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2022年11月

2022年11月30日 (水)

【考察】文化人類学者レヴィ=ストロース的視座(構造)から見た新海誠監督「すずめの戸締まり」

フランスの文化人類学者レヴィ=ストロースは「神話通時的であると同時に、共時的に読める」と述べている。共時的とは、〈過去・現在・未来は同時にここにある〉とする考え方だ。

さらに著書〈神話論理〉四部作の中で彼は「神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的はただ一つの問題、すなわち連続不連続のあいだの調停である」と説く。

「すずめの戸締まり」には次のような二項対立がある。

 〈常世(とこよ):死者の世界〉↔〈現世(うつしよ):生者の世界〉

これぞ正に

 連続 ↔ 不連続

の対立である。人は死ぬ。人生は無常であり、『平家物語』で言うところの生者必滅の理(しょうじゃひつめつのことわり)だ。

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〈現世(うつしよ)〉は平安時代に〈浮世(うきよ)〉と言った。〈常世(とこよ)〉は永遠に変わらない恒常的世界であり、〈浮世〉は水の流れや波のまにまにふわふわ漂い、常に変化する世の中という意味。万物は流転する。仏教的厭世感から、〈憂(う)き世〉という表記が本来の形で、「つらいことが多い世の中」のこと。地震の多い現在の日本も〈憂き世〉だし、それは平安時代の人々が抱いていた末法思想にも繋がっている。末法元年である1052年に創建されたのが宇治平等院だ。詳しくは下記事をお読み頂きたい。

 ・【考察】映画「天気の子」を超ディープに味わうための、7つの事項(新海誠と村上春樹) 2019.07.19

また〈うつしよ〉は〈写し世〉のダブル・ミーニングとも解釈可能だろう。影のようなものだから実体がなく、定まらずゆらいでいる。

江戸川乱歩はしばしば色紙に「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」と書いた。我々が生きている時空間は〈高次元世界=常世〉の投影に過ぎず、夢を見ているときこそが本当の世界、うつつというわけだ。

〈常世〉について『すずめの戸締まり』の草太は「すべての時間が同時にある場所」と説明する。正に〈過去・現在・未来が同時に存在する〉共時的時空間ということだ。

一方で〈現世〉は過去→現在→未来と直線的に時間が進む通時的世界であり、ドイツの哲学者ヘーゲルは歴史を振り返ると世界や人間は弁証法的なやり方で日々成長・発展していると説いた。それを受けて20世紀フランスの哲学者サルトルは「ヘーゲルは正しい。合理的精神・理性を持って、進歩し続ける歴史に積極的に参加(engagement アンガージュマン)すれば、我々は素晴らしい世界に到達出来る」と主張した。

サルトルに対して、それはあくまで西洋中心主義的価値観(啓蒙思想)に基づく主観的で傲慢な物言いであり、単なる幻想に過ぎないと徹底批判したのがレヴィ=ストロースの著書『野生の思考』(1962年刊)である(そもそも歴史が人類の進歩の記録なのであれば、20世紀にアドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリン、21世紀にドナルド・トランプやウラジーミル・プーチンのような人物が現れ、彼らを支持する人々が少なくないという事実は完全に矛盾しているではないか!閑話休題)。

 ・レヴィ=ストロース「野生の思考」と神話の構造分析 2018.03.24

庵野秀明(企画・脚本)の映画『シン・ウルトラマン』で、神永(=ウルトラマン)が『野生の思考』を読んでいる場面が登場するのはご存知の通り(特報でも確認出来る)。

新海誠(著)『小説 すずめの戸締まり』で草太の祖父は次のように言う。「常世は見る人によってその姿を変える。人の魂の数だけ常世は在り、同時に、それらは全てひとつのもの」

これはユング心理学で言うところの〈個人的無意識〉と〈集合的無意識〉に相当するだろう。

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レヴィ=ストロースに話を戻そう。『すずめの戸締まり』において、

 連続 ↔ 不連続

の境界を超え循環(行き来)し、調停するトリックスターの役割を果たすのはダイジンである。

トリックスターは悪賢い冗談や、ひどい悪戯を好み、姿を変える力がある。完全に負の英雄だが、その愚かさによって、他の者が一生懸命努力しても達成出来なかったことを軽々と成し遂げてしまう。トリックスター・イメージの活性化は、惨禍が生じたこと、もしくは危険な状況が生じていることを意味する。

 ・〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その3〉影・トリックスター・ヌミノース 

また『すずめの戸締まり』には次のような二項対立もある。

 〈環は4歳のすずめに「うちの子になろう」と言う(親族の肯定)〉↔〈17歳のすずめは叔母を「環さん」とよそよそしく呼び、「おばさん弁当」を口にしない(親族の否定)〉

 〈すずめはやせ細った猫に「うちの子になる?」と言う(親族の肯定)〉↔〈ダイジンは草太に「おまえはじゃま」と言い、3本足の椅子に閉じ込める(親族/仲間意識の否定)〉

 〈要石は氷のように冷たい〉↔〈ミミズは火のように熱い〉

 〈草太は暴れるミミズを要石で鎮める(怪物退治ー英雄ー過大評価)〉↔〈草太は3本脚の椅子に閉じ込められ上手く走れない(不具ー過小評価)〉

さて、主人公の名前・岩戸鈴芽(いわとすずめ)は『古事記』『日本書紀』に登場する天の岩戸(あまのいわと)伝説のアメノウズメ由来であることは既に下記事に書いた。

 ・新海誠監督「すずめの戸締まり」のなりふり構わぬ宣伝戦略/【考察】「すずめ」とは何者か?

