テレビくん、ハイ!

「半沢直樹」土下座の歴史と、それを強要する心理学

先日放送されたTBS『半沢直樹』2nd seasonを面白く観た。総合視聴率(リアルタイム視聴率とタイムシフト視聴率の合計)は44.1%だった。40%超えは2016年10月にビデオリサーチ社が調査を開始して以降、史上初だそう

上の記事で本作(第一期)の魅力の一つは〈かぶく(傾く)〉様式美にあり、香川照之(市川中車)、片岡愛之助というふたりの歌舞伎役者が出演していることを指摘した。第二期ではさらに市川猿之助、尾上松也とふたりの歌舞伎役者が加わり、濃い顔芸に磨きがかかった。顔の筋肉の動かし方が独特。香川演じる大和田(取締役)が「お・し・ま・い・death!」と手のひらで首を掻き切るような仕草をしたりして〈やり過ぎ Too Much〉だけれど、視聴者には大受けした。大和田と半沢(堺雅人)が不正に手を染めた銀行員・曾根崎 を問い詰める際に「さあ、さあ、さーアサァサァサァ!」と歌舞伎でお馴染みの掛け合いをする場面もあった。

さて、物語における巨悪にしてフィクサーである進政党 幹事長の箕部啓治(柄本明)の前で大和田(香川照之)が半沢(堺雅人)に土下座を強要する場面でこう言う。

「この日本には相手に思いを伝えるのに古来から引き継がれた素晴らしい礼法がある」

ここで僕は強烈な違和感を覚えた。確かに土下座の所作は古代からあったろう。しかし、謝罪の場面で土下座するという習慣は比較的近代なのではないか?つまり、途中から意味が変わってきたのではないかと考えたのである。

そこで調査を開始すると、土下座の歴史について書かれた唯一の文献であるらしいパオロ・マッツァリーノ(著)『誰も調べなかった日本文化史』(ちくま文庫)の存在が判明したので、早速購入して読んだ。

正座した上で手のひらを地に付け、額が地に付くまで伏す所作は『魏志倭人伝』に既に記載されており、邪馬台国の時代からあったようだ。しかし古代はこれを「平伏」と言った。そして謝罪の意味はなく、神様や天皇、将軍など偉い人に対する誠意や畏敬の念の示す目的で行われた。

江戸時代になって「下座」という言葉が登場するが、それは現在でいう「土下座」の様式ではなかった。

Geza1

上の図版で大名行列の様子を見てください。庶民の「下座」はただしゃがんでいるだけ、つまり蹲踞(そんきょ)の姿勢。手は土に付けていない。しかも『誰も調べなかった日本文化史』 によると、下座しなければならなかったのは徳川家将軍と御三家、そして将軍家から嫁いだ娘が通る場合だけだったという。 それ以外の諸藩の大名行列では立ったままでよかった。

江戸には参勤交代で全国から大名が集まってくるから、いちいち全部に下座していたら生活がままならなくなってしまう。当時日本全国に大小二百以上の藩があり、しかも往復するからその二倍。つまり一日平均一回以上の大名行列が通った計算になる。そりゃ、やってらんねェぜ。

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『誰も調べなかった日本文化史』によると、土下座に謝罪の意味が加わったのは大正時代後期から昭和初期にかけてだという。根拠となる資料は昭和七年刊行の国語辞典や、朝日新聞と読売新聞の記事データベース。極めて信憑性が高い。

結論。『半沢直樹』大和田取締役の土下座に関する発言には些か事実誤認があった。

さて、現在ではコンビニや衣料品店で客がクレームを付け、店員に土下座させたという事件が報道されたりしているが、これは立派な犯罪です。〈強要罪〉や〈脅迫罪〉に問われ、警察に逮捕される。

人に土下座させる者の心理。それは〈いじめ〉にも似た快感である。〈報酬系〉と呼ばれる神経伝達物質・ドーパミンが脳内に放出され、すっごく気持ちよくなる。ドーパミンは麻薬にも似た中毒性があり、より強い刺激を求めて行動は次第にエスカレートする。いわば〈自分に酔う〉感じ。

立っている人が、土下座している人を見下ろすと、そこに高低差があり、なんだか自分が偉くなったような錯覚に陥る。テレビ視聴者が『半沢直樹』の土下座に興奮するのも、そういった心理的メカニズムが働いている。それは時代劇『大岡越前』における、裁きの場面に直結している。「公事場(くじば)」と呼ばれる高みから「お白州(しらす)」という砂砂利に敷かれた筵(むしろ)に座る被告人=大悪党を見下す感覚。〈正義中毒〉だ。現在の裁判制度でも裁判長は一番高い場所に鎮座している。高低差が重要。

古今東西を問わず、お金持ちや権力者は高所に住みたがる。日本や西洋のお城がそう。映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』に描かれていたように、ハリウッドでは貧しい役者志望の若者は平地に住み、金持ちは山の上にプール付き豪邸を建てている。アカデミー作品賞・監督賞を受賞した韓国映画『パラサイト』は半地下に住む貧しい一家が、丘の上の豪邸に住む一家に対して〈恨(ハン)〉、嫉妬心を抱く物語だった。それは黒澤明監督の『天国と地獄』に対するオマージュにもなっている。

つまり〈垂直方向の差異=貧富・身分の差〉という図式が成り立つ。タワーマンションも高層階になるほど値段が高く、金持ちは最上階に住んでいる。空の高みから天下の平民たちを睥睨する、といった感覚か。神の視点。「猿もおだてりゃ木に登る」のだ。

英語で「(人より)優位な立場に立つ」「(人より)優れる」ことを"one-up someone"という。やはりup/downが肝心なのだ。「マウントをとる」のも高低差。 

兵庫県神戸市はご存知の通り港町であり、坂の町でもある。神戸港から六甲山の方面に向かって傾斜があり、次第に標高が高くなる地形だ。

その神戸市と大阪市を結び、三本の鉄道が平行に走っている。海側から山側へ、阪神線→JR線→阪急線という順で高くなる。そして明らかに乗る客層が異なっている。阪神線は庶民的なオッチャン、オバチャン、タイガースファンが多い。一方、阪急線は芦屋や夙川、武庫之荘など高級住宅街を走っており、気楽なジャージ姿で電車に乗れる雰囲気ではない。阪急沿線には「いかりスーパー」という高級スーパーが散在し、駐車場は外車ばっかりだ(嘘みたいな本当の話です)。

象徴的だったのは2006年に阪急が阪神電気鉄道の株式を取得し完全子会社化したときのエピソードだ。テレビのレポーターが阪神電車に乗っているオッチャンに阪急・阪神経営統合についてどう思うかを尋ねた。オッチャンの答えは「今後、素足でサンダル履いて阪神電車に乗れんようになったら困るわ」つまり関西人にとって阪急は高級イメージなのである。

土下座を強要する者は自分が「何か高級品になったような」イメージに浸っている。それは普段抱いている劣等感の裏返しでもある。

高低差が人間の深層心理に生み出すイリュージョン。なんだか滑稽で、興味深いでしょう?

