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2021年4月

アカデミー賞 2021答え合わせ

僕の2021年アカデミー賞予想で的中したのは23部門中18部門。外したのは主演女優賞/主演男優賞/撮影賞/短編ドキュメンタリー賞/歌曲賞の5部門。 

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星海社新書から刊行されている【なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」】の著者、 Ms.メラニーの的中が17部門なので、勝った!ちなみに2020年はどちらも17部門的中で引き分け、2019年は僕が16部門でMs.メラニーが15部門だった。また総合映画情報を発信するサイト「オスカーノユクエ」 氏の的中は18部門で同数だった。

今年最大のサプライズは主演男優賞のアンソニー・ホプキンス。これは授賞式の演出家(スティーブン・ソダーバーグ)にとっても番狂わせだったようで、通常なら作品賞の発表がトリになるはずなのに、今年は作品賞の後に主演男優賞が発表された。ここで大腸がんで死去したチャドウィック・ボーズマン(『ブラックパンサー』で有名、享年43歳)の名前が読まれて感動のフィナーレという目論見だったはず。しかし開封するとカードには英国の老人の名前が書かれており、しかも本人は高齢のため授賞式に出席していなかった。ショーは盛り上がらないし、裏方はあたふた。なんともみっともない幕切れとなった。

結局、本命と言われていた『マ・レイニーのブラックボトム』の主役二人は受賞出来なかったわけだが、これが何を意味するのか考えてみた。そして気が付いたのが、今までNetflix映画で主演女優賞・主演男優賞を受賞した俳優は皆無なんだよね(助演女優賞は2020年に『マリッジ・ストーリー』でローラ・ダーンが受賞している)。作品賞もそうなのだが、「ここだけは(劇場公開しない)配信映画に譲れない」というハリウッド映画人最後の意地なのかも知れない。

それにしてもフランシス・マクドーマンドは『ファーゴ』『スリー・ビルボード』『ノマドランド』で3度、主演女優賞を受賞したことになり、メリル・ストリープの記録(『クレイマー・クレイマー』で助演女優賞、『ソフィーの選択』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で2度主演女優賞を受賞)をある意味上回ったと言える。「ほんとにそれでええんか!?…」と思うのは僕だけ??

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2021年 アカデミー賞大予想!〜今年は白人・男性が圧倒的に不利!!そして銃規制問題が焦点になる。

恒例の第93回アカデミー賞受賞予想である。2021年の授賞式は日本時間4月26日に開催される(午前スタート)。相当自信がある(鉄板)部門には◎を付けた。

  • 作品賞:「ノマドランド」◎
  • 監督賞:クロエ・ジャオ「ノマドランド」◎
  • 主演女優賞:ヴィオラ・デイヴィス「マ・レイニーのブラックボトム」
  • 主演男優賞:チャドウィック・ボーズマン「マ・レイニーのブラックボトム」◎
  • 助演女優賞:ユン・ヨジョン「ミナリ」◎
  • 助演男優賞:ダニエル・カルーヤ「Judas and the Black Messiah」◎
  • 脚本賞(オリジナル):エメラルド・フェネル「プロミシング・ヤング・ウーマン」◎
  • 脚色賞:クリストファー・ハンプトン/フロリアン・ゼレール「ファーザー」
  • 視覚効果賞:TENET テネット
  • 美術賞:ドナルド・グレアム・バート「マンク Mank」◎
  • 衣装デザイン賞:アン・ロス「マ・レイニーのブラックボトム」
  • 撮影賞:ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ「ノマドランド」
  • 長編ドキュメンタリー賞:オクトパスの神秘 海の賢者は語る
  • 短編ドキュメンタリー賞:A Concerto Is a Conversation
  • 編集賞:ミッケル・E・G・ニルソン「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」
  • 国際長編映画賞:アナザーラウンド(デンマーク)◎
  • 音響賞:「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」◎
  • メイクアップ賞:「マ・レイニーのブラックボトム」◎
  • 作曲賞:トレント・レズナー/アティカス・ロスほか「ソウルフル・ワールド」◎
  • 歌曲賞:“lo Si (Seen)” 「これからの人生」
  • 長編アニメーション賞:ソウルフル・ワールド◎
  • 短編アニメーション賞:「愛してるって言っておくね」
  • 短編実写映画賞:「隔たる世界の2人」

アカデミー賞は常に時代を写す鏡である。大プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン逮捕(2018年)に端を発する #Metoo 運動の盛り上がりと、2020年5月のジョージ・フロイド事件で爆発したブラック・ライヴズ・マター(BLM) #BlackLivesMatter の成果がここで一気に結実する。

今回「白人」で「男性」であるということは圧倒的に不利。受賞者はことごとく有色人種と女性で埋め尽くされることになるだろう。21世紀現在のアメリカ合衆国においては「白人」として生まれたこと自体が「原罪」になったと言っても過言ではない。そもそも「白人」というだけでブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』のオーディションすら受けられないのだから(記事はこちら)。

『ノマドランド』で監督賞を受賞するクロエ・ジャオは中国生まれの女性。女性監督受賞は『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー以来、史上2人目である。アジア人としては『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ』で2度受賞した台湾のアン・リー、そして昨年『パラサイト』で受賞した韓国のポン・ジュノに続いて史上3人目となる。因みに日本の黒澤明は『羅生門』で名誉賞(後の外国語映画賞に相当)、ソ連で撮った『デルス・ウザーラ』で外国語映画賞を受賞したが、監督賞は受賞していない(なお外国語映画賞は2020年から国際長編映画賞に名称を改めた)。

助演女優賞を受賞するユン・ヨジョンは韓国人。アジア人女性の演技賞受賞は1957年の映画『サヨナラ』で助演女優賞に輝いたナンシー梅木(本名:梅木美代志)以来63年ぶり、史上2人目の快挙である。

今年一番予想が困難なのが主演女優賞。ヴィオラ・デイヴィスと『ノマドランド』フランシス・マクドーマンド、『プロミシング・ヤング・ウーマン』キャリー・マリガンの三つ巴の戦いである。誰が勝者になっても不思議じゃない。個人的にはお気に入りのキャリー・マリガンに是非獲ってもらいたい。僕が彼女を初めて観た映画が『17歳の肖像』(2009)。すっかり忘れていたが当時は“オードリー・ヘプバーンの再来” と呼ばれていたらしい。驚異的な演技だと僕が心底惚れ込んだのが『グレート・ギャツビー』のデイジー役と『ドライヴ』。何かね、彼女は男を狂わせる“不幸顔”なんだ。強く惹きつけられるオーラがある。なのでそろそろオスカーをあげて欲しいのだが、今年圧倒的に不利なのは彼女が白人であることなんだ。一方、ヴィオラ・デイヴィスは『フェンス』で助演女優賞を受賞しているので、今回主演女優賞に輝けば2つ目のオスカーということになる。彼女は他に『フェンス』の原作となった舞台版でトニー賞の主演女優賞、テレビドラマ『殺人を無罪にする方法』でプライムタイム・エミー賞の主演女優賞も受賞。〈演技の三冠王〉を達成した唯一の黒人俳優である。