繰り返しになるが伝説の内容はこうだ。弟・須佐之男(スサノオ)の狼藉にショックを受けた天照大御神(アマテラスオオミカミ)は天岩戸に引き篭った。天照=太陽神が隠れたために高天原(たかまがはら=天上界)も葦原中国(あしはらのなかつくに=地上の人間が住む世界)も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。そこで天照を引張り出そうと天宇受売命/天鈿女命(アメノウズメ)が胸をさらけ出して踊ったところ、八百万の神が一斉に笑った。これを聞いた天照は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、 隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。

この神話には次にような二項対立がある。

 〈岩戸が開く:世界が太陽で照らされ平和な状態〉↔〈岩戸が閉じる:世界が闇に閉ざされ禍(まが)が発生する〉

一方、『すずめの戸締まり』の場合はこうだ。

 〈扉が閉じる:世界が平和な状態〉↔〈扉が開く:中から災厄(ミミズ)が飛び出し地震が発生する〉

つまり〈扉を開く〉↔〈閉じる〉という行為は反転しているが、二項対立間(左右)の関係性は同じであり、これを「同じ構造を持っている」と言う。そしてレヴィ=ストロースは〈開く〉↔〈閉じる〉の反転を「変換」と表現している。お判りいただけただろうか?

 ・【考察】超マニアック講座! 新海誠監督「すずめの戸締まり」をめぐる12の事項

新海誠のディープな世界へようこそ。

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2022年11月28日 (月)

樫本大進 ✕ 藤田真央/ピアノ四重奏の午後

11月27日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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樫本大進(ヴァイオリン)、赤坂智子(ヴィオラ)、ユリアン・シュテッケル(チェロ)、藤田真央(ピアノ)で、

 ・モーツァルト:ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調
 ・メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調
 ・ブラームス:ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調

ご存知の通り樫本大進はベルリン・フィルの第1コンサートマスター。彼のソロ・コンサートを聴いたことがある。どうも単独ではおとなしいというか物足りないのだが、室内楽は申し分ない。アンサンブル向きの資質なのだろう。

藤田真央は2019年のチャイコフスキー国際コンクールで第2位。タッチは繊細でありながら躍動感もあり、素晴らしい!

ユリアン・シュテッケルはミュンヘン国際音楽コンクール第1位。大変雄弁な演奏。

モーツァルトのト短調といえば交響曲第25番と40番が想起される(他のシンフォニーはすべて長調)。ピアノ四重奏曲は初体験だったが劇的で聴き応えがあった。

メンデルスゾーンのピアノ・トリオ No.1を初めて聴いたのは小学生の時。1961年11月13日パブロ・カザルス(チェロ)によるホワイトハウス・コンサートのLPレコードで、ケネディ大統領から招待された伝説的録音だった。キューバ危機の1年前である。ピアノがミエチスラフ・ホルショフスキー、ヴァイオリンがアレクサンダー・シュナイダー。心に染みる名曲だ。

ブラームスのピアノ四重奏曲第1番は何とシェーンベルクによる管弦楽編曲版があり、そちらも生演奏を聴いたことがある。今まで何度も書いてきたことだが、ブラームスは室内楽曲の達人であり、中でもこれは代表作と言えるだろう。

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2022年11月26日 (土)

【考察】超マニアック講座! 新海誠監督「すずめの戸締まり」をめぐる12の事項

こちらも合わせてお読みください。

 ・新海誠監督「すずめの戸締まり」のなりふり構わぬ宣伝戦略/【考察】「すずめ」とは何者か?

 ・「すずめの戸締まり」公開初日鑑賞報告!/【考察】どうして新海誠はセカイ系であり続けるのか?/村上春樹・高橋留美子との接点

以下ネタバレ前提で書いたので、『すずめの戸締まり』を未見の方は要注意。

1) 主題歌「すずめ」解題

(作詞・作曲)野田洋次郎すずめ feat.十明」歌詞の冒頭部はそんなに難しくない。

君の中にある 赤と青き線
それらが結ばれるのは 心の臓

き線は言うまでもなく動脈静脈のこと。ここで『君の名は。』のテーマである「結び」が登場する。肺静脈血は心臓を経て大動脈血に、大静脈血は肺動脈血になる。問題はこの後だ。

時はまくらぎ 風はにきはだ 星はうぶすな 人はかげろう

「にきはだ(和肌/柔膚)」は柔らかい肌のこと。フランソワ・トリュフォー監督に同名の映画があり、フランス語で"La Peau douce"という。

「うぶすな(産土)」は①その人の生まれた土地。②「産土神(うぶすながみ)」の略。「産土神」とは、その人が生まれた土地の守護神を指す。

「星はうぶすな」という歌詞は〈パンスペルミア説〉に由来する。『君の名は。』は間違いなく五十嵐大介の漫画『海獣の子供』の影響を受けているのだが、『海獣の子供』も〈パンペルミア説〉に基づいている。地球の生命の起源は地球ではなく、他の天体で発生した微生物の芽胞が(隕石と共に)地球に到達したものとする仮説。ギリシャ語でパン=汎(すべて)+スペールノ(種をまく)を意味し、〈胚種広布説〉とも邦訳される。紀元前5世紀に活躍した古代ギリシャの自然哲学者アナクサゴラスの提唱した概念、スペルマタ(種子:最も微小な物質の構成要素)にその起源を辿ることが出来る。『君の名は。』のティアマト彗星は1,200年周期で地球のそばを通過し、その度に分裂して地球に片割れを残していくわけだが、我々人類の種もそれにくっついてこの星にやって来たのかも知れない。

