「バビロン・ベルリン」〜ドイツの光と影@黄金の1920年代
現在U-NEXTから配信されている『バビロン・ベルリン』を一気呵成に観た。Huluでも視聴出来るらしい。製作費は43億円でドイツのTVドラマ史上最高額が投入されており、現在シーズン3まで放送が終わっている。ヨーロッパ映画賞では「フィクション連続テレビ映画への貢献賞」を受賞した(ヨーロッパ映画賞におけるTVドラマに対する唯一の賞。この年、作品賞・監督賞を受賞したのは『女王陛下のお気に入り』)。
原作はフォルカー・クッチャーの警察小説【ベルリン警視庁殺人課ゲレオン・ラート警部】シリーズで、2017年に放送されたシーズン1,2が『濡れた魚』、2020年放送のシーズン3が『死者の声なき声』を下敷きにしている。シーズン4の製作も決まっているが、次は『ゴールドスティン』に基づくものになるだろう。脚本・監督はトム・ティクヴァ。映画『ラン・ローラ・ラン』の監督で、『クラウド アトラス』ではウォシャウスキー兄弟(現在は姉妹)と共同監督を務めた。
当初、僕はベルリンをバビロンに結びつけた表題に強く惹かれた。ジャズ・エイジと呼ばれた狂騒の1920年代ニューヨークで活躍した作家スコット・フィッツジェラルドには『バビロンに帰る』という短編小説があり(村上春樹が翻訳している)、彼の遺作『ラスト・タイクーン』から霊感を得た小池修一郎(作・演出)のミュージカル『失われた楽園 ーハリウッド・バビロンー』という宝塚歌劇の演目もあった(小池はフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』もミュージカル化している)。こちらは1930年代のハリウッドを舞台にしている。
『バビロン・ベルリン』で、なんと言っても魅力的なのが1929年という時代設定。「光の中のベルリン」と歌われたワイマール共和国黄金期の終焉が描かれる。ボブ・フォッシー監督のミュージカル映画『キャバレー』は1931年のベルリンが舞台なので、その直前だ。株価が大暴落し世界恐慌が始まる1929年10月24日(暗黒の木曜日)に向けて物語はひた走りに走る。「こういうドラマが観たかったんだ!」と膝を打った。
シーズン3ではベルリンの映画会社ウーファでトーキー映画の撮影が開始されているのだが、マレーネ・ディートリッヒ主演でジョセフ・フォン・スタンバーグが監督した『嘆きの天使』 (1930)がドイツで最初のトーキー作品であり、フリッツ・ラングの『M』(1931)やG・W・パブストの『三文オペラ』(1931)が続いた。ウーファがサイレント映画からトーキーに切り替えるために大改修したのは1929年春だった。またここではビリー・ワイルダーが『人間廃業』(1931)『少年探偵団』(同年)等で脚本家として活躍していた。ユダヤ人だったラングもワイルダーも後にナチス・ドイツの台頭により、ベルリンを離れアメリカ合衆国に渡ることを余儀なくされる。
特に僕が痺れたのがシーズン1 第2話のクライマックス、「モカ・エフティ」のステージ上で男装の麗人が『灰に、塵に(Zu Asche, Zu Staub)』を歌う場面(動画はこちら)。享楽的・退廃的でミュージカル『キャバレー』の世界に通じるものがある。ホールにいる女の子たちがいわゆるフラッパーの格好をしており、フィッツジェラルドが『グレート・ギャツビー』(1925年出版)で描いたニューヨークと、ベルリンは完全に地続きだったんだということに気付かされた。さらに半裸の女性ダンサーたちはアメリカ生まれの黒人ダンサー、ジョセフィン・ベーカーをモデルにしているのだろうと思った。彼女は当時ベルリンやパリのミュージック・ホールで踊っていたという。
「モカ・エフティ」はベルリンに実際にあった伝説的なナイトクラブ で、2021年2月にベルリン・フィルがここで演奏されたダンス音楽を特集する演奏会〈黄金の20年代:「モカ・エフティ」での夕べ〉を企画しており、デジタル・コンサートホールでその様子を視聴することが出来る(こちら)。
