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2023年5月20日 (土)

【考察】全世界で話題沸騰!「推しの子」とYOASOBI「アイドル」、45510、「レベッカ」、「ゴドーを待ちながら」、そしてユング心理学

赤坂アカ(原作)横槍メンゴ(作画)による『推しの子』がTVアニメになり、世界を席巻している。

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兎に角、初回放送90分というのが前代未聞で凄まじいインパクトをもたらした。またYOASOBIによる主題歌『アイドル』の破壊力が半端ない。この音楽ユニットは元々、小説を音楽にするプロジェクトから誕生したそうで、『アイドル』の歌詞も赤坂アカが書き下ろし、アニメ放送直前に公開された小説『45510』に基づいている。この短編の完成度の高さが超弩級で舌を巻く。

『アイドル』は配信直後から異次元ヒットを飛ばしており、ストリーミング再生数がダントツの首位、週前半3日間の集計で再生数が1000万回を超えるのはBTSの『Butter』以来、史上2曲目となる快挙だそう 。海外のチャートにも既に多数ランクイン。ビルボードのグローバルチャート「Global200」では14位を獲得したという。

『推しの子』を見始めて最初に気付いたのは、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画化でも名高いイギリスのダフニ・デュ・モーリエが書いた小説『レベッカ』と物語の構造が似ているということ。登場人物の多く(アクア、ルビー、有馬かな、斉藤みやこ etc.)が死んだアイ(アイドルグループ「B小町」のセンター)の面影にいつまでも囚われている。『レベッカ』が描くのも死者に支配された世界だ。タイトルロールのレベッカが全く登場しない構成も凄い。全ては人々の記憶で語られる。

『レベッカ』の着想にインスパイアされたと考えられる作品にノーベル文学賞を受賞したアイルランドの作家サミュエル・ベケットによる20世紀を代表する戯曲『ゴドーを待ちながら』と、直木賞作家・朝井リョウの小説『桐島、部活やめるってよ』(小説すばる新人賞受賞、映画も傑作)が挙げられる。

 ・「ゴドーを待ちながら」@京都造形芸術大学 2017.09.12

登場人物たちがしきりにゴドーや桐島のうわさ話をするが、当の本人は最後まで現れない。ゴドー/桐島=イエス・キリスト(神)と解釈することも可能だ。観客/読者が可視出来る人々はその信者というわけ。『アイドル』の歌詞に「歌い踊り舞う私はマリア」とある。つまりアクアもルビーも聖母マリアを信仰している。

しかしアイは平気で嘘をつき、「嘘は私なりの愛だ」と宣言する。彼女は単なる聖女ではなくサタン・魔女としての側面も持つ。だからゴドーや桐島よりも、腹黒いレベッカの方が性格的に近いと言える。アイは聖母マリアであると同時に、マグダラのマリア(罪深い女)でもあるのだ。その二面性にヲタは惹きつけられる。

YOASOBIの『アイドル』は冒頭に合唱が登場した瞬間から禍々しい黒ミサの様相を帯びてくる。

Oh, my Savior, oh, my saving grace

アカデミー作曲賞を受賞したジェリー・ゴールドスミス作曲、映画『オーメン』の主題歌「アヴェ・サタニ(Ave Satani )」に近い雰囲気がある。アヴェ・マリアをサタンに置き換えたもの。

と同時にMIX(AKB48などのライブにおいて、前奏や間奏にファンが叫ぶ掛け声のこと)が入り、アイドル・ソングとしても完璧。大いに盛り上がり、興奮はMAXに。

そしてBパートで、手記『45510』を書いた(主観「私」)と思しきBさんが登場。全力で悪意を噴出し、あたりかまわず撒き散らす。

さらに曲の後半「愛してるって嘘で積むキャリア」と歌う所でボレロのリズムになるのが悪夢のようでまたいい。断頭台への行進みたい。作詞・作曲のAyaseは天才だ!!

ikuraの歌い方がいつもと違い、声の加工も初音ミクを彷彿とさせるボーカロイド風に仕上がっている。本心を表に見せないアイにぴったりだ。AyaseはボカロPとして活躍していた時代もあり、確信犯だろう。

アイのモデルは誰だろう?真っ先に思い浮かぶのが九州・福岡県のアイドルグループRev. from DVLの絶対的センターだった橋本環奈。ファンが撮った「奇跡の一枚」と呼ばれる写真が全国的人気に押し上げるが、グループ解散まで彼女が原点を見捨てることはなかった。ハシカンは赤坂アカの『かぐや様は告らせたい』実写映画で主演を努めており、原作者が彼女のことを念頭に置かなかった筈はない。次にAKB48初の東京ドームコンサートで卒業した前田敦子、当時20歳。あっちゃんのボブの髪型は“重曹を舐める天才子役”有馬かなに゙継承されている。そして『欅坂46』孤高のセンター・平手友梨奈。巫女の役割も果たした“てち”には握手会での襲撃未遂事件があった(2017年6月24日@幕張メッセ)。アイドルがファンに襲われた事件としてAKB48川栄李奈と入山杏奈のケースもある(2014年5月25日の握手会@岩手県滝沢市)。

アイは「誰かに愛されたことも誰かのこと愛したこともない」と言う。これは施設で育った彼女の〈愛着障害〉を示している。親に愛されなかった子供は自己肯定感が低く、自分すら愛すことが出来ずリストカットなど自傷行為に及ぶことがある。「痛み」によって初めて「生の実感」を得るのだ。

「嘘=愛」はユング心理学においてペルソナ(仮面)と表現される。人は幾つもの仮面を持っている。家庭で見せる顔と、職場で見せる顔が違うのは当たり前。「どれが本物?」と問われても、誰も答えることは出来ないだろう。嘘はこの過酷な世界を生き抜くための盾・防壁だ。『アイドル』のMVでアイがウサギの着ぐるみを脱ぐ場面がある。あれはペルソナ(仮面)を外すことと同義と言えるだろう。

 ・〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ 2019.06.06

またアニメの第6話『エゴサーチ』において、「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というニーチェの著書『善悪の彼岸』からの引用も深いなと思った。

まだまだ回収されていない伏線は多い。どうして産婦人科医ゴローの死体は発見されていないに彼の葬式は執り行われたのか?そもそも入院患者をほっぽらかして主治医が失踪したら捜索願いが出されるだろうし、警察が病院近くの崖から転落した可能性を考えない筈はない。山狩りは必ず行われるだろう。それにスマホの電源が生きていれば大まかな位置情報を特定出来る。仮に獣が死体を運んだとしても血痕は残る。どう考えても不自然だ。これらの謎が解明される日を楽しみに待とう。

余談だが梅田隆司(総監督)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏する『アイドル』が素晴らしい(動画はこちら)。特にサイリュームの使い方!!この楽団はYOASOBIの『ラブレター』(オフィシャルMVはこちら)に参加していて、けだし名曲。誰に対する手紙か判明したとき、心打たれない者はいないだろう。梅田先生、今年は甲子園でも『アイドル』を絶対聴かせてくださいね。

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