願い(I Say A Little Prayer) 」は映画『ベスト・フレンズ・ウェディング』における使い方が最高だった。視聴はこちら。何という幸福感!!!

バカラック作品の歌い手としてディオンヌ・ワーウィックが有名だが、"(They Long to Be) Close to You"に関しては、断然カーペンターズ盤の方が良い。唯一無二。特にアレンジが秀逸。Spotifyではこちら。「遙かなる影」などというケッタイな邦題もあるが意味不明、言語道断(out of question)である。

カレン・カーペンターは31歳の若さで摂食障害(拒食症)により亡くなった。病の背後には愛着障害があったと思わる。両親は熱心なプロテスタント教会メソジスト派の信者で、祖父は中国で宣教師をしていた。両親は兄リチャードの音楽の才能を信じ、それを伸ばすためにコネチカット州ニューヘーブン からハリウッドのある南カリフォルニアに移住している。しかしカレンの才能は過小評価していた。 サックスやフルートをやって挫折した彼女が、ドラマーになりたいと言ったときも「女のやることじゃない」と反対したそう。また彼らがカレンをハグしてくれたことは一度もなく、後年セラピーの過程で彼女が母親に「私のママになってよ!」と泣きながら懇願したという記録が残っている。ところが1966年にあるレコード会社はカレン(当時16歳)の天性の歌声に惚れ込み、リチャード抜きで彼女とだけ契約を結ぼうとした。しかしリチャードの才能しか信じていなかった母親はここでも反対し、娘の単独デビュー計画を潰しにかかった。

カレンは幼い頃、兄から太っちょ(chubby)と言われたことにも深く傷ついていた。若手実業家との結婚生活もうまく行かず僅か1年ほどで破綻した。また痩せるために大量の下剤や、甲状腺ホルモン剤を内服していた(愛着障害のある人は自分のことを愛せない。だから理想の自分でないとダメだと思い、完璧を求める。親が心の安全基地として機能しないから、生きるための拠り所を完璧な自分に求めるとも言える)。

*参考文献:岡田尊司(著)「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害」光文社新書 

"Close to You"の歌詞はこうだ。

Why do birds suddenly appear
Every time you are near?
Just like me,
They long to be
Close to you.

どうして鳥たちは不意に現れるの?
あなたが近くにいるときはいつも
ちょうどわたしと同じね
彼らもあなたのそばに
いたいんだわ

Why do stars fall down from the sky
Every time you walk by?
Just like me,
They long to be
Close to you.

どうして星々は落ちてくるの?
あなたが通りかかるといつも
ちょうどわたしと同じね
彼らもあなたのそばに
いたいんだわ

On the day that you were born the angels got together
And decided to create a dream come true.
So, they sprinkled moon dust in your hair of gold
And star light in your eyes of blue.

あなたが生まれた日、天使たちが集まって
夢を叶えることを決めたの
そこで彼らは月の粉をあなたの金髪に降り注ぎ
あなたの青い瞳に星の輝きを注入した

That is why all the girls in town
Follow you all around.
Just like me,
They long to be
Close to you.

だから街の女の子たちみんなが
どこでもあなたに付いていくの
ちょうどわたしと同じね
彼女たちもあなたのそばに
いたいのよ

スティーヴ・マーティンが脚本を書き、主演したコメディ映画「愛しのロクサーヌ」(戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』を原案とする)では"Close to You"歌詞の一節が引用される。またファレリー兄弟が監督し、キャメロン・ディアスが主演した「メリーに首ったけ」でもカーペンターズの歌が流れ、爆笑シーンに仕上がっている。なお、ピーター・ファレリーが後に脚本・監督した「グリーンブック」はアカデミー作品賞・脚本賞を受賞した。

カレン・カーペンターの歌声は"Yesterday Once More"も忘れ難い(こちら)。そのノスタルジィーが日本人の琴線に触れるのだ。アニメ映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」でケンとチャコがリーダーを務める組織“イエスタディ・ワンスモア”が登場したのには腹を抱えて笑った。

"Unforgettable"(ナット・キング・コール)

