読書の時間

カズオ・イシグロは日本人?それとも英国人?

今年のノーベル文学賞は、長らく受賞が期待されている村上春樹ではなく、事前に全く取り沙汰されていなかったカズオ・イシグロに白羽の矢が立った。驚天動地、寝耳に水の出来事であった。

僕が彼の名前を初めて知ったのは1994年に劇場で観たアンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン主演のイギリス映画「日の名残り」の原作者としてであった(名作)。その後、「わたしを離さないで」は2006年に日本で出版された年に単行本で読んだ。静謐で哀しく、心に残る小説であった。イシグロがプロデューサーを務めた映画版もすこぶる出来が良かった。

カズオ・イシグロは1954年長崎県長崎市に「石黒一雄」として生まれた。両親は日本人。5歳の時、海洋学者だった父親の仕事の都合でイギリスに移住した。イギリスに帰化するのは28歳である。「日系英国人」受賞に日本のマス・メディアは湧いたが、一方で反日左翼の連中が「彼は歴(れっき)としたイギリス国籍であり、日本人じゃない。はしゃぐな!」と冷や水を浴びせた。

カズオ・イシグロは果たして英国人なのだろうか?それとも日本人か?

僕の答えは「二つの祖国を持つ男」である。もし彼が日本に生まれ育ったならブッカー賞を受賞した「日の名残り」のような小説は絶対に生まれなかったし、逆にイングランド人から「わたしを離さないで」などの小説が生み出されるはずもない。つまり彼の特殊な生い立ちが創造物と密接な関係を帯びているのである。それは日本的なものと英国的なものの複合体結晶である。

例えば同じくノーベル文学賞を受賞したサミュエル・ベケット(「ゴドーを待ちながら」)の場合を考えてみよう。ベケットの国籍はフランスだが、生まれはアイルランド。彼は仏語で作家活動をしたが、同時に自分自身で英語版も執筆した。20世紀演劇の金字塔「ゴドーを待ちながら」は彼が生涯アイルランドに留まっていたとしても、はたまた生粋のフランス人であっても生み出されなかっただろう。やはり両者の複合体結晶と言える。

フレデリック・ショパンといえば誰しもポーランドを思い浮かべる。マズルカやポロネーズはポーランドの民族舞踏音楽だ。しかし彼は20歳の時にポーランドを離れ、二度と祖国の土を踏むことはなかった。その後パリで活躍し、パリで没した。さらに彼の父はフランス人である。ならば彼の作品はフランス音楽なのだろうか?ナンセンス、馬鹿げている。

交響曲 ニ短調で有名なセザール・フランクはベルギーで生まれ、フランスで活躍した。彼の音楽は「フランス音楽」とも「ベルギー音楽」とも明快な判別が不能である。またフランス印象派の作曲家モーリス・ラヴェルの音楽にスペインの色彩が色濃いのも(スペイン狂詩曲、道化師の朝の歌、オペラ「スペインの時」)、彼がスペインとの国境近くのバスク地方に生まれ、母がバスク人だったことと無関係ではない。

彼らのことを「フランス人」と一方的に決めつけるべきではなく、Cosmopolite / Cosmopolitan(国際人)と呼ぶべきだろう。それはカズオ・イシグロにも当てはまることだ。

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【増補改訂版】近・現代芸術を理解するための必読書 その2

これは、過去に書いた記事

の続編となる。今回まず、お薦めしたいのは臨床心理学者・河合隼雄による一連の著作である。

そもそも河合の名前を初めて知ったのは2016年夏に兵庫芸文で上演されたブリテンのオペラ「夏の夜の夢」について勉強している時だった。ことの詳細は下記に書いた。

河合と翻訳家・松岡和子との対談、「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)は目から鱗の連続だった。特に「夏の夜の夢」が意識↔無意識の4層構造になっているという解釈はまるでクリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」みたいで新鮮だった。調べてみると河合は、村上春樹や小川洋子、遠藤周作、安部公房ら小説家、ノンフィクション作家・柳田邦男、詩人・谷川俊太郎、宗教学者・中沢新一、脳科学者・茂木健一郎ら錚々たるメンツと対談本を上梓していることが判明した。その後夢中になって彼の著作を読み漁った。

僕は生まれてこの方、2,700本以上の映画を観てきた。膨大な数だ。どうしてこれほどまでにフィクションに魅了されるのか、自分でも不思議だった。過去には次のような記事も書いた。

「博士の愛した数式」で有名な小説家・小川洋子は二十代半ばでデビューした当時、「なぜ小説を書くのですか」とインタビューで問われる度に明確な回答が出来ず、その質問が苦痛でならなかったという。しかし河合隼雄の著作を読み、物語というものの解釈に出会って彼女の目の前に立ち込めていた霧が晴れた。河合と小川の共著「生きるとは、自分の物語をつくること」(新潮文庫)に小川が書いたあとがきから引用する。

物語を持つことによって初めて人間は、身体と精神、外界と内界、意識と無意識を結びつけ、自分を一つに統合できる。(中略)内面の深いところにある混沌は理論的な言語では表現できない。それを表出させ、表層の意識とつなげて心を一つの全体とし、更に他人ともつながってゆく、そのために必要なのが物語である。物語に託せば、言葉にできない混沌を言葉にする、という不条理が可能になる。生きるとは、自分にふさわしい、自分の物語を作り上げてゆくことに他ならない。

まさにこれこそが、河合隼雄から僕が学んだことである。

現在までに彼の著書を30冊読んだが、お勧めのベスト5を挙げておく。

  • 無意識の構造(中公新書)
  • 母性社会日本の病理(講談社+@文庫)
  • 昔話と日本人の心(岩波現代文庫)
  • 快読シェイクスピア 増補版(ちくま文庫)
  • 神話と日本人の心(岩波現代文庫)

「母性社会日本の病理」や「昔話と日本人の心」を読み、如何に自分がイザナギ・イザナミ・アマテラス・ツクヨミ・スサノオなど日本の神話のことを知らないかを思い知らされた。理由のひとつには学校教育で教わらないということもあるだろう。第2次世界大戦において、日本の神話は軍部に利用された。それへの反省もあり、また日本神話は天皇制に結びつくということもあって、日教組から徹底的に嫌悪され教育現場から排除された。河合がスイスのユング研究所での留学を終えて帰国してからも暫くの間、神話の話など持ち出そうものなら「この右翼め!」と袋叩きに合いそうな雰囲気だったので、口を閉ざしていたという(1960年代は安保闘争や学生運動が花盛りだった)。

しかしキリスト教を知らなければ欧米人のものの考え方を理解出来ないように、日本の神話や昔話を知らずして、日本人の深層心理、無意識の在り方に到達することなど到底不可能なのではないだろうか?「君の名は。」の新海誠監督も日本の昔話や神話、万葉集、古今和歌集などを読み、創作の参考にしていると語っている→こちら

ユング心理学を応用すれば、こんな解釈も可能だということを示したのが以下の記事である。

深層心理学は自然科学とは異なり、客観性よりも主観が大切である(故に「科学じゃない」という批判もある)。それは自己(self)の問題であり、物語の読解に実に役立つのである。

もう一つ挙げたいのはニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」だ。

フロイトやユングの打ち立てた心理学はニーチェ哲学を土台にしているし、「ツァラトゥストラ」を通して、映画「2001年宇宙の旅」「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」「攻殻機動隊」「魔法少女まどか☆マギカ」「風の谷のナウシカ」「崖の上のポニョ」「プロメテウス」「エイリアン:コヴェナント」などが何を物語ろうとしているのか、一層深く読み取れるだろう。

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夏目漱石「門」と「崖の上のポニョ」

夏目漱石の小説「門」の主人公・宗助は人生に迷い禅寺を訪ねる。そこで老師から次のような公案をもらう。

父母未生(ぶもみしょう)以前本来の面目とは如何?

