シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第8回/究極のエンニオ・モリコーネ!
今までの《映画音楽の巨匠たち》シリーズで焦点を当てたのは、
- 聴いておきたい映画音楽 私的50選
- 第1回/ニーノ・ロータ篇
- 第2回/ジェリー・ゴールドスミス篇
- 第3回/モーリス・ジャール篇
- 第4回/追悼ジェームズ・ホーナー篇
- 第5回/知られざるジョン・ウィリアムズの世界
- 第6回/ミシェル・ルグラン篇(+大阪桐蔭高校吹部「キャラバンの到着」)
- 第7回/ミクロス・ローザ(ロージャ・ミクローシュ)篇
なんと第7回を上げてから2年も経過してしまった!
次回《映画音楽の巨匠たち》はバーナード・ハーマンか、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト、あるいは久石譲を取り上げたいと考えている。
なんて書いたのだが、予定通りには行かない。番狂わせが面白い。
2020年7月6日にエンニオ・モリコーネが亡くなった。享年91歳、大往生である。20世紀イタリアを代表する映画音楽作曲家として、ニーノ・ロータとモリコーネが二大巨頭であった。「あとは雑魚」と評しても過言ではない。僕の考えるモリコーネのベスト12を挙げる。
- ニュー・シネマ・パラダイス
- Once Upon a Time in the West(ウエスタン)
- ミッション
- The Good, the Bad and the Ugly(続・夕陽のガンマン)
- Once Upon a Time in America
- A Fistful of Dynamite(夕陽のギャングたち)
- 天国の日々
- Sacco e Vanzetti (死刑台のメロディ)
- カリファ
- マレーナ
- プロフェッショナル
- Mr.レディMr.マダム
これらをまとめて聴けるよう、サブスクリプション音楽配信サービスSpotifyに〈究極のエンニオ・モリコーネ!〉というプレイリストを作成した。こちらからどうぞ。最初の『ニュー・シネマ・パラダイス』はサントラではなく、ジョン・マウチェリ/ハリウッド・ボウル管弦楽団のアルバムから。ヴァイオリン独奏はギル・シャハムで『王様のレストラン』『半沢直樹』の音楽で有名な服部隆之による編曲が秀逸。続く『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』はモリコーネがオーケストラを指揮し、ヨーヨー・マがチェロを弾いたアルバム。『天国の日々』はサブスクにサントラがなかったので、仕方なくフルートとピアノ用に編曲されたものを選んだ。本物はこちらのYouTubeで聴いてください。アカデミー撮影性を受賞したネストール・アルメンドロスによる〈マジック・アワー〉の映像美が絶品。映画未見の方はこの機会にじっくりと味わってください。
僕は『ニュー・シネマ・パラダイス』の“愛のテーマ”が死ぬほど好きなのだが、サントラではこの曲のみ息子のアンドレア・モリコーネ作曲と表記されている。しかしその後のアルバムではアンドレア・モリコーネの記載がなかったりして、曖昧な扱いのまま現在に至る。いずれにせよモリコーネの最高傑作だ。
映画『ミッション』は(キリスト教という“素晴らしい”宗教を南米の未開人に教えてやるという)西洋人の傲慢が鼻につき大嫌いなのだが、音楽は別。白眉は限りなく美しい“ガブリエルのオーボエ”。そしてフィナーレ、合唱曲 “この地上が天国であるように”と“ガブリエルのオーボエ”が対位法として重なるハーモニーは正に至高体験へと誘ってくれる。
ジャン=ポール・ベルモンドが主演した1981年のフランス映画『プロフェッショナル』を取り上げたのは、名曲"Chi Mai"が入っているから。1971年の映画『マッダレーナ Maddalena』(日本未公開)のために作曲された楽曲の再使用である。『マッダレーナ』は人妻と不倫した僧侶が苦悩の果てに、海へ入水自殺してしまう話だそうだ。
1920年アメリカ合衆国マサチューセッツ州で起こった冤罪事件で、イタリア移民のサッコとヴァンゼッティが死刑になるまでを描く『死刑台のメロディ』はモリコーネが珍しく主題歌を作曲したという点で希少価値がある。ジョーン・バエズが歌った。
『カリファ』のテーマ曲は後にNHK特集『ルーブル美術館』(1985-86)に流用された。
またモリコーネはNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』(2003)の音楽も担当している。
