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2021年12月

2021年12月31日 (金)

2021年映画ベスト30+α & 個人賞発表!

毎年恒例、映画ベストを発表しよう。2021年に劇場で初公開された作品及び、Netflix, Amazon Prime Videoなどインターネットで配信された作品を対象とする。ただし、『ザ・クラウン』『クイーンズ・ギャンビット』『地下鉄道〜自由への旅路〜』『全裸監督』など連続ドラマは除外する。

タイトルをクリックすれば過去に僕が書いたレビューに飛ぶ。但し、未だ書けていない作品もある。

今年は2位がタイで2作品ある。これらの順列は決めかねた。

1.シン・エヴァンゲリオン劇場版
2.チック、チック...ブーン! (Netflix)
2.ドント・ルック・アップ (Netflix)
4.ドライブ・マイ・カー
5.ファーザー
6.ノマドランド
7.007/ノー・タイム・トゥー・ダイ 
8.最後の決闘裁判
9.パワー・オブ・ザ・ドッグ (Netflix)
10. アイダよ、何処へ?
11. まともじゃないのは君も一緒
12. あのこは貴族 
13. あの夏のルカ (Disney+) 
14. ミッチェル家とマシンの反乱 (Netflix) 
15. イン・ザ・ハイツ
16. 浅草キッド (Netflix)
17. サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜 (Amazon Prime)   

18. 僕が飛びはねる理由(ドキュメンタリー)
19. 街の上で 
20. ミラベルと魔法だらけの家 

21. Everybody's Talking About Jamie ~ジェイミー~ (Amazon Prime
22. ジャスティス・リーグ(ザック・スナイダーカット)(HBO Max) 
23. DUNE/デューン 砂の惑星 
24. プロミシング・ヤング・ウーマン  
25. アナザー・ラウンド 
26. すばらしき世界 
27. 竜とそばかすの姫 
28. アイの歌声を聴かせて 
29. アメリカン・ユートピア 
30. 花束みたいな恋をした
次点. クルエラ (Disney+) 

【特別賞】(ミニ・シリーズ)
地下鉄道〜自由への旅路〜 (Amazon Prime)
・全裸監督 (Netflix)
・ウディ・アレン VS ミア・ファロー (HBO Max)(ドキュメンタリー)
・キャッチ&キル / #MeToo 告発の記録 (HBO Max)(ドキュメンタリー)
・Qアノンの正体 (HBO Max)(ドキュメンタリー)

【ワースト・ワン】
サマーフィルムにのって
あの頃(次点)

監督賞:アダム・マッケイ(ドント・ルック・アップ)(Netflix)
新人(第一回)監督賞:リン=マニュエル・ミランダ(チック、チック...ブーン!)(Netflix)
アニメーション監督賞:庵野秀明(シン・エヴァンゲリオン劇場版
オリジナル脚本賞:アダム・マッケイ(ドント・ルック・アップ)(Netflix)
脚色賞:フローリアン・ゼレール、クリストファー・ハンプトン(ファーザー
主演女優賞:清原果耶(まともじゃないのは君も一緒
助演女優賞:門脇麦(浅草キッド)、キルスティン・ダンスト(パワー・オブ・ザ・ドッグ)(Netflix)
主演男優賞:アンドリュー・ガーフィールド(チック、チック...ブーン!)(Netflix)
助演男優賞:小泉孝太郎(まともじゃないのは君も一緒 )、成田凌(街の上で)
撮影賞:アリ・ウェグナー(パワー・オブ・ザ・ドッグ)(Netflix)
編集賞:マイロン・カーシュタイン、アンドリュー・ワイズブラム(チック、チック...ブーン!)(Netflix)
美術賞:ピーター・フランシス(ファーザー
衣装デザイン賞:ジェニー・ビーヴァン(クルエラ) (Disney+) 
音響賞:サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜 (Amazon Prime)
作曲賞:ジョニー・グリーンウッド(パワー・オブ・ザ・ドッグ)(Netflix)
歌曲賞:宇多田ヒカル"One Last Kiss"(シン・エヴァンゲリオン劇場版

シン・エヴァンゲリオン劇場版』については、とにかく『エヴァ』シリーズが完結する日が来るなんて全く想定外だったので、ただただ驚かされた。庵野秀明は広げた風呂敷をきちんと畳んでみせた。これを奇跡と呼ばずしてなんと言おう?永遠に少年だと思っていたのに、いつの間にか立派な大人になっていた。安野モヨコさん、ありがとう。(←意味が分からない人はNHKのドキュメンタリーを見て。)そして『シン・ウルトラマン』と『シン・仮面ライダー』も期待しているよ!

成田凌については『愛がなんだ』『さよならくちびる』『窮鼠はチーズの夢を見る』『まともじゃないのは君も一緒』『街の上で』など近年、日本映画での活躍が目覚しく、その存在感を高く買いたい。特に『さよならくちびる』のマネージャー役が素晴らしかったので、遅まきながら名前を挙げさせてもらう。

門脇麦は『あのこは貴族』での深窓の令嬢(貴族)役から『浅草キッド』のストリッパー役まで、演技の振り幅に驚嘆した。

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2021年12月29日 (水)

ブロードウェイの鬼才リン=マニュエル・ミランダが初監督したミュージカル映画『チック、チック…ブーン!』(tick, tick...BOOM!)

ピューリッツァー賞(戯曲賞)を受賞したミュージカル『ハミルトン』の台本・作詞・作曲・主演を兼任、ディズニー映画『モアナと伝説の海』や『ミラベルと魔法だらけの家』の作詞・作曲も手がけている鬼才リン=マニュエル・ミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) が2021年11月12日よりNetflixから配信されている(こちら)。『RENT/レント』の台本・作詞・作曲を手がけ、死後にピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソン(享年35歳)を主人公とするミュージカル映画で、歌われる楽曲は全てラーソンによるもの。音楽に関してミランダは今回ノータッチである。

評価:A+

ラーソンはダイナー(軽食レストラン)でウェイターとして働きながら夜はミュージカルを創作し、コツコツと試聴会(ワークショップ)を開催するものの、なかなか出資者(スポンサー)が見つからない。もうすぐ30歳の誕生日を迎えるのに、まだ何者でもない自分への焦燥や不安、煩悶が描かれる。

本作を十分に満喫するためには少なくとも『RENT/レント』を知っているということが前提となる。つまりラーソンが世紀の大傑作を生み出す瞬間=【ゼロ時間】に向かってひた走る映画だからである。この物語の先にあの『RENT』があるのだという期待・感慨抜きにはワクワク感が半減されてしまうだろう。

映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

例えばラーソンが「君は“エンジェル”だ!」と称賛するゲイの友人との関係性が『RENT』のキャラクター設定に緊密に結びついているし、ラーソンの自宅に設置された留守番電話の応答メッセージ"Speak !"が『RENT』と同じだったりする、といった具合。

