わが心の歌 25選 ⑦ ビートルズ「ノルウェイの森」と村上春樹/ジュ・トゥ・ヴ
- わが心の歌 25選 ① 総論 (メニュー)&「いつも何度でも」「エメ Aimer」
- わが心の歌 25選 ②「One more time, One more chance」「なんでもないや」
- わが心の歌 25選 ③シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と武満徹「小さな空」の関係
- わが心の歌 25選 ④ カーペンターズ「Close To You」/ナット・キング・コール「Unforgettable」
- わが心の歌 25選 ⑤ 本当は恐ろしい「Alone Again」/Woman 〜“Wの悲劇”より
- わが心の歌 25選 ⑥ ミュージカル「回転木馬」と、サッカーとの摩訶不思議な関係/メグ・ライアンの想い出
- わが心の歌〈番外編〉祝サブスク解禁!!山口百恵の魅力について語り尽くそう。
- 祝サブスク解禁!!山口百恵の魅力について語り尽くそう。〈後編〉
今回取り上げるビートルズ『ノルウェイの森』はなんと言っても村上春樹が書いたベストセラー小説のタイトルになったことで有名だ。トラン・アン・ユン監督による映画版でも最後にビートルズの歌が流れる。実はこの小説に関して僕は、村上氏本人とメールを交わしたことがある。1997年のことだ。
- 祝!映画「ノルウェイの森」にビートルズ・オリジナル音源使用許可が下りる 2010.07.14
- 映画「草原の輝き」から、村上春樹(著)「ノルウェイの森」へ 2010.12.08
- 村上春樹(原作)/映画「ノルウェイの森」 2010.12.16
Spotifyでの試聴はこちら。
楽曲の静謐さ、喪失感と言ってもいい物悲しさに僕は心を打たれるのだが、特筆すべきはジョージ・ハリスンが演奏するシタールの響き。レコード化されたポップ・ミュージックでシタールが使用されたのはこの曲が初めてだそう。ハリスンは1965年頃に友人の勧めで聴いたラヴィ・シャンカールのレコードでシタールに興味を持ち、ロンドンの店で楽器を購入した。1966年秋にはハリスン自らインドに赴いてシャンカールから直接レッスンを受けている。これがきっかけでハリスンはインドの瞑想に傾倒、他のメンバーも彼から感化され、1968年2月ビートルズの4人は超越瞑想の開祖マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーから直接メディテーションの修行を受けるためインドに滞在した。
では冒頭の歌詞から見ていこう。
I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good, Norwegian woodある時、女の子をひっかけた
いや、彼女が僕をひっかけたと言うべきか
彼女は自分の部屋に誘ってくれた
素敵じゃないか、ノルウェイの森だ
ここで最大の問題は"Norwegian wood"とは一体何か?ということ。1966年に日本でアルバム『ラバー・ソウル』が発売されたときから「ノルウェーの森」と訳された。村上春樹の小説が出版された後でも、この邦題はおかしいのではないか?という意見がつきまとった。
朝日新聞御用達のズレてる評論家・内田樹も『ノルウェイの森』というタイトルは誤訳だと、得意げに断言している(こちら)。
一方、村上春樹の『ノルウェイの木をみて森を見ず』というエッセイ(新潮文庫『雑文集』収録)には次のようにある。
翻訳者のはしくれとして一言いわせてもらえるなら、Norwegian Woodということばの正しい解釈はあくまでも〈Norwegian Wood〉であって、それ以外の解釈はみんな多かれ少なかれ間違っているのではないか。歌詞のコンテクストを検証してみれば、Norwegian Woodということばのアンビギュアスな(規定不能な)響きがこの曲と詞を支配していることは明白だし、それをなにかひとつにはっきりと規定するという行為はいささか無理があるからだ。それは日本語においても英語においても、変わりはない。捕まえようとすれば、逃げてしまう。もちろんそのことばがことば自体として含むイメージのひとつとして、ノルウェイ製の家具=北欧家具、という可能性はある。でもそれがすべてではない。もしそれがすべてだと主張する人がいたら、そういう狭義な決めつけ方は、この曲のアンビギュイティーがリスナーに与えている不思議な奥の深さ(その深さこそがこの曲の生命なのだ)を致命的に損なってしまうのではないだろうか。それこそ「木を見て森を見ず」ではないか。Norwegian Woodは正確には「ノルウェイの森」ではないかもしれない。しかし同様に「ノルウェイ製の家具」でもないというのが僕の個人的見解である。
この、Norwegian Woodというタイトルに関してはもうひとつ興味深い説がある。ジョージ・ハリスンのマネージメントをしているオフィスに勤めているあるアメリカ人女性から「本人から聞いた話」として、ニューヨークのパーティーで教えてもらった話だ。「Norwegian Woodというのは本当のタイトルじゃなかったの。最初のタイトルは"Knowing She Would"というものだったの。歌詞の前後を考えたら、その意味はわかるわよね?(つまり、"Isn't it good, knowing she would?" 彼女がやらせてくれるってわかっているのは素敵だよな、ということだ)でもね、レコード会社はそんなアンモラルな文句は録音できないってクレームをつけたわけ。ほら、当時はまだそういう規制が厳しかったから。そこでジョン・レノンは即席で、Knowing She Wouldを語呂合わせでNorwegian Woodに変えちゃったわけ。そうしたら何がなんだかかわかんないじゃない。タイトル自体、一種の冗談みたいなものだったわけ」。
なんと、実に面白いではないか!
