シャンソン(歌)、ミュゼット(カフェ)、民族音楽

三浦一馬キンテート ピアソラ&マルコーニ

4月8日兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。

Img_1079

ピアソラ・コンクールにおいて史上最年少(18歳)で準優勝したバンドネオン奏者・三浦一馬を聴く。他のメンバーは荒井英治(ヴァイオリン)、大坪純平(ギター)、黒木岩寿(コントラバス)、松本和将(ピアノ)。

今回のプログラムはアストル・ピアソラと三浦の師ネストル・マルコーニの作品が並んだ。

  • マルコーニ父子:グリス・デ・アウセンシア(不在の灰色)
  • ピアソラ:ブエノスアイレスの冬
  • ピアソラ:デカリシモ
  • ピアソラ:天使のミロンガ
  • ピアソラ:フーガ9
  • ピアソラ:天使の死
  • ピアソラ:アディオス・ノニーノ
  • マルコーニ:モーダ・タンゴ
  • マルコーニ父子:ソブレ・イマヘネス(様々なイメージについて)
  • ピアソラ:スール〜愛への帰還
  • ピアソラ:ブエノスアイレスの夏
  • マルコーニ:時が満ちて
  • ピアソラ:現実との3分間
  • ピアソラ:タンガータ
  • ピアソラ:アレグロ・タンガービレ(アンコール)
  • ピアソラ:リベルタンゴ(アンコール)

過去に三浦を聴いた時の感想は下記。

デビュー10周年だそうだが、次第に味が出てきた印象。哀感、情熱、妖しい色気、そしてブエノスアイレスの喧騒。そういった諸々の要素が一気に押し寄せて来るようだった。

あと特筆すべきはキンテート(五重奏団)のメンバーの質の高さ。荒井英治は東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを長きにわたり務め、またモルゴーア・クァルテットを結成しショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲演奏会やプログレッシブ・ロックなど意欲的な活動を続けている。松本和将も腕利きのピアニストだ。ピアソラのキンテートにも引けをとらないと想った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

日本人とは何者なのか?〜イエスタデイ・ワンス・モア

人生も(平均寿命の)半ばを過ぎ、僕は最近「日本人とは何者なのか?」と考えることが多くなった。ひいては、「自分とは何者か?」というアイデンティティの問いでもある。

【第一章:恥】

米国の文化人類学者ルース・ベネディクトは1946年に出版した著書「菊と刀」の中で、日本を「恥の文化」と定義し、一方で欧米は「罪の文化」とした。西洋の文化はキリスト教を中心として発展してきた。この宗教は「原罪」に重きをおく。アダムとイヴがサタン(悪魔)が化けた蛇に唆されて知恵の実(りんご)を食べたことが事の発端である。日本人は一神教ではなく、八百万の神を信仰してきた。だからこのような「罪」の意識は希薄である。

恥の感覚は武士道とともに定着したと思われる。切腹という行為は正に「生き恥をさらすくらいなら死んだほうがましだ」という価値観から生じている。自殺と決定的に違うのは切腹が儀式だということ。つまり周囲に観客がいるわけだ。西洋で言えば、名誉を守るために行われる決闘に近い。相手は自分自身。この切腹の観念が、太平洋戦争における神風(かみかぜ)特攻隊に繋がってゆく。帰りの燃料はない。つまり「生き恥をさらすくらいなら、戻ってくるな」ということ。退却など端から念頭にないのだ。神風特攻隊をイスラム教徒の自爆テロと同一視する人がいるが、自爆テロの犯人は「死んだらアラーの神のもとに行ける」という宗教に裏打ちされた信念がある。幸福は死後に実現する。一方、日本人には明確な死後のvision(未来像)がない。朧月夜のように曖昧模糊、漠然としている。

