キリル・ペトレンコ/ベルリン・フィル in 姫路
11月18日(土)兵庫県 姫路市へ。世界遺産・姫路城は美しかった。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を〈アクリエひめじ〉で聴いた。同団史上初の姫路公演だそうだ。
S席43,000円 。清水の舞台から飛び降りる気持ちで高額チケットを購入した。因みに昨年のロンドン交響楽団はSS席23,000円。
・ サイモン・ラトル/ロンドン交響楽団@フェニーチェ堺(+世界のオーケストラ・ランキングについて) 2022.10.11
一番安いE席1,8000円を買えばいいじゃないかという意見もあるだろうが、やはり最高のオーケストラは最高の音響で体験したい。天井桟敷の貧相な音で聴くくらいなら、我が家のドルビーアトモス対応4Kテレビ(SONY BRAVIA)でデジタル・コンサートホールを視聴する方がマシだ。
4年ぶりの来日である。実は東京オリンピックが開催される予定だった2020年6月にプレイベントとして指揮者のグスターヴォ・ドゥダメルと共に日本で早坂文雄の映画『羅生門』の音楽や、ジョン・ウィリアムズがアトランタ・オリンピック開会式のために作曲した『サモン・ザ・ヒーロー』、ベートーヴェンの第九などを披露する予定だったが、新型コロナウィルス感染症拡大により開催中止、オリンピック自体も1年延期になった(予定されていた催しの概要はこちら)。
現在の首席指揮者キリル・ペトレンコの就任について8年前に次のような記事を上げた。
・ ベルリン・フィルの危険な賭け 2015.06.23
サイモン・ラトルの後任を決める団員の総会が大いに揉めたことや、ベルリン・フィルはキリル・ペトレンコと3回しか共演していないのに彼が首席指揮者に決まったことに対する僕の驚きと不安を書いている。しかし後にデジタル・コンサートホールで数々の名演に接し、そんな事は杞憂に過ぎなかったことが良く分かった。
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、エフゲニー・ムラヴィンスキー、エフゲニー・スヴェトラーノフ、ヴァレリー・ゲルギエフなどを例に上げるまでもなく、ロシアの指揮者でモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、マーラーなどウィーン古典派やドイツ音楽を得意とする人は皆無に等しい。しかしロシア・オムスク出身のキリル(ヴァシリー・ペトレンコという指揮者もいるので以下こう呼称する)は例外だった。
キリルの指揮ぶりが誰に一番近いかといえば、天才カルロス・クライバーだろう(僕は中学生の時にミラノスカラ座引っ越し来日公演オペラ『ラ・ボエーム』で彼の実演を聴いた@建て替え前の旧フェスティバルホール)。速めのテンポ設定、畳み掛けるようなキレッキレのリズムがカルロスを彷彿とさせる。カルロスとの大きな違いはキリルのレパートリーの広さにある。特にオペラ指揮者として傑出しており、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの『死の都』とかR.シュトラウスの『影のない女』、チャイコフスキーの『スペードの女王』など、いずれも息を呑む素晴らしさだった。あとオーケストラ曲ではベルリン・フィルのシェフに決まる前から他オケとセッション録音していたチェコの作曲家ヨゼフ・スーク(交響詩『夏物語』/交響曲第2番『アスラエル』など)へのこだわりはユニークだし、僕が2014年に書いた記事「厳選 交響曲の名曲ベスト30はこれだ!」の中で第1位と第30位に選出したフランツ・シュミット/交響曲第4番とコルンゴルト/交響曲 嬰ヘ調をベルリン・フィル定期演奏会で取り上げてくれた時には狂喜乱舞した!歴代のシェフ;フルトヴェングラー、カラヤン、アバド、ラトルらはこれらの楽曲を一度も指揮したことがない。キリルは〈本物の音楽〉を知っている。レナード・バーンスタイン/シンフォニック・ダンス(『ウエストサイド物語』より)を得意としているのも好感が持てる。
さて今回の曲目は、
・ モーツァルト:交響曲第29 番 イ長調 K.201
・ ベルク:オーケストラのための3 つの小品
・ ブラームス:交響曲第4 番 ホ短調 Op.98
実はこのプログラム、11月3日ベルリンでの定期演奏会と同一で、既にデジタル・コンサートホールで繰り返し視聴していた。