観ている途中に気がついたのだが、本作はリン=マニュエル・ミランダ版『オール・ザット・ジャズ』なのだ。ブロードウェイの振付師・演出家でもあったボブ・フォッシー監督の自伝的作品で、1980年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを黒澤明の『影武者』と分かち合った。ロイ・シャイダー演じる主人公はブロードウェイの演出家。新作ミュージカルの準備を進めながら彼は死の影に怯え、焦り、混乱し、幻想を見る。レニー・ブルースを彷彿とさせるスタンダップ・コメディアンが登場し、その舞台上の一人語りが『チック、チック…ブーン!』のアンドリュー・ガーフィールドの姿に重なる。さらに『オール・ザット・ジャズ』の元ネタを遡ると、フェデリコ・フェリーニ監督『8 1/2』にたどり着く。「人生は祭りだ。一緒に過ごそう」

ミランダは間違いなくジョナサン・ラーソンの生き様に自分自身を投影している。ラーソンは作詞・作曲家スティーヴン・ソンドハイムを心から敬愛しており、 ソンドハイムが27歳で(『ウエスト・サイド物語』の作詞家として)ブロードウェイ・デビューしたことを繰り返し語る。その想いはミランダのそれとピッタリ一致する。映画の最後、ラーソン自宅の留守番電話に吹き込まれたソンドハイムからの激励メッセージは本人の肉声であり、ソンドハイム自身が台詞をリライトしたそうだ。ミランダも2009年ブロードウェイでの『ウエスト・サイド物語』スペイン語版リヴァイヴァル上演に際し、歌詞のスペイン語訳をソンドハイムと共同作業している。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

また、ピューリッツァー賞を受賞したソンドハイムのミュージカル"Sunday in the Park with Georgre"(日曜日にジョージと公園で/ジョージの恋人)のことを少し知っていたほうが本作をより一層楽しめるだろう。新印象派の画家ジョルジュ・スーラが主人公で(フランス語の「ジョルジュ」を英語読みすると「ジョージ」になる)、彼が点描法で大作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館所蔵)を書き上げる場面が第1幕のクライマックスとなっている。

Sunday

『チック、チック…ブーン!』の前半、ラーソンは自宅のテレビでその場面を見ている(動画はこちら)。マンディ・パティンキンとバーナデット・ピーターズが主演した1984年初演の舞台を撮影したもので、僕は北米版DVDを持っている。

『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われるラーソンが作詞・作曲した"Sunday"は明らかに"Sunday in the Park with Georgre"第1幕終曲に対するパスティーシュである。green,blue,yellowなど色彩を表す言葉が連発されるのも共通している。そしてこの"Sunday"にブロードウェイのレジェンドたちが大勢出演している。まずダイナーの厨房では監督のリン=マニュエル・ミランダがスペイン語を喋りながら調理している。店のカウンターには『ハミルトン』のスカイラー姉妹や『キス・ミー・ケイト』でトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞したブライアン・ストークス・ミッチェル、そして『ファン・ホーム』のベス・マローン(役と同じ黒縁メガネを掛けている)が座っている。テーブル席には映画『キャバレー』(ボブ・フォッシー監督)のMC役でアカデミー助演男優賞を受賞したジョエル・グレイ、『ウエストサイド物語』のアニタや『シカゴ』(ボブ・フォッシー振付・演出)のヴェルマ、『蜘蛛女のキス』の蜘蛛女などでブロードウェイ・オリジナル・キャストを務めたチタ・リベラ、リヴァイヴァル版『シカゴ』ヴェルマ役でトニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞したビビ・ニューワース、ブロードウェイ『オペラ座の怪人』のファントム役として最多出演回数を誇るハワード・マクギリン、『ハデスタウン』でトニー賞ミュージカル助演男優賞を受賞したアンドレ・デ・シールズ、そしてバーナデット・ピーターズ本人もいる(主人公が彼女の手を取る場面は"Sunday in the Park with Georgre"の再現である)。さらに『RENT』のオリジナル・キャスト、アダム・パスカル(ロジャー)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、ダフニ・ルービン=ヴェガ(ミミ)が浮浪者(bums)役で登場する。

グランド・ジャット島はパリ・セーヌ川の中洲にあり、両岸と橋で結ばれている。ブロードウェイがあるマンハッタン島もハドソン川河口部の中洲にある。つまり両者には共通点があるのだ。

ソンドハイムは2021年11月26日に91歳で亡くなったが、その3日後の日曜日に彼を慕うブロードウェイの演劇人たちがニューヨークのタイムズスクエア(ディスカウントプレイガイドtktsのある所)に集った(動画はこちら)。まずリン=マニュエル・ミランダがソンドハイムの書いた本の一節を朗読する(ここで名前が出てくるラパインとは、"Sunday in the Park with Georgre"の台本を書き、演出したジェームズ・ラパインのこと) 。そして全員でソンドハイム作詞・作曲の"Sunday"を歌う。ブライアン・ストークス・ミッチェルや歌手ジョシュ・グローバンの姿もある。あたかも人々が日曜礼拝で教会に集い、牧師が聖書を読み、その後に参会者が賛美歌を歌う情景のようだ。

日本人には余りピンとこないと思うが、アメリカ演劇業界の人々にとってソンドハイムは神にも等しい存在なのだ。それは世界中のアニメーターにとって、宮崎駿がどういう存在かという関係性に等しい。

かようなわけで『チック、チック…ブーン!』はジョナサン・ラーソンとスティーヴン・ソンドハイムに対する熱烈な恋文に仕上がっている。

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2021年12月23日 (木)

映画「チック、チック…ブーン!」を語る前に、ミュージカル「RENT/レント」について触れない訳にはいかない。

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』『ハミルトン』で主演・台本・作詞・作曲と八面六臂の活躍をし、トニー賞を総なめにした上にピューリッツァー賞までさらった鬼才リン=マニュエル・ミランダの監督デビュー作で、Netflixから配信されているミュージカル映画『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM!) について熱く語りたいのだが、その前にアンドリュー・ガーフィールド演じる主人公ジョナサン・ラーソンについて押さえておく必要がある。ならば彼が台本・作詞・作曲を兼任したミュージカル『RENT/レント』にも触れない訳にはいかないだろう。

1980年代後半から90年代初頭にかけ世界中でHIV感染症が猛威を奮い、沢山の人々がAIDSで倒れた。亡くなった有名人を何人か挙げると、映画『ジャイアンツ』『風と共に散る』に出演した俳優ロック・ハドソン(1985年死去)、ミュージカル『コーラスライン』の原案・振付・演出をしたマイケル・ベネット(1987年死去)、フランス映画『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』を監督したジャック・ドゥミ(1990年死去)、ディズニー・アニメ『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』の作詞家ハワード・アッシュマン(1991年死去)、英国のロックバンド・クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリー(1991年死去)、ヒッチコック映画『サイコ』に主演したアンソニー・パーキンス(1992年死去)、映画『愛と哀しみのボレロ』にも出演した20世紀バレエ団の花形ダンサー、ジョルジュ・ドン(1992年死去)、ソ連生まれのバレエ・ダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(1993年死去)など

この時代を象徴する黙示録として生まれた演劇分野における代表作が『RENT』であり、トニー・クシュトナーが書いた戯曲『エンジェルス・イン・アメリカ』である。後者は原作者自身が脚色し、映画『卒業』のマイク・ニコルズが監督したテレビ(HBO)のミニ・シリーズも優れているのでお勧めしたい。アル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソンといった豪華出演陣で、現在ではU-NEXTから配信されている。

