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2022年10月

2022年10月20日 (木)

三浦一馬 キンテート 2022 「熱狂のタンゴ」(+空前のピアソラ・ブームはいつ発生したか?)

5月8日ザ・シンフォニーホール@大阪市へ。“タンゴの革命児” アストル・ピアソラ没後30周年記念プロジェクトとして企画された、三浦一馬キンテートを聴く。キンテートとはスペイン語で五重奏団という意味。英語ではクインテット。

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バンドネオン奏者・三浦以外のメンバーは、石田泰尚(ヴァイオリン/硬派弦楽アンサンブル“石田組組長!!)、黒木岩寿(コントラバス)、山田武彦(ピアノ)、大坪純平(ギター)。

過去に三浦を聴いた感想は下記。

 ・ネストル・マルコーニ&三浦一馬「バンドネオン・ヒーローズ」 2013.01.07
 ・
三浦一馬クインテット ガーシュウィン&ピアソラ 2015.07.02
 ・
ピアソラのバンドネオン協奏曲〜大阪交響楽団「名曲コンサート」 2016.01.27
 ・
三浦一馬キンテート ピアソラ&マルコーニ 2017.04.18

バンドネオン奏者としても超一流だったアストル・ピアソラ(1921-1992)が初めて日本に来たのは1982年。84年に再来日、さらに86年にゲイリー・バートン(ヴィブラフォン奏者)と、88年には歌手のミルバと日本で共演した。しかし生前、彼の名前は世間に浸透しておらず、コンサート会場は空席が目立ったという(当時を知る人の証言/外部リンク)。

ピアソラの人気に火が点く切掛となったのは名ヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルが1996年に発表したアルバム『ピアソラへのオマージュ』。ちょうどこの頃から僕もピアソラを聴くようになった。この年に音楽好きの僕の親友が急性骨髄性白血病で亡くなったのだが(享年30歳)、彼に「ピアソラって凄いよ!」と紹介出来なかったことが未だに悔やまれて仕方ない。

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現在までにクレーメルはオペラ風タンゴ『ブエノスアイレスのマリア』を含め、6枚のピアソラ・アルバムを世に送り出している。

クレーメルに続き1997年に出たCD『ヨーヨー・マ・プレイズ・ピアソラ』が一大センセーションを巻き起こし、ピアソラ・ブームは最高潮に達した。

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ヨーヨー・マがチェロで弾く『リベルタンゴ』は大ヒット、サントリー・ウィスキーのCMでも使用された。

ピアソラはどの編成が自分の音楽に一番相応しいか、試行錯誤を繰り返した。キャリアの初期には弦楽オーケストラと共演したり、九重奏団、電子八重奏団(オクテート・エレクトロニコ)を結成したりした。エレキギターを導入した時は「タンゴの破壊者」とまで言われた。そして最終的に、彼が最も充実していたのはパブロ・シーグルがピアノを担当していた1978年-1988年のキンテート・タンゴ・ヌエヴォ(Quinteto Tango Nuevo /新タンゴ五重奏団)時代であった。特に『ライヴ・イン・ウィーン』『AA印の悲しみ』という二枚のアルバムは傑出している。

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さて今回はオール・ピアソラ・プログラムで、

 ・デカリシモ
 ・フーガ9
 ・ブエノスアイレスの冬
 ・ブエノスアイレスの夏
 ・ブエノスアイレスの秋
 ・ブエノスアイレスの春
 ・現実との3分間


 ー休憩ー

 ・ルンファルド
 ・レビラード
 ・カリエンテ
 ・ミケランジェロ'70
 ・悪魔のロマンス
 ・ムムキ
 ・アレグロ・タンガービレ(アンコール)
 ・リベルタンゴ(アンコール)

