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2022年11月 9日 (水)

新海誠監督「すずめの戸締まり」のなりふり構わぬ宣伝戦略/【考察】「すずめ」とは何者か?

新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』の公開日11月11日(金)が刻々と近づいている。面白いなと思うのは前作『天気の子』(2019)宣伝戦略からの180°の大転換である。

日本での興行収入が250億円を超え、『千と千尋の神隠し』『タイタニック』『アナと雪の女王』に次ぐ歴代4位となった2016年公開『君の名は。』(後に『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』に抜かれる)空前のヒットを受け、『天気の子』公開前は「(予告編以外)中身を一切見せない」「媚を売らない/自分を安く売らない」という“徹底した秘密主義” かつ“高嶺の花”戦略に出た。つまり一般観客のみならず業界関係者も含め試写会を行わず、前売り券の発売すらしなかった。正規の当日料金を払えということだ。入場者特典もなかった。

ところが『すずめの戸締まり』は特典付き前売券(ムビチケ)は売るし、バンバン試写会をするし、テレビや配信で映画冒頭12分を惜しげもなく見せるし、全国のIMAXスクリーンで先行上映するし、入場者特典(全国で300万名様!)は付くし、なりふり構わぬ大攻勢を仕掛けてくる。

Shinkai

おまけに公開直前になってNetflixやAmazonプライムビデオなど各プラットホームで『君の名は。』『天気の子』の見放題配信も開始、SNSで「バズる」のを狙っている。

おそらくこの戦略は庵野秀明(総監督)の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に倣ったものだろう。『シン・エヴァ』はとっかえ引っ掛け入場者特典を投入し、劇場公開前に冒頭12分の映像をAmazonプライムビデオで独占配信した。その甲斐あってシリーズ初となる興行収入100億円超えを達成したのである。

『天気の子』と『すずめの戸締まり』の宣伝戦略の違いは何故か?やはり、この3年間で世界中を席巻した新型コロナ禍の影響は無視出来ないだろう。どうにか劇場に観客が戻ってきてほしいという願いが込められている。

さて次に、タイトルを含めいくつか考察をしておこう。

『風立ちぬ』の前まで、宮崎駿が監督したアニメーション映画のタイトルに必ず『の』が入っていることはよく知られている。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『紅の豚』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』といった具合。これで『の』があるアニメ映画は大ヒットするというジンクスが生まれた。そのひそみに倣ったのが細田守監督。『おおかみこどもの雨と雪』以降、『バケモノの子』『未来のミライ』『竜とそばかすの姫』と4回連続で『の』を入れた。新海監督も『言の葉の庭』で東宝と組んで以降、『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』と、『の』の釣瓶撃ちだ。

新海誠監督の作品を深く理解するために欠かせない項目を列挙するとー「日本神話」「万葉集・古今集などの和歌」「『とりかへばや物語』などの王朝文学」「村上春樹の小説(翻訳含む)」「倉本聰脚本のテレビドラマ『北の国から』特に『'87初恋』」「大林宣彦監督の映画『転校生』『時をかける少女』など尾道三部作」「岩井俊二監督の映画『Love Letter』『四月物語』」「宮崎駿監督のアニメーション映画」「高橋留美子の漫画『めぞん一刻』『らんま1/2』」ーこれらの要素が渾然一体になっている。詳しくは下記事で論じた。

 ・【考察】神話としての「君の名は。」〜その深層心理にダイブする。 2016.09.10
 ・3回目の鑑賞で気付いたこと。〜「君の名は。」超マニアック講座 2016.09.13
 ・「君の名は。」劇場用パンフレット第2弾登場!〜新海監督が質問に答えてくださいました。 2016.12.13
 ・ギリシャ神話(オルフェウス)と日本神話、そして新海誠「君の名は。」の構造分析 2018.04.18
 ・百人一首と新海誠「君の名は。」 2018.12.24
 ・新海誠と、和歌&王朝文学〜「君の名は。」から「天気の子」へ 2019.06.27
 ・
【考察】映画「天気の子」を超ディープに味わうための、7つの事項(新海誠と村上春樹) 2019.07.19
 ・
「天気の子」劇場用パンフレット第2弾登場!〜新海誠監督が質問に答えてくださいました。 2019.09.17
 ・【考察】高橋留美子「めぞん一刻」はラブコメの元祖?(新海誠「天気の子」との関係も)2021.01.08

『すずめの戸締まり』冒頭・夢の場面で、新海作品に繰り返し出てくる草原のイメージが登場するが、これは村上春樹が大好きなトルーマン・カポーティの小説『草の竪琴』の影響が色濃いと僕は考える。実は新海監督『秒速5センチメートル』には、ヒロインの明里が駅のプラットホームでこの小説(新潮文庫版)を読んでいる場面があるのだ。余談だが明里は村上春樹『螢・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)も読む。

Kusa

なお村上春樹はカポーティの短編を沢山翻訳しているが、『草の竪琴』は未だである。

また新海監督は『すずめの戸締まり』に宮崎駿監督『魔女の宅急便』からインスパイアされた部分があると述べているが、冒頭12分を観る限りむしろ『千と千尋の神隠し』へのオマージュを感じる。見捨てられた廃墟のイメージ。また災厄が野に放たれる映像は『もののけ姫』のデイダラボッチ(ダイダラボッチとも言う)を彷彿とさせる。

今回のヒロインの名前は岩戸鈴芽(いわとすずめ)。これは『古事記』『日本書紀』に登場する天の岩戸(あまのいわと)伝説を連想させる。岩で出来た洞窟だ。弟・須佐之男(スサノオ)の狼藉にショックを受けた天照大御神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に引き篭った。天照=太陽神が隠れたために高天原(たかまがはら=天上界)も葦原中国(あしはらのなかつくに=地上の人間が住む世界)も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。そこで天照を引張り出そうと天宇受売命/天鈿女命(アメノウズメ)が胸をさらけ出して踊ったところ、八百万の神が一斉に笑った。これを聞いた天照は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、 隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。

つまり天岩戸伝説では洞窟の扉が閉じたために災いが発生するが、『すずめの戸締まり』はドアを開けたために災いが吹き出してくる。ここにフランスの構造人類学者レヴィ=ストロースが言うところの〈変換〉が行われている。

 ・レヴィ=ストロース「野生の思考」と神話の構造分析 2018.03.24

またまた余談だが庵野秀明(企画・脚本)『シン・ウルトラマン』で、神永(=ウルトラマン)は熱心にレヴィ=ストロース(著)『野生の思考』を読んでいる。閑話休題。

だから「すずめ」という名前の由来は多分、アメノウズメなのだろう。これは『君の名は。』のヒロイン「三葉」という名前の由来が日本神話に登場するミヅハメ、水の女神から来ているとことに呼応している。『古事記』では弥都波能売神(みづはのめのかみ)、『日本書紀』では罔象女神(みつはのめのかみ)と表記する。

このドアは古代ギリシャ神話で語られる『パンドラの箱』も想起させる。箱から様々な災厄が出てくるが、最後にエルピス(Elpis)が残る。エルピスとは「希望」あるいは「災い」の兆候のことである。『すずめの戸締まり』の場合、最後に残るのはどっちだろう?

また『すずめの戸締まり』の三本足の椅子は、八咫烏(やたがらす)のメタファーだろう。日本神話に登場するカラスで太陽の化身、導きの神。三本の足がある。

さて僕は公開初日11月11日に有給休暇を取得し、109シネマズ@大阪エキスポシティでIMAXレーザーGT上映を朝9時から鑑賞する(席は確保済み)。当日中にレビューをアップする予定なので、乞うご期待!!

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