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わが心の歌〈番外編〉祝サブスク解禁!!山口百恵の魅力について語り尽くそう。

Spotify, Apple Music, Amazon Music Unlimitedなど定額制音楽配信(サブスクリプション)サービスで聴けないアーティストたちが何人(組)かいる。

しかし2018年9月1日に井上陽水が、続いて同年9月24日に松任谷由実(ユーミン)、2019年8月31日に星野源、同年9月18日にPerfume、12月20日からサザン・オールスターズの全楽曲がサブスク解禁になった。僕は「もう残る大物アーティストは中島みゆき、米津玄師、山下達郎、RADWIMPS、そして山口百恵くらいだな」と思った。

ところが新型コロナウィルス蔓延により、多くの人々が自宅待機の生活を余儀なくされたことをきっかけに、まずRADWIMPSが2020年5月15日からサブスクを解禁した。漸く『君の名は。』や『天気の子』のサウンドトラック盤もサブスクで聴けるようになったのである。

そして5月29日に突如、山口百恵の全楽曲600曲以上がサブスクで一斉配信となった!!僕は狂喜乱舞した。彼女の引退から40年、待ちに待ったこの日が遂に来た。こうして今後の懸案事項は米津玄師、中島みゆき、山下達郎だけとなった。

Momo

僕は小学生の頃、百恵ちゃんが大好きだった。彼女一筋だったと言ってもいい。百恵ちゃんの引退とともにすっかり芸能界に興味を失い、代わってクラシック音楽や映画に夢中になるようになった。そして高校生の時、劇場で観た原田知世主演、大林宣彦監督の『時をかける少女』に衝撃を受けたわけだが、後に大林監督と山口百恵が浅からぬ縁だったことを知ることになる。

今の若い人は山口百恵のことなんか全く分からないだろうから、これを機会に彼女の魅力、そして後世にどれだけ甚大な影響を与えたかについて語り尽くそうと思う。彼女の強烈な輝きは、秋元康とか、元・欅坂46の平手友梨奈にまで波及することになる。

【来歴】山口百恵は1959年東京都渋谷区に生まれ、幼少期を神奈川県横須賀市で過ごした。だからホリプロのイメージ戦略上、「横須賀出身」ということになっている。彼女の歌う楽曲に「横須賀ストーリー」「横須賀サンセット・サンライズ」など横須賀を強調しているのはそのためである。また三浦友和との結婚式当日にリリースした32枚めのシングル「一恵」の作詞は横須賀恵となっており、百恵のペンネームである。作曲は「いい日旅立ち」の谷村新司。

彼女が生んだ長男がシンガーソングライターの三浦祐太朗(36)。全曲、山口百恵の楽曲をカヴァーしたアルバム「I'm HOME」をリリースし、レコード大賞企画賞を受賞した。次男は俳優の三浦貴大(34)で、大河ドラマ『いだてん』や、NHK連続テレビ小説『エール』に出演している。

【伝説のアイドル】山口百恵を伝説化している一つの要因として、純愛を貫き一人の男だけを愛し、21歳という若さで華やかなスポットライトから遠ざかって、その後一切老いた自分の姿をマスコミに見せないということもあるだろう(現在61歳)。こうした生き様の前例は女優のグレタ・ガルボと、小津安二郎の死去直後に引退した原節子くらいしかない。みじくも美しく燃え。桜の散り際のような潔さは、日本人の琴線に触れるのだ。

【大林宣彦】1973年5月21日に「としごろ」で歌手デビューしたが、実はその前に彼女はCMディレクターとして活躍していた大林宣彦監督と面会している。14歳だった。同年9月1日に発売された2枚目のシングル「青い果実」はかなりきわどい、アブナイ歌詞になっている。ドキッとする。後に〈青い性路線〉と呼ばれた。それは翌74年6月1日に発売された5枚目のシングル「ひと夏の経験」で頂点に達し、レコード大賞・大衆賞および日本歌謡大賞・放送音楽賞に輝き、その年末に「NHK紅白歌合戦」の紅組トップバッターとして初出場を果たした。なお大林監督が百恵に会ったのは、その当時から構想を練っていた映画『さびしんぼう』のヒロインを探していたのである(12年後に富田靖子主演で実現する)。

74年夏に放送されたグリコプリッツのCMで百恵は三浦友和と初めて出会った。演出したのは大林宣彦であった。ふたりが共演するグリコCMはその後長年続き(動画はこちらこちら)、同時に『伊豆の踊子』『潮騒』『春琴抄』『風立ちぬ』など名作文学の映画化でも百恵・友和は共演し(計12作)、「ゴールデンコンビ」と呼ばれた。ふたりの共演作『泥だらけの純情』で併映されたのが大林監督劇場デビュー作『HOUSE ハウス』(1977)。そして大林が監督した映画『ふりむけば愛』(1978)がリメイクでも原作付きでもない、ふたりにとって初めてのオリジナル作品となった。

ふたりが恋をしていることにはじめて気がついたのは大林監督であり、それはCMの撮影を通してだった(詳細は監督の著書を参照されたい)。そして『ふりむけば愛』のサンフランシスコ・ロケに際して監督は一日だけ撮影のない休暇日を設けて、ふたりに自由な時間を与えた。つまり大林監督こそが恋のキューピットだったのである。そして1979年10月20日、大阪厚生年金会館のコンサートで「私が好きな人は、三浦友和さんです」と百恵は恋人宣言を突如発表し(20歳)、80年10月5日に日本武道館で開催されたファイナルコンサートをもって引退した。歌唱終了後、彼女はマイクをステージの中央に置いたまま、静かに舞台裏へと歩み去った。この仕草がさらなる伝説を作った。さよならコンサートは現在、Blu-rayで鑑賞出来る。

【赤いシリーズ】百恵はTBSのテレビドラマ『赤い疑惑』『赤い運命』『赤い衝撃』『赤い絆』と4作品〈赤いシリーズ〉に主演した。父親役は大方が宇津井健で、『赤い疑惑』『赤い衝撃』では三浦友和と共演した。物語展開が奇想天外(『赤い運命』は伊勢湾台風で家族が生き別れになり、検事の娘と元殺人犯の娘が赤ん坊の時に入れ替わりとなって育てられる。『赤い衝撃』はスプリンターが銃撃により半身不随となる)で、演技が大仰な、いわゆる大映ドラマであり、後に堀ちえみの『スチュワーデス物語』が一世を風靡した(「教官!」「ドジでのろまなカメ」が流行語となった)。特に『赤い衝撃』は演出家として大映映画の増村保造(『妻は告白する』『黒の試走車』『赤い天使』『陸軍中野学校』)が関わっており、大映ドラマの礎を築いたと言えるだろう(『スチュワーデス物語』も増村が演出している)。僕はこの〈赤いシリーズ〉が大好きで、毎週見ていた。また1978年に百恵が主演し、TBSで放送されたテレビドラマ『人はそれをスキャンダルという』は三國連太郎や永島敏行が共演し、大林宣彦が演出を担当した。

【阿木燿子/宇崎竜童】歌手として山口百恵が全盛期を築いたのは間違いなく作詞家・阿木燿子、作曲家・宇崎竜童(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)という夫婦によるコンビとの出会いから始まる。1976年の「横須賀ストーリー」を皮切りに、78年「プレイバック Part 2」ではNHK紅白歌合戦で史上最年少となるトリを務めた(日本レコード大賞にノミネートされたが、受賞したのはピンク・レディーの「UFO」)。この頃の百恵の歌唱は、とにかく艶っぽい。しかしマリリン・モンローを代表とするセックス・アピールとは全然方向性が違っていて、強いて言えば〈健康的な色香〉がある。「プレイバック Part 2」でも未だ19歳なのだから恐るべし。こんなに大人びた10代のアイドルを僕は他に知らない。77年リリースの「夢先案内人」はアラビアン・ナイトの世界に迷い込んだような綺羅びやかな色彩感がある。これは原田知世によるカヴァーも良い(こちら)。そして僕がイチオシの歌は「夜へ…」。1979年4月1日に発売されたアルバム「A Face in a Vision」に収録されている。元々はNHK特集『山口百恵 激写/篠山紀信』のために制作されたもので、これはDVDで観ることが出来る。こちらもお勧め!

Gekisha

夜へ…」を愛聴するきっかけになったのは相米慎二監督の映画『ラブホテル』(1985)。公開された年にヨコハマ映画祭で第一位に輝いた。劇画作家・石井隆が脚本を書き、村木と名美という名の男女が登場する一連の作品群の一本。相米作品としては『台風クラブ』や『光る女』の方が優れていると思うが、『ラブホテル』で「夜へ…」が静かに流れる場面はゾクゾクした。Jazzyでノワール。

夜へ…」で阿木燿子の詞は連想ゲームを彷彿とさせる単語の羅列で始まる。まるで呪文のような妖しさが漂う。なんて素敵なんだろう!