なお、庵野秀明『新世紀エヴァンゲリオン』も〈パンスペルミア説〉に立脚しており、黒き月に乗ってリリスが地球にやって来てファースト・インパクトを引き起し、リリスからリリン=人間が生まれた。

「まくらぎ(枕木)」は鉄道のレールの下に横に敷き並べる部材。古くは木材が用いられた。僕はこの歌詞から大村陽子(1956- )の歌集『砂がこぼれて』に収載されている、ある短歌を想い出した。

枕木の数ほどの日を生きてきて愛する人に出会はぬ不思議

つまり作者の視点・主観は走る電車上(乗客)にある。眼の前を、枕木がどんどん通過していく。「時はまくらぎ」とは、〈通り過ぎてゆく枕木ひとつひとつ=一瞬の時間〉ということだ。〈枕木一つ=プランク時間〉と考えても良いだろう。プランク時間とは量子力学における時間の最小単位のこと。時間は連続的に流れるのではなく、非常に短い「静止した時間」(=プランク時間)がパラパラ漫画のように次々と現れていることを意味する。

2) 蝶々結びとブレスレット

『君の名は。』の三葉は繰り返し蝶々結びをする。すずめの制服のひもリボンも蝶々結びだ。Radwimpsの野田洋次郎がAimerに楽曲提供した「蝶々結び」という歌があり、元々『君の名は。』のために用意されていた楽曲ではないかと僕は推定している。

また『君の名は。』の瀧は組紐のブレスレットをしている。すずめも左手に赤と黄色のブレスレット(ミサンガ?)をしている。これはポスターでも確認出来る。

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3) 二匹の蝶

冒頭、夢から覚めたすずめに二匹の蝶がまとわりついていた。そして常世(とこよ)にて幼少期の自分自身と出会ったラストでも、そばに二匹の蝶がピッタリ寄り添っている。

僕にはこの蝶は静謐な常世(死後の世界)の象徴のように思える。中原中也の詩『一つのメルヘン』のように。あるいは〈胡蝶の夢〉という故事があり、夢と現実の区別がつかない状態をいう。すずめも常世と現世(うつしよ)を行き来することが出来る。

なお、新海監督の作品には二羽(つがい)で飛ぶ鳥が繰り返し出てくる。『秒速5センチメートル』しかり、『君の名は。』しかり。『すずめの戸締まり」冒頭、すずめと草太の出会いの場面でも上空を二羽の鳶が飛んでいた。一人っきりで飛ぶのはあんまり寂しいもの。

二匹の蝶は死んだ父親と母親なのではないかという説が巷で出回っているが僕は同意しかねる。本作において父親は重要ではない。四歳のすずめと十七歳のすずめを表しているのかも知れないし、すずめのなかに母が生きている(ふたりでひとり)と解釈することも可能だろう。

4) 他者の夢の中へ入っていく

新海誠監督の作品の大きな特徴は「他者の夢の中に入っていく」という描写があること。『君の名は。』もそうだし、『すずめの戸締まり』のすずめも映画後半で草太の夢の中に入っていく。これは稀有なことであり、他の日本の映画監督の作品では滅多にお目にかかれない。

『君の名は。』の企画の原点には小野小町が詠んだ和歌にあった。

思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを

平安時代の人々は夢に人が現れるのは、その人が自分の事を思っているからだ」と解釈した。現代のフロイト的深層心理学の考え方と真逆である。つまり「真剣にある人のことを思えば、その人の夢の中に入っていける」というのが新海的思考なのである。今回の新作では井上陽水の歌う『夢の中へ』が流れるのが象徴的だ。最初に「探しものは何ですか?」と君に問いかけ、「それより僕と踊りませんか?」と夢の中へ誘う。これが「僕の夢」であろうと「君の夢」であろうと、必ずどちらかは「他者の夢」の中で踊ることになる。あるいは「夢の通い路」で繋がった共通の夢なのかも知れない。

はかなしや枕さだめぬうたゝねにほのかにまよふ夢のかよひぢ(式子内親王)

「他者の夢の中に入っていく」という観念に執着した映画監督としてMGMミュージカル映画『巴里のアメリカ人』で有名なヴィンセント・ミネリがいる。詳しくはフランスの哲学者ジル・ドゥルーズの著作『シネマ』を参照にされたし。

 ・ジル・ドゥルーズ「シネマ」〜哲学者が映画を思考する。 2017.12.07

またミネリから多大な影響を受けたデイミアン・チャゼル監督『セッション』『ラ・ラ・ランド』『ファースト・マン』も「他者の夢の中に入っていく」物語だ。チャゼルがしばしば「セカイ系」と揶揄されるのも、おそらくこれが原因だろう。

5) 公開時期の意味

昭和から平成前期の時代、アニメ映画興行の稼ぎ時は小中学生の春休みと夏休み、そして冬(正月)休みだった。子供が映画館に行くには保護者に付き添ってもらわないといけないし。東映まんがまつり、東宝チャンピオンまつりなどがそう。スタジオジブリ・宮崎駿監督の『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』なども夏休み興行だった。休みが一番長いから儲かるわけだ。

