新型コロナウィルスと陰謀論
新型コロナウイルスを巡り、SNS上で「感染拡大はウソ」「世界の黒幕が、ワクチンで人類を管理するのが目的」といった言説が広がっている。彼らは「コロナはただの風邪。世界の資本家が各国の政府を操り、でっち上げている」「ワクチンで人間にマイクロチップを埋め込むのが目的」等と主張している(読売新聞より)。「ワクチンを打てば5年で死ぬ」と話す県議もいる(朝日新聞より)。
いわゆる〈陰謀論〉である。昔から「諸悪の根源は秘密結社フリーメイソン」とする〈陰謀論〉があったし、ナチス・ドイツは〈ユダヤ人陰謀論〉を勢力拡大に利用した。
こういった噂が拡散する根底には漠然と感じている不安や恐怖心があるだろう。イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは次のように述べている。
「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服すること
が叡智につながる」
関東大震災の時に、「朝鮮人が放火したり、井戸に毒を投下している」という流言飛語が飛び交い、虐殺事件が起こったのも恐怖心が生んだ悪夢の最たる例だろう(事件の詳細はこちら)。私たちは歴史から教訓を得ねばならない。
具体的に新型コロナウィルスのワクチンに関する〈陰謀説〉を検証してみよう、標準的なペット用マイクロチップは、通常、長さ11-13mm、直径2 mmで米粒ほどの大きさがあり、特殊なシリンジを用いて埋め込む。通常筋肉注射で用いられる注射器の針は通らない。そもそもマイクロチップをワクチンから検出した事例はあるのか?その噂は果たして「事実(fact)」か、それとも単なる「想像(imagination)」「推量(guess)」「フェイク」に過ぎないのか?
「コロナはただの風邪」という言説に対しては次の事実を説明してもらいたい。2021年5月18日時点で、アメリカ合衆国のコロナ関連死者数は58万6千人に及んでいる(ジョンズ・ホプキンス大学の報告)。これは第二次世界大戦における米軍の死者数(40万5339人)とベトナム戦争時の死者数(5万8209人)を足した合計よりも上回っている。多分彼らはこのデータが捏造だと主張し、信じないのだろう。一方、インドでは5月3日時点で21万8千人がコロナ感染で死亡している。ではアメリカでデータを捏造し、さらにインドでも捏造している首謀者って誰??
「ワクチンを打てば5年で死ぬ」という主張に対しては5年という数字がどこから来たのかきちっと説明して戴きたい。その根拠は?
あと「ワクチンで人類を管理」するというが、黒幕が陰謀を仕組んだのはファイザー製ワクチン?それともモデルナ?、ジョンソン・エンド・ジョンソン?あるいはアストラゼネカ?エッ、もしかしてすべての製薬会社を巻き込んで??ちなみに前3社はアメリカの製薬会社で、アストラゼネカはイギリスなんですけど。中国製やロシア製もある。
「インターネットに書いてあること」をそのまま信じる人がいるが、それがどういう事実に基づく説なのか、まず検証する必要があるだろう。単なる思い込みではなく、きちっとしたエビデンスはあるか?新聞記者で言うところの「裏を取る」作業が不可欠だ。昔、テレビでみのもんたが「これは健康にいい!」と紹介すると、その商品がまたたく間に店頭から消えることがあった。しかし皆さん、バナナでダイエットできましたか?ココアで健康・長寿が実現できましたか?データを取って、きちっと検証することが大切。
テレビが本当のことを言っているとも限らない。NHK特集まで組まれた佐村河内守は結局、偽作曲家だった。
- 稀代の詐欺師・自称「作曲家」佐村河内守について 2014.02.12
- ドキュメンタリーは平気で嘘をつく。〜佐村河内守 主演/映画「FAKE」 2016.06.27