『RENT』はプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』を原作としており、ヒロイン・ミミの名はそこから来ている。「ムゼッタのワルツ」の旋律も引用される。作品を鑑賞する前に是非知っておきたい知識として「ボヘミアン」という概念が挙げられる。元々は流浪の民=ロマを指す言葉だが、「ボヘミアン・アーチスト」とは芸術家や作家、世間に背を向けた者などで、伝統や習慣にこだわらない自由奔放な生活をしている人々のこと。『ラ・ボエーム』ではパリの屋根裏部屋で暮らす詩人・画家・音楽家・哲学者であり、それが『RENT』ではニューヨーク・イーストヴィレッジで暮らす若者たちに置換されている。『RENT』とは家賃のことだが、『借りぐらし』と言い換えることも可能だろう。

『RENT』が(オフからオンに進出し)ブロードウェイで初演されたのは1996年4月29日。トニー賞のミュージカル部門で最優秀作品賞・台本賞・楽曲賞・助演男優賞(エンジェル役:ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア)を受賞し、『エンジェルス・イン・アメリカ』同様ピューリッツァー賞の最優秀戯曲賞にも輝いた。しかしラーソンはオフ・ブロードウェイ・プレビュー公演初日未明(1996年1月25日)に突然亡くなった。死因がAIDSだと勘違いしている人もいるが、実際はマルファン症候群に合併した大動脈解離だった。享年35歳。だからラーソン本人はこの作品が大成功を収め、数々の賞を勝ち取るという未来を知る由もなかった。なお、彼には女性の恋人がいたし(付き合っていた恋人をレズビアンに奪われたらしい)、ゲイではなくストレートだったようだ。

本作が画期的で素晴らしい点は多様性(diversity)に対して寛容であるということだろう。性癖ではストレート、ゲイ、ドラァグクイーン、レズビアン、バイセクシャルが登場し、ヘロイン中毒で注射器からHIV感染した者もいる。人種も白人(WASPとユダヤ人)、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック(ラテン)系、アジア系(嘗てブロードウェイ公演にMayumi Andoという日系の役者が出演していた)と多岐に渡る。『チック、チック…ブーン!』で描かれているようにラーソンは誰に対しても隔てなく接する。Friendlyで、共感性が極めて高いのだ。多様性(diversity)に不寛容(intolerant)だったトランプ政権下、"I can't breathe."という言葉を残し警官に殺されたジョージ・フロイド事件に端を発するBlack Lives Matter(BLM)運動を経たいま、『RENT/レント』が訴えかける価値観がより一層の輝きを放ち僕たちの心を照らしてくれる、そう感じられる。

僕は1998年の日本初演を大阪シアター・ドラマシティで観ている。演出はマーサ・ベンタ、出演は山本耕史、宇都宮隆、KOHJIRO、浜口司、KONTA、森川美穂ほか。これが酷い出来で、全く好きになれなかった。怒り心頭に発して途中で帰りたくなったくらい。要因はいくつか挙げられる。まず山本くん以外はミュージシャンを本業とする人が多く、演技が拙かった。またロックコンサートと勘違いするくらいの大音響で、難聴になるんじゃないかと耳を塞ぎたくなった。そして、やはり日本人だけのキャストで本作を上演するのは土台無理な話なのではないか?多様性の欠片もなく、作品の本質が見失われてしまう。それは『ウエストサイド物語』にしろ、『ラグタイム』にしろ同じことだ。

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

2005年にクリス・コロンバス監督による映画版を鑑賞し、初めて本作の素晴らしさが理解出来た。映画ではアンソニー・ラップ(マーク役)、アダム・パスカル(ロジャー)、ジェシー・L・マーティン(コリンズ)、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディア(エンジェル)、テイ・ディグス(ベニー)、イディナ・メンゼル(モーリーン)と6人のブロードウェイ・オリジナル・キャストが集結した。新しいキャスト、ミミ役ロザリオ・ドーソン、ジョアン役トレイシー・トムズも良かった。なお、イディナ・メンゼルとテイ・ディグズは本作での共演が縁で2003年に結婚したが、2013年に離婚している。またトレイシー・トムズは舞台版『RENT』のオーディションに何度も落ちていたが、映画での好演が高く評価され、3年後に同じジョアン役でブロードウェイの舞台に立てた。

イディナ・メンゼルは後にディズニー・アニメ『アナと雪の女王』のエルサ役に抜擢され、"Let It Go"が世界中で大ヒット、センセーションを巻き起こし、アカデミー歌曲賞を受賞したことは記憶に新しい。アンソニー・ラップは #MeToo 運動が盛り上がった2017年、14歳のときに舞台で共演したケヴィン・スペイシーが自宅で開いたパーティに招かれ、その夜に彼からセクシャル・ハラスメントを受けたと告白。追い詰められたスペイシーはハリウッド追放の憂き目にあった。

映画『チック、チック…ブーン!(tick, tick...BOOM! )』では、ジョナサン・ラーソンが創作活動をしながら、軽食レストラン(ダイナー)でウェイターとして働く様子が描かれているが、ある日そこに見習いウェイターとしてやって来たのが、後にコリンズ役を演じることになるジェシー・L・マーティンである。そして『チック、チック…ブーン!』のダイナーで歌われる"Sunday"というナンバーではアダム・パスカル、ウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアそしてミミのオリジナル・ブロードウェイ・キャスト、ダフニ・ルービン=ヴェガが浮浪者(bums)役で登場する。

ただ残念だったのは舞台の初演から『RENT』映画化まで9年も経過したこと。役者も年を取るので特に初演時24歳だったアンソニー・ラップは映画でおっさんになっていた。アダム・パスカルとかウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアはそんなに老けた印象はなかったのだが。実際のところ舞台でジョアンを演じたフレディ・ウォーカーは年齢を理由に映画出演を辞退している。

元々『RENT』の映画化権は #MeToo ムーブメントの果てに逮捕された悪名高き映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが設立したミラマックスが所有していた。当初ミラマックスはロブ・マーシャル監督(『イントゥ・ザ・ウッズ』『メリー・ポピンズ・リターンズ』)に興味ないか?と話を持ちかけたが、マーシャルは「もっといいアイディアがある」とミュージカル『シカゴ』映画化を提案、そちらの企画が通って2002年に公開され、アカデミー作品賞を獲得した。また『RENT』の歌詞の中で言及されるスパイク・リー監督も興味を示したが、結局うまく行かなかった。そういった経緯でミラマックスが権利を手放し、クリス・コロンバス(『ホーム・アローン』『ハリー・ポッターと賢者の石』)がチャンスを掴んだというわけ。

Rent

評論家や世間での映画『RENT/レント』の評判は芳しくない。その多くはコロンバスの演出が凡庸だという意見に集約されるだろう。しかし僕のような観劇をこよなく愛する人間=theatergoerの目から見ると出来は決して悪くない。つい先日見返したのだが、2021年の現在でも決して古びていない優れた作品だった。兎に角、舞台版に対する監督の敬意がひしひしと伝わってくる。彼は何も余分な要素を付け足したりしない。オーソドックスな正攻法であり、だから逆に映画ファンからは物足りないと言われるのだろう。オリジナル版では第2幕冒頭で歌われる名曲中の名曲"Seasons of Love"を映画冒頭に持ってきているが、劇場のステージに登場人物が横一列に並び、一人一人に真上からスポットライトを当てるという舞台演出をそのまま踏襲しており、好感度大。だからある意味、この映画版はDisney+から配信されているミュージカル『ハミルトン』に近いと言えるかも知れない。

