読書の時間

超難解映画「めぐりあう時間たち」の構造分析

映画「めぐりあう時間たち」(The  Hours)は2002年のアメリカ映画(パラマウント・ピクチャーズ/ミラマックス)。監督は「リトル・ダンサー」のスティーブン・ダルドリー。アカデミー賞では作品/監督/主演女優/助演女優(ジュリアン・ムーア)/助演男優(エド・ハリス)/脚色/編集/作曲/衣装デザインの9部門にノミネートされ、ニコール・キッドマンが主演女優賞を受賞した(この年作品賞を受賞したのは同じミラマックスの「シカゴ」)。

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僕は03年の日本公開時に映画館でこれを観たが、難しいなと思った。実際インターネットで感想を検索すると「難解」という表現が目立つ。分かり辛さの原因の一つとしてヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」を読んでいるかどうかが内容を把握する上で重要な鍵になってくる。僕は本作を観た後で小説を読んだ。そしてこの度レヴィ=ストロースによる神話の構造分析の手法を学び、もう一度この難解映画に取り組んでみようと決意した。幾つかの場面がとても印象深く、心に澱のようにたまっていたのである。

"The  Hours"は異なる時代を生きる3人の女性のある一日を描く。彼女たちを結びつけているのは「ダロウェイ夫人」だ。4つの物語が同じ構造(structure)を持ち、並行して進む。以下あらすじと、①②③……は共通のコード(符号)を示す。フロイトは「性欲」という単一のコードで無意識の全てを解読しようとしたが、レヴィ=ストロースは複数のコードを等価に扱う。コードは必ずしも同一ではなく、【入水自殺(死を選ぶ)↔飛び降り自殺(死を選ぶ)↔生を選ぶ↔小鳥の(自然)死】といった変換を認める。

ヴァージニア・ウルフは1925年に「ダロウェイ夫人」を上梓し、1941年に夫レナードへ感謝と①「今までの私たち以上に幸せな二人は他にはありません」という言葉を残して、②川へ入水自殺した。③彼女は幻聴に悩まされており、統合失調症だと言われているが、うつ病や、両方に似た症状を呈する非定型精神病という説もある(自殺に至るのはうつ病の特徴である)。④ヴァージニアは同性愛者であり、恋人は詩人で作家のヴィタ・サックヴィル=ウェスト。ヴァージニアが28年に発表した小説「オーランドー」はヴィタをモデルにしている。オーランドーは男→女と性を変えながら数世紀に渡り生き続ける。ヴィタは両性愛者であり、外交官の夫との間に2人の子供をもうけた。子育てが一段落した頃(1918年)、幼馴染の女性とフランスに駆け落ちした。その時彼女は男装していたという。しかし結局恋人との関係を精算し、夫のいるロンドンに戻った。その後22年にヴァージニアと出会い、二人の関係は31年まで続いた。

A)ダロウェイ夫人:⑤「花は私が買って来るわ、とダロウェイ夫人が言った」という書き出しで始まる。クラリッサ・ダロウェイが、⑥自宅でパーティを開くことになっている朝から、パーティが終わる夜までの1日の物語。彼女は若い頃のことを回想し、④「若いときのサリー・シートンとの関係。あれは結局、恋愛だったのではないだろうか?」と考える。また彼女は青春時代、頭脳明晰でロマンティックなピーター・ウォルシュではなく、⑦堅実なリチャード・ダロウェイとの人生を選んだことが正しかったのか自問する。これに並行して第一次世界大戦から帰還した元兵士セプティマスの物語が描かれる。③彼は友人が爆死したため神経症で幻影に苦しみ、②アパートの窓から飛び降り自殺をする。クラリッサはパーティに出席した精神科医から彼の話を聞く。

ヴァージニア・ウルフによると小説の第一稿においてセプティマスは存在せず、パーティの終わりにクラリッサが死ぬ予定だったという。つまりクラリッサ+セプティマス=作者の分身であり、クラリッサの身代わりとしてセプティマスは死んだのだ。

B)1923年、英国。過去に二度自殺未遂騒ぎを起こしたヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)が療養していた郊外リッチモンド(ロンドンの中心部から電車で約30分)での1日が描かれる。姉のヴァネッサとその三人の子供たちがロンドンから訪ねて来る。②彼女は子どもたちが庭で死んだ小鳥の葬儀をあげるのを見守る。姉一家が帰る間際、④感情が昂ぶったヴァージニアは姉に激しく口付けする。 一家を送り出した彼女は突然、駅に向かう。慌てて追って来た⑦優しい夫に、「ロンドンが恋しい。この町では死んでしまう」と⑧リッチモンドの静かで隔離された生活に不満を爆発させ、「この郊外の今にも窒息しそうな麻痺を選ぶくらいなら、都会の暴力的なまでの刺激を私は選ぶ」と⑨自分の人生に対する自己決定権を涙ながらに訴える。夫はロンドン行きに同意するが、冷静さを取り戻した⑩ヴァージニアはおとなしく今住む家に帰る。

C)1951年、⑧ロサンゼルス郊外の閑静な住宅地。専業主婦のローラ・ブラウン(ジュリアン・ムーア)は⑦優しい夫と愛する息子に囲まれ、現在第二子を妊娠中である。彼女は「ダロウェイ夫人」を愛読している。夫の誕生日を忘れていて、⑤夫は自分自身で花を買ってくる。⑥彼女がお祝いのケーキ作りをしていると親友のキティが訪れ、子宮の腫瘍の為に入院すると言う。④「子供を産まなければ一人前の女ではない」と泣くキティに、ローラは思わず接吻してしまう。キティが帰ると、⑨生きたいように生きられず絶望している彼女は②自殺をする為に息子を人に預け、一人ホテルへと向かう。その一室で③水が部屋に満ちてくる幻影を見る。しかし結局自殺は思いとどまり、⑩彼女は帰宅する。

D)2001年、ニューヨーク・マンハッタン。⑥編集者のクラリッサ(メリル・ストリープ)は詩人で小説家である友人リチャード(エド・ハリス)の受賞パーティのを開く計画を立て、⑤花を買いに行く。クラリッサは彼と恋仲だった若き日々の思い出を胸に、現在はエイズに侵され、③幻覚に悩まされるなど精神的に混乱しているリチャードの世話を続けている。④彼女は広く快適なNYのアパートで女性のパートナー、サリーと暮らしている。パーティの準備を終えたクラリッサがリチャードを訪ねると、リチャードは「君の為に生きて来た。でももう行かせてくれないか」①「私達ほど幸せな二人はいない」と言い、②クラリッサの目の前で窓から飛び降り自殺をする。 パーティは中止となり、リチャードの死の知らせを受けた母親ローラがトロントから駆け付ける。彼女はリチャードの小説の中で「怪物」と呼ばれ②「殺されて」いた。ローラは第二子を生むと夫と子供たちを捨て家出し、カナダで職を得て暮らしていたのだ。彼女はクラリッサに「後悔してどんな意味があるのでしょう、ああするしかなかった。誰も私を許さないでしょう。でも②私は死ぬより生きることを選んだ」と語った。

映画では具体的に語られないが、【Bパート】でヴァージニア・ウルフが「ロンドンが恋しい」と言うのは、恋人のヴィタ・サックヴィル=ウェストに逢いたいということを示唆している。

そして2001年NYの【Dパート】でリチャードが「君の為に生きて来た」と言うのは、クラリッサに自分を捨てて出ていった母ローラの面影を重ねていることを意味している(ローラは「ダロウェイ夫人」を愛読しており、リチャードはクラリッサを「ダロウェイ夫人」と呼ぶ)。【Dパート】のクラリッササリーの関係は小説「ダロウェイ夫人」を踏襲しているが、大きな差異はヴァージニア・ウルフが小説を執筆した当時のイギリスで同性愛は犯罪であり、事実が発覚すれば逮捕されたことにある。実際オスカー・ワイルド(1854-1900)は男色を咎められ収監されたし、「眺めのいい部屋」「ハワーズ・エンド」を書いたE・M・フォースター(1879-1970)が同性愛をテーマに1913年に執筆した「モーリス」が出版されるは作者の死後、1971年のことである。しかし2001年のNYでは同性愛をカミング・アウトし、堂々と一緒に暮らすことが可能になった。つまり【A/Bパート】↔【Dパート】の関係性を見ると構造(structure)は不変だが、社会のあり方が変化したのだ。しかし、もしかしたらクラリッサは現在、サリーと暮らしているのが本当に正しい選択だったのか?と自問しているのかも知れない(コードの変換)。ローラの身代わりとしてリチャードは死ぬ。同時に彼はクラリッサの身代わりであった可能性もある(リチャードの死で彼女の迷いは断ち切れた)

そして本作の主題が浮かび上がってくる。生き死にや恋愛に関して自己決定権を得ること。だがその自由を獲得した者が必ずしも幸福になれるわけではない。恐らくそこに人間の本質がある。

レヴィ=ストロースは『神話論理』冒頭「序曲」の中で次のように述べている。

音楽作品は、その内的組織ゆえに、過ぎ行く時間を停止させている。音楽は時間を、風に吹き上げられるテーブルクロスのように、捕まえ折り返す。

これはそのまま映画"The  Hours"にも当てはめられるのではないだろうか?