この恥という観念が例えば1868年の会津戦争における白虎隊士及び武家の妻子一族の自刃(NHK大河ドラマ「八重の桜」参照のこと)や、1945年沖縄戦におけるひめゆり学徒隊(看護要員として従軍していた師範学校女子部生徒ら)の集団自決(映画「ひめゆりの塔」参照のこと)など、悲劇を産んだ。

以下、ビロウな話で恐縮です。恥ということが現代人において強く感じられるのはトイレにおいてである。日本女性は用を達する時、自らが発する音を消すために水洗を流す。この「音を他人に聞かれるのが恥ずかしい」という観念は日本人独特で、外国人女性にはない。僕は資源の無駄、エコロジーの敵だと想うのだが、おしとやかな大和撫子にそんなことを説いても馬耳東風だろう。「音姫」なる、けったいなものがあるのも日本だけだ。

なお恥じらいがあることが悪いことばかりではない。国際的に日本人は礼儀正しいことで知られるが、これも「恥をかかない」努力を常日頃怠らない成果だろう。

【第二章:イエスタデイ・ワンス・モア】

"Yesterday Once More"はカーペンターズが1973年に発表した楽曲である。当時日本の大学は学生運動で荒れ、連合赤軍による浅間山荘事件があったのが72年だった。また「なごり雪」「22才の別れ」「神田川」などフォーク・ソングが流行ったのもこの頃だ。「イエスタデイ・ワンス・モア」は昔ラジオで聴いていたオールディーズを懐かしむという内容で、本国アメリカではビルボード・トップ100で2位止まり。しかし日本のオリコン洋楽チャートでは26週連続1位を記録した。つまり半年間、トップの座に君臨し続けたのである。ここに日本人の嗜好が窺い知れる。

原恵一 脚本・監督「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国」(2001)は日本オタク大賞や雑誌「映画秘宝」の映画ベスト1(すべての洋・邦画を含めた枠)を勝ち取った大傑作アニメーションである。これは1970年に開催された大阪万博時代を懐かしむ大人たちが集団的に退行現象(幼児化)を起こすプロットである。その陰謀の首謀者がケンとチャコであり、彼らが率いる組織がイエスタデイ・ワンスモアなのである。このアニメ、海外のファンには一体どこが面白いのだがサッパリ解らず不評だそうだ。そりゃそうだろう。

「22才の別れ」「神田川」とかフォークソングは過去を振り返る後ろ向きの歌詞が圧倒的に多い。現在でも桜ソングがひとつのジャンルをなすくらいだが、桜というのは日本人の心情にピッタリと寄り添っている。

日本人が愛でるのは満開状態の桜ではない。桜吹雪にこそ、その真髄がある。散りゆく桜を眺めながら、散る前の姿に思いを馳せ諸行無常もののあはれに感じ入るのである。

桜ソングとリンクするのが卒業ソングである。この2者は同一の扱いを受けているが、じつはここに巧妙な欺瞞が仕掛けられている。だって卒業式に桜は咲いていないでしょ?桜なら入学式の筈。でも入学ソングなんて聞いたことがない。僕たちは後ろ向き思考だから。未来の方向を全く見ていないのだ。日本人はBoy Meets Girlの物語に興味を持たない。漫画「ちはやふる」で描かれる恋愛も、過去(幼少期の思い出)に囚われている。

今年5月22日にテレビ朝日で放送された「題名のない音楽会」は【平成vs昭和 いま歌いたい合唱曲の音楽会】がテーマだった。番組公式ツイッターと現役合唱団のメンバーへのアンケートにより「いま歌いたい合唱曲」を選曲し、昭和生まれと平成生まれと世代別に分けてランキングした。平成生まれが選んだのは、

  1. 旅立ちの日に
  2. 桜ノ雨
  3. 虹(森山直太朗)

であった。なんと、うち2曲が桜ソング卒業ソングだったのだ!因みにボーカロイド:初音ミクが歌う「桜ノ雨」は桜ソング且つ卒業ソングである。驚くべきことに平成生まれの若い人たちにも後ろ向き思考イエスタデイ・ワンス・モア)は浸透していたのである。

