決定版!フルートの名曲・名盤 20選
僕は中学生の頃からフルートを吹いていた。高校まで吹奏楽部に入部していたし、社会人吹奏楽団にも数年間所属していた。だからある程度この楽器には精通しているつもりである。
フルートは木管楽器とされる。いや、でもちょっと待って!モダン・フルートの素材は金・銀・プラチナなどである(値段によって異なる)。実質的に現在は金管楽器なのだ。しかし歴史を遡ると、フラウト・トラヴェルソと呼ばれていた時代は正真正銘木製だった。1831年から1847年の間にドイツ人テオバルト・ベームにより開発されたベーム式楽器の登場で金属製に変わったのである。それはフルートの機械化であり、「サイボーグ化」と評した日本の某バロック・チェロ奏者もいる。フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)時代は音階を作るために開けられた穴を(リコーダーのように)指で直接塞いでいたが、ベーム式では穴が大きくなり、可動式の蓋で覆うカバードキーが主流になった(詳しくはこちら)。この改良により、楽器の音が大きくなった。つまり教会や王宮の間、サロンといった小さな空間から、数千人を収容できるコンサートホールでの演奏が可能になったのである。ベーム式が生まれていなければ、軍楽隊やマーチングバンドなど屋外でフルートが活躍することは難しかっただろう。
フラウト・トラヴェルソは「横笛」を意味する。〈トラヴェルソ=横〉であり、英語ではtraverse。縦笛のリコーダーと対立する概念であり、フラウト・トラヴェルソ時代の音色はリコーダーにかなり近かった。だからバロック期のフルートのための楽曲は、しばしばリコーダーでも演奏される。例えばフランス・ブリュッヘンによる『ヴィヴァルディ:フルート協奏曲集』の録音はリコーダーによるもの。しかしリコーダーは大きな音が出ないので、ハイドンやモーツァルトなど古典派の時代以降衰退した。その過渡期を象徴する名曲が『テレマン:リコーダーとフルートのための協奏曲 ホ短調 TWV 52:e1』である。リコーダーの黄昏と、新しい楽器フルートの台頭が音楽の中でせめぎ合っている。
20世紀前半、フラウト・トラヴェルソ奏者はとっくに絶滅していた。フランス・ブリュッヘン、アンナー・ビルスマ(チェロ)らが古楽器を用いてピリオド・アプローチ(時代奏法)に取り組み始めたのは1960年代のことである。その復興運動にクイケン三兄弟(長男ヴィーラント:ヴィオラ・ダ・ガンバ、次男シギスヴァルト:ヴァイオリン、三男バルトルド:フルート)が加わり、1972年にラ・プティット・バンドを結成した。
- シリーズ【大指揮者列伝】音楽の革命家ニコラウス・アーノンクールの偉業を讃えて 2016.03.09
ブリュッヘンは当初リコーダー奏者としてキャリアをスタートさせ、途中からフラウト・トラヴェルソ奏者としての腕を磨いた。しかし1981年に18世紀オーケストラを結成し指揮者に転向して以降はフラウト・トラヴェルソを吹くことがなくなり、彼が所有していた楽器の殆どを有田正広に譲渡した。バルトルド・クイケンはハーグ音楽院でフランツ・ヴェスターにフラウト・トラヴェルソを、ブリュッヘンにリコーダーを学んだ。 有田正広は1973年にオランダに留学し、フラウト・トラヴェルソをバルトルド・クイケンに師事した。ただし有田とバルトルドはどちらも1949年生まれ、同い年である。そして有田の教え子がバッハ・コレギウム・ジャパンの前田りり子や菅きよみ。つまりバロック・フルート奏者の第1世代がブリュッヘン、第2世代が有田とバルトルド、第3世代が前田や菅ということになる。
さて、これから紹介する楽曲の音源の良し悪しを見定める方法を指南しよう。バロック時代からモーツァルトまではモダン・フルートではなく、フラウト・トラヴェルソによる演奏をお勧めする。有田正広かバルトルド・クイケンが吹いているものは間違いなし。太鼓判を押せる。但し、モダン楽器でもベルリン・フィル首席奏者エマニュエル・パユの演奏なら文句なく素晴らしい。彼は古楽をノン・ヴィブラートで吹くなどピリオド(時代)・アプローチに長けている。また協奏曲では古楽器オーケストラと共演している。