自分の父や母が生まれる前、あなたはどこにいたの?という問いである。とは一体何者か?ー実体もなく目には見えない。何処から来たのか?ー多分、自然界や宇宙の「いのちの流れ」のどこかに漂っていたのではないだろうか。では本来の「自己」とは何か?生まれて以降身につけて来たペルソナ(仮面)、身分、学歴、財産など一切を削ぎ落とすと後に何が残るのだろう?ーたまたま生まれてきた。そしていつ死ぬかも思うに任せない存在だ。かくして人生はままならない。そういう悟りの境地に至れば、肩の力も抜けて生きられるだろう。

これは仏教における

即是即是(しきそくぜくう、くうそくぜしき)

という言葉に合致している。」は、我々の目に見えるすべての存在のことを指し、「空」とは実体がないことを言っている。つまり「即是空」は「諸行無常(常というものはない、すべては変化して行く)」「一切空(いっさいくう)」と同意である。万物は流転する。これは近代科学が解明した「すべての物質は原子で構成されている。原子は原子核と電子から成り、原子核は陽子と中性子から成る。さらに陽子と中性子は3個の素粒子に分かれる」という真理に合致する。全宇宙は17の素粒子のみで構成されている。歳月を経てものはバラバラになり(死滅/風化し)、やがて別のものに再構築される。

に実体がないと知ればものに執着する気持ちも湧かず、欲はなくなり煩悩も消えるだろう。

続く「空即是」とは、全ては元々実体がないけれども、それぞれの存在には意味があり、縁(えにし)により、いま私達の目の前に色彩豊かに見えていることを言う。

「門」において宗助と、彼が嘗ての親友から奪い取り、妻にした御米(およね)は次のように語られる。

彼等は親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。大きく云えば一般の社会を棄てた。もしくはそれ等から棄てられた。

宗助と御米はひっそりと”崖の下”に住んでいる。

宮﨑駿のアニメーション映画「崖の上のポニョ」の主人公は宗介。宮﨑駿は「門」の宗助がその名前の由来であると述べている(公式サイトでも明記されている→こちら)。宗介は母親と一緒に崖の上に住み、周囲に家は1軒もない。「門」の夫婦同様、世捨て人のような生活である。そして映画の最後で宗介は文字通り地球上でポニョとふたりぼっちになる。

「親からも友達からも一般の社会からも棄てられた。もしくは切り離された」世界でふたりは生きていくのだ。

「崖の上のポニョ」に隠された秘密を解く鍵が、夏目漱石の「門」の中にある。

なお、映画で洪水の後に古代魚が登場するのはニーチェが「ツァラトゥストラ」で語った永劫回帰であり、宗介とポニョの結婚は超人の誕生を暗示している。

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ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」のすゝめ

本といえば今まで小説ばかり読んで生きてきた。哲学なんて難解なものは歯が立たない、僕には無縁だと思い込んでいた。ところがある日不意に、転機が訪れた。

ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」を読もうと決心した切っ掛けは2016年に公開された一本のドキュメンタリー映画だった。

本作は大阪を流れる淀川から道頓堀川に下る船の上で、第1回ドラフト会議で指名されNMBに入った須藤凛々花がニーチェを朗読するシュールな場面から始まる。

須藤といえばつい先日のAKB48総選挙で結婚宣言をぶちかまし、世間を騒然とさせた元メンバーである(既に卒業)。「人生を危険にさらせ!」という哲学本も出版しており、表題はニーチェの著書「悦ばしき知識(楽しい学問)」から採られている。たかだか19歳の小娘がニーチェを理解出来るのだから、僕に読めない筈はないと対抗心が沸々と湧いたのである。因みに秋元康は須藤のために、「ニーチェ先輩」という歌を書いた。その歌詞に《その深淵 覗いたとき 深淵もこちらをのぞいてる》とあるが、これはニーチェ「善悪の彼岸」からの引用である。

ニーチェ(18441900)の著書を実際手にとってみて驚いた。スラスラ読めるのである。難解なところが少しもない。硬い哲学書だという雰囲気が皆無のだ。これなら高校生でも大丈夫。「悦ばしき知識(楽しい学問)」にしろ「善悪の彼岸」にしろ、アフォリズム集になっているので実に読み易い。アフォリズム (Aphorism)の語源はギリシャ語で、人間についての真理や戒め、恋愛や人間関係についての教訓、人間の愚かしさや可笑しさ、人生の不思議や矛盾などを端的な言葉で表現したものをいう。日本語に訳すと金言、警句、格言、座右の銘といった言葉になる(ロバート・ハリス「アフォリズム」より)。

「ツァラトゥストラ」は光文社古典新訳文庫の丘沢静也訳が読み易かった。なお、竹田青嗣「ニーチェ入門」(ちくま新書)と村井則夫「ニーチェ ーツァラトゥストラの謎」(中公新書)がガイドとしてたいへん役に立ったことを付記しておく。

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またフロイトやユングの打ち立てた深層心理学が、ニーチェから出発していることがよく分かった。意識↔無意識の関係や、コンステレーション(布置)についても先にニーチェが語っている。コンステレーションとは一つ一つの事柄や状況が、それだけでは何の関係もないように見えても、ある時それらが一つのまとまりとして重要な意味を成してくること。めぐり合わせ。

以来、心理学と哲学の関係は深い。20世紀フランスのミシェル・フーコー(1926〜84)は当初、心理学を学び、精神病院に努めていた時に患者がロボトミー手術を受けて廃人同様になったことに衝撃を受け、哲学者に転向した。

またやはりフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925~95)は精神科医フェリックス・ガタリ(1930~92)と組んで「アンチ・オイディプス」を書いた。これはフロイトが提唱したエディプス・コンプレックスに反旗を翻す本である。ガタリとの共著は6冊に及んだ。なおドゥルーズはフロイトに対して否定的だが、フロイトと袂を分かったユングのことは高く評価している。

ドゥルーズは【哲学とは新しい概念を創造すること】だと定義したが、ニーチェが打ち出した概念の代表的なものは「アポロン的/デュオニソス的」「ルサンチマン」「神は死んだ」「力への意志」「超人」「永劫回帰」がある。

関連記事(上記ニーチェの概念について詳しく解説した)

ニーチェはpositive thinkingの人だ。常に前向きで未来に目を向け、ニヒリズム(この世は虚しいという考え方)を全力で否定する。そしてからだが大事と説き、ダンスして鳥のように飛べ!と活を入れる。そして最後は「笑うライオン」になれと言う。読んでいて元気が出るし、勇気が湧く。

ただ彼が女性蔑視の考えを持っていたことは否定出来ない。まぁ女性に参政権がなかった19世紀半ばの人だし、生涯を独身で過ごしたモテない男なので(ルー・ザロメに求婚するも振られている)、大目に見てあげてくださいな。

なお彼は1889年(44歳)に発狂するが、原因は梅毒 第4期(脳梅毒・神経梅毒)だった。これは作曲家のシューマンやスメタナと同じ病である。シューベルトも梅毒だったが、死因は水銀治療による中毒である。