レヴィ=ストロースは神話の読み方を交響曲の総譜(スコア)に喩えた。より分かり易く弦楽四重奏の譜面で説明しよう。

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"The  Hours"ではA〜Dパートがそれぞれの段に分かれていると思ってくれたら良い。楽譜を横に追っていけばそこにメロディが現れる。これが通時的変化。今度は縦に視線を動かすと、そこに重層的なハーモニーが響く。これが共時的なものの味方である。つまり神話は左から右へ読むだけではなく、同時に垂直に、上から下へも読まなければならない。そうして初めて一つのまとまりとして理解でき、神話の意味を引き出すことが出来る。それは"The  Hours"も同様なのである。

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レヴィ=ストロース「野生の思考」と神話の構造分析

最初の切っ掛けは2016年に兵庫芸文で観たベンジャミン・ブリテンのオペラ「夏の夜の夢」だった。

観劇の予習としてシェイクスピアを翻訳した松岡和子とユング派臨床心理学の第一人者・河合隼雄との対談「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)を読み、ユング心理学に興味を持った。ぶっちゃけ「これは物語や映画の読解/分析に使える!」と思ったのである。そして河合隼雄の著書を30冊以上読み漁っているうちに河合と中沢新一(宗教学・人類学者)の対談本「ブッダの夢」に出会った。そこで中沢からフランスの社会人類学者レヴィ=ストロース(著)「野生の思考」の紹介があった。

ユング心理学を習得した後、今度は長年の懸案事項だったニーチェ哲学に取り組んでみようと決意した。食わず嫌いで敬遠していた「ツァラトゥストラはかく語りき」は読んでみるとすこぶる面白く、平易だった。

続いてニーチェの思想を受け継いだ20世紀フランスの哲学者ジル・ドゥルーズとミシェル・フーコーを勉強してみた。

ドゥルーズの「シネマ」は大いに役立った。そしてドゥルーズやフーコーが「ポスト構造主義」と呼ばれていることを知った。では「構造主義」とは何ぞや??調査したところ、その親玉(Boss)がレヴィ=ストロース(1908-2009)であることが判った。ならば次の標的(Target)は彼しかいないだろう。狙いは定まった。

レヴィ=ストロースでまず魅了されたのが「野生の思考」で言及されるブリコラージュという概念である。日本語では「日曜大工」「器用仕事」「寄せ集め細工」などと訳される。手元にある材料を掻き集めて新しい配列でものを作ることを言う。ブリコルール(器用人)は手持ちのものを調べ直し、道具材料と一種の対話を交わし、いま与えられている問題に対してこれらの資材が出しうる可能な解答をすべて出してみる。しかるのちその中から採用すべきものを選び、組み立てる。詳しくは下記事で紹介した。

レヴィ=ストロースは南北アメリカ大陸の先住民の神話を詳細に研究した。神話を通して人類の無意識を探ろうという姿勢はユング心理学に共通している。

「神話論理」四部作でレヴィ=ストロースは次のように説く。

神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的はただ一つの問題、すなわち連続不連続のあいだの調停である。

自然と文化の対立を語る神話が、様々なコードを用いて様々な二項対立(天と地、生のもとと火にかけたもの、新鮮なものと腐ったもの、裸と着衣、空っぽのものと詰まったもの、容れるものと容れられるもの=能動と受動、内のものと外のものなど)を語るのは、この調停不可能な根源的対立の調停を行う(隔たりを緩和したり、その間を循環する第三の項〘例えば天と地を結ぶ雨など水/つる植物〙を導入する)ためである。

自然から文化への移行は、連続体としての自然に差異を導入して不連続化することによってなされる。この不連続化は言葉と交換(彼の著書『親族の基本構造』で明らかにされたように女性や財の交換)による他者とのコミュニケーションという、人間社会の基本的条件をもたらす。

レヴィ=ストロースがしようとしたことは「人間が神話の中でいかに思考するかではなく、神話が人間の中で、人間に知られることなく、いかに思考するか」であった。

彼は「私の思考」という主体性を棄て、無意識という空虚な場での他者との交差を重視した(「私たちの各自が、ものごとの起こる交差点のようなものです」)。

レヴィ=ストロースによる神話の構造分析は映画に応用することが出来る。

例えば宮﨑駿「風の谷のナウシカ」の二項対立差異)を挙げてみよう。

森・王蟲(オーム)↔都市文明・人間

樹を育てる水↔全てを焼き尽くす火の七日間(巨神兵)

この2極を結びつける(調停する/媒介する)のがナウシカの存在である。

ではアカデミー作品賞・監督賞に輝いたギレルモ・デル・トロ「シェイプ・オブ・ウォーター」の場合はどうか。

アマゾンの半魚人(自然)↔軍人ストリックランド(核戦争危機)

傷口の治癒力↔銃弾・破壊

自由奔放なイライザの女性性↔男根(ファルス)至上主義(phallocracy)

この物語の中で調停役として媒介するのは特定の形はなく間隙を満たす「水(water)」であり、それは「愛」の隠喩(metaphor)でもある(無意識の中では、愛と憎しみは一体である)。そして男根の表徴(symbol)となるのが①ストリックランドの指(半魚人に噛み千切られ、接合しても腐ってゆく)②半魚人を叩きのめす電気棒③キャデラック などである。

宮﨑駿「崖の上のポニョ」にも似た構造(structure)が認められる。

ポニョ(魚=自然)↔宗介(人間=文化)

ポニョが住む海底の家↔宗介が住む崖の上の家

ポニョの家と宗介の家には水平方向(距離)と垂直方向(高低差)の大きな隔たりがある。それを媒介・緩和するのが津波、やはり水なのだ。またナウシカの手助けをするのが、彼女が手厚く葬ったペジテ王女ラステルの兄アスベルであり、一方ポニョを手伝うのが彼女の妹たちであるという対応関係/コードの変換にも注目すべきだろう。そしてポニョは父フジモトから「ブリュンヒルデ」と呼ばれることからも判る通り、神話「ニーベルングの指環」と同じ構造(structure)を持つ。「ニーベルングの指環」が【神々の黄昏→人間の時代の到来】を描くように「崖の上のポニョ」は【人間の黄昏→新人類(ポニョと宗介の子供)の誕生】を示唆している。つまり宗介=ジークフリートという関係式が成り立つ。

「風の谷のナウシカ」では最後に腐海から木の芽が生えてくる。地球は再生される。「崖の上のポニョ」の最後は古代魚が泳ぐデボン紀に戻り(公式サイトの解説)、車椅子のお婆ちゃんたちは立ち上がり駆けまわる(若返る)。「シェイプ・オブ・ウォーター」で半魚人が画家ジャイルズの禿頭に手を当てると、そこから髪の毛が生えてくる(再生)。

レヴィ=ストロースが確立した構造主義は大変ためになるのだが、いきなり「野生の思考」を読むのはハードルが高すぎるだろう。定価が税込みで5千円強なので値段も高いしね。そこでお勧めしたい入門書を幾つかご紹介しよう。

  1. 中沢新一:100分 de 名著「野生の思考」(NHKテキスト)
  2. 小田亮:レヴィ=ストロース入門(ちくま新書)Kindle版あり
  3. 鷲田清一・山極寿一:都市と野生の思考(インターナショナル新書)Kindleあり