【さだまさし/谷村新司】さだまさし作詞・作曲「秋桜」は1977年、谷村新司 作詞・作曲「いい日旅立ち」は78年にリリースされた。いずれも、さだや谷村にとっての最高傑作と言える。そういう曲を贈りたくなる魅力、オーラが山口百恵にはあるのだろう。「いい日旅立ち」は国鉄(現在のJR)の旅行誘致キャンペーン・ソングとしてCMなどに使われた(動画はこちら)。やはり大林監督が手掛けている。「秋桜」も「いい日旅立ち」も陰りのある曲調だ。こういうのが百恵にはよく似合う。しかし決して暗くなり過ぎない。これが中森明菜とか華原朋美だと、病的になる。薬漬けとか自殺未遂まで行くと、洒落にならない。引いてしまう。一方、百恵の場合は〈程よい健康的な陰り〉なのだ。

【菩薩】1979年に評論家の平岡正明は『山口百恵は菩薩である』を著した。後に広末涼子主演の映画『20世紀ノスタルジア』を撮った原将人監督は「広末涼子は女優菩薩である」と絶賛したが、これは平岡の著書を意識したものだろう。また写真家・篠山紀信が1970年代に最も多く撮った女性は百恵であり、彼女を「時代と寝た女」と称した。

【その後の友和】三浦友和は大林監督の劇場デビュー作『HOUSE ハウス』に友情出演し、百恵と結婚後も『彼のオートバイ、彼女の島』『野ゆき山ゆき海べゆき』『日本純情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群』『なごり雪』『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』など大林映画の常連として活躍した。また大林監督の自伝的映画『マヌケ先生』では本人役(馬場鞠男)を演じた。

【わが心の歌】ここで僕が考える山口百恵の歌、ベスト12を選出しておこう。

長くなったので続きは後編へ。To Be Continued ...

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【考察】噴出する「テラスハウス」問題と、ネットで叩く者たちの心理学

22歳の女子プロレスラー・木村花さんが亡くなったことに関して、出演してた番組「テラスハウス」(ネットフリックス/フジテレビ)における彼女の言動を巡って、SNSに非難が書き込まれたことが原因ではないかと取り沙汰されている。

番組における彼女の役割はヒール(Heel)だったのではないだろうか?プロレス興行のギミック上、悪役として振舞うプロレスラーのことを指す。つまり観客(視聴者)を愉しませるための偽装だ。実際には仲がよいプロレスラーでも、リングの上では憎しみ合っているように振る舞う。あくまでも演技だ。ファンはそのことを承知の上で野次を飛ばし、悪役が繰り広げる反則技にブーイングし、試合会場は興奮の坩堝と化す。彼らは内面のモヤモヤ(ユング心理学では影 shadowと呼ばれる)を吐き出し、ヒールに投影し、叩くことによって日頃の鬱憤を晴らす。そこには暗黙の了解が成立している。プロレスはスポーツと言うよりもあくまで「興行」だから、試合結果がTVニュースで報道されることはない。もっと詳しく内部事情を知りたいのなら、ミッキー・ロークが主演し、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「レスラー」(2008)をご覧になることをお勧めする。

バラエティ番組に登場する「おバカキャラ」も同じ構造である。知識が欠けているのも事実だろうが、クイズの答えが判っていても、わざと外して番組を盛り上げることも彼らの重要な役割だ。つまりキャラクターを際だたせるために話を「盛る」のだ。漫才のボケと一緒。実際に痴呆なわけではないし、大方の観客だってそのことは知っている。これも暗黙の了解だ。

しかしテレビの視聴者の中にはこの暗黙の了解が通じない人達が少なからずいる。リアル(現実)とフィクション(虚構)の見分けがつかない。彼らはテレビが嘘を付くはずがないと信じ込んでいる。「リアリティー番組」という呼び方や、「台本がない」を売り文句にしている点も誤解を生む原因だろう。

ある海外メディアは「リアリティーTV 」出演者のうち、過去に38人が自ら死を選んだと報じた。アメリカだけでも過去10年で21人が命を絶ったというデータもある。

嘗て山口百恵や小泉今日子といった昭和のアイドルは雲の上の存在だった。しかし21世紀に入り、AKB48など「会いに行けるアイドル」が登場し、手が届く対象になった。その他の芸能人も、SNSの普及に伴い身近な存在になった。ツイッターやインスタグラムにコメントを書き込めば(マネージャーや事務所の検閲なしに)直接本人が読んでくれたり、コメント返しをくれる可能性まで生まれた。しかし便利なコミュニケーション・ツール(accessibility)は諸刃の剣であり、リスクも増大した。芸能人が身体的、精神的に傷つけられる事象もしばしば報道されるようになったのだ。

【集団の形成】「地球上すべての生物は遺伝子(自己複製子)の乗り物に過ぎず、生物の様々な形質や、利他的な行為を含めた行動のすべては、自然選択による遺伝子中心の進化によって説明できる」とリチャード・ドーキンスは著書『利己的な遺伝子』の中で述べている。人は遺伝子を運ぶ舟である。我々の祖先が木から降りてサバンナで生活を始めたとき、集団生活を始めた。その方が種の保存のために好都合だからである。ライオンやジャッカルといった外敵から身を守ることが出来るし、仕事の役割分担することで食料の確保も容易になる。「人間は社会的動物である」と言われる所以だ。やはり外敵から身を守るために群れをなすイワシとか(希釈効果)、V字編隊になって飛ぶ雁の群れに似ている。

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【安全欲求/制裁行動】集団の形成で人は安心して暮らせるようになった。家族や仲間を守ろうとするとき、脳の下垂体後葉からオキシトシンと呼ばれるホルモンが分泌され、安らぎに満ちた喜びが湧き起こる。これが愛着の仕組みである。しかし和を乱す者、逸脱する者が現れると安全欲求が脅かされ、邪魔になりそうな人に対して制裁行動 sanctionを起こす。「いじめ」や「自粛警察」「ネットリンチ」の根底にはこの構造が潜んでいる。「同調圧力」あるいは「出る杭は打たれる」とも言う。

【ルサンチマン】有名人に対するバッシングには、彼らの成功に対する嫉妬心も原動力となっている。フランス革命やロシア革命におけるプロレタリアート(労働者階級)の、ブルジョアジー(富裕層)に対する感情に似ている。攻撃する者たちは心理的な価値の転倒、一発逆転を狙っている。哲学者ニーチェが言うところのルサンチマンだ。あるインターネット評論家は誹謗中傷のコメントをするネット民の属性を、(1)20代、(2)ニート・フリーター、(3)独身、(4)童貞だと述べている(出典こちら)。要約すれば「収入が少なく、モテない、寂しいヲタク」ということになるだろう。

【正義中毒】いじめは快感に直結する。制裁行動 sanctionが発動すると、中枢神経に存在するドーパミンという神経伝達物質が放出され、喜びを感じる。承認欲求達成欲求が満たされ、いじめ/バッシングは過激化する。これを「過剰な制裁」という。ドーパミンは本来、困難な目的を達成したときに生じ、「報酬系」と呼ばれる。しかし麻薬・飲酒・賭博・いじめなどでも短絡的放出を引き起こし、快楽をもたらす。バッシングする人は「自分は正義を行っている」という実感(勘違い)があり、やめられない。「正義中毒」である。アルコール中毒や薬物中毒と同じ。ドーパミン分泌という「報酬」を、飽くことなく求め続けるのだ。児童虐待する親の心理もそう。彼らにとっての「正義」は「しつけ」と言い換えられる。2019年に千葉県野田市で小学校4年生(当時)の栗原心愛さんが自宅浴室で死亡した虐待事件で、父親である勇一郎被告は娘が号泣する動画を蒐集(collect)していた。それが彼にとっての「報酬」であった。

【高低差=社会的欲求】「自分は正義を行っている」という感覚は、アメコミのヒーロー(スーパーマン、バットマン)とか、大岡越前といったお奉行さまになったような気分に近い(仮想現実)。高みからお白州に畏まる悪党を見下す快感。それは米アカデミー作品賞・監督賞を受賞した韓国映画「パラサイト」に描かれたように、丘の上の高台に住む富裕層が、半地下に住む貧困層を睥睨する気分に等しい。上から目線ーその高低差により優越感に浸れ、社会的欲求が満たされる。たとえ幻想でしかないとしても。

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【人の心】アドルフ・ヒトラーとナチス・ドイツの悪夢。結局、地球上で一番恐ろしいのは津波とかウィルスではなく、人の心なのである。心がモンスターを生む。マリー・アントワネットをギロチンの刑に処し「共和国万歳!」と叫んだフランス市民の正義、ロマノフ家を全員銃殺したロシア労働者階級の血みどろの正義、日本の市民活動家の正義、そして韓国の元慰安婦支援団体である「正義連」……。もう、うんざりた。自らを「正義」とか「市民」と名乗る者を徹底的に疑え!

