2020年12月11日(金)Netflixより映画『ザ・プロム』の配信が開始され、その質の高さと出演者の豪華さに心底驚かされた。ミュージカル映画としては『ラ・ラ・ランド』(2016年)以来、実に4年ぶりの大・大・大傑作!!なんてハッピーな気持ちになれる作品だろう。
評価:A+
公式サイトはこちら。予告編はこちら。
まず音楽が圧倒的に素晴らしい。オリジナルなら桁外れの完成度だと思い、調べてみると元々は舞台ミュージカルだったことが判明した。
2018年にブロードウェイで初演され、トニー賞でミュージカル作品賞・演出賞・主演男優賞・主演女優賞(ダブル)・台本賞・楽曲賞と7つノミネートされた(受賞なし)。2021年には地球ゴージャスにより日本初演が予定されている。出演は葵わかな、三吉彩花、岸谷五朗ほか。
「インディアナ州の田舎町で同性の恋人とプロムに行きたい女子高生を応援するために、落ち目のブロードウェイ・スターたちが町に乗り込んでくる」という物語。
本作で描かれるのは〈分断されたアメリカ合衆国〉である。
南北戦争(1861-65)で南北分断の争点となったのは黒人奴隷を開放するか否かだった。そして21世紀の分断で大きな比重を占めるのが同性愛者、LGBTQ(最近ではLGBTQ+に増えたようだ)の人権を認めるか否かということにある。インディアナ州とブロードウェイのあるニューヨーク州との対立はイコール、共和党支持者(保守)と民主党支持者(リベラル)の対立でもある。
ここで〈赤い州と青い州〉という概念をWikipediaでご覧頂きたい→こちら。民主党支持の青い州は東海岸のニューヨークと西海岸のロサンゼルスを中心とする沿岸部の大都市に多く、共和党支持の赤い州は内陸部の田舎に集中している。今年の大統領選でもニューヨーク州はバイデンが勝ち、インディアナ州はトランプが勝利した。つまり次のような二項対立に整理できる。
◯インディアナ州(田舎/内陸部)⇔ニューヨーク州(都会/沿岸部)
◯労働者階級(poor white/white trash)が多い⇔金持ち・知識階級が多い
◯共和党支持(保守)⇔民主党支持(リベラル)
◯アメリカ第一主義(ナショナリズム)⇔グローバリズムを信奉する
◯キリスト教原理主義者が多い⇔日曜日に教会に行く人が少ない
◯同性愛者、LGBTQのに対して不寛容⇔寛容
◯人工妊娠中絶を認めない⇔認める
◯銃規制に反対⇔賛成
◯地球温暖化対策に消極的⇔積極的(エコが好き♡)
◯新型コロナウィルス対策としてマスクをしない⇔マスクをする
熱心なキリスト教信者が多いと、なぜLGBTQに対して不寛容になるのか?これは中々日本人に理解し辛いところだろう。
キリスト教の本質は禁欲、自己犠牲の精神である。つまり本能的快楽、欲望を否定する。夫婦になって性交するのはあくまで、子供を作る=新たなクリスチャンを増やすことが目的であり、性交中に快楽を感じてはいけないのだ。だから自慰・マスターベーションは罪とされ禁忌である。快楽だけで生産性がないから。同様に同性愛者間に子供は生まれないから生産性がないので容認できないという理屈になる。
イギリスでは19世紀ヴィクトリア朝時代に自慰によってオルガスムが得られることを覚えた女子は医学的に問題のある子(病気)と見做され、陰核(クリトリス)を切り取られたり、焼灼されたりといった「治療」が施された。そして1976年にカトリック教会は自慰行為を「重大な道徳的退廃」とした。
イングランドとウェールズで21歳以上の男性同士の同性愛行為が合法化されたのは漸く1967年のことである。それまでは逮捕され刑務所に収監されるか、同性愛を「治療」するための化学療法を受けるかの選択を強いられた。さらにスコットランドでは1980年、北アイルランドでは1982年になるまで、同性愛は違法だった。
『ザ・プロム』を通して現代アメリカ合衆国の実情が見えてくる。SNSの活用も新しい。
主人公エマを演じたジョー・エレン・ペルマンは調べたところ、これが映画初出演のようだ。ディズニー・プリンセスを演じてもおかしくないくらいの歌声の美しさ、そして透明感。凄い新人が現れた。