しかし2016年(平成28年)に公開された『君の名は。』の頃からこのセオリーは崩れ始める。この年、東宝は夏休み興行の目玉として『シン・ゴジラ』で勝負した。公開日は7月29日。そのため余り期待されていなかった『君の名は。』は8月26日に追いやられた。ことろが!蓋を開けてみると『シン・ゴジラ』の興行収入は82.5億円で『君の名は。』は250.3億円。後者の圧勝だった。理由は主に2つ挙げられる。

まず『君の名は。』のターゲットが小中学生でなかったこと。高校生から大学生、10代後半〜20代の若者に刺さる映画を目指した。彼らは親の付添が不要だから学校帰りに映画館に立ち寄れるわけだ。

第2に、公開時期のおかげで直ぐに学校が始まり、教室で「『君の名は。』良かったよー」と口コミで映画の評判が伝播した。またSNSが普及し、観た人の感想が拡散されたことも功を奏した。つまりバズったのだ。結果、その波は中高年にまで広がった。「アニメは子供が観るもの」という昭和の常識は、とっくに遠い過去のものとなっていたのである。

そして長い間歴代興行成績ランキングのトップに君臨していた『千と千尋の神隠し』の記録を破った『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の公開日は2020年10月16日だった。昭和の常識で言えば閑散期の興行である。しかし逆に、この時期だとライバルとなる作品が少ない。しかも映画館の多くはシネコンになっている。故に『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』はスクリーンを独占することが可能になり、稼ぎまくった。

つまり『すずめの戸締まり』の公開日11月11日も『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』のひそみに倣ったのである。たとえば公開初日、TOHOシネマズ渋谷で『すずめの戸締まり』の上映回数は30回だった。また『君の名は。』『天気の子』と違って『すずめの戸締まり』は初日からIMAXでの上映も同時に始まった。IMAXは入場料の単価が高いので、興行収入の上乗せが出来る。

6) 東京の地下空洞(後ろ戸のある場所)

山田太一(原作)・市川森一(脚色)・大林宣彦(監督)の『異人たちとの夏』には東京の誰もいない地下鉄のゴースト・ステーションが登場する。たしかこの場面は原作小説にはない、映画オリジナルだった筈だ。

『君の名は。』は明らかに大林映画『転校生』と『時をかける少女』の影響を受けている作品なので、新海監督が『異人たちとの夏』を参考にしている可能性も0ではないだろう。

7) 年上の女性への憧れ・恋

『言の葉の庭』『君の名は。』そして『すずめの戸締まり』における岩戸環と岡部稔の関係も、新海作品には繰り返し年上の女性への恋心というテーマが登場する。

村上春樹の小説『ノルウェイの森』のレイコさんの印象も重なっていると思うが(『君の名は。』の奥寺先輩は「幸せになりなさい」と、レイコさんと同じ言葉を残す)僕は高橋留美子の漫画『めぞん一刻』の影響が強いと考える。

週刊ビッグコミックスピリッツのインタビューで、新海監督は次のように語っている。

『めぞん一刻』とか、高校大学くらいの時に読んで、「五代くんみたいに生きられたらなあ」って思いましたから。(中略)「年上の女性ってきっと知的なんだろうなあ」って思ったり。

 ・【考察】高橋留美子「めぞん一刻」はラブコメの元祖?(新海誠「天気の子」との関係も) 

なお新海監督自身は4つ年下の女性と結婚している(ふたりの間に生まれた娘が新津ちせ。映画『3月のライオン』『喜劇 愛妻物語』や朝ドラ『エール』『カムカムエブリバディ』などに出演)。

8) ダイジンとサダイジン

猫のダイジンとサダイジンという名称については、巷で沢山の憶測が渦巻いている。ダイジンは『平家物語』で幼くして入水する安徳天皇ではないかだの、サダイジンは日本三大怨霊の平将門ではないかというトンデモ説も飛び出した。

僕はここで、ダイジンはすずめが幼い頃から持っていた箱に書かれた「すずめのだいじ」に由来するのではないか、という説を提唱する。すずめは冒頭、やせ細った猫を見て「うちの子になる?」と言う。そこで猫は「すずめは僕のことが好き、〈すずめのだいじ〉なんだ」と思う。次に東京でダイジンは「すずめは僕のことを好きじゃなかったんだ」と知り、一気にやせ細り喋らなくなる(ここは『魔女の宅急便』のキキの振る舞いへのオマージュでもある)。

さらに左大臣と右大臣は天皇の臣下の最高位である。だから安徳天皇である筈もないし、官位が低かった平将門でもない(将門は検非違使にもなれず天皇の護衛をする〈滝口の武士〉に過ぎなかった)

では『すずめの戸締まり』でダイジンとサダイジンは誰に仕えているのか?草太の台詞で「気まぐれは神の本質だからな」とあるので八百万の神のひとりであることは間違いない。で、その頂点に立つのは太陽神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)である。こう考えるとヒロインの名前・岩戸鈴芽(いわとすずめ)が天岩戸(あまのいわと)伝説と関連があり、アメノウズメとしての役割を果たしていることと合致する。つまり天照の命を受け、臣下のダイジンとサダイジンは要石の役割を担ってきたのだと考えられる。

