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2023年10月28日 (土)

木下晴香(主演)ミュージカル「アナスタシア」と、ユヴァル・ノア・ハラリ(著)「サピエンス全史」で提唱された〈認知革命〉について

ミュージカル『アナスタシア』を梅田芸術劇場@大阪市にて観劇した。

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From Screen to Stage ーアニメーション映画から舞台ミュージカルへ。本作が成立した経緯は宝塚歌劇版のレビューで、微に入り細を穿つ解説を書いた。

 ・ 真風涼帆(主演)宝塚宙組「アナスタシア」と、作品の歴史を紐解く。 2020.12.02

今読み返しても情報量は必要十分、我ながら「熱いよね!」(by 宮藤官九郎『あまちゃん』)と思う。

上記事にもある通り、日本初演は木下晴香と葵わかなのダブル・キャストで 2020年3月に幕を開けたのだが、当時猛威を奮っていた新型コロナ・ウィルス禍のため東京公演は度々中断し、挙句の果て大阪は全公演中止になってしまった(その時の告知はこちら)。僕の手元にあったチケットは払い戻しとなり、3年という歳月を経て漸くリベンジを果たした!!歌舞伎や落語『淀五郎』にもなった浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』になぞらえるなら、正に「遅かりし由良之助。待ちかねたァ」。

20世紀フォックスが初めて製作したアニメーション映画『アナスタシア』は1998年9月の公開時(僕は岡山市に住んでいた)テアトル岡山で観ている。その少し前、同じ20世紀フォックスの超大作『タイタニック』は当時としては珍しく日米同時公開で、初日の1997年12月20日にやはりテアトル岡山で観た。音響の悪い古びた映画館で時代の波に呑まれやがて閉館し建物は解体、その跡地は駐車場に成り果てた。まるで映画『ニュー・シネマ・パラダイス』みたいな話だ。2019年に20世紀フォックスはディズニーに吸収合併され「20世紀スタジオ」と名称が変更。今や『アナスタシア』も『タイタニック』もDisney+から配信されている。

 ー夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡ー

『アナスタシア』のスタッフである作詞:リン・アレンス、作曲:ステファン・フラハティ、台本:テレンス・マクナリーはミュージカル『ラグタイム』でも組んでおり、マクナリーは『ラグタイム』を含めトニー賞を4度受賞している。そして『ラグタイム』も遂に今年、日本でお披露目された。

 ・ 石丸幹二・安蘭けい・井上芳雄 /ミュージカル「ラグタイム」待望の日本初演!

快哉を叫びたい心境である。

マクナリーの台本は、そりゃ『ラグタイム』の方が完成度が高いのは確かだが、『アナスタシア』も悪くない。特に過去の名作ミュージカルを彷彿とさせる瞬間がいくつもあり、心がときめいた。例えば二人の詐欺師ディミトリとヴラドが、しがない道路清掃員アーニャを皇女アナスタシアに仕立て上げようと教育する場面で『マイ・フェア・レディ』を想起しない人はいないだろう。ここで歌われる"Learn to Do It"は『マイ・フェア・レディ』でヒギンズ教授とピカリング大佐が歌う“でかしたぞ (You Did It)”に呼応している。つまり"You Did It"が過去の成功について会話しているのに対して、"Learn to Do It"はこれから起こる未来の可能性を語っているのだ。第1幕最後はアカデミー賞の歌曲賞にノミネートされた超名曲"Journey to the Past"をアーニャが歌い上げ感動的に締め括られるが、ヒロインのソロで第1幕が幕を閉じるのは『エリザベート』(私だけに)の記憶が蘇る構成になっている(『エリザベート』も皇室ものだ)。宝塚版が許しがたかったのは、この"Journey to the Past"をディミトリにも歌わせたこと。いくらヅカが男役中心の世界観だからといって、娘役最大の見せ場を横取りしないで欲しい。犯罪にも等しい暴挙である。作・演出の稲葉太地は猛省し、小池修一郎の爪の垢でも煎じて飲め!