エマの恋人アリッサは当初アリアナ・グランデが演じると報道されたが、スケジュールの都合で降板、代わってアリアナ・デボーズが起用された。デボーズはミュージカル映画『ハミルトン』(2020年7月3日からディズニー・マイナスで配信されているが12月17日現在、未だに日本語字幕が付かず)にアンサンブルとして出演、そしてスティーヴィン・スピルバーグ監督による『ウエスト・サイド・ストーリー』リメイク版ではなんとアニタ役を射止めた!!"America"を彼女が歌い踊るんだ。
余談だがスピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』 は2020年12月に公開予定だったが、新型コロナ・ウィルス禍のせいで丸々1年延期になった。
『ザ・プロム』の監督、ライアン・マーフィって知らないなと思って調べたところテレビドラマ『glee グリー』の企画・製作総指揮・原案・脚本・監督を担当した人らしい。私生活では同性愛者であることをカミングアウトしている。彼自身、プロムにボーイフレンドを連れて行くのを許されなかったという経験を持つ。
ミュージカル『ブック・オブ・モルモン』でトニー賞の最優秀演出賞と振付賞を受賞、『ザ・プロム』でも最優秀演出賞にノミネートされたケイシー・ニコロウによる振付が圧巻。キレッキレのダンスに高揚感マックス!!
現在71歳、最年長キャストのメリル・ストリープがなんと最多のダンスシーンをこなしている。メリルが実に楽しそうに演じていて、彼女を見ているだけで笑顔になれる。もう既にアカデミー賞を3度受賞しており、今後はやりたいことをやるんだ、という意志が伝わってくる。なんて自由なんだ!
またニコール・キッドマンのソロ・ナンバー“ザズ(Zazz)”は明らかにミュージカル『シカゴ』"All That Jazz"のパロディ。曲名からして韻を踏んでいるし。ボブ・フォッシーの振付をベースにしているので、元ネタを知っていると爆笑間違いなし。黒ずくめの衣装もフォッシー流。ウテ・レンパーのパフォーマンスでご覧あれ→こちら。なおニコールの役どころはブロードウェイで上演中の『シカゴ』のコーラスで、主役ロキシー・ハートのアンダースタディ。つまり元々の役者に何らかの緊急事態が起こって演じられなくなったときに備えて、その役を稽古して公演期間中待機している俳優のこと。
そしてミュージカル映画『キャッツ』のバストファー・ジョーンズ役でゴールデン・ラズベリー(ラジー)賞の“最低助演男優賞”という不名誉な栄冠に輝いたジェームズ・コーデンが本作で起死回生の大逆転ホームラン!いい味出している。素敵な役に巡り会えて本当に良かった。これで名誉挽回。涙が出た。
ブロードウェイ上演版の楽曲に2曲、新曲が加わった。エンドクレジットで流れる"Wear Your Crown"とジェームズ・コーデンのソロ"Simply Love"である。"Wear Your Crown"はメリル・ストリープ、ジョー・エレン・ペルマン、アリアナ・デボーズらが歌う。試聴はこちら。通常プロムの最後には生徒の投票でプロムキングとプロムクイーンを決める。 アメフト部の男子とチアリーダー女子が選ばれることが多いそう。つまりcrownはクイーンが頭に乗せる王冠(クラウンティアラ)のことを指している。そしてなんとこの曲でメリルはラップに挑戦している!!ノリノリだ。
Gotta wear your crown
Shout it loud
And let the world know
How your DNA
Is perfectly made
王冠をかぶれ
大声で叫べ
そして世界に知らしめるんだ
如何にあなたの遺伝子が
完璧に出来ているかを
ここで何故DNAの話が出てくるのかというと、LGBTQの人々は今まで「普通ではない」「病気だ」と見なされ、カウンセリングや「治療」が必要と判断されてきた歴史があるから。
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