「ツァラトゥストラはかく語りき」は後世の芸術に多大な影響を与えた。リヒャルト・シュトラウスは同名の交響詩を作曲。マーラーは交響曲第3番 第4楽章にツァラの一節を引用し、アルト独唱に歌わせている。そしてこの楽曲はルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」の最後、主人公の死の場面で流れた。さらにスタンリー・キューブリック監督の傑作「2001年宇宙の旅」との関わりは言うまでもない。

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アドルフ・ヒトラー「わが闘争」

昨年、NHK-BSでドイツが製作したドキュメンタリー番組「ヒトラー『わが闘争』~封印を解かれた禁断の書~」を観た。驚いたのはヒトラーの死後70年間、その著書「我が闘争」の著作権をバイエルン市が所有し、ドイツ国内での出版を一切禁止していたということ。2015年12月31日に著作権が切れ、歴史研究者による3,000以上の注釈付きで翌年1月に漸くドイツで出版された。2017年1月4日までに8万5千部が発行されたという。日本では1973年から角川文庫で上下巻が発売されている。

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「わが闘争」は1925年に第1巻が、26年に第2巻が出版された。第1巻は23年のミュンヘン一揆に失敗し、獄中で執筆されたものである。ヒトラーが口述し、ナチ党の初期メンバーだったエミール・モーリスと親衛隊の指導者ルドルフ・ヘスが筆記・編纂した。

ナチ党が普通選挙で第1党になるのが32年、ヒトラーが首相に就任するのは33年1月30日である。ヒンデンブルク大統領の死去に伴い大統領と首相の職務を合体、「総統」の地位を得るのが34年8月、民族投票により89.93%という支持率を得て承認された

「わが闘争」は言うまでもなく悪魔の書である。それも天才的な。上下巻合わせて文庫本で優に1,000ページを超える。翻訳本のせいもあるだろうが、非常に読み辛い。ヒトラーは学のない男であり、口述筆記ということもあって繰り返しが多い。クドい。同じ内容を整理すれば恐らくこの4分の1の分量で間に合うだろう。

ヒトラーは劣等生だった。中学校は学力不足でギムナジウム(ヨーロッパの中等教育機関)に進学出来ず、実技学校に通い、2度の留年を経て退学処分となった。18歳となり画家を夢見てウィーンに出てきたが、ウィーン美術アカデミーを受験するも不合格に終わる。つまり彼が正式に教育を終えたのは小学校だけだった

「わが闘争」を読んでいると胸クソが悪くなる。それでも我慢して読み続けた。何故ならこれは現代人の必読書だからである。ヒトラーの詭弁、論理の破綻・矛盾を見抜き、論破しなければならない。戦いに勝つにはまず敵(の戦術)を知ることが重要だ。兵法の大原則である。結局、読み終わるまでに2−3ヶ月を要した。

通読すると、これはヒトラーの綿密な計画書であったことが判る。その後に彼が実行したことが、全てここに書いてある。ある意味非常に正直だ。

だからドイツ国民が「私たちは何も知らなかった。私たちはヒトラーにまんまと騙された」と言う資格はない。正当な選挙でナチスを第一党に選んだのは彼らだし、ヒトラーが総統に就任してからは新婚家庭に一冊ずつ政府から「わが闘争」が贈呈されていたのだから。

ただし僕が想像するに、恐らくドイツ国民の殆どは「わが闘争」を読んでいなかったのではないだろうか?兎に角、膨大な分量だし、例えば自分自身を振り返ってみて欲しい。貴方は野田佳彦・前首相や安倍晋三・現首相の著書を読んだことがありますか?ないでしょう。そんなものです。

日本の左翼ジャーナリズム/知識人は何かというと彼らの「敵」をヒトラーに喩えたがる。その恰好の標的になっているのが安倍総理であり、橋下徹・前大阪市長である。

内田樹,(神戸女学院大学名誉教授) 山口二郎(法政大学法学部教授), 香山リカ(精神科医), 薬師院仁志(帝塚山学院大学教授)は共著で「橋下主義(ハシズム)を許すな!」という本を出版している。ハシズムは勿論、ファシズムに引っ掛けた造語(言葉遊び)である。本の表紙には「独裁者」という言葉も踊っている。

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鳥越俊太郎が安倍総理をヒトラーに喩えた記事は→こちら

また朝日新聞社の冨永格・特別編集委員が安倍総理の支持者をナチスと同一視する投稿をツィートしていたという記事は→こちら

では果たして安倍総理や橋下徹氏の政治手法は本当にヒトラー(ファシズム)に近いのだろうか?具体的に見てみよう。

角川文庫「わが闘争」の訳注は説明不足であり、ナチズムが生まれた歴史的背景が判り辛い。だから高田博行(著)「ヒトラー演説 -熱狂の真実-」(中央新書)を併せてお読みになることをお勧めしたい。特に「序章 遅れた統一国家」は「わが闘争」の予習に最適だ。高田の「ヒトラー演説 -熱狂の真実-」はヒトラーの政界登場からドイツ敗戦まで25年間、150万語に及ぶ演説データーをコンピューターで解析。【ナチ運動期前半/後半、ナチ政権期前半/後半】の4期に分け、それぞれでどういう単語が最も使われたか(有意差検定)、またヒトラーの演説の冒頭やクライマックスで声の高さ(ヘルツ)がどう変化しているかなどを詳細に検証。ヒトラーが演説における発声法やジェスチャーについてオペラ歌手から指導を受けたこと、当時発明されたばかりのマイクとラウドスピーカー(拡声装置)導入が絶大な効果をもたらしたことなどが書かれており、大変勉強になる。

以下「わが闘争」の要旨を書き抜いていこう。

【ユダヤ人陰謀説】カール・マルクスはユダヤ人である。マルクシズムというユダヤ的説教は人間の価値を否定し、文化を破壊し、すべての秩序を終局に導く。だから私はユダヤ人を防ぎ、神の御業のために戦う。新聞社もユダヤ人が牛耳っている。彼らが言うことを信じるな。

スターリンは徹底した反ユダヤ政策を実践したし、中国の毛沢東やキューバのカストロ、チェ・ゲバラもユダヤ人ではない。だから共産主義がユダヤ人の陰謀だなんて馬鹿げている。

【ユダヤ人の否定】ユダヤ人は嘘つきで、不潔で、日光を恐れる潜行者である。わが(ゲルマン)民族の不倶戴天の敵だ。下がれ、卑劣漢!足を引っ込めろ、階段が汚れる!

