『アイダよ、何処へ?』は2020年度の米アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた(受賞したのはデンマーク代表『アナザーラウンド』)。監督はヤスミラ・ジュバニッチ、女性である。1995年に起こったスレブレニツァの虐殺が扱われている。公式サイトはこちら。
本作を正しく理解するためには、きちっと歴史背景を踏まえておく方が望ましいだろう。
第二次世界大戦後に成立し、冷戦時代ソビエト連邦を中心とする東側陣営の一翼を担ったユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、「七つの国境、六つの共和国(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、マケドニア)、五つの民族(スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人)、四つの言語(スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語)、三つの宗教(ギリシア正教、カトリック教、イスラム教)、二つの文字(ラテン文字、キリル文字)、一つの国家」という表現に示される複雑な国家であった。加えて1971年に初めて「民族」として認められたムスリム人もいた。
そのユーゴから1991年にスロヴェニアとクロアチアが分離独立を果たし、同年ソ連は崩壊した。このあたりの地域=バルカン半島は元々「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、第一次世界大戦の火蓋を切った場所でもある。社会主義体制が瓦解すると同時に、それまで燻ぶっていた民族問題が大爆発を起こした。
1992年3月に独立宣言したボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦は東がセルビア、西がクロアチアに挟まれている。そして映画の舞台となるスレブレニツァはボスニア東部の街でセルビアとの国境近くにある。
またボスニア・ヘルツェゴヴィナの人口構成はボシュニャク人(ユーゴ時代にムスリム人と呼ばれたイスラム教徒、人口比約44%)、セルビア人(セルビア正教徒、人口比約31%)、クロアチア人(カトリック教徒、人口比約17%)となっている。
評価:A
タイトルのラテン語「Quo Vadis」は聖書の中でキリスト教徒が迫害される場面で使われる言葉であり、聖ペテロがキリストに対して問うた「(主よ、)何処に行かれるのですか?」という意味。『クオ・ヴァディス』というハリウッド映画もある。
セルビア人がボシュニャク人を大量虐殺する場面(直截的な描写は避けられている)ではナチス・ドイツがユダヤ人たちを(アウシュヴィッツなど)絶滅収容所に送るために貨物列車に乗せる口実であるとか、「シャワーを浴びさせてやるから服を脱げ」とガス室に連れて行く場面を思い出した。歴史は繰り返す。容赦なく。
最後にアイダが下した決断には胸を打たれた。結局、人はどんな辛い目に遭おうとも、「希望」を持ち続けなければ生きていけないのだ。掛け値なしの傑作。僕がアカデミー会員だったら、『アナザーラウンド』ではなく、こちらに投票しただろう。
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