舞台のオリジナル・キャストが映画版で6名も揃うというのは僕が知る限り前例がない。次に多いのが『プロデューサーズ』の4名(ネイサン・レイン、マシュー・ブロデリック、ゲイリー・ビーチ、ロジャー・バート)だろうか?ただトニー賞を12部門受賞した『プロデューサーズ』は舞台版の振付・演出を手がけたスーザン・ストローマンが引き続き映画版を監督しているのだが、惨憺たる出来。舞台演出の才能と映画的センスは全く別物なのだと思い知った。尚、僕は2001年8月下旬(同時多発テロ2週間前)にブロードウェイのセント・ジェームス劇場でオリジナル・キャストが勢揃いした『プロデューサーズ』を観劇している。それはそれは素晴らしい作品で、映画版とは雲泥の差だった。この折にパレス劇場ではディズニー製作のミュージカル『アイーダ』も観た。アイーダ役がヘザー・ヘッドリー(同役でトニー賞受賞)、ラダメス役がアダム・パスカルというオリジナル・キャストで、パーフェクトなパフォーマンスだった。閑話休題。

2008年ブロードウェイでの最終公演が『レント・ライヴ・オン・ブロードウェイ』というタイトルでDVD/Blu-ray発売されており、そちらもお勧め。何しろ劇場の雰囲気がそのまま愉しめる。カーテンコールではオリジナル・ブロードウェイ・キャストが勢揃いし、新旧キャストで"Seasons of Love"を高らかに歌い上げる。注目すべきは最終公演でミミを演じたレネイ・エリース・ゴールズベリイ。美人だし、歌も踊りも滅法上手い。彼女は後にミュージカル『ハミルトン』でスカイラー三姉妹の長女を演じ、トニー賞でミュージカル助演女優賞を受賞する(映画『チック、チック…ブーン!』にもカメオ出演している)。またカンパニーの中には映画版でジョアンを演じたトレイシー・トムズもいる。

本作が言いたいことを集約するなら"No day but today"(今日という日しかない)に尽きるだろう。

Finale Bの歌詞と対訳を一部ご紹介しよう。

 There is no future
 There is no past
 Thank God this moment's not the last

 There's only us
 There's only this
 Forget regret or life is yours to miss.
 No other road
 No other way
 No day but today

 未来なんかない
 過去もない
 今(この瞬間)が最後の時でなくて良かった

 僕らしかいない
 これしかない
 後悔は忘れよう、でなきゃ人生を逃してしまう
 他の道はない
 他のやり方もない
 今日という日しかない

日本初演から二十数年を経たいま、"No day but today"はより切実に僕の心に響くようになった。人生も半ばを過ぎて、死を意識するようになったことと無縁ではあるまい。

「今日という一日を大切に生きよう」というメッセージは、なにも不治の病に罹った人だけに向けたものではない。それは映画『いまを生きる』でロビン・ウィリアムズが口ずさんだラテン語の警句"Carpe Diem"(カルペ・ディエム:その日をつかめ/その日の花を摘め)と密接に結びついている。黒澤明『生きる』で志村喬が死ぬ直前に歌った、大正時代に流行った『ゴンドラの唄』(吉井勇 作詞/中山晋平 作曲)の歌詞「いのち短し 恋せよ乙女」や、『万葉集』で大伴旅人(おほとものたびと)が詠んだ歌「生ける者(ひと) 遂にも死ぬるものにあれば この世にある間(ま)は 楽しくをあらな」も同じことを言っている。

いまを生きる 2014.10.01
ミュージカル「RENT」オリジナル・キャスト〜アダム・パスカル&アンソニー・ラップ /ライヴ ! 2010.12.31

映画『RENT/レント』は現在、Netflix、U−Next(見放題)、Amazon Prime Video(有料レンタル100円)などから配信されている。

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2021年12月15日 (水)

巨星墜つ〜追悼・丸谷明夫が日本の吹奏楽に残した功罪

「丸ちゃん」の愛称で親しまれた淀川工科高等学校吹奏楽部顧問・丸谷明夫先生が2021年12月7日にお亡くなりになった。享年76歳、死因は膵頭部がん。定年退職後、淀工での肩書は「名誉教諭」となっているが、実質的には無給で吹奏楽部の指導をされていた(確か月刊誌「Wedge/ウエッジ」の記事で読んだ)。

淀工退職後は大阪音楽大学で吹奏楽の特任教授を経て客員教授となった。また2013年5月から21年5月まで全日本吹奏楽連盟の理事長を務めた。

DVD「淀工吹奏楽日記 スペシャルエディション 丸ちゃんと愉快な仲間たち」には1999年頃に乳がんの手術をして退院した時の様子が記録されている。

丸ちゃんは大阪工業大学を卒業し教員免許を取得、淀工では電気科の授業を担当。つまり専門的音楽教育は受けていない。

全日本吹奏楽コンクールに41回出場、32回金賞受賞。いずれも史上最多記録である。

僕は丸ちゃんのことを吹奏楽指導者として、そして指揮者として深い尊敬の念を抱いている。しかし一方で、「それってどうなの!?」と苦々しく思う側面もあった。だから一時期は淀工のグリーンコンサート(3年生卒業コンサート)に毎年通い、サマーコンサートや普門館での全国大会の演奏も聴いたし、丸ちゃんを慕うプロのオーケストラ楽員が年に1回集う「なにわ《オーケストラル》ウィンズ」の演奏会にも毎年足を運んだのだが、全日吹連・理事長就任以降は距離をおいていた。

一般に日本では「死者の悪口は言ってはいけない」とされている。しかし「丸谷先生は本当に偉大な人でした」と褒め称えるだけなのも違うと思うのだ。人を愛するとは、その人の長所も欠点も全部ひっくるめて受け止めること。だから僕は良いことも悪いことも、包み隠さず書きたい。今まで秘めていた想いをぶちまけよう。それこそが真の追悼だと信じる。

丸ちゃんの基本的行動原理は「淀工の生徒に絶対悲しい思いをさせたくない。彼らが幸せだったらそれで良い」であると見受けられる。それは教師として正しかったろう。だが全日本吹奏楽連盟の理事長時代(2013-20年度)に断行されたルールの改定には首を傾げざるを得ない。はっきり言う。日本の吹奏楽にとっては明らかな後退だった。

まずマーチングコンテスト。2013年度から全国大会での演奏人数は、先導役のドラムメジャーを含めて81人以内と改定された。それまでは人数制限がなく、100人以上出場する学校も沢山あったが、運営上何の問題もなかった(僕は何度も大阪城ホールで大会を観ている)。どうして制限を設ける必要があるのか、正当な理由などない。それまで金賞の常連校だった大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の梅田隆司先生は「全員でやることに意味がある」と考える方なので、これを契機にコンテスト出場を止めてしまった。