〈陰謀論〉を信じやすい人々の中には多数の〈妄想性パーソナリティ障害〉罹患者が含まれると推定される。何かにつけて疑い深く、過度に人を信用できない障害のこと。客観的な根拠がなくても他人が自分を利用する、危害を加える、だますであろうと決めてかかる。また、他人が理由もなく自分に陰謀を企て、突然攻撃してくるかも知れないという疑いを持つ。一般人口の0.5〜2%にみられるとされ、決して稀なものではない。臨床症例では、男性に多く診断されている。〈権力者の病〉とも言われ、ローマ皇帝ネロやスターリン、ヒトラーがその典型例である。麻原彰晃も多分そう。統合失調症発病の前兆として現れることもある。〈妄想性パーソナリティ障害〉には明確な診断基準があるので、興味のある方はこちらをご覧あれ。
〈パーソナル障害〉に共通する特徴は「自分に強いこだわりを持っている」ことと、「とても傷つきやすい」こと。他者を信頼したり、愛することの障害であり、対等な人間関係を築けない。中でも特に〈妄想性パーソナリティ障害〉は「父親」との戦いを生涯引きずるという。「父親殺し」のテーマが人生を支配する。そしてその多くは、父親との戦いが権力や迫害者との戦いに置き換えられている。(参考文献:岡田尊司『パーソナリティ障害ーいかに接し、どう克服するか』PHP新書)
もし、あなたの周りに〈陰謀論〉を吹聴する人がいたら、一番良いのは精神科クリニックを受診してもらうことだろう。もしそれが難しいようなら、次のような問いを発してみてはどうだろうか。
「その考え方の根拠は?」
「その考えのもとになった情報は噂や思い込みではなく、確かなものか?」
「可能性ではなく、確かな事実として考えていないか?」
「その判断は事実に基づくというよりも、感情的に決めつけたものではないか?」
「その解釈はあまりに現実から離れすぎていないか?」
「出来事の一側面だけに注目し、その出来事が起こるまでの全体の流れを見落としていないか?」
(参考文献:いとうせいこう、星野概念『ラブという薬』リトル・モア)
一般に人は、因果論にとらわれやすい。「原因があって結果がある」という考え方だ。「どうして人は生きるか?」「生きる意味は何か?」という問いも、何か原因があるから自分がいまここに存在しているんだという〈思い込み〉である。父と母が性交したからだという答えでは納得できない。一回の射精で射出された2~4mlの精液中に約3億個あると言われる精子の一つと、卵子が「たまたま」出会い、受精したという説明をしたら怒り出すかも知れない。「偶然」なんて論外。もっとその先に本当の答え、「真理」がある筈だ。自分の存在は「必然」であって欲しいという強い願いが込められている。こういう思考の結果、人は神を創った。なにか絶対的な存在=「創造主」を設定し、そのお方に何らかの「目的」や「意図」があって人類が誕生したと考えれば「原因」と「結果」の空白が埋まり、安心できるというわけ。つまり宗教を信仰する人々の心理的背景には「存在の不安」がある。また「創造主」の意思で自分が生まれたのだと仮定したら、そこに存在意義が発生する。よって承認欲求が満たされる。
しかし大切な娘を飛行機の墜落とか、急性骨髄性白血病で亡くした人を例に考えてみよう。果たして彼女の早世には神の「目的」とか「意図」があるのだろうか?本人または親が何か罪を犯したために(原因)、罰を受けた(結果)のだろうか?そんな馬鹿げた発想でくよくよ悩むよりは、単なる「偶然」、「たまたま」運が悪かったのだと納得した方が諦めがつくだろう。
〈陰謀論〉を信じる人の心理的メカニズムも宗教のそれと全く同じ構造を持っている。「突如出演した新型コロナウィルスがあれよあれよという間に世界に蔓延し、感染者がバタバタ死んでいく。不安だ」「どうして世界はこんな事になってしまったのか?」「どうしてマスクをしないといけないの?」「どうしてワクチンを接種しなければいけないの?」実際にはパンデミックに至った要因は多数あり(Multi-Factor)、それらが複雑に絡み合って現在に至るわけだが、「原因」と「結果」がはっきりしなければ安心できない。しかしそこで悪の組織とか、黒幕といった〈首謀者〉を設定し、その〈陰謀〉だと解釈すればスッキリする。つまり混沌とした世界を「単純化」し、理解したいという欲望(安全欲求)を満たす作業だったのである。
人の心とは本当に厄介で、面倒くさく、そして面白い。そう思う、今日この頃なのです。
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