読書の時間

2023年10月28日 (土)

木下晴香(主演)ミュージカル「アナスタシア」と、ユヴァル・ノア・ハラリ(著)「サピエンス全史」で提唱された〈認知革命〉について

ミュージカル『アナスタシア』を梅田芸術劇場@大阪市にて観劇した。

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From Screen to Stage ーアニメーション映画から舞台ミュージカルへ。本作が成立した経緯は宝塚歌劇版のレビューで、微に入り細を穿つ解説を書いた。

 ・ 真風涼帆(主演)宝塚宙組「アナスタシア」と、作品の歴史を紐解く。 2020.12.02

今読み返しても情報量は必要十分、我ながら「熱いよね!」(by 宮藤官九郎『あまちゃん』)と思う。

上記事にもある通り、日本初演は木下晴香と葵わかなのダブル・キャストで 2020年3月に幕を開けたのだが、当時猛威を奮っていた新型コロナ・ウィルス禍のため東京公演は度々中断し、挙句の果て大阪は全公演中止になってしまった(その時の告知はこちら)。僕の手元にあったチケットは払い戻しとなり、3年という歳月を経て漸くリベンジを果たした!!歌舞伎や落語『淀五郎』にもなった浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』になぞらえるなら、正に「遅かりし由良之助。待ちかねたァ」。

20世紀フォックスが初めて製作したアニメーション映画『アナスタシア』は1998年9月の公開時(僕は岡山市に住んでいた)テアトル岡山で観ている。その少し前、同じ20世紀フォックスの超大作『タイタニック』は当時としては珍しく日米同時公開で、初日の1997年12月20日にやはりテアトル岡山で観た。音響の悪い古びた映画館で時代の波に呑まれやがて閉館し建物は解体、その跡地は駐車場に成り果てた。まるで映画『ニュー・シネマ・パラダイス』みたいな話だ。2019年に20世紀フォックスはディズニーに吸収合併され「20世紀スタジオ」と名称が変更。今や『アナスタシア』も『タイタニック』もDisney+から配信されている。

 ー夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡ー

『アナスタシア』のスタッフである作詞:リン・アレンス、作曲:ステファン・フラハティ、台本:テレンス・マクナリーはミュージカル『ラグタイム』でも組んでおり、マクナリーは『ラグタイム』を含めトニー賞を4度受賞している。そして『ラグタイム』も遂に今年、日本でお披露目された。

 ・ 石丸幹二・安蘭けい・井上芳雄 /ミュージカル「ラグタイム」待望の日本初演!

快哉を叫びたい心境である。

マクナリーの台本は、そりゃ『ラグタイム』の方が完成度が高いのは確かだが、『アナスタシア』も悪くない。特に過去の名作ミュージカルを彷彿とさせる瞬間がいくつもあり、心がときめいた。例えば二人の詐欺師ディミトリとヴラドが、しがない道路清掃員アーニャを皇女アナスタシアに仕立て上げようと教育する場面で『マイ・フェア・レディ』を想起しない人はいないだろう。ここで歌われる"Learn to Do It"は『マイ・フェア・レディ』でヒギンズ教授とピカリング大佐が歌う“でかしたぞ (You Did It)”に呼応している。つまり"You Did It"が過去の成功について会話しているのに対して、"Learn to Do It"はこれから起こる未来の可能性を語っているのだ。第1幕最後はアカデミー賞の歌曲賞にノミネートされた超名曲"Journey to the Past"をアーニャが歌い上げ感動的に締め括られるが、ヒロインのソロで第1幕が幕を閉じるのは『エリザベート』(私だけに)の記憶が蘇る構成になっている(『エリザベート』も皇室ものだ)。宝塚版が許しがたかったのは、この"Journey to the Past"をディミトリにも歌わせたこと。いくらヅカが男役中心の世界観だからといって、娘役最大の見せ場を横取りしないで欲しい。犯罪にも等しい暴挙である。作・演出の稲葉太地は猛省し、小池修一郎の爪の垢でも煎じて飲め!

幼い頃に聴いた子守唄"Once Upon a December"が主人公の記憶を蘇らせる引き金(trigger)になるという仕掛けはロマンティックで素敵だ。ドヴォルザークが作曲した『我が母の教えたまいし歌 』とか、クリスティーナ・リッチが主演した映画『耳に残るは君の歌声』を思い出させる。

さて10月22日(日)ソワレのキャストは、

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10月24日(火)ソワレのキャストは、

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30年に及ぶ僕のミュージカル観劇歴において、日本人では木下晴香こそNo.1の歌唱力であると断言しても良い。女優で彼女に匹敵するのは、全盛期(宝塚歌劇時代〜『レ・ミゼラブル』コゼット役まで)の純名里沙くらいだろう。いや、日本人に限定しなければディズニー版『アイーダ』ブロードウェイ・オリジナル・キャストのヘザー・ヘッドリー(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞)とかミュージカル『カラー・パープル』のシンシア・エリヴォ(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞) 、『リトル・マーメイド』のシエラ・ボーゲス 、『ミス・サイゴン』のレア・サロンガらの名前が挙げられるが、つまりそのレベルということだ。少なくとも『アナスタシア』ブロードウェイ・オリジナル・キャストであるクリスティ・アルトモアより木下のほうが上。もうその第一声から「なんて美しい歌声なんだろう!」と、ウットリ聴き惚れた。完璧。

 ・ 生田絵梨花(乃木坂46)vs. 新星・木下晴香/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」 2017.03.04
 ・ 音楽の天使が舞い降りた!!〜ミュージカル「ファントム」 2019.12.12

木下晴香はディズニー映画 実写『アラジン』吹替版でジャスミン姫に起用されたわけだが、神田沙也加亡き後(彼女の死は本当に辛い出来事だった。実現しなかった『マイ・フェア・レディ』大阪公演のチケットは払い戻しした)、『アナと雪の女王 3』吹替版のアナ役は木下に是非やってもらいたい。

他のダブル/トリプル・キャストについて。ディミトリ役は内海啓貴(うつみあきよし)、グレブ役は激しい感情を顕にする海宝直人(かいほうなおと)が良かった。ヴラド役については、流石に石川禅が演技も歌も巧者で感心したが大澄賢也も味わい深く、甲乙付け難い。

ダルコ・トレスニャクは奇をてらわないオーソドックスな演出で、まぁ目を瞠るような斬新な場面はないけれど、安心して観劇出来る感じかな。背景に高精細LED映像を駆使した美術が見応えあり。

僕はイングリット・バーグマンがユル・ブリンナーと共演し、アカデミー主演女優賞を受賞した映画『追想』(原題:Anastasia)の頃からこの物語が大好きなのだが(アルフレッド・ニューマンの音楽も素晴らしい!)、どうしてこれ程迄に惹き付けられるのだろうとよくよく考えてみた。

本作のテーマは「うそを信じる力」であり、それは本質的に「人間とは何か?」という問いに深く関わっているのではないだろうか?ベストセラーになり、バラク・オバマ(アメリカ元大統領)も絶賛したユヴァル・ノア・ハラリの著書『サピエンス全史』で〈認知革命〉という概念が提唱される。古代の地球にはホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・ソロエンシス、ホモ・エレクトス、ホモ・デニソワなど、様々なホモ属が生きていた。しかし最終的にホモ・サピエンスだけが生き残り、他のホモ属は駆逐された。その違いは何だったのか?それが約七万年前サピエンスだけに起こった〈認知革命〉だと著者は言う。それは「虚構(うそ)を共有する能力」のこと。〈認知革命〉以降、神話や物語(フィクション)、噂話が生まれ、人々が団結することに役立った。そしてダンバー数(人々が円滑・安定的に関係を維持することができる人数)=150人を突破出来るようになったというのだ。キリスト教を例に考えてみよう。聖母マリアは男女の交わりなしにイエスを身ごもった(処女懐胎)。イエスは水の上を歩き、十字架にかけられ磔刑3日後に復活する。こういった虚構(フィクション)に基づき宗教は信者を増やし、大きな勢力となっていった。日本の天皇制も天照大御神(あまてらすおおみかみ)の末裔であるという神話(神道)に支えられている。通貨制度もまた、硬貨や紙幣そのものに「価値がある」と信じる虚構(フィクション)に立脚している。つまり〈認知革命〉なくして国家の統一はあり得なかったのだ。

僕たちが映画や芝居を観て感動するのも、そこには「うそを信じる力」が介在している。それこそが「人の人(ホモ・サピエンス)たる所以」なのだ。

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2023年10月20日 (金)

村上春樹「街とその不確かな壁」とユング心理学/「影」とは何か?/「君たちはどう生きるか」との関係

これは下記事の続きである。

 ・  村上春樹「街とその不確かな壁」をめぐる冒険(直子再び/デタッチメント↔コミットメント/新海誠とセカイ系/兵庫県・芦屋市の川と海) 