【人種の純潔を守れ】アーリア人の優秀性を存続発展させるためには下等な人種(とりわけユダヤ人)と結婚してはならない。混血によりその中間の、劣った子孫が生まれると最早取り返しがつかない。

【議会制民主主義の否定】ヒトラーは500人程度の議員による議会での議論は不毛と位置づけ、大勢の民衆を前にした情熱が迸る演説のみに価値があり、それこそが民族の心を動かし時代を転換させる力があるのだと説く。運動の重点は議会ではなく、作業場や街頭におかなくてはならない。民主主義は殆どの場合、ユダヤ人の要求に一致した(ここでもユダヤ人陰謀説登場)。

【多数決の否定】多数決で政治の命運を左右するのは無責任体制である。それは人格を排除し、その代わりに愚鈍、無能、臆病さで構成されている。偉大な指導者・一人の天才が命を賭して政治に身を捧げるのが本来あるべき姿である。決定はただ一人の人間が下すのである。

この考え方にはニーチェの思想(著書「ツァラトゥストラはかく語りき」の中で論じられた超人)の影響が窺われる。そして超人=ヒトラーだと言いたいわけだ。独裁者の肯定である。

【国家社会主義 vs. 国際主義】ナチスの掲げる「国家社会主義」とはゲルマン民族が一丸となって国を興そうという考え方であり、自国(ゲルマン民族)ファースト。それに対して「国際主義」とはヒトラーに言わせればユダヤ人=共産主義者の陰謀であり、国家を解体していこうとする運動を意味する。

つまり現在で言えばEU(欧州連合)やグローバリゼーション(世界化/地球規模化)も「国際主義」ということになるだろう。

【インテリゲンチャへの劣等感と憎悪/語られることばの威力】知識人・文筆家に歴史を動かす力はない。人を味方につけるには書かれたことばよりも語られたことばのほうが役に立つ。この世界における偉大な革命は演説によってのみ達成された。労働者(下層)階級の心をつかむ努力を怠ってはならない。大衆が持っている途方もない力を見くびってはならない。

【多民族国家オーストリアへの嫌悪】ユダヤ人は人類にとって永遠のバクテリアである。オーストリアでスラヴ人が幅を利かせているのも虫が好かない。この国家は、真に偉大なドイツ人全てを圧迫し、妨害する。あらゆる点でドイツ民族の不幸でしかあり得ない。

因みにヒトラーはオーストリア生まれのドイツ人である。ドイツ国籍を取得するのは1932年。首相に就任するたった1年前だった。そして38年にナチス・ドイツはオーストリアを併合する。

【アーリア人種(ゲルマン民族)至上主義】人類は①文化創造者文化支持者文化破壊者の三種類に分けられる。①文化創造者はアーリア人種のみ。日本人はせいぜい②文化支持者であり得ても、創造の能力は持ち合わせない。③文化破壊者としてもっとも憎むべき民族こそユダヤ人である。

この詭弁に反駁するのはいとも容易い。ギリシャの神殿や文化を生み出したのはアーリア人ではない。エジプト文明、メソポタミア文明、アンデス文明だって違う。万里の長城や紫禁城を建設したのもアーリア人じゃない。無茶苦茶である。

英教育誌が集計した、2000年以降の科学・経済分野のノーベル賞受賞者に関する国別ランキングでは、1位が米国(30%)、2位が英国(6.0%)、日本が3位(4.3%)に格付けされた。4位がドイツ(3.4%)、5位がイスラエル(2.5%)である(韓国は0.0%)。決してゲルマン民族が突出しているわけではない。米国の受賞者中ユダヤ人は36%を占め、ノーベル賞全体では22%である。アルベルト・アインシュタインもその一人。ユダヤ人が如何に優秀で、ヒトラーの思想が偏見にすぎないかがよくお分かりいただけるだろう。

しかしこれだけ理不尽な人種差別政策(大量虐殺=ホロコースト)が実行されてしまうと、多少の無理をしてでも戦後にイスラエル(ユダヤ人国家)を建国するしか道はなかったのかな、むべなるかなという気がしてくる。

【侵略戦争の肯定】ヒトラーが「国土開発」について語っている章は、人口増加に対して①生殖・出生数を制限する②新しい土地を求めるという2つの方法があるが、①は望ましくない。何故ならたくさん生まれた子供が自然淘汰され、強い種だけが生き残る。それこそがゲルマン民族の進化に役に立つ、と論理を展開している。この弱肉強食の世界において優れた(=ゲルマン民族)が多くの土地を得るのは当然の権利である。より強い種族が弱者を駆逐するだろう。強者にその場を譲るために、弱者を滅ぼすのが自然の理(ことわり)である。個々人の博愛精神/人道主義という笑うべき拘束はどんどん破壊されてゆくのみ。人々がヨーロッパで土地と領土を欲するなら、そのさいは大体においてロシアの犠牲でのみ行われるべきだ(対ソ戦の肯定)。

この理屈はダーウィンの提唱する進化論、適者生存の考え方に基づいている。しかし明白な詭弁である。ヒトラーが言う弱肉強食とは、例えばライオン(肉食動物)が牛(草食動物)を食べることを言う。しかし強いライオンが弱いライオンを食べることはない。虎猫(トラネコ)と三毛猫が生存競争で殺し合ったりはしない。だからヒトラー主張する、【優れた民族(アーリア人)が劣った民族(ユダヤ人)を滅ぼしてもいい】という理屈は成立しない。何故なら両者は同じ(ホモ・サピエンス)だから。これが自然の理(ことわり)である。

【同盟を結べ】領土拡大を狙うなら、利害が一致する国と同盟を結ぶことが重要だ。フランスはアルザス=ロレーヌ地方(ドイツ語ではエルザス=ロートリンゲン)を奪った不倶戴天の敵だから、同盟はあり得ない。可能性があるのはイギリスかイタリアだ。

この主張は後の日独伊三国軍事同盟に繋がる。またナチス・ドイツは1940年にフランスを破ってパリを占領し、再度アルザス=ロレーヌを自国に編入した。

【宣伝の重要性】宣伝は学識のあるインテリに対してではなく、教養の低い大衆にのみ向けるべきである。その内容の知的水準は最低級の者が理解できる程度に調整すべきだ。大衆は感情的に考え方や行動を決める。客観性など不要。彼らの感情の幼稚さを熟知する必要がある。宣伝は絶対に主観的で、一方的な態度を貫かなければならない。鈍感な人々(=大衆)に確信させるためには最も簡単な観念を何千回も繰り返すことだけが、結局彼らに覚えさせることが出来るのだ。宣伝は短く制限し、内容を決して変えてはならず、いつも同じことを言わなければならない。

この内容は後の全国宣伝指導者ゲッペルスの登場に繋がる。

【演説の時刻】私が朝の10時に演説した時は惨憺たる結果に終わった。聴衆は熱くならず、氷のように冷たかった。一方、夜だと集まった大衆の心の中に入っていき易く、人間の意志はより強い意志(=ヒトラー)に支配され易くなる。

【群集心理/大衆暗示を活用せよ】大衆集会では、一人であるという不安に陥りやすい個々人が、大きな共同体という情景を目の当たりにして、大抵の人は勇気づけられる。他の3千人、4千人という人々が強く感化され、暗示的な陶酔と熱狂のなかに浸っている様子に魅了される時、その人はわれわれが大衆暗示と呼ぶ魔術的な影響の支配下に置かれる。こうして彼は共同体の一員となるのである。

演説の達人ヒトラーの面目躍如である。彼が語る、大衆の心を掴む極意は現代でも通用するだろう。

さて最後に質問しよう。貴方は、安倍首相と橋下徹氏に、どこかヒトラーに似たところが少しでもあると思いますか?彼らはある特定の民族を差別しただろうか?共産党を非合法化して国会・地方議会から追い出したりした?あるいは多数決による議会制民主主義を否定したか?焚書・言論統制は?答えは明白であろう。むしろそういう決めつけをする輩こそ、ヒトラーにそっくりだと僕は思う。

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【いつか見た大林映画】第3回「廃市」そして福永文学との出会い(家庭用VHSビデオとLDの時代)