第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが指揮台を挟んで向かい合う対向配置。2023年2月にこのオケ史上初の女性コンサートマスターとなったヴィネタ・サレイカ=フォルクナー(以前はアルテミス弦楽四重奏団のメンバーだった)が姫路の演奏会はトップを務め、その隣(ステージ奥)に樫本大進。ベルリンでの演奏はヴィネタの隣がノア・ベンディックス=バルグリー(第1コンサートマスター)で、樫本は出演していなかったが、リハーサルに参加していた。
ホルン首席のシュテファン・ドールはベルリンの演奏会に出演せず、客演奏者(アジア系?の女性)の音が力強さに欠け、物足りなかったのだが、姫路公演ではドールが登場し圧巻のパフォーマンスを披露した。
アルバン・ベルクはキリルにとって非常に重要な作曲家であり、2019年8月首席指揮者就任演奏会でもベートーヴェンの第九と共に、ベルクの歌劇《ルル》組曲を演奏している。
「オーケストラのための3つの小品」は1923年に初演された。デジタル・コンサートホールのインタビューでキリルが曲目解説している内容がとても面白い。第1楽章〈前奏曲〉はドビュッシー風に開始され、ヴァイオリンによる最初のモティーフ(動機)はマーラーの交響曲第9番と密接に結びついていると。ベルクは恩師であるシェーンベルクと敬愛するマーラーに対してアンビバレントな(相反する)感情を抱いていた。第2楽章〈輪舞〉は前半のワルツと、ヴァイオリン・ソロが登場する後半から緩徐楽章の役割を果たし、2部構成になっている。第3楽章〈行進曲〉を作曲家は「喘息発作」に喩えていて、この表現が作品理解に役立つ。第一次世界大戦の雰囲気が色濃く、マーラーの交響曲第6番からの影響も伺われる。マーラーは最終楽章で全てを打ち砕く3回目のハンマー打撃(第1稿)を躊躇し、第2稿で削除したが、ベルクはその決定打を打ち下ろし、Annihilation(アナイアレイション:壊滅・絶滅)に至る。
ちなみに1908年にベルクは喘息を発病、この時の年齢「23」を自己の運命の数と決め、『抒情組曲』など以後の作品の構成を彩ることになる。また1914年に第一次世界大戦が勃発し、その翌年から彼は兵役に服している。
現在ベルリン・フィルに所属する日本人は第1コンサートマスターの樫本大進、 第1ヴァイオリン町田琴和、第2ヴァイオリン首席マレーネ・イトウ(伊藤真麗音) 、首席ヴィオラ清水直子がいる。また他にアジア人としては初の中国人団員である第1首席ヴィオラ奏者の梅第揚(Mei Diyang=メイ・ディヤン) と初の韓国人団員であるヴィオラのパク・キョンミン (Kyoungmin Park)がいる。さらに2023年11月3日に首席ホルン奏者として中国出身の曽韵(Yun Zeng=ユン・ゼン) を迎えるとアナウンスされた。アジア人として初めての管楽器奏者である。こうして見ると「弦の国」と呼ばれる日本の音楽家はやはり弦楽器が得意。しかし高音パートに限られ低音パートのチェロやコントラバスなどの名手が少なく、管楽器も不得手ということが良く分かる。バッハ・コレギウム・ジャパンやサイトウ・キネン・オーケストラでも弦楽器はほとんど日本人なのだけれど、管楽器は外国人奏者の方が多い。日本でアマチュア吹奏楽は世界一と言って良いくらい盛んなのだが、これは民族的な才能(骨格の特徴など)の限界なのかも。
・ 民族と楽器 2007.10.08
声楽に於いても日本人は頑張っているのだが、一流のオペラ歌手(特にバリトン・バスなど低音部)を輩出することが叶わない。むしろ中国人や韓国人の方が名だたるオペラハウスに沢山出ている。閑話休題。
〈アクリエひめじ〉は2021年9月に誕生。なかなか音響が良かった。ただ残響の長さはザ・シンフォニーホルやフェニーチェ堺の方が一枚上手かな。ここで僕が考える関西の音楽ホール・ランキングを示そう(青山音楽記念館バロックザールなど、室内楽向き小ホールは除く)。
・S 級:ザ・シンフォニーホル(大阪市)/フェニーチェ堺(堺市)/いずみホール(大阪市)
・A 級:アクリエひめじ(姫路市)
・B 級:兵庫県立芸術文化センター(西宮市)/フェスティバルホール(大阪市)
・C 級:神戸国際会館 こくさいホール(神戸市)/浪切ホール(岸和田市)
・D 級:神戸文化ホール(神戸市)→老朽化のため2027年度以降、三宮に新・神戸文化ホールとして移転予定
・F(不可):京都コンサートホール(京都市)
コンサートの後はせっかく姫路に来たのだからと、名店「十七八(となはち)」のおでんに舌鼓を打った。
17時開店と同時にカウンターのみ12席が埋まった。熱燗1本+おでん10個ほど注文して、3千円出してお釣りが来たのには驚いた。安い!美味い!
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