読書の時間

2020年5月25日 (月)

ドキュメンタリー映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」

評価:A

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公式サイトはこちら。伝説となった討論会の様子が生き生きと伝わってくる秀逸なドキュメンタリー映画である。討論の場にいた人たちの50年後のインタビューも挿入されるので、多角的に味わうことが出来る。当時の政治的状況もニュース映像を交えて紹介され、痒いところに手が届く構成になっており、至れり尽くせりだ。

民兵組織「楯の会」を率いる三島由紀夫といえば右翼の象徴的存在であり、一方の全共闘は言わずと知れた極思想の学生たち。水と油の両極端が竜虎相搏つ(りゅうこあいうつ)のだから、面白くなかろう筈はない。

先鋭で攻撃的な左翼学生に対し、三島は終始冷静沈着で大人の対応。むしろ学生たちに対して共感(sympathy)を持って、ときにユーモアを交えて彼らを説得しにかかっているのだから実に愉快だ。そこに彼の文学者として「言霊(ことだま)」をあくまで信じる姿勢がひしひしと伝わってくる。それにしても生命の危険すらあるこの集会に単身乗り込んだ、肝っ玉の座った三島の度量は大したものである。事前に警視庁から警護の申し出があったが、断った。しかし会場では隠密に私服の刑事が事態の推移を見守っていたという。

立場がかけ離れていて全く議論が噛み合わない筈なのに、終盤に至ると両者に和やかな感情が芽生えてきて、共犯関係になっていく姿は、まるで三谷幸喜の二人芝居『笑の大学』を観ているような摩訶不思議な心地になった。結局、当時の政治的状況・国の有り様を憂い、暴力を持ってしてでも革命を起こさなければならないという切羽詰まった心情は両者で共通していたのである。そのベクトルの目指す方向は真逆だったとしても。

中盤からかなり難解なやり取りになるが、かたや東大生であり、三島自身も東大法学部を卒業し大蔵省に勤めていたという知の巨人であるから、ちゃんと相手の主張を理解し、討論が成立しているのには目を見張った。さすが日本最高の頭脳が集結しただけのことはある。

東大教養学部教室でこの討論会が開催されたのが1969年5月13日、三島が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げるのがその1年半後の70年11月25日。間違いなく彼は討論会の時点で近い将来自決することを決めていた。少なくとも68年に「楯の会」を結成した頃から計画は既に開始されていたのである。市ヶ谷で自衛隊員に決起を促す説得に失敗したから自決したと考えている人たちもいるようだが、明らかに間違い。あれは単なるポーズ、全ては三島のシナリオ通りに。彼は自分が信じる美学を全うしたのだ。そもそも1961年に発表した小説『憂国』の主人公は最後に割腹自殺し、その4年後に三島自身が監督・主演を務めこれを映画化している。討論会でも彼は切腹について触れる。

瀬戸内寂聴が女子学生みたいに目を輝かせながら、まるで崇拝するアイドルを語るが如く、喜々として三島についてインタビューに答えているのが微笑ましかった。

本ドキュメンタリーの製作者は実に意地悪だ。元東大全共闘で、アンダーグラウンド(地下)演劇の劇作家・演出家でもある芥正彦に対して、革命を志した学生運動は挫折したと思うか?と問う。それに対する芥の回答が秀逸で、僕は劇場で腹を抱えて笑った。結果は火を見るより明らかなのに、彼らは決して自分の「負け」を認めない。懲りない人たちだ。まぁ人間という生き物は自尊心(自己肯定感)を失っては生きていけない存在だから仕方がない。負け惜しみが実にみっともないけれど、ある意味愛おしくもある。宮崎駿の『の豚』を思い出した。因みに映画の主題歌・挿入歌を歌った加藤登紀子は反帝全学連の闘志・藤本敏夫と獄中結婚したという筋金入りの左翼である。その学生運動の思い出を歌ったのが『の豚』エンディングに流れる「時には昔の話を」(Spotifyではこちら)。

小説家・三島由紀夫という人は生涯〈ペルソナ(仮面)〉をかぶり続けたので、なかなかその本性は計り知れない。そもそも彼が愛して止まなかった『源氏物語』や『古今和歌集』は平安時代の貴族社会に生まれた王朝文学である。一方、彼がこだわった切腹は武家社会の作法(武士道)であって、本来両者は相容れないものだ。もうこの時点で完全に自己矛盾を生じている(宮崎駿に似ている)。こうした内面の複雑怪奇さ、混沌(Chaos)こそ、三島文学の魅力であるとも言えるだろう。

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2020年3月 2日 (月)

幻の映画「Mishima」〜三島由紀夫とは何者だったのか?

1985年の映画「Mishima」を漸く北米版Blu-rayで観ることが出来た。製作総指揮がフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカス、監督がポール・シュレイダー。「タクシー・ドライバー」の脚本家である。配給はワーナー・ブラザース。カンヌ国際映画祭で本作は芸術貢献賞を受賞したが、その対象となったのは作曲家フィリップ・グラス、撮影監督ジョン・ベイリー、そして美術を担当した石岡瑛子の3人だった。当初日本でも公開される予定だったが、同性愛描写を不服として瑤子未亡人が反対し、結局中止となった。その後も日本でのテレビ放送、ビデオ/DVD化も一切されず、30年以上幻の作品になっていた。遂に念願が叶った!

Mishima

三島由紀夫(1925-70)を演じるのは緒形拳。他に沢田研二、佐藤浩市、永島敏行、三上博史、笠智衆、平田満、大谷直子、加藤治子、萬田久子ら豪華出演陣である。

三島が自決する日を朝の起床から追う「1970年11月25日」と、フラッシュバックによる回想のシークエンスを軸に、三島の小説「金閣寺」「鏡子の家」「奔馬(「豊饒の海」第二巻)」のダイジェストが挿入されるという構成。この石岡瑛子が手掛けた舞台装置が抽象的で様式化されており、才気煥発している。またフィリップ・グラスが手掛けたミニマル・ミュージックが滅法美しい。なおシュレイダーは当初、「鏡子の家」の代わりに男色小説「禁色」を希望していたが、遺族側の承諾が得られずに断念した。

これを観てつくづく感じたのは、三島由紀夫とは矛盾に満ちた男であったということだ。そういう意味において宮崎駿に似たところがある。

三島は19歳の時に徴兵され、軍の入隊検査を受けるが軍医から「肺浸潤」と診断され即日帰郷となった。彼が入るはずだった部隊の兵士たちはフィリピンに派遣され、戦闘でほぼ全滅した。これは軍医の誤診だったとも、仮病を使って兵役逃れをしたとも言われている。何れにせよここで三島は死ではなく、生き延びることを選んだわけだ。しかし後に彼は自衛隊に体験入隊したりした挙句の果て、自ら組織した民兵組織「楯の会」隊員4名と自衛隊市ヶ谷駐屯地に立てこもり、割腹自殺を遂げる。享年45歳だった。

三島はリルケ(当時はオーストリア=ハンガリー帝国領だったチェコ・プラハに生まれた)の影響を受け、次のようなことをインタビューで語っている。

リルケが書いておりますが、現代人というのは、もうドラマティックな死ができなくなってしまった。病院の一室で一つの細胞の中の蜂が死ぬように死んでいく、という様な事をどっかで書いていたように記憶しますが、いま現代の死は病気にしろ、あるいは交通事故にしろ、なんらのドラマがない。英雄的な死というものの無い時代に我々は生きております。

さらにフランスの詩人で小説家のラディゲと、そのパートナーだったコクトオ(つまり同性愛)に魅せられて「ラディゲの死」という短編を書いている。そしてランボオやバルザック、スタンダールらフランス文学を愛した。また彼の自宅はヴィクトリア調コロニアル様式の洋館で、庭にはアポロン像が立っていた。

その一方で天皇を崇拝し、古今和歌集や能などに傾倒した。三島は「日本文学小史」の中で次のように述べている。

 われわれの文学史は、古今和歌集にいたつて、日本語といふものの完熟を成就した。文化の時計はそのやうにして、 あきらかな亭午(ていご:真昼)を斥す(=指す)のだ。ここにあるのは、すべて白昼、未熟も頽廃(たいはい)も知らぬ完全な均衡の勝利である。 日本語といふ悍馬(かんば:あばれうま)は制せられて、だく足も並足も思ひのままの、自在で優美な馬になつた。調教されつくしたものの美しさが、なほ力としての美しさを内包してゐるとき、それをわれわれは本当の意味の古典美と呼ぶことができる。 制御された力は芸術においては実に稀にしか見られない。

戦争で死に損ない、そのことを恥じていた三島は〈美しい死〉〈英雄的な死〉に魅せられていた。彼は若い頃から(老化で体が醜くなる直前の)45歳で死ぬと周囲の人に公言しており、割腹自殺は長年に渡る綿密な計画に基づいていた。「豊饒の海」4部作を書き上げた日に自決しているのがその証である。また31歳(1956年)からボディービルディングに勤しんだのも〈完璧な肉体〉を希求していたことを示している。1960年には映画「からっ風野郎」に主演した。