1.はNHK Eテレで放送された番組のテキストで、番組をYouTubeで視聴も可能。
2.は
「神話論理」四部作の要旨までバッチリ判る優れもの。
3.は「野生の思考」を日本人に応用するとどうなるかが語られる
、哲学者にして京都市立芸大学長・鷲田清一と、ゴリラ研究の世界的権威にして京都大学総長・山極寿一との対談。実に愉しき知の冒険である。

最後に、今までレヴィ=ストロースの構造分析を応用して書いた記事をご紹介しておく。

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音楽を愛するすべての人へ!〜【本屋大賞】宮下奈都「羊と鋼の森」と大林映画「ふりむけば愛」

 森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。

最初の一文から一気に心を鷲掴みにされた。そしてこれは僕のために書かれた小説なのだという強い確信を持った。

宮下奈都(みやしたなつ)著「羊と鋼の森」は2016年に本屋大賞に選ばれた。また紀伊國屋書店のスタッフが全力で推すキノベス!でも堂々第1位に輝いた。現在東宝で映画化が進行中で、公開日は2018年6月8日を予定している。主演は山崎賢人。

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本屋大賞を受賞した時からずっと読みたいと思っていたのだが、1,620円もする単行本にはおいそれと手を出せなかった。漸く図書館で予約した順番が回ってきたので、いそいそと借りに行ったという次第。本を開くやいなやページをめくる手が止まらなくなった。なお文庫本(702円)は2018年2月9日に発売予定。

調律師の物語である。「羊と鋼の森」とは言うまでなくピアノの暗喩だ。「鋼」は弦(ピアノ線)のことであり、「羊」はハンマーヘッドを包む羊毛で出来たフェルトを指す。ハンマーが弦を叩くことで音が鳴る。つまりピアノは弦楽器であり、かつ打楽器なのだ。

主人公は高校の体育館で板鳥という調律師の仕事を間近に見て、そこに「森」を感じる。僕は頻繁にクラシック音楽の演奏会に足を運んでいるが、正直今までピアノの響きに「森」の気配を察知したことはない。しかしコンサートでしばしば「森」の中で彷徨している気分に浸る体験はあって、それは特にバロック・ヴァイオリンやバロック・チェロの音色に対してである。これら古楽器に張られているガット弦には羊の腸が使われている。また胴体(函)は木製だ。過去に僕が「森」について言及した記事を下に挙げておく。

音楽とは「森」である。臨床心理学者・河合隼雄はグリム童話などに登場する森は無意識のメタファーだと論じている。音楽もまた、無意識を表現する芸術だ。

調律師が主人公の小説ってすごく珍しい。他に思い浮かばない。よくよく考えて、一本の映画を想い出した。ジェームズ三木(脚本)、大林宣彦(監督)の「ふりむけば愛」(1978、東宝)だ。主演は山口百恵と三浦友和のゴールデンコンビ。

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「大林作品はピアノ映画だ!」と看破したのは映画評論家・石上三登志だが、本作で百恵はピアノ調律師を演じた。実は百恵・友和の出会いそのものが大林が演出したグリコCMだった。映画の題名は大林が「このふたりは、僕と5年近くコマーシャルをやっているうちに、幼なじみだったのがいつの間にか気がついたら恋人になっていたんだよな、フッと振り向いたらそこに恋人がいたんだよ」と言ったら、三木が「ああ、ふりむけば愛ですね、それで行きましょう」という会話から生まれた。サンフランシスコ・ロケの際に大林は早々と必要なカットを撮り終え、ふたりが自由に過ごせる日を丸一日設けてあげた。百恵が大阪厚生年金会館でのリサイタル中に「私が好きな人は、三浦友和さんです」とファンの前で恋人宣言するのは翌1979年である。

そしてな、な、何と、東宝映画「羊と鋼の森」で調律師・板鳥を演じるのは三浦友和なのである!!こんな偶然ってあり得る!?いやいや、これは必然に違いない。

予告編は公式サイトの"trailer"からどうぞ→こちら!大変美しい映像に仕上がっている。

物語の舞台となるのは北海道で、映画は旭川市でロケされた。小説執筆当時、宮下は家族と大雪山国立公園内にある富村牛(トムラウシ)集落@十勝管内新得町で1年間暮らしていたという(山村留学)。だから主人公の名前が外村(とむら)なのだ。

外村は仕事先の家庭でふたごの高校生姉妹と出会う。彼女たちの名前は「和音(かずね)」と「由仁(ゆに)」。和音(わおん)は言うまでもなくハーモニーであり、由仁はユニゾンだ。ハーモニーもユニゾンも一人で奏でることが出来ないところがミソ。ふたりでひとり。このふたごを映画では上白石萌音・萌歌の姉妹が演じる。萌音も萌歌も音楽に纏わる名前。何だか出来過ぎている。

小説の中で原民喜(はらたみき)が、こんな文体に憧れていると書いた一節が引用される。

明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体

板鳥はそんな音をつくり出すことを目指している。その想いは作者本人にも繋がっているだろう。

僕はこのブログで沢山のコンサートレビューを書いてきたが、つくづく音楽を文章で表現することの難しさを感じている。困難というよりも、殆ど不可能な作業である。そもそも作曲家というのは言葉に出来ない自分の想いを音符に託しているわけだから、土台無理なのだ。時には絶望的な気持ちにすらなる。宮下は本書でその不可能性に果敢に挑み、格闘し(藻掻い)ている。それが堪らなく愛おしい。

外村はドイツから来日した巨匠とも魔術師とも称されるピアニストを聴くために町のコンサートホールに行く。そのピアニストは板鳥に全幅の信頼を寄せている。板鳥が調律するのを眺めながら、彼は次のように述懐する。

 自分が迷子で、神様を求めてさまよっていたのだとわかる。迷子だったことにも気づかなかった。神様というのか、目印というのか。この音を求めていたのだ、と思う。この音があれば生きていける、とさえ思う。

僕もコンサートを聴いている最中に「音楽の神様がホールに舞い降りた」と直感する瞬間がある。しかしそれは数年に一度であり、滅多にあることではない。

コンサートの帰り道、外村は勤め先の楽器店の社長と次のような会話を交わす。

「こんな小さな町にいるよりも、もっと大きな場所で、たくさんの人の耳に触れるピアノを調律したほうが板鳥さんの腕を活かせるんじゃないでしょうか」
「ほんとにそう思うのかい。(中略)ここに素晴らしい音楽がある。辺鄙な町の人間にも、それを楽しむことはできるんだよ。むしろ、都会の人間が飛行機に乗って板鳥くんのピアノを聴きに来ればいい、くらいに私は思っているんだがね」

ここには地方に住む人間の挟持、気概がある。僕は確信した。宮下は東京に住んでいないと。調べてみると案の定、彼女は福井県福井市在住だった。

日本は今やクラシック音楽大国である。世界中の著名な音楽家が我が国に殺到し、飽食状態である。しかしそれは東京一極集中型であり、美味しい想いをしているのは関東の人々だけというのが実情だ。例えば昨年のベルリン・フィル来日公演もそうだったけれど、関東にだけ来てそのまま帰国する音楽家たちのなんと多いことか!大阪にすら来てくれない。東京都には9つのプロ・オーケストラがあるが、大阪府は4つ、京都府・兵庫県が1つ、滋賀県・奈良県・和歌山県は0である。日本の文化的「豊かさ」って一体、何なんだろう?とつくづく考えさせられる今日このごろである。

そんなこんなで共感することの多い小説だった。音楽を愛する全ての人々にお勧めしたい。特にピアノを習っていたり、吹奏楽部に所属する中学・高校生は是非読んでみて!

