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2021年8月

ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』は作詞・作曲家、兼役者でもあるリン=マニュエル・ミランダが2007年にニューヨークの大学の校内で初演し、その後オフ・ブロードウェイを経て2008年3月にブロードウェイに進出。トニー賞で13部門ノミネートされ(ウスナビを演じたミランダもミュージカル主演男優賞候補となった)、作品・楽曲・編曲・振付の4部門で受賞した。またオリジナル・キャストによるアルバムはグラミー賞にも輝いた。

評価:A+

Hghts

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本作はマンハッタン島北部のワシントンハイツを舞台にしている。ここはドミニカ共和国、キューバ、プエルトリコ、メキシコ等からの移民が集まり、スペイン語が飛び交うラテン系アメリカ人(ラティーノ)社会を形成している。ワシントンハイツはアフリカ系アメリカ人が多いハーレムよりも更に北に位置する。一方、マンハッタン島を南に下るとセントラル・パークやブロードウェイ、タイムズスクエアがあり、さらに最南端からは自由の女神像があるリバティ島を臨むことが出来る。つまりマンハッタン島のアップタウン(北部)には有色人種の貧困層が住み、ダウンタウンには白人の富裕層が住んでいるという図式(水平方向の格差)があることを認識しておくと本作を理解する助けになるだろう。これはアカデミー作品賞・監督賞を受賞したポン・ジュノ監督『パラサイト』で、貧困層が半地下に住み、富裕層が高台の高級住宅街に住んでいる構造(垂直方向の格差)に似ている。

兎に角、作詞・作曲を担当したリン=マニュエル・ミランダの稀有な才能に舌を巻くしかない。『ハミルトン』はトニー賞で11部門を受賞し、ピューリッツァー賞まで攫った。またディズニー・アニメ『モアナと伝説の海』主題歌はアカデミー歌曲賞候補となった。ミュージカルというジャンルに於いてミランダは50年に1人の天才と断言しても過言ではない。これには具体的な根拠があって、今からちょうど50年前にアンドリュー・ロイド・ウェバーの『ジーザス・クライスト・スーパースター』がブロードウェイで初演されたのだ。彼がその前作『ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・ドリームコート』を作曲したのは20歳の時だった。その後も『エビータ』『キャッツ』『オペラ座の怪人』といった傑作群を世に送り出し、“現代のモーツァルト”と称賛された。当時彼の何が凄かったか(過去形)というと、クラシック音楽やジャズ、ロック、タンゴ、ポップスといった要素を見事に融合させたことにある。そしてロイド・ウェバーからさらに50年遡ると、ジョージ・ガーシュウィンがいた。

『イン・ザ・ハイツ』はサルサ(キューバ)、メレンゲ(カリブ海周辺諸国)、バチャータ(ドミニカ共和国)、レゲトン(プエルトリコ)などのラテン音楽に、R&B(リズム・アンド・ブルース)やヒップホップ(ラップ)が加味されている。ウスナビを中心とするラップバトルもある(動画はこちら)。

ウスナビを演じるアンソニー・ラモスは『ハミルトン』でジョン・ローレンスとフィリップ・ハミルトン(主人公の息子)の二役を演じた。リン=マニュエル・ミランダは映画版『イン・ザ・ハイツ』でピラグア(プエルトリコのかき氷)売り役として登場。ライバルのソフトクリーム屋(Mister Softee)役のクリストファー・ジャクソンはオリジナルの舞台でベニー(ニーナの恋人)を演じた。『ハミルトン』ではジョージ・ワシントン役。そして電話の保留中の音楽として『ハミルトン』の楽曲が流れてニヤリとさせられる。

往年のミュージカル映画へのオマージュに胸が熱くなった。プールの場面の俯瞰ショットはエスター・ウィリアムズ主演「百万弗の人魚」であり、重力を無視したアパートの壁でのデュエット・ダンスはフレッド・アステア主演「恋愛準決勝戦」だ(スタンリー・ドーネン監督は後に、同様の場面を再現するためにライオネル・リッチーが歌う『ダンシング・オン・ザ・シーリング』MVの演出を任された)。あとストリートで群衆が踊り狂う場面はアラン・パーカー監督『フェーム』を彷彿とさせた。

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プロミシング・ヤング・ウーマン

評価:A

Promising

タイトルを日本語に直訳すると『前途有望な若い女性』ということになる。アカデミー賞でオリジナル脚本賞を受賞。他に作品賞・監督賞・主演女優賞(キャリー・マリガン)・編集賞にノミネートされた。映画公式サイトはこちら