また全日本吹奏楽コンクールには嘗て「三出休み」という制度があった。全国大会に3年連続出場した団体は、翌年お休み(コンクールに出られない)という仕組みである。これにより、同じ団体ばかり毎年出場するという事態を阻止し、他の団体にもチャンスが与えられた。意外にも強豪校がお休みの年に棚ぼたで全国大会に出場した学校が、金賞の栄冠に輝くこともあった。しかし1994~2012年の間 あった「三出制度」も2013年度から廃止された。その結果、淀工は2011年から19年まで9年連続で全国大会に出場し続けることになる(2020年は新型コロナ禍でコンクール自体が中止となった)。「三出制度」がなくなってから全国大会高校の部の出場校は毎年同じような顔ぶればかりになり、詰まらないものに成り下がった(中学の部は先生の転勤があるので、常連校というのは稀)。

丸ちゃんは若い頃、コンクールの自由曲でイベールの『寄港地』やヴェルディの『シチリア島の夕べの祈り』などを取り上げ銀賞に終わることもあったが、1995年からラヴェル『ダフニスとクロエ』第2組曲→スペイン狂詩曲→大栗裕『大阪俗謡による幻想曲』という鉄壁の3曲ローテーションを開始以降、21大会連続金賞受賞という破竹の快進撃を続けた。なお2005年以降はスペイン狂詩曲も外れて2曲ローテーションになった。

確かにこのやり方なら、安定して高評価を得られるだろう。しかし他の団体も皆真似し始めたらどうなる?コンクールは同じ曲の繰り返しで明け暮れ、新曲がお披露目される機会もなくなり、吹奏楽の発展は閉ざされてしまう。それは即ち「吹奏楽の死」を意味する。実際に丸ちゃんの手法を真似する指導者がちらほら現れ始めている。そこで提案なのだが、「同一団体が同じ自由曲で出場するのは5年間禁止」とかいった新たなルールを設けたらどうだろうか?

また、全日本マーチングコンテストにいたっては、淀工が演奏する曲目は毎年同じ。コンテ(マーチングの動きを記したもの)も寸分違わず、毎年金賞を受賞していた。そのことを吹奏楽掲示板等で非難されると、擁護派は「曲は同じでも演奏する生徒は毎年変わるのです」という定型文を常時書き込んだ。

さて、後半は丸ちゃんの功績を讃えよう。

まずは指導者・指揮者としての素晴らしさ。「マーチの丸谷」と呼ばれ、行進曲を振らせたら彼の右に出るものはプロの指揮者を含め、世界中探してもいなかった。唯一無二。

丸ちゃんが引き締まったテンポで振るマーチは躍動感とワクワク感に満ちている。行進曲の構成は基本的にA-B-A'の三部形式が多い。比較的静かな中間部Bを経てA'パートが戻った時、丸ちゃんは最初よりも少しだけテンポを速める。この微調整が聴き手に興奮をもたらす。ちなみに2005年以降、コンクールの課題曲はすべてマーチを選択している。

全日本吹奏楽コンクールにおける淀工の『大阪俗謡による幻想曲』と『ダフニスとクロエ』は、やはり絶品だった。キレッキレのリズム、一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、研ぎ澄まされ、洗練された音色。幅広いダイナミックス(強弱法)、そして弱音ppの美しさ!プロも真っ青である。神業と言っていい、至高のレベルに達していた。

あと忘れ得ぬ名演としてアルフレッド・リード作曲『アルメニアン・ダンス Part 1』とパーシー・グレインジャー作曲『リンカンシャーの花束』を挙げておきたい。

『アルメニアン・ダンス』について丸ちゃんは「吹奏楽にとっての、ベートーヴェン『第九』のような存在にしたい」という夢を常々語っていた。つまり、一般人の誰もが知っている名曲という意味である。僕は一般公募により丸ちゃんの指揮、大阪城ホールで、この曲を演奏したことがある。かけがえのない大切な想い出だ。

コンクールの「三出制度」があった時代、出場出来ない年にまる1年掛けて丸ちゃんが1音1音慈しむように練り上げた楽曲が『リンカンシャーの花束』。2月に開催される3年生の卒業演奏会「グリーンコンサート(通称グリコン)」でお披露目された。素朴でどこか懐かしく、しみじみと心に響く音楽。そしてちょっぴり寂しい。僕は丸ちゃんの指揮で初めて生で聴き、大好きになった。難易度は決して高くないので、吹奏楽コンクールでは一度も演奏しなかった。しかし丸ちゃんが心から愛した珠玉の作品だ。

丸ちゃんが指揮する『アルメニアン・ダンス Part 1』と『リンカンシャーの花束』のCDなら、なにわ《オーケストラル》ウィンズか、東京佼成ウインドオーケストラの演奏をお勧めしたい。後者のアルバム「マルタニズム」はSpotifyなど定額制音楽配信サービスで聴くことが出来るし、映像付きBlu-rayも発売されている。

Marutani

あと丸ちゃんの功績として絶対に忘れてはならないのが日雇い労働者の街、あいりん地区(大阪市)で毎年開催してきた「たそがれコンサート」のことである。これをDVD「淀工吹奏楽日記 丸ちゃんと愉快な仲間たち」で知ったときは衝撃を受けた。そして僕も実際に現地に足を運んでレポート記事を書いた。

教育者としての真髄、ここにあり。

丸谷先生、本当に色々有難うございました。どうぞ安らかにお眠りください。

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2021年12月11日 (土)

エマニュエル・パユ(フルート) & バンジャマン・アラール(チェンバロ) デュオ・リサイタル

12月3日(金)兵庫県立芸術文化センター・小ホールへ。

エマニュエル・パユのフルートと、バンジャマン・アラールのチェンバロ演奏で、

・F.クープラン:王宮のコンセール 第2番
・ラモー:コンセール用クラヴサン曲集から第5コンセール
・ルクレール:フルート・ソナタ ハ長調 op.1-2
  (休憩)
・J.S. バッハ:無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調
・J.S. バッハ:フランス組曲 第5番 (チェンバロ・ソロ)
・J.S. バッハ:フルートとオブリガート・チェンバロのためのソナタ ロ短調 BWV1030

アンコール曲は、
グノー=J.S.バッハ:アヴェ・マリア
・J.S.バッハ:フルートソナタ BWV1031 より シチリアーノ

11月30日、日本政府は新型コロナウイルスの変異株オミクロンへの対策として防疫を強化し、外国人の新規入国を原則的に停止した。だからコンサートの開催がどうなるのかとても心配していたのだが、パユはその直前11月24日に来日しており、各地でコンサートや、東京藝大でマスタークラスを開催したりしていたらしい。ホッと胸を撫で下ろした。

プログラム前半がバロック期フランスの作曲家の音楽で、後半がドイツの大バッハという好企画。

パユは古楽器アンサンブルとの共演も多く、ピリオド・アプローチを習熟している。基本的に装飾音以外はノン・ヴィブラート奏法。

クープランは典雅で優しく、そして物悲しい。フルートは一音一音が粒立っている。

ラモーは颯爽として毅然たる態度。そして華麗。

ルクレールの音楽は誇り高い。

柔らかいフランス音楽に対して大バッハのそれは厳しく、堅固な構築性がある。力強く骨太で雄弁。休憩を挟んでのコントラストが鮮やか。

伴奏付きフルート・ソナタは一音一音切って発音され、フーガが織り成すタペストリーが壮観。

アンコールのグノー(フランスの作曲家)はピアニッシモ ppの美しさに陶然となった。ビロードのように柔らかい音色。抑制が効いた、規律ある華麗さに魅了された。

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2021年12月10日 (金)