 

参考文献:① 河合隼雄(著)「影の現象学」講談社学術文庫
② リチャード・ドーキンス(著) 日高敏隆ほか(訳)「利己的な遺伝子」 紀伊國屋書店
③ 岡田尊司(著)「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害」光文社新書 
④ 岡田尊司(著)「あなたの中の異常心理」幻冬舎新書
⑤ フリードリヒ・ニーチェ(著)中山元(訳)「道徳の系譜学」光文社古典新訳文庫
⑥A.H.マズロー(著)小口忠彦(訳)「人間性の心理学」産能大出版部

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祝!ウルトラマン放送開始50年

初代「ウルトラマン」の放送がTBSで始まったのは1966年(昭和41年)7月17日のことだった。つまり今日でちょうど50年である。

僕は「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」(1967)、「帰ってきたウルトラマン」(1971)、「ウルトラマンタロウ」(1973)の主題歌を歌えるのだが、話の内容は全く覚えていない。怪獣の名前も言えない。年齢的にリアルタイムで体験しているとは考え難く、恐らく幼年期に夕方の再放送を観ていたのだと思われる。

小学校3-4年生の頃にはすっかり卒業して、その後は無縁の暮らしをしていた。再び興味を持ったのは10年前に関西に引っ越してきて、落語を聴くようになってからである。噺家の桂文三が熱烈なウルトラマン・ファンで、マクラでよくその話をした。東京から来演した柳家喬太郎も出囃子で「ウルトラQ」を使ったり、ウルトラマンの怪獣を登場させる「抜けガヴァドン」(古典「抜け雀」のパスティーシュ)を高座に掛けたりした。この噺を初めて聴いたのが2015年だが、その時はガヴァドンという名前すら知らなかった。

僕の息子は現在5歳だが、3歳頃から恐竜やウルトラマンの怪獣が好きになりフィギュアを集め始めた(僕自身は親に買って貰ったことがない)。そこでTSUTAYA DISCUSでDVDをレンタルし、「ウルトラマン」全39話と「ウルトラセブン」全49話を息子と一緒に観た(ただし佐々木守脚本、実相寺昭雄監督のセブン第12話「遊星より愛をこめて」はある事情により欠番になっている。画質は悪いが幾つかの動画サイトで試聴可能)。現在は「帰ってきたウルトラマン」を途中まで観ているところである。

元祖「ウルトラマン」のシリーズ中、突出して面白いのは佐々木守脚本、実相寺昭雄監督の回である。ファン投票でトップの人気を誇る「故郷は地球」や、ガヴァドンが登場する「恐怖の宇宙線」もそう。このコンビによる「怪奇大作戦 京都買います」はテレビドラマ史上最高傑作だと信じて疑わないのだが、どうしてなかなかウルトラマンも負けてはいない。

佐々木脚本が傑出しているのは価値観の反転を行っていることにある。ガヴァドンは子どもたちの描いた画が宇宙線を浴びて実体化した怪獣であり、彼等はウルトラマンに「ガヴァドンを殺さないで!」と懇願する。つまりウルトラマン&科学特捜隊は【子どもたちの想像力を踏みにじる大人たち】に成り下がり、どちらが正義でどちらが悪かこんがらがってくるのである。父性原理で「断ち切る」性質を持つ欧米人(キリスト教徒&ユダヤ教徒)の思想は光と闇、天国と地獄、天使と悪魔に分ける二元論がその根幹を成している。しかし「世界はそんな単純な二元論で割り切れるものではない」という立場に立つのが我々日本人なのだ。考えてみればゴジラ(Godzilla)も人間にとっての敵であると同時に、台風や津波、地震など自然災害にも似た「荒ぶる」であり、水爆実験による「被害者」でもある。その多義性に魅力の本質がある。

「故郷は地球」(2016年8月21日午後5時よりNHK BSプレミアムで放送予定)に登場するジャミラも宇宙にひとりぼっちで取り残された宇宙飛行士の成れの果ての姿だ(映画「オデッセイ」のマット・デイモンと同じ)。彼は本当に退治すべき「悪」なのだろうか?それとも……。

「怪獣墓場」では科学特捜隊が今まで倒した怪獣たちを弔うために戒名をつけ、坊さんを呼んでお経を唱える怪獣供養が行われる。そのユニークな発想にびっくりした。そして怪獣墓場から落っこちてくる亡霊怪獣シーボーズ(←坊主?)は空を見上げて泣き叫ぶばかりで破壊行動もせず、もののあはれを感じさせる。余談だが怪獣墓場をもじった怪獣酒場が神奈川県川崎市にあり、大阪・難波にも元祖怪獣酒場があった。後者は惜しまれつつ閉店したのだが。

実相寺監督独特の凝りに凝った構図も見どころのひとつである。

また第一期を企画立案し、メインの脚本家として活躍したのが金城哲夫(きんじょうてつお)。沖縄県出身である。「ウルトラセブン」や「帰ってきたウルトラマン」の多くを執筆した上原正三も沖縄県出身である。彼等は幼少期に凄絶な沖縄戦を体験し、その後アメリカ合衆国に統治された故郷を憂えた。沖縄が返還されたのは1972年、「帰ってきたウルトラマン」放送終了後のことである。そもそも琉球王国は1609年に薩摩藩に征服され付庸国となり、明治維新の時に沖縄県として再編された。つまり彼等にとっては日本人も侵略者なのである。そういう屈折した複雑な想いがシリーズに込められている。

今回初めて「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の明確なコンセプトの違いを知った。マンが戦う相手は怪獣だが、セブンの敵は宇宙人。つまり後者はSF要素が色濃い。セブンにはウルトラホーク1号から3号までのメカの魅力も加味され、ウルトラ警備隊の専用車「ポインター」のデザインも格好いい。また主人公がマンに変身すると必ず巨大化するが、セブンは①人間と等身大のまま、②巨大化するという2段階のプロセスが有る。

「ウルトラセブン」になると佐々木守が2本しか執筆していないのが哀しい。しかもうち1本(「遊星より愛をこめて」)は永久欠番だし。セブンの最高傑作は金城哲夫脚本、実相寺昭雄監督「狙われた街」(2016年8月28日午後5時よりNHK BSプレミアムで放送予定)であることは論を俟たないだろう。卓袱台を挟んでウルトラマンとメトロン星人が対峙するのは史上屈指の名場面である(これぞ昭和!)。また上原正三脚本、実相寺明雄監督「第四惑星の悪夢」は後の映像作家たちに多大な影響を与えた。例えばアニメ「宇宙戦艦ヤマト 2199」の第14話「魔女はささやく」は「第四惑星の悪夢」への熱烈なラヴ・レターである。

セブンに参加した新しい才能で特筆すべきは「快獣ブースカ」で脚本家デビューを果たした市川森一である。「盗まれたウルトラ・アイ」は詩的かつ叙情的な逸品だ。市川は後にTBSの金曜ドラマ「淋しいのはお前だけじゃない」で第1回向田邦子賞を受賞する。また市川が執筆したNHK大河ドラマ「黄金の日日」は三谷幸喜のお気に入りで、松本幸四郎演じる主人公・呂宋助左衛門(るそんすけざえもん)は本日放送される「真田丸」にも特別出演する運びとなった。