芦原すなお原作、大林宣彦監督の映画『青春デンデケデケデケ』で高校生の主人公と一緒にバンドを組む、友人(浅野忠信)の姉(水島かおり)が次のように言う。

「なんちゅうてもええのんがナット・キング・コールで、特に "Lonely One" は聞いとって涙が出てくるし、"Nature Boy" は体がふわふわしてきて、知らんうちにどっか遠いところへ連れていかれそうな気になるわ」

もしたった一人だけ好きな歌手を挙げろと言われたら、僕は躊躇することなくナット・キング・コールと答えるだろう。それくらい彼の声に心底惚れ込んでいる。多分僕はバリトンの声域を心地よく感じる性癖を持っているのだろう。オペラ歌手だったらダントツでイタリアのピエロ・カプッチッリ。なかんずくヴェルディの『マクベス』と『シモン・ボッカネグラ』は最高だね!

声というのは天賦の才能(gifted)で唯一無二。例えばフランク・シナトラやカレン・カーペンターの歌声の代わりを、他の人が務めることなんて到底出来はしない。

だから正直、ナット・キング・コールが歌ってさえいれば「モナ・リザ」「スターダスト」「ネイチャー・ボーイ」「トゥー・ヤング」「スマイル」「L-O-V-E」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(私を月まで連れてって)」「ザ・クリスマス・ソング」……なんでも良い。彼の歌声は温かく、優しくそっと包み込んでくれるような抱擁力がある。えも言われぬ安心感を与えてくれるんだ。

彼が歌う"The Christmas Song"が使われた映画として、スティーヴン・スピルバーグ監督「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」やイルミネーション・エンターテイメントのアニメ映画『グリンチ』など枚挙に暇がないし、メグ・ライアンとトム・ハンクスが主演した『めぐり逢えたら』では"Stardust"が流れる。その中でどうして"Unforgettable"を選んだかというと、ナット・キング・コールという存在そのものがUnforgettable(忘れ難い)からだ。象徴的な一曲と言える。

娘ナタリー・コールとの時空を超えたデュエットを映像でどうぞ→こちら。グラミー賞の最優秀アルバム賞およびソング・オヴ・ザ・イヤーを受賞した。そちらの音源はこちら

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わが心の歌 25選 ③シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と武満徹「小さな空」の関係

「聞かせてよ愛の言葉を( Parlez-moi d'amour )」は1930年に生まれたシャンソン。リュシエンヌ・ボワイエ( Lucienne Boyer ) が歌った。

20世紀の日本を代表する作曲家・武満徹は第二次世界大戦中の1945年8月初め、学徒動員で招集された陸軍食糧基地でこの歌に出会った。見習士官の一人が、手持ちの蓄音機を使ってこっそり内緒で敵国のレコードをかけたのである。中学生(14歳)の出来事だった。 その時のことを彼は次のように回想している。

それは、当時、私たちが接していた音楽というものと、まるで違うものだったのです。そのころ私たちはほとんど軍歌ばかり歌わされていたし、それに音楽も、敵性音楽といった欧米のほとんどの音楽は禁止されていました。その時、見習士官が私たちに聴かせてくれたのが、いま思えばフランスのシャンソンで、『パルレ・モア・ダアムール』(聞かせてよ、愛のことば)という歌でした。それは私にとっては初めて知った、軍歌とはまるで違う別の、しかも甘美な音楽でありました。それを聴いて、こんな素晴らしい音楽がこの世にあったのかと思いました。そのことが終戦になってからも忘れられなくて、音楽に自分の関心が集中してきました。

武満徹「私の受けた音楽教育」

Spotifyで聴くにはこちら。他のサブスクで検索する場合は日本語でなく、"Parlez"や"boyer"といったキーワードを入力するほうが確実に見つけられるだろう。

こんな歌詞だ。

聞かせてよ、愛の言葉を
優しく囁いて
あなたの美しいお話
聞き飽きたりなんかしない
何度でも繰り返して
その至福の言葉を
愛してると

知っているでしょ
私が心の底では信じてないのを
それでもまだ聞きたいの
愛撫するあなたの声で
私の大好きな言葉を
私は美しいお話に動揺し
心ならずもそれを信じたくなる