村上春樹はユング心理学から多大な影響を受けている。そのことはスイスにあるユング研究所で研鑽を積み、日本人として初めてユング派分析家の資格を得た河合隼雄と村上が何度も対談を重ねていることからも伺い知れるだろう(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』『こころの声を聴く―河合隼雄対話集』いずれも新潮文庫)。例えば小説『ねじまき鳥クロニクル』において主人公が井戸の底に下りていって瞑想するという行為は、深層心理の奥底に潜ることを象徴している。そこには集合的無意識があり、他者と繋がることが出来る。それが〈壁抜け〉だ。主人公は時空を超えノモンハン事件当時の満州国に直列接続する。

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村上に心酔するアニメーション監督・新海誠はこのアイディアを映画『君の名は。』に応用した。夢(=集合的無意識)の中で瀧と三葉は出会い、体が入れ替わるが、ふたりの間には東京と飛騨地方という距離の隔たりと、3年という時間のずれがあった。

 ・ 【考察】神話としての「君の名は。」〜その深層心理にダイブする。 2016.09.10

村上の新作小説『街とその不確かな壁』の主人公(ぼく)は、消息不明になった女の子(≒『ノルウェイの森』の直子)が語っていた、高い壁に囲まれた「街」になんとか辿り着く。「街」は集合的無意識のメタファーだから、その図書館で彼女に再会することになる。主人公に与えられた仕事は〈夢読み〉だ。

「街」の住人には影がない。主人公(ぼく)も「街」に入るために門番の手で影を切り離される。「影」とは何か?二つの解釈が考えられる。

まず第一に、ユング心理学における「影」だ。河合隼雄の著書に『影の現象学』があるので、一読をお勧めしたい。詳しい解説は下記事に書いた。

 ・ 〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その3〉影・トリックスター・ヌミノース 2019.06.07  

「影」はひとの無意識の中にあり、本能に結びついたこころの原初的なイメージ=元型(Archetype)の一つだが、『街とその不確かな壁』第二部に登場する図書館の前館長・子易さんは元型における「老賢人」だし、イエロー・サブマリンの少年は「子供(永遠の少年)」。そしてきみ(直子)は「アニマ」だ。

 ・ 〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ 2019.06.06

「影」のもう一つの解釈として20世紀末ウィーンの文化を代表する作家フーゴ・フォン・ホーフマンスタールが書いた『影のない女』に触れておきたい。リヒャルト・シュトラウスが作曲したオペラの台本だが、小説版もあり、内容は若干異なる。村上春樹は『騎士団長殺し』の中でリヒャルト・シュトラウスの歌劇『ばらの騎士』を登場させており、『ばらの騎士』の台本を執筆したのもホーフマンスタールである。『影のない女』のあらすじはこうだ。

東方の皇帝は狩りの途上でガゼル(羚羊)に変身していた霊界の大王カイコバートの娘を捕らえ、人の姿に戻った彼女を妻にする。しかしカイコバートの呪いにより、結婚から12ヵ月以内に皇后に影が出来なければ皇帝は石の体と化してしまうと宣告される。また影がないと后は子供を産めない。乳母は彼女に「人間の世界に降りてゆくと影が手に入る」と教える。二人は下界に降り、子供を欲しいと思っていない染物師の若い妻から影を得ようと画策する。

つまり「影」は〈子供を生む=自分の遺伝子を転写・複製する〉能力のメタファーになっている。霊界の住人は「影」を持つ必要がない。なぜなら永遠の命を有しているから。一方、人間は命が有限だから次世代に遺伝子をつなぐために「影」が必要なのだ。

フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースは「神話論理」四部作の中で次のように語っている。

神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的はただ一つの問題、すなわち連続不連続のあいだの調停である。

この原理はそのまま『影のない女』と『街とその不確かな壁』に当てはまる。人間は「影」を持つが故に不連続(mortal)であり、「影」を切離すことによって連続する(immortal)存在=「街」の住人になれる。人間の寿命を超えて生き続けるドラキュラ(や、ポーの一族)にも「影」はないし、生殖能力もない。

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興味深いことに宮崎駿監督の新作アニメ『君たちはどう生きるか』も『街とその不確かな壁』と似た構造を持っている。主人公の少年・眞人は大伯父が建てた塔がある洋館に入っていくが、ここは「街」と同じく集合的無意識のメタファーであり、塔の中で彼は時空を超えた人物たち(明治時代に生きた大伯父や若き日の母など)と出会うことになる。

 ・ 【考察】完全解読「君たちはどう生きるか」は宮﨑駿の「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ監督)だ!!
 ・ 
【考察】なぜ「君たちはどう生きるか」は評価が真っ二つなのか?/ユング心理学で宮﨑駿のこころの深層を読み解く

村上春樹は若い頃から子供を作らないと決めていた。今までに生み出して来た作品群こそが彼の子供たちと言えるだろう(つまり〈夢読み〉とは小説を書く彼自身のことだ)。ただ『街とその不確かな壁』に登場するイエロー・サブマリンの少年の描写を読んでいると、やっぱり息子が欲しかったんじゃないかな。そんな苦い後悔がちょっぴり滲み出しているように感じるのは、果たして僕だけだろうか?

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2023年10月 6日 (金)

村上春樹「街とその不確かな壁」をめぐる冒険(直子再び/デタッチメント↔コミットメント/新海誠とセカイ系/兵庫県・芦屋市の川と海)

2023年4月13日に村上春樹の新作長編小説『街とその不確かな壁』が出版された当初、余り良い評判を聞かなかった。しかし実際に読んでみると心の奥深く突き刺さった。僕が一番好な村上作品は従来『ノルウェイの森』だったのだが、その感動を上回った。最高傑作だと思う。一応今まで読んだものを挙げておく。

長編小説:『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

短編集:『カンガルー日和』『蛍・納屋を焼く・その他の短編』『神の子どもたちはみな踊る』『女のいない男たち』

随筆・紀行文:『映画をめぐる冒険』『ザ・スコット・ジェラルド・ブック』『ポートレイト・イン・ジャズ』『辺境・近境』

対談:『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』

2013年に出版された『色彩を持たない多崎つくると…』が心底つまらなく、救いようのない駄作だったので「村上春樹は最早オワコンか」と大いに落胆したものだが、杞憂だった。

新作で一番びっくりしたのは『ノルウェイの森』の直子がまたまた登場したことである。なんと彼女の物語はまだ決着がついていなかったのだ!

直子(と思しき女の子)はまず村上春樹の処女作『風の歌を聴け』で次のような記述として現れる。この時点で名前は明かされていない。

 僕はこれまでに三人の女の子と寝た。 (中略)
 三人目の相手は大学の図書館で知り合った仏文科の女子学生だったが、彼女は翌年の春休みにテニス・コートの脇にあるみすぼらしい雑木林の中で首を吊って死んだ。

続く『1973年のピンボール』(1980年刊行)では直子という名前を与えられ、1969年に大学生の「僕」(20歳)と付き合っている。早稲田大学のキャンパスは折しも学生運動で騒然としていた(この年に東大安田講堂事件があった)。しかしそれから4年経過した73年に直子は既に死んでおり、主人公は彼女が生前語っていた故郷の街に足を運ぶ。

村上春樹は1949年1月12日に京都市に生まれたが、生後すぐ兵庫県西宮市夙川に転居し、ここで小学校を卒業した(国語の教師だった父親が私立甲陽学院中学校に赴任したため)。さらに中学1年生のとき芦屋市に引っ越している(夙川と芦屋は阪神/阪急電車で1駅くらいの距離)。そして兵庫県立神戸高等学校に入学(阪急・芦屋川駅から最寄りの王寺公園駅まで12分)、1968年には早稲田大学第一文学部に合格した。

芦屋市は海岸地区を埋め立てて住宅都市を建設する計画した。村上が上京した翌69年から工事が始まり、74年ごろにほぼ終わった(写真こちら)。78年が舞台となる『羊をめぐる冒険』(1982年刊行)で彼が幼い頃海水浴をしたという芦屋浜は50mの砂浜を残し、すっかり失われてしまっていた。『羊をめぐる冒険』は次のような喪失感に満ちた文章で締めくくられる。

 僕は川に沿って河口まで歩き、最後に残された五十メートルの砂浜に腰を下ろし、二時間泣いた。そんなに泣いたのは生まれてはじめてだった。二時間泣いてからやっと立ち上がることができた。どこに行けばいいのかはわからなかったけど、とにかく僕は立ち上がり、ズボンについた細かい砂を払った。 
 日はすっかり暮れていて、歩き始めると背中に小さな波の音が聞こえた。

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その芦屋浜である。

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1983年に発表された短編『蛍』で遂に直子の物語が本格的に語られるが、名前は与えられていない。心を病んだ彼女は「大学をとりあえず一年間休学し、京都の山の中にある療養所に落ちつくことにします」という手紙を残し、主人公の元を去る。

