◯自尊心(pride):『自尊心』とは自分自身を尊重する気持ちであり、『自己肯定感』と言い換えることも出来る。「自分には何かしらの価値がある」という幻想であり、生きる意味を見出すこと。
人は自尊心がなければ生きていけない。「自分には何の価値もない」「生きる意味がない」と感じると自身を大切に出来ず、リストカットなど自傷行為に走ったり、最終的には自殺に至る。その典型が〈境界性パーソナリティ障害〉や〈うつ病〉である。
自尊心は幼少期に育まれる。親から愛され、「あなたは私の宝物」と大切にされ、「よくできました」「賢いね」と褒められたり、存在を肯定されることが大切。子供の頃に家族離散や育児放棄、児童虐待などを経験すると〈愛着障害〉を生じ、自尊心が損なわれる。
◯差別(discrimination):『自尊心』を持つ手っ取り早い方法は他者との比較である。社会は他者との関係性で成り立っている。「私はあいつよりも賢い(学歴自慢)」「あいつより容姿端麗だ」「ピアノ・コンクールで優勝した(特技自慢)」「財産が沢山ある」「都会に住んでいる」「家柄が良い(出自自慢)」「有名人と顔見知りだ(人脈自慢)」「子供が東大に合格した(家族自慢)」といったことで自信が持てる。後者3つは「人の褌(ふんどし)で相撲を取る」ことに過ぎないのだが……。これらの行為は他者との比較だから、差別意識が生まれる。「無学な奴め」「ブス」「この負け犬(loser)が!」「貧乏人」「田舎者」。世の中には悪口しか言わない人がいる。彼らは他者を貶めることで、相対的に『自尊心』を保っている。自分自身には何も誇れるものがないから。
◯身分制度:インドなどヒンドゥー教にはカーストという身分制度がある。日本も江戸時代には武士・平人(ひらびと)・賤民という三つの身分層で成り立っていた(昔、小学校で習った『士農工商』という制度があったという説は現在では否定されている)。百姓と町人が平人、穢多(えた)と非人(ひにん)が『人外』として賤民に相当した。ちなみに人口全体に占める割合は百姓が85%、武士7%、町人5%、穢多・非人が1.5%程度だった(残る1.5%は公家・神官・僧侶)。身分の差も『自尊心』の拠り所となる。
◯植民地支配:ヨーロッパ諸国が嘗て行った植民地支配やアメリカ合衆国の奴隷制度とは、身も蓋のない言い方をすれば他国の資源の搾取である。資源とは土地・鉱物(金やダイヤモンド)・動物(象牙や毛皮)・人材などを指す。その意味で泥棒・バイキング・海賊と何ら変わらない。しかし自分たちが単なる泥棒や海賊だとは思いたくない。それでは『自尊心』が保てない。そこで彼らが心理的に実行したのが現地人の差別である。「アフリカの黒人は家畜と何ら変わらない。だから豚や牛と同等に扱っても構わない」「インディアン(アメリカ先住民)には文化と呼べるものが何もない。彼らは資源を有効活用出来ない。宝の持ち腐れだ。だから私達が奪っても問題ない。野蛮人は殺せ!」
これはナチス・ドイツがユダヤ人を劣等民族と決めつけ虐殺し、彼らの富を奪ったことに似ている。銀行を経営するなど大財閥として栄華を誇ったロスチャイルド家も追放され、全財産は没収された。
日本が東南アジアの国々を植民地にしていたとき、学校を建てて現地の子供達を熱心に教育しようとした。しかし欧米人は決して、アフリカ人やアメリカ先住民を教育しようという発想がなかった。家畜に教育は不要だからである。
◯黒=邪悪?:欧米人のウエディングドレスは白と決まっている。白は純粋無垢の象徴であり、汚れのない色。人は二項対立で思考するので、対象的な黒色は邪悪とみなされた。忌むべき喪服は黒と決まっている(日本人の喪服が黒になったのは様式慣行が入ってきた明治維新以降。それまでは白だった。切腹の際も白無垢)。
日本語でも「無罪か有罪か」のことを「白か黒か」と言うし、「腹黒い」という表現もある。英語では邪悪なことを"black-hearted"という。またblackの縁語であるdarknessは「暗闇」「心の闇」「腹黒さ」「邪悪」を意味する。闇夜は視界が効かないので古代人は幽霊とか怪物を空想した。だから白人が黒人に対してそういう悪いイメージを無意識に付与するのもわからなくはない。
また旧約・新約聖書において、神は白のイメージである。
逆に悪魔は黒。
旧約聖書によると神は自分の姿を模して人を創った。つまり人は神の似姿なのだ。ということは、聖書を書いたのは古代イスラエル人・ユダヤ人であり、神は白人ということになる。だから二項対立として黒人=悪魔という先入観を彼らが持っていたとしても何ら不思議はない。実際、ローマ・カトリック教会に反発するサタン崇拝者の儀式を黒ミサ(black mass)と呼ぶ。
ワーグナーのオペラ『ローエングリン』は白鳥が純潔とか無垢の象徴として登場する。一方、チャイコフスキーのバレエ『白鳥の湖』では邪悪の化身として黒鳥(black swan)が登場する。
◯暗黒大陸と無文字社会:嘗てヨーロッパ人はアフリカのことを『暗黒大陸』と呼んだ。黒人が住んでいるからそう呼称されたと誤解している人がいるが、それは間違い。未開の地であり、鬼が出るか蛇が出るか予測がつかないというニュアンスである。アフリカの地理に関して無知であるという『暗黒』だけではなく、 野蛮なイメージが付加されていた。
ヨーロッパと比較するとアフリカには歴史的建築物はないし、遺跡もない。「ここには文化がない」と彼らは考えた。またアフリカ大陸の中でエジプトなど一部の中東〜北アフリカを除き、サハラ砂漠より南の地域(Sub-Saharan Africa)は一様に無文字社会であった。「読み書きの出来ない者は人間と呼ぶに値しない。だから家畜として扱っても構わない」という意識が白人たちにあったことは間違いない。