ミシェル・ブヴァール プロデュース「フランス・オルガン音楽の魅惑」Vol. 1

11月5日(金)いずみホールへ。ミシェル・ブヴァールのお話とパイプオルガンで、特別レクチャーを聴講する。

オルガニスト・作曲家だった祖父ジャン・ブヴァール(1905-96)はオルガンをルイ・ヴィエルヌ、作曲をポール・デュカスとフローラン・シュミットに師事した。デュカスの同門にオリヴィエ・メシアンがいる。

演奏された曲目は、

・J.ブヴァール:ノエル(クリスマス)変奏曲

◆ルネサンスと17世紀の音楽
・C.ジャルヴェーズ:2つの舞曲
・C.ジャヌカン:Martin menoit son pourceau au marché
・J.ティトルーズ:讃美歌〈めでたし、海の星よ〉

◆古典派
・N.de.グリニー:〈来たり給え、創造主なる聖霊よ〉
・F.クープラン:《修道院のためのミサ曲》より聖体奉挙

◆ロマン派とシンフォニー
・C.フランク:プレリュード ロ短調
・L.ヴィエルヌ:ウエストミンスターの鐘

◆印象派と現代
・M.デュリュフレ:アランの名による前奏曲とフーガ(抜粋)

ルネサンス期の舞曲は世俗的で、宗教音楽とは対称的だった。

ジャヌカンは4声から成るポリフォニーで、ティトルーズには対位法が登場。

グリニーはカラフルで華やか、F.クープランはしっとりと上品。

フランクは物悲しい孤高の音楽。彼は新たに就任した教会で、カヴァイエ=コルが設計した新式のオルガンを演奏するようになり、「私の新しいオルガンはまるでオーケストラのようだ!」と述べた。

19世紀から20世紀初頭にかけてはオルガンの音色もオーケストラを模し,音量の増減を行う演奏補助装置を付加して,時代の要求に応えた。 これをシンフォニック・オルガンとかロマンティック・オルガンという。カヴァイエ=コル(1811-1899)はノートルダム大聖堂のオルガンも製作した。

その大聖堂で即興演奏により初披露されたのがヴィエルヌ作曲『ウエストミンスターの鐘』である。音のグラデーションがフランス印象派を彷彿とさせ、大伽藍を構築する。この辺りから不協和音が登場。

1950年ごろからバロック・オルガンの再興を目指すネオ・クラシカル・オルガンの製作が始まった。その代表的製作者がヴィクター・ゴンザレス(Victor Gonzalez)である。

 「アランの名による前奏曲とフーガ」と同趣旨の作品がリストの「バッハ(BACH)の名による幻想曲とフーガ」。レーガーが作曲した同名曲もあり、B-A-C-H(シ♭-ラ-ド-シ)音型が繰り返し登場する。デュリュフレの盟友であり、第二次世界大戦で若くして戦死したオルガニスト・作曲家ジャン・アランを追悼する目的で書かれた。その妹がオルガニストとして数多くの録音を残したマリー=クレール・アラン。「ALAIN」というアルファベットが暗号表によって「adaaf(ラレララファ)」に置きかえられた。また前奏曲の後半では、ジャン・アランのオルガン曲『リタニ』が引用されている。

F

翌11月6日(土)に開催された演奏会のプログラムは、

第1部:16−18世紀
・C.ジュルヴェーズ:フランス・ルネッサンスの「舞踏曲(ダンスリー)」
・E.du コロワ(A.イワゾール編):「若い娘」に基づく5つのファンタジー
・H.デュモン:2つの三声プレリュード
・L.クープラン:ファンタジー第26,59番
・M.A.シャルパンティエ:『テ・デウム』へのプレリュード
・F.クープラン:《教区のためのミサ曲》よりベネディクトゥス
・同:《修道院のためのミサ曲》よりグラン・ジュによる奉献唱
・N.de グリニー:オルガン・ミサ曲のグローリア(抜粋)
・L.C.ダカン:ノエルの新しい曲集op.2より第6曲

第2部:19世紀と20世紀初頭
・C.フランク:3つのコラールよりコラール第1番 ホ長調
・L.ヴィエルヌ:ウエストミンスターの鐘
・J.ブヴァール:バスク地方のノエルによる変奏曲
・M.デュプレ:行列と祈祷
・J.アラン:祈祷
・M.デュリュフレ:アランの名による前奏曲とフーガ

アンコール曲は

・シャルル・トゥルヌミール:「復活のいけにえに」によるコラール即興曲
 (M.デュリュフレの復元した即興演奏)

いくつかの曲では妻の宇山=プヴァール康子が連弾で演奏に参加した。

ルネサンス期のオルガン曲は刻々と変化する色彩を感じさせた。夕焼けの美しさ。

ルイ・クープラン(フランシスの叔父)は素朴で荘重。シャルパンティエはトランペット的音色が華やか。そしてフランシス・クープランは秋の木枯らしが吹き荒び、もの寂しい。

J.S. バッハのオルガン曲が白黒だとすると、フランクのそれは交響的かつ重層的。

プヴァールの曲は低音が腹の底にズシンと響いた。

またアランの『祈祷』を聴きながら、ホルストの『惑星』を連想した。

アンコールはうねるような激情の音楽だった。

2夜に渡り、ドイツのJ.S. バッハとは一味違うフランス・オルガンの世界にどっぷりと浸り、堪能した。

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2021年12月 1日 (水)

【永久保存版】どれだけ知ってる?「ウエスト・サイド・ストーリー」をめぐる意外な豆知識 ( From Stage to Screen )

スティーヴン・スピルバーグ監督によるリメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』が2022年2月11日から公開される。公式サイトはこちら

映画『ウエスト・サイド物語』(旧作)が公開されたのは1961年。今から60年前である。アカデミー賞では作品賞・監督賞など10部門を受賞した。日本では封切られてから511日間、約1年半に渡りロングラン上映されたという。これは前年の『ベン・ハー』を凌ぐ記録となった。

元となったブロードウェイ・ミュージカルが初演されたのは1957年。舞台版で演出・振付を担当したジェローム・ロビンズが映画版ではロバート・ワイズと共同監督を務めた。しかし実はトニー賞で最優秀振付賞と美術賞の2部門しか受賞していない。だから当初は決して評価が高いと言えなかった。因みにこの年、ミュージカル作品賞・演出賞・主演男優賞などに輝いたのは『ザ・ミュージック・マン』である。『ザ・ミュージック・マン』はこれでトニー賞を受賞したロバート・プレストンがそのまま同役を演じ1962年に映画化されているが、それ程話題にはならず日本では未公開。なおトニー賞にオリジナル楽曲賞が加わるのは1962年の"No Strings"から。だから意外なことにレナード・バーンスタイン(レニー)は『ウエストサイド物語』の作曲に関して、いかなる賞も受賞していない。『南太平洋』『努力しないで出世する方法』『コーラス・ライン』『レント』『ハミルトン』などピューリッツァー賞を受賞したミュージカル作品は多々あるが、『ウエストサイド物語』は歯牙にも掛けられなかった(シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を土台にしているからではないかと思う人がいるかも知れないが、『レント』だってプッチーニのオペラ『ボエーム』を換骨奪胎した作品である)。また作曲家のアーロン・コープランド、チャールズ・アイヴズ、サミュエル・バーバー、モートン・グールド、ウィントン・マルサリス、ジョン・コリリアーノ、スティーヴ・ライヒらはピューリッツァー賞の音楽部門を受賞しているが、レニーは生涯無冠に終わった。

