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2023年4月

2023年4月27日 (木)

雑感「レコード芸術」休刊に寄せて

クラシック音楽CDの専門月間誌「レコード芸術」が、2023年7月号を最後に休刊となると発行元の音楽之友社が発表した。 創刊は1952年3月だから71年の歴史に幕を閉じることになる。奇しくも先日亡くなった坂本龍一と同い年だ。

僕が「レコ芸」を定期購読するようになったのは小学校高学年で、カール・ベームがウィーン・フィルと来日してベートーヴェンの交響曲第5番・第6番を演奏した1977年か、翌78年頃だったと思う。ニコラウス・アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが77年に録音したヴィヴァルディのLPレコードが《衝撃の四季!》というキャッチコピーとともに紙面に広告掲載されていたことを鮮明に覚えている。正に古楽器による演奏、ピリオド・アプローチの黎明期だった。

当時、新譜の批評は1人で行われていたが1980年1月号から「2人の筆者による合評」が開始され、両者が推薦したレコードが「特選盤」と表記されるようになった。因みに1人が「推薦」、もう1人が「準推薦」なら「準特選」。

1990年に「ビデオディスク」部門が、2010年1月号からは「吹奏楽」部門が新設された。また1996年3月号から新譜の「さわり」を収録した試聴(サンプラー)CDが付録として添付されるようになった。

ただ1978年当時定価は580円(消費税導入前)だったので小学生の小遣いで買えたのだが、最新号の定価は税込み1,430円。いくら何でも高すぎる!新譜でなければCDが優に1枚買える値段だ。定価が1,000円を超えたあたりから次第にバカバカしくなり購読をやめた。図書館の雑誌コーナーで読めば十分だろう。

そもそも1982年に商用音楽CDが登場し、86年にLPレコードの国内生産枚数を追い抜いて以降は「レコード芸術」という雑誌名からして時代遅れとなった。そりゃ無理やりこじつければ「レコード」を「録音する」という動詞と解釈し、CDも「録音物の芸術」だと言い張ることも出来るだろう。しかしそれなら「レコーディング芸術」が正しく、「レコード」はあくまで毎分33回転の30cm LPか17cm シングル、または78回転 SPというモノを指す言葉だ。CDは該当しない。

さらにサブスクリプションなど音楽配信サービスが主流となった現在、CDは売れず発売される新譜の数も激減した。体感として1978年と比較し4分の1程度ではないだろうか。ドイツ・グラモフォン、ソニー・クラシカル(米)、オランダのフィリップスを統合したデッカ・レコード(英)といったクラシック音楽のメジャー・レーベルが積極的にレコーディングをしなくなったため、シカゴ交響楽団やロンドン交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ、そして天下のベルリン・フィルでさえも、各オーケストラが個別に自主レーベルを立ち上げざるを得ない状況に追い込まれている。

今にして思えば2008年、早々に映像配信サービス「デジタル・コンサートホール」を開設したベルリン・フィルは先見の明があった。2023年から漸くドイツ・グラモフォンも重い腰を上げ、「ステージプラス」というクラシックの映像&音楽配信サービスを始めた。

はっきり言う。今どきCDを買うやつはどうかしてる。時代遅れも甚だしい。世界的に見てもCDを未だに購入しているのは日本人だけで、海外は完全に配信に移行している。えっ、サブスクよりもCDの方が音が良いって??アホぬかすな!音質にこだわるならハイレゾ音源配信を買え。

どうして日本だけCDが細々と流通しているのか。これは付喪神(つくもがみ)信仰と深い関係があるのではないかと僕は考える。九十九神とも表記され、 長い年月を経た道具などには精霊が宿るとされる。神道においては、古来より森羅万象に八百万(やおよろず)の神が宿るとするアニミズム的世界観(汎神論)が定着していた。付喪神となりうる寄り代も森羅万象であり、道具や建造物の他、動植物や自然の山河などに及ぶ。

CD(モノ)には神が宿る。実体のない配信では覚束ない。それは単なる空間の振動だ。モノが手元にないと安心出来ない……令和になっても性懲りもなくCDを買い続けている日本のクラヲタの深層心理はこのような感じではないか?

