#MeeToo 運動とウディ・アレン「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」
かつて〈ニューヨーク派〉と呼ばれる映画監督たちがいた。映画の都ハリウッド@ロサンゼルス(西海岸)よりも、ニューヨーク(東海岸)でロケすることを好む人々。古くはシドニー・ルメット、ジョン・カサヴェテスなど。現役ではマーティン・スコセッシやウディ・アレンが代表格。1989年のオムニバス映画『ニューヨーク・ストーリー』ではスコセッシとアレン、そしてフランシス・コッポラが監督を務めた。『イカとクジラ』『フランシス・ハ』『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』のノア・バームバックもニューヨーク派と言えるだろう。最新作『マリッジ・ストーリー』はNYとLAの二都物語になっている。
ウディ・アレン脚本・監督の『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は2017年に撮影されたが同年、映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題が大々的に報じられ、社会的な #MeToo 運動に発展していった。アレンは1992年に交際していたミア・ファローの養女に対して性的虐待を行った容疑で訴えられ捜査の結果、証拠不十分で不起訴となっていたが、#MeToo の余波でこの件が蒸し返された。ディラン・ファローは7歳の時に性的虐待を受けたと繰り返し主張し、アマゾン・スタジオは本作を含め4本の映画契約を破棄、アメリカでの公開を見送った。アレンはこれを不服として、2018年2月に同スタジオを契約不履行で訴えた。そして『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』の出演者たちは軒並み本作に出演したことを後悔する声明を発表、ティモシー・シャラメはギャラを全額寄付した。
シャラメは2018年に『君の名前で僕を呼んで』でアカデミー主演男優賞にノミネートされており、アレンは「ティモシーと彼のエージェントは、私を非難すれば授賞する可能性が高くなると思った。だからそうしたんだ」とコメントしている。
これはアレンが気の毒である。ワインスタインの犯罪については100人を超える女性たちの証言があり間違いないが(現在服役中)、ディラン・ファローについては本人の主張だけで証拠が全くない。彼女は裁判でも敗訴しているわけで、今更アレンの罪を社会的に問うのは絶対におかしい。狂っている。「疑わしきは罰せず」が大原則だろう。アマゾン・スタジオだって契約時にディラン・ファローとの揉め事は把握していたわけで、#MeToo 運動が盛り上がったからといって約束を反故にするのは後出しジャンケンで卑怯だ。
『ローズマリーの赤ちゃん』『テス」のロマン・ポランスキー監督は1977年にジャック・ニコルソン邸で当時13歳の子役モデルに淫行した容疑で逮捕され、仮釈放中に米国から海外逃亡した。#MeToo が切っ掛けとなって、この一件を理由に2018年5月に彼は映画芸術アカデミーから除名されたのだが、全くもって変な話である。何故なら2002年にポランスキーは『戦場のピアニスト』でアカデミー監督賞を受賞しているのだ(アメリカに入国したら逮捕されるので代理人が受け取った)。当然この時点でアカデミー会員は全員、淫行事件のことを知っていたし、僕も知っていた。1977年の件で資格を剥奪されたのなら、『戦場のピアニスト』の受賞も無効になる筈だ。滑稽・茶番と言わざるを得ない。因みに『戦場のピアニスト』はカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞している。閑話休題。
評価:A
公式サイトはこちら。
ペンシルベニア州のヤードレー大学に通うカップルが週末をNYで過ごすことが決まり、生粋のニューヨーカーであるティモシー・シャラメがはしゃいで「父親のコネでミュージカル『ハミルトン』のチケットを取ってもらうよ!」と言う場面でグッと来た。現在は新型コロナウィルス蔓延のためブロードウェイの劇場は全て閉鎖されており、『ハミルトン』を生で観劇することは2021年まで叶わない。そういえばアレンがイギリスで撮った『マッチポイント』(2005)ではデートでアンドリュー・ロイド・ウェバーの新作ミュージカル『ウーマン・イン・ホワイト』を観に行ってたよなぁと懐かしく思い出した。
奇しくも本作が日本で公開された7月3日(金)からDisney+で映画『ハミルトン』が世界同時配信された。これは初演キャストによる劇場公演を2016年に映像収録したもので、当初は2021年に劇場公開が予定されていた。しかしコロナ禍の煽りを食い、急遽配信に切り替えられたのだ。ところが配信までに日本語字幕が間に合わなかった。何やってんだDisney+、ふざけんな!Netflixの爪の垢でも煎じて飲め。閑話休題 Part 2。