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ジル・ドゥルーズ「シネマ」〜哲学者が映画を思考する。

20世紀フランスを代表する哲学者、ジル・ドゥルーズ著/宇野邦一ほか訳「シネマ 」全2巻(法政大学出版局)を読んだ。「シネマ1*運動イメージ」と「シネマ2*時間イメージ」は併せて800ページに及ぶ大作である。

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ドゥルーズ(1925-1995)の名前を初めて目にしたのはニーチェの著作/解説書を読んでいる時であった。

哲学史的にスピノザ - ニーチェ - ドゥルーズという一本の堅固な線があることを知った。そしてドゥルーズが映画について本を出していることに驚かされた。哲学者が映画を思考すると、どのような言葉が紡がれるのだろう?大いに興味が湧いた。

通読するには難儀した。2ヶ月掛かった。まず翻訳が良くない。大学で哲学を教えている教授らが訳しているので日本語としてこなれていない。原文は同じ単語なのに「シネマ1」と「シネマ2」で異なる日本語に置き換わっていたりもする。またドゥルーズ自身、簡単な概念をわざと難しく書く癖があるので厄介だ。そして長い。対してニーチェの著作はページ数が少ないし、非常に分かり易くスラスラ読める。しかし「シネマ」から得たものは多かった。努力は決して無駄でなかった。

ドゥルーズは巻頭で「これは映画史ではなく、映画に現れるかぎりでのイメージと記号の分類の試みである」と宣言している。だが実際には「シネマ1」で主に第二次世界大戦前の映画、具体的にはチャップリン、キートンらの喜劇、D・W・グリフィスらアメリカの作家、エイゼンシュタイン、ヴェルトフらソ連の作家、ラング、ムルナウらドイツ表現主義、そしてクレール、ルノワール、ガンス、エプシュタインらフランスの作家(主に無声映画)が話題の中心となり、「シネマ2」では戦後の映画、ロッセリーニ、デ・シーカらイタリアン・リアリズム(ネオリアリスモ)、ゴダール、レネらフランス・ヌーヴェルヴァーグ、他にもウェルズ、アントニオーニ、パゾリーニ、デュラス、キューブリックらの作品が取り上げられている。つまり映画史に沿った記述になっている。また嬉しいことに我が国からも小津安二郎、黒澤明、溝口健二らの作品が言及され(市川崑についても少し)、褒められている。

黒澤明「七人の侍」に関しては「今日、まさに〈歴史〉のこの時点において、侍とは何か」という高次の問いが存在するとドゥルーズは語る。

最後に到達したその問いとともに、答えが到来するだろうー侍は、君主のもとにも貧しき者のあいだにも、もはやおのれの場所はない影に生成してしまったのだという答えが(真の勝者は農民たちであった)。

見事な解読である。

本書はベルクソンの著書「物質と記憶」の注釈に始まり、カント、ライプニッツ、ニーチェなどの数々の哲学者についても言及される。

どういうことが書かれているか、「シネマ」から学んだことを具体的に幾つかご紹介しよう。まず映画における運動イメージの三つの水準について。①総体 ensemble=閉じられたシステム。映画においてはフレーミングで規定される。②移動としての運動。フレームの中で成立する運動=ショット。動く切断面であり変調。③全体 tout=ショットとショットを繋いで(モンタージュ)規定される。それ自身の諸関係に即して絶えず変化する(=絶対的運動あるいは宇宙的変動)。

主観性の三つの物質的アスペクトについて。①ある主体が外的刺激(光、音)を知覚する。主観性は、おのれの関心を引かないものを、物〔=イメージ〕から差し引く。②知覚から行動への移行。③困惑させる知覚と、逡巡する行動とのあいだで、主体(不確定性の中心)のなかに出現する情動 intervalleを占めるもの。作用と反作用の間に現れる隔たり。

そして映画においては知覚イメージがロング・ショット(遠景)、行動イメージがフル・ショット(人物の全身像)、感情イメージがクロースアップ(顔またはその等価物で表現される情動)に相当する。

しかし状況ー行動、作用ー反作用、刺激ー反応という連鎖、感覚ー運動系の帯紐はアドルフ・ヒトラーのファシズム、ハリウッドのプロパガンダ(戦意高揚映画)に利用された。国家による大衆操作。運動イメージの到達点はレニ・リーフェンシュタール(ナチス党大会を記録した「意志の勝利」、ベルリン・オリンピックを記録した「民族の祭典」「美の祭典」の監督)である。

そして第二次世界大戦後、ヨーロッパの破壊し尽くされた廃墟など圧倒的状況が、感覚ー運動図式を断ち切り、登場人物は殆ど無力に陥った。彼は反応するよりも記録する。彼はひとつの視覚 visionに委ねられ、行動の中に巻き込まれるよりもむしろ視覚に追いかけられ、視覚を追いかける。純然たる見者となる。純粋に光学的な状況→直接的時間イメージという位置付けられない関係が現れるのだ。

ここで登場するのが結晶イメージであり、ベルクソンの逆さ円錐モデルで説明される。

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円錐の全体SABが記憶に蓄えられたイマージュ全体。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。ABは純粋回想=保存された過去。Pは宇宙。意識は螺旋を描きながら絶えず内部を反復し、新たな過去A'B'、A''B''を生成し続ける。

この結晶時間イメージの代表例がアラン・レネの「去年マリエンバートで」'61であり、フェデリコ・フェリーニの「8 1/2」'63だ。フェリーニは語る。「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」過ぎ去り、死に向かう現在と、保存され、生の核を保持する過去は絶えず干渉しあい、交差しあう。もし保存された過去の領域へ飛翔しても求めている回想が応じず、イメージが顕在化しなければ現在に戻って来て、もう一度飛翔しなおせばいい。

僕が「8 1/2」を初めて観たのは高校生ぐらいの時だった。当時は何が面白いんだかさっぱり理解出来ず、ただただ退屈だった。しかし今回ドゥルーズを読み、フェリーニが言わんとしたことの輪郭が漸くはっきりして来た気がする。

また「シネマ」で紹介され、初めて知る機会を得た映画も沢山ある。ドライヤー「裁かるゝジャンヌ」'28、エプシュタイン「アッシャー家の末裔」'29、エイゼンシュテイン「全線」'29、ヴェルトフ「これがロシアだ」'29、イヴェンス「橋」'28、「雨」'29、ブニュエル「ビリディアナ」'61、「皆殺しの天使」'62、バスター・キートン×サミュエル・ベケット「フィルム」'65……。大変勉強になった。

ただ些か不満なのは、ヌーヴェルヴァーグに関して僕はトリュフォー派なので(「シネマ」では殆ど触れられない)、ドゥルーズはゴダールのことを実力以上に買いかぶっているのではないか、ということである。

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カズオ・イシグロは日本人?それとも英国人?

今年のノーベル文学賞は、長らく受賞が期待されている村上春樹ではなく、事前に全く取り沙汰されていなかったカズオ・イシグロに白羽の矢が立った。驚天動地、寝耳に水の出来事であった。

僕が彼の名前を初めて知ったのは1994年に劇場で観たアンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン主演のイギリス映画「日の名残り」の原作者としてであった(名作)。その後、「わたしを離さないで」は2006年に日本で出版された年に単行本で読んだ。静謐で哀しく、心に残る小説であった。イシグロがプロデューサーを務めた映画版もすこぶる出来が良かった。

カズオ・イシグロは1954年長崎県長崎市に「石黒一雄」として生まれた。両親は日本人。5歳の時、海洋学者だった父親の仕事の都合でイギリスに移住した。イギリスに帰化するのは28歳である。「日系英国人」受賞に日本のマス・メディアは湧いたが、一方で反日左翼の連中が「彼は歴(れっき)としたイギリス国籍であり、日本人じゃない。はしゃぐな!」と冷や水を浴びせた。

カズオ・イシグロは果たして英国人なのだろうか?それとも日本人か?