福永武彦(息子は芥川賞作家の池澤夏樹。幼いころ両親が離婚したため、池澤は実父について高校時代まで知らなかったという)の書いた小説が映画化されるのは大林宣彦監督「廃市」が初めてである(後に「風のかたみ」が高山由紀子監督で映画化された:1996年)。16mmフィルムを使用し(通常の劇場映画は35mm。「ベン・ハー」や「アラビアのロレンス」などの大作は65mmネガフィルムで撮影され、70mmプリントに焼いて上映された)、福岡県柳川市で全篇オールロケされた。映画の公開は1983年12月、つまり「時をかける少女」の次の作品である。

僕は大学の合格祝いにVHSビデオデッキとLDプレーヤーを買ってもらった。因みに若い人は知らないだろうから解説しておくと、当時家庭用ビデオデッキ市場ではソニーのBETACAM(ベータカム)と、ビクター&松下電器(現パナソニック)を中心に開発されたVHSがその覇権を賭けてしのぎを削っていた。結局ソフトの数で圧倒したVHSが勝利する。ビデオディスクの方はビクターが開発したVHD(Virtual Hard Disk)とパイオニアから発売されたLD(LaserDisc)があり、最終的にLDが生き残った。DVDを経て第3世代光ディスクにも東芝が開発したHD DVDがあったが、ソフト数でBlu-ray Disc陣営に大きく引き離され、淘汰された。

【尾道三部作】「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」などのLDは発売されたが、「廃市」は出なかった。初期の大林映画「HOUSE ハウス」「瞳の中の訪問者」はLDを購入し、出会うこととなる。

僕が知る限り郷里岡山で「廃市」は上映されなかった。だから観ることが出来たのは大学1年生の1985年にビデオを購入したからである。なんと定価は23,000円もした!(映画「廃市」は現在、Blu-rayとDVDで容易に入手可能である。Amazon.co.jpだと、どちらも4,500円以下で)

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日本で消費税が初めて導入されたのは1989年(税率3%)なので、それより前ということになる。因みにこの頃発売されていたビデオソフトの標準的価格は、「風の谷のナウシカ」が14,800円だった。ビデオをレンタルするにも1本1,000円した時代である(入会金が2,000円くらい)。後日、自主製作16mmフィルム時代の大林監督作品「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)もVHSビデオで購入した。

「廃市」ビデオケースの裏面には以下のような大林監督のエッセイが掲載されている。

 福永武彦さんの小説が映画になる。その素敵な事件に、当事者の監督として立ち会えたなんて、ぼくは何という果報者だろう。
 18歳、郷里尾道での最後の夏休みに出会った1冊の書物、「草の花」。ぼくはそれを、ぼく自身のために書かれた物語だと信じ、それから20代のまるまるを、福永さんの世界と共に暮らして来た。その頃既に映画少年でもあったぼくは、いつかこの〈ぼく自身の物語〉を、映画にしたいものだと夢見ていた。(中略)
 今回機会を得て「廃市」を映画化することになった時、ぼくはこれを16ミリで撮影・上映しようと考えた。常に少数者のための文学を標榜してきた福永作品の初の映画化には、この小さな映画の形式がいちばん似合うだろうと信じたから。(中略)
 今回のビデオによる出版は多くの福永ファンに悦んで貰えることと思う。所謂大当たり大衆娯楽映画の廉価普及版ではなく、豪華特製限定出版という趣向が、これまた福永さんらしくて、とても嬉しい。
 そして、大林映画を愛してくれる人びとには、最高の贈り物だ。なにしろこれは、ぼくの夢の結晶なのだから。

本作で大林監督は初めて自らナレーションを担当。その声が味わい深いと評判になった。また監督が作曲した美しい弦楽四重奏曲が全編に流れる(編曲は「さびしんぼう」の宮崎尚志)。キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画の第9位に選出された。

僕は「廃市」の叙情性に心打たれ、原作を読み福永武彦の世界に魅了された。勿論「草の花」も繰り返し読み、〈ぼく自身の物語〉となった。結局、20代で福永が書いた全小説を読破した。大学卒業を控えた1990年8月には医師国家試験の準備として、小説「草の花」の舞台となった信濃追分で一週間過ごした。福永武彦は既に亡くなっていたが、彼の別荘が僕が宿泊した民宿の近くに残っていた。堀辰雄や、福永の朋友・中村真一郎がしばしば滞在した旅館・油屋もあった(福永と中村は映画「モスラ」の原作者でもある)。

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そして僕自身も大林監督のライフワーク映画「草の花」を夢見るようになった。

劇場映画第2作「瞳の中の訪問者」(1977)は手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」のエピソード『春一番』の映画化である。しかしクライマックスで登場するハニー・レーヌの台詞は福永の「草の花」からの引用だ。また映画「ふたり」(1991)の主題歌『草の想い』(作詞:大林宣彦、作曲:久石譲)の歌詞には「草の花」と、檀一雄の小説「花筐(はなかたみ)」という言葉が秘かに忍ばせてある。「ふたり」のラストシーン、石田ひかりの部屋と「異人たちとの夏」(1988)の風間杜夫のマンションの本棚には「草の花」と「花筐」が仲良く並べて置かれていた。そして僕が最も愛する大林映画「はるか、ノスタルジィ」(1993)では「草の花」で重要な役割を果たすショパン:ピアノ協奏曲第1番が流れた。一時期、富田靖子と尾美としのり主演で「草の花」映画化が企画されたが、実現はしなかった。

それから長い年月を経て、映画「花筐」は遂に今年完成した(12月公開予定)。

大林監督、映画「草の花」には、まだ間に合いますか?

TO BE CONTINUED...

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大林宣彦(著)「いつか見た映画館」

大林宣彦監督が古(いにしえ)のハリウッド映画や日本映画のことを縦横無尽に語り下ろした「いつか見た映画館」(2016/11/01出版)を一気呵成に読破した。

Obs

上下2巻で総重量2Kg、1240ページを超える超大作。定価はな、な、なんと1万8千円+税!!辞書かっ!?

読者のみなさんは御存知の通り、僕は筋金入りの大林映画ファンである。

そんな僕でもこの値段にはおいそれと手を出せなかった。そこで図書館から借りるという戦術に転じた。しかし僕の住んでいる兵庫県宝塚市の図書館で蔵書検索をしても該当が見つからない。お隣の西宮市立図書館も×。それでも諦めず調査を続行し、漸く神戸市立図書館に入っていることを突き止めた!

冒頭の寄せ書きに応援メッセージを寄せたのが山田洋次監督(「男はつらいよ」シリーズ、「たそがれ清兵衛」)、高畑勲監督(「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」)、岩井俊二監督(「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「リップヴァンウィンクルの花嫁」)、犬童一心監督(「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」)、園子温監督(「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「新宿スワン」)といった錚々たるメンツで圧巻だ。

本篇は松竹系の衛星劇場で放送されている映画解説をまとめたもの。主題となっているのが太平洋戦争(第2次世界大戦)であり、紹介される映画も戦前・戦中・戦後直ぐ(アメリカン・ニューシネマ台頭前まで)が中心となっている。ただ下巻の終盤では話題が「原点としての無声映画」に移ってゆくのだが。

かつて映画の語り部として「日曜洋画劇場」の淀川長治がいた。しかし彼が亡くなり、ポジションがぽっかり空いてしまった。その穴を埋めるべく白羽の矢を立てられたのが大林監督だった。考えるに現代の映画の語り部といえば大林宣彦か、WOWOWの「町山智浩の映画塾!」やTBSラジオ「たまむすび」で《アメリカ流れ者》のコーナーを担当する町山智浩くらいしかいないだろう。