あとセブンで注目すべきはアンヌ隊員(菱見百合子)のエロさである。この役は映画出演決定を理由に降板した豊浦美子の代役として急遽決まったため、コスチュームのサイズが合わず体にぴったりとフィットしたものになったという。市川森一や評論家・森永卓郎らが「アンヌは初恋の人」と告白している。また落語家・立川談志も写真集「アンヌへの手紙」に寄稿している。

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「ウルトラセブン」はモロボシ・ダンとアンヌの悲恋物語として観ることも出来る。最終話(2016年9月11日午後5時よりNHK BSプレミアムで放送予定)でシューマンのピアノ協奏曲が流れる趣向はとてもロマンティックで、胸がキュン!とする。一方、「ウルトラマン」の紅一点、フジ・アキコ隊員(桜井浩子)はお色気ゼロだ。

金城哲夫は1969年に円谷プロを退社し沖縄に帰った。「帰ってきたウルトラマン」では第11話のみ脚本を執筆している。佐々木守は完全に撤退し、実相寺昭雄は第28話のみ監督した。その代わり初代「ゴジラ」の名匠・本多猪四郎が第1話・最終話など全5話を監督していることが「帰ってきた」の白眉である。

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観ずに死ねるか!? 傑作ドキュメンタリー10選 プラス1

はじめに、ドキュメンタリーという性質上、映画とテレビ作品との区別をつけなかった。順不同で選りすぐりの逸品をご紹介していこう。

  • 映像の世紀 (NHK/ABC)
  • 未来への遺産 (NHK)
  • プラネットアース (BBC/NHKほか)
  • 戦火のマエストロ・近衛秀麿
    〜ユダヤ人の命を救った音楽家〜 (NHK)
  • 東京裁判
  • 柳川堀割物語
  • ボーリング・フォー・コロンバイン
  • 不都合な真実
  • マン・オン・ワイヤー
  • DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on
    少女たちは傷つきながら夢を見る
  • ゆきゆきて、神軍

映像の世紀」 戦後50周年およびNHKの放送開始70周年記念番組として制作・放送されたドキュメンタリー番組。アメリカABCとの国際共同取材。 1995年3月から1996年2月にかけて、「NHKスペシャル」で放映された。全11集。また2015-6年に「新・映像の世紀」も放送された。これは「映像の世紀」を補完する内容なので、併せてどうぞ。20世紀の歴史が手に取るように良く理解出来る。貴重な映像が満載。歴史を学ぶことは処世術を身につけること。これからの貴方の人生に必ず役に立つ筈だ。加古隆が作曲したテーマ音楽「パリは燃えているか」(下野竜也/NHK交響楽団)が印象的。

未来への遺産」 1974年3月から75年10月までNHK放送開始50周年記念番組として放送された大型番組。「文明はなぜ栄え、なぜ滅びたか」をテーマに制作され、現在では取材不可能な地域を含む、44か国、150か所の文化遺産を徹底取材。ユネスコの世界遺産条約が発効したのが1975年、第1号が世界遺産リストに登録されたのが78年なのでそれ以前の番組ということになる。マヤ文明の遺跡から発掘されたパカル王の翡翠の仮面は番組収録後の1985年に盗難に遭い、4年半後に無事戻ってきた。あまりにも有名で、盗人が売り捌くことが出来なかったようだ。

Palenque

また本作に登場するバーミヤン渓谷の2体の大仏は後にアフガニスタン戦争でタリバンによって破壊されてしまった。武満徹の音楽がいい(岩城宏之/NHK交響楽団)。あと女優・佐藤友美が「幻影」として登場するのには賛否両論あるだろうが、僕は雰囲気があって好きだな。DVDかNHKアーカイブスでどうぞ。

プラネットアース」 

Planet

イギリスBBCによる自然ドキュメンタリー・シリーズ。NHKとアメリカ・ディスカバリーチャンネルとの共同制作、全11集。2006-7年に放送された。エミー賞では作品賞など4部門を受賞。後に「アース」としてダイジェスト版が映画館でも上演されたが、是非オリジナル版を観て欲しい。音楽はジョージ・フェントンで、ベルリン・フィルが演奏していることも話題となった。また姉妹編としてBBCの海洋ドキュメンタリー「ブルー・プラネット」(こちらもベルリン・フィルが参加)やフランスのドキュメンタリー映画「WATARIDORI」もお勧め。宇宙船地球号に有る、雄大な自然を堪能しよう。

戦火のマエストロ・近衛秀麿」は2015年にNHK BS1スペシャルとして放送された最新のドキュメンタリー。番組公式サイトはこちら。事実は小説よりも奇なり。とにかくびっくりした。ベルリン・フィルを指揮し、日本初の常設オーケストラを組織した男、近衛秀麿。彼は内閣総理大臣・近衛文麿の弟でもあった。兄と最後に交わした言葉が切ない。余談だが阪急電鉄・宝塚歌劇団・東宝株式会社の創業者・小林一三は第2次近衛内閣で商工大臣を務めた。このあたりのことはNHK 放送90年ドラマ「経世済民の男 小林一三」で面白く描かれているのでそちらもお勧め。公式サイトはこちら

東京裁判」(1983) 小林正樹監督によるドキュメンタリー映画。上映時間な、なんと4時間37分!!でも僕は公開当時に映画館で一気に観たよ。重厚な手応えがあり。昭和史について学ぼう。音楽は武満徹。

柳川堀割物語」(1987) 

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福岡県柳川市に張り巡らされた水路網「掘割」。荒廃した水路が再生されるまでの物語。「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」の高畑勲監督作品。プロデューサーは宮﨑駿。元々アニメの舞台として柳川を登場させるつもりでロケハンを行ったが、水路再生の中心人物である市職員の話を聞いて感銘を受け、柳川そのものを主題にしたドキュメンタリーを製作することに決めたという。上映時間165分。人間と自然(環境)の関係(共生)がテーマという点で、高畑・宮崎アニメに通じるものがある。

マン・オン・ワイヤー」(2008,英)

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アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。監督のジェームズ・マーシュはフィクションも撮る人で、そちらの代表作には「博士と彼女のセオリー」がある。本作のレビューはこちら。後にジョゼフ・ゴードン=レヴィット主演でハリウッド映画に生まれ変わった。

人は何故、一見無意味に思えることに対して情熱を注ぐのか?哲学的思考の旅へようこそ。

ボーリング・フォー・コロンバイン」(2002,米) アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞受賞。コロンバイン高校銃乱射事件に題材を取り、銃社会アメリカの病んだ姿を浮き彫りにする。2003年公開当時に書いたレビューはこちら。なおこの事件をモチーフにした劇映画「エレファント」は2003年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール及び監督賞を受賞した。

不都合な真実」(2006,米) アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞、及びアカデミー歌曲賞を受賞。元アメリカ合衆国副大統領アル・ゴアの講演をベースに、地球温暖化のメカニズム解明に挑む。2007年ゴアは環境問題への取り組みが評価され、ノーベル平和賞を受賞。ノーベル平和賞って何でもありだな。

DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら夢を見る」2012年公開当時に書いたレビューはこちら。アイドル映画を観に行ったら戦争映画だったという衝撃。文字通り戦慄が走った。

ゆきゆきて、神軍」 本作の魅力は奥崎謙三という人物の強烈なキャラクターに負うところが大きい。「カメラを向けられると、演技してしまう出演者」を取材対象として「虚実不明」の状況にし、ドキュメンタリー映画の持つ「いかがわしさ」「やらせ的志向」を徹底的に突き詰めた作品。キネマ旬報ベストテン第2位。

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三谷幸喜版「オリエント急行殺人事件」

フジテレビで二夜連続放送された三谷幸喜(脚本)「オリエント急行殺人事件」を観た。公式サイトはこちら。CMをカットすると第一夜:2時間28分、第二夜:2時間17分の放送時間であった。まず、筆者とアガサ・クリスティの接点について語ろう。

