映画「のぼる小寺さん」とシーシュポスの神話
評価:A
公開後、大評判なので何の予備知識もなく観に行った。主演の工藤遥が元モーニング娘。ということは、現在このブログを書いている時点で資料に当たり、初めて知った。原作は漫画なのだそう。全4巻。公式サイトはこちら。
古厩智之監督作品は16mmフィルム『灼熱のドッジボール』(15分)がぴあフィルムフェスティバル(PFF)でグランプリを受賞して、そのスカラシップで撮った初の劇場映画『この窓は君のもの』(1995、日本映画監督協会新人賞受賞)と、長澤まさみ主演『ロボコン』(2003)を観ている。どちらも瑞々しい青春映画で大好きだった。それ以来、実に17年ぶりの再会である。
シナリオを書いた吉田玲子はアニメーション映画『リズと青い鳥』と『若おかみは小学生!』の脚色の上手さが際立っていた。今回の仕事も文句なし。
『ロボコン』は高専のロボットコンテストを題材にしていたが、今回は高校のボルダリング部。目新しい。僕の学生時代にはそんな部活動は存在しなかった。調べてみると、全国高等学校選抜スポーツクライミング選手権大会が初めて開催されたのは2010年だという。
本作には〈何故、小寺さんは壁を登り続けるのか?〉という大きな問いがある。それは〈何故、人は生きるのか?〉という哲学的な問いに等しい。
〈何故、人は生きるのか?〉生物学的に言えば、答えは単純明快である。〈子孫を残し、繁栄させるため〉〈命をつなぐため〉ーそれしかない。それは新型コロナウィルスも同じ(宿主の人間が死んでしまったら体内のウィルスも死滅するで元も子もないのだけれど、そこまでは脳のないコロナは予想出来ない。だから闇雲に増殖しようとする。がん細胞もまた然り)。しかし医学の進歩で人間の寿命は伸び、子供が成人になっても僕らは生き続けることになった。子供をもうけない人も天寿を全うする。その目的は?どうせ皆、最後は死ぬのに……。結局、この問いを突き詰めていくと〈たまたまこの世に生を受けたから〉という答えしか残らないのではないだろうか?
ギリシャ神話に『シシュポス(シーシュポス)の岩』というエピソードがある。小説『異邦人』で有名なアルベール・カミュの随筆『シーシュポスの神話』冒頭部を引用してみよう。
神々がシーシュポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂にまで達すると、岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。
無益で希望のない労働ほど怖しい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった。
正にカミュが得意とするところの〈不条理〉である。しかし考えてみれば、人生とはこの〈不条理〉の繰り返しなのだ。一生懸命働いて財産を築く。銀行に沢山貯金をする。そして死ぬ。結局、残ったお金は本人にとって無意味となる(勿論、子孫のためにはなるけれど)。
〈何故、小寺さんは壁を登り続けるのか?〉その答えはシーシュポスが岩を繰り返し山頂まで運び上げる行為と同じだろう。イギリスの登山家ジョージ・マロリーは「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」と記者から問われて、「そこに(山が)あるからさ(Because it's there. )」と答えた。〈何故、人は生きるのか?〉結局この答えも、"Because it's there."に集約されるだろう。
- いまを生きる 2014.10.01
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