古代中国に「天子は南面し 臣下は北面す」という言葉がある。故に京都御所で天皇は南を向いて座す。一方、左大臣・右大臣は天皇の補佐役として、左大臣は天皇から見て左側、つまり東側に立つ。日が昇る方角(東、つまり左手側)の方が位が高い。だからミミズの頭と尻尾を抑えるとき、サダイジン(の要石)は東の東京に、ダイジンは西の宮崎に置かれた。

9) 父親殺しから父親不在へ

新海誠監督の前作『天気の子』ではギリシャ悲劇『エディプス王』的“父親殺し”がテーマになっていた。主人公の家出少年・帆高(ほだか)は顔に怪我をしていることから、父親に殴られたことを示唆しており、フェリーで知り合ったライターの須賀が父親代わりとなるが、最終的に帆高は須賀に拳銃を向け、発砲する。これは心理的な〈父親殺し〉を表現している。

新海監督は長野県小海町の建設会社新津組社長の息子として生まれた。父は息子に家業を継がせるつもりだったと、あるインタビューで語っている。しかし結局家業を継がずアニメーション作家になった。建設会社を営む父と、その息子の葛藤は『君の名は。』のテッシーのエピソードとしても描かれている。

恐らく父に対する罪悪感、エディプスコンプレックスは〈父親殺し〉という通過儀礼を経て吹っ切れたのだろう、『すずめの戸締まり』は〈父親不在〉の物語になった。すずめに父の記憶はないし、草太に両親はなく、祖父に育てられた。また旅の途中で出会う神戸のスナックのママ・二ノ宮ルミは女手一つで幼い双子を育てている。父親が消えた代わりに本作で描かれるのは女同士の連帯・共感だ。このシフトは恐らく、東日本大震災の前年に新海監督に娘が生まれて、その成長を見守ってきたことと無関係ではないだろう。

10) 二ノ宮ルミ

前項でも書いたが女手一つで幼い双子を育てる神戸のスナックのママ、二ノ宮ルミという女性が登場する。神戸には実際、二宮商店街がある。そして阪神淡路大震災以降、鎮魂と追悼、そして街の復興を祈念し電飾による光の祭典「神戸ルミナリエ」が毎年12月に行われてきた(新型コロナ禍で中止に)。 イタリア語luminarieはluminaria(イルミネーション)の複数形。またフランス語でlumière(ルミエール)は「光」という意味。つまり震災のショックから立ち直り、明るく生きている二ノ宮ルミはすずめにとって「光」のような存在ということなのだろう。

ここで新海誠が愛してやまない作家・村上春樹が翻訳したスコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の最後を引用しよう。

Gatsby believed in the green light, the orgastic future that year by year recedes before us. It eluded us then, but that’s no matter ― tomorrow we will run faster, stretch out our arms farther. . . . And one fine morning ――

So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.

 ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。……そうすればある晴れた朝に――
 だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。
      (村上春樹 訳)

つまり『グレイト・ギャツビー』における緑の灯火=『すずめの戸締まり』の二ノ宮ルミなのだ。そして忘れてはならないのは神戸は村上春樹が青春時代を過ごした街であり、初期三部作『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』に登場するジェイズ・バーのモデルになったジャズバー「レフトアローン」は神戸市の隣・芦屋市にあった。

11) NTTドコモ代々木ビル(ドコモタワー)

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『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』『君の名は。』『天気の子』で描かれるドコモタワーは勿論、『すずめの戸締まり』にも登場する。これはフランソワ・トリュフォー監督におけるエッフェル塔と同じ役割を果たしている。詳しくは下記事をお読みください。

 ・ 時は来た(This Is the Moment)!今こそ語り尽くそう〜新海誠「秒速5センチメートル」超マニアック講座 

12) 常世(とこよ)と現世(うつしよ)

この項目については、レヴィ=ストロースによる構造人類学と、ユング心理学の手法を用いて詳しく語る必要があるので、後日追加記事を書くことにしたい。乞うご期待!

エピローグ)

僕は公開初日に大阪エキスポシティで日本最大のスクリーンIMAXレーザー/GTで観たのだが、その後、兵庫県西宮市にあるTOHOシネマズのIMAXレーザーで鑑賞し、驚愕した。スクリーンが余りにも小さいのである!!エキスポシティは横39席。スクリーン幅26m 高さ18m。西宮OSは横が31席。スクリーンサイズは公表されておらず、IMAXに改装される前のスクリーンは幅14m 高さ5.8mだった。調べてみると実際に公表されているものでキャナルシティ博多のIMAXレーザー・スクリーンは幅が15.1m 高さ8.4mしかない。面積比で考えるとエキスポのスクリーンは3.7倍だ。最高品質を自慢するIMAXでもピンキリだなと思った。

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2022年11月20日 (日)

三谷幸喜(作・演出)の舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」と大河ドラマ「鎌倉殿の13人」

11月19日(土)京都劇場へ。三谷幸喜(作・演出)の『ショウ・マスト・ゴー・オン』を観劇した。

その前に京都駅ビルにある超人気店「はしたて」で金目鯛づくし丼セット〈炙金目鯛・いか・たらこ丼/金目鯛竜田揚げ煮麺(にゅうめん)/小鉢/菜菹(さいしょ:お漬物の古い呼び名)〉+紫野和久傳の季節のようかん「月あかり」をいただく。

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〆て3,281円。美味でお値打ち価格なり!