そして『蛍』を拡張した物語が『ノルウェイの森』だ。因みにドビュッシーのピアノ曲集『版画』の中の一曲「雨の庭」(Jardins sous la pluie)に由来する『雨の中の庭』というタイトルで書き始められたが、原稿を版元に渡す直前に妻の意見を受け入れ『ノルウェイの森』に改められた。ところで新海誠監督のアニメーション映画『言の葉の庭』って『雨の中の庭』を意識していると思いません?雨の新宿御苑が舞台となっているし、2箇所の『の』の位置も同じ。そして劇中雨でずぶ濡れになったユキノの「わたしたち、泳いで川を渡ってきたみたいね」という台詞は『ノルウェイの森』からの引用である(“「ねえ、私たちなんだか川を泳いで渡ってきたみたいよ」と緑が笑いながら言った”)。なお新海の『秒速5センチメートル』ではヒロイン・明里が駅のプラットホームで村上の『蛍・納屋を焼く・その他の短編』を読んでいる。

 ・ 時は来た(This Is the Moment)!今こそ語り尽くそう〜新海誠「秒速5センチメートル」超マニアック講座 

『街とその不確かな壁』で、十七歳の「ぼく」と十六歳の「きみ」は高校生エッセイ・コンクールの表彰式で出会う。離れた街に住む二人は手紙を幾つも交換し、やがてデートするようになる。その様子が次のように書かれている。

 その夏の夕方、ぼくらは甘い草の匂いを嗅ぎながら、川の上流へと遡っていった。流砂止めの小さな滝を何度か越え、時折立ち止まって、溜まりを泳ぐ細い銀色の魚たちを眺めた。二人ともしばらく前から素足になっていた。澄んだ水がひやりと踝(くるぶし)を洗い、川底の細かい砂地が二人の足を包んだー夢の中の柔らかな雲のように。ぼくは十七歳で、きみはひとつ年下だった。

 川にかかるいくつかの橋の下をくぐり、流れの浅いところを辿って歩き続けた。そのあいだ誰ともすれ違わなかった。途中で目にしたのは何匹かの小ぶりな蛙たちと、石の上にじっとたたずんでいる一羽の白鷺だけだ。その鳥は一本足で立ったまま身動きひとつせず、怠りなく川面を監視していた。

これは紛れもなく、芦屋川の描写だろう。その河口に芦屋浜がある。

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芦屋川にはアユやウナギ、モクズガニなどが生息しているそう。また6月上旬には上流でゲンジホタルを見られるという。

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小説の描写どおり白鷺がいた。

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『街とその不確かな壁』の「きみ」はやがていなくなり、音信不通となる(恐らく首を吊って自殺したのだろう)。「きみ」が以前語っていた、夢の中に出てくる高い壁に囲まれた「街」に「ぼく」は行きたいと願い、そして遂にたどり着く。そこの図書館で本当の「きみ」が働いている(十六歳の「きみ」は「ぼく」に、今ここにいるのは本当のわたしの「身代わり」であって、「ただの移ろう影のようなもの」だと言った)。その「街」にある図書館は第一部で次のように描写される。

 これという特徴のない石造りの古い建物だ。(中略)入り口には何の表示も掲げられておらず、知らない人にはそれが図書館だとはわからないようになっていた。「16」という数字が刻まれた真鍮のプレートが、素っ気なく打ち付けられているだけだ。プレートは変色し、字は読みづらかった。
 重い木製の扉は深く軋みながら内側に開き、奥には薄暗い正方形の部屋があった。(中略)縦長の窓が二つあり、家具はひとつも置かれていない。

これは学生時代に村上がよく利用したという芦屋市立図書館打出分室がモデルと思われる。残念ながら現在改修工事中で、中に入ることは出来ない。

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石造りの外壁が蔦で覆われ、とても素敵な雰囲気だ。

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写真では分かり辛いが入り口に「真鍮のプレート」が掲げられており、「縦長の窓が二つ」ある。在りし日の姿はこちら。小川洋子の小説『ミーナの行進』にも登場する。

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村上のデビュー作『風の歌を聴け』で「猿の檻(おり)のある公園」として登場する打出公園はこの図書館に隣接する場所にある。「僕」と「鼠」の出会いの場面だ。打出公園も工事中で猿の檻は2023年に取り壊された。

航空写真で見てみよう。

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写真上方「旧松山家住宅松濤(しょうとう)館」と書かれた建物が図書館だ。床が「正方形」になっている

また写真下方(図書館の南側)に打出公園があり、撤去前の猿の檻も見える。

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公園がリニューアルされた後、猿の檻があった場所に記念碑が建てられる予定らしい。なお『街とその不確かな壁』第二部で現実世界に戻った主人公が、館長として赴任する図書館は福島県南会津町図書館だと特定されている(記事はこちら)。

村上春樹はその創作活動の前半、〈デタッチメントの作家〉と呼ばれた。登場人物たちは概ね、社会と関わろうとしなかった。『ノルウェイの森』の主人公が、学生運動から距離をとっていた(detach:切り離す)ように。

しかし彼は1995年にその姿勢を大きく変更した。この年の1月17日に阪神淡路大震災が発生し、3月20日にオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした。村上は地下鉄サリン事件の関係者62人にインタビューを重ねノンフィクション『アンダーグラウンド』を上梓し、連作短編小説集『神の子どもたちはみな踊る』では阪神淡路大震災をテーマに取り上げた(新興宗教の話もある)。〈コミットメントの作家〉への転換である(commit:責任感を持って取り組む)。

新海誠は村上春樹の小説に多大な影響を受けたアニメーション作家である。2002年の処女作『ほしのこえ』から彼は“セカイ系の旗手”と呼ばれてきた。「世界の終わりに通じるような大惨事が、"ぼくときみ"というふたりの男女の恋愛関係に収斂されていく」というのがセカイ系の定義だ。これはそのまま〈デタッチメントの作家〉村上春樹の前期作品に当てはまる。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』なんてタイトルからして“セカイ系”そのものである。

『街とその不確かな壁』第一部は1980年に文芸雑誌「文學界」9月号に掲載された中編小説『街と、その不確かな壁』に基づいている(村上は「あれは失敗」として、彼の意向で単行本や全集にも一切収録されていない)。つまり『1973年のピンボール』に続く作品であり、それを拡張した今回の新作は村上が〈コミットメント〉から〈デタッチメントの作家〉に返り咲いた(原点回帰した)とも言えるだろう。だから僕はこれを読みながら「新海誠のアニメにそっくりだ!」と感じたので、なんだか可笑しかった(本当は順序が逆なのに)。それも初期作品『雲のむこう、約束の場所』とか『秒速5センチメートル』の雰囲気にすごく近い。新海も川村元気プロデューサーと出会うことによって〈デタッチメント〉から〈コミットメントの作家〉に大きく舵を切ったのである(『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』)。また東日本大震災の体験も大きかっただろう。

 ・「君の名は。」劇場用パンフレット第2弾登場!〜新海監督が質問に答えてくださいました。 2016.12.13
 ・「天気の子」劇場用パンフレット第2弾登場!〜新海誠監督が質問に答えてくださいました。 2019.09.17
 ・「すずめの戸締まり」公開初日鑑賞報告!/【考察】どうして新海誠はセカイ系であり続けるのか?/村上春樹・高橋留美子との接点

『街とその不確かな壁』にはイエロー・サブマリンのヨットパーカーを着た、痩せた小柄な少年が登場する。金属縁の丸い眼鏡をかけている。間違いなくジョン・レノンのイメージだ。

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そしてジョンが作詞・作曲したビートルズの『ノルウェイの森』に繋がっている。

村上の小説『ノルウェイの森』の主人公は、直子の自殺によって絶望を味わうのだが、彼の魂を救うのが大学で出会った緑だ。作者は否定しているが緑のモデルが陽子夫人であることは論をまたない。ふたりは早稲田大学で知り合い、村上が22歳のときに学生結婚をした。そして親から借金をしてジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開店する。

しかし『街とその不確かな壁』に緑に相当する人物は登場しない。陽子夫人はこの小説を読んで、どう思っただろう?

さて本当は村上春樹と河合隼雄、さらにはユング心理学との関係にも触れたかったのだが余りにも長くなってしまった。続きはこちら ↓ の記事で。

  ・ 村上春樹「街とその不確かな壁」とユング心理学/「影」とは何か?/「君たちはどう生きるか」との関係

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2021年9月29日 (水)

カンヌ国際映画祭で脚本賞受賞。村上春樹原作「ドライブ・マイ・カー」〜表題に込められた意味を知っていますか?

評価:A+

『ドライブ・マイ・カー』はカンヌ国際映画祭で脚本賞、国際映画批評家連盟賞など4賞受賞した。公式サイトはこちら

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上はフランス版ポスター。素敵じゃない?