僕の答えは「二つの祖国を持つ男」である。もし彼が日本に生まれ育ったならブッカー賞を受賞した「日の名残り」のような小説は絶対に生まれなかったし、逆にイングランド人から「わたしを離さないで」などの小説が生み出されるはずもない。つまり彼の特殊な生い立ちが創造物と密接な関係を帯びているのである。それは日本的なものと英国的なものの複合体結晶である。

例えば同じくノーベル文学賞を受賞したサミュエル・ベケット(「ゴドーを待ちながら」)の場合を考えてみよう。ベケットの国籍はフランスだが、生まれはアイルランド。彼は仏語で作家活動をしたが、同時に自分自身で英語版も執筆した。20世紀演劇の金字塔「ゴドーを待ちながら」は彼が生涯アイルランドに留まっていたとしても、はたまた生粋のフランス人であっても生み出されなかっただろう。やはり両者の複合体結晶と言える。

フレデリック・ショパンといえば誰しもポーランドを思い浮かべる。マズルカやポロネーズはポーランドの民族舞踏音楽だ。しかし彼は20歳の時にポーランドを離れ、二度と祖国の土を踏むことはなかった。その後パリで活躍し、パリで没した。さらに彼の父はフランス人である。ならば彼の作品はフランス音楽なのだろうか?ナンセンス、馬鹿げている。

交響曲 ニ短調で有名なセザール・フランクはベルギーで生まれ、フランスで活躍した。彼の音楽は「フランス音楽」とも「ベルギー音楽」とも明快な判別が不能である。またフランス印象派の作曲家モーリス・ラヴェルの音楽にスペインの色彩が色濃いのも(スペイン狂詩曲、道化師の朝の歌、オペラ「スペインの時」)、彼がスペインとの国境近くのバスク地方に生まれ、母がバスク人だったことと無関係ではない。

彼らのことを「フランス人」と一方的に決めつけるべきではなく、Cosmopolite / Cosmopolitan(国際人)と呼ぶべきだろう。それはカズオ・イシグロにも当てはまることだ。

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【増補改訂版】近・現代芸術を理解するための必読書 その2

これは、過去に書いた記事

の続編となる。今回まず、お薦めしたいのは臨床心理学者・河合隼雄による一連の著作である。

そもそも河合の名前を初めて知ったのは2016年夏に兵庫芸文で上演されたブリテンのオペラ「夏の夜の夢」について勉強している時だった。ことの詳細は下記に書いた。

河合と翻訳家・松岡和子との対談、「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)は目から鱗の連続だった。特に「夏の夜の夢」が意識↔無意識の4層構造になっているという解釈はまるでクリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」みたいで新鮮だった。調べてみると河合は、村上春樹や小川洋子、遠藤周作、安部公房ら小説家、ノンフィクション作家・柳田邦男、詩人・谷川俊太郎、宗教学者・中沢新一、脳科学者・茂木健一郎ら錚々たるメンツと対談本を上梓していることが判明した。その後夢中になって彼の著作を読み漁った。

僕は生まれてこの方、2,700本以上の映画を観てきた。膨大な数だ。どうしてこれほどまでにフィクションに魅了されるのか、自分でも不思議だった。過去には次のような記事も書いた。

「博士の愛した数式」で有名な小説家・小川洋子は二十代半ばでデビューした当時、「なぜ小説を書くのですか」とインタビューで問われる度に明確な回答が出来ず、その質問が苦痛でならなかったという。しかし河合隼雄の著作を読み、物語というものの解釈に出会って彼女の目の前に立ち込めていた霧が晴れた。河合と小川の共著「生きるとは、自分の物語をつくること」(新潮文庫)に小川が書いたあとがきから引用する。

物語を持つことによって初めて人間は、身体と精神、外界と内界、意識と無意識を結びつけ、自分を一つに統合できる。(中略)内面の深いところにある混沌は理論的な言語では表現できない。それを表出させ、表層の意識とつなげて心を一つの全体とし、更に他人ともつながってゆく、そのために必要なのが物語である。物語に託せば、言葉にできない混沌を言葉にする、という不条理が可能になる。生きるとは、自分にふさわしい、自分の物語を作り上げてゆくことに他ならない。

まさにこれこそが、河合隼雄から僕が学んだことである。

現在までに彼の著書を30冊読んだが、お勧めのベスト5を挙げておく。

  • 無意識の構造(中公新書)
  • 母性社会日本の病理(講談社+@文庫)
  • 昔話と日本人の心(岩波現代文庫)
  • 快読シェイクスピア 増補版(ちくま文庫)
  • 神話と日本人の心(岩波現代文庫)

「母性社会日本の病理」や「昔話と日本人の心」を読み、如何に自分がイザナギ・イザナミ・アマテラス・ツクヨミ・スサノオなど日本の神話のことを知らないかを思い知らされた。理由のひとつには学校教育で教わらないということもあるだろう。第2次世界大戦において、日本の神話は軍部に利用された。それへの反省もあり、また日本神話は天皇制に結びつくということもあって、日教組から徹底的に嫌悪され教育現場から排除された。河合がスイスのユング研究所での留学を終えて帰国してからも暫くの間、神話の話など持ち出そうものなら「この右翼め!」と袋叩きに合いそうな雰囲気だったので、口を閉ざしていたという(1960年代は安保闘争や学生運動が花盛りだった)。

しかしキリスト教を知らなければ欧米人のものの考え方を理解出来ないように、日本の神話や昔話を知らずして、日本人の深層心理、無意識の在り方に到達することなど到底不可能なのではないだろうか?「君の名は。」の新海誠監督も日本の昔話や神話、万葉集、古今和歌集などを読み、創作の参考にしていると語っている→こちら

ユング心理学を応用すれば、こんな解釈も可能だということを示したのが以下の記事である。

深層心理学は自然科学とは異なり、客観性よりも主観が大切である(故に「科学じゃない」という批判もある)。それは自己(self)の問題であり、物語の読解に実に役立つのである。

もう一つ挙げたいのはニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」だ。

フロイトやユングの打ち立てた心理学はニーチェ哲学を土台にしているし、「ツァラトゥストラ」を通して、映画「2001年宇宙の旅」「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」「攻殻機動隊」「魔法少女まどか☆マギカ」「風の谷のナウシカ」「崖の上のポニョ」「プロメテウス」「エイリアン:コヴェナント」などが何を物語ろうとしているのか、一層深く読み取れるだろう。

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夏目漱石「門」と「崖の上のポニョ」

夏目漱石の小説「門」の主人公・宗助は人生に迷い禅寺を訪ねる。そこで老師から次のような公案をもらう。

父母未生(ぶもみしょう)以前本来の面目とは如何?

自分の父や母が生まれる前、あなたはどこにいたの?という問いである。とは一体何者か?ー実体もなく目には見えない。何処から来たのか?ー多分、自然界や宇宙の「いのちの流れ」のどこかに漂っていたのではないだろうか。では本来の「自己」とは何か?生まれて以降身につけて来たペルソナ(仮面)、身分、学歴、財産など一切を削ぎ落とすと後に何が残るのだろう?ーたまたま生まれてきた。そしていつ死ぬかも思うに任せない存在だ。かくして人生はままならない。そういう悟りの境地に至れば、肩の力も抜けて生きられるだろう。

これは仏教における

即是即是(しきそくぜくう、くうそくぜしき)

という言葉に合致している。」は、我々の目に見えるすべての存在のことを指し、「空」とは実体がないことを言っている。つまり「即是空」は「諸行無常(常というものはない、すべては変化して行く)」「一切空(いっさいくう)」と同意である。万物は流転する。これは近代科学が解明した「すべての物質は原子で構成されている。原子は原子核と電子から成り、原子核は陽子と中性子から成る。さらに陽子と中性子は3個の素粒子に分かれる」という真理に合致する。全宇宙は17の素粒子のみで構成されている。歳月を経てものはバラバラになり(死滅/風化し)、やがて別のものに再構築される。

に実体がないと知ればものに執着する気持ちも湧かず、欲はなくなり煩悩も消えるだろう。

続く「空即是」とは、全ては元々実体がないけれども、それぞれの存在には意味があり、縁(えにし)により、いま私達の目の前に色彩豊かに見えていることを言う。

「門」において宗助と、彼が嘗ての親友から奪い取り、妻にした御米(およね)は次のように語られる。

彼等は親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。大きく云えば一般の社会を棄てた。もしくはそれ等から棄てられた。

宗助と御米はひっそりと”崖の下”に住んでいる。

宮﨑駿のアニメーション映画「崖の上のポニョ」の主人公は宗介。宮﨑駿は「門」の宗助がその名前の由来であると述べている(公式サイトでも明記されている→こちら)。宗介は母親と一緒に崖の上に住み、周囲に家は1軒もない。「門」の夫婦同様、世捨て人のような生活である。そして映画の最後で宗介は文字通り地球上でポニョとふたりぼっちになる。

「親からも友達からも一般の社会からも棄てられた。もしくは切り離された」世界でふたりは生きていくのだ。

「崖の上のポニョ」に隠された秘密を解く鍵が、夏目漱石の「門」の中にある。

なお、映画で洪水の後に古代魚が登場するのはニーチェが「ツァラトゥストラ」で語った永劫回帰であり、宗介とポニョの結婚は超人の誕生を暗示している。

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ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」のすゝめ