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福岡公演と京都公演は怪我で出演を取りやめた小林隆の代演として三谷幸喜が舞台に立った。

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続く東京公演初日から小林は復帰したが、今度はシルビア・グラブが体調不良で休演しその代役を三谷が務め、さらに浅野和之が無症状ながら新型コロナウィルス抗原検査で陽性となり、浅野復帰後には鈴木京香がコロナ陽性。その都度三谷がステージに立ったという。正に"The Show Must Go On"を地で行く姿勢を貫いたと言えるだろう。

この芝居は三谷が主宰した劇団「東京サンシャインボーイズ」の代表作。1991年6月13日 - 17日に下北沢本多劇場で上演され、94年に再演された。僕は「東京サンシャインボーイズ」を生で体験する機会に恵まれず、本作はNHKの舞台中継で観た。その時のタイトルは『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』で現在DVDが発売されている。初演で西村雅彦が演じた舞台監督・進藤春五郎役を28年経った再再演では鈴木京香が演じているのがミソ(役名は「進藤」という名字のみになった)。#MeToo を経た、今どきのアレンジが施されている。

劇団が活動休止に入る直前、『東京サンシャインボーイズの罠』最終公演は1995年1月12日(木)に岡山市民文化ホール、1月14日(土)・15日(祝)に倉敷芸文館@岡山県倉敷市で行われた。劇団員の梶原善と甲本雅裕が岡山市出身だったかららしい。この頃岡山市に住んでいた僕は丁度・三谷幸喜という脚本家に注目し始めた時期だったのでチケットを探し求めたのだが、時すでに遅く完売だった。劇団は2024年に活動再開が予め告知されている。演目は『リア玉』。『リア王』ではありません、念のため。

さて、『ショウ・マスト・ゴー・オン』は『マクベス』が演じられている劇場の舞台裏で展開されるドタバタを描くバックステージものである。三谷が得意とするジャンルで、映画化された『ラヂオの時間』もオンエア中のラジオ局を舞台としたバックステージものであった。

『リア王』『マクベス』と三谷がシェイクスピアを意識しているのは間違いない。2022年を代表するテレビドラマとなった『鎌倉殿の13人』も、まるでシェイクスピアの悲劇みたいだった。宮沢りえの役どころは間違いなくマクベス夫人だし、山本耕史演じる三浦義村の策士ぶりはまるで『オセロ』のイアーゴ。そして小栗旬演じる北条義時の末路は正に『リチャード三世』だった。

 

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2022年11月12日 (土)

「すずめの戸締まり」公開初日鑑賞報告!/【考察】どうして新海誠はセカイ系であり続けるのか?/村上春樹・高橋留美子との接点

11月11日(金)朝9時。大阪エキスポシティにある109シネマズのIMAXレーザーで新海誠監督『すずめの戸締まり』公開初日を観てきた。因みにIMAXの最高品質であるレーザーが導入されている劇場は限られており、例えばTOHOシネマズなら日比谷、新宿、流山おおたかの森、西宮OSの4館しかない。なお僕は『君の名は。』も『天気の子』も公開初日に観ている。

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評価:AAA

掛け値なしの傑作。新機軸のロード・ムービーというのも心地よいし、直木賞を受賞した天童荒太の小説『悼む人』を彷彿とさせるプロットも素敵だ。当然「観たくない」という人も現れるであろう、東日本大震災と正面から向き合った姿勢・覚悟も天晴である。涙がとめどなく流れた。地震が多い国・日本に住む僕たちの集合的無意識にグサッと刺さる作品であり、大ヒット間違いなし。

2002年の処女作『ほしのこえ』から新海誠監督は“セカイ系の旗手”と呼ばれてきた。「世界の終わりに通じるような大惨事が、"ぼくときみ"というふたりの男女の恋愛関係に収斂されていく」というセカイ系の定義は『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』という〈天災三部作〉でも一貫している。では何故彼はセカイ系であり続けるのだろう?

ズバリ簡潔に言おう、新海作品の本質は〈和歌の世界〉である。『言の葉の庭』で引用される万葉集は言うに及ばず、『君の名は。』の発想の原点は古今集に収載された小野小町の和歌「思いつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらん夢と知りせば覚めざらましを」だ(そう企画書に書いてある)。また劇中、ユキちゃん先生は授業で「誰そ彼(たれそかれ)とわれをな問ひそ九月(ながつき)の露に濡れつつ君待つわれそ」という万葉集の歌を取り上げている。

つまり『ほしのこえ』における男女のメールのやり取りは、万葉集における相聞歌(そうもんか)の代用なのだ。『君の名は。』の瀧と三葉もスマートフォンで一度も肉声による会話を交わさない。スマホはあくまで交換日記の道具であり、相聞歌だ。つまりセカイ系=相聞歌という式が成立する。

新海作品は『伊勢物語』『とりかへばや物語』など和歌が何度も挿入される王朝文学(歌物語)的であるとも言えるだろう。『源氏物語』もそう。『君の名は。』以降はRADWIMPSが和歌の役割を担っている。『すずめの戸締まり』でRADの歌は少ないのだが、その代わりに昭和の歌謡曲が沢山流れる(それで『魔女の宅急便』との関係も明らかになる)。

さて、11月9日に上げた記事「新海誠監督「すずめの戸締まり」のなりふり構わぬ宣伝戦略/【考察】「すずめ」とは何者か?」で、すずめという名前はアメノウズメが由来ではないか?と書いた。そしたら劇場で配られる「新海誠本」のインタビューで監督があっさりそのことを認めているので拍子抜けした。危ない、危ない、公開前に出しておいてよかった!また自説〈三本足の椅子=八咫烏〉も、本編にカラスが出てきたので確信に変わった。