作品選択が実にユニーク。特にゲイリー・クーパーやジョン・ウェインが主演した西部劇が多数取り上げられているのだが、敢えて「西部の男」「真昼の決闘」「駅馬車」「捜索者」「赤い河」「リオ・ブラボー」といった有名どころは外されており、代わりに「ダラス」「北西騎馬警官隊」「コレヒドール戦記」「拳銃無宿」「マクリントック」などマニアックな作品ばかり選ばれている。フレッド・アステアも「トップ・ハット」「有頂天時代」「イースター・パレード」「バンド・ワゴン」ではなく、「スイング・ホテル」「ブロードウェイのバークレー夫妻」「土曜は貴方に」「晴れて今宵は」といった具合。8割は未見だったが、それでもすこぶる面白く読んだ。

ジョン・ウェイン(1907-1979)が生涯、密やかに愛した映画女優ゲイル・ラッセル。デュークは3度結婚したが、遂にラッセルと結ばれることはなかった。その晩年、病床の彼は彼女と共演した「怒涛の果て」(1948)のビデオを毎夜繰り返し見続けていたという(ラッセルはアルコール依存症となり、1961年、デュークより先に亡くなった。享年36歳)。何だか切ないね。

Angel

「イヴの総て」に出演したジョージ・サンダース(1906-1072)は友人のデイヴィッド・ニーブンによると、1937年(31歳)の時点で「僕は65歳になったら自殺するよ」と予告していたそうである。そして実際に65歳で睡眠薬自殺をした。遺書にはこう書き残されていたという。

Dear World, I am leaving because I am bored. I feel I have lived long enough. I am leaving you with your worries in this sweet cesspool. Good luck.
世界よ、退屈したからオサラバするよ。もう十分生きた。この素敵な糞溜めの中で、君たちが不安に頭を抱えたままにしておくよ。幸運を祈る。

かっけー!惚れた。

また「カサブランカ」のマイケル・カーティス監督がハンガリー・ブタペスト出身で、ハンガリー名がケルテース・ミハーイだということも全く知らなかった。彼は左翼思想を持つユダヤ人で、1918年には共産党のプロパガンダ映画を撮っている。しかし翌19年にハンガリーにおける共産主義革命が失敗したため、ドイツに亡命。後に米国に渡った。カーサ(casa)・ブランカ(blanc)=白い家。亡命を希望する様々な人種が集まるこの場所はハリウッドのメタファーでもあったのだ。それが「ラ・ラ・ランド」に繋がっていく。

伊福部昭が音楽を担当し、柳家金語楼が主演したサラリーマン映画「社長と女店員」(1948)で既に「ゴジラ」(1954)のテーマが使用されているという話も初めて本書で知った(動画はこちら)。またこの旋律はサスペンス映画「蜘蛛の街」(1950)でも用いられており、何度も使いまわした挙句、「ゴジラ」で漸く有名になったというのが実情のようだ。因みにこのテーマの原点は1948年6月(1月説もあり)に初演された「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」である。「社長と女店員」の公開日が1948年12月20日だから、ほんの少し後ということになる。

エロール・フリンが主演した映画「フォーサイト家の女」(1949)のラストシーンで視線が噛み合わない男女の別れが描かれるが、大林監督はこれを「時をかける少女」のエピローグ(深町との別れから11年後、大学の廊下での邂逅)に引用したと告白する。それがさらに2016年、新海誠監督「君の名は。」で再現されているわけだ(糸守町へ隕石が衝突してから8年後、雪の降る東京)。映画は繋がっている。尚、「君の名は。」については本書で言及されているわけではなく、僕自身の考察である。

2012年、ニューヨーク近代美術館MoMAでの大林監督の個人映画(8mm、16mmフィルム)上映後のティーチインで監督は集った若い観客たちに「君たちは映画に、何を求めますか?」と問うたという。2つの答えが帰ってきた。1つ目は【Never Give Up】……夢や希望を信じ、諦めない。2つ目は【Make Philosophy】……映画でことを考える。哲理を得る。正に「いつか見た映画館」はそういう本であり、改めて映画とは人生の教科書であり、知恵の宝庫だなぁと感じ入った次第である。

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大林宣彦監督とその【映画の血を分けた息子たち】

檀一雄原作、大林宣彦監督の映画「花筐(はなかたみ)」が佐賀県唐津市で現在、撮影中である。

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これは監督のライフワークであり、桂千穂と共同執筆したシナリオは既に40年前に完成していた。当初出演者は全員ファッションモデル、台詞は声優による吹替、という企画だった。16mm自主映画(アンダーグラウンド・ムービー)の旗手、CMディレクターとして華々しく活躍していた監督が劇場映画デビュー作として考えていたものだった。しかし純文学の映画化という地味な企画は中々進捗せず、結局「HOUSE ハウス」(1977)が第1作となる。

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「HOUSE ハウス」に檀一雄の娘・檀ふみが友情出演しているのは「花筐」の縁である。

大林監督にはもうひとつライフワークがある。福永武彦の小説「草の花」の映画化である。「さびしんぼう」の後、尾美としのりと富田靖子の主演で企画されたが、こちらも頓挫した。

僕は18歳の時に大林映画「廃市」(1983)を観て、その原作者・福永武彦を知った。20代は福永の小説を読んで過ごした(全小説を読破した)。そして「草の花」の舞台となった東京都大森駅近くの暗闇坂、清瀬市にある国立療養所東京病院、信濃追分、伊豆西海岸の戸田などを訪ね歩いた。正に新海監督「君の名は。」でいうところの聖地巡礼である。その詳細は「福永文学と草の花」としてWebに上げている。

Hi

映画「ふたり」のラスト、原稿を書いている石田ひかりの部屋の本棚にはひそやかに「花筐」と「草の花」が置かれていた。その主題歌「草の想い」(作詞:大林宣彦、作曲:久石譲)の歌詞には「花の形見」という言葉があって、「草の想い」と併せると「くさのはな」「はなかたみ」という言葉が全て隠されている。それから記憶が定かではないが、確か「異人たちの夏」の風間杜夫の部屋にも「花筐」と「草の花」があった筈。

大林監督は現在78歳。果たして映画「草の花」は実現するだろうか?第二次世界大戦中の東京が舞台となるので、もし忠実に再現するならオープンセットに膨大なお金が掛かるだろう。大ヒットも期待出来ない。なかなか難しいところである。

さて、「バケモノの子」の細田守監督は大学生の時に学園祭で「大林宣彦ピアノ・コンサート」を企画したという過去があり、大林監督は彼のことを【映画の血を分けた息子】と言っている。細田版「時をかける少女」(アニメ)は事実上、大林版「時をかける少女」の後日談であり、大林版のヒロイン芳山和子は細田版で「魔女おばさん」として登場する。細田はその声優として大林版と同じ原田知世を希望したが、断られたそう。

新海誠監督のアニメに大林映画「転校生」「時をかける少女」が与えた影響については既に書いた。

高橋栄樹監督が撮ったAKB48のミュージック・ビデオ(MV)「永遠プレッシャー」(島崎遥香センター)は「HOUSE ハウス」へのラブ・レターである。また大林監督がAKB48「So long !」MVを撮った時、高橋監督は手弁当で撮影現場に馳せ参じ、手伝ったという。