映画監督の大島渚は「政治オンチ克服の軌跡=三島由紀夫」という文章で次のように述べている。

 ……この最も俳優に不向きな体質、ということは精神状態も含んで言うのだが、そういう体質の人のなかにどうしても俳優になりたいという人間がいるのである。そういう俳優志望者に私なども時々襲われるのであるが、この人たちは全く始末が悪い。とにかく思い込んでしまってきかないのである。三島さんもそういう思い込んでしまう人間のように私には見えた。私は、そんな三島さんを主役の俳優として使わなければならなかった『空っ風野郎』の監督増村保造氏のことを思って同情を禁じえなかった。と同時に、私は三島さんという人はなかなかこの世の中に適応しえない人間なのであろう、しかもそれを適応すべくすごい努力をしていらっしゃるというふうに一種同情の目で見たのであった。
 三島さんは何故、いわゆる体位向上を心掛けられたのだろうか。いわゆる肉体についてのコンプレックスならば、私なども同様である。青春時代は骨ばかりだったし、ちょっと肉がついていい感じと思っていたら一足飛びに百キロになんなんとするデブになってしまった。今は少し節制してやややせたが見て格好のいい形態ではない。しかしもう諦めている。三島さんはなぜ体型を根本的にまで変えられたのか。自分の文学が貧弱な肉体或いは異常な肉体の産物だというふうに見られるが厭だったのか。とすれば、健康な肉体或いは正常な肉体の産物である文学でも、対応関係としては等価ではないか。或いは、自分の肉体が貧弱から健康へ、異常から正常へ変わっても、自分の文学は変わらぬということが言いたかったのか。それだったら、もう一回、貧弱な肉体、異常な肉体へ帰ってみたほうがもっと面白かったではないか。私はヨボヨボの三島さん、デブデブの三島さんを見たかった。しかし、三島さんは、それを断乎拒否して死んでゆかれた。だから、そこにはやはり三島さんの美意識の問題があったのだろう。
 私は文学の評論家ではないから、三島さんの文学の美の問題については深入りしたくないが、私の考えでは三島さんの美意識は私などの美意識と決定的にちがっていた、と言える。というより、私などの創作過程における美意識の置きかたと三島さんのそれは決定的にちがっていたと思う。対談の時に三島さんは私の『無理心中・日本の夏』をわからないと言われた。それは無理もない。三島さん的な美意識からは絶対にわかる筈はないからである。そして三島さんは何故美男美女を使わないのかと言われた。このあたりが三島さんの美意識の限界なのである。つまり三島さんの美意識は大変通俗的なものだったのだ。そしてそれだけならよかったのだが、三島さんは一方で極めて頭のよい人だったから、おのれの美意識が通俗的なものだということに或る程度自覚的だったのである。そこから三島さんの偽物礼讃、つくられたもの礼讃が生まれたのだった。そして自分自身をもつくり上げて行ったあげく、死に到達してしまったのである。

大島渚は三島由紀夫との対談で「美しい星」や「鏡子の家」を映画化したいと発言している。大島は京都大学法学部で学んでいた当時、京都府学生自治会連合の委員長として学生運動に携わった。これは日本共産党の強い影響下にあった全学連の下部組織であり、つまり彼は筋金入りの左翼だった。また1960年に日米安保闘争をテーマにした映画「日本の夜と霧」を発表。同作は公開から4日後、松竹によって大島に無断で上映を打ち切られた。大島はこれに猛抗議し、翌年退社した。ゴリゴリの左翼・大島が右翼の三島に深い理解(同情・憐れみ)を示しているのは非常に興味深い。本来なら水と油の関係である筈なのに。

大島が阿部定事件を題材に1976年に撮った「愛のコリーダ」を観ながら、映画の製作動機は1970年の三島自決事件の衝撃にあったのではないかという気がして仕方がなかった。藤竜也演じる吉蔵は半ば自殺したようなものであり、《エクスタシーの絶頂で、若い肉体のまま死にたい》という願望が垣間見られるからである。死の直後に第三者の手で肉体の一部が切断されるという点でも両者は共通している(三島は切腹後、介錯人の手で首を切り落とされた)。

三島由紀夫は完全主義者だった。そして究極の美を追い求めた。しかしそれはあくまでも仮面(ペルソナ)であって、その裏には繊細で傷付きやすい脆い魂と肉体(=自己 self)が潜んでいた。

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2020年3月20日にドキュメンタリー映画三島由紀夫 vs 東大全共闘50年目の真実」が公開される。ナレーターはあの東出昌大!公式サイトはこちら

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2019年11月18日 (月)

【増補改訂版】時間は存在しない/現実は目に映る姿とは異なる〜現代物理学を読む

SNSで大評判だったので、カルロ・ロヴェッリ(著)富永星(訳)「時間は存在しない」(NHK出版)を読んだら、すこぶる面白かった。タイム誌の「ベスト10ノンフィクション(2018年)」に選出されている。

現代の物理学は、相対性理論と量子論という2大理論を土台にしている。時空の理論である一般相対性理論は、主にマクロ(巨視的)な世界を扱い、量子論は原子や素粒子(原子をさらに分解した最小単位)など、ミクロな世界を支配する法則についての理論である。ミクロな時空では、一般相対性理論が役立たない。そこでこの2大理論を融合し、両立させるために有力な候補とされるのが、「ループ量子重力理論」と「超ひも(超弦)理論」の2つ。ループ理論は時空(時間と空間)にそれ以上の分割不可能な最小単位(量子)が存在することを記述し、時間の消失という概念上の帰結を示す。

カルロ・ロヴェッリはイタリアの物理学者で、「ループ量子重力理論」の第一人者である。

「時間は存在しない」の英題は"The Order of Time"なので、「時間の順序」という意味になる。数式がほとんど出てこないので、文系の人でも十分理解出来るだろう。以下備忘録も兼ねて、どういった内容かご紹介しよう。

アリストテレスは「時間とはなんぞや」という問いに対し、時間とは変化を計測した数であるという結論に達した。何も変わらなければ、時間は存在しない。なぜなら時間は、わたしたちが事物の変化に対して己を位置づけるための方法なのだから。目を閉じていても時間が存在するのは、わたしたちの思考に変化があるからである。

アインシュタインは空間と時間が時空間の持つ二つの様相であり、エネルギーと質量もまた同じ実体がもつ二つの面にすぎないと考えた。だからエネルギーが質量に変わったり、質量がエネルギーに変わったりする過程が、かならず存在するはずである。そこからE=mc2という有名な公式が導き出された(E:エネルギー、m:質量、c:光速度)。そして質量をエネルギーに変換することで、核兵器や原子力発電の開発に繋がった。

世界は何からできているか?ニュートンは〈空間/時間/粒子〉と考えた。電磁場の基礎理論を確立したファラデーとマクスウェルはさらに〈粒子〉を〈場/粒子〉に分けた。アインシュタインは1905年の特殊相対性理論で〈時空間/場/粒子〉とし、1915年の一般相対性理論で〈場/粒子〉にまとめた。時空間と重力場は、同じものである

時空間は曲がる」。これが、一般相対性理論を支えている発想である。地球が太陽の周りを回るのは、太陽の周りの時空間が太陽の質量により屈曲しているからである。地球は傾いた空間を真っ直ぐに進んでいるのであって、その姿は漏斗(ろうと)の内側で回転する小さな玉によく似ている。

Nasa

上図はNASAの人工衛星が観測した、地球の質量による時空間(=重力場の歪み。この周囲(蟻地獄・すり鉢状になった内側部分)を、慣性の法則に従い月が直進している

ある場所に存在する物質の量が多ければ多いほど、その場所における時空間の歪みは大きくなる。

曲がるのは空間だけではなく、時間もまた重力の影響を受けて屈曲する(映画「インターステラー」で描かれた)。アインシュタインは地球上で標高が高い場所(地球の中心部から遠い位置)では時間が速く過ぎ、低い場所では遅く過ぎると予見した。それは後に精度の高い時計を用いて証明される。

例えば超大質量を持つブラックホール近くまで宇宙船で旅をして、そこに数日留まり、地球に戻ったら地上の人たちが自分よりも早く年老い、顔見知りが誰もいなくなっている、なんて浦島太郎みたいなことが実際に起こり得るのである。

また特殊相対性理論によると、光速に近いスピードで移動する乗り物の中にいる人は地球上で静止している人と比較し、ゆっくりと時間が過ぎる(ウラシマ効果という)。この仮説も後に高精度な時計で実証された。

私たちはゼリー状の時空間に浸かっている、と想像してみて欲しい(アインシュタインはクラゲなど無脊椎動物をイメージした)。時空間は押し潰されたり、引き伸ばされたり、折り曲げられたりする。時間は相対的なものであり、絶対的に流れる時間は存在しない。

一般相対性理論はさらに、空間が海の波のように振動することを予見した。そして2015年に初めてブラックホールから放出された重力波が地球上の検出器で直接に観測され、その功績が讃えられ2017年にキップ・ソーン(映画「コンタクト」「インターステラー」でアドバイザーを務めた)ら3人がノーベル物理学賞を受賞した。

時間の最小単位はプランク時間であり、これ以上分割出来ない。その値に満たないところでは、時間の概念は存在しない。ミクロな世界で時間は「量子化」される。「量子」とは基本的な粒のことであって、あらゆる現象に「最小の規模」が存在する。時間は連続的ではなく、粒状である。一様に流れるのではなく、いわばカンガルーのようにぴょんぴょんと、一つの値から別の値に飛ぶものとして捉えるべきなのだ。なお余談だが、音を量子化したもの(最小単位の粒)を「フォノン(音響量子・音子)」という。

この世界は「物」(物質、存在する何か、ずっと続くもの)ではなく、「出来事」(絶えず変化するもの、恒久ではないもの)によって構成されている。出来事、過程の集まりと見れば、世界をよりよく把握し、理解し、記述することが可能になる。「物」と「出来事」の違い、それは前者が時間をどこまでも貫くのに対して、後者は継続時間に限りがあるという点にある。世界は硬い石ではなく、束の間の音や海面を進む波でできている。私たちは「出来事」が織りなすネットワークの只中で暮らしている、と考えればうまくいく。

