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2023年12月

2023年12月29日 (金)

2023年映画ベスト20+α & 個人賞発表!(2024.01.23更新)

毎年恒例、映画ベストを発表しよう。2023年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Amazon Prime Videoなどインターネットで配信された作品を対象とする。ただし『ザ・クラウン』『メディア王 〜華麗なる一族〜(原題:Succession)』など連続ドラマは除外する。既にレビューを書いたものについてはタイトルをクリックすれば記事に飛べるようリンクを張っている。

 1.TAR/ター
 2.キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン(Apple TV+)
 3.怪物
 4.君たちはどう生きるか
 5.マエストロ:その音楽と愛と(Netflix)
 6.ザ・キラー(Netflix)
 7.Saltburn/ソルトバーン(Amazon Prime Video)
 8.ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3 
 9.フェイブルマンズ 
 10. SHE SAID/シー・セッド その名を暴け 
 11. イニシェリン島の精霊 
 12. ウーマン・トーキング 私たちの選択 
 13. 別れる決心
 14. レッド・ロケット
 15. バービー 
 16. ウォンカとチョコレート工場のはじまり 
 17. 終わらない週末(Netflix)  
 18. リバー、流れないでよ  
 19. ほつれる  
 20. エンパイア・オブ・ライト
 21. エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス   
 22. ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り
 23. 市子
 24. インディ・ジョーンズと運命のダイヤル
 25. マイ・エレメント
 26
. デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム
 27. リトル・マーメイド(実写版)

 監督賞:マーティン・スコセッシ(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
 アニメーション監督賞:宮崎駿(君たちはどう生きるか
 主演女優賞:ケイト・ブランシェット(TAR/ター
 主演男優賞:ブラッドリー・クーパー(マエストロ:その音楽と愛と)
 助演女優賞:リリー・グラッドストーン(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
 助演男優賞:ライアン・ゴズリング(バービー)
 オリジナル脚本賞:トッド・フィールドTAR/ター
 脚色賞:エリック・ロス、マーティン・スコセッシ(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
 撮影賞:ロジャー・ディーキンス(エンパイア・オブ・ライト)
 美術賞:サラ・グリーンウッド(バービー)
 衣装デザイン賞:ジャクリーヌ・デュラン(バービー)
 編集賞:ポール・ロジャーズ(エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス)
 作曲賞:坂本龍一(怪物)& ジョン・ウィリアムズ(インディ・ジョーンズと運命のダイヤル)
 歌曲賞:米津玄師(『君たちはどう生きるか』より“地球儀”)
 視覚効果賞:白組(ゴジラ-1.0)
 メイクアップ賞:カズ・ヒロ(マエストロ:その音楽と愛と)

 特別賞:杉咲花(『市子』の演技に対して)

『マエストロ:その音楽と愛と』のレビューが間に合わなかったのは痛恨の極み。来年早々に書き上げるつもりなので、乞うご期待!

坂本龍一について、実は『怪物』のためのオリジナル曲は2曲しかないのでインチキかなとも思ったが、遺作だし彼の今までの功績に対して敬意を込めて作曲賞を進呈する。ジョン・ウィリアムズはまだ現役を続けるらしいのだが御年91歳。いつ亡くなってもおかしくないので。今後、新作が出るたびに毎回あげます。あ、でも来年度は『オッペンハイマー』のルドウィグ・ゴランソンに早々と確定。文句なし!