聞かせてよ、愛の言葉を
優しく囁いて
あなたの美しいお話
聞き飽きたりなんかしない
何度でも繰り返して
その至福の言葉を
愛してると

甘いささやきが、私の心をときめかす
空想上の生き物(シメール)を信じなかったら
ときに人生はつらいもの
でも安心させてくれる誓いの言葉を聞けば
悲しみは薄らぎ
口づけで心の傷は癒やされる

(第一節 繰り返し)

優しく慰撫するような歌声である。僕は終戦間近の日本の夏の日に、額に汗を浮かべながら陶然として78回転SPレコードに聴き入る武満少年の姿を幻視する。これが彼にとって音楽人生の出発点となった。

詩人・塚本邦雄はこのボワイエの歌唱を次のように評している(文中に出てくるメレとはスペインの女性歌手ラケル・メレのこと)。

......エメラルドとオパールが花影で觸れ合ひ煌めき合ふやうな美しい曲は、彼女がこの世に獻じた不壊の供物である。(中略)ジャン・ルノワールの曲もほとんど完璧であり、ボワイエの技巧も間然とするところがない。メレが蜜の甘さならボワイエは良質の冰糖の甘さ、その甘さに混るのは仄かな苦みである。

塚本邦雄「銀色のリラ リュシエンヌ・ボワイエ論」

武満徹(1930-1996)はストラヴィンスキーに認められ、ニューヨーク・フィルが初演した「ノヴェンバー・ステップス」など日本を代表する現代音楽作曲家として世界に名を轟かせたが、同時に「うた」の世界も忘れなかった。武満の「うた」は基本的に調性音楽で、大変聴き易い。中でも僕が一番大好きなのが「小さな空」。作詞も武満が手がけた。山田和樹/東京混声合唱団の演奏でどうぞ(こちら)。独唱バージョンもまた違った味わいがある(こちら)。他にも、混声合唱のための「うた」に収められた色々な曲を聴いてみてください。また、あまり知られていないが五木寛之(原作)小林正樹(監督)の映画「燃える秋」主題歌も哀愁が漂っていて良い(こちら)。ハイ・ファイ・セットが歌い、アレンジは別人の手による。

一方、武満のオーケストラ曲なら「夢の時(ドリームタイム)」と「系図ー若い人のための音楽詩」(谷川俊太郎が手がけた詩の朗読あり)の収録されたこちらのアルバムとか、「ウォーター・ドリーミング」の入ったこちらをお勧めする。

最後に、僕が推すシャンソンの名曲をいくつかご紹介しておく。

  • シャルル・トレネ Charles Trenet が歌う「ラ・メール ( La mer ) 」←「海」のこと。
  • エディット・ピアフが歌う「ばら色の人生 ( La Vie en rose )」「水に流して ( Non, je ne regrette rien )」「群衆 ( La Foule )」「パダム・パダム ( Padam padam )」
  • イヴ・モンタンが歌う「枯葉 ( Les Feuilles mortes )」「パリの空の下 ( Sous le ciel de Paris )」
  • ミレイユ・マチュー Mireille Mathieu が歌う「パリは燃えているか ( Paris en colère )」←同名映画の主題曲に歌詞を付けたもの。直訳すると「怒れるパリ」。Spotifyではこちら
  • 加藤登紀子が歌う「さくらんぼの実る頃」←パリ・コミューン時代の流行歌。宮崎駿監督『紅の豚』で使用された(こちら)。
  • ジャン・アヌイ(詞)フランシス・プーランク(曲)「愛の小径( Les chemins de l'amour )」ジェシー・ノーマンの歌唱でどうぞ(こちら)。

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わが心の歌 25選 ②「One more time, One more chance」「なんでもないや」

「歌はいいね。歌は心を潤してくれる。リリン(=人類)の生み出した文化の極みだよ」渚カヲル〜『新世紀エヴァンゲリオン』より

One more time, One more chance(山崎まさよし)”を初めて聴いたのは 1996年12月に公開された映画『月とキャベツ』の主題歌としてだった。歌手・山崎まさよしの俳優デビュー作であり、彼は後に韓国映画のリメイク『8月のクリスマス』でも主演を務めている。

