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2020年10月28日 (水)

ニューロティック・スリラーと「ガス燈」ーガスライティングとは何か?

今年公開されたエリザベス・モス主演『透明人間』はガスライティング(英: gaslighting)〉映画であった。心理的虐待の一種であり、被害者(妻)にわざと誤った情報を流し、被害者が自身の記憶や正気を疑うよう仕向ける手法。用語の起源はイングリッド・バーグマンがアカデミー主演女優賞を受賞したジョージ・キューカー監督の映画『ガス燈』(Gaslight,1944) に遡る。

『ガス燈』は元々舞台劇で、既に1940年に英国でも映画化されている。嘗てはニューロティック・スリラーと呼ばれた。ニューロティックとは「神経症的」を意味する。

Gaslight

ニューロティック・スリラーは1940年代にハリウッドで流行った。マール・オベロン主演『黒い河』(Dark Waters,1944)とか、ダグラス・サーク監督『眠りの館』(Sleep,My Love,1948)、オリビア・デ・ハビランド主演『暗い鏡』(The Dark Mirror,1946)、ロバート・シオドマク監督『らせん階段』(The Spiral Staircase,1946)などがある。またアルフレッド・ヒッチコックが監督した『断崖』(1941)とか、イングリッド・バーグマン主演『白い恐怖』(Spellbound,1945)もそう。因みにspellboundとは「魔法にかかった」「呪文に縛られた」という意味。やはり背景には第二次世界大戦の暗い影があったのではないだろうか?

またヒッチコック監督『レベッカ』(1940)のヒロイン(『断崖』のジョーン・フォンテイン)は結婚後女主人として大邸宅マンダレイに行き、そこで事故で亡くなった前妻レベッカを慕っていた使用人ダンヴァース婦人から徐々に精神的に追い詰められていくという話で(自殺教唆もあり)、〈ガスライティング〉のバリエーションと言えるだろう。『レベッカ』は『シンデレラ』『ベイビー・ドライバー』のリリー・ジェームズと『ソーシャル・ネットワーク』『君の名前で僕を呼んで』のアーミー・ハマー共演で今年リメイクされ、つい先日Netflixから配信されたばかり。

R

余談だが『風と共に去りぬ』メラニー役で有名なオリビア・デ・ハビランドとジョーン・フォンテインは仲の悪い実の姉妹であり、イギリス人の両親の間に東京で生まれた。

『ガス燈』のバーグマンも、『レベッカ』『断崖』のフォンテインも、恐怖に怯えた演技が見どころになっている。両者ともその演技でアカデミー主演女優賞を受賞したのだから、実においしい役だ。なんとフォンテインはヒッチコックの監督作品でアカデミー賞を獲得した、ただ一人の俳優である

ガスライティング〉という用語は現在、臨床心理学および学術研究論文でも使われている。映画の影響力ってすごい。フェデリコ・フェリーニの映画『甘い生活』から生まれた〈パパラッチ〉とか、ウィリアム・ワイラー監督『ローマの休日』から生まれた〈ヘップバーンカット〉を思い出した。

半世紀以上廃れていた〈ガスライティング〉映画が近年復活したのは、間違いなく大物映画プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行の告発および逮捕に端を発する #MeToo 運動が盛り上がった結果だろう。エリザベス・モスが製作総指揮・主演したHuluのディストピア・ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』も #MeToo の申し子だ。

映画やテレビ・ドラマは時代を写す鏡である。

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