« アメリカン・ユートピア | トップページ | 映画「夏への扉 ーキミのいる未来へー」と大林版「時をかける少女」 »

あなたは永遠の命を授かりたいですか?〜映画「Arc アーク」

石川慶監督の映画『蜜蜂と遠雷』(キネマ旬報ベストテン第5位)を公開当時、僕は手放しで絶賛した。

特に長大な原作を2時間以内にコンパクトにまとめ、それでも物足りなさを些かも感じさせなかった手腕には舌を巻いた。

さらに長編デビュー作『愚行録』(2017)も日本映画らしからぬルック、ヒヤッとした質感があり、好きだ。ポーランド人の撮影監督ピオトル・ニエミイスキの功績が大きいだろう。だから新作『Arc アーク』の出来も間違いないだろうと大いに期待していた。しかし……

落胆したと言っていい。127分という上映時間もスカスカの内容と比して長すぎる。苦痛でしかなかった。これはゴミだ。

評価:D

Arc

映画公式サイトはこちら

ケン・リュウのSF短編小説を石川監督が脚色・編集・監督した。

「永遠の命を授かることはひとにとって幸福なのか?不幸なのか?」という問いは、手塚治虫が漫画『火の鳥 未来編』(1968)で徹底的に突き詰めたテーマである。それから50年以上経過したわけだが、結局『Arc アーク』で語られていることは手塚が到達した地点より一歩も前に進んでいない。

本シナリオが決定的に駄目な点は芳根京子演じる主人公・リナに心の葛藤がないことだ。17歳の時、生まれたばかりの赤ん坊を見捨てることへの葛藤、30歳で不老不死の処理を受けるかどうか決断する際の葛藤。老化抑制技術を開発し実用化した天音(岡田将生)のどこが好きになって結婚するのか、その動機もさっぱり分からない。そもそも息子に対する愛情が皆無なわけだから、彼との再会を切掛に再び年を取ろうと決断する彼女の心の動きも全く理解不能である。共感する余地がない。

リナが90歳の誕生日を迎える場面で画面がモノクロームになるのも意味不明。不老不死を選択することで彼女の人生が色褪せたということなのかも知れないが、そもそも本人は(この時点で)全く後悔していないのだら。単なる軽薄な馬鹿女である。

結局最終的に彼女が老いる決意をする動機は、周りの人々が老いて死んでゆき寂しいからなのだが、ならば「周りの人々全員が不老処置を受けて生き続ければ、幸せになれるのか?」という問いに対して本作は何も答えてくれない。

僕自身は永遠の命なんてまっぴらごめんである。そもそも太陽や地球にも寿命がある。今後50億年以内に核融合に必要な燃料を使い果たした太陽は「赤色巨星」と化して膨張し、地球をいずれ飲み込んでしまうだろう。その時まで生きていたいか??年を取らないということは成長しない、生成変化しないということ。変わらない日常を永遠に送り続けても退屈なだけだ。誰も死なない、誰も成長しないのであれば映画も小説も意味をなさない。始めがあって、終りがあるから人生は豊かで面白いのだ。物語も同じである。

「なぜ生物は子孫を産むのか?」それは限りある一生だから、種を保存するために命をつなぐ=遺伝子を残すのだ。その過程で突然変異を生じ、自然淘汰により進化を遂げる。新型コロナウィルスも同様である。だから人間が不老不死になったら、子供を作ることも生物学的に無意味になる。それを無視して生み続ければ人口爆発が起こり生態系は崩れ、結局は食べるものがなくなって餓死するだろう。地球の資源には限りがある。

『映画.com』で4人が編集部の座談会を開き(こちら)、「自分なら不老処置を受けるか?」というテーマで語らっているのだが、女性2人が「受ける」、男性2人が「受けない」と答えているのが興味深かった。考え方に性差があるのかも知れない。

女性は自分の美しさや、肌のハリ・ツヤが衰えることを極端に恐れる。だから美容院やエステが流行り、「美白」やアンチエイジングがもてはやされる。女子アナは30歳が“賞味期限”と言われ、未だに30歳定年説が根強く流布している(小林麻耶は29歳でTBSを退社し、宇垣美里は28歳になる直前に辞めた。逆に30歳手前で局アナを辞める男性は滅多にいない)。35歳にもなると映画女優はほとんど良い役ががなくなってしまう。メグ・ライアンやキャメロン・ディアスが典型例。メリル・ストリープは例外中の例外だ。女優の“賞味期限”をめぐって、『デブラ・ウィンガーを探して』というドキュメンタリー映画が制作されたりもした。

結局女性の場合「永遠に生きたい」のではなく、「死ぬまで若く美しい姿でいて、周囲の人々からちやほやされたい」ということなのかも知れない。それが自由意志なのか、外部の目線からの圧力なのかは置いておいて。

| |

« アメリカン・ユートピア | トップページ | 映画「夏への扉 ーキミのいる未来へー」と大林版「時をかける少女」 »

Cinema Paradiso」カテゴリの記事

コメント

そうですかー。
私はまだ見てないのですが、Twitterなど周りの評判が良さげで期待値高かったので、雅哉さんの感想は意外でした。
これは先に原作読んだ方がいいかもしれませんね。
映画で印象が悪くなると、それが邪魔をして小説も楽しめないかもしれません。

投稿: ものぴ | 2021年7月 3日 (土) 14時52分

ものぴさん、コメントありがとうございます。

まぁ百聞は一見にしかずです。永遠の命について色々考える機会を得たので、僕自身は映画を観たことを後悔していません。

原作は文庫本「もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)」(748円)に収録されているのですが、実はこれ、短編集「紙の動物園」を2分冊にしたもので、後者はKindle版で1,218円です。文庫2冊買うよりお得になっております。表題作はなんと、ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いたそうです。

投稿: 雅哉 | 2021年7月 3日 (土) 22時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« アメリカン・ユートピア | トップページ | 映画「夏への扉 ーキミのいる未来へー」と大林版「時をかける少女」 »