村上春樹による同名の原作は2014年に刊行された短編小説集『女のいない男たち』に収録されている。さらに同短編集から『シェエラザード』『木野』のエッセンスも加味されている。

本作は人間関係というものの得体の知れなさを描いている。時に人と人は繋がれず、断絶する。それは我々が、新型コロナ禍で痛感していることでもある。

西島秀俊演じる主人公・家福は役者だ。彼が演出することになったチェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』は日本語、韓国語、北京語、英語、さらには手話まで混ざり合う「多言語演劇」として上演される。これは原作にない設定で、さらに映画の冒頭で彼はベケットの『ゴドーを待ちながら』を演じている。タイトルロールのゴドーが最後まで登場しない不条理演劇だ。僕はアイルランドの演劇集団による英語版を観劇したことがある。

 ・「ゴドーを待ちながら」@京都造形芸術大学 2017.09.12

こういった設定からも分かる通り、映画『ドライブ・マイ・カー』は非常に哲学的作品と言えるだろう。観終わって色々なことを考えさせられた。

くも膜下出血で急逝した妻に対して、(家福から)なされなかった質問と、与えられなかった回答。このことが後々まで彼を苦しめることになる。コミュニケーションの不足。後悔先に立たず。

緑内障で運転することを禁じられた彼の代わりに雇われた三浦透子演じるドライバー・みさきとの車内での対話を通して、絶望からの再生が描かれる。

『ワーニャ伯父さん』の主役に抜擢された岡田将生演じる若手俳優・高槻の台詞を原作小説から引用する。

「でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛し合っている相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」

つまり、他者とのコミュニケーションを図るということは、自分自身を知ることに直結している。ここで僕が連想したのが心理療法士によるカウンセリングの手法。カウンセラーの基本姿勢は患者の語ることを傾聴することにある。決して自分の意見は挟まない。ひたすら耳を傾ける。それによって患者は自分自身で色々な気付きを得て、心が癒やされていく。

小説では役者の演技について、家福とみさきの間で次のような会話が交わされる。

「別の人格になる」とみさきは言った。
「そのとおり」
「そしてまた元の人格に戻る」
「そのとおり」と家福は言った。「いやでも元に戻る。でも戻ってきたときは、前とは少しだけ立ち位置が違っている。それがルールなんだ。完全に前と同じということはあり得ない」

これは正に哲学者ニーチェが説く〈永劫回帰〉であろう。単なる同じことの繰り返しではない。そこには必ず〈生成変化〉が生じる。演技に限ったことではない。好きな本を読み返す。音楽をくり返し聴く。しかしそこに生まれる感情は決して同じではない。〈生成変化〉が必ずある。これが〈いまを生きる〉ということだ。

我々は常に「物語」を欲している。それを通して「別の人格になる」、「そしてまた元の人格に戻る」のだ。

『ドライブ・マイ・カー』はそもそもビートルズの楽曲で、アルバム『ラバー・ソウル』に収録されている。ここで注目すべきはこのアルバムに、やはり村上春樹の小説のタイトルに借用された『ノルウェーの森』も入っているということ。

歌詞の内容は、女の子に「将来君は何になりたいの?」と尋ねると「わかるでしょ?私は有名になって映画スターになるの。そうしたらあなたを専属運転手として雇ってあげるわ」と言われる。実はポール・マッカートニーによると、"Drive my car"とは古いブルースにおいて、「セックスする」という意味の婉曲表現なのだそう(この証言はちゃんと英語版Wikipediaに書いてある。こちら)。多分マニュアル車でシフトチェンジする時にガチャガチャ前後に動かす行為と、ペニスの出し入れを結びつけた表現なのだろう。つまり自分が大切にしている車を運転させるということは、「他者に心(体)を開く」ことのメタファーなのである。

これってジョン・レノンが作詞・作曲した『ノルウェーの森』にまつわる逸話に類似している。つまり"Norwegian Wood"というのは本当のタイトルではなく、最初は"Knowing She Would"だった。つまり、"Isn't it good, knowing she would?" 彼女が(セックスを)やらせてくれるってわかっているのは素敵だよな、という意味。

 ・ わが心の歌 25選 ⑦ ビートルズ「ノルウェイの森」と村上春樹/ジュ・トゥ・ヴ 

さらに『女のいない男たち』には『イエスタデイ』という短編も収録されており、これもポール・マッカートニーが作詞・作曲したビートルズの楽曲がモチーフになっている。

村上文学は井戸を掘っていくと、地下の深いところで水脈が横に繋がっている。実に面白い。これはフランスの哲学者ジル・ドゥルーズが提唱した〈リゾーム〉という概念にも置換可能だ。〈リゾーム(根茎)〉とは、ハスやタケなどに見られる、横に這って根のように見える茎、地下茎のことである。〈樹木(一本の幹、あるいは中心があるもの ≒ 一冊の小説〉〉と対立する言葉だ。つまり多層的なのだ。

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2021年7月19日 (月)

チベット文学「白い鶴よ、翼を貸しておくれ」に刮目せよ!

2020年11月24日、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』OPで、〈アトロク 秋の推薦図書月間〉として元TBSアナウンサー(現在フリー)宇垣美里が入魂の一冊を紹介した。

書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)から出版されているチベットの小説『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』である。

Wings

熱がこもったプレゼンテーションだった。

さらに2021年3月3日、この小説を翻訳した星泉が『アフター6ジャンクション』に登場、その魅力を大いに語った(現在もSpotifyのアーカイブで聴くことが出来る。訳者のインタビュー記事はこちら。宇垣美里のことにも触れられている)。俄然興味を掻き立てられた僕は図書館で借りて読んだ。

1925年にチベットのニャロンという土地に布教目的で入ったアメリカ人宣教師夫婦の話から始まり、間もなく男の子が生まれ、現地の領主(ポンボ)の息子と義兄弟のように成長していく姿を描く。やがて日中戦争が始まり、敗戦の色濃い蒋介石をリーダーとする中国国民党軍が通り過ぎ、1949年には中華人民共和国が成立、翌50年に共産党軍がニャロンにやってくる。「民主改革」と称する伝統文化・宗教の大規模な破壊活動が始まり、共産党の政策に従わない者は思想改造センター送りとなる。そして1963年までこの土地がたどった歴史が紐解かれる。

チベットは本来、仏教が盛んな地域で曼荼羅が有名。曼荼羅はユング心理学で重要なアイテムである。カール・グスタフ・ユングは曼荼羅こそ自己(self)の象徴であり、普遍的(集合的)無意識の中にある元型(グレートマザー、太母)と考えた。

 ・〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ 

チベットの古都ラサには1707年にカプチン・フランシスコ修道会の宣教師が入った。1715年にはイエズス会のデシデリがラサ入りし、やがてカプチン会はラサに伝道所の設立を認められ、1742年に閉鎖されるまで布教活動を続けた。ラサの最も神聖とされるチョカン寺に異教である「カプチン会のテ・デウムの鐘」が吊るされているというエピソードが本文中に2度登場する。

著者のツェワン・イシェ・ペンバ(1932-2011)はチベットに生まれ、9歳からインドにあるヴィクトリア・ボーイズ・スクールで学んだ。同級生は全員イギリス人だったという。そして大学はロンドンで医学を学び、外科医となった。彼はチベット人として初めて西洋医学を修めた人物であり、さらに初めて英語で長編小説を書いた人物でもある。なおチベット語で書かれたものを含めても、ツェリン・ワンギュルの書いた『比類ない王子の物語』(1727)くらいしか先行するチベット文学はない。

まるでNHK大河ドラマを観ているようなスケール感があった。僕が一番近いなと思ったのはボリス・パステルナーク著『ドクトル・ジバゴ』である。第一次世界大戦及びロシア革命に翻弄される主人公ジバゴの生き様がこの小説に重なった。『ドクトル・ジバゴ』は当時の体制=ソビエト連邦に批判的であるとみなされたため1957年にイタリアから出版され、本国では発禁処分となった。解禁となるのはペレストロイカを経た31年後である。一方2017年、『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』が出版されたのはインドであり、今なおチベット本国の人々は読むことが出来ない。この状況も似ている。

 ・スパイ小説「あの本は読まれているか」と「ドクトル・ジバゴ」の想い出

さらにブラッド・ピット主演、ジャン=ジャック・アノー監督の映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を併せて観れば、より立体的にチベット近代史を味わうことが出来るだろう。

本作で描かれるのは宗教や人種、異文化の衝突である。共産主義というイデオロギーも、信仰の一種であろう。マルクス主義は唯物史観に立脚しており、それは無神論の亜型である。中国共産党にとってマルクスや毛沢東が神みたいなものだとも言える。

ペンバが凄いのは登場人物に対して善悪の判断を作者が下していないことにある。それぞれの立場に言い分があり、正義がある。対話を通して相手の考えへに対する理解を深め、認め合おうとする姿勢が一貫している。ニュートラル、公平無私なのだ。なかなか出来ることではない。

他者・異なる意見に対して寛容であることの難しさについて、色々と思いを馳せる小説である。

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2021年1月29日 (金)

わが心の歌 25選 ⑦ ビートルズ「ノルウェイの森」と村上春樹/ジュ・トゥ・ヴ

今回取り上げるビートルズ『ノルウェイの森』はなんと言っても村上春樹が書いたベストセラー小説のタイトルになったことで有名だ。トラン・アン・ユン監督による映画版でも最後にビートルズの歌が流れる。実はこの小説に関して僕は、村上氏本人とメールを交わしたことがある。1997年のことだ。