僕の予想で一番自信が無いのは脚色賞。勢いがあるから『ノマドランド』のクロエ・ジャオかも知れない。もし彼女が獲ったら演技以外の主要部門(作品・監督・オリジナル脚本・脚色)は全て女性が制覇することになる。前代未聞の画期的事件だ。演技賞全員が有色人種というのも(実現すれば)凄いことだけどね。5年前の2016年は演技賞4部門の候補者20人が全員白人だったことで〈白すぎるオスカー〉と大反発を喰らい、スパイク・リー監督やウィル・スミスらが授賞式のボイコットを表明するなど大騒ぎになった。隔世の感がある。そうそう、今年長編アニメーション賞を受賞するピクサー映画『ソウルフル・ワールド』の主人公も黒人だしね。アニメも白人を主人公にし辛い時代になった。多様性(Diversity)が叫ばれている。

もう一つの大きな特徴は銃規制問題がクローズ・アップされるということ。短編アニメーション映画賞の有力候補『愛してるって言っておくね』は実際にあった学校での銃乱射事件をテーマにしている。短編実写映画賞の最有力候補『隔たる世界の2人』はタイム・ループものSFだが、白人警官の黒人に対する誤認・射殺問題を扱っている。さらに短編ドキュメンタリー映画賞候補『ラターシャに捧ぐ〜記憶で綴る15年の生涯〜』もロサンゼルスの商店で黒人の少女が万引きを疑われ、女店主に銃撃され死亡した事件を描く(事件の概要はこちら)。興味深いことにこの3作品、全てNetflixから配信されているんだ。

今年はNetflix配信映画が大量受賞するが、作品賞だけは譲れない。それがハリウッド映画人にとって最後の牙城なのである(監督賞は既にNetflixの『ROMA/ローマ』でアルフォンソ・キュアロンが受賞している)。

2020年は新型コロナウィルス蔓延のために大作映画が公開されず、アカデミー賞候補も大変地味なラインナップになった。特にレベルダウンが壊滅的なのが歌曲賞。どれも酷い。例年だと5秒聴いただけで「これだ!」とピンとくる曲があるのだけれど。例えばレディ・ガガが歌った『アリー/スター誕生』のシャロウ、コモンが歌った『グローリー』主題歌、『アナ雪』のレット・イット・ゴー。しかし今年はどこかで聴いたような凡庸な曲ばかり。その中で、強いて「他よりはマシ」と言えるのが“lo Si (Seen)”。歌詞がイタリア語なので不利だと言う人がいるが、そんなことはない。違うぞ、間違っている(by 『コードギアス 反逆のルルーシュ』)。嘗てアカデミー賞を受賞した『モーターサイクル・ダイアリーズ』の主題歌はスペイン語だったのだから。

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まともじゃないのは君も一緒

評価:A

Matomo

公式サイトはこちら。主演は成田凌と清原果耶。

美少女・清原果耶も、はや19歳である。僕が最初に彼女を観て「めっちゃ可愛い!」と思ったのは2017年に公開された実写映画版『3月のライオン』(前編後編)の川本ひなた役(撮影当時14歳)。三姉妹の次女で、三女を演じたのが新海誠監督(『君の名は。』『天気の子』)の娘・新津ちせだった。次がやはり漫画の実写映画化で2018年に公開された『ちはやふる -結び-」。この時共演した広瀬すずとは2019年に放送されたNHK連続テレビ小説『なつぞら』で姉妹を演じた。そして遂に2021年5月17日から始まる連続テレビ小説『おかえりモネ』ではヒロインを務める。また映画『花束みたいな恋をした』終盤、ファミレスで座っているカップルとして登場。それを見た有村架純が4年前に菅田将暉と出会ったばかりの頃の自分の姿に重ね、さめざめと泣くという重要なシーンがあった。正に飛ぶ鳥を落とす勢い、“令和のシンデレラ”まっしぐらである。もしかしたらNHK紅白歌合戦の司会もあるかも??2021年6月公開予定の映画『夏への扉』も絶対観に行く!!色気はないけれど、清潔感あるその佇まいは若き日の多部未華子を彷彿とさせる。

さて、筆者が清原果耶の大ファンであるということを差し引いても、『まともじゃないのは君も一緒』は紛うことなき傑作である。本作には「普通とは何か?」という大きな問いがあり、きちっと答えが用意されている。高田亮による軽妙な筆致のオリジナル脚本が素晴らしい。恋愛映画でもないし、青春映画とも言い切れない。ジャンル分け不能のユニークな作品である。

薄っぺらなチャランポラン野郎を演じた小泉孝太郎が秀逸。最高に可笑しかった。

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創作ミュージカル「OGATA浩庵の妻」が凄い!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2021(今年は保護者以外動画配信のみ)

こちらも併せてお読みください。

決定版!フルートの名曲・名盤 20選
・ 聴いておきたい吹奏楽の名曲、ベスト25
 聴いておきたい吹奏楽の名曲、アレンジ編

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 第16回定期演奏会は新型コロナウィルス感染拡大のため、2020年の第15回定期と同様に会場に一般客を入れず保護者のみ入場可として、動画配信となった。詳しくはこちら

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チケットはチケットぴあで販売中、動画配信プラットホーム「ULIZA(ウリザ)」での視聴となった。

ここで不満点を列挙しておきたい。

1)視聴券1,200円のみならず、システム利用料220円が加えて請求される。18%上乗せである。アホらしい。
2)スマートフォンかパソコンでの視聴となり、ソニーのブラビアやシャープのAQUOS(アクオス)など、スマートテレビに対応していないので不便。
3)音質が悪い。特に低音が貧弱。過去に観たことのある大阪桐蔭定期のDVDやBlu-rayの方が良い。

というわけで、次回から動画配信されるときは別のプラットホームを検討して戴きたい。

この定演の模様は日本テレビ『世界一受けたい授業』でも紹介され、浜辺美波が聴きながら涙ぐんでいた(彼女は学生時代に吹奏楽部でフルートを吹いていたそう)。またスタジオからのリクエストで演奏された『レ・ミゼラブル』〜“民衆の歌”のソロを歌った男子生徒に、ミュージカル・スター城田優が、「君、プロになれるよ」と褒め称えた。生徒さんたちにとって特別な体験となっただろう。

僕が初めて梅田隆司 先生(指揮)/大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の演奏を聴いたのは2007年、吹奏楽の甲子園・普門館だった。もう13年以上も前になる。