ここで取り上げられているクルト・ヴァイルの『三文オペラ』はジャズのスタンダードナンバー“マック・ザ・ナイフ”として知られており、ミュージカル『キャバレー』の音楽に多大な影響を与えた。そして『バビロン・ベルリン』シーズン2ではなんと『三文オペラ』(1928年8月31日初演)を上演しているシッフバウアーダム劇場でドイツ外相とフランス外相を暗殺しようとする計画が描かれ、まるでヒッチコックの『暗殺者の家』『知りすぎていた男』みたいな展開になる。クルト・ヴァイル はユダヤ人で、後に『三文オペラ』に出演した妻のロッテ・レーニャと共にアメリカ合衆国に亡命、ミュージカルの作曲家になった。そしてヴァイルの作品はナチスから“退廃音楽”の烙印を押され、演奏禁止になる。なおロッテ・レーニャは1966年、ミュージカル『キャバレー』ブロードウェイ初演時に下宿屋の女主人シュナイダーを演じた。
また本作を通じて次のような衝撃的事実を知った。第一次世界大戦敗北後ドイツはベルサイユ条約で兵員の数を10万人に制限され、機甲隊や航空隊、潜水艦隊を持つことを禁じられた。そこでドイツ国防軍はソビエト連邦と秘密交渉を行い、モスクワから約400キロメートルの距離にあるリペツクに秘密の航空機訓練基地を建設したという。いやはや驚いた。実に勉強になる。
この物語で描かれるのは、如何にして民主主義がファシズムに屈し、独裁政治の影に覆われていったかということ。それはジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』のプリクエル(エピソード1〜3)で描こうとして、当時の観客から理解されず冷笑された内容にピッタリ重なる。
| 固定リンク | 0
「Cinema Paradiso」カテゴリの記事
- 石原さとみの熱い叫びを聴け! 映画「ミッシング」(+上坂あゆ美の短歌)(2024.06.10)
- 映画「オッペンハイマー」と、湯川秀樹が詠んだ短歌(2024.06.15)
- デューン 砂の惑星PART2(2024.04.02)
- 大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)(2024.04.01)
- 2024年 アカデミー賞総括(宴のあとで)(2024.03.15)
「舞台・ミュージカル」カテゴリの記事
- 史上初の快挙「オペラ座の怪人」全日本吹奏楽コンクールへ!〜梅田隆司/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部(2024.09.04)
- 段田安則の「リア王」(2024.05.24)
- ブロードウェイ・ミュージカル「カム フロム アウェイ」@SkyシアターMBS(大阪)(2024.05.23)
- 大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2024(「サウンド・オブ・ミュージック」「オペラ座の怪人」のおもひでぽろぽろ)(2024.04.01)
「クラシックの悦楽」カテゴリの記事
- 映画「マエストロ:その音楽と愛と」のディープな世界にようこそ!(劇中に演奏されるマーラー「復活」日本語訳付き)(2024.01.17)
- キリル・ペトレンコ/ベルリン・フィル in 姫路(2023.11.22)
- 原田慶太楼(指揮)/関西フィル:ファジル・サイ「ハーレムの千一夜」と吉松隆の交響曲第3番(2023.07.12)
- 藤岡幸夫(指揮)ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第5番 再び(2023.07.07)
- 山田和樹(指揮)ガラ・コンサート「神戸から未来へ」@神戸文化ホール〜何と演奏中に携帯電話が鳴るハプニング!(2023.06.16)
「テレビくん、ハイ!」カテゴリの記事
- バブル期のあだ花、「東京ラブストーリー」まさかのミュージカル化 !?(2023.03.09)
- 三谷幸喜(作・演出)の舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」と大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(2022.11.20)
- 「バビロン・ベルリン」〜ドイツの光と影@黄金の1920年代(2021.07.12)
- ヴェネチア国際映画祭・銀獅子賞(監督賞)に輝く「スパイの妻」を観て悲しい気持ちになった。(2020.11.20)
コメント