また、歌詞の最後はこうだ。
And when I awoke I was alone
This bird had flown
So I lit a fire
Isn't it good Norwegian wood?
僕が目を覚ますと、ひとりぼっちだった
小鳥は飛び去った(女の子は消えていた)
だから僕は火を付けた
素敵じゃないか、ノルウェイの森
ここで再び大きな謎が仕組まれている。「僕が火を付けた(I lit a fire)」ものは何か?次のような説がある。
1)煙草 2)ハッパ(大麻) 3)暖炉の薪 4)ノルウェイ産木材で建てられた、女の子が住むログハウス(丸太小屋)
4)丸太小屋(または北欧家具)に火を付けた、というは猟奇的でトンデモ説のように思うでしょ?ところが、これを採用すると村上春樹の初期短編小説『納屋を焼く』に繋がるのだ!女の子が消失するという筋立てもジョン・レノンの歌詞に一致している。
なお、『納屋を焼く』は後に韓国映画『バーニング 劇場版』の原作になっており、これが収められた短編集の一篇『螢』は『ノルウェイの森』の原型となった小説である。
さて、『ジュ・トゥ・ヴ (Je te veux)』はエリック・サティが1900年に作曲したシャンソン。フランス語で〈je=一人称「私」〉〈tu=親しい人に対する二人称。「あんた」とか「君」といったニュアンス〉〈veux=「〜を欲する」「〜を求める」という意味。原形はvouloir〉。だから日本語では「お前が欲しい」「あなたが大好き」などと訳される。愛らしく、とても美しい歌で、しばしばピアノ独奏曲としても演奏される。パトリシア・プティボンの歌唱がおすすめ。こちら!
| 固定リンク | 2
« 今年度アカデミー作品賞受賞は200%確実!話題沸騰「ノマドランド」クロエ・ジャオ監督の前作「ザ・ライダー」をNetflixで観る。 | トップページ | わが心の歌 25選 ⑧フランク・シナトラ「マイ・ウェイ」(多くの日本人が知らない歌詞の意味)と「私を月まで連れてって!」 »
「読書の時間」カテゴリの記事
- 映画「オッペンハイマー」と、湯川秀樹が詠んだ短歌(2024.06.15)
- 木下晴香(主演)ミュージカル「アナスタシア」と、ユヴァル・ノア・ハラリ(著)「サピエンス全史」で提唱された〈認知革命〉について(2023.10.28)
- 村上春樹「街とその不確かな壁」とユング心理学/「影」とは何か?/「君たちはどう生きるか」との関係(2023.10.20)
- 村上春樹「街とその不確かな壁」をめぐる冒険(直子再び/デタッチメント↔コミットメント/新海誠とセカイ系/兵庫県・芦屋市の川と海)(2023.10.06)
「シャンソン(歌)、ミュゼット(カフェ)、民族音楽」カテゴリの記事
- KANは「愛は勝つ」の一発屋にあらず。(2023.12.27)
- 【考察】空耳力が半端ない!YOASOBI「アイドル」英語版/「推しの子」黒川あかねの覚醒(2023.06.02)
- 【考察】全世界で話題沸騰!「推しの子」とYOASOBI「アイドル」、45510、「レベッカ」、「ゴドーを待ちながら」、そしてユング心理学(2023.05.20)
- 三浦一馬 キンテート 2022 「熱狂のタンゴ」(+空前のピアソラ・ブームはいつ発生したか?)(2022.10.20)
コメント