僕は小学校低学年の頃から推理小説が大好きで、シャーロック・ホームズ、アルセーヌ・ルパン、江戸川乱歩の「明智小五郎と少年探偵団」シリーズなどを学校の図書館から借りてよく読んでいた。小学校4,5年生位の頃、新潮文庫でクリスティの「アクロイド殺人事件」を読んでそのトリックの凄さに衝撃を受けた。次に出会ったのが「オリエント急行殺人事件」で、これも驚天動地の犯人で「推理小説って凄い!」と感銘を受けた。その後ポアロものはすべて読破したが、アクロイドとオリエントを超える作品はなかった。丁度その頃、映画館でジョン・ギラーミン監督の「ナイル殺人事件」が封切られ、父親にせがんで観に連れて行ってもらった(ニーノ・ロータの音楽=ほぼ遺作が大好きで、サントラLPレコードも小遣いで買った)。当時は未だDVDはおろかビデオも一般家庭に普及していない時代だったので、シドニー・ルメット監督の映画「オリエント急行殺人事件」を観ることが出来たのは大学生以降である。

三谷版「オリエント急行殺人事件」第一夜を観て、まずびっくりしたのは日本に舞台を移した以外はほぼ原作に忠実だったことである。ポアロ=勝呂が過去に解決した事件というのが「いろは殺人事件」というのには爆笑(「ABC殺人事件」のパロディ)。またオース・スター・キャストであるとか、野村萬斎の扮装がアルバート・フィニーに、八木亜希子のヘアメイクがイングリッド・バーグマンのそれにソックリだとか、シドニー・ルメット版を相当意識した演出になっていた。さて、そして第一夜で事件解決まで一気に行き、つまり映画のラストまで辿り着き、第二夜で過去に何が起こったかというオリジナルな展開となるという大胆な構成に唸った。

警告!!以下ネタバレあり!!




「オリエント急行殺人事件」は復讐劇であり、こうして再構成されるとな、な、なんと!忠臣蔵に繋がっていることに気付かされる(松嶋菜々子が大石内蔵助の役回り)。復讐に参加する同士(義士)を集める過程はさながら「オーシャンと十一人の仲間」や黒澤明監督「七人の侍」の如し。次第に仲間が集まってくる様子は観ていてワクワクする。そして犯人のひとりが陪審員を象徴する「12」という傷口の数にこだわる件はシドニー・ルメットの「十二人の怒れる男」であり、それをパロディにした東京サンシャインボーイズ時代の三谷の代表的芝居「12人の優しい日本人」に繋がっている。チーム・プレイの愉しさ。

第一夜(本編)は幼女誘拐殺人事件という痛ましい悲劇(リンドバーグ事件をモデルにしている)であるが、第二夜は殺人をめぐる喜劇に変容する妙。このユーモアのセンスはアルフレッド・ヒッチコック監督作品の雰囲気を彷彿とさせ、さらに言えば三谷が敬愛するビリー・ワイルダー監督「情婦(原作はクリスティーの「検察側の証人」)」へのオマージュでもある。本作の持つこの多重構造に僕は感服した。大傑作、必見。

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大草原の小さな家

息子が生まれてから、(映画やテレビドラマの中で)将来彼に何を観せたらよいかをしばしば考えるようになった。そしてドラマで真っ先に頭に浮かんだのが「大草原の小さな家」である。

「大草原の小さな家」は1974年から82年までアメリカNBCの製作で9シーズンに渡り放送された。日本では75年からNHKで放送され、僕は小学生の頃に観ていた。

昔発売されたDVDは高価だったようだが、現在は例えばシーズン1(全24話)のバリューパック8枚組がAmazon.co.jpならなんと2,500円程度で手に入る。DVD 1枚が300円少々、1話(45-48分)に換算するとたった100円!あまりの安さにびっくりする。

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調べてみると「父さん」役のマイケル・ランドンは第1話の放送当時37歳で、「母さん」役のカレン・グラッスルが32歳。小学生で観た頃は遥か先をゆく頼もしい大人だと思っていたのに、いつの間にか僕が彼らの年齢を通り越してしまった。しかし今でも「父さん」は逞しく大きな包容力で見守ってくれるし、「母さん」は綺麗で優しく、凛として賢い。ふたりは理想の両親である。そして主人公ローラ役のメリッサ・ギルバートはそばかす顔の可愛い女の子で、姉メアリー役のメリッサ・スー・アンダーソンは中々の美人である。

あと驚いたのは、マイケル・ランドンがこのシリーズに出演するだけではなくエグゼクティブ・プロデューサー(製作総指揮)を務めていたこと。さらに初回のパイロット版「旅立ち」(「大草原の小さな家」特別版DVDに収録)では監督もこなしている。どうも各シーズンの第1話は必ず彼が監督していたようだ。ランドンが脚本・監督したシーズン1の「ローラの祈り」やシーズン2「町一番の金持ち」などは非常に感動的なエピソードである。こんな才能があったなんて全然知らなかった!また「ローラの祈り」には映画「マーティ」でアカデミー主演男優賞を受賞した名優アーネスト・ボーグナインが出演していることも特筆に値する。

古い作品なので画質がどうかと心配したが特に問題ない。同じシーズンでもフィルムの保存状態が違うのか、各回で色合い(褪せ具合)が異なるのはご愛嬌。懐かしい日本語吹き替えでも、日本語字幕付き英語版でも鑑賞可能。今まで吹き替え版しか知らなかったから、初めてインガルス一家の生声を聴いた。

本当に久しぶりに再開して感じたことは「Homeに戻ってきた!」という歓びと安堵感である。それは「風と共に去りぬ」でスカーレット・オハラがタラに帰った時の気持ちに似ている。この物語こそ、僕の原点なのだ。小学生で観たきりなのにパイロット版の映像も記憶に残っていて、我ながら驚いた。デヴィッド・ローズが作曲したテーマ曲も、何もかも皆懐かしい。今回聴き比べて分かったのだが各シーズンごとにオープニングとエンディング曲のアレンジが少しずつ異なるんだね。

放送開始から40年経った現在観ても、十分鑑賞に耐えうるし中身も色褪せていない。これは家族の物語であり、アメリカ開拓史としても面白い。あと倉本聰作の「北の国から」は明らかにこの作品をベースにしていることも判明した。実際、「北の国から」企画の段階から日本版「大草原の小さな家」を目指したとの証言もあり、Wikipediaにもそのことが記載されている。

今の小学生や中学生の子供達にも是非観てもらいたい。「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい(1970年代CMのキャッチコピー)」、そんな願いが込められた愛しい作品である。

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「半沢直樹」の魅力を分析する。

TBSのテレビドラマ「半沢直樹」最終話の視聴率は関東で42.2%、関西で45.5%を記録し、1977年以降の民放のテレビドラマ史上第1位となった。主演の堺雅人は大ブレイク、流行語大賞まで掻っ攫った。

巷で話題になり、僕が観たいと思った時には既に舞台が大阪から東京に移って後半戦に突入していたので、リアルタイムで観ることは諦めた。そして年が明けてからTSUTAYA DISCASでブルーレイを借り、一気に観た。評判に違わずすこぶる面白く、深夜に観ると興奮して眠れない。史上最高の視聴率を叩き出しただけのことはある。そこで「何が他のドラマと異なるのか?」ということについて僕なりに考えてみた。

1.復讐劇:「半沢直樹」の魅力は「やられたらやり返す、倍返しだ!!」の決め台詞が象徴するように、復讐劇であることがまず第一に挙げられるだろう。アレクサンドル・デュマが書いた復讐劇「モンテ・クリスト伯」(巌窟王、1845-46)は今でも世界中で読み継がれているし、最近、舞台ミュージカルにもなった→こちら。また映画化されたスティーヴン・ソンドハイムのミュージカル「スウィーニー・トッド」も「モンテ・クリスト伯」を下敷きにしている。日本でも江戸時代から仇討ちの芝居は庶民に人気だ。「忠臣蔵」などはその典型だろう(「忠臣蔵」は仇討ちに加え、日本独自の美意識=《潔く散る》という価値観に貫かれている)。復讐は相手が巨悪であるほど盛り上がる。しかし民主主義が浸透した現代日本でそういう存在は稀だ。滅多に見つかるものではない。だから「半沢直樹」の着眼点は秀逸であった。上司を呼び捨てにして土下座させるー中々実現することが叶わない甘い夢。日本中のサラリーマンがこれに溜飲を下げた。