Ichiko

『市子』は観ていて本当に辛い映画だが、杉咲花は凄かった。圧巻。今まで見くびっていました。ごめん。

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2023年12月27日 (水)

KANは「愛は勝つ」の一発屋にあらず。

2023年11月12日にシンガーソングライターのKANが死去した。死因は小腸にできる非常に稀な疾患・メッケル憩室癌(メッケル憩室の発生率が人口の2%でそこにがんができる割合はそのうちのさらに1%前後とされる。日本国内での報告例は数十例程度) 。享年61歳。最近彼の歌を聴いていながったのだが、訃報を聞き少なからず動揺している自分に気が付いた。

僕は数年前Spotifyに加入してから、彼の曲が入っていないか何度か検索したが全くヒットしなかった。松任谷由実、中島みゆきら大物アーティストが次々とサブスクを解禁していく中、残るはKANと山下達郎くらいになっていた。KANの死後、漸く主要な彼の楽曲配信が解禁され始めた。

代表曲『愛は勝つ』のストリーミング配信は2023年12月20日に遂に実現した。1990年9月1日にシングルCDがリリースされオリコンでは8週連続1位にチャートイン、累計売上は201.2万枚を記録した。翌91年に日本レコード大賞を受賞、これでNHK紅白歌合戦出場も果たした。

positive thinkingで能天気な歌詞。今にして思えば『愛は勝つ』はバブル時代(1985年から1991年までの日本で起こった好景気)を象徴する徒花だった。89年の新語・流行語大賞にリゲインのCMのキャッチフレーズ「24時間戦えますか」がランクイン、「お立ち台」で有名なディスコ「ジュリアナ東京」の開業が91年5月15日で、その年末に『愛は勝つ』がレコード大賞を取ったという流れだ。当時の大人たちは浮かれ、のぼせていた。

軽佻浮薄な時代に幼年期を過ごした諫山創(1986年8月29日大分県日田郡大山町生まれ)が、そんなものは「家畜の安寧」「虚偽の繁栄」だ!と叫び、壁を壊して進撃を始めるのが2009年(漫画『進撃の巨人』連載開始)。こうしてバブル期に肩で風を切っていた連中はみな「駆逐」された。今聴いたら『愛は勝つ』の歌詞なんてギャグでしかない。

恐らく、日本人の99%はKANといえば『愛は勝つ』しか知らず、彼のことを“一発屋”だと思っていることだろう。さにあらず。そのことを以下、語っていきたい。

本名は木村 和(きむら かん)、福岡県福岡市生まれ。1987年がレコード・デビューだが、その前年に大林宣彦監督の映画『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群』の音楽を担当。大林とは87年10月に開催された「大連・尾道友港都市博覧会」で上映された短編映画『夢の花 大連幻視行』のサウンドトラックも請け負った。主演は『彼のオートバイ、彼女の島』の原田貴和子と『漂流教室』の浅野愛子。その撮影時にKANも中国・大連に同行したそう(初めての海外旅行)。さらに88年に開催された瀬戸大橋架橋記念博覧会で上映された大林監督『モモとタローのかくれんぼ』も手がけた。

熱狂的な大林映画ファン(フリーク?)である僕はお蔵入りしていた『おかしなふたり』が劇場公開される前、1987年夏に開催された尾道映画祭で先行映された時に観ている。映画祭では大林監督やゲストの淀川長治(映画評論家)・おすぎ(映画評論家)・永六輔(放送作家/作詞家)・薩谷和夫(美術監督)に混じってKANもトークショーに参加していたし(最早おすぎ以外は皆さん故人になってしまった)、野外ステージで彼のミニライブもあったと記憶している。『夢の花 大連幻視行』も尾道で観た。

瀬戸大橋博の『モモとタローのかくれんぼ』の上映方式は特殊で、途中2回物語の分岐点がある。ここで観客が手元にあるボタンでAかBの2つの選択肢を選び多数決で進む方向が定まる。つまり4パターンあるというわけ。僕は10回ほど繰り返しパビリオンに入り、全パターンを制覇した。選択肢で展開が変わるドラマといえばNetflixの『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』(2018)があり、それを30年も先駆ける作品であったと言えるだろう。『夢の花 大連幻視行』も『モモとタローのかくれんぼ』もピアノ主体の美しい楽曲だった。

 ・ 【いつか見た大林映画】第4回 ロケ地巡りと【尾道三部作】外伝

KANの2ndシングル『BRACKET』のミュージック・ビデオも大林が演出した。これがまた、キレッキレの編集でスカッとする傑作なのだが、どうも現在世に出回っていないみたいでとても残念だ。ポリドールとか所属事務所の方、是非もう一度YouTubeとかで観れるようにしてください!