石田組長のヴァイオリンは豪快で快刀乱麻というイメージが強いのだが、『ブエノスアイレスの冬』は意外にも繊細で、叙情的だった。

『ブエノスアイレスの秋』は気怠く、アンニュイな気分。

焦燥に駆られた『現実との3分間』は何かに急き立てられる印象。

『ルンファンド』はヴァイオリンが甘く切ない。

『レビラード』はピアソラとしては珍しい長調の楽曲。

『カリエンテ』は内省的。

『ミケランジェロ'70』は都会的で、高速道路をぶっ飛ばしているような目眩の感覚。

『悪魔のロマンス』はノスタルジックで、“あの夏の日”を思い出すかのよう。

『ムムキ』はギター・ソロで開始され、長いピアノ・ソロが続く。最後はただひたすらに落ちていく。

『アレグロ・タンガービレ』は音楽がうねり、快感。

これからも、三浦と石田組長のスリリングな共演が続くことを期待する。

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2022年10月18日 (火)

アリーナ・イブラギモヴァ 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル

9月10日(土)兵庫県立芸術文化センター大ホールへ。ロシア出身(イギリス在住)のヴァイオリニスト、アリーナ・イブラギモヴァを聴く。彼女はピリオド(時代)楽器とモダン楽器の両方を演奏する。

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曲目は、

 ・ビーバー:「ロザリオのソナタ」よりパッサカリア ト短調
 ・J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番
 ・イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番「バラード」
 ・バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ

イブラギモヴァはiPadの楽譜を使用。ビーバーは鋭いが、温かみのある音色。

J.S. バッハの有名な「シャコンヌ」はゆっくり重く、荘厳に開始され、次第に音楽は熱く、激しくなってゆく。

イザイは情熱的で、ハンガリーの民族色豊かなバルトークも魅惑的であった。

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2022年10月17日 (月)

河村尚子 ピアノ・リサイタル〜オール・シューベルト・プログラム

兵庫県立芸術文化センター小ホール@西宮市へ。

河村尚子を2日に渡り聴く。オール・シューベルト・プログラムで、

3月12日(土)

 ・即興曲 第3番 変ロ長調 D935/3
 ・ピアノ・ソナタ 第18番ト長調 D894「幻想」
 ・「3つの小品」より 第1番 変ホ短調 D946/1
 ・ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D958

 アンコール曲
 ・シューベルト:即興曲 第2番 D935
 ・シューベルト(リスト編):12の歌「糸を紡ぐグレートヒェン」
 ・バッハ(ペトリ編):羊は安らかに草を食み

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9月19日(月・祝)

 ・「楽興の時」第3番 ヘ短調 D 780/3
 ・「3つの小品」より 第3番 ハ長調 D 946/3
 ・ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D 959
 ・即興曲 第3番 変ト長調 D 899/3
 ・ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D 960

 アンコール曲
 ・「楽興の時」 第2番 変イ長調 D 780/2 

シューベルト最後のピアノ・ソナタ第19-21番は1828年9月に一気に書かれた。その年の11月9日に作曲家は亡くなっているので正に死の直前、白鳥の歌である。3部作と言っても過言ではなく、そういう意味でベートーヴェンのピアノ・ソナタ30-32番と成立過程が似ている。ベートーヴェン最後のピアノ・ソナタは3曲連続で演奏される機会が多く、シューベルトの3部作もそれが理想である。ただし、シューベルトのソナタの方が演奏時間が長いので、なかなか一夜で一気にというわけにいかない。そこが難しいところ。

河村尚子は兵庫県西宮市出身。地元なので彼女の気合が入った演奏を沢山聴けるのは嬉しい限りだ。河村はドイツのハノーファー音楽演劇大学でロシア出身のピアニスト、ウラジミール・クライネフ(チャイコフスキー国際コンクールで第1位)に師事した。師匠譲りの剛直なタッチで、やはりロシアピアニズムの継承者だなぁとつくづく感じる。だからどこか彼女の演奏はリヒテルのそれに近いのである。リヒテルもシューベルトを得意としており、特に1972年に録音された第21番は今でも超一級の名演として知れ渡っている(メロディア音源で当初日本ではビクターから発売されていたが、現在はAlto レーベルから出ており、Spotifyなどサブスクリプションでも聴ける)。

第20番は深淵を覗き込むような虚無感に襲われる第2楽章が白眉で、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したトルコ映画『雪の轍』で印象的に使われた。また第21番は純粋無垢に歌い続ける天使(ピアノの右手)≒シューベルトと、彼を死の闇に引きずり込もうとするとする悪魔(左手)の相克がスリリングだ。