これがどれほど特異なことかは、「英語で歌われた卒業ソングを貴方は何曲挙げられますか?」という問いをすれば明白であろう。花にまつわる歌も外国では少ないよね。「野ばら」や「百万本のバラ」等いくつか散見されるけれど、日本の桜ソングは他国を圧倒している。

シェイクスピア戯曲の個人翻訳全集で有名な松岡和子は臨床心理学者・河合隼雄との対談本「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)の中で次のようなことを語っている。

彼女があるアメリカの画家の個展のカタログ翻訳をしていた時、Melting Snowというタイトルを見て、「なんじゃ,これは?」と途方に暮れた。しかし絵の複製コピーを見て得心が行った。それは「残雪」「名残り雪」のことだった。彼女は面白いなと思った。melting「解けつつある」と表現すると、その先に見えてくるのは、雪が解けきった枯れ草の丘。この雪はすっかり解けてなくなるということが前提となっている。「未来」に目が向いた表現。一方、「残雪」は雪に覆われていた丘の風景がある「過去」に思いを馳せた表現である。大学時代の彼女のフランス語の恩師は言っていた。「日本語には未来形はないのよ。英文和訳とか仏文和訳で未来形を『…でしょう』って訳すけど、『…でしょう』が日本語として定着しているのは天気予報だけ」 ー関東地方は晴れるでしょうー

イエスタデイ・ワンス・モアの思想は日本語自体も侵食していたのである。

このことが必ずしも悪いことだとは想わない。僕自身、桜をテーマにした、めっちゃ後ろ向き思考のアニメーション、新海誠監督「秒速5センチメートル」が死ぬほど好きなのだから。

一方、欧米人の思考が未来を向いている(positive thinking)ということは、「風と共に去りぬ」の主人公スカーレット・オハラの有名な台詞(未来形)が雄弁に物語っている。

I'll think about that tomorrow. (中略)Tara! Home. I'll go home. And I'll think of some way to get him back. After all... tomorrow is another day.

(そのことはまた明日考えましょう。タラ!そうよ、我が家。お家に帰りましょう。そしてレットを取り戻す方策を考えるのよ。だって結局、明日は明日の風が吹くのですもの)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ピアソラのバンドネオン協奏曲〜大阪交響楽団「名曲コンサート」

1月11日(祝)ザ・シンフォニーホールへ。大井剛史/大阪交響楽団の名曲コンサートを聴く。ゲストはピアソラ・コンクールにおいて史上最年少(18歳)で準優勝となったバンドネオン奏者・三浦一馬。

今回のプログラムは、

  • マルケス:ダンソン 第2番
  • ピアソラ:バンドネオン協奏曲
  • ピアソラ:リベルタンゴ(アンコール)
      《休憩》
  • J.シュトラウスII:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
  • J.シュトラウスII:ポルカ「クラプフェンの森で」
  • E.シュトラウス:カルメン・カドリール
  • ワルトトイフェル:スケーターズ・ワルツ
  • ヨハン&ヨーゼフ・シュトラウス:ピチカート・ポルカ
  • J.シュトラウスII:ポルカ「ハンガリー万歳」
  • J.シュトラウスII:ワルツ「美しく青きドナウ」
  • J.シュトラウスII:ラデツキー行進曲(アンコール)

メキシコの作曲家マルケスの「ダンソン」はオーケストラのみ。ピアノ・クラリネット・クラベス(拍子木)で開始され、変拍子が心地よい。ヴァイオリンがウクレレみたいな持ち方でピチカート奏法するのもなんだか愉しい。ラテンの熱風を感じた。