ぶっちゃけ『月とキャベツ』は死にそうなくらい退屈で、最早どんな物語だったかすら記憶にない。しかし主題歌はしみじみ「いい曲だなぁ」と想った。「でも映画の出来が悪くてもったいない。宝の持ち腐れだ」

それからすっかり忘却の彼方にあったのだが、久しぶりにこの歌を耳にしたのが2013年。DVDで鑑賞した新海誠監督のアニメーション映画『秒速5センチメートル』のクライマックスで大々的に使用されていたのである。

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これにはぶっ飛んだ。新海監督は音楽の小節ごとにピッタリ合わせて畳み掛けるようにショットを積み重ねていくので、編集にキレがある。ロバート・ワイズ監督のミュージカル映画『ウエストサイド物語』や『サウンド・オブ・ミュージック』を彷彿とさせる。この特徴は『君の名は。』や『天気の子』も同様。

長い年月を経て遂にこの歌の真価を十二分に発揮する映像にめぐり逢った、という感慨を覚えた。なんて切なくて、心にズシンと来るのだろう。Spotifyではこちら

新海監督が本作の後に世に問うた『言の葉の庭』では、主人公たちの感情が爆発する場面で大江千里(作詞・作曲)"Rain"がすこぶる印象的に使われた。槇原敬之はこの曲を2度もカヴァーしており、映画では秦基博によるカヴァー・バージョンが流れる。Spotifyはこちら。大江は大阪府に生まれ、関西学院大学(兵庫県西宮市)入学後に音楽活動を始めているので、"Rain"で歌われているのは大学のある阪急今津線(宝塚ー西宮北口)沿線の情景かな?と想像している。ちなみにこの路線は映画『阪急電車』の舞台となった。

「なんでもないや -movie ver. (RADWIMPS - 上白石萌音)」は言うまでもなく、映画『君の名は。』の幸福感溢れるエンディングに流れる歌。

ただしRADWIMPSはサブスクリプション型(定額制)音楽ストリーミングサービスで聴けないので……と書く予定だったのだが、な、な、なんと2020年5月15日から電撃的に全シングル・アルバム作品が一挙解禁となった!サウンドトラック盤の彼らのパフォーマンスはこちら。「夢灯籠」や、『天気の子』の「大丈夫」も甲乙つけ難い。加えて上白石萌音がしっとりと歌い上げるカヴァー盤も素晴らしい(こちら)。『君の名は。』三葉の声で聴けるという至福。僕は彼女の生パフォーマンスも体験している。

なおRADWIMPSの野田洋次郎が再び作詞作曲・プロデュースし、上白石萌音が歌ったのが映画『楽園』の主題歌「一縷」(Spotifyはこちら)。また野田洋次郎が楽曲提供・プロデュースしたAimerの「蝶々結び」は明らかに『君の名は。』のために書かれ、採用されなかった楽曲と思われる(こちら)。

更に、彼らが新型コロナウィルスが蔓延したこの世の中に対峙し生まれた最新曲「新世界」には衝撃を受けた(こちら)。圧倒的な絶望の闇の中に、微かに垣間見える希望の光。

僕ら長いこと 崩れる足元を
「上を向いて歩けよ」と 眼をそらしすぎた

歌詞が刺さる。あたかも宮本亜門が立ち上げた「上を向いて~SING FOR HOPE プロジェクト」に対する強烈なアンチテーゼのように耳朶に響く。『天気の子』にも通ずる社会性がある。

「希望は残っているよ。どんな時にもね」渚カヲル〜『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』より

次回はフランスのシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と、20世紀の日本を代表する作曲家・武満徹との密接な関係について語る予定。

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わが心の歌 25選 ① 総論 (メニュー)&「いつも何度でも」「エメ Aimer」

新型コロナウィルス感染拡大により、世の中が荒(すさ)んでいる。皆が感染防御にピリピリ神経を尖らせており、うつ病を発症したり、不安や恐怖に圧倒されて凹んでいる人々も少なくない。