本といえば今まで小説ばかり読んで生きてきた。哲学なんて難解なものは歯が立たない、僕には無縁だと思い込んでいた。ところがある日不意に、転機が訪れた。

ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」を読もうと決心した切っ掛けは2016年に公開された一本のドキュメンタリー映画だった。

本作は大阪を流れる淀川から道頓堀川に下る船の上で、第1回ドラフト会議で指名されNMBに入った須藤凛々花がニーチェを朗読するシュールな場面から始まる。

須藤といえばつい先日のAKB48総選挙で結婚宣言をぶちかまし、世間を騒然とさせた元メンバーである(既に卒業)。「人生を危険にさらせ!」という哲学本も出版しており、表題はニーチェの著書「悦ばしき知識(楽しい学問)」から採られている。たかだか19歳の小娘がニーチェを理解出来るのだから、僕に読めない筈はないと対抗心が沸々と湧いたのである。因みに秋元康は須藤のために、「ニーチェ先輩」という歌を書いた。その歌詞に《その深淵 覗いたとき 深淵もこちらをのぞいてる》とあるが、これはニーチェ「善悪の彼岸」からの引用である。

ニーチェ(18441900)の著書を実際手にとってみて驚いた。スラスラ読めるのである。難解なところが少しもない。硬い哲学書だという雰囲気が皆無のだ。これなら高校生でも大丈夫。「悦ばしき知識(楽しい学問)」にしろ「善悪の彼岸」にしろ、アフォリズム集になっているので実に読み易い。アフォリズム (Aphorism)の語源はギリシャ語で、人間についての真理や戒め、恋愛や人間関係についての教訓、人間の愚かしさや可笑しさ、人生の不思議や矛盾などを端的な言葉で表現したものをいう。日本語に訳すと金言、警句、格言、座右の銘といった言葉になる(ロバート・ハリス「アフォリズム」より)。

「ツァラトゥストラ」は光文社古典新訳文庫の丘沢静也訳が読み易かった。なお、竹田青嗣「ニーチェ入門」(ちくま新書)と村井則夫「ニーチェ ーツァラトゥストラの謎」(中公新書)がガイドとしてたいへん役に立ったことを付記しておく。

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またフロイトやユングの打ち立てた深層心理学が、ニーチェから出発していることがよく分かった。意識↔無意識の関係や、コンステレーション(布置)についても先にニーチェが語っている。コンステレーションとは一つ一つの事柄や状況が、それだけでは何の関係もないように見えても、ある時それらが一つのまとまりとして重要な意味を成してくること。めぐり合わせ。

以来、心理学と哲学の関係は深い。20世紀フランスのミシェル・フーコー(1926〜84)は当初、心理学を学び、精神病院に努めていた時に患者がロボトミー手術を受けて廃人同様になったことに衝撃を受け、哲学者に転向した。

またやはりフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925~95)は精神科医フェリックス・ガタリ(1930~92)と組んで「アンチ・オイディプス」を書いた。これはフロイトが提唱したエディプス・コンプレックスに反旗を翻す本である。ガタリとの共著は6冊に及んだ。なおドゥルーズはフロイトに対して否定的だが、フロイトと袂を分かったユングのことは高く評価している。

ドゥルーズは【哲学とは新しい概念を創造すること】だと定義したが、ニーチェが打ち出した概念の代表的なものは「アポロン的/デュオニソス的」「ルサンチマン」「神は死んだ」「力への意志」「超人」「永劫回帰」がある。

関連記事(上記ニーチェの概念について詳しく解説した)

ニーチェはpositive thinkingの人だ。常に前向きで未来に目を向け、ニヒリズム(この世は虚しいという考え方)を全力で否定する。そしてからだが大事と説き、ダンスして鳥のように飛べ!と活を入れる。そして最後は「笑うライオン」になれと言う。読んでいて元気が出るし、勇気が湧く。

ただ彼が女性蔑視の考えを持っていたことは否定出来ない。まぁ女性に参政権がなかった19世紀半ばの人だし、生涯を独身で過ごしたモテない男なので(ルー・ザロメに求婚するも振られている)、大目に見てあげてくださいな。

なお彼は1889年(44歳)に発狂するが、原因は梅毒 第4期(脳梅毒・神経梅毒)だった。これは作曲家のシューマンやスメタナと同じ病である。シューベルトも梅毒だったが、死因は水銀治療による中毒である。

「ツァラトゥストラはかく語りき」は後世の芸術に多大な影響を与えた。リヒャルト・シュトラウスは同名の交響詩を作曲。マーラーは交響曲第3番 第4楽章にツァラの一節を引用し、アルト独唱に歌わせている。そしてこの楽曲はルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」の最後、主人公の死の場面で流れた。さらにスタンリー・キューブリック監督の傑作「2001年宇宙の旅」との関わりは言うまでもない。

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アドルフ・ヒトラー「わが闘争」

昨年、NHK-BSでドイツが製作したドキュメンタリー番組「ヒトラー『わが闘争』~封印を解かれた禁断の書~」を観た。驚いたのはヒトラーの死後70年間、その著書「我が闘争」の著作権をバイエルン市が所有し、ドイツ国内での出版を一切禁止していたということ。2015年12月31日に著作権が切れ、歴史研究者による3,000以上の注釈付きで翌年1月に漸くドイツで出版された。2017年1月4日までに8万5千部が発行されたという。日本では1973年から角川文庫で上下巻が発売されている。

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「わが闘争」は1925年に第1巻が、26年に第2巻が出版された。第1巻は23年のミュンヘン一揆に失敗し、獄中で執筆されたものである。ヒトラーが口述し、ナチ党の初期メンバーだったエミール・モーリスと親衛隊の指導者ルドルフ・ヘスが筆記・編纂した。

ナチ党が普通選挙で第1党になるのが32年、ヒトラーが首相に就任するのは33年1月30日である。ヒンデンブルク大統領の死去に伴い大統領と首相の職務を合体、「総統」の地位を得るのが34年8月、民族投票により89.93%という支持率を得て承認された

「わが闘争」は言うまでもなく悪魔の書である。それも天才的な。上下巻合わせて文庫本で優に1,000ページを超える。翻訳本のせいもあるだろうが、非常に読み辛い。ヒトラーは学のない男であり、口述筆記ということもあって繰り返しが多い。クドい。同じ内容を整理すれば恐らくこの4分の1の分量で間に合うだろう。

ヒトラーは劣等生だった。中学校は学力不足でギムナジウム(ヨーロッパの中等教育機関)に進学出来ず、実技学校に通い、2度の留年を経て退学処分となった。18歳となり画家を夢見てウィーンに出てきたが、ウィーン美術アカデミーを受験するも不合格に終わる。つまり彼が正式に教育を終えたのは小学校だけだった

「わが闘争」を読んでいると胸クソが悪くなる。それでも我慢して読み続けた。何故ならこれは現代人の必読書だからである。ヒトラーの詭弁、論理の破綻・矛盾を見抜き、論破しなければならない。戦いに勝つにはまず敵(の戦術)を知ることが重要だ。兵法の大原則である。結局、読み終わるまでに2−3ヶ月を要した。

通読すると、これはヒトラーの綿密な計画書であったことが判る。その後に彼が実行したことが、全てここに書いてある。ある意味非常に正直だ。

だからドイツ国民が「私たちは何も知らなかった。私たちはヒトラーにまんまと騙された」と言う資格はない。正当な選挙でナチスを第一党に選んだのは彼らだし、ヒトラーが総統に就任してからは新婚家庭に一冊ずつ政府から「わが闘争」が贈呈されていたのだから。

ただし僕が想像するに、恐らくドイツ国民の殆どは「わが闘争」を読んでいなかったのではないだろうか?兎に角、膨大な分量だし、例えば自分自身を振り返ってみて欲しい。貴方は野田佳彦・前首相や安倍晋三・現首相の著書を読んだことがありますか?ないでしょう。そんなものです。