三浦一馬のバンドネオンは、ピアソラ自身の演奏と比べると大胆さとか野性味が欠けるのだが、逆に彼の持ち味は繊細さなのだと想う。これは奏者の資質の問題であり、どちらがより優れているという話ではない。それぞれに味がある。コンチェルトの第1楽章は情熱と色気。パリの花の薫りがした(ピアソラはパリに留学し、ナディア・ブーランジェに師事した)。第2楽章は雨に濡れた夜の舗道のイメージ。第3楽章の魅力は疾走感。僕はフランス映画「男と女」のレースの場面を想い出した。

前半は大変満足したが、後半は「ウィンナ・ワルツってやっぱり地元のオケ(ウィーン・フィル等)で聴かないと詰まらない曲だなー」と想った。三拍子は三等分ではなく、「ウィーン訛り」でなくちゃ!つまり極端に書くと「ズン・チャ・チャ」ではなく「ズ・チャッ・チャ」という感じ(一拍目が短く、二拍目が長め)。

「スケートをする人々」は僕が小学生の頃から大好きな曲で、懐かしかった。これにはカラヤン/フィルハーモニア管弦楽団の名盤(1953年録音)があり、なんと出だしのホルン・ソロをデニス・ブレインが吹いているという豪華版(ナクソス・ミュージック・ライブラリー NMLで聴ける)。カラヤンはオケを心持ち「ウイーン訛り」で弾かせているのが面白い(彼はオーストリアのザルツブルク生まれ)。ところが!1960年代にベルリン・フィルと録音した「美しく青きドナウ」はリズムを三等分で刻んでいるんだよね。誇り高き天下のベルリン・フィルにはさすがの帝王カラヤンもウィーン流儀を持ち込めなかったのか?興味深い問題である。

あとオペラの名旋律が矢継ぎ早に登場する「カルメン・カドリール」を聴きながら、「フックト・オン・クラシックス」のことを想い出した。1981年に全英アルバム・チャート1位に輝き、その後世界中で大ヒットとなったアルバムだけど、若い人は知らないよね?ディスコ・ビートに乗せてクラシックの名曲がメドレーで次々と登場する趣向なんだ。そういえば僕が高校生の時、これを吹奏楽部で演奏した記憶がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

三浦一馬クインテット ガーシュウィン&ピアソラ

6月13日(土)ザ・フェニックスホールへ。

三浦一馬のバンドネオンをピアソラがライヴの基本形にしていたキンテート(バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、エレキギター、コントラバスの五重奏)で聴く。

第1部 オール・ガーシュウィン・プログラム

  • ス・ワンダフル
  • 誰か私を見守って Someone To Watch Over Me
  • サマータイム
  • 私の彼氏 The Man I Love
  • 魅惑のリズム
  • ラプソディー・イン・ブルー
  • 「ガール・クレイジー」序曲

第2部 オール・ピアソラ・プログラム

  • デカリシモ
  • ブエノスアイレスの冬
  • ブエノスアイレスの夏
  • 天使へのイントロダクション
  • 天使のミロンガ
  • 天使の死
  • リベルタンゴ(アンコール)
  • アレグロ・タンガービレ(アンコール)

ガーシュウィンにはパーカッション(石川智)が加わった。

三浦は以前、師匠との共演を聴いている(2013年)。彼のプロフィールもそちらの記事に書いたので、ご参照あれ。

ヴァイオリン奏者が見たことある人だなと思ったら、モルゴーア・クァルテットの荒井英治だった。今年の5月に東京フィルハーモニー交響楽団ソロコンサートマスターを勇退したばかり。

ガーシュウィンはJazzなので、何だか聴きながらお酒でも飲みたくなった。

「ス・ワンダフル」はバンドネオンでJazzというのがしっくりこず違和感がつきまとったが、「誰か私を見守って」や「私の彼氏」はしっとり歌っていい感じ。「サマータイム」は楽器が咽び泣く。「魅惑のリズム」ではアドリブが弾けていた。「ラプソディー・イン・ブルー」は(原曲ではクラリネット・ソロの)冒頭から意外と合っているなぁと感心した。また山田武彦が弾くピアノには「スタインウェイ ニューヨーク」と印字されており(通常はハンブルク製)、こだわりが感じられた。