とても分り易かったので、さらに量子論のことを知りたくてロヴェッリ が「時間は存在しない」より前に書いた「すごい物理学講義」(原題は『現実は目に映る姿とは異なる』/英題"Reality Is Not What It Seems")を続けて一気に読破した(栗原俊秀 訳/河出書房新社)。彼は本書で「メルク・セローノ文学賞」「ガリレオ文学賞」を受賞している。僕はオーストラリアの先住民・アボリジニの神話〈ドリームタイム〉について色々勉強しているうちに、〈ドリームタイム〉が量子論に極めて類似することに気が付き、以前から興味を持っていたのだ。

「すごい物理学講義」はデモクリトスの原子論にはじまり、アルキメデス『砂粒を数えるもの』や、地球が球体であることを明確に指摘した現存する最古の文章、プラトンの『パイドン』について言及され、さらにアインシュタインの「三次元球面」がダンテ『神曲』の描く宇宙像に一致しているという議論に発展し、ワクワクした。

量子論を基礎づける三つの考え方は粒性・不確定性・相関性(関係性)である。エネルギーは有限な寸法をもつ「小箱」から成り立っている。量子とはエネルギーの入った「小箱」のことであり、それが持つエネルギーはE=hvで表せる(E:エネルギー、h:プランク定数、v:振動数)。

自然の奥底には「粒性」という性質があり、物質と光の「粒性」が、量子力学の核心を成す。その粒子は急に消えたり現れたりする(不確定性)。情報(=ある現象の中で生じうる、たがいに区別可能な状態)の総量には「限界」がある。

粒状の量子が間断なく引き起こす事象(相互作用)は散発的であり、それぞれたがいに独立している。量子たちは、いつ、どこに現れるのか?未来は誰にも予見できない。そこには根源的な不確定性がある。事物の運動は絶えず偶然に左右され、あらゆる変数はつねに「振動」している。極小のスケールにあっては、すべてがつねに震えており、世界には「ゆらぎ」が偏在する。静止した石も原子は絶え間なく振動している。世界とは絶え間ない「ゆらぎ」である。しかし我々人間は、その余りにも小さ過ぎる「ゆらぎ」を知覚出来ない。自然の根底には、確率の法則が潜んでいる。ひとたび相互作用を終えるなり、粒子は「確率の雲」のなかへ溶け込んでゆく。(本には書かれていない喩え話をしよう。量子は”モグラたたき”のモグラみたいなものと言えるのではないだろうか。次にどこに現れるか予想がつかない。ただし、モグラは常に一匹しか出てこない。出没する範囲は決まっていて、出現頻度=確率が高い場所もある。)

自然界のあらゆる事象は相互作用である。ある系における全事象は、別の系との関係のもとに発生する(相関性)。速度とは「ほかの物体と比較したときの」ある物体の運動の性質である。わたしたちに知覚できるのは「相対的な」速度だけであり、速度とは、一個の物体が単独で所有できる性質ではない。量子力学が記述する世界では、複数の物理的な「系」のあいだの関係を抜きにしては、現実は存在しない。関係が「事物」という概念に根拠を与えている。事物が存在するのは、ある相互作用から別の相互作用跳躍するときだけである(量子跳躍)。現実とは相互作用でしかない。(”モグラたたき”の喩えで言えば、ボード上以外にモグラは現れない。ボードという場がなければ、モグラは存在しない。ボードとモグラには相関性がある。)

原子や光をはじめ、宇宙に存在するあらゆる事物は、量子場によって形づくられている。量子場は、電子や光子(←何れも素粒子)のように、粒状の形態をとって現れる。または、電磁波のように、の形で現れることもある。テレビの映像や、太陽の光や、星の輝きをわたしたちに伝えているのは、電磁波である。

光は光子という粒(素粒子)で出来ている。同時に波の性質も持つ。波長の違いで我々は「色」を認識する。波長が短ければ「青色」に見え、波長が長ければ「赤色」に見える。更に波長が長くなると「赤外線」に、もっともっと長くなるとラジオやテレビの電波になる。逆に波長が短くなると、「紫外線」→「X線(レントゲン)」→「γ(ガンマ)線」となる。これらは全て電磁波の仲間である。音も波であり、波長が長い(周波数が低い)と低音に、短い(周波数が高い)と高音に聞こえる。なお、周波数とは単位時間あたりの振動数である。詳しくは下のリンク先をご参照あれ。図もあって分かり易い。

素粒子」と「量子(quantum)」は同じものを指し示している。「素粒子」は粒子的な側面が強調されており、「量子」は粒子の両方の性質を言い表している。

ループ理論によると空間もまた粒状である。この世には最小の体積が存在し、それより小さな空間は、存在しない。つまりプランク時間と同様に、体積を形づくる最小の「量子」が存在する。それは最小の長さ=プランク長で表される。

最小の「量子」は密接にくっついて「時空間の泡(スピンフォーム)」を形成する。石鹸の泡に似た構造だ。

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Quantrum

上図 b のように、1)空間の最小単位(図 a )をで表す。2)多面体(最小の量子)の面を、それを垂直方向に貫くで表す。3)空間の最小単位が集まった構造を点と線のネットワーク(スピンネットワーク)として表す。すると下図のようになる。

Spin

空間とはスピンの網である。そこでは「節(結び目)」が基礎的な粒子を、「リンク(結び目と結び目をつなぐ線)」が近接に存在する粒子たちの関係性を表している。スピンの網が、ある状態から別の状態へと変化する過程(量子跳躍)によって、時空間が形成される。スピンの網の結び目は、ほどけたり合わさったりして、刻々と姿を変える。

世界は何からできているのか?答えは単純である。粒子とは量子場量子である。空間とは場のことにほかならず、空間もまた量子的な存在である。この場が展開する過程によって、時間が生まれる。要約するなら、世界はすべて、量子場からできている。時空間が生み出される場のことを「共変的量子場」と呼ぶ。この世界を構成するすべてのもの、つまり、粒子も、エネルギーも、空間も時間も、たった一種類の実態(=共変的量子場)が表出した結果に過ぎない。

量子力学の世界には静止している事物は存在せず、そこでは「すべて」が震えている。いかなるものも、ひとつの場所に、完全かつ継続的に静止していることはできない。これが、量子力学の核心である。

情報とは「起こりうる選択肢の数」である。サイコロを投げてある目が出た場合、「起こりうる選択肢」の数は六であるから「N=6」の情報を得たことになる。友達から誕生日を教えてもらえば、三百六十五通りの答えがあるから「N=365」の情報を得たことになる。そして「情報はひとりでに増えない」。熱い紅茶は冷める。熱とは、分子による微視的かつ偶発的な運動である。紅茶が熱ければ熱いほど、紅茶を構成している分子は速く動いている。つまり「情報が多い」。では、紅茶はなぜ冷めるのか?それは「熱い紅茶と(それに接する)冷たい空気」に一致する分子の並び方の総数(=情報)が、「冷たい紅茶と少しだけ温められた空気」に一致する分子の並び方の総数(=情報)より多いからである。速く動く分子は周囲のゆっくり動く分子を押しのけて混ざり、拡散する。紅茶がひとりでに温まることがないのは、情報がひとりでに増大することが決してないからである。熱力学におけるエントロピー(物体や熱の混合度合いのこと。「乱雑さ」とも呼ばれる)とは「欠けている情報」であり、ボルツマンの原理によるとエントロピーの総量は増大することしかしない(熱力学第二法則)。なぜなら情報の総量は減少することしかないからである。エントロピーは「ぼやけの量」(わたしたちに関わるもの)を測っている。

量子力学を形づくる全体の枠組みは次の公理で示される。

公理1 あらゆる物理的な系において、有意な情報の量は有限である。
公理2 ある物理的な系からは、つねに新しい情報を得ることが可能である。

公理1は、量子力学の「粒性」を特徴づけている。これは、実現する可能性がある選択の総数は有限であるという公理である。公理2は、量子力学の「不確定性」を特徴づけている。量子の世界では、つねに予見不可能な事態が発生するため、わたしたちはそこから新たな情報を引き出すことができる。

ビッグバンを起点に膨張し続ける宇宙は有限であり、逆に空間の最小単位も有限である。本当に「無限」なものなど存在しない。自分には理解できないものを、ひとは「無限」と呼ぶ。もし「無限」なものがあるとしたら、それはわたしたちの「無知」だけである。

この2冊の本を通じて、20世紀以降の現代物理学を知ることは、間違いなく哲学的思考に繋がっていると思った。「世界は何で成り立っているのか」「神は存在するか」「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」……物理学と哲学は不可分である。

なお、すべては「ひも」でできている!とする「超ひも(超弦)理論」を学びたい方は、Newtonライト『超ひも理論』(ニュートンムック)をお勧めしたい。ページ数が少なく(たった64ページ)、イラストが多く、たいそう簡便な本である。

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日本人の物理学者の大半は「超ひも理論」を支持している。2008年にノーベル物理学賞を受賞した故・南部陽一郎博士のアイディアに端を発するからだろう。しかし今回「ループ量子重力理論」のことを初めて知り、明らかに後者の方に分があるなと僕は直感した。理由は以下の通り。

1)ひも理論は「固定された背景(時空間)の中を動くもの」であること。つまり時間や空間は、素粒子(=ひも)が運動するためのバックグラウンドとしてあらかじめ前提される。しかし、「万物は流転する」のではないだろうか?それに、もし連続した時間があるのだとしたら、量子の「不確定性」をどう説明する?むしろ時間を、パラパラ漫画やアニメーション、映画のフィルムのように断続的なものとして捉えた、ループ理論の方が理に適っている。つまり時間が連続的に流れていると私たちが知覚しているのは錯覚であると。