第55回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 前編 2007.10.25

定期演奏会を初めて聴いたのは10年前だった。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2011!@ザ・シンフォニーホール 2011.02.23

では今年の定演についてレビューしていこう。第1部は創作ミュージカル『OGATA浩庵の妻』から始まった。これが初演。スタッフは作曲:西村友、振付:洋あおい(元OSK日本歌劇団)、台本・演出・指揮:梅田隆司。幕末の医師・緒方洪庵とその妻が主人公(幕末を扱ったミュージカルとして、かつてスティーブン・ソンドハイム『太平洋序曲』という傑作があった)。3分割画面(スプリットスクリーン)というのが凝っているし、写真・動画やアニメーションまで駆使しているのがザッツ・エンターテイメント!台詞や歌詞が字幕表示されるのもありがたい。至れり尽くせりである。

タイトルから誰しも真っ先に連想するのは有吉佐和子の小説『華岡青洲の妻』だろう。1967年に増村保造監督が映画化し、キネマ旬報ベストテンで第5位にランクインした。若尾文子と高峰秀子が演じた嫁と姑の、火花を散らす対立が実にスリリングであった。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔手術(乳がん)を成功させた江戸時代の外科医で、欧米で初めて全身麻酔が行われたのは、青洲の手術の成功から約40年後である。彼は地元(現在の和歌山県)に医塾「春林軒(しゅんりんけん)」を開設し、全国から集った1000人を超える門下生を育てた。また後に大坂(「大阪」と漢字表記が変わるのは明治以降)の中之島に分校「合水堂」を開設し、弟に運営を任せた。

一方、緒方洪庵は医師・蘭学者。現在の大阪市中央区北浜に「適塾」を開いた。門下生には一万円札になった福沢諭吉(大坂・堂島出身、慶應義塾を設立)、大村益次郎(長州藩出身。医師のみならず兵学者としても活躍し、戊辰戦争勝利の立役者となった)、橋本左内(幕末の志士。将軍継嗣問題で一橋慶喜を担ぎ井伊直弼の不興を買って、安政の大獄で斬首の刑に処せられた)、手塚良仙(漫画家・手塚治虫の曽祖父。医師として西南戦争に従軍。九州で赤痢に罹り死去)らがいる。「適塾」は大阪大学医学部の前身であり、手塚治虫は漫画稼業の傍ら阪大医学部を卒業し医学博士となった。手塚の漫画『陽だまりの樹』は手塚良仙が主人公である。

『OGATA浩庵の妻』は台本が凝っていて、最初にショパン『英雄ポロネーズ』がピアノで演奏され、「英雄とは誰だ?」という問いが発せられる。その答えとしてまずショパンが生まれた1810年に全盛期だったナポレオンが挙げられ、さらにショパンと同年に生まれた緒方洪庵の話へと移る。ショパンは結核(細菌)で倒れたが、浩庵はやはり感染症である天然痘ウィルス治療に貢献した。ここで「何故、いま浩庵なのか?」という疑問が解ける。彼は天然痘撲滅のために大坂に「除痘館」を開き、種痘(予防接種)を始めた。これは新型コロナウィルス禍に苦しむ現在におけるワクチン接種に相当する。つまり構造が同じなのだ。

冒頭に演奏されるのが2016年全日本吹奏楽コンクール課題曲III:「ある英雄の記憶 」(西村友)。大阪桐蔭はこれで全国大会金賞に輝いた。NHK大河ドラマの音楽みたいで格好いい。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 サンタコンサート 2016 & 全日本吹奏楽コンクール「ポーギーとベス」の感想 2016.12.21

大阪桐蔭吹奏楽部の高校生がひょんなことから幕末の1857年にタイムスリップする。ここまでは漫画『信長協奏曲』とか『群青戦記』『JIN -仁-』など、よくある設定だ。特に『JIN -仁-』の主人公(医師)は江戸の西洋医学所で緒方洪庵に出会うので関係性が深い。しかし梅田先生が執筆した台本が極めてにユニークなのはここからである。主人公の高校生は何故か30年間の眠りにつき、1886年に目覚める。浩庵の妻・八重が亡くなる年だ。八重が30年間の思い出を語る。「適塾」と「合水堂」門下生の喧嘩、58年安政の大獄と橋本左内の死、60年桜田門外の変、66年薩長同盟締結、67年長州征討と大政奉還、68年江戸城無血開城、そして69年長州藩・大村益次郎暗殺に至る。するとそこから八重の思い出話は再び過去に遡り、49年洪庵が「除痘館」を開設したエピソードへ。そして最後は86年八重の告別式となる(洪庵の亡霊が八重を迎えに来てウィーン・ミュージカル『エリザベート』のフィナーレを彷彿とさせる)。

巨視的な作品である。また大阪の歴史が分かり勉強になるという点で、やはり梅田先生が台本を書かれ大阪桐蔭定演で初演された創作ミュージカル『河内湖』に通じるものがある。

創作ミュージカル「河内湖」初演!〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会 2015 2015.02.18

歴史は過去→現在→未来という具合に、出来事の起こった順番に〈通時的〉に語られるのが普通である。しかし『OGATA浩庵の妻』の手法は違う。時間は行ったり来たり複雑に錯綜する。これをソシュール(1857−1913)の言語学で〈共時的〉と言う。過去・現在・未来は同時にここにあるのだ。同じことをアンリ・ベルクソン(1859-1941、フランスの哲学者)の逆さ円錐モデルを用いて説明しよう。これをフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-1995)は彼の著書『シネマ』の中で〈結晶(時間)イメージ〉と呼んだ。

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上図・円錐の全体SABが洪庵の妻・八重の記憶に蓄えられたイマージュの総て(=結晶)。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。つまり目撃者となる高校生の主人公(=観客)の知覚である。平面Pは現在彼がいる世界そのもの。A"B"が幕末期〜明治維新に起こった出来事の記憶、更に遡ったA'B'は洪庵が「除痘館」 で種痘を始めた頃の記憶。過ぎ去り、死に向かう現在(S)と、保存され、生の核を保持する過去(A'B',A"B",A'"B'",……)は絶えず干渉しあい、交差しあう。主人公の少年(平面P)はこの円錐(八重の記憶)の中を自由に過去へと飛翔し、また戻ってくるのである。

この仕組/構造(structure)はフェデリコ・フェリーニ監督の映画『8 1/2』と同じであり、フェリーニの次の言葉がその本質を的確に教えてくれる。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」

共時的構造を持つ映画はそんなに多くない。非常に珍しいと言って良い。参考までに『8 1/2』以外の代表例を挙げておくと、イングマール・ベルイマン監督『野いちご』、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』(Arrival)、大林宣彦監督『はるか、ノスタルジィ』『さびしんぼう』『異人たちとの夏』『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』などがある。舞台ミュージカルになると更に稀で、スティーブン・ソンドハイムの『メリリー・ウィー・ロール・アロング』と、『8 1/2』を原作とする『NINE』(城田優主演版が現在DVD発売中)、そしてトニー賞で最優秀ミュージカル作品賞を受賞した『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』くらいか。