Bracket

またこの頃、大林は『悲劇の季節』という映画を構想しており、そのテーマ曲もKANが作曲し、素晴らしい仕上がりだったと監督がエッセイ本の中で絶賛しているのを読んだ。しかし残念なことにこの企画は実現しなかった。

KANは昔から「フランス人になりたい」という夢を持っていて2002−4年の間、住居をフランス・パリに移し、ピアノを学んだという。さらに九州男児のくせに自身の公式X (Twitter)のプロフィールには「札幌出身・フランス帰り系・英国紳士派」と書いている。えっ、なんで??福岡県出身というのがそんなに恥ずかしいか。西洋かぶれの実に薄っぺらな男である。

ただし、本人の性格と芸術の才能は全く別物だ。音楽の神童モーツァルトが「おなら」とか「うんこ」と言うのが好きな下品な男であったことは良く知られており、映画化もされた戯曲『アマデウス』で描かれた通り。

KANは才能に恵まれた作曲家だったが、作詞のセンスはなかったと僕は思う。恋の歌ばかりでアルバムを一枚通して聴いていると途中で飽きてしまう。つまり金太郎飴。概ね英語交じりで(フランス人になりたかった筈なのになぜ?)、「100カラットの君に/目がくらんだ」とか日本語の表現も陳腐。シンガーソングライターという肩書にこだわらず作詞を他者に委ねていれば、もっとヒット作を生み出せていたのではなかろうか?

ピアノを弾きながら歌うスタイルで、ビリー・ジョエルやエルトン・ジョンのような〈ピアノ・マン〉だった。ただし彼が憧れて歌手になる切っ掛けになったビリー・ジョエルの場合、最初のシングル『ピアノ・マン』にしても『ハートにファイア(We Didn't Start the Fire)』にしても恋の歌ではなく社会性があるわけで、そういう点を見習って欲しかった。

しかし同時にアンビバレントな愛着を彼の音楽に感じるのも確かであり、ここで僕が選ぶKANの歌Best 5を発表する。今は全てサブスクで聴ける(歌に限定しなければ哀しく、心を鷲掴みにする『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群 』がトップだ)。

 1.永遠
 2.小学3年生
 3.BRACKET
 4,東京ライフ
 5.ドラ・ドラ・ドライブ大作戦

『永遠』はKANが創作した最も美しい旋律だろう。胸に沁み入る最高傑作。是非一人でも多くの人にこの曲の魅力を知ってもらいたい。

『小学3年生』はイキったガキの口上が最高に可笑しい。ある意味『愛は勝つ』で調子に乗っていた自己に対するセルフ・パロディである。JazzyでGorgeousなオーケストレーションが良い。ビッグバンド形式で1950年代ニューヨークのフランク・シナトラって感じ。間違いなくシナトラと組んだネルソン・リドルのアレンジを意識している(特に最後)。

『BRACKET』は吠えるホーンセクションが気持ちいい!ノリノリだぜ。

『東京ライフ』の哀しみ、sentimentalismはある意味、KANの音楽の本質であるだろう。

ドラ・ドラ・ドライブ大作戦』は愉快な口調で、バンジョーが入ったりして音楽的には20世紀初頭のディキシーランド・ジャズを彷彿とさせる。映画『ペーパー・ムーン』とか、『俺たちに明日はない』が描いたボニー&クライドの時代の雰囲気。 

ランクインしなかったが『50年後も』は「明日の朝もしも僕が死んでいたら君はどうする?」という歌詞で始まるので、ちょっとドキッとする。

それからKANがアルバムで『キセキ』を発表した後、秦基博が『カサナル』をシングルリリース。2つ混ぜて『カサナルキセキ』に仕上がるという合作の試みは実にユニーク。一聴されたし。

KAN、今までありがとう!安らかにお眠りください。そしていつの日にか作曲家として再評価される日が来ますように。

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2023年12月26日 (火)