結局ブロードウェイ初演時には観客も業界人も、この作品の革新性を十分理解出来ていなかったのだと思われる。1950年代といえば『王様と私』『野郎どもと女たち(ガイズ & ドールズ)』『マイ・フェア・レディ』といったオーソドックスな、言い方は悪いがOld-fashioned Musicalが主流だった。そんな中で『ウエストサイド物語』は破格の作品であった。

作詞はスティーヴン・ソンドハイム、当時27歳。後に作曲も兼任するようになり、『リトル・ナイト・ミュージック』『カンパニー』『スウィーニー・トッド』『イントゥ・ザ・ウッズ』『フォーリーズ』『パッション』などの名作ミュージカル群を世に送り出した。トニー賞受賞8回、ミュージカル『ジョージの恋人(日曜日にジョージと公園で)』でピューリッツァー賞1回、そしてマドンナが歌った映画『ディック・トレイシー』の主題歌"Sooner or Later"ではアカデミー歌曲賞を受賞している。2021年11月26日に死去、91歳だった。

【日本での上演史】日本人キャストで初演したのはなんと宝塚歌劇団。1968年月組・雪組合同公演だった。振付・演出はジェローム・ロビンズとサミイ・ベイス。劇団四季は1974年から上演している。僕は高校生の頃、岡山県の倉敷市民会館で劇団四季版を観劇した。1980年代の話である。オープニングのダンス・シーンでダンサーがコケるなど、まだまだ上手とは言い難かった。宝塚版は1999年星組公演を宝塚大劇場で観た。出演者は稔幸、星奈優里、絵麻緒ゆう、彩輝直ほか。この作品の場合、女性だけだと群舞シーンでどうしても迫力に欠け、またプエルトリコ系シャーク団の面々はドーランを塗って肌を浅黒くしていることに違和感を覚えた。民族対立がテーマとしてあるわけで、同じ民族の日本人だけで演じるのはどうしても限界がある。それは白人が顔を黒く塗ってアフリカ系アメリカ人を演じるミンストレル・ショーがアメリカ合衆国で廃れたことと無関係ではない。

Minstrel

同様に、登場する人種が多様なミュージカル『ラグタイム』や『RENT』も日本人キャストのみでは難しい。

【歌の吹替問題】1961年の映画は泣く子も黙る掛け値なしの名作であるが、いくつかの問題を孕んでいる。まずナタリー・ウッドの歌はマーニ・ニクソン、トニー役リチャード・ベインマーの歌はジム・ブライアントが吹替ている。またアニタ役リタ・モレノの歌唱の一部をベティ・ワンド、リフ役ラス・タンブリンの歌唱の一部をタッカー・スミスが吹替ている(ラス・タンブリンは後にTVシリーズ『ツイン・ピークス』に精神科医役で出演した)。歌が吹替であることは公開当時秘密にされており、クレジットにも歌手の記載がない。またレコードの売上も吹替歌手に対して一切支払われなかったため、後に裁判沙汰となった。

【マーニ・ニクソン】最強の“ゴースト・シンガー” マーニは『王様と私』(1956)のデボラ・カーや『マイ・フェア・レディ』(1964)のオードリー・ヘップバーンの歌も吹き替えている。『王様と私』でマーニは「吹替したとバラしたら二度と仕事が出来ないようにしてやる」とスタジオから脅され、公表しないという誓約書にサインさせられた。しかし気のいいデボラ・カーはインタビューでマーニのことに言及し彼女に感謝したたため、20世紀フォックスは慌てふためいた。

『ウエストサイド物語』のナタリー・ウッドは自分の歌が映画で使用されると撮影終了まで信じていた。だから後で吹替のことを聞き、ショックを受けたためポスト・プロダクションにおける録り直し・調整に一切協力しなかったという。

『マイ・フェア・レディ』はアカデミー賞に12部門ノミネートされ8部門で受賞した。しかし実際はオードリーが歌っていないことが広く知れ渡っていたので彼女はノミネートすらされず、その年に主演女優賞を受賞したのは『メリー・ポピンズ』のジュリー・アンドリュースだった。ジュリーは舞台版『マイ・フェア・レディ』イライザ役のオリジナル・キャストであり、映画で起用されなかった彼女に対して同情票が集まったと言われている。『マイ・フェア・レディ』で主演男優賞を受賞したレックス・ハリソンは授賞式の壇上で「ふたりのイライザに感謝します」とスピーチした。

マーニのことを気の毒に思ったロバート・ワイズ監督は映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)で彼女を修道院のシスター役に起用する。『マイ・フェア・レディ』の一件があったのでマーニは主演のジュリー・アンドリュースとの初対面ですごく緊張した。しかしジュリーはスタスタと彼女に歩み寄り「マーニ、私は以前からあなたのファンです」と言った。『サウンド・オブ・ミュージック』は殆どの役者が自分で歌っているが、修道院長役のペギー・ウッドの代わりに“すべての山を登れ”をメゾソプラノ歌手のマージェリー・マッケイ が吹替ている。ただしこのシーンは公開直前に監督の指示でカットされた(ビデオ/DVD/Blu-rayでは復活している)。

【その後のミュージカル映画】『ウエストサイド物語』で本人の歌ではないのにアカデミー助演女優賞を受賞したということで、リタ・モレノは後々まで非難されることになる。また『マイ・フェア・レディ』のごたごたもあり、以降のミュージカル映画では役者本人が歌うことが通例となった(ただし一部例外もあり『オペラ座の怪人』でオペラ歌手カルロッタを演じたミニー・ドライヴァーの歌は吹替である)。またその反動か、女優本人が歌うと(たいした演技でなくても)比較的容易くアカデミー賞が受賞出来るという珍現象が近年まで続いている。具体例を挙げるなら『ファニー・ガール』のバーブラ・ストライサンド、『キャバレー』のライザ・ミネリ、『シカゴ』のキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』のリース・ウィザースプーン、『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソン、『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイ、『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン、『ジュディ 虹の彼方に』のレネー・ゼルウィガー。男優の場合、この法則が当てはまらないというのも面白い。

【人種問題】『ウエスト・サイド物語』のジェット団はポーランド系アメリカ人の不良グループであり、シャーク団はプエルトリコからの移民である。そのリーダー、ベルナルドの妹マリアはアメリカ合衆国に来てまだ1ヶ月という設定。しかし旧映画版でマリアを演じたナタリー・ウッドはサンフランシスコ生まれで両親はロシアからの移民。ベルナルド役ジョージ・チャキリスはオハイオ州生まれで両親はギリシャ系。つまりプエルトリコ出身のリタ・モレノ以外は殆ど白人がメイクでプエルトリコ人を演じていたのである。