2.恋愛の不在:1980年代後半(「男女7人夏物語」)から1990年代(「東京ラブストーリー」「愛という名のもとに」)にかけ一世を風靡したトレンディドラマ。それ以降日本のテレビドラマはターゲットを20〜30代独身女性(女子大生、OL等)に絞った「恋愛至上主義」となった。しかし「半沢直樹」はその風潮に背を向けた。銀行という男の世界を舞台とした無骨な経済ドラマである。全然トレンディじゃない。女性の登場人物は少ないし、半沢も最初から既婚者だ。常識的に考えれば当たる筈がない。しかし、それがかえって新鮮で受けた。従来の作劇法を覆すことで、新たな活路を見出したのである。

3.タイトル:「半沢直樹」というタイトルはテレビドラマとして極めて異例である。主人公の名前だけ。例えば過去に「寺内貫太郎一家」とか「課長島耕作」とかはあったが、人物を説明する修飾語が伴うことが常であった。日本映画のタイトルとしても極めて少ない。パッと思いつくのは「横道世之介」くらいかな?実はハリウッド映画にはこういうケースが比較的多い。トム・クルーズ主演Jerry Maguire→「ザ・エージェント」とか、ジョージ・クルーニー主演のMichael Clayton→「フィクサー」、トム・ハンクス主演のForrest Gump→「フォレスト・ガンプ/一期一会」、Hugo→「ヒューゴの不思議な発明」、Butch Cassidy and the Sundance Kid→「明日に向かって撃て」、Bonnie and Clyde→「俺たちに明日はない」など。つまり邦題では全く違うタイトルになったり、余分な言葉が付け足されたりすることが当たり前になっているのだ。だからこそ逆に「半沢直樹」のシンプルさ、潔さは目立った。ちなみに原作は「オレたちバブル入行組」(第一部・大阪西支店編)と「オレたち花のバブル組」(第二部・東京本店編)である。

4.かぶく(傾く):「半沢直樹」には香川照之(市川中車)、片岡愛之助というふたりの歌舞伎役者が出演している。非常に大仰な演技で見栄を切り、「かぶいて」いる。当然意図的な所作であり、このスタイルがドラマに良く似合っている。また元・劇団四季の石丸幹二や、ニナガワ・スタジオ(蜷川幸雄 主宰)出身の高橋洋を起用したりと、リアリズムよりも演劇的手法を志向しているのは明らかだ。さらにこの「何もそこまで!」というケレン味を増幅するのが、しばしば登場する顔の半分だけ光を当て、残り半分は影にするという演出。輪郭がくっきりした、濃い芝居を引き立たせている。

5.音楽:通常テレビ・ドラマはレコード会社や芸能事務所(例えばジャニーズ)とタイアップして主題歌を流すのが慣例となっている。しかし「半沢直樹」は違う。重厚なオーケストラのサウンドのみで押し切るのだ。ストイックである。また服部隆之が作曲した音楽が素晴らしい。「王様のレストラン」以来の傑作と断言出来るだろう。特にチェンバロを使用したアイディアが秀逸だ。不思議と銀行という舞台に似合っている。

僕が今更言うまでもないことだが、「半沢直樹」は必見ですぞ。特に歌舞伎・文楽・演劇ファン、そして時代劇ファンにこそお勧めしたい。

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日本のテレビ・ドラマ(オールタイム)ベスト 10選~「岸辺のアルバム」から「あまちゃん」まで

映画は監督で選ぶ/テレビ・ドラマは脚本家で選ぶ。これは常識である。

歴代のテレビ・ドラマの中で印象深いものを厳選した。基本的に連続もので、単発ドラマは除外した(こちらは後述する)。また一作家一作に絞った。

  1. 向田邦子/阿修羅のごとく(昭和54-55年、1979-80)
  2. 山田太一/岸辺のアルバム(昭和52年、1977)
  3. 宮藤官九郎/あまちゃん(平成25年、2013)
  4. 三谷幸喜/王様のレストラン(平成7年、1995)
  5. 市川森一/黄金の日日(昭和53年、1978)
  6. 遊川和彦/女王の教室(平成17年、2005)
  7. 倉本聰/昨日、悲別で(昭和59年、1984)
  8. 大根仁(原作:久保ミツロウ)/モテキ(平成22年、2010)
  9. 田渕久美子(原作:宮尾登美子)/篤姫(平成20年、2008)
  10. 藤本有紀/ちりとてちん(平成19-20年、2007-8)

単発作品では順不同で

  • 市川森一/明日-1945年8月8日・長崎(昭和63年、1988)
  • 佐々木守(脚本)実相寺昭雄(監督)/「怪奇大作戦
     ~第25話「京都買います」(昭和44年、1969)
  • 桂千穂(脚本)大林宣彦(監督)/麗猫伝説(昭和58年、1983)
  • 岩井俊二(脚本・監督)/TVドラマシリーズ「If もしも」より
     「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
     (平成5年、1993)
  • 山田太一/今朝の秋(昭和62年、1987)

阿修羅のごとく」向田邦子は人間の性(さが)をえぐり出す。ドロドロと渦巻く人間の嫌な面が白日のもとに曝け出される。自伝的な「あ・うん」も名作だが、DVD化されていないのが残念。向田は台湾に旅行中、飛行機墜落事故で死去。享年51歳。本当に惜しい人をなくした。「阿修羅のごとく」映画版は別人が脚色しているので、ドラマ版を断固推す。

岸辺のアルバム」つい最近、漸くDVDが発売された。家族の崩壊をシビアに描く。物語が実際に多摩川であった水害(堤防が決壊し、家屋が崩壊・流出)とリンクしている。昭和の作品にしてはキワドイ表現もあり、安易なホームドラマではなく、かなり踏み込んだ内容になっている。山田太一は四流大学生たちの青春群像を描く「ふぞろいの林檎たち」もお勧め。ただしIIIはゴミ。

あまちゃん」は宮藤官九郎(クドカン)による見事なアイドル論である。東京一極集中から地方の時代へ(ジモドルの台頭)という現在進行形の潮流を取り入れ、3・11東日本大震災の絡め方も上手い。とにかく能年玲奈、橋本愛、有村架純ら登場する女の子たちが可愛い!観ていて元気になれる作品だ。

クドカンは江戸落語をテーマにした「タイガー&ドラゴン」や向田邦子賞を受賞した「うぬぼれ刑事」(←無茶苦茶可笑しい!)、そして風変わりなホームコメディ「11人もいる!」もお勧め。あと東野圭吾の推理小説を脚色した「流星の絆」は、はっきり言って原作よりドラマの方が面白い。

王様のレストラン」三谷幸喜はこの作品で向田邦子賞を打診されたが、「未だ僕には早い」と辞退している。馬鹿なことをしたもんだ。彼はその後本作を超える作品を書いていないし、未来永劫無理だろう。映画「がんばれベアーズ」を下敷きにしており、チーム・プレーがテーマという意味では「トイ・ストーリー」など一連のピクサー・アニメーション・スタジオ作品に通じるものがある。なお最終話のエピローグで三谷幸喜がカメオ出演しているが、彼の扮装はビリー・ワイルダー監督「あなただけ今晩は」のジャック・レモンへのオマージュである(三谷はビリー・ワイルダーに会うために渡米したくらい私淑している)。

市川森一の「黄金の日日」は三谷幸喜が一番好きな大河ドラマだそうだ。だから主演の松本幸四郎を「王様のレストラン」に迎えた。また「王様」で向田邦子賞を打診された時に辞退したのは、第1回受賞作が市川の「寂しいのはお前だけじゃない」であり、未だ自分はそのレベルに達していないと感じたからだそうである。港町・堺を舞台にしているのがいい。