フランス・イタリアの合作映画『Mr.レディMr.マダム』は後にミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』に生まれ変わった(作曲家は別人)。ハリウッドでのリメイクがロビン・ウィリアムス主演『バードゲージ』。いわゆるラウンジ・ミュージックだ。〈お気楽なモリコーネ〉を味わって欲しい。
僕は2005年10月6日に旧フェスティバルホール@大阪市で開催された、エンニオ・モリコーネのコンサートを聴いている。指揮がモリコーネでオーケストラはローマ・シンフォニー、他にピアノ:アントネット・マイオ(ジルダ・ブッタの代演)、ソプラノ:スザンナ・リガシーといった布陣。『アンタッチャブル』で始まり、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』〜デボラのテーマ、『海の上のピアニスト』『ニュー・シネマ・パラダイス』『マレーナ』『続・夕陽のガンマン』『夕陽のギャングたち』『ウエスタン』『殺人捜査』『シシリアン』『ある食卓のテーブル』『マッダレーナ』『ミッション』などが演奏された。これがモリコーネにとって最初で最後の関西公演となった。
1960年代のモリコーネの代表作といえば、なんと言ってもセルジオ・レオーネ監督と組んだマカロニ・ウェスタンである。アメリカではSpaghetti Westernと呼称され、日本語の命名者は淀川長治氏だそう。イタリアやスペインで撮影された西部劇で、『荒野の用心棒』(1964)が一世を風靡した。口笛を使ったモリコーネのテーマ曲も大ヒット。僕が知る限り西部劇で口笛を使ったのはこれが初めてではないだろうか?ジャンルが異なれば『戦場にかける橋』(1957)のクワイ川マーチとか、ディミトリ・ティオムキンが作曲したジョン・ウエイン主演『紅の翼』(1954)とかあるのだが。
1960年代のモリコーネは実験的だった。『夕陽のガンマン』(1965)や『シシリアン』(1970)ではビヨ〜ンと鳴る口琴(こうきん/ Jew's Harp)が使用された。また『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』はザンフィルの奏でるパン・フルートが印象的。
60年代は実験音楽が盛んだった。アメリカではジョン・ケージがプリペアド(仕組まれた/細工された)・ピアノのための音楽を発明し、日本では黛敏郎がミュージック・コンクレート(電子音楽/具体音楽)に取り組んでいた。モリコーネもこの流れの中にいた。いわゆるアヴァンギャルド(前衛)だ。
またモリコーネ×レオーネの映画で特筆すべきは歌手エッダ・デル・オルソとのコラボレーションである。その記念すべき最初の作品が『続・夕陽のガンマン』(1966)で、以降『ウエスタン』『夕陽のギャングたち』などに参加。レオーネの遺作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)が映画としてはエッダとモリコーネのコンビ最後の作品である。その後はテレビのミニシリーズ『サハラの秘宝』(1988,THE SECRET OF THE SAHARA)があるだけ。エッダのスキャットを聴いているだけで心が癒やされる。それは幼い日に聴いた子守唄のように懐かしく響く。60-70年代のモリコーネはエッダ抜きには語れない。
モリコーネとロータの音楽に共通するのは歌心に満ちていることであろう。それはドニゼッティ、ベッリーニ、ロッシーニの時代からヴェルディ、プッチーニに至る、イタリア・オペラの伝統を受け継ぐ作曲家であるという点が大いに関与している。モリコーネが音楽を担当し、ベルナルド・ベルトルッチが監督した映画『1900年』が、「ジョゼッペ・ヴェルディが死んだ!」という道化師の叫びとともに始まるというのは象徴的である。
モリコーネは『天国の日々』『ミッション』『アンタッチャブル』『バグジー』『マレーナ』でアカデミー作曲賞にノミネートされ、6回目の『ヘイトフル・エイト』で初受賞を果たした。これは彼の大ファンであるクエンティン・タランティーノ監督の尽力の賜物と言えるだろう。授賞式でのタラちゃんの満面の笑みが忘れられない。正直に言って『ヘイトフル・エイト』の音楽は中の下くらいの出来。功労賞だ。むしろ大傑作『ニュー・シネマ・パラダイス』がノミネートすらされなかったということに納得がいかない。結局、アカデミー賞において外国語映画は圧倒的に不利なのだ。それは6回ノミネートされたうち、5作品がアメリカ映画だという事実を見れば明白だろう。
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