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2023年10月20日 (金)

村上春樹「街とその不確かな壁」とユング心理学/「影」とは何か?/「君たちはどう生きるか」との関係

これは下記事の続きである。

 ・  村上春樹「街とその不確かな壁」をめぐる冒険(直子再び/デタッチメント↔コミットメント/新海誠とセカイ系/兵庫県・芦屋市の川と海) 

村上春樹はユング心理学から多大な影響を受けている。そのことはスイスにあるユング研究所で研鑽を積み、日本人として初めてユング派分析家の資格を得た河合隼雄と村上が何度も対談を重ねていることからも伺い知れるだろう(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』『こころの声を聴く―河合隼雄対話集』いずれも新潮文庫)。例えば小説『ねじまき鳥クロニクル』において主人公が井戸の底に下りていって瞑想するという行為は、深層心理の奥底に潜ることを象徴している。そこには集合的無意識があり、他者と繋がることが出来る。それが〈壁抜け〉だ。主人公は時空を超えノモンハン事件当時の満州国に直列接続する。

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村上に心酔するアニメーション監督・新海誠はこのアイディアを映画『君の名は。』に応用した。夢(=集合的無意識)の中で瀧と三葉は出会い、体が入れ替わるが、ふたりの間には東京と飛騨地方という距離の隔たりと、3年という時間のずれがあった。

 ・ 【考察】神話としての「君の名は。」〜その深層心理にダイブする。 2016.09.10

村上の新作小説『街とその不確かな壁』の主人公(ぼく)は、消息不明になった女の子(≒『ノルウェイの森』の直子)が語っていた、高い壁に囲まれた「街」になんとか辿り着く。「街」は集合的無意識のメタファーだから、その図書館で彼女に再会することになる。主人公に与えられた仕事は〈夢読み〉だ。

「街」の住人には影がない。主人公(ぼく)も「街」に入るために門番の手で影を切り離される。「影」とは何か?二つの解釈が考えられる。

まず第一に、ユング心理学における「影」だ。河合隼雄の著書に『影の現象学』があるので、一読をお勧めしたい。詳しい解説は下記事に書いた。

 ・ 〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その3〉影・トリックスター・ヌミノース 2019.06.07  

「影」はひとの無意識の中にあり、本能に結びついたこころの原初的なイメージ=元型(Archetype)の一つだが、『街とその不確かな壁』第二部に登場する図書館の前館長・子易さんは元型における「老賢人」だし、イエロー・サブマリンの少年は「子供(永遠の少年)」。そしてきみ(直子)は「アニマ」だ。

 ・ 〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ 2019.06.06

「影」のもう一つの解釈として20世紀末ウィーンの文化を代表する作家フーゴ・フォン・ホーフマンスタールが書いた『影のない女』に触れておきたい。リヒャルト・シュトラウスが作曲したオペラの台本だが、小説版もあり、内容は若干異なる。村上春樹は『騎士団長殺し』の中でリヒャルト・シュトラウスの歌劇『ばらの騎士』を登場させており、『ばらの騎士』の台本を執筆したのもホーフマンスタールである。『影のない女』のあらすじはこうだ。

東方の皇帝は狩りの途上でガゼル(羚羊)に変身していた霊界の大王カイコバートの娘を捕らえ、人の姿に戻った彼女を妻にする。しかしカイコバートの呪いにより、結婚から12ヵ月以内に皇后に影が出来なければ皇帝は石の体と化してしまうと宣告される。また影がないと后は子供を産めない。乳母は彼女に「人間の世界に降りてゆくと影が手に入る」と教える。二人は下界に降り、子供を欲しいと思っていない染物師の若い妻から影を得ようと画策する。

つまり「影」は〈子供を生む=自分の遺伝子を転写・複製する〉能力のメタファーになっている。霊界の住人は「影」を持つ必要がない。なぜなら永遠の命を有しているから。一方、人間は命が有限だから次世代に遺伝子をつなぐために「影」が必要なのだ。

フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースは「神話論理」四部作の中で次のように語っている。

神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的はただ一つの問題、すなわち連続不連続のあいだの調停である。

この原理はそのまま『影のない女』と『街とその不確かな壁』に当てはまる。人間は「影」を持つが故に不連続(mortal)であり、「影」を切離すことによって連続する(immortal)存在=「街」の住人になれる。人間の寿命を超えて生き続けるドラキュラ(や、ポーの一族)にも「影」はないし、生殖能力もない。

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興味深いことに宮崎駿監督の新作アニメ『君たちはどう生きるか』も『街とその不確かな壁』と似た構造を持っている。主人公の少年・眞人は大伯父が建てた塔がある洋館に入っていくが、ここは「街」と同じく集合的無意識のメタファーであり、塔の中で彼は時空を超えた人物たち(明治時代に生きた大伯父や若き日の母など)と出会うことになる。

 ・ 【考察】完全解読「君たちはどう生きるか」は宮﨑駿の「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ監督)だ!!
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【考察】なぜ「君たちはどう生きるか」は評価が真っ二つなのか?/ユング心理学で宮﨑駿のこころの深層を読み解く

村上春樹は若い頃から子供を作らないと決めていた。今までに生み出して来た作品群こそが彼の子供たちと言えるだろう(つまり〈夢読み〉とは小説を書く彼自身のことだ)。ただ『街とその不確かな壁』に登場するイエロー・サブマリンの少年の描写を読んでいると、やっぱり息子が欲しかったんじゃないかな。そんな苦い後悔がちょっぴり滲み出しているように感じるのは、果たして僕だけだろうか?

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