『OGATA浩庵の妻』は西村友の楽曲の良さも特筆に値する。僕は彼が劇団ひまわりのために作曲したミュージカル『銀河鉄道の夜』が大好きで(アニメ『進撃の巨人』ミカサ役の声優として知られる石川由依主演)、和製ミュージカルの5大傑作に入ると確信している。

大阪桐蔭高等学校吹奏楽部✕劇団ひまわり/ミュージカル「銀河鉄道の夜」 2017.01.22
大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定演/ミュージカル「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治の深層心理にダイブする。 2017.02.21

因みに僕が考える和製ミュージカル・ベスト5を挙げておこう(順不同)。

・ポーの一族(小池修一郎 作・演出/宝塚歌劇団)
・オケピ!(三谷幸喜 作・演出)
・銀河鉄道の夜(劇団ひまわり)
・キレイ ー神様と待ち合わせした女ー(松尾スズキ 作・演出)
・デスノート THE MUSICAL(フランク・ワイルドホーン 作曲/ジャック・マーフィー 作詞/栗山民也 演出)

本題に戻ろう。創作ミュージカル(幕末明治時代)に続いて、アニメ『鬼滅の刃』メドレー(大正時代)と『松田聖子』メドレー(昭和〜平成時代)が演奏された。『鬼滅の刃』はドラムメジャー(バトン)の生徒さんに注目!無茶苦茶上手い。TV『世界一受けたい授業』によると彼女は普段、コントラバス担当だそう。全日本マーチングコンテストに出場人数制限がかかって以降、梅田先生が参加をやめられたのは本当に残念だ。全員参加を基本理念にされていることは大変素晴らしいことだとは思うのだが……。まぁ結局、理不尽なルールを追加した(2013年度からドラムメジャーを含め81人以内と定めた)全日本吹奏楽連盟側が悪いのだ。

ところで“竈門炭治郎のうた”って、“マルセリーノの歌”(スペイン映画『汚れなき悪戯』主題歌)に似ていると思いません?賛同してくれる人いないかな(試聴はこちら)。それと『鬼滅の刃』の劇伴音楽を担当し、無限列車編の主題歌“炎(ほむら)”の作詞・作曲で日本レコード大賞に輝いた梶浦由記は本当に素晴らしい作曲家で、彼女の最高傑作は『魔法少女まどか☆マギカ』だと信じて疑わない。

「魔法少女まどか☆マギカ」を語ろう! 2012.03.14
反転する物語~「魔法少女まどか☆マギカ」の魅力 2013.11.19

第2部はまずドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』(全楽章ハイライト)とホルストの組曲『惑星』より“木星”が演奏された。『新世界より』は新型コロナウィルス禍で疲弊し、希望の光を求めて彷徨ういまの気分にピッタリ。『君の名は。』『天気の子』のRADWIMPSも2020年に『新世界』という歌を発表し、僕は強い衝撃を受けた。

Shin

なおドヴォルザークは鉄道マニアとして知られており、『新世界より』第4楽章冒頭部の加速は、SL機関車(大陸横断鉄道)の出発を描写しているのではないか、と言われている。更にこの曲は、ジョン・ウィリアムズが作曲した映画『ジョーズ』テーマの元ネタなのではないかと僕は睨んでいる(試聴はこちら。どうです、似ていると思いません?

ホルストの“木星”は平原綾香が歌った"Jupiter"としても有名だ。あと若い人は知らないかも知れないが、1976年に冨田勲のシンセサイザーによるアルバム『惑星』がリリースされ、アメリカのビルボードで1位にランクインするなど一世を風靡した。これも是非一度聴いて欲しい。2011年には再創造された"ULTIMATE EDITION"も出た。

Planets

『16年の歩み(嵐メドレー)』に続き、卒業生を送る曲(『ひまわりの約束』〜『泣き笑いのエピソード』)。この時なんと秦基博からのビデオメッセージが!いやはやなんともびっくりした。大阪桐蔭吹部は天童よしみやDA PUMPと共演したり、2019年に放送された『世界一受けたい授業』では堺正章やミュージカル女優の新妻聖子が彼らの伴奏で歌ったりするなど、生徒さんたちは恵まれている。心底羨ましい。卒業生を送る曲では3年生がひとりひとり、名前とともに1年生の時と現在の姿がスクリーンに映し出される。親御さんたちは感無量であろう。

ここで余談。僕が秦基博で忘れがたいのは新海誠監督のアニメーション映画『言の葉の庭』のクライマックス・シーンで歌った"Rain"。これはシンガーソングライターの彼としては珍しく、作詞・作曲:大江千里のカヴァーである。だからコンサートで歌うことはまずない。大江は関西学院大学(兵庫県西宮市)在学中に軽音部に所属し、神戸や芦屋などのライブハウスに出演していたという。というわけで僕は"Rain"の歌詞で描かれているのは阪急電車・今津線沿線の情景なんじゃないか、と勝手に妄想を膨らませて愉しんでいる。是非機会があれば『言の葉の庭』を観てみてください。

アンコールは言うまでもなく大阪桐蔭の十八番、『銀河鉄道999』。第1部の最後はリモート演奏による〜コロナver.〜、第2部の〆は通常バージョンによるパフォーマンスであった。僕は彼らの演奏を聞いて初めてこの作品に興味を持ち、映画版を観た。そして今年小学校4年生になった息子には映画版とTV版を見せた。音楽の力は偉大である。

松本零士「銀河鉄道999」とエディプス・コンプレックス〜手塚治虫/宮﨑駿との比較論 2016.07.07
「銀河鉄道999」に見る、松本零士の病理 2017.12.18

最後に。梅田先生、いつかミュージカル『OGATA浩庵の妻』を、生(ライヴ)で拝見できる日が来ることを心から希っております。それから来年以降定期演奏会で観たいミュージカルのリクエストをしておきます。

・ロミオとジュリエット(宝塚歌劇団が上演中のフレンチ・ミュージカル。城田優もロミオやティボルトを演じた)〜特に大阪桐蔭が歌って演奏する“エメ Aimer”や、“世界の王”が聴きたい!!
・壁抜け男(劇団四季が上演したミシェル・ルグラン作曲のフレンチ・ミュージカル。ブロードウェイでも上演された。DVD/Blu-ray発売中)

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決定版!フルートの名曲・名盤 20選

僕は中学生の頃からフルートを吹いていた。高校まで吹奏楽部に入部していたし、社会人吹奏楽団にも数年間所属していた。だからある程度この楽器には精通しているつもりである。