2)ひも理論を成り立たせるには、ひも状の素粒子が振動する「9次元空間」を想定しなければならない。しかし9次元の存在って証明出来るの??コンパクト化され、かくれた「6個の余剰次元」とか、無理があるでしょう。荒唐無稽だ。

3)ひも理論を証明するためには超対称性粒子の存在を見つけなければならない。しかし、すべての素粒子が未発見であり、ヨーロッパ原子核研究機構(セルン CERN)の加速器「LHC」による観測でも、多くの科学者の期待にもかかわらず、CERNは超対称性粒子を捕捉しなかった。素粒子に質量を与えるヒッグス粒子は1964年に予言されたとおり発見されたのだが(それによりピーター・ヒッグスは2013年にノーベル物理学賞を受賞した)。

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2019年10月25日 (金)

森見登美彦@むこじょ

10月19日(土)武庫川女子大学(むこじょ)へ。

「作家と語る:森見登美彦さんをお迎えして」を聴講した。

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今回は第6回目。過去登壇した作家は、

  1. あさのあつこ
  2. 髙田郁
  3. 小川洋子
  4. 桐野夏生
  5. 森絵都

武庫川女子大学・短期大学部の学生1万人を対象にした「読書に関わるアンケート調査」の結果を受けて招聘する作家を決めているそう。

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公江記念講堂には1,800人の聴衆が集った。森絵都の時は500人程度だったらしい。

来場者への観覧申込時のアンケート「私が一番好きな森見作品とその理由」の集計結果は以下の通り。

 1.夜は短し歩けよ乙女 128票
 2.四畳半神話大系 66
 3.有頂天家族 62
 4.恋文の技術 51
 5.ペンギン・ハイウェイ 33
 6.宵山万華鏡 19
 6.(同点)太陽の塔 19
 8.新釈 走れメロス 18
 9.きつねのはなし 15
 9.(同点)熱帯 15

21世紀に出版された小説のうち(全世界の、すべての作家を対象とする)「夜は短し歩けよ乙女」よりも面白い作品を僕は知らない。今回のアンケートでもダントツの1位だった。

Yoru

トークセッションには武庫女の現役生・OGの計8名が登壇した。

基調講演とかはなく、参加者が一人ずつ自分が好きな森見作品を語り、著者に質問をぶつけるという形式で進行された。約1時間半。

「太陽の塔」日本ファンタジーノベル大賞を受賞した処女作。森見が得意とする腐れ(大学生)具合が詰まっているから大好きと。〈質問〉「うごうご」「ふはふは」などの珍しいオノマトペが多用されているのはなぜですか?〈回答〉文章がゴツゴツ濃いので、こわばりを抜くために入れている。そのギャップを楽しんでもらいたい。表現は意外とテキトーです。

「四畳半神話大系」四畳半に拘るのは時代錯誤で古めかしいから。京都大学に入学したとき、父親が勝手に下宿を決めてきた(森見は奈良県出身)。自分の原点。大学時代はライフル射撃部で、男友達の明石君と四畳半でくすぶっているだけだった。全然モテなかったのに、ネットで(作家になった今の自分を投影して)「森見は大学生の時モテた」とか書かれると激しい怒りを覚え、「ちがうんだ」とブログ〈この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ〉で全否定した。小説のことだったらどんな悪口を書かれても腹を立てたりはしないのだけれど。ある意味、自分の弱点をさらけ出している感じかな。

明石 夕方になって日が傾いた頃に、突然森見君が「押井守を知ってるか」って言い出して(笑)「短篇集のレーザーディスクとか一式持ってるから、今から俺の下宿に観に来るか」って。
森見 それはね、高校の時には、誰とも押井守の話とかできなかったんですよ、まったくまわりに通じなくて。そしたら明石君が押井守の名前を知ってたから、「この人なら!」と思ったんでしょうね(笑)。
明石 たまたま『攻殻機動隊』が好きだっただけなんですけどね。後日森見君の家に泊まったら、押井守のレーザーディスクをかたっぱしから見せられた(笑)
            文藝 2011年05月号【森見登美彦】特集より

「きつねのはなし」僕自身に怖い経験はない。幽霊とかは信じていない。こういった怪談話で心がけていることは文章のテンションを上げないこと。小説が読者に与える印象は主人公のエネルギーで決まる。元気ならば楽しい話になる。この小説は登場人物たちがやられていく。答えがない、解決しない話が好き。真相は読者が決めればいい。

「夜は短し歩けよ乙女」山本周五郎賞受賞。一番儲かった、親孝行な娘。この小説で食っているようなもの。語り手のキャラクター、語り口で〈京都をどう見るか〉が決まる。先に〈京都をどう描きたいか〉があるわけではない。ヒロインである黒髪の乙女のパーツにはモデルがいるが、トータルでは自分の内なる〈乙女的なもの〉が投影されている。彼女の創作により、灰色だった大学生活が虹色に変わった。

「新釈 走れメロス」最初に「山月記」を現代京都を舞台に転生させたいという動機があった。他の四篇(藪の中、走れメロス、桜の森の満開の下、百物語)は編集者と相談しながら決めた。

「有頂天家族」阿呆の話が書きたかった。〈面白きことは良きことなり!〉が許される世界。普段言い切れないことを語って開放されたかった。

「恋文の技術」〈質問〉おっぱいという言葉がいっぱい出てくるのはどうしてですか?〈回答〉ピカソに「青の時代」があるように、「おっぱいの時代」だったのです。理由はよく判らないな。「ペンギン・ハイウェイ」もそうでしょう?

「ペンギン・ハイウェイ」日本SF大賞受賞。少年はヒーローである。アオヤマくんは将来、腐れ大学生にならないと思う。むしろウチダくんの方が危ないかな。アオヤマくんは僕がモデルではなく、こうしたかったという心のヒーロー。彼の父親はアオヤマくんをモデルに発想した。だからスマートで人間味がない。僕の親父が「これって私のことだろ?」と訊いてきたが、全然違う。ウチダくんの方が少年時代の僕に近いかな。アオヤマくんは賢いけれど、時に幼い面ものぞかせて、その落差で読者をガクンとさせようと考えた。

現在は新刊「シャーロック・ホームズの凱旋」を準備している。語り部はワトソン。

浪人して京都大学に入学、留年して4回生の頃に1年休学し、大学院にも行ったので京大で足掛け7年間過ごし、しゃぶり尽くした。その間にやっていたこと=伏線は全て小説で回収した。決して無駄にはならなかった。でも今はもっと勉強しておけばよかったと、少し後悔している。

〈質問〉女子大についてどういうイメージをお持ちですか?〈回答〉大学生の時に、寿司屋の配達のアルバイトをしていた。京都ノートルダム女子大学に行ったときは、捕まるんじゃないかとドキドキした。

好きな食べ物について。今は王将の餃子にはまっている。天理スタミナラーメンばかり食べていた時期もあった。食にこだわりがある方ではなく、たまたま好きになった。

〈質問〉森見さんが幸せだと感じるのは何時ですか?〈回答〉日課の繰り返し。朝起きてベーコンエッグを食べる。9時くらいから原稿用紙に向かって書く。お昼になったら歩いて王将に向かう。ああ、いい天気だな。金木犀の匂いがする。そんなとき。毎日のコツコツが大切。

後で自分の小説を読み返してみて、「よくこんなの書けたな」と文才に惚れ惚れすることがある。神がかっていたというか、自分が書いたものじゃない気がする。

編集者について。いつも自分が書き上げるのを楽しみにしてくれる、喜んでくれると嬉しいな、と思う。

〈質問〉語彙を増やすにはどうすればいいですか?〈回答〉辞書を読んだりすることは無駄なことだ。語彙があればいいというものではない。自分でも腐れ大学生のうんちくを書いていて「ウザ」と思うことがある。

大変意義深い催しだった。来年は「蜜蜂と遠雷」で話題沸騰の恩田陸を希望する!!

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2019年10月 4日 (金)

〈20世紀の黙示録〉メシアンの最高傑作「世の終わりのための四重奏曲」をめぐって

フランスの作曲家オリヴィエ・ メシアン(1908-1992)の最も大切な要素として次のことが挙げられる。

  • カトリックの信仰ーオルガン作品全集はCD6枚に及ぶ。メシアンは22歳の時にパリのサントトリニテ(聖三位一体の意味)教会のオルガニストに就任、亡くなる直前までこの職を務めた。そういう意味でJ.S.バッハ、サン=サーンス、セザール・フランクらと似た境遇である。
  • メシアンの音楽はある意味、霊的な瞑想のために生み出された。「聖なる三位一体の神秘への瞑想」という作品もある。
  • 彼はフランスの地方をあちこち廻り、の声を克明に採譜した。その集大成と言えるのがピアノ独奏曲「鳥のカタログ」。全7巻13曲で構成される。他に「ニワムシクイ」 や 、全6曲から成る「鳥の小スケッチ」もある。またピアノと小規模編成オーケストラのための 「異国の鳥たち」には47種類の鳥の声が登場する。

「世の終わりのための四重奏曲」はメシアンが第二次世界大戦に参戦し、ドイツ軍の捕虜 となり、1940年にドイツとポーランドの国境にある捕虜収容所で初演された。 ヴァイオリン・チェロ・クラリネット・ピアノという珍しい編成は、そういう特殊な状況に置かれたために否応なく生じた。内容は新約聖書の最後に配された聖典「ヨハネの黙示録」に準拠し、8つの楽章で構成される。