Soul

Spotifyでの試聴はこちら

楽曲の静謐さ、喪失感と言ってもいい物悲しさに僕は心を打たれるのだが、特筆すべきはジョージ・ハリスンが演奏するシタールの響き。レコード化されたポップ・ミュージックでシタールが使用されたのはこの曲が初めてだそう。ハリスンは1965年頃に友人の勧めで聴いたラヴィ・シャンカールのレコードでシタールに興味を持ち、ロンドンの店で楽器を購入した。1966年秋にはハリスン自らインドに赴いてシャンカールから直接レッスンを受けている。これがきっかけでハリスンはインドの瞑想に傾倒、他のメンバーも彼から感化され、1968年2月ビートルズの4人は超越瞑想の開祖マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーから直接メディテーションの修行を受けるためインドに滞在した。

では冒頭の歌詞から見ていこう。

I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good, Norwegian wood

ある時、女の子をひっかけた
いや、彼女が僕をひっかけたと言うべきか
彼女は自分の部屋に誘ってくれた
素敵じゃないか、ノルウェイの森だ

ここで最大の問題は"Norwegian wood"とは一体何か?ということ。1966年に日本でアルバム『ラバー・ソウル』が発売されたときから「ノルウェーの森」と訳された。村上春樹の小説が出版された後でも、この邦題はおかしいのではないか?という意見がつきまとった。

朝日新聞御用達のズレてる評論家・内田樹も『ノルウェイの森』というタイトルは誤訳だと、得意げに断言している(こちら)。

一方、村上春樹の『ノルウェイの木をみて森を見ず』というエッセイ(新潮文庫『雑文集』収録)には次のようにある。

 翻訳者のはしくれとして一言いわせてもらえるなら、Norwegian Woodということばの正しい解釈はあくまでも〈Norwegian Wood〉であって、それ以外の解釈はみんな多かれ少なかれ間違っているのではないか。歌詞のコンテクストを検証してみれば、Norwegian Woodということばのアンビギュアスな(規定不能な)響きがこの曲と詞を支配していることは明白だし、それをなにかひとつにはっきりと規定するという行為はいささか無理があるからだ。それは日本語においても英語においても、変わりはない。捕まえようとすれば、逃げてしまう。もちろんそのことばがことば自体として含むイメージのひとつとして、ノルウェイ製の家具=北欧家具、という可能性はある。でもそれがすべてではない。もしそれがすべてだと主張する人がいたら、そういう狭義な決めつけ方は、この曲のアンビギュイティーがリスナーに与えている不思議な奥の深さ(その深さこそがこの曲の生命なのだ)を致命的に損なってしまうのではないだろうか。それこそ「木を見て森を見ず」ではないか。Norwegian Woodは正確には「ノルウェイの森」ではないかもしれない。しかし同様に「ノルウェイ製の家具」でもないというのが僕の個人的見解である。

 この、Norwegian Woodというタイトルに関してはもうひとつ興味深い説がある。ジョージ・ハリスンのマネージメントをしているオフィスに勤めているあるアメリカ人女性から「本人から聞いた話」として、ニューヨークのパーティーで教えてもらった話だ。「Norwegian Woodというのは本当のタイトルじゃなかったの。最初のタイトルは"Knowing She Would"というものだったの。歌詞の前後を考えたら、その意味はわかるわよね?(つまり、"Isn't it good, knowing she would?" 彼女がやらせてくれるってわかっているのは素敵だよな、ということだ)でもね、レコード会社はそんなアンモラルな文句は録音できないってクレームをつけたわけ。ほら、当時はまだそういう規制が厳しかったから。そこでジョン・レノンは即席で、Knowing She Wouldを語呂合わせでNorwegian Woodに変えちゃったわけ。そうしたら何がなんだかかわかんないじゃない。タイトル自体、一種の冗談みたいなものだったわけ」。

なんと、実に面白いではないか!

また、歌詞の最後はこうだ。

And when I awoke I was alone
This bird had flown
So I lit a fire
Isn't it good Norwegian wood?
僕が目を覚ますと、ひとりぼっちだった
小鳥は飛び去った(女の子は消えていた)
だから僕は火を付けた
素敵じゃないか、ノルウェイの森

ここで再び大きな謎が仕組まれている。「僕が火を付けた(I lit a fire)」ものは何か?次のような説がある。

1)煙草 2)ハッパ(大麻) 3)暖炉の薪 4)ノルウェイ産木材で建てられた、女の子が住むログハウス(丸太小屋)

4)丸太小屋(または北欧家具)に火を付けた、というは猟奇的でトンデモ説のように思うでしょ?ところが、これを採用すると村上春樹の初期短編小説『納屋を焼く』に繋がるのだ!女の子が消失するという筋立てもジョン・レノンの歌詞に一致している。

なお、『納屋を焼く』は後に韓国映画『バーニング 劇場版』の原作になっており、これが収められた短編集の一篇『螢』は『ノルウェイの森』の原型となった小説である。

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さて、『ジュ・トゥ・ヴ (Je te veux)』はエリック・サティが1900年に作曲したシャンソン。フランス語で〈je=一人称「私」〉〈tu=親しい人に対する二人称。「あんた」とか「君」といったニュアンス〉〈veux=「〜を欲する」「〜を求める」という意味。原形はvouloir〉。だから日本語では「お前が欲しい」「あなたが大好き」などと訳される。愛らしく、とても美しい歌で、しばしばピアノ独奏曲としても演奏される。パトリシア・プティボンの歌唱がおすすめ。こちら

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2021年1月13日 (水)

スパイ小説「あの本は読まれているか」と「ドクトル・ジバゴ」の想い出

アメリカ探偵作家クラブが授与するエドガー賞の最優秀新人賞にノミネートされた、ラーラ・プレスコットのデビュー作『あの本は読まれているか』(The Secrets We Kept)は2019年にアメリカで出版され、2020年4月に翻訳が出た。〈あの本〉とはロシアの詩人・作家であるボリス・パステルナークが書いた小説『ドクトル・ジバゴ』のことである。1957年にイタリアで出版されたがロシア革命に対して批判的ということでソビエト連邦内では発禁処分となり、58年にノーベル文学賞を受賞するもソ連当局の圧力により辞退を余儀なくされた。結局、ソ連国内で『ドクトル・ジバゴ』ロシア語版が出版されるのはペレストロイカを推進したゴルバチョフ書記長時代の88年である。それから3年後の91年にソ連は呆気なく崩壊した。

2014年に「冷戦中、アメリカのCIAはソ連を崩壊させる手段として『ドクトル・ジバゴ』を使用した」という驚くべき九十九の機密文書が解除された。ワシントンポストのこの記事を父親がラーラ・プレスコットに送ってくれたという。しかしその文書は人物名に手が加えられていたり、一部が黒塗りされたりしていた。

Sevret

パステルナークに、妻とは別にオリガという愛人がいて、彼女が『ドクトル・ジバゴ』のヒロイン、ラーラのモデルだったというのはこの小説を読んで初めて知った。確かにユーリ・ジバゴにはトーニャという正妻がおり、ラーラとは不倫関係だ。なお『あの本は読まれているか』の著者の名前がラーラなのは、母親が映画の大ファンでそれに因んで名付けたという。そしてプレスコットは幼少期にモーリス・ジャールが作曲した〈ラーラのテーマ〉の旋律が流れるオルゴールを聞いて時を過ごした。正に〈運命の子〉と言えるだろう。

僕が『ドクトル・ジバゴ』のことを初めて知ったのは、音楽を通してであった。1978年、小学校5年生のとき映画館で観た『スター・ウォーズ』に衝撃を受け映画音楽が大好きになり、アカデミー作曲賞を受賞した『ドクトル・ジバゴ』(1965)サウンド・トラックLPレコードを買った。中学生だった。まだVHSビデオデッキすら家庭に普及していなかった時代で、レンタルビデオ店もなかった。3時間を超える長い映画なのでテレビ放送も望みなし。だからレコードの解説や写真で想像を膨らませるしかなかった。そこで原作小説に取り組むことにした。

僕が岡山市立図書館から借りて初めて読んだのは時事通信社記者・原子林次郎が訳した版である。しかし当時はロシア語の原典が入手困難で、イタリア語訳版と英訳版を相互に参照しながらの不完全な重訳である旨が訳者あとがきに記されていた。そして1980(昭和55)年、同じ時事通信社から待望の、ロシア文学の専門家である江川卓による原典を底本とする翻訳が出た。僕は上巻1,500円、下巻1,700円のハードカバーが出版されるやいなや、なけなしのお小遣いを叩いて購入した。この江川版は89年に新潮文庫に収められたが、今では絶版になっている。現在入試可能なのは2013年に出版された工藤正廣訳のみで、なんと8,800円もする!気軽に読める小説ではなくなってしまった。むしろDVD,Blu-rayや配信で鑑賞可能なので、映画の方がアクセスしやすいだろう。デヴィッド・リーン監督の名作であり、僕は『戦場にかける橋』や『アラビアのロレンス』よりも好き。ラーラを演じたジュリー・クリスティはイメージそのままで一分の隙もないし、悪徳弁護士コマロフスキー役のロッド・スタイガーも素晴らしい。

夢中になって『あの本は読まれているか』を一気呵成に読んだ。主人公はCIAに勤めるタイピスト兼、女スパイで『ドクトル・ジバゴ』をソ連国内に浸透させる諜報活動に従事する。事実は小説より奇なり。僕のために書かれたのではないか?と錯覚を起こすくらい気に入った。そして改めて自分がどれだけ『ドクトル・ジバゴ』を愛しているかを思い知った。もう、好き、好き、大好き!