フルートは木管楽器とされる。いや、でもちょっと待って!モダン・フルートの素材は金・銀・プラチナなどである(値段によって異なる)。実質的に現在は金管楽器なのだ。しかし歴史を遡ると、フラウト・トラヴェルソと呼ばれていた時代は正真正銘木製だった。1831年から1847年の間にドイツ人テオバルト・ベームにより開発されたベーム式楽器の登場で金属製に変わったのである。それはフルートの機械化であり、「サイボーグ化」と評した日本の某バロック・チェロ奏者もいる。フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)時代は音階を作るために開けられた穴を(リコーダーのように)指で直接塞いでいたが、ベーム式では穴が大きくなり、可動式の蓋で覆うカバードキーが主流になった(詳しくはこちら)。この改良により、楽器の音が大きくなった。つまり教会や王宮の間、サロンといった小さな空間から、数千人を収容できるコンサートホールでの演奏が可能になったのである。ベーム式が生まれていなければ、軍楽隊やマーチングバンドなど屋外でフルートが活躍することは難しかっただろう。

フラウト・トラヴェルソは「横笛」を意味する。〈トラヴェルソ=横〉であり、英語ではtraverse。縦笛のリコーダーと対立する概念であり、フラウト・トラヴェルソ時代の音色はリコーダーにかなり近かった。だからバロック期のフルートのための楽曲は、しばしばリコーダーでも演奏される。例えばフランス・ブリュッヘンによる『ヴィヴァルディ:フルート協奏曲集』の録音はリコーダーによるもの。しかしリコーダーは大きな音が出ないので、ハイドンやモーツァルトなど古典派の時代以降衰退した。その過渡期を象徴する名曲が『テレマン:リコーダーとフルートのための協奏曲 ホ短調 TWV 52:e1』である。リコーダーの黄昏と、新しい楽器フルートの台頭が音楽の中でせめぎ合っている。

20世紀前半、フラウト・トラヴェルソ奏者はとっくに絶滅していた。フランス・ブリュッヘン、アンナー・ビルスマ(チェロ)らが古楽器を用いてピリオド・アプローチ(時代奏法)に取り組み始めたのは1960年代のことである。その復興運動にクイケン三兄弟(長男ヴィーラント:ヴィオラ・ダ・ガンバ、次男シギスヴァルト:ヴァイオリン、三男バルトルド:フルート)が加わり、1972年にラ・プティット・バンドを結成した。

ブリュッヘンは当初リコーダー奏者としてキャリアをスタートさせ、途中からフラウト・トラヴェルソ奏者としての腕を磨いた。しかし1981年に18世紀オーケストラを結成し指揮者に転向して以降はフラウト・トラヴェルソを吹くことがなくなり、彼が所有していた楽器の殆どを有田正広に譲渡した。バルトルド・クイケンはハーグ音楽院でフランツ・ヴェスターにフラウト・トラヴェルソを、ブリュッヘンにリコーダーを学んだ。 有田正広は1973年にオランダに留学し、フラウト・トラヴェルソをバルトルド・クイケンに師事した。ただし有田とバルトルドはどちらも1949年生まれ、同い年である。そして有田の教え子がバッハ・コレギウム・ジャパンの前田りり子や菅きよみ。つまりバロック・フルート奏者の第1世代がブリュッヘン、第2世代が有田とバルトルド、第3世代が前田や菅ということになる。

さて、これから紹介する楽曲の音源の良し悪しを見定める方法を指南しよう。バロック時代からモーツァルトまではモダン・フルートではなく、フラウト・トラヴェルソによる演奏をお勧めする。有田正広かバルトルド・クイケンが吹いているものは間違いなし。太鼓判を押せる。但し、モダン楽器でもベルリン・フィル首席奏者エマニュエル・パユの演奏なら文句なく素晴らしい。彼は古楽をノン・ヴィブラートで吹くなどピリオド(時代)・アプローチに長けている。また協奏曲では古楽器オーケストラと共演している。

ロマン派(ライネッケ)以降の作品ならエマニュエル・パユ、マチュー・デュフォー、シャロン・べザリー、オーレル・ニコレ、ジャン=ピエール・ランパル、パトリック・ガロワ、工藤重典らの演奏を推す。

パユの凄さは弱音の美しさにある。彼は吹く息を100%音に変換出来る類稀な能力を持っている。何はさておき彼の演奏を聴いて欲しい。

マチュー・デュフォーはかつてシカゴ交響楽団の首席奏者としてブイブイ言わせていた。2009年にグスターヴォ・ドゥダメルがロサンゼルス・フィルの音楽監督に就任するとデュダメルに懇願されロス・フィル首席奏者を兼任。2015年9月からはベルリン・フィル首席としてパユと共に活躍している。

シャロン・べザリーはイスラエル生まれのフルート奏者。彼女は12歳のときからムラマツのフルートを愛用しており、現在はムラマツ特製24Kゴールドを吹いている(詳しくはこちら)。

なお、僕は有田正広、バルトルド・クイケン、エマニュエル・パユ、マチュー・デュフォー、工藤重典の生演奏をコンサートホールで聴いたことがある。

まず手始めに、有田正広の『パンの笛〜フルート、その音楽と楽器の400年の旅』(2CD)からどうぞ。音楽配信サービスSpotifyでも聴けます。

Arita

ルネサンス期から現代音楽まで、作曲された時代に合った13本にのぼるフルートで演奏している。こんな芸当が出来るのは世界広しといえど、有田ただ一人ろう。伴奏楽器もイタリアンとフレンチのチェンバロ、フォルテピアノ、ピアノ(エラール)と使い分けている。特にF.クープラン作曲『恋のうぐいす』に注目!古(いにしえ)よりフラウト・トラヴェルソは鳥の声を模す楽器として使われた。その伝統はベートーヴェンの交響曲第6番『田園』第2楽章や、20世紀にプロコフィエフが作曲した交響的物語『ピーターと狼』にも引き継がれている。

ではフルートの名曲ベスト20を、ほぼ作曲された年代順に挙げていこう。

オトテール:(フルート・トランヴェルシェールとバッソ・コンティヌオのための)組曲第3番 ト長調 作品2の3 
・F.クープラン:王宮のコンセール第4番 
・J.S.バッハ:フルート・ソナタ ロ短調 BWV 1030 
・ルクレール:フルート・ソナタ ホ短調 Op.2 No.1 
・ヴィヴァルディ:フルート協奏曲「夜」「ごしきひわ」 
・ブラヴェ:フルート・ソナタ ニ短調 Op.2 No.2「ラ・ヴィブレ」
・テレマン:(無伴奏フルートのための)12のファンタジア 
・ラモー:コンセール用クラヴサン曲集からコンセール第5番 
・C.P.E.バッハ:フルート協奏曲 ニ短調 Wq.22
・モーツァルト:フルート四重奏曲 第1番
・ライネッケ:フルート・ソナタ「ウンディーネ」
・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲 
・フォーレ:劇付随音楽「ペリアスとメリザンド」よりシシリエンヌ 
・ラヴェル:序奏とアレグロ 
・イベール:フルート協奏曲
・ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲(ジャン=ピエール・ランパル編)
・プロコフィエフ:フルート・ソナタ 
・プーランク:フルート・ソナタ
・ピアソラ:タンゴの歴史 
・武満徹:ウォーター・ドリーミング

