石丸幹二・安蘭けい・井上芳雄 /ミュージカル「ラグタイム」待望の日本初演!
10月5日(木)および7日(土)に梅田芸術劇場でミュージカル『ラグライム』を観劇した。待望の日本初演である。実に25年待った甲斐があった。
出演は石丸幹二(ターテ)、安蘭けい(マザー)、井上芳雄(コールハウス・ウォーカー・Jr)、遥海(サラ)、綺咲愛里(イヴリン・ネズビット)、EXILE NESMITH (ブッカー・T・ワシントン)ほか。
このミュージカルは1996年にまずトロントで幕を上げ、ブロードウェイ初演が98年。本作にとって実に不運だったのは同じ年に初演されたディズニーの『ライオンキング』と競合してしまったこと。トニー賞では13部門にノミネートされたが、受賞出来たのはミュージカル脚本賞・オリジナル楽曲賞・助演女優賞(オードラ・マクドナルド)・編曲賞の4部門にとどまった。一方で『ライオンキング』は作品賞・演出賞・振付賞など主要6部門を攫った。結局『ライオンキング』の凄まじい人気に気圧され、2年間の興行で閉幕してしまう(トニー賞において作品賞を受賞出来るかどうかでブロードウェイの興行は大きく左右される)。もし初演の年が違っていたらミュージカル作品賞を受賞出来た筈だ。
脚本はテレンス・マクナリー。ミュージカル『蜘蛛女のキス』やストレート・プレイ『マスター・クラス』などで4回トニー賞を受賞している。また作詞:リン・アレンズ/作曲:スティーヴン・フラハティはミュージカル『アナスタシア』や『スーシカル』(ドクター・スースが描いた絵本が原作)でもコンビを組んでいる。今回の演出は藤田俊太郎。ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』や『NINE』『VIOLET』の演出で読売演劇大賞の最優秀作品賞・最優秀演出賞、菊田一夫演劇賞などを受賞した俊英である。
本作に出会ったのは1998年6月7日に開催されたトニー賞授賞式のパフォーマンスである(動画はこちら)。その日僕は大阪・近鉄劇場で上演されていた『蜘蛛女のキス』(演出:ハロルド・プリンス、出演:市村正親・麻実れい・宮川浩)と、劇団四季の『ドリーミング』@MBS劇場を観に来ていて(当時は岡山県・岡山市に住んでいた)、宿泊していた梅田OSホテル(2021年12月31日に廃業)でテレビ中継を観た(近鉄劇場もMBS劇場も今はない)。オリジナル・キャスト版のCDも買って繰り返し聴いた。特にサラを演じたオードラ・マクドナルドとコールハウス・ウォーカー・Jr役のブライアン・ストークス・ミッチェルの歌唱が圧巻だった(動画はこちら)。
オードラ・マクドナルドは現在までにトニー賞を6回(!)受賞している。ミュージカルだけではなくストレート・プレイも含まれるのだから何ともはやである。言うまでもなく史上最多受賞者だ。彼女の演技を見たかったら現在Disney+から配信されている『アニー』(1999年ディズニーが製作したテレビ映画)がお勧め。ウォーバックス氏の秘書を演じている。ブライアン・ストークス・ミッチェルは『キス・ミー・ケイト』などでトニー賞2回受賞。『ラグタイム』もミュージカル主演男優賞にノミネートされたが、この時は相手が悪かった。結局勝利を手にしたのは『キャバレー』でM.C.を演じたアラン・カミングだった(動画はこちら)。なおアラン・カミングも1999年版『アニー』に出演している。
当時僕は、劇団四季の演出家:浅利慶太が『ラグタイム』の日本での上演を検討しているという噂を耳にしていた。四季に所属していた石丸幹二がブロードウェイ初演を観ているのも、恐らく視察目的で劇団から派遣されたのだろう。しかし結局、浅利は断念したと風の便りに聞いた(海外視察はしたが劇団四季が上演しなかった他の作品にロイド・ウェバーの『サンセット大通り』や1999年ベルリン初演版『ノートルダムの鐘』などがある。ディズニーの『ノートルダムの鐘』は後に大幅に改訂されたヴァージョンがアメリカで上演され、こちらが日本で採用された)。