 ・ 【考察】日本人は何故、CDを買い続けるのか? 〜その深層心理に迫る 2019.03.16

さらにクラシック音楽を聴く人は老人が多く、新しい時代のデバイスに順応出来ていないという側面もあるのかも知れない。閑話休題。

1947年に創刊された、ジャズを専門とする月刊音楽雑誌「スイングジャーナル」誌は2010年7月号をもって休刊、63年に及ぶ歴史に幕を閉じた。同誌の取り上げる音楽家やレコードなどの評論には定評があり、「スイングジャーナル・ジャズディスク大賞」なども発表していた。「スイングジャーナル」の訃報を聞いた時、僕は「レコード芸術」終焉も時間の問題だと悟った。すでに命運は尽きていたのである。むしろそれから13年間、よく持ちこたえた方だろう。音楽之友社さんは頑張った。お疲れ様でした、安らかにお眠りください。

一部の愛読者の間から雑誌存続を求める署名活動も始まっているようだ。これを聞いて思い出したのが、橋下徹氏が大阪府知事だった時代に起こった、大阪センチュリー交響楽団(当時)に対する府からの年間4億1千万年の補助金廃止を是とするか否かの論争である。

 ・ 在阪オケ問題を考える 2007.07.31
 ・ 
在阪オケ問題を考える 2012年版 2012.04.14

補助金継続を求める一派が熱心に署名運動を行った。その時も感じたこと。

署名するなら金を出せ。

「レコード芸術」休刊もそうだが、問題の本質は財政難にある。署名は無料(ただ)だ。お気楽な形で正義を振りかざし悦に入るな。「レコード芸術」存続を希望し署名する者たちは、例えば毎月10万円ずつ音楽之友社に寄付するくらいの覚悟はあるのか?あるいは毎月1人20冊以上購入するとかね。それくらいの気概がなければ経営は成り立たないだろう。現実を直視せよ!

ただ、クラシック音楽の録音物のどれを聴けば良いのかサブスクで選ぶときの指標があると重宝するので、新譜の批評が読めなくなるのは困ったものだ。識者による音楽評や映画評は(盲信しないが)役に立つので、今後も彼らが活躍する場があれば良いなと思う次第である。個人のブログ・SNSには限界があるので。

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2023年4月25日 (火)

ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽(ピアノ四重奏曲)@フェニックスホール

3月17日(金)フェニックスホール@大阪市へ。

ヴァイオリン:樫本大進(ベルリン・フィル第1コンサートマスター)、ヴィオラ:アミハイ・グロス(ベルリン・フィル首席奏者)、チェロ:オラフ・マニンガー(ベルリン・フィル首席奏者)、ピアノ:オハッド・ベン=アリで、

 ・ベートーヴェン:ピアノ四重奏曲 WoO.36-1
 ・フォーレ:ピアノ四重奏曲 第2番
 ・ブラームス:ピアノ四重奏曲 第2番

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実は同ホール・同メンバー・同じプログラムで2022年3月16日に公演が予定されていたのだが、新型コロナウイルス感染症拡大に係る、日本政府による水際対策の影響により中止に追い込まれてしまった。僕はチケットを購入していたが払い戻しになった。そのリターン・マッチである。

ベートーヴェンのピアノ四重奏曲は15歳の若書き。たおやかで平和。ベートーヴェン「らしからぬ」楽曲だった。

フォーレは美しく幻想的。樫本はソロで聴くと物足りないのだが、室内楽、特にフランスものはいい。

ブラームスのピアノ四重奏曲は第1番のほうがよく演奏される。第4楽章「ジプシー風ロンド」が愉快で盛り上がるし、シェーンベルクが編曲した管弦楽版が有名になったことも一因だろう。僕もこの管弦楽版を生演奏で何度か聴いたことがある。しかし作曲家の生前は3曲のピアノ四重奏曲の中で第2番が最も人気のある作品だったという。今まで熱心なリスナーではなかったが、じっくり向かい合ってみると、実はなかなかに魅力的な作品だと初めて気がついた。

室内楽の悦楽を満喫した一夜だった。

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2023年4月24日 (月)

2.5次元ミュージカル??「 SPY × FAMILY 」は宝塚宙組「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」より断然面白い!