やはり文字を持たなかったアメリカ先住民や、オーストラリア先住民アボリジニも同等の扱いを受けた。アボリジニは奴隷にされなかったが、オーストラリアではスポーツハンティングとして日常的に『人間狩り』が行われた。「今日はアボリジニ狩りにいって17匹をやった」と記された日記がサウスウエールズ州の図書館に残されている(詳細はこちら)。これによりアボリジニ人口は90%以上減少した。
文字文化を持っているかどうかが白人の差別意識に強く関与していたことは、例えばインド人の扱いと比較してみればよく理解できるだろう。インドはイギリスの植民地であったが、アフリカ人やアボリジニ、アメリカ先住民ほど酷い仕打ちは受けなかった。彼らは奴隷にもされず、『人間狩り』もなかった。インドには『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』といった叙事詩をはじめ立派な文学があり、タージマハルなどの世界遺産もある。それらの文化に対して欧米人はそれなりの敬意を払ったし、彼らの差別意識が肌の色だけで決めつけていなかったことが伺えるだろう。
◯優生学:命に優劣をつけ選別する『優生思想』はダーウィンが1859年に著した『種の起源』に影響を受けて、19世紀末に生まれた。人類は文明的な階層によって区分することができると考えられ、北ヨーロッパが文明的に最も優れていて、アボリジニは劣っていると見做された。アングロ・サクソンとスカンジナビア人が最高順位に置かれ、有色人種は下位に格付けされた。
アメリカでは1924年に移民法が成立し、白人と有色人種の結婚を禁ずる法律が正当化された。優生学の目的は「知的に優秀な人間を創造すること」「社会的な人的資源を保護すること」にあった。アメリカでは20世紀まで、「公共の利益のために社会の不適格者を断種する」という優生思想にもとづき、強制不妊手術が32の州で合法的におこなわれていた。被害にあったのは主にアフリカ系アメリカ人たち。手術は本人の合意も子供が産めなくなるという説明もなく行われた。詳しくはこちらの記事をご覧あれ。
ナチス・ドイツも『優生思想』を根拠に精神障害者を約7万人ガス室送りにして殺戮した。これが『T4計画』である。ホロコーストを正当化する理屈も根っこは同じである。
◯Black Lives Matterと恐怖心(terror):2020年5月25日、アメリカで黒人のジョージ・フロイド氏が白人警察官に首を押さえつけられ、「息ができない(I can't breathe.)」と訴えたにもかかわらず力が緩められることなく、その後死亡する事件が発生した。関与した4人の警官は翌26日に懲戒免職処分となり、フロイド氏を押さえつけていた元警官は29日に逮捕・起訴された。この事件が切っ掛けで暴動が起こり、世界的な抗議運動に発展していった。ブラック・ライヴズ・マター (BLM)である。
#BlackLivesMatter 以前、1960年代の自由公民権運動の頃から白人警官の黒人に対する激しい暴力は問題になっていた。その背景には当然差別意識もあるが、特に最近では恐怖心(terror)も強いのではないだろうか?黒人に対して今までしてきたことの罪の意識。「復讐されるのではないか?」という不安感。それが〈過剰防衛〉としての暴力という形で現れているという側面もあるだろう。
◯Black Lives Matterを考える上で観ておくべき映画・ドキュメンタリー番組
・『グローリー ー明日への行進ー 』:マーティン・ルーサー・キング・Jrを主人公に、有名な“セルマ大行進”を描く。
・『あの夜、マイアミで』:マルコムX、モハメド・アリ、ソウル歌手サム・クックらが語り明かした一夜を描く。
・『リマスター:サム・クック』:ドキュメンタリー映画、Netflix配信。
・『マルコムX暗殺の真相』:ドキュメンタリー番組、Netflix配信。
・『私はあなたのニグロではない』:ドキュメンタリー映画。作家ジェームズ・ボールドウィンが語るキング牧師、マルコムX、そしてNAACP(全米黒人地位向上協会)に所属した公民権運動家メドガー・エヴァース。
・『ビール・ストリートの恋人たち』:ジェームズ・ボールドウィンの小説を原作とする劇映画。
・『自由の国アメリカ:闘いと変革の150年』ドキュメンタリー番組、Netflix配信。合衆国憲法修正第14条をめぐる、血と汗の滲む道程。
あと、キング牧師はマハトマ・ガンジーの非暴力非服従運動に強い影響を受けているので、アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞など8部門受賞した映画『ガンジー』を併せて参考資料にされたし。
参考文献:①岡田尊司 『パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか』(PHP新書)
②岡田尊司『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)
③岡田尊司『死に至る病~あなたを蝕む愛着障害の脅威~』(光文社新書)
④上坂昇『キング牧師とマルコムX』(講談社現代新書)
⑤ロバート・ローラー(著)長尾力(訳)「アボリジニの世界ードリームタイムと始まりの日の声」(青土社)
⑥アドルフ・ヒトラー(著)平野一郎 他(訳)『わが闘争』(角川文庫)
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