ロマン派(ライネッケ)以降の作品ならエマニュエル・パユ、マチュー・デュフォー、シャロン・べザリー、オーレル・ニコレ、ジャン=ピエール・ランパル、パトリック・ガロワ、工藤重典らの演奏を推す。
パユの凄さは弱音の美しさにある。彼は吹く息を100%音に変換出来る類稀な能力を持っている。何はさておき彼の演奏を聴いて欲しい。
マチュー・デュフォーはかつてシカゴ交響楽団の首席奏者としてブイブイ言わせていた。2009年にグスターヴォ・ドゥダメルがロサンゼルス・フィルの音楽監督に就任するとデュダメルに懇願されロス・フィル首席奏者を兼任。2015年9月からはベルリン・フィル首席としてパユと共に活躍している。
シャロン・べザリーはイスラエル生まれのフルート奏者。彼女は12歳のときからムラマツのフルートを愛用しており、現在はムラマツ特製24Kゴールドを吹いている(詳しくはこちら)。
なお、僕は有田正広、バルトルド・クイケン、エマニュエル・パユ、マチュー・デュフォー、工藤重典の生演奏をコンサートホールで聴いたことがある。
まず手始めに、有田正広の『パンの笛〜フルート、その音楽と楽器の400年の旅』(2CD)からどうぞ。音楽配信サービスSpotifyでも聴けます。
ルネサンス期から現代音楽まで、作曲された時代に合った13本にのぼるフルートで演奏している。こんな芸当が出来るのは世界広しといえど、有田ただ一人ろう。伴奏楽器もイタリアンとフレンチのチェンバロ、フォルテピアノ、ピアノ(エラール)と使い分けている。特にF.クープラン作曲『恋のうぐいす』に注目!古(いにしえ)よりフラウト・トラヴェルソは鳥の声を模す楽器として使われた。その伝統はベートーヴェンの交響曲第6番『田園』第2楽章や、20世紀にプロコフィエフが作曲した交響的物語『ピーターと狼』にも引き継がれている。
ではフルートの名曲ベスト20を、ほぼ作曲された年代順に挙げていこう。
・オトテール:(フルート・トランヴェルシェールとバッソ・コンティヌオのための)組曲第3番 ト長調 作品2の3
・F.クープラン:王宮のコンセール第4番
・J.S.バッハ:フルート・ソナタ ロ短調 BWV 1030
・ルクレール:フルート・ソナタ ホ短調 Op.2 No.1
・ヴィヴァルディ:フルート協奏曲「夜」「ごしきひわ」
・ブラヴェ:フルート・ソナタ ニ短調 Op.2 No.2「ラ・ヴィブレ」
・テレマン:(無伴奏フルートのための)12のファンタジア
・ラモー:コンセール用クラヴサン曲集からコンセール第5番
・C.P.E.バッハ:フルート協奏曲 ニ短調 Wq.22
・モーツァルト:フルート四重奏曲 第1番
・ライネッケ:フルート・ソナタ「ウンディーネ」
・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
・フォーレ:劇付随音楽「ペリアスとメリザンド」よりシシリエンヌ
・ラヴェル:序奏とアレグロ
・イベール:フルート協奏曲
・ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲(ジャン=ピエール・ランパル編)
・プロコフィエフ:フルート・ソナタ
・プーランク:フルート・ソナタ
・ピアソラ:タンゴの歴史
・武満徹:ウォーター・ドリーミング
バロック期のイタリアの作曲家、ヴィヴァルディやコレッリ、タルティーニはヴァイオリンを主体とする楽曲が多い。その一方、フランスの作曲家は相対的にフルートを使った楽曲が目立つ。イタリアは昔からヴァイオリン製作の伝統があり、ストラディバリ父子、グァルネリ一族、アマティ一族といった優秀な楽器製作者たちを輩出した。一方、有名なフルート奏者は大抵がフランス人かスイス人(フランス語圏)である。エマニュエル・パユとオーレル・ニコレ、ペーター=ルーカス・グラーフはスイス出身、マチュー・デュフォー、ジャン=ピエール・ランパル、パトリック・ガロワ、マクサンス・ラリューらはフランス人である。