2.5次元ミュージカルとは何か?一般社団法人「日本2.5次元ミュージカル協会」HPに記された定義は以下の通り。

日本の2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称。早くからこのジャンルに注目し、育ててくれたファンの間で使われている言葉です。

アニメやゲームの2次元の世界と、現実の3次元の世界の中間の意味で「2.5次元」と呼ばれている。代表作として『テニスの王子様』『刀剣乱舞』が挙げられるが、広義として考えれば宝塚歌劇の『ベルサイユのばら』『はいからさんが通る』『天は赤い河のほとり』『ポーの一族』だって漫画が原作の2.5次元ミュージカルだ。つまり狭義で「2.5次元舞台」とは、宝塚歌劇・劇団四季・東宝といったメジャー企業の公演を除き、さらに名の知れた俳優や演出家などによる集客ではなく、原作の知名度に依る興行を指すと言えるだろう。

だから『 SPY × FAMILY 』は広義で言えばれっきとした2.5次元ミュージカルだが、大企業・東宝株式会社が製作しているので狭義では該当せず、「日本2.5次元ミュージカル協会」HPにも掲載されていないという、ややこしい事態になっている。

兵庫県立芸術文化センターで観劇した4月12日(水)ソワレのキャストは以下の通り。

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13日(木)マチネのキャストは、

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主人公ロイド・フォージャーとヨル・フォージャーはダブルキャスト。子役のアーニャはクワトロ(4人)キャスト。

森崎ウィンはスティーヴン・スピルバーグ監督『レディ・プレイヤー1』に出演し、「俺はガンダムで行く!!」という名言を残し世界中の映画ファンを痺れさせた。また名古屋テレビ放送(メ〜テレ)制作、深田晃司監督のテレビ・ドラマ『本気のしるし』に主演、これを再編集した『本気のしるし〈劇場版〉』が後に全国公開され、キネマ旬報ベストテンで日本映画第5位に選出されるなど高い評価を受けた。現在Netflixからドラマ版が配信中。彼は背が高く立ち姿が凛として美しい。舞台映えがする。やはり映画やテレビ・ドラマで主役を張る俳優にはオーラがある。歌も上手く高音がよく伸びる。素晴らしい!

鈴木拡樹(ひろき)は舞台『弱虫ペダル』や『刀剣乱舞』に出演。正に2.5次元俳優と言えるだろう。僕は今回初めて観たが、ホストクラブにいそうな顔立ち。歌はソコソコ。

唯月ふうかはミュージカル『ピーター・パン』でデビュー。『レ・ミゼラブル』のエポニーヌや『屋根の上のヴァイオリン弾き』の三女チャヴァ、『デスノート The Musical』のミサミサ、『四月は君の嘘』などでお馴染み。僕が大好きな女優だ。今回も文句なし。

佐々木美玲は日向坂46の現役メンバー。「non-no」の専属モデルでもあるそう。今まで全く知らず、正直可愛いと思わないし、歌は音程が覚束ない。ダンスの動きのキレは良かった。

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グッズ販売の行列が見たことがないくらい凄まじく、仰天した。これが2.5次元のノリなのか!?売り切れ続出、大量に買い込んでいる人もいた。

脚本・作詞・演出のG2はふざけたペンネームだが実はまっとうな、手堅い演出をする人。かみむら周平の手がけた音楽はジャズのビッグバンド風で格好良く、本格的ミュージカル作品に仕上がっていた。英国で学びオペラの世界でも活躍する松生紘子の美術も素晴らしい。彼女は『舞台少女ヨルハVer1.1a』で第1回伊藤熹朔記念賞を受賞。他にミュージカル『レベッカ』の舞台美術も担当。

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はっきり言って同じスパイ物でも宝塚歌劇『カジノ・ロワイヤル〜我が名はボンド〜』より『 SPY × FAMILY 』の方が断然完成度が高く、見応えがあった。

 ・真風涼帆/潤 花(主演)宝塚宙組「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」は駄作!(原作小説/映画版との比較あり)

少し残念だったのは、本作はアーニャがイーデン校に合格するまでしか描かれないのでクラスメートも登場しないし、まだ序盤も序盤。物語が「起承転結」で言えば「起承」くらいまでしか進んでいない。つまり主人公ロイドの任務=オペレーション〈梟〉(ストリスク)の途中で終わってしまうので、中途半端な感は否めない。しかし、まぁ観客の99%は漫画を読んでいるかアニメを観ている筈なので、多分問題ないのだろう。『テニスの王子様』『刀剣乱舞』のように、シリーズ化を希望する。

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2023年4月19日 (水)

上白石萌音/屋比久知奈(主演)ミュージカル「ジェーン・エア」(ブロンテ姉妹の作品分析も)