遊川和彦は高視聴率を稼ぎ話題になった「家政婦のミタ」も傑作なので迷うところだが、ここは向田邦子賞を受賞した「女王の教室」を選んだ。小学校を舞台にいじめ問題を真正面から取り上げた姿勢を高く評価したい。映画「二十四の瞳」と見比べると興味深い事実が浮かび上がってくる。遊川は《人の悪意》を描くことが実に上手い。逆に彼が起用されたNHK朝ドラ「純と愛」はタイトルと裏腹に徹頭徹尾悪意に満ちた作品で、これは悲惨な失敗作であった。朝は「あまちゃん」みたいに爽やかでないとね。暗い気持ちで出勤したくないじゃない。

いや、皆さんが思っていることは分かるよ。倉本聰なら断然「北の国から」だろ!って言いたいんでしょ?「北の国から」が彼の代表作であることに異論はない。でもさぁ、誰もが認め、知っている作品を選んでも意味ないじゃない?だから僕はここで敢えて、余り見た人がいない「昨日、悲別で」を選んだ。この名作が幻になっている理由は再放送やビデオ・DVD化が一切されていないからだ。タップ・ダンサーになることを夢見て、北海道から上京してきた若者(天宮良)の物語。実はこの作品、「メモリー」などアンドリュー・ロイド=ウエバーのミュージカル「キャッツ」の音楽がふんだんに盛り込まれており、楽曲の二次使用が認められなかったのではないか?と考えている。あの時代はビデオ化まで考えて製作していなかったからね。あと「昨日、悲別で」のエンディングにフォークデュオ「風」の『22歳の別れ』が流れるのが心に残った。

モテキ」はフリーターの若者を主人公にした瑞々しい青春ドラマ。演出のテンポが良く、軽やか。これぞ平成の作品!という気がする。僕が一番お気に入りのエピソードは森山未來が満島ひかるに誘われて岩井俊二監督の「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のロケ地巡りをする回。これは爆笑ものだった。僕も大林宣彦監督の尾道三部作を観てロケ地巡りをしたクチなので、身に覚えがある。なお映画「モテキ」はテレビの続きだが、独立した作品として愉しめる。

篤姫」は激動の幕末をお姫様の視点から観た作品で、そこがユニーク。宮崎あおいや堺雅人など役者もいい。女性視聴者にも支持される大河ドラマとなった。

ちりとてちん」のお陰で大阪は数年間、空前の上方落語ブームに沸いた(同時期に江戸落語はクドカンの「タイガー&ドラゴン」で湧いた)。古典落語とプロットの結びつけが上手いし、上方落語の歴史・現状がよく分かる。ただラストの主人公の決意に、僕は未だ納得していない。

こうして10本を見てくると、向田邦子・山田太一・倉本聰・市川森一らが大活躍した昭和50年代こそがテレビ・ドラマの黄金期であったことがよく分かるであろう。

次に単発ドラマに移ろう。

市川森一の「明日」は長崎に原爆が投下される瞬間までの市井の人々のささやかなる一日の生活が描かれる。命の愛おしさ。市川は長崎出身である。原作は井上光晴。「明日」は映画版もあるが、僕はドラマ版の方が好き。

京都買います」は古都の美しさと醜さを赤裸々に描き秀逸。夢のようなラストシーンには唸った。あとフェルナンド・ソルが作曲したギター独奏曲「魔笛の主題による変奏曲」の使い方が素晴らしい。

麗猫伝説」は”化け猫映画”で一世を風靡した入江たか子と、その娘・若葉の共演作。プロットはビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」を下敷きにしている。

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」小学校・夏休み・花火・プール。奥菜恵の絶頂期が映像の中に永遠に封じ込められた。岩井俊二監督は少女の一瞬の輝きを捉える天才である。「LOVE LETTER」の酒井美紀や「花とアリス」の蒼井優もそうだよね。

今朝の秋」余命3ヶ月を宣告された息子(杉浦直樹)に対し父(笠智衆)は当初どう接すればいいか戸惑う。これは家族の物語である。残された人生をどう過ごすか、ターミナル・ケアについても問いかける不朽の名作。音楽は武満徹。

ちなみに2011年に週刊現代が「決定!懐かしのテレビドラマ ベスト100」を特集している。選者は中野翠(コラムニスト)、中森明夫(エッセイスト)、黒田昭彦(All Aboutドラマガイド)ら識者20人+編集部で構成される「ベストドラマ選定委員会」。その結果は、

  1. 山田太一/岸辺のアルバム
  2. 倉本聰/北の国から
  3. 山田太一/早春スケッチブック

となった。

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映画「中学生円山」と宮藤官九郎(クドカン)論(「あまちゃん」含む)

宮藤官九郎クドカン)の名前を初めて意識したのは2001年に公開された行定勲監督の映画「GO」(窪塚洋介、柴咲コウ、山崎努)である。金城一紀の小説を脚色したのがクドカンだった。日本アカデミー賞最優秀脚本賞や読売文学賞(戯曲・シナリオ)を受賞。そして翌年、映画「ピンポン」(松本大洋 原作)の脚色も素晴らしかった。

彼が劇団「大人計画」(松尾スズキ 主宰)に所属し、台本を書くだけではなく役者もこなし、ロックバンド「グループ魂」のメンバーであることは後に知った。

ただクドカンの初期オリジナル作品「木更津キャッツアイ」「ゼブラーマン」「舞妓Haaaan!!!」にはどうもついていけなかった。登場人物たちが常にハイテンション、エキセントリックで、ギャグを詰め込み過ぎ。Too much !!!の感を否めなかった。

ところが、そんなやんちゃ坊主のクドカンも年をとって落ち着いてきたのか、2005年にギャラクシー賞大賞を受賞した「タイガー&ドラゴン」は江戸落語を題材にして、文句なしの面白さだった。

そして2010年に向田邦子賞を受賞した「うぬぼれ刑事(デカ)」は肩の力が抜けたコメディで完璧な仕上がり。2011年「11人もいる!」はホーム・ドラマとしても出色の出来だった。2008年に放送された「流星の絆」なんか、東野圭吾の原作よりも遥かに面白かった(コメディ・パートは全てクドカンの創作である)。近年の彼の作品は余分なものを削ぎ落とした洗練がある。

こうして年々作家として円熟味を増したクドカンが現在取り組み、常に視聴率20%を超えるスマッシュヒットを飛ばしているのがNHKの朝ドラ「あまちゃん」だ。これはクドカンによる本格的アイドル論になっている。物語は松田聖子、中森明菜、小泉今日子らが全盛期だった1984年とAKB48が世間を席巻した2008年を交互に照射しながら、怒涛の2011年3月11日へと猛進していく。凄まじいエネルギーを感じさせる。しかしこの底抜けの明るさ、ポジティブなパワー、若い生命力の輝きは一体何なんだろう?クドカンの最高傑作が現在進行形で形成されつつあることの醍醐味。生きててよかった。僕はいま、本気で「アイドルは人々を笑顔にし、その力で日本を救えるのかも知れない」と信じつつある。是非今年の紅白歌合戦はキョンキョンの復活(歌は「潮騒のメモリー」)および、AKB48と(「あまちゃん」から生まれる仮想アイドル・グループ)GMT(ジ・モ・ト)47の直接対決を観たい!!

さて現在公開中、宮藤官九郎 脚本・監督の映画「中学生円山」の話だ。公式サイトはこちら

評価:B+

Chu_3

これは中学生男子の抱く妄想をテーマにした作品である。男なら、誰しも「ある、ある!」と身に覚えがあることばかりの筈だ。僕は凄く共感した。クドカンが主人公の妄想癖を肯定しているのがまた嬉しいね。痛快である。タランティーノ映画風スタイルも粋だ。

草彅剛が言う、「考えない大人になるくらいなら、死ぬまで中学生でいるべきだ」が胸に響いた。僕は今まで役者のとしての草薙くんを全く評価していなかったが、今回初めて彼がイイ!と想った。

また「息もできない」のヤン・イクチュンの起用法が絶妙である。こんなコメディ演技も出来るんだ!と驚いた。最高に可笑しかった。

さらに主人公が恋するヒロインを演じる刈谷友衣子が可愛い。「あまちゃん」の能年玲奈といい、橋本愛といい、美少女揃いでクドカンの趣味の良さ、選択眼の確かさを感じる。

必見。

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