『あの本は読まれているか』はLGBTQというテーマも絡んできて、さすが21世紀の小説という感じ。そして何より当時のCIAの人々が〈物語の力〉を信じていたっていう事実が素敵じゃない?正に〈ペンは剣よりも強し〉。超オススメ。こちらも映画化されることを是非期待したい。

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2020年7月22日 (水)

【考察】「源氏物語」で紐解く古代日本人の深層心理と、その生活様式

僕は20歳を過ぎた頃から、折角日本に生まれたのだからいつか紫式部『源氏物語』は読まなければならないと切実に思い、しかしその余りの長大さ(文庫本で10巻)に繰り返し挫折してきた。漫画だったら読めるんじゃないかと考えて大和和紀『あさきゆめみし』にも挑戦したのだが、光源氏が須磨に退去した辺りであえなく音を上げた。次々と登場する女君がみな同じ顔に見えて、途中で混乱してわけがわからなくなってしまったのだ。小説の量が膨大過ぎて歯が立たないという経験はマルセル・プルースト『失われた時を求めて』に似ている。『失われた…』は何度挑戦しても第1巻より先に進まない(しかし未だ、諦めてはいない)。

『源氏物語』現代語訳として与謝野晶子、谷崎潤一郎(生涯に3度)、円地文子、田辺聖子、橋本治、瀬戸内寂聴ら錚々たる文学者が取り組んでいる。今回、僕が愛読している小説『対岸の火事』『八日目の蝉』『紙の月』や『愛が何だ』を書いた角田光代が訳したということで早速手にとってみると、兎に角スラスラ読めて驚いた!約2、3ヶ月で呆気なく通読出来た。女優・美村里江(旧芸名:ミムラ)も高校時代、谷崎潤一郎の現代語訳で挫折したが角田光代訳で漸く読破したとラジオで語った(こちら)。これに気を良くして僕は『あさきゆめみし』にも再度挑み、今度は完走した。さらに光源氏の死後(下巻)の部分は谷崎訳も目を通した。

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藤原俊成は鎌倉初期の建久四年(1193年)に開催された歌合で「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事也」と言った。

平安時代、『古今和歌集』(905年)より後に成立したと考えられる『伊勢物語』は歌物語である。その影響が色濃い『源氏物語』(1010年頃)でも沢山和歌が詠まれており、歌物語的性格がある。特に『古今集』からの引用が非常に多いので、『源氏物語』の前に、高田祐彦(訳注)『古今和歌集』(角川文庫)を読まれておくことをお勧めする。なお新海誠監督(中央大学 文学部文学科国文学専攻)のアニメーション映画『君の名は。』や『天気の子』は沢山の歌が挿入されているが、これは王朝文学の影響と思われる。

また副読本として臨床心理学者・河合隼雄の『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』(岩波現代文庫)と、大野晋(国語学者)×丸谷才一(小説家)の対談本『光る源氏の物語』(中公文庫)上下巻がとても参考になった。当時の風俗を知るという意味で『あさきゆめみし』も十分価値がある。

現代人が『源氏物語』を読むに当たり、まず受け入れがたいのが光源氏の華麗なる女遍歴であろう。精力絶倫と言うか、稀に見るプレイボーイぶりである。

京都大学および国際日本文化研究センター教授を定年退官後(65歳)初めて『源氏物語』を通読したという河合隼雄は『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』で次のように述べている。

 恥ずかしいことであるが、私は長い間『源氏物語』を読んだことがなかった。若いときに、人並みに挑戦ーといっても現代語訳であるがーを試みたが、「須磨」に至るまでに挫折した。青年期にはロマンチックな恋愛に憧れていたので、それとまったく異なる男女関係のあり方が理解できなかったのである。それは端的に言って、「馬鹿くさい」と感じられたほどであった。次から次へと女性と関係をもつ光源氏のあり方には、腹立ちさえ覚えたのである。

僕も20代の頃に、同様な感想を持った。しかし時代背景をしっかり鑑みなければならない。

平安時代の平均寿命は男性33歳、女性27歳ぐらいだったと言われている。出産時に亡くなる女性の割合が高く、また乳児死亡率も高かった。

例えば2017年の日本における乳児死亡率は(1000人比で)1.9。江戸時代の記録はないが、1918年(大正7年)は188.6だった。つまり5人生まれたら1人は死んでいたことになる。因みに大正時代の平均寿命は43歳。それより寿命がもっと短い古代は推して知るべしだろう。江戸時代において生後1年までの死亡率は20-25%と推定されている。

佐藤千春の報告(『栄花物語のお産』日本医事新報)によると、平安時代は経産婦47人中11人、実に23.4%がお産で亡くなっているという。つまり当時、子供を生むのは命懸けだった。実際のところ、光源氏の母・桐壺更衣は出産後に体調が思わしくなく源氏が3歳の時に亡くなり、源氏の正妻・葵の上も夕霧を出産直後に命を落とす。

生物に課せられた使命は「種の保存」である。人工を減らさないためには男女1組あたり、2名の子供を成人になるまで育てなければいけない。ましてや天皇や貴族の場合、跡取りとして健康な男児が必要だった。しかし死亡率などから概算すると、平安時代の男性は1人あたり平均3−4人子作りする必要があった。光源氏が残した子供は3人。①葵の上ー夕霧 ②藤壺の宮ー冷泉帝 ③明石の方ー明石の君 である。決して多くはなく、標準的と言えるだろう。

生来、男に浮気性が多いのは生物学的必然である。種馬の如くせっせと種を植えなければ自分のDNAを後世に残すことが出来ない。しかしその辺の事情は近代医学の進歩で変わってきた。一方、女性の場合は一旦妊娠すると出産を経て産褥期が終わるまで約1年かかるわけで、男と比較して(子供の)生産性が高くない。だから生物学的に浮気をする謂れもない。世界にハーレムとか大奥というシステムが出来たのも上述したような理由からであろう。

平安時代において死因の三大疾患は①結核 54% ②脚気 20% ③皮膚病 10%だった。結核の原因は栄養失調。脚気はビタミンB1の欠乏。古代人は肉を食べなかったので慢性的にタンパク質が不足していた。宇治十帖に登場する大君(おおいきみ)の死因は神経性食欲不振症(摂食障害)と考えられる。皮膚病の原因は不衛生。平安時代の貴族は月に4−5回しか入浴しなかった。それも当時はお湯を沸かして室内を蒸気で満たしたサウナ風呂で、殆ど体を洗わない。入浴日は占いによる吉兆で決めていた。縁起の悪い日に入浴して垢を落とすと、毛穴ら邪気が入り込み命を失うと信じられていたという。裸では入らず「湯帷子」(ゆかたびら)という単衣を着用し、簀の上に敷物を敷いてその上に座る。これがゆかた風呂敷の語源である。裸で湯に浸かるようになったのは江戸時代以降である

また女性が長い髪の全体を洗うのは、多く見積もっても月一回程度だったようだ。『源氏物語』には宇治の中君が洗髪する場面があり、神無月(十月)に洗髪することは禁忌である旨が書かれている。つまり当時、お香が流行ったのは、(西洋の香水と同様に)体臭を消すという目的が大きかったんじゃないかな?因みに全長2mを超える髪を洗って乾かすまでは、朝から日暮れまで一日がかりだったとか。

平安時代の日本人は現在に生きる我々同様、宗教に対して鷹揚だった。『源氏物語』で朱雀帝はまず天皇として登場する。しかし32歳で冷泉帝に譲位し上皇となり、後に出家する(その際に娘である女三宮を光源氏に降嫁させる)。天皇は一応、天照大神(アマテラスオオミカミ)の末裔という設定になっており、神道のトップに立つ存在だ。その人が仏教に帰依するって矛盾してない?考えてみれば天武天皇の発願で奈良の大仏が建立されたというのも、おかしな話である。

また朝顔の姫君は斎院(さいいん)を努めた。斎院とは伊勢の斎宮(さいぐう)と同様に、平安時代から鎌倉時代にかけて京都の賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)に奉仕した未婚の内親王または女王である。しかし彼女も後に出家して尼になる。神に仕える巫女が仏に宗旨変え??皆いいかげん、テキトーである。まぁこのおおらかさが、日本人らしいと言えるだろう。なお当時、女性の出家は坊主にせず、肩口で切りそろえる程度だった。それを「肩そぎ」あるいは「尼削ぎ」と言った。 現在でいうところのセミロング、おかっぱ頭である。

