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2022年10月11日 (火)

サイモン・ラトル/ロンドン交響楽団@フェニーチェ堺(+世界のオーケストラ・ランキングについて)

大阪府・堺市に新しく出来た(2019年10月1日)フェニーチェ堺でサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団を10月1日(木)に聴いた。SS席23,000円と手頃な料金設定だった。

2019年ベルリン・フィル来日公演(ズービン・メータ指揮)のチケット料金と比較すると …… S席43,000円 A席38,000円 B席34,000円 C席28,000円 D席23,000円 E席18,000円。つまり、ベルリン・フィルのD席とロンドン交響楽団のSS席が同額なのである

ここで2008年「グラモフォン」誌(英国)における音楽評論家の投票による「世界のオーケストラトップ10」ランキングを見てみよう。

 1.ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 2.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 3.ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 4.ロンドン交響楽団
 5.シカゴ交響楽団
 6.バイエルン放送交響楽団
 7.クリーヴランド管弦楽団
 8.ロサンジェルス・フィルハーモニック
 9.ブタペスト祝祭管弦楽団
10.シュターツカペレ・ドレスデン

また2019年『音楽の友』誌による、47人の日本の音楽評論家が投票したランキングは以下の通り。

 1.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 2.ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 3.バイエルン放送交響楽団
 4.ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 5.ロンドン交響楽団
 6.パリ管弦楽団
 7.シカゴ交響楽団
 8.シュターツカペレ・ドレスデン
 9.クリーヴランド管弦楽団
10.ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

さらに順不同で英国『BBCミュージックマガジン』誌が2022年に発表した" The world’s top ten orchestras "はアルファベット順に、

 バイエルン放送交響楽団
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ブタペスト祝祭管弦楽団
 ハレ管弦楽団
 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
 ロンドン交響楽団
 ロサンジェルス・フィルハーモニック
 サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

となっている。イギリスのマンチェスターに本拠を置くハレ管弦楽団がランクインしているのはさすが地元誌だけに身贔屓が過ぎると思うが、ジョージ・セル時代のクリーヴランド管弦楽団やゲオルク・ショルティ時代のシカゴ交響楽団だったら圏外になることはなかったろうから、首席指揮者・音楽監督の交代でオーケストラの浮き沈みも激しいなと感じ入る次第である(シカゴが落ちぶれた責任はダニエル・バレンボイムとリッカルド・ムーティにある)。閑話休題。

ベルリン・フィルのほうが上とはいえ、ロンドン交響楽団は同格のオーケストラである。その割にチケット料金の格差は法外と言えるだろう。

チケット代が余りにも高すぎて僕はベルリン・フィルの生演奏を一度も聴いたことがないのだが、ウィーン・フィルは3回聴いた。

 1.ロリン・マゼール指揮@倉敷市民会館(岡山県) 1986/4/21(モーツァルト:交響曲第25番、R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」、チャイコフスキー:交響曲第5番)
 2.小澤征爾指揮@岡山シンフォニーホール 1996/10/16(モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」、R.シュトラウス:アルプス交響曲)
 3.ベルナルト・ハイティンク指揮@広島厚生年金会館 1997/10/12(マーラー:交響曲第9番)

ハイティンクのマーラーはそれなりに良かったが、残りの2回は腑抜けた演奏で「やる気あるんかい!」と怒り心頭に発した。特にマゼールは酷かった。ウイーンの芳醇な香りなんて、欠片もない。

僕が今までの経験で学んだこと。ウィーン・フィルはツアーなどにおいて間違いなく「手抜き」の演奏をする。彼らの母体はウィーン国立歌劇場管弦楽団。つまり通常はオペラ座のピットで演奏している。その合間を縫ってウィーン楽友協会(ムジークフェライン)で定期演奏会を開催するわけだ。例えばワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の総演奏時間(休憩を除く)は約4時間、『パルジファル』は4時間30分かかる。それだけの長時間を「全力で」演奏し続けるのは不可能だろう。どうしても途中で「手を抜く」「適当に流す」場面が出てくる。その癖が過酷なスケジュールの極東ツアーでも顔を覗かせるのである。

つまりドレスデン国立歌劇場を本拠地とするシュターツカペレ・ドレスデンやウィーン・フィルは〈長距離ランナー〉であり、コンサート・オーケストラであるベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、ロンドン交響楽団などは〈短距離ランナー〉に喩えることが出来るだろう。ラップタイム(瞬間的な実力)を単純に比較しても意味がないのだ。

2022年ロンドン交響楽団コンサート・ツアーのスケジュールはこうだ。

 9/30 京都コンサートホール→10/1 フェニーチェ堺→10/2 ミューザ川崎コンサートホール(神奈川県)→10/3 札幌コンサートホール

しかもこの4日間、プログラムが全て異なるのである!旅の疲れもあるだろうし、いやはや大変だ。

さて、サイモン・ラトルは2002年から18年まで16年間、ベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督を務めた。2017年9月からロンドン交響楽団(LSO)の音楽監督に就任したが、23年9月からアントニオ・パッパーノに交代するので、たった6年という短命だった。そうなった理由は2つある。

その1。ラトルはLSOが拠点とするバービカン・ホールに良い印象を持っておらず、就任時に優れたオーケストラに見合った音響の良いホールの建設を要求していた。しかし2020年に新型コロナ禍が世界を席巻しロンドンはバービカン・センターの再建から撤退、改築を進めることになった。