日本の左翼ジャーナリズム/知識人は何かというと彼らの「敵」をヒトラーに喩えたがる。その恰好の標的になっているのが安倍総理であり、橋下徹・前大阪市長である。

内田樹,(神戸女学院大学名誉教授) 山口二郎(法政大学法学部教授), 香山リカ(精神科医), 薬師院仁志(帝塚山学院大学教授)は共著で「橋下主義(ハシズム)を許すな!」という本を出版している。ハシズムは勿論、ファシズムに引っ掛けた造語(言葉遊び)である。本の表紙には「独裁者」という言葉も踊っている。

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鳥越俊太郎が安倍総理をヒトラーに喩えた記事は→こちら

また朝日新聞社の冨永格・特別編集委員が安倍総理の支持者をナチスと同一視する投稿をツィートしていたという記事は→こちら

では果たして安倍総理や橋下徹氏の政治手法は本当にヒトラー(ファシズム)に近いのだろうか?具体的に見てみよう。

角川文庫「わが闘争」の訳注は説明不足であり、ナチズムが生まれた歴史的背景が判り辛い。だから高田博行(著)「ヒトラー演説 -熱狂の真実-」(中央新書)を併せてお読みになることをお勧めしたい。特に「序章 遅れた統一国家」は「わが闘争」の予習に最適だ。高田の「ヒトラー演説 -熱狂の真実-」はヒトラーの政界登場からドイツ敗戦まで25年間、150万語に及ぶ演説データーをコンピューターで解析。【ナチ運動期前半/後半、ナチ政権期前半/後半】の4期に分け、それぞれでどういう単語が最も使われたか(有意差検定)、またヒトラーの演説の冒頭やクライマックスで声の高さ(ヘルツ)がどう変化しているかなどを詳細に検証。ヒトラーが演説における発声法やジェスチャーについてオペラ歌手から指導を受けたこと、当時発明されたばかりのマイクとラウドスピーカー(拡声装置)導入が絶大な効果をもたらしたことなどが書かれており、大変勉強になる。

以下「わが闘争」の要旨を書き抜いていこう。

【ユダヤ人陰謀説】カール・マルクスはユダヤ人である。マルクシズムというユダヤ的説教は人間の価値を否定し、文化を破壊し、すべての秩序を終局に導く。だから私はユダヤ人を防ぎ、神の御業のために戦う。新聞社もユダヤ人が牛耳っている。彼らが言うことを信じるな。

スターリンは徹底した反ユダヤ政策を実践したし、中国の毛沢東やキューバのカストロ、チェ・ゲバラもユダヤ人ではない。だから共産主義がユダヤ人の陰謀だなんて馬鹿げている。

【ユダヤ人の否定】ユダヤ人は嘘つきで、不潔で、日光を恐れる潜行者である。わが(ゲルマン)民族の不倶戴天の敵だ。下がれ、卑劣漢!足を引っ込めろ、階段が汚れる!

【人種の純潔を守れ】アーリア人の優秀性を存続発展させるためには下等な人種(とりわけユダヤ人)と結婚してはならない。混血によりその中間の、劣った子孫が生まれると最早取り返しがつかない。

【議会制民主主義の否定】ヒトラーは500人程度の議員による議会での議論は不毛と位置づけ、大勢の民衆を前にした情熱が迸る演説のみに価値があり、それこそが民族の心を動かし時代を転換させる力があるのだと説く。運動の重点は議会ではなく、作業場や街頭におかなくてはならない。民主主義は殆どの場合、ユダヤ人の要求に一致した(ここでもユダヤ人陰謀説登場)。

【多数決の否定】多数決で政治の命運を左右するのは無責任体制である。それは人格を排除し、その代わりに愚鈍、無能、臆病さで構成されている。偉大な指導者・一人の天才が命を賭して政治に身を捧げるのが本来あるべき姿である。決定はただ一人の人間が下すのである。

この考え方にはニーチェの思想(著書「ツァラトゥストラはかく語りき」の中で論じられた超人)の影響が窺われる。そして超人=ヒトラーだと言いたいわけだ。独裁者の肯定である。

【国家社会主義 vs. 国際主義】ナチスの掲げる「国家社会主義」とはゲルマン民族が一丸となって国を興そうという考え方であり、自国(ゲルマン民族)ファースト。それに対して「国際主義」とはヒトラーに言わせればユダヤ人=共産主義者の陰謀であり、国家を解体していこうとする運動を意味する。

つまり現在で言えばEU(欧州連合)やグローバリゼーション(世界化/地球規模化)も「国際主義」ということになるだろう。

【インテリゲンチャへの劣等感と憎悪/語られることばの威力】知識人・文筆家に歴史を動かす力はない。人を味方につけるには書かれたことばよりも語られたことばのほうが役に立つ。この世界における偉大な革命は演説によってのみ達成された。労働者(下層)階級の心をつかむ努力を怠ってはならない。大衆が持っている途方もない力を見くびってはならない。

【多民族国家オーストリアへの嫌悪】ユダヤ人は人類にとって永遠のバクテリアである。オーストリアでスラヴ人が幅を利かせているのも虫が好かない。この国家は、真に偉大なドイツ人全てを圧迫し、妨害する。あらゆる点でドイツ民族の不幸でしかあり得ない。

因みにヒトラーはオーストリア生まれのドイツ人である。ドイツ国籍を取得するのは1932年。首相に就任するたった1年前だった。そして38年にナチス・ドイツはオーストリアを併合する。

【アーリア人種(ゲルマン民族)至上主義】人類は①文化創造者文化支持者文化破壊者の三種類に分けられる。①文化創造者はアーリア人種のみ。日本人はせいぜい②文化支持者であり得ても、創造の能力は持ち合わせない。③文化破壊者としてもっとも憎むべき民族こそユダヤ人である。

この詭弁に反駁するのはいとも容易い。ギリシャの神殿や文化を生み出したのはアーリア人ではない。エジプト文明、メソポタミア文明、アンデス文明だって違う。万里の長城や紫禁城を建設したのもアーリア人じゃない。無茶苦茶である。

英教育誌が集計した、2000年以降の科学・経済分野のノーベル賞受賞者に関する国別ランキングでは、1位が米国(30%)、2位が英国(6.0%)、日本が3位(4.3%)に格付けされた。4位がドイツ(3.4%)、5位がイスラエル(2.5%)である(韓国は0.0%)。決してゲルマン民族が突出しているわけではない。米国の受賞者中ユダヤ人は36%を占め、ノーベル賞全体では22%である。アルベルト・アインシュタインもその一人。ユダヤ人が如何に優秀で、ヒトラーの思想が偏見にすぎないかがよくお分かりいただけるだろう。

しかしこれだけ理不尽な人種差別政策(大量虐殺=ホロコースト)が実行されてしまうと、多少の無理をしてでも戦後にイスラエル(ユダヤ人国家)を建国するしか道はなかったのかな、むべなるかなという気がしてくる。

【侵略戦争の肯定】ヒトラーが「国土開発」について語っている章は、人口増加に対して①生殖・出生数を制限する②新しい土地を求めるという2つの方法があるが、①は望ましくない。何故ならたくさん生まれた子供が自然淘汰され、強い種だけが生き残る。それこそがゲルマン民族の進化に役に立つ、と論理を展開している。この弱肉強食の世界において優れた(=ゲルマン民族)が多くの土地を得るのは当然の権利である。より強い種族が弱者を駆逐するだろう。強者にその場を譲るために、弱者を滅ぼすのが自然の理(ことわり)である。個々人の博愛精神/人道主義という笑うべき拘束はどんどん破壊されてゆくのみ。人々がヨーロッパで土地と領土を欲するなら、そのさいは大体においてロシアの犠牲でのみ行われるべきだ(対ソ戦の肯定)。

この理屈はダーウィンの提唱する進化論、適者生存の考え方に基づいている。しかし明白な詭弁である。ヒトラーが言う弱肉強食とは、例えばライオン(肉食動物)が牛(草食動物)を食べることを言う。しかし強いライオンが弱いライオンを食べることはない。虎猫(トラネコ)と三毛猫が生存競争で殺し合ったりはしない。だからヒトラー主張する、【優れた民族(アーリア人)が劣った民族(ユダヤ人)を滅ぼしてもいい】という理屈は成立しない。何故なら両者は同じ(ホモ・サピエンス)だから。これが自然の理(ことわり)である。