そこで気分転換のすゝめ。珈琲とか紅茶でも一杯飲みながら、素敵な歌でも聴いてくつろぎませんか?一息つきましょう。

「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」(バートランド・ラッセル:英国の哲学者。ノーベル文学賞受賞)

Spotify, Amazon Musicなど音楽配信(サブスクリプション)サービスで聴ける曲の中から厳選した。

  • いつも何度でも(木村弓)
  • One more time,One more chance(山崎まさよし)
  • なんでもないや -movie ver. (RADWIMPS - 上白石萌音)
  • Alone Again(ギルバート・オサリバン)
  • 水の上で歌う(フランツ・シューベルト)
  • ジュ・トゥ・ヴ(エリック・サティ)
  • Woman 〜“Wの悲劇”より(薬師丸ひろ子)
  • 聞かせてよ愛の言葉を(リュシエンヌ・ボワイエ)
  • 小さな空(武満徹)
  • ひこうき雲(荒井由実)
  • この空を飛べたら(中島みゆき - 加藤登紀子)
  • 時には昔の話を(加藤登紀子)
  • (They Long To Be) Close To You(カーペンターズ)
  • 打上花火(DAOKO × 米津玄師)
  • 22才の別れ(伊勢正三 - 風)
  • 翼をください(山田和樹/東京混声合唱団)
  • エメ〜ミュージカル“ロミオ&ジュリエット”より(ジェラール・プレスギュルヴィック)
  • Papa Can You Hear Me ? 〜“愛のイェントル”より(バーブラ・ストライザンド)
  • Another Day Of Sun 〜“ラ・ラ・ランド”より(ジャスティン・ハーウィッツ)
  • こどものせかい 〜“マイマイ新子と千年の魔法”より(コトリンゴ)
  • The Man That Got Away 〜“スター誕生”より(ジュディ・ガーランド)
  • Unforgettable(ナット・キング・コール)
  • ノルウェイの森(ビートルズ)
  • It Had To Be You(ハリー・コニック Jr.)
  • You'll Never Walk Alone(リチャード・ロジャース)

括弧内は基本的に歌手名を書いたが、フランツ・シューベルト、エリック・サティ、リチャード・ロジャース、武満徹、ジェラール・プレスギュルヴィック、ジャスティン・ハーウィッツは作曲家名である。

19世紀(今から200年前)にシューベルトが作曲したドイツ・リートから、フランスのシャンソン(聞かせてよ愛の言葉を)やミュージカル、さらにハル・デヴィッド&バート・バカラックというコンビによる英語歌(Close To You)、日本のフォークデュオ「風」(22才の別れ)を経て、ニコニコ動画ボカロP出身の米津玄師(打上花火)まで。四つの言語、古今東西、バラエティに富む選曲になったんじゃないかなと自負している。

本当は映画『ふたり』主題歌ー大林宣彦(作詞)久石譲(作曲)「草の想い」も入れたかった。しかし残念なことに現時点ではサブスクで聴けないので断念した。

では推薦文付き各論へ。

「いつも何度でも」についてまず語ろう。言うまでもなく宮崎駿監督による国民的アニメーション映画『千と千尋の神隠し』主題歌である。レコード大賞で金賞を受賞。元々は宮崎監督が構想していた『煙突描きのリン』のために書かれたもので、その企画は結局ボツになった。しかし宮さんはこの曲を気に入り、『千と千尋』で使う事になったそう。

『千と千尋』は劇場公開された2001年夏に、当時住んでいた愛媛県新居浜市の小さな映画館で観た。花火大会の夜で、館内に花火の音が聞こえてきたことを今でも鮮明に覚えている。その後DVDで10回位鑑賞しているが、正直この歌の印象は薄かった。ところが2020年2月21日にスタジオジブリの楽曲が一斉にサブスク解禁になったので久しぶりにじっくり聴いてみると、その歌詞の素晴らしさに初めて気付き、深い感銘を受けた。