ラトルの頭の中にはヘルベルト・フォン・カラヤンが設計コンペの段階から関わり、1963年にオープンしたホール、ベルリン・フィルハーモニーがあったに違いない。しかしその夢は水泡に帰した。ベルリンの、中央にあるステージを客席が取り囲むワインヤード形式のホールはミューザ川崎シンフォニーホールにも受け継がれており、ラトルは「すばらしいコンサートホールは、我々がその上で演奏する『楽器』なのです」「来日ツアーでは日本のさまざまなホールで演奏しますが、ミューザでの公演がいつも最高のものになります」と称賛している。

さらにラトルの3人の子供と妻(メゾソプラノ歌手:マグダレーナ・コジェナー)はベルリンに住んでおり、ロックダウンでなかなか会えなかったのも辛かったのだろう。キャリアよりも家族との団欒を優先したいと決意したのである。彼は2023年からドイツ・ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任することが決まっている。ミュンヘンとベルリン間は大阪と東京ぐらいの距離。列車で4時間、飛行機だと1時間7分である。

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今回のプログラムは、

 ・ベルリオーズ:序曲「海賊」
 ・武満徹:ファンタズマ・カントス Ⅱ
  (トロンボーン独奏:ピーター・ムーア)
 ・ラヴェル:ラ・ヴァルス
 ・シベリウス:交響曲 第7番
 ・バルトーク:バレエ「中国の不思議な役人」組曲
 ・フォーレ:パヴァーヌ(アンコール)

余り知られていないが、ラトルはシベリウスに対して強い愛着を持っている。ベルリン・フィルのシェフ時代、シベリウスの交響曲全曲を連続して指揮するチクルスを実行している。その際、2010年2月9日に演奏した交響曲第3番はこのオーケストラにとって初演だった。

ヘルベルト・フォン・カラヤンが1960年代にベルリン・フィルとレコーディングしたシベリウス:交響曲 第4番-7番は名盤として知られており、作曲家・吉松隆も絶賛している。しかしカラヤンは生涯、第3番を指揮しなかった。

 ・シリーズ【大指揮者列伝】帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンの審美眼 2016.03.11

あと今回のプログラムの特徴はトロンボーンの使い方である。武満の楽曲は実質的にトロンボーン協奏曲であり、3種類のミュート(弱音器)を用いて揺蕩うように、滑らかに幻想(ファンタズマ)と歌(カントス)を奏でる。あたかも、「できれば鯨のように優美で頑健な肉体をもち、西も東もない海を泳ぎたい」と語った作曲家の夢を具現化するかのようだ(武満は若い頃に結核を患い、痩せていた)。

当初トロンボーンは神聖な楽器で、神の象徴としてミサ曲やレクイエムなど宗教音楽のみに用いられ、世俗音楽での使用は控えられていた。だからモーツァルトの『レクイエム』では【奇しきラッパの響き】としてこの楽器が鳴り渡るが、交響曲には一度も登場しない。そのタブーを破り、初めて世俗音楽にトロンボーンを導入したのがベートーヴェン:交響曲 第5番である

 ・シリーズ《音楽史探訪》革命児ベートーヴェン~そして「アホでも分かる」ショスタコーヴィチ/交響曲第5番へ 2012.06.19

それから長い時代を経て20世紀に入り、トロンボーンはシベリウスの交響曲 第7番において太陽の主題を歌い(参考文献:井上道義公式サイト)、同じ年に書かれたバルトーク『中国の不思議な役人』では粗野で凶暴な役人の役割を果たす。そして武満の『ファンタズマ・カントス』では〈トロンボーン=鯨、あるいは海〉というわけ。実に面白い。

フランス音楽に挟まれて武満が演奏されるという趣向も洒落ている。武満は特にドビュッシーから多大な影響を受けており、メシアンとも親しかった。彼の最後のピアノ独奏曲『雨の樹素描II』には《 ―オリヴィエ・メシアンの 追憶に― 》と副題が付いている。

ラトルによると、武満はジャズの影響を受けていて、彼がいつも聴いていたのがジャック・ティーガーデン(Jack Teagarden)というトロンボーン奏者だったそう。

ラトルが武満の楽曲を指揮するのは珍しく、僕が知る限りベルリン・フィルのシェフ時代は取り上げていない筈。少なくとも《デジタル・コンサートホール》のアーカイブ映像にはない。貴重な体験となった。

兎に角、全体として瑞々しい演奏であり、過去3回聴いたウィーン・フィルより断然良かった。武満ではトロンボーンの甘い音に魅了され、テレビ・ドラマのために彼が作曲した『波の盆』を想い出した。

ウィーンの舞踏会に思いを馳せたラヴェルのワルツは優美で、弱音の美しさにゾクゾクした。クライマックスの音の洪水は混沌に陥りやすいが、それとは正反対の明晰な響きに唸った。

そしてシベリウス最後の交響曲は音楽がフィンランドの大地や湖と一体化し、最後の2音で確かに自然が深呼吸する音(スー、ハー)を聴いた。圧巻だった。

また、今回改めてフェニーチェ堺はザ・シンフォニーホール@大阪市に匹敵する音響の良いホールだなと感じ入った次第である。

 ・パーヴォ・ヤルヴィ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管@フェニーチェ堺 2019.11.29

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