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

評価:A+

まず現時点で僕が気に入っているマーティン・スコセッシ監督による映画のベスト5を挙げておこう。因みに世間的に(映画評論家から)彼の最高傑作と言われている『レイジング・ブル』と『グッド・フェローズ』は余り好みじゃない。多分僕が間違っているのだろうとそれぞれ3回は観たがどうもピンとこない。それからアカデミー賞で作品賞・監督賞を受賞した『ディパーテッド』は凡作。オリジナル版・香港映画『インファナル・アフェア』の方が断然優れている。あとスコセッシがNetflixで撮った『アイリッシュマン』もイマイチだった。

 1.タクシードライバー
 2.キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
 3.沈黙 ーサイレンスー
 4.キング・オブ・コメディ(『ジョーカー』の元ネタ)
 5.ヒューゴの不思議な発明

Killers

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は既に「ナショナル・ボード・オブ・レビュー」で最優秀作品賞・監督賞・主演女優賞(リリー・グラッドストーン)を受賞。ニューヨーク映画批評家協会賞では作品賞・主演女優賞に輝いた。

今年のアカデミー賞で作品賞・監督賞は本作と、クリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』の一騎打ちになるだろう。僕の希望としては作品賞が『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で監督賞がノーランというのが誰もが納得行く結果ではないかという気がする。主演女優賞はリリー・グラッドストーンでほぼ決まり。僕は『マエストロ:その音楽と愛と』のキャリー・マリガンを推したいが、受賞は絶望的だ。演技の質どうこうよりも、今は白人より有色人種である方が賞レースに有利に働く。前回の主演女優賞を『TAR/ター』のケイト・ブランシェットではなく『エブエブ』のミッシェル・ヨーが受賞したもその傾向を端的に示している。そりゃ誰がどう見たってケイトの演技の方が凄いさ。

上映時間3時間26分、休憩なしと聞いた時にはびびった。果たしてその間トイレを我慢出来るだろうか?昔の映画、例えば『風と共に去りぬ』上映時間3時間42分、『マイ・フェア・レディ』上映時間2時間50分、『ドクトル・ジバゴ』上映時間3時間17分、『サウンド・オブ・ミュージック』上映時間2時間54分にはちゃんと途中休憩があった。

本作はApple TV+ 製作であり、つまり本来配信用の映画だからトイレ休憩など配慮する必要はないということなのだろう。そんな殺生な。

しかし気合を入れて劇場に足を運んだので、杞憂に終わった。余裕で大丈夫だった。ただ掛け値なしの傑作ではあるが人の生理を無視した上映形式のハードルが高く、2回目を観に行こうとは思わない。配信でいいや。

ヨーロッパからの移民である白人が、アメリカ大陸の先住民に対し、どういう扱いをしてきたかということが良く分かる作品である。特に最後、ラジオ劇になる場面が秀逸で、久しぶりに監督自身も役者として登場(『タクシードライバー』を思い出す)、熱いスピーチを披露した。

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2023年12月15日 (金)

宙組の存亡をめぐって宝塚歌劇団への提言

宙組は1998年1月1日に創設された宝塚歌劇団5番目の組である。大劇場お披露目公演は『エクスカリバー』と『シトラスの風』(NHK BSの放送を観た)。そして同年10月から上演された『エリザベート ー愛と死のロンドー』が僕の宝塚初観劇となった。出演は姿月あさと、花總まり、和央ようか、湖月わたる、朝海ひかる ほか。

 ・ エリザベートの想い出 2007.06.18

その後何度も大劇場に足を運び、街そのものが気に入って現在は宝塚市に住んでいる。わが家のベランダからは大劇場を望むことが出来る。

 ・ 宝塚生活始まる。 2013.07.18

最近書いた宙組のレビューは以下。

 ・ 真風涼帆(主演)宝塚宙組「アナスタシア」と、作品の歴史を紐解く。 2020.12.02
 ・ 真風涼帆/潤 花(主演)宝塚宙組「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」は駄作!(原作小説/映画版との比較あり) 2023.04.06