【同盟を結べ】領土拡大を狙うなら、利害が一致する国と同盟を結ぶことが重要だ。フランスはアルザス=ロレーヌ地方(ドイツ語ではエルザス=ロートリンゲン)を奪った不倶戴天の敵だから、同盟はあり得ない。可能性があるのはイギリスかイタリアだ。

この主張は後の日独伊三国軍事同盟に繋がる。またナチス・ドイツは1940年にフランスを破ってパリを占領し、再度アルザス=ロレーヌを自国に編入した。

【宣伝の重要性】宣伝は学識のあるインテリに対してではなく、教養の低い大衆にのみ向けるべきである。その内容の知的水準は最低級の者が理解できる程度に調整すべきだ。大衆は感情的に考え方や行動を決める。客観性など不要。彼らの感情の幼稚さを熟知する必要がある。宣伝は絶対に主観的で、一方的な態度を貫かなければならない。鈍感な人々(=大衆)に確信させるためには最も簡単な観念を何千回も繰り返すことだけが、結局彼らに覚えさせることが出来るのだ。宣伝は短く制限し、内容を決して変えてはならず、いつも同じことを言わなければならない。

この内容は後の全国宣伝指導者ゲッペルスの登場に繋がる。

【演説の時刻】私が朝の10時に演説した時は惨憺たる結果に終わった。聴衆は熱くならず、氷のように冷たかった。一方、夜だと集まった大衆の心の中に入っていき易く、人間の意志はより強い意志(=ヒトラー)に支配され易くなる。

【群集心理/大衆暗示を活用せよ】大衆集会では、一人であるという不安に陥りやすい個々人が、大きな共同体という情景を目の当たりにして、大抵の人は勇気づけられる。他の3千人、4千人という人々が強く感化され、暗示的な陶酔と熱狂のなかに浸っている様子に魅了される時、その人はわれわれが大衆暗示と呼ぶ魔術的な影響の支配下に置かれる。こうして彼は共同体の一員となるのである。

演説の達人ヒトラーの面目躍如である。彼が語る、大衆の心を掴む極意は現代でも通用するだろう。

さて最後に質問しよう。貴方は、安倍首相と橋下徹氏に、どこかヒトラーに似たところが少しでもあると思いますか?彼らはある特定の民族を差別しただろうか?共産党を非合法化して国会・地方議会から追い出したりした?あるいは多数決による議会制民主主義を否定したか?焚書・言論統制は?答えは明白であろう。むしろそういう決めつけをする輩こそ、ヒトラーにそっくりだと僕は思う。

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【いつか見た大林映画】第3回「廃市」そして福永文学との出会い(家庭用VHSビデオとLDの時代)

福永武彦(息子は芥川賞作家の池澤夏樹。幼いころ両親が離婚したため、池澤は実父について高校時代まで知らなかったという)の書いた小説が映画化されるのは大林宣彦監督「廃市」が初めてである(後に「風のかたみ」が高山由紀子監督で映画化された:1996年)。16mmフィルムを使用し(通常の劇場映画は35mm。「ベン・ハー」や「アラビアのロレンス」などの大作は65mmネガフィルムで撮影され、70mmプリントに焼いて上映された)、福岡県柳川市で全篇オールロケされた。映画の公開は1983年12月、つまり「時をかける少女」の次の作品である。

僕は大学の合格祝いにVHSビデオデッキとLDプレーヤーを買ってもらった。因みに若い人は知らないだろうから解説しておくと、当時家庭用ビデオデッキ市場ではソニーのBETACAM(ベータカム)と、ビクター&松下電器(現パナソニック)を中心に開発されたVHSがその覇権を賭けてしのぎを削っていた。結局ソフトの数で圧倒したVHSが勝利する。ビデオディスクの方はビクターが開発したVHD(Virtual Hard Disk)とパイオニアから発売されたLD(LaserDisc)があり、最終的にLDが生き残った。DVDを経て第3世代光ディスクにも東芝が開発したHD DVDがあったが、ソフト数でBlu-ray Disc陣営に大きく引き離され、淘汰された。

【尾道三部作】「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」などのLDは発売されたが、「廃市」は出なかった。初期の大林映画「HOUSE ハウス」「瞳の中の訪問者」はLDを購入し、出会うこととなる。

僕が知る限り郷里岡山で「廃市」は上映されなかった。だから観ることが出来たのは大学1年生の1985年にビデオを購入したからである。なんと定価は23,000円もした!(映画「廃市」は現在、Blu-rayとDVDで容易に入手可能である。Amazon.co.jpだと、どちらも4,500円以下で)

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日本で消費税が初めて導入されたのは1989年(税率3%)なので、それより前ということになる。因みにこの頃発売されていたビデオソフトの標準的価格は、「風の谷のナウシカ」が14,800円だった。ビデオをレンタルするにも1本1,000円した時代である(入会金が2,000円くらい)。後日、自主製作16mmフィルム時代の大林監督作品「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)もVHSビデオで購入した。

「廃市」ビデオケースの裏面には以下のような大林監督のエッセイが掲載されている。

 福永武彦さんの小説が映画になる。その素敵な事件に、当事者の監督として立ち会えたなんて、ぼくは何という果報者だろう。
 18歳、郷里尾道での最後の夏休みに出会った1冊の書物、「草の花」。ぼくはそれを、ぼく自身のために書かれた物語だと信じ、それから20代のまるまるを、福永さんの世界と共に暮らして来た。その頃既に映画少年でもあったぼくは、いつかこの〈ぼく自身の物語〉を、映画にしたいものだと夢見ていた。(中略)
 今回機会を得て「廃市」を映画化することになった時、ぼくはこれを16ミリで撮影・上映しようと考えた。常に少数者のための文学を標榜してきた福永作品の初の映画化には、この小さな映画の形式がいちばん似合うだろうと信じたから。(中略)
 今回のビデオによる出版は多くの福永ファンに悦んで貰えることと思う。所謂大当たり大衆娯楽映画の廉価普及版ではなく、豪華特製限定出版という趣向が、これまた福永さんらしくて、とても嬉しい。
 そして、大林映画を愛してくれる人びとには、最高の贈り物だ。なにしろこれは、ぼくの夢の結晶なのだから。

本作で大林監督は初めて自らナレーションを担当。その声が味わい深いと評判になった。また監督が作曲した美しい弦楽四重奏曲が全編に流れる(編曲は「さびしんぼう」の宮崎尚志)。キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画の第9位に選出された。

僕は「廃市」の叙情性に心打たれ、原作を読み福永武彦の世界に魅了された。勿論「草の花」も繰り返し読み、〈ぼく自身の物語〉となった。結局、20代で福永が書いた全小説を読破した。大学卒業を控えた1990年8月には医師国家試験の準備として、小説「草の花」の舞台となった信濃追分で一週間過ごした。福永武彦は既に亡くなっていたが、彼の別荘が僕が宿泊した民宿の近くに残っていた。堀辰雄や、福永の朋友・中村真一郎がしばしば滞在した旅館・油屋もあった(福永と中村は映画「モスラ」の原作者でもある)。

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そして僕自身も大林監督のライフワーク映画「草の花」を夢見るようになった。

劇場映画第2作「瞳の中の訪問者」(1977)は手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」のエピソード『春一番』の映画化である。しかしクライマックスで登場するハニー・レーヌの台詞は福永の「草の花」からの引用だ。また映画「ふたり」(1991)の主題歌『草の想い』(作詞:大林宣彦、作曲:久石譲)の歌詞には「草の花」と、檀一雄の小説「花筐(はなかたみ)」という言葉が秘かに忍ばせてある。「ふたり」のラストシーン、石田ひかりの部屋と「異人たちとの夏」(1988)の風間杜夫のマンションの本棚には「草の花」と「花筐」が仲良く並べて置かれていた。そして僕が最も愛する大林映画「はるか、ノスタルジィ」(1993)では「草の花」で重要な役割を果たすショパン:ピアノ協奏曲第1番が流れた。一時期、富田靖子と尾美としのり主演で「草の花」映画化が企画されたが、実現はしなかった。

それから長い年月を経て、映画「花筐」は遂に今年完成した(12月公開予定)。

大林監督、映画「草の花」には、まだ間に合いますか?

TO BE CONTINUED...

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