「踊る大捜査線」「サマータイムマシン・ブルース」の本広克行監督はももいろクローバーZ主演の映画「幕が上がる」を撮るにあたり、大林宣彦と山田洋次が若手の監督を呼んで語り合う「渋谷シネマ会」に参加し、アイドル映画を撮る極意について指南を仰いだ(詳細はこちら)。大林監督からの助言は「(被写体を)愛すればいいんだよ」だったという。そして「幕が上がる」のミュージカル仕立てのカーテンコールは「時をかける少女」へのオマージュになっている。

現在映画「青空エール」が公開中の三木孝浩監督も熱狂的な大林映画ファンだ。高校生の時に大林監督の「ふたり」をどうしても観たくて修学旅行先の東京で集団行動から抜けだし映画館に行ったそう。また尾道三部作への愛も告白している→こちら。三木監督の「陽だまりの彼女」は「HOUSE ハウス」にインスパイアされているし(化け猫映画)、「ホットロード」は三木版「彼のオートバイ、彼女の島」であり、「くちびるに歌を」には「ふたり」「はるか、ノスタルジィ」の石田ひかりが登場し、オルガンを弾く。また彼は「敬愛する大林宣彦監督のように、いずれ古里(徳島)を舞台にした映画を撮影したい」と語っている→徳島新聞の記事へ。

僕は長年、大林監督が映画「草の花」を撮る日を待ち続けてきた。でも、もし監督がその想いを果たせなかっとしても、今では沢山の立派な【映画の血を分けた息子たち】が第一線で活躍しているので、彼等のうちの誰かがきっと実現してくれるだろうと信じる。アニメーションによる「草の花」も観てみたい気がするな。

たとえ肉体が滅んでも、人はいつまでも誰かの心の中に、その人への想いと共に生き続けている。だから、愛の物語はいつまでも語り継がれていかなければならない。 愛する人の命を永久に生きながらえさせるために。永久の命、失われることのない人の想い、たったひとつの約束、それは愛。(映画「HOUSE ハウス」より)

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シェイクスピア「夏の夜の夢」とブリテンのオペラ、その深層心理に迫る

間もなく兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕プロデュースによるベンジャミン・ブリテンのオペラ「夏の夜の夢」が上演される。

僕の幼少期、この作品は「真夏の夜の夢」と呼ばれていた。原題が"A Midsummer Night's Dream"だからである。しかしmidsummerとは夏至のことで、聖ヨハネ祭(Midsummer Day)が祝われる6月24日の前夜を指す。全然真夏じゃない。

シェイクスピアの「夏の夜の夢」と共に、結婚行進曲を含むメンデルスゾーンの付随音楽がよく知られている。これが1935年にハリウッドで映画化された時、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトがメンデルスゾーンの音楽を卓越した手腕で編曲した。マックス・ラインハルトとウィリアム・ディターレが共同監督したのだが、マックス・ラインハルトは、オーストリア生まれの著名な舞台演出家。彼の要請でコルンゴルトはウィーンからハリウッドに招かれた(ディターレが1937年に監督した「ゾラの生涯」はアカデミー作品賞を受賞した)。

ユダヤ人だったコルンゴルトは結局、ナチスの弾圧を逃れてアメリカに亡命する。そして「風雲児アドヴァース」と「ロビン・フッドの冒険」で2度アカデミー作曲賞を受賞することになる。

映画「真夏の夜の夢」(←正式な邦題)にはオリヴィア・デ・ハヴィランド、ジェームズ・キャグニー、ミッキー・ルーニーらが出演している。なかなか出来がよく、現在は500円DVDが手に入るのでお勧めする。画質も悪く無い。

ブリテンのオペラは1960年に初演された。台本はブリテンと、テノール歌手ピーター・ピアーズの手による。ピアーズは「ピーター・グライムズ」のタイトルロール、「ねじの回転」のクイント、「ベニスに死す」のアッシェンバッハ、「カーリュー・リヴァー」の狂女などブリテンの多数のオペラで初演キャストを務めている。「夏の夜の夢」では職人フルート(オルガンのふいご修理屋)を演じた。オペラ台本は戯曲の第2幕第1場から始まる。終幕に戯曲の第1幕冒頭部が挿入されるなど、大胆なカットや順序の入れ替えはあるが基本的に台詞はオリジナルそのままである。

僕が持っているこのオペラのDVDはイギリスの大御所ピーター・ホールが演出したグラインドボーン音楽祭のプロダクション。ベルナルド・ハイティンクが指揮してイレアナ・コトルバシュがティターニアを演じた。ホールが最も得意とする演目であり、1981年の初演以来大評判となり1984、1989、2001、2006年と再演を重ねてきた。非常に幻想的で美しい舞台である。

また宝塚歌劇では演出家の小池修一郎がこの戯曲を翻案してミュージカル「PUCK」を創っている。初演では涼風真世が妖精パックを演じた。実に愉しく是非観ていただきたい作品である。2014年再演のレビューはこちら

さてこの度、オペラ観劇の予習としてシェイクスピアの戯曲を読んでみようと想った。村上春樹は「小説の古典は古びることがないけれど、翻訳には賞味期限があり、どんな名訳でも時間が経てば古びる」という旨のことを書いている。アップデートが必要不可欠なのだ。僕が中学生時代に読んだシェイクスピアは新潮文庫の福田恆存によるものだった。文語調で硬く、読み辛い。その後小田島雄志の読み易い口語訳が出て、大評判となったことは記憶に新しい。さらに調べてみると小田島訳の後に松岡和子による個人翻訳全集が出て、評価がすこぶる高い。蜷川幸雄が晩年手がけたシェイクスピアの舞台は全て、松岡訳だった。よって松岡訳に決めた。彼女が偉いのは、芝居の本読みや舞台稽古にも参加して演出家や役者の意見を聞き、改訂を重ねていることである。つまり徹底的な現場主義なのだ。台詞は熟れているし、本文の下に豊富な訳注が書かれているのも嬉しい(訳注が巻末だといちいち探すのが面倒くさい)。

興味が湧いたので、松岡のエッセイも読んでみた。「深読みシェイクスピア」(新潮選書)やユング派臨床心理学の第一人者・河合隼雄との対談「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)などである。この対談本がすこぶる面白かった。

河合によると、日本人はまだ無意識的一体感というのをひきずっていて、日本人の男の友情というのは、外国人に同性愛だと思われるものがものすごく多いのだそうである。そこで松岡が「夏の夜の夢」に登場する職人たちは、ほとんど同性愛的なものだと思うと水を向けると、河合は力強く同意する。「非常に無意識に近い世界に生きているんです。その中のボトムなんていったら、ぼそーっと妖精の世界に入り込んでしまう。(中略)あの集団は確かに同性愛集団ですね」

ここで僕はハッとした。ベンジャミン・ブリテンもゲイだった。生涯のパートナーはピーター・ピアーズ。ふたりは同棲生活を送り、現在彼らの墓はオールドバラの教会墓地に仲良く並んで置かれている。そう考えていくとブリテンが数あるシェイクスピア作品の中から「夏の夜の夢」を選んでオペラ化したことの意味と、ピアーズがフルートを演じた理由が見えてくる。因みに「ピーター・グライムズ」も「ベニスに死す」もゲイの物語である。