バロック期のイタリアの作曲家、ヴィヴァルディやコレッリ、タルティーニはヴァイオリンを主体とする楽曲が多い。その一方、フランスの作曲家は相対的にフルートを使った楽曲が目立つ。イタリアは昔からヴァイオリン製作の伝統があり、ストラディバリ父子、グァルネリ一族、アマティ一族といった優秀な楽器製作者たちを輩出した。一方、有名なフルート奏者は大抵がフランス人かスイス人(フランス語圏)である。エマニュエル・パユとオーレル・ニコレ、ペーター=ルーカス・グラーフはスイス出身、マチュー・デュフォー、ジャン=ピエール・ランパル、パトリック・ガロワ、マクサンス・ラリューらはフランス人である。

ジャック・オトテールはフランス盛期バロック音楽の作曲家でありフルート奏者。管楽器職人の家庭に生まれた生粋のパリジャンである。彼は沢山のフルートのための音楽を作曲し、フラウト・トラヴェルソ(楽器)の改良にも貢献した。1708年に出版された組曲 第3番は6曲から成り、〈サン・クルーの滝/ラ・ギモン/無関心な人/嘆き/かわいい子/イタリア女〉という副題が付いている。

フランソワ・クープランはオルガニスト、クラヴサン奏者としてルイ14世に仕えた。フランス印象派のモーリス・ラヴェルが作曲した『クープランの墓』(ピアノ独奏曲、後に管弦楽版に編曲された)はクープランが活躍した時代に思いを馳せた作品である。『王宮のコンセール』に楽器の指定はない。様々な種類の楽器を組み合わせた編成で録音されている。例えばオーボエ、チェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ。あるいはオーボエ、チェンバロ、ファゴット。チェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバのみというのもある。1714-15年にヴェルサイユ宮殿で日曜に行われていた演奏会ではクープラン自身がチェンバロを弾いて、他にヴァイオリン、オーボエ、フルートといった面々で演奏された。因みにコンセールとはバロック音楽におけるフランス式の管弦楽組曲を指す。お勧めの音源はサヴァール/コンセール・ド・ナシオン。工藤重典(フルート)とリチャード・シゲール(チェンバロ)の演奏も好い。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハのロ短調ソナタは1717年から1723年、ケーテンの宮廷楽長だった頃の作品だろうと言われている。大バッハの音楽にはゴシック建築のような堅固さ、数学的緻密さがある。そして音符が規則正しく動く楽譜自体が美しい。まるで幾何学模様だ。凛とした佇まいの楽曲。

ルクレールのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集

    第Ⅰ巻:作品1(12曲) 第Ⅱ巻:作品2(12曲) 第Ⅲ巻:作品5(12曲) 第Ⅳ巻:作品9(12曲) 

のうち、9曲が楽譜に「フルートでも演奏可能」と指示されており、フルート・ソナタとして知られている。雅(みやび)で上品、そして、そこはかとなく哀しい。ルクレールはルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが、地位をめぐる内部抗争で辞任、ハーグの宮廷楽長となった。しかし晩年は貧民街に隠れ住むようになり、惨殺死体となって発見されるという劇的最後を遂げる。犯人は未だ不明。なんともミステリアスだ。

「疾風怒濤」といえばドイツ語のSturm und Drang(シュトルム・ウント・ドラング)の訳語で、十八世紀後半のドイツの文学運動を指す。だから「疾風怒濤の音楽」といえばハイドンの中期交響曲(26番-59番)やC.P.E.バッハの独壇場なのだが、僕はイタリアの作曲家ヴィヴァルディの音楽も疾風怒濤という表現が当てはまるように思う。フルート協奏曲『海の嵐』『ごしきひわ』『夜』等にもその感じが良く出ている。『ごしきひわ』はタイトル通り、鳥の鳴き声を模倣している。

ミシェル・ブラヴェはルイ15世時代に宮廷などで活躍したフルート奏者・作曲家。1732年に出版された作品2のソナタ集はフランス様式とイタリア様式を融合させるという考えの基に作曲された。Op.2,No.2 "La Vibray"はフランス語で振動や声や音の反響や、心の震え・揺さぶりなどを表す。快活で清涼。爽やかな一陣の風が吹き抜けるよう。愁いを湛えたOp.2,No.4『ルマーニュ』や、1740年に出版された作品3の第2番、第3番、第6番も好い。“ギャラント”(華麗な、優美な)様式が押し進められ、楽章数が少なくなり、より近代的になっている。

テレマンのファンタジー(幻想曲)は12の異なる調性が用いられており、無伴奏というのが野心的で、遊び心がある作品。J.S.バッハのイ短調パルティータ、次男C.P.E.バッハのイ短調ソナタと並んで、18世紀の無伴奏フルート独奏曲三大傑作の一つ。ある意味宇宙的広がりを感じさせる。

ラモーの『コンセールによるクラヴサン曲集』はヴァイオリン+ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)+クラヴサン(チェンバロ)あるいは、フルート+ヴァイオリン+ヴィオラ・ダ・ガンバ+クラヴサンという編成による合奏曲集。クラヴサンのパートを伴奏(通奏低音)としてではなく、独立した声部として扱った最初期の作品のひとつとされる。ルイ15世(1715-74在位)時代ののロココ趣味を反映した華やかな世界を堪能されたし。有田正広のCDが代表盤だが、バルトルド・クイケンやランパルの録音もある。なおクラヴサンはフランス語で、ドイツ語とイタリア語がチェンバロ、英語ではハープシコードとなる。

C.P.E.バッハはJ.S.バッハの次男。先に書いたように彼の音楽的特徴は「疾風怒濤」であり、その資質はハイドンに受け継がれた。無伴奏ソナタも傑作なのだが、ここは荒れ狂い躍動感に満ち溢れたニ短調の協奏曲を推す。独奏者とオーケストラの丁々発止のやりとりを堪能して頂きたい。

天衣無縫の作曲家モーツァルト。フルートとハープのための協奏曲も好いのだが、ここは意外と知られていない名曲、フルート四重奏曲 第1番を推す。清涼感があり、癒やされる。

ライネッケはドイツ・ロマン派の作曲家。1824年生まれなのでブラームスより9歳年長である。フルート・ソナタ『ウンディーネ』は1881年の作品。ウンディーネは水の精霊。事前にフリードリヒ・フーケの同名小説か、ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』を読まれておくと、曲を聴きながらイメージが湧くだろう。そしてこの幻想的雰囲気は『ペレアスとメリザンド』に継承されていく。