  1. 水晶の典礼
  2. 世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ
  3. 鳥たちの深淵
  4. 間奏曲
  5. イエスの永遠性への賛歌
  6. 7つのトランペットのための狂乱の踊り(初演時「ファンファーレ」)
  7. 世の終わりを告げる天使のための虹の混乱
  8. イエスの不滅性への賛歌(初演時「イエスの永遠性への第二賛歌」)

キリスト教において「7」は聖書的完全数とされる。旧約聖書の「創世記」で神が天地創造の7日目に休暇(安息日)をとったことに由来する。更にメシアンは、消えることのない光と永続する平安の8日目まで引き延ばされたこと(=イエスの不滅性)の象徴として第8楽章を構想した。

作品の中心には時の終わりを告げる天使の姿がある。天使は雲の衣に身を包み虹の冠を戴いて、右足は海に、左足は大地に置いている(第2、及び第7楽章)。天使が右足を置く海は、遥かに遠い神と忘却の地を象徴している。

第1楽章冒頭から鳥の鳴き声が聞こえてくる。第3楽章「鳥たちの深淵」はクラリネット・ソロ。メシアンにとって鳥とは、神の国(天国)と我々の世界(地上)を橋渡しする存在だったのではないだろうか?日本でも奈良・平安時代にはホトトギス(時鳥/黄昏鳥/夕影鳥)が冥界(彼岸)と現世(此岸)を往来する鳥と考えられていた。紫式部「源氏物語」では光源氏の息子・夕霧が次のような歌を詠む。

ほととぎす君につてなむふるさとの花橘は今ぞ盛りと
(ほととぎすよ、あの世に行ったら紫の上に伝えて欲しい。あなたが住んでいらっしゃった里の花橘は今が盛りに咲いていますと)

またメシアンの意識の中には、に向かって説教したとされるカトリック修道士、アッシジのフランチェスコのイメージもあったろう。実際に彼は「アッシジの聖フランチェスコ」というオペラを作曲している。

第6楽章で7人の天使がラッパを吹く。第1のラッパで血の混じった雹と火が地上に降り注ぎ、地上の三分の一と木々の三分の一と、すべての青草が焼けてしまう(ソドムとゴモラを想起させる)。 第2のラッパで巨大な山のような火の固まりが海の中に落ち、海の三分の一が血に変わり、海の生き物の三分の一が死に、すべての船の三分の一が壊される。第3のラッパで巨大な彗星がすべての川の三分の一とその水源の上に落ち、水の三分の一が苦くなって多くの人が死ぬ 。第5のラッパで奈落の王アバドン(滅ぼす者)が招聘され、イナゴの群れを率いて人間に襲いかかり、五ヶ月間苦しめる ……。これらは例えば庵野秀明「新世紀エヴァンゲリオン」のセカンド・インパクトとか、宮崎駿「崖の上のポニョ」などで描かれている。またイナゴの大群はテレンス・マリック監督「天国の日々」(マジック・アワーと呼ばれる時間帯の撮影で有名)に登場した。

「怒りの日」=この世の終わり。そしてそれに続く神の国(千年王国)の成就(死と再生)。

穏やかな第8楽章はヴァイオリンとピアノの二重奏。ピアノの響きは天国から聴こえてくる鐘の音のようだ。ヴァイオリンの音程は次第に上昇し、最後は昇天する。

お勧めのCDはタッシの演奏。

初演者のうち、ピアノを弾いたメシアンとチェロ奏者パスキエは間もなく釈放されパリに戻るが、クラリネット奏者アンリ・アコカはユダヤ人だったため他の収容所送りとなる。そして護送中に列車から飛び降り、逃げ切った。長らく極寒の収容所で過ごしたヴァイオリン奏者ジャン・ル・ブレールは音楽家としての道を諦め俳優に転身し、ジャン・ラニエという名前で映画「天井桟敷の人々(劇中劇『オセロー』イアーゴー役)」や「去年マリエンバートで」「柔らかい肌」などに出演した。

同じく「ヨハネの黙示録」のテキストに基づく音楽として、フランツ・シュミットが作曲したオラトリオ「7つの封印の書」がある。1938年にウィーンで初演されたが、当時既にオーストリアはナチス・ドイツに併合さていた

Yo

さて、9月30日ザ・フェニックスホール@大阪市で、「時の終わりのための音楽」と題されたコンサートを聴いた。シュトゥットガルト放送交響楽団首席クラリネット奏者のディルク・アルトマンと、白井圭(ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、岡本麻子(ピアノ)で、

  • ラヴェル:ヴァイオリンとチェロのためのソナタ
  • マーラー:アンサンブルのための4つの歌(ウッキ編曲)
    1.ラインの伝説(「少年の魔法の角笛」より)
    2.私はよく思う、子どもたちはちょっと出かけただけなのだと(「亡き子をしのぶ歌」より)
    3.無駄な骨折り(「少年の魔法の角笛」より)
    4.高き知性への賛歌(「少年の魔法の角笛」より)
  • メシアン:世の終わりのための四重奏曲
  • マーラー:アンサンブルのための”私はこの世に捨てられて”(「リュッケットの詩による5つの歌曲」より)

「世の終わりのための四重奏曲」の第1楽章はクラリネットが左端、ヴァイオリンが右端の配置だったが、第3楽章のクラリネット・ソロを経て第4楽章からは左右が入れ替わった。またステージ両脇に衝立があり、チェロとピアノの2重奏になる第5楽章では演奏しないクラリネットとヴァイオリンと奏者が、終楽章では出番のないクラリネットとチェロ奏者が衝立の後ろに引っ込んだ。また第3楽章は谷間の深淵からクラリネットの音が立ち上ってくるようだった。最弱音ppから最強音ffまでダイナミクスの幅が広く、聴こえない高周波音(不可聴域)をカットしたCDでは味わえない、生音の迫力を堪能した。

ラヴェルの作品は1918年に亡くなったドビュッシーのための追悼企画として作曲された。激しいピチカートの使い方などがバルトークを彷彿とさせる。調べてみるとバルトークはラヴェルより6歳年下。このドビュッシー追悼企画にはバルトークも参加しており、フランスへの演奏旅行の際にラヴェルに会ったという記録もある。両者が互いに影響を受けていても不思議ではないだろう。またラヴェルはガーシュウィンに会ったこともあり、「のだめカンタービレ」で人気となった彼のピアノ協奏曲ト長調(1931年完成)にはジャズのイディオムが用いられ、明らかにガーシュウィンからの影響が見受けられる。

最後に演奏された”私はこの世に捨てられて”は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で人気となったマーラー/交響曲第5番 第4楽章 アダージェットの原型である。天国の日々。

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2019年10月 2日 (水)

佐用姫(さよひめ)伝説とドリームタイム

ベルリン・フィル首席奏者で、ソリストとしても名高い〈フルートの貴公子〉エマニュエル・パユの最新アルバムは「Dreamtime/ドリームタイム」と名付けられた。

Dreamtime

ペンデレツキ、ライネッケ、モーツァルトらの楽曲に加え、武満徹の「ウォーター・ドリーミング」で締め括られる。

〈ドリームタイム〉とは、オーストラリアの先住民アボリジニの概念である。武満徹はオーストラリアのグルート島を訪れ、アボリジニのうたや踊りを見聞きし、その体験に基づきオーケストラ曲「夢の時(Dreamtime)」を作曲した。

パユも当然、そのことを踏まえた上で今回のアルバムを創っているわけだ。作曲者によるプログラム・ノートには次のように書かれている。

《ウォーター・ドリーミング》は、オーストラリア西部砂漠地帯 Papunya の画家によって描かれた 「Water Dreaming」という絵画に触発されて作曲された。オーストラリア原住民に伝わる神話「ドリームタイム」に基づいて描かれたその絵画の、簡素ながら、神話的記号と象徴に満ちたユニークなイメージは、私の心を強く捉えた。

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Water2

絵の同心円は泉を表象している。そこから水が周囲に溢れ、干渉する。

Waterdreaming

ところで僕はつい最近、佐用姫伝説のことを初めてラジオ(TBS「アフター6ジャンクション」)で聞き知った。松浦佐用姫(まつらさよひめ)は現在の佐賀県唐津市厳木町にいたとされる豪族の娘である。次のような伝承が残っている。

(日本書紀にも記載のある)武将・大伴狭手彦(おおとものさてひこ)が朝廷の命を受け537年新羅に遠征するためにこの地を訪れ、佐用姫と恋仲になる。ついに出征の日が訪れた。佐用姫は鏡山の頂上から領巾(ひれ)を振りながら見送っていたが、こらえきれなくなり舟を追って海辺の呼子まで行き、加部島で七日七晩泣きはらした末に石になってしまった。それは今でも佐用姫岩として残っている。

「万葉集」にはこの伝説に因んで詠まれた山上憶良の和歌がいくつか収録されている。

  • 山の名と言ひ継(つ)げとかも佐用比売(さよひめ)が、この山の上(へ)に領巾を振りけむ
  • 万代(よろづよ)に語り継げとしこの嶽(たけ)に、領巾振りけらし松浦佐用比売(まつらさよひめ)
  • 行く船を振り留(とど)みかね如何(いか)ばかり、恋しくありけむ松浦佐用比売