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい

かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える

「呼んでいる」のは誰か?それは「あなた」だろう。そして「あなた」とは、〈こころ〉の奥底にある自己SELF)ではないか、と僕は考える。

ここでアンソニー・スティーヴンズがカール・グスタフ・ユングの理論を描いた、〈こころの図〉を用いて説明しよう。〈こころ〉はドイツ語でSeele。〈魂〉とも訳され、英語ではpsycheとなる。

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円の外層にConsciousness(意識)、内層にUnconscious(無意識)があり、さらにPersonal unconscious(個人的無意識)と深層のCollective unconscious(集合的無意識)に分かれる。そして集合的無意識の中心にSELF(自己)がある。一方、表層の意識内にEGO(自我)があって、Ego-Self axis(自我ー自己軸)で自己と繋がっている。また集合的無意識内にA=Archetype(元型)が、個人的無意識の領域にはC=Complex(感情に色付けされた心的複合体)がある。

「いつも何度でも」終盤の歌詞は以下の通り。

海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから

「海の彼方」とは彼岸であり、日本神話で言うところの常世(とこよ)/隠世(かくりよ)を指す。住人が不老不死の理想郷で、黄泉もそこにあるとされる。キリスト教的には神のおわす天国で、プラトン哲学ではイデアだ。しかし、「わたし」のなかに見つけた「輝くもの」とは自己SELF)であり、つまり神=自己を発見したわけだ。神は「わたし」の外側にいない。この思考はユング心理学に一致する。「いつも何度でも」は自己実現を歌っていた。

プロデューサーの川村元気が『君の名は。』が受けた理由について語った言葉を借りるなら、『千と千尋の神隠し』が日本の歴代興行成績第1位になったのは、〈集合的無意識にヒットした〉ということになるだろう。

やはりサウンドトラック盤の木村弓の歌唱が良い→Spotifyではこちら

「エメ Aimer」はフランス語で「愛」のこと。フランス産ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のナンバーで、舞台ミュージカルの中で究極の名曲だと想う。途中どんどん転調し、まるで螺旋階段を駆け上っていくような高揚感がたまらない魅力!これはミシェル・ルグランなどフランス歌曲の特徴である。めくるめく陶酔。城田優(ミュージカル・スター)と生田絵梨花(乃木坂46)のデュエット(日本語歌詞)でどうぞ→Spotifyではこちら

次回は「One more time,One more chance(山崎まさよし)」、「なんでもないや -movie ver. (RADWIMPS - 上白石萌音)」について語る予定。

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三浦一馬キンテート ピアソラ&マルコーニ

4月8日兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。

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ピアソラ・コンクールにおいて史上最年少(18歳)で準優勝したバンドネオン奏者・三浦一馬を聴く。他のメンバーは荒井英治(ヴァイオリン)、大坪純平(ギター)、黒木岩寿(コントラバス)、松本和将(ピアノ)。

今回のプログラムはアストル・ピアソラと三浦の師ネストル・マルコーニの作品が並んだ。

  • マルコーニ父子:グリス・デ・アウセンシア(不在の灰色)
  • ピアソラ:ブエノスアイレスの冬
  • ピアソラ:デカリシモ
  • ピアソラ:天使のミロンガ
  • ピアソラ:フーガ9
  • ピアソラ:天使の死
  • ピアソラ:アディオス・ノニーノ
  • マルコーニ:モーダ・タンゴ
  • マルコーニ父子:ソブレ・イマヘネス(様々なイメージについて)
  • ピアソラ:スール〜愛への帰還
  • ピアソラ:ブエノスアイレスの夏
  • マルコーニ:時が満ちて
  • ピアソラ:現実との3分間
  • ピアソラ:タンガータ
  • ピアソラ:アレグロ・タンガービレ(アンコール)
  • ピアソラ:リベルタンゴ(アンコール)

過去に三浦を聴いた時の感想は下記。

デビュー10周年だそうだが、次第に味が出てきた印象。哀感、情熱、妖しい色気、そしてブエノスアイレスの喧騒。そういった諸々の要素が一気に押し寄せて来るようだった。

あと特筆すべきはキンテート(五重奏団)のメンバーの質の高さ。荒井英治は東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを長きにわたり務め、またモルゴーア・クァルテットを結成しショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲演奏会やプログレッシブ・ロックなど意欲的な活動を続けている。松本和将も腕利きのピアニストだ。ピアソラのキンテートにも引けをとらないと想った。