平安朝の人々は「末法(まっぽう)」という終末思想に囚われていた。仏の教えが世間に行き渡らず、衰退してしまうとされる時代のこと(ノストラダムスの大予言みたいなものだ)。 永承七年(1052)に「末法」が到来するというのである。死後への不安から、天皇や貴族も仏教に帰依し、極楽往生を願った。『源氏物語』に登場する女たちの7割方が出家するのもそのためである。光源氏や薫も出家したいと話す。そして末法元年の翌年(1053)に建立されたのが宇治平等院鳳凰堂である。 小説が書かれた時点で平等院はなかった。

六条御息所の面白いのは生霊として人(夕顔/葵の上)を取り殺すところにある。それも無意識にだ。死後もこの世を彷徨い、紫の上や女三宮に取り付く。

平安時代の人々は生きている状態で魂(たましい)が肉体から遊離すると考えていた。これは精神(理性)と欲望(本能=自然に近い状態)との分離を目指した西洋と対照的な観念である。

古今和歌集 九七七番を見てみよう。

身をすてて行きやしにけむ思ふよりほかなるものは心なりけり
(我が身を捨てて心だけは知らないうちにそちらへ行っていたのでしょうか。自分の思いと別にあるものは心だったのです

また九九二番、

    女ともだちと物語して、別れてのちにつかはしける
飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する
(いくら語り合っても満ち足りない。お別れしても、あなたの袖の中に入ってしまったのでしょうか、私の魂が手元から消え失せたような気持ちがします)

他に離別歌 三七三番、

    あづまの方へまかりける人に、よみてつかはしける
思へども身をしわけねば目に見えぬ心を君にたぐへてぞやる

(あなたのことを思っても、身体を分けてついてゆくことは出来ません。だから目に見えない心をあなたに寄り添わせて遣わします)

恋歌 六一九番、

よるべなみ身をこそ遠くへだてつれ心は君が影となりにき
(あなたのそばに身を寄せるところがないので、身体は遠く離れているけれど、心はあなたの影になって寄り添っていました)

などがある。つまり遊離魂は〈影〉そのものだった。ここに古代日本人の心のあり方が読み取れる。

光源氏、頭の中将、匂宮、薫ら『源氏物語』に登場する男たちはよく泣く。〈男らしさ〉とは一体何なのだろう?僕らはそろそろ、そういった(武家社会時代に形成された)固定概念から開放されるべきだ。

米国の人類学者ルース・ベネディクトは著書『菊と刀』(1946)の中で、西洋は〈罪の文化〉で、日本は〈恥の文化〉だと分類した。〈恥の文化〉とは他者の非難や嘲笑を恐れて自らの行動を律することを指す。

光源氏は〈世間体〉を気にしている。後朝(きぬぎぬ)の別れでも、人目に触れないように女の家から極めて早朝に発ったりする。個人主義(Going my way)ではなく、〈場〉の雰囲気を毀さないよう、〈空気を読む〉ことに腐心している。

また六条の御息所が生霊となり、最後は鬼になるのは〈恥〉をかいたからだ。浮舟とその母も、他人に侮られるとか、物笑いのたねになることをすごく気にしている。

結局、千年経っても人の心のあり方は少しも変わらない。進化したのは社会保障、司法、医療、教育などの〈システム〉や〈科学技術〉であり、人間そのものではない。21世紀に生きる僕たちでもちゃんと『源氏物語』の感情に共感し、寄り添える。薫ー大君ー浮舟の関係性が、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「めまい」の構造(スコティーマデリンージュディ)と全く同じだと気付いた時には驚いた。

『源氏物語』はマザー・コンプレックスの話であるとも言える。母性社会日本に相応しい(欧米諸国は父性原理で動いている)。光源氏が慕う藤壺の宮は源氏の母・桐壺更衣に生き写しと描写される。つまり母+アニマ(男性が抱く内なる女性像)。一方、源氏が幼少期から育てる紫の上は藤壺の宮の姪で、藤壺に似ている。つまり母+アニマ+娘の役割を果たす。

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河合隼雄『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』より

さて次に『源氏物語』最大の謎に目を向けよう。光源氏とは一体、何者だったのか?

角田光代は中巻の「訳者あとがき」に次のように書いている。

 上巻で、ずっと光君という人を追いながら、私にはどうしてもその顔が見えなかった。神のような、神の子のような、あるいは運命というものの象徴としての存在のような、人間的なものから離れた何かのようにしか思えなかった。

『源氏物語幻想交響絵巻』を作曲した冨田勲(故人)も、「私は源氏物語を読んでいて、光源氏の顔が全く思い浮かばないんです」と語った。

僕が思うに、光源氏とはプラネタリウムの光源(投影機から発する光)のような存在と言えるのではないだろうか。そして天井の曲面スクリーン一杯に写し出される数々の星座が女君たちというわけ。光源氏は様々な女性たちの生き様を浮かび上がらせるための装置であり、実体がない。だから実写映画やテレビドラマで『源氏物語』は成功しない。生身の男優が演じてもリアリティに欠けるのである。むしろ宝塚の男役が相応しい。

河合隼雄はこの仕掛を「マンダラ」と呼んだ。

Mandara

河合隼雄『源氏物語と日本人 ー紫マンダラ』より

光源氏の輝きは、太陽(昼)というよりは月(夜)に近い。紫の上が詠んだ歌、

氷閉ぢ石間の水はゆきなやみ空澄む月のかげぞながるる

「石間(いしま)の水」は遣水のこと。上の句は幽閉された自分自身のことを指し、下の句は自由戀愛を謳歌する光源氏のメタファー。つまり「光」=「月光(つきかげ)」なのである。とすると月読命(ツクヨミ)のイメージが重ねられていると解釈することが出来るだろう(天照大神と須佐之男とで三姉弟)。

菅原孝標女が『源氏物語』に夢中だった少女時代を振り返って(平安時代中頃に) 書いた『更級日記』には次のような一文がある。

「われはこのごろわろきぞかし。盛りにならば、かたちも限りなくよく、髪もいみじく長くなりなむ。光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ。」と思ひける心、まづいとはかなくあさまし。
(「私はいまのところ器量が悪いけれど、女盛りの時期を迎えれば顔貌も限りなく良くなり、髪もとても長く伸びるでしょう。光源氏が愛した夕顔や、薫君が愛した浮舟のようにこそ未来の自分はありたいものだわ」と思っていた心はむなしく、みっともない限りだ)

『源氏物語』の現代語訳をした円地文子は『源氏物語のヒロインたち』という対談本の中で夕顔について次のような所感を述べている。

どこか遊女性がありますね。娼婦性っていうのかしら。そういうものはあると思いますよ。

この小説はさながら、〈平安時代の女性コレクション〉という絢爛豪華なショーを見ているかのようだ。女性図鑑・カタログ・絵巻と言い換えても良い。

角田光代はこちらのインタビューで次のように語っている。

もし紫式部がこれを全部一人で書いたという前提で考えるのならば、私はたぶん作者が意図して自分のコントロール下で書き進められたのは「明石」の帖までだと思うんですよ。「明石」以降はちょっと自分でも思いもよらないほうにいってしまって、物語や登場人物が勝手に歩いていっちゃって、ときどきコントロールするために短い挿話を差し込んでいるんだけど、物語の大きな流れはたぶん作者の手を離れちゃったんじゃないかなという印象があるんですよね。

書き手として私が考えるのは、小説というのはたぶん自分ができるすべての力を注いでつくったとしても、できるのは百パーセントまでで──それすらも難しいんですけども──それ以上は絶対にいかないと思っていたんですね。でも小説が百パーセント以上の力を発揮することがあって、それは作者じゃなくて、小説に宿った力がそうさせることがごく稀にあるとなんとなく考えていたんです。それの超弩級版がまさにこの『源氏物語』じゃないかなって、最近は思っています。

(中略)女たちのほうが勝手に生き生きと息づきはじめてしまったのかもしれない。それも作者の思惑を超えて、のような気がします。 

松尾芭蕉に「紅梅や見ぬ恋作る玉簾」という俳句がある。平安時代の貴族の男女の出会いは〈見ぬ恋〉であった。寝殿造りは御簾(みす)や几帳(きちょう)、屏風で女の姿を隠し、外部から目に触れないようにしていた。だから「どこそこの家の娘は大層別嬪さんらしい」という噂は耳にすれど、実際に垣間見ることはほぼ不可能であった。通い婚だった当時は、初夜に至るまで互いに顔を知らず、しかも逢瀬は真っ暗なので相手の顔も見えず、事が終わってから昇ってきた朝日で漸く容姿が確認出来るというのが通常であった。だから事後に「しまった!こんな筈じゃなかった」と後悔することも当然あるわけで、『源氏物語』第六帳〈末摘花〉でもそんな顛末が面白おかしく書かれている。

20世紀フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは著書『親族の基本構造』の中で、オーストラリアの原住民らを研究し、近親相姦の禁忌と、母方交叉イトコ婚が推奨されるのは何故かを解明した。そこには〈女性の交換〉という原理があった。人間社会の基本はコミュニケーションであり、それは言葉や物(お金を含む)を交換することにある

平安貴族にとっても、娘=交換価値であった。その最高の価値は入内し、中宮として天皇に寵愛され、嫡男を生み、その男児が春宮→天皇という道を進むことであった。藤原道長はそうして摂政となり、一族は栄華を極めた。