人(有機物)が自らの意思で石(無機物)に変化(へんげ)する神話・伝説・昔話というのは世界的に珍しい。ヨーロッパでは皆無だろう(ギリシャ神話のメドゥーサのエピソードは人の形のままの石化・石像化 freeze であり、変化 metamorphose ではない)。あちらでは「かえるの王さま」とか「美女と野獣」とか、魔法の力で人が他の動物に変えられる話が多い。そして大抵は元の姿に戻り、めでたしめでたし(and they lived happily ever after.)となる(そのアンチテーゼがアカデミー作品賞を受賞したギレルモ・デル・トロ監督「シェイプ・オブ・ウォーター」)。多分これはキリスト教と深い関わりがある。旧約聖書の「創世記」によると人は神に似せて造られた。だから人は万物の中で最も偉く、獣と結婚する(鶴女房/狐女房)とか、無機物に変化(へんげ)するなんてあってはならないのだ。そしてそれはイスラム世界にも当てはまる。

ところが、アボリジニ神話〈ドリームタイム〉にはこの手の話がいくつもみられる。例えば小説「世界の中心で、愛をさけぶ」にも登場した巨大な一枚岩ウルル(エアーズロック)にまつわるもの。大地を造った彼らの偉大なる祖先がここに眠り、岩に変化したというのである。

アボリジニの概念〈ドリームタイム〉と深層心理学/量子力学/武満徹の音楽」で紹介したように、「古事記」に記述された〈天の岩戸〉開きによく似たアボリジニ神話もある。人と自然の融和、自然の中の人間ー日本人とアボリジニの人々は間違いなく集合的無意識で繋がっている。

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2019年9月27日 (金)

〈知識〉と〈教養〉の間(はざま)で

当ブログを10年以上書いていると、「知識量がすごいですね」と言われることが時折ある。

多分、そう声を掛けてくださる方に他意はないのだろうが、どうも素直に受け取れない自分がいる。何かしら〈含むところがある〉ように感じてしまうのだ。「単に知識をひけらかしているだけでしょ?」とか、「衒学的な人ですね」と暗に非難されているような。「博識ですね」とか「教養がありますね」なら手放しで嬉しいのだが……。考え過ぎだということは分かっている。面倒くさい奴でごめんなさい。

僕の認識として〈知識〉があるとはクイズ王決定戦で優勝するとか、教科書や辞書を丸暗記するとか、そういった類のことである。つまり記憶力の問題ね。

一方、〈教養〉を辞書(三省堂 大辞林 第三版)で調べると次のようにある。

  1. 社会人として必要な広い文化的な知識。また、それによって養われた品位。
  2. 単なる知識ではなく、人間がその素質を精神的・全人的に開化・発展させるために、学び養われる学問や芸術など。

だから映画やミュージカルが大好きでたくさん観て、音楽をたくさん聴いて、本を読んで、その過程で自然に身についた知識なら、〈教養〉と呼ばれてしかるべきではないだろうか?

マーク・トウェイン「トム・ソーヤーの冒険」に次のようなエピソードがある。

日曜学校で聖書を二節暗唱すると、青い札を一枚貰える。青い札が十枚貯まると、赤い札に交換してもらえる。赤い札十枚が黄色い札一枚。黄色い札十枚と引換えに、日曜学校の先生がごく質素な装幀の聖書をくれる。つまり聖書の文句を二千節覚える必要がある。トムはリコリス菓子とかビー玉、ちょっとした小物などで他の子供達を買収し、交換した札を集めてまんまとその栄誉を手に入れる。そしてその場にいた判事から次のように褒められる。

「実に大したものだよ。それだけ頑張って覚えたことを、君は今後も絶対に後悔しないだろうよ。知識はこの世で何より価値あるものだ。知識があってこそ偉人も善人も生まれる。トマス、君もいつの日か偉人にして善人となることだろう。そのとき、昔をふり返って、みんなあの日曜学校のおかげだ、と思うことだろう。先生がたが教えてくださったおかげだ、校長先生が励ましてくださり見守ってくださり美しい聖書をくださったおかげだ、(中略)そう思うことだろう。きっと思うとも、トマスーそして君は、この二千節はどんな金より大事と思うだろうーそうとも、絶対に」

    マーク・トウェイン(柴田元幸 訳)「トム・ソーヤーの冒険」新潮社

丸暗記した〈知識〉なるものの胡散臭さ、馬鹿馬鹿しさを見事に暴き出した文章である。意地悪だけど、ユーモアがある。

知識(knowledge)〉と〈教養(culture)〉は違う。「教養がありますね」と言われるような、そういうものに わたしはなりたい。そのために今後も切磋琢磨して、雨ニモマケズ〈エンターテイメント日誌〉を書いてゆく所存である。

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2019年9月 6日 (金)

〈音楽の魔法〉映画公開目前!直木賞・本屋大賞ダブル受賞〜恩田陸「蜜蜂と遠雷」の魅力とそのモデルについての考察

直木賞・本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」は松岡茉優主演で映画化され、10月4日に公開される。公式サイトはこちら

Mitubachi

四人のピアニストがコンクールで競うのだが、それぞれ河村尚子(クララ・ハスキル国際コンクール優勝)、福間洸太朗(クリーヴランド国際コンクール優勝)、金子三勇士(バルトーク国際ピアノコンクール優勝/父が日本人で母がハンガリー人)、藤田麻央(チャイコフスキー国際コンクール 第2位)という、日本を代表する若手ピアニストたちが演奏を担当しているというのも大いに話題となっている。僕はこの内二人の実演を聴いたことがある。

恩田陸は執筆にあたり三年に一度開催される浜松国際ピアノコンクールに四回足を運び、ひたすら聴き続けたという。構想から十二年かけて小説は完成した。

ピアノを主題にした小説といえば「蜜蜂と遠雷」より先に、宮下奈都の「羊と鋼の森」が本屋大賞を受賞している。

恩田陸が浜松で取材を始めたのが2006年のコンクールから。編集者の志儀氏によると、それから二年以上も全く書かなかったそうだ。雑誌で連載が始まったのは2009年4月、終わったのが2016年5月。足掛け七年かかっている。一方、「羊と鋼の森」の連載開始が2013年11月なので「蜜蜂と遠雷」の方が早い。恩田が「二次予選で風間塵を敗退させる」と言い出した時、志儀氏は「さすがにそれはダメだ」と言った。

2003年に書類審査で落とされたピアニストが敗者復活的なオーディション@ウィーンで拾われ、浜松の本選で最高位(第1位なしの第2位)に入った。ポーランド生まれのラファウ・ブレハッチである。それまで自宅にアップライトピアノしかなく、コンクール出場直前になってワルシャワ市がグランドピアノを貸与したという。そしてブレハッチは2005年にショパン国際ピアノコンクールで優勝した。なお現在は審査方法が変わり、予備審査は書類だけではなく演奏DVDの送付が義務付けられるようになったそう(音声データだけでないのは替え玉応募を防ぐためだろう)。

ブレハッチのエピソードが「蜜蜂と遠雷」の風間塵に反映されているのは言うまでもない。またトリックスター的彼の性格は、クロアチアのピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチを彷彿とさせる。破天荒なポゴレリッチの演奏は1980年のショパン国際ピアノコンクールで物議を醸し、予選で落選。審査員の一人マルタ・アルゲリッチは「彼は天才よ!」と選考結果に激昂し、辞任した。彼女が審査員として復帰するまでそれから20年を要した。世に言う「ポゴレリッチ事件」である。事態を重く見た事務局は急遽彼に審査員特別賞を与えることにした。かえってこの騒動で一気にスターダムにのし上がったポゴレリッチはドイツ・グラモフォンと契約し、数多くのアルバムをリリースした。

トリックスター・風間塵(16歳)は「ギフト」か「災厄」か?彼は師匠ホフマンに「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」と約束していた。小説の最後で少年は夜明けの海の波打ち際に立ち、こう思う。「耳を澄ませば、こんなにも世界は音楽に満ちている」とても魅力的なキャラクターである。彼を本選まで残した幻冬舎の編集者・志儀氏の判断は正しかった。

僕は全日本吹奏楽コンクールが普門館で開催されている時代に〈高校の部〉を3年連続で聴いたことがあるので、何となくコンクールというものの雰囲気が分かる。一番目に演奏するコンテスタントが不利というのも同じ。審査のたたき台にされ、様子見で高得点が出ないのである。そして朝から晩まで一日中聴き続けているだけで、最後はヘトヘトに疲れる。これを何日も続ける審査員は本当にご苦労様である。

浜松国際ピアノコンクールはブレハッチ以外にも、次のようなスターを世に送り出した。

  • 第4回 第2位:上原彩子→チャイコフスキー国際コンクール優勝
  • 第7回 優勝:チョ・ソンジン(韓国)→ショパン国際ピアノコンクール優勝

小説の中でコンテスタントのひとり、ジェニファ・チャンは「女ラン・ラン」と呼ばれ、次のように描写されている。

ふと、最近のハリウッド映画はエンターテイメントではなく、アトラクションである、と言った映画監督の言葉を思い出す。チャンの演奏は、なんとなくそれに近いような気がする。

これは正にラン・ランの演奏を聴いたときの僕の印象を的確に言い当てている。確かにテクニックは完璧で達者だから感心はするのだけれど、後に何も残らない。すなわち、感動はしないのだ。

また楽器店勤務のサラリーマンで年齢制限ギリギリでコンクールに参加する高島明石はこう問う。「生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者より劣るのだろうか」ー明石のモデルは間違いなく宮沢賢治だろう。賢治は詩や童話を書きながら、同時に農民として汗水たらして働いた。賢治の詩「春と修羅」をモチーフにしたコンクール課題曲を一番共感を持って弾くのが明石なのは決して偶然じゃない。