2023年9月末、宙組に所属する25歳の劇団員が死亡した問題で歌劇団は11月14日にいじめやパワハラは確認できなかったとする調査報告書の内容を公表した。亡くなった劇団員が上級生からヘアアイロンを押し当てられ火傷を負わされたことについては「日常的にあること」とし、故意だと主張する遺族に対して村上浩爾 ・現理事長が「証拠となるものをお見せいただけるよう」と発言して世間から猛批判を浴びた。余りにも冷酷で、思いやりに欠けた仕打ちである。世の中の企業倫理や社会規範からかけ離れた態度であり、自分たちがなぜ非難されているのか、全く分かっていない。「浮世離れ」と言い換えても良いだろう。組織と、生きている現役劇団員たちを守ることに汲々としている。

特に23年9月7日、ジャニー喜多川による性加害問題で外部の専門家による再発防止のための特別チームが出した調査報告書が画期的内容だっただけに、かえって宝塚歌劇団の事なかれ主義・隠蔽体質が浮き彫りにされる形となった。

僕は座付演出家だった原田諒のケースを思い出した。原田は2022年12月、演出助手にハラスメントをしたとする記事が『週刊文春』に掲載されることを理由に、事実関係を十分調査されないまま歌劇団から何度も退団を迫られ、受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。無実を主張する原田は23年4月7日歌劇団に従業員の地位確認を求める訴えを神戸地裁に起こし、さらに同年『文藝春秋』6月号において手記を掲載し反論した。僕はそれを読むまでは演出助手が女性だと勘違いしていたのだが実は男性で、OGの真矢みきから原田が直々に面倒を見てほしいと頼まれたのだそう(以下の発言内容はこちらの記事から引用)。

木場健之(こばけんし)理事長(当時)は2022年12月5日に原田に次のように言った。「A(演出助手)の母親が、あなたを宝塚歌劇団から出さなければ、10日の土曜日に文春に情報を渡すと言ってきた。土曜に情報を渡せば、月曜日には記事にしてもらえるらしい。もう記者ともコンタクトを取っていると言っている。Aの脅しを免れるために、9日付であなたは阪急電鉄の創遊事業本部に異動してもらうことに決定した」「個人的に言わせてもらうなら、自主退職という道もある。(中略)異動はもう決まったことだから。業務命令!」

こうして懲罰委員会が開かれることもなく、原田は退職勧奨を受けた。つまり助手Aが主張するハラスメント行為があったのか事実関係が一切検証・精査されることなく、マスコミにスキャンダルをばら撒くぞ!という脅しに歌劇団は怯え相手の言いなりになり、原田を切り捨てたのである。「組織を守る」ことだけに心をとらわれ視野狭窄に陥り、そのため「臭いものにはフタをしろ!!」というなりふり構わぬ姿勢がにじみ出ており、今回の自死事件でも同じことが繰り返されたと言えるだろう。で、原田を切ったが結局文春にネタは売られたわけで、いい面の皮だ。

今まで観劇した原田演出作品のレビューは以下の通り。

 ・ 宝塚バウ・ミュージカル「ノクターン -遠い夏の日の記憶-」 2014.06.29
 ・ 轟悠は宝塚の高倉健である。「ドクトル・ジバゴ」@シアター・ドラマシティ 2018.02.14
 ・ 
彩風咲奈・朝月希和(主演)宝塚雪組「蒼穹の昴」 2022.10.14

そもそも宝塚歌劇団は自らの組織を「学校」として捉えており、劇団員のことを「生徒」と呼び、退団を「卒業」と称する。そこに根本的な欺瞞がある。「生徒」だから「学校」が守ならければならないと信じ、内部の情報が外部に漏れることを極度に恐れる。「生徒」だからいじめやパワハラがある筈がない。「清く正しく美しく」がモットーなのだから。「外部漏らし」はご法度であり家族にも相談出来ない。「校則(おきて)」を守らないものは糾弾され、皆の前で「すみませんでした!」と繰り返し謝罪を強いられる。そしてそれを劇団は「上級生による指導の範疇」と自分たちにとって都合よく解釈する。