「デカリシモ」は華麗、「ブエノスアイレスの夜」は哀感、「ブエノスアイレスの夏」には滾るパッションがあった。「天使の死」はバンドネオンとヴァイオリンとの掛け合いがスリリング。

「アレグロ・タンガービレ」はお洒落で都会的。洗練されていた。

2年前と比較して三浦のバンドネオンは更にスケールが大きくなったように感じられた。そしてピアソラの音楽は様々なアレンジがあるけれど、やはりオリジナルのキンテートが最高!だと想った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ドーヴァー海峡の向こう側 2013(アイリッシュ・フルート、ハープ&チェンバロ)

1月27日(日)、大阪府豊中市のノワ・アコルデ音楽アートサロンへ。

守安功/アイリッシュ・フルート、ホイッスル、リコーダー
守安雅子/アイリッシュ・ハープ、コンサーティーナ、バゥロン
平井み帆/チェンバロ で、

  • あなたは私のペギーを見ていない
    (アンドリュー・アダム@スコットランド)
  • ミセス・ウォーラー
    (ターロック・オキャロラン@アイルランド)
  • グラウンド(ジョン・ブロウ)@イングランド
  • 小鳥愛好家の楽しみ(作者不詳)@イングランド
  • 本の歌(アイルランドの伝統音楽)
  • ミセス・ディレイニー/プランクスティ・オルーク/
    ミセス・エドワーズ(オキャロラン)
  • サリー・ガーデンズ(アイルランドの伝統音楽)
  • 長老派のホーンパイプ(作者不詳@イングランド)/
    グラウンド(ゴッドフリー・ケラー)
  • 組曲第4番(マシュー・ロック@イングランド)
  • 雅の島(フィル・カニンガム@イングランド)
  • 私は眠っている(アイルランドの伝統音楽)
  • フィーナ湖のほとり(スコットランドの伝統音楽)/
    ホグタイズ・リール(フィル・カニンガム)
  • エレナー・プランケット/ブリジット・クルーズ
    (オキャロラン)
  • リコーダーの名人(ジョン・ヤング 出版)より
     トランペットの調べ/アバディーンの美女ディーン
     (スコットランド民謡)/すべての営みに潜む魂/美しい森/
     ウィンチェスターで結婚式があった/ダイモンの踊り
  • イニシア島"Inisheer"(トマス・ウォルシュ@アイルランド)
  • 愛のグラウンド(ゴッドフリー・フィンガー)
  • 無伴奏チェロ組曲第1番よりジーグ(J.S.バッハ)
  • 映画「タイタニック」3等船室の音楽(アイルランド舞曲)

サリー・ガーデンズ」は当初プログラムになかったが、コンサートを聴きに来ていた古楽歌手の丸谷晶子さんに守安(功)さんが呼びかけ、飛び入り参加で実現した(「事前にお願いするとギャラが発生しますから」と守安さん)。大好きな曲なので嬉しかった。

あなたは私のペギーを見ていない」は1710年の作曲。

全盲の吟遊詩人ターロック・オキャロランについて守安さんは「アイルランド古来のパープの伝統と、当時の最先端だったヴィヴァルディ、コレルリなどイタリアのバロック音楽、そして民族音楽が渾然一体となっている」と解説。260曲あるオキャロランの楽曲を守安夫妻が全曲録音するプロジェクト(世界初)が現在進行中。

グラウンド」(ジョン・ブロウ)はチェンバロ・ソロ。1600年代後半の作品。

小鳥愛好家の楽しみ」はソプラニーノ・ソロ。1717年に出版された”小鳥に歌を教える本”だそう。森のひばり、カナリア、ナイチンゲール、ムクドリ、ベニヒワ、鷽(ウソ)鳥など。