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日本人とは何者なのか?〜イエスタデイ・ワンス・モア

人生も(平均寿命の)半ばを過ぎ、僕は最近「日本人とは何者なのか?」と考えることが多くなった。ひいては、「自分とは何者か?」というアイデンティティの問いでもある。

【第一章:恥】

米国の文化人類学者ルース・ベネディクトは1946年に出版した著書「菊と刀」の中で、日本を「恥の文化」と定義し、一方で欧米は「罪の文化」とした。西洋の文化はキリスト教を中心として発展してきた。この宗教は「原罪」に重きをおく。アダムとイヴがサタン(悪魔)が化けた蛇に唆されて知恵の実(りんご)を食べたことが事の発端である。日本人は一神教ではなく、八百万の神を信仰してきた。だからこのような「罪」の意識は希薄である。

恥の感覚は武士道とともに定着したと思われる。切腹という行為は正に「生き恥をさらすくらいなら死んだほうがましだ」という価値観から生じている。自殺と決定的に違うのは切腹が儀式だということ。つまり周囲に観客がいるわけだ。西洋で言えば、名誉を守るために行われる決闘に近い。相手は自分自身。この切腹の観念が、太平洋戦争における神風(かみかぜ)特攻隊に繋がってゆく。帰りの燃料はない。つまり「生き恥をさらすくらいなら、戻ってくるな」ということ。退却など端から念頭にないのだ。神風特攻隊をイスラム教徒の自爆テロと同一視する人がいるが、自爆テロの犯人は「死んだらアラーの神のもとに行ける」という宗教に裏打ちされた信念がある。幸福は死後に実現する。一方、日本人には明確な死後のvision(未来像)がない。朧月夜のように曖昧模糊、漠然としている。

この恥という観念が例えば1868年の会津戦争における白虎隊士及び武家の妻子一族の自刃(NHK大河ドラマ「八重の桜」参照のこと)や、1945年沖縄戦におけるひめゆり学徒隊(看護要員として従軍していた師範学校女子部生徒ら)の集団自決(映画「ひめゆりの塔」参照のこと)など、悲劇を産んだ。

以下、ビロウな話で恐縮です。恥ということが現代人において強く感じられるのはトイレにおいてである。日本女性は用を達する時、自らが発する音を消すために水洗を流す。この「音を他人に聞かれるのが恥ずかしい」という観念は日本人独特で、外国人女性にはない。僕は資源の無駄、エコロジーの敵だと想うのだが、おしとやかな大和撫子にそんなことを説いても馬耳東風だろう。「音姫」なる、けったいなものがあるのも日本だけだ。

なお恥じらいがあることが悪いことばかりではない。国際的に日本人は礼儀正しいことで知られるが、これも「恥をかかない」努力を常日頃怠らない成果だろう。

【第二章:イエスタデイ・ワンス・モア】

"Yesterday Once More"はカーペンターズが1973年に発表した楽曲である。当時日本の大学は学生運動で荒れ、連合赤軍による浅間山荘事件があったのが72年だった。また「なごり雪」「22才の別れ」「神田川」などフォーク・ソングが流行ったのもこの頃だ。「イエスタデイ・ワンス・モア」は昔ラジオで聴いていたオールディーズを懐かしむという内容で、本国アメリカではビルボード・トップ100で2位止まり。しかし日本のオリコン洋楽チャートでは26週連続1位を記録した。つまり半年間、トップの座に君臨し続けたのである。ここに日本人の嗜好が窺い知れる。

原恵一 脚本・監督「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国」(2001)は日本オタク大賞や雑誌「映画秘宝」の映画ベスト1(すべての洋・邦画を含めた枠)を勝ち取った大傑作アニメーションである。これは1970年に開催された大阪万博時代を懐かしむ大人たちが集団的に退行現象(幼児化)を起こすプロットである。その陰謀の首謀者がケンとチャコであり、彼らが率いる組織がイエスタデイ・ワンスモアなのである。このアニメ、海外のファンには一体どこが面白いのだがサッパリ解らず不評だそうだ。そりゃそうだろう。