浜松はYAMAHAの町であり(本社がある)、ヤマハ吹奏楽団浜松は全日本吹奏楽コンクール職場の部の金賞常連団体である(指揮者は須川展也)。〈生活者の音楽〉というか、「セミ・プロじゃん、ズルい!」という気がしないでもない。

因みに映画で課題曲「春と修羅」は大阪出身の藤倉大が作曲している(現在はイギリス在住)。彼が「尾高賞」を受賞したオーケストラ曲"secret forest"世界初演を僕はいずみホールで聴いた。作曲家も来場していた。

「春と修羅」は無調音楽だが決して耳に不快ではなく、美しく宇宙的広がりを感じさせるものに仕上がっている(既に配信された音源を聴いた)。四人のコンテスタントがそれぞれ別のカデンツァを弾く趣向も個性が出て愉しい。

ラファウ・ブレハッチは恩田陸との対談で恩田から「演奏を終えて『今日はよくできた』と思う日もありますか」と訊かれ、次のように述べている。

ピアノも調律も音響も、その他の条件も全て整っている環境で、満員のお客様が期待に満ちて待っている中、私も完璧に深い演奏ができたなら、ある種の満足感は得られるでしょう。しかし、たとえそうであっても、翌日はまた別の演奏になります。結局のところ、究極の理想に近づいていく過程こそが美しいのであって、生きている間はその理想にはたどり着けないのではないでしょうか。 (出典はこちら

まるで哲学者のような奥深い言葉だ。そして「蜜蜂と遠雷」は正にその過程を描いている。〈ミューズ(音楽を司る女神)との対話〉と言い換えても良い。だから読んでいるうちに、審査結果(順位)なんかどうでもよくなってしまう。だってそれがゴールじゃないのだから。そこからはじまるのだ。恩田によると、本選まではやって、結果わからずで終わらせようか、なんていう案もあったという。当初の構想のままで良かったのではないだろうか?

幼馴染で、コンクール会場で久しぶりに再会した亜夜(嘗ての天才少女)とマサル(ジュリアードの王子様)の会話。

「あたし、プロコフィエフのコンチェルトって全部好き。プロコフィエフって踊れるよね」
「踊れる?」
「うん、あたしがダンサーだったら、踊りたい。バレエ音楽じゃなくても、プロコフィエフの音楽って、聴いてると踊っているところが見える」
(中略)
「僕、三番聴いていると、『スター・ウォーズ』みたいなスペース・オペラを想像するんだよね」
「分かる、宇宙ものだよね、あれは。二番はノワール系」
「そうそう、暗黒街の抗争みたいな」

これにはとても共感した。「スター・ウォーズ」の音楽に出会ったとき、僕は小学校高学年だった。その頃からジョン・ウィリアムズはプロコフィエフの影響を受けているなと強く感じていた。特に「スター・ウォーズ」の”小人のジャワズ”、そして「スーパーマン」の”レックス・ルーサーの小屋”におけるファゴットの使い方が、凄くプロコフィエフ的なんだ。

マサルはラフマニノフのピアノ協奏曲 第三番について「ピアニストの自意識ダダ漏れの曲」と表現する。またショパンについては、本選で協奏曲の指揮をする小野寺の心情が次のように綴られている。

ソリストには憧れの名曲といえど、オーケストラにとっては退屈という曲が幾つかあるもので、ショパンの一番はそれに含まれるのではなかろうかと思う。小野寺は、ショパンコンクールの本選はショパンの一番と二番という選択肢しかないから、幾ら国の誇りであり、ショパン好きであっても、オーケストラはさぞしんどいだろうな、と密かに同情している。

全く同感である。はっきり言って”ピアノの詩人”ショパンのオーケストレーションは稚拙だ。しばしばシューマンのオーケストレーション技術が問題とされ、彼の交響曲を振る時にマーラー編曲版のスコアを使う指揮者も少なくないが(トスカニーニ、シャイー、スダーンら)、ショパンに比べればよほどマシである。ショパンの協奏曲におけるオーケストラの役割は添え物でしかなく、特にトランペットなんか伴奏の和音を間抜けにプープー吹くだけ、といった体たらくだ。

膨大なディスコグラフィを残したヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルはラフマニノフの二番を一度だけワイセンベルクと録音しているが、三番は皆無。ショパンの一番も全く録音を残していない(他者が編曲したバレエ音楽「レ・シルフィード」は一度だけある)。レナード・バーンスタインも同様。つまり演奏する価値がないと見なしていたわけだ。天下のウィーン・フィルもショパンの一番をレコーディングしたのはラン・ランと一回きり。超一流オケは歯牙にもかけないのである。

あと次の一節が心に残った。

音楽家というのは、自分のやりたい音楽が本当に自分で分かっているとは言いがたい。長くプロとしてやってきていても、自分がどんな演奏家なのか実は見えていない部分もある。好きな曲ややりたい曲と、その人に合っていてうまく表現できる曲は必ずしも一致しない。

アマチュア吹奏楽の世界にも同じことが言える。普段のポップス・コンサートでは伸び伸びと、水を得た魚のようにピチピチ跳ねるパフォーマンスを展開するのに、吹奏楽コンクールになると途端に硬い、オーケストラの編曲ものを選んでしまい、窮屈で縮こまった演奏に終始して実力を発揮仕切れない団体を何度も目撃して来た。

恩田陸の小説は昔から好きで処女作「六番目の小夜子」から読んでいる。やはり本屋大賞を受賞した「夜のピクニック」や、疾風怒濤の息もつかせぬ展開をする「ドミノ」も良かったが、北の湿原地帯にある全寮制の学園で展開される幻想的な「麦の海に沈む果実」がこれまで一番のお気に入りだった(萩尾望都の漫画「トーマの心臓」とか、金子修介監督の映画「1999年の夏休み」に近い世界観)。しかし間違いなく「蜜蜂と遠雷」こそ、現時点で彼女の最高傑作だろう。ただし、マサルがリストのピアノ・ソナタを演奏する場面で、わけのわからない中世の物語が登場したのはいただけなかった。僕が幻冬舎の編集者だったら、「恩田さん、これはあかん。話が陳腐やわ」と駄目出しをしただろう。志儀氏は「仕方ないけど、この手は1回だけにしようね」と言ったそう(出典はこちら)。映画版ではどう処理するのだろう?僕がこの曲からイメージするのはエミリー・ブロンテの小説「嵐が丘」かな。あのムーア(荒野)の感じとか、ヒースクリフの〈狂恋〉がピタリとはまるように思う。

なお現在、〈映画「蜜蜂と遠雷」公開記念!これだけは聴いておきたいピアノの名曲・名盤30選〉というブログ記事を鋭意作成中。乞うご期待!!10月4日には間に合わせます。

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2019年7月19日 (金)

【考察】映画「天気の子」を超ディープに味わうための、7つの事項(新海誠と村上春樹)

本記事のタイトルは村上春樹のエッセイ「讃岐・超ディープうどん紀行」から採った。映画「天気の子」についてあれこれ語っていこう。

1)村上春樹

家出少年・帆高が、ネットカフェでどん兵衛に乗せている本がJ.D.サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(ライ麦畑でつかまえて)である。白水社から出ているバージョンで、ここで重要なのが村上春樹訳であるということ。

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ペンシルヴァニア州(田舎)にある全寮制の高校を退学処分になった16歳の少年が、大都市ニューヨークに行き、彷徨う物語である。

新海誠監督のアニメーションにはしばしば村上春樹の小説が顔を出す。「雲のむこう、約束の場所」のヒロインは村上の「アフターダーク」を読んでいる。

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「秒速5センチメートル」のヒロイン・明里は雪の降る駅のプラットホームで、村上の「・納屋を焼く・その他の短編」(新潮文庫)を読んでいる。

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」という短編は、後に書かれた長編「ノルウェイの森」の原型である。余談だが「納屋を焼く」はイ・チャンドン監督の映画「バーニング」(韓国)の原作となった。

「言の葉の庭」のユキノの台詞「わたしたち、泳いで川を渡ってきたみたいね」と、「君の名は。」の奥寺先輩最後の台詞「幸せになりなさい」はいずれも「ノルウェイの森」からの引用である。

また村上の短編「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」(講談社文庫「カンガルー日和」に収録)が「君の名は。」プロット発想の原点にある(これは新海誠監督ご本人に僕が問い合わせ、確認を取った)。

僕が強く希望するのは、村上春樹×新海誠による対談の実現である。東宝さんか、どこかの出版社さん、真剣に検討して頂けませんか?

2)奇跡はいつも、鳥居の下から始まる

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100%の晴れ女〉こと、陽菜(←また100パーセントの女の子 だ!)が祈りながら鳥居をくぐると、奇跡が起きる。これは「君の名は。」において三葉が鳥居の下で「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!」と叫ぶと、その願いが実現することに呼応している。

なお、上のキャプチャー画像で〈調査求ム!〉の最初に載っている〈空から魚〉とは、村上春樹の小説「海辺のカフカ」に出てくる現象である

「海辺のカフカ」は家出少年が東京から四国の香川県高松市に行く話だ。つまり〈東京→島〉。家出少年が〈島→東京〉に来る「天気の子」と綺麗な対称を成している。

3) 

陽菜の瞳の中には青空がある。これは「君の名は。」が多大な影響を受けたと思われる五十嵐大介の漫画「海獣の子供」の”空”くんを彷彿とさせる。

4)末法思想

「君の名は。」で男女が入れ替わるという設定は、平安時代後期に成立した王朝文学「とりかへばや物語」に源流をたどることが出来る。新海監督が最初に提出した企画書のタイトルは「夢と知りせば(仮)-男女とりかえばや物語」だった。

平安時代の人々は「末法(まっぽう)」という終末思想に囚われていた。仏の教えが世間に行き渡らず、衰退してしまうとされる時代のこと(ノストラダムスの大予言みたいなものだ)。 永承七年(1052)に「末法」が到来するというのである。死後への不安から、天皇や貴族も仏教に帰依し、極楽往生を願った。「源氏物語」の多くの登場人物たちが出家するのもそのためである。そして末法元年の翌年(1053)に建立されたのが宇治平等院鳳凰堂だった。

「君の名は。」の隕石の落下も、「天気の子」で降り続ける雨も、末法思想に繋がっていると感じるのは僕だけではあるまい。どこか「ブレードランナー」の世界観を彷彿とさせるものもある。〈きみとぼく〉の関係性が、〈世界の危機〉〈この世の終わり〉に直結しているのはセカイ系作家の特徴である。

5)

「君の名は。」の劇中歌は4曲あり、「多すぎる」と世間で喧伝された。しかし「天気の子」は5曲になり、1曲増えた。

「伊勢物語」や「源氏物語」などの王朝文学は男女が交わす和歌が途中で多数挿入されている。つまり新海作品においてRADWIMPSの歌は、和歌と同様の役割を果たしていると言えるのではないだろうか?