本の歌」は引越しで本を運んでいた舟が沈んでしまい、その本たちへのLamentation(哀歌、鎮魂曲)。

オキャロランの3曲はチェンバロとハープのデュオ。曲名はそれぞれパトロン、あるいはその妻の名前である。

マシュー・ロックはリコーダー&チェンバロ。トリッキーな伴奏が独特の味わい。

雅の島」はコンサーティーナ&チェンバロ。

私は眠っている」はアイルランドの葬式でしばしば演奏される楽曲だそう。

フィーナ湖のほとり」は守安さんの解説によるとフリーリズム=「追分形式」と。

ブリジット・クルーズ」はオキャロラン初恋の相手の名前。

リコーダーの名人」という楽譜は全部で179曲もあるという。

また客席からのリクエストでスプーン2本を背中合わせにして打楽器として用いるスプーンズ&ホイッスルの演奏も披露して下さった。

J.S.バッハのジグはリコーダー&チェンバロ&バウロンで。こういう編成、速いテンポで聴くと「ああ、この曲はやっぱり踊りの曲なんだな」と新鮮。凄くいいね!

いつもながら盛り沢山で愉しい演奏会だった。また行こう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ネストル・マルコーニ&三浦一馬「バンドネオン・ヒーローズ」

12/12(水)兵庫県立芸術文化センター小ホールへ。

Marco

ネストル・マルコーニ(バンドネオン)、三浦一馬(バンドネオン)、フランソワ・キリアン(ピアノ)で、

  • マルコーニ/モーダ・タンゴ(トリオ)
  • バルカルセ/ラ・ボルドーナ(マルコーニ)
  • トロイロ/スール《南》 ラ・ウルティマ・クルダ(マルコーニ)
  • マルコーニ/ロブスタンゴ(マルコーニ)
  • ピアソラ(マルコーニ編)/アストル・ピアソラへのトリビュート
      バンドネオン協奏曲「アコンカグア」より2つのカデンツァ
      天使の死/来るべきもの/デカリシモ/マリアのテーマ
      ブエノスアイレスの夏/アディオスノニーノ
    (マルコーニ)
  • ピアソラ/忘却(三浦&キリアン)
  • ピアソラ/天使のミロンガ(三浦&キリアン)
  • マルコーニ/ティエンポ・エスピラード(三浦&キリアン)
  • ピアソラ/リベル・タンゴ(三浦&キリアン)
  • マルコーニ/グリス・デ・アウセンシア(マルコーニ&三浦)
  • ピアソラ/現実との3分間(トリオ)

アンコールは

  • 作曲者不詳/コラレーラ 
  • ロドリゲス/ラ・クンパルシータ
  • マルコーニ/モーダ・タンゴ

ラ・ウルティマ・クルダ」とは「最後の酔い」という意味だそう。

三浦一馬は1990年生まれ。2006年別府アルゲリッチ音楽祭でマルコーニと出会い、アルゼンチンへ渡る。2008年イタリアで開催された国際アストル・ピアソラ・コンクールで日本人としては初、史上最年少で準優秀を果たす。

師弟共演。その親密さが微笑ましかった。情熱的で攻撃的なピアソラのバンドネオン演奏と比べると、マルコーニは穏やかで落ち着いた感じ。安定感がある。対して三浦くんは若さ故の勢いがあるが、ちょっと危なっかしい面も。

アンコールのラ・クンパルシータは予定になかった曲目で、即興演奏。三浦くんの緊張感がこちらにも伝わってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

近藤浩志(チェロ)/ピアソラ三昧

12月18日(火)、大阪府池田市にある逸翁(いつおう)美術館内マグノリアホールへ。

近藤浩志(チェロ)、永野沙織(ピアノ)で、アストル・ピアソラ没後20年記念コンサートを聴く。

  • リベル・タンゴ
  • オブリビオン ~忘却~
  • ミケランジェロ'70
  • アディオス・ノニーノ
  • 天使の死
  • ソルダ ~孤独~
  • ル・グラン・タンゴ
  • タンティ・アンニ・プリマ(アベ・マリア) アンコール