ドビュッシーは無伴奏フルート作品『シランクス』を取り上げるべきかも知れない。元々は劇の付随音楽で当初『パンの笛』と名付けられていた。で管弦楽曲『牧神の午後への前奏曲』の牧神=パンであり、やはりフルート・ソロがパンの笛の役割を果たしている。幻想的で美しい曲だ。

フォーレの有名なシシリエンヌはメーテルリンクが書いた戯曲『ペレアスとメリザンド』の付随音楽である。劇は1893年にパリで初演された。フォーレの楽曲は1898年のロンドン公演(英語上演)で初披露となった。『ペレアスとメリザンド』はシベリウスも劇付随音楽を作曲しており、ドビュッシーによるオペラ版、シェーンベルクによる交響詩もあるので、聴き比べてみるのも一興だろう。

ラヴェル『序奏とアレグロ』はハープとフルート、クラリネットおよび弦楽四重奏のための七重奏曲。エラール社のダブル・アクション方式ペダルつきハープの普及のために同社より依嘱された作品なので、言わずもがなハープが大活躍する。しかしフルートも大変印象的な、珠玉の室内楽曲である。

イベールのフルート協奏曲は1934年に初演された。20世紀に生み出されたこのジャンルの最高傑作である。一言で評すなら軽妙洒脱。

ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲は1940年にダヴィッド・オイストラフの独奏で初演された。後にジャン=ピエール・ランパルがハチャトゥリアンにフルート協奏曲の作曲を依頼したところ高齢のため(当時65歳)新作は断ったものの、ヴァイオリン協奏曲の編曲を提案した。そこでランパルはフルートで吹くのは不可能な部分(低音や重音)を直して1968年に初演した。だからオリジナル作品ではないが、作曲家の「お墨付き」を得たアレンジである。英語では"edited by Jean-Pierre Rampal"と表記されている場合もあるので、「ランパル編集」の方が相応しいかも知れない。実は以前企画した記事〈決定版!ヴァイオリンの名曲・名盤 20選〉に大好きなこの曲を入れ損なったので、この機会に罪滅ぼしをしたい。ハチャトゥリアンはアルメニア人。バレエ音楽『ガイーヌ』の“剣の舞”や、浅田真央がフィギュアスケートのショート・プログラムで使用した劇音楽『仮面舞踏会』の“ワルツ”が有名。地方色豊かな作曲家である。

プロコフィエフのフルート・ソナタは第二次世界大戦中、独ソ戦のため作曲家がモスクワを離れて疎開していた時期に書かれ、1943年に完成した。初演を聴いたダヴィッド・オイストラフがプロコフィエフにヴァイオリン・ソナタに改作するよう熱心に勧め、翌44年にヴァイオリン・ソナタ第2番としてオイストラフとオボーリンが初演した。

有史以来、数あるフルート・ソナタの中でエスプリの効いたプーランクのソナタこそ紛れもない最高傑作だと信じて疑わない。宝石の輝き。1957年に完成し、ジャン=ピエール・ランパルのフルート、作曲家自身のピアノで初演された。コンサートホールで行われるフルート・リサイタルで現在一番人気の曲である。村上春樹の著書によると、プーランクは「私の音楽は、私がホモ・セクシュアルであることを抜きにしては成立しない」と語っていたそうだ。

アルゼンチン・タンゴの作曲家としてのみならず、バンドネオン奏者としても超一流だったアストル・ピアソラ。『タンゴの歴史』は1982年にベルギーで開催されたリエージュ国際ギターフェスティバルにおいて初演されたフルートとギターのための二重奏曲である。第1楽章“売春宿 1900”はブエノスアイレスの場末。第2楽章“カフェ 1930”の舞台は多分パリじゃないかな。ピアソラはこの花の都に留学し、ナディア・ブーランジェに師事した。そして第3楽章が“ナイトクラブ 1960”。1960年はピアソラがそれまで活躍の拠点としてたニューヨークからブエノスアイレスに帰国し、初めてキンテートを結成した年なので、どちらかの都市のナイトクラブを想定していると思われる。この年に作曲されたのが名曲『アディオス・ノニーノ』。タンゴ・ヌーヴォの誕生である。第4楽章“現代のコンサート”で時代は(作曲された時点では近未来の)1990年に飛び、タンゴは現代音楽と入り交じる。フルートは無調と調性音楽の間を曖昧模糊として揺蕩(たゆた)い、メロディ・ラインは消失する。本作は工藤重典のフルート、福田進一のギターで1984年に東京/音楽之友社ホールで日本初演された。その会場に武満徹も聴きに来ていたという。

武満徹『ウォーター・ドリーミング』はフルートとオーケストラのための10分程度の作品で、1987年に初演された。詳しい解説は下記事に書いた(イメージを喚起する写真付き)。

作曲法を独学で物にした武満はドビュッシーから多大な影響を受けている。だから『夢見る雨』『雨の樹』『雨の庭』『雨ぞふる』『海へ』『From me flows what you call time(私から”夢”と呼ばれるものが流れ出す)』等々、水をテーマにした作品が非常に多い(一方のドビュッシーには『海』『雨の庭』『水の反映』『水の精』『小舟にて』『沈める寺』といった作品がある)。 形が定まらない曖昧な存在、ゆらぎへの親近感こそ、武満の音楽の本質であると言えるだろう。またオーレル・ニコレのために作曲された無伴奏フルート独奏曲『声(ヴォイス)』『エア』といった作品もあり、特に1995年の『エア』は遺作となった。

エマニュエル・パユがテレマン『12の幻想曲』を順に並べ、間に20世紀以降の作品を挟み込んでいくという大変ユニークなソロ・アルバムを作成しており、武満の『声』『エア』も収録されている。これ、オススメ。

Solo

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今年のアカデミー作品賞・監督賞最有力!映画「ノマドランド」と哲学者ジル・ドゥルーズの思想

評価:A+ 公式サイトはこちら

Nomado

映画『ノマドランド』(中国語タイトル:無依之地)の監督は中国で生まれ、アメリカ合衆国で活躍するクロエ・ジャオ。主人公ファーン役のフランシス・マクドーマンドとデヴィッド役デヴィッド・ストラザーン以外は実際に車上生活を送っている人々が起用され、本名で出演している。この手法はジャオ監督の前作『ザ・ライダー』を踏襲している。

40代のあるときマクドーマンドは夫(映画監督のジョエル・コーエン)に、こんなことを言った。「65歳になったら私は名前をファーンに変えて、ラッキーストライク(煙草)を吸い、ワイルドターキー(バーボン)を飲み、RV車を手に入れて旅に出るわ」これが役名の由来である。そして彼女の人生のエピソードの数々がシナリオに反映されている。ヴァン(VAN)の中にある食器や家具、小物は彼女の私物だ(詳しくはこちら)。

