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2023年4月19日 (水)

上白石萌音/屋比久知奈(主演)ミュージカル「ジェーン・エア」(ブロンテ姉妹の作品分析も)

4月7日(金)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティへ。

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『ジェーン・エア』は台本・作詞・演出:ジョン・ケアード(『レ・ミゼラブル』『ダディ・ロング・レッグズ』『千と千尋の神隠し』)、作詞・作曲:ポール・ゴードン(『ナイツ・テイル』)によるミュージカル。1996年カナダ・トロントで初演。2000年にブロードウェイでも上演され、トニー賞でミュージカル作品賞・主演女優賞・台本賞・楽曲賞・照明賞の5部門にノミネートされた(この年はメル・ブルックスの『プロデューサーズ』が史上最多12部門受賞と席巻した)。2009年に日本で上演された際は松たか子と橋本さとしが主演、今回は新演出版の初披露である。翻訳・訳詞の今井麻緖子はミュージカル『レ・ミゼラブル』日本版でファンティーヌを演じた元女優で、ケアードと結婚した。

ジェーン・エア役は上白石萌音と屋比久知奈のダブルキャストで、主人公が寄宿学校ローウッド学院で出会う友人ヘレン・バーンズとの役替り。ロチェスター役は井上芳雄、他に春野寿美礼、樹里咲穂、仙名彩世、春風ひとみ、大澄賢也など。

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ジェーン・エアを上白石萌音が演じたバージョンは東京公演のライヴ配信を観た。

上白石萌音は2022年に出演した舞台『千と千尋の神隠し』とミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』(やはり井上芳雄との共演)の演技が高く評価され、読売演劇大賞 最優秀主演女優賞を史上最年少で受賞した。鹿児島県出身の彼女は14歳の時にミュージカル『王様と私』で初舞台を踏み、映画デビュー作『舞妓はレディ』もミュージカル。だから歌はお手のもの。しっかり感情がこもった演技で、意志が強く、不屈のジェーン像を作り上げていた。

一方、沖縄県出身の屋比久知奈はディズニー映画『モアナと伝説の海』のオーディションを受けモアナ役に抜擢され、劇中歌も歌った。その後ミュージカル『タイタニック』や『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役、『ミス・サイゴン』のキム役として活躍。彼女は上白石とは違い、控えめで感情を表に出さないというアプローチ。むしろジェーンの優しさが滲み出してくる感じで、これはこれで優れた解釈だと思った。

またジェーンの冷酷な叔母と貴族レディ・イングラムを演じた春野寿美礼がとっても意地悪で秀逸。

シャーロット・ブロンテの父親は牧師で、母親が亡くなったため8歳の時に姉2人と2歳年下のエミリーと共に寄宿学校に入れられた。しかし環境が劣悪だったため姉2人は結核にかかり11歳と10歳で死去。この学校がローウッド学院のモデルである。

僕は『ジェーン・エア』の原作小説が大好きで、妹エミリー・ブロンテの『嵐が丘』も中学生の時に熱に浮かされたように夢中になって一気に読んだ記憶がある。このふたつの小説には共通項がいくつかある。

 1)『ジェーン・エア』出版当時(1847年)は女性作家に対する評価が低く、姉妹は男性の筆名を用いた。姉シャーロットは「カラー・ベル」名義で、妹エミリーは「エリス・ベル」名義で。なお1818年にメアリー・シェリーがゴシック小説『フランケンシュタイン』を書き上げたときも出版社から「作者が女だと本が売れない」と諭され、メアリーの夫パーシー・シェリーの署名入りの序文をつけて匿名で発表した。この辺の事情は映画『メアリーの総て』で詳しく描かれている。
 2)どちらもイングランド北部ヨークシャー地方に広がる荒地(ムーア)の描写が印象的で、その荒涼とした姿は主人公の心象風景と重なるように設計されている。
 3)反キリスト(antichrist)的精神が作品を貫いている。『嵐が丘』のヒースクリフが目論む復讐劇はキリスト教の精神に反するし、『ジェーン・エア』終盤に登場する牧師セント・ジョンは独善的な男で、ジェーンに対し神の忠実な僕(しもべ)として宣教師の妻になりインドへ同行することを求める。 しかし彼女を愛しているとは決して言わない。また重婚しようとするロチェスターはとんでもない男であり、一夫一婦制を良しとするキリスト教の教義にも反する。こうしたところに牧師だった父親に対する強い反発心を感じずにはいられない。寄宿学校でも散々な目に遭ったわけだし。
 4)“過剰な人”が登場する。『嵐が丘』は正に“狂恋”をテーマにした激烈な小説であり、ジェーン・エアも激しく燃え上がるような情熱を胸に秘めている。ロチェスターの行動も“過剰”としか言いようがあるまい。そういう意味でドストエフスキーの小説に通じるものがある。

これらの特徴が舞台版でもしっかり捉えられていたし、エッセンスを抽出しコンパクトにまとめた見事な台本だと言える。音楽も美しく素晴らしい!あと松井るみによる洗練された舞台装置が出色の出来。ブロードウェイで上演された『太平洋序曲』でトニー賞舞台美術賞にノミネートされた実力は折り紙付きだ。

本作はBlu-ray発売が決まっている。必見。

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