さらに上記事で過去の新海作品に村上春樹と高橋留美子の影響が見受けられると書いた。

『すずめの戸締まり』で描かれる、常世(あの世)と繋がる扉の近くに刺さり、「ミミズ」と呼ばれる災いを封じる「要石(かなめいし)」は高橋留美子の漫画『MAO』にも登場する。おまけに猫鬼(びょうき)まで出てくる。『MAO』の主人公・黄葉菜花は臨死体験をしたことがある女子中学生で、彼女は異世界への門を超え、関東大震災に直面する

またすずめは旅の途中で神戸に一泊するのだが、神戸は村上春樹が高校生の時に暮らした街で(京都市伏見区に生まれた村上は幼少期に兵庫県西宮市の夙川に転居した。夙川から神戸三宮まで電車で11分)、彼の処女作『風の歌を聴け』の舞台である。そして村上の連作短編小説『神の子どもたちはみな踊る』は阪神・淡路大震災をテーマにしている。こんなお話だ。

信用金庫に勤める冴えないサラリーマン・片桐の元に、ある日突然巨大な蛙が現れる。地下で気持ちよく眠っていた「みみずくん」が神戸の地震で目を覚まされ、その怒りにまかせて東京に大地震を起こそうとしている、それを阻止できるのは片桐だけだと「かえるくん」は言うのだ。

『すずめの戸締まり』との関係は火を見るより明らかだろう。すずめも東京の大地震を阻止するのだから。

さらに『君の名は。』を観れば、誰もが大林宣彦監督『転校生』の影響を強く感じるだろう。僕は『秒速5センチメートル』における踏切の場面でも『転校生』のことを思い出さずにはいられなかった。そして『君の名は。』終盤、冬の東京で瀧と三葉がすれ違う場面の演出は間違いなく大林映画『時をかける少女』エピローグ・シーンへのオマージュである。で、僕が気になっているのは『すずめの戸締まり』の登場人物・草太という名前。大林監督は映画『あした』以降、自ら作曲をする場合は、ペンネーム「學草太郎(まなぶそうたろう)」を使っているのである。そして映画『ふたり』の主題歌は「草の想い」(作詞:大林宣彦)。果たして関係はあるのだろうか??勿論、トルーマン・カポーティの小説『草の竪琴』が由来である可能性も捨てきれないのだが……。

最後にネタバレで重要なことを指摘しておこう。未見の方は要注意。

 

 

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映画終盤、幼少期(4歳)のすずめが出会い自分の母親だと思っていた人が、12年後の自分自身であったことを知る。僕は「どこかで観た覚えのある情景だ」とデジャヴを感じた。帰宅して漸く思い出した。アルフォンソ・キュアロン監督『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』だ。吸魂鬼(ディメンター)に襲われピンチに陥ったときハリーは「守護霊の呪文」を唱え、誰かに助けられる。気を失う直前に見た人を彼は自分の父親だと思う。しかし真相は未来からタイムトラベルして来たハリー自身であった。つまり自分自身の中に、親の精神やDNAは生きているということである。

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2022年11月 9日 (水)

新海誠監督「すずめの戸締まり」のなりふり構わぬ宣伝戦略/【考察】「すずめ」とは何者か?

新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』の公開日11月11日(金)が刻々と近づいている。面白いなと思うのは前作『天気の子』(2019)宣伝戦略からの180°の大転換である。

日本での興行収入が250億円を超え、『千と千尋の神隠し』『タイタニック』『アナと雪の女王』に次ぐ歴代4位となった2016年公開『君の名は。』(後に『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』に抜かれる)空前のヒットを受け、『天気の子』公開前は「(予告編以外)中身を一切見せない」「媚を売らない/自分を安く売らない」という“徹底した秘密主義” かつ“高嶺の花”戦略に出た。つまり一般観客のみならず業界関係者も含め試写会を行わず、前売り券の発売すらしなかった。正規の当日料金を払えということだ。入場者特典もなかった。

ところが『すずめの戸締まり』は特典付き前売券(ムビチケ)は売るし、バンバン試写会をするし、テレビや配信で映画冒頭12分を惜しげもなく見せるし、全国のIMAXスクリーンで先行上映するし、入場者特典(全国で300万名様!)は付くし、なりふり構わぬ大攻勢を仕掛けてくる。

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おまけに公開直前になってNetflixやAmazonプライムビデオなど各プラットホームで『君の名は。』『天気の子』の見放題配信も開始、SNSで「バズる」のを狙っている。

おそらくこの戦略は庵野秀明(総監督)の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に倣ったものだろう。『シン・エヴァ』はとっかえ引っ掛け入場者特典を投入し、劇場公開前に冒頭12分の映像をAmazonプライムビデオで独占配信した。その甲斐あってシリーズ初となる興行収入100億円超えを達成したのである。

『天気の子』と『すずめの戸締まり』の宣伝戦略の違いは何故か?やはり、この3年間で世界中を席巻した新型コロナ禍の影響は無視出来ないだろう。どうにか劇場に観客が戻ってきてほしいという願いが込められている。