6)月刊「ムー」

「天気の子」には再び、雑誌「ムー」が登場する。「君の名は。」の校庭で仲良し三人組がお昼を食べている時に、テッシーが「ムー」を掲げて、 「エヴェレットの多世界解釈に基づくマルチバースに無意識が接続した」と三葉に熱く語る場面がある(詳しくはこちら)。これはアメリカ合衆国の物理学者ヒュー・エヴェレット3世のことで、専門は理論物理学、量子力学。 実はテッシー、まともなことを話していたのである。マルチバース(多元宇宙論)は未だ否定されていない、有力な学説なのだ。

「天気の子」で映し出される「ムー」の特集記事に「彗星が落ちた日 Part 6」とあるので、ティアマト彗星が落ちた「君の名は。」の世界と地続きのようだ。

7)アメリカ合衆国での映画配給会社

「君の名は。」がオスカー(長編アニメーション部門)候補に食い込めなかったのは、北米配給を弱小企業のFunimation Entertainment(ファニメーション)に委託したことが大きい。ロビー活動のノウハウもなく、結局経営不振でソニー・ピクチャーズに吸収合併されてしまった。今回「天気の子」の北米配給はGKIDS。ここは配給したアニメーション作品を数多くアカデミー賞候補に送り込んでいる(リストはこちら)。マイナー系で具体例を挙げるとブラジルの「父を探して」、フランスの「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ」「僕の名前はズッキーニ」、カートゥーン・サルーン(アイルランドのスタジオ ) の「ブレンダンとケルズの秘密」「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」「生きのびるために」、そして何より細田守監督「未来のミライ」!鬼に金棒である。今度こそ間違いなく、レッドカーペットを歩く新海監督を見ることが出来るだろう。イケイケ、最終目標は打倒ディズニー/ピクサーだ!

それと「君の名は。」で出来なかった、スマホの文字を各国の言語に置き換える技術はきっと「天気の子」で克服されている筈。一々、横に字幕をつけられると鬱陶しいからね。

 

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2019年7月18日 (木)

サリンジャー(著)村上春樹(訳)「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

何故今、「キャッチャー」なのか?それは2019年7月19日になれば自ずと分かるだろう。

J.D.サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を最初に読んだのは大学生くらいの頃。野崎孝の訳だった。主人公のホールデン・コールフィールドに全く感情移入出来なかったし、ちっとも面白くなかった。どうしてこれが20世紀アメリカ文学を代表する作品と讃えられているのか、僕にはさっぱり理解出来なかった。

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今回村上春樹の訳で「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(白水社)を読み直して、随分印象が変わった。

この現象って、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」の場合に似ている。やはり20歳の頃、野崎孝の訳で「華麗なるギャツビー」を読んで退屈で死にそうになったのだが、20年後に村上春樹の訳で読み直し深い感銘を受けた。多分、野崎孝のせいではないだろう。僕自身が変わった(成長した??)のだ。息子が生まれたということも大きい。

ホールデンは16歳で、ペンシルベニア州の田舎にある全寮制高校を退学処分になり、ひとりぼっちで大都会ニューヨークに出て来て彷徨する。彼は煙草を吸ったり酒を飲み虚勢を張っているが、実際のところは繊細で傷付きやすく、痛々しい”硝子の少年”である。そういうのが行間から滲み出しているのだが、大学生の僕には読み取れなかった。

ホールデンは反抗的で饒舌だが、その仮面(ペルソナ)の裏側にはヒリヒリするような焦燥感や空虚さを抱え、愛されることを切実に求めている。世間の荒波にもまれ、もがいている様子がいじらしい。本文中「落ち込んでしまった」という言い回しが繰り返され、彼はしばしば泣く。

この小説は一般に言われるような、「社会に反抗する純粋(innocent)な若者の物語」じゃ全然ないなと思った。むしろイノセンスの役割を担っているのはホールデンの妹フィービーや、白血病で亡くなった弟アリーである。フィービーやアリーこそ、ホールデンにとっての子ども元型永遠の少年=プエル・エテルヌス)であろう。

ホールデンの語りで彼の兄DBは作家で、四年間軍隊に入っていて戦場に行ったことが分かる。Dデイに敵前上陸もしたという。これはサリンジャー自身のことである。彼は自ら志願して陸軍に入隊し、ノルマンディー上陸作戦に一兵士として参加した。その後、ナチスが建設したユダヤ人絶滅収容所の惨状も目の当たりにし、後年手の震えが止まらないなどPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされることになる。なお、彼の父はポーランド系ユダヤ人だった。

サリンジャーの(「ナイン・ストーリーズ」に収録された)短編を映画化した「愚かなり我が心」が公開されたのが1949年のクリスマス。評判は惨憺たるものでこれを観て激怒したサリンジャーは以後、二度と自作の映画化を許さなかった。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が出版されたのは1951年7月16日である。だから本文中で映画のことをこてんぱんに貶している。「キャッチャー」はビリー・ワイルダー(「サンセット大通り」「アパートの鍵貸します」)やエリア・カザン(「波止場」「エデンの東」「草原の輝き」)ら、錚々たる映画監督たちが映画化を希望したが、サリンジャーは決して首を縦に振らなかった。

DBは魂をハリウッドに売り渡した。映画嫌いのホールデンとしてはそれが許せない。つまりDBはこれから社会に出る上での規範であると同時に、「なりたくない自分=」でもある。ここらへんの相反する心情が実に複雑で味わい深い。

この小説の主人公はイノセントな子どもにも戻れないし、かといってインチキ(phony)な大人にもなりたくない。移行期の真っ只中で宙ぶらりんだ。その揺らぎこそが、本作の核(コア)だろう。

崖っぷちにあるライ麦畑で子どもたちが無心に遊んでいる。我を忘れて駆け出して崖から落っこちそうになる子どももいる。そんな彼らを見張り、危ない時は捕まえてあげるような大人になりたいとホールデンは言う。しかし本当は、キャッチして欲しいのは自分自身なんだよね。でも誰ひとりとして、彼をしっかりと抱きしめてくれる人はいない。だから「ライ麦畑でつかまえて」という最初の邦題は中々秀逸である。これを(Catcherは”捕まえる人”だから)誤訳だと言い立てる輩もいるのだが、作品の本質を全く理解していない妄言であろう。

結論。「キャッチャー」という小説は一言で表現するなら、「不安定で孤独な魂が、自己のあるべき場所を探して、大都会を無我夢中で彷徨う(右往左往する)物語」と言えるのではないだろうか?しかし結局、答えは見つからないまま幕を閉じる。

ケヴィン・コスナーが主演した映画「フィールド・オブ・ドリームス」(1989)に登場する作家テレンス・マンはサリンジャーをモデルとしており、W.P.キンセラの原作小説「シューレス・ジョー」では隠遁生活を送るサリンジャーその人として登場する。つまり〈ライ麦畑→トウモロコシ畑〉に変換されているのだ。映画の中で、有害図書を禁止しようとするPTA集会が開かれるが、その攻撃対象となっているのは言うまでもなく「キャッチャー」だ。天からの声"Ease his pain"(の傷を癒せ)の=サリンジャーである。

人間不信に陥ったサリンジャーは、「キャッチャー」の訳者あとがきを載せることさえ許さなかった。だから村上春樹が書いた幻のあとがきは、彼と柴田元幸(英米文学翻訳家)との対談本「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」(文春新書)に収録されている。これはたいへん示唆に富む内容である。

トルーマン・カポーティは子ども(イノセンスの魔法)から一気に大人になり、アドレッセンス(思春期)という移行段階がない。スコット・フィッツジェラルドはアドレッセンス(思春期)がいちばん大切であり、彼にとっての少年時代のイノセンスはあくまでアドレッセンスへの準備段階で、アドレッセンスの大きな賞品である妻ゼルダを手に入れたフィッツジェラルドは引き伸ばされた青春を謳歌した。サリンジャーの場合はヨーロッパの戦場で激しい戦闘に参加しアドレッセンスを奪われ、「キャッチャー」を書くことで宙ぶらりんで困惑しかなかった思春期を総括している。そこで自分が成人社会よりも、子どものイノセンスのほうに激しく惹かれていることを確認する、という村上の分析はお見事と言うしかない。しかし結局、サリンジャーの子どもへの信頼は後年裏切られることになるのだが……。

あとサリンジャーとグレン・グールド(ピアニスト)との類似点についての村上の指摘には唸った。

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