「ヘンゼルとグレーテル」などの童話もそうだが、西洋の物語に登場する森は無意識のメタファーである。「夏の夜の夢」は観客が見ている夢(無意識)という風に考えることが出来る。河合は語る。「作品全体が四つの層からできている。アテネの公爵シーシアスと婚約者ヒポリタ、四人の若い恋人たち、それから芝居しようとする職人たち、更に妖精の王と女王を中心とした妖精たち、という風に。これは考えたら、意識構造がだんだんだんだん深くなっていくようなものです。シーシアスとヒポリタの方はわりに意識の世界に近いですね。それに対して妖精の世界は、一番奥の無意識の世界。だから妖精の世界のことは意識の世界の人間には誰も見えないんです。面白いことには、この無意識の世界に一人だけ突入するのが職人のボトム。彼だけがポンと入れるわけですよ。それからこの層の間を自由に行き来しているのはパックです。(中略)恋人たちの見ている夢なんていうのは、恋というものがそもそも夢だと言えるんだけど、(中略)本当は、プロモートしているのは、妖精たちなんですね」この意識↔無意識の四層構造という考え方で想い出したのがクリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」である。全く同じだ。「夏の夜の夢」と「インセプション」は繋がっている。

妖精パックはトリックスターとしての役割を果たす。トリックスターとは神話や伝説の中で活躍するいたずら者で、 その狡猾さと行動力において比類ない。善であり悪であり、壊すものであり作り出すものであり(scrap and build)、変幻自在で神出鬼没、全くとらえどころがない。単なるいたずら好きの破壊者で終始することもあれば、時として英雄にも成り得る(例えば人類に火をもたらしたギリシャ神話のプロメテウス)。境界を超えて出没するところにトリックスターの特徴がある。

「夏の夜の夢」は女同士の親密な結びつきを男が危機に陥れるという、そういう読み方もできると松岡は指摘する。ヒポリタはアマゾンの女王、つまり女だけの国の女王だった。それをシーシアスが力ずくで征服し、略奪した。妖精の女王ティターニアはインドから連れて帰った男の子をかわいがっているが、それをオベロンが引き渡せと迫る。男の子を産んで直ぐ死んだ母親はティターニアと恋人同士みたいに仲良しだったので、その取り替え子(Changeling)を養うことは彼女にとって「友情の証」なのである。大親友だったハーミアとヘレナの絆(ひとつのクッションに一緒に座って刺繍をしたと表現されている)も男たち(ライサンダーとディミートリアス)の出現で危うくなる。

またボトムの頭が魔法でロバに変容(メタモルフォーゼ)することについて。ロバというのは頭が足りない馬鹿の象徴であると同時に、精力絶倫をも意味するそうだ。言われてみればピーター・ホール演出版でもボトムの股間はもっこり誇張されていた。

あと気付いたのは、職人たちによる劇中劇「ピラマスとシスビー」は明らかに「ロミオとジュリエット」のパロディ(風刺)になっていること。更に恋人たち=ライサンダーとハーミアは彼女の父が結婚を認めないため、アテネの法「父の言いつけに背く娘は死刑とする」が及ばない土地に駆け落ちしようとする。この設定も実は「ロミオとジュリエット」と表裏一体であり、要するにジュリエットもあんなややこしい(仮死状態になる)薬を飲まなくたって、ふたりが駆け落ちしてヴェローナ外の都市で結婚すれば済んだ話ではないかと言っているのである(たとえロミオがティボルトを殺さなくとも、ふたりはヴェローナで一緒に暮らせる筈がない。つまり秘密裏の結婚は全く意味が無い)。大胆にも作劇上の嘘を作家自らがバラしているのだ。この重層性こそシェイクスピアの真骨頂である。

「夏の夜の夢」の世界は奥深い。貴方もその森の中で彷徨ってみませんか?

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何故人はフィクション(物語)を求めるのか?

2011年3月11日に発生した東日本大震災、あなたはいつの時点で福島原発がメルトダウンしていると気が付きましたか?

東京電力が正式に公表したのは5月24日だった。事故から70日以上が経過していた。

2016年2月25日、NHKニュースは次のように報道した。

東京電力は、福島第一原子力発電所の事故発生から2か月たって、核燃料が溶け落ちる、メルトダウンが起きたことをようやく認め大きな批判を浴びましたが、当時の社内のマニュアルでは事故発生から3日後にはメルトダウンと判断できたことを明らかにし、事故時の広報の在り方が改めて問われそうです。

福島第一原発の事故では1号機から3号機までの3基で原子炉の核燃料が溶け落ちるメルトダウン=炉心溶融が起きましたが、東京電力はメルトダウンとは明言せず、正式に認めたのは発生から2か月後の5月でした。

つまり東電と日本政府は事故発生から3日後(3月14日)に事態を正確に認識していたにもかかわらず、2ヶ月以上公表を控えていたことになる。「パニックを避ける」ためという、実にくだらない理由で。

でももしあなたが5月24日の公表を聞いて「ええっ、本当はメルトダウンしていたの!?」と驚いたのだとしたら、余りにも世間知らずと言えるだろう。【政府が国民を騙る筈はない/テレビで報道されていることは全て真実だ】と信じている者はお子様である。ありもしない【大量破壊兵器】を口実にイラクを侵略したアメリカ合衆国(共和党政権)も同じ穴の狢(ムジナ)と言えるだろう。

震災から4日後、僕はこうツイートした。

緊急事態宣言が発令された非常時に為政者は本当のことを語らない。それは当然のことである。だから自国の政府は信用出来ないと判っていたので、僕は首相官邸が情報をコントロール出来ない、海外メディアからの報道を収集することに専念した。

今振り返るとこういう未曾有の危機に直面して、沢山の映画を観ていたことが正しい判断を下す役に立ったなとつくづく想う。

人間が持つ、他の動物にない特性として「物語(フィクション)を欲する」ということが挙げられる。どうして我々は小説を読み、芝居や映画を観に行くのか?その行為は何かの役に立つのだろうか?

小説を読んだり、映画や芝居を観ることは愉しい。時を忘れさせてくれる。それは多分、「もうひとつの人生」を生きることなのだ。「風と共に去りぬ」のおかげで僕はアメリカの南北戦争の実態を知り、奴隷制度とか、土地の大切さとか色々なことを学んだ。「シンドラーのリスト」や「サウルの息子」を観れば、ユダヤ人強制収容所がどんな場所だったのか、ナチスがそこで何をしたのかを目撃することになる。シェイクスピアの「リチャード三世」や「オセロ」に登場するイアーゴーを通して人の悪意を、映画「エリザベス」や「エリザベス:ゴールデン・エイジ」によりエリザベス1世(The Virgin Queen)の人となり、イギリスの歴史を知る。「十二人の怒れる男」で陪審員制度の仕組みや、その理念が判る。ミュージカル「RENT」や「ラ・カージュ・オ・フォール」(あるいはその元となった映画「Mr.レディ Mr.マダム」やハリウッド・リメイク「バードゲージ」)を観ればゲイの人達の生態やものの考え方が理解出来るようになる。そう、物語は人間の多様性や、共通する行動パターン(=人間科学/行動科学)を学ぶための扉なのである。自分が一生かけても遭遇出来る筈のないことを擬似体験出来る。何度も生まれ変わってくる輪廻転生や、パラレル・ワールドを同時並行で生きるように。

我々は勉強のために小説を読んだり芝居・映画を観るわけではない。しかし沢山吸収すれば、必ず得るものはある。人生はより豊かになり、見聞を広めて賢くなれる。その見返りは大きい。

ー映画は人生の教科書ですー  (映画評論家/解説者 淀川長治)

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