「22才の別れ」「神田川」とかフォークソングは過去を振り返る後ろ向きの歌詞が圧倒的に多い。現在でも桜ソングがひとつのジャンルをなすくらいだが、桜というのは日本人の心情にピッタリと寄り添っている。

日本人が愛でるのは満開状態の桜ではない。桜吹雪にこそ、その真髄がある。散りゆく桜を眺めながら、散る前の姿に思いを馳せ諸行無常もののあはれに感じ入るのである。

桜ソングとリンクするのが卒業ソングである。この2者は同一の扱いを受けているが、じつはここに巧妙な欺瞞が仕掛けられている。だって卒業式に桜は咲いていないでしょ?桜なら入学式の筈。でも入学ソングなんて聞いたことがない。僕たちは後ろ向き思考だから。未来の方向を全く見ていないのだ。日本人はBoy Meets Girlの物語に興味を持たない。漫画「ちはやふる」で描かれる恋愛も、過去(幼少期の思い出)に囚われている。

今年5月22日にテレビ朝日で放送された「題名のない音楽会」は【平成vs昭和 いま歌いたい合唱曲の音楽会】がテーマだった。番組公式ツイッターと現役合唱団のメンバーへのアンケートにより「いま歌いたい合唱曲」を選曲し、昭和生まれと平成生まれと世代別に分けてランキングした。平成生まれが選んだのは、

  1. 旅立ちの日に
  2. 桜ノ雨
  3. 虹(森山直太朗)

であった。なんと、うち2曲が桜ソング卒業ソングだったのだ!因みにボーカロイド:初音ミクが歌う「桜ノ雨」は桜ソング且つ卒業ソングである。驚くべきことに平成生まれの若い人たちにも後ろ向き思考イエスタデイ・ワンス・モア)は浸透していたのである。

これがどれほど特異なことかは、「英語で歌われた卒業ソングを貴方は何曲挙げられますか?」という問いをすれば明白であろう。花にまつわる歌も外国では少ないよね。「野ばら」や「百万本のバラ」等いくつか散見されるけれど、日本の桜ソングは他国を圧倒している。

シェイクスピア戯曲の個人翻訳全集で有名な松岡和子は臨床心理学者・河合隼雄との対談本「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)の中で次のようなことを語っている。

彼女があるアメリカの画家の個展のカタログ翻訳をしていた時、Melting Snowというタイトルを見て、「なんじゃ,これは?」と途方に暮れた。しかし絵の複製コピーを見て得心が行った。それは「残雪」「名残り雪」のことだった。彼女は面白いなと思った。melting「解けつつある」と表現すると、その先に見えてくるのは、雪が解けきった枯れ草の丘。この雪はすっかり解けてなくなるということが前提となっている。「未来」に目が向いた表現。一方、「残雪」は雪に覆われていた丘の風景がある「過去」に思いを馳せた表現である。大学時代の彼女のフランス語の恩師は言っていた。「日本語には未来形はないのよ。英文和訳とか仏文和訳で未来形を『…でしょう』って訳すけど、『…でしょう』が日本語として定着しているのは天気予報だけ」 ー関東地方は晴れるでしょうー

イエスタデイ・ワンス・モアの思想は日本語自体も侵食していたのである。

このことが必ずしも悪いことだとは想わない。僕自身、桜をテーマにした、めっちゃ後ろ向き思考のアニメーション、新海誠監督「秒速5センチメートル」が死ぬほど好きなのだから。

一方、欧米人の思考が未来を向いている(positive thinking)ということは、「風と共に去りぬ」の主人公スカーレット・オハラの有名な台詞(未来形)が雄弁に物語っている。

I'll think about that tomorrow. (中略)Tara! Home. I'll go home. And I'll think of some way to get him back. After all... tomorrow is another day.

(そのことはまた明日考えましょう。タラ!そうよ、我が家。お家に帰りましょう。そしてレットを取り戻す方策を考えるのよ。だって結局、明日は明日の風が吹くのですもの)

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