『ラグタイム』が日本で上演困難だった最大の理由は民族の衝突をテーマにしているからだ。冒頭のナンバーではWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)、ラトビアなど北欧や東欧から舶来したユダヤ系移民、そして黒人(アフリカ系アメリカ人)の3つのグループに分かれてアンサンブル(重唱)が展開される。これを日本人だけで表現するにはかなり無理がある。
同じ問題を抱えているのが『ウエストサイド物語』だ。こちらはポーランド系アメリカ人で構成される「ジェット団」とプエルトリコ系「シャーク団」の抗争が描かれる。僕は1999年宝塚星組公演(稔幸・星奈優里・絵麻緒ゆう・彩輝直)を観たのだが、見分けをつけるために「シャーク団」は黒塗りのメイクで、かなり違和感を覚えた。宝塚版『ハウ・トゥー・サクシード』の社長秘書ミス・ジョーンズ(黒人)の扮装も、まるでミンストレル・ショー(顔を黒く塗った白人によって演じられた踊りや音楽)でいただけない。気持ちが萎えた。
・【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen ) 2021.12.01
同様に、多様性(diversity)がテーマであるミュージカル『RENT』も山本耕史が主演した日本初演を観たが、やはり日本人だけで作品に込められた想いを表現するのは到底不可能だという結論に達した。これ、ファイナル・アンサー。
・ 映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。 2021.12.23
しかし鬼才・藤田俊太郎は『ラグタイム』が我々に投げかける高度な難問に見事な正解を出した。井上芳雄ら黒人役のメイクはドーランを塗っているが黒塗りではないという程度に抑えられている。肌の色ではなく衣装で3グループのコントラストを鮮やかに際立たせた。「あっぱれ!」と、僕は快哉を叫びたくなった。
ブッカー・T・ワシントン(黒人運動指導者・教育家)やイヴリン・ネズビット(建築家スタンリー・ホワイトの愛人)、エマ・ゴールドマン(リトアニア生まれのアナキスト)、ハリー・フーディーニ(奇術師)、ヘンリー・フォード(自動車王)、J.P.モルガン(金融王)といった20世紀初頭に実在した有名人が登場するのも楽しい。なお『ラグタイム』の原作小説は『カッコーの巣の上で』『アマデウス』で2回アカデミー監督賞を受賞した、チェコ出身のミロシュ・フォアマン監督が映画化しているのだが、DVDやBlue-rayは未発売で、Amazonプライムから一瞬配信されたのだが現在は観れなくなっているのがとても残念だ。
EXILE NESMITHは父がアメリカ人で母が日本人。遥海(はるみ)は父が日本人で母がフィリピン人。彼女は幼少期から教会でゴスペルを歌っていたという。オードラ・マクドナルドの凄まじい歌声が耳に残っているだけに誰がサラを演じてもそれを凌駕することは出来ないだろうと高を括っていたのだが、遥海の歌唱は遜色なくて度肝を抜かれた。彼女は『RENT』でミミを演じたそうでそれも聴いてみたいし、『ミス・サイゴン』のキム役もピッタリじゃないかな。ちなみにキムのオリジナル・キャスト(ロンドン及びブロードウェイ)、レア・サロンガはフィリピン出身である。
井上芳雄はさすがにブライアン・ストークス・ミッチェルに及ばないが、それでもかなり健闘していた。◯。実力派が揃った他のキャストも文句なし。素晴らしい日本初演になった。『ムーラン・ルージュ』という強力なライバルが居るが、本作が読売演劇大賞か菊田一夫演劇賞を受賞することを切に願う。再演も絶対観るからね!日本で上演してくれて本当にありがとう。
| 固定リンク | 3
「舞台・ミュージカル」カテゴリの記事
- 史上初の快挙「オペラ座の怪人」全日本吹奏楽コンクールへ!〜梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部(2024.09.04)
- 段田安則の「リア王」(2024.05.24)
- ブロードウェイ・ミュージカル「カム フロム アウェイ」@SkyシアターMBS(大阪)(2024.05.23)
- 大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)(2024.04.01)
コメント