4月7日(金)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティへ。

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『ジェーン・エア』は台本・作詞・演出:ジョン・ケアード(『レ・ミゼラブル』『ダディ・ロング・レッグズ』『千と千尋の神隠し』)、作詞・作曲:ポール・ゴードン(『ナイツ・テイル』)によるミュージカル。1996年カナダ・トロントで初演。2000年にブロードウェイでも上演され、トニー賞でミュージカル作品賞・主演女優賞・台本賞・楽曲賞・照明賞の5部門にノミネートされた(この年はメル・ブルックスの『プロデューサーズ』が史上最多12部門受賞と席巻した)。2009年に日本で上演された際は松たか子と橋本さとしが主演、今回は新演出版の初披露である。翻訳・訳詞の今井麻緖子はミュージカル『レ・ミゼラブル』日本版でファンティーヌを演じた元女優で、ケアードと結婚した。

ジェーン・エア役は上白石萌音と屋比久知奈のダブルキャストで、主人公が寄宿学校ローウッド学院で出会う友人ヘレン・バーンズとの役替り。ロチェスター役は井上芳雄、他に春野寿美礼、樹里咲穂、仙名彩世、春風ひとみ、大澄賢也など。

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ジェーン・エアを上白石萌音が演じたバージョンは東京公演のライヴ配信を観た。

上白石萌音は2022年に出演した舞台『千と千尋の神隠し』とミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』(やはり井上芳雄との共演)の演技が高く評価され、読売演劇大賞 最優秀主演女優賞を史上最年少で受賞した。鹿児島県出身の彼女は14歳の時にミュージカル『王様と私』で初舞台を踏み、映画デビュー作『舞妓はレディ』もミュージカル。だから歌はお手のもの。しっかり感情がこもった演技で、意志が強く、不屈のジェーン像を作り上げていた。

一方、沖縄県出身の屋比久知奈はディズニー映画『モアナと伝説の海』のオーディションを受けモアナ役に抜擢され、劇中歌も歌った。その後ミュージカル『タイタニック』や『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役、『ミス・サイゴン』のキム役として活躍。彼女は上白石とは違い、控えめで感情を表に出さないというアプローチ。むしろジェーンの優しさが滲み出してくる感じで、これはこれで優れた解釈だと思った。

またジェーンの冷酷な叔母と貴族レディ・イングラムを演じた春野寿美礼がとっても意地悪で秀逸。

シャーロット・ブロンテの父親は牧師で、母親が亡くなったため8歳の時に姉2人と2歳年下のエミリーと共に寄宿学校に入れられた。しかし環境が劣悪だったため姉2人は結核にかかり11歳と10歳で死去。この学校がローウッド学院のモデルである。

僕は『ジェーン・エア』の原作小説が大好きで、妹エミリー・ブロンテの『嵐が丘』も中学生の時に熱に浮かされたように夢中になって一気に読んだ記憶がある。このふたつの小説には共通項がいくつかある。

 1)『ジェーン・エア』出版当時(1847年)は女性作家に対する評価が低く、姉妹は男性の筆名を用いた。姉シャーロットは「カラー・ベル」名義で、妹エミリーは「エリス・ベル」名義で。なお1818年にメアリー・シェリーがゴシック小説『フランケンシュタイン』を書き上げたときも出版社から「作者が女だと本が売れない」と諭され、メアリーの夫パーシー・シェリーの署名入りの序文をつけて匿名で発表した。この辺の事情は映画『メアリーの総て』で詳しく描かれている。
 2)どちらもイングランド北部ヨークシャー地方に広がる荒地(ムーア)の描写が印象的で、その荒涼とした姿は主人公の心象風景と重なるように設計されている。
 3)反キリスト(antichrist)的精神が作品を貫いている。『嵐が丘』のヒースクリフが目論む復讐劇はキリスト教の精神に反するし、『ジェーン・エア』終盤に登場する牧師セント・ジョンは独善的な男で、ジェーンに対し神の忠実な僕(しもべ)として宣教師の妻になりインドへ同行することを求める。 しかし彼女を愛しているとは決して言わない。また重婚しようとするロチェスターはとんでもない男であり、一夫一婦制を良しとするキリスト教の教義にも反する。こうしたところに牧師だった父親に対する強い反発心を感じずにはいられない。寄宿学校でも散々な目に遭ったわけだし。
 4)“過剰な人”が登場する。『嵐が丘』は正に“狂恋”をテーマにした激烈な小説であり、ジェーン・エアも激しく燃え上がるような情熱を胸に秘めている。ロチェスターの行動も“過剰”としか言いようがあるまい。そういう意味でドストエフスキーの小説に通じるものがある。