ファンは宝塚大劇場を「ムラ」と呼称する。言い得て妙で、この表現は因習にとらわれた劇団の閉鎖性を象徴している。世間から見れば「非常識」「時代錯誤」でも内部にいる人には見えないのだ。

元宝塚男役の七海ひろきはユーチューブに動画を投稿し、宝塚歌劇団は「浮世離れして外の世界から孤立」した場所でこの状況は、時代に合わせて変化出来ないまま109年続いてきた歴史の積み重ねによるものではないか」劇団が誠実に向き合って本気で改革に取り組むことを心から願っています」と語った。彼女の勇気ある発言に心からエールを送りたい。

当初劇団は11月14日の調査報告書公表で幕引きを図り、宙組の東京公演を実施する腹づもりでいた。しかし世論がそれを許さず、11月17日にとりあえず同月25日から12月14日まで公演を中止すると発表した。だからこの時点でもあわよくば後半をやりたいと画策していたわけだ。12月24日の千秋楽まで全日程の中止を決めたのは漸く12月5日である。見通しが甘く、遺族と世間を舐めていると言わざるを得ないのが現状である。

では遺族も世間も納得させる最善の選択肢はなんだろう?まず第一に劇団がパワハラといじめがあった事実を素直に認めること(当たり前だ)。そして亡くなった劇団員を火傷させた上級生と、深夜に彼女を長時間叱責した宙組幹部(組長ら)が遺族に謝罪し、責任を取って退団すること。これは必須だろう。さらに宙組を解体する。以下のような事例からそれが妥当と考える。

1)日本大学はアメリカンフットボール部の違法薬物事件を受けて、廃部の方針を固めた。腐った組織は解体するのが一番スッキりするし、一部の膿を切開排膿することは残りの母体を守ることに繋がる。
2)〈絶対的センター〉の平手友梨奈が脱退し、ガタガタになったアイドルグループ『欅坂46』をソニー・ミュージック・エンターテイメントおよび秋元康は「終わらせる」決断を下し、新たに『櫻坂46』として再編した。

1997年まではそもそも花・月・雪・星の4組しかなかったわけで(劇団員の総数もその後増えていない)、出直しという意味で原点回帰してもよいのではないだろうか?また『欅坂46』が『櫻坂46』に生まれ変わったように(今年のNHK紅白歌合戦出場も決まった)、宙組を一旦終わらせ新たな組を創設する手もあるだろう。活動再開もままならない現状を打破するには思い切った改革が必要だ。

荻田浩一(『パッサージュ -硝子の空の記憶-』)・上田久美子(『翼ある人々 -ブラームスとクララ・シューマン -』)そして原田諒。才能に溢れ、将来を嘱望されていた若手の作・演出家たちが次々と宝塚を離れ、残ったのは藤井大介・植田景子・生田大和といった凡庸な人たちばかり(大御所:小池修一郎は除く)。藤井や植田が演出する演目は詰まらないので、僕はそれらの観劇を避けるようにしている。

11月30日発売の週刊文春は同月中旬、藤井大介が稽古場のある宝塚大劇場内の5階リフレッシュコーナーに酒を持ち込み生徒に勧めた、と報道。歌劇団は「酒類を持ち込んだことは事実」と認めた。 そして12月1日、藤井は理事を辞任した(歌劇団は「個別の理事の退任理由については公表を差し控える」とマスコミの取材に答えた)。 また植田は最近自身のインスタグラムで、亡くなった劇団員や遺族に対して一言もお悔みを述べることなく「報道が真実を見えなくしている」とメディア批判を展開し、物議を醸している。やれやれ……。

ずたぼろの宝塚歌劇団だが、原田の名誉が回復され、彼が復帰することを僕は心から待ち望む。パンドラの箱は開かれたが、希望はまだある。そう信じたい。

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