さて次に、タイトルを含めいくつか考察をしておこう。

『風立ちぬ』の前まで、宮崎駿が監督したアニメーション映画のタイトルに必ず『の』が入っていることはよく知られている。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『紅の豚』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』といった具合。これで『の』があるアニメ映画は大ヒットするというジンクスが生まれた。そのひそみに倣ったのが細田守監督。『おおかみこどもの雨と雪』以降、『バケモノの子』『未来のミライ』『竜とそばかすの姫』と4回連続で『の』を入れた。新海監督も『言の葉の庭』で東宝と組んで以降、『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』と、『の』の釣瓶撃ちだ。

新海誠監督の作品を深く理解するために欠かせない項目を列挙するとー「日本神話」「万葉集・古今集などの和歌」「『とりかへばや物語』などの王朝文学」「村上春樹の小説(翻訳含む)」「倉本聰脚本のテレビドラマ『北の国から』特に『'87初恋』」「大林宣彦監督の映画『転校生』『時をかける少女』など尾道三部作」「岩井俊二監督の映画『Love Letter』『四月物語』」「宮崎駿監督のアニメーション映画」「高橋留美子の漫画『めぞん一刻』『らんま1/2』」ーこれらの要素が渾然一体になっている。詳しくは下記事で論じた。

 ・【考察】神話としての「君の名は。」〜その深層心理にダイブする。 2016.09.10
 ・3回目の鑑賞で気付いたこと。〜「君の名は。」超マニアック講座 2016.09.13
 ・「君の名は。」劇場用パンフレット第2弾登場!〜新海監督が質問に答えてくださいました。 2016.12.13
 ・ギリシャ神話(オルフェウス)と日本神話、そして新海誠「君の名は。」の構造分析 2018.04.18
 ・百人一首と新海誠「君の名は。」 2018.12.24
 ・新海誠と、和歌&王朝文学〜「君の名は。」から「天気の子」へ 2019.06.27
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【考察】映画「天気の子」を超ディープに味わうための、7つの事項(新海誠と村上春樹) 2019.07.19
 ・
「天気の子」劇場用パンフレット第2弾登場!〜新海誠監督が質問に答えてくださいました。 2019.09.17
 ・【考察】高橋留美子「めぞん一刻」はラブコメの元祖?(新海誠「天気の子」との関係も)2021.01.08

『すずめの戸締まり』冒頭・夢の場面で、新海作品に繰り返し出てくる草原のイメージが登場するが、これは村上春樹が大好きなトルーマン・カポーティの小説『草の竪琴』の影響が色濃いと僕は考える。実は新海監督『秒速5センチメートル』には、ヒロインの明里が駅のプラットホームでこの小説(新潮文庫版)を読んでいる場面があるのだ。余談だが明里は村上春樹『螢・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)も読む。

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なお村上春樹はカポーティの短編を沢山翻訳しているが、『草の竪琴』は未だである。

また新海監督は『すずめの戸締まり』に宮崎駿監督『魔女の宅急便』からインスパイアされた部分があると述べているが、冒頭12分を観る限りむしろ『千と千尋の神隠し』へのオマージュを感じる。見捨てられた廃墟のイメージ。また災厄が野に放たれる映像は『もののけ姫』のデイダラボッチ(ダイダラボッチとも言う)を彷彿とさせる。

今回のヒロインの名前は岩戸鈴芽(いわとすずめ)。これは『古事記』『日本書紀』に登場する天の岩戸(あまのいわと)伝説を連想させる。岩で出来た洞窟だ。弟・須佐之男(スサノオ)の狼藉にショックを受けた天照大御神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に引き篭った。天照=太陽神が隠れたために高天原(たかまがはら=天上界)も葦原中国(あしはらのなかつくに=地上の人間が住む世界)も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。そこで天照を引張り出そうと天宇受売命/天鈿女命(アメノウズメ)が胸をさらけ出して踊ったところ、八百万の神が一斉に笑った。これを聞いた天照は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、 隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。

つまり天岩戸伝説では洞窟の扉が閉じたために災いが発生するが、『すずめの戸締まり』はドアを開けたために災いが吹き出してくる。ここにフランスの構造人類学者レヴィ=ストロースが言うところの〈変換〉が行われている。

 ・レヴィ=ストロース「野生の思考」と神話の構造分析 2018.03.24

またまた余談だが庵野秀明(企画・脚本)『シン・ウルトラマン』で、神永(=ウルトラマン)は熱心にレヴィ=ストロース(著)『野生の思考』を読んでいる。閑話休題。

だから「すずめ」という名前の由来は多分、アメノウズメなのだろう。これは『君の名は。』のヒロイン「三葉」という名前の由来が日本神話に登場するミヅハメ、水の女神から来ているとことに呼応している。『古事記』では弥都波能売神(みづはのめのかみ)、『日本書紀』では罔象女神(みつはのめのかみ)と表記する。

このドアは古代ギリシャ神話で語られる『パンドラの箱』も想起させる。箱から様々な災厄が出てくるが、最後にエルピス(Elpis)が残る。エルピスとは「希望」あるいは「災い」の兆候のことである。『すずめの戸締まり』の場合、最後に残るのはどっちだろう?

また『すずめの戸締まり』の三本足の椅子は、八咫烏(やたがらす)のメタファーだろう。日本神話に登場するカラスで太陽の化身、導きの神。三本の足がある。

さて僕は公開初日11月11日に有給休暇を取得し、109シネマズ@大阪エキスポシティでIMAXレーザーGT上映を朝9時から鑑賞する(席は確保済み)。当日中にレビューをアップする予定なので、乞うご期待!!

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