ジャック・オトテールはフランス盛期バロック音楽の作曲家でありフルート奏者。管楽器職人の家庭に生まれた生粋のパリジャンである。彼は沢山のフルートのための音楽を作曲し、フラウト・トラヴェルソ(楽器)の改良にも貢献した。1708年に出版された組曲 第3番は6曲から成り、〈サン・クルーの滝/ラ・ギモン/無関心な人/嘆き/かわいい子/イタリア女〉という副題が付いている。
フランソワ・クープランはオルガニスト、クラヴサン奏者としてルイ14世に仕えた。フランス印象派のモーリス・ラヴェルが作曲した『クープランの墓』(ピアノ独奏曲、後に管弦楽版に編曲された)はクープランが活躍した時代に思いを馳せた作品である。『王宮のコンセール』に楽器の指定はない。様々な種類の楽器を組み合わせた編成で録音されている。例えばオーボエ、チェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ。あるいはオーボエ、チェンバロ、ファゴット。チェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバのみというのもある。1714-15年にヴェルサイユ宮殿で日曜に行われていた演奏会ではクープラン自身がチェンバロを弾いて、他にヴァイオリン、オーボエ、フルートといった面々で演奏された。因みにコンセールとはバロック音楽におけるフランス式の管弦楽組曲を指す。お勧めの音源はサヴァール/コンセール・ド・ナシオン。工藤重典(フルート)とリチャード・シゲール(チェンバロ)の演奏も好い。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハのロ短調ソナタは1717年から1723年、ケーテンの宮廷楽長だった頃の作品だろうと言われている。大バッハの音楽にはゴシック建築のような堅固さ、数学的緻密さがある。そして音符が規則正しく動く楽譜自体が美しい。まるで幾何学模様だ。凛とした佇まいの楽曲。
ルクレールのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集
第Ⅰ巻:作品1(12曲) 第Ⅱ巻:作品2(12曲) 第Ⅲ巻:作品5(12曲) 第Ⅳ巻:作品9(12曲)
のうち、9曲が楽譜に「フルートでも演奏可能」と指示されており、フルート・ソナタとして知られている。雅(みやび)で上品、そして、そこはかとなく哀しい。ルクレールはルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが、地位をめぐる内部抗争で辞任、ハーグの宮廷楽長となった。しかし晩年は貧民街に隠れ住むようになり、惨殺死体となって発見されるという劇的最後を遂げる。犯人は未だ不明。なんともミステリアスだ。
「疾風怒濤」といえばドイツ語のSturm und Drang(シュトルム・ウント・ドラング)の訳語で、十八世紀後半のドイツの文学運動を指す。だから「疾風怒濤の音楽」といえばハイドンの中期交響曲(26番-59番)やC.P.E.バッハの独壇場なのだが、僕はイタリアの作曲家ヴィヴァルディの音楽も疾風怒濤という表現が当てはまるように思う。フルート協奏曲『海の嵐』『ごしきひわ』『夜』等にもその感じが良く出ている。『ごしきひわ』はタイトル通り、鳥の鳴き声を模倣している。
ミシェル・ブラヴェはルイ15世時代に宮廷などで活躍したフルート奏者・作曲家。1732年に出版された作品2のソナタ集はフランス様式とイタリア様式を融合させるという考えの基に作曲された。Op.2,No.2 "La Vibray"はフランス語で振動や声や音の反響や、心の震え・揺さぶりなどを表す。快活で清涼。爽やかな一陣の風が吹き抜けるよう。愁いを湛えたOp.2,No.4『ルマーニュ』や、1740年に出版された作品3の第2番、第3番、第6番も好い。“ギャラント”(華麗な、優美な)様式が押し進められ、楽章数が少なくなり、より近代的になっている。