本作の主題をより深く理解するためには、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-1995)が打ち立てた〈ノマド〉という概念を知っておくと大いに役に立つだろう。

〈ノマド〉とは遊牧民のこと。ドゥルーズがドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)について論じた『ノマドの思考』から要点を説明しよう。

ニーチェにとって社会とは、法、契約、制度という3つのコード(構成員が共有する暗号/符丁/決まりごと)に従って回る、人間を縛る官僚的構造である。集団行動していくために必要とされているものだが、人が生まれながらにして持っている資質を覆い隠し、触れ合うことを難しくしている。ニーチェはそこからの逃走、〈脱コード化〉を試みる。〈脱コード化〉とは、3つのコードが縦横無尽に走る社会という枠を越えて、「外」と直接接続すること。「外」との関係にこそ、人間の本来あるべき姿があるとニーチェは確信していた。これは〈脱領土化〉とも言い換えられる。

ドゥルーズにとって〈ノマド〉として生きるとは、新たなものを生成し、閉塞からの〈逃走線を描く〉ことを意味する。最も大切なのは〈生成変化〉すること。フランス語では"devenir"(ドゥヴニール:〜になる、〜に変わる)。つまりドゥルーズの思想は、固定的・官僚的な〈縦の秩序〉よりも、流動的・遊牧民的な〈横のつながり〉の方が新たな価値を生むという考え方である。

ここで僕なりの補足をしておくと、ニーチェ哲学の根底には反キリスト教(anti-christ)があった(ユダヤ教と共通する聖典、旧約聖書を含む)。法=ユダヤ教の律法であり、モーセの十戒がその典型。契約とは神との契約であり、制度=教会の組織を意味した。「人間を縛る官僚的構造」とは教会であり、原罪もしかり。人は生まれながらに「罪人(つみびと)」という枷をはめられている。ニーチェは〈神〉とか〈神の国=天国〉、〈真理〉、プラトン哲学が説く〈イデア〉といった永遠に不変・不滅のものを憎んだ。それらに対抗する概念として彼が生み出したのが〈永劫回帰〉である。〈永劫回帰〉は絶えず動き続ける。ドゥルーズが提唱する〈ノマド〉はニーチェの〈永劫回帰〉の言い換えであると断じても、あながち間違ってないだろう。また、唯一の真実の〈神〉への対抗馬としてニーチェが打ち立てたのが、その著書『ツァラトゥストラはかく語りき』で述べられる〈超人〉。つまり人間が〈神〉の代わりを務めればいいじゃん、ということ。スタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』の“スター・チャイルド”であり、押井守監督『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のラストでインターネットの海に旅立った草薙素子、そして新房昭之監督『魔法少女まどか☆マギカ』における“アルティメットまどか”がそれに該当する。

『ノマドランド』を観ていて、思い出す光景が幾つかある。まずTV『大草原の小さな家』(特に最初のパイロット版『旅立ち』)で描かれたインガルス一家。そしてジョン・スタインベック原作、ヘンリー・フォンダ主演、ジョン・フォード監督の映画『怒りの葡萄』、そしてリチャード・ギア主演、テレンス・マリック監督の映画『天国の日々』の季節労働者たち。アメリカの西部開拓史そのものが〈ノマド〉としての生き様だった。

『ノマドランド』の登場人物たちが車上生活を送るようになったきっかけは2008年に発生した未曾有の経済危機リーマン・ショックである。これは『怒りの葡萄』で描かれる農民一家の放浪が1929年の世界恐慌に端を発するのと同じ構造を持っている。

また『ノマドランド』のファーンは季節ごとに毎年何処で働くかを決めているので(例えばAmazonの倉庫での梱包作業)、『天国の日々』の季節労働者に近い。サイクルがある彼女の行動パターンは〈ノマド〉というよりも、ニーチェが言う〈永劫回帰〉であろう。

『ザ・ライダー』に続き、『ノマドランド』も朝日が昇る時刻や夕刻の〈マジックアワー〉(日の出前や日没後、太陽はないが辺りが薄明かりに包まれる約20分くらいの時間帯) に撮影された場面が多い。そういう意味においてもネストール・アルメンドロスが撮影監督を務めた『天国の日々』を彷彿とさせる。

「私はホームレスじゃない。ハウスレスなの」とファーンは言う。彼女にとってのHomeはキャンピングカーであり、自分の心の中にあるもの。HomeとHouseの違いは何か?それは移動が可能か、否かにある。

観終えて茫洋とした寂寞感に襲われる、深く、ほろ苦い味わいの作品である。ここに人の生の輝き、原石がある。

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映画「ミナリ」と、ハリウッド実写版「君の名は。」

評価:B+

 Minari

公式サイトはこちら

映画『ミナリ』のリー・アイザック・チョン監督は、新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』のハリウッド実写版監督に決まっている。当初は『アメイジング・スパイダーマン』『(500)日のサマー』のマーク・ウェブがメガフォンを取ると発表されていたのだが、降板した。チョン監督の『君の名は。』についてのコメントはこちら。ドゥニ・ヴィルヌーブ監督『メッセージ』でアカデミー脚色賞にノミネートされたエリック・ハイセラーが執筆したシナリオを現在リライト中とのこと。

『ミナリ』とは韓国語で香味野菜のセリ(芹)のこと。在米韓国人一家の生き様を描いており、会話の50%以上が韓国語ということでゴールデングローブ賞の作品賞(ドラマ部門/コメディ部門)候補対象外となり、外国語映画賞にノミネートされたことで物議を醸した。正真正銘のアメリカ映画なのに、英語以外は「外国語」なのか?という問いがそこにはあった(結局、外国語映画賞を受賞)。ゴールデングローブ賞は現在87名いる外国人映画記者協会メンバーのうち黒人が1人もいないことに対しても激しく非難を浴びた。よって来年までに少なくとも13人は黒人会員を入れると声明を発表している。 なおアカデミー賞で本作は作品・監督・主演男優・助演女優・オリジナル脚本・作曲の6部門にノミネートされた。

TV『大草原の小さな家』とか、日本の『北の国から』を彷彿とさせる雰囲気がある。スルメのように噛めば噛むほど味が出る作品だ。本作中に登場するセリ(minari)は幾多の困難を乗り越えてそこにしっかり根を張っていく家族を象徴している。

さて、ハリウッド版『君の名は。』はどんな作品になるだろう?多様性(diversity)が叫ばれる昨今だから主人公の男女の人種は当然変えてくるだろう。片方は多分アジア人。韓国系にするか、オリジナルを尊重して日系にするか?そして相手は黒人か、ヒスパニック、それともアメリカ先住民?多分白人はないだろう。いろいろと想像するだけで楽しくなる。

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