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2020年10月12日 (月)

「TENET テネット」に迸る映画愛

映画『TENET テネット』の物語構造やその哲学、背景とする物理学については下記事で詳しく論じた。

時間を順行する人物と、逆行する人物が錯綜する本作で何が起こっているのか、初見で完全に理解出来る人は皆無だろう。僕は3回目の鑑賞(IMAX)でようやく各登場人物のタイムラインを把握することが出来た。

Tenet_20201012121901

わかり易さを全く念頭に置いていない本作の不親切な製作方針は、観客への理解を促すためにシナリオに書かれていた説明用ナレーションをばっさりカットしてしまったスタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』を彷彿とさせる。クリストファー・ノーランは『インターステラー』にモノリス(石版)に似た外見の人工知能ロボットを登場させているので、『2001年』を意識していたことは間違いない。繰り返し観ることが前提なのだ。

『TENET テネット』に登場する「時間反転装置」はタイムマシーンではなく、「時間の矢」を反転するだけなので、10日前に戻るには10日かかる。事物が逆行する世界は正に映画フィルムの逆再生に他ならない。これは映画誕生から間もなく我々の祖先が目にした驚きであり、エイゼンシュテインが確立したモンタージュ理論に先立つものだった(*)。

*注釈:1896年に公開されたリュミエール兄弟の『壁の突破』( Démolition d'un mur )で逆再生は映画史に初登場する。動画はこちら。これが『テネット』の時間挟撃作戦におけるビル破壊シーンに繋がっていると感じるのは僕だけではないだろう。

観客は映画の中に流れる時間を感じるが、それは映写機の中で次々と送り出されてくるコマと、シャッターの瞬きで生み出されるイリュージョン(幻想)でしかない。フィルムを送り出すスピードを変化させることで時間を止めたり、ゆっくりにしたり、早送りしたり、逆再生したりすることが出来る。つまり『TENET テネット』の劇中で問われる主役(Protagonist)とは、映画そのものであるとも言えるのではないだろうか?僕はノーランに映画の原風景を見せてもらったような気持ちになった。

名もなき男が大富豪である敵とヨットで豪遊する場面は明らかに007などスパイ映画へのオマージュであり、終盤でフランス映画『太陽がいっぱい』を彷彿とさせたり(死体をロープで縛りボートで牽引する場面)、『カサブランカ』の名台詞(「ルイ、これが美しい友情の始まりだな」)が引用されたりと映画愛に溢れた傑作である。

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コメント

<説明用ナレーションをばっさりカット

そりゃ、1度観ただけではわからないわけですね!(笑)

先日IMAXで2度目に挑んだんですが、2回めだと大方はいけました。
とはいえ、未だ謎も残ってるのが悔しい(笑)

投稿: onscreen | 2020年10月17日 (土) 10時58分

onscreenさん

TENETについては、Spotifyで配信されているポッドキャスト「別冊アフター6ジャンクション」 #29【「TENET」、ネタバレ全開で大放談!】を聴かれることをお勧めします。面白いですよ!

投稿: 雅哉 | 2020年10月17日 (土) 23時17分

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