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2022年2月

2022年2月17日 (木)

ジェーン・カンピオン vs. スピルバーグ、宿命の対決!!「パワー・オブ・ザ・ドッグ」

Netflix配信映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が第94回アカデミー賞で最多11部門12ノミネートされた。内訳は作品賞、監督賞(ジェーン・カンピオン)、主演男優賞(ベネディクト・カンバーバッチ)、助演男優賞(ジェシー・プレモンスとコディー・スミット=マクフィーの2人)、助演女優賞(キルスティン・ダンスト)、脚色賞、美術賞、撮影賞、編集賞、音響賞、作曲賞。余談だが劇中で結婚するジェシー・プレモンス(マット・デイモンのそっくりさんで、映画『すべての美しい馬』ではデイモンの幼少時代を演じた)とキルスティン・ダンストは実生活においても夫婦である。

一方、スティーブン・スピルバーグ監督初のミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』は作品賞、監督賞、助演女優賞、美術賞、撮影賞、衣装デザイン賞、音響賞の7部門にノミネートされている。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

ここでどうしても思い起こさずにいられないのが今から28年前となる1994年、第66回アカデミー賞における宿命の対決である。この年はスピルバーグの『シンドラーのリスト』とジェーン・カンピオンの『ピアノ・レッスン』が競り合い、『シンドラーのリスト』が作品賞、監督賞を含む7部門を制して大勝利を収めた。作品賞・監督賞など8部門にノミネートされていた『ピアノ・レッスン』は結局、脚本賞、主演女優賞、助演女優賞の3部門受賞にとどまった。『ピアノ・レッスン』の方が映画として優れているし、監督賞はジェーンが受賞すべきだったと、僕は今でも思っている(ちなみに、監督賞を初めて女性が受賞するのは2010年『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグローまで待たなければならない)。

そして四半世紀以上を経て再び両者が四つに組むこととなった。今回の勝者は間違いなくジェーンだろう。#MeToo 運動があり、昨年の受賞者もクロエ・ジャオだったし、いま確実に女性監督の方向に風が吹いている。ただ、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が作品賞も受賞できるのかとなると、甚だ疑問である。理由を説明しよう。

本作について「ある映画に似ている」と書いただけで直ちにネタバレになってしまうので、それを避けることは極めて難しい。以下ネタバレあり。

評価:A

Dog

まず『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が作品賞を受賞するための最大の難関は、これがNetflix映画だということ。ハリウッド映画人の矜持として、配信映画だけには作品賞を与えたくないという気持ちがある。劇場を守らなければならない。やはりNetflixの『ROMA/ローマ』の時もそうだった。アルフォンソ・キュアロンに監督賞を与えたが、作品賞を受賞したのは凡庸な『グリーンブック』だった。

そして『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は『ブロークバック・マウンテン』と共通点がある。ゲイのカウボーイが主人公なのだ。『ブロークバック・マウンテン』でアン・リーはアカデミー監督賞を受賞したが、作品賞は獲れなかった。

つまり性的マイノリティー、LGBTQ+がテーマなので、普遍性に欠ける。多数者であるストレートの人々に響く物語とは言えない。またキリスト教徒(特にカトリック系)には未だにゲイに対する根強い偏見がある。例えば2021年にローマ教皇庁(ヴァチカン)は「同性婚は祝福できない」と公式見解を示した。そういう意味で『ベルファスト』や『ドライブ・マイ・カー』にも作品賞のチャンスがあると思う。

ただこの理屈には反証があって、『ラ・ラ・ランド』が最有力と言われた年に作品賞を受賞したのはゲイが主人公の地味な『ムーンライト』だった。だから今年、監督賞の行方は鉄板なのだが、作品賞に関しては五里霧中、皆目見当がつかないというのが正直なところである。

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2022年2月15日 (火)

ミュージカル「INTO THE WOODS ーイントゥ・ザ・ウッズ」@梅芸は壊滅的大惨事(Disaster)だった!!

