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今度は「不織布マスク警察」現る!/新型コロナ禍の心理学

「パニックになった時、人の本性は現れる」と僕は繰り返し書いてきた。イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは次のように述べている。

「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」

新型コロナウィルス禍で人々の間で恐怖心や不安感が蔓延している。2020年4月7日に発令され、5月25日まで続いた第1回目の緊急事態宣言でそれが顕著に出た現象が〈自粛警察〉や〈マスク警察〉だ。

そして2021年1月7日に発令された第2回目の緊急事態宣言下に現れたのが新手の〈不織布(ふしょくふ)マスク警察〉である。朝のテレビ番組で話題となり、このワードは1月28日にツイッターでトレンド入りした。ウレタンマスクは飛沫を防止する機能に劣るというデータが出され、街なかや電車でウレタンマスクを着用している人を叱り、不織布に変えるよう迫る人々が登場したのである。

「その不織布マスク何層?3層?それじゃダメだって4層じゃなきゃ」と説教してくる妖怪に遭遇したという書き込みもSNS上にあった。

アメリカの社会心理学者バーナード・ワイナーが提唱した〈原因帰属理論〉で上記現象を考えてみよう。原因帰属とは成功や失敗などの起こった結果に対し、その要因が何かと考えること。〈内的(自分)〉と〈外的(環境)〉に分類される。テストで成績が良かった時、〈内的〉には「自分は頭が良いからだ(能力)」「一生懸命勉強したからだ(努力)」と考えるタイプ、〈外的〉には「問題が簡単だったかったからだ(課題の難易度)」「ヤマが当たった。運が良かった」と考える4つのタイプに分けられる。

例えば貧乏暮らしをしている30代男性の例を見てみよう。〈内的〉思考として「僕は生まれつき賢くなかったから三流大学にしか入れず、いい就職口がなかった。だから今の境遇は仕方がない(能力)」「高校生の時遊び呆けて全然勉強しなかったから一流大学に入れなかった(努力)」と自省する人もいれば、〈外的〉思考で「ごく一部の富裕層が世界の富を独占している。だから僕は貧乏なんだ。社会が悪い。ブルジョワジーを打倒せよ!」「一攫千金を狙って起業したが世の中が不景気で会社は倒産してしまった。たまたまついていなかっただけ。僕が悪いんじゃない」と責任転嫁する人もいる。

フランス革命やロシア革命が〈外的〉思考の典型例で、いつしかブルジョワジー(富裕層)=悪/プロレタリアート(賃金労働者階級)=善という図式が出来上がった。こうしてフランスのブルジョワは断頭台の露と消え、ロシアのロマノフ家は銃殺刑で皆殺しになった。彼らの蓄えた富は略奪され、分配された。

〈自粛警察/マスク警察〉になるタイプの人は「私はちゃんとやっているのに、コロナが蔓延するのは自粛しない連中が悪い」「不織布マスクをしない連中がコロナをばら撒いている」と〈外的〉に責任を帰属させる。と同時に、「自粛して常に不織布マスクをしていればコロナは収まる」と〈コントロール可能性〉を過大評価する。

自由に振る舞っている人々に対する嫉妬心・不公平感も根底にあるだろう。「私はこれだけ我慢しているのに、あいつらだけ得してずるい。懲らしめてやろう」

この心理はアドルフ・ヒトラーが台頭した時期のドイツの状況に酷似している。第一次世界大戦の敗戦により、イギリス・フランスなど戦勝国から莫大な戦争賠償金を課せられたドイツ国民は天文学的なインフレーションに苦しむことになる。1918年から23年までの5年間で物価が1兆倍に跳ね上がった。そこでナチス・ドイツはユダヤ人陰謀論を吹聴した。銀行や金融業を経営している多くはユダヤ人である。「奴らが富を独占しているから、我々ゲルマン民族は惨めな暮らしを送らざるを得ない。全てユダヤ人が悪い」という理屈である。〈いけにえの羊(scapegoat)〉だ。〈外的(ユダヤ人)〉に責任を帰属させ、彼らを根絶やしにすればゲルマン民族の暮らしは良くなると〈コントロール可能性〉を過大評価した。 そしてナチスはユダヤ人が蓄えた富を全て略奪した。

ユング心理学には影(シャドウ)という用語があり、カール・グスタフ・ユングは「そうなりたいという願望を抱くことのないもの」と定義した。人格の否定的側面、隠したいと思う不愉快な性質、人間本性に備わる劣等で無価値な原始的側面、自分の中の〈他者〉、自分自身の暗い側面などである。

 集団のの肩代わり現象として、いわゆる、いけにえの羊(scapegoat)の問題が生じてくる。ナチスドイツのユダヤ人に対する仕打ちはあまりにも有名である。すべてはユダヤ人の悪のせいであるとすることによって、自分たちの集団の凝集性を高め、集団内の攻撃を少なくしてしまう。つまり、集団内のをすべていけにえの羊に押しつけてしまい、自分たちはあくまでも正しい人間として行動するのである。家族の中で、学級の中で、会社の中で、いけにえの羊はよく発生する。それは多数のものが、誰かの犠牲の上にたって安易に幸福を手に入れる方法であるからである。(中略)

 ナチスの例に典型的に見られるように、為政者が自分たちに向けられる民衆の攻撃を避けようとして、外部のどこかにの肩代わりをさせることがよくある。ここでもすでに述べたような普遍的な影の投影が始まり、ある国民や、ある文化が悪そのものであるかのような錯覚を抱くようなことになってくる。 