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2022年10月14日 (金)

彩風咲奈・朝月希和(主演)宝塚雪組「蒼穹の昴」

7,8月に宝塚大劇場であった月組『グレート・ギャツビー』は7月17日と8月14日にチケットを確保していたのだが、関係者に新型コロナウィルスの感染が確認されたため、どちらの公演も中止になってしまった。無念。

気を取り直し、10月3日(月)に宝塚大劇場へ。雪組公演『蒼穹の昴』を観劇。脚本・演出は原田諒。

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浅田次郎の小説『蒼穹の昴』は1996年4月に刊行され、その年末に宝島社刊『このミステリーがすごい!』で第6位に選ばれた(第1位は馳星周『不夜城』)。『このミス』の評価を見て僕は1998年頃に分厚い単行本上・下巻で読んだ。現在は文庫本 全4巻で発売されている。壮大なスケールで大変読み応えがあり、面白かった。

しかし情けないことに今回宝塚歌劇版を観て、殆ど話の展開を忘れていたので面食らった。記憶に残っていたのは主人公とその幼馴染との友情物語で、主人公が猛勉強して科挙の試験に合格することくらい。最後彼が生き残るのか、死ぬのかすら憶えていなかった。

原田の脚色は手際よくまとめていると思うが、如何せん長大な小説なので、後半が駆け足になった感は否めない。グループ観劇の高校生たちがいたが、帰り際にああだこうだと物語について議論を交わしていたので、初見の人には分かり辛かったのではないだろうか?

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紫禁城が舞台なので華やかだし衣装も豪華。京劇のシーンではレスリー・チャン主演チェン・カイコー監督の映画『さらば、わが愛/覇王別姫』のことを懐かしく想い出した。

Blu-rayを購入し、見返したい。

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2022年10月11日 (火)

サイモン・ラトル/ロンドン交響楽団@フェニーチェ堺(+世界のオーケストラ・ランキングについて)

大阪府・堺市に新しく出来た(2019年10月1日)フェニーチェ堺でサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団を10月1日(木)に聴いた。SS席23,000円と手頃な料金設定だった。

2019年ベルリン・フィル来日公演(ズービン・メータ指揮)のチケット料金と比較すると …… S席43,000円 A席38,000円 B席34,000円 C席28,000円 D席23,000円 E席18,000円。つまり、ベルリン・フィルのD席とロンドン交響楽団のSS席が同額なのである

ここで2008年「グラモフォン」誌(英国)における音楽評論家の投票による「世界のオーケストラトップ10」ランキングを見てみよう。

 1.ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 2.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 3.ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 4.ロンドン交響楽団
 5.シカゴ交響楽団
 6.バイエルン放送交響楽団
 7.クリーヴランド管弦楽団
 8.ロサンジェルス・フィルハーモニック
 9.ブタペスト祝祭管弦楽団
10.シュターツカペレ・ドレスデン

また2019年『音楽の友』誌による、47人の日本の音楽評論家が投票したランキングは以下の通り。

 1.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 2.ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 3.バイエルン放送交響楽団
 4.ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 5.ロンドン交響楽団
 6.パリ管弦楽団
 7.シカゴ交響楽団
 8.シュターツカペレ・ドレスデン
 9.クリーヴランド管弦楽団
10.ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

さらに順不同で英国『BBCミュージックマガジン』誌が2022年に発表した" The world’s top ten orchestras "はアルファベット順に、

 バイエルン放送交響楽団
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ブタペスト祝祭管弦楽団
 ハレ管弦楽団
 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
 ロンドン交響楽団
 ロサンジェルス・フィルハーモニック
 サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

となっている。イギリスのマンチェスターに本拠を置くハレ管弦楽団がランクインしているのはさすが地元誌だけに身贔屓が過ぎると思うが、ジョージ・セル時代のクリーヴランド管弦楽団やゲオルク・ショルティ時代のシカゴ交響楽団だったら圏外になることはなかったろうから、首席指揮者・音楽監督の交代でオーケストラの浮き沈みも激しいなと感じ入る次第である(シカゴが落ちぶれた責任はダニエル・バレンボイムとリッカルド・ムーティにある)。閑話休題。