これらの特徴が舞台版でもしっかり捉えられていたし、エッセンスを抽出しコンパクトにまとめた見事な台本だと言える。音楽も美しく素晴らしい!あと松井るみによる洗練された舞台装置が出色の出来。ブロードウェイで上演された『太平洋序曲』でトニー賞舞台美術賞にノミネートされた実力は折り紙付きだ。

本作はBlu-ray発売が決まっている。必見。

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2023年4月 7日 (金)

パトリツィア・コパチンスカヤ ヴァイオリンリサイタル 2023

3月19日(日)フェニックスホール@大阪市へ。

モルドヴァ生まれのヴァイオリニスト、パトリツィア・コパチンスカヤを聴く。共演はフィンランド出身のピアニスト、ヨーナス・アホネン。アホネン(「草原から来た者」を意味する)はアイヴズら現代音楽も得意とするが、テオドール・クルレンツィスが主宰するフェスティバルに参加したり、フォルテピアノの弾き手でもある。

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2014年にも同ホールで彼女の演奏を聴いている。

 ・ 激震!コパチンスカヤ 2014.06.20

上記事の中で僕はアンコールとして演奏されたクロイツェル・ソナタの終楽章を聴きながら、松明が煌々と焚かれた闇夜の野営地でジプシー(ロマ)の女がヴァイオリンを弾いていおり、その後彼女が火あぶりの刑に処せられる光景を幻視した、と書いた。つまりヴェルディのオペラ「イル・トロヴァトーレ」に登場するアズチェーナのイメージがピッタリ重なったのだ。全く同じイメージが今回も目に浮かんだので、なんだか可笑しかった。

 ・ シェーンベルク:幻想曲 op.47
 ・ ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第7番
 ・ ウェーベルン:ヴァイオリンとピアノのための4つの小品 op.7
 ・ ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番「クロイツェル」
 ・ リゲティ:Adagio molto semplice (アンコール)
 ・ カンチェリ:RAG-GIDON-TIME (アンコール)

ラディカルで挑発的、赤裸々。がっぷり四つに組んだ二人の音楽家のパフォーマンスは暴れ馬同士が激しくせめぎ合っている印象。

コパチンの弓が激しく弦を叩き、雑音が混じっても意に介さない。疾風怒濤、型破り、奇想天外。装飾音以外、基本的にヴィブラートをかけないので、ピリオド・アプローチと言ってもいいくらい。

彼女は野生児だから素足でステージに現れ、ドンドン床を踏み鳴らす。グイグイ動かすテンポ、あまりにもとんでもない演奏で笑ってしまう。ヤバイ!!ベートーヴェンが生きていたらビックリして席から転げ落ちるだろう。

「滑らか」とか「落ち着いた」という表現と対極に位置していて尖っている。細かいことは気にしない。ADHD(注意欠如・多動症)的という表現が相応しいかも知れない(褒めてます)。唯一無二、規格外。「音楽は自由だ!」と、快哉を叫びたくなった。

アンコールで演奏された『ラグ・ギドン・タイム』はジョージア(グルジア)の作曲家ギア・カンチェリの作品で、恐らくギドン・クレーメル(ラトビア出身)のために書かれたものと推定される。クレーメル本人もしばしばアンコールで取り上げているようだ。

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2023年4月 6日 (木)

真風涼帆/潤 花(主演)宝塚宙組「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」は駄作!(原作小説/映画版との比較あり)

4月4日(火)宝塚大劇場へ。宝塚宙組『カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~』を観劇した。

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配役はジェームズ・ボンド:真風涼帆、デルフィーヌ:潤 花、ル・シッフル:芹香斗亜ほか。

まず率直な感想を述べると「これはジェームズ・ボンドの物語ではない。救いようのない駄作」に尽きる。

役者については文句ない。真風涼帆はスタイリッシュで格好良く、男役の集大成という印象。潤 花も美人だし、ボンド・ガールとして悪くない。

基本的に僕は宝塚歌劇団・演出家のエース、小池修一郎のことを高く評価している。なかんずく『ポーの一族』は最高傑作だと思うし、『ヴァレンチノ』『蒼いくちずけ』『グレート・ギャツビー』『失われた楽園ーハリウッド・バビロン』『イコンの誘惑』『オーシャンズ11』『るろうに剣心』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』なども好きだ。しかし、たまに空振りもある。2003年紫吹淳の退団公演『薔薇の封印ーヴァンパイア・レクイエム』や2007年春野寿美礼の退団公演『アデュー・マルセイユ』、そして2012年『銀河英雄伝説』だ。