【リン=マニュエル・ミランダと『イン・ザ・ハイツ』】ブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』でトニー賞を総なめにし、ピューリッツァー賞まで手に入れたリン=マニュエル・ミランダはプエルトリコ系で、幼少期は年に1ヶ月間、祖父母が住むプエルトリコで過ごした。『ハミルトン』の前作『イン・ザ・ハイツ』もトニー賞のミュージカル作品賞や楽曲賞を受賞したが、この作品はニューヨーク・マンハッタン島北部のワシントンハイツを舞台にしている。ここはドミニカ共和国、キューバ、プエルトリコ、メキシコ等からの移民が集まりスペイン語が飛び交うラテン系アメリカ人(ラティーノ)社会を形成している。

ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」

『イン・ザ・ハイツ』が『ウエスト・サイド物語』から多大な影響を受けていることは論を俟(ま)たない。『ウエスト・サイド』とはマンハッタン島の西側を指す。 セントラルパークを挟んでイースト・サイドが高級住宅街、ウエスト・サイドには多くの貧しい移民が住んでいた時代の物語だ。

ミランダは2009年ブロードウェイ再演『ウエストサイド物語』スペイン語版の脚本を執筆し、スティーヴン・ソンドハイムと共に歌詞をスペイン語に翻訳した。更に彼は高校生の時に学校で『ウエストサイド物語』の演出も手がけたという。

スピルバーグがニューヨークでWSSを撮っている時に、ちょうど映画『イン・ザ・ハイツ』も撮影中でロケ現場がすぐ近くだった。だからミランダは居ても立っても居られず、撮影の合間にスピルバーグの現場に見学に行ったと告白している(こちらの記事)。折しもミュージカル・ナンバー“マリア”を歌っているところだった。

また2021年11月にNetflixから配信されたミランダの初監督作品『チック、チック…ブーン!』(大傑作!!)はミュージカル『RENT/レント』の作詞・作曲・脚本でトニー賞やピューリッツァー賞を受賞したジョナサン・ラーソンを主人公とするミュージカル映画だが、新作の試聴会(ワークショップ)に現れたスティーヴン・ソンドハイムから掛けられた言葉が、もうすぐ30歳になるのに世間から中々才能を認められなくて焦るラーソンの気力をいかに奮い立たせたかが描かれている(映画最後の留守電はソンドハイム本人の声で、話している内容も本人が書き直したそうだ)。歌詞の中でラーソンは高校生の時に親友と学芸会で『ウエストサイド物語』を演じたと語り(“クール”の旋律が引用される)、また"Sunday"というナンバーでは『ウエストサイド物語』オリジナル・プロダクション(初演)でアニタを演じたチタ・リベラが特別出演している。さらに『イン・ザ・ハイツ』にも「酔っぱらったチタ・リベラみたいだ」という台詞がある。

【スピルバーグ版の改善点】まず出演者全員、本人が歌っている。またスピルバーグはヒスパニック系の登場人物はヒスパニック系のバックグラウンドを持つ者に演じてもらうことにこだわり、プエルトリコ人役33名のうち20名が厳密なプエルトリコ人、またはプエルトリコにルーツを持つ者たちを選んだ。マリア役は新人のレイチェル・ゼグラー。母親はコロンビア人で、ディズニー実写版『白雪姫』の主演に抜擢されている。アニタ役アリアナ・デボーズは父親がプエルトリコ系。またリタ・モレノも再び本作に出演している。彼女はオリジナル版でシャーク団とジェット団の中立地帯の役割を果たした食料雑貨店の店主ドクの未亡人を演じた。

West

今回脚色を担当したのはトニー・クシュナー。1993年に舞台『エンジェルズ・イン・アメリカ』でピューリッツァー賞戯曲部門を受賞した。スピルバーグとは既に『ミュンヘン』『リンカーン』で組んでいる。『エンジェルズ・イン・アメリカ』は『レント』と並ぶ、人々がAIDSに恐れ慄いていた90年代を代表する演劇作品である。

【スピルバーグとミュージカル】長いスピルバーグのキャリアの中で、ミュージカルを監督するのは本作が初めてである。実は『E.T.』(1982)が完成した時期に、マイケル・ジャクソン主演でミュージカル映画『ピーターパン』を撮るという企画が持ち上がっていた。1982年といえばアルバム『スリラー』が発売された年で、マイケルの全盛期だった。その準備として朋友ジョン・ウイリアムズ作曲、レスリー・ブリッカス作詞で歌も数曲完成していたのだが、結局実現しなかった。この時作曲された楽曲は後に、大人になったピーターパン(ロビン・ウィリアムス)を主人公とするスピルバーグ映画『フック』(1991)に流用された。しかし残念ながら駄作であった。ジョンの音楽は良かったのだが……。

【シンフォニック・ダンス】レニーは1960年にシド・ラミンとアーウィン・コスタルに編曲を依頼して、『ウエスト・サイド物語』の音楽を素材にオーケストラのための演奏会用組曲『シンフォニック・ダンス』を創作した。初演は61年。因みにシド・ラミンとアーウィン・コスタルは61年の映画版でアカデミー賞のミュージカル映画音楽賞(つまり編曲賞)を受賞している。

構成は以下の通りで、全曲が切れ目なく演奏される。演奏時間は約30分。

  1. プロローグ 
  2. サムウェア 
  3. スケルツォ
  4. マンボ 
  5. チャチャ
  6. 出会いの場面  〜クール 〜フーガ
  7. ランブル(乱闘) 
  8. フィナーレ 

レニーの指揮で2種類のレコーディングが残されており、日本では彼から直接薫陶を受けた指揮者・大植英次や佐渡裕らがしばしば演奏会で取り上げている。また現在ベルリン・フィルの芸術監督であるキリル・ペトレンコも数回この楽曲を指揮している。

実に面白いのは『ウエスト・サイド物語』の中でいちばん有名な“トゥナイト”を敢えて外していること。恐らくこのナンバーばかり流行って、レニーはウンザリしていたのではないだろうか?「俺はこれだけじゃなく、他にもいい曲をたくさん書いているんだぞ!」と。

またミュージカルが1957年にブロードウェイで初演された時、パーカッションが沢山必要だったのでオーケストラ・ピットにヴィオラが入らず、ヴィオラ抜きの編成だった。だからシンフォニック・ダンス版の"サムウェア”でレニーはヴィオラ・ソロから始まることにこだわったのだそう(大植英次 談)。

【『ロミオとジュリエット』との関係】WSSがシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に基づいていることは先に書いた。レニーは“サムウェア”にチャイコフスキーの幻想序曲『ロメオとジュリエット』の旋律(終結部のチェロ)を引用している。

【グスターボ・ドゥダメル】スピルバーグ版でオーケストラの指揮をするのはベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメル。画期的音楽教育システム「エル・システマ」の申し子である。17歳でシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの音楽監督に就任し世界に名を馳せ、2009年からはロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督となった。2017年にはウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートの指揮者を務め、ベルリン・フィルの演奏会にもしばしば登場している。シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ時代にはアンコールで『シンフォニック・ダンス』からマンボを演奏するのが定番で、来日公演でもラテンの血が滾るパフォーマンスで聴衆を熱狂させた。正に彼以外考えられない、ドンピシャの起用である。ドゥダメルがニューヨーク・フィルと組んで、そこにどのような化学反応(chemistry)が生じるのか?今から愉しみで仕方がない。

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