シャラメの役名がギャツビーなのは間違いなくスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を意識している。小説の舞台もニューヨークであり、アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』にはスコット&ゼルダ・フィッツジェラルド夫妻が登場する。
スコット・フィッツジェラルドはジャズ・エイジと呼ばれる狂騒の20年代の作家であり、アレンはこの時代の音楽が大好き。劇中シャラメがピアノを弾き語りする"Everything Happens To Me"は1940年の曲。ジャズのスタンダードとしてセロニアス・モンク、ビル・エヴァンス、キース・ジャレットらがレコーディングしている。ウディ・アレンの映画には度々ジョージ・ガーシュウィン、アービング・バーリン、ジェローム・カーン、リチャード・ロジャース、ハロルド・アーレンらが1920-50年代に作曲した“グレイト・アメリカン・ソングブック”の楽曲が登場する(詳細こちら)。
ギャッビーは言う。「僕はスカイ・マスターソンみたいになりたい」字幕ではギャンブラーとだけ説明されていたが、スカイはNYを舞台とするブロードウェイ・ミュージカル『野郎どもと女たち(ガイズ & ドールズ)』の主人公で、映画ではマーロン・ブランドが演じた。また『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』でクラップ・ゲームの話題が出てくるが、「クラップしようぜ」というのが『ガイズ&ドールズ』の登場人物ビッグ・ジュールの口癖なのだ。
さらに1958年のMGMミュージカル映画『恋の手ほどき(GIGI)」(監督はヴィンセント・ミネリ)について言及され、後にバーのピアニストが"GIGI"を奏でたりもする。粋だね!
エル・ファニング演じるアシュレーはアリゾナ出身のお嬢さんで、セレーナ・ゴメス演じるNYガールのチャン(ギャツビーの幼馴染)は「アリゾナの人って休日には何するの?サボテンでも眺めるとか?」と馬鹿にする。因みにアリゾナ州はハリウッドのあるカリフォルニア州のお隣で、メキシコにも接している。
これで思い出したのがブロードウェイ・ミュージカル"42nd Street"。主人公ペギー・ソーヤーはペンシルベニア州アレンタウンからミュージカルのオーディションを受けるためにニューヨークにやって来た田舎娘で、演出家のジュリアン・マーシュに「アレンタウンだと!」と吐き捨てるように言われる場面がある。この田舎者を揶揄する感じって、いかにもニューヨーカーらしいんだよね(ビリー・ジョエルの楽曲に「アレンタウン」があり、歌詞で町の雰囲気が分かるだろう)。
また本作に登場する映画監督について、「彼が落ち込んだときにはノーマ・デズモンドみたいに酒に酔いつぶれるのさ」と評されるのだが、これはビリー・ワイルダー監督『サンセット大通り』に準拠している。
撮影監督は『地獄の黙示録』『レッズ』『ラストエンペラー』で3度アカデミー賞を受賞したヴィットリオ・ストラーロ。室内撮影がオレンジ色の光線で、まるでヨーロッパ映画のよう。ベルナルド・ベルトルッチ監督『ラスト・タンゴ・イン・パリ』を思い出した。
僕は『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』を観て、ウディ・アレンのニューヨークに対する愛に心打たれた。あっけらかんと明るいアシュレーは(ハリウッドを含む)西海岸の象徴であり、憂いを帯びたチャンは天気の悪い東海岸(ニューヨーク)の象徴。その両者の間でギャツビーが揺れ動くという構造になっている。また神経質で情けないギャツビーのナレーションで映画全体が彩られるという趣向は、アレンが主演・ナレーションを兼任しアカデミー作品賞・監督賞を受賞した『アニー・ホール』(1977)を彷彿とさせる。これもニューヨークが舞台である。
しかし"I ♡ NY"(アイ・ラブ・ニューヨーク)の精神に溢れた本作がアメリカ本国での公開が決まっていないというのは、返す返すも残念なことである。
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コメント
<"I ♡ NY"(アイ・ラブ・ニューヨーク)の精神に溢れた本作が
<アメリカ本国での公開が決まっていないというのは、返す返すも
<残念なことである。
御意です!
NYを素敵に切り取るショットが次々と登場してるのに...
投稿: onscreen | 2020年7月11日 (土) 06時44分
黒人に対する差別が問題になり、今更『風と共に去りぬ』を糾弾し、配信が停止するなど、アメリカ社会は行き過ぎですよね。現在の価値観で過去を裁くなど愚の骨頂です。
ポランスキーとかワインスタインへの対処は当然ですが、ウディ・アレンに関しては冤罪の可能性が濃厚です。赤狩りでチャップリンが国外追放になったことを思い出しました。
投稿: 雅哉 | 2020年7月12日 (日) 02時43分