つまり、いかにして地位の高い男を婿に迎えるかということが彼らにとって最も重要事項であり、見ぬ恋〉 は 娘=交換価値 を高めるために必要であったと言えるだろう。

最後に。『源氏物語』上巻を読んでいる途中で、「おや?」と引っ掛かった。明らかに欠落部分があると感じたのである。光源氏と藤壺の二回目の秘密の逢瀬が描写されるが、一回目については全く言及されない。また六条御息所が唐突に登場し、源氏との馴れ初めが書かれていない。この疑問は後に、大野晋×丸谷才一の対談本『光る源氏の物語』を読んで解消された。

藤原定家(1162-1241:小倉百人一首撰者)の書いた注釈書のなかに「一説には 巻第二 かゝやく日の宮 このまきもとよりなし」とある。つまり『輝く日の宮』という巻が元々あったが、定家の時代に既に失われていた可能性が示唆される。

丸谷は紫式部のパトロン・藤原道長の意向で削除されたという説を述べており、興味深い。脱落したこの巻を補う丸谷の同名小説も読んだ。また瀬戸内寂聴も同様の趣旨で小説『藤壺』を書いている。

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2020年7月20日 (月)

又吉直樹原作の映画「劇場」と朝井リョウ原作「何者」

評価B+

Gekijo

『劇場』は7月17日(金)に劇場公開されると同時にAmazon Prime Videoで配信(課金なし)された。配給は吉本興業。映画公式サイトはこちら

当初は4月17日に全国280スクリーンで劇場公開が決まっていた。しかし新型コロナウィルス禍で突如4月7日に緊急事態宣言が出たために延期になっていた。そのときAmazon社から独占配信の打診があり、製作費をかなり回収できるほどの配信料が提示された。通常の2次使用配信だったらあり得ない額だったという。話し合いの結果、全国のミニシアター20館で同時公開ということで決着した。さらに世界242カ国で配信されることも決まった。

小劇場が多い下北沢が舞台となる。人を傷つけてしまっても演劇を続けようとする主人公の永田(山崎賢人)。彼は誰からも認められていないのに自尊心だけ高く、他者を激しく攻撃する。同棲する紗希(松岡茉優)がディズニーランドに行きたいとせがんだときも「だから、俺はディズニーと勝負しているわけなんよね」と言い放つ。クリント・イーストウッドのことを褒めても不機嫌になる。救いようのないダメ男である。彼の自己愛は無限に増大している。しかし実際のところ、〈何者〉でもない。結果を何も出せていない。

僕は観ている途中で、物語の構造が佐藤健主演で映画化された朝井リョウの『何者』そっくりだなと思った。『何者』の主人公も『劇場』の永田同様に、大学の演劇サークルで台本を書いていた。『何者』で有村架純が演じた瑞月と、『劇場』における紗希が果たす役割も非常に似ている。また『何者』の監督・三浦大輔は元々演劇界において作・演出で名を馳せる人。そういう意味においても『劇場』と共通点がある。

ただ作劇術としては『何者』の方が一枚上手、ひとひねりが効いている。上述したプロットにSNSというガジェットを加味したことによって、そのスパイスが劇的効果を生んだ。

これは芥川賞作家(又吉)と直木賞作家(浅井)の実力差なのかも知れないな、とふと思った。エンターテイメント路線の直木賞は手練のベテラン作家が受賞することが多い。今年の馳星周(55歳)なんか正にそう。処女作『不夜城』で受賞していてもおかしくなかった。一方、純文学系の芥川賞は〈ポッと出の〉新人が受賞することも多く、感性とか勢いだけで過大評価されがち。だから引き出しが直ぐ空になって、後が続かない。感性だけで技術が伴わないから。芥川賞がどれだけ多くの〈一発屋〉を生んできたかはこちらの一覧表をご覧あれ。あなたが知っている作家、何人いますか?

イケメンの山崎賢人が「そこまで汚い格好しなくても……」というくらいに頑張っている。そういえば一時期のブラッド・ピットやレオナルド・ディカプリオも「顔じゃなく、演技を認めてくれ!」とやさぐれた役を演じて藻掻いていたな、と懐かしく思い出した。その甲斐あって、ふたりとも中年になってアカデミー賞を受賞出来た。めでたしめでたし。

松岡茉優は鉄板の演技力で、安定の上手さだった。

最後に。本作で少し気になったのは同棲しているのに永田と紗希の性生活について全く描かれていないということ。匂わすことすらしていないのはとても不自然。リアリティに欠ける。まさかセックスレスの関係だったとか!?あり得ないだろう。

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2020年5月25日 (月)

ドキュメンタリー映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」

評価:A

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公式サイトはこちら。伝説となった討論会の様子が生き生きと伝わってくる秀逸なドキュメンタリー映画である。討論の場にいた人たちの50年後のインタビューも挿入されるので、多角的に味わうことが出来る。当時の政治的状況もニュース映像を交えて紹介され、痒いところに手が届く構成になっており、至れり尽くせりだ。

民兵組織「楯の会」を率いる三島由紀夫といえば右翼の象徴的存在であり、一方の全共闘は言わずと知れた極思想の学生たち。水と油の両極端が竜虎相搏つ(りゅうこあいうつ)のだから、面白くなかろう筈はない。

先鋭で攻撃的な左翼学生に対し、三島は終始冷静沈着で大人の対応。むしろ学生たちに対して共感(sympathy)を持って、ときにユーモアを交えて彼らを説得しにかかっているのだから実に愉快だ。そこに彼の文学者として「言霊(ことだま)」をあくまで信じる姿勢がひしひしと伝わってくる。それにしても生命の危険すらあるこの集会に単身乗り込んだ、肝っ玉の座った三島の度量は大したものである。事前に警視庁から警護の申し出があったが、断った。しかし会場では隠密に私服の刑事が事態の推移を見守っていたという。

立場がかけ離れていて全く議論が噛み合わない筈なのに、終盤に至ると両者に和やかな感情が芽生えてきて、共犯関係になっていく姿は、まるで三谷幸喜の二人芝居『笑の大学』を観ているような摩訶不思議な心地になった。結局、当時の政治的状況・国の有り様を憂い、暴力を持ってしてでも革命を起こさなければならないという切羽詰まった心情は両者で共通していたのである。そのベクトルの目指す方向は真逆だったとしても。

中盤からかなり難解なやり取りになるが、かたや東大生であり、三島自身も東大法学部を卒業し大蔵省に勤めていたという知の巨人であるから、ちゃんと相手の主張を理解し、討論が成立しているのには目を見張った。さすが日本最高の頭脳が集結しただけのことはある。

東大教養学部教室でこの討論会が開催されたのが1969年5月13日、三島が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げるのがその1年半後の70年11月25日。間違いなく彼は討論会の時点で近い将来自決することを決めていた。少なくとも68年に「楯の会」を結成した頃から計画は既に開始されていたのである。市ヶ谷で自衛隊員に決起を促す説得に失敗したから自決したと考えている人たちもいるようだが、明らかに間違い。あれは単なるポーズ、全ては三島のシナリオ通りに。彼は自分が信じる美学を全うしたのだ。そもそも1961年に発表した小説『憂国』の主人公は最後に割腹自殺し、その4年後に三島自身が監督・主演を務めこれを映画化している。討論会でも彼は切腹について触れる。

瀬戸内寂聴が女子学生みたいに目を輝かせながら、まるで崇拝するアイドルを語るが如く、喜々として三島についてインタビューに答えているのが微笑ましかった。

本ドキュメンタリーの製作者は実に意地悪だ。元東大全共闘で、アンダーグラウンド(地下)演劇の劇作家・演出家でもある芥正彦に対して、革命を志した学生運動は挫折したと思うか?と問う。それに対する芥の回答が秀逸で、僕は劇場で腹を抱えて笑った。結果は火を見るより明らかなのに、彼らは決して自分の「負け」を認めない。懲りない人たちだ。まぁ人間という生き物は自尊心(自己肯定感)を失っては生きていけない存在だから仕方がない。負け惜しみが実にみっともないけれど、ある意味愛おしくもある。宮崎駿の『の豚』を思い出した。因みに映画の主題歌・挿入歌を歌った加藤登紀子は反帝全学連の闘志・藤本敏夫と獄中結婚したという筋金入りの左翼である。その学生運動の思い出を歌ったのが『の豚』エンディングに流れる「時には昔の話を」(Spotifyではこちら)。

小説家・三島由紀夫という人は生涯〈ペルソナ(仮面)〉をかぶり続けたので、なかなかその本性は計り知れない。そもそも彼が愛して止まなかった『源氏物語』や『古今和歌集』は平安時代の貴族社会に生まれた王朝文学である。一方、彼がこだわった切腹は武家社会の作法(武士道)であって、本来両者は相容れないものだ。もうこの時点で完全に自己矛盾を生じている(宮崎駿に似ている)。こうした内面の複雑怪奇さ、混沌(Chaos)こそ、三島文学の魅力であるとも言えるだろう。

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