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市村正親主演ミュージカル「生きる」と医学の進歩について。

11月13日(金)兵庫県立芸術文化センターで宮本亜門演出によるミュージカル『生きる』を観劇した。

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1952年に公開された黒澤明監督の名作を原作として、映画で志村喬が演じた主人公を演じるのは市村正親と鹿賀丈史のダブル・キャスト。僕は鹿賀が嫌いなので、迷うことなく市村を選んだ。鹿賀の、下からすくい上げて音程を合わせてくる演歌調の歌い方には虫酸が走る。

生の舞台に接するのは1月12日に観劇した宝塚歌劇『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』以来だった。実に10ヶ月ぶりである。その間に東宝『エリザベート』『アナスタシア』『ミス・サイゴン』『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド ~汚れなき瞳~』『四月は君の嘘』など、チケットを購入していたミュージカルが次々と公演中止になり、払い戻しをした。特にロイド・ウェバーの『ホイッスル〜』は生の三浦春馬を見る、最初で最後のチャンスだっただけに惜しまれる。ホリプロ主催『生きる』は前後左右1席ずつ間隔を空ける販売方式だった。

今回観劇してつくづく感じたのは医学の進歩である。映画公開当時と現在では隔世の感がある。

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上のグラフは部位別がんの〈人口10万対〉死亡率の推移だが(縦軸は対数表示)、胃がんは1955年に100だったのが2015年には25前後にまで下がっているので、四分の一に減ったことがわかる。

病人ではなく健康に関心のある人に対していわゆる人間ドック(短期入院身体総合精密検査)が始まったのが1954年、ファイバースコープ付胃カメラが開発されたのが1964年(日本のオリンパス社が胃カメラを開発したのは1950年だが当時は白黒フィルムで臨床的に十分使えるものではなかった)、バリウムによる胃がん検診が導入されたのが1983年。『生きる』の主人公は進行がんが発見され手遅れとなるが、現在では早期がんで発見されることが多く、5年生存率が飛躍的に改善した。

また胃がんに罹患する人の大半がヘリコバクターピロリ菌の感染者であり、その細菌に感染していない人が胃がんになることは殆どないということが2001年に判明した(上村直実先生がThe New England Journal of Medicineに発表)。さらに除菌治療をすると、胃がん発生を抑制出来ることも分かって来たので、日本では2013年からヘリコバクター・ピロリ感染胃炎に対する除菌治療が保険適応になった(世界初)。つまり慢性B型/C型肝炎同様、胃がんは感染症だったのである。

また「生きる」の医者は主人公が胃がんであることを本人にも家族にも告知しない。昔はそれが普通だったが、現在ではあり得ないことだ。

1969年、医師のエリザベス・キューブラー=ロスが執筆した「死ぬ瞬間」(On Death and Dying)が出版され、世界的に話題を席巻した。死を告知された患者200人が、どのような心理課程を経るのかを面談し研究したものである(否認→怒り→取引→抑うつ→受容)。この本により、残された時間をどう過ごすか(Quality of Life)が重要であると広く認識されるようになり、さらにinformed consent(医師が患者に対して病状の十分な情報を伝えた上で治療方針の合意を得る)の必要性が叫ばれるようになったため、余程の事情がない限りがん告知が行われないことは殆どなくなった。

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ミュージカルの公式サイトはこちら

音楽を担当したジェイソン・ハウランドはブロードウェイ・ミュージカル『Little Women-若草物語- 』の作曲家であり、またシンガーソングライター、キャロル・キングの生涯を綴るミュージカル『ビューティフル』では音楽スーパーヴァイザーを務めている。だから楽曲の完成度が高く、十分日本以外の国でも上演できるレベルに達している。特に自分ががんに罹患していると知った主人公が自暴自棄になってダンスホールやストリップショーを彷徨う場面では、ジョン・カンダー(作曲)&フレッド・エブ(作詞)コンビによるミュージカル『シカゴ』『キャバレー』などを彷彿とさせるジャジーで退廃的ムードが漂う。

宮本亜門の演出はスピーディーな場面転換が鮮やか。ただ物足りなかったのはラストシーン。映画と同様に完成した公園で楽しそうに遊ぶ子どもたちの姿を見たかった。まぁ予算の関係でここだけ子役を雇えないという事情はわかるんだけどね。労働基準法により、子役が労働できる時間も制限があるし(原則20時まで、厚生労働大臣が必要と許可した場合は21時まで)。

ミュージカル版で狂言回しの役割を果たすのは小説家。映画版でも案内役の彼はメフィストフェレスを名乗る。つまりメフィストに導かれる主人公・渡辺勘治はゲーテの小説におけるファウストだ。

メフィストフェレスはトリックスターである。ミュージカルでトリックスターが狂言回しを担うのは常套手段で、他に『ジーザス・クライスト・スーパースター』のユダ、『エビータ』のチェ・ゲバラ、『エリザベート』の暗殺者ルイジ・ルキーニ、『キャバレー』のM.C.などといった前例がある。

市役所に勤める渡辺の部下、小田切とよは〈無垢で純粋な魂=innocence〉の象徴として登場する。『ファウスト』におけるマルガレーテ(グレートヒェン)であり、〈永遠に女性的なるもの〉。黒澤映画にはしばしば登場するキャラクターで、例えば『酔いどれ天使』の女学生(久我美子)や、『赤ひげ』のおとよ(二木てるみ)。そして極めつけは黒沢が映画化したドストエフスキー原作『白痴』のムイシュキン公爵(森雅之)だろう。しかし、実際にはこんな酸いも甘いも噛み分けていない、赤ちゃんの魂のまま成長した大人なんて存在しないわけで、ここが黒澤明の限界でもあるだろう。黒澤映画が女性に人気がないのは、描かれる女性像のリアリティの無さに一因があるのではないかと僕は考える。

『生きる』という作品はカルペ・ディエム Carpe Diemというラテン語と深く結びついている。「その日を摘め」「一日の花を摘め」という意味で、劇中に登場する『ゴンドラの唄』もその精神を唄ったものだ。詳しくは下記事に書いた。

ミュージカル『生きる』は2020年11月29日(日)と30日(月)に大千穐楽ライブ配信が決定している。詳しくはこちら

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