2月12日(土)梅田芸術劇場へ。作詞・作曲:スティーヴン・ソンドハイム、台本:ジェームズ・ラパインによるミュージカル『イントゥ・ザ・ウッズ』を観劇した。熊林弘高はミュージカルを演出するのが、今回初めてだそう。

Into

僕がこのミュージカルを最初に鑑賞したのは北米版(輸入)DVDだった。1987年ブロードウェイ初演を映像収録したもので、台本を書いたラパインが演出し、バーナデット・ピータースが魔女を演じた。勿論、日本語字幕はない。

Dvd

生の舞台は2004年東京・新国立劇場における日本初演を観た。宮本亜門が演出し、魔女:諏訪マリー、パン屋:小堺一機、その妻:高畑淳子、シンデレラ:シルビア・グラブ、赤ずきん:SAYAKA(神田沙也加)といった充実したキャスト。息を呑むほど素晴らしかった!なお神田沙也加は当時17歳、これが初舞台で水を得た魚のように飛び跳ねていた。同じプロダクションによる2006年の再演は兵庫県立芸術文化センター大ホールで鑑賞、赤ずきん役は宮本せいらに交代していた。

Into_20220217120501

2014年ロブ・マーシャル監督による映画版については過去記事をお読み頂きたい。現在ではDisney+から配信されている。

From Stage to Screen 〜映画「イントゥ・ザ・ウッズ」 2015.03.17
森が私に語ること〜「イントゥ・ザ・ウッズ」暗闇の奥へ 2015.03.22

このように僕が大好きなミュージカルなのだが、今回の演出はあまりにも酷く、途中で心底帰りたくなった。ソンドハイム作品では初めての事態である。正にDisaster !!と表現するしかあるまい。この途中で帰りたいという気持ちに至ったのは劇団四季のオリジナル・ミュージカル『ドリーミング』とか、野村玲子がお粗末だった『李香蘭』以来かも。

まず歌が聴くに耐えない。特にシンデレラ役・古川琴音と、パン屋の妻役・瀧内公美が酷い。古川なんか高音の音程が完全に外れている。あまりの惨状(雑音)に耳を塞ぎたくなった。赤ずきん役・羽野晶紀は絶叫が耳障りだし、年を取りすぎ。調べてみたら53歳。こ、これって何かの冗談ですか!?全く笑えないんですけど……。

全体に演技が中学校の学芸会レベルで、ふざけているとしか思えない。グリム兄弟に対する敬意が欠けている。童話を舐めんなよ!!怒り心頭に発した。

結局、魔女役・望海風斗だけが良かった。カンパニーの中で歌唱力がずば抜けている。

故に今後一切、熊林弘高が演出する舞台は見ない、とここに宣言する。

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ミュージカル「蜘蛛女のキス」

2021年12月17日(金)、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティへ。ミュージカル『蜘蛛女のキス』を観劇した。

Kumo

出演は安蘭けい、石丸幹二、相葉裕樹ほか。演出は劇団チョコレートケーキの日澤雄介。音楽と歌詞は、『キャバレー』や『シカゴ』などを生み出してきたコンビ、ジョン・カンダーとフレッド・エブが手掛けた。

このミュージカルのブロードウェイ初演は1993年。トニー賞でミュージカル作品賞・主演女優賞(チタ・リヴェラ)・主演男優賞・助演男優賞・脚本賞(テレンス・マクナリー )・楽曲賞・衣装デザイン賞を受賞している。

日本では1996年にブロードウェイと同じハロルド・プリンス演出により、麻実れい、市村正親、宮川浩が出演し初演された。訳詞は岩谷時子。僕は同じキャストで98年の再演を観ている。

安蘭けいは歌も踊りもそつなくこなす優れた役者だが、華がないので麻実れいに軍配を上げる。石丸幹二は市村正親と互角の勝負。今回の演出も悪くなかったが些か地味(simple)で、ハロルド・プリンス版のほうが色彩豊かだった。

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2022年2月14日 (月)

TBSラジオ「アフター6ジャンクション」に投稿した映画『ハウス・オブ・グッチ』のレビューが採用されました。

ヒップホップグループ、RHYMESTER 宇多丸がパーソナリティを務めるTBSラジオ「アフター6ジャンクション」において、2月11日に放送された〈週間映画時評 ムービーウォッチメン〉のコーナーで僕が書いた感想メールが読まれた。 お題は巨匠リドリー・スコット監督『ハウス・オブ・グッチ』である。