テレマンのファンタジー(幻想曲)は12の異なる調性が用いられており、無伴奏というのが野心的で、遊び心がある作品。J.S.バッハのイ短調パルティータ、次男C.P.E.バッハのイ短調ソナタと並んで、18世紀の無伴奏フルート独奏曲三大傑作の一つ。ある意味宇宙的広がりを感じさせる。
ラモーの『コンセールによるクラヴサン曲集』はヴァイオリン+ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)+クラヴサン(チェンバロ)あるいは、フルート+ヴァイオリン+ヴィオラ・ダ・ガンバ+クラヴサンという編成による合奏曲集。クラヴサンのパートを伴奏(通奏低音)としてではなく、独立した声部として扱った最初期の作品のひとつとされる。ルイ15世(1715-74在位)時代ののロココ趣味を反映した華やかな世界を堪能されたし。有田正広のCDが代表盤だが、バルトルド・クイケンやランパルの録音もある。なおクラヴサンはフランス語で、ドイツ語とイタリア語がチェンバロ、英語ではハープシコードとなる。
C.P.E.バッハはJ.S.バッハの次男。先に書いたように彼の音楽的特徴は「疾風怒濤」であり、その資質はハイドンに受け継がれた。無伴奏ソナタも傑作なのだが、ここは荒れ狂い躍動感に満ち溢れたニ短調の協奏曲を推す。独奏者とオーケストラの丁々発止のやりとりを堪能して頂きたい。
天衣無縫の作曲家モーツァルト。フルートとハープのための協奏曲も好いのだが、ここは意外と知られていない名曲、フルート四重奏曲 第1番を推す。清涼感があり、癒やされる。
ライネッケはドイツ・ロマン派の作曲家。1824年生まれなのでブラームスより9歳年長である。フルート・ソナタ『ウンディーネ』は1881年の作品。ウンディーネは水の精霊。事前にフリードリヒ・フーケの同名小説か、ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』を読まれておくと、曲を聴きながらイメージが湧くだろう。そしてこの幻想的雰囲気は『ペレアスとメリザンド』に継承されていく。
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ドビュッシーは無伴奏フルート作品『シランクス』を取り上げるべきかも知れない。元々は劇の付随音楽で当初『パンの笛』と名付けられていた。で管弦楽曲『牧神の午後への前奏曲』の牧神=パンであり、やはりフルート・ソロがパンの笛の役割を果たしている。幻想的で美しい曲だ。
フォーレの有名なシシリエンヌはメーテルリンクが書いた戯曲『ペレアスとメリザンド』の付随音楽である。劇は1893年にパリで初演された。フォーレの楽曲は1898年のロンドン公演(英語上演)で初披露となった。『ペレアスとメリザンド』はシベリウスも劇付随音楽を作曲しており、ドビュッシーによるオペラ版、シェーンベルクによる交響詩もあるので、聴き比べてみるのも一興だろう。
ラヴェル『序奏とアレグロ』はハープとフルート、クラリネットおよび弦楽四重奏のための七重奏曲。エラール社のダブル・アクション方式ペダルつきハープの普及のために同社より依嘱された作品なので、言わずもがなハープが大活躍する。しかしフルートも大変印象的な、珠玉の室内楽曲である。
イベールのフルート協奏曲は1934年に初演された。20世紀に生み出されたこのジャンルの最高傑作である。一言で評すなら軽妙洒脱。
ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲は1940年にダヴィッド・オイストラフの独奏で初演された。後にジャン=ピエール・ランパルがハチャトゥリアンにフルート協奏曲の作曲を依頼したところ高齢のため(当時65歳)新作は断ったものの、ヴァイオリン協奏曲の編曲を提案した。そこでランパルはフルートで吹くのは不可能な部分(低音や重音)を直して1968年に初演した。だからオリジナル作品ではないが、作曲家の「お墨付き」を得たアレンジである。英語では"edited by Jean-Pierre Rampal"と表記されている場合もあるので、「ランパル編集」の方が相応しいかも知れない。実は以前企画した記事〈決定版!ヴァイオリンの名曲・名盤 20選〉に大好きなこの曲を入れ損なったので、この機会に罪滅ぼしをしたい。ハチャトゥリアンはアルメニア人。バレエ音楽『ガイーヌ』の“剣の舞”や、浅田真央がフィギュアスケートのショート・プログラムで使用した劇音楽『仮面舞踏会』の“ワルツ”が有名。地方色豊かな作曲家である。
プロコフィエフのフルート・ソナタは第二次世界大戦中、独ソ戦のため作曲家がモスクワを離れて疎開していた時期に書かれ、1943年に完成した。初演を聴いたダヴィッド・オイストラフがプロコフィエフにヴァイオリン・ソナタに改作するよう熱心に勧め、翌44年にヴァイオリン・ソナタ第2番としてオイストラフとオボーリンが初演した。
有史以来、数あるフルート・ソナタの中でエスプリの効いたプーランクのソナタこそ紛れもない最高傑作だと信じて疑わない。宝石の輝き。1957年に完成し、ジャン=ピエール・ランパルのフルート、作曲家自身のピアノで初演された。コンサートホールで行われるフルート・リサイタルで現在一番人気の曲である。村上春樹の著書によると、プーランクは「私の音楽は、私がホモ・セクシュアルであることを抜きにしては成立しない」と語っていたそうだ。
アルゼンチン・タンゴの作曲家としてのみならず、バンドネオン奏者としても超一流だったアストル・ピアソラ。『タンゴの歴史』は1982年にベルギーで開催されたリエージュ国際ギターフェスティバルにおいて初演されたフルートとギターのための二重奏曲である。第1楽章“売春宿 1900”はブエノスアイレスの場末。第2楽章“カフェ 1930”の舞台は多分パリじゃないかな。ピアソラはこの花の都に留学し、ナディア・ブーランジェに師事した。そして第3楽章が“ナイトクラブ 1960”。1960年はピアソラがそれまで活躍の拠点としてたニューヨークからブエノスアイレスに帰国し、初めてキンテートを結成した年なので、どちらかの都市のナイトクラブを想定していると思われる。この年に作曲されたのが名曲『アディオス・ノニーノ』。タンゴ・ヌーヴォの誕生である。第4楽章“現代のコンサート”で時代は(作曲された時点では近未来の)1990年に飛び、タンゴは現代音楽と入り交じる。フルートは無調と調性音楽の間を曖昧模糊として揺蕩(たゆた)い、メロディ・ラインは消失する。本作は工藤重典のフルート、福田進一のギターで1984年に東京/音楽之友社ホールで日本初演された。その会場に武満徹も聴きに来ていたという。
武満徹『ウォーター・ドリーミング』はフルートとオーケストラのための10分程度の作品で、1987年に初演された。詳しい解説は下記事に書いた(イメージを喚起する写真付き)。
作曲法を独学で物にした武満はドビュッシーから多大な影響を受けている。だから『夢見る雨』『雨の樹』『雨の庭』『雨ぞふる』『海へ』『From me flows what you call time(私から”夢”と呼ばれるものが流れ出す)』等々、水をテーマにした作品が非常に多い(一方のドビュッシーには『海』『雨の庭』『水の反映』『水の精』『小舟にて』『沈める寺』といった作品がある)。 形が定まらない曖昧な存在、ゆらぎへの親近感こそ、武満の音楽の本質であると言えるだろう。またオーレル・ニコレのために作曲された無伴奏フルート独奏曲『声(ヴォイス)』『エア』といった作品もあり、特に1995年の『エア』は遺作となった。
エマニュエル・パユがテレマン『12の幻想曲』を順に並べ、間に20世紀以降の作品を挟み込んでいくという大変ユニークなソロ・アルバムを作成しており、武満の『声』『エア』も収録されている。これ、オススメ。
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