ベルリン・フィルのほうが上とはいえ、ロンドン交響楽団は同格のオーケストラである。その割にチケット料金の格差は法外と言えるだろう。

チケット代が余りにも高すぎて僕はベルリン・フィルの生演奏を一度も聴いたことがないのだが、ウィーン・フィルは3回聴いた。

 1.ロリン・マゼール指揮@倉敷市民会館(岡山県) 1986/4/21(モーツァルト:交響曲第25番、R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」、チャイコフスキー:交響曲第5番)
 2.小澤征爾指揮@岡山シンフォニーホール 1996/10/16(モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」、R.シュトラウス:アルプス交響曲)
 3.ベルナルト・ハイティンク指揮@広島厚生年金会館 1997/10/12(マーラー:交響曲第9番)

ハイティンクのマーラーはそれなりに良かったが、残りの2回は腑抜けた演奏で「やる気あるんかい!」と怒り心頭に発した。特にマゼールは酷かった。ウイーンの芳醇な香りなんて、欠片もない。

僕が今までの経験で学んだこと。ウィーン・フィルはツアーなどにおいて間違いなく「手抜き」の演奏をする。彼らの母体はウィーン国立歌劇場管弦楽団。つまり通常はオペラ座のピットで演奏している。その合間を縫ってウィーン楽友協会(ムジークフェライン)で定期演奏会を開催するわけだ。例えばワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の総演奏時間(休憩を除く)は約4時間、『パルジファル』は4時間30分かかる。それだけの長時間を「全力で」演奏し続けるのは不可能だろう。どうしても途中で「手を抜く」「適当に流す」場面が出てくる。その癖が過酷なスケジュールの極東ツアーでも顔を覗かせるのである。

つまりドレスデン国立歌劇場を本拠地とするシュターツカペレ・ドレスデンやウィーン・フィルは〈長距離ランナー〉であり、コンサート・オーケストラであるベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、ロンドン交響楽団などは〈短距離ランナー〉に喩えることが出来るだろう。ラップタイム(瞬間的な実力)を単純に比較しても意味がないのだ。

2022年ロンドン交響楽団コンサート・ツアーのスケジュールはこうだ。

 9/30 京都コンサートホール→10/1 フェニーチェ堺→10/2 ミューザ川崎コンサートホール(神奈川県)→10/3 札幌コンサートホール

しかもこの4日間、プログラムが全て異なるのである!旅の疲れもあるだろうし、いやはや大変だ。

さて、サイモン・ラトルは2002年から18年まで16年間、ベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督を務めた。2017年9月からロンドン交響楽団(LSO)の音楽監督に就任したが、23年9月からアントニオ・パッパーノに交代するので、たった6年という短命だった。そうなった理由は2つある。

その1。ラトルはLSOが拠点とするバービカン・ホールに良い印象を持っておらず、就任時に優れたオーケストラに見合った音響の良いホールの建設を要求していた。しかし2020年に新型コロナ禍が世界を席巻しロンドンはバービカン・センターの再建から撤退、改築を進めることになった。

ラトルの頭の中にはヘルベルト・フォン・カラヤンが設計コンペの段階から関わり、1963年にオープンしたホール、ベルリン・フィルハーモニーがあったに違いない。しかしその夢は水泡に帰した。ベルリンの、中央にあるステージを客席が取り囲むワインヤード形式のホールはミューザ川崎シンフォニーホールにも受け継がれており、ラトルは「すばらしいコンサートホールは、我々がその上で演奏する『楽器』なのです」「来日ツアーでは日本のさまざまなホールで演奏しますが、ミューザでの公演がいつも最高のものになります」と称賛している。

さらにラトルの3人の子供と妻(メゾソプラノ歌手:マグダレーナ・コジェナー)はベルリンに住んでおり、ロックダウンでなかなか会えなかったのも辛かったのだろう。キャリアよりも家族との団欒を優先したいと決意したのである。彼は2023年からドイツ・ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任することが決まっている。ミュンヘンとベルリン間は大阪と東京ぐらいの距離。列車で4時間、飛行機だと1時間7分である。