近藤さんのピアソラを聴くのは二回目。

この記憶が強烈だったので、どうしてももう一度聴きたいと想った。

すすり泣く「オブリビオン」。魂に直接訴えかけてくる。雄弁。

激情の「ミケランジェロ'70」。真夜中のハイウェイをぶっ飛ばしているような印象。これは当時ピアソラが演奏活動をしていたライブハウスの名前で、実際の作曲は1969年だそう。

亡き父を想う「アディオス・ノニーノ」は胸張り裂けそうな慈しみの音楽。

天使の死」は打楽器的奏法で軽快。

ソルダ」は内省的で、思索の森を彷徨うよう。

そしてロストロポーヴィチの依頼で作曲された唯一のチェロのためのオリジナル曲「ル・グラン・タンゴ」は楽器の性能を最大限に引き出す圧巻の表現力。

タンティ・アンニ・プリマ」とは「昔々」とか「何年も前から」といった意。

期待を裏切らない、大満足のひととき。また機会があれば、近藤さんのピアソラを何度でも聴きたい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年、コンサート・ベスト12

タイトル通り。順不同、レビューへのリンクあり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ザ・チーフタンズ 結成50周年記念コンサート

ザ・チーフタンズのことを初めて知ったのは映画「遥かなる大地へ」(1992)公開時である。今から丁度20年前だ。当時、夫婦だったトム・クルーズとニコール・キッドマン共演で、アイルランドの小作人(クルーズ)と地主の娘(キッドマン)がアメリカ大陸に渡る物語だった。サントラはジョン・ウィリアムズが作曲したオーケストラ曲に、ザ・チーフタンズが絡むという構成だった。ちなみに主題歌はアイルランド出身の歌手エンヤが担当した。

ザ・チーフタンズは1962年に結成(今年50年)。アイルランドの伝統音楽に現代的アレンジを施し、あらゆるジャンルの共演者を迎えその融合を図った。グラミー賞を7回受賞。スタンリー・キューブリック監督の映画「バリー・リンドン」(1975)の音楽を担当し、「愛のテーマ(アイルランドの女)」で世界的名声を博す。

12/2(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

Chi1

チーフタンズで使用している民族楽器はアイルランドのバグパイプ=イーリアンパイプや山羊皮を張った片面太鼓=ボーラン。 またイーリアンパイプを担当するパディ・モローニはホイッスル(ソプラニーノ・リコーダーに似た縦笛)も兼任。

メンバーはアイルランドのダブリン出身者が多いが、ヴォーカルのアリス・マコーマックはスコットランド北西部の海岸沖にあるルイス島の出身。フィドル(ヴァイオリン)兼ステップ・ダンスを踊るジョン・ピラツキ&ダンス専門のネイサン・ピラツキ兄弟はカナダ出身。彼らはカナダで生まれたオタワ・ヴァレー・ステップダンスアイリッシュ・ダンスを融合させたダイナミックな踊りで観衆を魅了した。またキャラ・バトラーによるアイリッシュ・ダンスもあり。彼女の姉ジーン・バトラーは「リバーダンス」の初代プリンシパルである。

民族舞曲あり、歌あり、ダンスあり。アイルランド民謡からスコットランド、イングランドの曲ありと盛り沢山。実に愉しい!彼らの演奏を聴きながら、曲調がアメリカのカントリーミュージックに近いなと感じた。そこではたと気がついた。

ジェームズ・キャメロン監督の大作「タイタニック」(1997)は1912年イギリスのサウサンプトン港を出発し、ニューヨークに向かう途中で事故に遭う。映画の中でレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが船底に近い3等客室でダンスを踊る場面がある。ここで流れる音楽がアイリッシュ・ミュージックなのだ。つまりこのようにしてアメリカ大陸に伝播したというわけ。音楽は国境を超え、繋がっている。ちなみにキャメロンは当初エンヤに音楽を依頼したが、経験がないからと断られている。代わりに登板したジェームズ・ホーナーはキャメロンにこう言った。「要するにエンヤに似た曲を書けばいいんだろう?お安いご用さ」こうして彼はアカデミー歌曲賞および作曲賞を受賞した。

Chi2

Chi3

なお来日コンサートの模様は2013年2月にWOWOWで放送される予定。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

大植英次プロデュース「大阪クラシック 2012」/前売早期完売、近藤浩志-渾身のピアソラ!