主人公は29歳の独身女性だが、キャリー・マリガンは撮影当時35歳前後で一児の母。設定に一寸無理を感じた。それで思い出したのだが、彼女が『17歳の肖像』で16歳の女子高生を演じた時、実際は22歳だった。やはり違和感があった。キャリーの〈サバ読み常習問題〉はどうも気になるところ。好きな女優さんなんだけれどね。彼女が特に絶品だったのは『わたしを離さないで』『ドライヴ』『華麗なるギャツビー』。幸薄い佇まいが似合うひとなんだ。

本作は主人公を取り巻く色彩が赤やピンクで、彼女に近づく男たちが青やエメラルドグリーンをの服をまとっているという具合に、非常にポップな画作りがされている。

ヒッチコック映画におけるバーナード・ハーマン風の音楽が印象的で、特にヒロインが怒りを爆発させる場面でワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』が高らかに鳴り響くという意外性に満ちた選曲には唸った(ヒッチコック『めまい』愛のテーマは『トリスタン』がベースになっている)。

正に #MeToo 運動の申し子といった内容で、最後はシスターフッドの映画でもあったと分かる構成は、見事に時流に乗った作品だなと思った。

女性をその才能とか内面ではなく、あくまで性的欲望を満足させるための対象(つまりラブドール)としてしか見ていない男たちばかり登場し、同性として居心地が悪くなった。

僕の学生時代を振り返ってみれば男子学生が集まると同じクラス女子の品評会になり、「あの子は可愛い」だの「あの子はブス」だの人格を無視したふるい分けが日常的に行われていた。若さ故のおぞましさ。そこには「女は外見にしか価値がなく、男は中身が肝心」という古い偏見がはびこってっている。そういった男からの視線、外圧を女性も意識せざるを得ず、だから40歳を過ぎて「おばさん」と呼ばれる事に抵抗がある人が多いのだろう。女性たちも「永遠に若く美しくなければならない」という呪いに取り憑かれているのではないだろうか?

たとえ主人公の復讐劇が完遂されたとしても世の男性たちの考え方が改まるとは到底考えられず、そこには絶望しかない。男と女の間にある深淵は果てしなく、到底それを埋められそうにない。しかし諦めず争(あらが)い続けることこそ生きることなのだ、ということを本作を観ながら考えさせられた。

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竜とそばかすの姫

評価:A+

Ryu

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CGキャラクターデザインは『塔の上のラプンツェル』『ベイマックス』『アナと雪の女王』などでメインキャラクターを担当したジン・キム。インターネット上の仮想世界〈U〉のコンセプトアートを担当したのは新進気鋭のイギリス人建築家/デザイナー、エリック・ウォンという人選がユニークだ。岩崎太整、Ludvig Forssell、坂東祐太の3人が担当した音楽の充実ぶりにも目を瞠るものがある。

〈U〉における主人公の名前がベルであることからも明らかなように、本作は『美女と野獣』を下敷きにしており、彼女が沢山歌うスタイルは、ディズニーの十八番であるミュージカル・アニメーションを彷彿とさせる。日本のアニメ業界が長年不得意として来たジャンルだが、この野心的な試みは見事に成功している。

『美女と野獣』や『かえるの王さま』といった西洋の異類婚姻譚は最後、魔法が解けて王子様の姿に戻り、ヒロインと結ばれてめでたしめでたしとなる訳だが、今回はそうではなく、主人公の母性が覚醒するに至るというのが、いかにも日本人らしい発想で面白かった。

細田監督は東映アニメーション時代に短編3D立体映画『銀河鉄道999〜ガラスのクレア〜』(2000)を監督しており(詳細はこちら)、『竜とそばかすの姫』はベル(Belle)がメーテルになるまでを描いていると解釈することも可能なのではないだろうか?(実際のところ鉄道に乗り、窮地に立つ“鉄郎”を救出するために駆けつけるわけだから。)

 ・松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論 2016.07.07

〈U〉は『サマーウォーズ』における〈OZ〉の進化系だが、細田監督の描くインターネット上の仮想空間は、他の映画でありがちな流言飛語が渦巻き、妬みや悪意に満ちた場所ではなく、遠く離れた人と人の心が通じ合い、繋がることが出来るという世界観であり、前向き思考だ。

あまりにも楽観的でご都合主義ではないかという批判も当然あるだろうが、僕は花も実もある絵空事として好意的に捉えた。考えてみれば往年のハリウッド映画はハッピー・エンドしかなかったわけで、観客に夢や希望を与え元気づけるという効能も、僕たちが愛する映画の大きな魅力の一つではないかと思うのだ。

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