恒例の第96回 米アカデミー賞受賞予想である。2024年の授賞式は日本時間3月11日(月)午前8時から開催される。自信がある(鉄板)部門には◎を付けた。
・ 作品賞:『オッペンハイマー』◎
・ 監督賞:クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』◎◎◎
・ 主演女優賞:リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』
・ 主演男優賞:キリアン・マーフィ『オッペンハイマー』◎
・ 助演女優賞:ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ』◎
・ 助演男優賞:ロバート・ダウニー・Jr.『オッペンハイマー』◎
・ 脚本賞(オリジナル):ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ『落下の解剖学』◎
・ 脚色賞:『アメリカン・フィクション』
・ 視覚効果賞:山崎貴と白組の愉快な仲間たち『ゴジラ -1.0』
・ 美術賞:『哀れなるものたち』◎
・ 衣装デザイン賞:ホリー・ワディントン『哀れなるものたち』◎
・ 撮影賞:ホイテ・ヴァン・ホイテマ『オッペンハイマー』◎
・ 長編ドキュメンタリー賞:実録 マリウポリの20日間 ◎
・ 短編ドキュメンタリー賞:The ABCs of Book Banning
・ 編集賞:ジェニファー・レイム『オッペンハイマー』◎
・ 国際長編映画賞:関心領域(イギリス)◎◎◎
・ 音響賞:『オッペンハイマー』◎
・ メイクアップ賞:『マエストロ』
・ 作曲賞:ルドウィッグ・ゴランソン『オッペンハイマー』◎◎◎
・ 歌曲賞:“What Was I Made For?”『バービー』◎◎◎
・ 長編アニメーション賞:君たちはどう生きるか
・ 短編アニメーション賞:Letter to a Pig
・ 短編実写映画賞:ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語
今年の主要部門(作品・監督・演技)は鉄板で、波乱は殆ど無いだろう。
あるとしたら主演女優賞のエマ・ストーン『哀れなるものたち』くらいか。同じパターンだったのが昨年で、純粋に演技だけ見ればケイト・ブランシェットの圧勝なのにミッシェル・ヨーが受賞した。「有色人種に演技賞を与えなければ」という政治的配慮(ポリティカル・コレクトネス)が働いたのだ。その根底には『アメリカン・フィクション』で描かれたように白人たちの罪悪感が潜んでいる。今年の場合、僕はリリー・グラッドストーンよりエマ・ストーンの演技の方が断然優れていると思う。しかし「アメリカ先住民の俳優に初めてオスカーを与える」ことが何よりも重要で、最優先事項と言っても良い。これは『ゴッド・ファーザー』(1972)でマーロン・ブランドが主演男優賞を受賞した時、ネイティブ・アメリカンを自称するサチーン・リトルフェザーが壇上に立ち、「今日の映画業界におけるアメリカ先住民の扱いに抗議する」という理由で受賞を拒否するという声明を読み上げようとした事件に端を発する(彼女の死後、実は出自を偽りネイティブ・アメリカンでなかったことが判明した)。 あれから半世紀以上経った。
因みに英国アカデミー賞(BAFTA)はエマ・ストーンが受賞したが、リリー・グラッドストーンはそもそもノミネートすらされなかった。つまりイギリス人にはアメリカ先住民に対する罪の意識がかけらもないので、そこに忖度が発生しなかったということだ。
メイクアップ賞は『マエストロ』でなく『哀れなるものたち』かも知れない。
というわけで『オッペンハイマー』が最多の8部門(±1)受賞、『哀れなるものたち』が2部門(美術・衣装)あるいは3部門、『バービー』がビリー・アイリッシュの歌曲賞1部門のみという未来が大体見えてきた。
逆に全然わからなくて楽しみなのが長編アニメーションと視覚効果部門だ。
前者について。前哨戦を見る限り『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が圧倒的に優勢である。アニメのアカデミー賞と言われるアニー賞も全米製作者組合(Producers Guild of America)賞も受賞した。しかしゴールデン・グローブ賞と英国アカデミー賞(BAFTA)は宮崎駿に行った。BAFTAを宮さんが制したのが大きい。
米アカデミー賞は作品賞同様に長編アニメーション賞もアカデミー会員が全員投票出来る仕組みになっている。つまり専門家だけではなく、スピルバーグやギレルモ・デル・トロ、ジェームズ・キャメロンなど実写の映画監督や俳優たちも投票するわけだ。そして現在はアメリカ国内だけではなく、海外にも沢山の会員がいる(招待された日本人は北野武、是枝裕和、仲代達矢、真田広之、菊地凛子、細田守、新海誠、片渕須直など)。アフリカ系女性として初めてアメリカ映画芸術科学アカデミー会長になり、女性や有色人種の会員を増やすなど組織の多様化を推し進めたシェリル・ブーン・アイザックス(任期2013年~17年)のおかげである。韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞・監督賞を勝ち得たのも海外の投票者が増えたからだ。この年、全米製作者組合(PGA)と全米監督協会(DGA)賞を制したのは『1917 命をかけた伝令』(米英合作)だった。僕は今回、このシステムが宮さんに有利に働くのではないか?と期待している。
専門家の立場から言えば技術革新が目覚ましい『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』を選ぶだろう(アニー賞がそうなった)。しかしこれは2部作の前編であり物語が中途半端に終わっている。一方Hayao Miyazakiは高齢であり、彼を讃えるチャンスはこれが最後かもしれない。『スパイダーマン』は次作で賞を与えても遅くない。そういう意識が投票者に芽生えるのではないか?さらにアメコミを嫌っている映画人も少なからずいる……最早心理戦である。
視覚効果賞について。ハリウッド大作と比べると『ゴジラ -1.0』(東宝)は余りにも低予算であり、本来ならVFXで太刀打ち出来る筈もない。製作費は未公表だが海外では1500万ドルと報道されており、22億円くらい。一方、有力候補と言われている『ザ・クリエイター/創造者』(20世紀スタジオ)が8000万ドル(約120億円) 。何と5倍以上である!!しかし米国の興行収入では『ゴジラ -1.0』が上回った。スピルバーグも山崎監督に対して「3回観たよ」と褒めてくれた。『ゴジラ -1.0』にチャンスがあるとすれば「お金がなくてもよく頑張ったね」とその心意気を買ってくれる可能性に賭けるしかない。そして幼少期にゴジラなど東宝の怪獣映画を観て特撮監督・VFXスーパーバイザーになろうと決心した人も少なくない。
実は視覚効果部門の投票傾向には昔から大きな特徴があり、まずCGについてはあまり評価をしない。『スター・ウォーズ』シリーズは全面的にデジタルに移行したプリクエル(エピソード1−3)以降、受賞出来ていない。一方でCGを極度に嫌うクリストファー・ノーランの映画は過去3回受賞している(今回の『オッペンハイマー』は最初から対象外)。つまり“手作り感”が好まれる。そして非常に低予算の『エクス・マキナ』が受賞し、皆を大いに驚かせたことがある(これを当てた人は殆どいなかった)。だから『ゴジラ -1.0』の受賞があり得ると僕は考える。正直、対抗馬もあまり強くないしね。
冷静な分析として『君たちはどう生きるか』と『ゴジラ -1.0』受賞の可能性はどちらも40%くらい(国際長編映画賞候補の『PERFECT DAYS』は0%)。少なくともどちらかは受賞出来るのではないか?もし、どちらも獲れたらもう泣いちゃうよ。
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