 ・ 凰稀かなめ主演 宝塚宙組/銀河英雄伝説@TAKARAZUKA + 宝塚ガーデンフィールズ探訪 2012.09.30

本作も『アデュー・マルセイユ』レベルに詰まらなかった。小池(作・演出)に限らず、姿月あさとの『砂漠の黒薔薇』とか、香寿たつきの『ガラスの風景』、蘭寿とむの『ラスト・タイクーン』などトップ・スターの退団公演は作品的にハズレの確率が高い気がする。

 ・ 蘭寿とむ主演 宝塚花組「ラスト・タイクーン」/作・演出の生田大和に物申す! 2014.02.22

麻路さきの『皇帝』(作・演出:植田紳爾)なんか、あまりに退屈すぎて客席のファンが舞台背景の星を数えていたというのは有名な話だ。それでもスターの退団公演ならチケットは売り切れる。閑話休題。

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『カジノ・ロワイヤル』の話に戻ろう。原作の出版は1953年だが、宝塚版は時代設定をフランス・パリで五月革命(五月危機)が勃発した1968年に移行している。同じ5月に映画監督フランソワ・トリュフォーとジャン=リュック・ゴダールによるカンヌ国際映画祭粉砕事件も発生している。激動の時代、革命の季節だった。

ルネ・フレミングの原作小説は007シリーズの第1作目であり、ヒロインは美貌の英国秘密情報部員ヴェスパー・リンドだ。しかし最後にヴェスパーは自殺。実はイギリス空軍にいたポーランド人の恋人を人質に取られて、ソ連の二重スパイをさせられていたと告白する遺書を彼女は残す。

ダニエル・クレイグが主演した2006年の映画版のプロットは比較的原作に忠実なものになっている(設定は現代に移され、カジノがあるのはモンテネグロ、バカラで勝負するのではなく時代の流れに合わせてポーカー、それも手札が5枚ではなく2枚配られるテキサス・ホールデムに変更されている)。これは情感豊かな傑作だった。

宝塚版でもヴェスパーは登場するが、ボンドと恋人関係になるわけでもなく、ほんの脇役に過ぎない。代わりにヒロインの役割を果たすデルフィーヌはロシア・ロマノフ家の末裔という設定で、なんと怪僧ラスプーチンの亡霊まで現れる。いやいや、『アナスタシア』じゃないんだから!小池は余程『アナスタシア』をやりたかったのだろうか?

 ・ 真風涼帆(主演)宝塚宙組「アナスタシア」と、作品の歴史を紐解く。 2020.12.02

そもそもボンド・ガールに貴族の令嬢というのは似合わない。多くはスパイ、悪党の愛人もしくは娘といった身分の低い女たちである。

原作でヴェスパーはル・シッフルに拉致されボンドがそれを追うが、彼女が監禁されているのは「夜遊び荘」というアジト。それが宝塚版でボンドがヒロインを救うのは古城で、そこから2人でパラシュートで脱出するというロマンティックな結末になっている。

007シリーズに古城が登場するというのも記憶になく、むしろこの世界観はアルセーヌ・ルパンが主人公のモーリス・ルブラン作『奇巌城』とか、宮崎駿監督のアニメ『ルパン三世 カリオストロの城』(元ネタはルブランの小説『カリオストロ伯爵夫人』)に近い。

いろいろな要素を詰め込みすぎて全体としてチグハグで統一感がなくなり、本来あるべき色を失ってしまった。なんだか『ベルサイユのばら』とか『キャンディキャンディ』といった昭和の少女漫画やアニメの世界に紛れ込んだような気持ちになった。昭和生まれのおっさん、小池修一郎の感性は最早古すぎる!令和の女性観客たちが何を求めているか全くわかっていないと、ここで論難させてもらう。

それからジェームズ・ボンドはイギリス人でデルフィーヌはロシア人。それなのにどうして別れの挨拶が「アデュー」なの?舞台がフランスだから??……んなあほな!!だから余計に『アデュー・マルセイユ』の悪夢を思い出しちゃったんだよ。

高い版権を支払って、この体たらくでは勿体ない。

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