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ブロードウェイの鬼才リン=マニュエル・ミランダが初監督したミュージカル映画『チック、チック…ブーン!』(tick, tick...BOOM!)

ピューリッツァー賞(戯曲賞)を受賞したミュージカル『ハミルトン』の台本・作詞・作曲・主演を兼任、ディズニー映画『モアナと伝説の海』や『ミラベルと魔法だらけの家』の作詞・作曲も手がけている鬼才リン=マニュエル・ミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) が2021年11月12日よりNetflixから配信されている(こちら)。『RENT/レント』の台本・作詞・作曲を手がけ、死後にピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソン(享年35歳)を主人公とするミュージカル映画で、歌われる楽曲は全てラーソンによるもの。音楽に関してミランダは今回ノータッチである。

評価:A+

ラーソンはダイナー(軽食レストラン)でウェイターとして働きながら夜はミュージカルを創作し、コツコツと試聴会(ワークショップ)を開催するものの、なかなか出資者(スポンサー)が見つからない。もうすぐ30歳の誕生日を迎えるのに、まだ何者でもない自分への焦燥や不安、煩悶が描かれる。

本作を十分に満喫するためには少なくとも『RENT/レント』を知っているということが前提となる。つまりラーソンが世紀の大傑作を生み出す瞬間=【ゼロ時間】に向かってひた走る映画だからである。この物語の先にあの『RENT』があるのだという期待・感慨抜きにはワクワク感が半減されてしまうだろう。

映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

例えばラーソンが「君は“エンジェル”だ!」と称賛するゲイの友人との関係性が『RENT』のキャラクター設定に緊密に結びついているし、ラーソンの自宅に設置された留守番電話の応答メッセージ"Speak !"が『RENT』と同じだったりする、といった具合。

観ている途中に気がついたのだが、本作はリン=マニュエル・ミランダ版『オール・ザット・ジャズ』なのだ。ブロードウェイの振付師・演出家でもあったボブ・フォッシー監督の自伝的作品で、1980年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを黒澤明の『影武者』と分かち合った。ロイ・シャイダー演じる主人公はブロードウェイの演出家。新作ミュージカルの準備を進めながら彼は死の影に怯え、焦り、混乱し、幻想を見る。レニー・ブルースを彷彿とさせるスタンダップ・コメディアンが登場し、その舞台上の一人語りが『チック、チック…ブーン!』のアンドリュー・ガーフィールドの姿に重なる。さらに『オール・ザット・ジャズ』の元ネタを遡ると、フェデリコ・フェリーニ監督『8 1/2』にたどり着く。「人生は祭りだ。一緒に過ごそう」

ミランダは間違いなくジョナサン・ラーソンの生き様に自分自身を投影している。ラーソンは作詞・作曲家スティーヴン・ソンドハイムを心から敬愛しており、 ソンドハイムが27歳で(『ウエスト・サイド物語』の作詞家として)ブロードウェイ・デビューしたことを繰り返し語る。その想いはミランダのそれとピッタリ一致する。映画の最後、ラーソン自宅の留守番電話に吹き込まれたソンドハイムからの激励メッセージは本人の肉声であり、ソンドハイム自身が台詞をリライトしたそうだ。ミランダも2009年ブロードウェイでの『ウエスト・サイド物語』スペイン語版リヴァイヴァル上演に際し、歌詞のスペイン語訳をソンドハイムと共同作業している。

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また、ピューリッツァー賞を受賞したソンドハイムのミュージカル"Sunday in the Park with Georgre"(日曜日にジョージと公園で/ジョージの恋人)のことを少し知っていたほうが本作をより一層楽しめるだろう。新印象派の画家ジョルジュ・スーラが主人公で(フランス語の「ジョルジュ」を英語読みすると「ジョージ」になる)、彼が点描法で大作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館所蔵)を書き上げる場面が第1幕のクライマックスとなっている。

Sunday

『チック、チック…ブーン!』の前半、ラーソンは自宅のテレビでその場面を見ている(動画はこちら)。マンディ・パティンキンとバーナデット・ピーターズが主演した1984年初演の舞台を撮影したもので、僕は北米版DVDを持っている。

『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われるラーソンが作詞・作曲した"Sunday"は明らかに"Sunday in the Park with Georgre"第1幕終曲に対するパスティーシュである。green,blue,yellowなど色彩を表す言葉が連発されるのも共通している。そしてこの"Sunday"にブロードウェイのレジェンドたちが大勢出演している。まずダイナーの厨房では監督のリン=マニュエル・ミランダがスペイン語を喋りながら調理している。店のカウンターには『ハミルトン』のスカイラー姉妹や『キス・ミー・ケイト』でトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞したブライアン・ストークス・ミッチェル、そして『ファン・ホーム』のベス・マローン(役と同じ黒縁メガネを掛けている)が座っている。テーブル席には映画『キャバレー』(ボブ・フォッシー監督)のMC役でアカデミー助演男優賞を受賞したジョエル・グレイ、『ウエストサイド物語』のアニタや『シカゴ』(ボブ・フォッシー振付・演出)のヴェルマ、『蜘蛛女のキス』の蜘蛛女などでブロードウェイ・オリジナル・キャストを務めたチタ・リベラ、リヴァイヴァル版『シカゴ』ヴェルマ役でトニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞したビビ・ニューワース、ブロードウェイ『オペラ座の怪人』のファントム役として最多出演回数を誇るハワード・マクギリン、『ハデスタウン』でトニー賞ミュージカル助演男優賞を受賞したアンドレ・デ・シールズ、そしてバーナデット・ピーターズ本人もいる(主人公が彼女の手を取る場面は"Sunday in the Park with Georgre"の再現である)。さらに『RENT』のオリジナル・キャスト、アダム・パスカル(ロジャー)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、ダフニ・ルービン=ヴェガ(ミミ)が浮浪者(bums)役で登場する。

グランド・ジャット島はパリ・セーヌ川の中洲にあり、両岸と橋で結ばれている。ブロードウェイがあるマンハッタン島もハドソン川河口部の中洲にある。つまり両者には共通点があるのだ。

ソンドハイムは2021年11月26日に91歳で亡くなったが、その3日後の日曜日に彼を慕うブロードウェイの演劇人たちがニューヨークのタイムズスクエア(ディスカウントプレイガイドtktsのある所)に集った(動画はこちら)。まずリン=マニュエル・ミランダがソンドハイムの書いた本の一節を朗読する(ここで名前が出てくるラパインとは、"Sunday in the Park with Georgre"の台本を書き、演出したジェームズ・ラパインのこと) 。そして全員でソンドハイム作詞・作曲の"Sunday"を歌う。ブライアン・ストークス・ミッチェルや歌手ジョシュ・グローバンの姿もある。あたかも人々が日曜礼拝で教会に集い、牧師が聖書を読み、その後に参会者が賛美歌を歌う情景のようだ。

日本人には余りピンとこないと思うが、アメリカ演劇業界の人々にとってソンドハイムは神にも等しい存在なのだ。それは世界中のアニメーターにとって、宮崎駿がどういう存在かという関係性に等しい。

かようなわけで『チック、チック…ブーン!』はジョナサン・ラーソンとスティーヴン・ソンドハイムに対する熱烈な恋文に仕上がっている。

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