大阪フィルハーモニー交響楽団の桂冠指揮者・大植英次プロデュース「大阪クラシック」も今年で7年目。

9/4(火)、第37公演@大阪ガスビル フラムテラス。ギュウギュウの満員で入場制限がかかった。

ヴァイオリン:石塚海斗、浅井ゆきこ ヴィオラ:小野眞優美 チェロ:織田啓嗣 で、

  • ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲 第12番「アメリカ」
  • ハイドン/弦楽四重奏曲 第17番 第2楽章 セレナーデ(アンコール)

ドヴォルザークは一般に「国民学派」と呼ばれているが、この人の特徴は民謡の旋律をそのまま用いないところにあると僕は日ごろ感じている。例えばスメタナの「我が祖国」にはフス教徒の賛美歌「汝ら神の戦士」が引用されているが、ドヴォルザーク/交響曲 第9番「新世界より」やこの「アメリカ」にはアメリカのフォーク・ソングや黒人霊歌を彷彿とさせる旋律はあるものの、原曲を特定することは困難である。

今回、生演奏で「アメリカ」を聴きながら気が付いたのは、第2楽章が揺りかごを連想させるという事である。つまり子守唄なのだろう。そういう意味においてこの楽章は黒人しか出てこないガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」”サマータイム”に明らかに繋がっている。

「期待の新人」石塚海斗さんはこの日、別の会場でピアノ伴奏によるブラームス/ヴァイオリン協奏曲全曲を演奏したとか。アンコールのハイドンではひとり立って演奏。大植さんも会場に現れ、「スター誕生!」と。

Osaka
(アンコールにつき、演奏中の撮影許可が降りた)

続いて第40公演@ザ・フェニックスホール。

チェロ:近藤浩志、ピアノ:永野沙織 で、「アストル・ピアソラ没後20年リサイタル」。

  • リベル・タンゴ
  • オブリビオン(忘却)
  • ル・グラン・タンゴ
  • タンティ・アンニ・プリマ(アンコール)

オブリビオン」と「タンティ・アンニ・プリマ(むかしむかし)」は「エンリコIV(ヘンリー4世)」のために書かれた映画音楽で、「タンティ・アンニ・プリマ」は遡って過去に作曲された「アヴェ・マリア」を流用したもの。

ここにも大植さんが登場。「携帯の電源はオフに」というプラカードを持ってステージ前に立ち、会場から笑いがこぼれる。何とこの公演は発売直後、一番最初にチケットが売り切れたそう。「他は《好評発売中》になっているのに、悔しい」と大植さん。

ピアソラを愛し、「僕の前世はブエノスアイレスに暮らしていたんじゃないか」と豪語する近藤さん。「リベル・タンゴ」から火傷しそうなくらい熱い演奏を展開した。切れ味抜群で、同時に豊かに歌う。

オブリビオン」はむせび泣く。声なき慟哭。ちなみに原曲は歌である。

そしてロストロボーヴィチのために作曲された雄弁な「ル・グラン・タンゴ」はチェロという楽器、匣(はこ)の性能を最大限に引き出した快刀乱麻のパフォーマンスだった。

一転して「タンティ・アンニ・プリマ」は静謐な祈りの音楽。

僕はヨーヨー・マが弾いたピアソラのCDを所有しているが、はっきり言って近藤さんの方が断然良かった。読者の皆さんなら、僕がお世辞を言わない人間だということはよくご存知ですよね?

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|