 〈河合隼雄『影の現象学』(講談社学術文庫)より〉

河合が書いた「自分たちはあくまでも正しい人間として行動する」「それは多数のものが、誰かの犠牲の上にたって安易に幸福を手に入れる方法である」というのが正に〈正義中毒〉である。他人に〈正義の制裁〉を加えると脳の快楽中枢が刺激され、〈報酬系〉と呼ばれる神経伝達物質・ドーパミンが放出されて快楽をもたらす。この快楽は強烈で癖になる。〈いじめ〉には中毒性があるのだ。ナチス親衛隊(SS)に組織化される以前、ユダヤ人の商店に投石するなど狼藉を働いていたドイツの自衛団・自警団や、縛り首の縄(noose)を使って黒人をリンチしたアメリカの白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)も自分たちは〈正義〉を実行していると信じ、暴力を振るうときには「気持ちいい」と感じていた。彼らと同様に〈不織布マスク警察〉の人々も、自分は〈正義〉を実行しているという快感に酔い痴れている。それは所詮錯覚に過ぎないのだが。実におぞましい。

新型コロナ禍で欧米諸国ではマスクをする派と、マスクをしない派に分かれた。特にアメリカ合衆国では〈民主党支持者=リベラル=マスク肯定派〉と〈共和党支持者=保守=マスク拒否派〉の真っ二つに分断された。

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その根底には人権を守る、個人の意志・選択の自由を尊重するという明確な姿勢(個人主義)がある。結局欧米ではウィルス蔓延を防ぐため政府が公共交通機関や商店でマスク着用を強制しようとした場合、罰金刑を課すなど法律で取り締まるしかなかった。

しかし羊のようにおとなしい日本人は政府が「お願い」するだけで従順に従った。マスク着用に関して法律で規制する必要はなかった。〈同調圧力〉 により、お互いに監視し合う社会システムが有効に機能したのである。

アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトがその著書『菊と刀』で看破したように、キリスト教を基盤とする西洋の〈罪の文化〉に対して日本は〈恥の文化〉である。日本人は他人(世間様)の目を気にして、別行動を取って目立つのが恥ずかしいと考える。〈場〉の空気を乱さず、〈場〉の均衡を保とうと腐心する。そして皆と同じ行動を取れば安心出来る。「赤信号、皆で渡れば怖くない」(ビートたけしのネタ)のだ。その一方で、同調しないものを排除しようとする制裁行動に出る。〈村八分〉、〈いじめ〉の構造。出る杭は打たれる。日本では個人の意志や権利よりも、集団の規律を守る方が優先され、全体主義的傾向がある。これは1938年に〈国家総動員法〉が制定され、「欲しがりません勝つまでは」と〈国民精神総動員〉が美徳とされていた時代と少しも変わっていない。新型コロナ禍でこの事実を突きつけられて、僕は呆然と立ち尽くした。「叫びを押し殺す 見えない壁ができてた」「ここで同調しなきゃ裏切り者か」「ああ まさか 自由はいけないことか」という欅坂46『不協和音』(作詞:秋元康)の歌詞が深く胸に突き刺さる。

集団から疎外・排除されることは、生存において危険である。もろくて弱い個人は、集団に承認されることで生をつなぐ。その根底には〈安全欲求〉〈社会的欲求〉〈承認欲求〉がある。

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マスクをして出かけている人々の中には「新型コロナに感染するのが怖い」という気持ちよりも、「マスクをせず外出したら、他者からどういう視線を浴びるか怖い」「マスク警察に公衆の面前で叱られるんじゃないか」という感情が優位な人も少なくないのではないだろうか?

新型コロナウィルスに対する不安感・恐怖心は見えないものに対する恐怖である。暗闇で幽霊や妖怪が怖いという感情に近い。江戸時代以前の日本には強力な照明器具がなく、夜は暗かった。蝋燭や行燈で照らされる範囲は限られており、闇の奥に何か得体の知れないものが潜んでいるのではないかという不安・想像力から物の怪は生まれた。しかし電気の登場で夜は隅々まで照らされるようになり、さらに科学的知識が浸透することで今やお化けを信じる人は殆どいなくなった。

見えないものに対する恐怖という心理を最大限に利用したのがスティーヴン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』である。映画後半に至るまでサメを見せない。彼の名を世界に知らしめたテレビ映画『激突!』でも、主人公が運転する車を追うトラック運転手の顔を最後まで見せなかった。

ウィルスを目視することは出来ないが、勉強して知識を増やすことで恐怖心は確実に減る。〈心の目〉で見えるようになるのだ。

第2回目の緊急事態宣言で確実に新型コロナの新規感染者は減少した。ということはウィルス感染で最もリスクが高い状況は酒を提供する飲食店など換気が悪い閉鎖された空間でマスクを外し、2m以内の距離で対面で会話をすること。あるいはカラオケボックスで歌をうたうこと。つまり発声が一番危険なのだ。発声しない満員電車の中、映画館、そして500人以上のキャパがあるコンサートホールで音楽を聴くことに殆どリスクはなかったことが実証された。もしそれらの場所でも感染が起こっているのなら、1回目とは違い映画館もコンサートホールも営業を続けている2回目の緊急事態宣言下で劇的に感染者が減るはずがないからだ。つまり基本的に発語せず対面しない広い空間はリスクが低く、闇雲にマスクを着用することを強要するのは愚の骨頂である。

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