評価:A 映画公式サイトはこちら

Gucci

僕の投稿が「ムービーウォッチメン」で採用されるのはアルフォンソ・キュアロン脚本・監督『ROMA/ローマ』と、グレタ・ガーウィグ 脚色・監督『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』に続いて3回目。

以下、送ったメールの原文ママ。

格調高い作品も撮れるリドリー・スコットですが、今回は下世話なエンターテイメントに徹しており、上映時間157分と長尺ながら、一瞬たりとも飽きることなく最後まで愉しく観ることが出来ました。

レディ・ガガ演じる欲望むき出しのヒロインは自信とバイタリティに溢れ、その下品でギラギラした押しの強さはポール・バーホーベンの『ショーガール』にも通じるものがあると思いました。『エイリアン』のリプリーは勿論のこと、『テルマ&ルイーズ』にせよ、近年では『最後の決闘裁判』のマルグリットにせよ、リドリー・スコットが描く女性像はみな意思が強く凛としています。しかし本作の後半、占い師の言いなりになり身を破滅していく彼女の姿は滑稽で哀れでもあり、韓国の元大統領・朴槿恵(パク・クネ)の末路に重なるものがありました。

『ハウス・オブ・グッチ』最大の魅力はなんといっても名優たちの演技のアンサンブルの見事さにあります。アダム・ドライバーの上手さは今更言うに及ばず、気品のある貴族を演じさせたら現在ジェレミー・アイアンズの右に出る者はいないと思いますし、アル・パチーノはゴッドファーザーを彷彿とさせる堂々とした凄みがあり、特殊メイクを駆使したジャレッド・レトの怪演は『ハンニバル』で大富豪を演じたゲイリー・オールドマンのことを思い起こさせました。

あと音楽ついても触れないわけにはいけません。特に結婚式のシーンでジョージ・マイケルの『Faith』が軽妙に流れるという、意表を突く選曲の妙には痺れました。

朴槿恵(パク・クネ)の箇所だけ割愛され、あとは概ね読まれた。嬉しかった。

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2022年2月 8日 (火)

映画「コーダ あいのうた」

評価:A

CODAとは、Children of Deaf Adults=「耳の聴こえない両親に育てられた子ども」という意味。公式サイトはこちら

Coda

障碍者を差別してはいけないのは当たり前のことだが、余りにもその意識が強すぎると却って、障碍者を「天使」とか「絶対的な善」として描いてしまうという愚行に走りかねない。その悪しき典型例が知的障害者を「聖者」になぞらえた、野島伸司脚本のテレビドラマ『聖者の行進』であり、アニメ映画化もされた漫画『聲の形』もしかり。

しかし『コーダ あいのうた』では聾唖者を腫れ物に触るように扱うのではなく、彼らだって屁をこくし、マリファナを吸うし、下品な表現で相手を罵ったりする等身大の人間として描いていることに共感した。障碍者を【健常者が感動するための道具】として見世物扱いする「感動ポルノ」とは一線を画する作品だと思う。

感動ポルノとして消費される障害者と「聲の形」 2016.09.23

聾唖者の家族を描いている映画だという予備知識ぐらいで観始めたら、主人公の少女が歌う場面から始まったので面食らった。意表を突く作劇であり、音楽映画としても秀逸。耳が聞こえなくても振動で音楽が楽しめるというのは大きな発見だったし、特に娘の歌声が聞こえない父親が、彼女の才能を確信する場面の演出の巧さには舌を巻いた。いや〜、これぞ映画的瞬間と言えるだろう。

「家族」という名の絆(ほだし)から解き放たれて、子供が独立するというテーマは普遍的であり、幸運にも五体満足に生まれた我々にとっても決して無関係ではない。

それにしても『IT/イット “それ”が見えたら、終わり』にせよ、『ヤング・ゼネレーション』にせよ、映画で高い崖から水に飛び込む場面を見ると「ああ、青春っていいな」と羨ましく思うのは、僕だけではないだろう。それは恐らく自分が閉じこもる殻を破り、外の世界に飛び出すことのメタファーでもあるのではないだろうか?

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