幼い頃に聴いた子守唄"Once Upon a December"が主人公の記憶を蘇らせる引き金(trigger)になるという仕掛けはロマンティックで素敵だ。ドヴォルザークが作曲した『我が母の教えたまいし歌 』とか、クリスティーナ・リッチが主演した映画『耳に残るは君の歌声』を思い出させる。

さて10月22日(日)ソワレのキャストは、

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10月24日(火)ソワレのキャストは、

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30年に及ぶ僕のミュージカル観劇歴において、日本人では木下晴香こそNo.1の歌唱力であると断言しても良い。女優で彼女に匹敵するのは、全盛期(宝塚歌劇時代〜『レ・ミゼラブル』コゼット役まで)の純名里沙くらいだろう。いや、日本人に限定しなければディズニー版『アイーダ』ブロードウェイ・オリジナル・キャストのヘザー・ヘッドリー(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞)とかミュージカル『カラー・パープル』のシンシア・エリヴォ(トニー賞ミュージカル主演女優賞受賞) 、『リトル・マーメイド』のシエラ・ボーゲス 、『ミス・サイゴン』のレア・サロンガらの名前が挙げられるが、つまりそのレベルということだ。少なくとも『アナスタシア』ブロードウェイ・オリジナル・キャストであるクリスティ・アルトモアより木下のほうが上。もうその第一声から「なんて美しい歌声なんだろう!」と、ウットリ聴き惚れた。完璧。

 ・ 生田絵梨花(乃木坂46)vs. 新星・木下晴香/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」 2017.03.04
 ・ 音楽の天使が舞い降りた!!〜ミュージカル「ファントム」 2019.12.12

木下晴香はディズニー映画 実写『アラジン』吹替版でジャスミン姫に起用されたわけだが、神田沙也加亡き後(彼女の死は本当に辛い出来事だった。実現しなかった『マイ・フェア・レディ』大阪公演のチケットは払い戻しした)、『アナと雪の女王 3』吹替版のアナ役は木下に是非やってもらいたい。

他のダブル/トリプル・キャストについて。ディミトリ役は内海啓貴(うつみあきよし)、グレブ役は激しい感情を顕にする海宝直人(かいほうなおと)が良かった。ヴラド役については、流石に石川禅が演技も歌も巧者で感心したが大澄賢也も味わい深く、甲乙付け難い。

ダルコ・トレスニャクは奇をてらわないオーソドックスな演出で、まぁ目を瞠るような斬新な場面はないけれど、安心して観劇出来る感じかな。背景に高精細LED映像を駆使した美術が見応えあり。

僕はイングリット・バーグマンがユル・ブリンナーと共演し、アカデミー主演女優賞を受賞した映画『追想』(原題:Anastasia)の頃からこの物語が大好きなのだが(アルフレッド・ニューマンの音楽も素晴らしい!)、どうしてこれ程迄に惹き付けられるのだろうとよくよく考えてみた。

本作のテーマは「うそを信じる力」であり、それは本質的に「人間とは何か?」という問いに深く関わっているのではないだろうか?ベストセラーになり、バラク・オバマ(アメリカ元大統領)も絶賛したユヴァル・ノア・ハラリの著書『サピエンス全史』で〈認知革命〉という概念が提唱される。古代の地球にはホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・ソロエンシス、ホモ・エレクトス、ホモ・デニソワなど、様々なホモ属が生きていた。しかし最終的にホモ・サピエンスだけが生き残り、他のホモ属は駆逐された。その違いは何だったのか?それが約七万年前サピエンスだけに起こった〈認知革命〉だと著者は言う。それは「虚構(うそ)を共有する能力」のこと。〈認知革命〉以降、神話や物語(フィクション)、噂話が生まれ、人々が団結することに役立った。そしてダンバー数(人々が円滑・安定的に関係を維持することができる人数)=150人を突破出来るようになったというのだ。キリスト教を例に考えてみよう。聖母マリアは男女の交わりなしにイエスを身ごもった(処女懐胎)。イエスは水の上を歩き、十字架にかけられ磔刑3日後に復活する。こういった虚構(フィクション)に基づき宗教は信者を増やし、大きな勢力となっていった。日本の天皇制も天照大御神(あまてらすおおみかみ)の末裔であるという神話(神道)に支えられている。通貨制度もまた、硬貨や紙幣そのものに「価値がある」と信じる虚構(フィクション)に立脚している。つまり〈認知革命〉なくして国家の統一はあり得なかったのだ。

僕たちが映画や芝居を観て感動するのも、そこには「うそを信じる力」が介在している。それこそが「人の人(ホモ・サピエンス)たる所以」なのだ。

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