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チベット文学「白い鶴よ、翼を貸しておくれ」に刮目せよ!

2020年11月24日、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』OPで、〈アトロク 秋の推薦図書月間〉として元TBSアナウンサー(現在フリー)宇垣美里が入魂の一冊を紹介した。

書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)から出版されているチベットの小説『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』である。

Wings

熱がこもったプレゼンテーションだった。

さらに2021年3月3日、この小説を翻訳した星泉が『アフター6ジャンクション』に登場、その魅力を大いに語った(現在もSpotifyのアーカイブで聴くことが出来る。訳者のインタビュー記事はこちら。宇垣美里のことにも触れられている)。俄然興味を掻き立てられた僕は図書館で借りて読んだ。

1925年にチベットのニャロンという土地に布教目的で入ったアメリカ人宣教師夫婦の話から始まり、間もなく男の子が生まれ、現地の領主(ポンボ)の息子と義兄弟のように成長していく姿を描く。やがて日中戦争が始まり、敗戦の色濃い蒋介石をリーダーとする中国国民党軍が通り過ぎ、1949年には中華人民共和国が成立、翌50年に共産党軍がニャロンにやってくる。「民主改革」と称する伝統文化・宗教の大規模な破壊活動が始まり、共産党の政策に従わない者は思想改造センター送りとなる。そして1963年までこの土地がたどった歴史が紐解かれる。

チベットは本来、仏教が盛んな地域で曼荼羅が有名。曼荼羅はユング心理学で重要なアイテムである。カール・グスタフ・ユングは曼荼羅こそ自己(self)の象徴であり、普遍的(集合的)無意識の中にある元型(グレートマザー、太母)と考えた。

 ・〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ 

チベットの古都ラサには1707年にカプチン・フランシスコ修道会の宣教師が入った。1715年にはイエズス会のデシデリがラサ入りし、やがてカプチン会はラサに伝道所の設立を認められ、1742年に閉鎖されるまで布教活動を続けた。ラサの最も神聖とされるチョカン寺に異教である「カプチン会のテ・デウムの鐘」が吊るされているというエピソードが本文中に2度登場する。

著者のツェワン・イシェ・ペンバ(1932-2011)はチベットに生まれ、9歳からインドにあるヴィクトリア・ボーイズ・スクールで学んだ。同級生は全員イギリス人だったという。そして大学はロンドンで医学を学び、外科医となった。彼はチベット人として初めて西洋医学を修めた人物であり、さらに初めて英語で長編小説を書いた人物でもある。なおチベット語で書かれたものを含めても、ツェリン・ワンギュルの書いた『比類ない王子の物語』(1727)くらいしか先行するチベット文学はない。

まるでNHK大河ドラマを観ているようなスケール感があった。僕が一番近いなと思ったのはボリス・パステルナーク著『ドクトル・ジバゴ』である。第一次世界大戦及びロシア革命に翻弄される主人公ジバゴの生き様がこの小説に重なった。『ドクトル・ジバゴ』は当時の体制=ソビエト連邦に批判的であるとみなされたため1957年にイタリアから出版され、本国では発禁処分となった。解禁となるのはペレストロイカを経た31年後である。一方2017年、『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』が出版されたのはインドであり、今なおチベット本国の人々は読むことが出来ない。この状況も似ている。

 ・スパイ小説「あの本は読まれているか」と「ドクトル・ジバゴ」の想い出

さらにブラッド・ピット主演、ジャン=ジャック・アノー監督の映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を併せて観れば、より立体的にチベット近代史を味わうことが出来るだろう。

本作で描かれるのは宗教や人種、異文化の衝突である。共産主義というイデオロギーも、信仰の一種であろう。マルクス主義は唯物史観に立脚しており、それは無神論の亜型である。中国共産党にとってマルクスや毛沢東が神みたいなものだとも言える。

ペンバが凄いのは登場人物に対して善悪の判断を作者が下していないことにある。それぞれの立場に言い分があり、正義がある。対話を通して相手の考えへに対する理解を深め、認め合おうとする姿勢が一貫している。ニュートラル、公平無私なのだ。なかなか出来ることではない。

他者・異なる意見に対して寛容であることの難しさについて、色々と思いを馳せる小説である。

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