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今回のプログラムは、

 ・ベルリオーズ:序曲「海賊」
 ・武満徹:ファンタズマ・カントス Ⅱ
  (トロンボーン独奏:ピーター・ムーア)
 ・ラヴェル:ラ・ヴァルス
 ・シベリウス:交響曲 第7番
 ・バルトーク:バレエ「中国の不思議な役人」組曲
 ・フォーレ:パヴァーヌ(アンコール)

余り知られていないが、ラトルはシベリウスに対して強い愛着を持っている。ベルリン・フィルのシェフ時代、シベリウスの交響曲全曲を連続して指揮するチクルスを実行している。その際、2010年2月9日に演奏した交響曲第3番はこのオーケストラにとって初演だった。

ヘルベルト・フォン・カラヤンが1960年代にベルリン・フィルとレコーディングしたシベリウス:交響曲 第4番-7番は名盤として知られており、作曲家・吉松隆も絶賛している。しかしカラヤンは生涯、第3番を指揮しなかった。

 ・シリーズ【大指揮者列伝】帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンの審美眼 2016.03.11

あと今回のプログラムの特徴はトロンボーンの使い方である。武満の楽曲は実質的にトロンボーン協奏曲であり、3種類のミュート(弱音器)を用いて揺蕩うように、滑らかに幻想(ファンタズマ)と歌(カントス)を奏でる。あたかも、「できれば鯨のように優美で頑健な肉体をもち、西も東もない海を泳ぎたい」と語った作曲家の夢を具現化するかのようだ(武満は若い頃に結核を患い、痩せていた)。

当初トロンボーンは神聖な楽器で、神の象徴としてミサ曲やレクイエムなど宗教音楽のみに用いられ、世俗音楽での使用は控えられていた。だからモーツァルトの『レクイエム』では【奇しきラッパの響き】としてこの楽器が鳴り渡るが、交響曲には一度も登場しない。そのタブーを破り、初めて世俗音楽にトロンボーンを導入したのがベートーヴェン:交響曲 第5番である

 ・シリーズ《音楽史探訪》革命児ベートーヴェン~そして「アホでも分かる」ショスタコーヴィチ/交響曲第5番へ 2012.06.19

それから長い時代を経て20世紀に入り、トロンボーンはシベリウスの交響曲 第7番において太陽の主題を歌い(参考文献:井上道義公式サイト)、同じ年に書かれたバルトーク『中国の不思議な役人』では粗野で凶暴な役人の役割を果たす。そして武満の『ファンタズマ・カントス』では〈トロンボーン=鯨、あるいは海〉というわけ。実に面白い。

フランス音楽に挟まれて武満が演奏されるという趣向も洒落ている。武満は特にドビュッシーから多大な影響を受けており、メシアンとも親しかった。彼の最後のピアノ独奏曲『雨の樹素描II』には《 ―オリヴィエ・メシアンの 追憶に― 》と副題が付いている。

ラトルによると、武満はジャズの影響を受けていて、彼がいつも聴いていたのがジャック・ティーガーデン(Jack Teagarden)というトロンボーン奏者だったそう。

ラトルが武満の楽曲を指揮するのは珍しく、僕が知る限りベルリン・フィルのシェフ時代は取り上げていない筈。少なくとも《デジタル・コンサートホール》のアーカイブ映像にはない。貴重な体験となった。

兎に角、全体として瑞々しい演奏であり、過去3回聴いたウィーン・フィルより断然良かった。武満ではトロンボーンの甘い音に魅了され、テレビ・ドラマのために彼が作曲した『波の盆』を想い出した。

ウィーンの舞踏会に思いを馳せたラヴェルのワルツは優美で、弱音の美しさにゾクゾクした。クライマックスの音の洪水は混沌に陥りやすいが、それとは正反対の明晰な響きに唸った。

そしてシベリウス最後の交響曲は音楽がフィンランドの大地や湖と一体化し、最後の2音で確かに自然が深呼吸する音(スー、ハー)を聴いた。圧巻だった。

また、今回改めてフェニーチェ堺はザ・シンフォニーホール@大阪市に匹敵する音響の良いホールだなと感じ入った次第である。

 ・パーヴォ・ヤルヴィ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管@フェニーチェ堺 2019.11.29

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